2018年12月

2018年12月29日

「喪中につき年末年始の挨拶はご辞退させて頂きます」という慣習

 年末年始になると「喪中につき年末年始の挨拶はご辞退させて頂きます」だとか「喪中なので初詣には行かない」いう様な声を聞く。

 要は、故人に対する思いや信心深いさを訴えたいのだろうが、こうした挨拶は古くからの慣習であり、そこに大した意味はない。

 まあ、日本人は大らかだし、死んだ人を思うのは結構だが、喪中を理由に普段の付き合いまで控える必要があるとは思えない。

 喪中の規定に関する法律は、奈良時代の「養老律令」には既に見られ、江戸時代になると「服忌令」という法律によって喪中の規定が記されている。

 明治7年に出された太政官布告では「父母、夫、50日、13ヶ月。妻、兄弟姉妹、20日、90日」などと「忌(忌中)」と「服(喪中)」の期間をこと細かく定めていたが、太政官布告は戦後の昭和22年に廃止された。

「忌中」とは、神道の「穢れである死を忌む期間」という考え方からのもので、忌中時(50日間)は「出仕(仕事)を控え、殺生をせず、髭や髪を剃らず、神社に参拝しない」としているが、そこまで喪に服している人など見たこともない。

 現在ではこうした法令は全て撤廃され、仏事の慣例としては江戸時代の忌服令が一つの目安にされていて、父母の死亡に際しては七七忌(49日)までが忌中、一周忌(1年間)までが「喪中」とされるているに過ぎない。

 年賀状は、明治6年に「葉書郵便配達」が始まったのを機に、遠方以外の人にも挨拶状を送る習慣が徐々に全国に広まって行った。

「年賀郵便」制度は明治39年に始まり、昭和24年には「お年玉付き年賀はがき」が発売されると、年賀状が次第に普及し慣例となった。

 最近は年賀状離れが顕著となっているという。通信手段が無い時代に遠くの友人に年頭に挨拶する為に生まれたのが年賀状であり、ネットや通信網が普及された現代に於いては実に面倒な習慣でもあり、やはり時代の流れでもある。

「喪中につき年末年始の挨拶はご辞退させて頂きます」という、遺族としての個人の故人への思いはそれはそれで好い。

 喪中の相手に年賀状を送るというのは思慮不足なのかも知れないが、相手も悪気があって送る訳でもなし、そんなことで一喜一憂する必要もない。

「喪中なので初詣には行かない」というのも同じで、初詣は神道なら50日を過ぎていれば問題はない。亡くなった人まで巻き込んで意味もない言い伝えを信じて、そうしたことが喪に服することだと勘違いしてはいないか。

 尤も「喪中だから」と門戸を閉じ、酒肉を断ち、弔せず、賀せず、音曲を成さず、嫁取りをせず、財を分かたず、出仕(仕事)を控え、殺生をせず、髭や髪を剃らず、自らを厳しく律している方なら別だが。呵呵大笑。

※コメントは会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方はパスワードを教えますので mr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを!

cordial8317 at 08:51|PermalinkComments(0)

2018年12月27日

東電旧経営幹部に責任を問うなら菅直人も逮捕せよ!

 東京電力福島原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電旧経営陣幹部3人の論告求刑で指定弁護士は禁錮5年を求刑した。

 未だに原発事故を論い、安っぽい正義感から反原発を訴えてる輩がいる。生き残った我々がいつまでも被害者意識丸出しで、過去ばかりをふり返ってどうしようというのか。それでも我々は前進していかねばならないのだ。

 大震災から既に7年が経過し、事故調査委員会から「人災」と判断された原発事故を巡って旧経営陣のみに責任を負わせることに何の意味があるのだろう。

 起訴内容では、原発事故で避難を余儀なくされた双葉病院の入所者44名の死亡の責任を問われているが、動かしてはいけない重篤な患者を強制的に移動させたのは東電元幹部らではなく当時の首相であり災害対策本部長だった菅直人だ。

 当時の民主党政権は原発事後、原発事故などの放射線の流れを分析出来る「SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)」の数値を隠蔽し、科学的根拠の無い「原発周辺20キロ圏内」という避難指示を下した。

 だが、双葉病院の場所は放射線量も低く、治療を優先すべきだったにも拘らず、強制的に避難させてしまったことで患者を死亡させた。つまり、死亡した双葉病院の44名は、津波を予見せずに対策を怠ったことが原因ではない。

 未だに「原発周辺20キロ圏内」という科学的根拠に乏しい、行き当たりばったりの間抜けな対策が、除染という無駄な作業に莫大な血税が垂れ流され、福島県や県民への風評被害や差別を招き、今も復旧や復興の妨げとなっている。

 混乱と更なる被害の拡大を生んだ最高責任者である菅直人が逮捕されずに、東電の旧経営陣のみに責任を負わせようとするのは我が国司法の歪さの現れであり、強制起訴という制度に正義があるとは思えない。

 東日本大震災で亡くなられた方は津波が原因。死者数は福島、宮城、岩手の東北三県で実に18456名に及ぶ。原発事故での放射線で亡くなった人はいないのに、福島原発周辺の堤防だけが問題にされるのは如何なものか。

 福島原発事故は地震による「天災」ではない。米国製のハリケーン型原発を過信し、大津波の想定をしていなかった為に発電所内の電源が全て失われ、原子炉冷却に関わるバルブが操作不能になったのことが大きな要因だった。

 堤防の嵩上げさえしていれば防げたかといえば疑問で、大津波を予見していたならば堤防決壊に伴う予備電源の確保が大事であり、福島第一原発は予備電源を地下に埋設していたという単純ミスから起きてしまった事故だった。

 更に言えば、大津波の対策を勝俣元会長ら旧経営陣らが予見出来たと断定するなら、国や地方自治体の避難計画や防災対策に於いて、そうした対策が何故に講じられていなかったのか、その責任も問われて然りだろう。

 菅直人が逮捕も強制起訴もされない裁判は正に茶番劇そのもの。事故の責任云々より大事なことは、二度と菅や民主党政権の様な人災を繰り返さない為にはどうすべきかであり、福島第一原発事故での教訓を将来どう活かすかだ。

