2021年12月

2021年12月31日

今年も拙ブログに御付き合い頂き有難うございました。感謝・合掌。

「徒然草」の書き出しは「つれづれなるままに 日ぐらしすずりにむかひて 心にうつりゆくよしなしごとを そこはかとなく書きつくれば あやしうこそものぐるほしけれ」と綴られている。ブログやSNSも似た様なもので、毎日起こる意味もない由無し事を綴っては、もの狂おしく一喜一憂しているというのも空しいものだ。

 吉田兼好の様に、職を辞し精神の自由を求めれば生活は困窮するし、暮らしを楽にしようとすれば心が拘束される。愚生も右翼浪人という生き方に限界を感じつつも、この身在る限りせめてその精神だけは一維新者として自由で強く在りたいと思う。

 右翼の世界も御多分に漏れず玉石混交。数ある団体の中には街宣車に日の丸を立てて、軍歌を流すだけだったり、街宣車を強請り、集りの道具として使用してる自称右翼もいたが、今や資金難でそれさえ無くなった。まぁ、宣伝車を所有してるだけ立派だが、宝の持ち腐れ。況してやオナニー的街頭演説だけでは啓蒙とは程遠い。

 最近の右翼は、教育勅語の徳目である「恭倹己を持し」の精神に乏しく、安っぽい愛国心からの反中と反韓運動と時代が止まったかの様なノスタルジーな反米活動。そんな中で、世間の嘲笑や侮蔑に耐えつつも御皇室の弥栄を祈り、国の行く末を憂う右翼人が極僅かではあるがいるのは救いだが、右翼陣営の指導者不足は顕著である。

 元防共挺身隊の最高幹部だった者として言わせて貰えれば、右翼・民族派の指導者は過去の栄華を振り返るばかりではなく、先ずは活動資金を確保し、右翼革新を指揮し、また右翼活動家を自任する者は右翼活動の原点に戻り、研鑽を積み、テロを担保しつつ、新たな活動を模索し、天皇国日本を盤石の安きに導いて欲しいものだ。

 斯くいう愚生はどうかというと、ヤクザ傘下になった三代目防挺の変わり様に追いて行けず四代目総隊長に就いて間もなく脱落した。現在は田舎で蟄居し、「一日一生」などと気取ってはいるが、財政的に厳しい日々は変わりなく、そんな生き方に限界を感じ、心が折れそうになる今日この頃。これも老化だろうか(笑)

 愚生の近況は「右翼絶望派」といえば聞こえは好いが、日々の暮らしは浪人の如く、慢性的不如意が続く。人を批判するほど己は峻烈に生きているのかといえばそうでもない。敬天新聞の白倉先輩に倣い「今日勝つ」ことで精一杯(笑)

 還暦となり老いを痛感する今日この頃。高齢化の弊害はヤクザや右翼陣営も例外ではなさそうだ。まぁ、それでも「乞食に氏(うじ)無し」という様に日頃の心掛けが悪いからそうなってるだけで、慢性的不如意を気にしなければ「乞食の朝謡(あさうたい)」宜しく気楽な境遇だ。まぁ、悪習は染まり易く改めるのは困難を極める。

「乞食も三日すれば忘れられぬ」という言葉があるが、昔の人は巧く喩えたものだと熟熟感心する。つ~か、「乞食に貧乏無し」ってのもあるし、まぁ今より悪くなることはあるまい。「乞食」序でに言わせて貰えれば、「ハゲに癌無し乞食なし」ってのもあるらしいから、物事というのは考え様でどうにでもなるものだろう(笑)

 野村秋介の「自問自答の訓」というものがある。

 常に世俗にありてその一隅を照らし
 常に在野にありて権力悪と闘い
 常に人々を愛し共に涙を流し
 常に海を愛し空を愛して神々を敬い
 常に友情と信義を胸中にして熱く燃え
 常に名利を求めず正義を追い
 常に月を愛し酒を愛し女を愛し
 常に自由にして奔放であり
 常に一剣を懐中にして平天下を願う

 これほどカッコいい生き方は出来ないまでも、酒を愛し女を愛し、常に自由にして奔放な無頼派右翼で在りたいとは思う。伝説のヤクザが遺した言葉がある。

 生ある人生がいつかは必ず来るべき死を
 約束づけているならば
 俺は法律がどう変ろうが
 社会の常識がどう変ろうが
 財力に諂わず
 権力に屈することなく
 正しいものを 正しいものとして
 どこまでも俺の信念を
 押し進めて行きたい

 愚生は野村烈士の訓えよりも伝説のヤクザの台詞の方が性に合う。草莽の右翼浪人として残り少ない人生ではあるが、こんな生き方を全う出来れば悔いはない。

 顧みれば今年も怠惰な一年があっという間に過ぎようとしている。右翼活動が岐路を迎えているが、今後も組織に与せず、新たな運動形態を模索しながら、微力ながらも天皇国日本を盤石の安きに置くべく獅子吼して行く覚悟であります。

 今年一年、拙ブログを閲覧して頂いた方々と御支援を賜った皆様方に心より感謝を申し上げると共に、謹んで陛下と皇室の弥栄を寿ぎ奉り、併而、来る年が皆様にとって実りある一年と成ります様に御祈念申し上げます。すめらぎいやさか。

 令和三年 皇紀二千六百八十一年 師走臘日 佐久間五郎拝

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2021年12月29日

猪苗代中田浜プレジャーボート殺人事件で佐藤剛被告が過失責任を否認

 令和2年9月6日午前11時頃、猪苗代湖中田浜で遊泳中の千葉県野田市の家族がプレジャーボートに巻き込まれ豊田瑛大君が死亡し、母親は命を取り留めたものの両足の膝から下を切断するという瀕死の重傷を負い、祖母も大ケガを負った。

 臨場した警察官が湖面に浮いている瑛大君の上半身の一部を発見。その2日後に湖底から下半身の一部と右腕、右脚を発見した。事故の悲惨さを物語る光景だ。冒頭陳述でも分かる通り、衝突に加えスクリューでバラバラにされたことが理解出来る。これだけの衝撃なのにその場に停まらずに遊びを優先させた神経は理解不能である。

 瑛大君の兄は「弟があの青い船に轢かれました」と助けを求めたという。目撃者からも「事故を起こしたプレジャーボートには約10名が乗っていた」という証言が出ていたが犯人特定に至らなかった。事故から約1年後の9月14日、福島県警はいわき市泉ヶ丘が本社の(株)佐藤剛建社長の佐藤剛を業務上過失致死傷容疑で逮捕した。

 福島地裁で行われた初公判で、逮捕後には容疑を否認していた佐藤だったが、事故を認めて謝罪した。一方で「前方左右を注意深く見ていたが被害者が浮いてるのは全く見えなかった。同乗者も誰も事故に気付かなかった」と過失責任を否認した。

「同乗者の誰も事故には気付かなかった」というのはどうなのだろう。事故を起こしていないのなら何故に今年の夏には中田浜に来なかったのか。事故を起こしたことを承知していたのは想像するに難い。同乗者と口裏を合わせていたのは明らかだろう。

 航行中に撮影された動画が警察に提出されている。異変に気付いた同乗者の「やばい」という声が記録され、救助に向かわずに去っていく様子が移ってるという。この同乗者からの動画が逮捕に繋がった。佐藤は同乗者に「何も無かったよな」と口止めしたことも判明している。どこまでも姑息で卑怯なヤツとしか言い様がない。

 検察側は冒頭陳述で「佐藤被告らは三隻で中田浜マリーナを出港し、佐藤被告の船の近くで複数の船舶が航行していた」と事故の状況を説明。佐藤の船と同じ方向に進んでいたモーターボートを運転していた知人が「百メートル以上の先のブイ付近に被害者がいたので舵を切った。数秒後に佐藤の船が追い越した」と証言している。 

 知人は「被害者らを轢いたのではと不安に思った」と言ってることでも、佐藤の「前方左右を注意深く見ていたが、被害者が浮いてるのは全く見えなかった。同乗者も誰も事故に気付かなかった」という陳述は知人を巻き込んだ見苦しい言い訳でしかなく、「前方左右を注意深く見ていた」という発言は罪を逃れる為の詭弁である。

 別の水上バイクで遊んでた人が事故当時の状況を「佐藤被告の船が湖面に浮く被害者の方向へ向かって行くのを見て『人』と叫んだが、船の通過後に湖面から何かが飛ぶのを見た」と証言している。見えなかったのは佐藤だけで、遊びに熱中する余りに注意義務を怠ったのは明らかだし、事故後に救助もせずに逃げたことは悪質である。

 交通事故での轢逃げ死亡事故は重罪。佐藤は「事故を認識してない」と言い訳してるが、事故後の対応を見れば事故を認識していたのは明らかで業務上の過失ではない。知人のボートを猛スピードで追い越して事故を起こし、逃亡を謀ったたことは、殺人逃亡事件であり、あらゆる法令を適用し厳罰に処するべきである。

 弁護側は衝突事故の事実は争わないとした上で「被告は当時事故を起こしたという認識はなかった」と反論。事故への注意義務は怠ってはいないというが、事故直後の同乗者の「やばい」という動画の音声や、同乗者へ向けた佐藤の「何も無かったよな」との口止めは、所詮は録音だから証拠にはならないとの考えなのだろうか。

「前方左右の見張り」に効果はないと争うらしい。こういうクソを庇う弁護士というのも哀れというか、まぁそれが弁護士の仕事なんだろうが因果な商売だわな(苦笑)

 将来を担う少年の命を軽々しく奪った罪は大きい。況してや口裏合わせとはどこまでも卑怯な男が、業務上過失致死で有罪になったところで反省はしないだろう。被害者遺族は民事訴訟で佐藤容疑者が震え上がるくらいの賠償請求をしてやりゃ好い。

 若くして会社社長となり、いわき市と東京都に会社を構えるなど事業者としては成功者だろう。だが、そこに驕りは無かったか。経営者としての人格はどうだったのか。社稷を重んじることなく営利主義から経営道徳も欠落していたと思われる。

 亡くなった瑛大君の両親は被害者参加制度を利用して初公判に臨んだ。閉廷後、報道陣の取材に応じ「初公判を迎えて一瞬の安堵はある」と応えたが、これは犯人が見つからないのではと思っていた不安を抱えていた故の正直な気持ちだろう。

 母親は公判に遺骨に一部を握って入廷した。母親自身も事故で両足の膝から下を失った。こうした現実を佐藤はどう感じてるのか。事故を認めての謝罪は被害者へのものではなく、裁判での情状酌量を求めるだけのものでしかない。心から謝罪したのなら、検察官側に控える両親に頭を下げるべきだが、目を合わせもしなかったという。

「事故から1年以上経っても瑛大がいないのが信じられない。戻って来ないという事実を突きつけられた」と未だに癒えることのない心境を語った。不条理にも突然に奪われてしまった幼い命の魂を救って欲しいと願わずにはいられない。合掌。

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2021年12月26日

「女性皇族の皇籍維持」や「皇女制度」はカタチを変えた「女性宮家論」である

 安定的な皇位継承策を検討する政府の有識者会議(清家篤座長)は、国会が求めた女性・女系天皇の是非など皇位継承に関する方策に関し「将来議論を深めていくべきである」として結論を先延ばしする報告書を岸田首相に提出した。

 この報告を受けてへっぽこ保守派が評価するコメントやツイートを目にしたが、報告書では「皇族数が喫緊の課題」として①女性皇族が婚姻後も皇族の身分を保持する②養子縁組を可能にするとし、皇統に属する男系男子を皇族とするとの皇族数確保策二案を提出したが、婚姻後の女性皇族を皇族身分の保証は皇女制度と同じ。

 皇女制度の創設に拠って国賓・公賓への接遇や会食などの御公務を皇籍離脱後にも関わらせようという都合の好い政治利用に他ならない。女性皇族の皇籍を維持させてまで、婚姻後も皇籍を維持させ皇室活動をやらせようとは本末転倒である。

 女性皇族の皇籍維持や「皇女制度創設」はカタチを変えた「女性宮家論」であり、皇籍離脱させられた旧宮家の方々の皇籍復帰論を絶つ為の姦策というのが正しい。宮家の本分とは皇室活動ではなく祭祀を継承して戴くということにある。

 婚姻後の女性皇族の皇籍維持は、皇族数の確保ではなく、現憲法下での御公務や皇室活動などの公的行事をやらせる為の政府の傀儡としての強要でしかない。

 天皇とは英国やスペインの様な「王室」や「国王」の存在だと思っている人も多いが、分かり易く言えば日本固有の信仰である神道を伝え導く神主(神官)の最高の地位者であり、ローマ法王などと同じく祈りを重んずる「祭主」である。

「女性宮家」では天皇の重んじる祭祀が叶わない。神に仕える神事を執り行うことが憚れるのだ。別に女性差別ではなく、これが伝統というものなのだ。女性皇族が行えるのは国賓・公賓への接遇や会食とイベントに華を添えることくらいなもの。

「女性宮家論」や「皇女制度」は、天皇の在り方や宮家の本分を理解することなく、皇族を単なる国事行為をする便利な存在としか思っていないから語れるのだ。

 皇女制度は都合の好い皇室利用である。皇族の本分でもある祭祀を継承するには旧皇族の復帰を成すことが重要であり、廃絶になった秩父宮・高松宮、女性皇族しかいない常陸宮と三笠宮の祭祀を旧宮家を再興し継承することこそ肝要である。

