2022年09月

2022年09月29日

「日華国交条約」を蹂躙した田中角栄の大罪を赦すべからず

 昭和47(1972)年9月29日、田中角栄は「日中共同声明」に調印する。田中は、中国共産党を唯一の政府であると認め、主権回復した昭和28(1953)年4月28日に締結した国際法規である台湾との「日華国交条約」を一方的に破棄した。

 田中角栄らが強行した「日中共同声明」と「日中国交条約」締結に拠って「日華国交条約」が蹂躙された。この行為は、終戦間際に日ソ中立条約を破棄して我が国に宣戦布告した旧ソ連の蛮行と同じであり、道義国家日本失墜の象徴でもある。

 国際条約の破棄は明らかな日本国憲法第98条違反でもあるが、マスコミも護憲派も沈黙を極め込んだ。この調印を受け、中華民国は直ちに我が国との国交を断絶。

 我が国が未だに台湾を国家として認めていないのは国際条約の蹂躙が原因であり、主権国家として許されない破廉恥行為でもある。安倍元首相の国葬儀に参列した台湾の列席者に対し「台湾」と呼びかけたのは国交回復の兆しと受け止めたい。

 未だ我が国が台湾を国家として認めない故に、「チャイニーズタイペイ」などという中途半端な表記が罷り通っているが、これつまり、田中が中国共産党を「唯一の政府」と認めた故の結果である。台湾は中共の一部ではない。台湾は台湾である。

 田中は日中共同声明調印の際に「先の大戦で中国国民に重大な損害を与えたことに責任を痛感し、深く反省する」と詭弁を弄した。だが、我が国が先の大戦で戦ったのは蒋介石率いる中華民国であり、戦後に建国した中華人民共和国ではない。

 我が国が主権を回復した昭和27年4月28日、中華民国と「日華国交条約」を締結した時点で両国との和解は成立しているのだ。何が「責任を痛感し反省する」だ。田中のこうした誤った歴史認識が悪しき前例となり、現在も受け継がれている。

 田中の真意は「中国残留孤児の帰還」という大義名分ではなく、中共との利権の独占だったろうことはその後の中共へのODAなどの優遇政策を見ても明らか。

 中共の建国は戦後4年も経った1949(昭和24)年10月1日。天安門広場で建国式典が行われ、毛沢東により「中華人民共和国(中共)」の成立が宣言された。「中国4000年の歴史」どころか、実はたった70年程の歴史しかない新興国なのである。

 未だ共産主義を最高原理として崇め、神や仏という共産主義を超える最高の存在を許さず、人民には信仰の自由、集会、結社、出版、言論等々基本的人権が無い。

「満州」「内蒙古」「チベット」「ウイグル(新疆)」を武力に拠って侵略し、それら異民族を虐殺し、共産主義と漢民族化を強制し、香港の民主化を阻止し、東シナ海、南シナ海、尖閣諸島や沖縄の併呑を謀るなど中共の野望は尽きることはない。 

 傲岸不遜な態度は更に酷さを増し、習近平の独裁化が強引に謀られる。中共の弾圧に苦しむ国々を思えば、中共の跳梁跋扈をこれ以上許してはならない。

 20世紀最大の害悪はファシズムでもナチズムでも、況してや日本の軍国主義でも帝国主義でもなく、共産主義であり、今や中共こそ世界最大の害悪となった。

 歴史に「もし」ということはないが、もし、日米が戦わず、蒋介石との和平が実現していれば満州国は保全され、中華民国は中国共産党を圧倒していただろう。

 中国共産党を撲滅していれば、戦後の共産党の大躍進や文化大革命や天安門事件も起きなかったし北朝鮮の独裁政治も拉致事件も起きなかったに違いない。

 我が国が民族の存亡を賭けて戦った大東亜戦争とは、ソ連コミュンテルンと中国共産党、そして日本国内の共産主義者が仕組んだ、共産革命の為の愚かな戦争だったと言っても過言ではない。その視点に立った時、我々は何を成すべきなのか。

 開戦の詔勅(米國及英國ニ對スル宣戰ノ詔書)の通り、大東亜戦争には大義があった。我が国はアジアを侵略したのではなく、アジアを侵略していた連合国との戦いに立ち上がったのだ。侵略戦争とは連合軍の単なる言いがかりに過ぎない。

 それでも、「アジアの人々に謝罪をする必要がある」というなら、最大の過ちは共産主義の跋扈を許したことであり、その償いは共産主義を失くすこと以外に無い。

 我が国の中共への媚中朝貢外交は、西沙諸島、南沙諸島、或いはインドやカシミール地方で中共の無法、虐政に呻吟している国々にとっても落胆は隠せない。

 存亡と存在を賭けて戦った大東亜戦争は敗れはしたが、アジア諸民族の独立と復権を齎した。日本はいつの時代もアジアの希望の星でなくてはならないのだ。

 日中の外交戦略を見直し、その手始めに台湾に過去の非礼を詫び、日台関係を再構築すると共にアジアの平和安定に邁進すべし。日中国交正常化50周年粉砕!

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2022年09月28日

日本武道館で執り行われた安倍晋三元首相の国葬儀に思う

 安倍元首相の国葬儀がしめやかに執り行われた。国葬反対派は、世論を煽り60年安保闘争を模倣したいのだろうが、アジテーターの下手さも際立って、安保闘争どころか新宿騒乱の様な混乱は起きなかった。精精、会場周辺でシュプレヒコールを上げるだけ。流石は護憲派、言論の自由や集会の自由を重んじてるよなぁ(苦笑)

 ノスタルジック左翼と中核派どもが「国葬反対」を叫び、元首相の死を悼むことなく罵り悦に入る。以前、故安倍元首相が「こういう人達には負ける訳には行かないんです」と声を荒げたことがあるが、正しく日本の敵の正体が顕わになった。その「こういう人達」は執拗に安倍を貶め、故人となった安倍元首相に鞭を打ち続ける。

 日本武道館の一般献花は、早朝から大行列となり整理券の配布も直ぐに終了。連日、マスコミは左翼活動家と連動し「国葬反対」が恰も国民の世論が如くに報じていたが、安倍元首相の死を悼む国民の数は反対派を遥かに凌ぐ数だ。死者に鞭打つ左翼どもには厭きれるが、この行列を見れば日本もまだまだ捨てたものじゃない。

 二階俊博元幹事長が、安倍元首相の国葬について「黙って手を合わせて見送ってあげたら好い」と語って批判されたが、国葬が終われば、「日本人ならやって好かった思う」と言ってた通りになりそうだな。まぁ左翼とニホンジンは別だが(笑)

 安倍政権の功罪はあるが、外交では日本という国を世界にアピールしたのも事実。過去に、我が国で米国大統領に直接意見を出来た首相は安倍晋三だけだろう。

 外交での傲りか、ロシアとの外交に自信を持った安倍はプーチンに二島返還を示す。だが、強かなプーチンは実質的に北方領土をロシア領ということ内外に知らしめることとなった。外交に自信を持ってただけに、逆に外交で墓穴を掘った。

 愚生は常々、安倍晋三の憲法九条改正は究極の護憲運動だと指弾してきた。「退位法案」を皇室典範に附帯し上皇陛下の退位を強行し、御代が替わるや否や天皇の大権である元号権を簒奪し、行政権を優先させたことは万死に値すると断じた。

 安倍の歴史認識も「河野談話」や「村山談話」と大して変わらなかった。戦没者追悼式に於いても「心ならずも戦場で斃れ」だとか、「多くの国々、とりわけアジアの諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えて来た」と語ったことも記憶に新しい。

 安倍の掲げた「戦後レジームからの脱却」なんぞ自称・保守派を誑かす画餅に過ぎない。野党に転落して臨む総選挙前に、安倍は前政権下での靖國不参拝を問われ「断腸の思い」とその悔しさを滲ませた。そういう安倍の無念さに国民は共鳴し支持した。なのに「とりわけアジアの諸国の人々に」などとは厭きれてしまった。

 安倍の言行は保守とは程遠く、靖國問題など見向きもしない政治家より悪質で始末が悪い。拉致問題も安倍政権の最重要課題とし、「我が政権で解決を図る」と公言していただけに、任期途中での退任は無念さが滲んでた。総理の座を辞しても拉致問題を見捨てることなく、元総理として単独で訪朝してでも解決して欲しかった。

 政治で大事なことは「国防」と「教育」であり、その認識を共有する安倍は、中でも教育に対し「将来を担う子供達が自分の国に誇りの持てる教育を施す」と訴えた。愚生は安倍信者ではないが、この認識だけでも安倍を支持する理由になった。

 政権に返り咲き、教育大国を目指し教育改革を打ち出すのかと思いきや頓挫した。「戦後レジームからの脱却」は教育改革無くして語れない。況してや教育は国家百年の大計であり、政治家が行うべき最大のものだが語られることが少ない。

「国防」も然り、尖閣列島などの領土防衛は国防の一つではあるが、国防とは「それを亡くしてしまえば日本ではなくなってしまうもの」を死守することであり、つまり我が国の歴史・伝統・文化を守り、天皇を戴く日本という国柄を護り抜くことだ。

 然し乍ら、安倍を始めとした営業保守や自称・愛国者らは、天皇条項である憲法第一条~第八条の見直しではなく、憲法九条のみに拘る。憲法九条こそが大事と思っている点では、保守派と言うのは左翼護憲派の「九条の会」とどっこいどっこい。

 安倍に期待してただけに裏切られた思いが強いのか元々見る目が無かったのか。抑々、安倍というのはベターなだけでベストな首相ではない。所詮は「安倍より他はいない」程度のものと知りながら、それでもと期待したのが間違いだった。

 愚生は安倍政権に対しては、幾度となく「新自由主義を盲信し、経済至上主義に奔る安倍に、吾、疑心暗鬼どころか屋上屋を架す大馬鹿者である」と安倍を評し、苦言を呈してきたが、亡くなった今、その死を悼み、心から哀悼の意を表したい。

 故人となった今、本人が過去の過ちや汚名を雪ぐことは出来ない。凶弾に斃れた後も森友学園問題や加計学園問題、桜を見る会などを疑惑として報じているが、安倍元首相に法的責任は無い。SNSでも「アベを許さない」勢力が山上徹也の犯行を称え、「殺されても仕方ない」との小沢一郎の主張に賛同する人がいるのに驚く。

