2017年07月

2017年07月31日

朝鮮学校の無償化も私学助成金制度も憲法89条違反!

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 北朝鮮が29日未明に大陸弾道弾ミサイル(ICBM)を発射した。北朝鮮のミサイル技術は日々確実に向上しており、米国本土を射程圏内に捉えた今、その脅威は現実のものとなる。

 安倍首相は「国際社会の安全に対する現実の脅威だ」とし「日米韓の強い結束の下で、国際社会と連携して毅然と対応する」と述べたが、連携在りきではでは心許ない。また毅然と対応するとは具体的にどういうことか?

 我が国は対北朝鮮政策として制裁措置を講じているが、経済を含めた制裁は宣戦布告と同じであり、我が国は北朝鮮と戦争状態であるという認識が決定的に欠落しているのではあるまいか。

 そんな緊張感の中で、大阪地裁のアホ裁判長が、「国が朝鮮学校を無償化の適用対象外としたのは違法だ」として処分取り消しと適用の義務付けを求めた訴訟の裁判で、原告側の全面勝訴を言い渡した。

 裁判長の西田隆裕は「拉致問題の解決の妨げになり、国民の理解が得られないという、外交的、政治的理由に基くものだ」と指摘し、教育の機会均等の確保とは無関係なものであり、違法であり無効と断じた。

 だが、朝鮮学校へ充当されてる補助金が教育に使われず北朝鮮に送金され、ミサイル開発に充当されているのではという疑いは拭えず、また血税である国庫金が朝鮮学校へ支払われる事についての正当性はどうなのか。

 日本国憲法89条には「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない」と在り、朝鮮学校の無償化や助成はこの条文に抵触しているのは明らか。

 朝鮮学校に限らず、私立学校への「私学助成」は明らかな憲法違反だが、この制度を廃止すれば私学の多くが破産するのは明らかで、我が国の学制が崩壊してしまうということもあり、政府見解では私立学校の事業は「公の支配」に属し、公費助成についても「憲法89条に反しないもの」と温情的に解釈している。

 だが、朝鮮学校然り、カトリック系や宗教系の学校では「日の丸は侵略のシンボル」「君が代は統治者天皇賛美」だと教育している私学へ闇雲に助成金が支払われていることも大きな問題でもある。

 政治で大事なものは「教育」と「国防」であり、政治家が教育の中身を語らずに、子育て支援や授業料などの不安解消ばかりが論じられてるのは本末転倒と断じる他はない。

 安倍首相は次期総選挙の目玉として現憲法に基く教育の無償化を高校教育にまで適用するとしているが、所詮は選挙目当ての画餅である。

 将来を担う子供達へ、自国への誇りと自信の持てる教育を如何に施すかということが何よりも肝要であり、高邁な魂を喪失した我が国を立て直すには教育内容の充実は喫緊の最重要な課題である。

 ICBM発射で眼前に北朝鮮の脅威が迫っている中で、我が国を敵視してる国家の学校の無償化を違法として己の歪な正義感に悦に入る、アホな裁判長の精神構造には厭きれるしかない。

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cordial8317 at 05:22|PermalinkComments(0)

2017年07月30日

福島県の復旧と復興を妨げた諸悪の根源は除染作業である

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 一昨日、我が母校・二本松工業高校の近くの市内榎戸のアパート室内で殺人事件が起きた。犯人は九州出身の除染作業員。

 二年前に大阪府寝屋川市で起きた殺人事件で、二本松市に住んでた除染作業員が逮捕されてるが、この犯人も県外からの労働者だった。福島県内では震災と原発事故以来、こうした除染作業員による犯罪が絶えない。

 地元の建設会社が行う除染は別にして、ゼネコンが受注する除染には「福島県民は二次被曝を避ける為に仕事に従事出来ない」という意味不明な申し合わせがあり、除染作業員の多くは県外からの労働者。

 地元で正職に就いていれば、態態、福島県まで来て除染作業員になんぞにならないだろう。要は、暴力団と関係のある派遣会社などが送り込んで来るのは、定職を持たない訳アリの作業員ばかり。

 除染作業員や原発関連の作業員による犯罪は、窃盗が最も多く、傷害、覚醒剤取締法と続く。窃盗犯に至っては、除染しながら、盗みに入れそうな家を物色しているというから呆れるしかない。

 原発関連の作業員による事件の中でも最悪な事件だったのが「いわき市永崎海岸強盗強姦事件」だろう。(「永崎海岸事件」を知っていますか?http://blog.livedoor.jp/cordial8317/archives/51895214.html

 いわき市に遊びに来た県中地区のカップルを襲い、男性ナイフで脅し暴行し現金を奪い、4人で執拗に女性を輪姦した鬼畜の如き犯罪だった。

 2人が未成年ということで報道も遠慮がちだったが、こいつらもゼネコンの下請けの神奈川県の建設業者から送られて来た川崎市の不良だった。

 原発事故での県民への放射線被害は皆無だが、県民が被害を被ってるのはこうした除染作業員らの犯罪に因るものばかり。

「反原発」や「脱原発」も結構だが、民主党政権下、過剰な放射線ヒステリーによって生み出された除染という無駄な作業によって、県民の安心安全が脅かされている現実を反原発派らはどう思っているのだろう。

 除染は、マニュアルも何もない中で、民主党が国際基準である毎時20μ㏜を無視し、毎時1μ㏜という根拠のない数字を設定した上で始められた。

 結果は、中間貯蔵施設も何もない中で除染に因るゴミだけが大量に発生し、また「福島県は除染をしなければ住むことも出来ない危険な町」として全国に発信させられてしまった。福島県の復旧と復興を妨げた諸悪の根源は除染作業である。

 低放射線への知識のない多くの国民は、低放射線は恐ろしいものと認識し、恰も数値が0にならなければならないと勘違いしてる人も少なくない。

 塩分過多が身体に悪いことを知ってるが、塩分が0になれば生きていけないのと同じで、自然界に存在する低放射線が0になることは在り得ない。

 今やくだらない除染は東電では賄い切れずに公共工事となったが、除染作業は経済的波及効果を生まないばかりか弊害が多く、正に除染作業は血税の無駄遣いであり、百害あって一利なし。

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2017年07月29日

所謂「南京大虐殺」は知っているが「通州事件(通州虐殺事件)」について知る国民は少ない

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 東京裁判史観に冒されてる国民は、「盧溝橋事件」にしろ、所謂「南京大虐殺」は、日本人に因る侵略や虐殺だと未だに信じてるが、何故か「通州事件(通州虐殺事件)」については知ろうともしない。

 この通州での支那人による残虐行為は全く語られることはなく、学校の教科書にも歴史書や年表にも載ってはいない。この「通州事件」こそが、戦後、GHQに消された歴史の一つである。

「東京裁判」で日本側弁護団は、盧溝橋事件の約3週間後の7月29日未明に起こった「通州事件」について、外務省の公式声明を証拠として提出を図るが、ウェッブ裁判長がその申し出を却下する。

 この通州での支那人による虐殺事件を取り上げることは、日中戦争での「日本悪玉論」の論拠を失うばかりか、東京裁判を進める上で「通州事件」は、実にやっかいな不都合な事件だった。

 この虐殺事件を知らずして、この後に日本政府の執った行動は理解出来ないだろうし、先の大戦の評価をする上でも「通州事件」は日本人にとっては決して忘れてはならない歴史なのである。

 北京から東に18キロほど下った通州という街は、明朝時代に城壁が築かれ、天津からの集荷の拠点として栄えた運河の街だ。通州には当時、日本軍が駐屯しており治安も安定していた。

 規律正しく公正な日本軍は、当時の支那の何処の街でも庶民から歓迎されていた。ところが、治安の良いはずのその通州で、昭和11年頃から不穏な空気が漂い始める。最初に騒ぎ始めたのが朝鮮人らだった。

 興奮し易く、直ぐに舞い上がり、感情的になるのは古来変わらぬ朝鮮人の特徴で、中華民国や中国共産党の工作員にとってこれほど利用し易い民族はいなかっただろう。

「日本は悪い国だ、朝鮮を自分の領土にして朝鮮人を奴隷にしている」と言い触らし、「次は支那を領土にして支那人を奴隷にしようとしている」などと根拠のないデタラメを半ば公然と吹聴し始める。

 昭和12年になると「日本軍と日本人を追い出さなければならない。いや日本人は皆殺しにしなければなない」と言い出す迄になり、そうした風評は止まることはなく、益々エスカレートし民衆は殺気立った。

 そうした仄聞はもちろん現地に駐屯していた日本軍にの耳にも入ってはいたが、現地の日本軍は「その様な根も葉もない噂など相手にする必要はない」と問題にしなかった。この日本人的気風が禍を齎す。

 多くの日本人は物事を客観的に捕らえ様と努力する。これは日本人にとっては至極当たり前のことで美徳とも言えるものだが、何も反論もせず、怒らないことで朝鮮人や支那人を付け上がらせる結果になってしまった。

 昭和12(1937)年7月29日午前3時頃、突然、通州にいた冀東防共自治政府の保安隊(「張慶餘」が率いる第一総隊と「張硯田」が率いる第二教導総隊)合わせて3000人が日本軍を襲撃する。この時、通州には日本人380名、内軍関係者110名で残りは全員が婦女子だった。

 不意を突かれた日本兵は防戦一方。襲撃開始と同時に日本兵30名が死亡した。必死で防戦をしている間に、支那人の学生や朝鮮人が日本人の居留区を襲撃し、日本人居留民260名をたった一日で極めて残虐な方法で虐殺するに至った。

 この事件に関して、東京裁判で証人に立った桜井文雄支那駐屯歩兵第2連隊小隊長の証言や、現地での出来事を全て目撃した女性の体験談もあるが、筆舌に尽くし難い凄惨なものだ。

「盧溝橋事件」にしても「通州事件」にしても真相を知ることが大事であり、その真相を知れば東京裁判で断罪された多くの罪が如何に不当なものであり、不公平な人倫にも悖るものであったことが分かるだろう。

 アジア動乱の濫觴はいつの時代も中共が元凶である。1989年に起きた天安門事件にしろ、チベット、ウイグルなどで中共軍が行ってきた虐殺や弾圧は筆舌に尽くし難いが、天然ガス盗掘にしろ、尖閣諸島での挑発行為にしろ、沖縄併呑の策謀にしろ、日本人はこれらを余りにも軽く考えてはいないだろうか。

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2017年07月28日

「ここの出来事を記憶する朝鮮人は一人たりとも残してはいけない」

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 映画は好きで年間500本以上は観るだろうか。韓国映画も当然観るし、あの薄暗いおどろおどろしい演出は韓国映画の真骨頂とも言える。

「軍艦島」での強制連行を題材にしたフィクション映画が完成し、韓国内で評判になってるという。別にフィクション映画を観てストレス発散になれば結構な話だが、朝鮮人が強制連行され日本人に弾圧され続けた悲運の民族だったという噓が「反日」に利用されるのは如何なものか。

 YouTubeで予告編を観たが、ナレーションから「ここの全ての費用を朝鮮人の給料から差し引く」との日本語が流れ、「ここの出来事を記憶する朝鮮人は一人たりとも残してはいけない」とのセリフも流れる。

 日本軍による強制連行と必死に脱出を試みる朝鮮人労働者らを描いた感動作だが、全てが妄想と反日から出でる被害妄想が甚だしい駄作映画。

「これはフィクションです」との但し書きはなく、「植民地時代、多くの朝鮮人たちが強制徴用された軍艦島の隠された歴史をモチーフ」である、この映画が史実に基くものであるとして完結している。

