2020年02月

2020年02月27日

波瀾万丈の天才ボクサー・辰吉丈一郎に見るプロとしての生き様

 波瀾万丈の天才ボクサー・辰吉丈一郎を20年間追いかけた「ジョーのあした-辰吉丈一郎との20年」というドキュメンタリー映画がある。

 現役であり続ける辰吉丈一郎のボクシング論や、父子の関係、家族への思いが、辰吉自身の言葉によって語られていく。

 原則的に日本人ボクサーの「定年」は37歳だそうだ。現役に拘る辰吉の思いと魅力が、インタビューによって引き出されていく。

 この映画について、以前、辰吉が雑誌のインタビューに応えていた。

 -現在の収入は?-

「まったくない。無収入」

 -無収入? 生活は?-

「いうても僕、3回も世界チャンピオンになってますから(笑)」

「ファイトマネーを無駄遣いしてこなかったし、リングに立って稼いでいる訳ではない以上は貯金を下ろして生活するしかないでしょ?」

 -過去には、数千万単位のCM出演を断ったとの伝説もありますが-

「うん。だって僕、タレントじゃなくてボクサーなんで」
「ボクサーがCMって違うと思うんで。小銭ならいいですよ、でも、何千万というお金を稼いではダメだと思った」

 -後悔は?-

「一切ない」

 テレビのバラエティー番組には、プロスポーツ選手や人気力士らが然もタレントの如くに出演し、CMにも登場するのは当たり前の時代にあって、「だって僕、タレントじゃなくてボクサーなんで」とは中々言えた言葉ではない。

 これぞプロ中のプロだと思う。

 自分の生き方がありながら、目先のカネに飛び付いて、本業ではない仕事で食えることを優先するというのはプロとしての覚悟が乏しい証拠。

 インタビューは続く。

 -世間からは『もう十分だろ』との声も届いていると思うのですが?-

「紛いものというのか、捻くれているというのか。デビューの頃から僕は、普通が嫌やったんですよ」と応えている。

 これぞホンモノ、プロ中のプロだ。「普通が嫌だった」という反骨精神と男の痩せ我慢は、愚生も大いに共感出来る。

 ボクサーだろうが、サラリーマンだろうが、右翼だろうが、乞食だろうが、どんな仕事に就いて様が、あっちにコロコロ、こっちにコロコロと要領好く生きているヤツよりも、愚生はこうした自分の生き方に信念のある削げ者が好きだ。

 自分のやりたい夢がありながら、目先の生活に困窮し、或いは分不相応な生活を望んで、結果、目先の「食える」職業を選択してしまう。

「好きなことをやり、それで食えるようになりたい」と思うのならば、それに向かい懸命に努力し、我慢し、試練に耐えながら必死に生きればいいが、今の時代、夢なんぞ二の次で、アルバイト程度で食えてしまうから始末が悪い。

 これではプロやホンモノは育たない。

 目先の仕事にあり付いて、食えることを優先するというのは、それは単なる自分自身への誤魔化しであり、畢竟、プロやホンモノへの侮辱でもある。

 愚生が右翼に入った昭和50年代というのは「右翼ブーム」の時代でもあった。愚生も30年活動して来た中で何百何千の右翼を見て来たが、殆ど残ることはなく、若い頃の熱が醒めると去って行き、残ったのはホンの僅か。

 その残った者がホンモノかというとそうでもない。

 最近は「愛国ブーム」というか保守派やネット右翼と称される連中が多くなり、在特会や主権回復を目指す会などが過激に行動し、日本第一党が保守政党に名乗りを上げる。これが好いことなのか、悪いのかは分からない。

 右翼と自称・愛国者とのボーダーラインが無くなったのは確かだろう。それと比例して右翼は怖さが無くなったし、何より牙がなくなった。

 今の保守ブームが去れば、自称・愛国者らも去って行くのは明らか。

 結局はどの世界もホンモノとホンモノのぶつかり合い。大衆はどちらにも動くし、大衆の意見というのはそういうもの。

 ホンモノのリーダーの出現を待望する。

 その昔、横山武彦という破天荒な右翼人がいた。歳は二回りも上だったが妙に馬が合った。その横山曰く「乞食でもホンモノは信用できる」と語ったのを思い出す。何事に於いても中途半端がダメだということだ。

 道は山あり谷あり、挫折を繰り返しながら前進せよ!

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2020年02月26日

青年将校が総勢1483名を率いて惹起した「二二六事件」

 昭和11年2月26日未明、安藤輝三、野中四郎、香田清貞、栗原安秀、中橋基明、丹生誠忠、磯部浅一、村中孝次ら青年将校は、第1師団歩兵第1連隊、歩兵第3連隊、近衛師団の歩兵第3連隊など総勢1483名を率いて維新を惹起した。

 当時の情勢は東北の農家は疲弊し、中央の官界や財閥の跋扈と政治の怠慢など多くの問題が山積していた。掲げられた「君側の奸」「昭和維新」「尊皇討奸」との幟の惹句を見れば、如何に憂国の至情から出でる行動だったかが窺い知れる。

「皇道派」といわれた彼らのその行動の柱となったのが、国家社会主義者・北一輝の「日本改造法案大綱」と言われているが、この二・二六事件の伏線になったものが、前年8月に起きた「相沢事件」とも言われている。

「相沢事件」とは、陸軍中佐だった相沢三郎が陸軍省内で軍務局長・永田鉄山を刺殺した事件である。相沢は福島県白河町(現白河市)生まれ。大正7年、歩兵第4連隊から台湾歩兵第1連隊付に移り大尉に進級する。

 同年9月陸軍戸山学校教官に就任。その後、陸軍士官学校付歩兵第13連隊中隊長を経て、昭和2年少佐進級と共に歩兵第1連隊付として日本体育会体操学校(後の日本体育大学)に配属され学校教練を担当した剣の達人でもある。

 昭和8年には陸軍中佐となるも、昭和10年の永田軍務局長刺殺で翌軍法会議で死刑判決が下され、代々木衛戍刑務所内で銃殺刑に処された。

 陸軍内は当時、高度国防国家を目指す「統制派」と天皇親政を理想とする「皇道派」の対立が激化していた。皇道派だった相沢は、同派の教育総監・真崎甚三郎が更迭されたことに不満を持ち、統制派の中心人物だった永田刺殺に至る。

「相沢事件」が二・二六事件」の伏線になったということは紛れもない事実だろう。相沢事件の半年後に所謂「二・二六事件」が決行される。

 我が国の歴史を遡れば「大化の改新」に始まり、「建武の中興(新政)」「明治維新」と、陋習を打ち破らんと維新の大業が成し遂げられた。

「維新」とは、幕末の思想家・藤田東湖が示した「大義を明にし、人心を正さば、皇道奚(いずく)んぞ興起せざるを憂えん」こそが神髄である。

 彼らは「反乱軍」と断じられ、陛下の命により処刑されはしたが、彼らの維新の大義と憂国の至情は決して消えることはない。

 二・二六事件に唯一の民間人として加わり「群衆指揮等」として死刑に処せられた渋川善助という思想家がいる。渋川もまた相沢と同じ福島県人である。

 渋川は福島県会津若松市七日町出身。会津中学校、仙台陸軍地方幼年学校を経て陸軍士官学校予科に進み、御前講演を行うほど成績優秀で、杉田省吾、西田税らと「維新同志会」を結成し、国家主義運動に参画した。

 渋川が少年時代に過ごした部屋は、三島由紀夫が訪れた際に「憂国の間」と名付け、会津若松市の「渋川問屋」内に現在でも保存されている。

 渋川問屋は料理旅館としても有名なのだが、福島県に住んでいながら未だ訪れたことは無い。いつの日か憂国ならぬ夕刻の士らと宿泊し、会津料理と地酒を呷り乍ら談論風発、杯盤狼籍、大破轟沈するのが細やかな夢でもある。呵々。

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2020年02月24日

「支那(シナ)は差別用語だから使用するのはダメ」というが

 Facebookの検閲が止まない。「シナ(支那)は差別用語だから使用するのはダメ」という。シナがダメならば「インドシナ半島」や「東シナ海」もダメだわな。そんなこともあってか最近は「支那そば」と言わなくなった。

