文章の極意は難解なものは易しく、易しいものは格調高く(伊藤仁斎)1945年(昭和20年)2月4日から11日にかけて行われた「ヤルタ密約」

2021年02月04日

全国の小中学校から二宮尊徳像が次々と撤去されたマヌケな理由

 その昔は全国の小中学校には二宮尊徳(金次郎)像が置かれていた。だが、戦後になると次々と撤去され始め、昨今では像が残っている学校は珍しくなった。

 二宮尊徳像が撤去された理由というのが、「児童の教育方針にそぐわない」「歩いて本を読むのは危険だ」「努力を尊ぶ姿勢は受け継ぎたいが、子供が親の命令で働く姿を勧めることは出来ない」という愚にも付かないものばかり。

 教育委員会も「戦時教育の名残」「歩いて本を読むのは危険」とのアホ左翼の意見を優先しているが、教育委員会とは日教組や全教と同じく教育崩壊の元凶となっている。教育こそ国の大本であり、教育の再生こそ我が国の急務である。

 二宮尊徳ほど、戦前と戦後の評価が二分された人物も稀だろう。今や「尊徳」の教えは忘れさられ「損得」ばかり勘定する日本人が多くなったことは実にさもしい。

 戦前の道徳教育である「修身」では、尊徳の唱えた「勤倹・分度・推譲」の思想が教えられ、模範的な日本人の倫理観とされた。だが、戦後のGHQの徹底した戦後民主主義教育の実行により尊徳の教えは「危険である」と一掃されてしまった。

 倫理観が欠落し教育の荒廃が叫ばれて久しい今こそ、尊徳の教えを子供達に伝えて行くべきだろう。尊徳の生立ちや業績を書いた「報徳記」や、尊徳の言葉を記した「二宮翁夜話」が有名だが、二宮翁夜話の中から幾つか摘記してみよう。

【積小為大】「大事をなそうと思ったら、小さな事でも怠らず努力することだ。全ての物事は小が積もって大になる。ところが、小人物に限って最初から大きな事を欲し、小さな事を怠るものだから、結局は何も出来ないで終わっている」(十四条)

 元参院議員でタレントの西川きよしじゃないが「小さなことからコツコツと」と同じだが、この哲理を見出したのが金次郎17歳というから驚く。

【心田開発】「土地の荒廃の本は人間の心が荒れているから起こるのである。私の道では先ず心の荒れを耕すこと。心の荒廃を耕したら、次は田畑の荒地を開き、水を引き、苗を植えて、熟田にしていけば、自ずから国が富強になることは間違いないのだ」(続二十四話)

 尊徳が再建に取り組もうとした領地は荒れ果て、農民たちは惰眠を貪り誰も働こうとしない。そこで尊徳は、その前に農民たちの心を耕すことを試みたという。

 目先の難問を解決したところで、同じ事が起こるのは目に見えている。尊徳の荒地とは違うが、 財政再建で有名な歴史上の人物と言えば、米沢藩第九代藩士の上杉鷹山だろう。鷹山が先ず手を付けようとしたのが領民の心の改革であった。

「単に帳簿上の赤字を克服すれば財政再建が出来るという訳ではない。今は困窮の余り、この国の人々は目先の利益のことしか考えず、他人のことを思い遣れなくなっている。人々の心にも赤字が生じてしまったのだ。これを克服しなければ、喩え帳簿上の赤字を克服したとしても、また同じことを繰り返すだろう」

 二宮尊徳も鷹山のこの教えに学んだのではあるまいか。そうした経験から尊徳は「経済なき道徳は戯言であり、道徳なき経済は犯罪である」と訓えている。財政再建は、帳簿上の克服と同時に道徳教育の徹底を図らねばならないということだ。

 道徳教育で大事なものは何より幼年期の「躾」であり、親の躾は勿論のこと保育園や幼稚園、そして小学校低学年での教えがその子の将来を決定付けると言っても過言ではない。道​徳教育の根本は「教育勅語」に示されている通りである。

【至誠実行】「私のやり方は至誠と実行有るのみである。私は才知とか弁舌など尊ばない。才知弁舌は人には効き目が有るかも知れないが、鳥獣、草木を騙すことは出来ない。そこへいくと私の方法は至誠と実行だけだから、米麦でも野菜でも、蘭でも菊でも、皆に通じてこれらを繁栄させることが出来る。凡そ世の中のものは、知識や学問が有っても、至誠と実行が無かったら何事も成就しないことを知らなければならない」(百三十九話)

 至誠の実行こそ尊徳の実践哲学の根本とも言えよう。道徳教育を学び、教育勅語を諳んじられたとしても意味は無い。学んだことを実行することこそ肝要である。

【勤・倹・譲】「私の報徳の道は、勤・倹。譲の三つである。勤とは、衣食住に利用出来るあらゆるものを骨身惜しまず生産すること。倹とは、その作り出したものを有効に活用し無駄にしないこと。そして譲とは、衣食住の三つを他に譲り及ぼすことである。但し、この譲には色々有って、今年のものを来年の為に蓄えるのも譲、子孫に譲ったり、親戚、朋友、郷土、国家の為に譲るのも譲である。その人の分限に於いて出来るだけ多くを譲る様にしなければならない。勤・倹・譲の三つは、鼎の三本足の様なもので、一本でも欠けたら報徳の道は立たないことになる」(続四十三話)

 報徳実践の三大哲学で、一般には「勤労」「分度」「推譲」の実行として教えられている。 こうした尊徳の教えは、明治資本主義の創成期に活躍した渋沢栄一や安田善次郎、御木本幸吉、松下幸之助など多くの実業家に影響を与えた。

 金次郎少年は賢人の名言集から学び、それを全力を実践した。我が国の将来を担う子供達にこそ、二宮尊徳(金次郎)の精神を教えて行かねばならない。

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cordial8317 at 06:26
文章の極意は難解なものは易しく、易しいものは格調高く(伊藤仁斎)1945年(昭和20年)2月4日から11日にかけて行われた「ヤルタ密約」