2016年05月

2016年05月29日

南シナ海で日米越連携し対中包囲網を強化

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 産経新聞のトップに「南シナ海・日米越連携」し対中包囲網を強化するという記事が載っている。南シナ海やインド洋での中共の横暴ぶりを三国で対峙しようというものだが、ベトナム(越)との連携は実に心強い。

 意外と思うだろうが、ベトナムは最新鋭の武器は無いが、ベトナム人の国防意識は世界でも屈指で、戦争にも負けたことはない。

 その昔、ベトナムは支那の朝貢国で、「清仏戦争」に負けた清は賠償の一部としてベトナムをフランスに差し出す。

 後にベトナムの英雄となるファン・ボウ・チャウは、新しい宗主国を探しに日本を訪れる。

 当時の日本は、フランスよりも強いロシアと戦争の真っ只中で、そして勝利する。

 ファンはその衝撃を、「この時に当って東風一陣、人をして爽快足らしめる事件が起きた。日露戦役は我々の頭脳に一新世界を開かしめた」と記している。

 時の宰相・犬養毅に拝喝したファン・ボイ・チャウは、「朝貢もするから、軍を出してフランス人どもを追い出して欲しい」と懇願するも犬養は諭す。

 「自分の国は自分で守るものだ。日本はその為には協力を惜しまないが、自分は何もしないで他人に血を流して貰おうというのは料簡が違う」

 犬養の言葉にファンは恥入り、祖国から若者を呼んで日本で学ばせる。先ずは世界を知り、そして戦い方を知る。

 ベトナムの悲運とも言える抵抗運動は当時の日本に学んだところが大きいのだ。

 ベトナムは先ずフランスと干戈を交え、そして勝利すると、更には米国と戦い、これも追い出した。

 米国が撤退するや、今度は背後から攻め入る中共の傀儡政権ポルポト派を倒した。

 これに怒った中共は人民解放軍を送り込むも、ベトナムはこてんぱんにやっつけた。

 鄧小平はこの「中越紛争」での惨敗から人民解放軍の近代化を謀り、軍拡路線を定着させるに至った。

 現在の中共の軍事大国路線もこれを継承するもので、つまりは、ベトナムに戦い方を教えた我が国にも中共の増長を招いた責任があるというものだろう。

 ベトナムはフランス、米国、中共という強敵を全て破った唯一の国で、国を想う心と国民の意気の高さは世界でも指折り。

 最近でも、南沙諸島で中共の軍艦がベトナム漁船に発砲し負傷者が出ると、べトナムはトンキン湾に入り込んだ支那漁船団を襲撃し、きっちりと仕返ししたことは記憶に新しい。

 実に立派に成長したベトナムだが、方やその恩師の我が国はというと、尖閣列島や竹島、北方領土で主権を侵されながら拱手傍観し、相変わらず米国依存のまやかしの平和を貪り続けている。

 「自分の国は自分で守るものだ。自分は何もしないで他人に血を流して貰おうというのは料簡違いだ」との犬養の台詞が空しく響く。

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cordial8317 at 14:33|PermalinkComments(0)

2016年05月28日

「核なき世界」の実現に日米は足並みを揃えよ!

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 オバマ大統領の広島訪問は歴史的なことであることに違いなく、「核なき世界」が実現するか否かは別に、未だ原爆投下を肯定する勢力が多い米国内での広島訪問を決断したオバマ大統領に敬意を表したい。

 過日、ネットで知人でもある右翼幹部のブログを目にした。そこにはオバマの広島訪問に反対し「訪問するなら先ずは謝罪せよ」などと綴られていたが、余りの度量の無さに読んでいて悲しくなった。

 この右翼と同じことを叫んでたのが韓国人被爆者らで、昨日も広島で「オバマは謝罪しろ!賠償せよ!」と拳を突き上げていた。

 また、中共は「南京も忘れてはならない」と日本の加害者責任を追求し、オバマや安倍首相を南京大虐殺記念館での献花を要望した。

 我が国周辺国を見渡してみても腹黒い国々が幅を利かせ、魑魅魍魎の世界が犇めいている中で、国益を如何に守るか、我が国の手腕と覚悟が試される。

 毎年、8月6日の広島、9日の長崎と原爆が投下された日に焦点を合わせ「原水爆禁止世界大会」なるものが開催される。

 世界から核兵器が無くなることに越したことはない。だが、現実的には不可能なことで、核兵器も保持していない日本国内で「核兵器反対」を訴えても意味はない。

 この運動は、初めは純然たる市民の署名運動から始まったものだ。

 署名運動の輪が、急速に全国に広がっていくのに目をつけた、社民党(旧日本社会党)と日本共産党が割り込みを図り、イデオロギーに汚染させ、終には主導権争いを演じて分裂させてしまう。

 それが社民党系の「原水禁」と、共産党系の「原水協」だ。日教組が共産党系の「全教」とに分断と同じ構図だが、これだけでも連中に「平和」など口にする資格はない。

 連中の目的は「平和」とは名ばかりで、原爆を投下したのが米国だから騒いでるだけの「反米活動」に過ぎない。

 米国の原爆投下への批判はあって当然のことだが、連中は執拗に古傷を暴き、日米離間を図ると共に、党勢拡大と革命謀略に狂奔しているだけだ。

 だが、我が国と米国は、国家の威信を賭けて戦っていた訳で、新しい兵器を開発し使用したこと自体は「三分の理」を認めざるを得ない。

 左翼団体や自称・平和団体の「反米」も行き着くところは、米軍の行った自虐史観による洗脳であるが、未だその洗脳から目覚めようともせず、いけしゃあしゃあと「反米」を口にするとはマヌケ過ぎる(笑)