「支那(China)」とは、最初の統一王朝「秦」に由来している名称で、新井白石が「支那」と翻訳した。岡倉天心の説では「新」に由来しているという。

 我が国と中華圏の交流は長い歴史があると思っているが、日中関係が樹立されたのは20世紀に入ってからであり、未だ100年ほどしか経っていない。

 607年、聖徳太子は小野妹子を隋に派遣し対等外交に踏み切ると、後に蘇我氏を滅ぼした中大兄皇子らが、645年に「大化の改新」という維新を実現する。

 天智2(663)年、唐・新羅連合軍に攻撃された百済は日本に救援を求めると、我が国はこれに応じて出兵した。これが世にいう「白村江の戦い」である。

 応援に出た日本軍はこの海戦で大敗を喫し、多くの日本人が捕虜として捕らえられた。我が国はこの敗戦を機に中華圏との正式な外交を絶つこととなった。

 それから約1200年後の明治4(1871)年、日中と外交を結ぶも「日清修好条規」を結んだ相手は満州人の清朝であった。

 当時、支那大陸を支配していたが漢民族の国ではなかった為に、中華圏との正式な外交は「中華民国」の誕生まで待たなければならなかった。

 中華人民共和国は日清戦争での敗戦もあって、我が国にだけは自分達を世界の真ん中にある「中国」と呼ばせることで「北京が世界の中心だ」ということを暗に認めさせ、朝貢国に仕立て上げようと躍起になった。

 中共から「中国」強要の理不尽な言い掛かりが始まったのは、占領下だった昭和21年6月に遡る。形式上、連合国の一員で戦勝国であった中国共産党は、その力関係を盾に敗戦国である我が国に「中国」と呼ぶことを強要した。

 外務省はそれに何ら反論も出来ず従順に受け容れた。そして「外務省次官・局長通達」として、「理屈抜きにして先方の嫌がる文字を使わぬこと」と言論機関などにこれを強制し、国民に「中国」との呼称を浸透させた。

「中国」という言葉の一番古い意味は「首都」という意味で、「国民国家」を意味するものではない。日本でいう「中国」とは中国地方のことで、中国銀行なども在る様に別に「世界の中心」という意味でもない。

 英語圏では「チャイナ」。フランスは「シーヌ」。イタリアは「チーナ」。ペルシャでは「チーン」。インドでは「シナスタレ」などと呼ぶ。

 尊皇愛国の書として有名な山鹿素行の「中朝事実」では、世の学者の外国(主として漢土)崇拝を批判し、皇統の一貫を根拠に「日本こそ万国に卓越した中華・中国と呼ぶに相応しい国である」との日本主義を主張している。

 愚生は常々「中国」と呼ぶのは国際的にも間違いで、「支那」と呼ぶことが正しいと考えていた。だが、「支那」とは中国二千年の歴史のある言葉であり、その国名には浪漫や憧憬を感じる素晴らしい言葉でもある。

「支那」とは、易姓革命で政権や王朝が代わっても、その基底にある自然・民族・文化を意味する名称として使われてきた国名であり、共産党一党独裁の近代国家如きを「支那」と呼ぶには差別どころか分不相応だと感じている。

 浪漫が欠落してる共産主義国である「中華人民共和国」や「中国共産党」は、やはり「中共」や欧米に倣い「チャイナ」と呼ぶのが相応しい。

 親中派という媚中派らは「日中関係は同文同種」とか「一衣帯水」という認識で「四書五経」のイメージで支那への憧れを膨らませる。国民の多くが疑いもせずに「中国」と呼称しているが、これは敗戦コンプレックスの裏返しでもある。

 世界では日本を「ジャパン」と呼び国民もそれを疑わない。ジャパンから「ジャップ」などど差別されたりするのだが、本来は「ニッポン」と呼ぶべきだ。

 国際会議やオリンピックなどの国際大会などでは日本は「JAPAN」と表示されるが、日本は「NIPPON」と表記させるべきではなかろうか。

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 ということで、画像は愚生的ナンバーワンの福島市の「支那そば佐川」の支那そば&半ライス&糠漬け。あ~、食べたくなって来たな(笑)

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2020年02月23日

奉祝・天長節 万歳、万歳、万々歳!

 本日は天長節(天皇誕生日)、誠におめでとうございます。皇国臣民の一人として謹んで陛下の弥栄と長久を御祈念申し上げ奉ります。

 我が国は、神武肇国の昔より、歴史の中から数々の伝統及び制度が生み出されてきた国家である。そんな中で、永遠に無くなってはならぬものが天皇を戴く国家の在り方であることは言うを俟たない。

 2680年の永きに亙り、万世一系の天皇を戴き、常に国民や世界の平和を祈り続けておられる天皇を、善き至高の存在として暮らして来た。

 天皇を族長と仰ぐ君民一体の家族国家が日本国であり、「天皇即日本」「日本即天皇」の天皇国家こそが我が国の国柄であり、皇統の歴史こそが象徴である。

 天皇の御代が栄えることは、即国民の代が栄えることでもあり、この国體の精華は万邦類を見ないところである。正に、世界に冠絶した「君が代」の世界が厳然と存在する国こそが、我が国祖国日本なのだ。

 陛下は天皇誕生日を前に記者会見に応じた。豪雨に見舞われた被災地への思いや、60年の歩みでの思い出として、東京オリンピックで銅メダルを獲得した円谷幸吉選手のゴールシーンを挙げた。同県人として実に嬉しいことだ。

 一方で、憲法下での象徴天皇としての御立場を強調されているが、こうしたことは宮内庁や記者らによる護憲への誘導尋問でもある。「公務の重み」を語ることで益々現憲法が絶対化し、その呪縛から逃れることは出来なくなるだろう。

 天皇とは祈る存在であり、祭祀が軽減、簡素化される中で国事行為や公務が最優先されるのは、祭主としての天皇の存在を軽んじている証左である。国事行為や公務なんぞ、それこそ女性皇族が補佐すれば好い。祭祀を重んじよ。

 抑々、天皇というのは憲法以前の存在であり、憲法が在って存在せられるものではない。明治憲法第一条の「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」こそが歴史的事実であり、本来在るべき天皇の姿を明示されたものと勤解する。

 陛下や皇太子殿下の御言葉はその影響するところは大であり、正に「綸言汗の如し」。飛び出した汗は体内に戻らないと同じく、御言葉の影響は大きい。

 政治家の様に口先で誤魔化すことは、その御地位、御立場と崇高な御人格がそれを許さない。ところが、質問する記者団といえば海千山千の強か者ばかり。恰も皇室を理解している様に取り繕ってはいるが多くは皇室に批判的な輩である。

 少なくとも尊皇絶対の大義を弁えている記者はいない。ノスタルジアな左翼思想に被れ、反天皇、皇統断絶に与する記者らは、陛下との一問一答形式によって、御言葉を引き出し、言葉尻を捉えて政治問題し、世論誘導を企てる。

 開かれた皇室論に基く陛下や皇族への定例会見は一切拒絶するのが妥当であり、宮内庁は別な形での国民への御発露の方法を考えるべきだと思う。

 日本という奇跡の国に生を享けながら、反天皇の不遜不敬、不届至極の不逞の輩がいるのは、戦後の日本人の精神的幼稚さの現れでもある。

「天皇制打倒」を目指す日本共産党や立憲民主党ら左翼陣営が「女性天皇」や「女性宮家」の創設や「女系天皇」容認に狂奔していることこそ何かを況や。皇統破壊の一里塚であった天皇退位法案を強行した安倍政権もまた然り。

 これらの奸賊を排し、迫る来る祖国の危機に対処し、天皇国日本を盤石の安きに置く使命を有するのは民族派陣営である。正にその存在の意義を示す神機は近付きつつあると確信する。諸君、一旦緩急に備え遺憾無きを期そうではないか。

