2017年05月

2017年05月31日

我が国の左翼は世界でも稀で珍現象の一つだが、我が国の保守も同然

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

 1972(昭和47)年5月30日、イスラエルのテルアビブ空港乱射事件が起きた。実行犯は日本赤軍幹部の奥平剛士(当時27歳)と、京都大生だった安田安之(同25歳)、鹿児島大生だった岡本公三(同25歳)の3名だった。

 衝撃的な事件で、未だ中学一年生だったが鮮明に記憶が残っていて「革命」というものを朧げ乍らも感じたのはこの時かもしれない。その後、日教組の担任や副担任らの影響もあり、真逆の右翼思想に共鳴して行った(笑) 

 国士舘大学に入り、縁あって防共挺身隊に所属する。初代総隊長は福田進。因みに福田の父は福田素顕(本名・福田狂二。元社会主義者で弾圧を受け支那に亡命し、国共戦で敗れ蒋介石と共に台湾へ。後に日本へ戻り国家社会主義者へ転向。初代防共新聞社社主)である。

 福田進著「日本人と油虫」に次の様な一節が在る。

「俺はまだアラブを知らない。アラブでは夜空に輝く星が今にも落ちて来るのじゃないかと思うくらい綺麗なんだってな。連合赤軍の兵士てえ自称する、共産主義の三匹の油虫のアンチャンは、イスラエルの空港で好き勝手に暴れ回ってユダ公をぶっ殺した。生き残った一匹は『我々三人は死んだ後オリオンの三つの星になろうと考えていた』。その言葉は稚拙ではあるが、荒廃した日本にはないロマンを感じさせるんだなあ。アラブという国が、日本青年をして死を覚悟するまで革命に駆り立てる何かがあるとすれば、俺も夢多き一人として一度アラブへ行って見たい衝動に駆られる。きっとアラブの夜空に燦然と輝くオリオンの星が、油虫の俺を魅きつけるのかも知れない・・・」

 大学時代にこの本に出会い、いつの日か自分もアラブに行って夜空を見上げてみたいと思ったのだが、未だに実現出来ないでいる。

 右翼人だからという訳ではないだろうが、テロリズムは否定しない。但し、無差別なテロはテロではない。共産主義者でもチェ・ゲバラ、カストロは好きだし、ビンラディン、カダフィといった革命家や愛国者には共鳴を覚える。

 ゲバラの様な革命家に出会っていれば、行動を共にしたに違いない。ゲバラもカストロも共産主義者だが愛国者である。

 世界には多くの左翼がいるがその全ては愛国者だが、我が国の左翼の様な売国奴は世界でも稀で珍現象の一つだろう。珍現象といえば我が国の保守も同じ。

 正統の保守主義者に於いて時間を体験する仕方は、過去の意味を直視し、その中に価値を見出す発見によって未来を創造して行くものである。

 だが、我が国の保守派を見れば「未来」が全てであり、完全な自由主義者ばかりで、歴史や伝統を過去に学ぶことない。

「退位」問題や皇統断絶の序章である「女性宮家」創設を、その危険性を知ることなく、党利党略から推し謀ろうとしているのがいい例だろう。

 現在の我が国の堕落した政治を救うには、正統な保守政治家と保守政党の出現と、何より憂国の至情からのテロリズムの惹起ではあるまいか。

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 08:43|PermalinkComments(0)

2017年05月30日

「女性宮家」の創設は皇統断絶への序章である

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

 天皇陛下の退位を皇室典範に附帯すること自体が怪しからんことなのに、あろうことか特例法に「女性宮家」創設を明記することで合意したという。

 自民党案は「安定的な皇位継承を確保するため、女性皇族の婚姻等による皇族数の減少等に係る問題」としていたが、皇室典範改正と女性宮家、更には女系天皇を謀る野党に配慮して「女性宮家の創設等」を明記した。

 自民党が女性宮家創設に難色を示していたのは、何のことはない、保守層を意識してのパフォーマンスに過ぎず、「女性宮家」の創設は皇統断絶への序章であり、皇族減少を理由にこれに与する自民党は恥を知れ。

 皇位継承順位は今上天皇→皇太子殿下→秋篠宮殿下→悠仁親王殿下までは事実上決まっている。「女性宮家」創設を急ぐのはこれを阻止し、今上陛下→皇太子殿下→愛子内親王への布石である。

 皇太子殿下が即位すれば秋篠宮殿下が皇太子となるべきものを、皇嗣(こうし)殿下など称されるのもこうした策謀の一環と見るべきであろう。

 だが、女性宮家の創設となれば対象は愛子内親王と秋篠宮真子内親王と佳子内親王だが、何れも皇位継承者には成り得ない。況してや真子内親王殿下は御成婚に向けて準備を進めている時期に何故に女性宮家の創設なのか。

 御相手の方は大学時代の同級生であり一般人。女性宮家の創設により一般人男性が皇族になることに違和感を覚える国民は少なくない。

 真子内親王の御成婚は事実上の女性宮家創設反対の意思表示であり、「皇族数の減少」というなら何故に旧皇族方の皇籍復帰を成さないのか。

 皇統断絶を目論む反天皇勢力は「旧皇族の皇籍復帰は現代にはそぐわない」とか「男系男子を増やす目的だけで」だと反対している。

 然し乍ら、皇籍離脱をされた旧宮家は、北朝第3代崇光天皇の皇子、栄仁親王から始まる伏見宮の系統に属し、今上天皇との関係は、室町時代の伏見宮貞成親王を共通の祖先とされる正当な皇統に属する方々である。

 多くの国民は陛下の御公務の御負担を「女性宮家創設で軽減する」と思っているが、天皇が重んずべき「祭祀」の代行は名代として掌典長のみが許され、「国事行為」の代行は憲法第4条の第2項よる委任か摂政のみ可能であり、つまりは「公務」の代行は皇太子殿下しか成し得ない。

 要は、女性皇族は国事行為も公務も代行出来ることはなく、公務の御負担を「女性宮家創設で軽減する」というのは国民を騙す詭弁である。

 最近の反天皇運動は赤旗を振り翳し、あからさまな反対運動は行わない。如何にも陛下の高齢や体調を慮り、そして世論誘導を謀る。

「譲位」ではなく共産党用語の「退位」という言葉を使うことでも、反天皇運動は行政の奥底にまで浸透しているのが理解出来よう。

 こうした策謀を見抜けず、保守を標榜する安倍政権下で実行されるということ自体、我が国の保守が如何に贋物であるかを現している。

 皇統断絶の謀に対峙せずして何が保守か、何が愛国者か。神武肇国から滔滔と続く万世一系の皇統が、平成の世の共産主義者らの策謀に嵌って悪しき前例を創ることで断絶の危機が顕わになる。

 全愛国者は皇室典範改正と女性宮家創設を断固阻止せよ!

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 07:15|PermalinkComments(0)

2017年05月29日

正論SP第二弾「天皇との絆が実感できる100の視座」の便乗商法を嗤う

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

 正論SP第二弾「天皇との絆が実感できる100の視座」を購入しようと書店へ。速読三級の技で立ち読みし、内容が好かったら購入しようと思ったが、極めて凡庸な内容で購入には至らず。

 昨今の保守ブームで、所謂「保守派」と言われる学者や評論家が持て囃されてはいるが、そんな自称保守派や自称愛国者の彼等が保守したいのは皇統や国體などではなく、現在の歪な日本の体制である。

 彼らは口々に「反中共」「反北朝鮮」「反韓」などと、自称愛国者向けに耳障りの良いことを言ってるだけでそれが本音とは思えない。

 確かに保守主義を否定はしないが、尊皇無き保守では米国や英国の保守政党、保守主義と何等変りはなく、そういうものは我が国の正統の保守主義でもない。

 不敬極まる「退位」の問題にしろ「女性宮家」にしろ、正統な保守主義ではない故に危機感を抱かず、女性皇族方の公的行事への参加を、恰も英国王室と同じにするべきではないかという様な軽々しい発言も目に付く。

 この「天皇との絆が実感できる100の視座」という本も、陛下への尊敬から国民にも知って欲しいとの思いから書かれたものなのだろうが、陛下への愛着は在れど尊皇は無く、女性週刊誌や皇室を利用する不敬な週刊誌や雑誌と同列のもので、陛下や皇室を利用した単なる営業に他ならない。

「反中共」「反朝鮮」「反韓国」に厭き足らず、次には陛下の退位問題に託けて「陛下との絆が実感できる」とは正に便乗商法。共産主義者が謀る「開かれた皇室論」を疑うことなく実行してるが、これが保守派の現実でもある。

 正統保守ならば敢えて陛下の大御心など語らずとも分かること。陛下や皇室を褒めることもまた不敬であることを知るべし。

 皇統断絶を謀る国賊を眼前にして何を悠長に構えてるのか。危機感を以て国内に巣食うカタチを変えた左翼勢力と対峙せねばならない。

 嘗て三島由紀夫はこう語った。

「我々はあらゆる革命に反対するものではない。暴力的手段たると非暴力的手段たるとを問わず、共産主義を行政権と連結せしめようとするあらゆる企画、あらゆる行動に反対するものである。この連結の企画とは、所謂民主連合政権(容共政権)の成立及びその企画を含むことを言うまでもない。名目的たると実質的たるとを問わず、共産主義が行政権と連結するあらゆる態様に我々は反対するものである」

 周りを見渡せば「男女共同参画社会」を始め、「外国人地方参政権付与」「住民基本法案」「夫婦別姓法案」「戸籍制度廃止法案」「人権救済法案」「女性天皇論」「女性宮家」などなど、カタチを変えた共産主義が次々と企画され行政権に入り込み、連結され、そして実行され様としている。

