2019年05月

2019年05月31日

血圧数値を「上130/下80」に引き下げられて国民の2人に1人が高血圧症に(笑)

 日本高血圧学会は「高血圧治療ガイドライン2019」で、上140/下90mmHgとされている高血圧の基準を上130/下80未満まで引き下げるという。

 現在「上140/下90」以上の高血圧患者は推定4,300万人とされ、それを「上130/下80」に引き下げられると、1700~2000万人が増加し、約6300万人が高血圧患者となり国民の2人に1人が高血圧と認定される(笑)

 本来、日本人の血圧数値は上160/95mmHgだった。それがWHOの通達などもり、2000(平成12)年に140/90に引き下げた。昨日まで血圧が150~92の健康な人が、いきなり高血圧患者となり、健康な人が病人にされてしまった。

 この基準値を下げたことで新たに2100万人の高血圧の患者が増えたという。斯くいう愚生もこの人数に含まれ、今では降圧剤常習者だ(笑)

 血圧数値を下げることで製薬メーカーの利益は増大した。そして更なる改定で二匹目の泥鰌を狙う。医師会と製薬会社、そしてその恩恵に肖ろうとするクソ政治家どもの負の構造を見直さない限り国民医療費は増え続ける。

 血圧を薬で下げたことで心筋梗塞や脳卒中で亡くなる人が減ったのは確かだが、一方で癌が死亡原因の第一位となった。抑々、高齢になると血圧が高くなるのは正常な生理作用で、それを薬で無理に下げてしまうことで癌リスクが高まる。

 80歳の人の5年生存率を最高血圧から調査した研究では、最高血圧が180以上の人達の生存率が最も高くなり、最高血圧が120~140のグループの生存率が一番低いという。要は、血圧の基準自体に根拠もないということだ。

 高血圧の原因は「塩分」とされているが、塩は人間が生きる上で最も必要な栄養素だ。摂り過ぎるのはダメだが、摂取しなけりゃ死に至る。要は塩化ナトリウムなど人工塩が悪いのであって、カリウムの豊富な天然塩は身体に好い。

 反原発派やその妄言を信じる連中は放射線を否定し批判するが、放射線は100mSvを超えないとホルミシス効果が無いと言われており、低放射線は塩と同じく人間や生命体が生きて行く上で必要不可欠な要素でもある。

 原発事故の放射線が原因で癌患者が増えたとは聞いてない。降圧剤により癌患者が殖え、それが原因で死亡したとなれば原発事故よりも大問題では(笑)

 人は必ず死ぬし、健康だった人が交通事故でぽっくり逝ってしまうことだってある。原発事故で亡くなった人はいないが「原発を無くせ」というなら、断然多い交通事故死を防ぐ為に「自動車を無くせ」「造るな」と言うべきだろう(笑)

 国内では今や国民の3分の1が癌で亡くなる。死亡原因第一位が癌だ。癌治療の歴史は浅く、癌検診によって早期発見はされ易くなったが、この検診に意味はないという医者もいるし、抗癌剤治療は効果がないという医者もいる。

 芸能人の癌検診と癌治療がテレビなどで話題に上る。如何にも「早期発見が好かった」だとか「抗癌剤治療から社会復帰した」だとか、こうした美談の裏には商魂逞しい病院や医師会が蠢いてる様にしか思えない。

「癌は切るな」「癌検診、百害あって一利なし」と、「癌検診は落とし穴ばかりで検診を幾ら受けても寿命は延びない」と断じる医師もいる。癌検診は病院や厚労省が推進しているだけで有効だと思い込まされているだけに過ぎない。

 日本の癌治療もまた世界レベルから見て相当特殊らしく、やらなくていいことをして必要以上に施して、患者や健康な人を苦しめているのが実情だという。

 心筋梗塞や脳卒中のリスクは言えど癌のリスクを語らない血圧数値の改定は、医師会と製薬会社の策謀というのが正しく、国民の不安や弱みに付け込んだ医療制度を見直さない限り、歳入に占める国民医療費は益々殖え続けて行くだろう。

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2019年05月29日

我が国の国體や皇統を害する主義思想に敢然と対峙せよ!

 愚生は正統右翼浪人を自任しているが愛国者だという驕りは毛頭ない。右翼とは俯瞰した主義主張も必要だが、だらしなくもこの生き様こそ大事にしたい。

 居の安きを求めず、涙脆くも堪えて零さず、不条理には怒りを、正義には称賛を、何処かもの悲しげで、富貴にはとんと縁が無く、女には滅法弱い酒好きな人情派であり、そして何より、単弧無頼の削げ者だと思っている(笑)

 所属していたのは防共挺身隊(防挺)。ネットなどでは「街宣右翼は朝鮮右翼」だと揶揄されているが、その街宣右翼・行動右翼のパイオニアが防挺でもある。

 入隊した当時の幹部の3分の1は在日朝鮮人で、朝鮮右翼とは強ち間違いではないが街宣右翼というより愚連隊的右翼に近かった。防挺は右翼総会屋でも名を馳せたが、当時は警備会社は無く、防挺が企業防衛の一翼を担ったのも事実。

 抑々「街宣右翼が日本を貶めてる」と言うが、右翼団体の活動なんぞ影響力も無いし、そんな右翼に貶められたとしても滅びる様な日本でもない。

 昭和30年代から50年代の左翼全盛時代、日本を貶めようとしていたのは左翼団体であり、それらを殲滅せんと対峙していた右翼陣営を、現在の安っぽい風潮で「朝鮮右翼」などと揶揄され、街宣右翼の行動全てを断じられる謂れもない。

 戦前の右翼と戦後の右翼は全く違う存在だ。戦前の右翼は「国粋主義」的要素が強く、外国思想は全て悪と捉えるという考えであり、それは共産主義であろうが、資本主義であろうが、民主主義であろうが批判されるべき対象だった。

 戦後の右翼が、そうした国粋主義から「反共」に奔り、ヤクザや愚連隊の様な組織になってしまったのは右翼の巨頭と称された児玉誉志夫の影響が大きい。

「政財界の黒幕」と言われた児玉誉志夫だが、戦前は海軍航空部門の物資調達を担った「児玉機関」の親玉でもあり、A級戦犯として逮捕された経歴もある。

 GHQは占領下、「戦争を引き起こしたのは日本国内の右翼勢力だ」として、右翼団体や危険思想を抱く人物を潰そうと企てるが、大東亜戦争が終結すると、アジアや世界各地で共産党による革命や暴動が起こった。

