我れ日本の柱とならん 我れ日本の眼目とならん 我れ日本の大船とならん何事も両目をカッと見開いて物事の真意を吟味したいものです

2022年12月01日

太陰暦を採ってた明治5年までは12月2日が大晦日だった

 本日は師走朔日ということで、朝未だきからのウオーキングの途中に開成山大神宮に参詣し、畏くも天皇皇后両陛下の弥栄を祈念する。自宅に戻りシャワーで身を清め、神饌を替え、神棚に向かい感謝の誠を捧げ、併せて心願成就を懸けた。

 1年というのは早いものであっという間に師走となった。誰だか忘れたが、1年の感じ方というのは1歳なら1㌔、40歳なら40㌔、80歳は80㌔と、年齢と同じスピードで過ぎると教わった。還暦を過ぎた愚生も1年があっという間に終わる(笑)

 子供の頃は1年がホント長く感じ、小学校へ行くのも億劫で授業が長く感じた。長く感じるのは記憶が確りしてるからだという。歳を取ると記憶が曖昧になり、昨日の出来事や何を食べたかさえもよく覚えていなくなるから1年も早く感じる(笑)

 明治政府は明治5年(1872年)、月の満ち欠けを中心にした太陰暦を切り替え、太陽暦のグレゴリオ暦を採用する。同年12月3日を明治6年の「元日」と決めた。

 旧暦では1年が13ヶ月。それが12ヶ月となったのだから当時は大きな混乱や支障を生じたのは想像に余り有る。西暦は知っての通り、キリスト教に基くもの。

 暦というのは宗教と歴史が関連するものであり、国が変われば暦も様々なものが使われている。西暦2022年は何年になるのだろう。例えば、イスラムでは太陰暦を使っており、マホメットのメディナ遷宮から数えて1443年となる。タイでは御釈迦様の没年から数える「仏暦」を用いているから2565年となる。

 ユダヤ教では天地創造を起源とするユダヤ暦だから5781年。因みに、北朝鮮は金日成の生誕日から数えており、「主体(チュチュ)112年」の歴史となる。

 我が国は、神武天皇御即位年を紀元とされる「皇紀」という年号がある。西暦も結構だが皇紀や元号こそ使うべきでる、皇紀2682年の輝かしい歴史である。

 暦とは別に、我が国には「元号」が在る。節季の習俗を時代の流れに応用する先人の智慧であり、元号は我が国の文化を象徴するものの一つである。

 西暦が世界で一般化しているとして恰も元号が古臭く「時代遅れだ」として反対を唱える大馬鹿者がいるが、明治に開国し、西暦を採用し混乱の中でも元号を捨て去らなかったのは、大化の改新から我が国の国民生活に深く定着していたからだ。

 歴代の天皇は数年から十年を目途に改元して巧みに時代転換をして来た。孝明天皇は、御在位21年の間に「嘉永」「安政」「万延」「文久」「元治」「慶応」と6回も改元された。混乱の時代を如何に転換させるかの苦衷の表れでもある。

 街はクリスマス商戦一色。神道の祭主であられる天皇陛下を戴く我が国にはそぐわない景色だが、日本人はクリスマスでキリスト生誕を祝い、大晦日は寺で除夜の鐘を撞き、元旦には神社に初詣に参り、年賀状には元号を記す。実に好い加減というか、流石は八百万の神が棲む国に生きる実に大らかな民族なのだと思う。呵呵。

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cordial8317 at 07:45│Comments(0)

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