 Twitterでは「#安倍晋三の国葬に反対します」というタグが貼られ、反権力や反体制を穿違えた極左や左翼シンパが安倍元首相へ罵詈雑言を浴びせては悦に入る。左翼勢力というのは、安倍を批判することで留飲を下げることしか出来ない小者ばかり。山上に倣って自爆テロでも起こしたなら一目も二目も置くのだが(笑)

 天皇の国事行為である参議院選挙中に暴漢の凶弾に斃れたという事実は決して軽いものではない。「国葬に法的根拠はない」とか「国葬は憲法違反」との屁理屈に意味など無い。テロへの怒りとテロ根絶の意思を表す意味でも国葬儀は当然である。

 多くの国民は安倍元首相の死を悼み大なり小なり喪に服している。反安倍派は精神破綻というか、何を訴えたいのかさっぱり分からない。そんな主張の前に、日本人としての礼儀作法や義理人情を学ぶべきで、同じ日本人として恥ずかしい。

 安倍が暴漢に殺されたことで左翼勢力が活発化し、世論分断を謀っていることをしても、影響力のある政治家へのテロは政治的効果は甚大であると再認識する。

 その昔、山口二矢が日本社会党の党首であった浅沼稲次郎を刺殺したこで社会党は勢力が無くなり、今や社民党は風前の灯火となったのもテロに起因している。

 旧来の思想や社会構造を打破しようとする時に常軌を逸した行動が生まれる。テロと断じるのは容易いが、この行動こそが正に正気の狂気である。山上徹也に政治的背景は見えないが、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)が糾弾され、山上の狙い通りにマスコミや左翼陣営が踊らされてる状況は滑稽且つ政治の劣化は甚だしい。

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2022年09月27日

徒然なるまゝにその日暮らしというのも楽ではない(笑)

 最近は右翼活動家としての政治批評や右翼思想のブログよりも、食べ歩きのブログやライフワークの地元ネタのブログ方が好評なのはチョッと複雑だよなぁ。

 政治の問題というのは一般人には余り興味もないし、同じ様な内容の記事をしょっちゅうアップしてると、「 近くの坊さんえらくない」とか「遠きは花の香、近きは糞の香」との喩え通り、厭きられるのも確か。この際、有料会員にするかな(笑)

 相変わらず算段に余念がないが、講演依頼や原稿依頼も無く、暇を持て余してるから精精ブログの更新が関の山。今じゃ、活動家というより貧乏ブロガーだな。

 我が国の収入(歳入)を家計に喩えればこうだ。年収は約500万(歳入約50兆)円。生活費は年に1000万(100兆)円。借入金は1億円(1000兆円)余り。その借入(国債)の利息は払っているが、利息分をまた(国債発行)借り入れる悪循環。

 年収が500万なら借金の1億円くらいは大した額ではないと思うのは愚生だけだろうか。愚生の場合、震災以降、年収が100万円も満たない年が続いている。

「出れば出銭」というし、付き合いはなるべく最小限にしているが、それでも借金に借金が殖え年間約3~500万円程の赤字になる。この儘ではギリシャの二の舞だが、そんなギリシャにも支援の手が差し伸べられたのだから悲観はしていない(笑)

 震災前には結構あった借金も減り、どうにか返済に目途が立ったと思いきや、震災で先行きが怪しくなった。 それでも、僅かな支援者がいるから未だ救われている。

 まぁ、マジメに働いて返すのが一番だし、働いてた方が余計なことを考えないで済むので気は楽だとは自覚しているが、その簡単なこと(仕事)が中々出来ない。

 都合の好い右翼人には成りたくないと思っているし、単なるプライドだろうが、浪人としてもホンモノで在りたいと思っている。 今の時代、何の職業でもそうだが、「らしい」人やプロ意識とか職人気質が乏しくなってしまった様に感じる。

 サラリーマンでも公務員でも議員でも、或いは、パートのおばちゃんでも誰でも報酬を貰えばプロだ。 だが「雇われている」というより「働いてやっている」という意識が強く、それに加えて単なる時間潰しで就職している者も少なくない。

 給料とは、昔でいう俸禄であり、侍(さぶら)うという自覚もない。「侍う」とは「仕える」という意味。侍とは主君に仕える身であり、主君がいない侍は素浪人。

 自分の夢がありながら目先の生活に困窮したものなら夢を諦めてしまう。或いは、分不相応な生活を望んで、結果、目先の「食える」「高給」な職業を選択する。

「好きなことをやり、それで食えるようになりたい」と思うのならば、それに向かい懸命に努力し、我慢し、試練や艱難に耐えながら必死に生きれば好いが、今の時代、夢なんぞ二の次で、アルバイト程度で食えてしまうから始末が悪い。

 これではプロやホンモノは育たない。 目先の仕事や食えることを優先するというのは、それは自分自身への誤魔化しであり、プロやホンモノへの侮辱でもある。

 駐車場の管理人をしてる元極左の高齢者を知ってるが、働けるのに生活保護を受給してる元赤軍派で後期高齢者左翼の足立正生なんてのはプロとは言い難い。

 ボクサー・辰吉丈一郎を20年間追いかけた、「ジョーのあした-辰吉丈一郎との20年」というドキュメンタリー映画を観たことがあるだろうか。辰吉も今や48歳。

 原則的に日本人ボクサーの「定年」は37歳だそうだ。その歳を疾うに過ぎても尚、現役に拘る辰吉の思いと魅力がインタビューに拠って引き出されて行く。

 この映画について、某雑誌のインタビューに応える辰吉の言葉が実に好い。

 〈現在の収入は?〉

 辰吉:全く無い。無収入。

 〈無収入? 生活は?〉

 辰吉:いうても僕、3回も世界チャンピオンになってますから(笑)。ファイトマネーを無駄遣いして来なかったし、リングに立って稼いでいる訳ではない以上は、貯金を下ろして生活するしかないでしょ?

 〈過去には、数千万単位のCM出演を断ったとの伝説もあります〉

 辰吉:うん。だって僕、タレントじゃなくてボクサーなんで。ボクサーがCMって違うと思うんで。小銭ならいいですよ? でも、何千万というお金を稼いではダメだと思った。

 〈後悔は?〉

 辰吉:一切ない。

 〈世間からは「もう十分だろ」との声も届いていると思うのですが?〉

 辰吉:まがいものというのか、ひねくれているというのか。デビューの頃から僕は、普通が嫌やったんですよ。

 紛い物ではないこれぞホンモノだろう。捻くれている様にも見えるが、「普通が嫌だった」というこの気持ちと男の痩せ我慢は愚生は大いに共感出来るものだ。

 テレビを見れば、プロのスポーツ選手や大相撲の力士やメダリストらがタレントの如くに出演し、CMなんて当たり前の時代にあって、「だって僕、タレントじゃなくてボクサーなんで」とは中々言えた言葉ではない。これぞプロ中のプロだと思う。

 自分の生き方がありながら目先のカネに飛び付いて、本業ではない仕事で食えることを優先するというのはプロとしての覚悟が乏しい証拠。斯く在りたいものだ。

 ボクサーだろうが、サラリーマンだろうが、パートの主婦だろうが、どんな仕事に就いて様が、右翼だろうが、あっちにコロコロ、こっちにコロコロと、要領の好い生き方をしてるヤツよりも、愚生はこうした信念のある削げ者が好きだ。

 愚生が右翼に入った昭和50年代というのは右翼ブームで、暴走族らが多く、マスコミには「インスタント右翼」などと揶揄された。愚生も何百何千の右翼を見て来たが殆ど残ることはなく、熱が醒めると去って行き、残ったのはホンの僅か。

 その残った者がホンモノかというとそうでもない。最近はそんなインスタント右翼時代よりも気軽に出入り出来る様になったし、右翼とサラリーマン右翼との境もなくなった。こうした流れが好いことなのか、悪いのかは分からない。

 既成右翼と自称・愛国者やネット右翼とのボーダーラインが無くなったのは確かだろう。それと比例して右翼は怖さが無くなったし、何より牙がなくなった。今の保守ブームが去れば、自称・愛国者らも去って行くのは火を見るより明らか。

 政治の世界も同じで、結局はホンモノとホンモノのぶつかり合い。大衆はどちらにも動くし、大衆の意見というのはそういうもの。我が国の不幸は、滅私奉公を忘れ、次の選挙や保身のことばかりで、ホンモノの政治家がいないことに尽きる。

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2022年09月26日

生活保護を貰ってるインチキ乞食よりホンモノの乞食の方が信用出来る

 安倍晋三元首相を殺害した山上徹也をモデルにした映画「REVOLUTION+1」。製作者はノスタルジック左翼の足立正生。その昔、足立の作品の一つ「実録・連合赤軍あさま山荘への道程」を観たことがあるが、イマイチ心には響かなかった。

 足立は、ピンク映画の映画監督から日本赤軍に加わり革命家を気取る。過去に赤軍派として「国際手配」されたことが自慢の高齢者左翼で、現在は生活保護受給者。

 三浦マイルドという芸人が、「この監督は生活保護を受給してるそうです。国から受給するお金が生活の基盤で、国家を批判する映画を作るてどうなんよ。普通遠慮するで。国に助成金を申請して、お金を受け取って、国を批判する興行をする日本スタンダップコメディ協会みたいやね。俺から言わすとダサいわ」とツイート。

 この三浦のツイートに足立を擁護する輩が喰らい付く。三浦への批判はツイートを曲解したものが多く、足立への批判を生活保護受給者への批判に摩り替えて批判を繰り返す。中には、橋下徹ばりのストローマン論法の反論もチラホラ。

「この監督は日本赤軍という国家転覆を目論んだテロ組織の元メンバーですよ。現在、更生してるなら良いですが要人暗殺事件を題材にした映画をレボリューションと名付けているなら過去の行いも反省してないのではと思って当然でしょう」

 足立は安倍元首相を題材に映画を作成して世論の反安倍の風潮に便乗してるだけ。三浦は冷静に対応している。愚生も足立はダサいと思う。「生活保護受給者は国家公務員」と宣って憚らない足立だが、「インチキ乞食左翼」というのが正しい。

