2023年02月

2023年02月28日

明治神宮外苑再開発計画での樹木伐採は避けられないのだろうか

 明治神宮外苑再開発問題がまた浮上している。拙ブログでも過去に問題提起してるが再アップする。外苑周辺の樹木を伐採する計画があることが発表されたのは令和4年2月頃。外苑再開発は都民だけではなく国民への説明が求められる。だが、都議会で形だけの議論が交わされ、同年4月には事業計画が早々と承認されている。

 三井不動産や明治神宮などの事業者は、伐採した樹木の代わりに新しい木を植樹する計画だという。有識者は「樹齢100年を超える樹木も多く、景観が失われる」として懸念を示している。事業者に何故か明治神宮が参画していることが解せない。

 新宿区と港区、及び渋谷区と広範囲に跨る神宮外苑は、教育や文化を重んじた明治天皇の思召しに沿って計画され、大正15年に完成された都市公園であり、エリア内には国立競技場や神宮球場、秩父宮ラグビー場やテニスコートなどが造られた。

 再開発計画では、神宮球場の建て替えを中心に秩父宮ラグビー場は移転して建て替えられる。商業施設などが入る2棟の複合ビルが新たに建設される予定だという。

 事業者が新宿区に提出した資料では、再開発エリア内の高さ3メートル以上の樹木1904本の内、国立競技場南側の一帯や「聖徳記念絵画館」前の広場を中心に892本を伐採する予定だったが、苦情が相次いでその後は743本に修正している。

 実際には3メートル以下の樹木を併せると3000本以上になるという。伐採する代わりに新たに979本を植樹するらしいが、都内の豊かな森が無くなるのは必至。

 太陽光パネルを義務化した小池百合子都知事は、更に葛西臨海公園の1400本の樹木伐採しメガソーラーを造るというが、樹木を伐採してやる事業ではない。

 東京大学石川幹子名誉教授は「伐採される木の中には赤松やスダジイ(すだ椎 )、楠など大正時代に植えられた樹齢100年を超える樹木が多く、新しい樹木を植えたとしても代わりになるものではない。歴史と文化のある景観が一気に失われてしまう。確りと説明して議論するべきではないか」との懸念を示している。

 アメリカ人実業家であるロッシェル・カップ氏も開発に反対する。東京都が開いた審議会で担当者は「事業者からは日本らしい樹木を植えると説明があり、更に緑ある環境を作るものと認識している」と説明。再開発の計画そのものは承認したが、樹木の伐採については今後、都が事業者と協議を進めるとしている。

 時代の流れでこうした再開発は避けられないのだろうか。神宮外苑とはその名前の通り、明治神宮の外苑であり、神宮への影響を最大限に考慮する必要があるが、伐採に反対するべき神宮側が率先して開発に携わるというのは如何なものか。

 神宮球場や秩父宮ラグビー場の老朽化での建て替えは当然だが、球場にホテルを併設したり、複合商業施設が民間企業の営利の為の建て替えなら賛同し兼ねる。

 明治神宮は国民の総意に由り、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲び、大正9年に創建された神社である。明治神宮が、平成16年に、神社本庁から離脱し一宗教法人となったことは記憶に新しい。明治神宮側と神社庁との確執が原因だった。

 明治神宮側は離脱の理由として、平成16年4月の陛下の御親拝なされる際の関係者への案内状に、本来「陛下」とするところを「殿下」と誤記してしまった責任を取って離脱したと説明しているが、これは堅白同異の弁であったのは明らか。

 国民の総意で建立した神社を宮司どもが私物化し営利至上主義に奔っている現状は憂慮すべき事態である。 明治神宮側のこうした姿勢は表参道や周辺に蔓延し、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲ぶ神社には相応しくない事態になってるのも確か。

 表参道がその好い喩えだ。表参道とは名前の通り明治神宮の参道として整備された通りである。神社=神道とは日本人の心に清む惟神(かんながら)の道である。その表参道が例年、クリスマス商戦からイルミネーションで埋め尽くされる。

 日本の教えである神道であり、明治天皇及び憲昭皇太后の御遺徳を偲ぶ神社に続く参道がキリスト教に侵略されたかの様な光景は日本にはそぐわない光景である。

 過去に、大日本愛国党の筆保泰禎書記長を始め、右翼団体からの抗議で表参道のイルミネーションが撤去されたことがあるが、その自粛も一時的なものだった。

 明治神宮が一宗教法人となること自体赦されることではないし、戦神道指令やGHQの占領政策を容認することに他ならない。更に、先人の努力や国民の総意を踏み躙るもので神宮建立の趣旨から鑑みても逸脱する愚行であると断じて好かろう。

 それにも況して問題なのは神職に携わる者が営利に奔っている事である。神職らのこうした賤しい営利主義が周辺に及ぼしているのを憂慮せざるを得ない。

 明治神宮外苑の再開発は、明治天皇の思し召しに沿う教育・文化を重んじる区域とするべきで、神職らは国民の神宮外苑の森林伐採計画反対の声に耳を傾けよ。

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2023年02月27日

我が国を取り巻く諸問題は「日本人であることを見失った」ことに起因している

 現在の我が国が直面している全ての問題は、国民の多くが「日本人であることを見失った」ことに起因していると考えている。つまり、何処で生き、何の為に働き、何を尊び、何を信じるのか、子供達に何を語り、友人や朋輩と何を分かつのか、そうした日本人としての生き方を見失ってしまったことから、現在の混乱は起きている。

「日本とは何か」「日本人であるとはどういうことか」「日本に生を享けたという奇跡」ということを考えたことはあるだろうか。欧米主導の西欧時代の終焉が叫ばれている今こそ、祖国日本について考え、日本人であるという証を示さねばならない。

 本来の日本人なら心の中に「日本人の魂」というものを持っている。この国の歴史や伝統、先人達に対する尊敬や愛着の想いである。例えば、我が国が戦争に負けたのであれば、その事実を限りなく口惜しいと思い、敗戦と占領で失われたものがあるなら、それを何としてでも取り戻したいと思う日本人としての熱い「心」である。

 心ある国民は日本に生まれた者としてその日本を憂い、心中密かに期するものがあるだろう。ならば一体何をすべきなのか。それを一言にして表現するならば、天皇国日本の真姿開顕に奮励前進、捨身奉公するということに尽きよう。

 自民党の保守派議員は口先ばかりで、「日本人の魂」を取り戻そうとせず、野党やマスコミは中共の走狗と化し、日本人という意識が決定的に欠落している。

 大日本帝国憲法に、「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と在る。我が国は正に、「天皇国日本」であり、それが祖国日本の真姿である。これこそが日本国民たる者として肝に銘じ、忘れてはならない万古不磨の大原理大原則でもある。

 我が国は、世界の中で最も優れた精神文化と独自の価値を有する国家である。日本民族の精神と道統を受け継ぎ、これを護持し、これを宣布し、そして子子孫孫に伝えるところの責任と使命を有する者は、今を生きる我々日本人なのである。

 然るに、我が国の万邦無比の国體、尊厳崇高なる祖国日本の歴史と道統に目を覆い、欧米の物質文明に被れ、或いは共産主義反逆思想に随喜して日本人の本質を自ら喪失し、無機質な人種が増殖する傾向は由々しき一大事と言わざるを得ない。

 未だに米国が謀った自虐史観や占領政策の洗脳から目覚めることなく、米国に依存し、中共の走狗と化した不逞の徒輩に因り大和魂の基盤そのものが逐次掘削され、国家の大本を忘却し経済至上主義に奔り、国體の精華が穢され続けている。

 民主主義や自由主義が「保守」ではない。正統な保守とは、我々日本人が未来永劫護り抜かねばならぬ民族、宗教、言語、歴史、価値観、習慣、制度の世界の中で最も優れた精神文化を護り、継承して行く使命を有する者で在らねばならない。

「国防」とは単に領土防衛だけではない。国防とは、前述した通り、先祖から受け継いだ日本的精神文化を護持することであり、畢竟、皇統を死守することにある。自衛隊が国軍に留まらず「皇軍」で在らねばならないというのはそういうことだ。

 自衛隊を違憲の儘に放置し続けるのか。自衛隊が違憲ならば堂々と憲法議論をし、万機公論に決すれば好いだけのこと。憲法なんぞ絶対的なものではないのだが、我が国では「日本国憲法は絶対的なもの」として崇められ、奉られてしまった。

 議会制民主主義国家であるイギリスには、驚くだろうが「成文憲法」は無い。イスラエルやサウジアラビア、ニュージーランド、バチカン、カナダも同じ。

 日本人は「何処の国では」という枕詞が好きだが、これらの国に倣えば矛盾だらけの日本国憲法なんぞ、御飾り的な「不文憲法」にしてしまば好い。呵呵。

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2023年02月26日

昭和11年2月26日、青年将校らは「尊皇討奸」を掲げ決起した!

 昭和11年2月26日、安藤輝三、野中四郎、香田清貞、栗原安秀、中橋基明、丹生誠忠、磯部浅一、村中孝次ら青年将校は、「尊皇討奸」を掲げ、第1師団歩兵第1連隊、歩兵第3連隊、近衛師団の歩兵第3連隊など総勢1483名を率いて決起した。

「君側の奸」「昭和維新」との幟の惹句を見れば、如何に憂国の至情から出でる行動だったかが窺い知れる。「皇道派」といわれた彼らのその行動の柱となったのが、国家社会主義者・北一輝の「日本改造法案大綱」であるが、この2・26事件の伏線になったものが、前年の8月に起きた「相沢事件」と言われている。

「相沢事件」とは、昭和10年8月12日、陸軍中佐の相沢三郎が陸軍省内で軍務局長・永田鉄山を刺殺した事件である。相沢三郎は福島県白河町(現白河市)生まれ。

 大正7年、歩兵第4連隊から台湾歩兵第1連隊付に移り大尉に進級、同年9月陸軍戸山学校教官に就任する。その後、陸軍士官学校付、歩兵第13連隊中隊長を経て、昭和2年少佐進級と共に歩兵第1連隊付として日本体育会体操学校(後の日本体育大学)に配属され学校教練を担当した。剣の達人としても知られる人物でもある。

 昭和8年陸軍中佐に昇格すると、昭和10年に永田軍務局長を刺殺に至った。翌年、軍法会議に於いて死刑判決が下され、代々木衛戍刑務所内で銃殺刑に処される。

 陸軍内は当時、高度国防国家を目指す「統制派」と、天皇親政を理想とする「皇道派」の対立が激化していた。皇道派の相沢は、同派の教育総監・真崎甚三郎が更迭されたことを理由に統制派の中心人物だった永田の刺殺に至るのだった。

 相沢事件の半年後、2・26事件が決行されたことをしても、皇道派だった相沢三郎の事件が2・26事件の伏線になったということは紛れもない事実だろう。

 我が国の歴史には、「大化の改新」「建武の中興(新政)」「明治維新」の三つの革新は、陋習を打ち破らんと天皇親政を目指し維新の大業が成し遂げられた。

「維新」とは、幕末の思想家・藤田東湖が示した「大義を明にし、人心を正さば、皇道奚(いずく)んぞ興起せざるを憂えん」こそが神髄である。彼らは「反乱軍」と断じられ、処刑されたが、維新の大義と憂国の至情は決して消えることはない。

 2・26事件に、「群衆指揮等」で有罪となり死刑に処せられた渋川善助という思想家がいる。渋川もまた相沢と同じ福島県人である。事件に参画していない民間人が何故に死刑に処せられたのか。善助の扇動を警察が殊更に恐れたからだろう。

 善助は、福島県会津若松市七日町出身。会津中学校、仙台陸軍地方幼年学校を経て陸軍士官学校予科に進み、摂政殿下であった裕仁親王(昭和天皇)に御前講演を行うほど成績優秀であった。だが、士官学校卒業直前に退校処分となる。

 その後、明治大学専門部を経て明治大学政治経済学部に入学した善助は、錦旗会、興亜学塾、敬天塾、皇道維新連盟などの民間愛国団体と関わり、国家革新運動にのめり込んで行く。大学を中退した善助は、皇道維新塾の塾長となった。

 杉田省吾、西田税らと「維新同志会」を結成して、国家主義運動に参画。2・26事件に参画した将校らは、中央と地方の貧富が露わになり、貧農の娘が身を売らざるを得ない状況を憂いて惹起した一面もあったことを忘れてはならない。 

 善助が少年時代に過ごした部屋は、三島由紀夫が会津を訪れた際に訪問し、「憂国の間」と名付けられ、会津若松市の「渋川問屋」内に現在でも保存されている。

 渋川問屋は郷土料理が自慢の料理旅館である。愚生も県内に住んでいながら未だ訪れたことは無い。いつの日か酒好きの夕刻の志士らと宿泊し、会津料理と地酒を呷り乍ら談論風発、杯盤狼籍、大破轟沈するのが細やかな夢でもある。呵々。

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2023年02月25日

時代が運命を見放した戦国武将・伊達政宗の処世術に学ぶ

「運命」「宿命」「使命」「懸命」などは夫夫「命」という言葉が使われている。例えば「運命」とは生命を運ぶと書く。この世に生まれたという宿命を、懸命の努力によって使命を果たして好い方向へ運ぶことの出来るものが運命でもある。

 愚生の場合、この懸命の努力に乏しく投げやり的他力本願だろうか。右翼人として、一維新者を自任しながらもその使命を死命とせずに、うだうだと怠惰な生き方を続けている。これが己の運命や宿命と気取るのも厚顔の至り。

 歴史を見れば戦国時代の織田信長や豊臣秀吉、徳川家康の様に天下統一を果した者もいれば、三名以上の器量や見識、才智に長けていても生きた時代が悪かったのか、時代がそれを見放してしまったのか地方の武将に甘んじた者も少なくない。奥州の伊達政宗は、そんな悲運の武将の一人であろう。何より生まれたのが遅過ぎた。

 正宗が未だ梵天丸と称した少年時代、隻眼で醜怪な顔立ちが忌み嫌われて、弟の竺丸を偏愛した産みの母に危うく毒殺されそうな一幕もあった。十一歳で元服し「政宗」を名乗り、十三歳で三春から愛姫を娶る。十九歳の時には降伏した二本松城主・畠山(二本松)義継が、和議を仲介した政宗の父・輝宗を宮森城から拉致した。

 輝宗の拉致の際に政宗は、粟ノ須(あわのす)で輝宗もろとも畠山を撃殺した。この逸話には諸説あり、最期を悟った畠山義継が伊達輝宗を殺害した後に自刃したという説や、政宗の父殺しの陰謀であるとか、輝宗が、「我が身諸共義継を撃て」と政宗に命じたという説がある。ドラマでは輝宗が命じたという説が多い。

 畠山家と伊達家の因縁は奥州探題に遡る。奥州四管領の一人として奥州の地を取り締まって来た畠山家にとって伊達家は新参者である。畠山義継・伊達輝宗の時代までは和平を保ってたが、政宗が家督を継ぐとその勢力図は崩れて行く。

 米沢を拠点にしていた伊達氏は周囲の大名を取り込み奥州一の勢力となる。二本松にも攻め入り、大名舘を攻め落とし次々と奪い取って行った。 中には伊達家に通じる二本松の大名などもおり、畠山は危機感を募らせていく。

 そこで畠山は、輝宗に「降伏をするので息子(政宗)の暴挙を止めてくれないか」と宮森城を訪れる。 ところが輝宗は「自分は家督を退いた身であり、政宗に任せてある」と、和議の申し入れを聞かなかった。そして前述した拉致に続く。

 この時代に政宗が住んでた城が、愚生の故郷の「小浜城」。小浜城より2キロほど下った処に在った「宮森城」に輝宗が居城していた。愚生の自宅からは宮森城が近い。こんな片田舎に城が二つ在ったことが自慢だ。この宮森家の末裔が、現在は「花春」や「栄川(えいせん)」「宮泉」などの会津の銘醸を創り上げた。

 畠山を成敗した政宗は、二本松救援の名目で駆け付けた佐竹及び蘆名ら南奥諸大名連合軍と激突し、会津四軍を攻め落とし黒川城(鶴ヶ城)に入城する。この時、政宗は二十歳。一方では秀吉が小田原城を攻め全国平定が成し遂げられつつあった。

 歴史に「若し」は無いが、若し、政宗が奥州の片田舎でなかったら天下統一も夢ではなかっただろう。これ即ち「運命」に非ず、「宿命」というものだろう。

 斯くいう愚生も蟄居状態ではあるが、決して中央で活躍してる右翼らより活動家や右翼人として劣っているとは思わない。然し乍ら、やはり団体を除籍になった影響は大きく、これも宿命だったのかと自問自答する今日この頃である。

