2016年09月

2016年09月30日

対中外交を改め、台湾との国交を恢復せよ!

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 昭和47(1972)年9月29日、田中角栄は「日中共同声明」に調印。中国共産党を唯一の政府であると認め、主権回復した昭和28(1953)年4月28日に締結した国際法規である「日華国交条約」を一方的に破棄した。

 これを受け、中華民国は直ちに我が国との国交を断絶。我が国が台湾を国家として認めていないのは、我が国の国際条約の蹂躙が原因であり、主権国家・道義国家として実に恥ずべきことだ。

 我が国と支那の関係を「一衣帯水」だとか「古くからの隣人」などと心得違いをしている人が多いが、日中間に国交関係が樹立されたのは20世紀に入ってからで未だ100年も経っていない関係である。

 況してや、中華人民共和国(中共)との国交は44年しかなく、我が国と戦争もしていない中共が戦勝国として国連の常任理事国に就いていることが摩訶不思議なことで、本来、戦勝国は中華民国であり台湾だろう。

 親中派は常々「日中は同文同種、一衣帯水の関係」との認識を示すが、これは全くの誤りであり、無知以外の何ものでもないが、こうした認識こそ中国共産党の策謀に嵌っている証左の一つでもある。

 607年、聖徳太子は小野妹子を隋に派遣し対等外交に踏み切り、後に蘇我氏を滅ぼした中大兄皇子らが645年「大化の改新」を実現する。

 天智2(663)年、唐・新羅連合軍に攻撃された百済は日本に救援を求めると、我が国はこれに応じ出兵した。

 これが世にいう「白村江(はくすきのえ)の戦い」である。

 応援に出た日本軍はこの海戦で大敗を喫し、この敗戦を機に我が国は中華圏との正式な外交を絶つこととなった。

 因みに、白村江の海戦で大敗を喫し、生き残った者は捕虜となった。

 その中の一人、大伴部博麻(おおともべのはかま)は、「唐が日本を攻める」という情報を得るも、日本に知らせる術もなく、自らを奴隷に売って金を作り、仲間を帰国させこの危機を知らせた。

 これが持統4(689)年の事であり、その後、博麻が帰国したのは白村江の戦いから何と30年後のことだった。

 帰国後、持統天皇が博麻の功を顕彰する。

 【朕、その朝を尊び国を愛(おも)ひて、己を売りて忠を顕すことを嘉ぶ】(日本書紀)。これが「愛国」という言葉の由来である。

 国書を携えて派遣したのは「倭国」としてであり、「日本」と名乗ってからは一度足りとも正式な国書を携えた外交はなく、親中派の「一衣帯水」「同文同種」という認識は実に軽々しいものと言わざるを得ない。

 明治4(1871)年に「日清修好条規」を結んだ相手は満州人の清朝であり、支那を支配していたが漢民族の国ではなかった為に、支那との正式な外交は、明治45(1915)年の「中華民国」誕生まで待たなければならなかったのだ。

 毎年9月29日は、右翼民族派陣営が中心となり「反中共デー」の運動が全国で行われている。だが、数十人、或いは数人の左翼集会を取り上げるマスコミは、この運動を一切無視し報道されることはない。

 この「反中共デー」運動の輪が広がることで、日中関係のこうした歴史的経緯が明らかになり、対中外交が改まり、そして何より台湾との国交恢復が成されることを願って止まない。

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2016年09月29日

未来志向で世界一の国創りを目指す安倍政権は保守に非ず

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 国会論戦が始まったので、チラッと観たが民進党代表の蓮舫は民主党時代と何ら変わらずアベノミクスを批判し、「人への投資」だと「児童扶養手当」だか偉そうに反論してたが、建設的な議論はなく国民不在とは正にこのこと。

 野党も与党も何ら教育論の中身を語らずに、教育や人材育成をカネの分配などで解決しようというのは本末転倒と言う他は無い。

 政治家が成すべき大事なことは「教育」と「国防」であるというのを忘れるな。

 安倍首相は所信表明演説を行い、リオ五輪を引き合いに出し、未来志向から「世界一暮らし易い国」「世界一信頼される国を目指す」と訴えた。

 「世界一の執念」で始まった演説には「世界一」との言葉が8回、締め括りでも使った「未来への懸け橋」との「未来」という表現が実に18回。

 自民党や安倍らが目指してる改革は「未来」が全てであり、これ即ち保守に非ず、完全な自由主義者というのが正しく、国民の多くが自民党や安倍が保守だと思っているから騙される。

 以前の所信表明演説でも岡倉天心の「変化こそ唯一の永遠である」との言葉を引用し、恰も未来志向こそが我が国の採るべき道であるかの様に語ったが、これもまた都合のいい部分だけを切り取ったに過ぎない軽々しいものだった。

 原文は「歴史の中に未来の秘密がある。我々は、我々の歴史の中に、我々の未来の秘密が横たわっているということを本能的に知る。変化こそ唯一の永遠である」というものであり、変化や改革というのは過去の歴史の中にヒントがあるという教えが大事なのだ。

 正統の保守主義者に於いて時間を体験する仕方は、過去の意味を直視し、その中に価値を見出す発見によって未来を創造して行くものである。

 だが残念ながら過去に目を向けることも無く、唯々未来志向から、世界一を目指したところで頓挫するのは目に見えている。

 野党時代に安倍は「国に誇りの持てる教育を施す」と訴えた。国民それを信じ、自民党に一票を投じ、政権を託した。

 だが、政権に就くと「誇りの持てる教育」どころか、経済至上主義ばかりで、「教育」も「国防」も語ることはなく、またしても「世界一の執念」だとか「未来への懸け橋」などと耳障りの好い言葉で国民を誑かす。

 小泉政権下で企画され、民主党政権下で実行された「観光立国」などという愚策を、保守を標榜する安倍自民党が受け継ぎ、更に推進強化するとは何事か。

 訪日する観光客の経済効果はGDPに換算してもたった1%にも満たない。外国人の落とす幾許かのカネを期待して、それによって経済の浮揚に繋げるというのは無理がある。

 「旅行収支が、昨年、史上初めて1兆円の黒字になった」と喜んでいるが、「観光立国」などという愚策は、我が国の安全を無視した無責任極まりないものであることは言うまでもない。

 それを承知で、更に支那人への入国条件を緩和するなどと言うのは狂気の沙汰と断じざるを得ない。

 嘗ては世界一安全といわれた日本が、外国人の急増、それも不良支那人の増加によって安全が脅かされていることは幾ら不精な人でも気付いているだろう。

 生命の保証、財産の安全こそ国民の願望であり、これに優る国益はない。

 日本が住み易いと知った不良外国人が殖え続けた結果、外国人への生活保護費は激増し、今やその世帯数は殖える一方。その不良外国人への優遇制度が財政への負担を大きくしていることを知らないとでもいうのか。

 安倍政権下、「観光立国」という国策の流れで、岸田外相が支那人への更なるビザ緩和を中共との約束通り実行する。

 「ビザの簡素化」「東アジア大交流時代」「外国人参政権付与」の一連の流れは、中共政府の謀略であり、今や自民党こそが中共の走狗と化して暴走してるというのが実情である。

 例えば「外国人参政権付与」問題は、在日朝鮮人が大半を占める「特別永住者」だけではなく、「一般永住者」も選挙権の対象とされている。

 そうなれば在日朝鮮人のみならず、支那人永住者にも付与されることとなるのだが、この点は殆ど議論されてはいない。

 というのも在日朝鮮人が大半をしめる「特別永住者」は年々減少し続け、その減少傾向が止まらないのに対して、支那人一般永住者はここ数年で急増している。

 在日韓国人が日本国民と結婚した場合その子供は総て日本国籍になって年々減少しているのに比べ、支那人一般永住者は、留学生の増加などによって在留外国人の登録者数は、今や韓国・朝鮮人の数を上回っている状況なのだ。

 ビザの簡素化は更なる一般永住者を殖やすもの、で「外国人参政権」に与える影響などを考えても日本国にとって深刻な問題を孕んでいる。小泉政権が謀り、民主党が実行した「観光立国」という愚策は早々に止めるべき。

 「観光立国」というのは本来、発展途上国の政策であり、経済大国の我が国が目指すものは観光立国ではなく「技術立国」である。

 原発事故を受けて、この収束技術の研究や、もんじゅの再生、原発に代わる新エネルギーの研究や開発こそ急ぎ、日本独自の技術革新を目指すことが大事。

 近隣アジアの国々の原発が万が一事故が起きた場合には、その技術や研究が貢献出来るよう知恵を出し合って行くことこそ我が国の務めである。

 「保守」とは、我々日本人が未来永劫護り抜かねばならぬ民族、宗教、言語、歴史、価値観、習慣、制度の世界の中で最も優れた精神文化を護り、継承して行くものでなくてはならない。

 これこそが「国防」であり、何より死守しなければならないものは皇統以外にはないのだ。にも拘らず、胡散臭げな有識者会議を設置し、「生前退位」の道を謀ることは断じて赦されない。

 皇統護持と天皇を盤石の安きに置く為にも、平成の御世の我ら臣民が為すべき事は、GHQによる旧皇族の皇籍離脱で昭和天皇が最後まで「痛恨の極み」と御嘆き遊ばされた旧宮家の復帰を実現する以外にはない。

 また、現皇室典範を再改悪するという事態は避けねばならず、旧皇室典範に復元し、陛下に奉還しなくてはならない。

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2016年09月28日

「大ボラ吹きの大夢語り」というが夢を語ることは大事なことだ

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 「大ボラ吹きの大夢語り」という言葉がある。法螺(ホラ)吹きとは「大袈裟なでたらめを言ったり、大言を吐いたりする人」をいうが、「大夢語り」という様に将来の夢を語るのは別に悪いことではない。

 ホラやウソは好くないことだと教えられているし、仏語の「不妄語戒(ふもうごかい)」では、「ウソ偽りを言ってはいけない」と訓えている。

 だが、釈迦牟尼の「地獄」「極楽」も、キリストの「天国」もウソ。しかし、こうしたウソを吐くことで民衆の心に安らぎを与えたのは確かだろう(笑)

 「不妄語戒」は「五戒」の戒めの一つだが、人というのはウソや偽りを騙る性分なので、そうした自戒を込めた箴言というのが正しい(笑)

 因みに「五戒」とは、在家の信者が守らなければならない訓え。

 「不殺生戒(ふせっしょうかい)」。生き物を害してはならない。また他人に殺さしめてはならない。また他人が殺害するのを容認してはならない。

 「不偸盗戒(ふちゅうとうかい)」。他人のものを盗んではいけない。また他人をして盗らせてはならない。また他人が盗るのを認めてはならない。

 「不邪婬戒(ふじゃいんかい)」。不道徳な性行為を行ってはならない。これは、不倫や強姦を指すが、他にも性行為に溺れるなどの行為も含まれる。

 「不妄語戒」。嘘をついてはいけない。また他人をして偽りを言わせてもならない。また他人が偽りを語るのを容認してはならない。

 「不飲酒戒(ふおんじゅかい)」。酒を飲んではいけない。また他人をして飲ましめてもならない。また他人が酒を飲むのを容認してはならない。

 愚生には耳の痛い戒めだが、中でも「不飲酒戒」は守るのは絶対無理。ってか、在家の仏教徒が守ってるとも思えないが(笑)

 因みに、仏教には二十歳未満の出家者が守らなければならない、「十戒(じっかい)」というのもある。

 「不殺生」「不偸盗(ふちゅうとう)」「不淫泆(ふいんいつ)」「不妄語」「不飲酒」「不塗飾香鬘(ふとしよくこうまん)」「不歌舞観聴」「不座高大広床」「不非時食(ふひじじき)」「不蓄金銀宝戒」