 原爆投下による被害は甚大ではあったが、原爆投下によってこういう新種が殖えてしまったのは皮肉な結果でもある。これは東京電力福島第一原発事故後の反原発派にも言えることだが(苦笑)

 米国の洗脳にどっぷり漬かっている左翼が「反米」などとは滑稽極まりないが、統治下で実行された我が国への弱体化政策は、米国が予想した以上の成果を齎し続けている。

 長崎に原爆投下された9日未明、ロシア(旧ソ連)は「日ソ不可侵中立条約」を一方的に破棄し、満州や南樺太に侵略を開始した。

 この日を境に日本人同胞の虐殺や強盗強姦事件が頻発し、最終的には我が国固有の領土であった樺太や北方領土が強奪された。

 この旧ソ連の鬼畜の如き蛮行で亡くなった日本人同胞は、広島・長崎での原爆投下で亡くなった方を遥かに超え、また、終戦後シベリヤに抑留され極寒の地で亡くなった方も数え切れない。

 日本国内ではシベリヤ抑留者は約60万人と言われているが、それは軍属の数だけであり、ロシアの資料に拠れば約70万人、米国の資料では約90万人の日本人が抑留されたと明記されている。

 自称「平和屋」の連中が過去に、或いは現代に於いても、この旧ソ連の蛮行を取り上げ、糾弾したことは一度たりとも無いが、これこそが彼らの正体を如実に現している。

 我が国の「平和」は米国の核の庇護下での偶然の賜物でしかなく、「平和」というものは空念仏の様に唱えていれば良いものでもなく、自ら創り出さなくてはならない時代なのだ。

 心の呵責無しに核兵器を有する資格があるのは、世界で唯一の戦争被爆国である我が国だけであろう。

 そういう意味でも、真の平和を創造する為に「限定的核武装」も安全保障戦略の一つに採り入れるべきであり、「核なき世界」の実現に日米は足並みを揃えよ。

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2016年05月27日

「海軍記念日」であり親父の命日でもある5月27日は様々な想いが去来する

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 5月27日は「海軍記念日」であり、親父の命日でもある。父は昭和3年生まれ、成績優秀ながら家庭は赤貧で進学など出来るものではなく、尋常高等小学校を卒業すると15歳で海軍に入隊、横須賀海軍工廠で海軍軍人としての人生が始まった。

 その後、土浦の予科練を経て終戦に至る。想い出の地である神奈川県相模原の地で土木作業員として従事し、資金を貯め、帰郷し、古着屋の「相模屋」を起業した。

 屋号の「相模屋」という名前を見れば、横須賀や相模原への思い入れが深かったことが分かるというもの。郷土に帰還後は4人の子供を育て、また町会議員を5期務めるなど地方自治や郷土の発展にも寄与した。

 海軍軍人であり、何事にも厳しかったその父の命日が「海軍記念日」というのも不思議な縁を感じ、決して忘れることはない。

 明治38(1905)年5月27日、日露戦争における海上での戦い「日本海海戦」が行われ、東郷元帥率いる連合艦隊がロシヤのバルチック艦隊を撃滅し勝利した。

 この戦争に勝利することで、欧米列強に日本の地位を認めさせることとなり、幕末以来からの懸案事項であった不平等条約、畢竟、明治維新の真の目的でもあった「治外法権」「関税自主権」という二つの不平等条約の克服を達成することになる。

 「治外法権」は、既に日清戦争後の明治32年に克服したが、残る「関税自主権」の回復を実現することで明治維新は成就し、真に独立を回復することが出来たのある。

 また、この戦争の勝利は、植民地にされていた民族の独立心を掻き立て、後の大東亜戦争後の植民地の解放に繋がったのは言うまでもない。

 日露戦争の世界史における歴史的意義は、有色人種が白人に勝利することによって、当時、欧米列強に植民地にされていた世界中の被抑圧民族を感動させ、独立への夢を駆り立てたことだろう。

 日露戦争での勝利は、日本にとっても世界の有色民族にとってもこの戦争での勝利は誠に大きな意義を持つものだったのである。

 そうした先人の努力と苦労の上に、現在のこの日本国が成り立っていることを現代を生きる我々は決して忘れてはならない。

 大東亜戦争後、占領政策によって訳の解らぬ「平和主義」が蔓延り、戦争=悪といった短絡的思考が常識化しているが、「戦争」というのは政治の延長であり、国際法上、紛争を解決する手段としては認められているのである。

 単純に「戦争か平和かを選べ」と問われれば、誰でも「平和」を選べに決まっているし、国家間の紛争が、武力の行使なしに話し合いだけで解決されるのならば、それに越したことはない。

だが、国際社会においては、平和的解決が話し合いだけで解決されることは殆んど無いのは歴史が証明している。

 戦争を放棄し、平和的解決や非軍事的措置を採った方が遥かに犠牲者も多く、非人道的な解決になってしまう場合が多いことも知らなければならない。

 「戦争=悪」であるというような短絡的な思考こそが、寧ろ暴走を招く危険もある訳で、もっと理性的な思考をしなければ、反って戦争を招き寄せることに為りかねないのだ。

 「日本国憲法」の前文に書かれている「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」というのは「念仏平和教」そのもので、そうした邪教を信仰するような状態こそ異常なことなのだ。