 すめらぎいやさか、すめらみこといやさか。すめらみくにいやさか。

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2020年02月22日

浅沼稲次郎を刺殺した山口二矢烈士の狂気と正気

 今日、2月22日は「竹島の日」だが「222は、にゃんにゃんにゃん」で「猫(にゃんこ)の日」らしい。愚生の場合は、憂国の至情から浅沼稲次郎を刺殺し、練馬鑑別所で自裁した山口二矢のことを思い出さずにはいられない。

 昭和18年2月22日生まれ。山口家の二男、二月二十二日生まれと「二」の字が重なったことから「二矢(おとや)」と命名したという。

 昭和34年、大日本愛国党に16歳で入党。だが、赤尾総裁の運動に懐疑的だった二矢は翌年5月、同党の吉村法俊、中堂利夫(後に両名は防共挺身隊に身を寄せるも脱退し共に人気作家に)と共に愛国党を脱党する。

 3人は防共挺身隊の福田進総隊長の世話になり、「全アジア反共青年連盟」を結成。福田の支援で銀座鳩居堂の二階に事務所を構える。

 福田は以前、大日本愛国党の城南支部長も兼任していたが、「赤尾は完全な資本主義者だ」として袂を分かった活動家でもある。

 2月22日生まれ。浅沼を刺殺したのが10月12日。練馬鑑別所で自裁したのが11月2日。「二」という数字は烈士にとって運命だったのか。

 当時、17歳の二矢は大東文化大学の学生でもあった。「日本を救うには左翼の煽動者や阿る連中に天誅を加えなければ」と、第一の候補に日教組委員長の小林武を選ぶ。続いて、日本共産党の野坂参三、浅沼稲次郎は三番目だった。

 更に、自民党・鳩山一郎、石橋湛山、社会党・松本治一郎の6人を狙う。また「紀元節反対」を論じている三笠宮殿下に対しても御反省を求めている。

 今や日本社会党は消え去り、残党である社民党も風前の灯火。二矢が警鐘を鳴らさねば当時の勢いは止むことなく、多くの国民が社会主義の犠牲者になってただろう。浅沼ではなく、野坂参三だったらどうだっただろう。

 昭和35年10月12日、ニ矢は日比谷公会堂で演説中の浅沼稲次郎を刺殺、現行犯逮捕された。二矢が携行した檄文にはこう認めてあった。

「汝、浅沼稲次郎は日本赤化を謀っている。自分は、汝個人に恨みはないが、社会党の指導的立場にいる者としての責任と、訪中に際しての暴言と、国会乱入の直接の煽動者としての責任からして、汝を許しておくことは出来ない。此処に於て我、汝に対し天誅を下す。皇紀二千六百二十年十月十二日 山口二矢」

 逮捕された二矢は供述録取書にも素直に応じた。

「私の人生観は大義に生きることです。人間必ずや死というものが訪れるものであります。その時、富や権力を信義に恥ずるような方法で得たよりも、たとえ富や権力を得なくても、自己の信念に基づいて生きてきた人生である方が、より有意義であると信じています」

「浅沼委員長を倒すことは日本の為と堅く信じ殺害したのですから、行為については法に触れることではありますが今何も悔いる処はありません。しかし、浅沼委員長は最早故人となった人ですから生前の罪悪を追及する考えは毛頭なく、唯故人の冥福を祈る気持ちであります。又浅沼委員長の家族に対しては、如何なる父、夫であっても情愛に変わりなく、殺害されたことによって悲しい想いで生活をし迷惑を掛けたことは事実ですので、心から家族の方に申し訳ないと思っています」 

 供述調書を取り終えた11月2日未明、東京少年鑑別所の個室で、支給された歯磨き粉で壁に「七生報国 天皇陛下万才」と記し、従容として死に就いた。

 旧来の思想や社会構造を打破しようとする時に常軌を逸した行動が生まれる。テロと断じるのは容易いが、この行動こそが正に正気の狂気であるのだ。

 生きていれば未だ77歳で、麻生財務大臣より若い。右翼民族派陣営の現況は先細り、淘汰されつつある感は拭えない。二矢烈士が生きていれば、右翼民族派陣営をどう導いてくれただろうか。すめらぎいやさか。すめらみこといやさか。

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2020年02月19日

厚労省が定める「体罰の定義」を学校教育に当て嵌めるな!

 厚労省は、四月に施行される児童虐待防止法の体罰禁止規定に関し、具体的に「注意をしたが言うことを聞かないので頬をたたく」「宿題をしなかったので夕飯を与えない」「悪戯をしたので長時間正座させる」などの事例を示した。

 親権者や内縁の夫などに由る暴力が後を絶たない。虐待する大人というのは甘やかされて育ったりと精神的に幼稚なのが多い。こんな精神が歪んでる大人を、役人と有識者が決める体罰定義で虐待を無くそうなどは嗤うしかない。

 学校での先生に因る体罰が問題にされる度にこれと同じ様なことが議論されて来たが、文科省や教育委員会が解決させた験しはない。家庭での虐待にしても同じで、厚労省が登場しても余計ややこしくなるし、まともな親も迷惑千万。

 戦後、我が国ではGHQが謀った教育もあり、子供を褒めなければダメ、叱ったり殴ったりすることはケシカラン、体罰はダメという考えが支配的になった。

「褒める教育」というものは、日教組が「生徒の自主性・自由の尊重」などと謳ったところから始まったもので、非行を繰り返す不良生徒やその親を批判せず、その生徒に体罰をした教師だけが吊し上げられ、現場から排除されてきた。

「褒める教育」を推進する連中は「体罰は暴力」と決め付けるが、「体罰」と「暴力」とは異質のもので、「体罰」とは子供に善悪を躾けることが目的であって「暴力」とは言わない。「暴力」とは私的感情が伴う行為をいうのだ。

 言って分かるなら苦労はしないが、言っても分からない子供は一定数いるのは確か。善悪を躾ける「体罰」という「愛」が、子供の理性や本能を正しく鍛えるということを親や教師、教育委員会、役人、何より政治家は知るべきだ。

 昨今、学校や家庭、地域全体が子供らをどう導けば善いのか解らなくなっているのが実情で、その子供らもまた厳しく躾けられていないから善悪の判断が乏しく、痛みも知らなければ、チョットしたことで挫折してしまうのが多い。

「体罰」の意味も知らず、本物の愛情に触れることなく軟弱に育てられた子供達こそが現代社会の犠牲者であり、そんな環境で育った大人もまた然り。

「愛のムチ(体罰)」と暴力は紙一重。ビンタなどの体罰には親として子供を思いやる気持ちがあり、子供もまた親を敬う気持ちが無くてはならない。

 人を育て上げるというのは、日本刀が出来上がる過程と似ている。日本刀は先ず、卸し鉄を何重にも積み重ねることから始まる。そして「鍛錬」し「下鍛え」し、何回も何回も鍛え上げて「芯鉄」を鍛え、造り込んで行く。

 日本刀を作る上で最も大事なのが「焼き入れ」である。焼き入れを行うことで刀に命を吹き込む。焼き入れ一つで刀の出来も価値も変わってしまう。

 体罰の本来の目的は立派な人間を創り上げる「ヤキ入れ」であり、そして出来上がった刀を磨き上げるのが最終工程。刀をそのまま持ち歩くことは出来ない。

 そこで、刀を納める鞘が必要となる。鞘というのは要は、先生であり、同級生や仲間であり、上司であり、同僚だろうか。結婚すれば妻が鞘の役目となる。

 ヤキという鍛え込みと磨き上げで立派な人材が出来上がるのだが、如何せん、ヤキの後に磨き上げないから折角の愛のムチが暴力だと断じられてしまうのだ。

 卸し鉄を叩いて叩いて鍛錬し、鍛え上げることで強靭で立派な刀が出来上がるのだ。我が母校の国士舘の創設者・柴田徳次郎先生も次の様に訓示している。

「刀というのはトンテンカン、トンテンカンと叩いて叩いて鍛え上げなければ『五郎入道政宗』とか『村正』といった立派な刀は出来ません。国士舘の生徒も先生だけの指導だけではダメで、学校も親も一緒になってお子さん方を鍛え上げて行かなければ立派な日本人に育てることは出来ません」