「男女共同参画社会」にしても共産党が推進し実行したのではない。総理府や中央官界に入り込んだ全共闘系と共産党系の過激な連中が共同謀議的に考案したものを疑いも無く実行したのは自民党政府である。

 こうした売国的愚策により国體や国柄が破壊され続け、そして今、安倍政権の下で共産主義者らが謀る「退位論」が実行され「女性宮家」が議論される。正統保守であれば徹底して批判し反対すべきだが、尊皇なき営業保守派らは何故か安倍を批判することはない。

 右翼団体の凋落は指導者不足に因るものだが、保守派もまた同じ様に思想家や哲学者がおらず、その辺の聞き齧ったものを思想と勘違いして、自称保守派や自称愛国者に諂った売文と営利主義に諂った安っぽい愛国心を垂れ流している。

 右翼人を自任する愚生としては左翼の動向よりも、愛国陣営や営業保守派らの危機感皆無の状況に対して隔靴掻痒の感は否めない。

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 04:33|PermalinkComments(0)

2017年05月28日

5月27日「海軍記念日」に想う

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

 5月27日は「海軍記念日」。明治38(1905)年の今日、ロシアとの「日本海海戦」が行われ、東郷元帥率いる連合艦隊が、当時世界最強といわれたバルチック艦隊を撃滅し奇跡的大勝利を収めた日である。

 日露戦争の勝利は、欧米列強に日本の地位を認めさせることとなり、明治維新の真の目的だった「治外法権」「関税自主権」という二つの不平等条約の克服を達成することになった。

 日清日露戦争勝利により明治維新の大業は成就し、真に独立を恢復することが出来た。日露戦争の世界史における歴史的意義は、有色人種が白人に勝利することによって、当時、欧米列強に植民地にされていた世界中の被抑圧民族を感動させ、独立への夢を駆り立てたことだろう。

 5月27日とは、我が国の近代史にとって重要な歴史的記念日であるのだが、先人の苦労と決断と努力は軽んじられ、そうした報道が成されることはなく、国民の記憶からも消し去られてしまった。

 また5月27日は亡き父の命日でもある。

 父は昭和3年生まれ。成績優秀ながら家庭は赤貧で進学など出来るものではなく、尋常高等小学校を卒業すると15歳で海軍に入隊、横須賀海軍工廠で大日本帝国海軍軍人としての人生が始まった。

 その後、茨城県土浦の予科練を経て終戦。その後、想い出の地である神奈川県相模原の地で故郷の友人と共に土建業に従事し、資金を貯め、郷土に帰還し「相模屋衣料店」を起業した。

 屋号の「相模屋」という名前を見れば、横須賀や相模原への思い入れが深かったことが分かる。その後、政治に興味が湧き町会議員などに関わったのが悪いのか、それとも親父の放蕩のせいか多額の借金を背負う。

 当時、数千万というにもめげず、どこから聞き齧って来たのか「これからはカ(カレー)・ソ(ソバ)・ラ(ラーメン)時代だよ」と当時は珍しかったラーメンを提供しようと「相模屋食堂」を開店する。

 因みに親父はラーメン修行はしていない。二本松市の製麺所の社長にラーメンの作り方を聞いて、道具を揃え、練習もそこそこに一週間後には店を始めたというからその度胸とセンスは驚くしかない(笑)

 昔は母親の仕込みや仕事が丁寧で贔屓目じゃないが美味しかった。福島市の人気ラーメン店「佐川食堂」や郡山市の「味よし食堂」のおばあちゃんの作るラーメンを啜ると父と母の昔の懐かしいラーメンを思い出す。

 今思えば破天荒なオヤジだった。今思えば、20代での起業のことや軍隊時代の思い出を詳しく聞かなかったのが返す返すも悔やまれる。

 海軍軍人で、何事にも厳しかった父が5月27日の「海軍記念日」に逝くとは摩訶不思議な縁を感じ、決して忘れることはない。南無大師遍照金剛。

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 04:46|PermalinkComments(0)

2017年05月27日

前川前文科省事務次官は風俗ライターでもイケるかもよ(笑)

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

 学校法人加計学園の獣医学部新設を巡る記録文書について、女性の貧困を自ら出会い系バーに通って調査していたという立派な行動力のある前文科省事務次官の前川喜平が「確実に存在していた」と総理の意向があったことを認め「行政の在り方が歪められた」批判した。

 野党はここぞとばかりに前川の証人喚問を要求し、前川も証人喚問の要請があれば応じる意向を示しているが、首相側に裏切られたと野党に寝返った森友学園の籠池と同じ構図だ。

 これでまた恐らく今年の流行語大賞になるであろう「忖度」があっただの、無かっただのと不毛の議論が繰り返されるのかと思うと憂鬱でもある(笑)

 加計学園の獣医学部新設を計画したのは安倍政権下ではなく、民主党政権下で鳩山が熱心だったという。

 マスコミ報道では、「安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人加計学園」と冠が付けられ作為的に報道されているが、加計学園の理事長と安倍の関係があるのは否定しないが、民進党の江田五月とも昵懇だとも聞く。

 行政には継続性が求められる。内閣府が監督官庁と話し合うのは当然で、民主党鳩山政権下で行われた獣医学部新設を安倍が忖度し更に推し進めたということで、民進党は感心こそすれ批判してるのは筋違いだろう。

 それにしてもこの前川だが、出会い系バーに通っていたことを認め「女性の貧困を扱うテレビ番組で知った」だとか「食事して、一定の小遣いをあげたことはある」などと言ってるが、出会い系バーに行って食事と話しだけしていたなどと誰がそんなキレイゴトを信じるか(笑)

 欽ちゃんファミリーの見栄春の様な人相からして、またスケベな人種が多い公務員のトップに君臨してたヤツが買春してないことなど有り得ないことだが、この見苦しい言い訳でも前川という男は信用に値しない人物だということが分かる。

 文科省の天下り問題で責任を取らされ、自らの天下り出来なくなった恨みから告発ということになったのだろうが、国に逆らって天下りを斡旋し続けてきた奴が、「行政の在り方が歪められた」との言い分は整合性に欠ける。

 まあ、天下りは出来ずとも昵懇の朝日新聞が厚遇してくれるだろうし、風俗好きが講じて風俗ライターでもイケるかもよ(笑)

「前川の告発は正義だ」との声も聞くし、反安倍意識を鮮明にしてる石破も前川発言を肯定しているが、石破もこんなことじゃ総理器には程遠い。

 確かに記録文書が存在していたのは事実なのだろうが、愚生からすると正義の告発というより、単なる恨みつらみから来る見苦しい言い訳にしか思えない。

 世話になった組織をいとも簡単に裏切り、正当化しようと必死に語っている様子は、六代目山口組から離脱して神戸山口組を結成、更に神戸山口組から離反して任侠団体山口組を結成して記者会見に望んだヤクザのキレイゴトと同じに見える。

 ヤクザの会見では、昨年9月に新神戸駅で起きた「サインくださ~い」事件を取り上げ、「我々若手・中堅含め神戸の大義を信じて、頑張ってきた大勢の者が目標を失い、目の前が真っ暗になりまさに絶望した瞬間でした」と批判した。

「これでは山口組が自滅の道を辿ると真っ向から否定して立ち上がったにも拘らず、神戸山口組の現実はその名古屋方式にも劣るそれ以下の悪政でした」と語ってたが、所属してた組織をけちょんけちょんに貶すことは義の為には命を惜しまないという任侠道の美徳からするとどうなのだろう。

 「任侠道」とは口先ばかり。そんな暴力団なら「暴対法や暴排条例なんぞクソ食らえ」と、早くドンパチやって真骨頂を見せて欲しいものだ。呵呵大笑。

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 06:22|PermalinkComments(0)

2017年05月26日

「戦前回帰」と批判するならマスコミこそ過去の行為を猛省せよ!

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

「国際条約締結に向けて法整備を調えよ」という投稿記事が地元紙に採用された。反対記事が殆どの中で画期的なことだと思うが、「条約批准には『共謀罪』が必要」とのタイトルに悪意を感じるのは気の所為か(笑)

 朝日新聞を始めとする売国マスコミは戦前の治安維持法を例に挙げ「共謀罪は戦前回帰」と叫び、安倍政権は大政翼賛会と同じだと批判する。

「戦前回帰」と批判するなら、大本営発表に疑問を呈することなく垂れ流し、それに便乗して国民の戦意高揚を煽り続けた朝日新聞を始めとしたマスコミの責任は少なくなく、先ずはそうした過去の行為を反省すべきだろう。

 戦前の国内に蔓延した好戦的風潮は、政府や軍部より、マスコミの報道姿勢に拠る処が大きく、政府や先の大戦をも否定するとは本末転倒。

 今回の組織犯罪処罰法改正を敢えて「共謀罪」と呼び、それに反対の理由が、戦前戦中の報道姿勢の反省の上に立つものであるという。

 これは安保関連法案の時に「戦争法」と世論を誘導してたことと同じで、マスコミも野党もに乏しく、単なる反政府活動というのが正しい。

 マスコミは己らの主張こそ正義であり、組織犯罪処罰法改正は然も危険であるかの様な論調には違和感を覚える国民は少なくない。

 だが、そうした賛成の声が届くことはなく、そういう意味では愚生の拙文が採用されるのは画期的なことと言えなくもない。

 国民は、マスコミやジャーナリスト、自称・有識者らが取り上げる胡散臭げな問題に一喜一憂するばかりで、自ら考えることを放棄してしまった。

 問題が出れば、その萌芽は日本国や日本政府に在ると貶し、それをマスコミ御用達のインチキ言論人が煽り立てる構図は今も昔も変わらない。

 朝日新聞にしろNHKにしろ、GHQによる「言論統制」という弾圧から未だ覚醒せず、自虐史観から脱却出来ずにいるそんなマスコミやジャーナリストに社会の木鐸としての誇りなど微塵も感じない。

