菅が「国益」「開国」というと何故か違和感を覚える玄葉光一郎と渡部恒三

2011年01月07日

精神異常か性的変質者か

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 夫婦別姓を望む男女5人が「同姓強制は違法」だとして、国家賠償を求め、近々に東京地裁に提訴することを決めたという。事実婚の野田聖子の出産に合わせたかの様な胡散臭げな記事に訝る国民は多い。日本が明治維新の大業を成し遂げ、西欧に倣い国民全てに「姓」を与え、新しい家族制度を整えた。国民が家族の理想にしたのは、皇室の姿だ。

 教育勅語に「父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し朋友相信じ」と在る様に、正に日本の家族制度は尊いものだ。欧米の教育は、個人が生存権に勝つ為のものであり、辺り構わぬ闘争が行われ、働く目的は金と享楽の追求のみ。それ故、家族の絆は緩み道徳の深さは生活から離れているのが現実で、結果、唯物主義の考え方が支配的となり、人々の心を孤独化している。

 日本の個人主義は極めて僅かで、世代に亘る家族の絆は固く、互いの助け合いによって人間本来の善良な姿と優しい心が保たれている。此れは、国民が皇室の家族の在り方を見本にしているからであり、日本が世界に誇れるものは「家族制度」である。この尊い家族制度を破壊し「選択的夫婦別姓制度導入」や「戸籍法改悪」を謀る事は、畢竟、国体破壊の序章と言っても過言ではなく、断じて成立を阻止せねばならない愚策だろう。

 「夫婦別姓が男女平等の理想」とか「少子化時代に墓が守れる」とか、今回の提訴に見られる様な「憲法13条、24条違反」だという「夫婦別姓推進のキャッチフレーズ」全てが欺瞞であり、鯔のつまりは「女性宮家」だとか「開かれた皇室論」を叫び「女性天皇論」を画策しているのは火を見るより明らかだ。

 「夫婦別姓」運動と「女系天皇論」には酷似点は多い。どちらも1932年のソ連共産党の「コミュンテルンテーゼ(命令書)」を忠実に遂行しているキチガイ左翼が発案したものだ。

 「女性宮家」論は、天皇制廃止運動の枢要な柱として昭和40年台半ばに、「夫婦別姓」運動は平成に入り大キャンペーンされた。戦後の天皇制廃止運動の主力は、昭和にあっては「戦争責任・退位論」。次に「開かれた皇室論」と続き「敬称・敬語不使用運動」。平成に入り「女性天皇論」に転換されている。

 連中は、自国である日本を罵り、蔑み、貶め、自虐史観の限りを尽くし国民を煽動し、男系男子に限定する皇位継承や夫婦同姓を「女性差別」だとか「時代遅れだ」と絶叫し吹聴するが、国益を顧みない共産主義者は世界でも日本だけの珍現象だ。

 こうした大馬鹿者共が「男女共同参画社会」や「夫婦別姓」や「男女共同参画社会」を声高に叫んでいるのは周知の事実で、此れは、唯物論とマルクス・レーニン主義に冒された精神異常者やジェンダーフリーを叫ぶ性的変質者の、その重症の病が生んだ狂気であり妄想である。

 「夫婦別姓」や「男女共同参画社会」こそ、ソ連崩壊後、日本国内に巣食う極左勢力が考え抜いた「共産(共参)社会」実現の日本崩壊へのシナリオであり、最近常用されている「共働」という言葉も又、共産党や生協が「共同」を「共働」変えた造語だ。共同はコラボレーションという意味だが、共働はコミューン、つまり共産社会という意味を持つ。

 今や誰もがその意味を知らずに時代の流れだと言わんばかりに安易に使用しているが、こうした安っぽい風潮に決して騙されるべからず。

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cordial8317 at 07:41
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