 今迄にも南京事件を扱ったフィクション映画や、アンジェリーナジョリー制作の「アンブロークン」やニコラスケイジ主演の「ウインドトーカーズ」など、ナンチャッテ映画が上映されてるが、この映画も稀に見る妄想映画。

 万が一にも強制連行や或いは従軍慰安婦などが事実であったとして、目の前で同胞が連行されて行く中で何も抵抗せずに沈黙していたのか。

 韓国人にすれば日本人というのは極悪非道でなくてはならないのだろうが、それこそ情けないヘタレ民族だったということを認めている様なものではないか。

 韓国人らがいう「強制労働」とは、昭和13年の国家総動員法に基く「徴用例」を指しているが、戦中、日本本土では中高年、婦人、学生に至るまで工場他に動員され生産に従事した。

 日本人、朝鮮人、台湾人が一律に負っていた労務提供の国民的な義務であり、日本の統治によって多大な恩恵を受けていた朝鮮人も当時は日本国民であった以上、これに協力する義務があったことは言う迄もない。

 戦前(昭和14年)に日本内地に住んでいた朝鮮人は約100万人で、終戦直前(昭和20年)には約200万人となった。

 増加した100万人のうち、70万人は自分から進んで内地に職を求めてきた個別渡航者と、その間の出生によるものである。

 残りの30万人は大部分、工鉱業、土木事業の募集に応じて来たもので、戦時中の国民徴用令による徴用労務者は極少数である。

 国民徴用令は日本内地では昭和14年7月に実施されたが、朝鮮への適用は差し控え、昭和19年9月に初めて実施され、朝鮮人徴用労務者が奉仕した期間は翌年3月の下関-釜山間の運航が止るまでの僅か7ヶ月間だった。

 日本人も台湾人も朝鮮人も等しく戦時徴用されていたのであり、韓国人らの主張する「強制連行」とは「徴用令」への無理解と歴史の捏造である。

 軍艦島の僅か200メートル四方の居住エリアに5千人が暮らしており、当然、朝鮮人家族も同じ様な生活を営んでいた。

 映画は1945年、つまり終戦を迎える年の設定だが、朝鮮人への徴用は昭和19年9月から翌年3月の下関ー釜山間の運航が止るまでの僅か7ヶ月間で、どれだけの朝鮮人が強制連行され弾圧を受けたというのか。

 軍艦島では戦後も採掘が続けられるも、昭和49(1974)年に閉山する。住民は島を離れることを余儀なくされるが、戦後も長らく朝鮮半島出身者が家族で韓国人が言うこの「地獄島」で日本人と共に働いていた事をどう説明するのか。

 映画では「ここの出来事を記憶する朝鮮人は一人たりとも残してはいけない」と、然も軍艦島がナチスのアウシュビッツの如くに準えている。

 この島で働いていた朝鮮人は全員殺されたとでも言いたげだが、映画の内容とは全く違って、戦後も半島出身者は日本人と仲良く同じ島で働き続けていたということが何よりの証明だろう。

 映画は娯楽であるべきで、娯楽どころか怒りや悲しみしか生まないオナニー的フィクション映画を創って一体何になるというのだろう。韓国人の「反日」からの妄想癖や虚言症にはホトホト厭になる。

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2017年07月27日

徒然なるまゝにその日暮らしシリーズ。小人閑居して不善を成す(笑)

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 今月も後僅かになってきた。支援者は自業自得で減る一方。連絡が来たと思えばボランテイア的な困り事相談ばっかで実入りが無い。

 愚生の性格上、困り事や相談事を聞くと報酬なんぞより、その相手側の卑怯さや狡さが我慢出来ず自分事の様に感じてしまう。

 まあ、困ってるのは分かるが、専門家にタダで頼む神経が分からない。「タダより高い物はない」というが、タダというのは依頼する方も感謝する気持ちが薄れるのは確か。本当に困ってるのは愚生の方なのに(笑)

 ブログも四つやってるがやる気も失せている。政治批評のブログも毎日同じ様な事を綴っているが、タダで読めるからこれも感謝されることもなく、アップされるのが当たり前の様に感じてる節がある。

 身近な者や身近な人の意見というのは中々耳に入ることはない。「近くの坊さんえらくない」とか「遠きは花の香、近きは糞(クソ)の香」という喩えがあるが、それに近いのかも(笑)

 例えば、近所の神社仏閣というのは余りにも身近過ぎて有難く感じないもので、それと同じで身近な人からの意見や苦言は軽んじられる。だが、その軽んじられてる意見が正論だったり事実だったりするものだ。

 喩えるなら、キリストは愛を説いて十字架に架けられた。日蓮は道を説いて流罪に遭った。また政治家も偉いヤツほど殺されている。

 古来、真理を説き、道理を訴えた者は世の中に受け容れられることはなく、多くはバカかキチガイ扱いされた上に、罰せられるか殺されている。

 ガリレオ・ガリレイもそう。「天動説」が当り前だった時代に、地球が太陽の周りを廻ってるなどとは考えても見なかったのは当然のこと。

 結果、「地動説」を唱えたガリレオは世を誑かす者だとして宗教裁判にかけられた。これが当時の大勢であり正論だった訳だ。

 今も、当たり前だとか正論だと思っていることも、後の世には間違いや非常識とされる場合も無きにしも非ず。

 正しい事というのは、いつの世も後になって気付くもので、目先の事しか考えないそんな時代に、必死に「これが正しい」と吠えたところで理解してくれないのは当然のことでもある。

 分かり易くいえば、何しろ世の中にはバカの方が多いのだから、どうしてもそういう結果になってしまうのは自明の理でもある(笑)

 今の世の中、「あの人はいい人だ」とか「あのことは正しい」などというのは、古来に学べば大半は間違っていると思った方がいい(笑)

 大勢というのはいつの世も創られるもので、単に平均的意見に過ぎないのだ。「オレはいい人間だ」とか「善人だ」とは吹聴するヤツに限って、その裏では何をやってるか分かったものではない。

 そんな紳士面した地元の名士の裏の顔を暴いてるのが、拙ブログ「汚れた顔の紳士達」だが、政治批評の数倍の閲覧者はいるが、未だに支援者どころか会費さえも払わずタダ読み(笑)

 愚生の経験上、笑顔のいいヤツ、愛想のいいヤツというのは意外と性格が悪いのが多く、単に調子がいいだけに過ぎない。「笑うと目が無くなるヤツは信用するな!」という訓えは強ち間違いではない。

 作られた笑顔の裏の顔というのは実に醜いもので、自分を誤魔化そうとしているに過ぎず、逆にブスっと無表情のヤツの方が案外信頼出来るものだ。

 返事もそう。何でもかんでも「ハイ、分かりました」なんていうヤツは実は意外と聞いていない。話をしてる最中に、此方の目をじっと目を見ているヤツもダメだ。そういうのは相手側に悟られまいとしてるだけ。

 話を聞きながらも、時々目を伏せ、メモしたり、同意した内容があれば視線を上げ、目を合わせ相槌を打つ様な人物なら使い物になるだろう。 

 何事も、信用し過ぎず、違う角度から穿った見方をすることも必要なことでもある。何故なら、現在の常識や多くの意見というのは、マスコミや或いは戦後に創られた米国の価値観だったり。大事なのは、常に人を見抜く眼力を養うこと。

 愚生にしても、いつもいつも同じ様な薀蓄や能書きを綴ってると、有難みも薄れ、軽んじられてしまうのも当たり前といえば当たり前(笑)

 今月の収入は愚妻のパート代の半分にも満たない。右翼浪人と気取ってはいるが現実なんてこんなものだ。

 右翼の使命は、日本の純粋性を曇らすもの、つまりは「共産主義」であろうが「資本主義」であろうが「民主主義」であろうが、我が国の国柄や国體を損ねる主義、思想に断固として対峙して行かねばならなぬとの覚悟を以て生きて来たつもりだが、愈々、限界も近いか。

「小人閑居して不善を成す」とはよく言ったもので、如何にして自爆してやるか考える日々が続く。呵呵大笑。

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2017年07月25日

加計学園問題で責められるべきは獣医師会であり前川喜平だろう

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 別に愚生は安倍信者ではないが、加計学園問題の何処が問題なのか、新聞を読んでもチンプンカンプン。誰か分かり易く説明して貰えないだろうか?

「反安倍」在りきの野党やマスコミは、安倍と加計学園の理事長との仲を怪しげな関係と断定し、総理からの働きかけは絶対に在ったと譲らない。

 加計理事長とは安倍が議員になる前からの友人だというが、ならばもっと早く出来たのではとも思ってしまうし、今、何故に四国に獣医学部なのかを考えれば色々な問題が見えてくると思うのだが、どうも見え方が違う様だ(笑)

 この問題は、前川喜平前文部科学事務次官の公務員法違反とも取れる妄言から始まった。正に、慰安婦問題をでっち上げた吉田清治の虚言と同一。

 元山口県労務報国会下関支部動員部長の吉田清治が、昭和58(1983)年に書き上げた「私の戦争犯罪」​という本がその発端である。

 吉田は「済州島で9名の兵隊と共に約200名の​朝鮮人女性を強制連行して慰安婦にした」と記述し、済州島での当時の様​子を回想し描写した。

 その後の調査で直ぐにフィクションだったことが判明したが、​この本だけが独り歩きし始め、この本が韓国語に翻訳されると韓国の人々は激昂。

 そして平成4(1992)年、朝日新聞がこの本を取り上げ、根拠もない儘に日本軍や警察が「慰​安婦狩り」をやったと書き立てて韓国人の怒りを煽り、福島瑞穂ら名うての売国奴らがこれを支持し、支援した。

 この本に疑問を持った「済州新聞」の記者・許栄善は、現地を取材し「慰安婦狩りの話を裏付ける証​言者はいない。島民の名前もデタラメ」と一蹴しているし、韓国の郷土史家・金奉玉氏も現地調査を実施し次の様に述べた。

「昭和58年に日本語版が出てから、何年かの間、​追跡調査をした結果、事実でないことを発見した。この本は日本の​悪徳ぶりを示す軽薄な商魂の産物と思われる」(「ほんとうは、『​日韓併合』が韓国を救った!」松木国俊著WAC社)

 吉田も調査結果を突き付けられ、「創作だった」と事実を認めたが遅きに失した。日本発の嘘から始まり、韓国全土で「慰安婦​狩り」が独り歩きし、売文という私利私欲の所業が国家を​売ることになってしまったのだ。

 加計学園の問題を見てると、騒ぎ立てているのは朝日新聞や毎日新聞であり、反安倍勢力であり、そこには公平や公正さは無く、妄想と「忖度があって欲しい」「働きかけがあって欲しい」という淡い期待にしか感じない(笑)

 安倍が計画を把握した時期を「1月20日」と応えた事を「常識的に考えられない」と、疑惑が増したかの様な報道が成されているが、総理の仕事が多忙を極める中で文科省がやるべき仕事に一々気にしてはいられないだろう。

 事の問題は西日本、特に四国の公務員の獣医師不足は鳥インフルエンザや国際的な環境変化の流れの中で改善しなければならない問題であり、そういう意味では手を挙げてくれた加計学園には感謝することがあっても批判される謂れもない。

 批判されるべきは頑なに批判し反対してきた獣医師会であり、旧態依然の行政に与した前川喜平であり、朝日新聞を始めとするマスコミだろう。

 慰安婦問題とは、朝日新聞が吉田清治のウソを利用し国民や韓国側を扇動した結果、宮沢政権下での謝罪や河野談話が発表されることとなったが、これらの全てが朝日新聞の「虚偽」を信じて行われたものだ。