 東北人だからということではないのだが、政宗に学ぶことは多い。中でも豪胆な外交力は刮目に値する。政宗は秀吉の度々の上洛の督促にも中々腰を上げ様とはしなかった。小田原参陣の最後通牒を受けても正月を悠々と会津で過ごした。

 政宗は数年前から秀吉を取り巻く煩型(うるさがた)の家康、利家、秀次、浅野長政、千利休などの実力者と親交を結び、かなりの付け届けを怠らなかったという。これは秀吉の動向を探る為のもので、その外交力の高さが窺える。

 小田原で秀吉に謁見する際には、髻(もとどり)を水引で結び、甲冑を被り、素衣を着て、凶服の装束で出掛けたという。流石の秀吉もこれには唖然。

 諸国大名居並ぶ中で命拾いの御礼言上。そして献上品として大量の砂金を差し出す。その砂金が零れると、事も無げに懐紙で拭いてしまった。政宗の豪気と肝の据わり方はやはり天性のものであろう。この時、政宗、弱冠二十一歳。

 天下分け目の「関ヶ原の戦い」も終わり、天下の大勢が家康に決すと察すると、政宗は国内統一は諦め、外国との貿易を夢見て支倉六右衛門ら伊達政宗遣欧使節団十名を独力で派遣する。こんな気宇壮大な武将が他にはいない。

 政治家にしろ、組織のトップにしろ器量や見識、才智に長け、或いは能力があるから成功するものでもなし、人の運命とは実に気紛れで不可思議なものでもある。

 まぁ、愚生の慢性的不如意は自業自得の様なものだが、そのうちなんとかなるだろうし、正統右翼浪人から抜け出して、一維新者として活躍の場が来るだろうと勝手に思っている。何故ならそれが愚生の右翼人としての運命なのだから。呵呵。

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2023年02月24日

「アラビア太郎」こと「山下太郎」を知ってるだろうか

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 百田尚樹の歴史経済小説で映画にもなった「海賊とよばれた男」の主人公である国岡鐡造は、出光興産創業者の出光佐三がモデルである。その「出光興産」を知っていても「アラビア石油」という名前を知ってる人は少ないだろう。況してや、山下太郎(画像)こと「アラビア太郎」という名前さえ知らない人が殆どだろう。

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 アラビア石油は、「アラビア太郎」こと山下太郎が、昭和58(1983)に設立した石油会社で、別名「日の丸石油」と呼ばれた。社旗は日の丸にアルファベットの「A」。日本の自主開発油田で、我が国の石油の安定供給に貢献したのである。

 昭和48(1973)年10月、第4次中東戦争(十月戦争)が勃発し、石油輸出国機構(OPEC)が石油価格を大幅に引き上げたことに因って、世界経済全体が大きな混乱を招くこととなり、「第1次石油危機(オイルショック)」が起きる。

 山下は、日本の石油危機を救うには「日本人の手で、アラビアの地で石油を掘るのが得策だ」としてアラビア石油を創設。巨額の資金工面や現地での困難や危機を乗り切り、漸く油田を掘り当てる。その吉報の一方で大きな災難が襲った。1号井戸を掘ってた際にガス層に突き当たってガスが噴出し引火、忽ち猛火が母艦を包んだ。

 石油が日本へ送られる寸前の出来事だった。山下は刻々と入る悲報を前に「火事は災難だが、これで石油の出ることがはっきりした。火災は問題ではない。まぁ、大学入試に合格した途端、ちょいと風邪をひいた様なものさ。油は出る。必ず出る!」と平然と言い切った。然し、大事故はそれで終わった訳ではなかった。

 更なる試練が山下に襲い掛かるこになる。掘削時の火事、そしてタンカーに続いて開発作業に従事していた150トンの大型クレーンが倒れてしまう。そんなこともあり資金は底を突く。当時50億円の資本金を100億円に倍増増資しても足りなかった。

 普通の人ならここで退散だろうが、その度胸と禍を転じて福と成す信念が尋常ではない山下は違った。火災事故から5か月後、待望の石油を掘り当て我が国のエネルギー危機を救った。「アラビア太郎」と言われる所以でもある。

 大きな事業になればなるほど、大きな困難や試練が待ち構えているものだ。それを押し退ける精神力が大事。「災難に遭う時節には災難に遭うがよく候。死ぬる時節には死ぬがよく候。これはこれ災難を逃がるる妙法にて候」とは良寛和尚だが、山下もこの心境で万事に臨んだからこそ成功を導いたと言って好いだろう。

 昭和54(1979)年には第2次オイルショックが起き、石油消費国はインフレ、景気後退、国際収支赤字の三重苦(トリレンマ)に悩まされる。我が国ではこうした経験から、石油に頼らない原子力発電の開発を推進することとなって行く。

 福島第一原発事故以来、我が国の電力の90%が火力発電によって賄われていが、原発依存から脱却し、化石燃料への依存度が高い儘で推移した場合に様々な弊害が出て来ることは火を見るより明らか。反原発派に山下太郎やの様な日本の危機を救う為に、莫大な投資をして新エネルギー開発に命を賭ける様な人物などいない。

 山下太郎にしろ、出光佐三にしろ、昔の企業家というのは営利よりも先ず祖国日本の将来や国民の幸福を第一に考えた。企業人とは社稷を重んじることこそ大事であるが、悲しい哉、我が国の経済界は正に、財閥富を誇れども社稷を想う心なし!

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2023年02月23日

「天長節」の佳き日に当り「日本国」に誇りと勇気を持って更なる躍進を誓う

 本日は天長節(天皇誕生日)。皇国臣民としての喜び、これに優るものなし。この佳き日に当り、謹んで陛下の弥栄と長久を御祈念申し上げ奉ります。

 我が国は神道を重んじる正しく「神の国」であり、神武肇国の古より、歴史の中から数々の伝統及び制度が生み出されてきた国家であり、そんな中で永遠に無くなってはならぬものが天皇を戴く国家の在り方であることは言うを俟たない。

 2683年の永きに亙り「万世一系」の天皇を戴き、常に国民や世界の平和を祈り続けておられる天皇を、善き至高の存在として暮らして来た。

 天皇を族長と仰ぐ君民一体の家族国家が日本であり、「天皇即日本」、「日本即天皇」の天皇国家が「日本」という国柄なのである。天皇の御代が栄えることは、即国民の代が栄えることでもあり、この国體の精華は万邦類を見ないところである。

 世界に冠絶した「君が代」そのものの世界が厳然と存在する国が日本である。国歌「君が代」の出典は「古今和歌集」巻七「賀の部」で詠まれた「わが君は 千代に八千代に さゞれ石の 巌となりて 苔のむすまで」という一首がそれを物語る。

 この歌が、「詠み人知らず」という草莽の庶民であったところに、我が偉大なる民族性を改めて認識し、無限の感激を禁じ得ない。神武天皇の御代より万世一系の天皇が受け継ぐものに、「八咫鏡(やたのかがみ)」「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」という「三種の神器」が在る。

 この三種の神器である「鏡」「勾玉」「剣」とは日本の精神を表すものである。「鏡」は「鑑みる」「考え見る」であり、「自己反省」や「誠の心」、「勾玉」は「慈愛」や「徳」、「剣」は「勇気」「叡智」を現したものとされる。

 然し今、勇気という「剣」を無くしてしまい、自国を護ろうとする当たり前の気概を喪失してしまい、我が国の国柄をも失いつつある現状を憂うる国民は少なくない。「誠」と「慈愛」と「勇気」を矜持してこそ、日本人として存在するのである。

 天皇という存在を、諸外国の「王室」や「国王」の存在だと思っている国民は少なくない。天皇を分かり易く言え、ば神話に始まる日本固有の信仰である神道を伝え導く神主(神官)の最高の地位者であり、祈りを重んずる「祭主」である。

 天皇とは、日々絶え間なく国家国民の安寧と世界平和を祈る尊い存在であり、天皇本来の御勤めである祭祀が軽減・簡素化される中で、国事行為や御公務が最優先されるのは、天皇の政治利用であり、天皇の存在を軽んじている証左に他ならない。

 新聞には恒例の皇太子殿下への会見の全文が掲載されている。質問する記者は、海千山千の強か者ばかりで、恰も皇室を理解している様に取り繕ってはいるがその多くは皇室に批判的な輩であり、尊皇絶対の大義を弁えている記者はいない。

 一問一答形式によって、陛下からの御言葉を引き出し、言葉尻を捉えて政治問題化し、世論誘導を企てる。定例会見は今後一切拒絶するのが妥当であり、宮内庁は定例記者会見ではない別な形での国民への御発露の方法を考えるべきだと思う。

「天長節」という佳き日に当り、世界に類を見ない素晴らしい歴史と伝統と文化を持つ祖国日本に、誇りと勇気を持って更なる躍進を誓おう。天皇陛下万歳!

 式日歌「天長節」 https://youtu.be/9FwdxZHWWHQ @YouTube

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2023年02月22日

浅沼稲次郎を刺殺した山口二矢烈士の狂気と正気

 今日、2月22日は「竹島の日」だが、「222は、にゃんにゃんにゃん」で「猫(にゃんこ)の日」らしい。愚生の場合は、憂国の至情から浅沼稲次郎を刺殺し、練馬鑑別所で自裁した山口二矢のことを思い出さずにはいられない。

 山口家の二男で、二月二十二日生まれと「二」の字が重なったことから「二矢(おとや)」と命名したという。昭和34年、大日本愛国党に16歳で入党する。

 入党するも、赤尾総裁の運動に懐疑的だった二矢は翌年5月、同党の吉村法俊、中堂利夫(後に両名は防共挺身隊に身を寄せるも脱退し共に人気作家になっている)と共に愛国党を脱党する。3人は、防共挺身隊の福田進総隊長の世話になり、「全アジア反共青年連盟」を結成し、福田の支援で銀座鳩居堂の二階に事務所を構える。

 福田は愛国党の城南支部長を兼任していたこともあって、3人は頼ったのだろう。因みに、福田は赤尾敏と袂を分かつが、その理由を「赤尾は資本主義である」と断じている。現在の資本主義に甘んじてる右翼には、反資本主義の意味は分かるまい。

 当時、17歳の二矢は大東文化大学の学生でもあった。「日本を救うには左翼の煽動者や阿る連中に天誅を加えなければ」と、第一の候補に日教組委員長の小林武を選ぶ。続いて、日本共産党の野坂参三、浅沼稲次郎は三番目だった。

 更に、自民党・鳩山一郎、石橋湛山、社会党・松本治一郎の6人を狙う。また「紀元節反対」を論じている三笠宮崇仁親王殿下に対しても御反省を求めている。

 今や、日本社会党は消え去り、残党である社民党も風前の灯火である。二矢が警鐘を鳴らさねば当時の勢いは止むことなく、多くの国民がインチキ社会主義の犠牲者になってただろう。浅沼ではなく、野坂参三だったらどうだったのだろうか。

 浅沼を刺殺したのが10月12日。練馬鑑別所で自裁したのが11月2日。「二」という数字は運命だったのか。昭和35年10月12日、ニ矢は日比谷公会堂で演説中の浅沼稲次郎を刺殺、現行犯逮捕された。二矢が携行した檄文にはこう認めてあった。

「汝、浅沼稲次郎は日本赤化を謀っている。自分は、汝個人に恨みはないが、社会党の指導的立場にいる者としての責任と、訪中に際しての暴言と、国会乱入の直接の煽動者としての責任からして、汝を許しておくことは出来ない。此処に於て我、汝に対し天誅を下す。皇紀二千六百二十年十月十二日 山口二矢」

 逮捕された二矢は供述録取書にも素直に応じ、「私の人生観は大義に生きることです。人間必ずや死というものが訪れるものであります。その時、富や権力を信義に恥ずるような方法で得たよりも、たとえ富や権力を得なくても、自己の信念に基づいて生きてきた人生である方が、より有意義であると信じています」と述べた。

「浅沼委員長を倒すことは日本の為と堅く信じ殺害したのですから、行為については法に触れることではありますが今何も悔いる処はありません。しかし、浅沼委員長は最早故人となった人ですから生前の罪悪を追及する考えは毛頭なく、唯故人の冥福を祈る気持ちであります。又浅沼委員長の家族に対しては、如何なる父、夫であっても情愛に変わりなく、殺害されたことによって悲しい想いで生活をし迷惑を掛けたことは事実ですので、心から家族の方に申し訳ないと思っています」 

 供述調書を取り終えた11月2日未明、東京少年鑑別所の個室で、支給された歯磨き粉で壁に「七生報国 天皇陛下万才」と記し、従容として死に就いた。

 旧来の思想や社会構造を打破しようとする時に常軌を逸した行動が生まれる。テロと断じるのは容易いが、この行動こそが正に正気の狂気であるのだ。

 生きていれば未だ79歳である。右翼民族派陣営の現況は先細り、淘汰されつつある感は拭えない。二矢烈士が生きていれば、右翼民族派陣営をどう導いてくれただろうか。すめらぎいやさか。すめらみこといやさか。天皇陛下万歳。

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2月22日は「竹島の日」の日。失地領土の奪還に立ち上がろう!

 北方領土や竹島など失地領土の恢復が未だ実現出来ないのは、弱腰外交も然ることながら領土主権の重要性や歴史的経緯を知らないのが要因である。

 ロシアとの領土交渉は扨て置き、韓国人の「虚言癖」という病んだ民族性は治ることはない。中でも最大級の嘘が慰安婦問題と竹島の主権主張だろう。 

 韓国は竹島を「独島(ドクト)」と称し、「古来から韓国固有の領土である」と主張してるが、その根拠は古代朝鮮の歴史書である「三国史記」に帰着する。

「三国史記」とは、三国(新羅・高句麗・百済)時代から統一新羅末期までを対象とする、半島を支配した王など紀伝体の朝鮮半島に現存する最古の歴史書。

「三国史記」には、鬱陵島の西隣に「干山島(うざんとう)が新羅(しんら)の領土」と書かれているとして、独島は「4~5世紀から韓国領だった」と主張している。その古地図での干山島は、鬱陵島の西に接近している島だと分かる。

 だが、「独島=竹島」は、鬱陵島の東南92キロに在る島なのだから、「干山島が独島である」と主張することには無理がある。古地図でも一目瞭然で、こんな判りきった事実が存在するのにそれを否定し領有権を主張し続けている。

 要は、歴史的な論拠が崩壊してるのに、それを認めず不法占拠を続けているというのが現状である。李氏朝鮮時代の地図には鬱陵島より90キロも先に在る島が登場したことはないし、鬱陵島とその近くの干山島などの小島以外は全く出て来ない。

 抑々、李氏朝鮮時代には、鬱陵島すら「空島政策」に拠って居住が禁止されており、それより遥か先の島の干山島ことなんぞ関心も認識すらもなかったというのが正直なところ。韓国の主張というものは、全て妄想に因るこじ付けでしかない。

 歴史的に見れば、鬱陵島周辺の小島の呼称が度々変遷し「竹島」は「松島」とか「リャンコ島」とか呼ばれた時代もあり、また、鬱陵島を「竹島」と呼んでもいたこともあるから余計にややこしい。鬱陵島を「竹島」と呼んでもいたことことを韓国風に主張すれば、「鬱陵島は我が日本の領土」ということになるな(笑)

 竹島問題は、米国の傀儡として韓国初代大統領に就いた李承晩は昭和27年1月、国際法を無視し、軍事境界線(李承晩ライン)を勝手に設定すると、我が国の固有の領土である竹島を取り込んで「韓国領」と宣言したことに始まる。

 GHQの統治下だった我が国の主権が快復する4月28日の直前に竹島を掠め取ったというのが真相であり、韓国側の領有権主張は、敗戦間際に不可侵条約を蹂躙し参戦し北方領土を奪い取った旧ソ連と同じく、不法行為を正当化する詭弁である。

 我が国が主権回復した昭和27(1952)年後、この李承晩ラインを侵犯したとして拿捕、抑留された日本人漁民は、「日韓漁業協定」が成立する昭和40(1965)年の間に3929人にも及び、拿捕船舶328隻、死傷者は実に44名を数えた。

 韓国政府は、不当に拘束した日本人抑留者との引換えに、日本国内で犯罪を犯し収監されていた在日朝鮮人472名の放免と日本滞留特別許可を強要するに至る。

 驚くことに我が国政府は、韓国の恫喝にあっさり屈し要求に応じた。外交や交渉での安易な譲歩が更なる譲歩を生んだ悪しき前例である。以降、在日朝鮮人が日本国内に居住続けることとなり、在日特権が次々と与えられて行くこととなった。

 在日特権を取り上げるとヘイトと騒がれるが、竹島問題は「在日特権」を考える上でも重要な問題でもある。本日2月22日は「竹島の日」の日。領土主権の重要性を再認識すると共に政府の弱腰外交を糺し、失地領土の奪還に立ち上がろう。