 旧宮家の方々が皇籍復帰して頂くことで国賓・公賓への接遇や晩餐会での会食などの皇室活動はクリア出来るのに、何故に女性皇族の皇籍維持が優先されるのか。

 養子縁組を可能としながら「旧宮家の子孫は皇位継承権を持たない」と明記されている。皇位継承で大事なのは神武天皇以来の「男系」の血筋である。「今上陛下とは血筋が違う」とは反天皇勢力に拠って創られた現代の価値観に過ぎない。

 旧宮家とは「伏見(ふしみ)宮」「閑院(かんいん)宮」「山階(やましな)宮」「北白川宮」「梨本宮」「久邇(くに)宮」「賀陽(かや)宮」「東伏見(ひがしふしみ)宮」「竹田宮」「朝香(あさか)宮」「東久邇(ひがしくに)宮」である。

 旧11宮家の内「山階」「北白川」「梨本」「東伏見」の4宮家は断絶しているが、旧宮家の方々は北朝第3代崇光天皇の皇子、栄仁親王から始まる伏見宮の系統に属し今上天皇との関係は、室町時代の伏見宮貞成親王を共通の祖先とされている。

 東久邇宮盛厚王(明治天皇の孫)の妻は昭和天皇の長女・茂子内親王であり、上皇后陛下が民間から嫁がれていることをしても男系男子の正統性を有する。こうした男系男子の旧宮家に対し「皇位継承権を持たない」とは摩訶不思議な提言だ。

 安定的な皇位継承策を議論するべき有識者会議が旧宮家の皇籍復帰に難色を示していることからも、反天皇及び皇統断絶への道は巧妙化していると感じる。

 皇統断絶を謀る反天皇勢力にマヌケな保守派がコレらに迎合する。国士舘大学特任教授である百地章のコメントは、「皇女制度は天皇陛下の公務負担の軽減が目的であり、皇族数減少に対する有効な選択肢だ」と応えている。こうした考えは正に「陛下の負担軽減の一環」として退位法案が可決されたのと同じではないか。

「女性宮家論」や「皇女制度」を創設に由り、天皇の国事行為や公的行事の御負担が軽減され皇族数が確保されるなどという意見は国民を誑かすまやかしである。

 悲しい哉、多くの国民は陛下の御公務の御負担を女性宮家や皇女創設で軽減されると思っているが、天皇が重んずべき「祭祀」の代行は、名代として掌典長のみが許され、国事行為の代行は憲法第四条の第二項よる委任か摂政のみが可能である。

「摂政」を置くにしても皇室典範と憲法に基づかねばならず、女性宮家を創設し国事行為を担わせるのならば憲法第四条を改正しなければならない。保守派は九条改正には積極的だが、第一章「天皇」条項を見直すべきとの声は全く上がらない。

 皇女制度を創設するにしても第一章の「天皇」条項を議論するべきだが、百地は憲法学者らしく都合の悪い部分には沈黙を極め込む。所詮は他の憲法学専門の学匪どもと同じく護憲派の類である。昔なら国士舘に行って抗議するのだがなぁ(笑)

 現憲法は、歴史的な国家としての継続された祭祀に関する天皇の役割を否定し国事行為のみとなり、祭祀は公的行為ではなく「私的行為」とされてしまった。

 こうした天皇傀儡制度にこそ保守派は意見や苦言を呈するべきなのに、何故か憲法の範囲内で語る不思議。尤も、保守派の改憲論は第九条のみの究極の護憲派だから然もありなん。現憲法の矛盾や不条理をそろそろ断ち切らねばならないと痛感する。

 哀しい哉、憲法以前の御存在であらされる天皇は、今や日本国憲法に呪縛され政府の傀儡として国事行為を行うだけの都合の好い存在となってしまっている。現憲法は天皇を頂く我が国の正統にとっても実に不適格な国法と断じる他はない。

 天皇とは、我が国の古来の教えである神道の祭事を司る祭司であり、祭主であらされる。天皇にとって最も重んじるべき祭事は、元旦未明から斎行される「四方拝」から始まり「歳旦祭」「元始祭」や毎月の旬祭など年数十回程に上る。

 日本国家としての重要な祭事が「天皇家の私事」となってしまっているのは我が国體を大きく毀損しているのだが、こうした祭祀のことには拱手傍観し、女性皇族の皇籍維持でこうした祭祀が維持出来るかの如き報道は実に怪しからんことだ。

 憲法を優先する余り、国事行為が優先され、本来の御勤めであるべき祭事が軽んじられている現状は見るに堪えない。臣下である国民が皇室を語る不敬を赦してはならない。女性宮家論や女系天皇に続く女性皇族皇籍維持に断固反対するものである。

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2021年12月25日

ハロウィンやクリスマスで浮かれている日本人に「古事記」を読んで欲しいなぁ

 日本人というのはカトリック教徒でもないのにキリスト生誕を祝い、大晦日には寺で除夜の鐘に感じ入り、元旦には神社に初詣に行き、年賀状には元号を記す。実に大らかなのは日本古来の神道の教えが身に付いてるからなのだろう。

 ハロウィンにしても日本人として何の収穫を祝い、何の悪霊を追い払うのか理解不能。単なるイベント好きなんだろうが、キリスト生誕より、我が国には八百万という日本の神々が存在することをもう少しは理解した方が好いと思う。

 つ~か、1年というのはホント早いよなぁ。曽野綾子だったか、1歳は1㌔、40歳は40㌔、80歳は80㌔と、年齢と同じスピードで1年は過ぎるということらしい。

 ということは、愚生の場合は61㌔か。子供の頃には1年がホント長く感じて、学校へ行くのも億劫だったが、今思うと子供の頃や学生時代が幸せだったのかもなぁ。

 当り前の様に使っている西暦はキリスト教に基くものとは誰でも知っている。暦というのは宗教と歴史が関連し、国が変われば暦も様々なものが使われている。

 イスラムでは「太陰暦」を使いマホメットのメディナ遷宮を元年とする。ユダヤ教では天地創造を起源とする「ユダヤ暦」。タイでは御釈迦様の没年から数える「仏暦」。因みに、北朝鮮では金日成の生誕から数える「主体(チュチュ)」である。

 我が国は、西暦と併用して神武天皇御即位からの「皇紀」を用いるべきで、実に2681年の輝かしい歴史を誇る。暦とは別に我が国には「元号」制度が在る。

 元号は節季の習俗を時代の流れに応用する先人の智慧であり、元号こそが日本文化を象徴するものでもある。「西暦が世界で一般化している」として元号が古臭いとして反対を唱える大馬鹿者がいるが、そんなのに限って反米主義だったり(笑)

 明治維新後、西暦を採用したが、明治の混乱期でも元号を捨て去れなかったのは、大化の改新の昔より国民生活に深く定着していたからであり、こうした慣例も我が国が君民一体「天皇即日本」の国柄であったことを証明している一つであろう。

 元号制度を捨て去ることはと。我が国の国柄をも喪失するということ。大化の改新より歴代の天皇は、数年から十年を目途に改元して巧みに時代転換をして来た。

 孝明天皇は御在位21年で「嘉永」「安政」「万延」「文久」「「元治」「慶応」と6回も改元されたが、混乱の時代を如何に転換させるかの苦衷の表れである。

 日本人の多くは仏教徒。教えは神道の随神の道でもあるのだが、GHQの統治下で戦後民主主義教育が徹底され、日本古来の神話や神の教えが抹殺されてしまった。

 日本人必読の書「古事記」の書き出しでは「天地創めて發けしとき高天原(たかまのはら)に成りし神の名は天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、次に高御産巣日神(タカミムスビノカミ)、次に神産巣日神(カミムスビノカミ)、この三柱の神はみな獨神(ひとりがみ)と成りまして身を隠したまいき」と書かれてある。

 この「造化三神」と「神代七代(かみのよななよ)」。「伊邪那岐(イザナギ)」と「伊邪那美(イザナミ)」が生んだとされる神は三十五柱に及ぶが、キリストやマホメット、孔子より日本偉人ならこういう神々を知っておくべきだろう。

 古事記を筆録した人物は太安麻呂(おおのやすまろ)と言われている。古事記は我が国で最初に書かれたとされる書籍であり、語り部の稗田阿礼(ひえだのあれ)が暗誦していた「帝紀」「旧辞」を基に編纂されたものとされている。

「古事記」は読む人によって感じ方も違うし、古代人が何を言わんとしたのかは捉え方も夫夫で、読めば愉しい古典だと思う。今ではマンガの古事記や現代語訳の本も多く出ているので、クリスマスケーキを買う気分で購入して欲しいものだ。

 キリストを代表とする西洋の神が「天地創造の神で唯一絶対の不変の存在」と描かれているが、我が国の神々は宇宙の後に生まれたと古事記では描かれいる。

「高天原」とは「三次元世界」を表しており、「高」は高低の差を示す縦軸で、「天」は空間であり時間である。「原」は無限に水平に広がり行く横軸のこと。

 何気ないことだなのだが、我々の祖先は唯一絶対の神が世界を意の儘に創造したのではなく、「無」の時間、つまり「ビックバン」以前の世界を想定していたという教えは驚くほど科学的でもあるし、一神ではなく八百万というのが日本らしい。

「古事記」には我々日本人の先祖の歩んできた歴史が比喩を駆使して生き生きと描かれ、日本語本来の美しさも感じられる。一見難しそう漢字が使われてはいるが、日本語が未だ完成していない時代に作られたものなので漢字自体には意味はない。

「音」を頼りに読み解いていくことが大切で、日本語の「言葉」とは「言ハ」であり、「コト」を表現する言語。これは他国の言語には見られない特徴でもある。親中派は「日本と支那は同文同種」というが、それは間違いと言わざるを得ない。

 一つの言葉に多くの事柄を含めて伝え合う日本独特の文化であり、古事記の文章の中に在る「こと」を探って読み解くことが大事である。人夫夫、読み手に因ってその感じ方が違ってもそれはそれで好いと思うし、それが間違いでもない。

 日本神話の特徴は、神様と雖も失敗や過ちを起こすということではないだろうか。一神教では神様が失敗や過ちを起こすことなど考えられないことだが、これだけでも愉しいことだと思う。だが、この教えは「二度の失敗はしない」ということ。

 年末を控え悩みも尽きないでしょうが、我が国の神様でも失敗してると思っったら気が楽。人生気楽に行こうじゃありませんか。「失敗は成功の基」とも言うし、己の失敗を反省し、克服することで成長するものだと思うが如何でしょう。呵呵

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2021年12月22日

第三次世界大戦においては極東がその戦場となる(東条英機の遺書より)

 昭和23年12月22日夜、死刑執行の数時間前に東京巣鴨に於いて、教誨師の花山信勝師の前で東条英機が遺言書を朗読した。以下転載。(現代語に校正してます)