 いやぁ、ホント、仏教徒でなくて好かった(笑)

 政治家の世界というのは本来国家百年の大計であり「大夢語り」じゃなくてはならないが、夢を語る政治家はおらず、経済政策や目先の党利党略ばかり。

 日本の政治家というのは、ホンネは出来るだけ出さない方が好いとされおり、これは政治家の伝統でもあるし、国民もこれが好いのか悪いのか、政治家のウソには馴れっこになってしまっている。

 「ウソは泥棒の始まり」「ウソを吐くと閻魔様に舌を抜かれる」など、嘘というのは悪いものだと教わって来たが、現代は「ウソは政治家の始まり」というのは国民にとっては不幸なことだ(笑)

 「大夢語り」というホラというのも経営者や上に立つ者には大切な要素でもある。唯、ホラにしろウソにしろそこにはユーモアが無くてはダメだ。

 ホラを吹くと、相手はホラだと分かっててもそのホラは忘れない。吹いた方もそのままだと「あいつはホラ吹きだと詰られて信用が無くなる。

 ここで終わってしまったら男も廃るというもの。だから一生懸命努力して、自分の言ったことを実現しようと図ることが大事である。

 つまり「有言実行」とはこのこと。本当ならば「不言実行」というのが一番好いが、不言では、人の中身を見ることがなく、外観ばかりで判断する、人を見る目が無い周りが気付くことはない。

 やはり大言やホラというのは周りの連中に認めさせる為にも、ホラを吹き、そのホラを実現することが大切なのだ。

 豊臣秀吉がその好い例だろう。

 清州城の石垣が崩れた際に、二十日も経って未だ完成しない様子を見た秀吉は、聞えよがしにこう話した。

 「油断も隙もないこの戦国の世に一体これはどうしたことだ。明日敵が城を攻めてこないとも限らない。私なら三日もあればやってしまう」

 周りにいた連中は「また藤吉郎のホラが始まった」と嗤う。

 信長はそれを聞き留め、「サル、そんなホラは吹くものではない。ならばこれより普請奉行を申し付ける。これより三日で拵えよ」

 秀吉にとっては待ってました。機会到来と、百間の石垣を十区域に分け、人数も十組、そして手当を倍にして請け負わせた。

 結果は三日どころか二日で仕上げてしまった。

 秀吉が、若し三日で出来上がらせなければ単なるホラ吹きで失脚していただろうし、また、秀吉が信長に聞こえる様に話をしなかったらば、信長に認められることもなかっただろう。

 ホラの効用斯くの如し。常に大きな夢、大きなことをを考えて発言してると、いつの間にか自分自身も気宇壮大になり、人間も大きくなったと思い込み、大きな事業や大きなことを成し遂げられる様になるものだ。

 「大ボラ吹きの大夢語り」ではないが、最近は大夢を語る若者は少なく、右翼もまた大言壮語も吐かず、周りに気遣ってこじんまりしてしまった様に感じるのは気の所為だろうか。呵呵。

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2016年09月27日

大和魂を貫いて大関豪栄道が全勝優勝!

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 大相撲秋場所は大関豪栄道が全勝優勝した。豪栄道ファンとして最近は不甲斐無い勝負が続いていただけに感慨も一入(ひとしお)。

 大相撲を目の仇にするのは左翼陣営に留まらず、自称・保守派や愛国者も外国人力士の席捲を苦々しく思い批判する。

 大相撲は、巡業や国技館どころか、テレビも観ずに「相撲なんて大嫌い」といって憚らない右翼人を何人か知っている(笑)

 だが、大相撲は、「断髪令」が出ても丁髷の伝統を貫き、戦後も表彰式で国歌「君が代」を斉唱し続けてきた保守の牙城ともいうべきものだ。

 相撲は千五百年以上の歴史を有し、古来より、五穀豊穣を祈り、その恵みに感謝する神事でもあり、現在の大相撲は、平安時代に天覧相撲である「相撲節会(すまいのせちえ)」が行われたことが始まりとされている。

 本場所初日の前日には、「鎮め物」として、萱(かや)の実、勝栗、スルメ、昆布、塩、洗米といった神饌が土俵中央に納められ、立行事が祭主を務め、「土俵入り」が行われる。

 使用した御幣は、神の降臨の証しとして四色の房に飾られる。

 力士が「四股」を踏むが、これは地面に潜む邪悪なものを封じ込める為のもので、「塩撒き」も土俵の邪気を祓い、神への祈りであり、「力水」や「力紙」は清めの作法。

 清めを終えた力士は、「蹲踞(そんきょ)」から「揉み手」「柏手(かしわで)」し、両腕を開く「塵手水(ちりちょうず)」と続く。

 「揉み手」は、古来は雑草の露で手を清めていた所作の名残りで、「柏手」は神に拝する際に打つ動作である。「塵手水」は、手に武器を持たないことを表すものだ。

 力士が勝ち名乗りを受ける際に「手刀(てがたな)」を斬るが、これは左が「神産巣日神(カミムスヒノカミ、カムムスビノカミ)」、右が「高御産巣日神(タカミムスビノカミ)」、真ん中が「天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)」三神への感謝である。

 力士は神の遣いであり、横綱とはその中の最高峰。やはり勝敗に拘るのもいいが、その所作や風格が大事であるというのは言うまでもない。

 千秋楽の終了後、「神送りの儀式」があり、御幣を抱えた新弟子力士らが胴上げすることで相撲の神々は昇天する。

 こうしたことを理解した上で大相撲を観戦すれば相撲もまた楽しいのだが、相撲も他の競技と同じ様に勝敗ばかりが優先され、スポーツ化していることに危機感を抱いてるのは相撲ファンは少なくない。

 そういう意味では、実力世界の相撲界ではあるのは確かだが、「国技」を自任するならば、そうした大相撲の歴史や謂れを内外に発信し啓蒙して行くことも大事なことだと思う。

 今日の産経新聞のコラム「産経抄」に、豪栄道を育て上げた境川親方(元小結両国)のエピソードが載っている。

 稽古の厳しさでは有名な境川部屋だが、親方は常々弟子達に特攻隊員が出撃前に家族に宛てた手紙の朗読を聞かせるという。

 また部屋の旅行でサイパンに行った際には、弟子と一緒に汚れた慰霊碑を磨いたという。

 先人の犠牲の上で相撲が取れるという有り難さを教え、その教えが大関に昇進した際に述べた「これからも大和魂を貫いて参ります」との決意に繋がっているのだろう。

 来場所も豪栄道に期待したい。

 それにしても期待外れなのは稀勢の里。「勢いが稀」という弱弱しい名前は誰が付けたのだろう。勢いが稀ではああなるのは当たり前。いっそのこと名前を「鬼勢の里」とか「稀凄の里」に替えたらどうだろう。呵呵。

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2016年09月26日

「アラビア太郎」こと「山下太郎」を知ってるだろうか

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yamashita
 百田尚樹の歴史経済小説「海賊とよばれた男」の主人公の国岡鐡造は出光興産創業者の出光佐三がモデル。「出光興産」を知っていても「アラビア石油」という名前を知ってる人は少ない。況してや山下太郎(画像)こと「アラビア太郎」という名前さえ知らない人が殆どだろう。

 「アラビア太郎」こと「山下太郎」が昭和58年に設立した会社で、別名「日の丸石油」と呼ばれ、社旗は日の丸に「A」。日本の自主開発油田で、我が国の石油の安定供給に貢献した会社である。

 昭和48(1973)年10月、第4次中東戦争(十月戦争)が勃発し、石油輸出国機構(OPEC)が石油価格を大幅に引き上げたことにより、世界経済全体が大きな混乱を招くこととなり、「第1次石油危機(オイルショック)」が起きる。

 山下は、日本の石油危機を救うには、「日本人の手によって、アラビアで石油を掘るのが一番の得策だ」と言ってアラビア石油を創設し、資金面や現地での困難や危機を乗り切り、漸く油田を掘り当てる。

 だが、その吉報の一方で大きな災難が襲った。1号井戸を掘ってた際にガス層に突き当たってガスが噴出し引火、忽ち猛火が母艦を包んだ。石油が日本へ送られる寸前の出来事だった。

 だが、山下は刻々と入る悲報を前にして「火事は災難だが、これで石油の出ることがはっきりした。火災は問題ではない。まぁ、大学入試に合格した途端、ちょいと風邪をひいた様なものさ。油は出る。必ず出る!」と平然と言い切った。

 しかし、大事故はそれで終わった訳ではなかった。更なる試練が山下に襲い掛かる。タンカーに続いて開発作業に従事していた150トンの大型クレーンが倒れてしまう。そんなこともあり資金は底を突く。当時50億円の資本金を100億円に倍増増資しても足りなかった。

 普通の人ならここで退散だろうが、その度胸と禍を転じて福と成す信念が尋常ではない山下は違った。火災事故から5か月後、待望の石油を掘り当て我が国のエネルギー危機を救ったのだ。「アラビア太郎」と言われる所以でもある。

 大きな事業になればなるほど、大きな困難や試練が待ち構えているもの。

 「災難に遭う時節には災難に遭うがよく候。死ぬる時節には死ぬがよく候。これはこれ災難を逃がるる妙法にて候」とは良寛だが、山下も万事この心境で事に臨んだからこそ成功を齎したと言えよう。

 昭和54(1979)年には第2次オイルショックが起き、石油消費国はインフレ、景気後退、国際収支赤字の三重苦(トリレンマ)に悩まされ、我が国ではこうした経験から、石油に頼らない原子力発電の開発を推進することとなって行く。

 原発事故以来、我が国の電力の90%が火力発電によって賄われていが、このまま原発依存から脱却し、化石燃料への依存度が高いまま推移した場合に様々な弊害が出て来ることは火を見るより明らか。

 反原発派に出光佐三や山下太郎の様な日本の危機を救う為に私財を投じ、莫大な投資をして新エネルギー開発に命を賭ける様な人物がいれば別だが、そんな奇特な者などいない。

 出光佐三にしろ山下太郎にしろ、昔の企業家というのは営利よりも先ず日本の将来や国民の幸福を考えた。

 企業人とはやはり社稷を重んじることこそ大事であるが、悲しい哉、我が国の経済界は正に、財閥富を誇れども社稷を想う心なし!