 国内での原発事故に限らず、韓国や中共を始めとした世界の原発でまさかの事故が起きてしまった場合に、福島原発事故の収束技術と正確な科学的データが活かされることこそ福島のこの地に住み続ける我々の願いでもある。

※コメントは会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方はパスワードを教えますので mr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを!

cordial8317 at 07:59|PermalinkComments(0)

2018年12月24日

韓国海軍が海上自衛隊のP1哨戒機に対して火器管制レーダーを照射

 韓国海軍の駆逐艦が海上自衛隊のP1哨戒機に対して意図的に火器管制レーダーを照射したことが大きな問題となっている。

 政府は、有事にも成り兼ねない極めて危険且つ挑発的行為に強く抗議し、反省の見えない韓国側に再度遺憾の意を伝えた。

 韓国側は「遭難した北朝鮮船籍捜索の為のもの」と見苦しい言い訳に終始しているが、遭難船の捜索は火器管制レーダーではなく、水上捜索レーダーを使用するのが適当であり、韓国海軍の確信犯的敵対行動である。

 新聞報道では真相が見えて来ない。軍事、外交問題に詳しい知人はTwitterのツイートで、今回の問題をこう述べている。

「韓国海軍艦船の目的は、フリゲート艦(駆逐艦)の下のSLBM搭載可能な潜水艦が能登沖で訓練していた為に海上自衛隊のP−1対潜哨戒機に浴びせたという事。韓国フリゲート艦は潜水艦の航行を探知されたく無かっただけ。根は深い」

 単なるレーダー照射ではなく軍事力の機密漏洩の発覚を恐れ、また我が国を敵国視した訓練だったとすれば、元FBFの言う様に根が深い問題だ。

 ややもすれば敵対行為と見做しP1哨戒機からの攻撃も想定された訳で、日本の抗議に対し「行き過ぎた反応」とは反省していない証拠でもある。

 盧溝橋事件に端を発した支那事変が中国共産党が大きく関わっていた様に、一部の軍人の軽挙妄動が大事件や戦争に発展する。

「日中戦争は日本の侵略戦争だ」という認識が蔓延しているが、我が国は「北京議定書」に基づき在留邦人保護の為に軍隊を駐屯させていただけで駐留が違法ではない。況してや盧溝橋でその日本軍に攻撃してきたのは中国共産党の方だった。

 上海でも日本人保護の為に合法的に駐留していた海軍陸戦隊に、正規軍10万人で一方的に攻撃を仕掛けてきて戦争は本格化したが、何れも中国共産党が仕掛けた戦争であり、つまり侵略者は我が国ではなく中国共産党なのである。

 実は共産党にとって当時の状況は実に深刻で、西安事件により蒋介石は共産党攻撃を中止し、共産党と協力関係を作ることを約束した。しかし、その後、蒋介石は共産党に対し次々に厳しい条件を突き付けた。

 盧溝橋での発砲事件は、毛沢東に拠る窮地打開の為の大博打であり謀略だった。中国共産党が盧溝橋事件を起こしたことは今や100%明らかな歴史的事実なのだが、何故か未だに日本軍が仕掛けたことにされている。

 今回の火器管制レーダーの照射は盧溝橋での中国共産党と同じ愚劣な行為であり、対抗して応戦していれば盧溝橋事件と同じく日本が悪者とされただろう。

 国際状況が激変する中での今回の問題を教訓に、我が国も一旦緩急、まさかの事態に万全を期しておかなければならない。

※コメントは会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方はパスワードを教えますので mr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを!

cordial8317 at 06:18|PermalinkComments(0)

2018年12月23日

12月23日は天長節であると共に所謂A級戦犯として処刑された7名の命日でもある

 我が国は永い歴史の中から数々の伝統及び制度が生み出されてきた国家である。そんな中で永遠に無くなってはならぬものが天皇を戴く国家の在り方であることは言うを俟たない。

 これこそが我が国のあらゆる制度の基盤であり核心である。日本即天皇、天皇即日本の天皇国家であり、この国體の精華は万邦類を見ない。

 2676年の永きに亙り「万世一系」の天皇を戴き、常に国民や世界の平和を祈り続けておられる天皇を、善き至高の存在として暮らして来た。

 天皇を族長と仰ぐ君民一体の家族国家が日本であり、「天皇即日本」「日本即天皇」の天皇国家が「日本」という国柄なのである。

 天皇の御代が栄えることは、即国民の代が栄えることでもあり、この国體の精華は万邦類を見ないところである。

 正に、世界に冠絶した「君が代」そのものの世界が厳然と存在する国こそが我が祖国「日本」なのだ。

 だが、日本に生を享けながらこうした国柄を否定し、天皇や皇室を批判する誠に以て不遜不敬、不届至極の不逞の輩がいるのも確か。

 これらの奸賊を排し、迫る来る祖国の危機に対処し、天皇国日本を盤石の安きに置く使命を有するのは民族派陣営である。

 正にその存在の意義を示す神機は近付きつつあると確信するも、一旦緩急に備え、遺憾無きを期そうという維新者も悲しい哉、極僅か。

 また本日は、所謂A級戦犯として処刑された7名の命日でもある。

 GHQは、当時の皇太子御生誕の日を選び処刑を行ったのは、未来永劫、日本人に贖罪意識を持たせる為のものであるが、こうした事実をしても米英を始めとした連合国が如何に非情かが解るというものだろう。

 我国には「A級戦犯」「B・C級戦犯」「戦争犯罪人」などという呼称はない。刑死、獄中死された方々は国会に於いては「法務死」と称されており、靖國神社では「昭和殉難者」として御祀りしている。

 極東軍事裁判に於いて弁護する機会も与えられず、一審即結審という復讐という名の茶番劇で、或いは外国の地で不当に処刑されたこの英霊の方々の命は決して軽いものではない。

 彼らは敢えて反論もせず命を捧げて罪を償ってくれたのだ。今を生きる我々は、この英霊の悲劇を決して忘れてはならない。

 日本人でありながら未だに「戦犯」という蔑称を平気で使っているのは、我が民族の精神性の乏しさを象徴する最たるものである。

 本日の天長節に当たり、皇国臣民として謹んで陛下の弥栄と長久を祈念申し上げると共に、未だ戦犯との汚名を着せられ続けている英霊の名誉恢復と御霊の安らかならんことを祈らずにはいられない。