 開戦の時のことを思い起こすと実に断腸の思いがある。
 今回の処刑は個人的には慰められるところがあるけれども、
国内的の自分の責任は、死をもって償えるものではない。
 しかし国際的な犯罪としては、どこまでも無罪を主張する。
 力の前に屈した。
 自分としては、国内的な責任を負うて、満足して刑場に行く。
 ただ同僚に責任を及ぼしたこと、下級者にまで刑の及びたることは、
実に残念である。
 天皇陛下および国民に対しては、深くおわびする。
 元来、日本の軍隊は、陛下の仁慈の御志により行動すべきものであったが、
一部あやまちを生じ、世界の誤解を受けたるは遺憾である。
 日本の軍に従事し、倒れた人および遺家族に対しては、
実に相済まぬと思っている。
 今回の判決の是非に関しては、もとより歴史の批判に待つ、
もしこれが永久の平和のためということであったら、
もう少し大きな態度で事に臨まなければならぬのではないか。
 この裁判は、結局は政治裁判に終わった。
 勝者の裁判たる性質を脱却せね。
 天皇陛下の御地位および陛下の御存在は、動かすべからざるものである。
 天皇陛下の形式については、あえて言わぬ。
 存在そのものが必要なのである。
 それにつきかれこれ言葉をさしはさむ者があるが、
これらは空気や地面のありがたさを知らねと同様のものである。
 東亜の諸民族は、今回のことを忘れて将来相協力すべきものである。
 東亜民族もまた他の民族と同様の権利をもつべきであって、
その有色人種たることをむしろ誇りとすべきである。
 インドの判事には、尊敬の念を禁じ得ない。
 これをもって東亜民族の誇りと感じた。
 今回の戦争にて、東亜民族の生存の権利が了解せられはじめたのであったら、
しあわせである。
 列国も排他的な考えを廃して、共栄の心持ちをもって進むべきである。
 現在の日本を事実上統治する米国人に一言するが、
どうか日本の米国に対する心持ちを離れしめざるように願いたい。
 また、日本人が赤化しないように頼む。
 東亜民族の誠意を認識して、これと協力して行くようにしなければならぬ。
 実は、東亜の多民族の協力を得ることができなかったことが、
今回の敗戦の原因であると考えている。
 今後日本は米国の保護の下に生活していくのであるが、
極東の大勢はどうであろうか。
 終戦後わずかに三年にして、アジア大陸赤化の形勢はかくのごとくである。
 今後のことを考えれば、実に憂なきを得ぬ。
 もし日本が赤化の温床ともならば、危険この上ないではないか。
 日本は米国よりの食糧その他の援助を感謝している。
 しかし、もしも一般人が自己の生活の困難や、インフレや、
食糧の不足などを米軍の日本にあるがためなりというような
感想をもつようになったならば、それは危険である。
 実際にかかる宣伝をなしつつある者もあるのである。
 よって、米軍は日本人の心を失わぬように注意すべきことを希望する。
 米国の指導者は、大きな失敗を犯した。
 日本という赤化の防壁を破壊し去ったことである。
 いまや満州は赤化の根拠地である。
 朝鮮を二分したことは東亜の禍根である。
 米英はこれを救済する責任を負っている。
 従って、その意味において
トルーマン大統領が再任せられたことはよかったと思う。
 日本は米国の指導にもとづき武力を全面的に放棄した。
 それは一応は賢明であるというべきである。
 しかし、世界が全面的に武装を排除していないのに、
一方的に武装をやめることは、
泥棒がまだいるのに警察をやめるようなものである。
 私は、戦争を根絶するには、欲心を取り払わねばならぬと思う。
 現に世界各国はいずれも自国の存立や、自衛権の確保を説いている。
 これはお互いに欲心を放棄していない証拠である。
 国家から欲心を除くということは、不可能のことである。
 されば世界より戦争を除くということは不可能である。
 結局、自滅に陥るのであるかもわからぬが、事実はこの通りである。
 それゆえ、第三次世界大戦は避けることができない。
 第三次世界大戦において、おもなる立場に立つものは米国およびソ連である。
 第二次の世界大戦において、日本とドイツが取り去られてしまった。
 それゆえ、米国とソ連が直接に接触することになった。
 米ソ二国の思想上の相違はやむを得ぬ。
 この見地からいうも、第三次世界大戦は避けることはできぬ。
 第三次世界大戦においては、極東がその戦場となる。
 この時にあたって、米国は武力なき日本をいかにするのであろうか。
 米国はこの武力なき日本を守るの策をたてなければ、また何をかいわんや。
 そうでなしとすれば、米国に何らかの考えがなければならぬ。
 米国は、日本八千万国民の生きてゆける道を考えてくれねばならない。
 およそ生物としては、生きんことを欲するのは当然である。
 産児制限のごときは神意に反するもので、行うべきではない。
 なお言いたきことは、最近に至るまで戦犯容疑者の逮捕をなしつつある。
 今や戦後三年を経ておるのではないか。
 新たに戦犯を逮捕するというごときは、即時にやめるべきである。
 米国としては、日本国民が正業につくことを願い、
その気持ちでやって行かなければならぬ。
 戦犯の逮捕は、我々の処刑をもって、一段落として放棄すべきである。
 戦死傷者、抑留者、戦災者の霊は、遺族の申し出があらば、
これを靖国神社に合祀せられたし。
 出征地にある戦死者の墓には、保護を与えられたし。
 従って遺族の申し出あらば、これを内地に返還せられたし。
 戦犯者の家族には、保護を十分に与えられたし。
 青少年の保護ということは、大事なことである。
 近時いかがわしき風潮は、占領軍の影響からきているものが少なくない。
 この点については、わが国古来の美風をも十分考慮にいれられたし。
 今回の処刑を機として敵、味方、中立国の罹災者の一大追悼会を発起せられたし。
 もちろん、日本軍人の間に間違いを犯した者はあろう。
 これらについては衷心、謝罪する。
 これと同時に、無差別爆撃や原子爆弾の投下をなしたことについて、
米国側も大いに考えなければならぬ。
 従って、さようなことをしたことについては、米国側も大いに悔悟すべきである。
 最後に軍事的問題について一言するが、
我が国従来の統帥権独立の思想は確かに間違っている。
 あれでは陸海軍一本の行動はとれない。
 兵役については、徴兵制によるか、傭兵制によるか考えなければならぬ。
 我が国民性を考えて、再建の際に考慮すべし。
 教育は精神教育を大いにとらなければならぬ。
 忠君愛国を基礎としなければならぬが、責任感をゆるがせにしてはならぬ。
 この点については、大いに米国に学ぶべきである。
 学校教育は、人としての完成を図る教育である。
 従前の醇朴剛健のみでは足らぬ。
 宗教の観念を教えなければならぬ。
 欧米の風俗を知らせる必要もある。
 俘虜のことについても研究して、国際間の俘虜の観念を徹底せしめる必要がある。

 以上が、死刑執行の前日に朗読した遺言書の摘要である。

 非情にも連合軍は当時の皇太子殿下の生誕日に東条英機閣下ら七名の処刑を断行した。日本国民に未来永劫、贖罪意識を植え付けつ為である。今を生きる我々は、先人が国家の命運を賭けて戦った大東亜戦争の真実と意義を考えねばならない。合掌。

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死刑の是非を多数決で無理やり決議するのは個人の思想弾圧だ(南出喜久治)

 平成16年に兵庫県加古川市で親族など7人を殺害した藤城康孝死刑囚と、群馬県内のパチンコ店従業員2人を殺害し現金を奪った強盗殺人と窃盗などの罪で死刑が確定していた高根沢智明死刑囚、小野川光紀死刑囚ら3人の死刑が執行された。

 3人の死刑が執行されたことを受けて、死刑制度に反対するいつもの人権団体「アムネスティ・インターナショナル日本」や日弁連などが抗議の声を上げた。アムネスティ・インターナショナルは単なる左翼組織というのが正しく、日弁連も同列。

「死刑制度の廃止を目指す」とした日本弁護士連合会(日弁連)の宣言が会の目的を逸脱しているとして、以前、京都弁護士会の南出喜久治弁護士が、日弁連などを相手に宣言の無効確認を求め、京都地裁に提訴したことが記憶に新しい。

 南出弁護士は「日弁連は政治や思想に関して中立であるべきで、目的外の行為だ」と訴えているのに対して、日弁連は「死刑制度は政治的な問題ではなく、国家による最大の人権侵害。決議や宣言は、基本的人権の擁護などを掲げる会の目的から逸脱していない」という認識を示しているが、詭弁以外の何ものでもない。

「人権侵害」を掲げる団体の胡散臭さは日弁連を筆頭に左翼団体の専売特許。日本学術会議が奇しくも日本共産党機関紙「赤旗」でその正体がバレることとなったが、共産党の第五列でもある日弁連の実態と売国性を国民に曝すべきだろう。

 刑事訴訟法では「死刑確定から6ヵ月以内の執行」を定めており、何れも場合も6ヶ月以内に検察庁が法務大臣に「死刑執行上申書」を提出し規定通り押印し、「法相の命令から5日以内に執行されなければならない」と定められている。だが、規定通りに執行されず、死刑囚もまた再審請求などで姑息に生き永らえている。

 我が国の死刑制度は「仇討ち禁止令」や「決闘禁止」に代わるものとして成立したものでもある。国民の間で死刑に対する理解が多いのは「国が被害者に替わって恨みを晴らしてくれる」という期待感からで、殺された側の気持ちを汲めば死刑は当然の結露だろう。殺された者より、殺した側の人権とは本末転倒である。

 明治6年2月、司法卿であった江藤新平が「復讐禁止令(仇討ち禁止令。太政官布告第37号)」を発令した。幕末から維新期の派閥、政論の対立による暗殺とその報復という面があったところから、この種の紛争を断ち切る為のが目的だった。明治22年には「決闘罪ニ関スル法令」も発布され、敵討ちや復讐は禁じられた。

 主君や親兄弟などを殺した者を討ち取って恨みを晴らすことは、日本人の美意識の顕れともいえる。江戸時代には武士階級の慣習として公認され「敵討ち」と認められれば罪に問われなかったばかりか、それは美化され大衆の支持を得た。

 死刑廃止論者は、「国際人権基準」がどうのだとか「非人道的」だとか「生きる権利の侵害」「死刑囚の資料を精査する十分な時間があったとは思えない」とか愚にも付かない意見ばかりで、被害者側に立った意見は殆ど聞くことはない。

 死刑廃止の理由として挙げられる理由は「冤罪の疑い」や「法により国が人を殺す事は罪悪で人道に反する」「死刑には期待する程犯罪防止効果は無い」「人間は善を行うべき道徳的本性を先天的に具有しているのだ」など様々だ。

「冤罪」というのは、袴田事件などを見るまでもなく確かに有り得なくはないが、それは警察捜査の傲慢さと科学捜査の正確さが乏しい時代のものが殆どで、そういう疑いのある事件は再審対象にすれば好いだけの話しだろう。

「人道に反する」とは、「人を裁けるのは神のみだ」というキリスト教的欧州思考に冒されているもので、そんなものに与する方が大きな間違い。「死刑廃止は今や世界の大勢で日本もそうすべき」という意見は単なる外人コンプレックスに過ぎない。

 左翼人士や日弁連を仕切る人権派弁護士などにこうした主張をする人を見かけるが、日頃、反米を唱えながら、また共産主義者であり無神論者でありながら、都合の好い部分は米国でもキリスト教でも利用しようというのはホント逞しい(苦笑)

 残虐な犯行をした者が、死刑廃止で国法により生命を保証されるというのも如何なものか。況してや今どきの再審請求を利用して執行停止を謀るなど姑息過ぎる。「生」に拘るより、「死」を以て償うべきだと思うのは愚生だけではあるまい。

 抑抑、前述した通り、我が国の死刑制度は被害者遺族に代わり国が仇討ちする意味合いがある。仇討ちを合法化するなら愚生も納得もするが、死刑を廃止し終身刑を導入したところで被害者の感情は薄れることは無いし犯罪が減るとも思えない。

「社会は肉体の安全を保障するが魂の安全は保証しない」と言ったのは三島由紀夫。正しく人として大事にしなければならないものは肉体より魂や精神性である。

 死生観の違いといえばそれまでだが、残虐な犯行をした者が、死刑廃止で生命を保証され、のうのうと生きてるという事実こそ不正義と不条理の最たるものだ。

「死刑」は、日弁連幹部が言う様な「国家による最大の人権侵害」ではない。他人を犠牲にした犯罪への相当の審判であり、無駄に生き長らえて来た人生にピリオドを打つ為の優しさでもあり、正しく死刑制度とは鬼畜の死刑囚への大慈悲なのである。

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2021年12月21日

日清・日露戦争と大東亜戦争の大義であった人種平等の原則を忘れること勿れ

「対中非難決議」は今国会でも見送りとなった。茂木敏充自民党幹事長は人民軍のジェノサイドを否定し「今はタイミングではない」とその理由を語っているが、親中派の二階俊博と変わらぬ媚中ぶりに自民党の保守政党としての限界を見る。

 今年7月、結党100周年を迎えた中国共産党に対し二階幹事長は祝意を示し、公明党の山口那津男や立憲民主党の枝野幸男や小沢一郎らが忠誠を誓う。小沢は「国際社会が中国に嘗てない大きな期待を寄せている」などとマヌケな祝意を表した。

 山口に至っては「一つの政党で100年を迎えるということ自体中々ない」と讃え、「尚一層、世界の平和と発展、安定の為に力を尽くして頂きたい」と語った。「尚一層」と言うが、中共が過去に世界平和に貢献した事実なんぞ無いだろう。

 日華国交条約という国際条約躙という憲法違反を謀り、中国共産党を唯一の政府と認めたのは田中角栄。当時の外相が宏池会(現岸田派)の先輩である大平正芳。岸田や田中派の系統である茂木派の代表が中共に阿るのは然もありなん。

 日中国交回復の段取りをしたのがSGI(創価学会インターナショナル)会長の池田太作と言われており、その前衛に立って動いたのが公明党である。創価学会=公明党は極めて戦後民主主義的集団であり、容共的且反国家的団体である。

 天皇陛下を族長と仰ぐ我が国の正統にとって悉く異質な存在である公明党との連立の成果を、田中や周恩来や毛沢東らが草葉の陰でほくそ笑んでるに違いない。

 我が国の自虐的歴史認識は田中が元凶であり、後の細川護熙の謝罪決議や村山談話なんぞ田中の歴史認識の継承に過ぎない。更には鳩山政権下に謀られた「東アジア新時代」という愚策が、中共を更に傲岸不遜にさせているという自覚すら無い。 

 親中派は「日本と中国は同文同種、一衣帯水の関係だ」という。だが、この認識は全くの誤りであり、こうした歴史を軽んじる姿勢が中共の策謀に嵌​る要因を招いている。単に「四書五経」のイメージで中共へ​の憧れを膨らませ媚び諂ってるだけ。

 外交での譲歩は更なる譲歩を生む。安易な諂いは忠誠と同じである。黒龍会主幹で大日本生産党総裁であった内田良平は​「彼らに好意は通じることはなく、冷徹で高圧的な列強の対支政策に​倣うべきだ」と忠告したが蓋し達見である。

 明治37年(1904)2月8日、「仁川沖海戦」を以て日露戦争の火蓋が切られ、極東の小国であった日本と、当時、世界最大の軍事大国であったロシアとの民族の生死を賭けた戦いは実に一年半にも及ぶこととなり、我が国が劇的勝利を収めた。

 日露戦争での「大国ロシアの敗戦」と「日本大勝利」の報は、極東の小国に過ぎなかった日本の存在を世界に知らしめ、固唾を呑んで見守っていた世界の人々を驚嘆させた。中でも、全世界の有色人種に強烈な影響を与えることなった。