 日本国内でも同様で、共産党の暴力革命を危惧したGHQは右翼団体の解体を止め、右翼を「反共」活動に利用しようと方向転換する。

 同じA級戦犯だった笹川良一も同じ様なもので、児玉も笹川も米国の意の儘に「民主主義」と「資本主義」に与し、「共産主義」のみを悪とし反共運動を忠実に実行した。児玉や笹川が米国のスパイと言われるのはそうした所為でもある。

 児玉は児玉機関で貯め込んだ潤沢な資金を基に自由民主党結党に加担する一方で、全国の博徒や香具師らを纏め上げ右翼団体を次々と立ち上げ「反共運動」に乗り出した。自民党の院外団的スローガンの「憲法改正」もその名残である。

 我が防共挺身隊も児玉誉志夫門下でもあり、児玉の薫陶を受けた創立者で初代・福田進総隊長はそれらをフルに利用し経済的な恩恵を享けたのも確か。

 例えば、神奈川県葉山の二束三文の土地を取得すると間もなく有料道路が建設され莫大な立退料を得た。或いは、日本に帰属される前に那覇空港内に「福田商店」という免税店を持てたのも、そうした裏の政治力の賜物である。

 だが、ヤクザが「仁侠道」を忘却し暴力団化した様に、右翼も「大義」を忘れ、資本主義に溺れ、金儲けなどに興じていれば、必要価値のないものに成り下がって行くのは必然であろう。ならばどう生きれば善いのか。

 右翼の使命とは、日本の純粋性を曇らすもの、つまりは「共産主義」であろうが、「資本主義」であろうが、「民主主義」であろうが、我が国の国體や皇統、国柄を害する主義・思想に断固として対峙して行かねばならないのだ。

 三島由紀夫は「戦後に右翼が左翼に取られたもの」として「ナショナリズム」「反体制」「反資本主義」の三つを指摘した。今やそれらは左翼の手中に在る。

 国家主義や民族主義という「ナショナリズム」にしても、「反体制」という反骨主義や「反資本主義」という国粋主義も戦前の右翼はそれらを自覚し保持していた。何故ならこの三つは右翼の矜持に他ならないからだ。

 現在の右翼はそうした思想に欠落し「やれ尖閣が~」とか「やれ韓国が~」と騒ぎ立てるばかりで、それを愛国的行動であると錯覚しているのだから罪がない。

「日本は滅びる!」「日本が危ない!」と徒に危機を煽り、日本が滅亡するかの様に叫ぶ自称・愛国者や、それを売り物にしている営業保守がいる。

 そんな営業保守らの言葉を真に受けて、その御先棒を担ぎ、前衛となってる今どきの自称・愛国者やネット右翼、そして聞き分けの好い右翼人。

 我が国の今が未曽有の危機ならば、臣民が夫夫の立場でやれることを懸命に努力すべきであって、「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉シ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スへシ」とはこういうことだ。神国日本の不滅を信せずに何が保守か。何が愛国者か。

 愛国者を自任するならば、神州不滅を信じ、神武肇国の精神の高揚と国家国民の繁栄をこそ目指すべきであって、日本が滅びるかの物言いは如何なものか。

 民族運動の先兵右翼の矜持を取り戻さなければならないが、果して現在の右翼や自称・愛国者には三島の指摘はどの様に響くのだろう。

 共産主義や共産党を始めとする左翼らを批判するのは容易い。批判する側もまた自らが自由主義や資本主義という病魔に侵されている自覚はない。

 天皇国日本を盤石の安きに置く歴史的使命を有する右翼民族陣営は果たして何を為すべきなのか。それは「大義」を取戻し、テロ(圧倒的暴力)を担保しつつ、更なる愛国的活動の奮励や思想啓蒙に邁進する以外に道は無いと考える。

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2019年05月27日

明治人の気概に倣い祖国日本の独立と再建を果たさなければならない

 5月27日は「海軍記念日」。明治38(1905)年5月27日、日露戦争に於ける海上での戦いである「日本海海戦」が行われ、東郷平八郎元帥率いる連合艦隊がロシヤのバルチック艦隊を撃滅し、終に勝利を収めた。

 この戦いを勝利することで、欧米列強に日本の地位を認めさせることとなり、幕末以来からの懸案事項であった不平等条約、つまり「治外法権」「関税自主権」という二つの不平等条約の克服を達成することになる。

「治外法権」は日清戦争後に克服したが、懸案であった「関税自主権」の回復を実現することで明治維新は成就し、真に独立を回復することが出来たのある。

 また、この戦争の勝利は、植民地にされていた民族の独立心を掻き立て、後の大東亜戦争後の植民地の解放に繋がったのは言うまでもない。

 日露戦争の世界史に於ける歴史的意義は、有色人種である日本人が白人に勝利することに因って、当時、白人欧米列強に植民地にされていた世界中の被抑圧民族を感動させ、独立への夢を駆り立てたことだろう。

 日露戦争での勝利は、世界の有色民族にとってもこの戦争での勝利は誠に大きな意義を持つものだった。そうした先人の努力と苦労の上に、現在のこの日本国が成り立っていることを現代を生きる我々は決して忘れてはならない。

 大東亜戦争後、占領政策によって訳の解らぬ「平和主義」が蔓延り、戦争=悪といった短絡的思考が常識化しているが、戦争というのは政治の延長であり、国際法上、紛争を解決する手段としては認められているのである。

 単純に「戦争か平和かを選べ」と問われれば、誰でも「平和」を選べに決まっている。だが、戦争の反対が平和ではない。

 国家間の紛争が、武力の行使なしに話し合いだけで解決されるのならばそれに越したことはないが、国際社会に於いては、平和的解決が話し合いだけで解決されることは殆んど無いのは歴史が証明している。

 戦争を放棄し平和的解決や非軍事的措置を採った方が遥かに犠牲者も多く、非人道的な解決になってしまう場合が多く、「戦争=悪」であるという短絡的な思考こそが、寧ろ暴走を招き戦争を招き寄せることに為り兼ねないのだ。

「日本国憲法」の前文に書かれている「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」というのは「念仏平和教」そのもので、第九条の武力に因る国際紛争の解決放棄を絶対的に信仰する状態こそが異常なことなのだ。

 戦後の日本人は「基本的人権の尊重」などと、国内に於いては権利を過剰に主張し続けているが、国際社会において、国家の権利を主張せずに黙り込むというのは、余りにも論理の整合性に欠けていると言わざるを得ない。