「木鐸」とは「世人に警告を発し、教え導くこと」にあるが、戦後の自虐史観にどっぷり漬かった彼らは、贖罪意識から中韓に媚び諂い、我が国の国柄を崩壊させんが為の走狗と化してしまっている。

 憲法21条では「報道の自由」が保証されているが、これは、礼儀を欠いた取材活動や報道を保証するものでもない。

 新聞倫理綱領にも「言論・表現の自由の下、高い倫理意識を備え」とあり、「言論・論評の自由を守り抜くと同時に、自らを厳しく律し、品格を重んじなくてはならない」と記されている。

 これは兎角、傲慢になりがちな記者を諌める為のものでもある。だがどうだろう、新聞記者諸公に高い倫理意識など感じることもなく、とても品格を重んじてるとは思えない。

 テレビにしろ、傍若無人な礼儀を欠いた報道は日本の品格を貶め、国民の倫理意識を低下させ続けているのは言わずもがな。

 我が国のマスコミはオチョクリに乗っかって何でも腐す。そういう冷笑的な態度を執ることが真のジャーナリズムだと未だに錯覚している。

 こうした「低能ジャーナリズム」を糺すことが、政治を正すことにも繋がり、日本再生へも繋がるだろうことは言うまでもない。

 我が国の政治が三流と言われる最大の原因は、進歩の無いマスコミの影響であり、悪害でしかないマスコミ報道を鵜吞みにすること勿れ。

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 05:16|PermalinkComments(0)

2017年05月25日

医者や厚労省が推進している癌検診も詭計の一つ

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

「日本医師会」や厚労省による詭計の最たるものに高血圧の基準変更がある。

 我が国の基準値は本来、最高血圧が160~最低血圧が95mmHgだったが、2000(平成12)年に、最高血圧140~最低血圧90に引き下げた。

 昨日まで血圧が150~92の健康な人が、いきなり高血圧患者されることとなり、健康人が病人にされてしまった。この基準値を下げたことで新たに2100万人の高血圧の患者が殖えたが、愚生もその一人(笑)

 この高血圧の要因と言われているのが「塩分」。塩分は生きる上では必要な栄養素だが、摂り過ぎると脳卒中の原因になると言われている。脳卒中を心配して血圧を下げたら、何故か癌患者が殖え出した。

 塩と同じ様に「放射線」も生きる為に必要な元素だが、放射線を浴び過ぎると「癌」になり易くなるという単純な理屈でしかない。

 だが、原発事故の放射線被害で癌患者が増えたとは聞いてないが、降圧剤により癌患者が殖えたとなれば低放射線より大問題なのではあるまいか(笑)

 人は必ず死ぬし、健康だった人が交通事故でぽっくり逝ってしまうことだってある。原発事故の放射線被害で亡くなった人はいないが、それでも原発を無くせというなら、交通事故を無くすのに自動車を無くせと言うべきだが、そんな声は聞こえて来ない(笑)

 国内では今や国民の3分の1が癌で亡くなる。癌治療の歴史は浅く、癌検診によって早期発見はされ易くなったが、この検診に意味はないという医者もいるし、抗癌剤治療は効果がないという医者もいる。

 芸能人の癌検診と癌治療がテレビなどで話題に上る。如何にも早期発見が好かっただとか、抗癌剤治療から社会復帰しただとか、こうした美談の裏には医師会が蠢いてる様にしか思えない。

 近藤誠著「患者よ、がんと闘うな」というものがある。

「癌は切るな」「癌検診、百害あって一利なし」という独自の理論は、現在の日本癌治療にセンセーショナルを起こし、旧態依然の医師会からの批判や圧力もある様だがその理論は括目に値する。

 近藤がこの理論に至る転機になったのは米国留学から。

「米国に行ったら乳癌の治療法が全く違う。既に乳房温存療法というのが主流になっていた。ところが日本では乳房を全部取っていた。今でさえ、乳房を残す治療が勧められる様になったが、当時は外科医が主導で治療を行っているものだからそうなってしまう。何でそんな酷い治療を行うのか」と外科医に苦言を呈すると同時に出世は無くなった。

 癌治療は外科手術、放射線治療、抗癌剤治療(科学治療)が三本の柱。

 先ず外科手術だが、少し前までは、広く切除した方が治る率が上がると信じられていたが、実は拡大手術によって生存率は向上するということはなく、温存療法と比較しても違いはない。その結果、1987年当時1%に過ぎなかった温存療法は50%以上に達しているという。

 放射線治療にしても以前は、進行がんや再発移転がんに対してだけ行われていたが、今や比較的早期のがんを対象にしている。

 放射線治療のメリットは、何と言っても臓器を残して治療出来ることだ。中でも舌癌、喉頭癌、下咽頭癌、食道癌、肺癌、前立腺癌、膀胱癌、子宮頸癌は放射線治療を考えるべきだという。

 抗癌剤治療は今は、悪性リンパ腫、小児の急性白血病、子宮の絨毛癌、各種小児癌は治るが、胃癌、肺癌、大腸癌、肝臓癌、乳癌、子宮癌など、成人の癌は抗癌剤では治らない。

 また、癌検診は落とし穴ばかりで、これは検診を幾ら受けても寿命は延びない。癌検診は有効ではないのだが、医者や厚労省が推進しているだけで、国民が有効だと思い込まされているだけに過ぎない。

 癌で死ぬのはそう苦しくないと近藤はいう。

「癌治療が苦しいのは手術や抗癌剤治療を受けるから。これらをなるべく避けて治療すれば治るものは治るし、治らない場合にも苦しまないで済む対処法も進んでいるから、末期癌でも最後まで意識清明でいられる」

 日本の癌治療は、世界レベルから見て相当特殊で、やらなくていいことをして必要以上に患者や健康人を苦しめているのが実情なのだ。

 愚生は癌に罹ることはなく、ぽっくりと逝きたいが、家系からも生活習慣からも脳卒中か心筋梗塞だろうな(笑)

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 05:24|PermalinkComments(0)

2017年05月24日

「ライダイハン」問題を抱える韓国に我が国を責める資格など無い

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

 文在寅韓国大統領は慰安婦問題に関する日韓合意に難色を示し「国民の大多数が情緒的に受け入れることが出来ない」との立場を取っている。

 ならば日本国内の反韓感情も同じく、国際的な約束事を反故にし、事ある毎に難癖を吐ける韓国への日本国民の大多数の怒りでもあるし、ベトナム国民の多くはベトナム戦争での韓国軍の蛮行を決して許すことはない。

 我が国が幾ら丁寧に説明をしたところで、事大思想が根底にある韓国側は理解しない。性悪な韓国は相手にせず、国際社会に訴えて行くことが肝要で、過去に見るまでもなく譲歩や謝罪は却って益々怒りを露わにし、ツケ上がるだけ。

 文大統領は、日本大使館前の慰安婦像に続いて、強制連行されたという朝鮮人労働者像の建立も示唆しているが、こうした国と未来志向の関係を築くことは北朝鮮の金一族体制が崩壊することより困難なこと。

 抑々「慰安婦問題」など存在しない。 韓国側が慰安婦問題を叫べば叫ぶほど、韓国側がひた隠す「ライダイハン(韓国人とベトナム人の混血児)」問題が世界に発信されて行くし、発信しなければならない大問題だと思う。。

「ライ」とはベトナム語で「雑種」の意味で、「ダイハン」は「大韓」のベトナム語読み。つまり、韓国人男性とベトナム人女性の間に生まれた子供のこと。

 1964年、ベトナム戦争が激化すると韓国は、米国への忠誠と資金援助を得る為に、ベトナムに韓国軍を派兵した。

 この戦争に於いて、韓国軍兵士は十万人単位のベトナム人女性を凌辱し強姦、その一部を虐殺、結果、約3万人のライダイハンが生まれ放置された。

「戦争」とは相手を征服することであり、「征服」とは掠奪である。7世紀に興ったイスラムでは「略奪」は正しいと教え、中でも最高の戦利品は「女」だった。

 女を奪い犯すことは、その国家、民族の純粋性を奪い、征服者の血を入れることで征服が完結する。征服の定義とは、正に「掠奪」と「強姦」の歴史だった。

 斯くて世界中の民族、国家は万古不偏、この定義に従って戦争して来たし、ベトナムでの韓国軍もこの定義に従った卑劣なものだった。

 だが、こうした世界とは違った国が存在した。それが我が国日本である。我が国だけは日清戦争の昔から、「掠奪」と「強姦」を軍律で厳しく規定し、規定を破った者は厳しく処罰された。

 しかし、生きるか死ぬかの戦場で、若い兵士に生理的なものにまで我慢を強いるのは逆に統率を失うし、強姦事件も起きるだろうと、街に在る「遊郭」で息抜きをさせた。その遊郭で働いていたのが慰安婦であり売春婦である。

 戦場に遊郭を建て兵士に息抜きをさせるのは肝心で、これはまた当地での性犯罪を防ぎ、相手民族の尊厳を最低限保つことでもあったのだ。

 こうした日本人の配慮を知らずして、高給に集った売春婦を「従軍慰安婦」と称し、恰も軍が関与し、朝鮮人の女性を強制連行し名誉を傷付け「性奴隷」にしたとは言語道断という他は無い。

 売春婦が戦場迄出張ることは当時は当り前の時代であり、売春が悪で、凌辱の限りを尽くし強姦し、相手国の女性に子供を産ませることは赦されることなのか。

 日本軍が朝鮮人女性を集団で強姦し、混血児が生まれたなどということはない。ライダイハン問題には沈黙し、我が国の慰安婦問題だけを騒ぎ立てることに矛盾と羞恥心は感じないのか。