 インドのガンジー、ネール、ビルマのオッタマ・ミール、フィリピンのリカルテ、ベトナムのファン・ボイ・チャウ、エジプトのムスタファ・カミール、トルコのケマル・パシャ等等。ベトナム英雄ファンは、「爽快足らしめる事件が起きた。日露戦役は我々の頭脳に一新世界を開かしめた」と、その衝撃を記している。

 戦前、ロシアに占領・弾圧されていたフィンランド、トルコ、ポーランドの国々や、有色人種として差別されていた民族に、有色人種である日本の日露戦争の勝利は国家と民族の存在を決定的に変える影響を齎したのである。

 日露戦争終結から15年後、パリ講和会議に於いて我が国政府は国際連盟規約に「人種平等の原則」を入れる提案を行うこととなる。だが、議長を務める米国大統領ウイルソンに「全会一致が原則」との詭弁を弄され拒絶されてしまう。

 結局、日露戦争が齎した歴史的課題である「人種平等の原則」の本格的実現は、大東亜戦争後に漸く実現し、その歴史的大使命が果たされることとなるのである。

 世界史にとっても日本史にとっても重要な「人種平等の原則」という一大事が、何故か我が国では余りにも軽く扱われている。未だにGHQの謀った戦後民主主義の洗脳であるが、何より酷いのは我が国の政治家どもの歴史認識と気概である。

 チベットやウイグル虐殺を始めとしたジェノサイドは決して対岸の火事ではない。習近平に忠誠を誓うが如く「対中非難決議」さえ採決出来ない状況を、人種平等の原則を提言し、その実現を成し遂げた我が先人達はどう感じていることだろう。

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2021年12月18日

「対中非難決議」の見送りは弱腰軟弱外交の極みである

 1949(昭和24)年10月1日に天安門広場で建国を祝う式典が行われ、毛沢東が「中華人民共和国の建国」を宣言した。日頃「中国4000年の歴史」などと宣って憚らない中共だが、その実はたった70年程の歴史しかない新興国というのが正しい。

 逆説すれば、共産主義一党独裁政権が半世紀以上も続いているのだから驚く他ない。共産主義国が続いた一因には、我が国の政府開発援助(ODA)や「日本軍遺棄化学兵器の処分費用」などの朝貢外交が影響してることは否定出来ない。

 共産主義の撲滅は世界の悲願であり、支那大陸の民主化が世界平和を齎すと言っても過言ではない。我が国こそが共産主義撲滅の先頭に立つべきであるし、周辺諸国への弾圧やジェノサイドに対し抗議する義務があるのは当然のこと。

「対中非難決議」は今国会でも見送りとなった。茂木敏充自民党幹事長は「今はタイミングではない」というがならばいつやるのか。茂木の言い分は中共に阿るものであり、岸田政権が非難決議もせずに弱腰軟弱外交を続けるなら退陣させるべきだ。

 ウイグルでのジェノサイドをナチスドイツのホロコーストに準える論調もあるが、ヒトラーがベルリンオリンピックを開催し、プロパガンダが成功裏に終わったことを忘れてはならない。だからこそ中国共産党への非難決議は必要且つ重要なのだ。

 政治的問題でオリンピック中止を余儀なくされたり、ボイコットした例は少なくない。1980(昭和55)年、旧ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議して、米国や西側諸国がモスクワオリンピックのボイコットを決め、我が国も同調し参加を辞退した。

 ボイコットが決定したことで、当時、金メダル確実と言われた柔道の山下康裕(日本オリンピック委員会(JOC)会長)やレスリングの高田裕司、マラソンの瀬古利彦、水泳の長崎宏子、男子体操といった多くの選手達が涙を呑んだ。

 当時20歳だった愚生もこのボイコット騒動はよく覚えている。山下選手は涙を流し「個人ででも出場したい」とインタビューで答えたことで批判を招いた。

 山下選手の気持ちは理解するが、スポーツが政治に利用されることは往往にして在ることだ。有名なのが、1936年のドイツのベルリンオリンピックだろう。

「オリンピックはユダヤの祭典である」とオリンピックを批判し、オリンピック開催に難色を示していたヒトラーだが、オリンピックがプロパガンダに利用出来ることを知ったヒトラーはベルリンでのオリンピックを開催を実行する。

 米国や英国は、ヒトラーのナチスの人種差別などを批判し、ボイコットを示唆していたが、「政治とスポーツは別」だとして最終的には出場を決めた。

 結果、ベルリンオリンピックは大成功に終わり、ヒトラーの政治的パフォーマンスとプロパガンダも思惑通りに進んだ。「オリンピックを成功裏に終れば、ヒトラーも大人しやかになるだろう」との米英の思惑は脆くも崩れ去ってしまった。

 オリンピック後、ヒトラーはラインラントへ侵攻し、スペインへ大量の爆撃機を送り、その2年後にはオーストリアを併合し、ズデーデン地方へも侵攻。その翌年の1939年9月にはポーランドに侵攻し、終に第二次世界大戦が勃発するに至った。

 歴史家の間ではドイツのポーランド侵攻とされているが、歴史家で元駐日大使のライスシャワーは、このポーランド侵攻の2年前の1937年の上海での中国軍による日本海軍への全面攻撃こそが第二次世界大戦の始まりだと主張している。

 条約上の権利の下に上海に駐留していた2500人の日本海軍「上海特別陸戦隊」に対し、1936年8月13日、12万人以上の中国軍は全面攻撃を行なった。この1936年8月13日には、ベルリンオリンピックが開催されていた時期なのだ。

「政治とスポーツは別だ」との主張こそ「平和ボケ」の象徴と断じて好かろう。こうした世論誘導はオリンピック利権に肖ろうとする企業や関係者、放映権や放送権が欲しいマスコミらの詭弁である。スポーツが政治や企業に利用されてるのが現実。

 大会組織前委員長の森発言ばかりが騒がれてるが、スポーツの祭典どころか商業化するオリンピックの在り方や大会スポンサーの経費増額負担や聖火リレー走者からの参加費徴収など、営利至上主義が蔓延るIOCに対するその闇は深い。

 因みに、ベルリンオリンピックの次の開催国は日本だった。支那事変(日中戦争)が拡大しオリンピックどころじゃなり開催を返上。第二次世界大戦終結後の1948年のロンドンでオリンピックでは敗戦国の日本とドイツは招待されなかった。

 茂木や林芳正外相ら親中派は習近平に忠誠を誓うが如く、中国人民軍に因るウイグルや周辺諸国への人権蹂躙や威圧行為には口を噤み、ジェノサイドを否定し続ける。

「政治とスポーツは別」だとして非難決議を見送り、北京2022冬季オリンピックを成功させることで、中国共産党のプロパガンダも思惑通りに進むだろう。ベルリンオリンピックに参加しナチスを喜ばせた米英の失敗を何故に学ばないのか。

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2021年12月17日

週刊誌化するマスコミに踊らされる国民と政治の劣化

 森友学園に関する決済文書改竄を苦にして自殺したという近畿財務局職員の妻が国に損害賠償を求めた訴訟は、急転直下、国が全的に受け入れる「認諾」をして終結した。だが、納得しない妻は鈴木俊一財務相に抗議文を提出するという。

 真相究明というが自殺の真相は分かるまい。「森友問題」は、稀代の詐欺師である籠池泰典に利用された政治家や安倍明恵首相夫人の名前を削除し、佐川国税庁長官(当時)の国会答弁との整合性を図った単なる財務省の文書管理問題に過ぎない。

 籠池の嘘八百に踊らされた財務省近畿財務局が、籠池に利用されたと思われる人物らの文言を原本から削除したが、「本件の特殊性」や「特例的な内容」との文言が削除されているとしても決裁文書が根本から書き換えられてる訳ではない。

 財務職近畿財務局の文書管理問題で終わらせたくない朝日新聞や毎日新聞ら反自民左翼勢力が煽り、アホな国民がそれに追随してるだけ。抑々、自殺した原因が文書改竄の罪の重さからと断定してるが、当時の野党の吊し上げは度を越している。

 財務局職員は、改竄した贖罪意識より、こうした野党議員の吊し上げが自殺の原因になった可能性もあるだろう。本人しか分からない悩みの解明は不可能だ。

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 画像はネットで拡散されている自殺したとされる職員が詰問されてる様子。腕組みし睨む小西洋之と杉尾秀哉の姿は話を聞く態度には見えない。この二人、東京都内のウェブ関連会社に損害賠償などを求める訴訟を東京地裁に起こしている。

 訴状によると、匿名のツイッターアカウント「Dappi」は、2020年10月、学校法人森友学園への国有地売却を巡り、財務省の決裁文書改ざんを苦に自殺した近畿財務局職員について「近財職員は杉尾秀哉や小西洋之が1時間つるしあげた翌日に自殺」などと投稿した。両議員が職員に説明を求めた事実はないと否定している。

 日頃「言論の自由」を掲げながら、いざ自分への批判や苦言となると逆ギレして裁判に持ち込もうというのは卑怯と言う他はない。こうした訴訟は、裁判での結審を仰ぐ前に言論の自由が怯んでしまうだろう。言論には言論で相対すべきだ。

「森友問題」は、籠池夫婦が詐欺罪で逮捕されて普通なら終わりだろう。説明責任を求めてるが、真相究明というより単なる反自民党の倒閣運動でしかない。こうした政争に遺族の妻まで登場して訴訟を起こし、国が認諾したらしたで「納得出来ない」とか、「自民党が逃げた」というのはもう言いがかりとしか思えない。

 抑々、森友問題は、大阪市の私立の学校法人森友学園が国有地を安価に取得した問題がスクープされ、野党や左翼マスコミは自民党議員からの口利きなどの不正があったと断定して、安倍政権糾弾の好機と捉え追及し始めたのが始まり。

 国有地の払い下げなんぞ森友学園だけではないし、優遇を受けてるのは他にもある。朝日新聞の国有地払い下げや朝鮮学校や医療法人の優遇など枚挙に暇なし。

 森友学園は昭和25年設立され、昭和41年に日本初の学校法人となった。平成23年には、社会福祉法人・肇國舎(ちょうこくしゃ)高等森友学園保育園設立。日本初の神道の学校法人・瑞穂の國記念小學院を設立する予定だった。

 当時の民進党議員は、日本会議が発行する「憲法改正署名用紙」や、野党を批判したプリントを保護者に配布されていた点を指摘し、「憲法改正を求める署名用紙を配布したり、『中共の手先』などと書かれた文書を配布することは政治活動に当たるのではないか?」と質し、恰もタカ派の安倍が関わったと信じ込んだ。

「森友学園」は詐欺師・籠池泰典が始めた私学助成金や補助金目当ての愛国ビジネスである。児童に教育勅語を唱和させ、学園が神道を重んじた学園であるかの様に装い、畏れ多いことに昭和天皇が森友学園を訪問遊ばされたと偽装していた。

 更に籠池は、安倍明恵首相夫人を最大限に利用して「100万円は安倍からの御祝です」と騙り、件の削除文書に登場した平沼赳夫や鴻池祥肇などの政治家を利用して「安倍晋三記念小学校(後に瑞穂の國記念小学院)」の設立を目論んだ。

 籠池が詐欺罪で逮捕されると一転して籠池が安倍政権の被害者であるかの様に騒ぎ出す。「廃棄した」とされる森友学園の国有地売却の経緯を記載した記録が見つかると、「組織的な隠蔽だ」として安倍首相の責任問題を追及し続けた。

 だが、全てが籠池の一人芝居だったことが露呈する。諦め切れない野党や朝日新聞は籠池を利用し、決算文書を改竄したと大問題であるかの様に騒ぎ立て、終いには自殺した職員の妻を登場させて「真相究明」という感情論に訴えた。

 相変わらず、マスゴミが垂れ流す胡散臭げな情報に野党が便乗して恰も問題があるかの様に騒いでいる。週刊誌化するマスコミに踊らされ、国民不在の政争を繰り返している国会こそ政治の劣化の現れであり、民主主義の否定である。

 反安倍や反自民党に凝り固まってる野党やマスゴミの頭の中の構造は、普通の日本人とはチョッと違う様で、「安倍が関わっているに違いない」「明恵夫人の関与はあった」「安倍こそが黒幕」などと隣国の民族と同じく疑うことを止めない。

 今や週刊誌化するマスコミと「文春砲」などと週刊誌の記事をネタに国会審議とは厭きれるばかり。政治の劣化はこうしたマスコミの責任は重く、国益を鑑みることのない歪なジャーナリズムを正すことが政治を正すことに繋がる。

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2021年12月16日

自民党のシンクタンク「日本会議」に見る保守派の認識不足と軽佻浮華

 以前、実家に立ち寄った際に、保守団体で自民党の支援団体でもある日本会議が出版してる冊子「日本の息吹」に目を通してみた。閣僚の靖國参拝や憲法改正や「自衛隊を国防軍に」など主張しており、自民党のシンクタンク的な存在でもある。

 我が国の歴史認識に苦言を呈し、教育改革を訴え、行政に入り込んだ男女共同参画社会などの愚策への疑問など共鳴する部分はあるが、保守派の本丸ともいえる憲法改正や皇室問題への主張や取り組みは根本的に間違っていると感じる部分が多い。

「女性宮家」創設に反対までは別に問題はないが、女性皇族(内親王)が婚姻する場合、旧皇族の男系男子からの婿入り(養子)を容認しているのには厭きれた。

 論文は流石に格式高く書かれていて一見問題は無さそうに見える。だが、要するに女性宮家を間接的に容認している様なもので、GHQに臣籍降下させられた旧皇族の皇籍復帰もせずに男系皇族の婿入りを容認しようなどとは本末転倒である。

