悪衣悪食を恥じ居の安きを求むるは即ち志士に非ず今更「小沢一郎政治塾」って(嗤)

2013年03月05日

「通名」で日本人に成り済ますのを止めて堂々と本名を名乗りなさい!

 日本の統治時代について台湾での歴史教育は、戦後に手の平を返した韓国とは違い実に公正に教えられ、近代化にかなり役に立ったという論調で書かれている。

 鉄道や電気、道路や水道といったインフラのみならず、教育に於いても日本と全く同じレベルに徹底されている。我が国が忘れてしまった「信義誠実の原則」という日本的価値観や「日本精神」という美徳が台湾には未だ連綿と生きているのだ。

 方や韓国はどうか。戦後、戦勝国を気取り、暴虐の限りを尽くした。事ある毎に「日帝時代」を批判し、今や「創氏改名」までも非難する。だが、儒教社会の朝鮮では当時の女性には名が無く「愛称」で呼ばれていたのを知らぬ筈はあるまい。 

 創氏改名は強制だったというが、昭和7年の衆議院選挙には東京4区から朝鮮出身の朴春琴が朝鮮名で立候補し当選した。朴は12年の総選挙でも再選を果たしている。選挙区には朝鮮から出稼ぎに来ていた人達が多かったとはいえ、その数は有権者数の1.5%にも満たない数で、多くの日本人が朴に投票したことが分かる。

 投票の表記に「ハングルで書かれたものも有効」と認められている。「植民地」の文字が宗主国の選挙で使用を認められたのは世界で唯一のことであった。何故そうしたことが認められたのか。それは、朝鮮人の彼らも日本人だったからである。

「貴族院」は華族と勅撰議員で構成されていたが、朝鮮人の華族や勅撰議員が何人もいたことでも、創氏改名が強制ではない理解出来よう。更に付け加えれば、創氏改名が行われてからも彼等は日本名に改名していない。「私は朝鮮人だ」と言って憚らなかった洪思翊中将然り、創氏改名が如何に強制ではなかったことが分かる。

  彼等が非難して止まない差別と弾圧の日帝支配なるものは寧ろその逆であり、世界に例を見ない極めて公平で平等な制度であったということだ。日韓併合時代にも堂々と朝鮮名を名乗っていられたのに、「創氏改名」が強制だった訳がなかろう。

 戦後、日本に棲み着いた朝鮮人は、何故に「通名」を安易に使用する様になってしまったのか。彼らは、「朝鮮名を名乗ると差別される」「日本人にこそ問題がある」などと口にする。それは朝鮮人お得意の責任転嫁であり、見苦しい言い訳に過ぎないが、単に日本人に成り済ました方が便利で騙し易いからに他ならない。

 朝鮮民族として祖国にも本名にも誇りも愛着も持てないというのは実に悲しいことだ。現在も執拗に参政権を求めるならば帰化して日本人になれば好いだけのこと。

 安易な帰化問題には賛否があるのは承知しているが、我が国の帰化条件は諸外国に比べてかなり緩い。国家への忠誠などと言った強制もなく、帰化すれば何の制限も差別もなく日本人として100%の参政権も権利も与えられるのだ。

 彼らは易易と「通名」を使い、日本人のフリをしては詐取を働く。彼らは由緒ある朝鮮人というガイジンなのだ。彼らもいつまでも日本人に成り済ましてないで、朝鮮民族としての誇りやプライドがあるなら堂々と朝鮮名を名乗るべきだろう。

 戦後、日本は「在日朝鮮人」への認識不足と対応の甘さから特権を与え過ぎた。差別ではなく、「通名禁止法案」を創り、日本人と区別するべきだろう。

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cordial8317 at 08:42│Comments(0)

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