2018年02月

2018年02月27日

「神国思想」を政治的に利用した長州閥中心の専制政治の矛盾と不条理

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 今日も地元紙では「象徴考」という天皇否定、神道否定のクソ記事が載っている。紙面に登場する歴史学や考古学先行のメンバーを見れば、成城大の外池昇や名古屋市立大の吉田一彦、奈良女子大の小路田泰直など名うての反天皇活動家ら。

 吉田は「日本書紀は天皇制を根拠付ける為に書かれており、神武天皇も創作された」と宣い、皇紀も「神武創業」の単なるスローガンだと腐す。彼らの好きな「天皇制」は共産党用語だが、残念ながら天皇は天皇であり制度に非ず。

 日本人であれば「神武肇国」というべきものを、敢えて「創業」という言葉に置き換えている処にこの輩の反日思想が込められている。

 小路田は「神武陵は天皇の権威を高めるだけではなく、国民のアイデンティティを創り上げるのに決定的な役割を果たした」と強調し、日中戦争が激化する中で、国民を結束させる役割を果たしたと指摘している。

 本来は「日中戦争」ではなく「支那事変(日華事変・日支事変)」と呼ぶべきだが、反日派というのは「日中戦争は侵略戦争だ」という認識から、そのきっかけとなった盧溝橋事件も日本悪玉論を信奉している。

「盧溝橋事件」は中国共産党が起こした謀略であり、共産党が盧溝橋事件を起こしたことは今や歴史的事実。「日中戦争は日本の侵略だった」などというのは共産主義者らのプロパガンダであり、神武天皇陵の否定も同列である。

 外池は日本書紀に書かれた事実を否定し「天皇中心の体制を国内外にアピールする為に神武天皇の陵は格好の象徴となった。このことは国民を戦争に動員するのに利用された」と指摘している。

 外池らは、日清・日露戦争と大東亜戦争を一緒くたにしてはいないか。況してや戦争は政治や外交の延長であり、天皇が起こす訳ではない。

 大学教授という己の生業や売文から日清戦争や日露戦争を否定するのも結構だが、日清・日露戦争で我が国が勝利しなかったら現在の日本国そのものが存在していなかったということを理解しているとは思えない。

 尤も、彼奴等は日本否定派であり、敗戦してた方がそれこそ天皇の存在も無くなってただろうし、その方が好かったと思っているのだろう。

 御陵や陵墓というのは確かにシンボル的な意味合いが大きいとは思うが、それを天皇が尊いのはその教えであり、思召しである。

 天皇を頂く我が国こそが世界の中心であり、日本こそが特別な神の国と信じることは日本人として真剣な感情でもある。

 仏教に「須弥山(しゅみせん)思想」というものがある。須弥山とは世界の中心に聳え立つ高山で、その頂上には帝釈天が住むという世界観である。

 輪廻にかかわる世界全体を表す「三界」と呼ばれる世界の最も上位にある「無色界」の更に最上位の非想非非想天と呼ばれる領域を「有頂天」という。

 我が国の「神国思想」は、この空想的な世界観である須弥山思想を日本に当て嵌めることによって、「天皇を頂く我が国こそが世界の中心である」という教えを導き出し、人々もそうした教えを自然に受け入れた。

 鎌倉時代末期、当時、全世界規模で支配力を強めていたモンゴル帝国が日本に襲来した際も、二度の台風によってモンゴル軍を敗走に導いたのは台風を「神の吹かせた風(神風)」と解釈したことで一層流布した。

「神国思想」では、国土を「神州」、国民を「神裔=神の子孫」、国権を「神授=神から委託された権利」というが、国民は神の子として「子が親に孝養を尽くす様に、国民が国に尽くすのは真剣な感情である」との教えに辿り着く。

「日本は神の国」とする思想は伝統的なもので「古事記」や「日本書紀」でもこの点を事実として強調している。教育勅語も然り。

 左翼勢力や反皇室活動家らはこうした神国思想を否定し、日本人としての根本的な教えも拒絶する。何故に拒絶するのかといえば先の大戦と神国思想を結び付けてるからだが、これは戦後民主主義教育という洗脳が大きく影響している。

 未だ天皇否定、神道否定の勢力が存在するのは、戦後民主主義教育や共産主義の弊害も然ることながら、長州閥の明治新政府が、殊更に天皇と「神国思想」を政治的に利用した反動というのも一因に挙げられよう。

 この政治的利用が「天皇制」であり、天皇を軽んじた故に現代になって矛盾が生じてしまった。ヤルタ・ポツダム体制の検証然り、明治開国後の長州閥中心の専制政治が強行した様々な矛盾や不条理を一つ一つ検証していかねばならない。

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2018年02月26日

大義を明にし 人心を正さば 皇道奚んぞ興起せざるを憂えん

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 陋習を打ち破らんと「大化の改新」「建武の中興(新政)」「明治維新」という大業が成し遂げられた。

「維新」とは、幕末の思想家・藤田東湖が示した「大義を明にし、人心を正さば、皇道奚(いずく)んぞ興起せざるを憂えん」こそが維新の精神である。

 昭和11年2月26日、安藤輝三、野中四郎、香田清貞、栗原安秀、中橋基明、丹生誠忠、磯部浅一、村中孝次ら青年将校は総勢1483名を率いて「昭和維新」「尊皇討奸」を掲げ決起した。

「皇道派」といわれた彼らのその行動の柱となったのが国家社会主義者・北一輝の「日本改造法案大綱」であるが、この226事件の伏線になったものが「相沢事件」とも言われている。

「相沢事件」とは、昭和10年8月12日、陸軍中佐の相沢三郎が陸軍省内で軍務局長・永田鉄山を刺殺した事件である。

 相沢三郎は明治22年、福島県白河町(現白河市)生まれ。大正7年、歩兵第4連隊から台湾歩兵第1連隊付に移り大尉に進級、同年9月陸軍戸山学校教官に就任する。剣の達人として知られる人物でもある。

 その後、陸軍士官学校付、歩兵第13連隊中隊長を経て、昭和2年少佐進級と共に歩兵第1連隊付として日本体育会体操学校(後の日本体育大学)に配属され学校教練を担当した。

 昭和8年陸軍中佐となるも昭和10年永田軍務局長を刺殺し、翌軍法会議に於いて死刑判決が下され、代々木衛戍刑務所内で銃殺刑に処される。

 陸軍内は当時、高度国防国家を目指す「統制派」と天皇親政を理想とする「皇道派」の対立が激化。皇道派の相沢は、同派の教育総監・真崎甚三郎が更迭されたことを理由に統制派の中心人物だった永田の刺殺に至る。

「相沢事件」が226事件」の伏線になったということは紛れもない事実だろう。相沢事件の半年後、226事件が蹶起される。

 226事件に唯一の民間人として加わり「群衆指揮等」として死刑に処せられた渋川善助という思想家がいる。渋川もまた相沢と同じ福島県人である。

 福島県会津若松市七日町出身。会津中学校、仙台陸軍地方幼年学校を経て陸軍士官学校予科に進み、御前講演を行うほど成績優秀で、杉田省吾、西田税らと「維新同志会」を結成し、国家主義運動に参画した人物である。

 渋川が少年時代に過ごした部屋は、三島由紀夫が「憂国の間」と名付け、会津若松市の「渋川問屋」内に現在でも保存されている。

 この「渋川問屋」は料理も美味いと評判で、愚生も県内に住んでいながら未だ訪れたことは無い。いつの日か友人らと宿泊し、談論風発、杯盤狼籍、大破轟沈するのが愚生の囁か細やかな夢でもある。

 彼らは「反乱軍」と断じられ処刑されはしたが、彼らの尊皇精神と憂国の至情は決して消えることはない。すめらぎいやさか。

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2018年02月25日

「御陵を世界遺産にしよう」などという戯言

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 先月末、政府は国連教育科学文化機構(ユネスコ)に「百舌鳥・古市古墳群」を世界文化遺産に推薦する際に、国内最大の大山(だいせん)古墳を「仁徳天皇陵古墳」と天皇の名前を冠する名称を採用した。

 この決定に対し、歴史学者や考古学者から異論や批判が強まっているという。学匪らは歴史や考古学、文化調査という言葉を持ち出してはいるが「科学的証拠」として巧みに利用し天皇の歴史を批判、誹謗するかが目的である。

 学匪らは天皇陵の発掘調査を「史跡」だとして、然もその研究が研究者として当然の権利の如く主張しているが、御陵や墳墓発掘の真の狙いは、天皇の歴史の否定と皇室の解体そのものに在る。

 宮内庁こそがその実は皇室解体を目指す最大勢力なのだが、尊皇精神皆無の政府もそれを疑いもせずに手助けする。

 抑々「御陵を世界遺産にしよう」などという戯言を掲げ、それらを実行しようなどというのは日本人の精神的幼稚さを示す最たるものだ。

 宮内庁は全国約900の陵墓を非公開で管理している。平成19年に内規を改め、畏れ多いことに研究者側からの要望に応じて陵墓の立ち入りを認めるに至り、既に計14件の陵墓が許可され調査されている。

 こうした事実は、宮内庁が我が国の国柄と不可分の天皇陵の尊厳ということを全く理解しない証左であるが、陵墓への立ち入りは明らかに刑法で定められている「礼拝所及び墳墓に関する罪 」に抵触する犯罪行為である。

 ピラミッドや兵馬俑などの王の墓と同様に「天皇陵も発掘の対象にすべきだ」というが、御陵や墳丘の発掘までもが許される事態となれば、尊厳は完全に損ねられることは必至であり、断じて許してはならない。