 天皇陛下万歳 すめらみこといやさか すめらぎいやさか。

※コメントは会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方はパスワードを教えますので mr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを!

cordial8317 at 06:29|PermalinkComments(0)

2018年12月21日

IWC(国際捕鯨委員会)からの脱退と商業捕鯨再開を歓迎する

 今年9月にブラジルで開催された国際捕鯨委員会(IWC)総会で、日本が求めてる商業捕鯨が反対国の理解が得られず再開は困難になった。こうした状況に政府は30年ぶりの商業捕鯨再開に向けて、IWCからの脱退を決断した。

 捕鯨に関してはIWCで、我が国の地道な調査と科学的データを明らかにしたことで孤立無援だった我が国への賛同国も徐々に増えていた。捕鯨問題は我が国外交史上、貴重な勝利事例になる可能性が見えていた。

 だが2年前、オランダ・ハーグの国際司法裁判所が「日本の現在の調査捕鯨は商業捕鯨であり条約に違反する」として調査捕鯨すら認められず、捕鯨停止を命令したことで調査捕鯨による科学データの開示という地道な活動が水泡に帰した。

 科学的データを無視し感情的に反捕鯨を叫び、己らの倫理観と偏狭な正義感を強要する反捕鯨国家と妥協点を見出すことは不可能なこと。

 常々、ノルウェーやアイスランドを見倣ってIWCから脱退し商業捕鯨を再開すべきだと訴えていたが、IWC脱退と商業捕鯨再開は正しい決断だと思う。

 IWCを脱退した場合「国際ルールを軽視したとの批判が避けられない」というが、日本が脱退すればIWCの存在価値は無くなるだろう。

「南極海域での調査捕鯨が出来なくなる」というが、排他的経済水域での商業捕鯨再開で調査捕鯨をする意味もなくなる。

「クジラは絶滅危惧種」というが、実際にはクジラは品種にも拠るが絶滅どころか殖えている。昨今は、調査捕鯨でのデータを無視し「クジラやイルカは人間に近く可哀そう」などと安っぽい感情論に訴えているが、要は日本バッシング。

 調査捕鯨によってクジラが殖え、資源回復が明らかになっているにも拘らず、こうした逆行する行為こそが、大きく環境を損ねることになるだろう。

 地球上の鯨類が年間に捕食する魚類の総量は2億5000万トン~4億トンと言われる一方、世界の漁師の漁獲量はその半分以下の約1億トンに及ばない。

「鯨飲馬食」と言われるほどに食欲旺盛な鯨類が増え過ぎれば、人間が食料にしている水産資源も脅かされることとなるのは明らかで、食料自給率の乏しい我が国にとって捕鯨こそ推進すべき国策でもある。

 我が国が商業捕鯨を停止して30年になるが、日本で商業捕鯨が本格的に始まったのは江戸時代初期の1606年に遡る。紀州(和歌山)の太地で開始された商業捕鯨はやがて全国に広まり、それと共に鯨を食する習慣も全国に広まった。

 松尾芭蕉の句にも「水無月や鯛はあれども塩鯨」と詠まれている。塩付けされた鯨の肉は江戸庶民の大切なタンパク源で大衆食として愛された。

 19世紀初頭には「鯨肉調理方」という本が出版されているが、鯨食というのはそれだけ民衆に普及していた食文化だったのだ。

 北海道や東北では正月に「鯨汁」を食し「ハリハリ鍋」にしている地域もあるし、大阪のおでんにはコロ、サエズリ、オノミといった具が入る。

 反捕鯨の連中は鯨食を「ゲテモノ」扱いしたり「戦中戦後の食糧難時代に止むを得ず広まったもの」だとか、遠洋漁業は「鯨油を採る目的だ」などと愚にも付かない反論をしている者までいる。

 だが、それはペリーの黒船に見られる様に過去に行われていた欧米の捕鯨は皮だけ剥いで鯨油のみを採るやり方だから、それと錯覚し勘違いしているだけ。

 日本人はクジラを食するだけではなく髭は文楽の人形に使い、骨は櫛などの工芸品となり、漁師達は鯨塚を立て供養する、正に日本文化そのものなのだ。

 反捕鯨は我が国の伝統的鯨文化や日本文化の否定でもあり、日本人差別でもあるのだ。IWC脱退と商業捕鯨再開を歓迎する。

※コメントは会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方はパスワードを教えますので mr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを!

cordial8317 at 07:47|PermalinkComments(0)

2018年12月20日

安倍がやるべきことは改憲ではなく現憲法の無効宣言である

 外務省が外交文書22冊を公開した。その中には岸信介が日米平和条約を改定し、米国統治下にあった沖縄や小笠原諸島の返還などの解決後に米国製の日本国憲法を改正しようとしていたことが明らかになった。

 昭和27(1952)年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効し、我が国の主権が回復。主権回復に伴い「日米平和条約」が発効した。

 岸は戦後の米国に拠る植民地的な支配を解除し、対等な日米関係を築こうとしていたことが理解できる。平和条約は昭和35年、新たに「日米の相互協力及び安全保障条約(日米安保条約)」が発効することで失効した。

 敗戦後の「日米平和条約」や、その後の「日米安保条約」という戦後の歴史的事実こそが、日米関係の日米関係たる所以である。

 安保闘争時の昭和35年頃は、共産主義が席巻し「マルクス・レーニン主義」という麻疹に罹った若者が巷に溢れていた。

 だが、これは左翼思想や単なる流行りというより、米国に負けたという悔しさの方が大きかったとのではないかと思っている。

 その勝者である米国と対等の関係ではなく、更なる米国追随、米国依存体制を危惧した若者らの反乱だった気がしてならない。

 国会前で樺美智子が暴殺された4日後に日米安保条約が成立し若者らの熱も沈静化したが、同時に政治家らはこのデモ以降、改憲の意識も薄れ、安全保障という国家の大本を米国に委ねた儘、拱手傍観を極め込んで恥じることは無い。

 GHQの統治下、朝鮮戦争が勃発するとマッカーサーは吉田茂首相に、国内警察力と海上警備力の強化を促す為に所謂「マッカーサー書簡(文書)」を送る。これはマッカーサーが実質的に日本国憲法の破棄を促したものだった。