 戦後の日本人は「基本的人権の尊重」などと、国内に於いては権利を過剰に主張し続けているが、国際社会において、国家の権利を主張せずに黙り込むというのは、余りにも論理の整合性に欠けていると言わざるを得ない。

 北朝鮮の国家意思による日本人同胞の拉致に対しても何ら奪還する手立てを打たず、或いは我が国の領土や領域をロシアや韓国に不法に占拠され、また尖閣諸島や沖縄を併呑しようとする国が存在している中で、ただ指を銜えて傍観していることが果たして独立主権国家と言えるのだろうか。

 「海軍記念日」であり、親父の命日でもある5月27日は様々な想いが去来し、改めて主権国家とは如何なることか、主権国家になるには何が足らないのか、主権国家になるには何を成すべきなのかを思い巡らさずにはいられない。

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人間関係に於ては好き嫌いというのは意外と重要なのだ(笑)

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 愚生は、食べ物の好き嫌いは無いが人の好き嫌いは激しい方かも(笑)

 喩えば、時間にルーズな奴とか、箸使いの出来ない奴とか、箸置きがあるのに使わないで器に載せる奴とか、食べ方が汚い奴とか、食べ物の好き嫌いの多い奴とか、そんな些細なことが気になって相手への思いも興醒めしてしまう(笑)

 そういう意味では、酒席というのは相手の好みも分かるし、醸し出す雰囲気や互いの相性など、人間観察にはベストだ(笑)

 食べ物の好き嫌いの多いのは、仕事も好き嫌いするので長続きしない。時間にルーズなのは経験上、薬物中毒の疑いが濃い(笑)

 食べ物の好き嫌いが多いのは幼少の頃の経験が多く、箸使いもそうだが、それを許されたというのは、親が大らかというか優しく育てられた裏返しでもある。

 国士舘時代は何でも「押忍」。組織にいた頃でも、先輩に好き嫌いをいうものならその嫌いなものを執拗に出される(笑)

 要は押忍の精神とは我慢であり、我慢を続けることで苦手を克服し身になって行くものなのだが、食べ物の好き嫌いの多い奴は、その我慢に乏しい。

 人間関係に於てはこの好き嫌いというのは意外と重要で、此方か苦手と思っている相手というのは同じ様に苦手だと感じているだろう。以心伝心とは実に面白い。

 人の多くは自分の意見や理論こそが正しいと思っている。だから、自分の意見と異にする者を説き伏せようとしたり、感化させようとしたりするものだろう。

 だが、理論的な間違いは指摘出来ても、相手側が此方に「敬」を抱くことがなければ、喩えそれが正論であり、また相手を慮っての意見と雖も相手に通ずることはない。

 要は、人というのは「好きか嫌いか」が重要であって、嫌われてるのに幾ら熱く語ったところで、相手に受け容れられることはない。

 また「人に意見や指導をしてその人の欠点を直す」ということは大切なことであり、親切心であり、慈悲の心だとも言えるが、意見される側が、それを受け容れる気持ちが無ければ単なる「余計なお世話」でしかない。

 意見というものは先ず、その人がそれを受け入れられるかどうかを見極め、相手と親しくなり、此方を信用して受け容れる状態になってからでないと意味はないし、そういうことをしてからでないと意見というのは相手に通じることはない。

 食事や痛飲しながら相手に心を許し、自分の失敗談を話し、意見を言わなくても、相手に思い当たる様に仕向ける思い遣りが大事であり、本来、意見とは斯く在るべきなのだ。

 でも、その酒席で箸使いが悪かったり、作法がイマイチだらしがなかったりすると、そこばっか気になってそれどころじゃありませんが(笑)

 右翼が喩え、正論を吐いたところで通じないのは「好きか嫌いか」でいうなら、きっと世間から忌み嫌われているからに違いない(笑)

 まぁ、斯くいう愚生も、熱く語っても通じないのは、理論よりも、人柄の方に問題があるのかもなぁ。呵呵大笑。

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2016年05月26日

沖縄県の婦女暴行殺人事件は実に痛ましく遺族の悲しみは留まることはない

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 沖縄県うるま市での元海兵隊で軍属による婦女暴行殺人事件は実に痛ましく、遺族の悲しみは留まることはない。

 翁長沖縄県知事は被害者意識丸出しで、米軍と政府にその責任はあるとして綱紀粛正と犯罪防止を訴えているが、地元の治安維持を総括する沖縄県知事として全く責任が無い訳ではあるまい。

 また、こうした事件を反米・反基地運動に利用する左翼にも違和感を覚える。

 沖縄県民の反日姿勢や反米感情は今に始まったことではないが、この様な状況に陥っている要因には、皮肉にも米国による戦後政策の失敗がある。

 例えば、嘘に嘘を重ねたデマ宣伝が史実の中に「沖縄集団自決軍命令説」というものがあるが、恰も、事実であるかのように罷り通って来た集団自決軍命令説だが、その初出は昭和25年に沖縄タイムスから出版された「沖縄戦記・鉄の暴風」という本だ。

