徒然なるままに「併合時の日本政府から朝鮮総督府への通達 」と「脱亜論」

2010年01月14日

テロルのススメ



 大津事件(おおつじけん)を知っていますか。

 明治24年(1891年)5月11日に日本を訪問中のロシア帝国の皇太子・ニコライ(後のニコライ2世)が、滋賀県大津市で警備にあたっていた巡査・津田三蔵に突然斬りかかられ負傷した暗殺未遂事件だ。 

 以前からロシアの北方諸島などに関しての強硬な姿勢や、日本への高慢な態度を快く思っていなかった津田は、ニコライが日本を訪問する際の警備に就くことになる。京都から琵琶湖への日帰り観光からの帰り道、ニコライ、ギリシャ王国王子・ゲオルギオス、有栖川宮威仁親王と共に大津市街を通過中、警備中の滋賀県警巡査の津田三蔵が突然サーベルを抜いて斬りかかり、ニコライを負傷させたのである。

 今、日本で最大の国賊と化した小沢一郎に天誅を与えたいと思ってる市井の臣は多いと思う。しかし、小沢に限らず国会議員の要人に対する警備は過剰で、テロは疎か野次さえも飛ばせない状況だ。この過剰警備が、政治家が真剣に政治をやらなくなった原因であると言っても過言ではない。滅私奉公を忘れ、私利私欲に狂奔すれば暗殺されるという恐怖が無いから、小沢の様な金銭欲、権力欲に異常な執念を燃やす輩が増えるのである。

 この政治家の警備に当たるSPは、その昔、大日本愛国党の書記長だった筆保泰禎氏が、佐藤栄作の葬儀の際に葬儀委員長の三木総理を殴打した事件を契機に出来たものだ。あわや浅沼稲次郎暗殺を彷彿させたが、筆保氏は「容共的な三木に猛省を促すのが目的だった」と述べている。

 筆保氏と生前、一献する機会が有ったので、この事件の逸話を聞いたことがある。筆保氏が三木を殴打した際に、三木が発した言葉は「犯人はコイツだ」と言ったそうだ。昔なら「話せば分かる」とか「男子の本懐」ってなことになるのだろうが、三木の小物ぶりを示すものだろう。筆保氏曰く「右翼も小さくなったが、政治家はもっと小者になった」

 この小者になった政治家を物々しく警備をするから小者の政治家は、自分が大物にでもなったと勘違いするのだ。右翼は勿論、市井の徒でも政治家に対するテロ行為が無理な今、期待するのは津田三蔵の様な警察官の出現である。

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cordial8317 at 06:07
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