 北朝鮮の国家意思による日本人同胞の拉致に対しても何ら奪還する手立てを打たず、我が国の領土や領域をロシアや韓国に不法に占拠されている状況から脱ししきれない元凶は平和主義と基本的人権を謳う日本国憲法に在る。

 尖閣諸島や沖縄を併呑しようとする国が存在している中で、ただ指を銜えて傍観していることが果たして独立主権国家と言えるのだろうか。今こそ、明治人の気概に倣い祖国日本の独立と再建を果たさなければならない。

 今日は亡き親父の命日でもある。父は昭和3年生まれ、成績優秀ながら家庭は赤貧で進学叶わず、尋常高等小学校を卒業すると15歳で海軍に入隊、横須賀海軍工廠で海軍軍人としての人生が始まった。その後、土浦の予科練を経て終戦。

 終戦後、想い出の地である神奈川県相模原の地で土木作業員として従事し資金を貯め、数年後、帰郷し、古着屋の「相模屋衣料店」を起業した。

 その後、政治に興味が湧き町会議員などに関わったのが悪いのか、それとも親父の放蕩のせいか、多額の借金を背負い倒産の憂き目に遭う。

 昭和40年代に拵えた数千万という負債にもめげず、どこから聞き齧って来たのか「これからはカ(カレー)・ソ(ソバ)・ラ(ラーメン)時代だよ」と、当時は珍しかったラーメンを提供しようと「相模屋食堂」を開店する。

 因みに親父はラーメン修行はしていない。二本松市の製麺所の社長にラーメンの作り方を聞いて、道具を揃え、仕込みの練習もそこそこに一週間後には店を始めたという。親父のこの度胸とセンスは驚くしかない(笑)

 仕込みや仕事が丁寧だったのでホントに美味しかった。福島市の人気ラーメン店「佐川食堂」のスープを啜ると父と母の作ったラーメンを思い出す。今ではラーメンより煮込みカツ丼が人気だが、これも両親の遺産でもある。

 屋号の「相模屋」という名前を見れば、横須賀や相模原への思い入れが深かったことが分かるというもの。郷土に帰還後は4人の子供を育て、また町会議員を5期務めるなど地方自治や郷土の発展にも寄与した。

 ホント破天荒なオヤジだった。今思えば、20代での起業のことや軍隊時代の思い出を詳しく聞かなかったのが返す返すも悔やまれる。

 海軍軍人であり、何事にも厳しかったその父の命日が「海軍記念日」というのも不思議な縁を感じ、決して忘れることはない。南無大師遍照金剛。

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2019年05月25日

「差別は正しい」賤民史観の歴史にこそ現代日本の潮流が存在している

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 歴史の授業で「士農工商」という身分制度は習うが、その下の人間以下の存在とされた「穢多(えた)非人(ひにん)」のことは教わることはない。

 その理由は「差別はいけない」という単純なものだが、そうした存在を黙(もだ)し、歴史から消してしまうことが果たして好いことだろうか。

 歴史にそういう負の時代が存在していたのであれば、その成否はどうあれその事実を教えなければ「差別」の意味さえも理解することは出来ない。

「穢多非人」とは、江戸時代の幕藩体制で「士農工商」の下の最下位層に位置付けられた人々で「賤民(せんみん)」とも呼ばれる。

 大辞林には「皮革の製造、死んだ牛馬の処理、罪人の処刑・見張りなど末端の警察業務に従事させられ、城下外れの特定の地域に共住させられた」とある。

 明治以降は、穢多非人の称が廃止されたが「新平民」と呼ばれ「同和」や「部落解放同盟」などが現代に存在する不当な差別を訴えている。

 江戸時代、同心を手伝った岡っ引きや十手持ち、罪人の世話や処刑、牛馬処理などを担ったという。明治以降にも屠殺に関わり、精肉店や革製品製造などに従事してる人に多いと言われ、歌舞伎や芸能なども非人の起源と言われている。

 清掃業や建築業、獣医や葬儀などの職にも従事したという。現代ではそうした過去に忌み嫌われた職業も勝ち組となり、その利益もかなりなものだ。やっぱり、商売というのは人がやらないことをやるのが儲かる近道であり秘訣だな(笑)

 愚生の敬愛する、現代の思想家で評論家の新崎智こと呉智英(くれ ともふさ、ご・ちえい)は、差別を逆説的にこう述べている。

「差別は正しい、差別と闘うのが正しいのと同じぐらい正しい。人類が目指すべきは『差別もある明るい社会』である。差別さえない暗黒社会にしてはならない」。哲学的ではあるが「差別もある明るい社会」とは実に示唆に富んでいる。

 幼稚な倫理観やキレイゴトによって、何でもかんでも「差別はいけない」と規制されてるのは逆差別の様にも感じてしまう。そうした風潮が、同和や部落解放同盟の差別ビジネスやアイヌ利権に繋がっていると言っても過言ではない。

 保守派の中では日本人の倫理観の低下を憂い道徳教育を推進し、また戦前の「修身」を復活するべしという声も聞く。だがどうだろう。

 修身には、例えば「おたけがめくらのてをひいて」という頁があり、幼少のおたけが障碍者の手を引いて助ける絵が描かれてある。障碍者への労りや優しさを教えている。だが「めくら」は現代では差別用語だからダメ。

 昔の日本映画や古典落語などには、盲(めくら)、唖(おし)、吃(ども)り、跛(びっこ)、聾(つんぼ)などの放送禁止用語がバンバン飛び交ってて実に面白く、使われている日本語そのものが実に興味深いものばかり。

 そこには懐かしくも美しい日本語が処処に溢れていて、こうしたことを気にしながら観たり聴いたりすることこそ生きた耳学問であり実践した教育でもある。また、そうした語彙を知らないと意味不明で愉しさも半減してしまう。

 悲しい哉、現代に於いては差別用語は厳禁。更には、男女共同参画社会が主流の中で差別用語どころか変な日本語や左翼造語が彼方此方に氾濫している。

 日本語教育や歴史教育は国家の大本でもある。歴史を学ぶ上で、戦国時代や武将や偉人の生き様を学ぶのも好いが、江戸時代から明治にかけて旺んだった穢多非人の賤民史観の負の歴史にこそ現代日本の潮流が存在している様に思う。

