父上様、母上様、「三日とろろ」美味しゆうございました「白虎隊」と「二本松少年隊」

2013年01月07日

「白虎隊」をどう変換したら「百虎隊」になるんだろう(笑)

 福島みずほがTwitterで会津藩の「白虎隊」を「百虎隊」と書き込んだ挙句に、「八重の桜」や「什の掟」に準えて原発や憲法を持ち出して「ならぬものはならぬ」なんてつぶやいてるのを見て思わず笑ってしまった、というより流行に乗っかろうとの必死さに憐れさを感じてしまった。

「白虎隊」をどう変換したら「百虎隊」となるんだろうな。「ひゃっこたい」と入力すれば出るらしいが愚生のパソコンでは「ひゃくとらたい」と入力しなきゃ無理。抑々、自分で「白虎隊をテレビで見た」とつぶやいてるんだから「ひゃっこたい」と入れること自体マヌケというか、見てなかった証明だろうよ。

 虚言症のこのアホ女、「什の掟」には「虚言を言うことはなりませぬ」というのが在るのを知らない様だ(笑)

 会津藩には「什の掟」という訓えがある。同じ町に住む6歳から9歳までの藩士の子供達が10人前後集まり、年長者が一人什長(座長)となるこの集まりを「什」といい、その決まり事が「什の掟」だ。

 子供達が自ら約束事を決め、その日に起こった由無し事を語り合い、約束を破った者には子供ながらの制裁を加えたという。

 一、年長者の言ふことに背いてはなりませぬ
 一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
 一、嘘言を言ふことはなりませぬ
 一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
 一、弱い者をいぢめてはなりませぬ
 一、戸外で物を食べてはなりませぬ
 一、戸外で婦人と言葉を交へてはなりませぬ

 そして最後に「ならぬことはならぬものです」となる。

 地区地区の「什」によっては多少違うが、「ならぬことはならぬものです」との最後の言葉は、何処の「什」も共通だった様だ。

 会津出身の新島(山本)八重を主人公にした「八重の桜」が始まった。NHKで見るのは大相撲と落語くらいなものだが、このドラマが原発事故の風評被害などで疲弊する福島県の復興の起爆剤になることを期待したい。

 だが、偏向的自説を垂れ流すNHKのこと、「男女平等」「男女共同参画社会」の先駆者としての八重の姿を「女性の地位向上」「女性の社会進出促進」に利用するであろうことは予想出来る。

 八重は弘化2年(1845)、会津藩砲術指南役・山本権八、さく夫妻の三女として生まれ、兄の覚馬から洋式砲術を学び、戊辰戦争では断髪・男装し、スペンサー銃を担ぎ最後まで勇敢に戦った。

「幕末のジャンヌダルク」とも呼ばれた八重は、戊辰戦争前に但馬出石藩・川崎尚之助会津日新館教授と結婚するが、会津若松城篭城戦前に離婚、その夫は戦の最中に行方不明となったという。

 落城後、八重は京都顧問だった兄の覚馬を頼り、上洛。縁有って後に同志社大学を設立する新島襄と再婚する。キリスト教が未だ世に認められていない時代、洗礼を受け入信し、襄と共に同志社大の設立に尽力した。

夫を「ジョー」と呼び捨てる姿は、男尊女卑が未だ色濃く残る明治時代に於いては「悪妻」と評されたり、「烈婦」と評されたこともあるという。

 当時同志社の学生だった思想家・徳富蘇峰からは「頭と足は西洋、胴体は日本という鵺(ぬえ)の様な女性」と罵倒されたという。

 明治23年、襄が急逝。八重は夫の死後、日清戦争などで看護婦を志願し、篤志看護婦として救護活動に参加する。幕末の「会津戦争」を経験したからこそ、残りの人生を社会貢献に身を投じたのだろう。

 昭和天皇御即位の際に銀杯を下賜された八重はその4年後自宅で死去、享年86歳。波乱に富んだ八重の生涯のドラマが、県民にとって大きな励みとなり、復旧復興に繋がることを願うばかりだ。

cordial8317 at 07:21│Comments(1)

この記事へのコメント

1. Posted by turusei   2016年02月16日 15:57
たまたまこのブログが目に入ったのでコメントします。
はたしは会津若松在住のものです。
会津で生まれた方ならわかると思いますが、
会津では什の掟を簡単にしたもの(子供向けバージョン)
を小1で暗記させられます。今思い出しますと懐かしいですが・・・。
八重の桜はちょこちょこ見せてもらいましたが結構面白いと思いました。まぁ、見覚えのある山とか場所がちらほら写っていたので。
ちなみに、放射線のことですが、会津地方の土を舐めたところで被爆はしないと思います。

長文失礼しました。

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