 エジプトや支那の場合は既に滅亡した王朝の墓だが、天皇陵は現存する皇室が守るべきもので、況してや祭祀の場でもあり、その背景はピラミッドや兵馬俑などとは全く異なるものなのだ。

 学匪らは「御陵の周辺部が史跡に指定されてない為に、宅地造成で埋め立てられたり、破壊されたり危機的状況であり、国が直接保護するべきだ」と、如何にも御陵の荒廃を嘆くかの様な意見を振り翳してはいるが詭弁である。

 そのトリックが「史跡」という言葉にあり、「史跡」になれば発掘は可能になるのを承知しての確信犯であり、学匪どものあれやこれやの尤もらしい屁理屈も単なる奸智奸策に過ぎない。

 彼奴等の発掘の真の狙いは皇室の否定と解体そのものに在り、左翼が目指す所謂「天皇制廃止運動」の一環である。

 地元紙の今日の記事「象徴考・陵(みささぎ)に吹く風」の中で、「象徴天皇制となった現代、新たな陵の在り方も模索が進んだ」とあるが、天皇は天皇であり別に天皇制ではない。況してや「象徴天皇制」とは共産党の造語である。

 その記事の隣には「剣璽等継承の儀」に際して、男性成年皇族のみの参列に疑問を呈し「今の時代に合わない」と女性皇族や未成年である秋篠宮悠仁親王殿下の出席を認めるべきとの作為的な記事が躍っている。

「今の時代」とは何なのか、正に現代こそが絶対と言わんばかりではないか。これこそが現代日本人の傲りそのものである。

 皇紀2678年の歴史と伝統に裏付けられた意見を出し合って話し合うなら未だしも、現代の価値観で論ずれば「天皇はいらない」という議論にまで発展するだろう。だが、反天皇運動を謀る連中の狙いはそこにあるのだ。

 有識者会議に出席した女性教授は「天皇を巡る儀式で女性の参画を禁忌とする原則は無かった」と説明しているが、神事では生理は「穢れ」と捉えられ、皇室の重要な神事の一つ「皇霊祭」でも生理中は参加出来ないのは当たり前。

 生理中、女性というのは情緒不安定になるというし、そうした女性の体調を気遣うのは当たり前のことで、これは女性差別ではなく女性の身体を気遣ってのことでもある。これはイスラム教でもユダヤ教でも同じ事。

 我が国の最高神は天照大御神であり、女性差別どころか崇めている訳で、女性の神に仕えるのはやはり男の方が好ましいのは言わずもがな。何でもかんでも「男女平等」を都合好く解釈するなっての。

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2018年02月23日

宮内庁は別な形での国民への御発露の方法を考えよ!

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 本日、皇太子殿下の御誕生日に当り謹んで御祝詞を申し上げます。

 恒例の皇太子殿下への会見の全文が掲載されている。相変わらず「時代に即した新しい御公務」だとか「二重権威を危惧する意見も聞かれる」などの悪意に満ちた質問が目に留まるが、皇太子殿下はそれを無難に熟していた様だ。

「二重権威」だとかいうが、その危惧する声は何処から聞こえてくるのか。抑々、退位後に正式な「太上天皇」と称さないで「上皇」と「上皇后」呼称することが問題で、国民が危惧するのはこうした現世での皇統の歴史の改竄である。

 況してや皇太子殿下となるべき秋篠宮殿下を、皇統の歴史にも無い「皇嗣(こうし)殿下」とするとは何事か。早々に「皇太子」と名称を戻すべきだ。

 要は「秋篠宮家」を残して女性宮家にしようという宮内庁や反天皇活動家らの策謀に他ならない。だが、女性宮家を創設したところで出来るのは皇室外交くらいなもので、女性皇族が陛下の国事行為や祭祀を代行することは不可能。

 何故に女性宮家創設を急ぐかは、男系男子の皇統の歴史に楔を打ち込み、現憲法第二条に拠る世襲を強行し、愛子内親王殿下を即位させ皇統断絶を完遂しようという共産主義者に因る反天皇運動の実行である。

 女性宮家は、減少する男系男子皇族の減少を食い止めるという理由を挙げているが、皇統を盤石の安きに置くというのなら、占領下、昭和天皇が最後まで反対なされた皇籍離脱させられた旧皇族の皇籍復帰こそ我が国が執るべき道である。

 陛下を始め、皇太子殿下や秋篠宮殿下に於かれては立場上私見を語ることは許されず、また選挙権も有していない。それを好いことに記者諸侯は悪意に満ちた無礼千万な不敬不遜な質問を投げ掛け、失言を引き出そうとする。

 マスコミは「開かれた皇室」を翳し、如何にも国民と皇室の垣根を外そうと必死だが、こういう形式だけの会見は抵抗を感ぜざるを得ない。

 抑々、象徴天皇や御公務などというの現日本国憲法下での決め事に過ぎない。天皇陛下というのは憲法以前の存在であらせられ、憲法が在って存在せられるものではない。これは歴史が証明するところであろう。

 我が国は、天皇即日本、日本即天皇であり、天皇の存在せられない日本国は在り得ない。これ即ち、明治天皇が教育勅語の中で御諭しなされた「世々その美を済せる国體の精華」であり、万邦類い無き天皇国日本の真姿なのである。

 欽定明治憲法第一条に「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と在るのは、この歴史的事実と我が国の本来在るべき姿を明示されたものと勤解する。

 陛下や皇太子殿下の御言葉はその影響するところは大であり、正に「綸言汗の如し」なのである。それを承知で一問一答形式によって、御言葉を引き出し、世論誘導を企んでるのは火を見るより明らか。

 陛下や皇太子殿下、秋篠宮殿下というのは政治家と比べるも烏滸がましいが、口先で誤魔化し、その場を逃れ様ということをなさる方々ではない。その御地位、御立場と崇高な御人格がそれを許さないのである。

 ところが、相手の記者団といえば海千山千の強か者ばかり。恰も皇室を理解している様に取り繕ってはいるが、多くは皇室に批判的な輩である。少なくとも尊皇絶対の大義を弁えている記者はいない。

 今では当たり前となった記者会見によって、言葉尻を捉えて政治問題にしようという記者が存在しているのは確かで、こういう会見は断固拒絶するのが妥当であり、宮内庁は別な形での国民への御発露の方法を考えるべきである。

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2018年02月22日

韓国側の「干山島が竹島である」との領土主権主張の御粗末さ

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 未だに失地領土の恢復が実現出来ないのは、政府の弱腰外交も然ることながら領土主権の重要性や歴史的経緯を知らなさ過ぎるのが要因である。

 韓国人の「虚言癖」という病んだ民族性はどうやっても治ることはない。その中でも最大級の嘘が所謂・従軍慰安婦問題と竹島の主権主張だろう。 

 韓国は竹島を「独島(ドクト)」と称し「古来から韓国固有の領土である」と主張するその根拠は、古代朝鮮の歴史書である「三国史記」に帰着する。

 その「三国史記」には、鬱陵島(うつりょうとう)の西隣に在る「干山島(うざんとう)が新羅(しんら)の領土」と書かれていることを歴史的論拠にしている。

「三国史記」とは、三国(新羅・高句麗・百済)時代から統一新羅末期までを対象とする紀伝体の朝鮮半島に現存する最古の歴史書である。

 韓国側はこの粗末な歴史書を持ち出して「4~5世紀から韓国領だった」と主張しているが、その古地図での干山島は鬱陵島の西に接近している島だと分かる。

「独島(竹島)」は鬱陵島の東南92キロに在る島なのだから、「干山島が竹島である」と主張することには無理がある。

 こんな判りきった事実が存在するのにそれを否定し、領有権を主張し竹島を不法占拠を続けているというのが現状である。

 歴史的に見れば鬱陵島周辺の小島の呼称が変遷し「竹島」は「松島」とか「リャンコ島」とか呼ばれた時代もあり、我が国では鬱陵島を「竹島」と呼んでもいたこともある。であれば韓国風に言えば「鬱陵島も我が国の領土」だろう(笑)

 こうした呼称も事を紛らわしくしているのも事実だが、李氏朝鮮時代の地図には鬱陵島より90キロも先に在る島のことなど唯の一度も登場したことはないし、鬱陵島とその近くの干山島などの小島以外は全く出て来ない。

 考えてみればそれは当然のことで、抑々、李氏朝鮮時代には、鬱陵島すら「空島政策」によって居住が禁止されており、それより遥か先の島の干山島ことなんぞ関心も認識すらもなかったというのが正直なところ。

 米国の傀儡として「反日」と「反共」を国是とし、韓国初代大統領に就いた李承晩は昭和27年1月、国際法を無視し、軍事境界線を勝手に設定すると、我が国の固有の領土である竹島を取り込んで「韓国領」と宣言した。

 我が国の主権が快復する4月28日の直前に、我が国固有の領土であった竹島を掠め取ったというのが真相であり、韓国側の竹島の領有権主張は、敗戦間際の旧ソ連と同じ国際法の蹂躙である不法行為を正当化する詭弁でしかない。

 戦後、この李承晩ラインを侵犯したとして拿捕、抑留された日本人漁民は「日韓漁業協定」が成立する昭和40年(1965年)の間に3929人にも及び、拿捕船舶328隻、死傷者は実に44名を数えた。

 韓国政府はこの日本人抑留者との引換えに、日本国内で犯罪を犯し収監されていた在日朝鮮人472名の放免と日本滞留特別許可を強要すると、我が国政府はその恫喝にあっさり屈し要求に応じた。

 外交や交渉での安易な譲歩が更なる譲歩を生んだ悪しき前例であるが、これ以降、在日が国内に居住続け、在日特権が次々と与えられて行くこととなった。竹島問題は「在日特権」を考える上でも重要な問題でもある。