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2023年02月21日

食べ物を大事にしないということは命を大事にしていないこと同じ

 食品ロスが多いという。「食べ物を大事にしないということは、命を大事にしていないこと同じだ」と語った、某ベテラン女性料理家の言葉を思い出す。「食を軽んじるということは、命を軽んじることに繋がる」とは、蓋し正論だろう。

 箸をまともに握れない日本人が多くなったのも、鯔のつまり食というものを軽んじ、腹に押し込めば好いくらいにしか考えていないからだろう。「食」を軽んじてるが故に「種子法廃止法案」や「残留農薬基準の大幅緩和」などに奔るのだ。

 その一方で、政府は「食育」の重要性を勧めている。広報には「様々な経験を通じて【食】に関する知識と、バランスの良い【食】を選択する力を身に付け、健全な食生活を実践できる力を育むことです。食べることは生涯にわたって続く基本的な営みですから、子供はもちろん、大人になってからも【食育】は重要」と訴える。

 愚生は食べるのも料理も好きで、和洋中ジャンルは問わず色々作る。自己流だが料理を作ってるとストレス解消にもなるし、コンビニやファミリーレストランとかの化学調味料だらけの食べ物よりは美味しいし、健康的だと思っている。

 レトルト食品やインスタントラーメンでも、チョッとでも美味しく食べようと工夫してみることは脳の活性化にも好いし、何より美味しくなる。失敗することも多いが、その失敗が次に繋がる、要は、料理というのは人生と同じで失敗から学ぶ。

「美味しい」と感じる味覚は、やはり美味しい料理を知らなけりゃ分かることもない。それには食べ歩きをしなきゃ味覚のセンスは磨かれることはない。

 毎日、安い外食をするなら、自宅でおにぎりや弁当を作れば昼飯代は浮く。それが500円なら5日で3000円、20日で10000円になる。それだけ貯めれば寿司にしろ、ステーキにしろ、そこそこ贅沢な昼飯や食事を食べられるだろう。

 そうやって節約しつつ、自分に投資して、自分を高めに置こうとする努力は若い頃には特に必要。若い頃の投資というのが、後々の人生に活かされるのだ。

 貯金なんぞ30~40歳から考えれば好い。つ~か、愚生の場合、長生きするとも思ってもいなかったし、貯蓄するという考えが無かったのが失敗の元だった(笑)

 始めて会う人の嗜好というのは、その人が行く馴染みの料理屋や飲み屋で分かるし、食事の作法でその人が育った環境や人となりが窺い知ることが出来る。

 別に安くても美味しい焼鳥屋や酒場とかは在るもので、それを初対面でいきなり大手居酒屋チェーンなんかに連れてかれたら興醒めだし、そんな大人と付き合っても意味はない。男子たるもの、贔屓している店の2.3軒は無くてはならない。

 行きつけの寿司屋とまでは言わないが、行きつけのバーや好きなジンの銘柄くらい知ってて損はない。因みに、愚生の好きなジンは「ゴードン(Gordon's)」。

 小洒落た一見の店に行ったところで、上っ面だけでその人の人となりなんぞ分かるまい。女性がその男性を知りたいなら、馴染みの店に連れてって貰うのが好い。

 常連さんであるその男性に対する店側の対応や、その男性の嗜好や食事の作法、振る舞いや会話を観察すれば大概のことは知ることが出来るだろう。男女の仲は価値観が似ているというのが好いが、食の好みが合うというのが一番だと思う。

「性の不一致」なんてのは若い頃だけで、そのうちしなくなる。そんなのより食べ物の嗜好や物事に対する価値観が大事であって、SEXしてるうちは未だホンモノの夫婦愛ではない。「仕事とSEXは家庭に持ち込むな」が愚生の信条でもある(笑)

「これが最後の食事だと思って食べろ」とは池波正太郎。やはり「食」は人の出会いと同じ一期一会であり、真剣勝負であらねばならないと思っている。

 愚生の人生も終盤に差しかかった。これからの残りの人生でどれだけの「食」と「人」に出会うか知らないが、何事も「これが最後かも」との人生観を以て清々しく生きて行きたいものである。人生意気に感じるとはそういうことだろう。

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2023年02月20日

一回で味の良し悪しを判断するべきではない。女性との付き合いも同じ(笑)

 食べ歩きブログを綴り食べログに参加してる。「一回(一食)しか行かないで味の良し悪しを判断するべきではない」という思いで綴っている。女性との付き合い方でも言えることで、一回だけで相手との相性なんて分かる訳がないでしょ(笑)

 その昔は吉原で花魁との一席を持つとなれば、「初回」は飲んで遊んで騒ぐだけ。二度目の「裏返し」も同じく、気風良く飲んで楽しむだけ。そして三度目からはやっと「馴染み」となり、「今夜は泊って行ってくんなまし」となる。

 格式のある茶屋とか銀座の高級クラブというのは、「一見(いちげん)さんお断り」。つまり、初めての客は常連と一緒か紹介がないと入れない。馴染みの芸者や担当のホステスを持つというのは一流を目指すなら必要不可欠なことでもある。

 今どきの政治家が接待で料亭を使うものなら、「料亭政治」などと批判されるのがオチだろうが、政治家が小者になったのは、芸者遊びの何たるかも知らず、キャバクラ、SMバーだとか、小者の遊びしか知らなくなった所為でもある(笑)

 芸者遊びというが、単に酒を呑んで芸者と遊ぶというものではなく、極上の酒と料理、持て成す方も一流なら客も粋さが無ければダメだ。この花柳界(かりゅうかい)を「はなやぎかい」と読んだりする時代だもの、花柳界の用語なんて知らなければ、興味もないか。でも日本の伝統でもあり、文化でもあり知ってて損はない。

 例えば、「花街(かがい)」とは芸者町のこと。 置屋と料亭の営業を許可された地域で、「はなまち」ではなく「かがい」と読むのが正しい。「(お)出先き」は芸者の入る待合、料理屋のこと。京都で「(お)茶屋」と呼ばれる場所がそう。

 芸者には「自前」といって「看板」(営業権)を持って独立している妓と、「抱っ子」と呼ばれる使用人の妓がいる。東京では「芸者」、関西では「芸子(げいこ)」。「芸妓(げいぎ)」は明治以降の法令文書等に使われていた言葉だという。

「半玉(はんぎょく)」とは芸子(芸妓)の見習いのことで、修行段階の者を指し、東京や関東地域での年少芸妓の呼称。京都では「舞妓(まいこ)」と呼ぶ。

「お座つき(おざつき)」「お座敷をつける」とは宴席に入っている芸者衆が、お座敷の途中で披露する季節の踊りや小唄振りなどの踊りのことをいう。踊りでも、演目の予約を受けて特別に見せる出し物は「余興」と言われている。

 芸者が寝泊まりしている家を「芸者屋」、芸者が寝泊まりしないで籍だけを置いて通って来る店を「置屋(おきや)」と呼ぶ。京都などの確りした土地には「見番(けんばん)」という組合事務所が在り、「玉代」の精算などはこの見番を通す仕組みになっていて、芸者が出先きでトラブルがあると「籍止め」される。

「玉代(ぎょくだい)」とは、芸者を呼ぶのにかかる料金のことで「花代(はなだい)」ともいう。 江戸時代に「花代は線香何本分」と、線香の燃える時間を目安にした名残りから、今でも「線香代」と言うこともある様だ。

「出」の着物というのは芸者の正装で、時代劇などで長い裾を引いてる着物がそうだ。その裾を広げて上に載せての性行為が「孔雀の舞い」といい、帯を締めたまま行為に及ぶのが「コブ巻き」というらしく、茶屋遊びには色々な隠語がある。

 座敷で直ぐに転ぶ(寝る)芸者は、「不見転(みずてん)芸者」といって、良い玉ではないと言われている。銀座でも「特攻隊」などと呼ばれているホステスがいるが、まぁ愚生的にはそういうホステスは嫌いじゃない、というか大好き(笑)

「お茶っ挽(ぴ)き」とはよく飲み屋で聞くが、暇な時には芸者がよくお茶の葉を臼で挽かされたことが語源で「暇な事」を意味する。「幇間(ほうかん)」とは宴席で主や客の機嫌を取り、自ら芸を見せ、更に芸者(半玉、舞妓)を助けて場を盛り上げる専門職。所謂、太鼓持ちのこと。まあ、政治には幇間が実に多い(笑)

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2023年02月19日

「相手の目を見て話せ」と言うが目を見てジッと見ている奴は使えない(笑)

 国士舘大学時代から約30年間、組織にいたので色々な若者を見て来たしそれなりに育てて来た。右翼団体に入隊して来る様な連中は、皆、人の好い連中なのだが、暴走族上がりだとか、少年院だとか、鑑別所に行った経験の有る様な不良ばかり。

 ヤクザではチョッとと、手っ取り早く右翼になろうとするが、いざ入ったのは良いが、行儀見習いから始まって、政治を理解しなくてはいけないので読書やら、意外と地味な活動に精々残るのは100人に1人残れば好いくらいで、大体は遁ズラする。

 勉強会などで若い連中を集めて話しをすることがあった、話しをしている愚生をじっと見て「ウンウン」」と、然も理解した様なフリをしている奴というのは、内容は理解していない。要は、少年院や鑑別所経験から要領よくしているだけ。

「相手の目を見て話せ」と言うが、ジッと見ている奴は自分の気持ちを悟られない様に目を逸らさないだけのこと。警察が犯罪を疑って、女房が浮気を疑って「目を見て話しなさい!」というアレと同じで、ウソがバレない様にジッと見る(笑)

 上司が話ししている時に、視線を下げてメモしたり、話しに同意したり、話しを理解した時に頭を上げてチラッと目を合わすのが好い。こういう人物は使える。

 因みに「時間にルーズな奴」はシャブだとか薬物中毒が多く、平気で嘘を吐くし、カネにもルーズになって行き遁ズラ。また「食べ物に好き嫌いが多い」のは甘やかされて育った者が多く、仕事も好き嫌いが激しく、我慢が足りないから遁ズラ。

 厳しく教えれば遁ズラ。酒や博打で身を亡ぼすのは未だ男気を感じるが、若い頃に女に狂ったり、シャブボケしている様じゃ、どの世界に行こうとも通用しない。

 こんな連中ばかりだからホンモノの右翼なんぞ育つ訳がない。教え方が悪いと言われればそうだとしか言えないが、隊員が多い組織というのは、トップや上司の大らかさというか往往にして厳しく育てられていないから、行儀が悪いのが多い。

「一年で育てようと思うなら花を育てるべし。十年で育てようと思うなら木を育てるべし。百年かけて育てようと思うなら人を育てるべし」という言葉がある。

「人材育成」は、机上論やインスタントに出来るものではないというのは誰もが自覚していることだろう。ならば「人を育てる」とはどうすれば好いのか。

 家庭や学校は勿論のこと、職場や地域社会で、将来の日本を担う子供や若者を「育もう」という意識がなければダメだ。花を育てたり、木を育てるにしても臭い飼料も時には与える様に、人もまた同じく、甘やかすだけでは立派には育たない。

 人を育てるというのは、日本刀が出来上がる過程と似ていると思うと思う。日本刀は、先ず卸し鉄を「積み重ねる」ことから始まる。そして「鍛錬」し、更に「下鍛え」し、何回も何回も鍛え上げて「芯鉄」を鍛え造り込んで行く。叩いて叩いて鍛えることで強靭で立派な刀が出来上がる。人間も鍛え抜いてこそ本物となる。

 人を育てるとか、教育とは愛情を以て厳しく接する。親だけではなく、教師や社会全体が我が国の将来を担う子供達を育てるのだという意識こそが大事で、文科省や教育委員会などの役人や有識者などがしゃしゃり出るからややこしくなる。

 詰め込み教育の弊害がここに来て露わになっている。「知育」は大事なことではあるが、先ずは「理性」を育て上げることが大事。それは欧米型の理性ではなく、日本的理性、つまりは日本人らしい「人間性」であり「正しい精神論」である。

 日本刀を作る上で最も大事なのが「焼き入れ」で、焼き入れを行うことで刀に命を吹き込むのだが、焼き入れ一つで刀の出来も価値も変わってしまうという。

 本来、師や先輩からの「ヤキを入れる」とは鍛錬の一つなのだが、単に暴力になってしまっているのも事実。そのヤキ(指導)の在り方を体罰や暴力で片付けるのは容易だが、議論がチト違う方向へ行ってしまっているのではなかろうか。

 また「反りが合わない」という言葉がある。これも刀剣に関する言葉である。刀を納める鞘(さや)は一本一本その刀に合わせて作られているオーダーメイドであり、違う刀を入れようとしても「反り方が合わない」ので納められない。

 温室で育った野菜や果物は見かけだけで味に深みはない。やはり自然の風雪に耐えてこそ味わい深くなる。人間だって同じだ。時には鉄拳も必要だし、厳しく突き放すことも必要だろう。個性を磨くというのは本来そうあるべきだと思っている。

 民主主義を穿き違え、人間平等観が蔓延っているのは如何なものか。こんな世の中が続けば、個性の無いハウス栽培の日本人ばかりになってしまうかもな。呵呵。

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2023年02月18日

「聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥」というが

 愚生のブログのサブタイトルに哲学者・西晋一郎の「我が民族の将来と国家の前途を思うは人間の最も真剣なる感情であり、君国に忠、親に孝なるは最も現実なる道徳である。之を離れては人類愛も世界的正義も空想に過ぎない」と記している。

 西は、「教えるとは実に教えられることである」とも教えている。本を読んだり、為になる話を聞いたり、感じた部分を書き留め、それを実際に他人に教えることで自分に足らないものに発見したりする。その気付きこそが学びに繋がる。

 子育てにしても子供に学び共に成長していくもの。また、教諭が生徒に教えられることもあるだろう。「教えるとは実に教えられることである」とは正しく。

 SNSなどでアップした記事への反論や批判に応じることで、新たな発見や気付き、理論の形成と自分自身の向上にも繋がるということも少なくない。意見の対立しがちなSNSではあるが、持ちつ持たれつの関係が成り立っている。

「聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥」という。だが、分からないからと直ぐに「分かりません」とか「分からない」を連発するヤツというのは、説明してやるとその場では頷くが実際には全く理解出来ていない場合が多く時間の無駄となる。

 説明を聞く側も自分で調べた上で「分からない」ことを聞けば好いが、その基本的なことさえも備わっていないのに安易に聞いてくるのは余り感心しない。

 後輩や門下生にもいるが、こっちが話しているのに「分からない」と話の鼻を折るから先に進めない。その場で説明してやっても、愛想よく返事するばかりで碌々理解していない。分からないならメモを取り、後で自分で調べれば好いこと。

「分からない」とは稚児だけに許された言葉であって、本来は大人が使う言葉ではないのだが、今では恥ずかしくもなく「ワカンナイ」を連発している。

「三つ心、六つしつけ、九つ言葉、十二文、十五理で末決まる」という金言がある。先達はこうした養育法を実践した。昔の寺子屋は三歳入学。三歳まで親は愛情を注ぎつつ、心を自覚させることに重点を置いて育てることを意識した。

 六歳位になると善悪の判断を知る年齢になる。そこで「躾」というのが必要となって来る。躾とは「仕付け」とも書くが、着物を縫う時に仮縫いが大事な様に、幼少期の躾は親として最も大事な務め。それを怠ると「親の顔が見てみたい」となる。

 九歳までには言葉や挨拶の重要さを教え、十二歳になる頃には文章も書ける様にならなくてはならない。十五歳になれば昔の元服であり、立派な大人の仲間入り。

 そこで「理(ことわり)」を理解しなくてはならない。「理」とは道理であり、条理であり、つまりは当たり前な事であり、生きて行く上での常識である。

 我が国は性善説で成り立っているが、それは三歳頃までの親からの愛情や幼少期の躾、学校での学習と社会全体での「理」を教える環境が整っていなければならないのが大前提。そう考えれば現代の日本人に性善説など通用するとは思えない。

 将来を担う子供達を育むには「親」と「学校」と「社会(地域)」の三つのどれが欠けても好ましくはない。この三つのバランスが大事なのである。

 昨今は親が躾を放棄し、教諭が厳しくすれば「体罰だ」と大騒ぎ。会社の上司や同僚にも恵まれず、社長は社稷を重んじることなく金儲けに狂奔するばかり。

 そういう意味では、親からも学校からも社会からも厳しく育てられて来なかった世代や、その子供というのは現代社会教育の犠牲者と言えなくもない。

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2023年02月17日

徒然なるまゝにその日ぐらしシリーズ(笑)