 斯くいう愚生といえば右翼浪人を気取ってはいるが無職のおっさんに過ぎない。今月の支援は一社のみで、匿名で5000円を振り込んでくれた方が一人だけだ。

 団体を辞して以来、本気さが減少して支援者は減る一方。果報を寝て待ったところで経済的試練を克服出来そうもないが、生活保護を貰おうなどとは思わない。

 生活保護を申請すると身内の三親等まで連絡が届く、つまり、親兄弟や叔父、叔母、甥っ子、姪っ子にまで申請者の状況が知れ渡る。こんな恥ずかしいことはない。だが、現在は個人情報を理由に生活保護を申請しても知られることは無い。

 好きなことをして経済的に困窮したら生活保護とはダサ過ぎるだろう。乞食は乞食らしくすれば好い。それでも「乞食の朝謡(あさうたい)」じゃないが、こうした大雪でも出勤しなけりゃいけない人に比べりゃ気楽な境遇だとも思っている。

「乞食に氏無し」という諺もあるが、何事も、その者の心がけの悪さからなるもので、今の境遇を嘆いても因果応報だから仕方ない。足立はそうした覚悟に乏しい。

 最近は弱者を標榜したり、「生活が苦しい」だとか、「生活が大変だ」と泣き言さえいえば手厚く保護される。「我こそは弱者なるぞ、控えおろ~」ってな感じで威張りちらし、それを本人らは恥とも思っていない。日本人の劣化は甚だしい。

 行政側は働く気もないこうした連中を国家に因る被害者扱いし、生活保護を大盤振る舞い。「彼らは自民党政治の被害者だ」とか、「可哀想な人達」とかといってボランティアなどが支援するのだが、こうした風潮は偽善以外の何物でもない。

 本来、生活保護費は「日本国憲法第25条」及び「生活保護法」に則り日本人に限られ支給される。つまり、在日を始めとした外国人への支給は明らかな法律違反。

 外国人の受給条件について厚労省は「永住者とそれに準ずる定住者。更に、難民認定されている人や、日本人の配偶者がいる人が対象」と説明しているが、生活保護目当てに偽装離婚したり、書類を偽造したりするケースは後を絶たない。

 給付審査をするケースワーカーが圧倒的に少ないとの理由があるのは確かだが、不正をチェックする監視態勢が機能していないのなら直ちに増員すれば好いし、不正請求や違法行為は行政ではなく「詐欺罪」などで警察を介入させるべきだろう。

 行政側の「人道的」という甘い措置が不良外国人の増殖を招いている。不正受給には毅然とした対応で臨み、不正受給した外国人に対しては厳罰に処すべき。

 無審査の生活保護支給という安易な生活支援が愚民を生む原因となっている。何でも無闇に貰いたがる賤しい根性を「乞食根性」というが、左翼老人の足立は正に乞食根性丸出し。愚生は貧乏浪人とはいえ賤しい人間にはなりたくないものだ。

「乞食も三日すれば忘れられぬ」ともいう。乞食は気楽なもので三日もやればそれが忘れられなくなる様だ。「悪習は染まり易く、改めるのは困難」なのである。

 その昔、熊本県天草出身の横山武彦という破天荒な右翼浪人がいた。年は二回りも上だったが、妙に馬が合った。その横山から「乞食でも本物の乞食は信用出来るぞ」と教えられたことがあった。何処の世界もインチキばかりが幅を利かす昨今、愚生も乞食と変わらない生活ではあるが本物の右翼浪人で在りたいと熟熟思う。呵呵。

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2022年09月25日

西郷隆盛は語られている様に傑物だったのだろうか・・・

 旧暦の1868年(明治元年)年9月22日、会津戦争が終結した。その10年後の明治10年9月24日は西郷隆盛が西南戦争で敗れて亡くなっている。愚生は最近、西郷という人物像は語られてる様な傑物ではなかったのではなかろうかと疑っている。

 二度の遠島処分や自殺未遂、三人の女性との結婚など、波瀾と華やかさが相交じる生涯の裏では常に死の影が付き纏っていた。西郷は「いつ死んだって好い」という処生観を持ち、人生を開き直って生きている様なところがあったという。

 私利私欲や保身とは無縁で、清濁併せ呑む器用さもなく、その大人格故に多くの信望を集め、また自分の死に際でさえ実に潔い人物だったのは確かだろう。

 一方で意外に繊細な面もあり、桜田門外の変での水戸藩士との起請の反故という狡猾さを備え、慶喜公や会津藩糾弾に見られる様に執拗さも垣間見れる。

「南洲翁遺訓」などを読めば、西郷の指導者としての度量の深さと無上の高潔さを感じ取れるが、歴史的偉人の言葉というのはその多くが自戒であり、西郷が好んだ「敬天愛人」の思想もまたそういった生き様の裏返しの様にも思えてならない。

 西郷隆盛を評する書籍は多くあるし、その多くが好意的なものばかり。キリスト教思想家の内村鑑三は「代表的日本人」の中で西郷についてこう述べている。

「西郷ほど生活上の欲望が無かった人は他にいなかったように思えます。月収が数百万円であった頃、必要とする分は15円で足り、残りは困っている友人に分け与えられました。普段着は薩摩絣で木綿帯、履き物は下駄で過ごした・・・」

 質素な生活ぶりは窺い知れるが、「月収が数百万」とは驚く他はない。新政権樹立後、参議とはいえ何の役にも就かない者に月々数百万円の手当とは何故か。

 その出所は何処なのかと言えば、巷間言われていた様に東軍征伐の過程で各藩から強奪したり、恭順させる証しとして上納させ蓄えてた金だったのではなかろうか。

 明治新政府に参画した御歴歴は全員高給だったとしたら、明治維新とは「尊皇攘夷」を騙った一部特権階級の為の利権独占が目的だったのではあるまいか。

 歴史に「もし」は無いが、もし、勝海舟が西郷隆盛との会談で江戸城の無血開城を諒とし新政府を樹立していたのなら、多くの優秀な人材を失わずに済んだだろう。故にその後に北上し会津征伐や函館戦争に大義はない。西軍の所業は盗賊の如し。

 慶喜公の恭順と江戸城の無血開城に満足することはなく、結果論として会津藩を攻め落とすことで徳川時代終焉の象徴にした訳だが、大西郷たるもの会津戦争を回避出来なかったものか。河井継之助との新潟小千谷の慈眼寺での会談もまた然り。

 継之助は、長岡藩の中立を保ち和平交渉を進めようと、山縣狂介(有朋)か黒田清隆との会談を希望する。だが、西軍が送った者のは弱冠23歳の岩村精一郎。西郷、否、山縣や黒田らに武士道精神が残っていたら後の歴史は変わっていただろう。

 日本文学と日本文化研究の第一人者であるナルド・キーンは、岩村の人物像をして「無能で横柄な岩村の抜擢は、最悪の選択だったと言える」と厳しく評しているが、こういう木っ端を送り込んだ西軍の傲岸不遜さは維新後も続くこととなった。

 その岩村は、後に自伝で「途中で従う様になった信州各藩の家老は平凡な人材ばかりで、河井についても経歴や人物を知らなかった為に、時間稼ぎをしているだけだと思った」と述懐しているが、刮目して相対出来ないとは何という愚かさか。

 この岩村を始めとした西軍の無知と熟慮を欠いた判断が、長岡藩を奥羽列藩同盟側へ追い込むこととなり、歴史に汚点を残すこととなった。こうした責任は西郷隆盛を始めとした西軍の指導力の無さに加えて、東軍への蔑視があったのは明らか。

 河井と山縣や黒田、或いは河井と西郷との直接会談が実現していれば「北越戦争」を避けられただろうし、その後の「会津戦争」も避けられただろう。何より、河井継之助の様な人材がいたなら、維新後の我が国の姿も違っていたかも知れない。

 そこまで執拗に徳川慶喜や会津藩を責めた西郷だったが、その後、自らの信念であった「征韓論」で大久保利通らと対立すると薩摩へ帰郷することとなった。

 帰郷後、「佐賀の乱」「神風連の乱」「秋月の乱」「萩の乱」など士族の反乱が続く中で、明治10(1877)年には西郷が主宰する私学校生徒の暴動から「西南の役」が勃発する。西郷はその指導者となるものの、敗れて城山で自刃した。

 西南の役での西郷の自裁は、歴史というのは正義が常に正義ではなく、正義が敗れることもあるという一例だろう。「勝てば官軍負ければ賊軍」と勝利に酔った西郷が会津藩と同じく賊軍に落ちた瞬間である。歴史とは実に異なものである。

 我が国の戦後体制の諸矛盾と不条理の元凶は戦後の「ヤルタポツダム体制」は然ることながら、西郷隆盛や勝海舟ら士風を損ねた幕閣と、大義無き尊皇攘夷を謀った長州閥の明治新政府に在る。幕末から明治に至る歴史と正義を公正に検証せよ。

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2022年09月23日

「春分の日」や「秋分の日」は天皇の詔(みことのり)が始まり

 今日、9月23日は「彼岸の中日」。この日には、皇居吹上御苑内の皇霊殿では秋季皇霊祭が斎行される。 元々、彼岸会法要とは先祖を祭る日だった。明治11年、歴代天皇や主たる皇族の忌日を春と秋に纏めて奉祀したことが始まりとされている。

 明治41年制定の「皇室祭祀令」では、春季皇霊祭・秋季皇霊祭ともに我が国の大祭に指定された。「皇室祭祀令」はGHQに拠り、統治下だった昭和22年5月2日に廃止。然し、翌年以降も宮中では従来通りの春季皇霊祭・秋季皇霊祭が行われている。

 戦後、GHQの指導で祝日法が改正され、「春分の日」「秋分の日」と改称されている。だが、本来の名称である「春季皇霊祭」「秋季皇霊祭」に戻すことは、戦後占領政策のあらゆる施策を見直すことにも繋がることで、我ら国民の義務でもある。

「彼岸」とは雑節(ざっせつ)の一つであり、「二十四節気」「五節句」などの暦日の他に、四季折々の季節の移り変りを日本的に表した特別な暦日のことをいう。

 雑節には「節分」を始め、「八十八夜」や「土用」「入梅」「半夏生」などがある。こうした歴日が、麗しき祖国日本の四季折々の麗しい情景を深めている。

 彼岸の「春分」と「秋分」とは、太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いを馳せたのが始まりである。