 マッカーサー書簡から1ヶ月後には「警察予備隊令」が決定、翌日公布、即日施行という異例のスピードで準備が整えられ、自衛隊の前身である警察予備隊が誕生。その後、警察予備隊と海上警備隊を統合し「保安庁」が設置される。

 だが、吉田は朝鮮半島への出兵要請を日本国憲法第9条を理由に拒否する。吉田が現憲法を遵守したことを現在の価値観で是非を論じるものではないが、我が国が朝鮮戦争やベトナム戦争に駆り出されなかったのは事実だろう。

「マッカーサー書簡」が届いたのを機に、日本国憲法を破棄していれば我が国はまともな国になって、日米関係もまた違ったものになっていただろう。

 朝鮮戦争の勃発で日本経済は特需に沸いた。軍事を米国に依存し、戦後復興の名の下に経済政策を優先して行った。

 こうした限りない営利至上主義は日本国民の精神を蝕み続け、未だに目覚めることなく経済的繁栄のみに現を抜かし、国の大本を忘れ国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場凌ぎの偽善が罷り通っている。

 主権回復後の欽定憲法復元は叶わず、自由党と民主党が合併し自由民主党が結党され自主憲法制定を掲げるも何ら実行出来ずに徒に時が過ぎた。

 岸はそんな日本をどうにかして立て直そうと思ったに違いない。だが新たな日米安保条約が決定するも、国内では激しい反対運動が起こり、岸内閣は憲法改正を実行することなく退陣に追い込まれた。

 その後の自民党政権は自主憲法制定という党是を忘却し、朝鮮戦争特需時代を忘れられないのかその場凌ぐの政策と景気対策ばかりを優先した。

 そして岸の孫でもある安倍が改憲を成そうとしているが、当時とは全く違う時代となった今、やるべきことは改憲ではなく現憲法の無効宣言である。

※コメントは会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方はパスワードを教えますので mr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを!

cordial8317 at 08:36|PermalinkComments(0)

2018年12月19日

防衛力とは日進月歩で限界は無し

 来年度予算の概要が判明した。一般会計予算は過去最高の101兆4567億円が計上された。予算案の内歳入が68兆7969億円。民主党政権下で40兆円にも満たなかった時代に比べればかなりの税収アップだ。

 新聞には「社会保障と防衛費が最大」との見出しが躍る。社会保障費と防衛費を同列にし、恰も防衛費が国家予算の大半を占めてるかの物言いだが、社会保障費約34兆600億円に比べて防衛費は約5兆2600億円しかない。

 防衛を疎かにすれば社会保障も何もない。然も、安倍政権が進める防衛計画と中期防衛力整備計画の下での護衛艦「いずも」や「かが」の空母化は、憲法の専守防衛に抵触するかの意見に何の意味があるのだろう。

 一体何処にGDPやGNP比1%以内という閣議決定を行い、自国の防衛力の限界を設定している国家が存在するのか。恥かしながら日本だけだ。

 予算額を発表するのは良いとしても、何故に護衛艦の空母化や最新鋭ステルス戦闘機の購入数や迎撃システムの配備という中身まで具体的に公表する必要があるのか。正にスパイ行為に類する報道ではないのか。

 防衛力とは戦略上の重大な機密事項である。況してや装備や兵器に関して国内から批判が怒ること自体が利敵行為そのものだ。

 岩屋防衛相は「格段に速いスピードで安全保障環境が変化している」と述べているが、近隣国、中でも中共が軍拡路線の益々の拡充を謀る中で、それに見合って自衛力を整備するのは理の当然ではないのか。

 野党や評論家らは挙って「米国追随の兵器調達だ」と批判する。確かに米国への忠誠だが、それが戦後の我が国の歪な体制でもあるのだ。

 反対派というのは国家の防衛を否定した憲法を有難がり、安保条約の下で国家の大本を米国に依存しておきながら何を言うか。

 否なら、現憲法を破棄し、自国で戦闘機や迎撃システムを造れる様な法整備を急ぎ、米国依存から脱却し、中共軍とも対峙出来る体制を整えるべきだろう。安倍が米国追随なら、反対派は中共への諂いでしかない。

 自衛隊は言うまでもなく、現憲法下で「自衛力は認めている」という前提に立ち「自衛隊法」が成立し、また近年では安保関連法案成立などに拠り自衛隊の存在を明確にしてきた。安倍政権下では更に第九条の見直しを目論む。

 我が国は今や世界に冠たる経済大国である。政治家らは票欲しさに福祉や社会保障の充実を掲げてはいるが、真の国民福祉は国家民族の平和と安全の保障を措いて他に何があると言うのか。防衛力の整備に限界は無し。

 自衛力は自衛を完うするに足る装備の充足と自衛官の士気の向上を不可避とする。これは防衛に対する至上命令である。

 従って此方が望む望まないに拘らず、近隣に共産党一党独裁の国家や反日国家が存在し、日米韓の防衛体制が体を成していない以上、我が国は国際情勢を睨みつつ粛々と防衛力の充実を期すべし。

※コメントは会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方はパスワードを教えますので mr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを!

cordial8317 at 08:57|PermalinkComments(0)

2018年12月18日

県内建設会社大手の佐藤工業の社長に八巻恵一副社長が昇格

 県内大手の建設会社である佐藤工業が準大手ゼネコンの戸田建設の傘下に入り、佐藤達也が創業してから70年、佐藤一族である勝也社長が来年3月で退任することで佐藤一族支配が終焉する。

 戸田建設が全株式を取得したことに伴い八巻恵一副社長が社長に就任。光用薫戸田建設常務執行役員大阪支店長が代表権を持つ取締役会長となる。

 これを機にゼネコンに因る建設業界の寡占化が進んでいくのではあるまいか。だが、公共事業の先細りは必至で、利用価値が無くなれば戸田建設の単なる福島支店となってしまうのではあるまいか。

 公共事業の削減で大手ゼネコンを始め、福島県内の建設会社は生き残りをかけた経営を余儀なくされていた。そんな時に東日本大震災が起きた。

 誰も口にはしないが、疲弊する建設業界にとって東日本大震災は正に天佑神助ともいうべきものだった。

 道路などのインフラの修復に始まり、次々と仕事が舞い込んだ。国は莫大な復興予算を投じて復旧を急ぐ。そんな時に始められたのが除染だった。

 大手ゼネコンは挙って除染に参入し莫大な利益を得て、震災前に汲汲だった経営を立て直し、更なる復興事業への参入を営利を目論んだ。

 今は復興途中であり建設業界にとっては未だオイシイことが多いが、2020年の東京オリンピックが終わればその先の見通しは真っ暗。安倍政権下、国土の強靭化対策を講じて莫大な予算を計上しているが果たしてどうなるものやら。

