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2012年07月10日

対中外交は冷徹で高圧的な対応で臨むべし!

 尖閣列島を巡り日中関係が微妙な情勢が続いている。「東アジア新時代」などというマヌケな政策が、中共を更に傲岸不遜にさせていることを知るべきだろう。 

「日本と中国は同文同種、一衣帯水の関係だ」という声を耳にする​が、この認識は全くの誤りであり、こうした認識が中共の策謀に嵌​ってしまう悪因なのだ。

 聖徳太子が607年、隋との対等外交に踏み切り、645年「大化​の改新」を実現する。しかし、この後の663年、白村江(はくす​きのえ)での敗戦を機に中華圏との正式な外交を絶った。

 その後、遣唐使が約250年間、菅原道真の献策によって廃止され​るまで派遣されたが、国書を携えて派遣したのは「倭国」としてで​あり「日本」と名乗ってからは、一度足りとも正式な国書を携えた​外交はない。

 明治4(1871)年に「日清修好条規」を結んだ相手は満州人の​清朝であり、支那との正式な外交は明治45年(1915年)の「​中華民国」誕生まで待たなければならないのだ。「日清修好条規」を結ぶ迄の約1200年に亙り、日本は日本列島​の中で独自の日本文化を熟成させた。

 名詞、動詞などの区別がない大陸からの漢字に「音」と「訓」をつ​け、ひらがな(のちにカタカナ)を付け加え、大和言葉を表現し、​支那の漢字とは全く別の文字体系と文化を創造したのである。

 近隣の国々は漢字の虜となり、朝鮮は「ありがとう」を「感謝」、​泣くことを「哀号」にした。その結果、自分の文化も無くなってしまった。

 一方の支那にしても、戦乱に次ぐ戦乱、「易姓革命」の連続で文字文化の発達は全く止​まった儘だったのだ。若し、我が国が朝鮮の様に漢字をそのままそっくり受け容れていれば、和​歌や短歌も詠めずに、日本の文化は消滅していただろう。

 日本人は異文化を吸収し、より善いものを生み出す国民性であり、​親中派が「日中は同文同種、一衣帯水である」とい​うのは全く誤った認識なのだ。

 支那の歴史も実情も知らず、単に「四書五経」のイメージで支那へ​の憧れを膨らませてる結果だが、国士・内田良平は​「彼らに好意は通じることはなく、冷徹で高圧的な列強の対支政策に​倣うべきだ」と忠告したが、蓋し達見である。

cordial8317 at 05:33│Comments(0)

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