 現在では、彼岸の仏事は浄土思想に結びつけて説明される場合が多く、浄土思想での極楽浄土(天国)は「西方の遙か彼方に在る」と考えられているからだ。

 彼岸会法要は、抑々は天皇の詔(みことのり)として始められた行事だった。皇室で行われる皇霊祭が、国民が祖先を供養する行事として定着するに至った。

 こうした彼岸会法要からも、天皇と国民の深い結び付きを窺い知る。正に我が国は天皇の国であり、天皇即日本なのである。皇室は常に国民と共に在り、この「君民一体」こそが、世界に類を見ない万邦無比の「我が国體の精華」なのである。

 彼岸会の「彼岸」は「日願(ひがん)」に喩えられ、仏教語としての彼岸は後から結びついたものであるという説もある。宗教というのは言葉遊びが多い。

 俗に、彼岸の中日には先祖に感謝し、前後の6日間は、悟りの境地に達するのに必要な6つの徳目である「六波羅蜜」を1日に1つずつ修める日とされている。

「六波羅蜜」とは大乗仏教における六種の修行で、菩薩が涅槃に至るための六つの徳目のことで「六度」ともいう。六種の修行とは、施しという徳「布施波羅蜜」、戒律を守る徳「持戒波羅蜜」、忍耐という徳「忍辱波羅蜜」、努力という徳「精進波羅蜜」、精神統一という徳「禅定波羅蜜」、智慧という徳「般若波羅蜜」のこと。

 六つの徳目の中で「持戒」「忍辱」「精進」「禅定」「智慧」というのは言葉では理解すれど、これらを修めるのは容易なことではない。仏教徒というのは修行修行で大変だよなぁ。尤も、そんな信心深い仏教徒に会ったことはないが(笑)

「布施」という施しは目に見えて分かるので、仏教の世界、特に昨今の葬式仏教や新興宗教の世界では「布施」ばかりが信心の裏返しである。話題の旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の心霊商法なんてのは布施を利用した金儲けに過ぎない。

「施し」というのは、愚生的には、自分より能力的に肉体的に劣る者や難渋している者や、悩みや壁にぶち当たっている者に対し金銭的なものを含めて支えて助けてあげることが真の施しであり、このことこそ極楽浄土だと思っている。

 波羅蜜とは、「魔訶般若波羅密多(まかはんにゃはらみた~)心経」で始まる般若心経にも頻繁に出てくる言葉だから馴染みがある言葉だろう。般若波羅密多の「魔訶」とは「尊いもの」という意味だが、仏教徒が理解してるとも思えない。

 死んでも戒名さえ貰えば極楽浄土に往けると思ってる人ばっかだが、戒名を頂くということは「御釈迦様(釈迦牟尼)の弟子になる」という約束事でもある。

 つまり、仏教徒というのは死んでからも極楽浄土へ向けての修行は続くのだ。そう考えると、愚生は好い加減で、実に大らかな神道で好かったわ(笑)

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2022年09月22日

村上誠一郎が元党総裁で安倍晋三元首相を「国賊」呼ばわり(苦笑)

 国葬反対を革命ごっこの如く、ノスタルジックな左翼高齢者が「反安倍」を叫び、元首相の死を悼むことなく罵る。故安倍元首相が「こういう人達には負ける訳には行かないんです」と声を荒げたことがあるが、正しく日本の敵の正体が顕わになる。

 安倍晋三元首相の「国葬」が「保守か、革新か」というより、「日本人か、ニホンジンか」を見分ける踏み絵の様相を呈して来た。死んだ人を罵る風潮は如何なものか。国葬決定過程に問題はあるとは思うが、騒ぎ立てず、心静かに見送るべきだ。

 共産党や立憲民主党議員の国葬欠席は、反対派への忖度でしかないが、自民党の村上誠一郎元行政改革担当相が、安倍元首相の国葬について「最初から反対だし、出るつもりもない」と述べたという。以前から石破茂と同じく、自民党に所属しながら安倍批判を繰り返していたのだから出席しないのは当然ちゃ当然だわな。

「財政・金融・外交をぼろぼろにし、官僚機構まで壊した国賊だ」と批判したらしいが、「外交をぼろぼろに」というのは、対中韓外交のことなのだろうが、喜んでるのは中国共産党くらいなもの。ハニートラップに罹ってるヤツは分かり易い(笑)

 国葬について「判断の明確な基準が必要。例えば佐藤栄作や中曽根、岸信介も国葬ではなかった。何故、安倍さんだけ国葬なのか」と語ってるが「国葬」というから仰々しくなる。単なる元首相の葬送イベントに目くじらを立てる必要はない。

 参議院選挙というのは天皇の国事行為であり、天皇の下で公示された選挙中に歴代在任記録を持つ安倍元首相が暴漢の凶弾に斃れたという事実は決して軽いものではない。「国賊」とまで詰りながら、自民党に居座ってて恥ずかしくはないのか。

 以前、文芸春秋に村上の「安倍が自民党を劣化させた」との諫言が載っていたのを思い出す。諫言というからには、大所高所から俯瞰した苦言が呈されてるのかと思いきや、所詮は加計学園問題や安倍の一挙手一投足に対する批判に終始していた。

 別に、愚生は安倍信者ではない。安倍の政治姿勢を批判して来た。退位法案を皇室典範に付帯したこと。天皇の大権である元号制定権を簒奪したこと。四島返還要求を二島返還に摩り替え実質的に北方領土をプーチンに譲り渡したこと。憲法九条改正は究極の護憲運動であるという認識不足など、この何処が保守政治家なのか。

 自民党議員としてそういう批判なら分かるが、森友桜じゃワイドショーと変わらない。加計学園問題の何処が問題なのか。この問題は前川喜平元文部科学事務次官の妄言が始まり。正に、慰安婦問題をでっち上げた吉田清治の虚言と同じ。

 獣医学部設立に猛反対する獣医師会の意向を忖度して、国会審議などを妨害した石破茂や玉木雄一郎、福山哲郎ら族議員らが糾弾されないのは不思議でならない。

 森友学園問題も財務省の文書管理の問題で安倍元首相の法的責任は無い。稀代の詐欺師である籠池泰典が出任せで言った言葉を未だに信じていることに驚く。

 詐欺師の言葉を決定文書から削除した行為は褒められないが発言が嘘八百だと分かった時点で削除訂正することが絶対悪で民主主義の否定だとは思えない。

「安倍が自民党を劣化させた」のではなく、「自民党が劣化している」ことさえも気付いていないだけだろう。こんなのが「ミスター自民党」を自任してるのだから恐れ入る。嫉妬心顕わな批判ではなく、自民党粛正への道でも示したら如何か。

 我が国の政治の不幸は、政治家の選択肢が無いことに尽きるが、自民党が保守政党と言えるのかといえばそれも疑問で、保守のカタチを取り繕っているだけ。義弟の岡田克也と思想を同じくする村上が自民党に所属してることも分かるだろう。

 二大政党へ向けて小選挙区制度を導入したのは好いが、その効果は無く弊害ばかり。中庸を重んずる国民性からも二者択一的制度は向いていない。小選挙区比例並立制は廃止し、中選挙区制や県単位の大選挙区制を導入すべきではあるまいか。

 政治改革は選挙制度の抜本的改正無くして図れない。保守とは程遠い自民党VSアホ野党の構図はうんざり。現在の国会を見ればワイドショーに煽られて右往左往してる議員ばかり。こうして衆愚政治と大衆迎合主義が繰り返されて行く。

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2022年09月21日

祝祭日の意味と意義を国民に教えて行かねばならないと痛感する

 ゴールデンウイークに加えてシルバーウイークなどと浮かれてるが、国葬反対を叫び、革命ごっこに講じるノスタルジックな左翼高齢者を、敬老の日の趣旨に則り「敬愛し、長寿を祝う」気にはなれない。祝日の趣旨や意義の再検証を行うべきだ。

 シルバーウイークも後半に入る。彼岸の中日には先祖の墓参りに出向くの恒例行事。祝日法では、秋分の日は「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」日であり、春分の日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ」ことを趣旨としている。

 戦前は、春分の日は「春季皇霊祭」、秋分の日は「秋季皇霊祭」と称した。明治11年(1878年)、歴代天皇や主たる皇族の忌日を春と秋に纏め奉祀した。一般の彼岸の先祖供養に相当する祭儀であるが、GHQの神道指令などにより廃止された。

 皇居内に在る宮中三殿の「皇霊殿」には歴代天皇、皇族の霊が祀られている。皇霊祭では天皇陛下が御告文を読み上げ、皇后陛下、皇太殿下、皇太子妃殿下が順に拝礼なされる。また全国の神々の神恩に感謝する「春季神殿祭」も斎行される。

「春の彼岸」や「秋の彼岸」と呼ぶなら未だ好いが、「春分の日」「秋分の日」という名称は如何なものか。この日は別に冬と春の境の日でも夏と秋の分かれ目でもない。「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」という趣旨は理解するが、春分の日の「自然をたたえ、生物をいつくしむ」とは単なるこじ付けでしかない。

 諸外国に比べ、日本の祝祭日ほど「国柄」の分かる素晴らしい伝統・文化はない。だが、悲しい哉、日本人の多くが、祝祭日を単なる休みとしか考えなくなったのは、政治家の不作為も然ることながら、日本人の精神的貧困さの現われでもある。

 祝日法の改正に因り導入された、第三月曜日の所謂「ハッピーマンデー」は、左翼陣営が祝日の意義を薄れさせ、我が国の国體破壊を目論んだ策謀である。

 1月15日の小正月に行われる「成人の日」や、明治天皇東北巡幸帰還日の7月20日の「海の日」、アジアで且つ有色人種国で初めて開催された東京オリンピック開会式の10月10日の「体育の日」もハッピーマンデーに組み込まれてしまった。

 国體破壊を目指す左翼陣営の最終目的は、我が国にとって重要な祭日である11月23日の「新嘗祭(勤労感謝の日)」と、2月11日の「紀元節(建国記念日)」をハーッピーマンデーに組み入れることで、意味のない休日にすることである。

 我が国が「観光立国」という発展途上国並みの国策を掲げて久しい。自民党政権下でも観光立国としての景気優先から「ハッピーマンデー」に同調する意見もあるというから厭きれるばかり。自民党は保守政党として体を成していない。

