右翼浪人としての覚悟

2010年01月08日

『ブログ開設記念』行動右翼から右翼浪人へ

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 国士舘大学時代に右翼団体・防共挺身隊(以下防挺)に入隊した。防挺といえば、戦後、大日本愛国党と並び行動右翼として、右翼・民族派運動に大きな役割を担ってきた団体だ。詳細はウィキペディアを参照して頂けたら幸いです。

 政治に興味を抱いたのは中学時代。親父が町会議員や衆議院議員(故・天野光晴)の秘書の様な事をやったいた影響と、担任、副担任とも日教組だった事が大きく影響していると思う。親父が持ってくる「月刊自由民主」という雑誌を貪る様に読んで、辿り着いた正義感は「右翼思想」だった。

 高校は地元の二本松工業高校で、当時は進学するなど考えもしていないし、土方の監督か「前略おふくろ様」の影響で板前にでもなろうと思っていた。進学に傾いたのは、担任が自分だけには就職を世話しないし、シャレで受けた福島県警も不合格だったし、ならば成績は悪くは無かったので大学を「推薦」して貰って4年間遊びながら将来を考えれば良いかなんて思っていた。

 そんな矢先、国防青年隊隊員で国士舘大学の3年生H氏による大平総理テロ未遂事件が有り、直ぐこの国士舘大学への推薦を願い出た。しかし、即却下され「地元の日大なら」ということになった。しかし、日頃父から「田舎で勉強するより、都会で昼寝しろ」と教わっていたので、地元の大学には行く気もなく、しつこく担任に国士舘大学の推薦をするよう迫ってた。

 暫くして先生も根負けしたのか「坊主にしたら」という条件で推薦してくれることになった。先生にしてみりゃ絶対坊主にはしないだろうという思惑があったのだろうが、翌日五厘に刈り上げ挨拶行ったら無言で書類を作成してくれたのを思い出す。合格し、先生方に報告に行ったら、言われたことは「五郎、右翼にだけは入るなよ!」(爆)  

 爾来30年、微力ではあるが愛国活動に邁進し「右翼の良識」と言われたりもしたが、力及ばず、昨年、永年共に行動してきた盟友と袂を分つた。その盟友も昨年末、幽明界を異にした。今後は、正統右翼浪人として「晴耕雨読」の生き方を全うしたいと思っている。

 昨今、新保守主義を掲げる学者や評論家の言動が持て囃されてはいるが、その「保守」に「尊皇」はない。彼等が「保守」したいのは、自民党や民主党の体制なのだ。反中共、反北朝鮮と耳障りの良いことを言ってるだけで、本音とも思えない。

 保守主義を否定する訳ではないが、尊皇無き保守では米国や英国の保守政党、保守主義と何等変りは無いのだ。そんな中で、右翼・民族派の存在価値は年々無くなってきている様に感じるが、それは右翼人自身に問題が有る様な気がしてならない。思想は乏しく、考えていることは「シノギ」ばかり。久しぶりに相対しても「どう、景気は」・・・、しかし、悲観はしていない。必ずや、この混迷、停滞から脱却し、天皇国日本を磐石の安きに導いてくれる「国士」は出現するだろうから。

 右翼・民族派諸氏は原点に戻り、研鑽を積み、テロを担保しつつ行動を続け、言論活動にも励み啓蒙活動をして貰いたいものだ。

 「自己犠牲に達しない思想は卑しい思想である」(三島由紀夫)

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cordial8317 at 06:56

この記事へのコメント

3. Posted by 爆発五郎   2011年08月20日 06:57
伝説の広瀬先輩だったりして。当人は聞くところに拠れば沖縄の島で生活しているとか。いつの日か邂逅し、一献やりたいものです。合掌
2. Posted by 広瀬   2011年08月20日 02:01
面白い記事を読ましてもらいました。
どうもありがとう。
1. Posted by 軍人の孫   2011年02月11日 18:50
5 ブログを隅々まで拝見しました。素晴らしいです。

路上にて一部の宣伝車を見ていると、祖父や祖父の戦友達が嘆いておられるだろう…と、感じていました。

本物の方がおられる事を知り、正直 安心しました。
右翼浪人としての覚悟