 慰安婦問題は国益を大きく損なったが、加計問題も朝日新聞が前川の嘘に便乗してあからさまな安倍叩きが行われているのを見ると、慰安婦問題の時と同じ轍を踏んでるとしか思えない。

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2017年07月24日

巨大な洗脳装置がマスコミであり、国民が愚民政策の体現者でもある

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 仙台市長選が行われ、大方の予想通り民進党と共産党が支援・支持する郡和子が当選した。この結果を受けて、新聞には「政権への影響は不可避」などとの見出しが躍るが、自民党も末期的なら民進党も同じ。

 自民党が組織票欲しさに公明党と連立を図っている様に、民進党も共産党との支援欲しさに連帯すれば追々共産党に併呑されてしまうだろう。

 国益なんぞ二の次で、党利党略からこうした選挙協力が続いていることが国民の不幸であり、マスコミの誘導に因って勝敗も決まるのならば選挙の意味もない。それが投票率の低下という形で顕れている。

 大多数の有権者は、マスコミの提供する偏った報道に毎日接することで意思行動を方向付けられる。声の大きい者や頻繁に接する物に、人は「正しいもの」「魅力のあるもの」として誘導される。

「テレビショッピング」がその好い例で、視聴者に都合の良い部分だけを繰り返し何度も見せて、タレントや有名人らに感想を聞いたり、実体験を語って貰ったりすることで、視聴者は大して欲しくないものをついつい勢いで買ってしまう。

 テレビショッピングは一種の洗脳番組だが、毎日の様にやれ「加計学園がどうたら」「安倍首相はこうたら」なそという報道が繰り返されれば、否が応でも反自民に靡くのは当然の成り行き。

 売国マスコミにとって執拗に報道するものが見せたいものであり誘導したいものであり、報道しないものが国民には知らせたくないものなのだ。

 巨大な洗脳装置がマスコミであり、くだらない芸能ニュースやお笑い番組などにどっぷり浸かっている人達こそが愚民政策の体現者でもある。

 我が国の政治が三流と言われる一因には進歩の無いマスコミの影響がある。というか、一因どころか元凶と言っても過言ではない。

 マスコミはオチョクリに乗っかって何でも腐す。そういう冷笑的な態度を執ることが真のジャーナリズムだと未だに錯覚している。

 マスコミやインチキジャーナリズムというのは国民の安直な正義感に利用し、自分達の主張こそが「正義であり、民主主義である」との主張を居丈高に振り翳し国民を誑かす。

 国民もまたマスコミの垂れ流す報道を疑いも無く信用し、利用されていることさえも分からずに幼稚で安っぽい主義主張に迎合する。

「大衆の多くは無知で愚かである」「熱狂する大衆のみが操縦可能である」と言ったのはアドルフ・ヒトラー。要は、簡単に言えば多くの有権者というのは熱し易くバカで利用し易いということだ(笑)

 こういう幼稚で始末の悪い大衆が現在の有権者であり、その一票一票を集めて当選してるのだからバカしか当選しない。

 今回仙台市長に当選した郡も「夫婦別姓」を支持してる無自覚左翼であり、民主党政権下、宮城県を訪れた松本龍復興大臣が村井知事に高圧的な発言をした際にも、「松本大臣は当たり前のことを指摘したまで」と松本に諂い「復興の妨げになるので、この問題を大きく取り上げるべきでない」として擁護した大バカ者だ。

 現在の選挙制度で当選した政治家にバカが多いのは当然の結果であり、そんな政治家に期待する方がバカという他はない(笑)

 政治家は大衆に媚び諂い、「国民目線、市民目線に立った政治を行う」と然も国民を慮った様な台詞を吐く。だが、民主主義の本質は国民目線に立つことではないし、大衆に迎合し平均的な国民を生み出すことではない。

「国民目線」とは国民の平均値のことを指すが、平均値で国の政を行うことは余りにも危険。何故なら、国民の判断力は古今東西常に低く、その意見も時代に流され、大衆に流され、実に幼稚で気紛れなものだからだ。

 民主党の政権交代にしろ、その圧倒的支持を得た民主党が失脚したのも、自民党の政権奪回にしても、安倍人気にしても、熱狂した国民の安っぽい風潮からホンのチョッとの間だけ支持されただけのこと。

 言い換えれば民衆の一時の気紛れの結果でしかなく、熱し易い国民は覚め易く、人気を博した安倍人気の凋落がそれを好く現している。

 売国マスコミが元凶の衆愚政治はこれからも続くだろう。そして行き着く処まで行かなけりゃ国民が目覚めることも無い。

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2017年07月23日

自衛隊の日報隠蔽より、原発事故でSPEEDIの数値を隠蔽した事の方が遥かに悪質

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 稲田朋美防衛大臣が、南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報問題で窮地に追い込まれている。この問題の本質は南スーダンで一体何が起こっていたかということであり、日報の隠蔽云々で騒いでるのは本末転倒。

 今年2月、衆院予算委員会で、自衛隊の南スーダンでのPKOを巡り、民進党議員が、廃棄したとされる陸上自衛隊部隊の日報が見つかった問題を取り上げ、「政府軍と反政府勢力の大規模な衝突が起き、戦車も繰り出され死傷者数百人が出た。戦闘が生起した」という記述について政府の認識を質した。

 この質問に対し稲田大臣は「一般的な用語では戦闘だが、法的な意味では戦闘ではなく武力衝突」と説明し、「憲法9条上の問題になるので『戦闘』ではなく『武力衝突』という言葉を使っている」との表現で事を濁そうとしたことで屋上屋を架す事態に陥った。

 実に平和ボケを象徴する様な質疑応答だが、こうした不毛の議論というのは平和を創出する為に命懸けで行ってる自衛隊員に対する冒涜であり、平和維持活動と雖も戦闘は起こるし、結果的に殺し合うことにもなる訳で、いい加減、机上論でのキレイゴトは止めるべきだ。

 過去にはPKO活動で亡くなられた日本人もいるし、「武力衝突」だろうが「戦闘行為」だろうが、そんな言葉遊びに意味はなく、日報の隠蔽がどうたらこうたらと、党利党略の議論にはうんざり。

 軍隊や軍人へ敬意を払うことは世界の常識なのだが、日頃自衛隊を否定しながら如何にも自衛隊を慮ってるかの様に振る舞うクソ野党と口ばっかりのインチキ保守。自衛隊に感謝や敬意どころか互いにクソ憲法を優先し、くだらない国民不在の政争を繰り返し、それに便乗する売国マスコミ。

 隠蔽が大問題というなら、こんなPKOの日報よりも、東日本大震災に因り東京電力福島第一原子力発電所が損壊するという危機の中で、民主党政権下でSPEEDIの数値を隠蔽した事の方が遥かに悪質だろう。

 本来であれば、SPEEDIの数値を参考に避難指示や避難命令を出すべきところ、科学的データを無視して「原発周辺20キロ圏内」避難命令を出した。

 この根拠のない数値に基く避難命令で、動かしてはいけない双葉病院に入院中だった44名の重篤な患者を強制的に移動させ死亡させた。

 放射線の数値が少ない地域の強制的な避難指示に因って町を崩壊させたのも、未だに帰還困難者が居るのも、当時の災害対策本部長の菅直人が元凶であり、SPEEDIの数値の公表が遅れたのは、この「原発周辺20キロ圏内」という根拠の無い避難指示を正当化する為に隠蔽を謀ったからだ。

 マスコミは自衛隊の日報隠蔽を論うが、原発事故での菅政権の行った「原発周辺20キロ圏内」という根拠の無い避難指示とSPEEDIの数値の隠蔽を糾弾したかというと、売国マスコミは拱手傍観を極め込んだ。

 福島の復興は愚か復旧をも阻害してるのは、菅政権の不作為が元凶である。自衛隊の日報隠蔽なんぞ、菅直人のやった事に比べれば屁の様なもの。稲田ももっと堂々とすりゃ好いものをキョドッてるから足元を見られ、クソ野党に付け入れられるのだ。まあ、与党も野党も末期症状だからどうでも好いか。呵呵大笑。

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2017年07月20日

政治家へのテロを容認すれば少しは真面目にやるかもよ(笑)

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 上西小百合衆院議員が殺人予告で警察に相談という記事を見た。こんなのがニュースになるのだからホント平和そのもの。みんな死ねば好いのに(苦笑)

 何やら、浦和レッズとドイツのドルトムントとのサッカー親善試合が行われた試合後、上西小百合がTwitterで吠えた。

「浦和酷い負け方。親善試合は遊びなのか」「サッカーの応援してるだけのくせに何かやった気になってるのムカつく。他人に自分の人生乗っけてんじゃねえよ」などと投稿し、ネットは大炎上。

 上西議員のTwitterには脅しや殺害予告までが届き、上西は警察に被害の相談。釣りでツイートしときながら、釣られたサポーターによって炎上したら警察に相談ってのはホント嗤える。

 政治家の発言や一挙手一投足は国民に注目されるのは当然の事で、煽ったツイートをすれば過激な応えが来るのは当たり前で、それを承知で面白がってやってたんじゃないんかいな。

 上西は浦和レッズに面会を申し入れし「(サポーターと)会って話がしたい」とのことらしいが、要はこれが目的か。騒動を利用してサッカーファンの票欲しさの話題作りとしか思えない。

 政治家とは国民の模範となるべき立場であり、どんな些細な発言や行動にも責任を持つべきで、その発言や行動が国民の怒りに触れ天誅となったなら、それはそれで諒とすべきだ。

 三島由紀夫は嘗て政治家の怠慢を比喩的にこう表現した。

「喩えば暗殺が全然なかったら、政治家はどんなに不真面目になるか、殺される心配がなかったら、いくらでも嘘がつける」

 我が国の政治家が無責任になった大きな要因には「テロ」がある。どんな事をしようが、暗殺されるという恐怖が無いから売国奴が増殖するのだ。

 国益を忘却し、党利党略、私利私欲に狂奔する政治家に「天誅」とは言わないまでも、一発、ポカン!と食らわしたいと思ってる市井の戸は少なくないではなかろうか。

 だが現実には、国会議員の要人に対する警備は過剰で、テロは疎か野次さえもロクロク飛ばせない状況だ。

 こうした過剰警備が、政治家が真剣に政治をやらなくなった原因であると断じても過言ではない。

 政治家の警備に当たるSPは、その昔、大日本愛国党の書記長だった筆保泰禎が、佐藤栄作元総理の葬儀告別式の際に葬儀委員長の三木総理を殴打した事件をきっかけに創設されたものだ。

 あわや浅沼稲次郎暗殺を彷彿させたが、筆保書記長は取り調べで「容共的な三木に猛省を促すのが目的だった」と述べている。

 以前、筆保書記長に、この事件の逸話を聞いたことがある。

 筆保書記長が三木を殴打した際に、三木が発した言葉は「犯人はコイツだ」と言ったそうだ。そんなことはテレビ中継もされてたし、誰もが分かることだ(笑)

 昔の政治家ならば、「話せば分かる」とか、「男子の本懐」ってなことになるのだろうが、三木の小物ぶりを示すものだろう。

 筆保書記長は、「右翼も確かに小さくなったが、政治家はもっと小者になった」と自嘲気味に語っていたのを思い出す(笑)