 よく「ネガティブ」だとか「マイナス思考」だとか、「ポジティブ」だとか「プラス思考だ」というが、世の中、どんな状況下でも自分の都合の好い様に見方をプラス思考に変えればポジティブになれる。 だが、物の見方や考え方というのは経験が無いと薄っぺらいものになってしまいがち。要は、その経験とは「失敗」である。

 成功から学ぶことは少ないし、最初から成功するヤツもいない。だが、失敗から学ぶものは多い。「場数を踏む」という、その場数とは「バカな数」であり失敗である。その失敗を如何に自分のものにしたかでその人の重みも変わってくもの。

 世の中、失敗を恐れて小さく纏まってる者が少なくない。そんな人間は魅力が無いし、自分では何も出来ない。また、世の中、役に立たぬ無駄というのは一つも無い。例えば乞食だって泥棒だって、振り込め詐欺の奴らだって役に立っている。

 現憲法前文には「諸国民の公正と信義を重んじ」と書いてあるが、公正と信義に乏しい諸国民のお蔭で仕事に就けている職種もある。警察がそうだろう。諸国民に公正さと信義が備わっているなら悪事を働く人間などいないということだろう。

 例えば、親や先生が、そんな悪党や乞食がいるからこそ、「あれを見ろ、勉強しないとあんな人間になるぞ!」と子供に教えることも出来れば、犯罪者がこの世に絶えない限り、警察や刑務所の看守らが食うに困ることはないのである(笑)

 現憲法では自衛隊が違憲と騒ぐ連中はいるが、警察を違憲という人いないし、公正と信義に乏しい犯罪者を憲法違反と詰る人もいない。現実は、警察が存在し治安や公共の福祉が守られる。要は、自衛隊も同じで、理想と現実は違うということだ。

 特殊詐欺にしても、年寄りがタンス預金をしてたところで景気は好くならないが、「オレオレ」と騙って手に入れたカネは、恐らくは豪勢に使われているだろうし、犯罪行為が結果的には経済的波及効果で誰かに還元されて行くことになる(笑)

 キャバクラや高級クラブのねえちゃんに入れ込んで、結局はフラれたとしても、「フラれたお蔭で無駄なカネを使わずに済む」とか「フラれたお蔭でもっと好い女に逢えるかも」などと考え、その現実に感謝すれば世の中の見え方が違ってくる。

 そうした考えに及べば、人間の幅もまた違ってくるというもの。愚生の住む郡山市の偉人に安積艮斎(ごんさい)がいる。艮斎は、二本松藩の儒者・今泉徳輔に学んだ後、文化3(1808)年、その向学心止み難く、17歳で出奔する。江戸に上り、儒学者・佐藤一斎の門に入る。その後、大学頭・林述斎の門人となり研鑽を積んだ。

 17歳で学問を志し江戸へ出奔したというと聞こえは好いが、女房にフラれたというのが真相だという。というのも、16歳で隣村の「横塚」に婿入りするも、その女房が評判の美人。方や、艮斎は醜男だった。その上良斎は学問が好きで、仕事もせずに本ばかりを読んでいる様な男だった。そして終には三下り半。養子先から追い出される羽目となった訳だが、これを機に江戸に遊学し、そして成功を収める。

 幕末に艮斎を師と仰いだ門人は小栗上野介を始め、秋月悌次郎、岩崎弥太郎、清河八郎、栗本鋤雲、権田直助、高杉晋作、谷干城、中村正直、そして吉田松陰など実に2282人にも上る。23歳で江戸神田駿河台に私塾を開き、天保2年の41歳で「艮斎文略」を出版し、その後も「艮斎間話」を著し、艮斎の名は天下に知れ渡る様になる。当時、文壇では「東の安積艮斎、西の斉藤拙堂」と並び称された学聖である。

 艮斎は朱子学の他、陽明学や宗教の善い所を摂取しようと自由な学風を貫いた。洋学にも造詣が深く、渡辺華山が主宰し高野長英ら学者や幕臣が会した尚歯会にも参加した。天保7年(1836年)二本松藩儒となり、嘉永元年(1848年)58歳の時に海外事情研究の集大成「洋外紀略」を著し世界史を啓蒙、海防論を説いた。

 同3年には昌平坂学問所教授に就任。同5年十二代将軍徳川家慶に御進講。同6年、米・露の国書を翻訳し、ペリー来航時にも翻訳を行った。 艮斎は近代日本の源流とも言える江戸時代の偉大な思想家であった。万延元年(1860年)11月21日、昌平坂学問所にて多くの門人に看取られ、70年の波乱に満ちた生涯を閉じた。

 艮斎宅の床の間には、一幅の美人画が飾られていたという。故郷横塚の別れた女房を偲ぶ為に書いて貰った掛け軸らしく、「この女房に追い出されたことで今の自分がある。この絵を見て自分自身を戒めているのだ」と弟子に語っていたという。

 厭なことがあったとしても、こうした考え方に立つならば常に平気で世に処せるし、自然体でいればこそ無限に好い知恵も沸いてくるというもので、その自然体とは自分流というものではなく、自然の流れや相手の間合いに合わせることだ。

 昔の人は「恋と願いはよくしろ!」といったという。恋でも、願い事でも、必ず好くなると信じ、喩え、途中で色々な事が起こっても最後は好くなるんだというポジティブな思い込みも大事なことだと教えている。兎に角、物は考えようで、常に前向きに「災い転じて福となす」という物の考え方を持つことが大事なのである。

 マイナス思考の人間というのは、余りにも陰気で見ているこっちまで暗くなる。斯くいう愚生も危機的状ではあるが、まぁ、大丈夫、なんとかなる。呵呵。

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2023年02月16日

怪しく安っぽい風潮からLGBTQの同性婚が進められて行く

 LGBTQなどの性的変質者らの「同性婚」を巡って、荒井勝喜首相秘書官の「隣に住んでいたら嫌だ」「同性婚なんか導入したら国を捨てる人も出てくる」とのオフレコ発言が、何故か発覚して「差別」と断じられて更迭。以来、急速に同性婚推進が進んでいる。共同通信社では64%、NHKの調査で54%が「賛成」らしい。

 面白いもので「性的マイノリティ」や「同性婚」を謀ってるのは、「選択的夫婦別姓」推進派が多い。同性婚も夫婦別姓も現憲法では認められてないが、何故か推進派や容認派というのは「護憲派」ばかり。もうめちゃくちゃだな(笑)

 世論というのは、マスコミの作為的な報道で形成されて行く。キチンと突き詰めた議論が成されない儘、安っぽいムードだけで、実に曖昧な次元で賛同者が殖えて行く。そこにノンポリのバカタレや有名人が、賛同して世論が撹乱される。

 お笑い芸人の加藤浩次は、自身がMCを務めるワイドショーで、秘書官の発言に苦言を呈し、岸田文雄首相の「社会が変わってしまう」発言について「社会変わっていいでしょう? 変えるべきことは変えていかないと」と発言したという。

 他にも、芸人やら俳優やらスポーツ選手まで、「反対する理由が分からない」とか「同性婚のどこが悪いの?」などと賛同してる始末。少子化で出生数が減っている中で、自分の性的嗜好を優先する余りに次世代のことなど眼中に無いのは無責任過ぎる。こうした姦計の裏で珍左翼や革命勢力が蠢いていることを自覚していない。

「社会変わっていいでしょう?」などと簡単に言うが、変わってはいけないものもある。同性婚や選択的夫婦別姓推進派の狙いは、我が国の家族制度や戸籍といった伝統文化の破壊である。日本国民の家族の一体感を維持しその絆を支えているのが「戸籍」である。同性婚や夫婦別姓を合法化すれば戸籍制度は崩壊し廃止される。

 国民の出生・結婚・死亡などの身分の変動を「夫婦と未婚の子」を単位として登録する戸籍制度は、結婚や相続など家族生活を営む上で極めて重要な役割を担っている。同性婚や夫婦別姓推進派のあれやこれやの屁理屈は付けたりに過ぎない。

 夫婦別姓推進派は、現在の戸籍制度が家族単位である点を「戦前の家父長制度の残滓」と捉えており、現在の戸籍制度を個人単位の「個籍」や「個人登録制」に改めることを求めている。つまり、家族制度の解体を意図していることは明白である。

 現在は民法と戸籍法に基いて婚姻の際の氏(姓)の決め方が定められている。同性婚が認められた場合にはどちらの姓を選ぶのか、恐らくは同姓を拒否するだろう。要は、選択的夫婦別姓も同性婚も最終的目標は我が国の国柄の解体である。

 民法第750条には「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と明記されており、夫婦何れかの「氏」を夫婦の氏とする。 この規定を大半の人は「片方が氏を変える」と理解しているが、抑々「氏(名字)は個人の名前の一部である」という誤解と勘違いが混乱を招いているのも確かだろう。

 戸籍でいう「氏」というものは個人を表す名称ではない。明治維新以前には武士や大店の商人以外の民には氏などない。明治維新政府は、戸籍を整える為に全ての国民に「氏」を与えたのが始まり。氏は個人の名前ではなく家族を表す名称。

 日本人の日本人らしさの根幹を成すものが「戸籍制度」であり、個人だけでなく、親兄弟や子供といった歴史の縦軸の中に生きるという制度である。同性婚や夫婦別姓は縦軸の終焉であり、世界に誇る我が国の家族制度及び戸籍崩壊の序章である。

 同性婚や夫婦別姓が成立すれば、我が国の戸籍制度や家族制度が瓦解し、祖先と家族・親と子を結ぶ連帯意識や、延いては日本人の倫理道徳観にまで悪影響を及ぼすのは必至である。怪しい風潮と安っぽい価値観で同調してはならない。

 LGBTQ推進派は、日本国憲法第二十四条、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」という条項の「両性」を、「同性は否定していない」などとして憲法解釈で遣り過ごし、御粗末な法案を成立するつもりなら本末転倒である。

 昨今の共産主義者は、昔の様に赤旗を振り翳し、「革命」を叫ぶ様な破壊活動は行わない。巧妙にカタチを変え、そのカタチは実に陰湿になっている。

「夫婦別姓」「選択的夫婦別姓」「LGBTQ」「同性婚」「SDGs」「男女共同参画社会」「人権擁護法案」「子ども権利条例」「協働参画社会」「無防備都市宣言」「永住外国人へ地方参政権付与」「外国人住民基本法案」「戦時性的被害者補償法案」「女性宮家」「女系天皇」の全てが左翼活動家の陰湿な実行である。

 左翼勢力の謀るこれらの姦計に対峙するべき保守陣営や愛国陣営を見渡せば、「反中共」や「反韓」を叫んでいるばかり。敵は外患ではなく、正に内憂に在り。

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2023年02月15日

ブログやSNSは単なる暇潰しと備忘録

 愚生は、時局厳正批判と政治思想のブログ「爆ちゃん吼える」をメーンとして揮っている。自身の憂国論と右翼の後進への獅子吼の「ザ・右翼ジャーナル」。地元のネタでライフワークの暴露系ブログ「汚れた顔の紳士達」。食べ歩きブログ「爆ちゃんのふくしまグルメ探訪」の4つを綴っている。つ~か、ヒマ過ぎでしょ(笑)

 ブログにしろ、facebookやtwitterにしろ、単なるヒマ潰しと備忘録と文章力の向上を兼ねて色々と綴っている。「小人閑居して不善を成す」ではないが、小人の愚生としては、ブログや何やらで暇でも潰してないと悪い事やロクな事しか考えないし、そういう意味ではSNSというのは暇潰しには持って来いの大人の遊び(笑)

 小人は耳から聞き齧った事を直ぐに口にするので少しも身に付かない。そこを肝に銘じて、なるべく綴って学ぶことにしている。愚生の好きな哲学者の西晋一郎は「教えるとは実に教えられることである」と訓えたが、この言葉を教訓にやっている。

 親が子供が出来て子供から学ぶ様に、教師が毎日の授業の中で生徒から学ぶ様に、教えるとは実に教えられていることを痛感する。愚生もブログやSNSで偉そうに綴ってはいるが、教えるつもりは毛頭なく、備忘録として記事を綴り、アップした記事への意見や反論なども参考にしながら日々学んでいるに過ぎない。

 大人(たいじん)というのは、自分の中に真の学問を積んでいる人は決してひけらかすことなく、衒学(げんがく)臭くはない。別に偉そうに話さなくても、苦労や努力の大成というものが身体全体から滲み出て風格を感じるものである。

「武士道」で一番嫌われるのは衒学である。学を衒(てら)う、衒学とは学識を誇り、殊更に自分を大きく見せようとすること。現在のマスコミに登場する有識者や、マスコミ御用達の大学教授などのコメンテーターなどはその衒学臭い輩ばかり。

 学問とは他人を説得したり、論破したりするものではなく、自分自身がどう生きて行くのか、どう在るべきかということに答えを見出すものでなくてはならない。

 江戸時代の思想家で石門心学の開祖である石田梅岩は、「学問とは人倫を明らかにし 身を敬み 義を以て君を尊び 仁愛を以て父母に事え 信を以て友に交わり 広く人を愛し 貧窮の人を憐み 功あれども伐(ほこ)らず 万事約を守り 家業に疎からず 入るを量って出すことを知り 法を守って家を治めること」と教えている。

 まあ、愚生の場合は、如何に敵を論破し、「けちょんけちょんにやっつけてやるか」などと考えながらやってるので、学問というより理論武装か(笑)

 右翼に限らず、ネット右翼や自称・愛国者というのは仲間にしか通用しない付け焼き刃の知識を熱く語り、自分自身に酔っている輩をよく見掛けるが、そんなことでは、世の中ところか他人さえも動かすことが出来ないのだろう。珍左翼も然り。

 吉田松陰は、「学問をする眼目は 自己を磨き自己を確立することにある」と訓えている。頭山満は、「沈勇を心掛けよ」と訓えている。自分自身を厳しく鍛え上げることで、自然に相手や周りまで感化して好い影響を与えるものである。

 野村秋介は、「人を動かすものは決して理論などではなく、自分の謙虚な反省に基づく人間性以外にあり得ない」と教えていたが、学問や理論よりも何をするにもやはり人柄が大事なのは言うまでもない。愛国者を気取り、日本人としての正論を語っていながら世間から忌み嫌われるのは、人となりに問題があるのかもよ。呵呵。

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2023年02月14日

池田太作の地元紙への投稿記事に反創価学会の愚生でさえ感心したのだから信者は感涙に咽び泣いたに違いない(笑)

 5年程前、地元紙の教養欄に、創価学会インターナショナル(SGI)会長で創価学会名誉会長池田太作の「うつくしまルネサンス 福幸を未来へ」との特別寄稿が出てた。県内の伝統工芸品や福島県民の人柄、戊辰戦争での会津藩の苦労や、詩人の草野心平が母親の死で書き留めた「美」の意味など、幅広く論じてたのを思い出す。

「福島には如何なる艱難にも、共に励まし合って乗り越え、勝ち越え、偉大な創造を成し遂げ往く人間の絆がある」と会津藩を例に、敢えて「原発事故」という表現を使わずに喩えていたが、こそばゆい感じもするが、中々好い表現と文章である。

 所所に宗教家らしい語彙を使い、分かり易くも重厚な文章となっている。反創価学会の愚生でさえ感心したのだから信者は感涙に咽び泣いたに違いない(笑)

 投稿の半ばには、日本刀の出来上がる様子を表し、人もまた厳しい試練や圧迫に耐え抜いてこそ、刀剣の如く光彩を放つのだと、「美」と「鍛錬(強さ)」の重要性を説いてる。実に素晴らしいが、この喩えは愚生も常々訴えていることだ。

 人を育てるというのは日本刀が出来上がる過程と実に似ている。日本刀は、先ず卸し鉄を「積み重ねる」ことから始まる。そして「鍛錬」し、更に「下鍛え」し、何回も何回も鍛え上げて、「芯鉄」を鍛え上げて、造り込んで行く。叩いて叩いて叩いて鍛え上げることで、強靭で且つ美しい立派な刀が出来上がるのだ。

 国士舘の創設者・柴田徳次郎先生も、「刀というのはトンテンカン、トンテンカンと叩いて叩いて鍛え上げなければ五郎入道政宗とか村正といった立派な刀は出来ません。国士舘の生徒も先生だけの指導だけではダメであります。学校も親も一緒になって、預かったお子さん方を鍛え上げて行かなければ立派な日本人に育てることは出来ません・・・」 と、その昔に入学式で訓示しているのを国士舘新聞で知った。

 この「トンテンカン」というのは、刀を鍛え上げる刀匠と、「向こう槌(つじ)」と言われる相方との遣り取りのこと。刀匠と向こう槌との呼吸が大事であり、「相槌を打つ」という言葉はこの刀を鍛え上げる工程に由来する言葉でもある。

 日本刀を作る上で最も大事なのが「焼き入れ」。鍛錬した刀に焼き入れを行うことで刀に命を吹き込む。この焼き入れの工程や鍛錬が少ないと不純物が混じり、また焼き入れが甘いと美しい刀にはならず、出来映えも価値も変わってしまう。

 よく「アイツとは反りが合わない」と言うことがあるだろう。この喩えは刀剣に関する言葉で、「鞘(さや)は一本一本その刀に合わせて作られているオーダーメイド。違う刀を入れようとしても、「反り方が合わない」ので納められない。

 刀身に彫られた溝のことを、「樋(ひ)」という。その役目は、「刀の重量を軽くする」とか「曲がり難くする」とか「衝撃を緩和する」などの働きがある。単なる溝かも知れないが、溝にはそれなりに意味が在る。人との溝も同じ様なもの。

 反りが合わない人や、溝が出来てしまった人間関係は修復することは出来ないかも知れないが、反りや溝になった要因を考えることも大事なことでもある。

 話を池田太作のことに戻すが、池田は東京大森海岸出身。子供の頃は「日本語の下手糞な無口な少年だった」という。父親の名前は「田太作」といい、母親の姓は「池」。日本への帰化の際に、親の名前の「池田大(太)作」となったという。

 池田太作は、日本を「池田王国」にして国主になることを夢見る。政治、経済、文化、教育、司法等に至るまで自分の力が及び、国民に「池田先生マンセー」を叫ばせたいらしいが、正に国内最大の国賊でもある。つ~か、今は生きているのだろうか。

 創価学会の頂点に君臨する池田だが、「福島の天地に脈々と受け継がれ、鍛え上げられてきた『美の心』には幾多の難題に挑む人類に生きる希望と勇気を贈る光が宿っている」と、未曽有の困難と闘う福島にエールを送っている。敵ながら天晴!

