玉音放送(現代語訳)曲学阿世・安倍元首相と中曽根大勲位の共通点

2010年08月16日

真姿の復元を計り靖國神社国家護持に立ち上がろう!

 65回目の「戦没者を追悼し平和を祈念する日」を迎えた昨日、日本武道館に於いて天皇・皇后両陛下の御臨席を仰ぎ「全国戦没者追悼式」が執り行われた。

 相変わらず首相の式辞には「心ならずも・・・」だとか「アジアの国々に多大な損害と苦痛を与えた」と、恒例となった空疎な言葉の羅列ばかりが目立った。

 東京裁判史観に冒され、反省の言葉ばかり口にする日本は「終戦」とは名ばかりの、未だ主権快復も出来ていない国家だと痛感した国民は少なくないだろう。

 第二次大戦後、戦勝国が敗戦国を一方的に裁いた茶番劇である「東京裁判」は昭和21年に開廷された。23年の天長節に絞首刑7名を含む全員有罪が言い渡された。

 未来永劫、犯罪を忘れさせない為に、当時の皇太子殿下の生誕日である12月23日を敢えて選んで東条英機ら所謂「A級戦犯」の絞首刑が執行されたのである。

 抑抑、戦争犯罪とは、ハーグ陸戦法規やジュネーブ条約に規定される「捕虜に対する人道的取り扱い」や「無防備地域に対する攻撃の禁止」など、戦闘行為に於ける将兵の「国際法違反」を問うものであるが、東京裁判は事後法に因るものだ。

 当時の国際法では、戦争を遂行した国家の主導者が個人的に犯罪者として裁かれることは無かったし、今日でも国際法の直接的指導・命令者で無い限り同様である。

 然るに、東京裁判では被告の方々は「平和に対する罪」「人道に対する罪」で裁かれたが、事後法に因る裁判は無効と言うべきものであった。この様な事後法は韓国ではよくある事だが、近代法治主義が最も忌み嫌う行為であると知るべし。

 東京裁判の目的は勝者の敗者に対する見せしめであり、復讐であり、日本は「悪」であるという虚構の観念を全ての日本人に植え付ける為のものだったのだ。

 米国人弁護人、ブレイクニーは「広島・長崎への無差別殺戮兵器の原子爆弾の投下を命じた者に被告らを裁く資格は無い」と叫び、同じ米国人弁護人のローガンは「欧米から経済的、軍事的に追い詰められた結果の日本の自衛戦争である」と指摘している。インドのパール判事は日本人被告の「全員無罪」を主張した。

 今必要なのは、冷静且つ客観的に、そして科学的に大戦の是非を明らかにすることが肝要で、況してや靖国神社には「A級戦犯が祀られている」だとか「戦争犯罪人を祀るべきではない」だとか宣ったところで何になるというのだ。

 世界のどんな国でも「英霊」には最大の名誉が与えられている。それに比べ、我が国では自ら「A級戦犯」だとか「B・C級戦犯」とか「戦争犯罪人」はいない。未だ戦犯などと呼称しているのは、日本人の精神的貧困さを示すものだろう。

 刑死・獄中死された方は国会決議に拠って「法務死」と呼ばれている。靖国神社では「昭和殉難者」と称し、所謂B・C級戦犯は1068名が、それ以外のリンチ等で亡くなった方約100名が英霊として顕彰され御祭神として祀られている。

 東京裁判の茶番劇で、或いは外国の地で不当に処刑されたこの方々の命は軽いものではない。時の首相や政治家共は度々「深く反省する」などと軽々しく反省の弁を口にするが、責任を取るならば堂々と腹を切って詫びれば良いではないか。

「戦犯」の汚名を着せ続けられている方々は、敢えて反論もせず諒として罪を償ってくれたのという悲劇の現実を、国民は決して忘れてはならない。 今こそ抑圧していた障害を排除し、真姿の復元を計ると共に靖國神社国家護持に立ち上がろう。

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cordial8317 at 10:01
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