 こうした小者の政治家を物々しく警備をするから、政治家は、然も自分が大物にでもなったと勘違いしてしまうのだ。

 国益を重んじて政治を真剣にやらなければ暗殺されるという恐怖が無くなってしまったことが、政治家の堕落と怠慢を生んだ。

 一般人を巻き込んだテロに大義はないが、国益無視で党利党略や私利私欲に奔る政治屋へのテロを容認すれば少しは真面目に働くかもよ。呵呵大笑。

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2017年07月19日

横綱・白鵬の勝ちに拘る相撲を観ながら大相撲を憂う

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 大相撲名古屋場所で横綱白鵬が、千代の富士の持つ通算1045勝に並び、魁皇の通算記録を今場所中に破ることは確実となった。

 日本人横綱不在の中で、外国人力士、特にモンゴル人力士の活躍は大相撲人気を支え、中でも白鵬は日本人以上に日本人らしく振る舞っていたのも事実だろう。

 日本人女性と結婚し、子供を日本人として育てている立派な日本人だと思うが、未だ白鵬を外人とする風潮は止むことはない。

 白鵬自身も「平成の大横綱」として、千代の富士や二代目貴乃花らの様に一代年寄りを与えられる資格はありながら、国籍に拘り、「モンゴルの国籍の儘でも一代年寄りを貰えないのは可笑しい」と言って憚らない。

 この発言は、我が国の歴史や伝統を軽視するもので、その言い分は身勝手なものと断じざるを得ず、白鵬を庇い続けて来た愚生でも違和感を覚える。

 最近の白鵬は相撲に拘りは無く、勝ちに拘り、醜い相撲が目立つ。大関・横綱と伸上がって来た頃の様な堂々とした相撲ではない。

 最近は「張り差し」と変化ばかり。張り差しとは、張り手をして自分の形に組む立会いで、白鵬は張り手から「かち上げ」、そしてまわしを掴んでというパターンか、立ち合いの変化から勝負に持ち込むパターン。

「張り手」というのは下位力士は番付上位の相手にはやらない。況してや横綱となれば失礼になるのでやらないことが暗黙の了解。

 横綱にしてみれば相手は下位の力士であり、「張り差し」をするのは当たり前かも知らないが、自分だけしかできない技を、下位力士にすることは狡いし、卑怯だし、観ていて実に醜い。

 横綱は相手が同じ横綱同士以外は「張り差し」はやらないのが相撲界の仕来りであり慣例だったが、白鵬の「張り差し」は下位相手、上り調子の若手や初顔合わせとなると必ずと言っていいほどやってくる。

 白鵬の相撲は今や横綱として正々堂々とした相撲では無い。単に勝利数を重ねることで相撲界の慣例を打破し、国籍無視の一代年寄りを享けようと謀っているのではと思うのはちょっと穿ち過ぎか。

 大相撲は、明治維新で「断髪令」が発せられても丁髷の伝統を貫き、国技を自任し、戦後もずっと表彰式で国歌「君が代」を斉唱し、天皇賜杯を戴く保守の牙城とも言うべき存在である。

 この大相撲を目の仇にし、歴史・伝統・文化を否定する左翼勢力が、「賭博」やら「八百長」やらを執拗に煽り立て、糾弾したことは記憶に新しい。

 恐らくは、こうした大相撲を目の敵にする勢力から、「通算勝利記録と歴代一位の優勝回数を誇る一代年寄りを白鵬に与えないのは、日本人差別社会の現象である」とのキャンペーンが張られ、長年守って来た大相撲の伝統と慣例が破られることになるのではあるまいか。

「蟻の穴から堤も崩れる」ではないが、大相撲ファンの一人として、白鵬の勝ち星に拘る卑しい相撲を観ながら、その裏では大相撲の存続にも影響しかねない怪しい何かが蠢いている気がしてならない。杞憂なら好いのだが。

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2017年07月18日

石破茂の安倍批判は小池百合子との連帯への布石か(笑)

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 石破茂の安倍批判が止まない。石破の発言を持ち上げてるのは、朝日新聞を始めとする反安倍のマスコミばかりというのも何かを況や。

 回り諄い物言いで尤もらしく語ってはいるが、安倍憎しからの僻みにしか聞こえないし、反安倍、反自民に利用されてるのが分からないのか。

 まあ、ポスト安倍に成れない石破にしてみれば、自民党からの除名は願ったり叶ったり。各政党を渡り歩いた石破の前歴を鑑みれば、今や大ブームの小池百合子都知事との連帯への布石だろうか(笑)

 その昔「政治倫理の確立」を訴え、理路整然と憲法を語り、国防を論じる石破茂に衝撃を覚え、こうした国家観を持った政治家の出現を嬉しく思ったものだ。

 だが、その後、自民党を離党し「改革の会」に参加した辺りから鍍金が剥がれ始める。「新党みらい」「自由党」「自由改革連合」を経て「新進党」結成に参画したものの、結局は古巣の自民党に復党した。

 こうなったのも小沢との確執とも言われているが小沢と共通する部分も多く、支那に阿ることに於いては小沢を凌ぐのではなかろうか。

 石破は「国防」が得意分野ということで「タカ派」のイメージを持っている人が多いが、その実は戦後民主主義にどっぷり浸かった無自覚左翼というのが正しい。

 所謂「田母神論文」が問題にされた際には、田母神に対して異常ともいえる反論を行ったが、支那への批判は赦さず、中共に阿る姿は尋常ではない。

 第二次世界大戦は日本による「侵略戦争」と断じ、大東亜共栄圏が「侵略戦争遂行の為の詭弁でしかなかった」との認識を示しているのは周知の事実で、こんなのが何故に保守か。保守したいのは己の立場だろう。

「今迄に靖國神社には参拝したことがないし、これからも参拝するつもりはない」と公言し、内閣総理大臣の靖國神社参拝に反対を表明した。

 靖國神社の政治利用に異論はないが、石破の反対理由は詭弁であり、主張する「A級戦犯分祀」も実に胡散臭げでしかない。

 石破は「A級戦犯の分祀が実現すれば天皇陛下が御親拝出来る環境が整う」などと、畏れ多くも陛下を利用し詭弁を弄するが、我が国には「A級戦犯」「B・C級戦犯」「戦争犯罪人」という呼称はない。

 我が国が主権を恢復した昭和27年4月28日の講和条約が発効した翌年の第16国会の議決により、「戦傷病者戦没者遺族援護法」が改正され、それを以て法的に復権されているのだ。

 連合国側が定めた、A、B、C級の区分に関係なく、刑死・獄中死された方は「法務死」と称され、靖國神社では「昭和殉難者」として御祀りしている。

 石破が公然と「戦犯」と呼称していること自体が、政治家として国会決議を無視してる証左であり、イカサマ保守というのが正しい。

 今迄にも中曽根康弘や小沢一郎、前原誠司ら曲学阿世の大馬鹿者が、韓国や中共の内政干渉に屈し、A級戦犯と呼称した挙句、英霊を戦争犯罪人と断じ「分祀論」を提言して国民を撹乱しているが、こうした「分祀論」こそ、国を誤る最も危険な愚論でもあるのだ。

 こうした売国的主張が左翼ではなく、保守を標榜する議員から発せられること自体、実に悪質且つ危険なものと断じざるを得ず、石破が偉そうに安倍を批判しようがポスト安倍に成り得ることは無いだろう。

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2017年07月17日

「二重国籍を明らかにしろ」とはレイシストや差別主義者の言い分らしい

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 本日は「海の日」。「国民が海の恩恵に感謝し、海洋国家の繁栄を祝う日」とされ、ハッピーマンデーの祝日の一つでもある。だが本来の「海の日」の意味は、その「海の恩恵に感謝する」という趣旨とは全く違うものだ。

 戊辰戦争で「朝敵」「逆賊」に仕立てられた会津藩は、不毛の領地「斗南藩」に移されることで終結する。開拓は艱難辛苦を極めたが、その開拓がその後の津軽、青森の発展に寄与したことは言うまでもない。  

 会津藩に限らず戊辰戦争で幕府に恩義を感じ、抗戦し、敗れた多くの東日本の雄藩は、新政府に参政することなく辛苦の日々を送っていた。

「賊軍」の汚名を着せられた多くの人々は、新政府に対して言いたいことは山ほどあっただろう。だが彼らは臥薪嘗胆、耐えることで國全体が保たれるのならばと己の悲運を甘受し、その抗し難い天命を潔しとした。

 明治9年、東北・北海道へ約50日間に及ぶ巡幸に臨まれた明治天皇が、「明治丸」で横浜に帰港された日が7月20日である。

 この20日以外の「海の日」に何の意味が在るというのか。この巡幸の目的が戊辰戦争に敗れて以降、艱難辛苦の日々を送っていた人々を明治天皇が慰撫し、激励する為に他ならない。

 出発は6月2日、馬車で福島から仙台、岩手、青森と北上、次いで明治丸で津軽海峡を渡り、函館を経て三陸沖を海路戻るというコースを辿っている。この間、東北の人々は巡幸の先々で奉迎した。

 明治天皇も各地で開墾や産業の振興に尽くした功労者を労らわれている。愚生の住む郡山(安積)では、荒野を拓いて出来たばかりの桑野村まで分け入り、開拓者の苦労話に耳を傾けられ、金五万円を下賜された。

 弘前に在る「東奥義塾」では外国人教師による英語教育が行われていて、生徒10名が英語を披露。天皇はその進取の気象に感心され、ウェブスター辞書を買う代金にと一人につき金五円を下賜された。

 また或る地方では、小学生が献上してくれた蛍一籠を嘉納され、岩手では太布半纏(ふとのばんてん)と呼ばれる農民の仕事着をお買い上げ遊ばされている。

 どの逸話も明治天皇の慈愛に満ちたもので、天皇と国民は正に君民一体、東北の人々との間に親しく絆を結ぼうと努める明治天皇の面影が偲ばれる。

 この東北・北海道の巡幸を以て、逆賊も朝敵もなく、一切の蟠りも無くなったのだ。「海の日」は20日だからこそ意味がある。

 閑話休題、今日の地元紙の一面トップには「内閣支持率 最低35.8%」「続落 不支持率53.1%と逆転」との共同通信社による世論調査の記事が躍る。

 二年前、安保関連法案がマスコミや野党により「戦争法案」などと煽られた結果、内閣支持率が37.7%、不支持率は51.6%となり、「安倍政権発足から初めて支持と不支持が逆転」との仰々しい記事が躍ったのを思い出す。

 安倍内閣の支持率が発足以来最低の数字を叩き出したのは、連日垂れ流された加計学園問題などの作為的なマスコミ報道による結果である。

 加計学園問題は、マスコミは前川喜平・前文部科学事務次官の言い分ばかりを垂れ流し、国民世論を誘導した。

 だが、先日の国会での参考人招致を見ても、加戸守行愛媛県前知事の発言こそ正論であり、行政が歪められたのではなく、行政が糺されたというのが正しく、その経緯と真実を知れば安倍への批判も沈静化されるだろう。

 内閣支持率というのは大した意味はないが、マスコミや野党が騒いでる割には冷静に見ている国民が多いということは、ある意味、日本人のバランス感覚の好さを示している数字でもある。

 中でも嗤えるのは政党支持率で、自民党が下がるのは分かるが、民進党の支持率も下がっているのは、安倍内閣より危機的状況だろう(笑)

 これをしても日本での二大政党制というのは不可能であり、国民性にも合致しない事が窺える。小選挙区制なんぞ止めてしまえ。

 民進党が国民の支持を得られないのは、旧社会党よりも酷い政府与党への批判のみで、対案を示さない事に尽きるが、蓮舫代表の表情も余裕もなく、般若の様な人相は見ていてもどこか痛々しい。