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2023年02月13日

明治時代の「安積疏水事業」とは大久保利通の夢だったのだろうか

 郡山市では、2月13日が「日本遺産の日」ということで、日本遺産に認定されている安積疎水の「一本の水路」のストーリーを構成する、猪苗代湖や開成山公園、安積歴史博物館など、38もの構成文化財の写真をInstagramを活用し募集している。

 日本遺産ポータルサイトには、「明治維新後、武士の救済と、新産業による近代化を進めるため、安積地方の開拓に並々ならぬ想いを抱いていた大久保利通。夢半ばで倒れた彼の想いは、郡山から西の天空にある猪苗代湖より水を引く『安積開拓・安積疏水開さく事業』で実現したと、大久保利通の偉業として称えている。

 数年前、地元紙の投稿欄に安積国造神社の安藤智重宮司の記事が載った。「安積疏水事業 大久保の夢?」と、疑問符が入っていることでも分かるが、郡山市が取り組んでいる「日本遺産・安積疏水」への疑問であり、一石を投じた内容だった。

 愚生も、郡山市の安積疎水事業のパンフレットを見て大久保利通ばかりを持ち上げ、疎水事業を提案した渡邊閑哉が全く出ていない内容に疑問を抱いていた。

 中国の故事の「飲水思源」や「井戸を掘った人を忘れるな」との諺がある。毛沢東を称える言葉ではあるが、安積疏水という井戸を掘ったのは大久保利通ではなく、安積原野の開拓には猪苗代湖からの水を引き入れることを提案した人達である。

 安藤宮司の投稿では「疎水の夢を実際に描いたのは渡邊閑哉(岩代)と小林久敬(須賀川)である」と述べているが、安積疏水事業は大久保の夢ではない。

 投稿記事に拠れば、「当時の国家予算は7000万円で疎水事業の予算は62万円」。これが事実であれば「国家予算の三分の一を要した大事業」というのは嘘ということになる。況してや、事業予算も10年返済の起業公債だったというではないか。

 大久保は「士族授産と殖産興業を結び付けた開拓事業を安積原野で展開することで、この地の発展に国の未来を見ていた」という。だが、目指したものは「殖産興業」を実現させた上での「富国強兵」であり、安積原野開拓は魁となった。

 明治11年、大久保は不平士族6名に因って暗殺される。斬奸状には、「不要な土木事業・建築に拠り、国費を無駄使いしている」という理由が綴られていた。

 明治11年に着工された安積疏水事業は、大久保暗殺犯が語った「国費の無駄」とは思わないが、大久保の身から出た錆である。疎水事業を提案した渡邊閑哉(義右衛門)は二本松藩の思想家。旧岩代町(現二本松市)は、愚生の故郷である。

 藩内の布沢村や鈴石村の名主(村長)に就くと、荒地には馬鈴薯を作らせ、川には竹(かんさい竹)を植えさせ洪水を防ぐなどして開墾を勧め、村を立て直した。

 因みに、今でも二本松界隈ではジャガイモのことを「かんぷら(かんさい)イモ」と呼ぶが、こうした呼び名でも如何に閑哉が親しまれていたことがよく分かる。

 閑哉の偉業は、村の財政立て直しや安積疎水だけではなく多岐に及ぶ。伊勢、京都、奈良、四国、九州を遍歴している。国学を重んじ、歴史に造詣が深く、財政再建や防災なども先人に学んだ所が多く、勤倹力行や率先垂範は偉人に共通する。

 因みに「国学」とは、日本の古典を有りの儘に吟味して、古事記や日本書記といった古典に込められている純日本的精神を追求しようとした学問であり、中世以来の儒教、仏教等を拠り所とする日本古典の研究に反対する日本独自の思想である。

 安積の地というのは、元々は二本松藩の管轄だった。明治新政府に拠って、士族を安積平野の地へ入植させる「安積開拓の案」が浮上する。その為には不毛の地であった安積平野に猪苗代湖の水を運ぶことは必要十分条件でもあったのだった。

 閑哉は、「安積開拓の案」に先駆けて、明治3年、安積疎水開拓の建白書を県令に提出している。自らに現場に赴き、「山潟案(やまがたあん)」を提唱した。然し乍ら、その3年後に閑哉は幽冥境を異にし、安積疏水の完成を見ることはなかった。

 明治9年、明治天皇の東北巡幸の下見に来た大久保は、福島県と開拓団の「開成社」が進めてきた疎水事業に感銘し、それを決断する。予算などの実行は大久保の力添えは当然乍ら、それをして「安積開拓の夢だ」とするのは如何なものか。

 疎水が着工されたのは、閑哉が建白書を提出してから8年後のことだった。工事には3年の年月を要し、明治15年に漸く完成した。安積疏水の水路は、閑哉や小林久敬らの三つのルートが提案されてが、閑哉の提案した「山縣案」が採用された。

 郡山市のパンフレットには発案者である閑哉が全く登場していない。恰も、大久保利通が「国家予算の三分の一を投じて完成させた大事業だった」としているが、余りにも、明治政府や時の権力者だった大久保に阿る歴史認識ではあるまいか。

 郡山市の明治以降の歴史を見ると、明治新政府の歴史認識が目立つのも確かだ。西軍が民衆を助ける側で、会津藩を始めとする東軍は「大槻村などに火を放ち大衆を路頭に迷わせた」などと賊軍として扱われている。安藤宮司の新聞投稿での指摘を機に、郡山市は明治新政府寄りの歴史認識を見直してみたら如何だろうか。呵呵

 余談だが、郡山市や品川萬里市長が「安積疎水事業と安積開拓の大功労者」と称える大久保利通は、日本で初めて栽培された薩摩の指宿煙草を愛用していた大のヘビースモーカーだった。愛煙家を薬物中毒に準えた健康オタクの品川市長だが、愛煙家の大久保は草葉の陰でこれを聞いて呆れているに違いない。呵呵大笑。

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2023年02月12日

言葉や文章を書き留めて少しでも近付ける様に努力することは大事なことだ

 誰しも「好きな言葉」というのはあるだろうし、感銘を受けた本や座右の書というものもあるだろう。金言や格言の多くは実践と経験から学んだものであり、自戒を込めた言葉故に相手に響く。逆を言えば、実体験を伴わない言葉は軽々しい。

「人真似上手は個性を創造する」という様に、そうした言葉や文章を書き留めて、少しでもその尊敬する人や憧れの人物に近付ける様に努力することは大事なこと。

「日本とロシアは提携の必要性がある」などといった開国論を展開し、安政の大獄で斬首された越前福井藩士の橋本左内は、学問を学ぶ極意をこう訓えている。

「志を立て、その目的を達成する手段の中で最も近道だと思うのは、聖人の書物や種々の歴史本の中で自分が特に刺激を受けた部分を別紙に書き抜いて壁に貼っておくか、扇などに書いておき、日夜朝夕それを眺め、常に反省しつつ、及ばない点について勉め、進歩を楽しむのがよい」。日頃からの実践が後々の自分の身に成る。

 右翼人にも多いが、よく読書の量を自慢している自称読書家を見かける。斯くいう愚生も、若い頃は政治思想の本を中心に、雑駁ではあったが色々な書物を読み漁り、本棚に並べてはその読書量に悦に入ったりしたものだ(笑)

 そんな輩というのは「読書は楽しい」と宣う。だが、読んで楽しいというだけなら別に読書じゃなくても映画でも好いし、落語や講談、歌舞伎などでも好いだろう。

 本というものは読まないよりは読んだ方が好いというくらいなのもので、橋本左内ではないが、感じ入った部分を何度も読んだり書き留めたり、その書いた文章を眺めたりして、自分の糧になる様に心に確りと刻み込むのが好い。

 勉強とか学ぶという基本的な在り方は、活眼を以て生きた本を読むことだ。ベストセラーなんぞ単なる暇潰し。読んで学んで、実践しなければ意味は無い。

 常々、心眼を開いていれば「生きた学問」や参考書となるべきものは多く在る。「生きた学問」」「耳学問」で一番好いのが、失敗に失敗を重ねながらも成功した人物の話であり、くだらん営業保守らの本なんぞより学ぶことは多い。

 保守ブームに乗っかって稼いでいる営業保守の本なんぞ、領土主権や国防論を尤もらしく語って、反中共やら反韓・反北朝鮮の脅威を煽って稼いでるだけ。保守を気取ってはいるが、尊皇精神に乏しく、保守したいのは現在の立場だけ。

 経営の実践も無い経営学教授然り、小難しい言葉を羅列しては悦に入ってるが、よくよく読めば「常識」を尤もらしく書き綴っているだけのこと。憲法学の教授なんてのは憲法擁護の左翼学者ばかりで、現憲法を生業にしている学匪ばかり。

「小人の学は、耳より入りて口より入ず」というが、小人は学問を売り物にし耳から聞き齧った事をそのまま口にするので少しも身に付かない。未だ自分の口で話すだけ好いが、無言のリツイートは身に付かないどころか周りにとっては迷惑千万。

「小人の学は、耳より入りて口より入ず」との喩えは愚生的には実に耳が痛いものを感じるが、繰り返して語ることで自分の思想になっていく場合も無きにしも非ず。

 自分の中に真の学問を積んでいる人は決してひけらかすことはなく、衒学臭くはないという。確かに新渡戸稲造の「武士道」でも衒学は一番嫌われると教えている。

 武士道の一説に、「学問は他人を説得したり、論破したりするものではなく、自分自身がどう生きて行くかのか、或いはどう在るべきか、といったことに答えを見出すものでなくてはならないのである」と在るのは括目に値する。

 学問とは本来自分自身の向上の為のもので、仲間にしか通用しない夥しいコピペをSNSに貼り付けたり無言リツイートしたり、付け焼き刃の知識をひけらかし、自分自身に酔っているネット右翼や営業右翼はある意味で反面教師とも言える。

 実践の伴い薄っぺらな主張では世の中どころか他人さえも、否、身内や友人さえも看過することも感化させ賛同させることも出来ないだろう。

 愚生の場合、倫理哲学者である西晋一郎が好きで彼是と参考にしブログのタイトルにも載せている。自分自身に酔っている訳でもないが、西先生の「教えるとは実に教えられることである」を肝に銘じ、今日もまたこうして書き綴っている。呵呵。

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2023年02月11日

奉祝・紀元節。国を愛する心の涵養とは「敷島の大和心を人問わば朝日に匂う山桜花」これに極まれり

 本日は建国記念日、戦前の「紀元節」である。祝日法には「建国を偲び、国を愛する心を涵養する日」とあり、また、大日本帝国憲法(欽定憲法)発布記念日でもある。では「建国を偲び、国を愛する心を涵養する」とは如何なることか。

 日本人が失った徳目を呼び返そうという標語として「愛国心」は最も相応しい言葉だが、国旗や旭日旗を仰々しく掲げ、勇ましい言葉で左翼らを攻撃している姿に日本的気風を感じることはなく、「愛国心」が贔屓の引き倒しになってしまってる。

 三島由紀夫は嘗て、「日本の様な国には愛国心などという言葉はそぐはないのではないか。大和魂で十分ではないか」と語ったが、この言葉に激しく同意する。

 我ら日本人が持つべきは、「大和の心(大和魂)」であり、つまり、花鳥風月、山川草木、春夏秋冬の恵まれた自然に逆らわず調和して暮す従順な心である。

 国を愛する心の涵養とは即ち、大和心の涵養である。国学者・本居宣長の「敷島の大和心を人問わば、朝日に匂う山桜花」の和歌の通り、これに極まれり。

 猛々しいが軽薄な愛国心ではない。八紘(はっこう)を掩(おお)ひて宇(いえ)にせむこと。つまり、日本的愛国心とは神武肇国の大理想である「八紘一宇」を掲げ、天皇國日本の真姿開顕へ奮闘前進することであるのだ。

 終戦に因って紀元節は廃止。統治下の昭和22年、日本国憲法に相応しい祝日の法案に紀元節が「建国の日」として盛り込まれるもGHQにより削除される。

 主権回復した昭和27年4月28日「紀元節復活運動」が起き、昭和33年に国会へ紀元節に関する議案を提出。昭和41年に祝日法が改正され、翌年2月11日に「建国記念の日」として実施されることとなった。主権回復から実に15年の歳月を要した。

 建国記念日の趣旨が、「建国を偲び、国を愛する心を涵養する日」とするならば、次代を担う子供達や青少年に日本の神話を教え、建国の意義と神武肇国の大理想を伝えて行くべきであろう。そう考えれば「建国記念の日」より「紀元節」との名称こそがが望ましく、更に大日本帝国憲法の意義を考える日にしなくてはならない。

 誰にも誕生日がある様に国にも誕生日があり、山河麗しい瑞穂の国が肇められたことを奉り祝うのはその国に生まれた者の務めであるのは当たり前のこと。

 本日は、全国各地で「神武天皇陵遙拝式」や建国奉祝パレードが行われる。その一方で、「紀元節復活は科学的根拠がない」「軍国主義復活反対」などとして、共産党を始めとした珍左翼や売国団体や誤(護)憲派が「反対」の催しを行う。

 正に「平和ボケ」の日本人を象徴するものだが、「紀元節奉祝反対」を叫ぶ連中の真意は外でもない、明治22年2月11日に公布された祖国日本の大理想が掲げられてる大日本帝国憲法の復活を危惧してのもの。左派の方がやはり強かである。

 明治人の知恵の結晶でもあり、正統な国法である大日本帝国憲法の復元と改正こそが、天皇国日本を盤石の安きに置く使命である。民族の信念と道統を受け継ぎ、これを護持し、これを宣布し、そして子孫に伝える責任と使命を有する者、それは我ら日本人である。紀元節に当たり、神武肇国の大理想である「八紘一宇」を天高く掲げ、天皇国日本の真姿開顕へ奮闘前進しよう! すめらぎいやさか 天皇陛下万歳!