 売国作家である大江健三郎の「沖縄ノート」など、幾つかの集団自決の記録や本が存在するが、この「沖縄戦記・鉄の暴風」が原資料になっている。

 大江は取材もせず、この「鉄の暴風」をパクり「沖縄ノート」を書き上げ、摩訶不思議なことにこの本が集団自決軍命令の証拠として、摩訶不思議な判決が下っている。

 こうした事実は曽野綾子の「集団自決の真相」でも明らかにになっているが、我が国司法の正義が欠落した一つの事例でもある。

 この記事は、沖縄タイムス社の記者2人が3ヶ月で書き上げたものだ。

 たった3ヶ月で膨大な「鉄の暴風」を書き上げられたのは、関係者を那覇の旅館に集めて取材したからであるが、驚くことにその関係者の中には誰一人として渡嘉敷・座間味の集団自決現場に居たものはいなかった。

 要は、関係者の伝聞、仄聞したものを尤もらしく書いただけのフィクションなのだ。

 何故米軍占領下の昭和25年に全島から証言者を1箇所に集めることが出来たのかという疑問だが、理由ははっきりしている。

 「沖縄タイムス」の創刊の辞はこう綴られている。

 「我々は、アメリカの暖かい援助の下に生活している。この現実を正しく認識することは、取りも直さずアメリカ軍政に対する誠実な協力であり・・・」

 これが示す通り、沖縄タイムスが、米軍の御用新聞として出発した新聞社であることが伺い知ることが出来る。

 戦後沖縄の人々は「日本軍を加害者、米軍を解放軍」などとは思ってはいなかったが、米軍は徹底的な検閲を行い、米軍こそが日本軍国主義からの「解放軍」であると大々的な宣伝を行った。

 その有力な協力者が「沖縄タイムス」だったのだ。

 「鉄の暴風」は、日本軍加害者論を宣伝する為の出版物として、米軍支援の下に発行されたのは想像するに余りある。

 「鉄の暴風」の中に次の様な件がある。

 「なお、この動乱(沖縄戦)を通じて、おそらく終生忘れることのできないことは、米軍の高いヒューマニズムであった。戦いの暗澹たる記録の中に珠玉の如き光を放つ米軍のヒューマニズム・・・」

 この一説もまた「鉄の暴風」の正体が何たるものかを雄弁に語っている。

 反米左派集団が、未だ米軍宣伝の嘘を信じていることは滑稽極まりないが、皮肉にも、今の反地基地運動や反米闘争を煽動しているのは、「沖縄タイムス」を始めとした反キチばかりで、これ即ち、米軍の自業自得、悪因悪果でもある。

 こんな嘘を何時までも許して置く訳にはいかない。

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2016年05月24日

「国際化」とは、英語を話せ米国に擦り寄ることではないぞ!

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 海外に留学している人や海外に住んでる子供達が歴史問題、例えば「従軍慰安婦問題」や「南京大虐殺」などを質され返答に窮し、苛めに遭うなどの事例は後を絶たない。

 単に、自国の歴史を知らないから苛めに遭うのだが、海外に住み、インターナショナルな人間を目指すなら、生まれた国の歴史や伝統、文化を先ず学ぶべきだろう。

 岡倉天心(覚三)は、自著「日本の覚醒」の中で、西洋文明に浮かれる軽佻浮薄な洋学紳士を痛烈に批判している。

 「ああ、西洋開花は利欲の開花なり。利欲の開花は道徳の心を損じ、人身をして唯一個の射利器械たらしむ。貧者は益々貧しく、富者は益々富み、一般の幸福を増加さする能はざるなり」

 この教えは正に現代に通じることでもあろう。

 天心は、日本の伝統文化に目を向け、日本文化を鼓吹した紛れもないナショナリストであり、奔放に生き、世界を放浪し、大勢の知己友人を持つインターナショナリストだった。

 天心の様な生き方は無理でも、せめて海外に住むのなら、また外国人との交流を深めるならば、自国の歴史や伝統、文化を確り学んで欲しいものだ。

 そういうこともせずに、英語だけを勉強したところで西洋気触(かぶ)れになるだけ。

 英語という田舎言葉が世界語になったのは、武力で世界を支配し、富を独占したからに他ならないが、世界では今、多くの外国人が日本語を学び始めている。

 英語も結構なことだが、日本人として日本語文化を世界に普及し、日本の「和の心」を伝えることこそ必要なことではなかろうか。

 岡倉天心を始め、明治の先覚者らは、外来語をそのまま使うのではなく、全て新漢字に翻訳して西洋文化を学んだ。

 現代人の様に外来語をそのまま羅列し、軽薄な舶来趣味と比べれば、明治人の気骨と気概、高い見識を伺い知ることが出来よう。

 これはつまり、日本人として日本語に自信を持ち、何事も日本語で主張し、日本文化を重んじ貫いたからこそ独自の発展が得られたのだ。

 「国際化」とは、唯単に米国に擦り寄ることではないし、相手国を慮って譲歩したり、歩調を合わせることでもない。

 夫々の国の歴史・伝統・文化を重んじながら交流することが国際社会では必要なことだが、我が国は勘違いしている気がしてならない。

 真の国際人を創るには、小学校では「神話」の素晴らしさと我が国の生い立ちを教え、更には日本語の美しさと日本人の心の豊かさを学ばせ、成長に従って我が国の誇るべき歴史や近代史を公正に教えるべきである。

 「公正」とは、「是」と「非」であることはいうまでもなく、一方的な偏った歴史教育は弊害しか生まないし、国益をも損ねるのは戦後教育の結果を見れば明らかだろう。

 教育とは国の大本であり、そうした教育も施さずに何故に英語教育なのか。何が国際化社会への人材育成か。要は更なる追米・従米政策、更なる米国の属国化ではないか。

 英語なんてのは、あれば便利なお金と同じで、話せれば便利というだけのこと。これは僻みでも何でもないが、こんなことをしてたら次には支那語やハングルも必修科目になるかもよ。呵呵。

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2016年05月23日

選挙権年齢の引き下げに伴い「少年法」の適用年齢も引き下げよ!

