安倍総理の提唱した「アジアの民主主義セキュリティダイアモンド」鳩山由紀夫の藪蛇外交は枚挙に遑なし

2013年01月17日

「なんせ、初めてのことじゃけ~」から18年が経った

 18年前の今日1月17日、阪神淡路大震災が発生した。「自衛隊違憲合法論」を標榜する社会党党首で当時の首相村山富市は自衛隊出動に難色を示した。社会党のイデオロギーを優先した村山の対応の拙さから助かる数千人の命が失われた。

 愚生者が増え、自衛隊への出動命令の遅れを批判された村山は、「なんせ、初めてのことじゃけ~」と他人事の様に宣ったのを多くの国民は忘れてはいないだろう。こうした言い訳は、見苦しいばかりか同じ過ちを繰り返すことになるのだ。

 東日本大震災では、菅直人が現場視察を強行したことでベント開封が遅れて、更にSPEEDIの数値隠しで要らぬ被曝を招いた。阪神淡路大震災や東日本大震災しても何故に最悪の政権の時に最悪の天災が起こるのだろう。やはり天譴なのだろうか。

 阪神淡路大震災や東日本大震災の災害派遣や我が国の平和と独立及び国民の生命財産を守る為に日夜行われている厳しい訓練に於いて、過去に1822名もの自衛官が殉職されていることを、我々国民は知っているだろうか。

 国家の防衛と国民の生命・財産を守るべき自衛体が、都合の好い「便利屋」の様な扱いをされ、殉職したことも知らされないというのはどうしたものか。こうした自衛官諸君に対し、国家や国民が如何に感謝し、如何に慰霊・顕彰すべきなのか。

 自衛隊殉職者追悼式は、市ヶ谷駐屯地内の慰霊碑の前で政府関係者と自衛隊関係者のみで行われ、悲しいことに国民が慰霊・顕彰することはない。やはり、殉職された自衛官は靖國神社に祀り、国民が感謝の誠を捧げるべきだと思う。

 靖國神社に代わる追悼施設の問題が議論されるが、この市ヶ谷駐屯地内の慰霊碑が「新たな追悼施設」にされるのではなかろうと危惧する国民は少なくない。

 三島由紀夫は、その「檄」において「自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず」と喝破したが、現在の自衛隊は未だに三島の憂いた違憲状態の儘で放置され続けているのだ。

 現憲法の第9条・第2項に「陸海空軍の戦力は保持しない」と明記されており、悲しい哉、自衛隊の存在は明らかな憲法違反であるということを知っているか。

 東日本大震災などに於ける救援活動や民生支援など正に命を賭して活動し、日夜訓練に励む自衛隊を、まともな日本人ならば誰も否定はしまい。

 安倍首相は「集団的自衛権」に対して、「憲法解釈の変更も有り得る」などとと公言しているが、憲法解釈などという姑息な手段ではなく、堂々と現憲法の矛盾点を指摘し自衛隊を名誉ある軍にするべきだが、第九条改正では心許ない。

 我が国の危機管理と防災と国防が万全なものとなり、より高度な対策が構築されて行くことが犠牲になられた方々の無念さに応える唯一無二のものだ。合掌。

cordial8317 at 07:35│Comments(1)

この記事へのコメント

1. Posted by 求道者   2013年01月17日 22:25
 本当にやりきれない思いで一杯です。
三島氏は決起で「自らを否定する者をなぜ守るのか」と問いましたが、
全くそのとおりです
 いずれ来る大地震にて朝日新聞や岩波書店・アカ地方紙の社屋が崩壊しようが、連中は自力で脱出すべきであり、
 「官」(自衛隊・警察・海保)は本来、連中など見殺しにして一人も助けてはならないと思いますよ。
 こう言ったら連中は「我々も税金は払っているのだ」と開き直るでしょうが
そういう問題ではないです。道義的に許し難い事と思うのです。
 尤も実際にはアカや創価・反日耶蘇といえども助けねばならないのが「官」の辛い所とは思いますが・・・。

追記
参考ブログは少々古いですが12/29の記事を御一読下さい。
ここでもまた「やりきれない」と思ったものです。
震災で無念な亡くなり方をした年端もいかない児童達の魂が、
霊的体質の強い人を「頼って来ている」そうです・・・。
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が表示されます。

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