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2012年03月09日

「陸軍記念日」に米国の大空襲は始まった!

 米軍による東京大空襲は昭和20年3月10日が最初だった。日本の多くの家屋が木造だという理由から火炎の強い焼夷弾を投下した。この空襲で多くの一般市民が犠牲となったが、米軍はこれに飽き足らず、4月14日と5月25日にも空襲している。

 5月25日の戦災では、皇居にも及び、明治宮殿が全焼し、陛下の執務室や御所、正殿などの儀式殿を失った。昭和天皇は「御文庫」を仮の御所とされ、昭和36年に吹上御所に御移りになられる迄の17年間を御文庫で御過ごしになられた。

 戦争で疲弊した国民生活の向上が最優先との思し召しから新宮殿の再建を御許しにならなかった。大空襲以降も「国民と共に苦楽を分け合う」と仰せになられ、皇居から御移りにならなかった。先帝陛下の大御心を拝する逸話である。

 東京大空襲は、広島、長崎への原爆投下と同様、一般人を犠牲にした蛮行は断じて許されるものではない。マッカーサー元帥の右腕の一人だったボナ・エラーズが、日本への空襲をして「史上最も冷酷野蛮な殺戮」と証言している。

 大空襲や原爆投下、ドイツのドレスデン爆撃は「国際法違反」の代表的例だ。東京裁判で連合軍は、東京への爆撃は「重慶、南京の日本軍のよる爆撃への報復」と詭弁を弄したが、民間人の殺戮は国際法違反である前に赦されざる蛮行である。

 未だ国内でも、こうした米国のプロバカンダを信じ「日本が戦争さえしなければ空爆されなかった」といった、自虐史観が散見されるのは困ったものだ。
 
 東京大空襲が決行された3月10日は我が国の「陸軍記念日」である。日露戦争最後の陸上戦「奉天会戦」が、大山巌陸軍大将指揮下断行され、明治38年3月10日に勝利を収めた。翌年、その勝利を祈念して3月10日を「陸軍記念日」として制定した。爾来、3月10日は国民が先人の偉業を称え、御祝いする日だったのだ。

 米軍は敢えてこの3月10日を選び攻撃したのだが、こうした事例は枚挙に遑なし。極東軍事(東京)裁判では、所謂A級戦犯が「死刑」判決を言い渡された日は「天長節」の4月29日。処刑日は皇太子殿下の御生誕日の12月23日に執行している。

 日本人に対し未来永劫に亘って、贖罪意識を植え付けるのが目的だったのは言う迄もない。こうした米国の意図は予想以上に成果を上げ、今や日本は「同盟国」とは名ばかりの「米国のポチ」として忠誠を誓い続けてる始末である。

 世界情勢が大きく変わろうとする今こそ、現憲法を破棄し、帝国憲法を復元・改正し、米国依存から脱却を急ぎ、国防体制の強化こそ急がねばならない。 

cordial8317 at 11:11
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