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 選挙権年齢が18歳に引き下げられるのを受け、大方の予想通り、アホ教師らの安っぽい政治思想を生徒に植え付け様とする事例が全国で見受けられる。

 北海道苫小牧市の道立苫小牧西高校の教員が生徒らに安保関連法案への反対ビラを配布し署名を求めていたことが発覚したが、こうしたことは氷山の一角に過ぎない。

 左翼かぶれの教師らがこうした行動をすることは想定内だが、如何せん、無知な若者は洗脳されやすく、純粋な正義感が利用されてしまうことは想像に難くない。

 学生時代の先生の影響力は大きい。多くの教師がまともなのは承知しているが、中には異常な精神構造の教師もいるのは確か。

 中でも、日教組や全教の教師らが、今回の公職選挙法改正を千載一遇の好機と言わんばかりに利用し生徒を洗脳してくるのは火を見るより明らか。

 自らを「労働者」と呼び、労働者として現体制の否定と革命謀略の推進を謀る売国団体が日教組や全教であり、その親玉は日本共産党だ。

 その日教組の優秀な教え子であり、共産主義に正義を求めた体現者が永田洋子(ひろこ)や坂口弘ら死刑囚だったのだ。

 中核、核マル、核労協、連合赤軍などの極左暴力集団然り、当時の若者らは先生の教えを忠実に守り次々と暴力革命に狂奔した。

 正否は兎も角、若者はのめり込み易く、彼らは、若者の特権でもある純粋な正義感を暴力というカタチで表現したのだ。

 最近の政治集会を観ても、共産党や日教組などに煽られた若者がファッションの延長の如く「戦争法案反対!」だとか「安倍政権打倒!」を叫んでいるが、これこそ「煽り」「唆し」「誑かし」によるものである。

 「無知が犯罪を生む」というように、無知な若者の政治参加には、第二の永田洋子や坂口弘を創り出す危険も孕んでいる。

 公職選挙法改正に伴い選挙権年齢を引き下げるなら、「少年法」を旧法の15歳に戻せとは言わないまでも、選挙権年齢の18歳に引き下げるべきだろう。

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2016年05月19日

我が国は「天壌無窮の神勅」に従って存在している

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 今や一億評論家時代といわれる。右も左もサラリーマンも主婦も挙って「正義」を振り翳し、然も自分が政治家になったつもりであ~だこ~だと嘆いている。

 正に、「民主主義」とは「衆愚政治」であることを痛感する。

 「大衆の多くは無知で愚かである」と言ったのはアドルフ・ヒトラーだが、こうも言っている「熱狂する大衆のみが操縦可能である」と。

 分かり易く言えば多くの有権者というのはバカということだ。尤も、バカじゃなかったら民進党や共産党なんぞ支持しまい。かといって自民党が好い訳でもないが(笑)

 ネットでは自称保守派らが政治を熱く語り、反する意見には雑言を浴びせ、左翼らもまた安っぽい平和主義で国民を誑かす。

 だが、この「正義」というのは実に難しく、また政治を糺すにしても政治の仕組みや選挙の仕組みが旧態依然なのだから変わり様がない。

 本来、政治が立派に機能し、政治家がちゃんと政治をしていれば、政治を意識することはなく、国民は自分の仕事に打ち込んでいられるものなのだ。

 三島由紀夫は、それをこう喩えた。

 「胃痛の時に初めて胃の存在が意識されると同様に、政治なんてものは、立派に動いていれば、存在を意識される筈のものではなく、況して食卓の話題なんかになるべきものではない。政治家がちゃんと政治をしていれば、鍛冶屋はちゃんと鍛冶屋の仕事に専念していられるのである」

 つまり、サラリーマンや主婦らが政治に関心を寄せてる間は、民主主義という衆愚政治はこれからも続くということでもある(笑)

 そうして、行き着く処まで行かなけりゃ国民が気が付くことは無く、そしてその時に「維新」という革命が起こる。そう、歴史は正に繰り返されるのだ。

 左翼の策謀は目に余るが、「日本は滅びる!」「日本が危ない!」と徒に危機を煽り、日本が滅亡するかの様に叫ぶ自称保守、営業右翼もまた然り。

 「天壌無窮の神勅」を疑い国民の不安を煽っているが、神国日本の不滅を確信せずに何が保守か、何が愛国者か。

 正統保守ならば神州不滅を信じ、神武肇国の精神の高揚と国家国民の繁栄を目指すことこそ大事である。

 我が国は、天照大神の「天壌無窮の神勅」に従って存在し、現在に至り、そして未来へ続いて行くだろう。

 「この神勅ある限り日本は永遠なり。日本の将来を悲観することは神勅を疑うという罪を犯すものである」とは吉田松陰の至言である。

 維新者はいつかの一旦緩急に備え、己を鍛え上げよ!