 正しく教育とはこれに尽きる。親だけではなく、教師や社会全体が我が国の将来を担う子供達を育てるのだという意識こそが大事で、文科省や教育委員会、厚労省などの役人や有識者などがしゃしゃり出るからややこしくなる。

 詰め込み教育の弊害がここに来て露わになっている。「知育」も結構だが、それよりも先ず「理性」を創ることが大事。それも欧米型の理性ではなく、日本的理性、つまりは「人間性」であり「正しい精神論」である。

 誰の子供もどんな子でも日本の宝なのです。我が国が抱える問題を解決するには、幼少期の親の愛情と、保育所や幼稚園や小学校低学年の段階で正しい人間性の基礎を創り上げ、地域や周りの人らが温かく見守り育んで行くことだ。

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2020年02月14日

Facebookで規約違反の申告を受けて只今アカウント停止中(笑)

 Facebookで規約違反申告を受けてアカウント停止中なのでタイムラインに記事も出せなければメッセンジャーも使用出来ない。「小人閑居して不善を成す」とはよく言ったもので、暇を持て余してヤフオクでプチッとしまくってる(笑)

 過去にも橋下徹関連の記事で「穢多・非人」のことを書いたら、何処の何方かに「差別的表現」として通報されたことがある。「穢多(えた)」や「非人(ひにん)」というのは広辞苑にも出ている様に別に歴史的な事実だ。

「穢多(えた)」「非人(ひにん)」とは、江戸時代の幕藩体制で「士農工商」の更に下の最下位層に位置付けられた人々で、明治以降は「新平民」と呼ばれている所謂「同和」や「部落解放同盟」などの「自称・差別されてる」連中のこと。

 江戸時代、同心を手伝った岡っ引きや十手持ち、罪人の世話や処刑、牛馬処理などを担ったという。明治以降には屠殺に関わり、精肉店や革製品製造などに従事してる人に多いと言われ、芸人も非人の起源と言われている。

「差別はいけない」と批判するが、そうした存在を黙(もだ)し、現代の幼稚な価値観を優先する余り、歴史から消してしまうことが好いことだとは思わない。

 我が国の歴史にそういう負の時代が存在していたのであれば、その成否はどうあれその事実を教えなければ「差別」の意味さえも理解することは出来ない。

 愚生の敬愛する、現代の思想家であり評論家の新崎智こと呉智英(くれともふさ、ご・ちえい)は、差別というものを逆説的にこう述べている。

「差別は正しい、差別と闘うのが正しいのと同じぐらい正しい。人類が目指すべきは『差別もある明るい社会』である。差別さえない暗黒社会にしてはならない」。哲学的ではあるが「差別もある明るい社会」とは実に示唆に富んでいる。

 幼稚な倫理観やキレイゴトによって、何でもかんでも「差別はいけない」と規制されてるのは逆差別の様にも感じてしまう。そうした風潮が、同和や部落解放同盟の差別ビジネスやアイヌ利権に繋がっていると言っても過言ではない。

 今回、アカウント停止になった原因はどうやら、山口敬之と伊藤詩織の「ゲロを吐きまくった女とやっちまった山口敬之が悪い(笑)」との記事だったらしい。でも、この文章のどこが不適切な表現なのかさっぱり分からない。

「ホテルに連れて行くなら、自分の部屋に連れ込むのではなく別な部屋を取ってやるべきだったわな。目が覚めた伊藤は、昨夜の自分の醜態に恥じ入ったのは想像するに難い。そんな申し訳なさからセックスに及んだのだろう」

「ホテルのトイレでゲロをそこいらじゅうに撒き散らし、それを健気に掃除する山口。愚生も経験はあるが、よく貰いゲロをしなかったものだ。まぁ、山口の下心なのか、優しさなのか。愚生ならそのまま放置プレイ必至(笑)」

 こうした愚生の経験から基く表現を不適切だということが不適切ではないか。まぁこうした措置でも経験の一つとして受け容れたら、またしても山口敬之と伊藤詩織の記事で3日間だった停止期間が更に延長されていた(笑)

「『据え膳食わぬは男の恥』とばかりにやっちゃった、たった一発の中田氏で330万円の賠償命令。外国人記者クラブで会見に応じ、裁判への不満と自分の正当性を訴えた。驚くのはその場に伊藤詩織が参加していたことだ」

「伊藤ってのはレイプされてその怖さからPTSD(心的外傷後ストレス障害)になったんじゃなかったっけ。そんな精神的に滅入ってる女が乱入してくるというのも何だかなぁ。PTSDの患者が、加害者と同じ空気を吸っている不思議(笑)」

 山口というより伊藤詩織の関係者らの検閲に引っかかったのだろう。これに続いて次は「ライダイハン」や「議政府米軍装甲車女子中学生轢死事件」「従軍慰安婦」などの韓国関連の記事もヘイトや不適切な内容として通報された。

 何となく、検閲してる輩というのが分かりそう。愚生の記事はフォロワーが500人以上いるし、啓蒙活動でもあるので「公開」にしてるが、また通報されると面倒だし、これからは16人しかいないが「友人限定」にしようかな(笑)

 ということで、Facebookの再登場は週明けになりそうです。呵呵大笑。

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「共産党は過去に各地で殺人などの暴力主義的破壊活動を行った疑いがある」との安倍首相の答弁

 衆院予算委員会の集中審議で、立憲民主党の辻元清美が質問とは程遠い安倍首相を扱き下ろした自説に対し、安倍首相が「意味のない質問だ」とボヤいたことが、立憲などから「議会制民主主義を否定するヤジ」だと大騒ぎされている。

「鯛は頭から腐る」を引用して安倍首相を腐した。辻元は「組織は頭から腐る」と言いたかったらしいが、「組織=日本」だとすれば「腐ったみかんの方程式」で言う腐った存在こそ辻本であり立憲民主党らクソ野党だろう(苦笑)

 マスコミは反安倍の流れから野党の大騒ぎに便乗してこんな記事ばかり垂れ流している御蔭で、他の議員の質問内容は殆ど聞こえて来ない。

 日本維新の会の足立康史は「野党の政権構想は『共産党含む連合政権』と志位和夫が主張してたが、共産党の破防法調査対象の理由は?」と質問。

 これに対し安倍首相は「共産党は過去に各地で殺人などの暴力主義的破壊活動を行った疑いがある。現在も方針変更がないと認識し調査対象」と答えた。

 これに激怒したのが日本共産党。小池晃は「破防法の調査対象団体はデマだ」と強弁したが、政府は、日本共産党について「現在でも破壊活動防止法(破防法)に基付く調査対象団体である」とする答弁書を閣議決定している。

 こうした事態に当の共産党はそれに真っ向から反論し、安倍政権を批判しているが、監視対象では生温い、破防法を適用し共産党を非合法化するべきだ。

 日本共産党は、大正11(1922)年7月15日に、「コミンテルン(共産党インターナショナル)」の日本支部として誕生したことは歴史的にも明らか。

 コミンテルンは、ロシア革命の指導者・レーニンが創設した共産主義の国際組織であり、レーニンの死後はスターリンが実権を掌握した。ソ連崩壊後も共産主義を内在とした悪の本質は現在も受け継がれている。

 日本共産党はコミンテルンによって創られ、財政的援助を受けて維持され、壊滅する度に再建されたが、その歴史は暴力革命を標榜する売国政党に他ならない。

 ソビエト連邦崩壊後、東欧では「マルクスレーニン主義」を捨て去り党名も変更したが、未だに自由主義国の中でマルクス・レーニン主義を信奉し、堂々と「共産党」を名乗っているのは日本共産党だけだ。

 こうした政党が存在していること自体が不可思議で、況してや世界の共産主義者というのは愛国者だが、自国を貶し、自国の歴史と伝統と文化を否定する売国奴は世界広しと雖も日本共産党だけ。正しく珍現象とも言える。

 日本共産党は、テロ、リンチ、スパイ、陰謀等々の本質を覆い隠す為に、中国共産党を批判して「国民の自由を守る」かの様なソフト路線を展開しているが、これこそが欺瞞でありインチキ政党と断じて好かろう。