 統一後のベトナムでは、ライダイハンは「敵国の子」とされ、迫害の対象となった。1987年に米国政府は戦争責任からか混血児とその家族の移住を受け入れ始めた。だが、韓国側は謝罪もせず沈黙を続けた儘だ。

 ベトナムのクァンアイソン・ビンホア村には「韓国軍憎悪碑」というものが建っており、次の様に刻まれている。

「天をつく罪悪、万代に記憶するだろう!この虐殺で犠牲になった者の数は合計430人、そのうち268人は女性、109人は50才から80才まで老人、82人は子供、7人は妊婦だった。2人は生きたまま火に投げこまれ、1人は首を切られ、1人は腹を割かれ、2人は強姦された。2世帯は一人残らず抹殺された」

 当時の朴正煕政権は「反共」を国是とし、ベトナムでのこうした蛮行も犯罪ではなく英雄的行為とされた。共産主義者との戦いと弾圧は熾烈さを増した厳しいもので、女性子供であろうが情けは無用との認識だった。

「ライダイハン問題」を抱えながら、ベトナムに対して謝罪も補償もしない韓国に、慰安婦問題で我が国を責める資格など無い。

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 05:10|PermalinkComments(0)

2017年05月23日

相手もやるだろうと疑って止まない「同一化虚言」というビョーキ(笑)

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

 野党やマスコミは「共謀罪」というレッテル貼りに躍起だが、その反対理由は「一般人への線引きが不透明」だとか「内心の自由に踏み込む危険」だとか「息苦しい社会になる」だとかの妄想ばかり。

 金田法務大臣の失言を引き出そうとあれやこれやと例を挙げて質問していたが、妄想が先走って国民から興覚めされてることすら気付かない。

 民進党のガソリーヌこと山尾志桜里は、LINEやメールが監視され人権侵害に繋がると息巻き、それを金田法相が否定する。

 よくもまあこういうくだらないことを考えつくものだと感心するが、逆を言えば「我々が政権に就いていたなら組織犯罪だけに留まらず、一般人も対象にして警察の捜査権は濫用し、監視社会を創ります」と言ってる様なもの。

 要は、自分達が政権与党ならこうするから危険なのだいうこうした異常な精神構造は「同一化虚言」障害というのが正しい。

 右翼やヤクザ、否、どこの会社にも下の者を信用しない兄貴分というのはいるもので、仕事を頼めども信用せずに何か不正をするのじゃないか、カネを持ち逃げするんじゃないかなどと気を揉んでる輩がいるが、要は自分がそうだから後輩や若い衆に気を置けない。

 こういう兄貴分の下に付くとお先真っ暗、とっとと辞めた方がいい。今の野党はこうした下種の兄貴分と一緒で質が悪い(笑)

 その昔、所謂「従軍慰安婦」問題が騒がれると、慰安婦だったという老婆が登場し「お前が慰安婦にならなければ、殺して釜茹でにして食ってやるぞ」と言われたと、当時の恐怖を語ったのを思い出す。

 これは自分達の風習を日本人も同じ様にやっていると思って仮託した「同一化虚言」の一例で、李朝下では、悪病治療の迷信から人間の肝や指を食べていたのは歴史書でも明らかになっているが日本に人肉食習慣はない。

 要は、語ること全てがウソであり妄想なのだが、これは野党の連中というのも同類。朝鮮人の嘘に付き合うのは疲れるが、妄想癖のある野党と付き合う安倍首相の心中も察するに余りある(笑)

 内外の憂患が絶えることのない安倍は近く日韓首脳会談に臨む。文在寅大統領就任を受け安倍は、「韓国は戦略的利益を共有する最も重要な隣国だ。新政権と未来志向の関係を築きたい」と表明している。

 だが、韓国と未来志向の関係を築くなどとは、北朝鮮の金一族体制が崩壊することより困難なこと。安倍は学習能力にも乏しい様だ。

 文在寅韓国大統領は先の慰安婦問題に関する日韓合意に難色を示し、「国民の大多数が情緒的に受け入れることが出来ない」との立場を取っているが、これ正に韓国の大衆迎合主義を現している。

 それならば日本国内の反韓感情も同じく、国際的な約束事を反故にし、事ある毎に難癖を吐ける韓国への日本国民の大多数の怒りでもある。

 我が国が幾ら丁寧に説明をしたところで、事大思想が根底にある韓国側は理解しない。性悪な韓国は相手にせず、国際社会に訴えて行くことが肝要で、過去に見るまでもなく譲歩や謝罪は却って益々怒りを露わにし、ツケ上がるだけ。

 文在寅は日本大使館前の慰安婦像に続いて国民世論に迎合する為に、強制連行されたらしい痩せ細った朝鮮人労働者像の建立を示唆している。

 「日帝36年」を叫び、異常な「反日」から己らの歴史を振り返ることなくイチャモンを吐け続ける韓国人のその腐った精神構造というのは、厭きれるというより心底からの嫌悪感しかない。我が国の野党への感情もまた斉しい。

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 04:58|PermalinkComments(1)

2017年05月22日

ネットだけじゃなく地元紙などに投稿してみよう!

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

「テロ等準備罪」の新設に向けて組織犯罪処罰法改正が可決された問題で、マスコミは「共謀罪」とのレッテルを貼り世論を煽る。

 地元紙の21日付の「日曜論壇」は左翼人士のアピールの場所になっており、今日も国立歴史民俗博物館名誉教授という肩書だけは然も立派な左翼が登場し、戦前の治安維持法に喩えてその危険性を指摘する。

 この人士、朝日新聞の世論調査を出して「64%の人が反対している」と語っているが、朝日新聞を例にすること自体嗤うしかない。

 読者の投稿には常連の共産党員のおっさんが登場し「九条改正発言に心臓が止まる思い」だとし、相変わらず戦後の日本が戦争をせずに済んだのは憲法九条のお陰であると論じる。

 だが、我が国の戦後の平和は米軍の防衛力、つまりは米国の核の傘に因るもので、米国による中東などでの後方支援や資金援助は間接的戦争支援であり、また北朝鮮への経済制裁は戦争状態である。

 政府批判は結構だが、そろそろ国家の大本である国防というものを自国で賄う様にすべきで、安保関連法案にしろテロ等準備罪にしろ、粛々と法案を整え、米国依存から脱却を図らなくてはならない。

「九条改正発言に心臓が止まる思い」というなら、いっそのことシネバ好いのについつい突っ込んでしまうが、このタイトルは編集者に因るもので、最近の編集委員は「安倍政治」が大嫌いな方の様だ(笑)

 確信的左翼にしろ無自覚左翼にしろ、戦後教育の被害者と言えばそれまでだが、こういう輩というのは己で考える力が乏しく、間違いを指摘しても翻意したり反省することもなく始末に負えない。

 政府を批判し世論を誑かすのが新聞やジャーナリズムだと勘違いしているが、意見が割れてる政策や問題については是と非、つまり賛成と反対の意見を公正に載せるというのは当然のこと。

 憲法21条では確かに「報道の自由」が保証されているが、これは記者やジャーナリストらの礼儀を欠いた取材活動や報道を保証するものでもない。

 放送法第4条第2項には「政治的に公平であること」と記され、第4項には「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点をあきらかにすること」と明記されているが、会社の利益が優先され守られることはない。

 新聞倫理綱領に、「言論・論評の自由を守り抜くと同時に、自らを厳しく律し、品格を重んじなくてはならない」と記されているが、これは兎角傲慢になりがちな記者を諌める為のものでもあり、「言論の自由」を勘違いしてはならない。

 悲しい哉、昨今の新聞記者諸公に高い倫理意識など感じることもなく、とても放送法などを遵守し品格を重んじてるとは思えない。

 テレビにしろ、新聞にしろ、傍若無人な礼儀を欠いた取材と報道は日本の品格を貶め、国民の倫理意識を低下させ続けている。

 左翼の読者に阿た偏向したインチキ記事ばかりでは、他の読者はストレスが溜まる一方で、益々読者が離れていくばかり。

 それでなくてもネットの普及で新聞離れが危惧されてる中で、偏向著しい主張ばかりでは「新聞は要らない」ということになってしまうのではあるまいか。

 ネットの意見なんぞ新聞やテレビに比べればその影響は屁の様なもの。そういう意味では新聞への投稿は共産党や左翼の方が熱心だ。

 そんなこともあり、微々たる啓蒙活動として、なるべく右翼的表現は避けて保守的な意見を投稿しているが、ここのところ安倍内閣擁護と勘違いされてしまったたのか、単に文章が下手なのか、採用されることが減った(笑)

 それでも懲りずに月に一二回は投稿しているが、皆さんもネットだけではなく、地元紙などに投稿してみては如何でしょうか。

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 05:05|PermalinkComments(0)

2017年05月21日

左翼やマスゴミのアホ共が騒いでくれることで実に分かり易くもなる(笑)

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案が、自公維三党の賛成多数で衆議院法務委員会で可決された。

 野党やマスコミはこの法案を「共謀罪」だとし、強行採決だと批判するが、その理由を聞いても「一般人への線引きが不透明」だとか「内心の自由に踏み込む危険」だとか「息苦しい社会になる」だとか付けたりに過ぎない理由ばかり。

 そんな杞憂より、護憲派を自任するなら日本国憲法前文に明記されてる「諸国民の公正と信義」をもっと信用したら如何か(苦笑)

「共謀罪」は過去に否決されているというが、年々犯罪は巧妙化しまた国際化しており、過去の例を挙げるには無理がある。

 2000年、国連総会に於いてテロや組織犯罪に対応する目的で「国際組織犯罪防止条約」が採択された。国内での組織犯罪を未然に防ぐには現行法では不備があり、我が国も国際社会の一員として倣うのは当然のこと。