 米国が謀った戦後民主主義教育や長州閥の明治新政府の不条理を検証することも大事だが、賤民史観の歴史を公平公正に教えることで差別が解消される。

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2019年05月23日

「穢多(えた)」「非人(ひにん)」とは江戸時代の幕藩体制で「士農工商」の最下位層に位置付けられた人々

 大阪ダブルクロス選挙で勝利し、大阪都構想という利権の寡占化に邁進する維新の会が揺れている。「北方領土返還は戦争は不可避」と言った丸山が、酔った勢いで「ロシア女を買う」と言ったとか言わないとか(笑)

 その土地のことを知るには場末の飲み屋に行くのも好いし、女と遊ぶのは悪くはない。まあ、この記事は丸山の政治生命を絶ちたい連中の陰謀か。

 更には、維新の会の参院議員候補者で元フジテレビアナウンサーでの長谷川豊が「日本には江戸時代にあまり良くない歴史がありました。士農工商の下に穢多非人、人間以下の存在がいる」とやって、部落解放同盟から抗議を受けた。

 それにしても、未だに部落解放同盟なんて存在してたんだね。存在価値が無く自然消滅したかと思ったが、同和利権は簡単には手放さないわな。

「差別表現」で思い出されるのは、現地取材も無しに関係者のみの風聞を基に書き上げた大江健三郎のなんちゃってフィクション本「沖縄ノート」だろう。

 文中には「25年ぶりの屠殺者と生き残りの再会」との表現があり、沖縄での戦死者を犬や豚の如く「屠殺者」に準えているが明らかな差別表記。

 これは歴史の陰の部分を語った長谷川の発言どころではないが部落解放同盟は沈黙。正しく部落解放こそ相手に拠ってコロコロ変わる差別主義者。

 岩波書店が昭和62(1987)年に発刊した「報道写真家」というのがある。この中で「戦場という異常な状況下では牛や豚などの家畜の虐殺と同じになる」という記述が問題にされ、部落解放同盟の抗議もあって直ぐに回収処分となっている。

 岩波書店は同じ差別表記の「沖縄ノート」も絶版にすべきだが、何故かマスコミからも部落解放同盟からも糾弾もされず、それどころかアホな裁判官がこのインチキ本を「沖縄集団自決軍命令」の証拠として採用し、摩訶不思議な判決を出した。

 大江健三郎のみ神格化される理由は果たして何なのか。大江の差別表記に、岩波書店に連絡し「部落解放同盟からの抗議や絶版の申請は無かったか」と聞いたが、担当者は「ありません」と憮然と答えた。

 大江健三郎が糾弾されない理由は何なのか。過去に部落解放同盟が出した「神格化したものの考え方を一掃したい」という声明は嘘。要は、差別という権力が忌み嫌う言葉を都合好く利用して反日工作をしているだけに過ぎない。

「穢多(えた)」「非人(ひにん)」とは、江戸時代の幕藩体制で「士農工商」の更に下の最下位層に位置付けられた人々で、明治以降は「新平民」と呼ばれている所謂「同和」や「部落解放同盟」などの「自称・差別されてる」連中のこと。

 江戸時代、同心を手伝った岡っ引きや十手持ち、罪人の世話や処刑、牛馬処理などを担ったという。明治以降には屠殺に関わり、精肉店や革製品製造などに従事してる人に多いと言われ、芸人も非人の起源と言われている。

 そういや、郡山市の某水道屋の大越会長と呑んでた時に「古文書に先祖のことが書いてある」と見せられたことがあった。そこには「十手を授かった」「苗字を貰った」と書いてあったが、やっぱりそうだよな(笑)

 維新の会は丸山の失言に続いて長谷川の差別発言で大きなダメージを負う。維新の会創設者で今も院政を敷くインチキ保守の橋下にすれば、保守派の丸山が目障りで仕方なかっただろうが、長谷川の穢多非人発言は断じて赦せないだろう。

 何故なら橋下の先祖こそ、同和や部落解放蠢くあいりん地区出身の穢多非人だからだ。その昔、朝日新聞に橋下の出自が曝されたことがあった。

「ヤクザだった父親は自殺し、従兄弟には殺人犯がいる」という。シリーズは1回で終わってしまったが、なるほど、育った環境というのは隠し様がなく、橋下の他人を見下し自分を正当化するあの業は見事としか言い様がない(笑)

 橋下は週刊朝日の騒動後「やはり人権擁護法案や人権救済法は必要ではないか」と発言しているのをみても、保守派とは程遠い単なる人権屋であり、大衆を扇動し、そのポピュリズムを利用して権力の掌握を謀るさもしい人種。

 葬儀屋、清掃業、建築業、傘職人や下駄屋なんかも穢多非人だったという。城下から離れた集落や川沿いや特定の地域などに居住させられたというが、愚生の母の実家は川沿いだし下駄屋だったというから他人事ではないな。呵々大笑。

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2019年05月21日

保守政党のメッキが剥がれた維新の会への支持離れは必至

 北方領土は戦争で取り返すなどと発言で維新の会を除名された丸山穂高に対し、維新の会などの野党が非難決議を提出。更には片山虎之助共同代表と馬場伸幸幹事長がマヌケなことにロシア大使館に出向いて謝罪した。

 元島民への謝罪なら未だしも、日ソ不可侵中立条約を一方的に破棄し鬼畜の如く蛮行を繰り返し、その結果として領土侵略を成した敵国に、一議員の酔っ払っての発言を論って謝罪するとは丸山でなくても「意味不明」だ。

 その昔、ロシアの極右政党党首のジリノフスキーは「日本が北方領土を奪いというなら北海道を占領してやる」「日本人が北方領土を返せというなら、我々は第二第三のヒロシマ・ナガサキを作り出す」などと発言している。

 東日本大震災後には「大震災は我が国の固有の領土たる南クリルを盗もうしている日本人への天罰である」とも発言してるが、丸山の発言どころではない。

 元島民に対する気遣いに欠けていたというのは事実だろうが、至って普通の「北方領土奪還」発言を論い批判するのは如何なものか。若しやジリノフスキーの原爆投下発言を真に受けて恐れているのではと思ってしまう(笑)

「北方領土を奪還するというのなら原爆を落とす」というなら「やるならやってみろ」という気構えが大事で、我が国の様な土下座外交や同じテーブルには着かないという大甘な対応が相手国からの更なる威圧や無心が続くのだ。