 歌曲「紀元節」

伊沢修二作曲、高崎正風作詞

一、雲に聳ゆる高千穂ねおろしに艸も木も
  靡きふしけん大御世を仰ぐけふこそ樂しけれ

二、海原なせるはにやすの池のおもよりなほひろき
  恵みの波にあみし世を仰ぐけふこそたのしけれ

三、天つひつぎの高みくら千代萬づに動きなき
  もとゐ定めしそのかみを仰ぐ今日こそたのしけれ

四、空にかがやく日の本の萬の國にたぐひなき
  國のみはしらたてし世を仰ぐけふこそ樂しけれ

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2023年02月10日

波瀾万丈の天才ボクサー・辰吉丈一郎に見るプロとしての生き様

 波瀾万丈の天才ボクサー・辰吉丈一郎の20年を追う「ジョーのあした-辰吉丈一郎との20年」というドキュメンタリー映画がある。現役であり続ける辰吉のボクシング論や、父子の関係、家族への思いが、辰吉自身の言葉によって語られている。

 原則的に日本人ボクサーの定年は37歳。現役に拘る辰吉の思いと魅力が引き出されて行く。この映画について、以前、辰吉が雑誌のインタビューに応えていた。

 -現在の収入は?-

「まったくない。無収入」

 -無収入? 生活は?-

「いうても僕、3回も世界チャンピオンになってますから(笑)。ファイトマネーを無駄遣いしてこなかったし、リングに立って稼いでいる訳ではない以上は、貯金を下ろして生活するしかないでしょ?」

 -過去には、数千万単位のCM出演を断ったとの伝説もありますが-

「うん。だって僕、タレントじゃなくてボクサーなんで」

「ボクサーがCMって違うと思うんで。小銭ならいいですよ、でも、何千万というお金を稼いではダメだと思った」

 -後悔は?-

「一切ない」

 テレビのバラエティー番組には、プロスポーツ選手や人気力士らが出演し、CMにも登場するのは当たり前の時代にあって、「だって僕、タレントじゃなくてボクサーなんで」とは中々言えた言葉ではない。これぞプロ中のプロだと思う。

 自分の夢を捨て、目先のカネに飛び付いて、本業ではない仕事で食えることを優先するというのはプロとしての覚悟が乏しい証拠である。インタビューは続く。

 -世間からは『もう十分だろ』との声も届いていると思うのですが?-

「紛いものというのか、捻くれているというのか。デビューの頃から僕は、普通が嫌やったんですよ」と応えている。これぞホンモノ、プロ中のプロである。

「普通が嫌だった」という反骨精神と男の痩せ我慢は、愚生も大いに共感出来る。ボクサーだろうが、サラリーマンだろうが、右翼だろうが、乞食だろうが、どんな仕事に就いて様が、あっちにコロコロ、こっちにコロコロと要領好く生きているヤツよりも、愚生はこうした自分の生き方に信念のある削げ者が好きだ。

 自分のやりたい夢があるのに、直ぐに諦めて、「生活に困窮したから」と、或いは分不相応な生活を望んで、目先の「食える」職業を選択してしまう。

「好きなことをやり、それで食えるようになりたい」と思うなら、それに向かい懸命に努力し、我慢し、試練に耐え、必死に努力すれば好いが、今の時代、アルバイト程度で食えてしまうから始末が悪い。 こんなことではプロやホンモノは育たない。

 目先の仕事にあり付いて、食えることを優先するというのは、それは単なる自分自身への誤魔化しであり、畢竟、プロやホンモノへの侮辱でもある。

 愚生が右翼に入った昭和50年代というのは暴走族上がりが多く、「右翼ブーム」の時代でもあった。愚生も30年活動して来た中で何百何千の右翼を見て来たが、殆ど残ることはなく、若い頃の熱が醒めると去って行き、残ったのはホンの僅か。

 その残った者がホンモノかというとそうでもない。最近は「愛国ブーム」というか、ネット右翼と称される連中が多くなり、在特会や主権回復を目指す会、行動する保守活動など活躍してるし、日本第一党が保守政党に名乗りを上げる。

 ブームが好いことなのか、悪いかは分からないが、右翼と自称・愛国者のボーダーラインが無くなったのは確か。ネット右翼ブームに比例して右翼団体の活動は低迷の一途。怖さが無くなり、何より牙がなくなったのが右翼凋落の一因である。

 今の保守ブームが去れば、自称・愛国者らも去って行くのは明らか。結局はどの世界もホンモノとホンモノのぶつかり合い。大衆はどちらにも動くし、大衆の意見というのはそういうもの。ホンモノのリーダーの出現を待望して止まない。

 その昔、横山武彦という破天荒な右翼人がいた。歳は二回りも上だったが妙に馬が合った。横山曰く「乞食でもホンモノは信用できる」と語ったのを思い出す。何事に於いても中途半端がダメ。道は山あり谷あり、挫折を繰り返し乍ら前進せよ!

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尊敬はあくまでも醇乎たるべきものであり

 幕末の英雄というと、愚生的には長岡藩家老の河井継之助を置いて他にない。継之助を一躍有名にした司馬遼太郎の小説「峠」では、司馬は継之助をして「武士道倫理に生きた最後の侍だ」として、その生き様を活き活きと描いている。

「峠」で描かれている茶屋遊びの場面を想像しても、人間味に溢れた武士だったと思っている。多くの歴史家も、継之助を東西の優れた軍事指揮者の一人に挙げているが、一方で長岡藩を「要らぬ戦争へ巻き込んだ」との批判があるのも確か。

 河井継之助、名は秋義、号は蒼竜窟。越後長岡藩士。「越(ほくえつ)の蒼竜」と称された継之助は長岡藩の近代化に努力した英雄である。継之助は、長岡藩士120石取りの代右衛門秋紀の子として生まれる。幼少の頃から腕白で、人の忠告を素直に聞かない強情張りで、それは大人になってからもその偏屈ぶりは変わらなかった。

 少年時代は、藩校で伊藤仁斎の提唱した「古義学(こぎがく)」を学び、成長すると共に実践重視の「陽明学」へと傾倒する。17歳の時に継之助は、鶏を裁いて、王陽明を祭る祭壇に鶏肉を供え、人民と藩是の為に立志し、誓明したという。

 青年期の継之助は読書に没頭した。良書を見つけると、その書だけを何度も読み返し、一字一句を書き留め暗記し、我が身の行動の規範と成したという。

 嘉永5(1852)年、継之助は江戸に遊学し、佐久間象山、古賀謹一郎に師事する。だが、象山の尊大さと、勿体付けて理屈を捏ねる腹の曲がり具合がどうも気に食わず、象山から遠ざかったという。何となく、それは分かる気がする。

 継之助が生涯を通じて敬服した人物は、備中松山藩の儒者・山田方谷(ほうこく)その人である。安政6(1859)年には自ら松山藩まで足を運び入門を乞うも中々承諾されなかった。漸く入門を許可される。だが、継之助は「学問の講義は要りませぬ」と断ったという。象山に匹敵する腹の曲がり様にも思えるのだが(笑)

 師に学問を教わるより、起居を共にすることだけでも学ぶものが多いのことを継之助は知っていた。師と雑談し、師のその一挙手一投足を目に焼き付けた。

 書物を読み、暗記したところで意味はない。理論なんぞより、尊敬する人との雑談や所作、何気ないことから学ぶことこそ貴重であり、得るものが多い。

 内弟子らは継之助に、「何故に貴公は方谷先生と一緒に鍬を持たないのか」と詰られるも、「嫌いだからだ。今更、百姓の真似が出来るか」と応じたという。

 内弟子らが更に、「方谷先生を尊敬していないのか」と詰ると、継之助は、「尊敬はあくまでも醇乎(じゅんこ)たるべきものであり、百姓を手伝うというのはおべっかに過ぎない」と開き直ったというから、かなりの削げ者だったのだろう。

「尊敬はあくまでも醇乎たるべきものであり」とは実に好い。「醇乎」とは、純粋とか、全く混じり気がないな状態のこと。愚生の知る右翼には滅多にいないな。

 チョッと有名な人と見るや「おべっか」ばかりで、その心情や行動に「醇乎」さは乏しい。単に「ヨイショ」好きな、権威主義者がうじゃうじゃ(苦笑)

 継之助は方谷に接することで、陽明学の行動の何たるかを学ぶ。方谷を唯一「先生」と呼び、そして「希代の英雄」と讃えて、方谷が唱える思想を熱心に学んだ。入門から1ヶ月半程の間に、継之助は藩政改革の方法を習得している。

 方谷は後に「河井は豪すぎる。豪すぎることが幸福な結果になるか、不幸を呼ぶか」と語ったという。結果は残念乍ら後者の方であった。遊学を終えた別れの朝、継之助は対岸の街道の路上に土下座し、師匠の小さな姿を伏し拝んだという。

 人を容易に尊敬することのない不器用な男が、土下座したのは生涯これが最初で最後だったという。その後、継之助は長崎などへも西国遊学を果たし、見聞を広めると共に、会津藩の秋月悌次郎などとも交友を深め人脈を広げている。

 愚生も最近は慢性的不如意で放浪の旅に出ていないが、どんな「旅」でも人を大きくしてくれるものだ。人との出会いに感動し、酒を酌み交わす。正に功名なんぞに意味はない。「人生意気に感じる」とかとはそういうことである。いざ、一献!

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2023年02月09日

日露戦争勃発。明治人の気概と誇りに学ぶべし!

Nichirojp

 1904年2月6日、外務大臣小村寿太郎は当時のロシアのローゼン公使を外務省に呼び、国交断絶を言い渡した。紀元節前日を開戦記念日として、巨大国家ロシアと干戈を交えることとなった。何故に日露戦争に至ったかは、ペリーが浦賀に来航し、その後に起こった明治維新や日清戦争、当時の世界情勢を知る必要がある。

 日清・日露戦争という、祖国日本と我が民族の生死を賭けた戦いを忘却してしまったところに、現代を生きる我々の悲劇があると言っても過言ではない。我が国は、明治維新を成し遂げ、近代国家の建設を急ぐ。隣国の李氏朝鮮はその意味も分からずに、日本を蔑視し続け、朝貢国であった清朝から独立を果たすことはなかった。

 当時、我が国ではロシアに対する安全保障上の理由から、朝鮮半島を勢力下に納める必要との意見が大勢を占めていた。だが、朝鮮を属国と見做していた清王朝と、朝鮮に独立を促す我が国との間で「日清戦争」が勃発することとなった。

 我が国が勝利するが朝鮮は独立を果たさず、更には清国も崩壊し、各国に蚕食されることとなって行った。日清戦争後、戦利品として台湾・澎湖諸島・遼東半島を割譲されるが、ロシア、フランス、ドイツからの所謂「三国干渉」によって遼東半島は清に返還されることとなる。(因みに「台湾、澎湖諸島は未だ日本領」という意見があるが、こうしたことが論拠であり、台湾は国際法上は未だ日本領であろう)

 ところが、ロシアは崩壊間際の清国と「露清密約」を結ぶと、三国干渉に因って日本に放棄させた遼東半島の強奪を謀り、半島の南端に位置する旅順・大連を租借すると、その旅順に太平洋艦隊の基地を造り、満洲への進出を謀った。

 明治33年(1900)、清国で発生した義和団の乱(義和団事変、事件)の混乱収拾を理由にロシアは満洲へ侵攻すると、清国全土を占領下に置くこととなっていった。

 政府内では伊藤博文ら日露戦争回避派が大勢を占めていたが、徐々に「ロシアとの開戦已む無し」の声は大きくなり、明治37年(1904)2月8日、旅順港に停泊していたロシア旅順艦隊に日本海軍駆逐艦が奇襲攻撃、日露戦争の火蓋が切られた。

 同日、日本陸軍先遣部隊が朝鮮の仁川に上陸すると翌9日、仁川港外にて同地に派遣されていたロシアの巡洋艦ヴァリャーグと砲艦コレーエツを攻撃し、自沈に追い込んだのが「仁川沖海戦」である。翌10日を以てロシアとの戦いに突入。

 その後、「黄海海戦」「遼陽会戦」「旅順攻略」「奉天会戦」という生死を分ける戦いが次々と行われ、「日本海海戦」に於いて我が国が起死回生の劇的大勝利を収めるのだ。「樺太攻略」も日露戦争の延長であり、樺太を全占領し、その後の「ポーツマス条約」の講和によって南樺太が我が国に割譲されることとなった。

 この事実をしても「北方四島」という返還運動が如何に欺瞞に満ちたものであるかが分かるというものだろう。世界最大の軍事大国ロシアとの一年半にも及ぶ強国との大戦に、我が国は奇跡的とも言える勝利を収め、極東小国日本の存在を世界に知らしめた。日本大勝利の報は、固唾を呑んで見守っていた世界の人々を驚嘆させた。

 ロシアから占領・弾圧されていたフンランド、トルコ、ポーランドといった国々や、有色人種と差別されて植民地として搾取いた民族国家にとって、極東の小国に過ぎない日本の勝利はその存在を決定的に変える影響を齎したのである。

 15世紀の大航海時代以来、白人に因る世界制覇の滔々たる流れが、日露戦争の勝利で大きく変化し、全世界の有色人種に与えた影響は強烈なものであった。

 インドのガンジー、ビルマのオマッタ、フィリピンのリカルテ、ベトナムのファン・ボイ・チャウ、エジプトのムスタファ・カミール、トルコのケマル・パシャなど名前を挙げれば限が無いが、世界の各地で日本の勝利に狂喜し、有色人種が白人に劣らないことに確信を持ち、各地で独立運動が湧き上がって行った。米国でも、日露戦争後に黒人に人種平等の自信を与え、黒人解放運動の支えとなったのだった。

 黒人誌「インディアナポリス・フリーマン」は、次の様な社説を掲げた。

「東洋のリングで黄色い男達のパンチが白人を打ちのめし続けている。事実、ロシアは繰り返し何度も日本人にこっぴどくやられて、セコンドは今にもタオルを投げ入れ様としている。有色人種がこの試合をものにするにはもう時間の問題だ。長く続いた白人優位の神話が遂に今突き崩され様としている」。それから15年後、パリ講和会議に於いて我が国は、国際連盟規約に「人種平等の原則」を入れる提案を行う。

 全権使節団が、パリに向かう途中、ニューヨークに立ち寄った折に、黒人指導者4人が、「世界のあらゆる人種差別と偏見を無くす事に尽力して欲しい」という嘆願書を日本の全権団に提出した。然し乍ら、こうした有色人種からの願いも空しく、米国大統領ウイルソンが議長を務めるパリ講和会議で拒絶されていまうのである。

 日露戦争が齎した歴史的課題の本格的実現は、その後の大東亜戦争を待たなければならないのであるが、我が国は敗れはしたが、大東亜戦争後に「人種平等の原則」という歴史的使命は果たされたことを見ても、先の戦争の大義は明らかだろう。

 世界史にとっても日本史にとっても重要な出来事が、何故か我が国では余りにも軽く扱われているというか、学校で教わることはない。だが、これら先人の誠心こそ、民族の魂の記憶として、誇り高く永く後世に継承して往かなければならないのだ。

 明治人は国家主権快復の為に気概と誇りを以て爽やかに戦った。今こそ我々は、道徳に優れ、教養と武士道精神に長けていた明治人のその覇気に学ばねばならない。

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2023年02月08日

動いてならぬ時の軽挙妄動を戒めを訓えているのが「風林火山」である

 福島県の一級河川・阿武隈川は、西郷村の源流が白河に流れ、多くの支流を呑み込みながら県内を縦断し、北は宮城県の荒浜から太平洋に灌いでいる。場所に由っては南から北へ、或いは東から西へ、西から東へと流れる場所もある。

 この様に川というのは紆余曲折であって、なだらかな流れもあれば激流もある。舟で下ったとしても滝に出くわしたり、ダムで堰き止められてたり。カヌーやカヤックで下ったとしても、それを運ばなきゃならない場所もある。

 雨が降れば増水し、その姿を一変したり。移り変わる風景もそうした流れがあるから心に響く。人生もそれと同じで「紆余曲折」というものを理解しないと失敗の基となるし、失敗や試練を経験してない人というのはどこか魅力も削がれる。

 政治も然りで、右に行ったり左を向いたり。ここで大事なのはその流れの最後に辿る場所である。果たしてどんな処なのか理解しているかが重要となる。

 大局に立ってその流れを見定める目を養わなくてはならないが、我が国の政治を見る時、果して今、その川がどんな場所でどちらを向いているのか、なだらかなのか、激流なのか、悲しい哉、我が国の政治家にそれが見えているとは思えない。

 激流に流され慌てたり、少しばかりのことで驚く様であれば大将の器は無い。困ったこと、悪いことが起これば右往左往してる様じゃ先が思い遣られるし、ロクな結果を生まない。困難が起これば、立ち止まって状況を冷静に見極めることだ。

 試練は必ず終わる。腰を据えて対策を考えればその暗闇から微かではあるが光が見えて来るし、光が見えれば勇気も湧いてくる。決して慌てて動かないことが肝要。故野村秋介の「熱い風呂に入ってる時はじっとしていろ」とは蓋し名言である。

 武田信玄の「風林火山」は「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」の句の原文は、「故其疾如風、其徐如林、侵掠如火、難知如陰、不動如山、動如雷霆」。

「(故に其の疾きこと風の如く、其の徐(しず)かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、知りがたきこと陰の如く、動かざること山の如く、動くこと雷霆(らいてい)の如し)」と読む。ここで注目すべきは作戦行動に於ける「動」と「静」の対比。攻めるときは風の様に疾く、燃ゆる火の勢いを以てする。