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2016年05月18日

スマホからのアップは十倍疲れます(泣)

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 スマホからアップしてみる(笑)

 愚生は右翼人だが、別にマルクス・レーニン主義やエンゲルスの理論に対抗して活動をしている訳ではない。

 右翼現役時代のスローガンには自民党粛正というものもあり、主たる活動は政治を糺すことに身を挺していた。

 要は、国を貶める輩が大嫌いで、そういう連中に左翼が多いのは言わずもがなだが、国を蔑んでいるのは左翼に限ったことではなく、それらに対抗するのは当然のこと。

 また、日本の左翼に愛国者がいないのは世界の珍現象でもあるが、国を愛し、国體護持を訴えると何故か「右翼」と蔑視されるのも可笑しな話で、右翼団体に至っては自称保守派からは「朝鮮右翼」と罵られる(笑)

 自称保守派らは、自分達が右翼とバッシングされると、真顔で「自分達は右翼ではない」と真っ向から否定する。

 それは、街宣右翼や既成右翼を左翼陣営以上に甚だしく忌み嫌っているから、「ああいう連中と同じには見られたくはない」との必至な思いが犇犇と伝わってくる(笑)

 だが、右翼を英語でいうと「right」。「all right」とは「よろしい」とか「差し支えない」、「任せろ!」といった意味だ。

 因みに「愛国者」とは「patriot(パトリオット)」だが、右翼と愛国者が違うのはこういうことでも理解出来る。

 斯くいう愚生も右翼人であり、一維新者を自任してはいるが、自らを愛国者などと逆上せ上ったこともない(笑)

 「右翼」=「right」の本来こうした意味を理解してるので、「右翼」という世間からの嘲笑や蔑称を恥ずかしいと思ったこともない(笑)

 三島由紀夫もこう言ってるではないか。

 「今の時代はますます複雑になって新聞を読んでもテレビを見ても真相はつかめない。そういうときに何があるかといえば自分で見にいく他ないんだよ。いま筋の通ったことをいえば皆右翼といわれる。大体“右”というのは、ヨーロッパの言葉では“正しい”という意味なんだから:笑」

 「all right」。そう、皆さんが右翼になれば、我が国を取り巻くあらゆる問題は全て解決すると思うんだがなぁ。呵呵大笑!

 まぁそんなとこですが、ブログ憩息すると言いながらも暇なのでスマホから更新してみましたが、パソコンと違い十倍疲れます(泣)

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2016年05月15日

重要なお知らせです!

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2016年05月11日

明治開国以来の様々な歴史を検証し日本再建の一歩とせよ!

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 昭和14年(1939年)5月11日、蒙古との国境ハルハ河を越えて蒙古兵が満州国側のノモンハン地区に侵入する。

 日本軍はこれを撃退したが、蒙古軍は駐留ソ連軍と共に再三に亘り侵入を繰り返した。

 一度は撃退されたソ連軍だったが、大量の戦車を含む大兵力を動員してハルハ河を越えて侵入し、ここで大激戦が展開されることとなった。

 8月20日には、ソ連軍は10万近い軍を動員し、2万人弱の日本軍に対し総攻撃を仕掛け、日本軍は大打撃を被った。

 これが日本人の信じる「ノモンハン事件」である。

 歴史探偵を自任する半藤一利や司馬遼太郎もそうだし、五味川純平などはその最たるもので、何しろソ連の公式発表した日本軍の損害は52000人、ソ連軍9284人との数字を真に受けている。

 昭和12年に始まった「日支事変」から2年後に、何故に満州と蒙古の国境で突如この様な激戦が発生したのだろうか。

 実はこの一年程前に、ソ連はソ満国境の張鼓峰(ちょうこほう)で侵入事件を起こし、日本軍はこれに応戦、ソ連側に5500人の大打撃を与えて撃退した。

 だが、その時日本軍がソ連領に侵入して来ないことをスターリンは見逃さなかった。

 昨年、ロシアの首都モスクワで、第二次大戦の対ドイツ戦勝70周年記念式典が行われたが、ソ連がナチスドイツに勝利出来たのは、この時のスターリンの判断が大きい。

 歴史に「もし」は無いが、あの時に日本軍がソ連に更なる猛攻を仕掛けていれば、ドイツと共にソ連共産党を打ちのめしていただろうし、その後の歴史は大きく変わっただろう。

 希代の悪党で戦略家のスターリンは、ヒトラーのソ連攻撃を予測し、東側からの脅威を除く為に、日本と支那とを戦争に引き込むことに残力を挙げ、それにまんまと成功したということだ。

 大東亜戦争を日本の侵略戦争だと罵る連中がいるが、あの戦争とは近衛文麿や尾崎秀美ら共産主義者による共産革命の為の愚かな戦争であり、ドイツでのソ連の勝利もまた第二次世界大戦そのものが、共産主義による策謀だった証左の一つでもある。

 「盧溝橋事件」や「上海事件」ではそれに成功したが、予想外に日本軍が強い。そこで日本軍がどう出るか偵察したのが「鼓張峰事件」と「ノモンハン事件」だったのだ。

 ノモンハン事件で日本との「停戦合意」が成立した翌日の9月17日。スターリンはすかさずポーランド侵攻を命じ、ソ連軍はポーランドに侵入を謀った。

 また「ノモンハン事件」は「貧弱な装備で旧式戦法の日本軍が、ソ連の進んだ機会化部隊に完膚無きまで叩きのめされた」という悪宣伝が垂れ流された。

 これは日本軍を貶す虚偽宣伝であるのだが、悲しいかな日本人の多くは未だそうした歴史を信じきっている。

 ソ連が崩壊し、情報公開されたことで判ったことは、ソ連の損害は26000人、日本軍18000人。

 実はソ連の損害は日本を大きく上回っており、しかも日本軍はソ連の戦車・装甲車800両、航空機1673機を撃退している。

 10万近い大兵力を動員した側は損害は少ないものだが、結果はその逆だったということは、如何に日本軍が強かったかということの証しであろう。

 抑々、歴史と言うものは為政者に都合の好い様に作られるもので、そうした捏造された歴史を我々日本人は信じ切ってしまっているのは歴史と先人の冒涜である。

 歴史とは国の大事である。明治開国以来の様々な歴史を検証し、それを日本再建の一歩とすべし!