 民進党の不支持の一因には蓮舫代表の二重国籍問題があるが、蓮舫はこれについて「戸籍は個人のプライバシーに属するものであり、積極的に、或いは排外主義者・差別主義者の方達に言われて公開することは、絶対にあってはならない」と述べた。

 蓮舫に言わせれば「二重国籍を明らかにしろ」とはレイシストや差別主義者の言い分らしいが、こういう横柄且つ傲岸不遜な態度が嫌われるのだ。

 同じく「二重国籍」問題が騒がれた自民党の小野田紀美参院議員がこの問題を「国籍法14条の義務である日本国籍の選択を行ったかどうかは戸籍謄本にしか記載されません」とし、分かり易くこう述べている。

「公職選挙法及び国籍法に違反しているかどうか、犯罪を犯しているかどうかの話をしています。日本人かそうでないかの話ではない。合法か違法かの話です」

 蓮舫が小野田議員の様に戸籍謄本を開示しない限り、公職選挙法及び国籍法違反という疑いが消えることはない。

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2017年07月16日

「死刑」は他人を犠牲にした犯罪への相当の審判であり「死刑制度」とは死刑囚への大慈悲である

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 平成3(1991)年、兵庫県姫路市と京都市でスナックの女性経営者四人を殺害したとして死刑判決を受けた警察庁指定119号事件の西川正勝と、平成23(2011)年に岡山市で元同僚の女性を殺害した住田紘一の死刑が執行された。

 西川正勝に及んでは命惜しさから再審請求が成されているが、再審請求中の執行は異例。だが、明らかな誤審ならいざ知らず、執行逃れの延命の為の再審請求は身勝手な姑息な行為と言わざるを得ない。

 御決りの人権団体はこの再審請求中の執行に一斉に反発し批判してるが、人権団体を自任するならこんな身勝手な死刑囚なんぞより、一昨日亡くなった劉暁波の中共政府に因る弾圧に対しても批判したら如何か。

 新聞には、ここ十年の法務大臣と死刑執行の数が載っている。十年で18人という大臣というのも嗤えるが、民主党政権下の柳田稔、仙谷由人、江田五月、平岡秀夫、田中慶秋(殆ど任期は無かったが)、滝実、安倍政権下では松島みどりの執行人数は0。これを職務怠慢と言わずして何という。

 刑事訴訟法では、死刑確定から六ヵ月以内の執行を定めており、何れも六ヶ月以内に検察庁が法務大臣に「死刑執行上申書」を提出し、規定通り押印し、法相の命令から5日以内に執行されなければならない。と定められている。

 法務大臣の心情なんぞ関係なし、法務大臣の任を享けたのならば覚悟を以て大臣としての職務を遂行するべきで、それも出来ないのなら法務大臣の就任は拒否するべきで、大臣なら頂いておこうとという気持ちが卑しい。

 我が国の死刑制度は「仇討ち禁止令」や「決闘禁止」に代わるものとして明治6年(1873)2月、司法卿・江藤新平が「復讐禁止令(仇討ち禁止令。太政官布告第37号)」を発令した。

 幕末から維新期の派閥、政論の対立による暗殺とその報復という面があったところから、この種の紛争を断ち切る為のが目的だった。明治22年には「決闘罪ニ関スル法令」も発布され、敵討ちや復讐は禁じられた。

 主君や親兄弟などを殺した者を討ち取って恨みを晴らすことは、日本人の美意識の顕れともいえる。江戸時代には武士階級の慣習として公認され「敵討ち」と認められれば罪に問われなかったばかりか、それは美化され大衆の支持を得た。

 現代でも「死刑制度」を容認する国民が80%以上もいるのは、国が遺族に代わって遺恨を晴らして欲しいという気持ちの顕れに他ならない。

 死刑廃止論者は、その理由を「国際人権基準」がどうのだとか「非人道的」とか「生きる権利の侵害」だとか「死刑囚の資料を精査する十分な時間があったとは思えない」とか、被害者側に立った意見は殆ど聞かない。

 死刑廃止は今や世界の大勢で日本もそうすべきという意見は少なくない。いつも思うことだが、この「世界では」とか「どこそこでは」という屁理屈は、実にいい加減で胡散臭げなものが多い。

 死刑廃止の理由として挙げられる理由は「法により国が人を殺す事は罪悪で人道に反する」「死刑には期待する程犯罪防止効果は無い」「冤罪の場合に取り返しが付かない」とか、「人間は善を行うべき道徳的本性を先天的に具有しているのだ」という性善説など様々だ。

「冤罪」というのは、袴田事件を見るまでもなく確かに有り得なくはないが、それは警察捜査の傲慢さと科学捜査の正確さが乏しい時代のものが殆どで、そういう疑いのある事件は再審対象にすればいいだけの話し。

「人道に反する」とは、「人を裁けるのは神のみだ」というキリスト教的欧州思考に冒されているもので、そんなものに与する方が間違いだ。

 左翼人士や自称・人権派弁護士などにも、こうした主張をする人を見かけるが、日頃、反米を唱えながら、また無神論者でありながら都合の好い部分は米国でもキリスト教でも利用しようというのはホント逞しい(笑)

 残虐な犯行をした者が、死刑廃止で国法により生命を保証されるというのも如何なものか。況してや再審請求を利用して執行停止を謀るなど笑止千万。「生」に拘るより、「死」を以て償うべきだと思うのは愚生だけではあるまい。

 抑抑、前述した通り、我が国の死刑制度は被害者遺族に代わり国が仇討ちする意味合いがある。仇討ちを合法化するなら兎も角、終身刑を導入したところで被害者の感情は薄れることは無いし、犯罪が減るとも思えない。

「社会は肉体の安全を保障するが、魂の安全は保証しない」と言ったのは三島由紀夫。大事にしなければならないものは肉体より魂、精神性である。

 死生観の違いといえばそれまでだが、残虐な犯行をした者が、死刑廃止で国法により生命を保証され、のうのうと生きてるというのも如何なものか。

「死刑」は他人を犠牲にした犯罪への相当の審判であり、無駄に生き長らえて来た人生にピリオドを打つ為の優しさでもあり、「死刑制度」とは死刑囚への大慈悲である。私感を抜きに法律に基いて粛々と執行すべし。 

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2017年07月15日

死んでも尚、光彩を放ち続けることだろう。合掌

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 中共政府の一党独裁の廃止こそ人民を救うという信念で活動を続けていた、ノーベル平和賞受賞者でもある劉暁波が幽冥境を異にした。

 中共政府からの弾圧と制裁を受けながらも、共産党一党独裁の廃止こそ人民を救うという信念の基に民主化運動に取り組んできた姿勢と信念、勇気と良心は賞賛且つ尊敬に値する。活動家とは斯く在りたいものだ。

 1989年6月4日の天安門事件で民主化運動の扇動者として「反革命宣伝扇動罪」で逮捕・投獄された。

 他の民主活動家が病気治療の名目で国外に移住した中で、劉暁波は国内に留まり刑期を満了。しかし、2008年12月、共産党の一党独裁体制廃止を明記した「0八憲章」を起草・公表した為に更に11年の刑に服することとなった。

 刑期中病気が悪化。我が国の人権団体が沈黙する中で、欧米各国や全世界の人権団体は中共政府に釈放を求めるも拒否。今年五月に末期癌と診断され病院に移送されたが当局の監視は続いていた。

 服役中の2010年12月、基本的人権確立の為に非暴力で中共政府と闘争して来たことが評価されノーベル平和賞を受賞した。

 支那人初のノーベル賞受賞者が獄中の活動家というのが如何にも中共らしいが、中共政府の圧政に呻吟している人民や近隣諸国にとっても。劉暁波のノーベル賞は快哉であった。

 中共での平和賞の受賞は、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世が1989年に受賞して以来二人目。

 度重なる中共政府の圧力や抗議に屈せず、劉暁波に平和賞を授与し圧政と人権侵害に警鐘を鳴らしたノーベル賞委員会もまた称賛に値する。

 それに比べて、民主活動家のノーベル平和賞受賞により中共政府の人権侵害が浮き彫りになる中で、中共に阿る我が国は拱手傍観を続けたことは情けないというより、恥かしい。

 我が国に先の大戦の責任が在るとすれば大東亜戦争に敗北し、共産主義の跋扈と中共の驕逸を許した事だろう。その償いは共産主義を撲滅すこと以外にはなく、正しく劉暁波が起草した「0八憲章」の実行は我が国の国益にも適うものだ。

 中共が共産主義を捨て去った時こそ自由と平和、民主主義を齎し、我が国を始めとした国々と真の友好関係が築き上げられる。

 だが、未だ共産主義を最高原理として崇め、神や仏という共産主義を超える最高の存在を許さず、信仰の自由も集会、結社、出版、言論、表現の自由という基本的人権が無い国との友好など単なる妄想に過ぎない。

 満州、内蒙古、チベット、新疆の異民族を虐殺し土地を奪い、共産主義と漢民族化を強制し、清朝時代の最大版図を「歴史的領土」と主張する中国共産党こそ、今世紀最大の「帝国主義国」である事を忘れてはならない。

 中共には劉暁波以外にも隠れた英雄達が中共の圧政で呻吟している人民を救う為に命懸けで戦っている。

 中共には「愛国無罪」というものがあるが、劉暁波らこそ真の愛国者であり、死んでも尚、光彩を放ち続けることだろう。合掌

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2017年07月14日

安倍が自民党を劣化させたのではなく、自民党が劣化していることに気付いていない

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 文芸春秋の「安倍が自民党を劣化させた」との記事が目に留まり読んでみた。誰が言ってるのか、自称か分からんが「ミスター自民党」らしい村上誠一郎。諫言というからには、大所高所から俯瞰した苦言が呈されてるのかと思いきや、所詮は目先の加計学園問題や安倍の一挙手一投足に対する批判。

 都議会戦最終日、秋葉原には反自民党勢力や左翼らが結集して「反安倍」を叫び、安倍自民党を罵る。これに対し安倍は「こういう人達には負ける訳には行かないんです」と訴えるも、マスコミは妨害に来た勢力に与し安倍を批判する。

 反対勢力の妨害に乗っかった安倍も確かに軽いが、演説というのは同調者の拍手より、反対派からのヤジというのは有難いもので、それだけ相手に響いているということでもあるのだ。まあ、安倍も余裕が無くなったのは確か。

 愚生も新橋で、幕末から明治近代史や大東亜戦争に至った経緯などを演説してると、よく朝鮮人らしき人に「この噓吐き」とヤジられたものだが、ヤジが出ない仲間内だけの演説なんぞやらない方が好い(笑)

 要は「安倍が自民党を劣化させた」のではなく、自民党が劣化していることさえもに気付いていなかっただけのこと。何が「ミスター自民党」か。所詮は自民党の陋習であり、仰々しく「ミスター自民党」を自任するならこういう旧態依然の批判ではなく、自民党がやるべき大義を国民に示すべきだろう。

 我が国の政治の不幸は、自民党以外の保守政党を選べないことに尽きるが、その自民党が保守政党と言えるのかといえばそれも疑問で、唯、保守票欲しさに保守のカタチを取り繕っているだけに過ぎない。

 選挙制度にも問題がある。小沢一郎が謀った二大政党へ向けての小選挙区制という二者択一は、中庸を重んずる国民性からも向いてはおらず、早々に中選挙区制や一県全土での大選挙区制を導入すべきではあるまいか。