 国民は想起すべし、ソ連共産党崩壊後の暗黒一党独裁を。中共の文化大革命の粛清やチベット・ウイグルなどでの人民殺戮や金日成やポルポトの粛正の嵐を。国内に於いても、宮本顕治らによるリンチ殺人事件は夙に有名だ。

 昭和8年12月23日、党内のスパイと疑って小畑達夫と大泉兼蔵を渋谷区幡ヶ谷のアジトに呼び出しリンチ。スパイと自白しなかった小畑を殺した。犯行は宮本の他、袴田里見、逸見重雄、秋笹政之輔らの犯行だった。

 治安維持法違反・不法監禁致傷・不法監禁・傷害致死・死体遺棄・銃砲火薬類取締法施行規則違反で無期懲役に処された宮本顕治が日本共産党の委員長だったというのだからその特異性が解るというものだろう。

 また、武装闘争として「中核自衛隊」を組織し、警察や米軍を襲撃した。交番や警察官の襲撃も相次ぎ、「伊藤巡査殺害事件」や、札幌警察署警備課長白鳥一雄警部が狙撃され死亡した「白鳥事件」などを実行している。

 白鳥事件の実行犯2名は、事件後、中国共産党を頼り逃亡した。皇居前広場での「血のメーデー事件」「曙事件」「あさま山荘事件」「三菱重工ビル爆破事件」「テルアビブ空港乱射事件」等等、その暴力性は挙げたら限が無い。 

 共産党の歴史を遡れば、昭和47年の総選挙で日本共産党は、14議席から40議席に躍進し、日本社会党に次いで第二野党となった。

 自民党政府はこれに危機感を抱き、「社会主義(共産主義)には自由がない」とし、「自由社会を守れ」キャンペーンを行った。安倍も「破防法適用団体」とか「公安調査庁の監視対象」に更なる具体的暴力行為を曝した方が好い。

 これを受けて共産党は、昭和48年の党大会で綱領の一部を改訂し、労働者階級の権力、即ち「プロレタリアート独裁の確立」という文言の「独裁」を「執権」に変更し、党員や支持者らを納得させた。

 昭和51年の臨時党大会では、綱領の「プロレタリアートの執権」の文言を削除し、「労働者階級の権力」のみにし、「マルクス・レーニン主義」という用語も、「科学的社会主義」に置き換えた。どこが「科学的」なのか(苦笑)

 だが、幾ら取り繕うとも日本共産党の実態は、マルクス・レーニン主義の教義に基く「暴力革命」と「プロレタリアート独裁」の思想は変わってはいない。

 共産党は、昔の様な赤旗スタイルを止めて、頻りに「民主主義」を宣うが、共産党政権下では、「自由」が保障されることが無いことは歴史が証明する処であり、共産党政権下では「民主主義」なんぞ存在しない。

 共産党のいう「民主主義」とは、あくまでも組織原則は「中央集権制」が主であって、「民主主義」は単なる飾りに過ぎない。

「日本共産党の誇るべき組織原則である民主主義的中央集権制(民主集中制)」と、自らが記してある通り、「反主流派」は存在してはならず、党員同士の横の繋がりは「分派活動」として禁止されているのだ。

 田村智子という参議院議員が「日本共産党員に暴力革命を目指す人など一人もいない絶対に」などと否定してるが、中核も革マルも革労協もSEALDsも関西生コンなどなどの下っ端どもは全員暴力革命集団ではないか(苦笑)

 今や安倍憎しから野党勢力は共産党と手を組み安倍政権打倒を謀る。御先棒を担いでいるのは小沢一郎。これじゃ益々安倍の支持率は下がらないわな。呵呵。

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2020年02月10日

2月10日は民族の生死を賭けた日露戦争の開戦記念日

 明治37(1904)年2月8日、旅順港に停泊中のロシア旅順艦隊に日本海軍駆逐艦が奇襲攻撃。日本陸軍先遣部隊が朝鮮仁川に上陸。翌9日、仁川港外に派遣されていたロシアの巡洋艦ヴァリャーグと砲艦コレーエツを攻撃し自沈に追い込んだ。

 この「仁川沖海戦(じんせんおきかいせん)」を以て、民族の生死を賭けた日露戦争の火蓋が切られ、翌10日、我が国政府はロシアに宣戦布告する。

 極東の小国であった我が国と、当時、世界最大の軍事大国と言われていたロシアとの戦いは一年半にも及び、我が国が奇跡的大勝利を成し遂げた。

 固唾を呑んで見守っていた世界の人々の誰もがロシアの勝利を疑わず、「日本大勝利」の報は極東小国日本の存在を世界に知らしめ、人々を驚嘆させた。

 日露戦争前、ロシアに占領・弾圧されていたフィンランド、トルコ、ポーランドの国々や、有色人種として差別されていた民族にとって日露戦争の結果は、国家と民族の存在を決定的に変える程の影響を齎したのである。

 15世紀の大航海時代以来、白人による世界制覇の滔々たる流れがアジアにも押し寄せ、次々と植民地となって行った。こうした世界の流れに江戸幕府も対応に苦慮する。そんな中で民衆は「国家」というカタチを意識する様になる。

 そこで起きた明治維新。我が国は中央集権国家を目指す。その後に起きた日清戦争、そして国家の存亡を賭けた日露戦争で我が国が勝利したことによって世界は大きく変化し、全世界の有色人種に強烈な影響を与えることなった。

 インドのガンジー、ネール、ビルマのオッタマ・ミール、フィリピンのリカルテ、ベトナムのファン・ボイ・チャウ、エジプトのムスタファ・カミール、トルコのケマル・パシャ等等、日本勝利が及ぼした影響は計り知れない。

 世界の各地で「日本大勝利」に狂喜し、白人に抑圧されていた民衆は有色人種が白人に劣らないことに確信を持ち、各地で独立運動が湧き上がり、米国内でも黒人に人種平等の自信を与え、黒人解放運動の支えとなったのだった。

 黒人誌の「インディアナポリス・フリーマン」は当時、次の様な社説を掲げた。

「東洋のリングで黄色い男達のパンチが白人を打ちのめし続けている。事実ロシアは繰り返し何度も日本人にこっぴどくやられて、セコンドは今にもタオルを投げ入れ様としている。有色人種がこの試合をものにするには、もう時間の問題だ。長く続いた白人優位の神話が、遂に今突き崩され様としている」

 日露戦争勝利から15年後、パリ講和会議に出席す日本の全権使節団は、国際連盟規約に「人種平等の原則」を入れる提案を行う為にパリへ向かう。

 途中、ニューヨークに立ち寄った折に、黒人指導者四人が「世界のあらゆる人種差別と偏見を無くす事に尽力して欲しい」という嘆願書を日本全権団に提出。

 だが、その願い空しく、議長を務める米国大統領ウイルソンに、「採択は全会一致」との詭弁を弄され、この人種平等の要請は拒絶されてしまう。

 結局、日露戦争が齎した歴史的課題であった「人種平等の原則」の本格的実現は、大東亜戦争後に実現し、その歴史的大使命が果たされるのだった。

 こうした現実をみれば、我が国は先の大東亜戦争に敗れはしたが、その戦いは大義があり、正に聖戦だったことが理解出来よう。

 世界史にとっても日本史にとっても重要な日清戦争や日露戦争の意義と大勝利という輝かしい出来事が、何故か余りにも軽く扱われているのは未だ我が国がGHQが謀った戦後教育から脱却出来ていない証左でもあろう。

 安倍首相は度度、総裁選や総選挙に於いて「誇りの持てる日本人を育てる」と訴えているが、未だそうした我が国が誇る教育に着手しているとは思えない。

 嘗てアジアの、また世界の希望の星であった我が国が、国家の大本と歴史を忘却し、いつまでも米国の配下に甘んじてて好い筈がなかろう。

 本日、日露戦争開戦記念日に当たり、先人が決然たる態度で一戦を決した日清・日露の大英断を、そして大東亜戦争の大義を「民族の魂の記憶」として誇り高く、永く後世に継承して往かねばならないと痛感する。すめらぎいやさか。

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2020年02月07日

更なる譲歩を生む安倍政権の「北方領土二島返還論」を糺す!