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2016年09月25日

9月24日は西郷隆盛の命日。夜空を見上げながら徒然考えてみた(笑)

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 愚生はどちらかというとあまり社交的ではない性格だ。昔はそれほどでもなかったが、歳をとったせいか最近は人と会うのも面倒臭い(笑)

 人として一番嫌いなのは調子のいいヤツ。

 あっちにいい顔、こっちにもいい顔と諂屈してる輩を見ると、愛想の良過ぎる犬の様で辟易する。

 右翼や最近流行の自称・愛国者には、あっちにコロコロ、こっちにコロコロとよく転がるそんなのが少なくない。

 最近は、有名な右翼人と知り合いになっただけで、然も自分も右翼になったと勘違いしてる輩があっちこっちで見かける。

 やっぱ、飼い主以外にはそっぽを向いてる犬の方が好きだ(笑)

 そんな右翼や自称・愛国者の好きな言葉にこんなセリフがある。

 「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困る者なり。この始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」

 「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」

 これは「西郷南洲翁遺訓」第三十ヶ条や山岡鉄舟語録からの引用だが、自分が然も幕末の志士になったかの如くこの言葉に陶酔する。

 大体「官位」も「名誉」も関係ないだろう(笑)

 「命もいらず」という割には終身保険に入って積み立てしてたり、「名」を売るのに躍起で、雑誌に名前や写真が出たものならそれを買い漁り、「カネ」への執着は言うに及ばずというか尋常じゃない(笑)

 「西郷南洲翁遺訓」や「山岡鉄舟語録」を実践してる右翼なんぞ会ったこともないし、本気でこんなことを想っている右翼人がいるなら会ってみたいものだ。

 高目ばかりを夢見て、「有名になりたい」「カネを儲けたい」輩ばかりで、「武士は相見互い」という精神も無ければ、「艱難を共にする」奇特な人物などいやしないし、喩え艱難に遭遇してもきっと避けるに違いない(笑)

 況してや、「国家の大業を成す」「天下の偉業」なんてのは政治家がやることで、一右翼人がやることでもない。

 「西郷南洲翁遺訓」第三十ヶ条は、この有名な 「始末に困る」の台詞の後に「然れども斯くの如き人は、凡俗の眼には見るべからず」と続く。

 要は、「始末に困る者」というのは凡俗の眼には判別出来ないということで、人物を見極める目を持たなければならないと訓えているのだが、凡俗の右翼人がそうした始末に困る様な人物に成れるとも思わない(笑)

 「西郷南洲翁遺訓」では、第二十七ケ条がいい。

 「過ちを改めるに、自ら過ったとさへ思ひ付かば、夫れにて善し。其事をば棄てて顧みず、直に一歩踏出す可し。過を悔しく思い、取繕はんと心配するは、譬へば茶碗を割り、其の欠けらを集め、合せ見るも同じにて、詮もなきこと也」

 「人間、完全ではないので必ず過ちを犯すものである。過ちを犯さない人間などというのはありえない。大切なことは、その過ちを次に繋げることであり、いつまでも悔やんでいたのでは、物事に伸張がなく、自分にとっても世の中にとっても何の意味も無いことである」という様な意味だ。

 ここにも、我が国士舘の教えである「反省」と「思索」があり、その上での実行・実践が何より大事であるということ。

 まぁ、愚生も過ちばかりの右翼人生ではあるが、それはそれで、右翼の世界も御多分に洩れずなんちゃって浪漫派や自己陶酔型が多く、パフォーマンス好きで愛すべきキャラクター揃いで厭きることはなかったのも確かだったが(笑)

 まぁ、西郷隆盛の命日の昨夜、夜空を見上げながらそんな由無し事を徒然と考えてみた。呵呵。

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2016年09月24日

高速増殖炉「もんじゅ」を核廃棄物の処分場だと思ってませんか(笑)

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 高速増殖炉「もんじゅ」を核廃棄物を処分している場所だとか、或いは巨大な原発だと勘違いしている国民は少なくないが、「もんじゅ」は核燃料サイクルの施設であり、言い換えれば、原子力の平和利用の為のものでもある。

 原発の使用済み燃料を再処理するとプルトニウムを含む酸化物が精製されるが、これを「プルサーマル」や「フルMOX」として使わなければ、国際公約に違反していることになってしまう。

 余剰プルトニウムを持つことは国際的に許されず、また使用済み核燃料を再処理してしまうと原発を動かし続けなければならないということになる。

 反原発派が、使用済み核燃料の再処理に反対し「即時停止」を叫ぶのもこうした理由からだが、軽佻浮薄とはこのこと。

 使用済み燃料を再処理せずに最終処分することは、国民の安全が危険に曝されるばかりか、将来的に福島第一原発事故以上の環境被害を及ぼす危険を孕んでいるということを一切無視して何が「即時停止」か。

 「もんじゅ」は、生成されたプルトニウムや燃え残りのウランを混合酸性物(MOX)燃料に加工し、再利用しようという国のエネルギー政策であり、我が国が目指した高速炉開発という夢の方向性は決して間違ってはいない。

 現在は高速炉開発実現の見通しが立っておらず、軽水炉で使う「プルサーマル」が実施されているがこれも反原発の流れで行先は不透明。

 高速増殖炉に成功させることで、世界のエネルギーの平準化を達成出来れば、我が国が世界から尊敬されるだろうに、「予算的に」という理由で廃炉される様なことになれば経済大国としても技術立国としても実に情けないことだ。

 技術的な夢を実現しようというのに「20年で成果が出なかった」だとか「予算的に」というのは詭弁でしかない。杜撰な組織の体質というのは確かにあるのだろうが、糺すべきはその体質であり「もんじゅ」そのものではない。

 世界では中共を始め原発の導入が更に進むだろう。原発利用が普及することを考えれば原子力システムを構築する必要があり、高速炉サイクル技術がこれを満足させる唯一の技術でもあるのだ。

 我が国はこうした分野でも世界をリードして来たのも事実で、「もんじゅ」は単にエネルギー確保だけでなく安全保障などの視点からも重要な問題なのだ。

 近年、原子物理学を専攻する学生が減っているのは反原発の悪影響だが、我が国の誇る原子力技術が世界の流れに逆行し衰退して行くのを、また世界に流出してしまうことを憂慮せずにはいられない。

 また「もんじゅは利権だ」というが、廃炉してその予算が浮けばまた新たな利権に群がる輩が出て来るだろうし、見直すべきは高速炉という技術やその方法、組織の在り方などを一から見直すべきなのではなかろうか。

 「もんじゅにこれ以上予算をかけることに国民は納得しないだろう」という理由で廃炉を決定するというのも安直過ぎるし本末転倒と言わざるを得ない。

 こうした夢の実現を国民にきちんと説明し、進めるのは政治家の仕事の真骨頂とも言えるが、省益優先の役人に振り回されている様では情けない。

 また、再処理過程で出る「核のゴミ(高レベル放射性廃棄物)」は、最終処分場の候補地が決まらず頓挫しているが、処理技術には何ら問題はなく、候補地が決まらないのはこれこそ政治の怠慢に他ならない。

 「もんじゅ」は「無用の長物」と言われてるらしいが、「無用の長物」でいうならそれこそ参議院であり、杜撰さをいうなら今の政治の方がよっぽど酷い。

 予算を捻出する術は多岐に亘る。予算が足らないなら国民から詐取してる政党交付金の廃止とか、小泉政権で計画され実行している「観光立国」という愚策を廃止するなり、くだらない「男女共同参画社会」の予算を研究費に充てれば好いではないか。

 我が国が目指すべきは「技術立国」である。

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2016年09月21日

「生前退位」に反対す。皇太子殿下が陛下を輔佐する環境作りを整えよ!

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 産経新聞社とFNNが実施した合同世論調査によると、「生前退位」について「今後の全ての天皇が生前退位できるようにすべきだ」と答えた人が73.3%に上り、「今の陛下に限り、生前退位できるようにすべきだ」が21.5%、合わせて94.8%のアホが生前退位を認めている。

 因みに「生前退位を認めるべきではない」は3.8%だった。

 この結果を見て、思わずアドルフ・ヒトラーの「大衆の多くは無知で愚かである」「熱狂した大衆だけが操縦可能である」という言葉が浮かんだが、正鵠を射てる金言だと思うのは愚生だけか(笑)

 抑々、生前退位とは不敬であり、保守を標榜する産経グループが「皇太子さま」などと敬称を略して報道してることをしても、作為的な報道と断じざるを得ない。

 こうした報道は、天皇陛下の御意向を利用した悪質なプロパガンダであり、完全に共産主義者らの策謀が功を奏している状態と言える訳で、大衆迎合主義の安倍政権は世論調査を重く見て、軽々しく生前退位実行するのではあるまいか。

 共産党の目指す「天皇制廃止運動」とは、昭和天皇への「戦争責任・退位論」に始まり、女性週刊誌やワイドショーを駆使し「開かれた皇室論」を実行し国民に親しみ易さを植え付け、尊敬の念を薄れさせることに成功した。

 マスコミは「敬称」を使わず「さま」を常用し、「敬語」も使わないが、これは「敬称・敬語不使用運動」という天皇制廃止運動でもあり、これを疑わず真似することはその運動を知らぬ間に実行してるということでもある。

 今日の天皇廃止を目指す革命勢力らは、世論を敵に回す様な直接的で過激な「天皇制打倒」運動は行わない。

 極左が得意とする虚偽情報を垂れ流し国民を洗脳し、然も「皇統護持」「国益」の為であると偽装しながら、段階的に「皇統断絶」へ導くという実に巧妙な戦略を採っている。

 「女性天皇」や「女性宮家」もその戦略の一つであるが、陛下が重んじられている「祭祀」の簡略化を謀り、反天皇運動に与してるのが宮内庁であり、宮内庁長官ら幹部職員である。

 こうした獅子身中の売国奴共を剔抉粛清しなければならない。

 陛下を慮った戦略というのは実に多く、例えば東日本大震災で陛下が県内に来ると聞けば、「放射線が危険なのに陛下をそういう場所へ行かせていいのか」と尤もらしく反対の声を上げた。

 一見、陛下を気遣ったものの様に感じるが、要は「放射線は危ない」とする反原発派にとって、巡幸は非常に都合の悪いものであり、放射線というのはとことん危険なものでなくてはならないのだ。

 石破茂らが靖國神社への参拝に絡み、「政治家が行くか行かないかないかというのはどうでもいい話であって、陛下が御親拝出来る環境を作ることが大事」との意見も同じで保守を標榜してる政治家故に余計に悪質である。

 歴代天皇の中で在位期間が62年、宝算87年という長寿であらされた昭和天皇は、敗戦・占領という亡国の縁にあっても御退位遊ばされることなく、御不例の中では国事行為や祭祀を当時の皇太子殿下であった今上陛下が代行なされた。

 陛下が摂政を置くことに否定的なのは、昭和天皇を輔佐した御自らの経験上のものであり、喩え臥しても天皇は天皇で在るとの御覚悟の顕れである。

 昭和天皇が崩御遊ばされ、大嘗祭を経て即位なされた今上陛下は「昭和天皇のこころをこころとされる」とその決意を国民に語られた。

 マスコミは畏くも陛下が「生前退位」を示されたという認識の上で報じているが、昭和天皇の御公務や祭祀に照らしても「生前退位」は整合性に欠けている。

 先の御発露は「生前退位」の報が一人歩きしていることを危惧された陛下が、そうした天皇としての想いを語られたと理会する。

 陛下の御言葉を曲解し、「生前退位」を認めることがあってはならない。皇太子殿下が陛下を輔佐する環境作りを整えよ。

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2016年09月20日

旅をするにも先ずは御足(御銭)を確保しなけりゃどうしようもない。呵呵

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 9月は「長月」というが、ここのところ収入が無いというのもあるが一年で長く感じる月でもある。

 右翼現役時代、といっても30代の頃だが、盟友の横山武彦(故人)と宣伝車を引っ張って鹿児島の知覧を目指す旅に出た。

 というのも、9月は収入が無いので横山の友人で大手警備会社のテイケイの高花会長から活動費を捻出するのが目的で「全国行脚世直し全国遊説隊」なる仰々しい名前を付けて挨拶に行った。

 最初は別々の車両二台。実際は二人だが「若い隊員も数名連れて行くので」と行動趣旨を説明すると過分なガソリン代を頂いた。

 二週間ほど旅して御礼の挨拶へ行くと、「今時、数日と雖も家を空けるなんて出来ない奴ばかりで、二週間も車で寝泊まりして旅を続けるとは大したものだ」と、その後、物心両面で支えて頂くこととなった。

 縁とは正に異なもの味なものだ。

 横山とはその後、宣伝車1台で4、5回は旅をしただろうか。歳は二回りも上だが、妙に馬が合った。

 愚生が防共挺身隊(防挺)に入隊した頃は横山は副隊長という立場で、愚生が初めて株主総会へ出た時も横山と一緒。当時は雲の上の様な存在だったが、その後は右翼としての立場は逆転した(笑)

 その横山も酒に溺れ幽冥境を異にしてしまったが、右翼としての発想も面白く、右翼の生き字引の様な存在だっただけに惜しいことだった。

 「最後の浪人」といえば元楯の会で一水会顧問の阿部勉が有名だが、阿部さんは確かに浮世離れしてて浪人の風体はしていたが、実際は郡山市に本社の在る興新産業の東京支店長だった。

