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2010年01月17日

夫婦別姓は共産(共働参画)社会への第一歩

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 日本が明治維新の大業を成し遂げ、西欧に見習い国民全てに「姓」を与え、新しい家族制度を整えた。
国民が家族の理想にしたのは、皇室の姿である。

 「父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し朋友相信じ」正に日本の家族制度は尊いものだ。欧米の教育は、個人が生存権に勝つ為のものであり、辺り構わぬ闘争が行われ働く目的は金と享楽の追求のみである。それ故、家族の絆は緩み道徳の深さは生活から離れているのが現実だ。結果、唯物主義の考え方が支配的となり、人々の心を孤独化している。

 日本の個人主義は極めて僅かで、世代に亘る家族の絆は固く、互いの助け合いによって人間本来の善良な姿と優しい心が保たれている。此れは、国民が皇室の家族の在り方を見本にしているからであり、日本が世界に誇れるものは「家族制度」である。この尊い家族制度を破壊しようとするものが「夫婦別姓」であり、良識ある国民は断じて容認出切るものではない。

 「夫婦別姓が男女平等の理想」とか「少子化時代に墓が守れる」という「夫婦別姓推進のキャッチフレーズ」全てが偽りであり、鯔のつまりは「女性宮家」「開かれた皇室論」を叫び「女性天皇論」を画策しているのは火を見るより明らかだ。

 「夫婦別姓」や「男女共同参画社会」などというのは唯物論とマルクス・レーニン主義に冒された精神異常者やジェンダーフリーを叫ぶ性的変質者の、その重症の病が生んだ狂気であり妄想である。

 「夫婦別姓」や「男女共同参画社会」こそ、ソ連崩壊後、日本国内に巣食う極左勢力が考え抜いた「共産(共参)社会」実現の日本崩壊へのシナリオである。

 因みに最近常用されている『共働』という言葉は、共産党の造語で、共同を変えたものだが、共同はコラボレーションという意味だが、共働社会はコミューンであり、共産社会という意味を持つ。今や誰もがそれを知らずに安易に使用しているが、こうした安っぽい風潮に騙されるべからず。






cordial8317 at 09:11
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