 本日2月7日は「北方領土の日」。地元紙にはの内閣府の政府広報の御座成りな「2月7日は北方領土の比」の広告が載っている。然も地図は四島のみ。

 安倍首相は、北方四島の色丹島と歯舞群島の二島先行返還案を軸にロシアとの交渉を続ける方針らしいが、これを弱腰軟弱外交と言わずして何と言う。譲歩は更なる譲歩を生むだけで、何ら解決されることはないだろう。

 北方領土は「樺太・千島交換条約(サンクトペテルブルク条約)」及び「日露講和条約(ポーツマス条約)」により、南樺太と歯舞、色丹、国後、択捉の四島を含む、北は占守島から得撫島までの全千島列島が固有の領土となった。

 領土問題では、日本共産党でさえ「全千島の主権」を訴えているが、国会では北方領土の正当性も論じられることなく、まやかしの「四島返還決議」が可決され、そして安倍政権下で二島返還で妥協しようとしている。

 これ正に、領土主権の重要性を認識していない証左である。先人達の外交努力を無視し、全千島と南樺太の主権が我が国に在るにも拘らず、四島のみの領有権主張を明記し、見す見す権利を放棄するとは言語道断と言わざるを得ない。

 安政元年(1855年)2月7日、下田で「日露和親条約」が締結され、四島と千島列島の間に境界線が引かれ、樺太を混住の地と決めた。だが、これは日本政府としてではなく、明治維新前の江戸徳川幕府時代のことである。

 明治維新を成し遂げ新政府を発足させた我が国は、ロシア人と日本人の混住の地であった樺太を明治8年(1875年)5月7日に「樺太・千島交換条約」を交わし、樺太の北側を千島列島と交換したことに由り南樺太が我が国に帰属した。

 日露戦争に勝利した我が国は「日露講和条約」を締結し、千島列島を日本領とした。つまり「北方領土の日」を2月7日というのは単なるこじつけ。何故に日本政府の「日露講和条約」ではなく、江戸幕府時代の「日露和親条約」なのか。

 北方領土問題を解決するには、領土に関する歴史的経緯と事実と領土主権の重要性を国民に分かり易く説明すべきだが、そうした啓蒙運動はしない。

「日露和親条約」を論拠とする2月7日を北方領土の日にしたこと自体、政府や国会の領土主権に対する認識不足とやる気の無さの現れである。

 徳川幕府時代の「日露和親条約」より、日本政府として締結した「サンクトペテルブルク条約」並びに「ロシアは樺太の北緯50度以南の領土を永久に日本へ譲渡する」とした「ポーツマス条約」を論拠に領土主権を主張をすべきだ。

 ロシアは第二次大戦の勝利と「ヤルタ秘密協定」を楯に北方領土の主権を主張している。だが、ヤルタ秘密協定こそが国際法的にも意味を成さない協定であり、サンフランシスコ平和条約の千島関連の条項もまた然り。

 ロシアの主張は「カイロ宣言」に明記されている「領土不拡大」という戦後処理の大原則を蹂躙するもので、これを糾し、我が国の領土主権の正当性を内外に主張せずして四島や二島先行返還などと言ってるから足元を見られるのだ。

 因みに「北方領土の日」が制定されたのは昭和56(1981)年のこと。北方領土問題に対する国民の関心と理解を更に深め、全国的な北方領土返還運動の一層の推進を図るという理由で、2月7日を「北方領土の日」と制定した。

 昭和56(1981)年といえば国士館大学在学中であり、防共挺身隊の一員として2月7日の「北方領土の日」を粉砕すべく霞ヶ関の式典会場に向かった。

 会場手前から隊列を組み押し入ろうとするも機動隊と揉み合いになった。竹竿を振り回すと機動隊員に当る。数人が公務執行妨害の現行犯で機動隊員に連れ去られるも乱闘の末に奪還。そうしたことも今では懐かしい想い出だ(笑)

 世界各地で民族争いの中で国境紛争が頻繁に起きている。寸土たりとも主権確立には戦いをしてまで死守しているのが世界の常識でもある。

 己の土地を他人に奪われ泣き寝入りする人はいないだろう。北方領土然り、竹島然り、拉致被害者然り、話し合いでは解決しない。奪われたものは奪い返すことでしか解決を見ない。領土奪還、同胞奪還の気概を持たねばならない。

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2020年02月06日

悪名高い枯葉剤「エージェント・オレンジ」を開発したモンサント社

 1967年2月6日、米軍はベトナム戦争で悪名高い枯葉剤「エージェント・オレンジ」を散布。枯葉剤の散布で環境が破壊され、ベトナム人に多くの奇形が生まれた。「ベトちゃん」「ドクちゃん」がその被害者の象徴だった。

 その後、この枯葉剤が環境や人体に及ぼした悪影響が社会問題になり、国連人間環境会議で討議されることとなる。キッシンジャー国務長官(当時)は、何故か、唐突に「日本の捕鯨問題」をこの会議に持ち出した。

 その後、枯葉剤の散布は有耶無耶にされ、環境保護を標榜する団体から「捕鯨論争」が起き、我が国に対する糾弾と反捕鯨活動が始まった。

 現在に至る捕鯨問題というのは、枯葉剤の散布から始まった米国の論理のすり替えというのが真相であり、日本蔑視、日本人差別のシーシェパードやグリンピースなどの似非環境保護団体が増殖するのもこの頃からである。

 シーシェパードを筆頭に、彼らの反捕鯨活動というのは、オーストラリア人がスポーツハンティングと称して原住民であるアボリジニを虐殺したのと同じ人種差別活動であり、その真意は白豪主義に因る日本人への人種差別だ。

 枯葉剤エージェント・オレンジを開発し、ダイオキシンを撒き散らした会社というのが、TPPで話題となった「モンサント社」。今ではモンサント社の遺伝子組み換えによる農産物の支配や環境破壊は世界から批判されている。

 平成29年3月23日、国会では「モリカケ問題」が大騒ぎされた。その陰で「主要農産物種子法廃止法案(種子法廃止法案)」が成立。この法案は、別名「モンサント法案」とも言われていることでもその危険性が分かるだろう。

 種子法廃止法案成立に由り、我が国の農業はモンサントに食料を依存することになる。つまり、種子を輸出する国(米国)が不作になった場合や種子の売り控えということになれば、輸入国(日本)の農業が崩壊する危険を孕む。

 我が国は「豊葦原瑞穂の国」と言われるが、瑞穂の国の誇りも何処へやら。農耕民族としての自覚を喪失し、恥ずかしいことに「農」を営利至上主義で勘定し、日本の思想でもある「農本主義」なんぞ国民の殆どが理解していない。

 戦後、我が国はGHQの策謀に拠り農本主義的国家観は排除され、大輸出国の米国の戦略に嵌り、米国の価値観が我が国の価値感なのだと錯覚してしまった。

「種子法廃止」は日本古来の種子の廃止であり、食の安全と食料安全保障を廃止すると同じ。畢竟、国柄の崩壊の序章であるといえるものだったが、何故か日本国中が「モリカケ問題」ばかりだった。そして今は「桜」で大騒ぎ(苦笑)

 種子法廃止の追加法案として「農業競争力強化支援法」という法案も成立している。これも種苗メーカーであるアグリバイオビジネス企業が、容易に日本農業に参画可能になるものであるが、驚くことに外資等の規制はしていない。

 つまり、公的研究機関が戦後何十年も費やして培ったデータが外国資本に提供され、盗用され、特許などが取得される危険を伴うことにも成り兼ねない。

 軍事的安全保障でも自立出来ず、食料安保でも自立出来ず、我が国の農業をも他国に委ねる御粗末さで果たして真の独立国家といえるのだろうか。

 政府は減反制度を見直し、米生産拡大によって競争力を強化する方向だという。その上で「消費者のニーズに対応した農協を創り、所得倍増を目指したい」と表明してる。だが、消費者のニーズとは一体何なのか。

 スーパーで安かろう不味かろう米や値段が安い輸入物を買い漁る姿が、消費者のニーズとはとても思えない。安倍の謀る「グローバル経済」とか「農業改革」とは、自国の文化や歴史を置き去りする軽々しいものでしかない。

