「なんせ、初めてのことじゃけ~」から18年が経った我が国が為さねばならぬことは米国からの自立である

2013年01月18日

鳩山由紀夫の藪蛇外交は枚挙に遑なし

 ここんとこ、チョ~ムカつくのは橋下徹と鳩山由紀夫。どっちも己が正しいと思って行動してるから始末が悪い。

 橋下は、同校の体育系学科の入試の中止と桜宮高校の全教員を強制移動するという。こうしたことで肝心な体罰や自殺という問題が解決出来るとは思えない。

 また橋下は入試を実施したり、他の体育系部活の顧問が同校に残れば人件費は執行しないとの考えを示しているが、本末転倒とはこのことだろう。

 体罰問題が票に繋がるとでも思ったのだろう、「校風、体質をいったんゼロにしないとダメ」と橋下は懸命だが、校風を変えればその学校に何が残るというのか。

 その昔、朝日新聞に国士舘の校風や暴力問題が取りだたされ、朝日が「反国士舘キャンペーン」をした時期があった。国士舘側は対抗措置として朝日の売国性を断じ、「反朝日新聞キャンペーン」を展開したのを思い出す。

 今やるべきことは生徒と顧問らの信頼関係の再構築こそ大事で、校風や体質をゼロにすることではない。

 体罰など関係なく的確に指導していた顧問や他の体育系学科の生徒達にとって橋下市長の言動は不安や動揺を招くだけで何の解決にもならない。

 「教育委員会の決定に自動的に予算が付く訳ではない。予算執行は僕の権限だ」との発言に至っては恫喝そのもの、全教員を強制移動するというのも要は「連帯責任ということで」、顧問のビンタや体罰より悪質だ。

 「市ではもう高校はコントロール出来ない。大阪市が高校を持ってるのは大問題」だと、大阪市立高校を大阪府へ移管する計画を前倒しする考えを示しているが、要は橋下の目的は此処にあり、単に体罰問題を利用しただけ。

 方や鳩山由紀夫だが、コイツを売国奴と言わずしてなんという。鳩山の藪蛇外交は枚挙に遑がないが、議員を辞めたにしてもその立場を利用されるということを本人は全く理解していない。

 南京屠殺記念館の前に建つへんてこりんな銅像に手を触れ、「かわいそうなことをしてしまった」と語りかけて黙とうしたという。

 挙句に御粗末な自虐史観をひけらかし、「大虐殺はなかったと言う方はここに来られてから話をされたらいい」と述べたという。ならばいつでも参上し、言ってやりたいが中共に言論の自由があればの話だ。

 抑抑、「南京事件」など存在せず、この問題が持ち上がったのは、戦後、米国の原爆投下や無差別爆撃での民間人の虐殺が問題となるや、「日本軍も30万人も虐殺していたぞ」と言わんとばかりに米国側がでっち上げたのが最初。

 それを中共が政治的に利用しているだけなのだが、南京事件の証拠としているものが「ラーベ日記」と、ヒトラー総統への「上申書」という実に粗末なもので、要は「南京事件」とはその虚偽の証拠を基に捏造された事実無根の事件なのだ。

 歴史の問題は一国の存亡に関わる大事であり、元首相という立場を弁えず安易に謝罪した鳩山の行為は先人への冒涜であり、万死に値するものだ。

 在りもしない南京事件を認め、苦しめていない南京の民衆に「苦しめた」と謝罪したが、そうした謝罪によって日本国民を貶めることに何ら躊躇いはないのか。

「心からの謝罪」というなら、いっそその場で腹でもかっ捌いてくりゃいいんだよ。そんなことも出来ずに何が「心からの謝罪」か。こういうのを実行が伴わない口舌のアホというのだ。

「平和友愛」などという前に、南京屠殺記念館や各戦争記念館に展示してあるインチキ写真の撤去を進言するべきだろう。まぁ尤もそれを言えるくらいなら端から謝罪なんかしないわな。

cordial8317 at 08:43│Comments(0)

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

「なんせ、初めてのことじゃけ~」から18年が経った我が国が為さねばならぬことは米国からの自立である