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2011年08月02日

入国拒否で国家としての未熟さと民度の低さを露呈した韓国

 鬱陵島視察の為に韓国へ入国しようとした自民党の新藤義孝、稲田朋美、佐藤正久の三人が入国を拒否された挙句、一時的に拘束された。

 韓国が国家としての未熟さと民度の低さを世界に露呈した様なものだが、国旗・日の丸や四人(ヘタレの平沢勝栄はドタキャン)の顔写真が入った横断幕を燃やし、気勢を挙げる姿におどろおどろしいものを感じた日本国民は多い。

 日本政府は「遺憾の意」を表明し、マスコミもまた「日韓両国で領有権を主張している竹島」と他人事の様だ。新藤氏は金浦空港で韓国メディアに対し「竹島は日本の領土」と堂堂と主張たが、こうした議員にこそ国家の舵取りを任せたいものだ。

 昭和27年1月、韓国初代大統領・李承晩は国際法を無視し、突如として軍事境界線「李承晩ライン」を設定し、竹島を韓国領と宣言した。

 占領下で無力な日本の立場を見透かし、泥棒猫の様に竹島を掠め取ったのが事実だ。日本の主権が快復される3ヶ月前のこの行為は明らかな侵略行為であり、ロシアの北方領土の強奪と同じく断じて許されるものではない。

 戦後、李承晩ラインを侵犯したとして拿捕され、抑留された日本人漁民は日韓漁業協定が成立する昭和40年(1965年)の間に3929人に及び、船舶328隻、死傷者は44名を数えた。こうした過去の事実を知る国民は少ない。

 韓国政府は日本人抑留者との引換えに、日本国内で犯罪を犯し収監されていた在日朝鮮人472名の即時釈放と日本滞留特別許可を要求すると、情けないことに日本政府はその要求に応じた。正しく弱腰外交の極みである。

 その措置以降、在日朝鮮人がゴキブリの如く殖え続け、在日特権が次々と与えられていくのだ。韓国・朝鮮人の傲慢は今に始まったことではないが、譲歩が更なる譲歩を生んだ悪しき一例だろう。

 韓国が主張する根拠は「三国史記」という古代朝鮮の歴史書に、鬱陵島の隣の干山島が新羅の領土と書かれていることに帰着する。

 4~5世紀から韓国領だったというのだが、古地図では干山島は鬱陵島の西に接近していて、竹島は鬱陵島の東南92キロに在るのだから、干山島が竹島ではないのは誰にでも理解出来るのだが、頑迷固陋な韓国人には理解出来ない。

 抑抑、李氏朝鮮時代には鬱陵島すら空島政策によって居住が禁止されており、それより遥か先の島のことなど関心も認識も無かったのだ。

 日本では徳川時代から魚採などが行われ、幾度も渡航していた事実があり、竹島は明らかに日本領土と言えよう。竹島問題を紛らわしくしているのは、日本では当時、鬱陵島を竹島と呼んでいたことぐらいなものなのだ。

 昭和29年9月25日、日本政府は、この問題を「国際司法裁判所」に付託することを提議した。韓国政府は未だに応じていないが、応じていないというより、応じられないというのが本音だろう。

 また、昭和26年に韓国は米国政府に対し、ポツダム宣言の解釈として「日本が放棄した領土には竹島(独島)が含まれるべき」と要求したが、米国からは次の様に回答されている。

「独島、又は竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人島である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことは決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。この島はかつて朝鮮によって領土主張がなされたとは思いません」(ラスク国務次官補より梁韓国大使宛書簡、1951年8月10日付)

 領土問題が未だ解決の曙光すら見えないのは何故なのか。

 思うに、領土そのものの重要性に対する認識不足、如何に不法占拠されたのかという真相把握の欠如、そして相手国への認識の甘さ、更には歴代の政府や国会が領土主張を疎かにしてきた結果であろう。

 今回の入国拒否という事の重大さを認識し、実力行使も辞さない覚悟で抗議と返還要求を断行すべし。

cordial8317 at 06:08
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