 以前、維新の会代表の橋下徹が従軍慰安婦問題に関する発言が問題になると、西村眞吾が「売春婦は未だ日本にうようよいる。韓国人。大阪の繁華街で『お前韓国人、慰安婦』と言ってやったらよろしい」と擁護したのは記憶に新しい。

 発言内容に品はないが、西村らしい表現であり、発言内容は強ち間違いでもない。後先を考えず蛮勇ある発言をすることが西村の真骨頂だと思ってたが、腹が座ってない西村は同僚議員からの指摘を受けその場で発言を撤回した。

 一方の橋下は、西村を庇うどころか「大変申し訳なく思う。候補者を見る目がなかった」「(自分の慰安婦発言と)全く違う。僕は韓国の方や元慰安婦の方を侮辱するつもりは全くない」と西村を非難し自己弁護に終始した。

 地方選挙や参議院選挙を控え、橋下は「大変申し訳なく思う。候補者を見る目がなかった」と、衆院選で西村を擁立したことをも謝罪し、松井幹事長(当時)は「発言は人権侵害であり言葉の暴力だ」などと批判し西村を除名した。

 今回の丸山の発言と除名処分も同じで、丸山の発言を擁護する同志はおらず、目先の選挙に向けて松井や橋下の顔色を伺って保身に奔ってるだけ。

 維新の会というネーミングや憲法改正のスタンスから保守政党であるかの様に感じられるが、その実は「女性宮家創設」「永住外国人参政権付与」「竹島日韓共同管理」「沖縄・北海道独立」など保守とは程遠い政策が並んでいる。

 軽々しく「維新」を口にし、惨憺たる現体制を打破し、恰も新たな政治体制を確立するかの様な言動をしているが、橋下の教えに沿って敵対する勢力を作って過激な言辞で注目させ、マスコミを使い世論を煽るというのがいつものパターン。

 大阪ダブルクロス選挙で勝利し、今は公明党と対峙している様に見えるが、外国人参政権では足並みを揃える。尊皇精神は皆無な維新の会の連中に真の保守主義はなく、大阪維新構想なんぞ単なる利権の独占、寡占化が目的である。

 女性宮家の創設に反対する丸山はここの所、アイヌ新法反対を始めタカ派的且つ先鋭的発言や野党との対決姿勢が際立っていた。 橋下との軋轢も大きく、維新の会も野党もタカ派の丸山が目障りで仕方なく政治生命の抹殺を謀りたいだけ。

 保守政党のメッキが剥がれた維新の会への支持は激減するのは必至。松井代表も橋下も次の選挙結果を見て臍(ほぞ)を噬(か)むことだろう。自民党の劣化甚だしく、国家皇統を重んじる正統保守政党の出現はいつになることやら。

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2019年05月16日

「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか?反対ですか?」

 北方領土へのビザなし交流訪問団に同行した丸山穂高。国後島の宿舎での酒席で「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか?反対ですか?」と質問したという。発言を撤回し、謝罪するも維新の会から除名処分を受けた。

 この丸山の発言に、国会議員などからは「相当悪質だ」とか「撤回して謝罪すれば済むと問題ではない。議員辞職に値する」などと批判の下に曝されているが、「戦争で奪い返す」のどこが問題なのか、正に平和ボケの極みとも言える。

 故大橋巨泉の子分で無自覚左翼の小ヅラ智昭は番組「とくダネ!」内で「戦争で北方領土取り返すなんて思ってる人いますか?一般論でありますか?辞めて貰わないとしょうがないでしょ。ほんと腹立ちました」と激怒したという。

 我が国は先の大戦で負けてしまったから「戦争=悪」となってしまっているが、戦争とは国際法上認められてる行為であり「悪」ではない。

 米英は「戦争とは政治の継続である」と教え、ドイツでは「戦争とは別の調停手段を伴う政治的な取り引きの継続である」と教える。

「戦争を誘発する大きな原因の一つはアンディフェンデッド・ウェルス(無防備の害)だ」とは三島由紀夫。「平和」を口にし、軽々しく「戦争反対」を訴えている連中こそが戦争を誘発する最大要因となることを知るべし。

 右翼団体のスローガンに「北方領土奪還」というのがある。奪還とは正しく奪い返すことだ。世界では寸土と雖も武力に因って奪い返し解決を図っている。話し合いで領土問題が解決出来た例は無い。

 沖縄や小笠原諸島などが返還されたのは相手が米国だったからで、北方領土や竹島を見れば言わずもがな。況してや中共は尖閣諸島や沖縄を虎視眈々と狙っている。日本に奪う気が無くても周辺諸国は奪い返そうと思っているのだ。

 己の土地を他人に奪われて黙っている者はいないだろう。況してや、父祖伝来の国土が強奪されて泣き寝入りする民族が何処にあろうか。

「北方領土奪還」は正に日本民族の悲願であることは言うまでもない。戦後70年以上も経った今日でも、北方領土問題は未だ解決の糸口すら見えて来ないのは一体何故なのかと言えば、政治家の怠慢と弱腰外交が大きな要因でもある。

 北方領土そのものの重要性に対する認識不足と、北方領土や南樺太がロシア(旧ソ連)如何に不法に略奪され占拠されたかの真相把握の欠如。つまり、第二次大戦下でロシアに強奪されたという認識が決定的に欠如しているのだ。

 抑々、南樺太及び全千島列島は我が国固有の領土だが、日露戦争勝利によってカムチャッカ半島をも我が国奪い治めたのを知っているだろうか。

 ロシアは「北方領土の帰属は第二次大戦での結果である」とし日本にその事実を認める様に求めているが、要は、ロシアにしてみれば奪われた領土を奪い返し、更には領土拡大の為に我が国の領土を強奪しただけのこと。

 こうした歴史的事実を忘却し「四島は過去に我が国以外どの国にも属したことがない」などと弱腰軟弱的四島返還論を展開していることが間違いなのだ。

 思い起こせば1982(昭和58)年4月2日、アルゼンチン軍事政権が南大西洋上のフォークランド諸島に侵攻。サッチャー英政権(当時)は直ちに空母2隻を主力とする部隊を7000マイルも離れたフォークランド諸島海域に派遣し応戦した。

 約2ヶ月後の6月14日、アルゼンチンが降伏。この紛争での死者は約900人、負傷者は約1800人に及んだ。サッチャーの強硬な姿勢によるフォークランド奪還は、今でも英国国民からの評価が極めて高い。

 サッチャーは演説で「人命に代えてでも我が英国領土を守らなければならない」として、領土とは国家そのものであり、その国家なくして国民の生命・財産の存在する根拠が失われると述べ、不退転の決意を示した。

 日本の政治家が足らないのはこういう気概と認識だ。 丸山も元島民に聞くより「戦争を手段としてでも奪い返す」という決意を述べれば一目置かれただろうが、所詮は酔っ払いの戯言としか受け入れられなかった不徳を恥じるべきだ。

 奪われたものは奪い返すことでしか解決を見ない。それは領土問題然り、拉致問題然り。大事なのは「戦いをしてでも絶対に奪い返す」という気概である。

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2019年05月14日

「仁徳天皇陵を世界遺産に」という戯言に騙されるな!