「国際組織犯罪防止条約」は、総会が行われたイタリア・シチリア島の都市名から「パレルモ条約」という通称が付いた。

 この条約を我が国が批准するには「組織犯罪処罰法改正」は不可避なのだが、共産党や民進党、マスコミや自称・平和主義者や人権何たら勢力らが「平成の治安維持法」などと国民を誑かして猛反対している。

 野党やマスコミが批判的に報道するものが正しいもので、「女性宮家」や「皇室典範改正」など、連中が賛成しているものが国民を誘導したいものである。

 報道しないものが国民には知らせたくないもので、頻りに報道するものこそ国民を誑かすものである。巨大な洗脳装置がマスコミであり、マスコミ報道を鵜吞みにする人達こそが愚民政策の体現者なのだ。

 クソ野党やアホ左翼、インチキマスコミが執拗に反対してるということは、恐らくは一般人には無害でいい法案なんだろうと思ってしまう。そういう意味ではアホ共が騒いでくれることで実に分かり易くもなる(笑)

「安保関連法案」の時も「戦争法案」などとレッテルを貼って「戦争に巻き込まれる」だとか、「あの暗い時代に逆戻り」などといったどれも愚にも付かない理由をこじつけて反対したのは記憶に新しい。

「特定秘密保護法案」にしても、反対する左翼マスコミやインチキジャーナリストらは「知る権利」を翳し国民を煽動したが、実際は個人の秘密ではなく国家機密であり、一般の国民には関係のない法案だった。

「テロ等準備罪」は、テロ組織を取り締まるもので左翼を取り締まるものではない。要は自ら左翼は組織犯罪だと認めて自分達への適用を恐れている証左だろうが、語るに落ちるとは正にこのこと(笑)

「パレルモ条約」は世界187国が締結し、マネーロンダリングなどの組織犯罪を防いでいる中で、先進国のリーダーたる我が国が締結しないことは国際的な非難や嘲笑の対象になるのではあるまいか。

「パレルモ条約」を締結することで、捜査共助や犯罪人引き渡しの条約を結んでいない国に対しても捜査協力を依頼出来るようになり、国内で犯罪を犯し逃亡してる犯人を追い込むことが出来るのは好いことだろう。

「パレルモ条約」は北朝鮮も締結してる。日本国内で拉致監禁事件を犯した犯人の引き渡しも可能になるということでもあるし、我が国も締結に向け「テロ等準備罪」などの法整備を粛々と整えるべきだろう。

 先の大戦を侵略戦争と疑って止まない左翼や似非平和主義者らは、昭和初期から大東亜戦争までの時代を「あの、暗い時代」などと喩える。

 だが、愚生には暗い時代とは思えない。確かに食べ物も満足に食べられず、極貧に喘ぎながらも人々の心は豊だったと思えてならないのだ。

 現代は、モノが溢れ欲しい物を簡単に手に入ることの出来る時代でありながら、人心は荒廃し、自殺者は増え続けている。

 国内には精神科への通院患者は約300万人以上に上り、社会に適応出来ない人が推計50万人もおり、その数は殖え続けている。

 こうしたことは現代を反映し、精神的に病んだ者の犯行は一種の甘えの様な、豊かな現代社会の副産物の様にも思える。

 実に安直な甘えそのものだが、自殺者や精神病患者の多さを全て政治の責任とは言わないまでも、国民の模範であるべき政治家の為体は国民の精神の堕落に拍車をかけ、社会そのものを狂わせる。

「幸福の青い鳥」は決してモノなどではない。人と人のふれあいであり「絆」なのだが、震災復興を見てもその「絆」は口先だけのものばかりで、今の時代の方があの時代よりも余程「暗い時代」に思えてならない。

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 06:37|PermalinkComments(0)

2017年05月18日

「女性宮家」を創設したところで陛下の「祭事」を代行することなど不可能

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

 秋篠宮真子内親王殿下の慶事を受けて、17日付の地元紙には「皇室を考える契機に」との記事が載っている。

 内親王殿下の結婚は「皇室の先細り」という現実を突き付けており、皇室改革つまり「女性宮家」創設は避けられないかの様な内容で、こうした作為的な記事が垂れ流されることで、国民の多くが誑かされる。

「女性宮家」の創設は皇族の安定には欠かせないと、尤もらしく「女性宮家」創設や皇室典範改正に躍起になってるのは、民進党や共産党、朝日新聞を始めとした売国マスコミということをしてもその胡散臭さが垣間見れる。

 日頃、「開かれた皇室論」から敬称を略し、「さま」付で呼称していながら、宮家の敬称をどうするかなどという議論もまた嗤うしかない。

 戦後の所謂「天皇制廃止運動」の主力は、昭和に在っては「戦争責任・退位論」であり、続いて「開かれた皇室論」と「敬称・敬語不使用運動」。平成になり「女性天皇論」に転換され、「女性宮家」に繋がっている。

「譲位」ではなく「退位」を使用していることでも、現在謀られている退位論も正に共産主義者による策謀というのが正しく、そうしたことを保守を自任する自民党政権下で成されること自体、国家観の欠落と断じざるを得ない。

「女性宮家」の問題などで、陛下の御高齢を理由に「陛下の御公務を軽減させる為には女性宮家は必要である」との意見が散見するが、女性宮家を創設したところで陛下の国事行為や御公務が減ることはない。

 天皇は憲法上の制約から、国事行為として「国会の開会式」「首相や最高裁長官の親任式」「大臣の認証式」など年間約60回、その他に国賓・公賓への接遇や会見、会食などの公的行事を約170回ほど御勤め遊ばされる。

 国事行為は憲法で明記しているが、公的行事は明文化しておらず、年々増加傾向にあり、陛下の御負担になっている。

 畏れ多いことに陛下の御高齢を理由に「退位」が謀られてしまったが、抑々、陛下の御発露を受けて発足したのは「国事行為を軽減する有識者会議」だったのにも拘らず、「退位を検討する有識者会議」に摩り替えられた。

 陛下の国事行為や公的行事を、憲法議論もせずに「女性宮家」を創設すれば軽減され、また「皇室の先細り」が解消される出来るなどとは本末転倒、国民を誑かすまやかしでしかない。

 天皇にとって大事なものは「祭事」である。天皇とは我が国の古来の教えである神道の祭事を司る祭司であり祭主である。

 天皇の祭事は、元旦早々の「四方拝」から始まり、「歳旦祭」「元始祭」や毎月の旬祭など、年に50回程に上るが、こうしたものは国事行為でも公的行為でもなく、天皇の私事となってしまった。

「国安かれ民安かれ」と国家国民の安寧を祈る存在こそが天皇であり、本来は、国事行為や公的行為よりも優先されるべきものである。

 歴代天皇が古来より司って来た祭事は、現憲法によって天皇の私事になっているが、天皇は畏れ多くも憲法以前の御存在であらせられる。

 皇室典範の「大嘗祭」の規定は最早どこにも存在しない。これだけでも現皇室典範が正統な国法ではないことが理解出来よう。

「女性宮家」を創設したところで、こうした祭司としての陛下の「祭事」を代行することなど女性には不可能なことのだ。

 我が国の皇室は諸外国の王室とは異なる。だが、今や多くの国民は皇室や皇族が、恰もイギリス王室と同じ様に考え、女性でも公的行事は行えると勘違いしてしまってるのではあるまいか。

 陛下の家訓である皇室典範の奉還が成されず、「皇室の先細り」「皇室制度の改革」を云々言うならば、皇室典範第12条の「皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる」との条項を見直し女性宮家の創設を謀るよりも、同15条の「皇族以外の者及びその子孫は、女子が皇后となる場合及び皇族男子と婚姻する場合を除いては、皇族となることがない」との条項を改正し、旧皇族の皇籍復帰を成すべきである。

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 05:09|PermalinkComments(0)

2017年05月17日

自主防衛を語らない沖縄左翼は中共の単なる駒でしかない

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

 5月5日は「沖縄本土復帰記念日」だったが、沖縄県主催の記念式典も行われず、沖縄左翼による反基地のデモと集会が行われただけ。

 戦後、米国に統治されたのは沖縄だけではない。伊豆諸島は終戦翌年の昭和21年3月22日に、トカラ諸島は昭和27年2月10日に、主権回復した翌年の昭和28年12月25日には奄美諸島が、昭和38年6月26日には小笠原諸島が本土復帰した。

 言い方は悪いが、これが米国による統治だったから好い様なもので、旧ソ連(ロシア)に侵略され不法に強奪された南樺太や全千島列島は未だに返ることはなく、旧島民の方々が故郷へ帰ることすら儘ならない。

 沖縄では「米軍基地反対」さえ叫んでいれば平和が訪れると思っている県民も少なくない様だが、「反基地運動」にしても米国だから許される。

 米軍の撤退はイコール中共からの併呑を意味する。米軍撤退を叫び自衛隊による自主防衛を訴えるなら未だしも、沖縄左翼は自主防衛は全く語らない。これつまり、沖縄左翼は沖縄併合を謀る中共の単なる駒でしかない。

 沖縄全体がきちんと突き詰めた議論が為されない儘に、安っぽい平和主義と過剰な被害者意識から、日本政府と米軍にその矛先が向けられている。

 これ恰も、正論を語れる雰囲気も無く、唯単に「反日」や「侮日」で結託し、罵詈雑言を浴びせかける隣国と同じ構図でもある。

 地理的に日本と支那の中間に位置する沖縄は、日本から見れば同じ日本人だが、支那や沖縄から見れば寧ろ支那と同族の関係にあった。

 沖縄の住民は日本本土から南下し住みついた日本人と、ポリネシア系や台湾系、支那華南系だとされている。

 明の時代に支那に入貢して琉球国・中山王として冊封を受け、奄美大島から先の宮古・八重山までの領域を支配する中央集権国家を築いた。

 日本への使者の派遣は室町時代になってからで、徳川幕府の命令で島津藩が琉球に出兵し奄美大島を直轄化したが、琉球はその後に支那に誕生した清朝の冊封も受け両属の二股外交の立場を採った。