 本日2月22日は「竹島の日」の日。国民は領土主権の重要性を再認識すると共に政府の弱腰外交を糺し、失地領土の奪還に立ち上がろう。

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2018年02月21日

飯館村の102歳男性自殺訴訟で東電に1520円の支払い命令

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 東京電力福島原発事故に因る強制避難を前に自殺した、当時102歳だった飯館村の男性の遺族3人が東電に約6000万円の損害賠償を求めた訴訟で、福島地裁の金沢秀樹裁判長が高齢男性の自殺と福島第一原発原発事故の因果関係を認め、東電に1520万円の支払いを命じた。

 福島県人として恥ずかしいやら醜いやら。福島県人はいつからこんな卑しくなってしまったのか。遺族は「無念を晴らせた」と目を潤ませていたが、賠償請求をすることが故人の苦悩を晴らすものだったとは到底思えない。

 こうした被災者の被害者意識を煽り、多くの訴訟が行われている裏側で、法テラスや弁護士らが被災者に入れ知恵し、あくまでも「原発事故は東電の責任である」との既成事実を積み上げて反原発に利用しているに過ぎない。

 震災後「絆」という言葉が合言葉になり、畏くも陛下は「国民一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者と共に夫々の地域の復興の道のりを見守り続けて行くことを心より願っています」と思し召し遊ばされた。

 だが、そうしたことを好いことに県内の被災者は少し甘え過ぎてはいないだろうか。被災者は仮設住宅での生活の不満を口にし、逸早く県内から逃亡した自称・被災者らは何かと理由を吐けては帰還を拒み、生活苦を訴える。

 今回の訴訟も東電に全ての責任を押しつけているが、原発事故が「人災」だったというのは事故調査委員会で既に明らか​になっている。ならば東電だけではなく、その人災の原因を作った当時の最高責任者だった菅直人も訴えるべきだろう。

 要らぬ被災者を出し、反原発派という精神異常者らが住民や国民を煽り放射線ヒステ​リーを齎し、福島への風評被害と福島県民への差別を生んだ主犯は菅直人でありながら、東電や東電幹部のみにその責任を負わせるのは如何なものか。

 当時の政府の不作為が後々の事故処理にも大きな課題を残した。史上最悪の事故は史上最悪の政権が起こした人災だったのだが、張本人の菅は自分の責任に頬被りして反原発を訴えてる始末。此奴こそ業務上過失致死傷で逮捕するべきだ。

 福島県の被災者は東電からの補償もあり、宮城や岩手県の被災者に比べて恵まれている方だと思うが、その限りのない無心は収まることはない。

 原発事故の被害は原発周辺者に限らず県民なら誰もが同じこと。偶偶、原発周辺20㌔以内に住んでたからこそ補償の対象になっているだけのことで、こうした現状を理解しているが故に被災者や自主避難者らは菅には寛大なのか(苦笑)

 第一原発北側に在る浪江町や飯館村、葛尾村の放射線量が多いのを知っていな​がら、既に発表した「20キロ圏内避難指示」を撤回する​ことに躊躇し、科学的放射線の数値が出されたSPEEDIの情報を隠蔽した責任は重い。

 20㌔圏内でも、川内村や楢葉町、双葉町、富岡町といった放射線の低い地域にも避難命令が出された。被災者となった彼らには過分な生活費と賠償金など、事故前よりも裕福となりこの世の春を謳歌している。

 因みに、川内村の住民は郡山市に避難することになったが、「川内村の放射線量は郡山市より低いのに何故に非難する必要があるのか」と糺したマスコミは無く、放射線の真実を伝えようとしたジャーナリストもいなかった。

 被災者や自主避難者らは口々に「帰りたくても帰れない」という。だが、原発周辺の住民の多くは東電関連の仕事に従事していた方が多く、あの周辺に戻っても昔の様な仕事に在り付けないということを知っている。

「帰りたくても帰れない」とのセリフは「帰っても仕事が無い」というのが大きな理由。それよりも生活補償費や賠償金で暮らした方が楽だもの。

 被災者らが集団訴訟を起こした「生業(なりわい)を返せ、地域を返せ」がその無心の最たるもの。ならば反原発じゃなく「生業の為に福島第二原発の再稼働を急げ」と訴えるべきだが、言ってることとやってることが真逆(苦笑)

 それらのホンネを直隠し、未だに「我々は被害者だから優遇されるのが当然だ」と言わんばかりに権利ばかりを主張し、止まることのない無心を繰り返しているのは同じ福島県人としてホントみっともない。

 被災者はいい加減、被害者意識を棄てよ!

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2018年02月20日

古い日本語が差別用語として規制されてるのは逆差別にも感じてしまう

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 田村正和主演の「眠狂四郎」を観た。中々見応えのある内容だったが、眠狂四郎は今は亡き市川雷蔵のあのドSぶりが好きだ(笑)

 昔の日本映画や落語などには、盲(めくら)、唖(おし)、吃(ども)り、跛(びっこ)、聾(つんぼ)などの放送禁止用語がバンバン飛び交ってて実に面白く、台詞そのものが実に興味深い。

 古い映画や古典落語には差別用語だけではなく、懐かしくも美しい日本語が処処に溢れていて、こうしたことを気にしながら観たり聴いたりすることこそ生きた耳学問であり、実践した教育でもある。

「憚(はばか)り様でした」(ご苦労様です。恐れ入ります)
「傍杖(そばづえ)を食う」(思わぬ災難に遭う)
「荷が勝つ」(責任・負担が重過ぎる)
「武士は相身互い」(同じ立場の者は助け合うべし)
「罪業の深さ」(罪の原因となる行為)
「浮世に拗(す)ねる」(世の中に逆らう)
「卒爾(そつじ)ながら」(人に声をかける時に言う語)

 その他にも「阿漕(あこぎ)な奴」「お為倒し(おためごかし)」「朝未(ま)だき」「足元から鳥が立つ」など、現代では余り馴染みのない言葉や台詞のオンパレード。映画や落語は娯楽や趣味だから、こうした難解な言葉を四六時中考え、気にしている観ている訳ではないが、それはそれで楽しいもの。

 この「四六時中」という言葉も昔は「二六時中」と言ってたそうだ。一日を十二刻で数えていた時代には「二六時中」だったが、二十四時間になって「四六時中」に変わったというから面白い。

 言葉は時代と共に移ろうものだが、時代時代でどういう人がどういう風に使っているのかを知れば、また違った世界観を知ることが出来るというもの。外国語に比べ日本語というのは実に素晴らしい。

 愚生の敬愛する現代の思想家でもある新崎智こと呉智英(くれ ともふさ、ご・ちえい)は、差別を逆説的にこう述べる。

「差別は正しい、差別と闘うのが正しいのと同じぐらい正しい。人類が目指すべきは『差別もある明るい社会』である。差別さえない暗黒社会にしてはならない」。哲学的ではあるが実に示唆に富んでいる。

 マスコミのくだらない倫理観やキレイゴトによって、そうした古い日本語が差別用語として規制されてるのは逆差別にも感じてしまう。

 保守陣営などからは「教育勅語」を道徳教育の指導原理と成し、また戦前の「修身」復活の声も聞こえる。

 修身では例えば「おたけがめくらのてをひいて」と、幼少のおたけの障碍者への労りや優しさを教えている。だが「めくら」は現代では差別用語でもあり、放送禁止用語でもある。先ずはマスコミによる放送禁止用語を撤廃させるのが先決。

 差別用語が羅列されてる「修身」の復活は無理。「差別用語を使用しなければ良いだろう」というが、眠狂四郎や他の時代劇のリメイク版の様にリアル感が無くなり、相手(子供や学生)の心にに響くものが無ければ実践することもなく、実践の伴わない修身や道徳教育なんぞに意味は無い。

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2018年02月18日

乱れた箸使いは乱れた食卓にあり。食文化の崩壊が国家の崩壊を招く。

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 グルメ番組やケンミンショーなどで全国各地の美味しい料理などが紹介され、それをタレントらが食べるシーンが映し出される。汚らしい食べ方も興ざめするが、気になってしまうのが箸の持ち方。正しい持ち方をしている人が少ない。

 口々に「おいしい!」と言ってはいるが、それを見ている側としては食べ方も然ることながら箸の持ち方が下手クソなので美味しくは見えない。

 箸の持ち方も日本文化の一つであり、箸の作法までキチンとしろと言わないまでもテレビに出るなら最低限の作法は身に付けるべきだ。

 例えば、ゴルフのスイングもレッスンプロなどに指導され、それを直そうと思うと却って打ち難くなる。自己流のスイングでも差し支えなく打てるので、ぎこちないスイングの儘で固まってしまう。ゴルフに限らず他のスポーツも同じ。

 箸の持ち方も始めは持ち難いが意識して続けてれば直ります。要は、直そうとする意識に乏しいか、恥ずかしいという意識が欠落してるだけのこと。

 因みに、箸の持ち方というのは筆やペンの持ち方と同じ。箸使いの下手な人というのは往往にして字も下手くそなのが多い。

 箸の持ち方も満足に出来ない人が氾濫していることは、日本文化の崩壊の序章でもあると言っても大袈裟ではない。箸置きがあるなら箸置きに置くという、そういう当たり前のことが何故に出来なくなってしまったのだろう。

 食事や酒席で、箸置きではなく器の上に箸を置く「渡し箸」をされるとそればかり気になって食事どころではない(笑)

 愚生の場合、別に詳しく教わった訳ではないが、親や兄弟の箸の持ち方を見てれば自然に身に付くもの。やはり育った環境は大きく、乱れた箸使いは乱れた食卓にあり、親が箸使いが出来ないか単に甘やかされて育ったということだ。

