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2013年03月29日

「わが人生の時の時」戦争にいきそこなった少年(石原慎太郎)

 石原慎太郎が脳梗塞だという。周囲は「軽度の脳梗塞」と打ち消しに躍起だが、脳梗塞によって生活そのものが大きく変わり、「また倒れるのでは」との不安が消えることはないだろう。高齢な石原にとって政治生命の危機には違いない。

 過去に脳梗塞2回、脳幹梗塞1回を経験者の愚生から言えば、脳梗塞というのは顔の大きい人が罹る確率は高い。デカい顔の人は危ないので気を付けた方が好い(笑)

 引っ越しして本がクローゼットに整理されて取り出しやすくなった。石原の「人生の時の時」という本が目に付いたので久しぶりにめくってみた。 この中でも「戦争にいきそこなった少年」というのが感動もので、気に入ってる短編ものの一つだ。

「私が死なるものについて意識したのはまったく突然のことだった・・・」から始まる文章は、湘南中学の1年生の頃に遭遇した米軍戦載機の思いを綴っっている。
 その日も警戒警報が鳴り慌ただしく学校を退去して駅に向かう途中、
ついさっき聞いた警報が空襲警報に変わって鳴ったか鳴らぬうちに、
渡りかけていた麦畑の真ん中で突然背後から爆音が轟き、
思いがけなくも、日頃写真では見ていたが初めて目にする
敵機が超低空で飛んでくるのをみた・・・(略)
 本能的に私たちはようやく穂をつけだした麦の畝の間に身を投げて突っ伏した。
次の瞬間爆音は背中に響いて、私たちを発見するのが遅過ぎた敵機は
前方の薩摩芋畑に掃射をばらまいて頭上を過ぎた・・・
敵機の胴体に描かれたどぎつい極彩色のなにやらの漫画を見とどけたのだ。(略)
 急旋回して飛び上がっていった敵機の姿には
格好の獲物をとり逃がしたいまいましさがあふれてみえた。
あの敵は私たちを狙ってまたもう一度襲いかかってくるかも知れなかった。
ならば今度こそ危ない。私たちは勇をふるって一斉に走った。
 ・・・あまりにも早くまた突然背後にせまる爆音を聞いたのだ。
夢中で走っていた・・・
助かったと悟った時私は訳を確かめるためにひるみながらも顔を挙げて、
たった今頭上を飛び去った機影を目で追った・・・
その褐色の翼と胴体に記された、白く縁どりされた日の丸をみたのだ。
 あの瞬間のふるいつきたくなるような感動を多分一生忘れないだろう。
それはなんといおう、身の痴れるような、
泣いてすがりつきたいような激しい懐かしさだった。
あれは私にとって有無いわさず歴然としてある、
生命を賭けて凌ぎあう敵と味方なる関わりを悟らされた初めての瞬間だった・・・

 石原の小説は余り好きではないが、この短編小説は嫌いじゃない。作家だけあって、時代を読んだ過激な言葉で国民を煙に巻くが、マスコミの使い方が上手で潮流に乗るのが上手なだけだ。要は、大衆迎合主義である。揶揄する言葉は天下一品だが言葉だけが独り歩きし、一歩間違えば田中真紀子と同じタイプだろう。

 石原は「日の丸は好きだけれど、君が代って歌は嫌いなんだ、個人的には。歌詞だってあれは一種の滅私奉公みたいな内容だ。新しい国歌を作ったらいいじゃないか。好きな方、歌いやいいんだよ」と公言して憚らない。この隠しきれない反天皇の思想こそ、愛国保守と言われている石原慎太郎の本音であり正体なのだ。

 脳梗塞も天命だろう、石原よ、男の身の引き方を間違ってはならない。ずるずると政治家の椅子にしがみ付くのは止めた方が好い。まぁ、石原とは違い、正統保守でもある平沼赳夫も脳梗塞から復帰したし、石原の動向なんぞどうでも好いか。

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cordial8317 at 07:35│Comments(0)

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