日露戦争「開戦記念日」に思う心の呵責なしに核兵器を造りうるのは、広島・長崎の悲惨さを知る我が国以外にない

2013年02月11日

明治22年2月11日、「紀元節」に大日本帝国憲法発布


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 本日は「建国記念日」、戦前の「紀元節」。建国を偲び、国を愛する心を涵養する日であり、「大日本帝国憲法(欽定憲法)」発布を記念する日でもあります。

 「大日本帝国憲法」は明治人の智慧が凝縮された日本の至宝である。

 この欽定憲法が発布されると、全国の神社では「紀元節祭」の催しを行うこととが慣例となり、青年団や在郷軍人会などを中心とした建国祭の式典が、各地で盛大に開催されることになった。

 本日も全国各地で「神武天皇陵遙拝式」や建国奉祝パレードが行われるが、日本に生まれた者として建国を祝うことは至極当たり前の光景だ。

 だが、「紀元節復活は科学的根拠がない」「軍国主義復活反対」などとして、共産党を始めとした売国団体や誤(護)憲派が「奉祝反対」の催しを目にするが、「平和ボケ」と揶揄される日本人を象徴するものだろう。

 日本国憲法を有難がってる連中が、憲法に基き制定された「建国記念日」を蹂躙しているのは嗤うしかないが、連中の「科学的根拠が無い」とする論拠が、歴史学者としての高松宮崇仁殿下の御意見というのは困ったものだ。

 左翼どもは日頃「反皇室」を叫んでいながら、こうした意見を利用して国民世論や大衆を煽動するのは常套手段。だが、「紀元節奉祝反対」を叫ぶ連中の真意は外でもない「欽定憲法」の復活を危惧してのものだろう。

 戦前は「四方節(元旦)」「天長節」「明治節」「紀元節」は四大節として宮中皇霊殿で天皇親祭の祭儀が行われ、各地で神武天皇陵の遙拝式も行われたが、何故か現在でも「紀元節」の祭祀だけが行われていない。

 これ即ち、戦後占領政策の「神道指令」の名残りなのだ。

 占領軍が「日本弱体化」の怨念を込めて我が国に押し付けた亡国憲法を有難がっているが、「5月3日」という日は「占領基本法」が施行された屈辱の日だと知れば国民の意識も大きく変わるだろう。

 安倍首相が「戦後レジームからの脱却」を唱えるならば、その手始めとして5月3日の「憲法記念日」を祝日から追放し、新たに「主権回復記念日」として4月28日を祝日とすべきである。

 戦後、日本国憲法に相応しい祝日の法案には「建国の日」も盛り込まれていたが、連合国軍最高司令官総司令部が紀元節復活に難色を示し、削除された。

 主権を回復した昭和27年4月28日に「紀元節復活運動」が起こり、33年に国会へ議案を提出するも実現出来ず、41年に「祝日法」が改正され、翌年2月11日に漸く「建国記念の日」として実施され今日に至っている。

 建国を偲び、国を愛する心を涵養する日とするならば、次代を担う子供達や青少年に日本の神話を教え、建国の意義を伝えて行くべきで、そういう意味でも「建国記念の日」というより、「紀元節」とするのが相応しいと思う。

 誰もが誕生日を祝うのと同じ様に、国の誕生を祝うのは当然であり、民族の信念と道統を受け継ぎ、これを護持し、これを宣布し、そして子孫に伝える責任と使命を有する者、それは「我ら日本人」であることは言うを俟たない。

 神武肇国の大理想「八紘一宇」を掲げ、天皇國日本の真姿開顕へ奮闘前進しよう!奉祝・紀元節!

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cordial8317 at 08:51│Comments(0)

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