 箸使いもロクに出来ない安倍首相が農業改革を叫んでるがやってることは農業解体。「主要農産物種子法廃止法案(種子法廃止法案)」「農業競争力強化支援法」を可決した安倍自民党に、農業改革を唱える資格無し。

 箸使いが下手くそな安倍が農業云々というのも如何なものか。安倍ちゃんを見てると親に甘やかされて育ったというのがよく分かる。

 また、自称愛国者にも箸使い一つロクに出来ないで「やれ韓国が~」「やれ北朝鮮が~」と騒いでいるが、朝鮮人や支那人が出来て、それを批判する日本人が出来ないというのは情けないやら、嗤えるやら(苦笑)

 その国の食文化の崩壊が国家の崩壊を招く。豊葦原瑞穂の国に生まれた日本人としてもう一度、ご飯を主役にした食卓を囲み、日本らしい食文化を再興することが大事であると思う。

 箸の持ち方は和文化の代表的なもの。日本人として大事な作法の一つだと思っていますので同じ様な記事はちょくちょくアップしてます。

 福井県越前市に「はし和文化研究会」という団体が在る。箸を通じて和文化(日本の歴史・文化、和の心、礼儀作法、躾)を学び深めようと活動しているグループで、その素晴らしい活動は刮目に値する。

 箸の使い方が下手な自称愛国者や保守派、また和文化研究に興味のある方は下記のアドレスをクリックしてみて下さい。http://hashiwabunka.jp/

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2018年02月16日

放射線防護対策の年間被曝線量は20ミリシーベルト以下

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 県内では一時期よりも少なくなったとはいえ除染作業が続けられている。無駄な除染作業で積み上げられたフレコンバッグを中間処理施設に運搬する仕事が多忙を極め、塗装が間に合わない白地の新車のダンプカーが往来している。

 以前、自民党の丸川珠代が環境大臣として訪問した先で行われた講演会で「年間1ミリシーベルト以下という数値は何の科学的根拠もなく時の環境相が決めた」と発言し槍玉に挙げられていたのは記憶に新しい。

 この「年間1ミリシーベルト」数値は、時の政権だった菅内閣下で共同謀議的に決められた亡国的愚策の一つで、科学的根拠など考えてもいなかった。

 丸川の発言は正しいものだったが、国の除染目標値に関して「反放射能の人がワーワー騒いだ」との発言を含めて、情けないことに法案審議を優先すべく国会での論戦を避け発言を撤回した。撤回するくらいなら初めから発言するなっての。

 現在、福島県内で行われている除染作業も「年間1ミリシーベルト以下」という曖昧な数値を根拠に始められたもので、これは禁煙家でもあり、人一倍健康を気にする小宮山洋子厚生労働大臣(当時)の鶴の一声で始められたものだ。
 
 年間被曝の科学的根拠を示さないばかりか、原子力規制委員会からの「放射線防護対策の年間被曝線量は20ミリシーベルト以下」との提言を無視した。

 政府の説明の無い儘に始められた除染は住民の不安を煽り、低放射線への理解が得られることは無く、未だに終わりの無い除染作業が続けられている。

 民主党政権が謀った除染作業は当初は東電が経費を負担することとなっていたが、東電は支払い能力もなく、結局は公共工事として莫大な血税が垂れ流され、無駄に出た単なるゴミを中間処理施設に運んでいる。

 これを最終処分するとなるとどれ程の血税が垂れ流されるのだろう。年間20ミリシーベルト以下であれば人体に影響が出ることもないし、未だにそうしたことを知らない被災地の人や反原発派を慮って政争にしているだけ。

「1ミリシーベルト以下」という数値が国民の放射線への間違った認識と、それに伴う風評被害を齎し、復興は愚か復旧をも阻んで来た元凶だが、安倍政権下でも撤回し是正しようとしないのは正に党利党略でありポピュリズムそのもの。

「1ミリシーベルト」という数値によって避難指示が行われ、それに便乗した連中が自主避難し被害者ぶって故郷である福島を貶め続ける。

 今や25兆円とも言われる除染関連事業で儲かっているのは除染に関わった大手ゼネコンと一部の業者だけ。下請けや孫請けなら未だしも、それより下の業者の儲けは少なく、親会社に裏切られた下請け業者は数知れず。

 また「1ミリシーベルト」という厳しい基準が「福島は除染しないと住めない」という妄想を生み、風評被害を払拭出来ずにいるのも確か。

 県内各地の空き地や田畑には汚染土砂の詰まったフレコンバッグが山積みにされているがタダで置かれている訳ではない。

 場所代として田畑一反に付き15万円が支払われているという。県内の農業での収入は一反に付き約5万円。つまり農業するより儲かるのだ。漁業関係者に支払われた賠償金も、真面目に働いてる頃よりも莫大な金額だった。

 こうした愚策の影響もあって県内、特に被災者の金銭感覚は悍ましいもので、浜通りのパチンコ店は連日大入り満員だという。浪江町民が1人に付き月10万円の慰謝料を35万円に要求したのも金銭感覚の異常さが成せる業だろう。

 県内の某銀行の預け入れ資産残高は震災前は3兆4756億円。震災から6年経った昨年の決算では6兆894億円と倍増している。要は復旧と復興の名の下に大いに潤ったのは銀行と大手ゼネコンだけ。

 一部の悪徳業者が私腹を肥やし、銀行なんぞ復興に役立て様という殊勝な気持ちも持ち合わせてはいない。除染関連事業なんぞ止めてしまえ。それよりも県内の電柱を地中化して道路整備を進めた方が復興にもなるし、税収も増える。

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2018年02月15日

浪人は長生きすればするほど惨めな生活が待っているよ(呵呵)

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 将棋の羽生善治永世七冠と囲碁の井上裕太全七冠に国民栄誉賞が授与された。正に「歴史に刻まれる偉業」である。両氏共に中学生でプロの世界の中で生き抜いてきた天才であり、勝負師である。

「タニマチが出来ると弱くなる」という言葉が勝負師の世界にはある。打算的で持ちつ持たれつの関係のスポンサーとは違い、タ二マチ(谷町)は無償で人を育てる関係。タニマチに甘んずるが故に勝負で遅れを取る。

「出世払い」という言葉があるが、それもタニマチと同じ様にその人に夢を賭けていることの証しとも言える。愚生は勝負師ではないが、30代から大手警備会社の高花豊会長には物心両面で支援して頂いた。

 会長が70歳を機に引退。愚生にすれば未だ未だ支援してくれるものだとばかり思っていたので、突然の引退で更なる経済的な危機に直面した。「タニマチが出来ると弱くなる」というのはこういうことだろう。

 以前、会長に言われた言葉を思い出す。「佐久間さん、浪人は長生きすればするほど、惨めな生活が待っているよ(呵呵)」

 己の努力の足りなさもあるが正にその言葉通りになりつつある。この言葉の裏には「右翼は身体を賭けてナンボ」との嫌味も含まれていたんだろう(笑)

 別に金を追おうとも思わないが、金が無いというのは実に不便なもので、奢って貰う酒も美味しいとは感じなくなる。

「あんたが(カネを)持っていても俺が持ってなければ、酒なんざ飲んでも旨くない。酒とはそういうもんぜよ」とは坂本龍馬だが、愚生もそう思うから酒席の誘いも断ってるし、外に出ないから情報にも疎くなる。

 金というのは持ってれば何かと便利という代物でしかない。金があれば生活は元より、右翼陣営の立て直しも出来る。

 その昔(昭和24年8月)、故野村秋介の師であり昭和維新を夢見た三上卓は、台湾からの密輸事件(海烈号事件)で逮捕されているが、これも革命(昭和維新)資金の調達が目的だった。

 現在の右翼の先生方を見れば、会社回りも順調で景気の良かった頃に蓄えた金で家を購入し、居の安きに甘んじて右翼を志した純粋な気持ちなんぞ疾うの昔に忘れ去り、「武士は相見互い」なんてのは死語だ。

 右翼の立て直しは資金確保の成否にあるが、そういう意味では鳩山由紀夫と一緒にクリミア半島を訪問した一水会の木村三浩の失墜は痛手でもだった。

 クリミア半島訪問後、畏友でもあった横浜在住の右翼に介添えを進言したが軽く断られたことがある。何のことはない、鳩山との縁を持って右翼陣営の強力な資金提供者(タニマチ)にして欲しかったからだ。

「鳩山が右翼に資金は出さないだろうし、鳩山はダメだ」という声もあるが、革命資金を確保するのに思想や政治信条なんぞ関係ない。どんな金でも金は金、カッコ付けてても潤沢な活動資金を確保出来なきゃ意味はない。

 そんな愚生の想いは通じず、袂を分かつ結果となってしまった。

 愚生の場合、今年になって支援金は数万円ほどでシャレにもならない。いざという時の為に集めていた品をヤフオクで売ってどうにか凌いでいたが、ツイてないときは何をやっても悪い結果になり、ヤフオクから出品制限がかかった(笑)

 別に不如意は慣れてはいるが借金は益々殖えていくばかり。まぁ借金も「出世払い」と同じく愚生の夢に賭けてくれていると思えば気が楽だが、田舎で喘いでいる右翼浪人が出来ることと言ったら高が知れている。

 支援して頂いてるその期待を裏切ることなく、右翼浪人として人生を全うせねばと覚悟してるものの、そろそろ限界を悟ってきた。長い浪人生活は人を本物にするというが、最近は流石に折れそうだ。

「人間の財産と言うものは、いざと言う時に自分を支えてくれる人であると同時に各自が目指す目標実現の為の知恵袋である」という言葉があるが、窮しながらも支えてくれる人が僅かにいるのは救いでもある。