 公共投資以外に税収を生むものはなく強靭化対策は大いに結構なことではあるが、その裏で、ゼネコン主導の談合が繰り返され、一部の業者だけが利益を得て、景気に跳ね返ることなく国民の利益にならない様では意味が無い。

 社長に就く八巻恵一といえば福島県知事汚職事件のきっかけとなった談合事件で、佐藤栄佐久元知事の盟友であり、事件の黒幕でもあったブローカーの辻政雄と共に「入札妨害(談合)罪」で逮捕された人物でもある。

 当時は営業本部長。その後は会社への論功行賞もあって常務を歴任し、5年前からは副社長に就いているという。中々の実力者の様だ。

 建設業法第8章、第八条七項の罰則規程には「禁錮以上の刑に処せられ、その刑の執行を終わり、又はその刑の執行を受けることがなくなつた日から五年を経過しない者」を役員などにしてはならないと明記されている。

 談合事件で逮捕され釈放された八巻氏はその後常務に就くが、役員に就いてたことは建設業法に抵触していたのではあるまいか。

 まあ、同じく談合事件で逮捕された佐藤工業社長(当時)出」全国建設業協同組合連合会(全建協連)の会長出」だった佐藤勝三も、今ではいけしゃあしゃあと社団法人「ふくしま未来研究所」の所長として辣腕を奮っている。

 建設業界というのは前科・前歴なんぞ関係なく、解雇もされず却って箔が付くというのは暴力団の世界と同じに見える。呵々大笑。

※コメントは会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方はパスワードを教えますので mr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを!

cordial8317 at 08:32|PermalinkComments(0)

2018年12月14日

時に元禄15年12月14日といえばやっぱり「忠臣蔵」でしょ(笑)

 年末になると昔は「忠臣蔵」「赤穂浪士」が定番で、必ずといっていいほどテレビでは放映されていたが、暴力である仇討ちを美化するのは怪しからんとばかり、年末の恒例番組が消えたのはチョッと寂しい気もする。

 赤穂浪士が吉良邸に討ち入りしたのは元禄15年12月14日とされているが、実際には旧暦の元禄16年1月30日だったらしい。

 月の満ち欠けは29.5日周期で、1日が新月だから14~15は満月の夜、30日だとすると新月に近く薄暗かったのではなかろうか。

 だが、旧暦の元禄15年は閏年。つまり一年が13ヶ月あった年だから話がややこしい。討ち入りの日が満月の夜という想定はやはり脚本だろう。

 赤穂浪士の精神的支柱となったのが陸奥国会津若松城下生まれで「山鹿流軍学の祖」として知られる山鹿素行(やまがそこう)。江戸時代に於ける武士道の理論を確立した人物であり、素行の談話を筆記した「山鹿語類」は日本人必読の著。

 山鹿の著した「中朝事実」では、世の学者の外国(主として漢土)崇拝を批判し、皇統の一貫を根拠に「日本こそ万国に卓越した中華・中国と呼ぶに相応しい国である」との日本主義を主張した人物でもある。

 江戸時代267年の歴史の中で理不尽な御家断絶や御家騒動は他にもあったが、赤穂藩四十七士だけが「義士」と呼ばれ「武士道の華」と評価されたのは、素行の「正義の遂行」の本義に基付く教えが在ったからだと言ってもいいだろう。

  だが一方で、忠臣蔵の討ち入りに「大義」などではなく「子孫の将来まで考えて討ち入った」単なる「打算」だと断じる歴史家や批評家がいる。

「大石内蔵助は忠義心によって討ち入らなければ大石家は山科で帰農し、そのまま埋もれただろうが、吉良を討ち取った結果、子孫は本家の浅野家に千五百石の高録で召し抱えられた」。また「葉隠」でも赤穂浪士に触れた部分がある。

「赤穂浪士の仇討ちも、泉岳寺で腹を切らなかったのが落度というべきだ。それに主君が死んで、敵を討つまでの間が長過ぎる。もしもその間に、吉良殿が病死でもなされた時にはどうにもならないではないか」

  葉隠れでは、仇討ちというのは緻密な計画でやるものではなく、「武士とは即刻、やられたらやり返すというのが本道で、事の成否は問題ではなく、成否よりも行為自体に意味が在る」と訓えている。

 その上で赤穂の武士を「上方の人間は小利口だから世間から褒められる様にするのは上手である」と嘲笑しているが、赤穂浪士の討ち入りを打算的と見るか否かは夫々で、犠牲を超えた行為に何かを感じれば好いことだ。

 余談だが、福島から米沢へ向かう峠(旧板谷峠)に、赤穂藩の次席家老・大野九郎兵衛ら十六名の供養塔がひっそりと佇んでいる。

 これは、泉岳寺での討ち入りに失敗した場合に、吉良は倅である米沢藩主を頼り北上するだろうと考えて、この峠に身を潜めその機を待っていた。

 だが、四十七士の本懐の報を受け、大野らはこの地で自刃したという。四十七士だけではなくこうした義士が居たことを忘れてはならない。

※コメントは会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方はパスワードを教えますので mr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを!

cordial8317 at 06:22|PermalinkComments(0)

2018年12月13日

靖國神社の参道で支那人活動家が放火し逮捕される

 昨日、靖國神社の参道で支那人活動家が東条英機の位牌の様な物に火を点けるというパフォーマンスを実行し逮捕されるという事件が起きた。

 抑々、南京事件は存在しないフィクションである。況してや南京大虐殺とは、米軍に因る広島・長崎の原爆投下や東京を始めとした都市への無差別爆撃を正当化する為の世論のすり替えであることは今や明白だ。

 南京事件の証拠は「安全区国際委員会」の委員長だったジョン・ラーベの「ラーベ日記」とされている。だが、そのラーべ日記そのものが実にいい加減で、妄想豊かなラーべに因るフィクションを未だに信じ込んでいる。