 因みにその前は、福島市のヤクザがオーナーの「福島ジャーナル」の主幹兼編集長という立派な生業を持っていた。

 浪人とは何処にも所属していないことをいうが、多少のカネでも給料を貰うというのは侍うということで浪人ではない。

 横山は郷土・天草の中学校から自衛隊に入隊、郡山駐屯地へ配属。大日本愛国党を経て防挺の副隊長に就くも破門、その後は「野武士会」や「青空議会」を参画し活躍するも天草へ帰還、後に再度郡山へ戻り右翼団体代表となった。

 横山こそが右翼浪人だと思ってるが愚生も負けてはいない(笑)

 最近の右翼人というのは個性が無くなり、同じ様な人種が集まり、同じ話題に同じ反応を示して盛り上がり、議論を避け、喩え敵対する相手でも受け容れて、無難に立ち振る舞う者ばかりでつまらなくなった。

 やはり右翼は削げ者が好い(笑)

 2年前に河合井継之助の軌跡を辿ろうと、会津只見から新潟長岡の旅を実行するも途中で挫折して以来旅はしていないが、旅をして場末の呑み屋で隣り合わせた客と横義横行するくらい愉しいものはない。

 でも、旅をするにも先ずは御足(御銭)を確保しなけりゃどうしようもない訳で、誰か奇特な方が現れないかと只管祈るしかないか。呵呵。

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2016年09月19日

「子供叱るな来た道じゃ、年寄り笑うな行く道じゃ」

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 今日は「敬老の日」。「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを趣旨としている祝日で、祝日法の改正により「ハッピーマンデー」に組み込まれた。ハッピーマンデーについては今回は割愛したい。

 敬老の日の始まりは兵庫県多可郡野間谷村(後の八千代町を経て現在の多可町八千代区)で、昭和22年9月15日に「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」と敬老会を開催したのが始まりとされる。

 ハッピーマンデー施行の際は、「敬老の日」提唱者の村長から遺憾の意が表明されたというが、祝日の趣旨からも当然の抗議だろう。

 老人とは老人福祉法では65歳ということになってる。60歳を初老だと思ってる人も少なくないが「初老」は42歳。60歳は「還暦」

 最初に敬老会が行われた昭和22年当時は終戦直後でもあり、その老人といわれる方々は明治や江戸時代に生まれということで尊敬出来る老人も多く、「年寄りの知恵」を教わることは確かに多かっただろうと思う。

 現代では「老人を敬愛し、長寿を祝う」というが、尊敬出来ない年寄りもいるのも確かで、特に戦後民主教育を受けた所謂団塊の世代というのは思想も然ること乍らマナーの悪い老人が目に付く。

 公衆浴場が好きでよく行くが、浴場くらい育ちが分かる場所はない。湯船に入るのも、洗い場にしろ、或いはサウナでも水風呂に浸かるのもやはり周りの人に気を遣うことが大事なのは当たり前。

 70~80歳絡まりの人というのは行儀が悪い人が多く、マナーを知らない子供と大して変わらず、カネを払ってるのだから良いだろうと言わんばかりに横柄に振る舞ってる人をよく見かける。

 愚生は常々、そんな大人にも注意や苦言を呈すことにしている(笑)

 最近では「老人業」というのが流行り、「我々は優遇されるのが当り前だ」と言わんばかりに威張り、居直り、権利ばかりを主張するが、そんな年寄りが長生きするほど悲惨なことは無い。

 そんな老人を「敬愛しろ」というのも無理というものだろう(笑)

 そういう意味でも、初老を過ぎた大人は、自分が周りの見本であるとの認識を以て、言動や行動は慎重であるべきだと思う。

 我が国は先人の知恵で生き抜いたのも確かだろう。

 例えば、明治維新もそのバックボーン(背骨)は江戸生まれであり、江戸時代に育まれた道徳や教養、武士道精神や大和魂が見事に結実した結果である。

 本居宣長が「古事記伝」を表し、国学を大成させ、水戸光圀は「大日本史」を編纂し、勤王思想を鼓舞した。

 この日本学を水戸学といい、佐久間象山や吉田松陰、西郷隆盛、坂本龍馬、桂小五郎など多くの志士が影響を受け、この水戸学を知ることで、天朝の尊厳性を尊び、鼓舞し、奮い立ったのだ。

 江戸時代に培った国学や日本学による勤王思想などの国益中心の愛国・憂国の心の成果が、大政奉還と大政復古の見事というべき明治維新を成し遂げたのだ。

 老人は子供と同じく国の宝だが、敬老の日を祝って貰う前に、老人と言われる方こそ、先祖や先人に思いを馳せ、自分自身がそれに恥じない生き方をしているか自問自答しては如何だろう。

 「子供叱るな来た道じゃ、年寄り笑うな行く道じゃ」という格言があるが、年寄りが嗤われたり、叱られてる様じゃ世も末だ(笑)

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2016年09月18日

昭和6(1931)年9月18日、満州事変の引き金となる柳条湖事変勃発

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 昭和6(1931)年9月18日、柳条湖事変が勃発。これが満州事変の引き金となり、「日本は満州事変以降、大陸への侵略を拡大し、無謀な戦争でアジアを中心とする諸国に多くの被害を与えた」というのが我が国の歴史的認識である。

 この認識こそ戦後民主教育の典型であり、自虐的且つ実に軽薄なものであると言わざるを得ない。

 我が国が国際条約に基いて他国に軍隊を駐留させていたことは、国際法的には全くの合法であり、それを「侵略」とも言わない。要は、歴史的事実に目を瞑って、勝手に「侵略」だと思い込んでいるだけのこと。

 我が国は「満州事変」に対しても、その起因となった「柳条湖事変」や、「満州国」に対する認識にしろ、自国の歴史というものを余りにも知らなさ過ぎではなかろうか。

 戦後の歴史教育では、「柳条湖に於いて南満州鉄道の線路を関東軍が爆破し、これを張学良軍の仕業として戦闘を開始、満州全域を占領して傀儡国家・満州国を建国した」と教わった人が殆どだろう。

 だが、歴史というのは往往にして都合よく改竄されるもので、「満州事変」はその最たるものだ。

 昭和7年、国際連盟は事件解明の為に「リットン調査団」を派遣する。

 その「リットン報告書」では各国の思惑通り、関東軍の行動を正当な自衛行動と認めなかったが、翻って「この事変の誘因を、満州と中華民国の混乱と内乱に在る」との認識を示した。

 その上で、「満州に於ける諸問題は極度に複雑だから、この事変は単に一方的に侵略したという簡単な事件ではない。何故なら満州は、世界の他の地域に類例を見ない様な多くの特殊事情が在るからだ」と結論付けた。

 こうした認識の背景には、日露戦争後の正当な権益である租借地と、満鉄経営に対する不当な鉄道妨害や抗日活動、或いは日本人迫害が長期に亙って続いていた事実を、リットン調査団が十分に把握していたからであろう。

 更に、日本の権益については「日本人にとって対露戦争とは、ロシアの侵略の脅威に対する自衛戦争、生死を賭けた戦いとして永久に記憶され、この一戦で10万人の将兵を失い、20億円の国費を費やしたという事実を決して無駄にしてはならないという決意をさせた」とも言及している。

 日本本土も含めた自存自衛と膨大な投資を行った満州国の権益保持、そして在留邦人の生命を守る為には、「満州を紛乱した中華民国から切り離して安定させるしかなかった」と、事変に至る日本の偽らざる動機の一端を正確に伝えている。

 米国の元中華民国公使・ジョン・マクマリーも、「日本の安全保障の為には朝鮮半島と満州の安定が必要不可欠であった」といった要旨の言説に見られる様に、欧米の識者の中には事変直後から、日本の立場を擁護する意見があったのも事実。

 歴史を語る上で大切なのは、古今東西、世界に蔓延る覇権主義の克服を主張すべきであって、他国の覇権主義に目を瞑り、一方的に自虐の淵に止め処なく漬かり込むことではない。

 戦後、新たな資料によって史実の全貌が明らかになって来ている今、何故に新旧資料を精査して公正な歴史認識を学ばないのか不思議でならない。

 これつまり、未だGHQの戦後民主教育による洗脳から目覚めていない証左だが、歴史の問題は、一国の存亡に係わる大事であるということを忘れるな。

 満州事変の起因となった柳条湖事変が勃発した9月18日に合わせ、支那本土での「反日デモ」が行われるが、所詮は「反日」に託けた半日限定の「反政府デモ」というのが正しく、こうした慣れ合いのデモではなく共産党一党独裁政権を転覆させるくらい暴れろっての。呵呵。

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2016年09月17日

民進党の代表選に参加した外国人は入管法に則って国外追放せよ!

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 民進党臨時党大会で代表選が行われ、蓮舫が党員・サポーター票167、国会議員票160、総数503ポイントの圧倒的得票で代表に選任された。

 蓮舫の二重国籍も然ること乍ら、党員・サポーターは外国人でも参加出来る。だが、外国人の政治参加は禁止されている。

 代表選に勝利した蓮舫は「総理を目指す」と宣言したが、要は、総理になる可能性のある野党の代表選に外国人が参加出来るというのは、憲法にも違反しているという自覚も無い。

 二重国籍を持つ外国人は約50万人いるというが、蓮舫然り、二重国籍を持つ外国人には相応の処罰が必要であり、また民進党の代表選に参加した外国人は入管法に則って国外追放するべきだろう。

 蓮舫は見苦しい言い訳で二重国籍について説明してるが、これも明らかな国籍法違反であり、このことをしても野党第一党の代表と雖も不適格な人物であると断じざるを得ない。

 今月、臨時国会が召集されるが、この二重国籍問題が取り上げられるのは避けられず、蓮舫の不正を国民に明らかにした上で解散となれば自民党の圧倒的勝利に終わるだろう。

 それにしても、党員や投票権を持つ在日外国人の盛り上がりとは裏腹に、民進党の代表選ではいつものこと乍ら政策が全く聞こえて来ない。二重国籍問題がなければ国民にとって他人事、共産党大会の様なものになっただっただろう(笑)

 反自民党ありきだけで民進党が政権に就けると思ってるのだとしたら、国民も余程なめられてるとしか思えない。

 民主党が政権に就けたのは「政権交代」という、マスコミによって連日垂れ流されたバンドワゴン効果で、民主党の中身も知らないで「政権交代」という洗脳状態に陥り、多くの国民は民主党を支持してしまった。

 国民が知り得る民主党とは、マニュフェストで掲げた「一人2万6千円の子供手当て」「農業の戸別所得補償」「暫定税率廃止」「高速道路無料化」或いは蓮舫の「仕分け」程度だった。

 民主党政権が政権を執る事の意味を理解していた支持者は殆ど皆無で、その状況は民進党になった今でも未だ変わらない。

 政策の全てが売国法案ばかりなのに、蓮舫はいけしゃあしゃあと「私は保守です」と宣ったが、どこに憲法9条を守る保守がいるのか。ホントふざけた女だ。

 正統の保守主義者に於いて時間を体験する仕方は、過去の意味を直視し、その中に価値を見出す発見によって未来を創造して行くものであるが、中共の第五列である蓮舫の何処が保守なのか。

 我が国くらい「保守」というものを穿違えてる使ってる国は無かろう。

 政権を担うということは、またそうした政党の代表に就くということは、政党や代表本人の持つ国家観や哲学、歴史観、構想、未来像が政府の政策にそのまま反映するということを意味する。

 政治家には一般国民とは比較にならない様な教養と国家観、歴史観、世界観、或いは権謀術数が必要で、また、政治とは最高の倫理であり、最高の道徳でなければならないのだが、蓮舫はそのどれもが欠落している。