 先行きが不安になるということは歳をとったということだろう。自爆テロでも考えるか、今少し強力なタニマチが現れるのを待つしかないか。呵呵。

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2018年02月13日

言葉や文章を書き留めて、少しでも近付ける様に努力することは大事なことだ

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 誰しも「好きな言葉」というのはあるだろうし、感銘を受けた本や座右の書というものもあるだろう。金言や格言の多くは経験から学んだものであり、自戒を込めた言葉故に相手に響く。逆を言えば、経験が伴わない言葉は軽々しい。

「人真似上手は個性を創造する」という様に、そうした言葉や文章を書き留めて、少しでも近付ける様に努力することは大事なことだと思っている。

 越前福井藩士で安政の大獄で斬首された幕末の志士・橋本左内はこう訓える。

「志を立て、その目的を達成する手段の中で最も近道だと思うのは、聖人の書物や種々の歴史本の中で自分が特に刺激を受けた部分を別紙に書き抜いて壁に貼っておくか、扇などに書いておき、日夜朝夕それを眺め、常に反省しつつ、及ばない点について勉め、進歩を楽しむのがよい」

 よく読書の量を自慢している自称読書家を見かける。斯くいう愚生も、若い頃は政治思想の本を中心に、雑駁ではあったが色々な書物を読み漁り、本棚に並べてはその読書量に悦に入ったりしたものだ(笑)

 そんな読書好きな輩というのは「読書は楽しい」といって憚らないが、読んで楽しいというだけなら別に読書じゃなくても映画でもいいし、落語や講談、歌舞伎などでも好いだろう。

 本というものはカネと同じで、無いよりはあった方がいいし、読まないよりは読んだ方がいいというくらいなのもので、量より質、感じ入った部分を何度も読んで心に刻み込むのが好い。

 勉強とか学ぶという基本的な在り方は活眼を以て生きた本を読むことだ。読んで学んで、実践しなければ意味は無い。常々、心眼を開いていれば「生きた学問」、参考書となるべきものは多く在る。

「生きた学問」」「耳学問」で一番なのが、失敗に失敗を重ねながらも成功した人物の話であり、くだらん流行本なんぞより学ぶことは多い。

 大学教授や学者、或いは昨今の保守ブームに乗っかって稼いでいる営業保守の本なんぞ、小難しい言葉を羅列しては悦に入ってるが、よくよく読めば「常識」を尤もらしく書き綴っているだけのこと。

「小人の学は、耳より入りて口より入ず」というが、小人は学問を売り物にし耳から聞き齧った事をそのまま口にするので少しも身に付かない。

 耳が痛いものを感じるが、自分の中に真の学問を積んでいる人は決してひけらかすことはなく、衒学(げんがく)臭くはないものなのだ。

 武士道では「学問は他人を説得したり、論破したりするものではなく、自分自身がどう生きて行くかのか、或いはどう在るべきか、といったことに答えを見出すものでなくてはならないのである」と説く。

 学問とは本来自分自身の向上の為のもので、仲間にしか通用しない夥しいコピペをSNSに貼り付け、付け焼き刃の知識をひけらかし、自分自身に酔っているネット右翼や営業右翼はある意味で反面教師とも言える(笑)

 実践の伴い薄っぺらな主張では世の中どころか他人さえも、否、身内さえも看過することも感化し賛同させることさえも出来ないだろう。

 愚生の場合、倫理哲学者の西晋一郎が好きで彼是と参考にしている。自分自身に酔っている訳でもないが、西先生の「教えるとは実に教えられることである」を肝に銘じ、今日もまたこうして書き綴っている。呵呵。

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2018年02月12日

地元の「開成大神宮」が「岩代大神宮」となっていたら・・・

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 例年、紀元節には上京し仲間と共に奉祝行事に参加していたが、団体を辞してからは地元の開成山大神宮に参拝し、神武肇国の精神を偲ぶと共に畏くも陛下の弥栄、併而心願成就を祈念している。 

 開成山大神宮の御祭神は「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」「豊受大神(とようけのおおかみ)」「神倭伊波禮彦命(かむやまといわれひこのみこと:神武天皇)」。伊勢神宮や橿原神宮と同じ神を祀る有難い社である。

 安積開拓民の精神的な拠り所にと、福島県の典事・中條政恒が伊勢神宮の分霊の奉遷を神宮司庁へ働きかけた創建された神社である。

 本来は、福島県が「岩代の国」と呼ばれていたということもあり「岩代大神宮」を希望したが、伊勢神宮」と同じく、旧国名を冠することに明治新政府が難色を示し「開成山大神宮」となった。

 こうした経緯があることは余り知られてはいないが、もしも「岩代大神宮」だったらと思うと旧岩代町出身者の愚生としては惜しい哉。

 安積(郡山)の地というのは、明治以降、地元の二本松藩を始め、会津、棚倉。近県からは米沢藩。四国からは土佐と松山藩。山陰からは岡山、鳥取藩。九州から久留米藩の方々が入植して開拓した地だ。

 中でも一番多かったのは九州久留米藩で、郡山弁には「そうだばい」とか言葉尻に「ばい」が使われるのはそうした名残だろう。

 今の様に交通の便が無い時代、九州や中国・四国地方から徒歩で数百、千数百キロを歩いて来たことを思うと実に感慨深い。

 右翼現役時代には初代総隊長だった故福田進が殊のほか紀元節を重んじていたこともあり、明治神宮への参拝は欠かさなかった。

 平成16年、陛下の御親拝の関係者への案内状のミスを理由に神社本庁から離脱し「宗教法人」となって以降、明治神宮参拝は中止した。

 明治神宮は周知の通り、国民の総意により明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲び創建された神社であり、それを神官の一部や神社側の幹部が私物化し、営利至上主義に奔っている現状は正に憂慮すべき事態である。

 神職に携わる者が営利に奔り、神社庁の主導権争いから「神社庁に属さなくても独立採算出来る」というその姿勢は実に賤しく、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲ぶ神社としては不謹慎過ぎる。

 明治神宮が神社本庁から離脱し一宗教法人となったことは、明治神宮が創建された趣旨から鑑みても逸脱するものであり、況してやGHQが実行した「神道指令」を容認している蛮行とも言える。

 右翼陣営がこうしたことに苦言も呈さず明治神宮に参拝することは、明治神宮の愚行とGHQの戦後政策を赦すことでもあると思うが如何か。

 宗教法人とは「教祖・経典・布教活動」の三条件が必要であるが、神社=神道はそれに該当せず、つまりは宗教ではない。神道とは日本人の心に清む惟神(かんながら)の道である。

 靖國神社や全国の護国神社が「宗教法人」となっているのは、戦後GHQの「神道指令」を免れる為に御祭神を別なものにしたりして、神社存続の為に已む無く採った先人の智慧である。

 本来ならば昭和27年4月28日の主権快復の折に、宗教法人格を解除し国が護持すべきだったのだが、未だ宗教法人として放置され続けていることは、政治家の怠慢と不作為以外の何ものでもない。

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2018年02月11日

国を愛する心の涵養とは「敷島の大和心を人問わば朝日に匂う山桜花」これに極まれり

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 本日は建国記念日、戦前の「紀元節」。祝日法には「建国を偲び、国を愛する心を涵養する日」とあり、また、大日本帝国憲法(欽定憲法)発布記念日でもある。では「建国を偲び、国を愛する心を涵養する」とは如何なることか。

 日本人が失った徳目を呼び返そうという標語として「愛国心」は最も相応しい言葉だと思うが、国旗や旭日旗を仰々しく掲げ、勇ましい言葉で左翼らを攻撃している姿に日本的気風を感じることはなく、「愛国心」が贔屓の引き倒しになってしまってる感は拭えない。

 三島由紀夫は嘗て「日本の様な国には愛国心などという言葉はそぐはないのではないか。大和魂で十分ではないか」と語ったが、激しく同意する。

 我ら日本人が持つべきは「大和の心(大和魂)」であり、つまり、花鳥風月、山川草木、春夏秋冬の恵まれた自然に逆らわず調和して暮す従順な心であり、猛々しくも軽薄な愛国心ではない。

 国を愛する心の涵養とは、即ち大和心の涵養であり、国学者・本居宣長の和歌「敷島の大和心を人問わば、朝日に匂う山桜花」、これに極まれり。

 安っぽい愛国心を昂揚することではなく、八紘(はっこう)を掩(おお)ひて宇(いえ)にせむこと。つまりは神武肇国の大理想である「八紘一宇」を掲げ、天皇國日本の真姿開顕へ奮闘前進することである。

 終戦により紀元節は廃止。統治下の昭和22年、日本国憲法に相応しい祝日の法案に紀元節が「建国の日」として盛り込まれるもGHQにより削除される。

 主権を回復した昭和27年4月28日「紀元節復活運動」が起き、昭和33年に国会へ紀元節に関する議案を提出。昭和41年に祝日法が改正され、翌年2月11日に「建国記念の日」として実施されることとなった。主権回復から実に15年の歳月を要した。

 建国記念日の趣旨が「建国を偲び、国を愛する心を涵養する日」とするならば、次代を担う子供達や青少年に日本の神話を教え、建国の意義と神武肇国の大理想を伝えて行くべきであろう。

 そういう意味でも「建国記念の日」というより「紀元節」とするのが望ましく、更には大日本帝国憲法の意義を考える日にしなくてはならないのだ。

 自分に誕生日がある様に国にも誕生日があり、国が肇められたことを奉り祝うのはその国に生まれた者の務めである。

 本日は全国各地で「神武天皇陵遙拝式」や建国奉祝パレードが行われるが、一方では「紀元節復活は科学的根拠がない」「軍国主義復活反対」などとして、共産党を始めとした売国団体や誤(護)憲派が「奉祝反対」の催しを目にする。