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関は、日本最大の前方後円墳「仁徳天皇陵」を含む「百舌鳥・古市古墳群」を世界遺産に登録するよう勧告した。マスコミを始め、無知な国民が歓迎している様だが陵墓を世界遺産にとは赦し難い。

 宮内庁は全国で約900の陵墓を非公開で管理しているが、平成19年に内規を改め、研究者と称する学匪どもからの要望に応じ、畏れ多いことに天皇の陵墓の立ち入りを認めるに至り、既に計14件が許可されている。

 これ即ち、宮内庁が我が国の国柄と不可分の天皇陵の尊厳ということを全く理解しない証左であるが、陵墓への立ち入りは、明らかに刑法で定められている「礼拝所及び墳墓に関する罪 」に抵触する犯罪行為である。

 学匪らは天皇陵の発掘調査を「史跡」だとして、然もその研究が研究者として当然の権利の如く主張している。今回の世界遺産登録も同じ流れである。

 だが、御陵や墳墓発掘の真の狙いは、皇室の否定と解体そのものに在る。退位の礼に見るまでもなく、今や宮内庁こそが皇室解体を目指す最大勢力と化す。

 ピラミッドや兵馬俑などの王の墓と同様に、天皇陵も発掘の対象にすべきだというが、御陵や墳丘の発掘までもが許される事態となれば、尊厳は完全に損ねられることは必至であり、断じて許してはならない。

 エジプトや支那の場合は既に滅亡した王朝の墓だが、天皇陵は現存する皇室が守るべきものであり、況してや神聖な祭祀の場でもある。その背景はピラミッドや兵馬俑などとは全く異なるものであることは明らかだろう。

 学匪らは「御陵の周辺部が史跡に指定されてない為に、宅地造成で埋め立てられたり、破壊されたり危機的状況であり、国が直接保護するべきだ」と、如何にも御陵の荒廃を嘆くかの様な意見を振り翳してはいるが彼奴らの狙いは外に在る。

 そのトリックが「史跡」という言葉にあり、「史跡になれば発掘は可能になる」のを承知しての確信犯であり、学匪どものあれやこれやの尤もらしい屁理屈も単なる天皇廃止に向けての奸智奸策に過ぎない。

 彼奴らの目的は、立ち入り調査という「権利」を確保し、発掘という権利の実行を目論むことは火を見るより明らかで、そしてその結果を「科学的証拠」として巧みに利用し、我が皇室の歴史を批判、誹謗するかが目的である。

 御陵や墳墓などの発掘の真の狙いは、皇室の否定と解体そのものに在り、左翼が目指す所謂「天皇制廃止運動」の一環と断じても過言ではない。

 朝鮮や支那では、墓を掘り起し、死者に恥辱を与えるというのは珍しくもないが、「墓を発く」「死屍に鞭打つ」という発想は、我が国では死者への最大の非礼であり、日本人の死生観からの忌み嫌う蛮行である。

 御陵は断じて文化財や史跡として考えるべきものではなく、民間調査や発掘などという対象になるべきものでもない。御陵の存在の意味も分からず、世界遺産などと喜んでるのは日本人としての精神的貧困を示すものだ。

 御陵とは日本国民挙って崇拝し、伏し拝むべき神聖にして侵すべからざる聖域である。世界文化遺産登録という戯言を抜かし皇室解体を謀る学匪共と、それに与する奸賊共を一掃しなければならない。

 それにしても何時も思うのは、この陵墓の問題は愚生が右翼に入る前から浅沼美智雄など良識派の右翼人からは疑問の声が上がっていたが、現在の右翼陣営を始め保守派から問題提起されることは殆ど無い。

 強行された退位特例法案問題を見るまでもなく、右翼の先生方や自称保守派や自称愛国者らは対中共の領土防衛や目先のインチキ改憲ばかりで、こうした国體に係わる問題には興味を示さない。右翼の存在価値は益々薄れるばかりなり。

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2019年05月11日

「ノモンハン事件」に限らず未だに捏造された歴史を鵜呑みにしている

 昭和14年(1939年)5月11日、蒙古との国境ハルハ河を越えて蒙古兵が満州国側のノモンハン地区に侵入する。所謂「ノモンハン事件」である。日本軍はこれを撃退したが、蒙古軍は駐留ソ連軍と共に再三に亘り侵入を繰り返した。

「ソ連軍は大量の戦車を含む大兵力を動員してハルハ河を越えて侵入し、ここで大激戦が展開されることとなった。8月20日には、ソ連軍は10万近い軍を動員し、2万人弱の日本軍に対し総攻撃を仕掛け、日本軍は大打撃を被った」

 これが日本人の信じるノモンハン事件概要だ。歴史探偵を自任する半藤一利や司馬遼太郎もそうだし、五味川純平なんぞはその最たるもの。何しろソ連の公式発表した日本軍の損害は52000人、ソ連軍9284人との数字を真に受けている。

 昭和12年に始まった「日支事変(支那事変)」から2年後に、何故に満州と蒙古の国境で突如この様なソ連軍との激戦が発生したのだろうか。

 実はこの1年程前にソ連は、ソ満国境の張鼓峰で侵入事件を起こしていて、この時には日本軍はソ連側に5500人の大打撃を与えて撃退した。だが、この時、日本軍がソ連領に侵入して来ないことをスターリンは見逃さなかった。

 ソ連がナチスドイツに勝利出来たのは、このスターリンの判断に拠るところが大きい。歴史に「もし」は無いが、あの時、日本軍がソ連に更なる猛攻を仕掛けていれば、ドイツと共にソ連共産党を打ちのめしていただろう。