 歴史上、攻めるときは風の様に疾く、燃ゆる火の勢いを以てする「動」だけの武将というのは数多く存在する。「孫子の兵法」でも、武田信玄の風林火山と同じく、戦う上で肝心なことは「静」の作戦行動であり、攻撃を中断する時は林の様に静かに、次の機会を待ち山の様に動かないことが大事だと訓えている。

 動いてならぬ時に動いて失敗するというのは往往にして在ることで、「風林火山」とは軽挙妄動の戒めでもある。武田軍が無敵と言われたのもこの「静」の為であり、人生に於いても軽挙妄動の戒めというのは当て嵌まるとは思うが如何だろう。

 武田信玄の名言では、「人は城、人は石垣、人は堀。情けは味方、仇は敵なり」というものがある。だが、どれだけ城を堅固にしても、人の心が離れてしまったら世を治めることは出来ない。情けは人を繋ぎ留め、結果として国を栄えさせる。だが、仇を増やせば国は滅びるという意味だ。そういう信条から信玄はこう諭す。

「凡そ軍勝五分を以て上となし、七分を以て中となし、十分を以て下と為す。
その故は五分は励を生じ七分は怠を生じ十分は驕を生じるが故。
喩へ戦に十分の勝ちを得るとも、驕を生じれば次には必ず敗るるものなり。
全て戦に限らず世の中の事この心掛け肝要なり」

 善いことと、悪いこととは表裏一体であり、掌の表と裏の関係でもある。「山高ければ谷深し」と言うではないか。悪いことが起きた時は慌てずじっと肝を据え、軽挙妄動を戒めて、目の前の艱難を有り難いと思い逆に愉しむべし。呵呵。

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2023年02月07日

「北方領土は日本固有の領土です」とのCMこそ事勿れ主義の最たるものだ

 2月7日は「北方領土の日」。この日に合わせ、総理府が「北方領土は日本固有の領土です!」などと、御丁寧にも歯舞、色丹、国後、択捉四島の画像入りで広告を出しているが、これこそが事勿れ主義の象徴であって、何より税金の無駄使い。

 国民を誑かすのもいい加減にして欲しいものだ。己の土地を他人に奪われて黙っている者はいないだろう。況してや、父祖伝来の国土が強奪されて泣き寝入りする民族が何処にあろうか。「北方領土奪還」は、正に日本民族の悲願である。

 ところが、戦後70年以上経った今日でも、北方領土問題は未だ解決の糸口すら見えて来ないのは一体何故なのか。思うに、領土そのものの重要性に対する認識不足と、如何に不法に占拠されたかの真相把握が欠如していること、更には、ロシアへの認識の甘さと対応の甘さ等が綯い交ぜとなった結果が未解決の根源であろう。

 北方領土は「日露和親条約」並び「樺太・千島交換条約」「日露講和条約」の締結に拠り、歯舞、色丹、国後、択捉の4島を含む、北は占守(シュムシュ)島から得撫(ウルップ)島の全千島列島と南樺太が、我が国固有の領土となったのである。

 領土問題では、共産党が「全千島、南樺太の主権」を訴えているが、この認識が正しく、共産党でも分かることが自民党を始めとした政党や政治家が理解していないのは実に情けない限り。過去に国会に於いて「4島返還決議」を採択しているが、この返還要求こそ、事勿れ主義であり、軟弱土下座外交そのものなのである。

 ペリーが浦賀に来航した2年後の安政元年(1855)2月7日、江戸幕府は伊豆下田でロシアと交渉し、「日露和親条約(日魯通好条約)」を締結。歯舞、色丹、国後、択捉の四島と千島列島の間に境界線が引かれ、樺太を混住の地と決めた。「北方領土の日」はこうした歴史がその根拠となっているのだが、条約締結は江戸幕府。

 我が国は江戸幕府を否定して明治維新を惹起した訳であるから、この論拠は間違い。歴史には続きがある。明治維新を成し遂げた日本政府は、榎本武揚を全権特命大使として派遣し外交交渉を重ねた結果、明治8年(1875)5月7日には、ロシアとの間で「樺太・千島交換条約(サンクトペテルブルク条約)」が締結された。

 その結果として、日本人とロシア人の混住の地だった樺太の北側と千島列島を交換し、南樺太と占守島までの全千島列島が我が国に帰属した。歯舞、色丹、国後、択捉の四島は日本以外に帰属したことはなく、何を今更「四島返還要求」なのか。

 四島返還要求こそ弱腰外交の象徴である。本来ならば、我が国政府がロシアと締結した国際条約である「樺太・千島交換条約」を論拠に、更に「日露講和条約(ポーツマス条約)」に則って、四島を含む全千島列島並びに南樺太の即時返還を要求すべきなのだ。「北方領土の日」は2月7日ではなく、5月7日が相応しい。

 我が国政府は、事勿れ主義から、歯舞、色丹、国後、択捉のみの四島返還に固執する故に「2月7日」にせざるを得ない状況に陥ってるというのが実情である。江戸幕府ではなく、明治新政府が国家として正式に締結した国際条約こそ重んずるべき。

 全千島と南樺太の主権が在るのに四島のみの領有権主張して、国会決議をしたことは、国会と政治家の無能を示すものであり万死に値する。四島返還論は弱腰・軟弱外交の極みであり、領土主権の問題も根本から見直さなければならない。

 1945年(昭和20年)2月、米国のルーズベルト、ソ連スターリン、英国のチャーチルらがクリミア諸島のヤルタに集い密談が行われ、ソ連が日本との戦争に参戦すること、南樺太をソ連に返還すること、千島列島をソ連に引き渡すことなどが決められた。昭和20年8月9日、ソ連は「日ソ不可侵条約」を一方的に破棄し参戦した。

 ソ連軍は、日本人の虐殺、強奪、婦女子の強姦、暴行など鬼畜の如き行為が繰り返えされた。更には軍人、軍属、一般人を含め80万人以上の人間をシベリアへ抑留し、半数以上を凍死・餓死させた。ソ連軍の残酷無残な行為は正に悲憤断腸、鮮血の逆流するのを覚える。我々はこうした事実と悲劇を決して忘れてはならない。

 因みにソ連は、1926年から1941年までの15年間に「不侵略条約」「中立条約」、不侵略や中立の名を冠した条約を東西15ヶ国と結んだが、内14ヶ国に対して蹂躙している。ロシアは「ヤルタ秘密協定」を楯に北方領土の主権を主張しているが、「ヤルタ秘密協定」こそが国際法的にも意味を成さない協定である。

 我が国は、ロシアに対し「ヤルタ協定」の無効と「樺太・千島交換条約」並びに「日露講和条約」を論拠に、領土主権の正当性と即時返還を要求すると共に、終戦間際の蛮行と戦後のシベリア抑留への謝罪と賠償を要求するべきである。

 竹島問題然り、沖縄県尖閣諸島然り。韓国が竹島を不法占拠し、中共、台湾が尖閣諸島の主権を主張しているが、これは戦後、歴代の政府や国会が、領土主権を理解せず、主張を疎かにしてきた結果である。在、世界の各地で民族争いの中で国境紛争が頻繁に起きているが、世界では寸土たりとも主権確立には戦いをしてまで死守しているのが世界の常識であり、奪われたものは奪い返す以外に解決する手段は無い。

 世界の常識通り、「奪われた領土は奪うことでしか解決出来ない」という強い覚悟こそ大事なのだが、現在の我が国の政治家に決定的に足らないものはそうした気概と迫力だ。国際環境が激変しつつある時に動くものが領土問題だと言われている。

 つまりそれは、北方領土や竹島を取り戻す機会が到来したと同時に、尖閣列島や対馬、或いは沖縄本土を奪われる危機でもあるということだ。覚悟せよ!

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2023年02月06日

LGBTQなどの「性的マイノリティ」って性的変質者じゃね~の???

 荒井勝喜首相秘書官が、LGBTQなどの「性的マイノリティ」や同性婚を巡って、「見るのも嫌」と発言したことで差別と断じられて更迭された。LGBTQは日本語だと「性的少数派」。少数派という言い方が然もイイ人っぽいが、要は性的変質者だろ。性的少数派ならロリコンやSMも立派な性的マイノリティじゃね(笑)

 いつぞや杉田水脈が「LGBTQなどの性的少数者は生産性が無い」とか「チマチョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさん」「女性ならいくらでも嘘が吐ける」と発言し“差別”だとして糾弾されたが、愚生にはホンネや正論にしか聞こえない。

 LGBTQは性的嗜好を優先する余り、脈々と受け継がれて来た先祖の営みを蔑ろにするばかりか、家系の子孫を残すことなんぞ毛頭無い。杉田じゃなくても生産性がゼロな確かだし、性的変質者を性的少数派と言い換えることには違和感しかない。

 LGBTQの性癖や同性婚を毛嫌いするのは差別じゃなくて、それこそ素直な感情だと思うがなぁ。差別さえも赦す、大らかさこそ今の日本には求められる(笑)

 まぁ、地球の存在には寿命もあるし、人類もいつかは滅びるだろう。そう考えると自らの代で終わりとするLGBTQは人類滅亡過程の進化の序章と考えられる(笑)

 荒井秘書官を執拗に糾弾してるのは、いつもの左翼のクソどもや共産党ばかり。左翼マスコミやインチキジャーナリストどもに煽られた一部のLGBTQもいるのだろうが、多くの性的少数者は性的嗜好を表沙汰にはせずにひっそりと生きている。

「チマチョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさん」との杉田のツイートも、チマチョゴリやアイヌのコスプレをした女性への違和感を指摘しただけ。チマチョゴリやアイヌの衣装を着てる連中こそ既得利権に群がり差別を助長している。

 ジェンダー平等や性的マイノリティを如何にも権利であると騒いでいるのは、「男女共同参画社会」を実行した変態のクソども。最近では、国家解体の策謀は更に進化してSDGsや子どもの権利などで、補助金を引き出そうと躍起になっている。

「協働のまちづくり」も左翼の共同謀議だが、それを疑いなく推進したのは自民党というのも嗤える。「協働」の目的とは、国家と国民を切り離すことにある。国家と地方を切り離して、共同体(commune)を創り上げることを目的とする。

 地方自治体や町集落の住民が協力して地元の連帯と絆を深めるのは大いに結構なことだとは思うが、「協働」や「男女共同参画社会」の究極の目的は、同じ共同体でも共産主義インターナショナル(Communist International)、つまりコミュンテルン(国際共産主義運動)の創造であり、世界革命の実現を目指す組織に似たり。

 共産主義とは、生産から分配までの経済行為のすべてを共同的(共産的)に実行しようとする考えで、生産機関の共有や生産物の分配も個人主義的自由を認めず、全て共産的に行おうとするもので「協働」とはその目的達成の為の一つである。

「協働」と同じく「男女共同参画社会」は、「共産(共参)社会の実現」が目的である。これら亡国的企画は、総理府や国立婦人教育会館に巣食っていた元全共闘系と共産党系の女革命家ら革新的左翼が共同謀議的に考案して、その実行を謀った。

「持続可能な開発目標(SDGs)」も似た様なもの。世界規模で共通の目標に向かおうというものだが、世界を股にかけて金儲けを企む「地球市民」と同じ臭いを放つ。SDGsは、世界の共産主義者に因る新手の左翼運動ではあるまいか。

 SDGsとは「全ての人々にとってよりよいより持続可能な未来を築く為の青写真です。貧困や不平等、気候変動、環境劣化、繁栄、平和と公正など、私たちが直面するグローバルな諸課題の解決を目指します」ということらしいが実に胡散臭い。

 LGBTQの同性婚を推進してるのは、このキチガイども。この連中の目的とは、性的マイノリティを利用し、如何にして我が国の伝統や文化を破壊してやるかだけ。性的マイノリティは「我々を利用しないで欲しい」というのが本音だと思う。

 LGBTQ推進派は、日本国憲法第二十四条、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」との条項の改正を目論んでるのだとしたら改憲派だな(笑)

 違憲である自衛隊が、自衛隊法で合憲と解釈されたことと同じく、LGBTQ派に慮って憲法解釈で遣り過ごし、御粗末な法案を成立すつもりなのか。現憲法は、国家の基本法としては御粗末で使い物にならないってことがこんなことでも分かる。

 いつの間にやら我が国はカタチを変えた共産主義が蔓延り、誰もが疑うことがない。その「カタチ」は実に陰湿になり、巧妙にカタチを変えた左翼の究極の目的は「女性宮家論」「女性天皇」「女系天皇」であり、国體破壊と皇統断絶である。

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徒然なるまゝにその日ぐらしシリーズ

「居の安きを求むるは真の志士に非ず」とは吉田松陰。「一日一生」と言いながら積立保険に入ってたり、固定資産税にしたり、マイホーム主義者の様に、居の安きを求める都合の好い右翼にだけはなりたくないと正統右翼浪人を気取っている。

 浪人という生き方は、算段さえ心配しなけりゃ気楽なものだが、これが儘ならない。所属してた団体を辞し蟄居してたこともあり、またそれに加え、先の大震災の影響でめっきり支援者も減ってしまった。慢性的不如意の現状は自分自身の努力不足と悪因悪果でもある。だが、一維新者として志は失ってはいない。

「貧すと雖も浮雲の富を求むる勿れ 窮すと雖も丈夫の志を屈する勿れ 矯々龍の如く沈々虎の如し 身を潜め名を隠し 当に一陽来復の時を待つべし」とは坂本龍馬。

 その意味は(貧しくても僅かばかりの目先の金儲けに奔るな、困っても挫けるな。眼を据える龍や草叢に身を潜める虎の如くじっと耐え、いつか来るであろう時を待て)。こうした気構えで日々を送っている。ってか、カッコつけ過ぎか(笑)

 右翼浪人を気取ってはいるが最近はブロガーか。政治批評の「爆ちゃん吼える(COMMON SENSE)」と「右翼ジャーナル」。地元の会社社長など暴露系ネタの「汚れた顔の紳士達」と福島県内の飲食店の食べ歩き「爆ちゃんのふくしまグルメ探訪」の4つを綴っている。時間持て余し、艱難を通り過ぎてブログで暇潰し。

「艱難は愉しむものなり」と言ったのは西郷隆盛。自殺未遂、二度の遠島処分、西南戦争と苦難続きの人生を送った。真っ黒な目の巨漢というイメージとは裏腹にその生涯は常に死の影が付き纏っていた。「いつ死んだって好い。人事を尽くして天命を待つだけだ」という処生観を持ち、開き直って生きている様な処があったという。

 会津戦争を見ると狡猾さが見えるが、清濁併せ呑む器用さもなく、その大人格故に多くの信望を集め、自分の死に際でさえ実に潔い人物だったという。桜田門外の変での水戸藩士への裏切りなど、西郷の人格を決定付けた何かがあったのだろう。

「南洲翁遺訓」などを読めば、西郷の指導者としての度量の深さと無上の高潔さを感じ取れるが、歴史的偉人の言葉というのはその多くが自戒であり、西郷が好んだ「敬天愛人」の思想もまたそういった生き様の裏返しの様にも思えてならない。

「征韓論」を却下された西郷は鹿児島に帰郷。明治政府に不満を持つ士族らは、西郷を神輿として祭り上げる。「佐賀の乱」「神風連の乱」「秋月の乱」「萩の乱」など士族の反乱が続く中で、終に西南戦争が勃発し、敗れた西郷は城山で自刃する。

 西郷は「決して政府軍との戦争を起こそうとは考えていなかった」というが、西郷が主宰する私学校生徒を統制出来なかったのは、西郷自身の優柔不断さが大きい。結果的に若者らの不満を抑えきれなかったのは西郷の不徳の至りだと思う。

 苦難とは苦痛ではあるが、実は吾等の敵ではなく味方であり、一番親身に吾が身の為を思って与えてくれる正義の友である。苦難は人を殺す為のものではない。人をより善くし、より一歩を進ませ向上させる為に起こるの大慈悲でもある。

「憂きことの なほ積もれかし 限りある身の力ためさん」とは、豪傑・山中鹿之助。山中に籠り「願わくば吾が身に七難八苦を与え給え」と月に祈って修行をした。

 この辺が家に引き籠り、果報を寝て待つ俗物の愚生と違うところ。果報は未だ届くことは無いが、ひょっとしたら寝て待ってる間に気付かなかったのかも(笑)

 幸福と苦難は表裏一体であり、苦難の本質を弁えれば人生の苦難は「天の与えた試練」と考えるべきだ。と、カッコイイことを綴れども、慢性的不如意はどうにかならないものか。不如意で沈むか、一旦緩急で義勇公に身を捧げられるか、扨てどっちが先か。まぁ、ここまでどうにか生きて来たんだし何とかなるだろう。呵呵。

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2023年02月05日

夜空を見上げながら徒然なるまゝに(笑)

