岡田外相「バターン死の行進」で謝罪売国奴・岡崎トミ子が国家公安委員長とは冗談が過ぎる

2010年09月17日

愛国者諸君は進んで「横議横行」するべし

 昨日は新宿で畏友と待ち合わせて、物心両面で御支援頂いている大手警備会社テイケイの高花豊会長に挨拶に出掛けた。会長は毎回示唆に富んだ話をしてくれるが、何といっても圧倒的な存在感があり、此方迄パワーを頂けるのが有難い。

「人間の財産と言うものは、いざと言う時に自分を支えてくれる人で有ると同時に各自が目指す目標実現の為の知恵袋である」という言葉が有るが、正にそういった方で、そんな人物に出会えたことは自分の人生も満更ではないと思っている。

 会長に支援頂く様になったのは今は亡き右翼浪人・横山武彦と約1ヶ月かけて全国行脚の旅をしたのがきっかけだった。最終目的地は知覧の平和記念館だった。彼此十年以上も前のことだ。横山とは歳が二十も違ったが妙に馬が合った。

 横山は、入隊した防共挺身隊の当時副隊長で雲の上の存在だったが、縁あって郡山市の某右翼団体の会長に就く。以来、ちょくちょく吞み交わすことに。

 横山と会長が知り合いと言うことも有り、以来可愛がって頂いているが、年内一杯で会長職を辞するというので、もう会えないかと思うと寂しさを禁じ得ない。

 1時間程の鼎談を終え、昼間から一献やろうということになり、上野・御徒町界隈に出没と相成った。畏友の知人のO氏も参加しての談論風発と相成った。

 こうした「横議横行」は大好きだ。「横議横行」とは「勝手に論ずる」とか「勝手気儘に歩く」という意味が書かれている。「人生は邂逅の一語に尽きる」と言う様に、旅をして知り合った方々と議論を交わすかとくらい愉しいものはない。

 気の置けない友なら尚更に楽しいが、唯、呑み過ぎてしまい、翌日は猛省するのが御決まり。昨日も案の定呑み過ぎたのは言う迄もない。猛省(笑)

 自由気儘に歩き回りることが禁止されていた幕藩体制下に、「横議横行」を勧め、「脱藩せよ」と叫んだのが吉田松陰である。松陰こそ「一君万民論」を唱え近代国民国家を志向した魁であり、そこから「草莽屈起論」を導いた。

 つまり、天皇=一君と国民という関係を構築する為、封建制度を打破すべく脱藩し、一草莽たれと訴えたのである。その結果、意志の高い下級武士等が脱藩し、「志士」として明治維新という大業を実現させたのだ。

 また「横議横行するべし」と、実践した人物として最も有名なのは坂本竜馬だろう。龍馬にしろ、時代の寵児として活躍した人物の共通の特徴は「言葉」が違うことである。大衆の心を引き付けたりするのは「言葉」を以て他に無い。

 土佐の町人郷士の次男に生まれた竜馬は正に「言葉の達人」だった。彼が幕閣とも勤王の志士とも通じ、後には薩長連合の仕掛け人として、明治維新を豪腕で引き寄せた立役者足り得たのは、説得の技術、つまりは言葉の豊かさによるものである。

 更にもう一つは、彼が「歩く人」であったことだ。交通の不便だった時代に、実に驚く距離を行き来している。 放浪の旅や、家を飛び出し、多くの人と顔を突き合わせ「横議横行」することは実に大切なことなのだ。横議横行するべし!

cordial8317 at 13:37

この記事へのコメント

2. Posted by 爆発五郎   2010年09月17日 17:24
隠岐社長、態態コメント頂き有難うございます。「人生を愉しみにたければ釣りを覚えなさい」開高健ではありませんが、釣りは楽しいですね。来シーズンは是非とも同道したいものです。これからは新蕎麦も美味しくなりますので郡山へも足を伸ばして下さい。来月お会い出来ることを鶴首しています。 合掌
1. Posted by 隠岐 康   2010年09月17日 16:38
東京の隠岐でございます。
昨日は、合流できず残念でした。実は、五郎様に触発されたという訳ではないのですが、縁があり、高知県の馬路村、安田川にて鮎のシャクリ釣りの遠征に行っておりました。(一応、仕事のついでという名目ですが)半分川に潜って、箱メガネを覗いてというやつなのですが、なかなかどうして「見えている魚は釣れない」という言葉通りの釣行となりました。
また、来月でも東京にお越しの際にお会いできることを楽しみにしています。
岡田外相「バターン死の行進」で謝罪売国奴・岡崎トミ子が国家公安委員長とは冗談が過ぎる