 保守派を代表する櫻井よし子や八木秀次などの評論家や学者らの多くが、同じ婿入りを主張しているが、男系男子が拒否した場合、或いは一般人が皇室に入る様なことになる可能性もあり、こうした認識不足が反天皇勢力に付け入られるのだ。

 皇統の危機を解決するのなら、女性皇族への(実質には敬宮愛子内親王殿下)婿入りという手段ではなく、GHQに強制的に臣下降下された皇籍離脱した旧皇族の皇籍復帰の実現を図ることこそが皇統を盤石の安きに置く最善最良の策である。

 何より「女性宮家」では祭祀が叶わないということを理解していない。旧皇族の復帰を図り、廃絶になった宮家(秩父宮・高松宮、女性皇族しかいない常陸宮と三笠宮)の祭祀を継承するには、女性宮家ではなく旧宮家を再興する以外にない。大体「宮家」とは男系だからこそ宮家なのであって、「女性宮家」とはなんぞや。

「女性宮家」とは全く以て意味不明な言葉である。この女性宮家や近年の反天皇運動に見られた「生前退位」、皇太子即位後に創設された「皇嗣殿下」という皇統の歴史にも存在しない意味不明の言葉など、共産党造語の乱立に危機感が募る。

「天皇制」や「生前退位」などもそうだが、共産主義者の造語を愛国者を気取る保守系団体が軽々しく使っていることに、我が国の保守派の無知と限界を感じる。

 天皇とは天皇であって制度ではない。憲法以前の御存在で在らされる天皇が、現憲法下で国事行為を優先する御立場となり、政府の都合の好い傀儡と化していることが「天皇制」ならば、そんなクソ憲法は早々に破棄しなければならない。

 平成の御代の天皇(上皇陛下)が、「高齢もあり、憲法で明記されている国事行為が思う様に出来なくなった」と吐露したことで、陛下の譲位は避けられないという世論を形成して行った。この譲位(退位)を謀った言葉が「生前退位」であった。

 陛下の御発露を受けて、安倍首相は「国事行為を軽減する有識者会議」を招集するも、反天皇勢力であるマスコミは「生前退位を実現する有識者会議」などと作為的に報道し、退位は既定路線であると国民を扇動し同意を得ることに成功した。

 日本会議などの保守派も「高齢であるし致し方ない」と譲位(退位)に与したが、天皇の存在は個人的な意思や政治が介入するべきではなく、国事行為の軽減を図るなら皇太子殿下や秋篠宮殿下が補佐出来る環境を整えれば好かっただけのこと。

 皇統の危機を訴えるのなら女性皇族への姑息な婿入りではなく、占領下に於いて昭和天皇が最後まで反対なされた旧皇族の臣籍降下を撤回し、皇籍復帰を成すこと以外にはない。皇統を盤石の安きに置くことこそが保守派としての務めである。

 総理大臣や閣僚の靖國神社への参拝について「中韓に文句を言われる筋合いはない」と、八月十五日の所謂「終戦記念日」の参拝に拘っているが、八月十五日の参拝は正しく贔屓の引き倒しであり、安っぽい愛国保守派の取り込みでしかない。

 首相や閣僚の宗教法人への参拝は憲法二十条違反に問われる。ならば第九条だけでなく二十条の議論もするべきだし、靖國神社の宗教法人格を見直す為にも自民党を中心に超党派の保守派に「靖國神社法案」の再提出と可決を訴えるべきだろう。

 祖国日本を崩壊に導くのは左翼勢力ではない。安易な憲法改正を叫び、皇室典範に附帯し退位を強行し、瑞穂の國の崩壊を齎す種子法廃止法案を成立させ、新自由主義を盲信する安倍晋三を筆頭に日本会議に見られる似非保守ら獅子身中の虫である。

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2021年12月15日

「喪中につき年末年始の挨拶はご辞退させて頂きます」という便利な習慣

 年末になると「喪中につき年末年始の挨拶はご辞退させて頂きます」という葉書が届き、年末年始には「喪中なので初詣には行かない」いう様な声を聞く。

 要するに故人に対する思いや信心深いさを訴えたいのだろうが、こうした挨拶に大した意味はない。 まあ、日本人というのは大らかだし、亡くなった人を思うのは結構だが、喪中を理由に普段の付き合いまで控える必要があるとは思えない。

 近親者が亡くなった場合、一定の期間はその死を悼み、身を慎むことを「忌服」、或いは「服喪」という。 古くは、門戸を閉じ、酒肉を断ち、弔せず、賀せず、音曲をなさず、嫁取りをせず、財を分かたずという仕来りがあった。

 今日では、それらの一部分が慣例として受け継がれているだけ。 ここまで喪に服することはないし、そこまでした人を見たことも聞いたこともない。一週間も仕事を休んだものなら「もう、君は会社に来なくてイイよ」と誹られるだろう(笑)

 喪中の規定に関する法律は、奈良時代の「養老律令」には既に見られる。江戸時代になると「服忌令」という法律が作られ喪中の規定が記されている。

 明治7年に出された太政官布告では、「父母、夫、50日、13ヶ月。妻、兄弟姉妹、20日、90日」などと「忌(忌中)」と「服(喪中)」の期間をこと細かく定めていたが、太政官布告はGHQの統治下だった昭和22年に廃止された。

「忌中」とは、神道の「穢れである死を忌む期間」という考え方からのものだ。忌中時(50日間)は「出仕(仕事)を控え、殺生をせず、髭や髪を剃らず、神社に参拝しない」としているが、そこまで喪に服している人など見たこともない。

 現在ではこうした法令は全て撤廃され、仏事の慣例としては江戸時代の忌服令が一つの目安にされていて、父母の死亡に際しては七七忌(49日)までが忌中、一周忌(1年間)までが「喪中」とされるている。父母の死なら理解もするが、兄弟姉妹に止まらず叔父や叔母の死まで「喪中」というのは遣り過ぎだろう(笑)

 明治6年に「葉書郵便配達」が始まったのを機に、遠方以外の人にも挨拶状を送る習慣が全国に広まって行った。「年賀郵便」は明治39年に始まり、昭和24年には「お年玉付き年賀はがき」が発売されると、年賀状が次第に普及し慣例となった。

 最近は年賀状離れが顕著となっているというが当然だろう。通信手段が無い時代に遠くの友人に年頭に挨拶する為に生まれたのが年賀状であり、ネットや通信網が普及された現代に於いては実に面倒な習慣でもあり、やはり時代の流れでもある。

「喪中につき年末年始の挨拶はご辞退させて頂きます」という、遺族としての故人への思いはそれはそれで好い。喪中の相手に年賀状を送るのは思慮不足なのかも知れないが、悪気があって送る訳でもなし、そんなことで一喜一憂する必要もない。

「喪中なので初詣には行かない」というのも同じで、初詣は神道では死後50日を過ぎていれば問題はない。亡くなった人まで巻き込んで意味もない言い伝えを信じて、そうしたことが喪に服することだと勘違いしてはいないだろうか。

 尤も「喪中だから」と門戸を閉じ、酒肉を断ち、弔せず、賀せず、音曲を成さず、嫁取りをせず、財を分かたず、出仕(仕事)を控え、殺生をせず、髭や髪を剃らず、自らを厳しく律している方なら別だがそんな人なんぞこの世にはいない。呵呵。

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2021年12月14日

武士とは即刻「やられたらやり返す」というのが本道である

 赤穂浪士が吉良邸に討ち入りしたのは元禄15年12月14日。赤穂浪士の精神的支柱となったのが、陸奥国会津若松城下生まれの山鹿素行(やまがそこう)である。

 山鹿素行というと「山鹿流軍学の祖」として知られているが、実は、江戸時代に於ける武士道の理論を確立した人であり、山鹿の門人達が素行の談話を筆記した「山鹿語類」や「中朝事実(ちゅうちょうじじつ)」は日本人必読の著である。

「中朝事実」は、尊皇愛国の書として有名で、山鹿は、世の学者の外国(主として漢土)崇拝を批判し、皇統の一貫を根拠に、「日本こそ万国に卓越した『中華・中国』と呼ぶに相応しい国である」との日本主義を主張した人物でもある。

 王朝の度々変わった漢土に対し、我が国は天子(天皇)の地位を侵すような不義不道の者がいなかった為に皇統が一貫していると、日本の卓越性を強調している。

 江戸時代の267年の歴史の中で、理不尽な御家断絶や御家騒動は他にもあったが、唯一、赤穂藩の四十七士だけが「義士」と呼ばれ「武士道の華」と評価された。

 こうした事実は、山鹿素行の「正義の遂行」の本義に基づく教えが在ったからだと言っても好いだろう。 だが、一方で、忠臣蔵の討ち入りに「大義などではなく、単なる『打算』である」と断じる歴史家や批評家もいるのも確か。

 例えば「大石内蔵助は忠義心に由って討ち入りをやれなければ大石家は山科で帰農し、そのまま埋もれただろうが、吉良上野介を討ち取った結果、大石の子孫は本家の浅野家に千五百石の高録で召し抱えられた」との理由はその一つである。

「忠義ばかりでなく、子孫の将来まで考えて討ち入った」と断じるが、こういう批評というのは武士の美学というものを理解していない軽々しい戯言でしかない。

「葉隠」でも「赤穂浪士の仇討ちも、泉岳寺で腹を切らなかったのが落度と言うべきだ。それに主君が死んで、敵を討つまでの間が長過ぎる。もしもその間に、吉良殿が病死でもなされた時にはどうにもならないではないか」との行がある。

「仇討ちというのは緻密な計画でやるものではなく、武士とは即刻、やられたらやり返すというのが本道で、事の成否は問題ではなく行為自体に意味が在る」という。

 その上で赤穂の武士を「上方の人間は小利口だから世間から褒められる様にするのは上手である」と嘲笑しているが、確かに葉隠の指摘は的を射てると思う。

 まぁ、赤穂浪士の討ち入りを打算的と見るか否かは夫々だろうが、「仮名手本忠臣蔵」が日本人の美学を現し、多くの国民から愛されているのは確かだ。

 明治以降、仇討ちや報復を否定された結果、加害者は仕返しどころか泣き寝入りしたり、逆に被害者側が自殺してしまったり。学校でのいじめがその最たるもの。

 自殺するくらいなら加害者に報復し、刺し違えて遺恨を晴らすべきだと思うが、そんな被害者の遺恨を晴らしてくれるものが刑法であり「死刑制度」なのである。

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2021年12月11日

「女性天皇」と「女系天皇」の違いも解らないから騙される

 高市早苗自民党政調会長が文芸春秋のインタビューで、女性天皇を容認する考えを示した。女系天皇には反対しているが、女性天皇容認をするようなこうした不用意な発言は保守派の反発を招くだけでなく、女性天皇推進派に都合好く利用される。

 以前、facebookで友達になってた女性が「女性が天皇になっても良いと思います。差別化して欲しくない」というコメントを貰ったことがあったのを思い出す。

 このFBFもそうだが、「女性天皇」と「女系天皇」の違いが解らない国民が殆どで、天皇が最も重んじるべき祭祀の重要性を知ることもなく、憲法下での国事行為を理解していない故に、流行りのジェンダー平等論と天皇を同列に扱っている。

 反天皇・天皇廃止運動を実行してる勢力は、マスコミに因る「開かれた皇室論」から国民の皇室への尊厳を薄れさせることに成功させた。男系優先主義に疑問を呈し「女性は天皇になれない」と世論誘導するなど如何にも巧妙で悪質である。

 女性は天皇になれるが、女性が天皇に就くというのは普通の生活は送れないということを理解していない。天皇としての祭事の重要性を理解していないから女性天皇論を安易に語れる訳で、こうした風潮は逆に天皇を軽んじてる証左と言えよう。

 女性皇族が結婚することで皇籍を離れるのは、「今後は一般国民としての生活を重んじよ」との天皇や宮家当代の思し召しであり優しさの顕れ。そういう大御心も理解せず安易に女性差別であるかの様に女性天皇論を語ることは不敬極まりない。

 過去には「国連女子差別撤廃委員会」が、男系男子に限られている皇位継承に関して女性差別を理由に皇室典範の改正を強要したが、こうしたことこそ女性差別という名を利用した日本差別であり、こうしたものに与してはならない。

 過去には八人十代の女性天皇が存在した。その八人とは、第三十三代推古天皇、第三十五代皇極天皇、第三十七代斉明天皇(皇極天皇と同一人物)、第四十一代持統天皇、第四十三代元明天皇、第四十四代元正天皇、第四十六代孝謙天皇、第四十八代称徳天皇(孝謙天皇と同一人物)、第百九代明正天皇、第百十七代後桜町天皇。

 八人十代の女性天皇の全ては男系である。敬宮愛子内親王殿下が天皇に即位された場合、それは男系の女性天皇となるが、男系女性天皇のうち、配偶者に恵まれたのは推古天皇、皇極(斉明)天皇、持統天皇、元明天皇の四人だけである。元正天皇、孝謙(称徳)天皇、明正天皇、後桜町天皇は配偶者を持つことはなかった。