 否、権謀術数だけは誰よりも長けてるか。呵呵。

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2016年09月15日

「これからは村田蓮舫としてやり直す」といえば国民も溜飲が下がるだろうが

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 それにしても、二重国籍問題での蓮舫のあの己を正当化する強固な姿勢は日本人には無い性格で、やはり支那人の性質なのだろうと痛感する。

 蓮舫の二重国籍問題で「法的に問題が無い」という意見を散見されるが、政治というのは本来、最高の倫理であり、最高の道徳であらねばならない。

 法律に触れなければ良いという問題ではなく、色々と見苦しい言い訳をしながら結局は台湾のパスポートは所持してた訳で、更新していたとなれば確信犯であり、社会的責任や道義的責任、政治的責任は免れない。

 今迄の経緯を素直に謝罪し、「これからは村田蓮舫としてやり直す」といえば国民も溜飲が下がるというものだろうが、ツイッターは@renho_sha。これで「生まれた時から日本人」などとよく言えたものだ(苦笑)

 「父の台湾」と如何にも台湾への愛着を匂わせておいて、今更ながら「中国は一つ。台湾は国家ではない」などとはどういう了見か。

 ならば、二重国籍を疑われた段階で台湾当局に問い合わせなどせずとも「台湾の国籍は無効」と言えば好かったではないのか。

 尤も、我が国は恥ずかしながら台湾を国家として認めていないのは確か。

 これは昭和47年9月29日、田中角栄が中華人民共和国との「日中共同声明」に調印し、中国共産党を唯一の政府であると認め、一方的に「日華国交条約」を破棄した為に、台湾から国交を断絶されたことに始まる。

 未だ中共に諂って台湾を国家として認めていないことは、過去の自民党政権の責任であり、政治家の不作為によるもので、道義国家として恥ずべき行為である。

 直ちに過去の蛮行を台湾に謝罪し、国交を恢復すべし。

 蓮舫で思い出すのは、民主党政権下だった平成23年9月、台風襲来で帰宅困難者が相次ぐ中で、行政刷新大臣の蓮舫は麻布十番の高級割烹料理店で不倫相手とされる男性と食事を愉しんでいた。

 この男性は、青森県出身で愚生と同年代で国士舘大学した様だが中退(卒業したとの情報もあるが同窓会名簿には載っていない)した、脱税や覚醒剤取締法違反などの前科のある暴力団関係者の中山諭。

 この問題は国会でも取り上げられ、追求されるも、今回の問題同様、蓮舫は、あ~だ、こ~だと遁辞を垂れ流し、まんまと逃げ切った。

 中山は、広域暴力団・住〇会100%出資で87年にマンション販売会社「東邦リアルエステート」を設立するも、脱税により逮捕され服役。間もなくバブル崩壊で93年には倒産の憂き目に。

 服役後には「中興建設」を設立(後に「ダイナシティー」に社名変更)ジャスダック市場に上場した。だが、これも住〇会の出資した会社だったいうから驚く。

 蓮舫はこの中山から多額の献金を受けてたこともあり、台風襲来で帰宅困難者が出ようが、被災しようが、それよりも中山との食事を優先した。

 常々自民党に「危機管理」やら何やら糾弾して止まない蓮舫が、国民の安全確保を無視して私的な飲食に興じていたとなれば日頃の言動との整合性にも欠ける訳で、全く以て言語道断と言わざるを得ない。

 こうした事実は、政治家として本来であれば政治生命が絶たれても可笑しくない事案だが、そうした過去の過ちを猛省することなく、頬っ被りしたまま、今や民進党の代表にまで上り詰めようとしている。

 民進党は本気で政権を獲るつもりなのか。「二重国籍は問題ない」と蓮舫に阿諛追従する民進党員らを目の当りにした時、世論(国民)との大きな隔たりを感じるのは愚生だけではあるまい。

 民進党の自浄能力の無さと政権担当能力の無さは言うまでもないが、こういうことこそ国民の政治離れを招く元凶でもある。

 再度言おう。政治とは最高の倫理であり、最高の道徳であらねばならないのだ。

 それにしても、グラビアアイドルで二重国籍というより中共の御先棒を担ぐ二重スパイの蓮舫が、ややもすれば総理を狙える野党第一党の党首になれるというのだから日本というのはホント素晴らしい国だ。呵呵大笑。

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2016年09月14日

「英将秘訣(えいしょうひけつ)」は実に面白く気力が湧いてくる!

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 ここのところ体調が芳しくないし、不如意もあってFBにしろブログにしろやる気が削がれた。右翼人として時局厳正批判というものが大事だと思い、愚生なりに懸命に綴ってるつもりだが、読む方はそれほど感じ入ることは無い。

 そんな滅入ってる時は「英将秘訣(えいしょうひけつ)」に目を通すが、これを読むと、悩みや色々な葛藤や執着というのがホント馬鹿馬鹿しくもなる。

 愛国者や右翼を自任する者なら、この「英将秘訣」を知らない人はいないだろうが、この「英将秘訣」は実に面白く気力が湧いてくる。

 「日月はあまり役に立たぬものなれども、日は六時の明(あか)り也。月は夜の助けにもなる歟」から始まり、条文は全部で90条に及ぶ。

 「英将秘訣」を世に出 したのは千頭清臣著「坂本龍馬」(初版1914年)とされ、「坂本竜馬全集」と「坂本竜馬読本」(新人物往来社1985年)の「英将秘訣」も、この千頭清臣著「坂本龍馬」からの出典である。

 「英将秘訣」にはこの「坂本龍馬説」が主流だが、愚生的には「平田篤胤(ひらたあつたね)説」を信じている。

 「世に生を得るは事を成すに在り」という、竜馬の有名な台詞を以て龍馬説を唱えるのは単純にも思え、他の訓えにしても龍馬が発した言葉としては聊か違う気がしてならない。

 この「世に生利(生)を得るは事を成すに在り」には続きがあり、「人の跡を慕ひ、人の真似をする事勿れ。釈迦、孔子の類、唐土の世々の天子も皆しかる事をせり」と訓えている。

 平田篤胤は、荷田春満(かだのあずままろ)、賀茂真淵(かものまぶち)、本居宣長(もとおりのりなが)、国学者の四大人(うし)の一人であり、右翼人の中でも信奉者は多く、その昔、自民党本部を襲撃し総裁室に籠城した元瑞穂塾で大日本愛国党の相原修は篤胤信奉者の代表的存在だった。

 鈴木邦夫宅と横浜市のN宅の同時放火事件を起こすなど、若手右翼として、これからの右翼活動を導くカリスマになれる可能性があった相原だが、ストーカー事件や破廉恥行為(検索すると見られます)が発覚し、平成20年9月6日、八甲田山に向かう途中の岩手県八幡平の東北自動車道で事故死した。

 同乗していたメンバーも神官で平田篤胤の信奉者だった。 

 篤胤は68歳で没するが、その一生に著した書物は驚くべき数に達し、中でも神道の中心を成すのが「霊能真柱(たまのはしら)」と「古史伝」である。

 「霊能真柱」では、人が神の道を実践する為には、先ず大和心を固めなければならず、死後の霊魂の行方が解明されなければならないとし、その為には天地の形成過程を知り、神の功徳を認識し、日本が万国の本源の国であり、全てに於いて優れた国であり、天皇が最高の存在であることを十分に知らなければならないとする。

 「古史伝」は自らの古伝を纏めた「古史成分」の注釈書であるが、「霊能真柱」の考えをより発展させたものである。

 篤胤の著述の中に一貫する「日本本源論」や「皇国尊厳論」は大いに注目すべきもので、また篤胤の学問の範囲は広く深く独創的である。

 篤胤は幽冥界についても深く研究し、神界と現界の関連、霊魂、神仙の存在に関する書物を多く書き著しており、その後、霊や神仙などを研究や修行者、現代の新興宗教などにも多大な影響を与えたのは言うまでもない。

 篤胤は、近代日本のオカルティズムの創設者ともいえる存在でもあり、そうしたことから「英将秘訣」もその論は独創的でもあり、如何にもカルト的であり、愚生が坂本龍馬のものというより平田篤胤のものではないかと考える所以でもある。

 「英将秘訣」を抜粋し列記してみよう。(一部修正済み)

 「俸禄などいふは鳥に与ふる餌の如きもの也。天道豈(あに)無禄の人を生ぜん。予が心に叶はねば、やぶれたる草鞋を捨つるが如くせ」

 「予に随ふ者は生捕同然、予に不随者は皆讐敵と見て心を許す事勿れ」

 「予死する時は、命を天に返し、位高き官へ上ると思定めて、死を畏るゝ事勿れ」

 「義理などは夢にも思ふ事勿れ。身を縛らるゝもの也」

 「礼儀など云は、人をしばるの器也。世をしめかためて吾が掌中に入る具也」

 「気の弱きは善多く、気の強きは悪多し」

 「天下の人倫悪を好めば善にうとし。善を行へば悪ににぶく、両不全を英将の不具とす」

 正に名文揃い、全文90条を知りたい人は「英将秘訣」でクリック為れたい。

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2016年09月11日

アントニオ猪木よ、訪朝するよりパチンコのCMキャラクターを辞退した方が効果が上がるよ(苦笑)

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 アントニオ猪木参院議員は、北朝鮮の建国記念日(9月9日)に合わせ訪朝した。スポーツ交流が目的で、朝鮮労働党要人らとの会談を調整しているが、弾道ミサイル発射や核実験を強行したこの時期に訪朝せねばならないのか理解し難い。

 本人にしてみりゃ、ミサイル発射や核実験についても意見交換するというが、猪木に意見があるとも思えないが、喩え抗議したところで一笑に付されるだろう。

 度度訪朝している猪木のいう外交とは何なのだろう。

 過去にも拉致問題に介入し持論を語っているが、多くは北朝鮮のプロパカンダそのもので、己が無能故にその言行が北朝鮮を利するものだという認識も無い。

 拉致問題でも、猪木が、横田夫妻を「北朝鮮」へ招待すると発言し、家族会や世論から顰蹙を買ったのは記憶に新しいが、横田夫妻を北朝鮮へ招待することで拉致問題が進展すると思っているとしたら勘違いも甚だしい。

 猪木は拉致問題に関し次の様に語り、その信念は今でも変わらない。

 「世論があるのは分かるけど、一国の総理(当時・小泉純一郎)が約束(一時帰国者の帰国)を反古にした訳だから。それで次に向けて発展させていくという外交のチャンネルがプツッと切れてしまった。要するに、外交を優先せずして拉致問題が最優先事項の国なんてどこにあるんですかと。俺も早く解決してほしいと思うけど、反面、対話の場所がなくてどうやって解決するの」と発言をしている。

 だが、抑抑、拉致問題の解決なくして、北朝鮮との友好など有り得ない。

 北朝鮮如きに媚びる必要は全くなく、また一国の総理が反故にしたというが、一役人の田中均の言ったか言わないか判らないものを「約束」と決め付けているだけで、これ正に北朝鮮のプロバカンダそのものだろう。

 この発言をしても猪木の無知無能を曝け出してるが、恥を知るべきだ。

 拉致問題を「強制連行」と結び付けてるが、戦前に我が国が行ったのは「徴用」であり、「強制連行」ではないが、「拉致なんぞ日本のやった行為に比べれば大したことではない」と宣う輩と猪木もどっこいどっこい。

 所謂「強制連行」とは、昭和13年の「国家総動員法」に基づく「徴用令」を指しているが、戦時中、日本本土では中高年、婦人は勿論のこと、学生に至るまで日本人の多くが工場他に動員され従事した。