 希代の悪党で戦略家のスターリンはヒトラーのソ連攻撃を予測し、東側からの脅威を除く為に日本と中華民国とを戦争に引き込むことに残力を挙げそれに成功した。第二次世界大戦が共産主義による策謀だった証左の一つであろう。

 盧溝橋事件や上海事件ではそれに成功したが、予想外に日本が強い。そこで日本がどう出るか偵察したのが「鼓張峰事件」と「ノモンハン事件」だった。

 ノモンハン事件で日本との「停戦合意」が成立した翌日の9月17日、スターリンはポーランド侵攻を命じ、ソ連軍はポーランドに侵入を謀り、また「ノモンハン事件」は共産主義者によって悪宣伝に使われた。

「貧弱な装備で旧式戦法の日本軍が、ソ連の進んだ機会化部隊に完膚無きまで叩きのめされた」という日本軍を貶し自国の軍隊の勇ましさを喧伝するものだが、悲しい哉、日本人の多くは未だそうした捏造された歴史を鵜呑みにしている。

 ソ連が崩壊し情報公開されて判ったことは、ソ連の損害は26000人、日本軍18000人と、実はソ連の損害は日本を大きく上回っており、然も日本軍は、ソ連の戦車・装甲車800両と航空機1673機を撃退している。

 10万近い大兵力を動員した側は損害は少ないものだが、結果はその逆だったということは、如何に日本軍が強かったかということの証しである。

 抑々、歴史と言うものは為政者に都合の好い様に作られるもの。歴史は国の大事である。明治開国以来の様々な歴史を再検証し日本再建の一歩とせよ!

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2019年05月04日

「後継者(皇位継承者)不足、深刻に」というタイトルが躍っているが

 憲法九条に自衛隊明記を目指す安倍首相は憲法記念日の昨日、改憲派の集会にビデオメッセージを寄せ改めて改憲の意欲を示した。

 憲法九条の改正は領土防衛上重要なものではあるが、領土防衛以上に大事なものは「国防」であり、つまり皇統を死守する為の憲法を創ることである。

 安倍の改憲は、第九条のみの改正に拠って現憲法を絶対的なものとなってしまう危険を孕んでいる。安倍の改憲のパフォーマンスに騙されてはならない。

 閑話休題。新聞には仰々しく「後継者不足、深刻に」というタイトルが躍り、女性宮家や女性天皇は必至であるかの様な作為的な内容となっている。

 抑々、後継者不足の問題が出始めたのは、今や国力低下を謀り反原発運動で国民を誑かしてる天下一品の売国奴・小泉純一郎政権の時だった。

 この4年前、皇太子殿下・妃殿下に第一子である愛子内親王殿下が誕生された。要は、現憲法第二条「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」との条項を念頭に置いた策謀だった。

「皇位継承を安定的なものにする」というのは詭弁であり、その裏には女性天皇や女性宮家、更には女系天皇を可能にし皇統断絶を謀る為の一里塚である。

 現代人の驕りから、皇統の問題を現代の価値観や法令で語ることに違和感というか怒りを覚えていたが、翌年、秋篠宮家に長男が誕生し、小泉は皇位継承順位を性別に関係なく長子優先とする法案の提出を断念した。

 その後、皇位継承問題は落ち着いたと思いきや、民主党政権下、インチキ保守の野田佳彦が「安定的な皇室活動」として女性宮家問題を提起した。

 悠仁親王が成人となられ、御成婚し、嫡子が誕生するまで約20年はかかるだろうことを、何故に現代で法令を作って迄も変えいうとするのか。

 万世一系百二十六代の皇統が貴重である理由は、神武天皇から連綿として一度の例外も無く「男系」で繋がっているという厳然たる事実である。

 安定的な皇位継承を図るならば、占領下に臣籍降下させられた旧宮家の方々の皇籍復帰を成し、更には堂上公家を元に復せば解決する問題だ。

 堂上公家とは「摂家」と言われる「近衛、鷹司、一条、二条、九条」の五家、及び「清華家」である「三条、菊亭(今出川)、徳大寺、西園寺、花山院、大炊御門、久我、醍醐、広幡」の九家をいう。

「旧宮家の復帰が皇位継承安定策の選択肢になり得るとの認識を表明していた」安倍だが、先日「皇籍を離脱された方々は民間人として生活を営んでいる。私自身が(離脱の)決定を覆していくことは全く考えていない」と述べた。

 また「旧皇族は今上陛下と血筋が違う」という意見があるという。だが、皇位継承で大事なのは神武天皇以来の「男系」の血筋であるということ。

 長く民間人であったとしても別に王室に入る訳ではなく、宮家の再興は皇室の本分である祭祀を継承して戴くということである。

「女性宮家」を創ったところで祭祀を継承するのは無理で、精々、女性皇族として国賓・公賓への接遇や会見、会食などの御公務のみ。要は、女性宮家というのは、女性皇族を都合好く政治に利用しようという謀である。

 目先の改憲で保守派を懐柔している安倍だが、皇位継承問題でもインチキ保守の正体が露わになった。真の保守政治家であるなら、占領下に廃絶させられた明治欽定憲法を復元し、旧皇室典範を天皇に奉還する為に心血を注げ。

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2019年05月03日

何故に米国製の日本国憲法の施行を記念しなければならないのか

 本日は「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する日」だが、何故か現憲法を頂戴した有難い日となっている。「憲法記念日」との名称は「終戦記念日」と同じく、米国が謀った戦後民主主義教育に因る洗脳である。

 国の成長を期する日であれば、国の成長を阻害する元凶でもある現憲法を見直しは必至であり、名称も「新憲法の制定を祈念する日」こそが相応しい。

 現憲法否定の理由を聞けば「米国から押し付けられた憲法だから」という声が少なくないが、米国から押し付けられたものは憲法だけではない。

 戦後民主主義や新自由主義、現皇室典範や労働三法もそうだろう。戦後の平和や繁栄にしろ、ファッションや価値観に至るまで米国製だ。

「押しつけ」がダメなら、米国から押し付けられている全てのもの、我が国に蔓延る米国製の価値観も否定すべきであろう。

 我が国の重苦しい閉塞感や欠落している国家の大本を取り戻す上で、隘路(あいろ)を切り開くには米国製の現憲法を見直す以外には手は無い。

 現憲法で得たものは、成否は別として「自由主義」「民主主義」「人権尊重」「平和主義」等であり、今日の基を築いたと言ってもいいだろう。

 だが逆に「礼節」「長幼の序」「忍耐」「我慢」「滅私奉公」「信義」「忠義」「孝養」「恥」等等、失ったものはそれ以上に多い。

 失ってしまったものが現憲法の所為かどうかは分からないが、日本人はいつの間にか利己的なことを恥じない人間ばかりが殖え、自己犠牲の精神など皆無に等しくなったのは、敗戦後の占領政策以降であるのは明らか。 