 悠仁親王殿下が即位しない限り皇統は潰える。皇位継承順位第一位が秋篠宮殿下、第二位は悠仁親王殿下となるが成年男系男子は悠仁親王殿下唯一人であらされる。

 こうした皇統の危機的現状は、臣籍降下させられた旧皇族を復帰させれば盤石なものとなるが、「女性天皇」と「女系天皇」を謀る勢力はそれを許すことはない。

 不逞の輩らは、「皇籍復帰は現代にはそぐわない」とか、「男系男子を増やす目的だけで」だとか、彼是と理由を吐けては反対しているが、皇籍復帰を実現させ、若年皇族や幼年皇族には皇族としての帝王学を学ばせれば好いだけのこと。

 喩え、女性天皇が誕生したとして、その女性天皇と結婚出来る資格のある人がいるとも思えない。若し、いるとすれば元皇族なのだろうが、ならば、早々に旧皇族の皇籍を復活させ、天皇を盤石の安きに置くべきであろう。

 皇籍離脱させられた旧十一宮家の方々は北朝第三代崇光天皇の皇子、栄仁親王から始まる伏見宮の系統に属し今上天皇との関係は、室町時代の伏見宮貞成親王を共通の祖先とされている。旧宮家が皇籍復帰すれば男子成年皇族は十五名以上になる。

 皇位継承は神武天皇以来の「男系」の血筋が絶対であり、「今上陛下とは血筋が違う」というのは近年の反天皇勢力に拠って創られた現代の価値観に過ぎない。

 旧宮家とは、「伏見(ふしみ)宮」「閑院(かんいん)宮」「山階(やましな)宮」「北白川宮」「梨本宮」「久邇(くに)宮」「賀陽(かや)宮」「東伏見(ひがしふしみ)宮」「竹田宮」「朝香(あさか)宮」「東久邇(ひがしくに)宮」。

 内「山階」「北白川」「梨本」「東伏見」の四宮家は断絶しているが、東久邇家の系統には、歴代天皇と男系で繋がる男子が七名おられ、悠仁親王殿下と又従兄弟になる男子が五名、更に四名が生誕とのことで実に喜ばしいことではないか。

 東久邇宮盛厚王(明治天皇の孫)の妻は昭和天皇の長女である茂子内親王であり、上皇后陛下が民間から嫁がれていることをしても男系男子の正統性を有する。

 秋篠宮皇太弟~悠仁親王殿下の継承は決まっているが、東久邇家以外にも男系男子がおられ、それこそ「皇統の危機」は旧宮家の皇籍復帰を成すことで盤石となる。

「長く民間人だった人が皇族になることに違和感がある」というのは付けたりに過ぎない反対理由である。宮家を再興するということは男系男子の皇位継承の安定を図るだけではなく、何より、皇室の本分である祭祀を継承して戴くということにある。

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2021年12月10日

「地球市民」と同じ臭いを放つ「持続可能な開発目標(SDGs)」

 今や誰もが使う「協働」という言葉だが、この「協働」は抑々共産党系のスーパーでもある生協(COOP)が使用してた言葉で共産党の造語である。その意味は「同じ目的の為に、対等の立場で協力し て共に働くこと」だと説明する。

「協働とはコラボレーション(collaboration)である」というならば「共同」で十分だろうに、何故か「協働」という言葉を有り難がって使用する不思議。

「共同」と「協働」の意味は同じだと言うが、その目的は全く違うものだ。「共同」とは、一つの目標の為に複数の人が力を合わせて働くことである。一方の「協働」のその主体は「国民」ではなく、あくまでも「市民」が主役なのである。

 共産主義者や戦後民主主義教育に侵されてる無自覚左翼らは「国民」という言葉を毛嫌いして「市民」という言葉を使いたがる。「国民ではなく市民が中心」というマヌケな反国家反体制のポーズを採ることが進歩的で文化的だと錯覚している。

 反天皇の左翼勢力にしろ、GHQが謀った戦後民主主義教育という洗脳から覚めない無自覚左翼というのは、国家から恩恵を享けなが、個人と国家を常に対立させ、恰も国家は人間を抑圧する組織と見做し、その共通の標語が「市民」なのだ。

「協働」の目的とは、国家と国民を切り離すことにあるといって好いだろう。国家と地方を切り離して、共同体(commune)を創り上げることを目的とする。

 地方自治体や町集落の住民が協力して地元の連帯と絆を深めるのは大いに結構なことだとは思うが、「協働」や「男女共同参画社会」の究極の目的は、同じ共同体でも共産主義インターナショナル(Communist International)、つまりコミュンテルン(国際共産主義運動)の創造であり、世界革命の実現を目指す組織に似たり。

 共産主義とは、生産から分配までの経済行為のすべてを共同的(共産的)に実行しようとする考えで、生産機関の共有や生産物の分配も個人主義的自由を認めず、全て共産的に行おうとするもので「協働」とはその目的達成の為の一つである。

「協働」と同じく「男女共同参画社会」の究極の目的は「共産(共参)社会の実現」が目的である。これら亡国的企画は、総理府や国立婦人教育会館に巣食っていた元全共闘系と共産党系の女革命家ら革新的左翼が共同謀議的に考案したものだ。

 こうした愚策を、戦後民主主義教育で育った無自覚左翼が犇く自民党政権下で疑いも無く導入し、今では担当大臣までいるという御粗末さは厭きれるばかり。

「協働のまちづくり」推進派は、「市民とは必ずしも地域住民に限定されるものではなく、NPOを始め、企業などの企業市民も含まれ、また、地域の一員という意味では行政もまた行政市民という名の市民である」と尤もらしく説明する。

 今や「天皇制」を始めとした共産党造語があらゆる場面で飛び交い、保守を標榜する政治家までもが何の疑いも無く使っている始末。最近では女性宮家が受け容れられないと見るや「皇女制度」に切り替えて国民世論を誑かし皇統断絶を謀る。

 流行りの「持続可能な開発目標(SDGs)」もその一つで、世界規模で共通の目標に向かおうというものだが、世界を股にかけて金儲けを企む「地球市民」と同じ臭いを放つ。SDGsは、世界の共産主義者に因る新手の左翼運動ではあるまいか。

 SDGsとは「全ての人々にとってよりよいより持続可能な未来を築く為の青写真です。貧困や不平等、気候変動、環境劣化、繁栄、平和と公正など、私たちが直面するグローバルな諸課題の解決を目指します」ということらしいが、実に胡散臭い。

 いつの間にやら我が国はカタチを変えた共産主義が蔓延り、その「カタチ」は実に陰湿になった。こうした行政側への共産主義の介入を奨めたのは共産党ではなく、保守を標榜する自民党だったというのはM1グランプリでも優勝出来そうだ。

 昨今の共産主義者は、昔の様に赤旗を振り翳したりというあからさまな破壊活動は行わない。例えば、反天皇運動でも如何にも陛下の高齢や体調を慮り、世論誘導を謀った。その結果、易易と退位法案を成立させ天皇の退位の実行させてしまった。

 そうして巧妙にカタチを変えた左翼勢力は、男女共同参画社会、夫婦別姓、ジェンダーフリー、人権擁護法案、共生社会、外国人参政権、極め付けは女性宮家論、女性天皇~女系天皇と次から次へと国體破壊の策謀を積み重ねている。

「協働」や「天皇制」を始め、左翼の造語と左翼に因る企画や愚策が氾濫し、それを国民が疑いも無く使用し、賛同している実態は、我々が想像している以上に左翼勢力が権力側に入り込み、行政権と連結せしめてしまっているという証左でもある。

 嘗て三島由紀夫は「文化防衛論」の中で「我々はあらゆる革命に反対するものではない。暴力的手段たると非暴力的手段たるとを問わず、共産主義を行政権と連結せしめようとするあらゆる企画、あらゆる行動に反対するものである」と語っている。だが、今や 我が国の現状は三島が悲観した当時よりも酷い状況に陥っている。

 これら左翼勢力の謀った愚策に対峙するべき保守陣営や愛国陣営を見渡せば「反中共」や「反韓」を叫んでいるばかり。敵は外患ではなく、正に内憂に在り。

 自民党の「立党宣言」にも「社会的欠陥を是正することに勇敢であらねばならない。われらは暴力と破壊、革命と独裁を政治手段とするすべての勢力又は思想をあくまで排撃する」と在るが、情けないことに単なる画餅と化してしまっている。

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2021年12月09日

本日は「地久節」であり日本国民本来の「母の日」でもある

 本日12月9日は皇后陛下の御生誕日。謹んで御祝詞申し上げます。

 戦前は「地久節」として御祝い申し上げた日であります。地久(ちきゅう)とは、老子の「天長地久(天は長く地は久し)」からの典拠である。「天地の存在は永遠であること。天地が永久である様に物事がいつまでも続く」との喩え。

 昭和6年、昭和天皇の皇后である香淳皇后(こうじゅんこうごう)の御生誕日である3月6日が「母の日」に定められた。現在の母の日は3月6日ではなく、米国と同じ5月の第二日曜日となっている。こうした米国の価値観の押付けは数多に在る。

 戦後、GHQが謀った日本弱体化工作に因り「天長節」が「天皇誕生日」に変更され、地久節は消されたが、本来ならば今日が日本国民の「母の日」でもある。

 テレビでは「皇后まさ子さまの誕生日」という報道が流され、新聞には皇后陛下の感想文が掲載されている。その脇には医師団の見解要旨が記載され、「依然として快復の途上にあり、体調には波がある」との意見が添えられている。

 それにしても思うのはマスコミの報道だ。如何にも皇后陛下への親しみ易さを演出しているが、陛下や皇室のことというのは、喩え褒めることであってもそれを軽々に口にすることは不敬である。親しみ易さは、一方では尊厳を薄れさせる。

「皇后陛下」と呼称せずに「皇后さま」とか「雅子さま」との呼ぶことは、「開かれた皇室論」という反天皇運動の実践であり、国民が殆ど知らぬまに、ソ連共産党から日本共産党へ送られた命令書の忠実な遂行を謀ってると言っても過言ではない。

 日本人であるならば「皇后陛下」「敬宮愛子内親殿下」「秋篠宮妃殿下(内親王殿下)」「悠仁親王殿下」と称するべきで、こうした敬称略・敬語不使用運動も反天皇運動の一環であり、我が国の伝統文化や美徳が喪失して行くことを自覚すべきだ。

 戦前の様に「畏れ多くも畏くも」とは言わないまでも正式な敬称で呼ぶべきで、日本国民として節度ある敬意を表するのは当然のことだ。皇室の御存在は決して開かれるべきものでもなければ、親近感を抱く様な軽々しいものでもない。

 我が国は天皇陛下を族長と仰ぐ家族国家であり、この国體は正しく万邦無比である。陛下や皇室のことというのは、喩え、褒めることであってもそれを口にすることは不敬だと思っているし、軍隊経験のあった父親からもそう教わって来た。

 右翼の世界に入り、右翼に対して違和感を持ったのは、口では「尊皇」を唱えながら、皇室を軽々しく扱っているのではと思うことが少なくなかった。

 例えば「天長節」や正月に行われる一般参賀に、国民服や背広ではなく私服や平服、或いは右翼スタイルの隊服で皇居に赴く右翼人が目立つ。尊び敬うべき陛下に拝謁するのに、ノーネクタイというのは右翼人以前の問題で常識を疑ってしまう。

 正月だからか、笑点に出る落語家かと見間違える様な派手な着流し姿で参賀する右翼幹部も見かけるが、着物を着るなら袴を着用するのが日本人としての常識。

 SNSでも御真影を軽々しくアップしてるが、皇室に係わる問題は避け、画像のアップも控える様にしている。前科持ちの右翼如きが皇室を語ることは贔屓の引き倒しであり、陛下への尊厳をも穢すことにもなり兼ねないと思っているからだ。

 保守や愛国者を自任するのであるならば、天皇とは「神聖にして侵すべからず」に尽きる。親しみを以て画像をアップしたりしているのだろうが、それは「開かれた皇室論」を容認するものであり、歪な愛国心のひけらかしとしか思えない。

 右翼陣営や自称・愛国者や保守派が、ネットと雖も気安く御真影や動向などを貼り付けるのは、1932年、ソ連共産党から日本共産党へ出された「コミュンテルンテーゼ(命令書)」である、所謂「天皇制廃止運動」に与するものと自覚せよ。

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2021年12月08日

「真珠湾攻撃」と「盟友の死」やはり12月8日は忘れられない

 祖国日本の存在と存亡を賭けて戦った大東亜戦争は、アジア諸民族の独立と復権を齎した。結果的に敗れはしたが「アジアの希望の星」の役割は見事に果たした。

 歴史の検証をする際、罪を論うことは大事なことだが、その国に生を享けた者として歴史と真実と意義という是を知ることは国民としての義務でもある。

 大切なのは、古今東西世界に蔓延る覇権主義の克服を主張すべきであって、他国の覇権主義には目を瞑り、一方的に自虐の淵に止め処なく漬かり込むことではない。

「日本のお蔭でアジア諸国は全て独立した。日本というお母さんは難産して母体を害なったが、生まれた子供はスクスク育っている。今日、東南アジアの諸国民が、米・英と対等に話が出来るのは一体誰のお蔭であるのか。それは身を殺して仁を為した日本というお母さんが在った為である。12月8日は、一身を賭して重大な決心をされた日であり、我々は決して忘れてはならない(ククリットプラモード元首相)」

 米国は「嘗ての敵国が同盟国になった」と日米関係の重要性を訴えてはいるが、12月7日(現地時間)を「リメンバーパールハーバー(追憶の日)」として、日本を卑怯な国として糾弾して止まない。開戦から80年経っても、依然として我が国は「騙まし討ち」の汚名を着せられ続けているのは歴史の歪曲でもある。