 琉球は日本文化が拒絶した宦官制度を導入していたことでも支那との関係が深く、また日清戦争の際には日本派と清国派が乱闘を演じた。

 日清両属を主張する琉球を沖縄県として統合した「琉球処分」は、日本の国土統一を進める明治政府にとって不可避の課題だった。

 明治5年、明治政府は琉球藩を設置し、琉球王の尚泰を藩王に任命する。明治12年には「廃藩置県」の通達により首里王府を解体し沖縄県を置いた。

 しかし、清国はこれを喜ぶことはなく、東京や北京で画策を謀り国際問題化させる。清朝の摂政・恭親王と直隷総督・李鴻章は北京訪問中のグランド元米国大統領と会見し、琉球問題の仲介を依頼する。

 その後、日本を訪問したグランド元大統領は、伊藤博文と西郷従道と栃木県日光で会談するが、逆に清朝の旧態を批判し、日本を支持したのだった。因みにグランド元大統領は英国でも「琉球処分」での日本の論拠を擁護している。

 日光会談後、東京でも日本政府とグランド元大統領との会談が持たれることとなり、会談には明治天皇も御臨席遊ばされた。当時の日本外交が用意周到に展開されたことを窺わせるものであろう。

「琉球処分」後も、沖縄では頑固党(親清派)と開化党(親日派)との抗争が絶えなかったが、日清戦争で我が国が勝利すると、親清派は沈黙し、初めて沖縄が静穏に発展し軌道に乗ったのである。

 国内では相変わらず親中派や沖縄左翼が沖縄を攪乱しているが、これは過去の琉球処分への報復が着々と謀られているということでもある。過去に民主党政権下で奨められた「沖縄ビジョン」はその最たるもので、その首謀者は中共である。

 その革命運動の序章が米軍基地反対運動であり、平和の邦・沖縄という無防備の邦の演出である。三島由紀夫は嘗て無防備の害をこう訓えている。

「私は戦争を誘発する大きな原因の一つは、アンディフェンデッド・ウェルス(無防備の害)だと考えるものである」

 自主防衛を語らない反基地運動は正に無防備の害そのものであり、現憲法を「平和憲法」と騙り、安っぽい平和主義を翳すことこそが戦争を誘発する最大の危険要因となることを思い知るべきだろう。

 今の時代「平和」とは唱えるものではなく、いつまでも米国に依存すべきものでもない。「平和」とは自らが命懸けで創り出さねばならないものである。

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 04:44|PermalinkComments(0)

2017年05月15日

5月15日の「沖縄本土復帰記念日」に思う

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

 5月15日は「沖縄本土復帰記念日」。昭和47年に沖縄が本土復帰する前、当時の首相だった佐藤栄作が発した「沖縄が帰らずして日本の戦後はない」との言葉は当時未だ小学生だった愚生にも大きく響き、その記憶は消えることはない。

 沖縄では未だに「日本は沖縄を見捨てた」「日本は沖縄を捨石にした」「日本軍は沖縄の敵であった」などとの声を耳にする。

 だが、沖縄を護る為に、そして祖国日本を救う為に、尊い命を捧げてくれた特攻の英霊が存在していることを忘れてはならない。

 先の大戦での「沖縄戦」に於いて、特攻戦死者の実に76%が沖縄戦で亡くなっている。鹿屋基地(海軍航空)からの特攻で1981名、知覧基地(陸軍航空)からの特攻で1036名が散華した。

 特攻は航空だけではなく、特殊潜航艇、回天魚雷、空挺特攻、対戦車特攻、震洋特攻艇、陸軍海上特攻なだ様々な工夫により劣勢を覆す為の特攻攻撃が行われた。

 集団自決が問題となっている座間味、渡嘉敷両島に於ける梅沢、赤松部隊は元々島の防衛隊ではなく、海上特攻の部隊だった。米軍がこれを察知して特攻艇を先制撃破した為、止むを得ず上陸軍と戦闘を行ったのだ。

 戦艦「大和」が沖縄戦の為に出撃したことはよく知られているが、これも特攻攻撃の一つであり、「大和」が沖縄に到達した暁には、海岸に乗り上げて全力を挙げて砲撃戦を行う予定だった。

「大和」には歯磨き粉と歯ブラシ50万人分、月経帯15万人分などの民生品を大量に積み込んでいたことを鑑みても、沖縄と沖縄の人々を必死で護ろうとした何よりの証明と云えよう。

 沖縄本土復帰を喜ぶのはいい。だが、反米・反基地ばかりが問題視され、散華された英霊に対する感謝の声が全く聞こえて来ないのは悲しいことだ。

 沖縄では「米軍基地反対」さえ叫んでいれば平和が訪れると思っている県民も少なくない。だが、米軍の撤退はイコール中共からの併呑を意味し、米軍を否定するならば自衛隊による自主防衛を訴えるべきだと思うが、沖縄左翼は、摩訶不思議なことに自主防衛は語らない。これこそが何を況や。

 沖縄全体がきちんと突き詰めた防衛議論が為されない儘に、安っぽい平和主義と過剰な被害者意識から、日本政府と米軍にその矛先が向けられている。

 政治家も口々に「平和を守る」というスローガンを掲げて有権者に訴える。だが、軽々しく「平和」を口にはするがどうやって我が国の平和を創造するかという具体策は言わない。所詮は党勢拡大の為だけの「平和」でしかない。

「戦争を誘発する大きな原因の一つは、アンディフェンデッド・ウェルス(無防備の害)だ」と訓えたのは三島由紀夫だが、軽々しく「平和」を訴えている政治家こそが政治や外交を危ぶみ、戦争を誘発する最大要因となる。

 憲法を守り、安保法案に反対し、自衛隊が無くなれば当たり前に平和が存在するのだと疑って止まないが、そういうのを思考停止という(笑)

 平和を守るには自衛隊の存在が不可欠で、自衛隊を更に有効に且つ自衛隊員の安全確保に安全関連法案は必要であり、自国の防衛を否定する現憲法には問題があると言った途端に反発を食らう。我が国は戦後、正に思考停止状態の儘。

「オストリッチ・ファッション」という言葉がある。オストリッチとはダチョウのことだが、ダチョウというのは自分に危機が迫ると穴に首を突っ込み、危機を見ないようにして危機から逃れたつもりになるという。

 欧米諸国は日本を「オストリッチ・ファッション」と嘲う。「軍事」「戦争」「憲法改正」と言った途端に思考停止に陥る日本人を揶揄した言葉だが、正しくその通りだろう(笑)

「平和」の反対が「戦争」ではない。戦争は政治や外交の延長線上にあるもので、国際法上認められた正当な行為である。

「平和」の反対は「混乱」であり、「当たり前」の反対は「有り難い」であり、その稀にある「平和」という偶然に「有り難い」と感謝することは当たり前のこと。

 悲しい哉、日頃軽々しく「平和」を口にしてる連中というのは、この平和で有ることが難いことであるという自覚が無く、「当たり前」に存在することなのだと勘違いし、当然、平和に貢献してる米軍や自衛隊に感謝することもない。

 我が国の平和というものは、単に日米安保条約や米国の核の傘の下でのまやかしの平和であり、そんな薄っぺらな平和に現を抜かしているのが現状なのだ。

 我が国の平和が、米国の庇護の下での存在であることに気付きながら、その米国に感謝するどころか批判し、米軍をも否定する。

 であるならば、中共や北朝鮮からの眼前の危機に対し、自らが立ち上がり平和を創造すべきなのだが、何故かそれをも否定する。

 我が国もそろそろ「オストリッチ・ファッション」から覚醒し、国家の大本である国防を取り戻す為にも、米国依存の体制からの脱却を図らねばならない。

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 06:27|PermalinkComments(0)

2017年05月11日

韓国19代大統領に反日左翼の文在寅が就任

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

 朴槿恵前大統領の罷免に伴う大統領選が行われ、予想通り文在寅が韓国19代大統領に就任する。マスコミ各社は「9年ぶりの革新政権誕生」と報じるが、革新政権ではなく反日左翼政権が誕生したということだ。

 文在寅は、韓国歴代大統領の中でも徹底した「反日」政策を実行した故廬武鉉の側近中の側近で、当選後に「親日派の粛清」を公言したことでも、その反日ぶりと左翼特有の精神的異常さが垣間見れる。

 今後、韓国は更なる「反日」を徹底し、日韓合意を反故にし、慰安婦像の撤去を拒否し慰安婦問題を再燃させ、強制連行を声高に叫び強制連行の銅像を設置し、竹島に続き長崎県対馬の領土主権を主張し、韓国世論を扇動するだろう。

 文在寅は勝利宣言に於いて「常識が常識として通じる国を創る」と語った。これは日本に向けての発言であり、この常識が国際的な常識であれば結構な話だが、所詮は己らの偏狭な妄想の押し付けでしかない。

 歴史問題に対する韓国の異常な難癖は今に始まったことではないが、これらの修正要求やイチャモンは明らかな内政干渉であり「平和条約」違反である。

 戦後、両国が締結した日韓基本条約には「両締結国は善隣友好の精神に基づき且つ平和及び互恵並びに内政に対する相互不干渉の原則に従い両国民の交流促進のため努力する」と踏襲されている。

 だが、両国民の交流促進に努力しているのは我が国だけであり、内政干渉を続け、事ある毎に難癖を吐ける韓国は国際条約違反である自覚さえ無い。

 こうした事実をしても韓国と胸襟を開いて付き合うなどとは笑止千万。況してや更なる親日派の粛清を謀る文在寅反日左翼政権との友好など有り得ない。

 友好親善を続けるならば、平和条約の順守と世界に恥ずべき事後法である「親日分子取締法」の撤廃を条件にすべきで、慰安婦像の撤退如きで譲歩する様なことがあってはならないし、更なる反日を徹底するなら、善隣友好の精神は皆無だとして平和条約の解消を突き付けるべきであろう。 