 当然、当時日本人だった朝鮮人も徴用されることになるが、朝鮮人が徴用されたのは18年末期から19年になってからで、然も戦時中に徴用労務者としてきた者は245人に過ぎず、強制連行という事実も無い。

 国家の方針として国際テロを実行し、麻薬や覚醒剤を生産して密輸し、ニセ札をばら撒く犯罪国家の北朝鮮を擁護する猪木の様なアホが存在するのには驚くばかりだが、その無知蒙昧は嗤ってばかりもいられない。

 猪木が真剣に拉致問題を解決し、核実験を強行する北朝鮮に猛省を促すのであれば、自ら出演してるパチンコのCMやキャラクターを辞退し、「こういう事態が続く様ならパチンコを非合法化せざるを得なくなるだろう」 と一言申し入れたら、北朝鮮も少しは気骨ある政治家だと認めることだろう。

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 画像は「パチンコ・パチスロは適度に楽しむ遊びです」「のめり込みに注意しましょう」という新聞の折り込み広告。パチンコ依存症を理由にパチンコ廃止を訴える勢力への事前防止策だろうが、実に白々しい(苦笑)

 恥ずべきことに日本の基幹産業となってしまった感のあるパチンコ産業だが、パチンコを「健全な娯楽」などと思ってる人などいないだろう。

 営業形態は、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律の第二条第一項第七号」に基づいて運営される。

 風俗営業として、客が遊技の結果得た鋼球をパチンコ店が指定する特殊景品と交換し、景品買取業者(古物商)が運営する景品交換所が、それを買い取る形で現金と交換するシステムになっている。

 一見、合法の様だが、実態はこの「換金制度」が射幸心を煽り、ギャンブル性を高めている。完全な賭博でありながら、何故か「風適法」によって許可され続け、その結果、不幸を量産しているというのが実態なのだ。

 何より、北朝鮮のミサイル開発や金一族の成金趣味にも、日本のパチンコ屋からの金が流れているということは今や公然の事実。そういう意味でも、日本経済や治安に悪影響を垂れ流すパチンコは諸悪の根源である。

 韓国では、パチンコが原因の借金による自殺が相次ぎ、更にはパチンコ業界と政府の癒着という政治スキャンダルなどが問題視された結果、2006年にパチンコは非合法化され全廃となった。

 我が国も韓国同様、パチンコ業界は警察の天下り先となり、政治家との繋がりも深い。不況や犯罪の元凶、自殺や家族離散、自己破産など不幸を量産し続けるパチンコ・パチスロを早々に非合法化することで、救われる命や多くの諸問題を解決出来るのではなかろうか。

 北朝鮮への独自の新たな経済制裁を実行を図るならパチンコの非合法化は最早避けられず、安倍総理は果敢断行すべし!

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2016年09月08日

蓮舫よ、これを機に「村田蓮舫」という本名を名乗りなさい!

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 蓮舫というのは本名は「村田蓮舫」。昔のタレントの頃はポチャッとして人柄も好さそうに思えたが、最近は痩せ過ぎもあるが、人を疑るような嫌みというか、他人の悪口ばかりを論う、厳しい怒りを含んだ顔になってしまった。

 その村田蓮舫が「二重国籍」問題で窮地に立たされている。二重国籍というと何か二十スパイの様だが、国籍単一の原則又は国籍唯一の原則が基本原則であるが、別に米国にしろ英国や仏蘭西など多くの国で認めているし日本も認めている。

 日本国内には村田蓮舫だけではなく、在日や支那人永住者など恐らく数十万単位の二重国籍を持つ者がいるのではあるまいか。

 今回の民進党代表選でこうした問題が浮上したことで今後、この問題は大きく取り上げられ、二重国籍を持つ者の不正行為、例えば生活保護の不正受給などが剔抉粛正されることになれば勿怪の幸い。

 蓮舫は参議院議員という立場であり、また公党の代表なろうとするには余りにも不適格ではないのだろうかという国民の正直な感情であり、それは過去の本人の言動が身勝手過ぎるものだったというのもあるだろう。

 蓮舫は過去に、新聞記者のインタビューにこう答えている。

 「パスポートの色が青から赤に変わり、自分の名前が『レンホウ』となり、自分の名前を否定された気がしたんですよ」とか「赤いパスポートになるのが嫌で寂しかった」というが、日本のパスポートくらい世界で信用されてるものは無い。

 「村田蓮舫」という本名がありながら、如何にも支那人だと言わんばかりに「蓮舫」という名前を常用し、日本人らしからぬ言行で有権者を誑かしていながら、今更ながら「生まれた時から日本人です」と言ったところで実に白々しいし、台湾人にも失礼だろう。

 マイノリティという立場を利用していながら、それを今になって否定したところで、日本と台湾の混血というマイノリティが変わることは無い。

 世界各国の保守派の政治家や活動家には社会的・民族的マイノリティーが多く、有名なところでは、「日本が北方領土返還を求めたら東京に原爆を落とせ!」などの過激な発言で知られるロシアの極右政党・自由党のウラジーミル・ジリノフスキー。ジリノフスキーは、東欧系ユダヤ人(アシュケナジー)の血が流れている。

 世に悪名高きアドルフ・ヒトラーは、ドイツ人ではなくオーストリア出身。その「ヒトラーの再来だ!」と騒がれたオーストリアの極右・自由党のイェルク・ハイダーのルーツはアラブ系移民との混血だ。

 自己の出自に複雑なジレンマを抱えている少数派の新参者は、多数派の古参の住民よりも国家意識や愛国心といったものを強く意識するものなのだが、日本の在日らマイノリティらの多くは国家意識や愛国心に乏しい者が多く、こうしたことは世界でも稀有な存在なのだ。

 在日の中でも愛国心旺盛な人物は多く、矢沢永吉なんてのは日本人以上に日本人だし、過去にも力道山にしろ極真空手の大山倍達にしろプロレスや空手に生涯を捧げた気魄と精神から学ぶものは多い。

 蓮舫もそうだが、日本という国に生まれた奇跡に感謝することを忘れてはならないし、在日ら支那人永住者らも日本の恩恵に感謝しなければならないのだが、そういう当たり前のことが出来ないから、「日本から出てけ!」「本国へ帰れ!」ということになってしまうのだ。

 蓮舫もこれを機に日本名の「村田蓮舫」に名前を改め、参議院議員として、また党の代表になるにしても日本の国益を重んじ滅私奉公すれば好いだけで、そうしたことも出来ないというのなら議員の職を辞し、第二の人生を選択すべきだろう。

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2016年09月07日

北の弾道ミサイルなんぞ恐れるに足らず。毅然と迎撃するべし!

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 北朝鮮が凝りもせず、日本海というより我が国に向けて弾道ミサイルを発射した。始めの頃は単なるシャレだと思っていたが、その性能は日増しに向上し、今や単なる脅しだと笑ってられない状況だ。

 G20の首脳会議の当日の弾道ミサイル発射で、習近平の面目は丸潰れ。こうなりゃ東シナ海や南シナ海より先に、北朝鮮を軍事占領した方が国際世論もその正当性を認めるのではなかろうか(笑)

 弾道ミサイル発射を受け、「平和を脅かす暴挙」だとか「遺憾の意」だとか、取って付けた様ないつものコメントにはうんざり。

 北朝鮮のミサイル技術が日々進歩しているのが分かるが、一方の我が国の対応は相変わらず進歩が見られないのはホント嗤えない。

 国家の防衛というものは、他所の国がどうあれ一喜一憂することなく淡々と万全の対策を講じるべきものであり、北朝鮮が弾道ミサイルを発射するなら「国家の安全保障上、毅然と対処する」との声明を出し、我が国の領域を通ったならば毅然と迎撃すれば好いことだ。

 「破壊措置命令」は発令は常時発令中であり、我が国のイージス艦からの迎撃は技術的にもそれほど難しいものではないというし、迎撃することで我が国の防衛力の高さと自衛隊の優秀さを世界に示すことになろう。

 我が国上空を通りながらそれに拱手傍観し、右往左往の大騒ぎは我が国の安全保障の未熟さと醜態を曝しているばかりか、我が国を救世主とみる諸外国にとっても落胆の色は隠せない。

 また、迎撃することで戦争になるというなら、それはそれで北朝鮮のバカ息子による独裁体制を崩壊させる絶好の機会であり、また共産党一党独裁の中共にとって尖閣問題も沈静化せざるを得ないだろう。

 北朝鮮の正式名称は「朝鮮民主主義人民共和国」。昔はニュースでも一々長ったらしい名前を呼び挙げてたが、北朝鮮は民主主義でなければ人民の国でもなく「金一族」による世襲全体主義国家である。

 日本人や外国人を拉致監禁し、ニセドル紙幣を偽造してばら撒き、覚醒剤を製造密売し、ミサイル等の武器を輸出し資金調達しているが、北朝鮮は中国共産党同様、共産主義に内在し、悪の本質が体制化したヤクザ国家というのが正しい。

 何十万という餓死者が出ても歯牙にもかけず、世界から非難され続けても弾道ミサイルを開発し、そして核開発に狂奔しているこんなヤクザ国家に国連決議だとか、経済制裁だとかで解決を図れるとは到底思えない。

 チュチュ(主体)思想はあれど仏教などの宗教が無いから、金正恩を殺して人民を救おうといういう大悲の心が育まれることもない。

 北朝鮮のミサイル開発や金一族の成金趣味に、パチンコ屋からの金が流れているということは今や公然の事実で、我が国が独自の経済制裁を現実的なものにするなら、パチンコの規制や非合法化を真剣に考えるべきだろう。

 日本経済や治安に悪影響を垂れ流すパチンコは諸悪の根源であり、この不良産業を非合法化すればミサイル開発も儘ならず、拉致問題にも曙光が射し、全てが丸く治まるのではなかろうか。呵呵

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2016年09月06日

G20開催中に南シナ海・スカボロー礁に竣設船とみられる大型船を展開!

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 G20が中国浙江省で開幕した。当然議長を務めるのは中国共産党の習近平。そんな中で同日、南シナ海・スカボロー礁に中共が竣設船とみられる大型船を展開し、軍事基地建設活動を強行した。

 スカボロー礁はフィリピン・ルソン島に近く、中共による人工島建設場合は周辺の安全保障上の大きな脅威になるのは当然ながら、我が国のシーレーンの防衛に於いても重要な問題で決して対岸の火事ではない。

 以前、国会質疑でも度度ホルムズ海峡封鎖を想定した議論がなされたことがあるが、南シナ海は相手が中共なだけにホルムズ海峡封鎖の想定よりもややこしい。

 原発再稼働が見送られる中で中東からの石油ルートが絶たれれば、我が国の経済は愚か国民の生命にも甚大な影響を及ぼすことは必至。

 化石燃料に依存する反原発派から「シーレーンの防衛」という声が全く聞こえて来ないことをみても、反原発運動というのは、中共の南シナ海問題と並行して行われてる中共の第五列による我が国の無血革命と言っても過言ではない。

 武力を使用した侵略や弾圧が世界的に非難される現在において、何故か中共による近隣国への弾圧や虐殺、領土主権侵害は正当化される。  

 満州、内蒙古、チベット、新疆は元来漢民族の土地ではない。「新疆ウィグル自治区」とは、元々はトルコ系の民族が多く住む「東トルキスタン共和国」と呼ばれる国のことだ。

 歴史的に見ても侵略に晒されることが多く、唐、モンゴル帝国、清などの支配下に置かれていた時代もある悲劇の国と言ってもいいだろう。

 支那大陸における王朝の興亡の影響を強く受けてきた不運な民族で「東トルキスタン共和国」として、独立を果たそうとしているがが、1955年の中華人民共和国の侵略より「新疆ウィグル自治区」として設置されている。

