東京の標準木でもある靖國神社の「迅雷桜」宇宙ステーション「きぼう」に翻る「日の丸」

2010年04月05日

靖國神社の桜の花の下で「同期の桜」を歌う会

 一昨日、知人らと桜満開の靖國神社に詣で「桜の花の下で『同期の桜』を歌う会」に参加して来た。自然発生的に靖國に集い、英霊に感謝し、喜びを分かち合う日本人の多さを見れば、未だ未だ日本も大丈夫だと感じる。

 境内の「迅雷桜」が咲き出すと「開花宣言」が出され、約1週間後には満開になる。昨年暮れに気象庁が「開花予想」を取り止めると発表したが、「開花宣言」は従来通り、靖國神社の標準木を基準に行われている。

 昨年は、開花宣言から一週間後に参詣したが、満開どころか1,2分咲き程度でガッカリした記憶が有るが、今年は前日吹き荒れた強風にも何のその、桜満開でしかも最高の日和、人出も大賑わいでごった返していた。

 本殿参拝に続いて、本殿左手に在る「鎮霊社」に詣でるのが恒例で、「鎮霊社」には、賊軍とされた会津藩や我が故郷の二本松藩、西郷隆盛などの悲運の運命を辿った方々が小さな社に祀られている。死者の選別をいつまで続けるのか。

 所謂A級戦犯の分祀論が出る度、賊軍とされた先人の名誉回復こそが先ではないかとの思いになるが、靖国神社の創立に長州藩が大きく係っていたことが要因であろうが、靖国神社とはそういう社でもある。

 靖国神社の参道の真ん中に「大村益次郎」の銅像が建っているが、聞くところに由れば大村は上野公園の西郷どんの銅像を睨んで建っているらしい。こうしたことをしても靖國神社の成り立ちが分かるだろう。

 その大村益次郎の銅像前特設ステージで「靖國神社の桜の花の下で『同期の桜』を歌う会」が行われた。「海ゆかば」が流れる中、英霊に対し黙祷を捧げ、主催者代表の国学院大学の大原康男先生の挨拶に続き、献杯。

 女性コーラス隊が登壇し愈々「歌う会」という名の大軍歌大会が始まった。間髪を容れず次々と歌われて行くが、大声で、立ちっぱなしで歌っていると結構疲れる。

 喉も渇いたので、途中で退席し、銀座ライオンで「直会」という名の一献を挙げることにした。今回、サプライズゲストとして畏友のN氏も同道してくれて、大いに盛り上がり、上野のコリアンタウンの焼肉屋「板門店」で二次会。

 強かに呑み過ぎて、フラフラになりながらも最終の新幹線で帰還した。N氏の言葉を借りれば、大破・轟沈で、毎度の事ながら猛省。

 民主党政権は靖国神社に代わる追悼施設の建立を企んでいるが言語道断。「日本は日本人の為のものではない」でもなければ「日本の国は今生きてる我々のものではない」のだ。政治家は靖國神社に関わるなと言いたい。

 国家の為に尊い命を捧げた方々の御魂を奉斎する靖國神社を、国家の責任で護ることは余りにも当然のことで論議の余地などない。

 多くの国民が護国の英霊に感謝し崇敬の誠を捧げる姿は、靖國神社に代わる追悼施設が造られ様とも未来永劫絶えることはないだろう。

 追悼施設より、靖國神社の大祭に天皇陛下が御親拝せられることを目指すべきで、聖恩無辺、英霊並びに遺族にとっての感激と光栄これに優るものは無い。

 我が国は独立国であり、何処の国にも何者の拘束を受ける理由は無く、英霊に感謝し顕彰することを遠慮する必要もない。直ちに抑圧していた障害を排除し、真姿の復元を計り、靖國神社国家護持に立ち上がろうではないか。

 散華の心と鎮魂の誠という、この分かつ事の出来ない「誠心」こそ、民族の魂の記憶として、誇り高く永く後世に継承して往かねばならないのだ。

 心静かに眼を閉じれば英霊の声が聞こえて来る。

cordial8317 at 08:21
東京の標準木でもある靖國神社の「迅雷桜」宇宙ステーション「きぼう」に翻る「日の丸」