 自民党か民進党かと問われるが、どちらも支持してなければ棄権するしかない。だが、昔の中選挙区や、大選挙区、つまり全県で例えば10人となれば弱小政党にもチャンスは巡って来るし、有権者の選択肢も増える。

 何れにしても自民党のこの世の春の終焉は近いが、それより民進党が崩壊する方が早いだろう。そして自民党VS国民ファーストの構図が形成され、同じ様な衆愚政治と大衆迎合主義が繰り返されて行く。

 自民党綱領には、自主憲法制定は取り除かれ「新憲法の制定」を謳い、そして「高い志をもった日本人を」として次の様に明記されている。

【私たちは国民一人ひとりが人間としての普遍的規範を身につけ、社会の基本となる家族の絆を大切に、国を愛し地域を愛し、共に支え合うという強い自覚が共有できるよう努めます。・・・教育に対して惜しみなく資源を配分し、日本人に生まれたことに誇りがもてる国際感覚豊かな志高い日本人を育む教育をめざします】

 実にいい内容だが、何一つ実行していないではないか。

「教育に惜しみない資源を配分し」とは、高校教育の無償化や給食費の無料化だとすれば本末転倒。教育の中身を論ずることなく教育を語る勿れ。

 アベノミクスなその財政再建や社会保障も大事だが、経済至上主義ではなく、日本国民としての普遍的規範を身に付け、家族、仲間との絆を深め、共に支え合って地域と国家に尽くす日本人を如何にして育むことこそ大事なことだ。

 男女共同参画社会、ジェンダーフリー、人権擁護法案、協働・共生社会、外国人参政権、外国人住民基本法案、極め付けは女性天皇容認論と女性宮家の創設など次から次へと策謀を重ねている。

 こうした行政側への共産主義の介入を奨めたのは悲しい哉、共産党ではなく、保守を自任する自民党だったというのは実に御粗末という他はない。

 自民党の「立党宣言」にはこう明記されてるのを知っているか。

【社会的欠陥を是正することに勇敢であらねばならない。われらは暴力と破壊、革命と独裁を政治手段とするすべての勢力又は思想をあくまで排撃し祖国再建の大業に邁進せんとするものである】

 自民党が保守政党を自任するならば今こそ立党精神に立ち返り、過去の容共的愚策の実行という過ちを糺すと共に、共産主義を行政権と連結せしめようとするあらゆる企画、あらゆる行動とすべからく対峙すれば自ずと支持率も恢復するだろうし、日本再生もそこの成否に懸かって来る。

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2017年07月12日

従軍慰安婦をユネスコ世界記憶遺産へ登録申請し慰安婦博物館建設へ

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 韓国の鄭鉉栢女性家族部長官は、旧日本軍の慰安婦被害者が共同生活を送る施設「ナヌムの家」(京畿道広州市)を訪れ、被害者と面談し、ソウル市内に慰安婦博物館を建てる方針を表明した。

 博物館建設より先立って、慰安婦関連資料の国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界記憶遺産への登録推進を謀ることも明らかにした。

 余程のバカじゃない限り、朝鮮人が主張している様な「何十万人という朝鮮の乙女が強制連行され慰安婦にされた」などとの虚言を信じている人はいない。

 嘘も吐き続けると真実になるとはよく言ったもので、これらの虚言に何ら反論もせず、揚句に同調する日本人がいることに開いた口が塞がらない。

 鄭長官は「戦争が齎した人権侵害について記憶し、注意を喚起するメッカの役割を果たすことが出来る」と述べ、「慰安婦問題は最早、韓日間の問題ではなく国際的問題だ」と悦に入る。

 ならば、国際的問題である「ライダイハン」に向き合ったら如何か。ベトナム国民は、韓国軍の蛮行を決して忘れはしないし赦すことはない。

 統一後のベトナムでは、ライダイハンは「敵国の子」とされ迫害の対象となった。1987年に米国政府は戦争責任からか混血児とその家族の移住を受け入れ始めたが、韓国側は今迄に一度たりとも謝罪もせずに沈黙を続けている。

 慰安婦問題で我が国政府が公式・非公式に謝罪し、しなくてもいい補償までしているのとは対照的で、我が国を見倣って、韓国もベトナムに謝罪と賠償を行ってみては如何か。ってか、そんな度量もないか(苦笑)

 韓国人は、安っぽい「反日」から、然も愛国者気取りで日本に憎悪を剥き出しにする。だが、国家の過ちを批判し糺すのが愛国者であって、国際法を無視してまで反日に奔る韓国には真の愛国者や憂国の士はいない。

 尤も、我が国にも「反韓」「反中」を叫んで「親安倍」を標榜してる自称・愛国者らがうじゃうじゃいるが、そう考えればどっこいどっこいか(笑)

 自国の過ちを我が国に責任転嫁することは容易いが、他所の国を批判する前に、自国の歴史を冷静に公平・公正な目で学ぶべきだろう。

 韓国の歴史認識は「反日」から発したものばかりだが、米国の占領政策によって自虐史観を植え付けられた我が国の戦後民主主義者や珍左翼と同じで、未だ洗脳から目覚めることはないというのも気の毒とも言える。

 韓国は憲法前文で「大韓民国は3.1運動により建てられた大韓民国臨時政府の法統を受け継ぐ」と規定している。だが「大韓民国臨時政府」は国際的にも認められておらず、サンフランシスコ講和条約への署名も認められなかった。

 国際的な常識を無視し、「独立を我々の手で勝ち取った」という神話を捏造してしまったところが韓国の悲劇と言えるが、そうしたウソを認識し、改めない限り、世界からも取り残されて行くだろう。

 今回の慰安婦博物館にしても記憶遺産への登録にしても、国際的な約束を反古にし「やられたくなければ要求を呑め!」との言い分だが、単なる強請りタカり。こうした牽強付会の説がいつまでも通用するものではない。

 慰安婦問題に於いて韓国人を付け上がらせたのは、我が国の歴代政権の弱腰外交と甘やかしであることは言うを俟たない。

 歴代の日本政府が譲歩して来た結果が、更なる不当な要求を生んでいるのだが、強請り、タカり、恩知らずの韓国というのは、文化の違いというより、人品の違いという一言に尽きる。

 人品に悖る韓国人には言葉足らずの日本的美風は通じない。500年も前の豊臣秀吉の朝鮮征伐をも責める韓国には、論拠を示し、毅然と対応するべきだが、一番効果的なのは己が気が付くまで無視してるのが好い。

 因みに無視することを「シカト」と言うが、これは花札の十月の札の絵柄の鹿が横を向いていることから、鹿(シカ)の十(トオ)からそう呼ばれるが、対韓外交はやはりシカトが好い。呵呵大笑。

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2017年07月11日

爆発五郎、渓流釣りとラーメンで英気を養う(笑)

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 日曜日は幼馴染で釣りの師匠でもある(今は愚生の方が上手いが:笑)哲ちゃんと三年の禁漁が明けた飯豊山系の新潟県実川に出没して来た。

 午前三時前に自宅に迎えに来て貰いイザ出発。片道約二時間半の道のりを、まだ薄暗い中、満月を追いつ追われつ現場に向かう。

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 現場に着いた頃はもう明るくなっている。身支度を整えていつものポイントに下りる。大きな石が流されてて流れが以前の景観とはビミョーに変わっている。

 哲ちゃんは奥の岩場に、愚生は下の岩場で竿を出す。直ぐに愚生に当たりが。慎重に手繰り寄せ一匹目ゲット。27センチの綺麗なイワナ。取り敢えず魚籠に入れとく。続いて20センチ。二匹ともリリース。

 結局、ここでは哲ちゃんにヒットなし。上流には車数台が入ってるので下流のポイントに移動。30メートル程の崖を慎重に下りる。

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 イザ実釣。釣れるわ釣れるわ、20センチ程の小さいのが3匹程続いた次に28センチを釣り上げる。リリースしようと思ったら哲ちゃんが「欲しい」というので譲る。結局、このポイントでは7匹と戯れた。

 哲ちゃんの魚籠を覗くと25センチ程のイワナ2匹と、20センチ程のイワナ2匹。リリースしなさいっての(笑)

 次のポイントに移動しようと下りた崖を攀じ登る。体力に乏しい愚生にはこれがしんどい。息は上り、心臓がバコバコ言ってる中でどうにか這いずり上がった。次のポイントに行くと、さっきより高い(笑)

 崖を下りるのも枝を持ったり草にしがみついたり、慎重に下りないと危険。以前来たことはあるが岩場が好い感じで、大物が釣れそうな予感。哲ちゃんは、胸ほど浸かりながら川を渡り対岸へ移動した。

 早速、愚生にヒット。かなりの大物だったが上げる手前でバラす。激流なので錘を重くするも、これが災いして二回続けて底の石に飲み込まれ仕掛けがダメに。

 タックルボックスを見れば針も無いし、餌も残り僅か。哲ちゃんは対岸にいるので貰いにも行けないし、哲ちゃんの釣りを鑑賞することに。

 すると間もなく哲ちゃんの竿にアタリが。しなりからするとかなりの大物、岩場に強引に抜き上げるも掴む寸前でバラした(笑)

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 暫くするとまたアタリが。今回も竿が好い感じでしなってる。イワナがジャンプして針を外そうと身体を捩るも、哲ちゃんのテクニックに完敗。おお~、尺上の35センチゲット(バンザ~イ)

 太陽の日差しが強くなって来たので撤収することに。哲ちゃんはイワナの腸を処理。愚生は50メートル程の崖を見上げて憂鬱な気分になる(笑)

 帰りは、数年前まで喜多方に在った名店「さゆり食堂」の系列店「ラーメン伊藤」で昼食。ここのラーメンは煮干しの風味が強く、チャーシューもトロトロで美味いんです。渓流釣りの帰りの食べ歩きも醍醐味の一つ。

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 哲ちゃんはラーメン大盛り。愚生が食べたのは「背脂ラーメン」。汗をかき過ぎて血液がどろどろだろうに、自殺行為だわな(笑)

 源流釣行はきついが楽しい。久しぶりの気晴らしとなったが、今朝は案の定筋肉痛。今日も暇だし、仕掛けを作って次に備えとこう(笑)

 釣りは釣ってる時も、釣りに行く前も、釣りが終わってからも愉しい。「人生を楽しみたいなら釣りを覚えなさい」とは、蓋し正論。

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2017年07月10日

福島市の荒川が「水質が最も良好な河川」として7年連続で「日本一」に輝いた!