 昭和12年12月13日、日本軍が南京を占領した際に、南京に残っていた欧米人15人によって組織されたのが「安全区国際委員会」という民間組織。

 ラーベの書籍や映画では住民保護に当たった人道主義者「中国のシンドラー」として讃えられてはいるが、実際はどうだったのか。

 ラーベはドイツの電機メーカー「ジーメンス」の南京支社長で、当時のドイツは蒋介石国民党政権に軍事顧問団を送り込み、中国軍の近代化を指導すると共にドイツ製の武器を大量に売り込んでいた。

 軍事顧問団のファルケルハウンゼン将軍は蒋介石に、日本に対する先制攻撃を提案していた人物だから、その仲間でもあるラーベが反日的で且つ支那人に同情的だったのは想像するに余りある。

 あの狭い「安全区」に20万人の市民がいたが、そこを自由に行き来していたラーベ。日記にはたったの一件も殺害を見たとは書いていない。つまり、全ては「こう言っている」「ああ言っている」という伝聞ばかり。

 事実、国際委員会の公式記録「南京安全区の記録」には南京の人口はずっと20万人だったと書いてある。だが、ラーベはヒットラーへの上申書で、5~6万人の民間人が殺されたと虚偽の報告をした。

 これを証拠に南京事件が然も事実であるかの如く伝えられているのだが、要するに、南京事件とは「ラーべ日記」や、ヒットラーへの上申書を証拠に捏造されたものであり、全くの事実無根のでっち上げに過ぎない。

 我が国を陥れる為の策謀の裏側には米国が存在し、靖國神社でパフォーマンスを行った支那人活動家らの愛国心も、我が国の戦後民主主義者と同じく米国が創り上げられた歴史を信じ切っている軽々しい正義と言っても過言ではない。

 ナチスのホロコーストによって殺害されたユダヤ人は600万人以上、最多で1100万人を超えるとされているが、これも創られた歴史だ。

 南京事件も「南京でも日本軍がナチスの様な虐殺を行った」という歴史の捏造というのが正しい。ホロコーストではナチスやヒトラーを非難しながら、南京事件ではヒトラーをも利用することというのだから厭きれてしまう。

 今やホロコースト自体が捏造されたものだということが明らかになりつつあるが、当時の文献などから徐々にその真実が見えて来る。

 ホロコーストが在ったとされる「アンネの日記」にしろ、実際にはホロコーストを利用しようとしたユダヤ人の策謀が見え隠れする。

 ホロコーストにしろ、南京大虐殺にしろ、従軍慰安婦問題や強制連行にしろ、そうした事実が真実でなくてはならない連中の思惑が見事に一致する。

 ユダヤ人や支那人、朝鮮人にとって目障りなのは日本人。そんな連中は口を揃え「ドイツはナチスの犯罪行為について時効を設けずに謝罪と賠償をし続けているから日本もドイツを見倣うべきだ」と言って憚らない。

 だが、ドイツはナチスについてはその罪は認めているが、ドイツ国家、或いはドイツ国民全体の罪は今日迄認めたことはない。何故ならそれはナチスの犯罪とドイツ国民としての戦争行為は別なものとしているからだ。

 大日本帝国の遂行した戦争とナチス・ドイツの犯罪行為とは全く異なるものだが、未だ東京裁判に毒され、ナチスと日本軍が同一であるかの様な自虐史観が蔓延していることは正統な歴史と英霊に対する冒涜である。

 東京裁判で日本無罪論を訴えたインドのパル判事はこう述べて擱筆した。

「時が、熱狂と偏見を和らげた暁には、また理性が、虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁には、そのときこそ正義の女神はその秤を平衡に保ちながら、過去の賞罰の多くに、そのところを変えることを要求するであろう」

 今こそ東京裁判での連合国の不当性と不正義を明らかにし、戦後の歪んだ贖罪意識と不条理を払拭しなければならない。

※コメントは会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方はパスワードを教えますので mr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを!

cordial8317 at 07:00|PermalinkComments(0)

2018年12月06日

「先輩として後輩力士の礼儀を正すことは義務と思っている」

 約一年前、九州場所後に行われたモンゴル出身者が集う慰労会の席で、日馬富士が貴ノ岩に暴行し引退を余儀なくされた。引退の記者会見で彼はこう語った。

「先輩として、後輩力士の礼儀を正すことは義務と思っている。弟弟子を思って叱ったことが、彼を傷付け、世間を騒がすことになってしまった」

 そんな被害者だった貴ノ岩が、何やら犯したミスに言い訳した付き人に暴力を揮ったことがバレて、日頃から保守の牙城でもある相撲協会や国技である相撲を敵視するマスコミが、ここぞとばかりに大騒ぎしている。

 貴ノ岩にしてみれば人としての道を教えたつもりなのだろう。だが教えるというのは実に難しく、言い聞かせて本人が理解出来れば問題ないが、言っても分からない奴に幾ら言い聞かせてもは効果はなく、その結果がビンタだったということ。

 体罰やシゴキによって理性ではなく本能を鍛え上げることは教育上の大事な要素の一つでもあるが、今や全てが暴力として片付けられてしまう。

「愛のムチ」と暴力は紙一重。ヤキもビンタもそこには後輩を思いやる気持ちがあり、受け入れる側も先輩を敬う気持ちが無くてはならない。

 要は貴ノ岩に日馬富士や白鵬への敬いが乏しかったと同じく、言い訳した付き人も貴ノ岩への尊敬の念が乏しかったのだろう。

 貴ノ岩も日馬富士が発したと同じく「先輩として、弟弟子を思って叱ったことが世間を騒がすことになってしまった」ことを痛感していることだろう

 人を育て上げるというのは日本刀が出来上がる過程と似ている。日本刀は先ず卸し鉄を「積み重ねる」ことから始まる。

 そして「鍛錬」し「下鍛え」し、何回も何回も鍛え上げ、「芯鉄」を鍛え造り込む。叩いて叩いて鍛えることで強靭で立派な刀が出来上がるのだ。国士舘の創設者・柴田徳次郎先生もこう訓示している。

「刀というのはトンテンカン、トンテンカンと叩いて叩いて鍛え上げなければ五郎入道政宗とか村正といった立派な刀は出来ません。国士舘の生徒も先生だけの指導だけではダメで、学校も親も一緒になってお子さん方を鍛え上げて行かなければ立派な日本人に育てることは出来ません」