 「自治区」とされた後のトルキスタンの人々の受ける迫害は凄まじく、膨大な数の死者と、7万人以上がソ連(現ロシア)へ逃亡した。

 その他にも「ロブノール核実験場」では1964年から実に46回に及ぶ核実験が行われ、約19万人の死亡者と実に129万人の健康被害者を出した。

 我が国の反原発派は、ありもしない福島第一原発事故での健康被害を騒ぐのならば、こうした中共の現実にも声を上げて非難すべきだろう。

 中共は「民族浄化」という人口侵略により他国を蚕食し、支配を目指しているが、我々は南シナ海での人工島建設や、チベットや東トルキスタン共和国での弾圧を対岸の火事と見ていてはいないだろうか。

 更には、殖え続ける支那人の蚕食を放置し、労働者不足などという不埒な理由で移民を受け容れることになれば、近い将来、我が国も満州や内蒙古、チベット、東トルキスタンの様になる危険を孕んでいる。

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2016年09月05日

「米中、パリ協定批准」という仰々しい記事

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 「米中、パリ協定批准」という仰々しい記事が載っている。読めば単に気候変動問題で米中が温室ガス排出に前向きに取り組むということで、2年前に「地球温暖化問題」でも合意していることをしても別段大騒ぎする様なことでもなかろう。

 温室ガスを垂れ流す米中が温暖化防止に取り組めば環境も大きく変わるだろうというのは短絡過ぎで、中共がCO2の削減に取り組むのは2030年から。

 それまで中共は自国の発展、利益追求の為に出したい放題ということを米国や諸外国が容認したということでもある。

 これは見方を変えれば2030年までに数千万人が死ぬことに合意し容認したという見方も出来る訳で、チベットやウイグルでの虐殺や弾圧も言語道断だが、自国民をも犠牲にして利潤追求に狂奔し、世界に悪害を撒き散らすことを容認したこんなふざけた合意が何処にある。

 中共は共産党一党独裁で共産主義を崇めているが、利潤追求の方法が共産主義の労働価値観に矛盾しているし、米中が合意し批准したのだから「過去の地球の温暖化なんぞ関係ない」という理屈は些か乱暴で怪しからん話しではないか。

 因みに、現在、世界で排出される温室効果ガス温室効果ガスは20.1%は中共。米国は17.9%で世界の排出量の38%を占める。

 中共ではこうした排出ガスやPM2.5の影響で年間200万人が亡くなっているというし、今後規制が実行される間にも排出量は増え続け数千万人が犠牲となるのは必至で、こうした問題点を看過し喜んでいる「パリ協定」というのも間抜け過ぎる。

 米国のスリーマイル島、チェルノブイリ、東海村の事故が起き、原発の廃止や削減が相次いだ2006年、米国が政策を転換し国際原子力パートナーシップ(GNEP)を策定し、原発推進を決定した。

 GNEPは、第一次安倍内閣時に安倍自身がオバマに大統領に提案したもので、その後、オバマが余り積極的ではなかったが、その方向性自体は間違ってはいない。

 原発見直しの大きな理由は地球温暖化対策であるのは言うまでもなく、原発の安全性の向上は当然だが、原発は発電コストを考えても安価で済むし、使用済み燃料再利用技術が向上すれば更にコストは軽減される。

 東日本大震災で我が国は「脱原発」の流れになっているが、地球規模で、或いは将来を考えた場合、やはり日本製の安全性を高めた原発を推進し、輸出して行くことこそ必要なことだと思う。

 中共は南シナ海に建設した人工島に原発を設置する計画をしているのは周知の通りだが、中共のことだから「パリ協定」批准を原発設置の理由にし兼ねない。

 万が一にも御粗末な中国製の原発が人工島に設置され、それが事故でも起こすことになれば温室効果ガスどころの騒ぎではない。

 それにしても、世界の二大元凶ともいえる米中の合意は実に胡散臭げなものばかりで、過去を振り返ってみてもアジアの動乱の原因はいつも時代も米国と共産主義だったことは歴史が証明するところ。

 20世紀は正に「自由と平等」の名の下にプロレタリア独裁を標榜する共産主義が猛威を振るい、今やキリスト教徒の望んだ中国共産党が世界の脅威となっていることをしても理解出来よう。

 こうした過去を見るまでも無く、米中の二大元凶による政策合意は、アジアに更なる不幸を齎すものであると言っても過言ではなく、警戒をを疎かにしてならない。

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2016年09月04日

忘れていた右翼大物との厭な遣り取りを思い出した(笑)

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 そういや以前、FBFの日記の安倍崇拝に厭きれ、愚生が一言コメントを入れると、某大手右翼団体相談役が「安倍政権を打倒してどういう政権を樹立させるのでしょうか?」と批判するコメントを返して来た。

 これに違和感というか疑問を感じ、「右翼民族派が新自由主義に与する安倍を批判や苦言もせず評価するとは世も末。反体制なき右翼が保守論客を気取ってるのは滑稽でしかありません」と意見した。

 その答えは「今日唯今、安倍政権を打倒して一体どういう政権をつくるのか、誰を総理にするのか、どの政党の政権を任せるのか、ということです。今すぐクーデターなどの方法で維新政権ができるのなら別ですが…。『反体制なき右翼』が『保守論客を気取る』ことは絶対矛盾であり、不可能です」

 「反体制なき右翼」とは、四書五経や陽明学などの古典好きの衒学臭いこの相談役に浴びせたのだが、自分のこととは思っていない様で、全くのチンプンカンプンの返答に嗤うしかなかった。

 この大物右翼?大手右翼団体員なのを隠し、逮捕歴も無く、学者や言論人ぶってるところがどうも昔から気に入らない(笑)

 以前、木村三浩と鳩山由紀夫がクリミア半島を訪問し、この件で木村と昵懇の大物右翼人へ苦言を呈すべきだとしたら、「何で俺が木村に言わなきゃいけないの」との返答を貰い、肝心な時に友人に苦言も呈さない態度に嫌気が差し、長年の交流を絶って、ブログなどで自分なりの意見を綴ったことがある。

 するとその大物右翼のブログには愚生に対する揶揄を交え、「右翼として大した実績も無く、刑務所にも行ったことが無い者が右翼仲間を批判するとは罪が無い」などと語ってたのを思い出す。

 当時、縁があった弘〇会との柵もあって数か月ではあるが、行動右翼のパイオニア・防共挺身隊の四代目総隊長になった愚生が、「右翼として大した実績も無い」とは恐れ入るが、それこそこの相談役こそ前科も実績も何も無いではないか。

 この相談役の仲間には、逮捕歴も無く、刑務所に行ったことが無いことを詰ったのだろうか。まぁ、言う訳ないわな(笑)

 刑務所に入ったことは無いのは確かだが、それは活動家として偶偶だっただけのこと。囹圄の生活が偉いなら、うちの団体で喩えたらそれこそ愚生より偉いのはうじゃうじゃいるぞ(笑)

 この比喩は、例えば刺青を入れてるのが凄いなら、彫り師の方が立派だし、刺青を入れてない住〇会の会長は大したことはないということにもなるな(笑)

 FBFのタイムラインを汚すことにもなり兼ねないので、最後に嫌味で「政治家ですねぇ(笑)てっきり任侠右翼の相談役だからもっと厳しいことを言うのかと思ってました(爆)」と反論を入れてみたが反応は途絶えた(笑)

 この遣り取りで、任侠右翼団体相談役なのがバレたとしたらザマ~ない(笑)

 その昔、時流に乗って「国士・中曽根康弘先生―昭和維新の志士・戦後初の右翼宰相」という著書を上梓したのは今や行動する保守運動の桜井誠らと連帯する高名な瀬戸弘幸大先生。

 あの、中曽根が国士とは嗤うしかないが、それにしても瀬戸さんってのは、今も昔も時流に乗るのが上手いね(笑)

 この大手任侠右翼相談役も安倍シンゾ~にぞっこん♡なら、それこそ「国士・安倍晋三先生」だとか「I♡ABE」という本でも書いた方がいいんじゃね(笑)

 流行りの自称・保守派や称愛国者ならいざ知らず、安倍を支援する右翼というのは理解に苦しむ。

 右翼は本来「反共」は当然ながら「ナショナリズム」「反体制」「反資本主義」を標榜しなくてはならない。

 体制側に与し、反骨主義も無くして何が右翼か。

 最近の右翼は政治家的な意見ばかりで、在るべき筈の「反体制」も「反権力」も「反骨」の精神も持ち合わせてはいない。

 全てが個性の無い、何処でも知り得る理論をひけらかしては悦に入ってるが、右翼は抑々政治家じゃないっての。勘違い右翼が後を絶たないのはこうした上に立つ者の無能に因るところが大きい。

 「取り敢えず改憲」だとか「維新政権は未だ先」などと己が政治家にでもなったつもりで悠長なことを言っているのだとしたら、それ右翼じゃなく自称・愛国者や今どきの保守派と同じ単なる傍観者ではないか。

 現在の右翼陣営の為体は、こうした右翼人としての生き方を忘れ、生業に勤しみ、固定資産税に汲汲しながら、一方で育ちが分かりそうな上昇志向で、一丁前の評論家や文士を気取る自称・国士の先生方が元凶でもある。

 大先生方、早々に引退しなさい!呵呵大笑。

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2016年09月03日

8月15日に靖国神社に行く自称・愛国者やなんちゃって右翼は9月2日には参拝しないの?

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 8月15日を「終戦記念日」だとし、挙って靖国神社に参じる自称・愛国者やなんちゃって右翼陣営は、今日の9月2日をどのように感じているのだろう。

 我が国が米英を始めとした国々と何故に戦争をしなければならなかったのかは、大東亜戦争「開戦の詔勅(米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書)」に明示されているが、この大義がこの日を以て全否定されたのだ。

 詔勅の一部を列記すれば、

 中華民國政府曩ニ帝國ノ眞意ヲ解セス濫ニ事ヲ構ヘテ

 東亞ノ平和ヲ攪亂シ遂ニ帝國ヲシテ干戈ヲ執ルニ至ラシメ茲ニ四年有餘ヲ經タリ幸ニ國民政府更新スルアリ

 帝國ハ之ト善隣ノ誼ヲ結ヒ相提携スルニ至レルモ重慶ニ殘存スル政權ハ米英ノ庇蔭ヲ恃ミテ兄弟尚未タ牆ニ

 相鬩クヲ悛メス米英両國ハ殘存政權ヲ支援シテ東亞ノ禍亂ヲ助長シ平和ノ美名ニ匿レテ東洋制覇ノ非望ヲ逞ウセムトス・・・

 彼ハ毫モ交讓ノ精神ナク徒ニ時局ノ解決ヲ遷延セシメテ此ノ間却ツテ

 益々經濟上軍事上ノ脅威ヲ增大シ以テ我ヲ屈從セシメムトス斯ノ如クニシテ推移セムカ東亞安定ニ關スル

 帝國積年ノ努力ハ悉ク水泡ニ帰シ帝國ノ存立亦正ニ危殆ニ瀕セリ事既ニ此ニ至ル帝國ハ今ヤ自存自衞ノ爲

 蹶然起ツテ一切ノ障礙ヲ破碎スルノ外ナキナリ皇祖皇宗ノ神靈上ニ在リ朕ハ汝有衆ノ忠誠勇武ニ信倚シ祖宗ノ遺業ヲ恢弘シ速ニ禍根ヲ芟除シテ

 東亞永遠ノ平和ヲ確立シ以テ帝國ノ光榮ヲ保全セムコトヲ期ス。御名御璽

 上記を訳すれば、「中華民国政府は、以前より我が帝国の真意を理解せず、濫り(みだり)に闘争を起こし、東アジアの平和を乱し、終に帝国に武器を取らせる事態に至しめ、もう四年以上経過している。