 文在寅は親日派と言われた朴正熙政権に反対する学生運動の首謀者的存在で投獄されたこともある確信的左翼闘士であり、反日活動家である。

 2002年、文在寅は廬武鉉と共に法律事務所を開設。同年、大統領選出馬に向けて盧武鉉は歴史の見直しに強い意欲を示し、約100年前の日韓併合や日本統治時代の親日派、朝鮮戦争時代の韓国軍による民間人虐殺、軍事政権下での人権抑圧事件の真相究明を主張した。

 翌年、代16代大統領に就いた廬武鉉は、盟友の文在寅を大統領首席秘書官に据え、親日派一掃の為にこれらの主張を実行に移す。

 国会では過去清算の立法を進め、真相究明や責任の追及、補償を行う為に「過去史整理基本法」を成立させ、更には日本統治時代の親日派の子孫を排斥する為「親日分子取締法」を施行した。

 この法律施行により「親日派」とする李完用元首相ら9人の子孫が所有する財産36億ウォンと相続した土地を没収。2006年には、全斗煥元大統領ら170人の叙勲を取り消す暴挙も行っている。

 その後、「親日・反民族行為者の財産の国家帰属に関する特別法」に基き発足した「親日・反民族行為者真相究明委員会」は、406名を「親日派・反民族分子」と断定し追加公表した。だが、これらの事後法は文明の原則である。

 法の「不遡及の原則」に反しており、まともな国際社会では許されるものではない。それを知ってか知らずか、恥ずかしくもなく真顔で「常識が常識として通じる国を創る」と語るのだからホント嗤うしかない。

 文在寅は、身内の不正により自殺した廬武鉉への忠誠を示す為に、志半ばで断念せざるを得なかった「親日派の一掃」の総仕上げを謀ろうというものであり、反日を徹底する韓国とは一線を画すべし。

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 05:12|PermalinkComments(0)

2017年05月08日

世界のどの国も一旦緩急あれば命を賭して戦うだろう

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

 今日は新聞休刊日。こんな日は何か手持ち無沙汰で、仕方なく、昨日の新聞に目を通す。地元紙の「日曜論壇」に登場する人物は名うての左翼や無自覚左翼ばかりで、言葉は巧みだが読んでて厭になる(笑)

 今回は本宮市出身の元共同通信社編集局長の国分俊英。左翼の巣窟ともいうべき共同通信社の元編集局長が何を書こうが勝手だが、こういう記事によって多くの読者は世論誘導されることを思えば罪深い。

 記事では「教育勅語」が皇民化教育に利用されてく過程を批判的に綴り、安倍政権下で教育勅語の使用が閣議決定され、稲田大臣や義家副大臣の主張を作為的に論じ、安倍政権が恰も戦前回帰しているかの様に扇動する。

 教育勅語も思想信条の一つであるなら、現憲法下でそれは認められるべきものだと思う。日頃、護憲を唱えながら意見を異にするものを認めないとは何事か。

「教育勅語」の「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ」ばかりが強調され、「戦争はいけない」と結論付ける。だが、万が一戦争になれば誰が助けてくれるのか。未来永劫、米国に護ってもらえとでもいうのだろうか。

 その国に生を享けた者として、国を護るのは当然の務めだろう。

 例えば、イタリアでは「祖国の防衛は、市民の神聖なる義務である」と教え、中国では「祖国を防衛し、侵略に抵抗することは、すべての公民の神聖な義務である」と教える。他の国々も同様に国防の義務を憲法で明記している。

 国民が国家に忠誠を誓い、一旦緩急あれば愛するものの為に命を賭して戦うのは当然であり、我が国の平和主義は実に軽々しい。

 教育勅語が危険なのではなく、問題は戦前戦中と教育勅語を国威発揚に利用したことで、それを安倍政権下で実行しようという改憲議論と結び付けて「戦前回帰的な動きである」とは嗤うしかない。

 この論壇を読み、反論を投稿したがどうせボツだろう(笑)

 安倍首相は2020年の改正憲法の施行を目指す。ここで目に留まるのは、教育費の無償化を憲法改正の議題に上げることだ。これは、憲法を改正して幼児から高等教育までの無償化を訴える日本維新の会に秋波を送る為に、教育無償化を国民に呼びかけて、改憲の突破口にしようというもの。

 政治で大事なものは教育と国防であるが、教育で大事なことは教育の無償化より教育の内容が大切で、先人の営為に学び、日本という国に生まれたことの自覚や誇り、悦びを教えていくことが何より大事である。

 高邁な魂を喪失した現在の日本に最も必要で大事なものは、教育の無償化よりも、将来を担う子供達への教育内容の充実である。

 政治家がこうした教育論を疎かにして、党利党略の目論見だけで、教育や学校給食の無償化など、金の分配だけに狂奔していることは本末転倒という他は無く、況してや憲法改正に教育の無償化を利用するとは姑息過ぎる。

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 07:40|PermalinkComments(1)

2017年05月06日

「子供の日」にみる男女共同参画社会の悪影響

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

 5月5日は「子供の日」。古くはこの日は、菖蒲(しょうぶ)や蓬(よもぎ)を軒に挿して邪気を払う習わしがあったが、江戸時代以降、男子の節句とされ、武家で甲冑や幟を飾ったのに倣い町人が武者人形や鯉幟を立てる様になった。

 昔は「端午の節句」として男子の健やかな成長を願う行事が行われていたが、これにいつものオバハンらが女の子への差別だと反発し「こどもの日」としている。

 5月5日は別名「あやめの節句」「菖蒲の節句」「重五(ちょうご)」「端陽(たんよう)」ともいう。

 「こどもの日」の趣旨とは、「未来を担う子供の人格を重んじ、幸福を図ると共に、子供は自分を生み育ててくれた親に感謝する日」である。

 制定された当時は「親」ではなく「母に感謝」ということだったが、これも男女共同参画社会の影響から、父親へ配慮し「親」となった。

 最近は「子供」表記ではなく、「子ども」表記が氾濫している。

 文科省は平成26年6月、左翼やマスコミが使用する「子ども」との表記を、公文書では「子供」に統一する通達を出した。

 左翼やマスコミらが「子ども」表記を使うのは、「子供」の「供」という字が、「お供え物」「お供する」などを連想させ、「差別的な印象を与える」というのがその最たる理由だ。

 ならば別に「こども」で好いではないかと思うが、何故か文科省通達を無視して「子ども」表記に固執する。

 そうしたギャグの様なマヌケなことを真顔で実行し、それを疑いもせずに真似てる自民党や自称保守派というのもまた嗤うしかない。

 こうしたキチガイ的屁理屈を並べているのは、政府中枢に入り込み、男女共同参画社会を謀った全共闘世代や共産党といったいつものキチガイ左翼やジェンダーフリーの変質者共であることは言うを俟たない。

「子供」と同じ様に「婦人」という言葉も、こうしたキチガイ活動家らの企てによって公文書から消されてしまった漢字の一つだ。

 これは漢字研究者の諸橋轍次が、後漢の時代の「説文解字」を紐解いて、「婦人とは箒(ほうき)を持って掃除をする女のこと」と紹介したことに、前出のキチガイ共が飛び付いて「女性差別」だと叫び抹殺した。

「婦人警官」が「女性警察官」と呼ばれる様になったのもこうした影響だ。しかしその後、諸橋轍次の説は全く誤りだと判明する。

 甲骨文字、それに続く金文の研究から「婦人」の「婦」は、「宗廟に酒を捧げ清める高貴な女性の意味」だということが判明する。

「男女共同参画社会」というのは、こうした言葉遊びから始まった左翼陣営による共同謀議的大愚策なのだが、これを自民党政権下で実行し、今や自民党政権下でも担当大臣が存在しているのだから呆れ甚し。

 最近は「看護婦」と言わないで「看護師」と呼ぶが、この「師」というのは、師団、軍師、派遣、元帥、追撃などに含まれる「追」のツクリは軍隊を派遣する時に食料である肉を分けることが原義だという。

 普段「平和」「平和」と叫んでいるアホンダラ左翼らが、その意味も分からず、「看護婦」を「看護師」と呼び換えて満足し、無意識のうちに軍隊に起因する漢字を使用していることは実に滑稽でもある。

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 04:38|PermalinkComments(0)

2017年05月05日

安倍も、声高らかに「現憲法は無効である」と宣言でもしたらそれこそ歴史に名を遺すだろうが

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

 安倍首相は憲法記念日にビデオメッセージを寄せ、憲法改正を実現し「2020年を、新しい憲法が施行される年にしたい」と、九条をそのまま遺して、新たに自衛隊の存在を明記すると、保守派や自称愛国者に向けてアピールした。

 九条第二項で「陸海空の戦力を保持しない」と明記されてるのに、自衛隊の存在を条文に入れることで違憲状態を無くすというのは、国家の大本である国防を担う自衛隊に対する冒涜だろう。

 つまり安倍は「我が国の自衛隊は法的には軍隊ではない」という認識で、歴代内閣と同じく、自衛隊は巨大な警察機構と見做しているということだ。

 憲法九条改正や加憲が大事だと思ってる安倍は、九条の会や護憲派と同じレベルであり、九十六条の改憲条項の緩和にしても、「取り敢えず改憲派」がやろうとしていることに危機感を抱かざるを得ない。

 自衛隊の存在を憲法の解釈ではなく、もっと踏み込んで現憲法の制定の過程と自衛隊の設立過程というものについて問題提起し、そして議論し、国防の在り方を国民に問いかけるべきで、九条をそのまま遺して、新たに自衛隊の存在を明記するとは何事ぞ。皇室典範への附帯で味を占めたか(苦笑)