 日本刀を作る上で最も大事なのが「焼き入れ」である。焼き入れを行うことで刀に命を吹き込む。焼き入れ一つで刀の出来も価値も変わってしまう。

 教育者も指導者も刀鍛冶と同じく、ヤキという鍛え込みと、更なる磨き上げで立派な人材が出来上がることを知るべきだが、如何せん、ヤキの後に磨き上げることが無いから単に体罰や暴力だと断じられてしまうのだ。

 日馬富士のヤキや貴ノ岩のビンタに全く問題が無いということではないが、礼儀を正そうとした慈愛の一面をも否定し、暴力で片付けてしまうという風潮が事の本質を間違った方向へ導いてしまっているのではあるまいか。

 昨今の欧米流の理性を重視する教育論に抜け落ちているのは「本能論」であり、戦後、日本では子供を褒めなければダメ、叱ったり殴ったりすることはケシカランという考えが支配的になり、現在の我が国の教育論の基となっている。

 仏教でも儒教でも「本能が理性を創るのに重要な役目を果たしている」と説いているにも拘らず、人間の驕りから動物との優劣性を強調する余り、人間にも当たり前に在る「本能」というものを下等なものとして否定しまった。

 抑々「褒める教育」とは、教育荒廃の元凶でもある日教組が「生徒の自主性・自由の尊重」と謳ったところから始まったものだ。その為に非行を繰り返す不良生徒を殴った教師が吊し上げられ排除されてきた。

 教育で一番大事なのは「徳育」であり、徳育とは「人間性」を確立することに在る。日本の教育再生には「正しい精神論」を創ることこそ肝要なのだ。

 失敗に失敗を重ねた文科省や教育委員会に学校を変える能力は無いのと同じく、相撲協会が暴力決別宣言をしたところで意味は無い。

 我が国の教育が抱えている問題にしろ、見苦しい言い訳を繰り返す付き人にしろ、煽り運転で逮捕された自己中の犯罪者などにしろ、小学校の段階で正しい人間性の基礎が形成されていないことが要因でもある。

 褒められることしか分からないままに成長してしまったことに因る弊害とも言える訳で、理性は正しい精神論の実践に因って鍛え上げられる。本能論こそが犯罪心理や暴力問題を始めとした諸問題を克服してくれるものとなる。

 愚生の場合、そんな付き人なら徳富蘇峰の「言い訳は見苦しいばかりではなく同じ過ちを繰り返す」を引用して諭すだろう。そして同じことが繰り返されるならばヤキは当たり前のことだ。呵々大笑。

※コメントは会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方はパスワードを教えますので mr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを!

cordial8317 at 08:43|PermalinkComments(0)

2018年12月03日

明治5年(1872年)12月3日が明治6年の元旦となった

 明治5年(1872年)12月3日、それまで月の満ち欠けを中心にした太陰暦(旧暦)を切り替え、地球の公転運動(一太陽年)を基準とする太陽暦のグレゴリオ暦(西暦)を採用し、明治6年の「元日」と決めた。

 新暦は1年を365日とし、西暦年数が4で割り切れる年を閏年とする。100の倍数になる年は400の倍数でない限り平年とする。旧暦では1年が13ヶ月。それが12ヶ月になるのだもの大きな混乱や支障が生じただろうことは想像するに余りある。

 旧暦というのは月の満ち欠けで1ヶ月を現したのだが生活の中で月を眺めれば現在が理解出来たというのは実にロマンチックなことだと思う。

 西暦はエジプト暦に始まり、ユリウス暦・グレゴリオ暦と改良され、現在世界各国で使用されてはいるが、暦というのは宗教と歴史が関連するものであり、国が変われば暦もまた様々だ。

 イスラムでは「太陰暦」、タイでは「仏暦」、ユダヤ教では「ユダヤ暦」、北朝鮮も「主体(チュチュ)暦」、日本も神武天皇御即位の年を紀元とされる「皇紀」を用いるべきだが、その「皇紀」さえも知らない国民は少なくない。

 日本には「暦」とは別に「元号」というものが在る。「元号」こそ節季の習俗を時代の流れに応用する先人の智慧であり、これこそが我が国文化を象徴するものである。改元は明治以前は、主として吉凶禍福とか瑞祥などによって行われていた。

 大日本帝国憲法下(欽定憲法)に於いては、元号に関する規定は旧皇室典範第12条に「践祚ノ後元号ヲ建テ一世ノ間ニ再ヒ改メサルコト明治元年ノ定制ニ従フ」と明記されていたが、現日本国憲法下、現皇室典範が制定されるに伴って条文が消失し、法的明文が無くなった。

 旧皇室典範第12条の「明治元年の定制」とは、明治元年9月8日発令の「太政官布告」である。ところが大東亜戦争後の昭和22年5月3日の憲法記念日に合わせて旧皇室典範は廃止され、現皇室典範がGHQの策謀に因って国会議決された。

 現皇室典範には大嘗祭と同じく「元号」に関する規定が無い。大嘗祭に反対している左翼らは元号使用に対しても憲法違反であると提訴するだろう。

 国会・政府・裁判所の公的文書等で慣例的に「元号」が用いられたことに鑑み、紆余曲折、賛否両論の喧々諤々の末に、昭和54(1979)年6月6日に「元号法」が成立し、同月12日に公布・即日施行された。

「元号法」という法律がある以上、「元号」を用いるべきであるが、左翼や朝日新聞を始めとした売国マスコミは敢えて元号を使わず西暦を常用している。

 その理由を見れば「元号は戦前からの慣習であり、天皇の元首化を狙うものだ」とか「元号は旧憲法下の天皇制に付随したものである」とか、皇室に対する怨念を込め、我が国體否定を顕した愚にも付かないものばかり。

 左翼マスコミは「西暦」を使い続けることで「元号」が無くても何ら影響が無いという既成事実を積み重ねているが「元号法」が成立してる以上、西暦よりも「元号」の表記こそ優先すべきである。

 我が国の「元号」は第36代孝徳天皇の御代に建てた「大化」に始まる。孝徳天皇の崩御後、新たな元号は定められず、後「白雉(はくち)」「朱鳥((しゅちょう、すちょう、あかみどり)」が続く。