 汚名を着せられた原因は、駐米日本大使が宣戦布告の覚書を渡し遅れた職務怠慢に他ならないが、抑抑、何故、我が国が開戦を決意し真珠湾攻撃に至ったかが問題で、それには1853(嘉永6年)年のペリー来航時代迄遡らなければ理解出来まい。

 幕末の日本は強力な中央集権国家を形成しようと明治維新の大業を成し遂げる。15世紀の大航海時代以来、白人による世界制覇の波がアジアにも押し寄せる。

 アジアは次々と列強に蚕食され日本とシャム王国(タイ)を除き植民地となった。維新後に起こる日清、日露戦争も避けては通れない宿命的な歴史だったのだ。

 日清、日露戦争での日本大勝利の報は、固唾を呑んで見守っていた世界の人々を驚嘆させ、特に有色人種に与えた影響は強烈だった。日露戦争勝利から15年後、パリ講和会議で日本は「人種平等の原則」を国際連盟規約に載せることを提案する。

 然し、議長を務める米国大統領ウイルソンがこの提案を拒絶し否決されてしまう。「有色人種に人権など必要無い」との差別が横溢していたのは明らかだった。

 その後、世界は第二次世界大戦に突入し、日本もABCD包囲網や最後通牒を突き付けられ、最早、我が国が生き残る道は連合国との戦争しかないとの決断に至る。

 昭和26年(1951年)にマッカーサーが、上院軍事外交委員会で言明した様に「日本が戦争に飛び込んで行った動機は、安全保障の必要に迫られた為である」と告白している。この証言をしても我が国は決して騙まし討ちも侵略もしていない。

 結果として我が国は敗戦したが、大東亜戦争後アジアは独立し「人種平等の原則」は成立した。その事実をして如何に大東亜戦争が聖戦だったかが理解出来よう。

 我が国が断行したのは「太平洋戦争」ではなく「大東亜戦争」である。「反米」を叫ぶの左翼陣営までもがGHQが謀った戦後民主主義教育を盲信し、米国の呼称である「太平洋戦争」を使ってることに違和感を覚えないのが不思議でならない。

 戦争というのは国際法上認められている行為で「戦争=悪」ではない。我が国は、負けてしまったから「先の大戦=悪」とされて思考が停止してしまったのだ。

 米英は「戦争とは政治の継続である」と教え、ドイツでは「政治的な取り引きの継続である」と教える。戦争とは政治の不作為から生まれる悲しい現実なのだ。

 我が国は「講和」という政治に失敗した結果が敗戦だった。つまり、政治という外交や情報収集の重要さを知らされた戦いであったし、「一旦始めた戦争は決して敗れることがあってはならない」という極めて重要な教訓を残したと言えよう。

 昭和20年9月2日、戦艦ミズーリの甲板上で重光葵外相と梅津参謀総長が降伏文書に調印する。上海爆弾事件で右足を失った重光全権は、ステッキを頼りに義足を引き摺りながら喘ぎ喘ぎ上る。調印を前に一杯の水を所望するが冷たく拒否された。

「卑怯者の『ジャップ』にやる水などない」という憎悪が目に見える。今も糾弾して止まない「リメンバーパールハーバー」も日本人への偏見と差別そのものである。先の大戦の間違いを反省すべきは我が日本ではなく白人至上主義の米国である。

 パル判事は「時が熱狂と偏見を和らげた暁には、また理性が虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁には、そのときこそ正義の女神はその秤を平衡に保ちながら、過去の賞罰の多くに、そのところを変えることを要求するであろう」と語られた。

 祖国を護る為に散華された先人の命は断じて軽いものではない。そうした犠牲の上で時代を謳歌してる我々は、大東亜戦争の意義と東京裁判史観を検証し、戦後の多くの不条理を払拭すると共に、先人の汚名を雪ぐことにこそ生きる理由がある。

 国士舘大学の先輩であり、防共挺身隊時代の兄貴分であり、三代目総隊長で盟友だった對馬則政が平成21年の12月8日に幽冥界を異にし今年で13回忌を迎えた。やはり、愚生にとって12月8日という日は忘れられない。 南無大師遍照金剛 。合掌。

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2021年12月07日

ミャンマーの民主化はそう容易な道程ではない

 ミャンマーの民主化指導者アウンサン・スー・チーが「扇動罪」などの罪で禁錮4年の刑(即日禁錮2年に減刑)に処せられた。汚職や国家機密法違反容疑で訴追されており、最大で禁錮100年を超える刑を言い渡される可能性があるという。

 国際人権団体のアムネスティ・インターナショナルは、スー・チーの訴追はでっち上げだとして「裁判所の滑稽で腐敗した判決は軍のクーデター以来殺害され、数千人が逮捕されてきた恣意的な処罰の破滅的な過程の一部だ」と抗議している。

 ASEANA(東南アジア諸国連合)人権に関する国会議員の会(APHR)も過去に「裁判の結果に騙される者はいない」と表明し、「クーデターの日以来、スー・チーや他に拘束された国会議員に対する訴追は、軍事政権が違法な権力掌握を正当化する為の言い訳に過ぎないことが明らかになっている」との声明を出している。

 2011年に民政移管後初の総選挙が行われ、スー・チー率いる最大野党・国民民主連盟(NLD)が改選議席の80%を獲得した。だが「選挙結果は不正だ」としてクーデターを起こし、ウィン・ミン大統領とスー・チーら政権幹部を拘束した。

 スー・チーを民主化の象徴と讃えて発足したミャンマーだったが、民主化は10年足らずで軍事政権に逆戻り。ミャンマー国民にとっては軍事政権も裏で中国共産党が蠢いているミャンマーの内情は誰がトップに就こうが大して変わらない。

 ミャンマーというと身近に感じないが、ビルマというと映画や小説の「ビルマの竪琴」などを思い浮かべ、どことなく身近に感じる人は多いのではなかろうか。

「ビルマの竪琴」は、大東亜戦争末期のビルマを舞台に僧となって戦死した同胞らを弔うことを選んだ水島上等兵の姿を通して、人類愛と戦争を描いた映画である。

 当時、イギリス軍の拠点となっていたインパールを占領する為に、日本軍が決行した作戦が「インパール作戦」。戦後の価値観で「史上最悪の作戦」「無為無策の戦術」と批判されているこの戦いでは16万人の日本兵が亡くなっている。

 米英を始め、マスコミの多くはミャンマー軍事政権を非難し、スー・チーを民主化運動指導者と持ち上げて「スー・チーこそがミャンマーの救世主」であるかの様な報道が目立つが、ミャンマー(ビルマ)の歴史はそんな単純に語れるものではない。

 十五世紀の大航海時代以来、白人による世界制覇の滔々たる流れがアジア諸国にも押し寄せ、アジア諸国の殆どが次々と欧米帝国主義の植民地として蚕食された。

 国王が支配し、歴史を有するビルマも英国の植民地となった。英国は国王をインドに流し、王子を殺し、王女はインド兵に与え王家を絶やした。国王が住んだ城を監獄に造り替え、インド人や華僑を入れ多民族多宗教国家に変えた。

 改変されたビルマは、インド人が金融を、華僑が商売を、山岳民族が軍と警察を握り、ビルマ人は最下層の農奴にされた。 英国にズタズタにされたビルマは、第二次大戦後戦後、独立を快復すると英国的なものを全てを排除したのは当然のこと。

 アウンサン(スー・チーの父)の暗殺もその一つだった。犯行は元首相のウ・ソーとされているが、英国が仕組んだものだということは歴史的事実でもある。

 奴隷制度や残虐行為が明るみに出れば、アジアでの残虐行為は日本ではなく白人国家だったということが世界にバレてしまうことに危惧した欧米は踵を返しビルマ非難を始めた。その工作に利用されたのがアウンサンの娘のスー・チーだった。

 英国人に父親を殺され、反英国の象徴になると思われたスー・チーを英国に連れ出して教育し洗脳した。そして英国人の男性と結婚させ、手懐けることに成功した。

 スー・チーは英国に忠誠を誓い、英国に背く祖国を非難し、国内の「植民地支配の糾弾事業」を潰し、ビルマ政府を「軍事政権だ」と非難し続けた。そんな、スー・チーの功績が何故か認められノーベル平和賞を受賞することとなった。

 90年代、極貧に喘ぐビルマは中国共産党政府に支援を乞うた。当時、議長だったタンシュエは中共への擦り寄りに反対する国内良識派を追放し実権を握る。その後、雪崩の様に入り込んだ支那人が金融も商売も独占し国内は支那化して行った。

 民生移管に向けた総選挙では、中国共産党に国を売ったタンシュエ一派全員が予想通り全員当選。その後に行われた選挙は、世界のマスコミも注視していたこともあり公平な選挙が行われたが、ミャンマーの民主化はそう容易な道程ではない。

 明治19(1886)年、ビルマを視察した明治の陸軍軍人で情報将校でもあった福島安正は、ミャンマーの人々が英国の支配下で奴隷の如く酷使され、気侭に鞭打ちされ射殺されている光景を目の当りにし同じアジア人として義憤に駆られたという。

 明治19年といえば日清戦争が起きる10年程前のこと。欧米列強がアジアを侵略し、我らと同じアジア人の悲劇を眼前にして危機感を抱いてたことが想像出来る。正しく、日清・日露、大東亜戦争は避けて通れぬ歴史的必然だったと再認識する。

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2021年12月06日

女性天皇誕生に向けて蠢き出した反天皇勢力を剔抉粛清しよう!

 敬宮愛子内親王殿下が成年行事に臨まれた。マスコミは如何にも親しげに報道しているが、相変わらず尊称や敬語は使用せず「さま」付けで呼ぶ。こうしたマスコミに感化された国民も同じく「さま」付けしてるが精神的幼稚さの表れである。

 マスコミの「敬称・敬語不使用」や「開かれた皇室論」の姿勢こそ、天皇陛下や皇室に対する敬愛の念や尊厳を薄れさせている要因を招いている元凶である。

 本来の日本人ならば「陛下」「皇后陛下」「上皇陛下」「上皇后陛下」「秋篠宮皇太弟」「親王殿下」「内親王殿下」「女王殿下」と正式な敬称で呼ぶべきで、「さま」と呼ぶことに因って我が国の万邦無比の国體の精華が喪失して行く。

 旧皇族の皇籍復帰を阻止し、秋篠宮悠仁親王の即位に反対し、女性天皇・女系天皇を容認する勢力は、現憲法第2条を論拠に皇室典範の改悪と敬宮愛子内親王こそ世襲であり正統な継承者とし、女性天皇誕生を目論んでいることは周知の通り。

 日本国憲法第二条には「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と規定されている。「愛子内親王こそが正統な継承者」というのは曲解であり、男系男子の世襲こそが正統性を持つ。

 以前、自民党幹事長だった二階俊博が「女性尊重の時代に天皇陛下だけはそうはならんというのは可笑しい」と語り、女性天皇を認めないのは「(ジェンダー平等の社会の中で)時代遅れも甚だしい」と自説を垂れ流したのは記憶に新しい。

 そんなジェンダー平等社会に問うが、歴代ローマ法王に女性はいないし、ローマ法王を選ぶ枢機卿にさえ女性はいないのはどういうことか。女性差別ではないのか。

 女性天皇推進派が口を揃えて「女性差別撤廃」というなら、ローマ法王のシステムこそ女性差別だろうし、バチカンにも抗議すべきなのに批判されるのは日本だけ。

 日頃、「レディーファースト」と自慢してる国から、ローマ法王に「女性差別」などと抗議したという声は聞こえない。伝統の継承は日本だけが例外ではない。

 女性天皇推進派は「女性天皇を認めないことが女性差別」としているが、百二十六代に及ぶ天皇の歴史で過去に八人十代の女性天皇が存在したことを敢えて隠しているのか、その女性天皇が嫡子を授かることをしなかった意味を理解してないのか。

 抑々、我が国の最高神である天照大御神は女性の神だ。また、女房のことを「山の神」とも喩えたりする。つまり、「かみさん=神さん」であり、女性差別どころか崇めている訳で、女性の神に仕えるのはやはり男の方が好ましいのではないか(笑)

 二階の発言は、共産主義者の巣窟でもある「国連女子差別撤廃委員会」が男系男子に限られている皇位継承に関して皇室典範の改正を強要したのと同じ流れであり、自民党幹事長として資格に乏しいことの証左である。己の短慮を恥じるべきだ。

 皇統断絶を目指す共産主義逞しいインチキ有識者らは、皇室典範第十二条の「皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる」との条項改正を理由に、「女性宮家」創設と「女系天皇」誕生を謀っているのは明らか。

 皇室典範は「皇家の成典」であり、直ちに陛下に奉還すべきものであるが、叶わないならば十二条より同十五条の「皇族以外の者及びその子孫は、女子が皇后となる場合及び皇族男子と婚姻する場合を除いては、皇族となることがない」との条項を改正し、臣籍降下された元皇族の皇籍復帰を最優先に実行すべきである。

 現憲法第一章「天皇」条項は第九条よりも重要であり喫緊に見直すべきところ、第九条ばかりに拘ってまやかしの憲法改正を謀る。安倍ら第九条改正派は九条の会と同じ護憲派勢力であり、保守票欲しさのパフォーマンスに過ぎない。

