自民党よ、公明党に三下り半を突き付け、連立を解消せよ!国賊・鳩山由紀夫に続いて村山富市と加藤紘一が揃って訪中

2013年01月28日

「伝家の宝刀」として、教員に「ビンタ」する権限を与えよ(笑)

 桜宮高校の体罰問題に端を発した騒動は各方面に波紋を投げかけている。政府自民党は、いじめ問題の深刻化を踏まえ、体罰もいじめと位置づけ、今日召集される通常国会で、「いじめ問題対策基本法案」の成立を目指すという。

「いじめ問題基本法」の骨子案は、いじめとは「児童・生徒に対し一定の人的関係に在る者が行う心理的、物理的な攻撃で、児童らが心身の苦痛を感じているもの」と定義している。

 こんな定義では、教員はいつ晒し者になるかとビクビクして、「教える」どころの話しではないだろうし、教員になる希望者も激減するのではないだろうか。こうしたことで根本的な問題を解決出来るとでも思えない。

 先週の水曜日、曽野綾子の人気コラム「透明な歳月の光」に、「体罰と人間観」というタイトルで、体罰を振るった桜宮高校のバスケットボール部顧問と橋下市長について書いてあった。

「人は変えられるという思い込み」があるのではなかろうかと、「世の中のこと、人間というものが、よくわかっていない人である」と、顧問と橋下を曽野綾子風に諭している。

 これに対し橋下は、自分への罵詈雑言だとの認識で、いつもの様に強気の発言を繰り返し、「桜宮高校で一人の生徒が死を選んだ。あの現場にいなければ死を選ばなかった。人が変わってしまったのだ」と、あくまでも自殺は体罰に在るとし、曽野女史を痛烈に批判する。

 橋下の「失言や暴言」「政策の矛盾」をいけしゃしゃと自己正当化するあの弁舌の技術は天性のものだろうが、自殺した生徒があの現場に居なくとも、遅かれ早かれ自殺したかも知れないし、体罰によって生徒の性格が変わったとも思えない。

 体罰を通り越した暴力事件は告発し罰すればいいし、暴力事件を起こした教員も粛々と刑に服すればいいことだが、自殺した生徒の精神状態にこそ問題が在り、そういうものを見逃した親や周りの人にも全く責任が無いとは言い切れまい。

 自民党が「いじめ法案」を作ることにより、「人は変えられる」「いじめ問題が解決する」と思っているのであれば、それは曽野女史の言う通り驕りであり、世の中のことも、人というのも分かっていないということだ。

 日本の教育が抱えている問題は、教育現場の実態も知らず、理想論を繰り返すばかりの文科省や教育委員会、興味本位でこうした問題を煽り続けるマスコミの責任が大きく、専門家という名の御用学者や評論家を交え話し合ったところで、机上論や法整備で解決出来るとは思えない。

 教育で大事なものは幼少期の躾、そして小学校の段階で道徳教育の基づいた正しい人間性の基礎を創ることが肝要で、道徳教育で大切なことは、教えたことを如何に実践するか、考えたことを如何に行動で表すことが出来るかが重要なのです。

 児童・生徒の「心身の苦痛」を守るのもいいが、同時に教育の一環として、善悪を知らない子供達に対し「伝家の宝刀」として、いつでも「ビンタ」で「躾」をする権限を教師には与えるべきだ(笑)

「八重の桜」で有名になった会津には「什の掟」というものがある。その中には「弱い者をいじめてはなりませぬ」「卑怯な振舞いはしてはなりませぬ」というのが書かれて在るが、教えるにしても教わるにしても、これが大事。

 現在のいじめの問題というのは、こうした「弱い者いじめ」を卑怯なもの、恥ずかしいものだという認識の欠落から出ているもので、即ち日本文化の喪失に起因してると言っても過言ではないだろう。

cordial8317 at 07:44│Comments(1)

この記事へのコメント

1. Posted by ゆう   2013年01月29日 07:20
興味深く拝見いたしました。
ビンタの権限を与えて良いだけの人格形成が教師にも最早出来てないのが現実です。(親族、知人に教師が多数おります)
いじめなど恥ずかしくて出来ない精神を幼少期に形成する事が本当に大切だと思いますね。
この具体策こそ政府には構築してもらいたいと思います。

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

自民党よ、公明党に三下り半を突き付け、連立を解消せよ!国賊・鳩山由紀夫に続いて村山富市と加藤紘一が揃って訪中