「楽都(がくと)郡山市」より「安積の国」といえば安積艮斎だろう「政治は三流、経済一流、官僚機構は超一流」と揶揄されたのも今や昔の話

2013年04月04日

大江健三郎著「沖縄ノート」を証拠とした「集団自決軍命令」

 先の大戦に於いて沖縄での集団自決に軍が関与したと摩訶不思議な判決が下されているが、この「軍命令」の証拠となったのが大江健三郎の「沖縄ノート」だ。

 大江はこの本を上梓するに当たり関係者への取材は全くせず、沖縄タイムスの「沖縄戦記・鉄の暴風」などの記事を基に書き上げた、言ってみれば大江の妄想が入ったフィクションものだ。

 沖縄タイムスの「創刊の辞」には、「我々はアメリカの暖かい援助の下に生活している。この現実を正しく認識することは取りも直さずアメリカ軍政に対する誠実な協力であり・・・」と在る。

 今では「反米」「反基地」を煽っている沖縄タイムズが、米軍の御用新聞として出発した新聞社ということが理解出来る。

「琉球新聞」も同じ様なもので、過去のことなど忘れ去り、偏狭なイデオロギーを撒き散らすクソ記者どもにジャーナリズムの矜持など持ち合わせてはいない。

 戦後、沖縄の人々は決して日本軍を「加害者」だとか、米軍を「解放軍」などと思ってはいなかったが、米軍の徹底した検閲が功を奏し、米軍は「解放軍」であるとの認識に至った。その有力な協力者こそが今や反米新聞の「沖縄タイムス」である。

「鉄の暴風」は、日本軍加害者論を宣伝する為の物語として米軍支援の下に発行されたフィクションなのである。 「鉄の暴風」の中に次の様な件がある。

「なお、この動乱(沖縄戦)を通じて、おそらく終生忘れることのできないことは、米軍の高いヒューマニズムであった。・・・戦いの暗たんたる記録の中に珠玉のごとき光を放つ米軍のヒューマニズム・・・」。この一節こそが、「鉄の暴風」の正体を雄弁に語っているのではないだろうか。

 体験者の証言もなしに「日本軍自決命令」を書いた「鉄の暴風」は、米軍宣伝書に過ぎないものなのだが、その後、遺族年金の為の根拠とされ、然も事実であるかの様に見做されて来たというのが真相だ。

 沖縄に巣食う反米左派集団が、米軍宣伝のデマを金科玉条の如く死守し、戦後民主主義教育から目覚めることもないのは滑稽極まりないが、こんな流言蜚語や嘘八百をいつまでも許して置く訳にはいかない。

 この「鉄の暴風」のパクリ本というべき「沖縄ノート」の一節には、「25年ぶりの屠殺者と生き残りの再会・・・」と、集団自決者や戦災者を「屠殺者」と準え、公然と差別表現で描かれている。

 評論家の呉智英は、「これ、いつから解禁になったのか。虐殺を屠殺になぞらえようものなら許すべからざる差別表現として、部落解放同盟と屠場労組の苛烈な糾弾が展開されたことは言論人なら誰知らぬものはいない」と語っている。

 更に呉は、1982年、俳優座のブレヒト原作、「屠殺場の聖ヨハンナ」を例に挙げ、「屠殺」という表現を改題しても、部落解放同盟から激しい糾弾に合い上演は困難を極めたことを指摘した。

「屠殺場の聖ヨハンナ」について部落解放同盟は、「誰々の作品だから差別はないと、神格化したものの考え方を一掃したい」とまで言明していたことまでも呉は振り返って疑問を呈している。

 また1987年には「沖縄ノート」と同じ岩波書店が発行した「報道写真家」の、「戦場という異常な状況下では牛や豚などの家畜の虐殺と同じになる」という記述が問題にされ、回収処分となっていることも紹介している。

 だが、大江の「沖縄ノート」だけは一度も糾弾も回収もされることはなく、それどころかアホな裁判官がこれを証拠として採用し、摩訶不思議な判決を出した。

 大江健三郎のみ「神格化」される理由は何か。「反日」「自虐史観」では、バカ左翼の連中は共闘するという事を証明している様なものだろう。

「集団自決軍命令」など存在せず、証拠となった「沖縄ノート」は証拠としては甚だ不適格。差別表現を公にし、トンデモ本の発刊停止、回収を要求すると共に、「沖縄集団自決軍命令」の不当判決を糺そう。

cordial8317 at 06:09│Comments(0)

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