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2016年05月10日

「あなたの土地をお貸しください!」という便乗商法

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 最近は県内外をドライブしたり、飛行機に乗って海岸線などに目を向けると大規模な太陽光パネルや巨大な風力発電の風車を目にする。

 郡山市内では布引山、会津の背炙山の巨大風車は正に圧巻だが、自然の風景と最先端技術の融合は見る者にとっては異様な光景である。

 原発稼働停止で、国内の大資本から民間企業、外国資本までもが太陽光発電事業に参入した結果、地上げ屋が跋扈し、山林が売買され森が伐採されて行った。

 緑豊かな森が人工的なパネルで敷き詰められ、広場も埋め尽くされ自然の景観を損なっている。バブルで浮かれてゴルフ場やリゾート開発をしまくったことと同じ構図だ。

 「友よ山河を滅ぼすなかれ!」と反原発に与してる右翼民族派は、こうした森林開発や異常な光景をどう見ているのだろう。

 正に「木を見て森を見ず」、物の見方が薄っぺらい。

 エネルギー資源の乏しい我が国が、原発を再稼働せず、太陽光や風力、石油や天然ガス、再生可能エネルギーだけで繁栄を維持し続けられるとは到底思えない。

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 画像は、遊休地や農地、私有地などに太陽光パネルを設置しようという反原発派による企みのパンフレット。

 東日本大震災に於いて、東京電力福島第一原発事故が起きて、福島県民ならば「原発さえ無かったら」の思いは強い。

 そんな中で、「原発に依存しない、安全で持続可能な再生エネルギーの普及」というパンフレットを目にし、「あなたの土地をお貸しください!」と呼びかけられれば疑いも無く貸す人も現れるだろうし、有償ともなれば尚更だ。

 だが、それは人の良心や正義感に付け込んだ催眠商法みたいなものだろう(笑)

 太陽光エネルギーは、家庭の電力ならいざ知らず、基幹エネルギーには成り得ず、こんなものに頼っていれば将来的に産業振興に影響を及ぼし、また電力不足で日常生活をも脅かされることになるだろう。

 理想を語ることは否定はしないが、何事も現実を見て柔軟に対応すべきだと思うのだが、「反原発ありき」の連中というのは他の意見を受け容れることはなく、思考停止状態だから始末に負えない。

 太陽光エネルギーについては、電力会社が「買い取り中止」を宣言し、今後は縮小し、後々は事業停止に陥るのは時間の問題であり、「原発再稼働」となればその期間は益々早まることだろう。

 太陽光エネルギー事業で伐採された森林は、バブル崩壊で荒れたゴルフ場だけが残った様にほったらかしにされ、麗しい緑豊かな森が元の姿に戻ることはない。

 今は、その荒れたゴルフ場に太陽光パネルが張り巡らされているが、商魂逞しいとはこのこと(苦笑)

 バブルに踊った地方のリゾート地もまた経営難に陥り、北海道占冠村の「星野リゾートトマム」は中国資本に買収されチャイナタウン化は時間の問題だという。

 占冠村以外にも新得町の「サホロリゾート」や倶知安町の「ニセコスキーリゾート」も、支那人が押し寄せ蚕食されつつあるというし、政府も安全保障法案云々の議論もいいが、もう少し危機感を持ったらどうなのか。

 また、太陽光パネルが台風や竜巻などの自然災害で壊れた場合の環境に及ぼす危険性も指摘されているが、そうしたことへの対応は語られることはない。

 このパンフレットに書かれてる「会津電力株式会社」の責任者は、喜多方市の大和川酒造の九代目佐藤弥右衛門。

 原発事故が起きて、反原発こそが正義だと思って後先考えずに突っ走ったのだろうが軽挙妄動の感は否めない。

 あそこの「弥右衛門酒・純米大吟醸」のファンなので個人的に落胆の色は隠せなかったが、まぁ当分飲むのは止めとこう(笑)

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2016年05月09日

常に開き直りの処世観というのもまた大事な心構えでもある

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 現代に西郷隆盛の様な政治家や指導者がいないことが不幸であるが、この我々が当たり前に使っている「西郷隆盛」という名前は、実は別名で、正式な名前は「隆盛」ではなく「隆永」だった。

 「隆盛」というのは、実は父親の諱(いみな・名前)。

 幼少の頃の名前は「小吉」。元服後は「吉之介」。その後は「善兵衛」「吉兵衛」「三助(菊池源吾)」「大島三右衛門」「大島吉之助」「西郷吉之助」と名乗った。

 「菊池」や「大島」は島流し時代に名乗った名前だ。

 何故に本名の「隆永」ではなく「隆盛」になってしまったのかといえば、明治2年、戊辰戦争の奥羽戦線から帰京させる際の宮内庁から御召状に書かれた名前が「隆盛」だったのだ。

 御召状は通称ではなく諱で記さねばならず、そこで知人の吉井友実に尋ねたところ、「確か、隆盛じゃった」と答えたことで、以後、「隆盛」と称されることとなってしまったという。