 幸いに国民政府は南京政府に新たに変わった。帝国はこの政府と、善隣の誼(よしみ)を結び、

 共に提携するようになったが、重慶に残存する蒋介石の政権は、米英の庇護を当てにし、兄弟である

 南京政府と、未だに相互の鬩(せめ)ぎ合う姿勢を改めない。米英両国は、残存する蒋介石政権を支援し、

 東アジアの混乱を助長し、平和の美名にかくれて、東洋を征服する非道な野望を逞しくたしている・・・

 彼(米英)は、少しも互いに譲り合う精神がなく、むやみに事態の解決を遅らせようとし、

 その間にも益々経済上・軍事上の脅威を増大し続け、それによって我が国を屈服させようとしている。

 この様な事態がこのまま続けば、東アジアの安定に関して我が帝国が払ってきた積年の努力は、

 悉く水の泡となり、帝国の存立も、正に危機に瀕することになる。事此処に至っては、

 我が帝国は今や、自存と自衛の為に、決然と立上がり、一切の障害を破砕する以外にない。

 皇祖皇宗の神霊をいただき、私は、汝ら国民の忠誠と武勇を信頼し、祖先の遺業を押し広め、

 速やかにす禍根をとり除き、東アジアに永遠の平和を確立し、それによって帝国の光栄の保全を期すものである。御名御璽」

 抑々、8月15日は終戦の勅諭が奉じられた日であって、終戦の日ではない。「終戦記念日」との名称はGHQによる戦後民主主義教育の洗脳の最たるものである。

 にも拘らず8月15日の「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に靖国に詣で英霊のみを追悼するその行為は正に贔屓の引き倒しでしかなく、日本の歴史をも忘却せしめるものだ。

 況してや靖国神社は英霊を追悼する施設ではなく、英霊の功績を顕彰する神社であるにも拘らず「英霊に哀悼の誠を捧げて来た」とは何事ぞ。

 今日9月2日は我が国にとって降伏文書に調印させられた屈辱の日であり、この日こそ心静かに英霊に感謝の誠を捧げ、先人の偉業を偲ぶ日であろう。

 保守や愛国者でなくても本来の日本人なら心の中に「日本人の魂」というものを持っている。この国の歴史伝統や先人達に対する尊敬や愛着の「想い」である。

 我が国が戦争に負けたのであればその事実を限りなく口惜しいと思い、占領で失われたものが有るならばそれを何としても取り戻したいと思う「心」である。

 そう考えるとき右翼を標榜する者や、保守であるべき政治家から日本人としての魂から発する思いを感じることもなく、思想無き右顧左眄型の偽善者ばかり。

 「保守」とは民族、宗教、言語、歴史、価値観、習慣、制度の世界の中で最も優れた精神文化を護り継承して行くものでなくてはならないのだ。

 また、正統の保守主義者に於いて時間を体験する仕方は、過去の意味を直視し、その中に価値を見出す発見によって未来を創造して行くものである。

 だが、自称保守派や自称愛国者らは未来が全てであり、今日の屈辱的調印日なんぞ知ってか知らずか完全無視。こういう連中は保守や愛国者というより自由主義者、新自由主義者という(苦笑)

 9月2日は日本人として決して忘れてはならない民族痛恨の日でもあるのだ。

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2016年09月02日

昭和20年9月2日、戦艦ミズーリの甲板上で降伏文書に調印

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 「終戦の日」というと一般には8月15日が一般的だが、ポツダム宣言を受諾したのは前日の14日。そしてその降伏文書に調印した屈辱の日が9月2日であり、諸外国ではこの日を「対日戦争終結の日」や「終戦の日」としている。

 1945年(昭和20年)9月2日、東京湾上に停泊してた戦艦ミズーリの甲板上で重光葵外相と梅津美次郎参謀総長が降伏文書に調印する。

 「上海天長節爆弾事件」で右足を失った重光全権は、ステッキを頼りに義足を引き摺りながらミズーリの階段を喘ぎ喘ぎ上る。

 調印を前に重光は一杯の水を所望する。

 だが、米国側に冷たく拒否された。

 敗戦者で卑怯者の「ジャップ」にやる水などないという米国人の憎悪と蔑視が目に見える。

 これを遡ること昭和7年4月29日、重光は上海に於いて、駐中華民国公使として天長節奉祝式典に参列し、国歌を斉唱する。

 この時、朝鮮独立運動家・尹奉吉が爆弾を投擲。

 だが、重光はその場から逃げることなく「君が代」を歌い続け、結果、片足を失うこととなった。

 重光はこの時を振り返りこう述べた。

 「爆弾が投げられたのは分かっていたけれど、国歌斉唱中なので動かなかった。動くのは不敬であると考えた」

 重光の隣で遭難し、片目を失った海軍大将・野村吉三郎も「国歌斉唱中だったから逃げなかった」と、重光と同じ理由を語っている。

 後に外相や駐米大使となる野村や重光の様な、こうした決死の覚悟と肝の据わった官僚や政治家がいないのは我が国の不幸とも言えよう。

 「君が代」「日の丸」に反対する勢力も、また軽々しく国旗や国歌を利用する自称・保守派や右翼人もまた、重光や野村の様な決死の覚悟が伴っているかといえば疑問だ。

 降伏文書によって我が国は「負け」を認めたが、先の戦争の大義は決して間違いではない。

 抑抑、何故に我が国が開戦を決意し真珠湾攻撃に至ったかが問題であり、それにはペリー来航時代にまで遡らなければ到底理解は出来まい。

 我が国は西欧列強に倣い、強力な中央集権国家を形成しようと明治維新という大業を短期間で成し遂げた。

 15世紀の大航海時代以来、白人による世界制覇の波がアジアにも押し寄せ、アジアは次々と列強に蚕食され植民地となった。

 その間に勃発した「日清・日露戦争」や「日韓併合」なども避けては通れない宿命的な歴史だったのだ。

 「日清・日露戦争」での日本大勝利の報は、固唾を呑んで見守っていた世界の人々を驚嘆させ、特に有色人種に与えた影響は強烈だった。

 日露戦争勝利から15年後、パリ講和会議で日本は「人種平等の原則」を国際連盟規約に載せることを提案する。

 しかし、議長を務める米国大統領ウイルソンが拒絶し否決される。

 こうした日本からの正当な要請に対しても「有色人種に人権など必要無い」との差別や蔑視が横溢していたのは明らかだった。

 その後、世界は第二次世界大戦に突入し、我が国はABCD包囲網や最後通牒を突き付けられ、最早生き残る道は連合国との戦争しかないとの決断に至るのだ。

 今も尚、糾弾して止まない「リメンバーパールハーバー」は、日本人への偏見と差別と歴史への冒涜であり、先の大戦の過ちを猛省すべきは我が国ではなく米国自身である。

 歴史を語る上で大切なのは、古今東西、世界に蔓延る覇権主義の克服を主張すべきであって、他国の覇権主義に目を瞑り、一方的に自虐の淵に止め処なく漬かり込むことではない。

 歴史は国家の大本である。日本に生まれ育った者として、大東亜戦争の真の歴史と意義を知ることは国民としての義務でもある。

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cordial8317 at 06:10|PermalinkComments(0)

2016年09月01日

中国共産党の頭領・習近平、英国晩餐会での大嘘がバレる(苦笑)

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 昨年10月、訪英した中国共産党の頭領・習近平はエリザベス女王主催の晩餐会で、「(南京事件で)侵略者日本の残虐行為を暴いた」と称賛した英国人・ジョージ・ホッグは、英新聞社に在職記録も無く、南京事件の際に現場にもいなかったことが明らかとなった。

 晩餐会で我が国の侵略行為を糾弾するのもする方だが、その証拠とした英国人の記事も事実無根だったことは、晩餐会を主催したエリザベス女王にも失礼だし、英国王室を愚弄した様なものだろう。

 こうした大嘘を公式な場所で披歴した習近平の厚顔さと無知を世界に曝した訳だが、晩餐会でのスピーチに悦に入る習近平に厭きれ、アンドリュー王子らが退屈そうだった理由が分かるというものだ(笑)

 そういや、晩餐会では1989年物のワインが出されたという。1989年といえば「天安門事件」があった年。1989年ワインに「(自国民やチベット、内蒙古や東トルキスタンを弾圧してる)あなたの国に日本を責める資格は無い」というそんな嫌味な意味があったとすれば英国王室というのは一枚も二枚も上だ(笑)

 中国共産党はこうやって嘘を事実かの様に既成事実化して行くのだが、その中でも典型なのが南京大虐殺という大嘘である。

 抑抑「南京事件」など存在せず、この問題が持ち上がったのは、戦後、米国の原爆投下が問題となるや、「日本軍も30万人も虐殺していたぞ」と言わんとばかりに米国側が唐突にでっち上げ、中共がそれを利用しているというのが真相。

 中共側は、南京事件の証拠として「ラーベ日記」を持ち出し「ジョン・ラーベ~南京のシンドラー」なる映画も制作されているが、晩餐会で習近平が持ち上げた「ジョージ・ホッグ」を扱った原作を題材に、「チルドレン・オブ・フォンシー」なる映画も作られている。

 他にも南京事件を題材にした映画が作られているが全てフィクショであり、要は支那人や日本人を蔑視してる連中の娯楽映画に過ぎない。

 南京事件の「ラーベ日記」とは、昭和12(1937)年12月に日本軍が南京を占領した際、南京に残っていた欧米人15人によって組織された「安全区国際委員会」の委員長・ジョン・ラーベが書いたとされる日記だ。

 今ではラーベは、住民保護に当たった人道主義者「中国版シンドラー」として持て囃されているが、実際はどんな人物だったのか。

 ラーベは、ドイツの電機メーカー「ジーメンス」の南京支社長で、分かり易く喩えれば武器商人だったというのが正しい。

 当時のドイツは、蒋介石政権に軍事顧問団を送り込み、中国軍の近代化を指導すると共に、ドイツ製の武器を大量に売り込んでいた。

 「ジーメンス」という会社は、産業連盟ぐるみで輸出を行っていた中心メーカーで、中華民国の蒋介石と親密な関係を持つラーベが委員長に選ばれたのは当然の成り行きだったといえるだろう。

 軍事顧問団のファルケルハウンゼン将軍もまた、蒋介石に「日本に対する先制攻撃」を提案していた人物で、その仲間のラーベが反日的で、支那人に同情的だったのは想像するに余りある。

 従って「ラーベ日記」には、日本軍に対する極めて悪意のある作為的描写が多いのは言うまでもない。

 あの狭い「安全区」には20万人の市民が住んでおり、そこを自由に行き来していたラーベ。だが、日記には一件も殺害を見たとは書いていない。

 日本軍の蛮行とされているものは、全ては「こう言っている」「ああ言っている」という伝聞ばかりなのだ。

 国際委員会の公式記録「南京安全区の記録」にも、南京の人口はずっと20万人だったと報告されている。

 だが、ラーベは、ヒットラー総統への上申書で、「南京で5~6万人の民間人が殺された」と虚偽の報告をする。

 それが独り歩きし、今になって「南京事件」の証拠となっているのだが、証拠としては実に御粗末なものなのだ。

 要するに、南京事件とは「ラーべ日記」の伝聞や、ヒットラーへの嘘の上申書を証拠に捏造されたものであり、全くの事実無根の事件である。

 国内にも「ああ言ってた」「こう言ってた」という伝聞で有名なのが沖縄での「集団自決軍命令」というものがある。

 左翼やマスコミというのは息を吐く様にウソを吐くが、その嘘がいつの間にか事実とされ、先人や日本軍が悪者にされていることを拱手傍観してる訳には参らない。先人や日本軍と我が国の名誉を守らねばならない。

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cordial8317 at 07:42|PermalinkComments(0)