 故安倍元首相は「日本を取り戻す」「戦後レジームからの脱却」と訴えたが、景気対策以前にGHQの謀った様々な策謀と相対するべきではなかったか。

「日本を取り戻す」「戦後レジームからの脱却」を叫びながら、皇室典範に皇統破壊に繋がり兼ねない退位特例法を附帯し、祝日法の再改正どころか観光立国を国策として継承し、外国人労働者という移民政策を強行したことは後に必ず禍根を残す。

 春分の日を「春季皇霊祭」とし、秋分の日を「秋季皇霊祭」として復活させなければならない。同じく建国記念の日を「紀元節」に改め、勤労感謝の日を「新嘗祭」と本来の名称に戻すことは我が国の国體の精華を取り戻すことでもある。

 現在の「憲法記念日」や「山の日」など意味の無い休日を廃止し、4月3日は「神武天皇祭」とし、10月17日は「神嘗祭」として復活させることが求められる。

 戦後、GHQは我が国の歴史や伝統、文化を否定することに躍起だった。統治下で改悪された「祝日法」を再改正し、天下の愚策である「ハッピーマンデー」を廃止すると共に、祝祭日の意味と意義を国民に教えて行かねばならないと痛感する。

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2022年09月19日

子供叱るな来た道じゃ 年寄り笑うな行く道じゃ

 今日は「敬老の日」。「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを趣旨としている祝日で、祝日法の改正により「ハッピーマンデー」の第三月曜日に組み込まれた。ハッピーマンデーについては今回は割愛したい。

「敬老の日」は、昭和22年9月15日に兵庫県多可郡野間谷村(後の八千代町~現在の多可町八千代区)で、「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」と、村の老人を集めて祝賀会を開催したのが始まりとされる。

 9月15日ではなくハッピーマンデーへの変更の際は、「敬老の日」提唱者の村長から遺憾の意が表明されたという。祝日の趣旨からしても当然の抗議だろう。

 老人とは老人福祉法では65歳ということになってる。60歳を初老だと思ってる人も少なくないが「初老」は42歳。60歳は「還暦」。後期高齢者は75歳以上。

 最初に敬老会が行われた昭和22年当時は、終戦直後ということもあり、老人といわれる方々は明治や江戸時代に生まれ。そんなこともあって尊敬出来る老人も多く、戦後の復興に向けて「年寄りの知恵」を教わることは大事なことだったと思う。

 祝日法には「老人を敬愛し、長寿を祝う」との趣旨になってはいるが、年寄りだから立派な人格者かというとだらしのない年寄りもいるのも確かで、中でも、所謂「団塊の世代」というのは思想も然ること乍らマナーの悪い老人が目に付く。

 安倍元首相の「国葬」にしても、死を悼むことなく、死人に鞭打つ行為は日本人とは思えない。団塊の世代の左翼活動というのは、反体制を勘違いしているノスタルジックな革命ごっこ。その思想の根底は戦後民主主義であることさえ気付かない。

 愚生は公衆浴場が好きでよく行くが、浴場くらい育ちが分かる場所はないと思っている。湯船に入るのにも、洗い場でのマナーにしろ、サウナに入り、サウナから水風呂に浸かるのもやはり周りの人に気を遣うことが大事なのは当たり前のこと。

 最近の年寄りというのは行儀が悪く、マナーを知らない人が少なくない。「カネを払ってるのだから別に良いだろう」と言わんばかりに横柄に振る舞ってる人をよく見かける。愚生は常々、そんな先輩方にも注意や苦言を呈すことにしている(笑)

 最近では「老人業」というのが流行り、「我々は優遇されるのが当り前だ」と言わんばかりに威張り、居直り、権利ばかりを主張するが、そんな年寄りが長生きするほど悲惨なことは無い。そんな老人を「敬愛しろ」というのも無理というもの。

 そういう意味でも、初老(40歳)を過ぎた大人は、自分が周りの見本であるとの認識を持つ様に心掛け、その言動や行動は常に慎重であるべきだと思う。

 我が国の現在があるのは、多くの先人の知恵で生き抜いたのも確かだろう。例えば、明治維新にしてもそのバックボーン(背骨)は江戸生まれであり、江戸時代に育まれた道徳や教養、武士道精神や大和魂が見事に結実した結果でもある。

 本居宣長が「古事記伝」を表し、国学を大成させ、水戸光圀は「大日本史」を編纂し、勤王思想を鼓舞した。この日本学を「水戸学」というが、佐久間象山や吉田松陰、西郷隆盛、坂本龍馬、桂小五郎など多くの志士がその思想の影響を受けた。

 水戸学を知ることで、天朝の尊厳性を尊び、鼓舞し、奮い立ったのだ。江戸時代に培った国学や日本学に由る勤王思想などの国益中心の愛国・憂国の心の成果が、大政奉還と大政復古に繋がり、明治維新を経て近代国家を創り上げたのである。

 老人は子供と同じく国の宝という意味を分からない訳ではないが、敬老の日を祝って貰う前に、老人と言われる方こそ、祖国日本のことや先祖や先人に思いを馳せ、自分自身がそれに恥じない生き方をしているか自問自答しては如何だろう。

「子供叱るな来た道じゃ、年寄り笑うな行く道じゃ」という格言がある。子供の躾は大人の義務であり、叱りつけることで善悪を教えることは大事なことだが、年寄りが生まれた国を貶めたり、その行為を笑われたりしている様じゃ世も末だわな。

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2022年09月18日

昭和六年九月十八日 中華民国奉天の柳条湖付近にて事件が勃発する

 昭和6(1931)年9月18日、中華民国奉天(現在の中華人民共和国遼寧省瀋陽市)の北方約7.5キロメートルにある柳条湖付近で、南満州鉄道(満鉄)の線路を関東軍が爆破し、これを中華民国軍の張学良の仕業として戦闘を開始した。

 柳条湖事件後、「日本軍は満州全域を占領して傀儡国家・満州国を建国」というのが我が国の歴史だが、歴史というのは往往にして都合よく改竄されるものだ。

 昭和7年、国際連盟は柳条湖での事変に端を発した満州事変などの究明の為に「リットン調査団(国際連盟日支紛争調査委員会)」を満州に派遣する。

 その報告書で「各国の思惑通り関東軍の行動を正当な自衛行動と認めなかったが、翻ってこの事変の誘因を満州と中華民国の混乱と内乱に在る」と説明している。

 報告書は「満州に於ける諸問題は極度に複雑だから、この事変は単に一方的に侵略したという簡単な事件ではない。何故なら満州は、世界の他の地域に類例を見ない様な多くの特殊事情が在るからだ」との意見が付け加えられている。

 こうした認識の背景には、日露戦争後の正当な権益である租借地と、満鉄経営に対する不当な鉄道妨害や抗日活動及び、中華民国に因る日本人迫害が長期に亙って続いていた事実を、リットン調査団が十分に把握していたからであろう。

 更に、日本の権益について報告書では、「日本人にとって対露戦争とは、ロシアの侵略の脅威に対する自衛戦争であり、民族の生死を賭けた戦いとして永久に記憶され、この一戦で10万人の将兵を失い、20億円の国費を費やしたという事実を、『決して無駄にしてはならない』という決意をさせた」とも言及している。

 自存自衛と膨大な投資を行った満州国の権益保持と在留邦人の生命を守る為には、「満州を紛乱した中華民国から切り離して安定させるしかなかった」という、事変に至る日本の偽らざる動機の一端を、この報告書では正確に伝えている。

 米国の元中華民国公使ジョン・マクマリーも「日本の安全保障の為には朝鮮半島と満州の安定が必要不可欠であった」との言説に見られる様に、欧米の識者の中には事変直後から、日本の立場を擁護する意見が少なからずあったのも事実である。

 満州事変の起因となった柳条湖事件が勃発した今日9月18日には、中共で「反日デモ」が激化する可能性があるという、所詮は「反日」に託けた「反政府デモ」でもある。いっそのこと共産党政権を転覆させるくらいのデモになった欲しいものだ。

 歴史というのは往往にして都合よく改竄されるものではあるが、一方的に我が国の戦闘行為のみを「侵略」と片付けてしまうことは歴史に対する冒涜であろう。

 歴史を公平・公正に語るならば、他国の覇権主義に目を瞑り一方的に自虐の淵に止め処なく漬かり込むことではない。未だ多くの日本人が、国連(戦勝国)や米国(GHQ)の創り上げた歴史を鵜呑みにして目覚めようともしないのは悲しいことだ。

「満州事変」や「満州国」に対する認識もそうだが、余りにも偏向し過ぎてはいないか。戦後、新たな資料によって史実の全貌が明らかになって来ている。歴史の共同認識など共有出来るものではない。歴史の問題は、一国の存亡に係わる大事である。

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2022年09月14日

子育て支援金は違法な外国人への生活保護費や政党交付金を充てよ!

 何やら統計によると今後50年以内に我が国の総人口は現在の7割弱まで減少するという。米国の実業家のイーロン・マスクが、出生率低下で「日本は何れ消滅する。世界にとって大きな損失だ」との警鐘を鳴らしたことをどう感じただろう。

 納税者倍増計画の少子化対策として第1子100万、第2子300万、第3子1千万の子育て支援金は刮目する提唱だろう。第一子から1000万円でも好い。将来の納税者が増えれば国の運営は安泰となる。バラ撒くなら子育て支援金の充実が急務だ。

 僅か、3兆円の子育て支援金が出せない政府。その一方で岸田首相はアフリカ支援に4兆円拠出。コロナ禍での病床補償金として既に3兆円以上支払われている。

「国葬費が16億5千万円」とかで大騒ぎしているが、外国人留学生受け入れに年間230億円規模。外国籍への生活保護費は年間3兆7千億円。何より、政党交付金が導入された1995年から毎年300億円以上。既に8兆円以上が政治家に流れている。

「人口激減で国を守ることも出来なくなる」という声もあるが、これは国防の観点からの危機感ではない。経団連や経済同友会など、営利至上主義の団体や企業が、労働人口減少を理由に移民を受け入れる為の我田引水的な口実に過ぎない。

 抑々、人口が右肩上がりで殖えていくことに因る弊害は大きく、人口増加に由って食料すら手に入らないという状況も考えられる。人口をその国の事情に応じて適度な数にすることは喫緊に採るべき対策であり、移民頼りの労働力補填は本末転倒。

 中共やインド、アフリカなどは今後の人口は増え続けるだろう。国民の食糧事情や国家体制の維持には資源確保の問題もあり、中共の周辺諸国への蚕食と太平洋への進出は、「自分達だけ生きれ残る」という奸佞が横溢しているからである。

 現在の7割弱というと8、9000万人ということか。ならば、これより人口の少ない国は全て国を守れないのかとツッコみたくなる。因みに現在の人口となると英国は約6600万人。フランスは約6750人。ドイツは約8400人だが、国防は充実している。

 江戸幕府が終焉を迎え、明治維新当時の人口は約3300万人だった。日露戦争時には約4700万人だが、ロシアの人口は1億3千万だった。ロシアの3分の1程度の人口だった日本が勝ったのだから、人口は多けりゃ好いってもんじゃないだろう。

 大東亜戦争開戦当時の人口は約8400万人。その後「産めよ、殖やせよ」の国策が影響し、戦後の経済繁栄は遂げたものの無自覚左翼の団塊の世代や珍左翼が台頭した。寧ろ現在の1億3千万が殖え過ぎたと考えるべきで、要は量より質が大事。

 先の大戦で我が国が負け、GHQの統治下で米国の経済と価値観を押し付けられた。金儲けを追求して物質的に豊かにはなったが本当に幸せになれたのだろうか?