 斉明、天智、弘文天皇の御代には定かでないとされているが、文武天皇の御代に「大宝」という元号が建てられ、今日の「平成」に至るまで約1300年間途切れることなく続いている。

 元号の数は「南北朝時代」に並行した元号を合わせると実に248に及ぶ。歴代の天皇は数年から10年を目途に「改元」し巧みに時代転換をして来た。

 中でも幕末の混乱期に御即位した孝明天皇は、御在位21年の間に「嘉永」「安政」「万延」「文久」「元治」「慶応」と実に6回も改元為された。これ即ち幕末という混乱の時代を如何に転換させるかの苦衷の表れでもある。

 元号こそ我が国の歴史が天皇を中心に織りなされて来たという厳然たる事実の証明でもあろう。元号の改定は、徳川時代でも朝廷の大権だった。

 江戸時代中期の学者、新井白石も「折焚く柴の記」で「元号だけは朝廷の御定めになることである。武家の関することではない」と綴っている。

 元号法成立時、左翼陣営は「元号は天皇主権の旧憲法への逆戻り」「元号は天皇元首化の動きと直結」「元号によって天皇の権威を国民の隅々にまで行き亘らせる狙い」だと騒ぎ立てたが、正に「元号」は共産党らが指摘した通りである。

 明治欽定憲法を復元し、万世一系の天皇を我が国元首として仰ぎ奉り、陛下の御稜威を国民生活の隅々にまで行き亘らせることにあるのは当然で、それは日本国民として当然の願望ではないか。

 我が国はいつの世も、時の陛下の御代である。いつの世にもそこには「君が代」の世界が存在し、それは存在し続けなければならないのだ。

 その御代を端的に表現するものが「元号」であり「一世一元」制である。正に我が国の国體の精華であり、世界に誇る美風である。

※コメントは会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方はパスワードを教えますので mr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを!

cordial8317 at 06:16|PermalinkComments(0)

2018年12月01日

陛下並びに皇族方の定例記者会見は止めるべきだ

 秋篠宮殿下は御生誕の記者会見で大嘗祭について、宗教色の強い祭祀を国費で賄うことに疑義を呈し「出来る範囲で身の丈に合った儀式にすることが本来の(天皇の祭祀)姿である」との持論を吐露された。

 神道は惟神の道であり日本人の教えであるが、その形は宗教であり、政教分離の原則が規定されている現憲法との兼ね合いを考慮しての御発言だろう。

 現憲法下では天皇の祭祀は国事行為や公的行事ではなく、単なる「私事」となっており、現皇室典範にはGHQの策謀に因って大嘗祭の規定さえ削除されている現実を政府や宮内庁は重く受け止めるべきだ。

 新聞タイトルを読めば、大嘗祭の何たるかも知らない国民が煽られる。大嘗祭を巡ってはキリスト教や仏教などの左翼系宗教団体を反天皇運動の活動家らが違憲訴訟を起こしているが、今後は秋篠宮殿下の発言が利用されることを危惧する。

 皇族の御発言は重く、殿下の発言を利用して反天皇運動を謀る左翼らに利用されることを考えれば御発言は慎重を期すべきではなかったか。

 真子内親王殿下の御結婚の件も週刊誌が喜びそうな内容で、記者からの質問とはいえ敢えて発言する必要があったとも思えない。

 宮内庁への苦言に異論はない。だが皇族から一度発せられた言葉は取り消し難い。正に「綸言汗の如し」ということを思い知る。

 平成の大嘗祭を斎行し即位遊ばされた今上陛下は憲法順守の意向を示された。これは現憲法99条の「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」との条項を踏襲したまでのこと。

 だが、左翼や誤(護)憲派らは我田引水的にこの発言を利用した。過去にも、大東亜戦争の大義に疑義を呈したり、戦前の皇室の在り方を否定した「赤い宮様」と言われた故三笠宮崇仁親王殿下の発言を反対運動の論拠としている。

「紀元節祭復活は科学的根拠に欠ける」と建国記念日(紀元節)の皇居皇霊殿での祭祀に反対したことをして、左翼勢力は挙って三笠宮殿下の歴史的認識と発言を利用し、国民世論や大衆の煽動を謀った。

 そして今回も、大嘗祭や即位の礼は憲法に定める政教分離の原則に反するとして、クソ市民団体が損害賠償と儀式への公費支出差し止めの訴訟を起こす。

 憲法以前の存在であらされる天皇を憲法で論じる愚かさ。如何に現憲法が我が国體や皇統にとって異質なものであるか分かるだろう

 週刊誌やワイドショー向けの記者会見は「開かれた皇室論」の流れから行われている皇族方の吊し上げであり、百戦錬磨の記者共は殿下の言葉を論い、言葉尻を捉えて政府を批判しようという魂胆が見え隠れする。

 政治家じゃあるまいし不敬極まる定例記者会見は止めた方が好い。こうした記者会見は皇室に対しての尊敬を失わせるものでしかない。

 マスコミの「敬称・敬語不使用」や「開かれた皇室論」の下、週刊誌などで陛下や皇族方を登場させ、不敬なスキャンダラスな記事で尊崇の念を薄れさせることに成功した。近年の皇太子妃殿下に対する記事もその流れでもある。

「開かれた皇室論」は、我が国の国柄の破壊を目指す共産主義者の策謀であり、1932年にソ連共産党から日本共産党へ出された「コミュンテルンテーゼ(命令書)」の反天皇運動の忠実なる遂行である。

 所謂「天皇制廃止運動」は、昭和時代にあっては「戦争責任・退位論」に始まり、続いて「開かれた皇室論」「敬称・敬語不使用運動」を展開した。

 平成以降も「女性天皇論」や「女性宮家論」として、その天皇制廃止運動は国民が自覚の無い儘に巧妙に継承され浸透してしまっているのだ。

「開かれた皇室論」の実行を謀るマスコミを通じ、我が国の伝統文化や美徳を喪失させてしまっているということに国民は気付くべきだ。

 我が国は天皇陛下を族長と仰ぐ家族国家であり、この国體の精華は万邦無比である。戦前の様に「畏れ多くも畏くも」とは言わないまでも、陛下や皇族方に対しては節度ある敬意を表するのは当たり前のことだ。

※コメントは会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方はパスワードを教えますので mr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを!

cordial8317 at 06:25|PermalinkComments(0)