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 国土交通省は、全国の一級河川の水質調査結果を発表し、福島市の荒川が「水質が最も良好な河川」に選ばれ、7年連続で「日本一」に輝いた。

 原発事故後、右翼のカリスマ・野村秋介の遺した「友よ山河を滅ぼす勿れ」との言葉を利用して原発反対を叫ぶ活動家がいる。

 反原発や脱原発を訴えるのは勝手だが、「美しい福島の自然は破壊された」などと、福島の現実を無視して嘘を垂れ流すのは迷惑千万。

 福島市を流れる一級河川「荒川」は、原発事故前の平成17年と18年連続で「日本一」に輝くも19年には受賞を逃した。

 だが、翌年20から沿岸の住民や市内の企業による「クリーンアップ大作戦」などの努力もあり、7年連続で「日本一」を維持して清流を保っている。

 原発事故後も福島の地は汚れてはいないが、これでも何故に「福島が滅んでる」などと言い張るのか。我が故郷を貶めること勿れ。

 沿岸の破壊された光景は大津波によるもので、それは宮城県や岩手県も同じこと。放射線への過敏な反応の元凶は左翼による煽動であり、大衆がプロパガンダに騙されているに過ぎない。

「原発周辺が破壊されているじゃないか」とか「県内外に避難している被災者は原発事故の最大の被害者」だともいう。

 こうした誤解は、緊急時迅速放射能影響予測ネットワーク(SPEEDI)の数値を無視し、「原発周辺20キロ圏内」という根拠のない​避難指示に拠るところが大きく、SPEEDIの隠蔽はこの誤った避難指示の正当化である。

 原発の北側に在る浪江町や飯館村、葛尾村の放射線量が多いのを知っていな​がら「原発周辺20キロ圏内」に拘った為に被害が拡大し、要らぬ避難やそれに伴う補償をせざるを得なくなった。

 早々に撤回し、SPEEDIに因る科学的データに基いて対応してれば混乱は最小限に抑えられただろう。要は「原発周辺20キロ圏内」という意味不明な避難指示を撤回する​ことを躊躇した菅直人と民主党政権の責任は重い。

 抑々「半径20キロ圏内」という線引きで避難させられた原発南側の楢葉町や広野町の放射線数値は然程高くはない。川内村に至っては避難先となった郡山市より低いのを知ってるだろうか(笑)

 正に原発事故というのは、反原発派であり、再生可能エネルギーの普及に躍起になった菅直人による我田引水的マッチポンプに他ならない。

 民主党政権下で行われた避難指示にしろ、過敏な放射線数値にしろ、それに伴い実行された意味のない除染にしろ、悉く意味のないものばかりで、復興は愚か復旧をも阻害してるのはこうした愚策に因るところが大きい。

 福島第二原発は全く被害は被っておらず、事故対策を万全にし、全国に先駆けて再稼働させることこそ復旧と復興にも大きく貢献するだろう。

 何より、現在避難している被災者は原発関連で働いていた人が少なくなく、原発を廃炉にしながら、帰還命令を出したところで働き先はなく、それこそ「戻れ!」というのは無責任極まる措置でもある。

 原発稼働停止により、全国的に買い漁られた土地が切り崩され、太陽光パネルが敷き詰められてる光景にこそ営利至上主義そのもの。

 福島原発事故を詰るなら、原発事故を利用して、営利に狂奔する悪徳資本家に対してこそ「山河を滅ぼす勿れ」と断じるべきだろう。

 太陽光エネルギー事業で伐採された森林は、バブル崩壊で荒れたゴルフ場となったのと同じく、麗しい緑豊かな森が元の姿に戻ることはない。

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2017年07月08日

「盧溝橋事件」から80年。未だ国内に蔓延する明らかな誤謬

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 7月7日は「支那事変(日支事変、日中戦争)」の引き金となった「盧溝橋事件(七七事変)」が起きた日であり、昭和12(1937)年に勃発した盧溝橋事件から80年が経つ。

「日中戦争は、我が国の侵略戦争だ」という認識が蔓延しているがこれは明らかな誤謬であり、無知と自虐史観による処が大きい。

 我が国は、「北京議定書」に基づき在留邦人保護の為に軍隊を駐屯させていたのだが、盧溝橋でその日本軍を攻撃してきたのは中国共産党の方だった。

 上海でも日本人保護の為に合法的に駐留していた海軍陸戦隊に、正規軍10万人で一方的に攻撃を仕掛けてきて、戦争は本格化したが、何れも中国共産党が仕掛けた戦争であり、つまり侵略者は我が国ではなく中国共産党である。

 戦争勃発前は果たしてどういう状況だったかというと、支那の新聞の大勢は「対日主戦論」が幅を利かせていたことは言うまでもない。当時の主戦論には、過激な知識人・学生・都市市民、中国共産党、地方軍閥の3グループ。

 共産党と軍閥は知識人などに主導された過激世論を味方として、蒋介石政権に対しての立場を有利にしようと狙っており、特に、共産党は「反日」を最大の政治的武器として使っていたことは歴史的事実で、これは現在も引き継がれている。

 昭和6年(1931年)11月には、江西省の瑞金に成立した中華ソビエト共和国が、毛沢東の名により日本に対して「宣戦布告」を発している。

 この様に何時、何処で日本への攻撃が起っても不思議ではない状況の下で昭和12年(1937年)7月7日に事件が起ったのだ。

 実は共産党にとって当時の状況は深刻で、西安事件により蒋介石は共産党攻撃を中止し、共産党と協力関係を作ることを約束した。しかし、その後、蒋介石は共産党に対し次々に厳しい条件を突き付けた。

 この窮地に大博打を打って出たのが毛沢東率いる共産党だった。国民党軍の中に大量に潜り込ませていた共産党軍に反日を煽り、それに紛れて7月7日22時40分に発砲事件を起こした。

 発砲事件の翌8日に、共産党は中央委員会の名で長文の電報を蒋介石や全国の有力者、新聞社、団体に発信している。

 実は日本軍は、8日午前5時30分に初めて反撃を開始した。当時の通信事情からしても8日に初めて反撃されたのに、8日に公式電報を作成し発信することなど絶対的に不可能である。その証拠が存在する。

 支那派遣軍情報部北平(北京)支部長秋富大佐は、「事件直後の深夜、天津の特殊情報班の通信手が、北京大学構内と思われる通信所から延安の中共軍司令部の通信所に緊急無線で呼び出しが行われているのを傍受。そこには「成功した」と3回連続反復送信していたという。

 その時はこれが何を意味するものか解らなかったとが、今ではそれが「盧溝橋事件」の明らかな証拠とされている。つまり、謀略が成功したことを延安に報告し、延安では電文作りが行われたのだ。

「盧溝橋事件」は中国共産党が起こした謀略であり、共産党が盧溝橋事件を起こしたことは今や100%明らかな事実である。

「日中戦争は日本の侵略だった」などという中共や国内の共産主義者らのプロパガンダをいつまで信じ続けるつもりなのか。

 戦争の発端となったこの事件の「事実」を知れば、自ずと真相は白日の下に曝されるだろう。だが、悲しい哉、日本人というのはたった一度の敗戦からこうした歴史の事実すら知ろうとせずに現実逃避を続けている。

 歴史と言うものは為政者に都合の好い様に作られるものなのだ。「中国四千年」の歴史にしろ、朝鮮の輝ける歴史にしろ、かの国での歴史とは、新しい王朝が如何に正当性を持つかという謂わば創作物に過ぎない。

 安倍にしろ、政治家は歴史認識を問われると「歴史は歴史家に任せる」などとキレイゴトを言うが、それは言い方を変えれば議論を避けるということであり、逃げるここと同義である。

 彼らにとって優秀な歴史家というものは、自国の正当性を如何に論じられるかだけで、捏造してでも真実と言い張れるかなのだ。

 捏造には全力でカネで買収し、銅像や記念館を建て既成事実化するのが常套手段。「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」という大嘘も、我が国が毅然と反論して行かなければ、時代が経つにつれ真実になってしまうだろう。

 歴史は歴史家が考えればいいというものではない。歴史の問題は国の存亡に係わる一大事であり、国民もいつまでもプロパガンダや自虐史観という洗脳の留めなき淵に漬かり込んでる場合ではない。

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2017年07月07日

再生可能エネルギーの普及と「再エネ発電賦課金」の負担増

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 相馬市の磯部地区に東北最大級のメガソーラー発電所が完成した。一般家庭16660世帯分の年間消費電力を発電すると胸を張る。

 完成に当たり、立谷相馬市長は「磯部地区の復興のシンボルとして、また再生可能エネルギーと本市の美しい環境を守る重要性を考えるきっかけとなるものと大きな期待を寄せている」と祝辞を寄せている。

 この沿岸に造られた巨大なメガソーラーが、美しい環境を守るどころか、環境を破壊しているとは思わないのだろうか。

 県内をドライブすると大規模な太陽光パネルや巨大な風力発電の風車を目にする。福島空港メガソーラーや郡山の布引山、会津の背炙山の巨大風車は正に圧巻だが、自然の風景と最先端技術の融合は見る者にとっては異様な光景である。

 原発稼働停止で、国内の大資本から民間企業、外国資本までもが太陽光発電事業に参入した。結果は地上げ屋が跋扈し山林が売買され森が伐採されて行く。

 緑豊かな森も荒れ地となった田畑も空地という空き地には人工的な太陽光パネルで敷き詰められ自然の景観を損なっている。正に、バブルで浮かれて森林を破壊しゴルフ場やスキー場を開発しまくったのと同じ構図だ。

「友よ山河を滅ぼすなかれ」と、野村秋介の言葉を曲解して反原発を訴える新右翼には、森林を破壊してまで造られる太陽光パネルや山頂や沿岸部に建てられる風力発電の巨大風車などは環境破壊とは感じないらしい(苦笑)

 原発事故以来、原発への拒否反応から太陽光発電などの再生可能エネルギーが全国各地に設置されることとなった。

「原発は思ってた以上にコストがかかる」という理由から、太陽光や風力による発電こそが環境に優しいかの様な作為的な世論が形成された。

 原発事故を殊更に論い、脱原発や反原発から再生可能エネルギー普及を謀り、国は電力会社に太陽光などで発電した電気の買い取りを義務付けた。

 その一方で、月々の電気料金に上乗せすることを認める。それが「再エネ発電賦課金」というもので、賦課金(ふかきん)とは、税金などの様に国民に割り当てられて負担する金のことをいう。

 つまりメガソーラーと呼ばれる大規模な太陽光発電所の電気も、住宅の屋根に太陽光パネルを載せて発電している電気も結局は電力会社ではなく、我々一般家庭が買っているのが現実だ。

 正に、再生可能エネルギーの普及とは、国家の基幹エネルギーを無視したその場凌ぎの原発事故に便乗した政治的策謀でもあるのだ。

 太陽光や風力による発電は安価で、家庭に安く提供出来るということだったが、今や一般家庭の「再エネ発電賦課金」の負担金は2兆円を超える。

 平成24年7月1日、太陽光発電など再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度が始まったが、同時に電気の利用者が負担することとなる。

 当初は、月々50円程度だった負担金は年々増え続け、今や一般家庭(電気料金は月額6000円程度)でも700円を超える。

 国は、こうした現実を無視して2030年度には発電全体の22~24%を再生可能エネルギーで賄うことを目標に掲げている。

 目標達成の為には、多くの企業に磯部地区のメガソーラー発電所の様な施設を乱立させるしかない。つまりは、太陽光発電所が出来れば出来るほど一般家庭への「再エネ発電賦課金」の負担金は殖え続けるということでもある。

 それでも原発よりは好いというなら負担金増は致し方無いが、「原発はコストがかかる」という裏側には、再生可能エネルギーで儲ける輩らが暗躍していることも理解しておくべきだろう。

 ということで、愚生の場合、福島の復興と東北再生には東京電力福島第二原発と女川原発の再稼働を熱望しております。呵呵大笑。

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2017年07月05日

安倍よ、「みたままつり」に詣で英霊に首を垂れよ!