 悪徳企業のモンサントと提携してたのは元経団連会長で住友化学工業の米倉弘昌だったが、悪徳商人らの営利至上主義の御先棒を担いだのが安倍晋三である。

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2020年02月05日

「ヤルタ協定」は国際法的にも意味を成さない協定である

 第二次世界大戦中の1945年(昭和20年)2月4日から11日にかけて、米国のルーズベルト大統領、ソ連最高指導者のスターリン、英国のチャーチル首相らがクリミア諸島のヤルタに集い密談が行われた。所謂「ヤルタ会談」である。

 この会談で、ルーズベルトは「南樺太のソ連に返還」と「千島列島のソ連への引き渡し」を条件に日ソ中立条約の破棄を進言し、対日参戦を促した。

 ソ連は、この密約に従ってドイツが無条件降伏した約三ヵ月後の昭和20年8月9日、日ソ不可侵条約を一方的に破棄し参戦する。ソ満国境を越えたソ連軍は鬼畜の如き蛮行を繰り返し、南樺太並びに全千島列島を強奪するに至った。

 ロシアは、北方領土の主権の正当性を「ヤルタ密約(ヤルタ協定のうち極東密約)」を論拠としているが、英国政府は、ヤルタ会談翌年の1946年2月にヤルタ密約の有効性について疑義を呈していたことが明らかになっている。

 英国立公文書館所蔵の英外交電報に因ると、「露の四島占拠根拠なし」として、米英ソがヤルタ密約を公表する2日前に、英外務省から全世界の在外英公館54ヶ所に対し、緊急且つ極秘の内容として電報が送付された。

「ルーズベルト大統領が権限を越えて署名したことや、米上院の批准もない状況下での有効性について米国内で論議が起こるかもしれない」として、「(英国は)その議論に巻き込まれないよう注意すべきだ」と警告している。

 密談が行われる約4年前の1941年8月、チャーチル首相はルーズベルト大統領と共に領土不拡大の原則を謳う「大西洋憲章」に署名しており、ヤルタ密約はこの大西洋憲章に反するとの英政府の認識が示された形である。

 1953年に就任した共和党のアイゼンハワー大統領が、年頭教書演説で「あらゆる秘密協定を破棄する」と宣言し、1956年には「ヤルタ協定はルーズベルト個人の文書であり、米政府の公式文書でなく無効である」との声明を発表している。

 ヤルタ協定に参加した米英が、ロシアの北方領土の主権に疑義を呈している中で、何故に当事国の我が国がロシアの主張を認め、北方領土や南樺太での鬼畜の如き蛮行を赦すかの如く、二島先行返還に拘るのか理解に苦しむ。

 ロシアは第二次大戦の勝利と「ヤルタ秘密協定」を楯に北方領土の主権の正当性を主張しているが、ヤルタ秘密協定こそが国際法的にも意味を成さない協定であり、更にはサンフランシスコ平和条約の千島関連の条項も無効である。

 ロシアの主張は、第二次世界大戦中の1943年に定められた「カイロ宣言」に明記されている「領土不拡大」の大原則を蹂躙するもので、スターリンの主張を踏襲しているらしいが、このカイロ宣言にはスターリン自身が署名している。

 米英がソ連の北方領土の占有に法的根拠がないとの立場を鮮明にし、ロシア側は明らかな「カイロ宣言」違反。こうしたヤルタ会談の不当性とロシア側の主張の矛盾を糾した上で、我が国の領土主権の正当性を内外にアピールすべきだ。

 だが、我が国は摩訶不思議なことに二島に固執し、ロシアに譲歩するばかり。己の土地を他人に奪われて黙っている者はいないだろう。況してや、父祖伝来の国土が強奪されて泣き寝入りする民族が何処にあろうか。

 戦後に放棄させられた領土を取り戻すことは正に日本民族の悲願であるが、失地領土の恢復が未だ解決の糸口すら見えて来ないのは一体何故なのか。

 思うに、北方領土や竹島など領土の重要性に対する認識不足と、如何に敵国に不法に占拠されたかの真相把握が欠如していること、更には、ロシアや韓国への認識の甘さと対応の甘さ等が綯い交ぜとなった結果が未解決の根源であろう。

 つまり、敗戦コンプレックスでもある弱腰軟弱土下座外交と事勿れ主義こそが、未だに領土問題が解決しない元凶であるのは言うまでもない。世界の常識通り、奪われた領土は奪うことでしか解決出来ないという覚悟こそ大事である。

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2020年02月04日

自衛隊の中東派遣に「万が一の事があったらどうするのか?」と批判する枝野幸男

 中東海域の日本関係船舶の安全確保に向け、海上自衛隊の護衛艦「たかなみ」と哨戒機の派遣に続き、護衛艦「たかなみ」が昨日、現地に出航した。

 安倍首相は出航式典で「任務は国民の生活に直結する極めて大きな意義を持つものだ」と訓示し、隊員の士気を高めると共に、「日本国民の生活を支える大動脈と言える海域」での任務の重要性と理解を求めた。

 シーレーン防衛は我が国にとって命綱であり、自衛隊が率先して安全を確保するのは当たり前のこと。この自衛隊の中東派遣に、立憲民主党代表の枝野は「万が一の事があったらどう責任を取るのか?」と批判する。

 この場合の「万が一の事態があったら」とは、「自衛隊員に若しもの事があったらどうするのか」ということだろうが、常々自衛隊を批判し、憲法への自衛隊明記に反対しておきながら、自衛隊員を心配する様子は余りにも御粗末だ。

 軽々しく「平和」を口にする政党に限って、平和を創造する具体策は言わない。そんな政党が「自衛隊員の命が」と云々言ったところで誰が信じるか。祖国日本と国民の命を守る為に自衛隊員は日々懸命に訓練に励んでいるのだ。

 万が一に自衛隊員が殉職する事態に陥ったらその御霊を慰霊する為にどうすれば好いか、殉職自衛官の崇高な使命をどう顕彰するか、政治家ならそういったことを考えるべきだが、「万が一の事態があったら」とは既に他人事なのだ。

 数年前、枝野は衆院予算委員会で「ホルムズ海峡が封鎖され石油が入らなくなっても快適な生活が送れなくなる程度だ」と語ったことは記憶に新しい。

 不測の事態が起きればオイルショックの二の舞になる可能性は少なくない。シーレーンを封鎖された場合、我が国の電力供給は数ヶ月程度しか持たない。電力不足に拠るパニックは、福島原発事故どころの比ではない。

 枝野は知ってか知らずか、いけしゃあしゃあと「我が国には備蓄があるではないか」と語っていたが、こんなのが野党第一党の党首というのだから嗤えない。

 万が一にシーレーンが封鎖されるという事態になれば、我が国の経済は壊滅的な打撃を受ける。国民の生命にも甚大な影響を及ぼすことは必至。それは「間接的に人命が失われる」国家的危機でもある。シーレーン防衛は我が国の命綱だ。

 シーレーンの大本でもあるホルムズ海峡の封鎖は我が国の死活問題である。枝野ら野党も反対ばかりじゃなく、「原発再稼働を検討すべき」とでも言うなら立派だが、反原発派というのは全く以てその論理は支離滅裂で破綻している。

 マラッカ海峡から日本までのシーレーンの安全確保が如何に大事かは、反原発派や余程のバカじゃない限り理解出来る。 太平洋~インド洋地域、南シナ海、東シナ海のシーレーンの防衛体制を確立することが大事である。

 我が国の千海里防衛構想は、中東での紛争や非常事態に対する抑止力となる一方で、中共の覇権主義阻止にも繋がる。枝野らクソ野党が執拗に自衛隊の中東派遣やシーレーンの防衛に反対するのは、要は中共への忠誠というのが正しい。

 極左の枝野にしてみりゃ、派遣海域で武力衝突となり、自衛隊員が殉職すれば安倍の責任を追及し、石油不足に因って生活に耐え切れなくなった国民が暴徒化し、その矛先が安倍政権に向けられることになれば幸いということだ(苦笑)