 正に「平和ボケ」と揶揄される日本人を象徴するものだが、「紀元節奉祝反対」を叫ぶ連中の真意は外でもない、明治22年2月11日に公布された国家の大理想が掲げられてる大日本帝国憲法の復活を危惧してのものだ。

 明治人の知恵の結晶でもある大日本帝国憲法の復元と改正こそが天皇国日本を盤石の安きに置く使命であり、民族の信念と道統を受け継ぎ、これを護持し、これを宣布し、そして子孫に伝える責任と使命を有する者、それは我ら日本人である。

 紀元節に当たり、神武肇国の大理想である「八紘一宇」を天高く掲げ、天皇国日本の真姿開顕へ奮闘前進しよう! すめらぎいやさか

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2018年02月10日

朝鮮半島の非核化より金王朝を崩壊させ南北統一を実現させたら面白い

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 安倍首相は平昌オリンピック開会式出席の為に訪韓し、文在寅大統領と会談、日韓合意の履行を要求。更にはペンス米副大統領らと共に北朝鮮への最大圧力を高める方針を確認した。

 南北統一チームで臨むオリンピックに抗議もせずに「最大圧力」とは嗤うしかないが、こういう在り来たりの会談に意味が在るとも思えない。

 何より、核兵器を保持した国が放棄したということは聞いたことがないし、北朝鮮だけを批判するのも如何なものか。

 朝鮮半島が北朝鮮の核によって脅かされるというが、元々は同じ民族。南北統一は民族の悲願であることは間違いない。ただ、統一後に米国が仕切るか、ロシアや中共が仕切るのでは大きな違いがあるというだけのこと。

 そこで問題なのは北朝鮮の金正恩。金正恩さえいなくなれば南北統一が成されたとしても脅威ではない。要は、あの肥えた首領の扱い方次第。

 北朝鮮が異常且つ極めて危険な国だと言うことは誰もが認めるところだ。正式名称は「朝鮮民主主義人民共和国」だが、民主主義でも人民の国でもなく「金一族」の個人独裁の世襲全体主義国家というのが正しい。

 日本人を拉致し、ニセ紙幣を偽造し、覚醒剤を密売し、ミサイルを製造し輸出し、旧社会主義に内在した悪の本質が体制化したチンピラ国家である。

 何百万の餓死者が出ても歯牙にもかけず弾道ミサイルを開発し、核開発に狂奔している。この不良国家の三代目金正恩の存在が鍵となろう。

 金正恩体制を存続した儘では南北統一は非常に難しく、金正恩の崩壊なき統一は韓国が北朝鮮に併呑されたことを意味する。

 米国がテロによって金正恩の暗殺を企てているとも聞くが、貧困に喘ぎ痩せ細った人民とは対照的に、膨よかな肥えた「最も貧しい国に最も富裕な王がいる」時代は未だ未だ続きそうだ。

 韓国では朝鮮半島が分断されたことを日本の責任だとするが、分断に至ったのはソ連の参戦が原因である。

 昭和20年(1945年)8月9日未明、ソ連が参戦すると3日後の12日には朝鮮半島北部にまで侵攻。朝鮮への侵攻準備が出来ていなかった米国はこれに慌て、急遽、朝鮮占領の協議が行われ所謂「38度線」で分割することで合意した。  

 それから5年後の1950(昭和25)年6月25日、北朝鮮の突然の侵攻で同じ民族同士が相討つ戦争となり、数百万人が犠牲となる大惨事となった。これが「朝鮮戦争」である。この時、日本は未だGHQの占領下。

 朝鮮戦争の勃発も朝鮮の南北分断も我が国に責任は無いが、若しその責任が在るのだとすれば、大東亜戦争に敗北し、戦後、共産主義の跋扈と驕逸を許したことだろう。その償いは、その共産主義を滅ぼす以外にはない。

 中国共産党なんぞ北朝鮮と同じく恐れるに足らないヤクザ国家であり、尖閣列島で紛争になれば一気に共産主義体制を崩壊させる好機でもある。

 干戈を交えれることになり我が国が勝利することになれば、ロシアは沈黙し、共産党一党独裁の習近平体制は崩壊し、朝鮮の南北統一も実現可能となり、中共の圧政に呻吟してる国々を始め世界から称賛されることだろう。

 唯くれぐれも、大韓民国を押し付けられた日韓併合の二の舞だけは勘弁願いたい。南北統一後は、米国が米韓強化の為に沖縄を始めとした在日米軍を全て撤退させ朝鮮半島に移設することを望むばかり。

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2018年02月09日

相撲協会VS貴乃花親方の構図を作り大相撲批判を繰り返すマスコミ

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 マスコミは、相撲協会VS貴乃花親方の構図を作り、恰も貴乃花親方が相撲協会の陋習を打ち破ろうとしている改革者であるかの様に作為的に報道し、国民もまた貴乃花親方を支持する。

 だが、本当に貴乃花親方は改革者なのか。貴乃花が理事長に就いたら相撲協会が変わるのか。熱烈な相撲ファンである愚生からすればそうは思えない。

 現役時代、若貴ブームを作り、歴代横綱の中でも記録より記憶に残る力士だったのは間違いない。北の湖と共に一代年寄となったのはそうした功績の賜物だろう。

 だが、プライベートでは宮沢りえとの交際と婚約破棄や兄・若乃花との絶縁など、自分に厳しい結果だとマスコミは好意的に捉え持ち上げるが、貴乃花には心の余裕を感じられない。

 白鵬の相撲を批判してるが、確かにかち上げや張り手は頂けないが、相撲の技にあるのだから一概に批判は出来ない。あくまでも姑息な技は横綱らしくないというだけのこと。

 貴乃花と若乃花の同部屋決戦では若乃花が勝利し優勝を飾ったが、アレは明らかに兄に花を持たそうとした八百長だろう。

 また怪我を押して武蔵丸との決戦に挑み勝利し、鬼の形相で勝ち名乗りを受け、表彰式では総理大臣杯を授与する小泉純一郎が放った「感動した」は記憶に残る一言だろう。

 だが、相手の武蔵丸は怪我をしてる相手に本気で勝負するなど出来ない性格で、試合後「取り難いよ」との言葉にその思いが込められている。

 怪我を押して強行出場した貴乃花は、相手に失礼だとは思わなかったのだろうか。そうしたことに貴乃花の相手を思う気持ち、横綱としての慈愛の心の乏しさが感じられる。

 協会との拗れや蟠りも、己が正しいと言わんばかりに自我を通しているだけで、これが改革者である筈がなかろう。

 人というのは、ハンドルに遊びがある様に心に余裕が無いと窮屈になる。貴乃花は自分自身に厳しいというより、その厳しさが相手も息苦しくさせるということも知るべきだろう。

 身内やマスコミ向けに笑顔を見せるが、その顔は政治家が有権者に見せる取り繕った笑顔にしか見えない。憮然としながらも慈愛に満ちた器の大きな故北の湖の様な親方を目指して欲しいものだ。

 大相撲は、明治維新で「断髪令」が発せられても丁髷の伝統を貫き、戦後もずっと表彰式で国歌「君が代」を斉唱し、国技を自称して来た保守の牙城とも言うべき組織でもある。

 その大相撲を目の仇にし、歴史・伝統・文化を否定する左翼や無自覚左翼の連中が、賭博やら八百長やらを執拗に煽り立て糾弾したことは記憶に新しい。

 今回の日馬富士の暴行事件をきっかけにした大相撲批判を目にすると、大相撲の存続にも影響しかねないし、貴乃花は改革者の名の下にそうした反大相撲勢力に利用されてる様にも感じる。

「角を矯めて牛を殺す」というが、少々の欠点を直そうとして反ってそのもの自体を駄目にすることも無きにしも非ず。

 相撲協会VS貴乃花親方の報道を目にする度に相撲ファンを落胆させる。このままでは大相撲も廃れてしまうだろう。

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2018年02月08日

靖國神社御創立百五十年記念事業に思う

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 今年平成30(2018)年は明治改元(1868年)から150年を迎える。江戸幕府に対する倒幕運動から明治政府による天皇親政体制への転換と、それに伴う一連の改革を明治維新という。

 だが その後、長州藩を中心に動いた一連の動きは尊王攘夷とは名ばかりでその実は尊皇開国。維新後、西洋を模倣した長州閥が中央官制を始め、地方行政、文化、教育、思想政策など多岐に亘り影響を及ぼすこととなる。

 中でも靖國神社は、改元後の明治2年、明治天皇の思し召しにより「東京招魂社」として建立された神社であることは誰もが知るところ。

 その合祀対象は、三条実美の祭文に明示されている様に「皇軍に役立ちして、賊徒等を討たん其の義に・・・命果てぬる輩」に限られている。

 この三条公の祭文の原則がある限り、また見直さない限り、会津藩や我が二本松藩、或いは西南の役での西郷軍関係者などが祀られることはなく、未来永劫 、西郷軍や東軍は「賊軍」の儘なのだ。

 戊辰の役(戦争)では「西軍」と「東軍」は干戈を交えたが、「皇軍」という名の「官軍」と「賊軍」が戦った訳ではないし、東軍は賊徒ではない。「賊軍」とは、維新後、明治新政府によって作られた造語である。