 大日本帝国憲法第二条は「皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ繼承ス」と明記されている。皇位は旧帝国憲法が示す通り、男系男子が継承されなければならないことは言うまでもないが、現憲法が我が国體(皇統)を維持し続ける上でも実に御粗末な最高法規であるのは、天皇条項を見ても理解出来よう。

 皇統を論ずる上で刮目すべきは、万世一系、百二十六代に及ぶ男系の皇統が貴重な理由は、神話の時代に誕生した初代の神武天皇から連綿として、一度の例外も無く「男系」で続いて来ている厳然たる事実である。歴史に学ばなければならない。

 天皇は憲法以前の御存在である。天皇が最も重んじるべきものは国事行為ではなく「祭事」であり「祭祀」である。だが、悲しい哉、天皇が重んじるべき祭祀は軽んじられ、今や天皇の存在は国事行為優先の政府の傀儡となってしまっている。

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2021年12月02日

中村吉右衛門の鬼平から多くのことを学んだなぁ

 歌舞伎俳優で人間国宝の中村吉右衛門が亡くなった。映画好きだが、それ以上に好きなものと言えば吉右衛門が演じた「鬼平」くらい好きなものは無い。DeAのDVDを完全制覇し、マンガも小説も、原作者・池波正太郎の愛した店にも通った(笑)

 鬼平の中でも名作と言われる「一本眉」のシーンで、こんなシーンがある。

「お前さんとあっしじゃ縁もゆかりもない間柄、世話になる理由はねぇ」

「何を言ってやがる、オレとお前は朝まで呑んだ仲じゃねぇか」

 男の付き合いというのは年月ではない。短期間で気心が分かることもあれば、たった一杯の酒でも通じ合うものがある。人生意気に感ずるとはこういうことだ。

 酒を酌み交わしながら意気に感じた一本眉が「俺は盗人なんだ」と自分の正体を明かす。その言葉に平蔵が「人が横道にそれるにはそれなりの理由がある」と応えた。誰でも人の道から外れることはあるもの。それを悔い改められるかだ。

「礼金二百両」も好かったな。とある旗本の家で起こった騒動を解決する内容だが、勧善懲悪の時代劇なら「報酬などいらん!」で終わりだろう。平蔵は口止め料として二百両を受け取る。何故なら、同心や密偵を抱えるには相当なカネがかかる。

「このようなことを、あえてするオレを。おぬしはなんと思うな」。自嘲を込めながら清濁を併せ呑む姿は、逆に上に立つ者の苦労が窺えた。鬼平は最高、愚生の人生での男の作法は長谷川平蔵から学んだと言っても好いだろう。

 若い時分には池波正太郎の「男の作法」を読んで、鮨屋や食事の作法など書かれてることを真似したいと思い、都内の老舗料理店を始め池波正太郎が通ったという店には随分と通ったものだ。銀座数寄屋通りの有名クラブにも行ったっけ(笑)

 池波正太郎「男の作法」は、今の時代には合わない個所もあるが、三十代までには読んでおくべき日本人必読の名著だと思う。池波正太郎の書生だった佐藤隆介も師である池波直伝の「男の心得」を著している。こちらも中々面白い。

 何事も尊敬する人や好きな人の仕草、立ち居振る舞いを真似てみるというのも大事なことだと思う。人真似上手は個性を育てるというし、何をやるにしても上手くなる為の一番のコツは、尊敬する人や目標とする者のモノマネすることだ。

 鬼平犯科帳では「五鉄」などの小料理屋や蕎麦屋などで飲むシーンが多い。吞み終えた平蔵は女将に心付けを渡す。高が心付けなのだが平蔵の何気ない渡し方が完璧で、アレは池波正太郎自身の普段の姿をダブらせたものだろう。

 鬼平犯科帳の処世術は実に参考になる。例えば、礼金にしても「相手が恐縮する程の金を渡さなければ意味はない」というのには刮目した。小銭を貰っても有難みが無い。やはり、過分なカネを払ってこそ相手に感謝されるのだ。

 愚生の周りには世話になりながら無報酬とかボランティアだと思っている人や、僅かな礼金で事を済ませ様とする輩が多いのはホント困ったものだ(笑)

 愚生も平蔵や心の師である高花豊先生ほどの真似は出来ないが、慢性的不如意ではあるが財布にはいつもポチ袋を3~5個ほどは入れて持ち歩く様にはしている。

 何処の店でも渡す訳ではない。雰囲気が好い店や、接客などが丁寧な店では勘定した後にコソっと渡す様にはしている。高が心付けだが意外に渡すのは難しい。ポチ袋を何気に渡すことが出来ればもう男としても飲兵衛としても一丁前だ。

「お釣りは要らないよ!」とか、これ見よがしにチップを渡している社長さんなどを見かけるが、アレは野暮や不粋というもの。「男の作法」では、タクシー代も「お釣りは要らない」ではなく、一旦受け取って渡すのが好いと訓えている。

 釣り銭は有難く貰った後で、別に準備しておいたポチ袋に入れた心付けを手渡すのが好い。喩え、千円、二千円の僅かな心付けだとしても相手は悪い気はしない。

 心付けは相手に対しての感謝の記しと気遣いでもあるが、後々自分に戻ってくるものなのだ。一見で行った店でも、裏を返した(次に行った)際には自分のことを覚えていてくれるし、つまみの一品二品、気を遣ってくれたりもする。

「情けは人の為ならず」という格言を、「情けをかけることは、結局その人の為にならない」という意味だと思っている者が多いが、「情けは人の為ならず」の後に「巡り巡って己が為」と続く。ここまで教えれば間違えることはないのにな。

「借りたカネは忘れるな!貸したカネは忘れろ!」とは田中角栄。角さんは、カネを借りに来た人にはその貸すカネにプラスして本人に渡したという。

 角さんは「くれたと思ったらそれは死に金。余分に渡すことでそのカネが生きたカネとなる」という信念を持っていた。田中角栄の政治家としての毀誉褒貶はどうあれ、それだけの気遣いを出来る政治家というのはそうはいないだろう。

 料亭政治の先駆けともいうべき政治家だが、女将や料理人、仲居や下足番にまで心付けを渡し、その際には必ず「ありがとう」の言葉を添えたという。最近は料亭政治を知らない政治家が殆どとなり、比例して小者ばかりになった。呵呵。

 中村吉右衛門の訃報に接し、衷心より哀悼の意を表します。合掌再拝。

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2021年12月01日

日本大学の背任事件と脱税疑惑を機に私学助成金制度の在り方を議論すべし!

 日本大学付属板橋病院の建て替え計画を巡り、背任容疑で元日大理事の井ノ口忠雄と共に逮捕された医療法人前理事長・籔本雅巳は、日大理事長の田中英壽に3000万円を2回提供したと供述。この他にも3年間に亘りカネを渡したとも供述している。

 やってることがヤクザと同じだわな。田中理事長は、これまで複数回にわたって特捜部の任意の事情聴取に応じ、籔本容疑者からの現金の受領を否定している。更に、建て替え計画を巡る日大資金の流出についても自身の関与を否定し、「日大の損害にあたるとは思えない」などと子分の井ノ口忠夫を庇う供述もしている。

 トップとしての責任を問われた田中理事長は、「オレには関係ない。辞めることはない」と語気を強めたという。日本大学理事長という立場に就きながらが、きちんとした説明を放棄しているというのは教育に携わる者としては不適格過ぎる。

 背任罪の共謀で手を拱いていた東京地検は田中理事長を所得税法違反(脱税)容疑で逮捕した。藪本理事長や元日大理事の指示で提供していた建設業者からの3000万円の理事長再任祝など理事長や周辺者の守銭奴ぶりが露になった。

 東京・阿佐ヶ谷の田中の妻が経営する「ちゃんこ田中」の自宅兼店舗を家宅捜索。その際に、2億超の現金が見つかり、所得税法違反の疑いで逮捕された。田中は脱税を否認し「口座から引き出した金だ」と見苦しい言い訳を続けてるらしい。

 田中理事長は逮捕前、「俺が逮捕される様なことがあれば今まで政治家に渡した裏金のことも全部ぶちまけてやる」と語っていると「文春オンライン」が報じている。是非是非、ぶちまけてリクルート事件以上の疑獄事件にして欲しいものだ(笑) 

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 尤も、田中理事長に纏わる話題も事欠かないし、逮捕されたことで今後は色々と暴かれるだろうな。例えば、この「日本一危険な写真」がそう。この写真は日大内部から流出されたものだという。名古屋市内の高級クラブでの一コマ。田中理事長の隣は誰あろう、司忍山口組六代目組長。つ~か、田中理事長が力道山に見える(笑)

 文春オンラインもこの画像と共に経緯を報じてるが、この写真が撮られたのは2005年。田中が推した日大総長就任を祝うパーティーだったというが、2005年に山口組六代目となった司組長の御祝を兼ねたもの。この画像の近くには日大元役員や住吉会の福田晴瞭会長(当時)ら暴力団の姿もあったというのだから驚く。

 以前、拙ブログで、アメフト事件に絡み、関連として広域暴力団組長と田中理事長の怪し過ぎる関係をアップした。そしたら「写真は捏造で記事の内容が不当だ」として日大関係者らしき人物から「削除しないと訴える」と通告されたっけ(笑)

「私は、田中理事長とは対立する職員も多い日本大学の職員の一人です。この写真は、今から6~8年前に、田中氏が理事に就任した際に、彼が名古屋のクラブに行き、山口組の組長と他の多くの組員とともに、昇進祝いをしたときのものです。田中氏は、私たちのように彼と対立するグループを怖気づかせ、黙らせるために、何年にも渡ってこの写真を利用してきました。お願いです。調査をしてください」

 この一筆と共に右翼団体「敬天新聞社」に送られてきた写真には、田中英壽理事長と司六代目が並ぶ。日大側にこの画像がどういう経緯で撮られたものなのか事情を聞きに取材に行った帰り道に、社主らが金属バットで襲撃され重傷を負った。

 日大の田中理事長派の関係者かヤクザか知らないが、各報道局には「画像を流すな」との脅迫も行われたという。そんなこともあってか、この写真は報道各社や週刊誌など複数のメディアに送られたものの報道されることは全く無かった。

 そんな中、海外のメディアがこの写真に注目した。そして「2020東京オリンピックはヤクザオリンピック」だとして、2020年東京オリンピックでJOC副理事長を務める田中理事長が「ヤクザに利権を与えている」との疑惑を報じている。

 国会でこの田中理事長への疑惑などを質問された下村博文元文科大臣(当時)は、「私が直接調べて報告します」と答弁したのは好いが、その後、調査することも報告することも全く無かった。何らかの大きな圧力が働いたことを窺わせる。

 日大は、全国各地の日大や大学院から付属幼稚園まで約10万人の在校生を抱える日本最大の学校法人で、大学単体で年間約100億円の私学助成金が支払われている。そのトップである理事長には高い倫理性と社会性が求められるのは当然のこと。

 私学助成金は国民の血税であり、ヤクザとの交遊や疑惑が持たれてる私学団体に闇雲に支払われているというのは如何なものか。病院建て替えで利益還元を謀った理事が存在してるのだから、血税の私的流用していたのではという疑惑も浮上する。

 国旗・国歌に反対し、反天皇勢力著しいカトリック系の学校法人を始め、宗教系の学校などでは「日の丸は侵略のシンボル」「君が代は統治者天皇賛美」だとして教えているが、こんな私学を手厚く助成してることにも違和感を覚える。

 私学助成金制度が違憲でありながら私学への助成金制度を継続しているが、その理由は「私学と雖も公の支配下に在る」という自衛隊へのソレと同じで、私学助成を廃止すれば私学の多くが破産するとの温情から措置を講じているというだけ。

 政府見解では「私立学校の事業は『公の支配』に属している」とし、私学への助成についても「憲法89条に反しないもの」としているが現憲法の曲解である。私学助成金制度にしても、現憲法の矛盾は第九条だけではないことが分かるだろう。

 憲法第八十九条「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない」に抵触するのは明らか。

 森友問題は何故か決裁文書の書き換えだけが問題となっているが、私学助成に目を付けて金儲けを企んだ金銭欲逞しい籠池の詐欺行為であり、野党やマスコミの執拗な追及は籠池の愛国ビジネス詐欺事件に加担しているとしか思えない。

 森友問題の財務省の文書改竄なんぞより、我が国の学制の基本となってるこの「私学助成」の在り方を論ずるべきだが全く問題にさえならないのが不思議でならない。日大の助成金も即刻停止並びに疑惑がある数年分は還付させるべきだろう。

 高が日大相撲部の監督だった田中が理事長まで上り詰めたのか。日大出身の力士は多く、相撲協会との関係は深い。国技を自任する大相撲と天皇陛下との繋がりなど、田中はそうしたことを最大限に利用したのではという疑問も生じる。

 教育とは国家の大本であり、教育に携わる者は自ら襟を正して子供達の模範とならねばならない。今回の事件は、教育関係者にとっては実に恥ずべき行為である。

 田中理事長は、背任罪での共謀は無関係を装うが、「李下に冠を正さず」との喩え通り、疑われたこと自体が不徳の致すところ。況してや、国家反逆罪とも言える脱税での逮捕は卑しさ故の因果応報。その結果を諒として潔く身を辞しなさいな。と思っていたら、流石に居座ることが恥ずかしく感じたのか辞任の意向を示した。

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