 己を犠牲にして他人に尽くすことこそ日本人たる所以であり、美徳美風といえうものなのだが、今や心の中の高貴さを失い、高邁な知性の磨きを様を忘れ、目先の価値観と目先の欲望に溺れてしまってそれに気付くこともない。

 現憲法を「米国の押し付け憲法」と言うのは容易い。だが、現実は大日本帝国(明治欽定)憲法第七十三条による改正によって施行されたのだ。昭和20年11月3日の公布式に於いて、昭和天皇はこう裁可なされた。

「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる」

 当時、我が国は連合国の占領下に在り、政府にしてみれば不本意ではあるが、米国の様々な条件を呑まざるを得なかったというのが真相である。

 現憲法が帝国憲法73条に拠る改正であるなら、安易な憲法改正は逆効果。旧帝国憲法の復元・改正こそ我が国の執るべき道である。

 安倍政権では自民党憲法草案ではなく、憲法9条に自衛隊を明記しようとしているがこれは公明党と同じ「加憲」であり、目先の改憲で現憲法を絶対的なものにしようとしていることからも究極の護憲派であるというのが正しい。

 安倍は自民党総裁として新憲法の草案の是非を国民に問うべきだが、何故か第九条のみに拘る。安倍の改憲案は保守票欲しさの目晦ましである。

 自民党憲法草案には第一条には「天皇は日本国の元首である」と明記している。だが、現憲法と同じく「日本国及び日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」としている。

 令和の御代となり、国民が御祝いムードの中で共産党が「即位の礼に国費を投じることは憲法違反」だとか、「我々は天皇制に反対。因って国民の総意ではなく天皇の存在は違憲である」という屁理屈を垂れ流している。

 共産党を始めとした反天皇勢力にとって、第一条の「総意」こそが違憲の論拠を与えてしまっていることに刮目するべし。

 第二条も然り。「皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」とある。つまりは「皇弟の秋篠宮殿下ではなく愛子内親王陛下こそ正統な継承者である」という妄言に繋がる。

 憲法以前の御存在である天皇を、憲法との整合性や配慮などと語ることがあってはならない。天皇条項は削除し、旧皇室典範を復元し天皇に奉還すべきであり、皇統は現皇室典範や政権が関わるべき問題ではない。

 5月3日は現憲法を「記念」する日ではなく、新憲法の制定や大日本帝国憲法の復元・改正を心から「祈念」する日であらねばならない。

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2019年05月01日

令和元年を迎えるに当り謹んで皇室の弥栄を寿ぎ奉ります

 令和元年を迎えるに当り、謹んで皇室の弥栄を寿ぎ奉ります。

 心ある国民ならば日本に生まれた者としてその祖国日本を憂い、心中密かに期するものがあるだろう。今回の一連の儀式を共産主義者の謀とはとは知らずに喜ぶ姿は、軽々しいものではあるが現代日本人らしくも感じる。

 憲法以前の御存在であらされる天皇をクソ憲法の範囲内で語り、天皇の大権である元号制定権を簒奪した安倍政権の安倍の意向を汲んだ元号を有難がるかの様な世間の盛り上がりに興覚めしながら昨日一日の動向を見ていた。

 明治22年2月11日の紀元節、畏くも明治天皇は、大日本帝国憲法施行の際に下し給える憲法発布勅語の中で、次の様に思召し遊ばされた。

「惟フニ我カ祖我カ宗ハ 我カ臣民祖先ノ協力輔翼ニ倚リ 我カ帝国ヲ肇造シ以テ無窮ニ垂レタリ 此レ我カ神聖ナル祖宗ノ威徳ト並ニ臣民ノ忠実勇武ニシテ 国ヲ愛シ 公ニ殉ヒ 以テ此ノ光輝アル国史ノ成跡ヲ貽シタルナリ」

 正しく天孫降臨の御神勅の精神の継承であり「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と示す様に、正しく我が国は「天皇国日本」であり、忘れてはならない万古不磨の大原理大原則であることを我らは肝に銘じなければならない。

 悲しい哉、現憲法はGHQの「神道指令」に拠り歴史的に継続された祭祀に関する天皇の役割を否定し、大義が消し去られ、天皇を象徴として国事行為をさせる政治のロボットの如く扱き使うだけの条項が並んでいる。

 天皇にとって大事なものは「祭事」であり、国事行為より優先されるべきものだ。歴代天皇が古来より司って来た祭事は、現憲法に因って天皇家の私事になり、天皇の最重要儀式である「大嘗祭」の規定は最早存在しない。

 天皇は憲法上の制約から、国事行為として「国会の開会式」「首相や最高裁長官の親任式」「大臣の認証式」など年間約60回、国賓・公賓への接遇や会見、会食などの御公務が約170回という激務を熟している。

 今回の譲位と即位式が「先例に成り得る」という。つまりは現憲法を保持し、国事行為を見直すことなく天皇を利用し続けるということだ。

 令和の御代も政権に弄ばれる運命なのは火を見るより明らか。陛下は愚生と同年代、20年もすればまた退位か。皇嗣である秋篠宮殿下が即位するのを待たず、今後は、女性・女系天皇論が席巻して行くだろう。

 過去に亀井静香が陛下との会食の際に「権力の象徴である江戸城にお住まいになるのは相応しくないのではないか」と発言したことがあった。国事行為を語らずに遷宮を語ることは軽々しいものであるが、今となればこの発言は一理ある。

 天皇の祭事は、元旦未明に斎行される「四方拝」に始まり「歳旦祭」「元始祭」や毎月の旬祭など年に50回程に上る。高齢を理由に祭祀の簡略化が謀られたが「国安かれ民安かれ」と国家国民の安寧を祈る存在こそが天皇なのである。

「豊葦原の千五百秋の瑞穂国は是れ吾が子孫の王たるべき地なり、宜しく爾皇孫就いて治せ、行矣。宝祚の隆えまさむこと当に天壌と窮り無けむ」

 天皇が政治に利用されることのない尊い存在として祭祀を執り行って頂く為に、京都御所への遷宮ということも考えて行かねばならない時期に来ている。

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