 明治改元前年にあたる慶応3年(1867年)、徳川十五代将軍であった徳川慶喜が征夷大将軍の職を辞し、政権を朝廷に返上した。

 この大政奉還を以て明治維新は成立したと考えるが、王政復古に拠って慶喜の辞官納地を決し、鳥羽伏見の戦いを経て戊辰戦争に突入して行った。

 何故に江戸城開城後も会津や函館を攻め入ったのか。何のことはない、長州藩が蛤御門の変(禁門の変)で敗れたことへの恨みつらみというのが正しく、長州が掲げた錦の御旗も大義も贋物であったのだ。

 歴史に「もし」は無いが、もし、勝海舟が西郷隆盛との会談で江戸城の無血開城を諒としたことを以て徳川幕府が崩壊したのなら、その後の東北や会津での戦いに意味があったとは思えない。

 幕府唯一の神道であった会津が何故に朝敵として責められなければなかったのか、単に蛤御門の変(禁門の変)での敗戦の遺恨であり、とても明治維新が尊王攘夷という大義ある代物とは思えないのだ。

 靖國神社には未だ三条実美の祭文が効力を発揮し、東軍戦死者は賊軍として本殿に祀られることはなく「鎮霊社」に分霊されている。

 だが、靖國神社が戦没者の顕彰を重んじる神社であるなら、鎮霊社という別なカタチで祀ることと、本殿に祀ることと、そのどちらが時代に即して天皇(すめろぎ、すめらぎ)が顕現される道なのか言わずとも分かるだろう。

 死者の選別を続けることは日本人の死生観にもそぐわないし、明治天皇の思召しにより創建された社としては如何なものか。明治維新の戦いで斃れた全ての戦没者の合祀を図るこそ天皇顕現の道である。

 靖國神社御創立百五十年記念事業のパンフレットを見ると、明治維新のことには一切書かれておらず、大東亜戦争での戦没者の御遺族や戦友の減少に伴い賛同者が減っっていることを案じている。

 その上で「国を思い、祖国を愛し、家族を慈しみつつ散華された英霊の御心を次の世代へ伝えて行くことこそ、戦後に生きる私共の責務」と、施設の充実を図る為の工事への支援を訴えている。

 明治維新や明治天皇思し召しで創建されたことにも触れることなく、唐突に、先の大戦で散華された英霊を持ち出すことに違和感を覚える。靖國神社は大東亜戦争の英霊だけの施設になってしまったのか。

 これでは反靖國派に批判される材料を与えている様なもので、靖國神社が戦没者の顕彰を重んじるなら、明治維新の過程で勃発した戊辰戦争や西南の役などで散華された東軍を含めた全戦没者の功労も顕彰すべきであろう。

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2018年02月07日

2月7日の「北方領土の日」に政府や国会のやる気の無さが現れている

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 本日2月7日は「北方領土の日」。地元紙のトップは女性週刊誌の様な秋篠宮真子内親王の御成婚に関する記事が踊っているだけで、新聞を見てもテレビのニュースでも北方領土問題に関する記事は見当たらない。抑々、今日2月7日が「北方領土の日」だと認識している国民はどれ程いるのだろう。

 北方領土は「日露和親条約」並び「樺太・千島交換条約」締結により、歯舞、色丹、国後、択捉の四島を含む、北は占守(シュムシュ)島から得撫(ウルップ)島の全千島列島と南樺太が固有の領土となった。

 領土問題では、日本共産党でさえ「全千島、南樺太の主権」を訴えているが、この認識が正しく、国会で採択された「四島返還決議」の返還要求こそ、事勿れ主義であり軟弱土下座外交そのものなのだ。

 先人達の外交努力を無視し、全千島と南樺太の主権が在るにも拘らず四島のみの領有権主張を明記し、見す見す権利を放棄するとは理解に苦しむ。

 安政元年(1855年)2月7日、下田で「日露和親条約」が締結され、四島と千島の間に境界線が引かれ、樺太を混住の地と決めた。

 だが、これは日本政府としてではなく明治維新前の江戸幕府時代であり、下田での条約締結を四島返還論の論拠とするのは無理がある。

 その後、明治維新を成し遂げ新政府を発足させた我が国は、明治8年(1875年)5月7日に「樺太・千島交換条約」を交わし、樺太の北側を千島列島と交換したことで、南樺太と全千島が日本に帰属したのだ。

 つまり「北方領土の日」は2月7日よりも、旧ソ連が日ソ不可侵中立条約を蹂躙するに至った8月9日にしろとは言わないまでも、南樺太・全千島が国際法的に我が国に帰属した5月7日が相応しい。

 北方領土問題解決には、領土に関する歴史的経緯と事実を、そして領土主権の重要性を国民に分かり易く説明すべきだが、2月7日の北方領土の日に政府や国会のやる気の無さが現れている。

 政府は4島に拘る故に「日露和親条約」を論拠にしているが、日露和親条約ではなく「樺太・千島交換条約」並びに「ロシアは樺太の北緯50度以南の領土を永久に日本へ譲渡する」とした「ポーツマス条約(日露講和条約)」を論拠に領土の主権を主張をすべきであって、四島のみの返還要求など言語道断。

 政府は昭和56(1981)年、北方領土問題に対する国民の関心と理解を更に深め、全国的な北方領土返還運動の一層の推進を図るという理由で2月7日を「北方領土の日」と制定したが、この2月7日こそまやかしの返還運動であり、弱腰外交の象徴の日と断じざるを得ない。

 余談だが、国士舘大学在学中だった昭和56(1981)年2月7日、防共挺身隊の一員として「北方領土の日」を粉砕すべく霞ヶ関の式典会場に向かった。

 会場手前から隊列を組み押し入ろうとするも機動隊と揉み合いになった。当時は幟は竹竿で作ってあり、振り回すと機動隊員に当る。数人が機動隊員に連れ去られるも乱闘の末に奪還したことも今では懐かしい想い出だ(笑)

 世界各地で民族争いの中で国境紛争が頻繁に起きている。寸土たりとも主権確立には戦いをしてまで死守しているのが世界の常識でもある。

 我が国も北方領土然り、竹島然り、奪われたものは奪い返すことでしか解決を見ないことを自覚し、領土奪還の気概を持つべし。

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2018年02月06日

ヤルタ協定はルーズベルト個人の文書であり公式文書でなく無効である

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 第二次世界大戦中の1945年(昭和20年)2月4日から11日にかけて、米国のルーズベルト、ソ連スターリン、英国のチャーチルらがクリミア諸島のヤルタに集い密談が行われた。所謂「ヤルタ協定(会談)」である。

 この時、ルーズベルトは「南樺太のソ連に返還」と「千島列島のソ連への引き渡し」を条件に日ソ中立条約の破棄を進言し、ソ連の対日参戦を促した。

 ソ連は、この密約に従ってドイツが無条件降伏した約三ヵ月後の昭和20年8月9日、ソ連は「日ソ不可侵条約」を一方的に破棄し参戦し、ソ満国境を越え鬼畜の如き蛮行と、我が国固有の領土である北方領土を強奪した。

 現在もロシアは「ヤルタ密約(ヤルタ協定のうち極東密約)」を楯に北方領土の主権を主張しているが、「ヤルタ密約」の有効性について、英国政府はヤルタ会談翌年の1946年2月に疑義を呈していたことが明らかになっている。

 英国立公文書館所蔵の英外交電報では「露の四島占拠根拠なし」として、米英ソがヤルタ密約を公表する2日前に、英外務省から全世界の在外英公館54ヶ所に「緊急且つ極秘」に一斉に送られた。

「ルーズベルト大統領が権限を越えて署名したことや、米上院の批准もない状況下での有効性について米国内で論議が起こるかもしれない」として、「(英国は)その議論に巻き込まれないよう注意すべきだ」と警告している。

 チャーチル首相が1941年8月、ルーズベルト大統領と領土不拡大の原則を謳う「大西洋憲章」に署名しており、ヤルタ密約がこの大西洋憲章に反するとの英政府の認識が示された形だ。

 一方、米国では1953年に就任した共和党のアイゼンハワー大統領が年頭教書演説で「あらゆる秘密協定を破棄する」と宣言している。

 1956年には、アイゼンハワー政権が「ヤルタ協定はルーズベルト個人の文書であり、米政府の公式文書でなく無効である」との国務省声明を発表し、ソ連の北方領土の占有に法的根拠がないとの立場を鮮明にしている。

 ヤルタ協定に参加した米英が、ロシアの北方領土の主権に疑義を呈している中で、何故に当事国の我が国がロシアの主張を認め、鬼畜の如き蛮行を赦し、二島先行返還に拘るのか理解に苦しむ。

 こうした譲歩した返還要求こそが、事勿れ主義と軟弱土下座外交の象徴であり、未だに領土問題が解決しない元凶であるのは言うまでもない。

 我が国だけで反論するのは無理だというなら、米英の公式文書などを示し、ヤルタ秘密協定の無効と「樺太・千島交換条約」並びに「日露和親条約」という国際条約を論拠に、北方領土の主権の正当性と即時返還を突き付け、更には終戦間際のソ連蛮行とシベリア抑留への謝罪要求をすべし。

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2018年02月05日

野田聖子は「このご時世に江戸時代の日本人と同じことをさせること自体が国会の不作為です」というが

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 ポスト安倍に名乗りを挙げてる野田聖子が熱烈的な夫婦別姓派だというのは周知の事実。ブルーリボンバッチを付け保守を気取っているが、古賀誠や故野中広務らと同列の党内左翼というのが正しい。

 野田聖子自身は野田卯一元衆議院議員の孫とされているが選挙に出馬する為に野田家養子に入り「野田姓を名乗っているだけで、名字自体に愛着はなく、夫婦別姓に賛同するのも当然の帰結でもある。