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 今月13日~16日、靖國神社では「みたままつり」が斎行される。春秋の例大祭などの鯱張った祭りと違い堅苦しさもなく、英霊の方々に対する畏敬や欽仰を靖國神社らしく祝う祭りだ。

 こうした行事に触れる度に、正に我が国は随神(かんながら)の道を歩んで来た世界にも稀有な国だと痛感する。 

「みたままつり」は盆行事ということもあって、それこそ御霊の囁きに触れるいい機会であり、詣でてみては如何でしょう。

 昨年から露店の出店が中止となった。理由は報道された様に参拝客のマナーの悪さで、露店で未成年が飲酒して騒いだり、若者の間では「ナンパ祭り」などと呼ばれていたというから厭きれるばかり。

 ここ数年の愛国ブームで参拝客はかなり増え、ネットで意気投合した方々が靖國で「合コン」ばりの集会を催したりしている。

 靖國神社を愛国のシンボルと捉え、靖國参拝こそが愛国者であるかの様な風潮は贔屓の引き倒し以外の何ものではない。

 8月15日の所謂「終戦記念日」のあの左右入り乱れての喧騒は頂けない。「反天連」によるデモや集会は有無を言わさず不許可にすべし。

 左翼や誤(護)憲派は、現憲法の「言論の自由」や「集会の自由」を振り翳すが、闇雲に認められると思ったら大間違い。それらの自由も、道交法や条例、刑法という法律の中で認められてるのだ。

「大日本帝国憲法」第二十九條にはこう在る。

「日本臣民ハ法律ノ範圍内ニ於テ言論著作印行集會及結社ノ自由ヲ有ス」

 この「法律ノ範圍内ニ於テ」というのが大事で、「表現の自由」や「集会の自由」を叫べば何でもかんでも赦される訳ではない。勘違いするべからず。

 デモや集会もマナーが大事で、行儀よくしないなら、露天が出店中止になった様にやらせなきゃいいだけ。簡単なことだが、警察は警備予算が欲しいのか、それとも単なる警備の訓練か、不敬なデモを許可し続けている。

 九段の地での混乱が続けば、陛下の御親拝は永劫叶うことはない。そういう意味では、不敬なデモを許可し続ける警察組織も反天連と同列である。

 8月15日は本来は「戦没者を追悼し平和を記念する日」であり「終戦記念日」ではない。8月15日は、静謐な中で遺族の方々が心静かに参じ、陛下が御親拝遊ばされる環境を作らねばならないと痛感する。

 陛下の御親拝こそ正に聖恩無辺、英霊並びに遺族にとっての感激と光栄、これに優るものはない。畏れ乍ら、陛下に於かせられては、譲位の前に是非とも靖國神社へ御親拝遊ばされる事を切に願う。

 翌日の8月16日に行ったことがあるだろうか。前日の喧騒が嘘の様な静けさで、靖國神社の本来の姿がそこに在った。

 安倍も8月15日の参拝なんぞに拘ってるのが間違い。何故に敗戦した日(玉音放送があった日)に靖國参拝なのか。英霊の遺書の多くも、桜咲く季節に逢いに来てくれと書かれてあるではないか。

 尤も「心ならずも戦場で斃れ」だとか「多くの国々、とりわけアジアの諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えて来た」と宣ってる安倍だもの、靖國神社なんぞ保守票取り込みの施設くらいしか思っていない。

「盂蘭盆」に合わせ開催される「みたままつり」は、祖先霊を供養し、苦しんでいる亡者を救う祭りでもあり、支那でも古くから行われている風習と同じ。参拝したところで近隣諸国に批判される謂れは無い。

 安倍も、東京都議会選挙の惨敗を受け「みたままつり」に詣でたら如何か。英霊に首を垂れることで、政権は安定し、畢竟、国家安寧に繋がることだろう。ってか、そりゃ無いか。呵呵大笑。

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2017年07月03日

「都民ファーストの会」の圧勝は旧態依然の自民党政治の終わりの始まりか

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 東京都議会選挙が行われ、大方の予想通り、自民党が34議席減らし23議席にと止まり大敗を帰し、小池百合子率いる「都民ファーストの会」が49議席増の55議席を確保して圧勝した。

 マスコミは作為的に「加計学園」や「共謀罪」の強行採決への批判の現れだと論ずる。ならば民進党も議席を伸ばして然りだが、議席数を減らしていることをしても、旧態依然の既成政党に対する批判と見るべきだろう。

 嗤えるのは自民党都連幹部で、自民党東京都連会長の下村が「予想以上の厳しい結果だ」と悔しい表情を滲ませていたが、こんな結果になるのは余程の選挙音痴じゃない限り予想出来たこと。

 抑々、自民党員だった小池百合子が東京都知事選挙出馬を表明すると、自民党都連は小池出馬に難色を示し、自民党員ではない増田寛也を推薦した。

 女の恨みは強烈なもので、小池は「都議会の冒頭解散」を打ち出し、都政改革の必要性を訴えた。豊洲市場の移転問題も共産党の宇都宮健児と連帯して政局に持ち込む。尤も、この共産党との申し合わせが後々事をややこしくしたが、対自民党の選挙戦では分かり易い構図だった。

 東京都知事は石原慎太郎が禅譲した猪瀬直樹、舛添要一と二人続けて任期途中で辞任するに至ったが、都議会と自民党東京都連は、猪瀬のスキャンダルを取り上げて辞任に追い込み、その後に就任した舛添知事の公私混同疑惑問題を何ら追求することなく他人事を極め込んだ。

 小池は、こうした自浄能力皆無の都議会と旧態依然の自民党東京都連を都政改革の元凶(抵抗勢力)と捉え、都政改革を訴えると共に、世論を味方に「都政を(都民に)取り戻す」をスローガンに選挙戦を戦い、結果、自民党候補に圧勝した。

 都政最大のガンは既得権益を仕切るボス(内田茂)政治だった。小池が自民党政治を「忖度政治」と揶揄したが、内田茂自民党都連幹事長は、既得権益の権化として都議会に10数年君臨してきた正しく都議会のドンである。

 都知事選の結果を受け内田は引退を表明。自民党もこれを機に小池との和解を図れば好いものを、驕れる自民党はくだらんメンツを優先し小池批判を滔滔と繰り返した。都民や国民にも小池批判は醜く映った。

 抑々、自民党員だった小池を自民党として推薦しておけば、こんな無様な結果に襲われることは無かっただろう。既得権益を独占しようという旧態依然の手法に執着した結果がこれなのだから自業自得と言えばそれまで。

 旧態依然の自民党への批判は何も東京だけではなく全国的な流れだろう。愚生の地元を見渡してもミニ内田的な利権に集る自民党幹部が目に付く。

 郡山市議会の元議長の渡辺隆弘なんてのはその典型で、ああいう自民党のなんちゃってドンがのさばってる限り、自民党の未来は無い。

 都民ファーストのブームは当分の間続くだろう。都議選の結果を見れば、公明党が全23議席確保し、共産党が2議席微増の19議席。民進党に至っては2議席減の5議席と自民党の受け皿に成り得ず。今後は、創価学会公明党や共産党などの組織は別に、既成政党無用論が全国的に波及して行くのは明らか。

 近々、衆院選挙になり、都民ファーストの会が全選挙区に立候補となれば、既成政党は大きく議席を減らすだろうが、所詮は「でもしか政党」であり、国民の不幸はここに極まれり。自民党よ、確りせい!

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cordial8317 at 07:23|PermalinkComments(0)

2017年07月01日

強制起訴された勝俣恒久元東電会長ら旧経営陣三被告への茶番劇

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 東京電力福島第一原発事故の刑事責任を巡り、検察審議会の起訴議決に基づき、業務上過失致死傷で強制起訴された東京電力の勝俣恒久元会長ら旧経営陣三被告の初公判が開かれた。

 正に茶番。東京裁判での東条英機らを、何が何でも死刑に持ち込もうとした連合国側と同じ復讐劇にすら見えてくる。

 裁判では、津波の危険性を予見出来たかどうかということが争われてるが、喩え予見出来てたとしても、防潮堤などの対策を講じたか講じなかったかは東電だけの問題ではなく、国や自治体の責任にも及んで来る。

 福島原発事故の放射線被害で亡くなられた方はいない。多くは津波で亡くなられた方々だ。その数は福島だけではなく宮城や岩手三県で実に18456名に及ぶ。それらも勝俣らの責任か?

 大津波を勝俣会長らが予見出来たと断定するなら、国や地方自治体の避難計画や防災対策に於いて、そうした対策が何故に講じられていなかったか責任が問われて然りで、東電元幹部だけに大津波を予見出来たかどうかとその責任を擦り付けるのは公正に失するし、正義とも言えない。

 事故調査委員会は今回の福島原発事故を「人災」と結論付けている。ならば東電元幹部だけではなく、その「人災」を決定付けた当時の最高責任者であった菅直人こそ、その責任を問われなければならない。

 抑々、福島原発の事故は地震による「天災」ではない。ハリケーン型原発を過信し、大津波の想定をしていなかった為に発電所内の電源が全て失われ、原子炉冷却に関わるバルブが操作不能になったのが要因だった。

 更には外国人からの不法献金がバレ退陣已む無し、四面楚歌だった菅直人は、この事故を利用しようと「現場視察」というパフォーマンスを強行し、起死回生の一発勝負に出た。

 東日本大震災当日から炉心溶融という「最悪のシナリオ」を予測していながら、菅が強く望んだ現地視察で、事故後に即座に取るべき一連の措置に遅れが生じたことは明らかだった。

 当時、政府担当者からの要請により「首相を被曝させない」ことを優先する余り、1号機の炉圧を低下させる為の「ベント」と呼ばれる応急措置が遅れた事実は既に報じられている通り。

 この菅の現場視察が、原発事故の現場の対応に要らぬ混乱を招き、被害が拡大したことは明らかで、正に菅直人こそ業務上過失致死傷で起訴され、刑務所に送り込まねばならない大悪党だったのだ。

 原発事故の責任は何も東電だけではあるまい。その責任は東電は然ることながら、国にも、県にも、設置を容認した自治体にも在る訳で、中でも原発事故の対応の拙さと混乱を生んだ当時の民主党政権の責任は重い。

 強制起訴訴状の中には、強制避難による影響で亡くなられた双葉病院の患者44名の死亡も東電の責任として問われている。

 しかし乍ら、本来、SPEEDIの数値を参考に避難指示や避難命令を出すべきところ、科学的データを無視して「原発周辺20キロ圏内」避難命令を出した。

 この根拠のない数値に基く避難命令に因って、動かしてはいけない重篤な患者を強制的に移動させたのは、東電元役員らではなく、当時の災害対策本部長であった菅直人であり、SPEEDIの数値の公表が遅れたのは、この「原発周辺20キロ圏内」という根拠のない避難指示の隠蔽を謀ってたからだ。

 勝俣元会長らを庇うつもりは毛頭ないが、当時の最高責任者であり、混乱と更なる被害の拡大を生んだ最高責任者である菅が逮捕されないのは我が国司法の歪さの現れであり、そこに正義は存在しない。

 未だに原発事故を論い、その責任論を然も当然であるかの様に振り翳すが、生き残った我々がいつまでも被害者意識丸出しで、過去ばかりをふり返って、その場に立ち止まっている訳には参らないのだ。

 現実に今も凄惨な事故現場に於いて、命懸けで収束しようと頑張っている方々が存在し、また、この教訓を活かそうと懸命に努力している方々が存在する。

 自己責任を問うのは法治国家では当然であろうが、それよりも大事なことは、二度とこの様な過ちを繰り返さない為にはどうすべきか、また事故の教訓をどう活かすか、如何に技術力を高めるかということが大事なのだ。

 国内の原発事故に限らず、いつか起こるであろう世界の原発事故に対して、福島原発事故が教訓となり、収束技術と正確な科学的データがそこに活かされることこそが福島の地に住み続ける我々県民の願いでもある。

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cordial8317 at 05:56|PermalinkComments(0)