 嘗て三島由紀夫は「檄」に於いて「最も名誉を重んずるべき軍が、最も悪質な欺瞞の中に放置され・・・国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず」と喝破した。

 未だに自衛隊とは三島が憂いた通り、「警察の物理的に巨大なものとしての地位」の立場の儘であるのだ。安倍はそれを明記しようとしてるのだ。

 安倍は「国民の生命と安全を守る」と口にする。だが、「生命と安全」を守るのは本来警察の仕事であり、国防を担い、国軍としての自衛隊が護るべきは国體であり国柄であり、畢竟、「皇統」である。

「国防」とは三島曰く、「それを失えば日本では無くなってしまうことを死守することである」。つまり、自衛隊が「国軍」であり「皇軍」で在らねばならないというのはこういうことだ。

 何が、九条第二項をそのまま遺して自衛隊の存在を明記するだ。保守票欲しさのパフォーマンスにはうんざり。

 野党も野党で、護憲派の票欲しさから安倍批判を繰り返し、蓮舫に至っては「安倍の、安倍による、安倍の為の憲法改正だ」と揶揄し、歴史にその名を遺そうとしてると批判する。これでは支持率は下がる一方だ。

 安倍が調子に乗るのはこうしたボケ野党の存在の賜物。安倍が「現憲法は国の最高法規として機能していない」と国民に訴え、声高らかに「現憲法は無効である」と宣言でもしたらそれこそ歴史に名を遺すだろうが、そんな器ではない。

 第九十六条の安易な改憲によって、革命政権樹立後に天皇条項をも破棄することも容易になるという危険を顧みずに、それを実行しようとは現政権、つまりは安倍の傲り以外の何ものでもない。

 誤憲派にしても、取り敢えず改憲派にしても、所詮は国體破壊の同じ穴の狢というのが正しく、安倍にしても勇ましいことを言ってるだけで保守に非ず。安倍政権下で実行される「天皇退位」がそれを如実に現している。

 政党の中では「日本のこころ」が正当な認識を有しているが、如何せん、国民には浸透していない。自民党や維新の会などに埋没してる正統な保守議員が連帯して現憲法の無効を図るべきである。

「隗(カイ)より始めよ」という「戦国策燕策」郭隗の故事がある。遠大な事をするには、手近なことから始めよ。転じて、事を始めるには先ず自分自身が着手せよ、言い出した者が先ずは始めという意味だ。

 改憲議論が進まないことに業を煮やした安倍が2020年という具体的な数字を出したのは、ある意味では隗より始めたとは言えなくもないが、国家の行く末を憂い、憲法観を一にする議員が団結して現憲法と対峙せよ。

 保守を自任する政治家こそが隗より始めよ!

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 05:30|PermalinkComments(0)

2017年05月03日

「真の日本国憲法の制定を祈念し、国の成長を期する日(憲法祈念日)」との名称が相応しい

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

 本日は全国各地で憲法改正派と護憲派が集会を催す。安倍自民党は悲願の憲法改正に躍起だが、現憲法を改正するも、護るのも亡国への道である。

 護憲派は幼稚な平和主義を掲げて「九条」を死守しようと叫び、自称保守派らは「九条」は主権を守る上でも改正すべきと、「九条」こそが重要だと認識しているが、どちらも目指してる方向が同じことに気付くべきだ。

 右翼陣営の中にも一時期よりは少なくなりつつはあるが、「憲法改正」と「自主憲法制定」を一緒くたにしている者も少なくない。

「自主憲法制定や欽定憲法復元改正なんてとてもじゃないが無理。だったら取り敢えず改憲を目指すことの方がベストだ」という声も多い。

 日本会議がそうだし、安倍自民党も同じ認識だが、改憲への突破口として「第九十六条改正」を目論み、それ機に党是である新憲法の制定を目指しているのであれば、その手法は姑息であり、誤りであると言わねばなるまい。

 九十六条の改憲発議条項を緩和するということは、万が一、共産党などの革命亡国政権が樹立した場合、再改憲や天皇条項の削除も容易になるという危険も孕んでいることを須らく自覚すべし。

 国柄や国體と皇統を護り抜く上でも、「第一条」に対する共産党の「我々が天皇制に反対していることを以ても国民の総意ではなく、つまり天皇の存在は違憲である」という屁理屈を指弾しなければならない。

 更に「女系天皇」論や「女性宮家」に通じかねない「第二条」を議論することにより、現憲法の不敬さと不当性を明らかにせよ。

 現憲法は「米国の押し付け憲法」と言うのは容易い。だが、現実は大日本帝国(明治欽定)憲法第七十三条による改正である。昭和20年11月3日の公布式に於いて、昭和天皇はこう裁可なされた。

「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる」

 当時、我が国は連合国の占領下に在り、政府にしてみれば不本意ではあるが、米国の様々な条件を呑まざるを得なかったというのが真相である。

 現憲法がこの様に帝国憲法の改正であるなら、現憲法は改正ではなく、旧帝国憲法の復元・改正こそ我が国の執るべき道であらねばならない。

「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する日(憲法記念日)」に当たり、憲法論議を活発化させることは大事だが、真に国の成長を期するならば、先人の智慧の結晶である旧帝国憲法の復元改正を急ぐべきで、5月3日とは「真の日本国憲法の制定を祈念し、国の成長を期する日(憲法祈念日)」との名称が相応しい。

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 07:40|PermalinkComments(0)

2017年05月02日

国民不在のくだらん国会審議を見てると血圧も上がるわな(笑)

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

 陛下の譲位に伴い、共産党用語の「退位」に続いて、皇太子殿下が即位した後は、「皇太子」の名称は使わず「秋篠宮皇嗣殿下」を使用するというが、こうした名称使用も共産主義者による策謀である。

「皇太子」を空位とし、東宮職を消滅させる狙いなのか。歴史の前例に倣い、秋篠宮殿下は「皇太弟」とし「皇太子」と称するべきであろう。

 今日の新聞には、左翼の巣窟でもある共同通信社による皇室に関する世論調査の結果が出てる。「退位」という言葉や皇室の在り方、天皇の御存在に対して日頃から理解していない国民が、皇室典範の改正や皇統を論ずることこそ不敬極まる話で、「退位を恒久化することに賛成」とする意見が68%もあるというのも全てはマスコミに因る世論誘導の結果に過ぎない。

「女性天皇」や「女系天皇」の違いにしても、理解しているとも思えず、「旧皇族の皇籍復帰」には72%が反対するが、天皇としての国事行為は継承出来ても、天皇の本来の御勤めである祭祀を継承することは不可能なのを知っているのか。

 こうした事例に見るまでもなく、保守を標榜する安倍政権下で皇室解体を目論む宮内庁と連帯して皇統断絶の策謀が奨められていると思うと遣り切れないが、野党にしても党利党略から反安倍ありきの国民不在の国会審議を繰り返すばかり。

 マスコミにしても、偉そうに報ずる報道に公正や正義は存在せず、株式会社としての営利優先から無自覚左翼の購読者に阿る記事を読んでると、愚生でなくとも怒りから血圧が上がってる人も多いだろう(笑)

 閑話休題。血圧が高くなる要因と言われるのが塩分。だが、「塩分」は生きる上では必要な栄養素であり、摂り過ぎると高血圧や脳卒中の原因になると言われているだけで、少なくないと体調不良を起こす。

 血圧は降圧剤によって確かに下がるが、血圧が下がることで発癌性が上がり、また感染症のリスクも増すことも学会では報告されている。

 抑々、この高血圧の基準も実にいい加減なもので、高血圧の基準変更は「医師会による策謀」と言っても過言ではない大嘘だという。

 我が国の基準値は本来、最高血圧が160~最低血圧が95mmHgだったが、2000(平成12)年に、最高血圧140~最低血圧90に引き下げた。

 昨日まで血圧が150~92の健康な人が、いきなり高血圧患者されることとなり、健康人が病人にされてしまった。愚生もその一人。

 この基準値を下げたことで新たに2100万人の高血圧の患者が増え、これまでと合わせ3700万人が高血圧となり、血圧を下げる薬が膨大に出され、製薬メーカーの利益は増大した。

 我が国の殖え続ける国民医療費はこうした医師会と製薬会社、それとそうした利権構造にタカる政治家の腐敗構造によるものが大きい。

 80歳の人の5年生存率を最高血圧から調査した研究によれば、最高血圧が180以上の人達の生存率が最も高くなり、最高血圧が120~140のグループの生存率が一番低いという。

 抑々、高齢になると血圧が高くなるのは正常な生理作用。それを薬で下げてしまうことでリスクが発生する。

 一般の塩は塩化ナトリウムの純度が高過ぎる不自然な塩で、かといってミネラル成分が多ければよいというものでもない。昔ながらの製法で作られた自然塩には適度のにがりが含まれていて、塩はやはり自然塩に限る。

 血圧の基準自体が嘘なのだが、言えることは色々なものに洗脳されていて、嘘を信じてしまっていることを自覚出来るかどうかである。

 まぁ愚生も降圧剤服用者だが癌で死ぬことはないだろうし、もし愚生が斃れるとしたら、癌より脳卒中だろう(笑)

 愚生も薬は四種類飲んでるが、薬は一旦飲みだすと精神的に飲まないと不安になる。こういう心情を巧みに利用して薬を服用させてるとしか思えない。

 だが、こうした病気への不安という単純且つ根本的な問題を解消させない限り、財政を圧迫し続ける我が国の医療制度が粛正されることはない。

にほんブログ村 政治ブログ 政治思想へ
にほんブログ村←ブログ応援クリック御協力ありがとうございます!

cordial8317 at 14:07|PermalinkComments(0)