 金銭的利潤や享楽に流れる人心の質的転換こそ大事である。「人口減少を食い止めるには将来の不安を取り除かねばならない」とか政治家や評論家や学者らが真顔で言っているが、一番効果が上がるのは計画停電ではなかろうか(笑)

 昔、アメリカで大停電が起きた翌年にはベビーブームが到来したし、福島県でも昭和59年頃だったか大雪で停電した年の翌年生まれの子供は多かったっけ。
 
「反原発」とか「脱原発」を訴えてる連中は、古の日本人の様に日の出と共に起きて、日の入りと共に仕事を終えて床に就くとまでは言わないまでも、愚生に倣い朝の4時頃には起きて夜の8時前にはお寝るという早寝早起きを実行したら如何か。

 国民に頼るより国が「計画停電」を実行すりゃ好い。無理して電力確保しなくても停電すりゃ解決出来るし、何より少子化対策にもなる可能性を秘める。

 停電で暗くなりゃ寝るしかないし、人間やることがないと考えることは同じ。数年経てば「反原発」なんてのは過去の遺物となり、電力の問題もクリアするだろう。ってか、何よりも「ベビーブーム到来」で少子化問題も解決するっての(笑)

 電力に限らず、何もかも足らない時代になれば如何に今が幸せだったかが分かるだろうよ。愚生が子供時代の昭和の40年代頃というのはしょっちゅう停電していたし、小抽斗から取り出したロウソクを立てながらの生活も愉しいものだった。

 現実問題、停電になると冷蔵庫が大変なことになるだろうな。大量に買いだめは出来ないから大手スーパーが大打撃おなるだろう。「クーラーが無いと熱中症になる」という声もあるが、拙宅にクーラーは無いが窓を開けてどうにか凌げている。

 こうしたことを考えただけでも、便利というものにどっぷり浸かった日本人が昔の質素な生活に我慢できるとは思えない。「脱原発」なんてのは理想であって、現実無視の大空論。そういう意味でも、戦後の日本人を根本から鍛え直さねばならない。

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2022年09月13日

沖縄知事選は米軍普天間飛行場の辺野古移設反対の玉城デニーが再選

 恒例の米軍普天間基地飛行場の名護市辺野古への移設が最大の争点となる沖縄県知事選挙は移設反対で「沖縄独立」という妄想を抱く玉城デニーが再選した。普天間飛行場の在る宜野湾市長選は「辺野古移設容認」を掲げた現職が再選を果たした。

 票差が大きいのは、連日の「国葬」や「旧統一教会」報道が影響したと考えられる。沖縄県民の米軍アレルギーは理解出来なくもないが、単なる沖縄左翼の扇動に因るところが大きく、また本気で「沖縄独立」を考えてる県民はそう多くはない。

 米軍が否なら自衛隊を増強すれば解決する話しなのだが、所詮はそれにも反対なのだ。米軍が沖縄から出て行ったとして本当に困るのは、左翼やマスコミに煽られて「反基地」活動を支援してる住民なんだろうと思うがそんなことなんぞ御構いなし。

 沖縄という地域は日本国の安全保障上の重要な要であり、国防という国家の大本を米国に委ねる歪なカタチを見直さない限り、こうした「反基地」運動は決して消えることは無いだろう。つ~か、沖縄左翼にとって「反基地」は儲かるのだ(笑)

「反基地」運動にしても、政府からの補助金などの無心であり、政争の駆け引きの道具であり、その地位に居座り続ける為の生業であり、キレイゴトでしかない。

 沖縄から米軍が去ったとしても、次は中共が触手を伸ばしてくることは明らか、沖縄が中共の手に堕ちれば、沖縄珍左翼は徹底して排除され、言論の自由は剥奪されるばかりかデモさえも出来ないだろう。現在の革命ごっこは日本だから許される。

 沖縄にしろ全国の米軍基地問題の根本原因は、現憲法で軍隊の保持を否定しながら、「自衛隊法」で設置されたという誤魔化しが、事をややこしくしている。

 沖縄独立なんぞ単なる妄想だが、現実に沖縄県が我が国の防衛にとって重要な地域であるということを鑑みれば、憲法下での自衛隊の存在を明記し、日米安保条約の改訂や廃止を含めて、米国への軍事依存体制を再検討しなければならない。

 知事選の結果を見るまでもなく、沖縄県がこのまま左翼の策謀に嵌り続けている状況を拱手傍観してて好いとは思ってはいない。多くの沖縄県民も同じだろう。

 いつまでも左翼どもの好い様に利用される勿れ。沖縄県民が、極東の前線で日本本土を護っているのは我々だという自覚と誇りに覚醒することに期待したい。

 地理的に日本と支那大陸の中間に位置する沖縄は、日本から見れば同じ日本人だが、中共や一部の沖縄人から見れば寧ろ支那と同族の関係である。中共が沖縄に拘るのはそうした歴史を理解した上で国民世論を利用しようとしているに過ぎない。

 沖縄住民の歴史は、日本本土から南下した日本人と、ポリネシア系、台湾系、支那華南系に分かれる。明の時代に支那に入貢して琉球国・中山王として冊封を受け、奄美大島から先の宮古・八重山までの領域を支配する中央集権国家を築いた。

 琉球が日本への使者を派遣したのは室町時代であり、交流は古くはない。その後の徳川幕府の命令で薩摩の島津藩が琉球に出兵し奄美大島を直轄化した。琉球は、その後に支那に誕生した清朝の冊封も受け、我が国との両属の立場を採った。

 2千円の図柄の「守礼の門」は、支那からの冊封使を迎えて行う琉球王の即位式の会場であるが、これを以ても沖縄が日本と支那と両属だったかが解るだろう。

 琉球は、日本文化が拒絶した「宦官制度」を導入していた様に、支那属国の一面を否定出来ない。また、日清戦争の際には日本派(開化党)と清国派(頑固党)が乱闘を演じ、戦争で我が国が勝利した結果、清国派は支那大陸に逃避した。

 沖縄人にとっては、沖縄で何人が君臨しても構わなかった。「明」や「清」の変わり目に当たっては「清帝」と「明帝」とに捧げる二通りの上表文を持参して行った。玉城デニーや沖縄珍左翼を見ればその民族性は引き継がれている様に思う。

 沖縄人の「二股主義」は、沖縄の伝統なのだろう。 現在の沖縄を見れば「頑固党」と見間違うばかりの中共派の連中が、日本政府を腐して「日本からの独立」と「中共への隷属」を訴えているが、現代の二股主義は沖縄の破綻を意味する。

 左翼や沖縄メディアが住民を嗾け、誑かし、策謀にまんまと引っかかり、日本国民としてではなく、あくまでも沖縄人だけの問題として捉えてしまっている。

 沖縄の平和を目指し、最終的に米軍を撤退させることは結構な話だと思うが、何事にも順序というのがあるだろう。先ずは如何にして米軍を撤退させるか、それにはやはり現憲法を見直し、国防の充実を図ることでしか解決を見ないだろう。

 現憲法を「平和憲法」と奉りながら、平和を創出に貢献している米軍を目の敵にする不思議。沖縄から米軍を追い出したところで、その後、中共が日清戦争の恨みとばかりに沖縄奪還を謀ることは火を見るよりも明らか。沖縄の危機に備えよ!

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2022年09月09日

「旧統一教会と自民党の根深い関係」という茶番はもう止めたら如何

「自民党と旧統一教会の根深い関係」などという茶番をいつまで続けるつもりなのだろう。故安倍元首相が、自派の候補(北村経夫)や元政務秘書官(井上義行)への応援を依頼し、比例で当選したのは旧統一教会の組織票が大きいという。

 旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の信者は、ピーク時の66万人から激減し、今では約6万人ほど。そんな宗教団体の影響なんぞ高が知れてる。自民党はそうした事実を認識しているから、易易と旧統一教会との「絶縁」を口にする。

 天皇の国事行為である参議院選挙中に元首相が凶弾に斃れた事実を軽んじ、国葬に反対し、犯人の減刑嘆願書や支援金が集まってることに驚きを隠せない。日本人はいつから故人を悼むどころか、死者を鞭打つ様な人種に成り下がってしまったのか。

 旧統一教会が糾弾される理由には、勝共理論に由る反共主義や世界日報の保守的思想が大きい。以前、森友学園が神道の学校法人「瑞穂の國記念小學院」を設立すると、籠池泰典理事長と安倍元首相との関係をマスコミや野党が批判し始める。

 教育勅語を子供達に唱和させ、愛国者を気取る籠池理事長を安倍糾弾の好材料とする辻元清美らは、恰も安倍が学園設立に熱心だったかの様に世論誘導し、安倍夫人に批判の矛先を向けた。だが、全てが籠池の一人芝居だったことが露呈する。

 籠池逮捕で一件落着かと思いきや、愛国教育を批判してた野党もマスコミも一転して籠池は被害者であるかの様な作為的な記事を垂れ流しては、籠池の発言が正しいと言わんばかりに「公文書改竄問題」として国民を誑かし続けている。

