一人での山奥での釣行は寂しいが釣りと酒を愛した作家・開高健が好んで使った故事

2011年09月20日

「放射能はごめんだ」脱原発集会と打ち上げ花火の中止

 名うての売国奴・大江健三郎らが呼掛けた「さようなら原発五万人集会」が東京・明治公園で行われた。主催者の原水禁は参加者数約6万人と発表しているが、参加者数を偽ることは左翼団体の常套手段で。6万人は実に胡散臭げな数字だわな。

 参加者数を偽ることは国民を欺くことであり、決して有ってはならないことだ。大江らは殊更に原発の危険を煽り脱原発を謀っているが、参加人数を水増ししている様ではこの運動に正義は無く、これ以上盛り上がることはないだろう。

 数年前、社会科教科書の沖縄集団自決に関する記述が違うと抗議集会が開かれ、主催者側が「参加者11万人」と大々的に発表した。それを鵜呑みにした政府やマスコミが右往左往した挙句に、教科書の見直しを検討したことが有った。

 この参加者11万人という数字に疑問を持った大手警備会社のテイケイ(株)が航空写真を分析した。結果、参加者の実数が1万8179人と判明して沈静化された。

 昨年の沖縄普天間基地反対集会での参加人数9万人も、結局1万1569人だったことが判明している。今回も参加者の実数は沖縄での集会の時と同じだろう。

 愛知県日進市の「にっしん夢まつり・夢花火」では、東日本大震災の復興を支援しようと被災三県の花火を含めて計2000発の打ち上げを予定していた。

 このうち80発が、福島県下の煙火店の花火だったという理由で、「放射能はごめんだ」とばかりに、市に「汚染された花火を打ち上げるのか」というアンポンタンからの抗議が殺到して、結局花火は打ち上げられなかったという。

 市長は「苦渋の選択だった。抗議が相次ぎ打ち上げられなかった」と語るが、抗議のメールや電話はたった20件だけだったというから開いた口が塞がらない。

 花火の製造は保管も管理も室内で行う訳で、何故に放射性物質に汚染され危険なのか理解に苦しむ。況してや、川俣町の花火は昨年製造されたものだ。何が「夢まつり・夢花火」か。夢も何も無いではないか。反原発の弊害ここに極まれり。

 二の足を踏んだ日進市の荻野市長や「にっしん夢まつり・夢花火」実行委員会は猛省すべきで、抗議20件の一件一件説明すべきだし、これがもし市民ではなく、原発の恐怖を煽る「脱原発」派の連中の仕業だったかも知れないではないか。

 どっちにしろ、不安を駆り立てるのではなく放射線の問題を正しく理解すべきだし、こうしたことが繰り返されている限り福島県民への差別は治まらない。

 菅直人のマッチポンプだった原発事故以来、「脱原発」の考えは多くの国民に浸透してしまった。確かに原発事故の影響を諸に受けている福島県民として「原発さえなかったら」という思いは強い。だが、果たして資源の乏しい我が国が、原発無し繁栄出来るのか甚だ疑問だし、産業振興、電力不足などの不安は拭えない。

 それより、「便利」という価値観に溺れた国民が、石油や天然ガス、再生可能エネルギーだけでの生活に満足するとはとても思えない。「脱原発」の理想は分かるが、原水禁や大江らが叫べば叫ぶほど興醒めするのは愚生だけではあるまい。

 抑抑、福島原発事故は防波堤などの整備を万全にしてさえいたら大事には至らなかった事故だ。「脱原発」よりも先ずは現存の原発の安全対策を施すことが大事。

 原水禁(原水爆禁止日本国民会議)や「平和」「核廃絶」「脱原発」を標榜する胡散臭げな平和屋どもが蠢き出して国民を煽動しているが、原発の問題は核武装という国防にも繋がる国家の大事であり、安っぽい風潮に流されてはならない。

cordial8317 at 10:13
一人での山奥での釣行は寂しいが釣りと酒を愛した作家・開高健が好んで使った故事