 愚生はどちらかというとあまり社交的ではない性格だと思う。昔はそれほどでもなかったのだが、歳をとった所為か最近は人と会うのも面倒臭い(笑)

 人として一番嫌いなのは調子の好いヤツ。あっちにもこっちにも好い顔と諂屈してる輩を見ると、愛想の好過ぎる犬みたい辟易する。右翼や最近流行の自称・愛国者には、あっちにコロコロ、こっちにコロコロとよく転がってるのが少なくない。

 最近は、有名な右翼人と知り合いになっただけで、然も自分も右翼になったと勘違いしてる輩があっちこっちで見かける。やっぱ、飼い主以外にはそっぽを向いてる犬の方が好きだ。そんな右翼や自称・愛国者の好きな言葉にこんなセリフがある。

 命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困る者なり。
この始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。

 金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、
そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない。

 これは「西郷南洲翁遺訓」第三十ヶ条や山岡鉄舟語録からの引用だが、自分が然も幕末の志士になったかの如くこの言葉に陶酔する。大体、右翼なんぞに「官位」も「名誉」も関係ないだろうし、「金も要らない」という右翼はいないでしょ(笑)

「命もいらず」という割には終身保険に入って月々の積み立てに窮してたり、「名いらず」という割に自分を売るのに躍起で、月刊誌などに名前や写真が出たものならそれを買い漁り、「カネ」への執着は言うに及ばずというか尋常じゃない(笑)

「西郷南洲翁遺訓」や「山岡鉄舟語録」を実践してる右翼なんぞ会ったこともないし、本気でこんなことを想っている右翼人がいるなら是非会ってみたいものだ。

 高目ばかりを夢見て、「有名になりたい」「カネを儲けたい」輩ばかりで、「武士は相見互い」という精神も無ければ、「恭倹己を持す」恭しい右翼などいない。

 喩え、相手が艱難に遭遇していても避けるだろうし。況してや「国家の大業を成す」「天下の偉業」なんてのは政治家がやることで右翼がやることでもない。

「西郷南洲翁遺訓」第三十ヶ条は、この有名な「始末に困る・・・」の台詞の後に、「然れども斯くの如き人は、凡俗の眼には見るべからず」と続く。

 要するに、「始末に困る者」というのは凡俗の眼には判別出来ないということで、人物を見極める目を持たなければならないと訓えている。見かけでしか判断出来ない凡俗の右翼人がそうした始末に困る様な人物に成れる訳がないのである(笑)

 「西郷南洲翁遺訓」では、第二十七ケ条が好い。

 過ちを改めるに、自ら過ったとさへ思ひ付かば、夫れにて善し。
其事をば棄てて顧みず、直に一歩踏出す可し。
過を悔しく思い、取繕はんと心配するは、
譬へば茶碗を割り、其の欠けらを集め、合せ見るも同じにて、詮もなきこと也。

「人間、完全ではないので必ず過ちを犯すものである。過ちを犯さない人間などというのはありえない。大切なことは、その過ちを次に繋げることであり、いつまでも悔やんでいたのでは、物事に伸張がなく、自分にとっても世の中にとっても何の意味も無いことである」という意味である。この教えにも我が国士舘の徳目である「反省」と「思索」があり、その上での実行・実践が何より大事であるということだ。

 まぁ、愚生も過ちばかりの右翼人生ではあるが、失敗で得ることの方が断然多かった。右翼の世界も御多分に洩れずなんちゃって浪漫派や自己陶酔型が多く、パフォーマンス好きで愛すべきキャラクター揃いで厭きることはなかったのも確かだ。まぁ、寒風の中で夜空を見上げながらそんな由無し事を徒然と考えてみた。呵呵。

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2023年02月04日

ヤルタ協定はルーズベルト個人の文書であり公式文書でなく無効である

 第二次世界大戦中の1945年(昭和20年)2月4日から11日にかけて、米国のルーズベルト、ソ連スターリン、英国のチャーチルらがロシア領クリミア諸島のヤルタに集い、密談が行われた。所謂「ヤルタ協定(会談)」である。

 ルーズベルトは「南樺太のソ連に返還」と「千島列島のソ連への引き渡し」を条件に日ソ中立条約の破棄を進言し、ソ連の対日参戦を促した。この密約に従いドイツが無条件降伏した約3ヶ月後の昭和20年8月9日、ソ連は「日ソ不可侵条約」を破棄し参戦し、ソ満国境を越え鬼畜の如き蛮行と、南樺太と北方領土を強奪した。

 ロシアは「ヤルタ密約(ヤルタ協定の極東密約)」を楯に北方領土の主権の正統性を主張している。だが、この「ヤルタ密約」の有効性について、英国政府はヤルタ会談が行われた翌年の1946年2月に疑義を呈していたことが明らかになっている。

 英国立公文書館所蔵の英外交電報では、「露の四島占拠根拠なし」として米英ソがヤルタ密約を公表する2日前に、英外務省から全世界の在外英公館54ヶ所に「緊急且つ極秘」に一斉に送られていたことは歴史的な事実であり、真相である。

 英外交電報には、「ルーズベルト大統領が権限を越えて署名したことや、米上院の批准もない状況下での有効性について米国内で論議が起こるかもしれない」として、「(英国は)その議論に巻き込まれないよう注意すべきだ」と警告している。

 チャーチル首相が1941年8月、ルーズベルト大統領と領土不拡大の原則を謳う「大西洋憲章」に署名しており、ヤルタ密約がこの大西洋憲章に反するとの英政府の認識が示された形だ。一方、米国では1953年に就任した共和党のアイゼンハワー大統領が年頭教書演説で「あらゆる秘密協定を破棄する」と宣言している。

 1956年には、アイゼンハワー政権が、「ヤルタ協定はルーズベルト個人の文書であり、米政府の公式文書でなく無効である」との国務省声明を発表して、旧ソ連の北方領土の占有に「法的根拠がない」との立場を鮮明にしている。

 ヤルタ協定に参加した米英が、ロシアの北方領土の主権に疑義を呈している中で、何故に当事国の我が国がロシアの主張を認め、鬼畜の如き蛮行を赦し、二島先行返還に拘るのか理解に苦しむ。こうした譲歩した返還要求こそが、未だに領土問題が解決しない元凶であるのは言うまでもない。竹島も然りである。

 我が国だけで反論するのは無理だというなら、過去に公表された米英の公式文書などを示し、ヤルタ秘密協定の無効と、「樺太・千島交換条約」並びに「日露講和条約」という国際条約を論拠に、北方領土の主権の正当性と即時返還を突き付けるべきだ。更には、終戦間際のソ連蛮行とシベリア抑留への謝罪要求をするべし。

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2023年02月03日

「この世はあるがままで悟りの世界」と教えた「本覚思想」

 愚生の場合、極楽浄土とは現世に在ると思っている。自分より劣る者に惜しみなく教え与え、難渋している者の相談に乗り、自分なりに如何にして助けてあげるか、少しでも安堵させるか、極楽浄土とは単にそういうものだと考えている。

「死後に極楽浄土(天国)がある」というのは、釈迦牟尼やキリストが、人の抱く死への恐怖を取り除く為に吐いた優しい嘘だと思っている。死んだら「無」だ。

 地獄や天国というのは救いの為の教えでしかない。「この世は、あるが儘で悟りの世界」と教えたのが「本覚思想」。平安時代から鎌倉~室町時代に仏教信者に流行った思想でもある。「本覚」とは、悟りに至る為の清らかな知恵といった意味。

 仏教では「その清らかな知恵は全ての者に備わっており、誰でも悟れる可能性がある」と教えるが、可能性は可能性に過ぎず現実に悟れるかどうかは分からない。

「本覚思想」では可能性ではなく、抑々人間の心に100%備わっていて目の前の現実が「悟り」であり、仏の道だと教えている。元々、仏教は「全てのものは互いに関係があって、何かが別の何かの原因であり、結果である」という教えであり、所謂「縁起」という思想であり、「悪因悪果」や「因果応報」などというのがその一つ。

「悟り」とは本来、こうした縁起を理解することで、つまり「現実の意味を知る」とは「現実を受け入れる」ということでもある訳で、現実を見た儘で納得することそのものが「悟り」でもあるのだ。我が国は古来より「随神の道」である。

 即ち、神道の教えが根付いており、自然崇拝は当然のことで、我が身を包む自然の営みを「悟り」と認めた本覚思想は実に魅力的な仏教思想だったのだと思う。

 本覚思想には「死後に極楽浄土がある」との浄土思想とは相容れない。現実が浄土であり、愚生の極楽浄土への感覚に近い。本覚思想の現実の肯定は「修行の軽視と否定」という問題もあり、どうしても堕落的になる。江戸時代になると、この点が批判されて本覚思想は廃れて行った。修行に重きを置く仏教が広まったからだろう。

 正に宗教とは流行(ブーム)に流されて来た歴史でもあるが、当世の新興宗教も仏や神の道というより単なる流行でしかない。本来「流行」という意味は「病気」の意味で使われた言葉で、信者はその熱に冒されているだけ。今も昔も変わらじ。

 斯くいう愚生も、別に本覚思想の代表的な文献である「三十四箇事書」を読んだ訳でもないのだが、極楽浄土感や堕落的生活ぶりを肯定してしまってる生き方は、正に本覚思想からのものではないのかと、最近何となく気付いた次第(笑)

 葬式坊主から戒名さえ貰えば、都合好く極楽浄土の世界に行けるなんてことは無いと思いますよ。つ~か、先祖や自分の宗派は分かりますか?呵呵。

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2023年02月02日

亡国の危機と不安を煽り「信」じる「者」がいるから「儲」かる(笑)

 過日、投函されてた宗教団体・冨士大石寺顕正会のチラシを興味深く読んでみた。持ってきたのは先日、自宅に来た信者だろう。日蓮宗は宗教というより日蓮大聖人の教えであり、軍人や右翼の中でも信奉者は多く、日蓮上人の括目する言葉は多い。

 愚生は別に日蓮宗の信者ではないが、日蓮上人が立派だと感じるのは、流罪になっても決して挫けることなく、その信念を通し続けたことで尊敬に値する。

 日蓮といえば「立正安国論」が有名だが、上人が流罪となった51歳の時に書き上げた「開目抄」は、文字通り開眼の書である。時、恰も蒙古襲来の直前。未曽有の国難を予言した日蓮は、辻説法による戦闘的な布教活動を展開する。

 幕府から弾圧され流刑となるが、激しい使命感と捨て身の覚悟が、偉大な宗教家たらしめたのは言うまでもない。「我れ、日本の柱とならん。我れ、日本の眼目とならん。我れ、日本の大船とならん等と誓いし願破るべからず」とは獅子吼である。

 我が国が未曽有の国難に直面しているのであれば、右翼にしろ、左翼にしろ、活動家に求められるのは、この開目抄的決意と覚悟と信念を以て活動すること以外にはない。自分で言うのも何だが、愚生は信念はあるがイマイチ覚悟に欠ける。

 宗教に関する本というのは、反創価学会の顕正会にしても、池田太作の「人間革命」にしろ、坂本龍馬などの偉人が憑依するという幸福の科学の大川隆法にしろ、オウム真理教の麻原にしろ、読んでて参考になる部分は少なくない(笑)

 宗教の教えを訝しがって読めば、実践が伴って無いし胡散臭さしか残らないが、要は、読み手側が感ずる部分を読み取って、己の生き方の参考に出来るか否かが大事で、何事も信じ過ぎたり、信奉し過ぎると偏り過ぎてロクなことはない。

 日本人というのは大らかというか実に好い加減で、墓参りはすれど自分の宗派が何だったのか分からなかったり、戒名も何の為に貰うのかも知らない人は実に多い。家紋も同様で先祖からの家紋も知らず、また家紋の無い家系は怪しい(笑)

 戒名というのは、死んでこれから「貴方(御釈迦様)の弟子になります」というもので、生きてる時に仏の道なんぞ知りもしなかった者が、死んだら釈迦牟尼の弟子になって極楽浄土に行こうだなんて都合好過ぎだろう(笑)

 戒名にしろ墓参りにしろ、江戸幕府が邪宗門とされたキリスト教や不受不施派を締出し、宗教を統制する為に行った「寺受制度」の名残であり、「寺請制度」があったからこそ、葬式仏教に成り下がったクソ坊主や葬儀屋が儲かっている(笑)

 明治維新で江戸幕府が滅んだのに、この寺請制度だけは今も有り難がっているのは、極楽や地獄という有難い噓に対する畏怖の裏返しでもある(苦笑)

 江戸幕府の寺受制度を継承するなら、邪教の一掃や宗教への優遇制度を改めるべきだとも思うが、今や邪教の創価学会は政府中枢にまで入り込んだ。

 顕正会の折込チラシの日蓮大聖人の教えは括目するに値するが、この会長が政治を語ると仏の道に繋げたい思いから、政治問題を絡めると頓珍漢なものとなる。

 チラシの最後には「日本は亡国を招かんとしている」として不安を煽る。結局、新興宗教の悪い処は、こうした人の不安を煽り人の心に付け込むことだ。

  教祖様の嘘を「信」じる「者」がいるからこそ、宗教とは「儲」かる仕組みになっている。話題になった統一教会もその新興宗教の一つに過ぎない。

 昨今の亡国の危機などと不安を煽って売文してる営業保守などにも言えること。宗教の束縛が嫌いだ。やっぱり大らかな神道(随神の道)が好い。呵呵。

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2023年02月01日

高血圧の基準値を下げたことで高血圧の患者が2100万人増加!

 今日から如月。朔日ということで朝まだきから身を清める。流石に寒さは堪えるが春の気配を少しずつ感じている。神饌を替え、神棚に向い二礼二拍手一礼。畏くも陛下の弥栄を祈念し、併せて心願成就を懸ける。扨て、今月もどうなるものぞ。

 東京電力福島第一原発事故以来、反原発派やマスコミなどによる過剰な反応の影響から、未だ放射線への誤った認識が改められず、福島県への風評被害や差別は納まることはない。放射線は生きものが生きて行く上で必要不可欠なものでもある。

 例えば、「塩分」も生きる上では必要な栄養素であるが、摂り過ぎると高血圧や脳卒中の原因になると言われている。一般の塩は塩化ナトリウムの純度が高過ぎる不自然な塩で、かといってミネラル成分が多ければよいというものでもない。昔ながらの製法で作られた自然塩には適度のにがりが含まれているし塩は自然塩に限る。

 放射線も同じで、浴び過ぎると「癌」になり易くなるという単純な理屈である。人は必ず死ぬし、日本では今や国民の3分の1が癌で亡くなると言われている。癌は別に放射線だけに因るものでもない。発癌性の高いものに高血圧の薬がある。

 降圧剤は発癌性も然ることながら感染症のリスクも増すことも報告されている。Tokyo DD Clinic院長でNPO法人・薬害研究センター内海聡理事長の説に由れば、高血圧の基準変更は「医師会による策謀」と言っても過言ではない大嘘だという。

 我が国の基準値は最高血圧が160~最低血圧が95mmHgだったが、2000(平成12)年に、最高血圧140~最低血圧90に引き下げた。昨日まで血圧が150~92の健康な人が、いきなり高血圧患者されることとなり病人扱いされてしまった。

 この基準値を下げたことで、新たに2100万人の高血圧の患者が増え、これまでと合わせ3700万人が高血圧となり、血圧を下げる薬が膨大に出され、製薬メーカーの利益は増大した。我が国の殖え続ける国民医療費はこうした医師会と製薬会社、それとそうした利権構造にタカる政治家の腐敗構造に因るものが大きい。

 80歳の人の5年生存率を最高血圧から調査した研究では、最高血圧が180以上の人達の生存率が最も高くなり、最高血圧が120~140のグループの生存率が一番低かったという。抑々、高齢になると血圧が高くなるのは正常な生理作用である。

 それを薬で下げてしまうことでリスクが発生する。何故なら高血圧の人は体温が高いから癌に罹り難いが、降圧剤で体温が下がり癌リスクが上がる。

 血圧の基準自体が嘘なののは承知だが、洗脳されていて、嘘を信じてしまっていることを自覚出来るかどうかである。まぁ愚生も降圧剤服用者ではあるが癌で死ぬことはないだろう。若し、愚生が斃れるとしたら、癌より脳卒中だろう(笑)

 愚生は脳卒中ではなくコロリと逝くのが理想だがそうは上手くは行くまい。脳卒中になって半身不随になってしまうと、自分も周りも苦しむ。 その点、末期癌でも最後まで意識清明でいられるというから、死ぬ整理が出来るのが好い。半身不随じゃそうは行かない。だから、死んで見つかるとヤバいのは大分処分しました。呵呵。

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