 自民党と旧統一教会の癒着こそが、安倍元首相へのテロを生んだ元凶であるかの様な世論誘導に違和感を覚えるが、森友学園問題騒動の経緯と似てなくもない。安倍に対する憎悪は正義であり、その憎悪こそが左翼革命を齎す力だと信じ込んでいる。

 世界平和統一家庭連合だろうが、如何なる新興宗教だろうが、宗教法人として認可されてる以上、守られるべき立場であるのは当然だろう。左翼やマスコミが振り翳す信教の自由は何処に行ったのか。日本国憲法第二十条は次の様に記されている。

一.信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

二.何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

三.国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

 第一項には「国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」と明記されている。ならば、宗教法人への非課税は「国からの特権」の行使であり、中でも創価学会の出先機関である公明党は明らかな憲法第二十条違反の存在だろう。

 旧統一教会と自民党との根深い関係が批判されるのなら、政権与党の創価学会と自民党の関係こそ糺されるべきではないのか。旧統一教会の報道に公平さはない。憲法が蹂躙され、憲法の法の下の平等も蔑ろになっていることに違和感を覚える。

 ならば、松本サリン事件、地下鉄サリン事件という未曾有の犯罪を実行し、皇居や皇太子殿下御成婚パレードを狙った炭疽菌やボツリヌス菌の散布など、国家転覆を謀り、信者13人が死刑執行されているオウム真理教(現Aleph)の場合はどうか。

 地下鉄サリン事件の前年、長野県の松本サリン事件では7名が犠牲となり、第一通報者の河野義行さんを犯人と断定し逮捕した。オウム真理教を擁護するTBSは、当時のキャスターだった立憲民主党の杉尾秀哉らは河野犯人説を執拗に報じた。

 当時、TBSはオウム真理教を日本の救世主の如く好意的な報道を垂れ流していたのは周知の事実。そんな中でオウム真理教をカルト集団として批判的だった坂本弁護士を取材し事情を聞いた。それをあろうことかオウム真理教幹部らにリーク。

 オウム側にリークした9日後、早川紀代秀や新見智光、中川智正らは妻子の前で坂本弁護士を襲撃し殺害。更には妻と1歳の子供まで惨殺した正に鬼畜の所業だった。この事実をして死刑は当然だが、それでも死刑に反対する理由は理解不能である。

 TBSは当初、取材テープをオウム側に見せたことを否定していたが、捜査の過程で事実が露呈し謝罪会見を行った。オウム真理教が精鋭化するのはこの坂本弁護士殺人事件以降であり、そういう意味でもTBSや杉尾の行為は万死に値する。

 そんなTBSやマスコミやインチキジャーナリズムは、自民党と旧統一教会との関係を鬼の首でも獲ったかの様な偏向報道を続けていることに嫌悪感が隠せない。旧統一教会の霊感商法なんぞ、オウム真理教の悪辣さから比べれば可愛いものだ。

 テロ集団と化し国家転覆を謀ったオウム真理教への破防法適用を見送った理由は何だったのか。思うに、地下鉄サリン事件が起きる前年に「自社さ連立政権」が誕生する。自民党は神輿として日本社会党の村山富市を内閣総理大臣に祭り上げた。

 村山政権が誕生した翌年の1月には阪神淡路大震災が発生。「自衛隊違憲論」を唱える社会党の村山は、自衛隊出動を躊躇した結果、多くの犠牲者を出すこととなった。そして阪神淡路大震災の2ヶ月後に発生したのが地下鉄サリン事件だった。

 オウム真理教への破防法適用を見送ったのは、党利党略と政争から誕生した村山富市の無能も然ることながら、日本社会党の閣僚や国家公安委員長に共産党シンパでもある野中広務が就いたのもその大きな理由だったのではなかろうか。

 旧統一教会の世界平和統一家庭連合への名称変更にしても、オウム真理教がアレフ~アーレフ~Alephと名称を替えながら活動を続けてることと何が違うのか。「旧統一教会と自民党の根深い関係」という茶番は、いい加減もう止めたら方が好い。

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2022年09月03日

8月15日に靖國神社に行く自称・愛国者や右翼団体は9月2日には参拝しないの?

 8月15日を「終戦記念日」や「終戦の日」だとして靖國神社を参拝する政治家や営業保守、自称・愛国者や右翼陣営が9月2日に靖國神社に詣でたという話はとんと聞かない。こうした事実をしても8月15日の参拝はパフォーマンスとしか思えない。

 我が国が米英を始めとした国々と何故に戦争をしなければならなかったのかは、大東亜戦争「開戦の詔勅(米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書)」に明示されているが、この大義が9月2日を以て全否定されたのだ。詔勅の一部を列記してみよう。

 中華民國政府曩ニ帝國ノ眞意ヲ解セス濫ニ事ヲ構ヘテ東亞ノ平和ヲ攪亂シ遂ニ帝國ヲシテ干戈ヲ執ルニ至ラシメ茲ニ四年有餘ヲ經タリ幸ニ國民政府更新スルアリ帝國ハ之ト善隣ノ誼ヲ結ヒ相提携スルニ至レルモ重慶ニ殘存スル政權ハ米英ノ庇蔭ヲ恃ミテ兄弟尚未タ牆ニ相鬩クヲ悛メス米英両國ハ殘存政權ヲ支援シテ東亞ノ禍亂ヲ助長シ平和ノ美名ニ匿レテ東洋制覇ノ非望ヲ逞ウセムトス・・・彼ハ毫モ交讓ノ精神ナク徒ニ時局ノ解決ヲ遷延セシメテ此ノ間却ツテ益々經濟上軍事上ノ脅威ヲ增大シ以テ我ヲ屈從セシメムトス斯ノ如クニシテ推移セムカ東亞安定ニ關スル帝國積年ノ努力ハ悉ク水泡ニ帰シ帝國ノ存立亦正ニ危殆ニ瀕セリ事既ニ此ニ至ル帝國ハ今ヤ自存自衞ノ爲蹶然起ツテ一切ノ障礙ヲ破碎スルノ外ナキナリ皇祖皇宗ノ神靈上ニ在リ朕ハ汝有衆ノ忠誠勇武ニ信倚シ祖宗ノ遺業ヲ恢弘シ速ニ禍根ヲ芟除シテ東亞永遠ノ平和ヲ確立シ以テ帝國ノ光榮ヲ保全セムコトヲ期ス。御名御璽

 開戦の詔勅(米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書)の現代語訳。「中華民国政府は、以前より我が帝国の真意を理解せず、濫り(みだり)に闘争を起こし、東アジアの平和を乱し、終に帝国に武器を取らせる事態に至しめ、もう四年以上経過している。幸いに国民政府は南京政府に新たに変わった。帝国はこの政府と、善隣の誼(よしみ)を結び、共に提携するようになったが、重慶に残存する蒋介石の政権は、米英の庇護を当てにし、兄弟である南京政府と、未だに相互の鬩(せめ)ぎ合う姿勢を改めない。米英両国は、残存する蒋介石政権を支援し、東アジアの混乱を助長し、平和の美名に匿(かく)れて、東洋を征服する非道な野望を逞しくたしている・・・彼(米英)は、少しも互いに譲り合う精神がなく、無闇に事態の解決を遅らせようとし、その間にも益々経済上・軍事上の脅威を増大し続け、それによって我が国を屈服させようとしている。この様な事態がこのまま続けば、東アジアの安定に関して我が帝国が払ってきた積年の努力は、悉く水の泡となり、帝国の存立も、正に危機に瀕することになる。事此処に至っては、我が帝国は今や、自存と自衛の為に、決然と立上がり、一切の障害を破砕する以外にない。皇祖皇宗の神霊をいただき、私は、汝ら国民の忠誠と武勇を信頼し、祖先の遺業を押し広め、速やかにす禍根をとり除き、東アジアに永遠の平和を確立し、それによって帝国の光栄の保全を期すものである。御名御璽」

 抑々、8月15日は終戦の勅諭が奉じられただけで詔勅が渙発されたのは13日であり、公布は翌14日である。8月15日を未だに「終戦記念日」や「終戦の日」と呼び続けている現状は、未だにGHQの戦後民主主義教育という洗脳の象徴でもある。

 8月15日の「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に靖國に詣で英霊のみを追悼する行為は正に贔屓の引き倒しでしかなく、我が国の歴史をも忘却せしめるものだ。

 況してや靖國神社は英霊を追悼する施設ではない。国家に殉じた英霊の功績を顕彰する神社であるにも拘らず「英霊に哀悼の誠を捧げて来た」とは何事ぞ。

 9月2日は我が国にとって降伏文書に調印させられた屈辱の日であり、英霊の死を悼むならこの日こそ心静かに英霊に感謝の誠を捧げ、先人の偉業を偲ぶべきだ。

 保守や愛国者でなくても本来の日本人なら心の中に「日本人の魂」というものを持っている。この国の歴史伝統や先人達に対する尊敬や愛着の「想い」である。

 我が国が戦争に負けたのであればその事実を限りなく口惜しいと思い、占領で失われたものが有るならばそれを何としても取り戻したいと思う「心」である。

 そう考えるとき右翼を標榜する者や、保守であるべき政治家から日本人としての魂から発する思いを感じることもなく、思想無き右顧左眄型の偽善者ばかり。

 真の「保守」とは、民族、宗教、言語、歴史、価値観、習慣、制度の世界の中で最も優れた精神文化を護り、継承して行くものでなくてはならないのだ。

 正統の保守主義者に於いて時間を体験する仕方は、過去の意味を直視し、その中に価値を見出す発見によって未来を創造して行くものである。過去を重んじもせず、精神的復古を目指さない者は自由主義者とか新自由主義者という(苦笑)

 昨日2日は降伏文書調印という屈辱の日でもあった。本日3日は連合国の戦勝記念日でもある。大東亜戦争の大義が9月2日を以て全否定された屈辱を忘れる勿れ。

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2022年09月02日

降伏文書調印という屈辱の日でもある9月2日を忘れるな!