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2020年02月03日

「国士舘大学新聞」三笠宮彬子女王殿下による特別講義の記事に思う

 国士舘大学新聞が届いた。一面の理事長と学長の記事は相変わらずパッとしない。秘書か誰かに書かせているだろう、読んでる方に響かない。一方で、同窓生ら、特にオリンピックを目指す体育学部の活躍は実に素晴らしいものがある。

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 国士舘大学大学院人文学科客員教授である三笠宮彬子女王殿下の特別講義の記事は括目する内容だった。我が国の祝日の約半分が「神道の祭日である」として、先人の智慧でもある「二十四節季」を分かり易く解説している。

 二十四節季が我が国の稲作文化と深い繋がりがあり、「二十四節季の暦に沿ってきちんと稲作を進めると、11月23日頃に収穫できる」と語っている。正しく二十四節季とは「新嘗祭への道程」でもあるのだ。

 11月23日は今では「勤労感謝の日」となってしまったが、11月23日に斎行される宮中の重要祭祀である「新嘗祭」こそ、我が国の国柄を知る祭祀なのだ。

「勤労感謝」というと、労働していることに感謝する「労働者の日」かと思ってしまうが、本来は「人々の勤労によって生み出される万物の生産を祝う」こと。つまり、農作物を始めとした恵(実り)に感謝する日である。

「人々の勤労によって生み出される万物の生産を祝う」ならば、国策としての農業振興と食の安全保障や食料自給率向上は急務であるが、政府の実行した減反政策一つ見ても経済理論が優先され真剣に「農」を考える言葉は発せられない。

「農業」とは愛郷心に繋がるもので、別に功しい愛国心を教えなくても「農」を理解することで祖国愛を育む。世界の国々では「農業」の保護政策が行われているのは、「農は国の本」ということを自覚しているからに他ならない。

 占領下、GHQの弱体化政策に因り「農本主義」的国家観は排除された。大輸出国の米国の戦略に嵌り、国家の大本である軍事的安全保障でも自立出来ず、食料安保でも自立出来ず、これで果たして真の独立国家といえるのだろうか。

 国造りと農業の関係を経済論で語ることは、郷土愛を放棄したと謗られても仕方ない。豊葦原の瑞穂の国に生を享けた者として、農本主義を構築する為にも輸入農産物より国産物を購入し、食糧自給率向上を真剣に考えなくてはならない。

 我が国の祝日の半分が神道の祭日であることが我慢ならない左翼陣営は「ハッピーマンデー」という愚策でその祭日を葬ろうとしていることは明らか。皇室の元服の儀に基く「成人の日」がハッピーマンデーに組み込まれたのはその一例。

 国體破壊を目指す左翼陣営の最終目標は「建国記念日」と「勤労感謝の日」をハッピーマンデーに組み込むことだ。それに対抗するには国の成り立ちや歴史を学ぶことだが、先ずは「紀元節」並びに「新嘗祭」と名称を戻すことが大事。

 現在の祝日の半分が神道の祭日ということだが、戦前は殆どが神道の祭日。悲しい哉、現代日本人は「祭日」を、単なる「休日(祝日)」だと思ってしまっている。ハッピーマンデーや「憲法記念日」や「山の日」などの祝日は要らない。

 建国記念の日を「紀元節」とし、春分・秋分の日を夫夫「春季・秋季皇霊祭」、勤労感謝の日を「新嘗祭」と名称を戻し、4月3日の「神武天皇祭」と10月17日の「神嘗祭」を復活させることは我が国の国體の精華を取り戻すことでもある。

 話を戻すが、国士舘新聞では「彬子さま」ではなく「彬子女王殿下」と尊称を付けていることは好いが、相変わらず講義内容の中の「子供」とすべきところを「子ども」と表記してる。折角の講義内容が台無しだ。

 昨年も同じことを指摘してるが改善されてはいない。「子ども」表記は、「子供」の「供」が「お供え物」「お供する」などを連想させるというのが理由。共産党は「子供」とは「大人の付属物や人身御供を意味する」と主張している。

 こうした左翼らのマヌケな企みに天下の国士舘が与してどうすんの。呵呵。

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2020年02月02日

科学的データに基いた処理水の海洋放出に反対する漁業関係者って何なんだ?

 政府の小委員会は、東京電力福島第一原発周辺に貯まり続ける処理水の海洋放出を「現実的な選択肢」として大筋で了承した。これに対し、地元の漁業関係者は「これまでの努力が台無しになる」と海洋放出に猛反発している。

 漁業関係者の「これまでの努力の積み重ね」とは何なのだろう。福島への風評は、反原発派らの執拗な福島差別と放射線や放射能への無理解から生まれたもので、地元漁業関係者も反原発派の活動に与していたではないか。

 原発事故後、漁師が漁にも出られなかったのは気の毒に思うが、原発事故に因って漁業関係者に支払われた賠償金は莫大な金額だった。漁師の中には働くより、経費丸ごと補償してくれる賠償金を貰った方が得だと思っている人は少なくない。

 民主党政権下、年間被曝の科学的根拠を示さず、原子力規制委員会からの「放射線防護対策の年間被曝線量は20ミリシーベルト以下」との提言を無視し、住民の不安を払拭する目的で始められたのが「除染」というマヌケな作業だった。

 未だに続けられる約25兆円とも言われる除染関連事業で儲かったのは、請け負った大手ゼネコンと一部の業者だけ。下請けや孫請けなら未だしも、それより下の業者の儲けは少なく、親会社に裏切られた下請け業者は相当数に上る。

 県内各地の空き地や田畑には除染土入りのフレコンバッグが山積みにされたが、田畑一反に付き15万円の利用料が支払われる。例年の農業収入は一反に付き約5万円。つまり汗して農業をしてるより儲かるのだ。漁師も似た様なもの。

 漁業関係者の多くが、海洋放出以外の全ての処分方法にも反対してることでも分かる様に、反原発派と同じく福島を貶めている勢力であり、単なる感情論で科学的根拠さえも信じない姿勢こそが風評被害を拡大させる要因になっている。

 福島第一原発周辺の処理水タンクは約680基に及びその水量は92万トンに上る。2020年には137万トンになる。このまま放置し、またタンクが増設されれば環境破壊にも繋がり、それこそ福島への風評被害が止むことはないだろう。

 トリチウムは放射線エネルギーは弱く、人体の影響はセシウムの700分の1程度だという。原発事故に因る放射線セシウムが人体に影響も及ぼしてない中で、トリチウムを含んだ処理水の処分に反対するのは感情論でしかない。

 福島原発周辺に貯蔵されてる処理水のトリチウム総量は2016年3月時点で760テラベクレル。諸外国の再処理施設から海洋へ放出されている処理水に比べても100分の1程度で、専門家は「人体に影響を及ぼす数値ではない」と語る。

 1979年のスリーマイル島原発事故では93000テラベクレル、1986年のチェルノブイリ原発事故では520万テラベクレルと推定されている。1テラベクレルとは1ベクレルの1兆倍。「兆」という単位は余りにも大きい数値に感じるだけ。

 カナダのブルース原発からは年間1280兆ベクレル排出。フランスのラ・アーグ再処理施設からは年間1京1600兆ベクレルが排出されている。「京」とは「兆」の更に上の桁。かなりの数値だがこれらの数値は国際基準値の範囲内である。

 因みに、福島の漁業関係者よりも強力に処理水の海洋放出に難癖を吐けてる韓国だが、韓国は月城原子力発電所で4基のCANDU炉を運転しているが、月城原発が4基体制に入った1999年以降の累積では6000テラベクレルを超える。

 韓国の抗議は、科学的データを無視し風評を煽る山本太郎ら反原発派と同じで、地元漁師が福島への風評を阻止したいなら率先して科学的データを内外に広めることであり、地元漁師が立ち上がることで福島への風評が鎮まるだろう。

 科学的根拠も示さず、低放射線への無理解から始められた除染作業は、住民の不安を払拭するどころか「福島県は除染をしないと住めない土地」という風評被害を齎した。海洋放出は世界の常識である。除染と同じ轍を踏んではならない。

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