 野田聖子の旧姓は島聖子。実父は元衆議院議員野田卯一の妾の連れ子で、野田卯一との血縁関係はない。鶴保庸介議員と結婚するも離婚。現在の夫である野田文信は暴力団会津小鉄の元ヤクザ。本名の「木村」姓からして在日っぽい。

 野田聖子はパチンコチェーンストア協会のメンバーでありカジノ議連の副会長で筋金入りの売国議員であり、妾の連れ子の子供の野田には帰化人との噂は絶えない。確かに、この女の権力欲と体制批判は自民党内でも異質な存在だ。

 野田は三原じゅん子議員(自民党)、森ゆうこ議員(自由党)、西村智奈美議員(立憲民主党)、高木美智代議員(公明党)との座談会でこう述べた。

「明治時代の民法を創ったのは江戸時代に生まれた人ですよ。このご時世に、江戸時代の日本人と同じことをさせること自体が国会の不作為です」

 野田は現代人こそ優れていると勘違いし、江戸時代生まれの人の考えや法律を否定し嘲笑しているが、どうだろう、明治維新にしても、日清・日露戦争の国難にしても、その基となったのは江戸時代に育まれた道徳や教養、武士道精神、大和魂が見事に結実し、それが明治に開花した結果である。

 本居宣長が古事記伝を表し国学を大成させ、水戸光圀は「大日本史」を編纂し、勤王の志士を鼓舞した。この日本学を「水戸学」といい、佐久間象山や吉田松陰、西郷隆盛、坂本龍馬、桂小五郎など多くの志士が影響を受けた。

 水戸学を知ることで天朝の尊厳性を崇し、鼓舞し奮い立った。 江戸時代に培った国学や日本学による勤王思想、武士道精神、大和魂の国益中心の愛国・憂国の心の成果が「大政奉還」と「大政復古」の見事な明治維新を成し遂げたのである。

 今、政治がやらなければならないものは明治人の様な道徳や教養を兼ね備え、武士道精神や大和魂を持った志しの高い日本人を育むことであり、江戸時代生まれの人の考えや法律を批判することではなく、上杉鷹山が訓えた様に「人々の心の赤字」こそが今の日本人に最も大事な施策なのだ。

 明治人のバックボーンは江戸時代であるが、野田はそれを腐して悦に入る。だが、野田に国難に打ち克った明治人の気概も国家に対する熱い思いや誇りも在るとは思えないし、高貴さや高邁さも国を支えようという心構えも無い。

 現代を生きる日本人にも悲しい哉、江戸時代生まれの明治人の様なそうした揺るぎない生き方や信条は無く、江戸時代末期、国を思い、坂の上の雲を追いかけた青雲の志も無い。それにしても自民党内左翼というのはホント始末が悪い。

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2018年02月04日

ジャイアンツの宮崎神宮への参拝取り止めは創価学会員の選手の影響か

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 プロ野球12球団は今月1日に一斉にキャンプイン。ジャイアンツは宮崎キャンプ。今年は何故か、草創期から58年間も続けてきたキャンプイン前日の恒例行事である宮崎神宮への必勝祈願参拝を取り止めた。

 宮崎神宮は神武天皇(神日本磐余彦尊 かむやまといわれひこのみこと)を祀る神社である。神武天皇は初代天皇として、大理想である「八紘を掩(おお)ひて宇(いえ)にせむ)」を天高く掲げ日本国を統一した肇国の神である。

 神社側には球団から「選手の意向で参拝に行かない」との連絡があり、その後、神社に出向いた球団幹部から改めて説明を受けたという。

 新選手会長に就任した菅野智之投手がナインの意向を代表して球団側に伝え、見送りに至ったという。だが、恐らくは信教の自由を理由に神社への参拝に難色を示した選手らに譲歩した結果ではあるまいか。

 ジャイアンツの内海哲也投手や球団職員の野間口貴彦元投手らは熱烈な創価学会信者でもある。神社への参拝拒否は創価学会の教えでもあり、池田創価学会に忠誠を誓うジャイアンツ内部のこうした現状が大きな要因だろう。

 野球が当たり前にやれなかった時代があった。先の大東亜戦争では多くのプロ野球選手も尊い命を投げ出されていることを、プロ野球ファンならずとも国民は知っているだろうか。

 野球をやれるということを再認識する為にも、オープン戦前の地元神社は勿論のこと、開幕前には靖國神社に参拝し、大戦で犠牲となられた先輩方に感謝の誠を捧げるべきだと思っている。

 先の大戦で亡くなられたプロ野球選手は想像している以上に多く、試合の途中で出征した方や、幾度かの戦火を潜り抜けて帰還するも再び出征して終には戦場に斃れた方など実に69名もいる。

 中でも有名なのは「東京巨人軍」の澤村榮治投手だろう。どんなに凄い選手かは説明するまでもないが、年間最優秀投手に与えられる「沢村賞」はプロ野球選手の最高の名誉である。

 昨年は最多勝を取った菅野智之投手が受賞しているが、学会員でもある内海らは、靖國の英霊でもある澤村選手に謂れのあるそんな賞など要らないと思ってるのではあるまいか。巨人ファンとしては実にもの悲しい。

 創価学会は池田太作の野望の実現と学会員の現世利益を追求する社会運動体であり、公明党は、それを政治的に実現する為の出先機関である。

 プロ野球に限らず、今やカルト池田創価学会は政治、経済、文化、教育、司法などあらゆる分野に蚕食し、日本と日本人を蝕み続けている。

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2018年02月01日

「天岩戸」こそ太陽神の天照大御神を信仰する我が国らしい神話である

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 月日の経つのは早いものであっという間に2月。先月はインフルエンザAに続いてB型にも感染してしまい散々な一ヶ月だった。今日は朔日ということで身を清め、神饌を新しくして、畏れ多くも陛下の弥栄を祈願した。

 昨日は皆既月食、然も貴重なスーパーブルーブラッドムーンだったこともあり、俄か天体ファンがカメラやスマートフォン片手に天体ショーを楽しんだ。

 古来、日食と月食の日は「穢れの日」として、月や太陽から放たれる光は「妖光」として忌み嫌われ、幕末までは日食や月食の日は不吉な兆候とされ天皇の祭祀と政務を一切取り止めたという。

 天変地異や疫病などが起きると本気で信じられ、この妖光から天皇の玉体を護って来たことが伝えられている。

 こうした「不吉」は別に神道だけに限ったことではなく、ヒンズー教なども皆既月食や皆既日食を「災いが起こる前兆」として恐れ、祈りを捧げる。

 何故に天皇を日食・月食の妖光から護るのか。その理由は、玉体を護ることが、日本国の自然と社会の秩序を維持するために枢要なことだったからだ。

 天皇とはそうした秩序を体現しているのであり、その玉体安寧を維持することが、政治の核心の一つだったのである。

 神話「天岩戸(あまのいわと)」では、天照大御神が天の岩戸に篭ってしまい世界が真っ暗闇になり悪神が蔓延ったという話があるが、この話も皆既月食や皆既日食の出来事を喩えた話しだろう。

 伊邪那岐神(いざなぎのかみ)は「天上界を天照大御神が、夜の国を月読命(つきよみのみこと)が、海原を須佐之男命(すさのおのみこと)が治めよ」と命じられた。ところが須佐之男命だけは任務を果たさず、その為悪神が蔓延り、諸々の禍が彼方此方で湧き起こる始末だった。

 伊佐那岐神は酷く怒り「お前の様な者に用は無い!」と追放した。

 須佐之男命は姉の天照大御神を頼るが、暫くは大人しくしていたが元々気性の荒い須佐之男命は、程なく種々の乱暴を働くようになった。

 天照大御神の耕す田を壊し、御殿に糞を撒き散らしたりして手の付けようがない。それでも天照大御神は大目に見ていたが、服屋(はたや)で神聖な衣装を織っていると、皮を剥いだ馬が屋根を打ち抜いて投げ込まれ、服織女(はたおりめ)が死んでしまう事件が起きた。犯人は勿論、須佐之男命。

 これには流石の天照大御神も激怒し「天の岩戸」に隠れ篭ってしまった。その為、世界は暗闇となり、悪神達が蔓延り始めたのである。

 そこで高天原の諸神である八百万の神々は、天の河原に集い策を取ることになり、思金神(おもいがねのかみ)の提案で、先ず岩戸の前に常世の長鳴鳥を集め鳴かせることに。

 次に伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)に八尺鏡(やたのかがみ)、玉祖命(たまおやのみこと)に八尺勾玉(やさかのまがたま)を作らせ、布刀玉命(ふとだまのみこと)には御幣(みてぐら)を持たせ、天児屋命(あめのこやねのみこと)には祝詞を奉れせた。

 こうしておいて、岩戸の真ん中で天宇受売命(あめのうずめのみこと)が乳房や女陰を露に神憑りの踊りを大乱舞した。

 これを見て八百万の神々がどっと笑うと、天照大御神は気になり岩戸をそっと開ける。「何事か?」

「あなた様より貴い神が現れたので皆喜んで騒いでいるのです」

 差し出された八尺鏡を見た天照大御神は、そこに映った自分の姿をその貴い神と勘違いし、猶もよく見ようと身を乗り出したところを、怪力の天宇受売命が岩を投げ飛ばした。

 そして、天照大御神が外に出ると漸く世界に再び光明が戻ったという話しだが、この「天岩戸」こそ太陽神の天照大御神を信仰する我が国らしい神話である。

「皆既月食」の昨日、自然現象に多くの子供達も興味を持って観察したが、科学万能の時代、日本人として生を享けたからには、「天岩戸」の神話を始め、古来の日本人の考え方や教えも伝承して行かなければならないと感ずる。

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