 昭和20(1945)年8月14日、我が国はポツダム宣言を受諾。そして9月2日、降伏文書に調印した。米国を始めとした連合国ではこの翌日の9月3日を「対日戦争終結記念日」や「第二次世界大戦(太平洋戦争)終戦の日」として祝っている。

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 昭和20(1945)年9月2日、東京湾上に停泊してた戦艦ミズーリの甲板上での調印の為に、梅津美次郎参謀総長らと共に、右足が不自由な重光葵(しげみつ まもる)外相は義足を引き摺りながらステッキを頼りに細い階段を喘ぎ喘ぎ上る。

 漸く甲板に辿り着いた重光外相は、調印を前に一杯の水を所望するも、米国側から「卑怯者のジャップに飲ませてやる水などない」と冷たく拒否される。

 重光外相の右足は「上海天長節爆弾事件」により失った。「上海天長節爆弾事件」とは昭和7年4月29日に起きた朝鮮独立運動家・尹奉吉に因る爆弾テロである。重光は上海に於いて駐中華民国公使として天長節奉祝式典に参列していた。

 国歌斉唱の際、テロリストの尹奉吉が爆弾を投擲した。重光らはその場から逃げることなく、国歌「君が代」を歌い続け、結果として片足を失うこととなった。

 重光はこの時を振り返り「爆弾が投げられたのは分かっていたけれど、国歌斉唱中なので動かなかった。動くのは不敬であると考えた」と述べている。

 同じく、重光の隣で遭難し片目を失った海軍大将・野村吉三郎(後に駐米大使に就任)も「国歌斉唱中だったから逃げなかった」との理由を語っている。

 重光や野村はその後に外相や駐米大使などに就くが、現在の我が国の政治家でこの二人の様なこうした決死の覚悟と肝の据わった官僚や政治家がいるかといえば皆無だろう。こうした覚悟の乏しさこそが我が国政治の不幸とも言えよう。

「君が代」「日の丸」に反対する勢力は国旗・国歌を重んじることなく、また自称・愛国者や右翼人にしても国旗・国歌を軽々しく利用し、猛々しく愛国心を煽るが、重光や野村の様な決死の覚悟が伴っているかといえばそれもまた疑問でもある。

 我が国は、畏くも陛下の御聖断を仰ぎ、ポツダム宣言を受諾し、降伏文書の署名に因って我が国は「負け」を認めたが、先の戦争の大義は決して間違いではない。

 抑抑、何故に我が国が開戦を決意し真珠湾攻撃に至ったかが問題であり、少なくてもペリー来航時代のアジア近代史にまで遡らなければ到底理解は出来まい。

 15世紀の大航海時代以来、白人に因る世界制覇の波がアジアにも押し寄せると、アジアは次々と列強に蚕食され植民地となった。我が国は西欧列強に倣おうと、強力な中央集権国家を形成する為に明治維新の大業を短期間で成し遂げた。

 明治に入り勃発した「日清戦争」と「日露戦争」にしても、そしてその後の結果としての「日韓併合」にしても避けては通れない宿命的な歴史だったのだ。

 清国とロシアという巨大国家との戦争での日本大勝利の報は、固唾を呑んで見守っていた世界の人々を驚嘆させ、特に有色人種に与えた影響は強烈だった。一方で、欧米では日本人に対する脅威が横溢し「黄禍論」が巻き起こってくる。

 日露戦争勝利から15年後、パリ講和会議が開かれた。日本はその席上「人種平等の原則」を国際連盟規約に載せることを提案する。だが、議長を務める米国大統領ウイルソンは「有色人種に人権など必要無い」との差別や蔑視から否決される。

 その後、世界は第二次世界大戦に突入。黄禍論という人種差別が横溢する中で我が国は「ABCD包囲網」に因って四面楚歌に陥り、最後通牒である「ハルノート」を突き付けられると「最早生き残る道は連合国との戦争しかない」との決断に至る。

 今も糾弾して止まない「リメンバーパールハーバー」は、日本と日本人への偏見と差別と歴史への冒涜であり、大戦の過ちを猛省すべきは米国自身である。

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2022年09月01日

三国人たちは欣喜雀躍とし略奪と報復の火蓋を切った(山口組三代目・田岡一雄)

 大正12(1923)年 9月1日に起きた関東大震災後、「朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」「朝鮮人が暴動を起こした」などというデマが流され、そのデマを信じた日本人に因って、東京や横浜では朝鮮人が殺害されたという風聞も流された。

 東京電力福島第一原発事故に絡み、悪質なデマや風評で厭な思いをしている福島県人としても、デマはホント許し難い。放射線への影響は無く問題なく生活してるが、「原子力ムラの連中に騙されてる」だのと全く聞く耳を持たない。

 更には「福島の人とは結婚するな」だとか「福島の人は子供を産むな」とまで差別され、福島の存在自体が忌み嫌われる始末。こうしたデマに反論すれば、「原発を推進する財界の手先」だの「ニセ福島県民」「似非愛国者」だのと批判される。

「それでも福島の子供達はみな逞しく、明るく元気に生きている」と言えば、「そうやって子供を被曝させ、取り返しの付かない事態を招いている」だとか、「無責任だ」「親のエゴだ」などと非難され、福島県民への差別は止むことは無い。

 デマを流す者もデマを信じる連中もホント始末が悪い。デマとは「流言飛語(りゅうげんひご)」をいうが、本来は「流言蜚語」と書く。「蜚」とは悪臭を放つ小さな虫の意味で、忌み嫌われる語彙だ。因みにゴキブリは「蜚蠊」と書く。

 熊本地震でもデマが流された。SNSで「おいふざけんな、地震のせいでうちの近くの動物園からライオンが放たれたんだが」と書き込み、御丁寧にもライオンが街を徘徊する画像が添付されていた。当人らはシャレのつもりらしいが、相手に通じないシャレはシャレではなく、ホント、厭きれるというか怒りさえ覚える。

 更には「イオンモール熊本で火災が発生」だとか、「朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」「熊本では朝鮮人の暴動に気をつけてください」「火事場泥棒を狙ってくる不届な国がすぐ近くにありますから」という悪質なデマが拡散したのは記憶に新しいが、関東大震災後に流されたデマと同列。日本人としてホント情けない。

 韓国朝鮮人を「三国人」と呼ぶが、これは差別ではなく戦勝国でも日本人でもない台湾人や朝鮮人などの旧日本人を「第三国人」というのを准えたものだ。

 三国人の横暴を全て否定するものではないが、敗戦後の三国人を見れば関東大震災後の一件は事実だったのではと思えて来る。「日帝36年」の恨みを晴らさんとばかりに、朝鮮人の横暴や暴動、殺人事件は筆舌を絶するものだったという。

 山口組三代目・田岡一雄著「田岡一雄自伝 電撃篇(徳間書店)」では、戦後の三国人がどういう振舞いをしたかを詳細に描いている。その一部摘記する。

・・・その日のうちに神戸は修羅場と変貌した。
 敗戦の報に茫然自失する市民とは対照的に、
これまで過酷な労働で軍部から抑圧されてきた第三国人たちは
欣喜雀躍とし、略奪、報復の火蓋をきったのである。
 その日の午後七時。徒党を組んだ三国人は
国鉄深川駅構内の貨車を襲って配給物資を強奪。
これを皮切りに市内随所で襲撃略奪事件を起こし、
婦女子を暴行し、わがもの顔に跳梁しはじめた。
 終戦当時、国内には二百万以上の三国人がいたが、とくに兵庫に多く、
昭和一八年に一三万五千人、四八都道府県の七%強を占め、
大阪、東京につぐ三位という勢力をもっていた。
 三国人たちは闇市を掌握して巨大な利益をあげ、
徒党を組んでは瓦礫と焦土の神戸の街をのし歩いた。
 通りすがりの通行人の目つきが気に食わないといっては
難くせをつけ半殺しにし、
無銭飲食をし、白昼の路上で見境なく集団で婦女子を暴行する。
 善良な市民は恐怖のドン底に叩き込まれた。
 彼ら不良三国人は旧日本軍の飛行服を好んで身につけていた。
袖に腕章をつけ、半長靴をはき、純白の絹のマフラーを首にまきつけ、
肩で風を切って町をのし歩いた。
 腰には拳銃をさげ、白い包帯を巻きつけた鉄パイプの凶器を引っさげ、
略奪、暴行をほしいままにした。
 警官が駆けつけてきても手も足も出ない。
「俺たちは戦勝国民だ。敗戦国の日本人が何をいうか」
 警官は小突き回され、サーベルはヘシ曲げられ、
街は暴漢の跳梁に無警察状態だ。
 昭和二一年二月、神戸生田署の岡政雄巡査部長が
彼らに拉致されて暴行殺害され、
同年四月、須磨署佐藤進巡査部長がやはり
彼らの手によって射殺された。
 そればかりではない、警察の威信を根底からくつがえす
不祥事さえもちあがった。
 すなわち不良三国人三百余人は兵庫警察署を襲撃し、
署長はじめ幹部署員たちを人質として電話指令交換室を占拠したのである・・・

 田岡一雄は、在日朝鮮人を本家の幹部(執行部)には登用しなかったという。「朝鮮人には日本古来の武士道精神や日本精神を理解させるのは到底無理だ」と分かってたからだというが、戦前戦後の彼らの民族性を知っていたからだろう。

 日韓併合以降、朝鮮人は日本人となったがその民族性は変えることは出来なかった。事大思想が根底にある韓国人を日本人に矯正することは不可能だった。

 大韓民国という祖国の無かった彼らは日本と戦争をした事実は無い。日韓併合以降、日本人と共に朝鮮人も台湾人もアジア開放に立ち上がったというのが真相。

 だが、日本が大戦で敗れると朝鮮人らは掌を返したが、同じく日本に統治された台湾では「日本の統治時代の歴史教育は実に公正に教えており、台湾の近代化にかなり役に立った」という論調で書かれている。この違いは何なのだろう。

 日本がポツダム宣言を受諾し武装解除すると、戦勝国を気取り「朝鮮進駐軍」を自称し、日本各地に於いて横暴の限りを尽くしたのは田岡組長の自伝の通り。

 占領下にあった我が国は、こうした三国人に因る横暴に対処することも出来ずに傍観せざるを得ず従順に受け容れた。その結果、「隣国が嫌がるようなことはしない」という摩訶不思議な近隣諸国条項が国是となり現在に至っている。

 未来永劫、我が国が加害者であり侵略者であり、三国人や支那人が弱者で被害者であるかの様な戦後の歴史認識やタブーを、徹底して検証しなくてはならない。

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