 帰京し、吉井に会った西郷は、「あれは父の名でごわんか。わしの名は隆永じゃと、おはんも知っちょるじゃろう」と責める。

 吉井も頭を掻きながら、「ほんにそうじゃった」と詫び、二人は顔を合わせて大笑いしたという。

 その後、西郷は「隆盛」という名を否定も訂正もしなかったのは、吉井への気遣いと、西郷自身の大らかさを示す逸話だろう。

 西郷には写真が一枚も残されていない。上野の西郷像というのは、実弟の西郷従道と従弟の大山巌を合わせて創った想像の人物だ。

 糸子夫人は、西郷を「俳優のような好い男だった」とのろけていたというし、実際の西郷は、眉太く、黒目がちの美しい目をした色白の美男子だったというのが真相だろう。

 西郷隆盛というと、どうしても上野の西郷さんの銅像のイメージが強いが、いざ銅像落成の日に、それを目にした糸子夫人は、「宿んしはこげんなお人じゃなかったこてえ」と落胆したという。

 完成した銅像を見た糸子夫人の落胆ぶりは想像するに余りある。

 西郷隆盛の生涯は華やかに見えるが、自殺未遂や二度の遠島処分、「西南戦争」とその実は苦難続きの人生であり、その生き様には常に死の影が付き纏っていた。

 「いつ死んだっていい。人事を尽くして天命を待つだけだ」という処生観を持ち、開き直って生きている様なところがあったという。

 私利私欲や保身とは無縁で、清濁併せ呑む器用さもなく、その大人格故に多くの信望を集め、また自分の死に際でさえ実に潔かった。

 「晋どん、もうよか!」。この最後の言葉こそ西郷の生き様を現しているのではなかろうか。

 目の前に起こり得る苦難には意味があると共に、常に開き直りの処世観というのもまた大事な心構えでもある。

 簡単に言えば、悩みや苦しみというのは人を大きくするし、また未だ起きてもいないことや悪い結果を想像して、いつも気を病んで心休まる日も無いというのもしょうがない。

 若いうちの苦労や失敗は後々大きな財産を生む。

 苦難というものは醜い顔をし厭な顔をして苦痛の姿を採ってはいるが、実は吾等の敵ではなく味方である。

 苦難は一番親身に吾が身の為を思って突っ掛けてくる正義の友である。

 苦難は人を殺す為にあるのではなく、人をより善くし、より一歩を進ませ向上させる為に起こる必然でもある。

 その苦難に「なんとかなる」と開き直ることも時には必要なこと。

 斯くいう愚生はというと、浪人暮らしは金銭的には楽ではないが、「乞食の朝謡(あさうたい)」と同じ境遇で、慣れれば実に気楽なものだ。

 金権右翼と揶揄された防共挺身隊時代には未だ新入りで、右翼でオイシイ思いをしたことが無いから貧しても耐えられるのかものかも知れない。

 開き直りの処世観というより、諦めの境地だが、最近はどうにか「欲なければ足る」というものが何となしに理解して来たのではあるまいか。呵呵。

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2016年05月08日

資本主義とは、言い換えれば単純に「カネ主義」ということです(笑)

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 先日来日した「世界一貧乏な大統領」といわれるウルグアイのホセ・ムヒカ大統領の言葉は、現代日本人の心に大きく響いただろう。

 「貧乏な人とは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」

 日本人の誰しもがムカヒ大統領の言葉を「その通りだ」と思い、心の中で多少なりとも恥入ったのではなかろうか。

 世界は「資本主義」か「社会主義」「共産主義」の体制に分かれてはいるが、これらの体制の中で生活が豊かなのかといえば、物質的に恵まれてる資本主義国だろう。

 「資本」というとカッコいいが、簡単に言えば「カネ」のことだ。

 ただのカネではない。カネを動かすことによって、利益としてそれ以上のカネが増え、その儲かるカネを「資本」という。

 資本主義とは、言い換えれば単純に「カネ主義」ということで、日本人がいつの頃から業突く張りになったのも全てがこの資本(カネ)主義による弊害である。

 「赤字国債の発行はケシカラン」「公共投資はダメ」「国民一人当たり830万円の借金」と言った尤もらしい意見を耳にする。

 こうした意見は「資本」の単純な意味も分かっていないから罷り通ってることで、資本を投入することでそれ以上の収入(税収)を生むことを余りにも知らなさ過ぎる。

 資本主義国に甘んじながら、そうした単純な仕組みすらも理解していない国民は実に多いが、これはマスコミによる世論誘導が大きい。

 資本を、人間の欲と努力で段々と大きな資本として発展させるところに、事業としても、国家としても繁栄に繋がると信じているのが資本主義だが、現在の資本家、事業家にそうした国(社稷)を想う心はない。

 青年日本の歌ではないが、「財閥富を誇れども、社稷を想う心なし」そのもの。

 江戸時代にあって商人は「士農工商」の最下位に置かれたのは、「金儲け」とは「賤しい」ことと同じ意味で軽蔑の対象にあったからだ。

 江戸時代の思想家・石田梅岩は、商人の役割について、「余ったものを足りない所に送り、社会全体を過不足なくすることだ」と教え、倹約の公共的な経済効果を打ち出した。

 こうした梅岩の教えは現在も通じているが、現在の景気低迷の一因には、経営者らに商人としての心構えが備わっていないことが挙げられる。

 経営上は経費を削減し倹約した様に取り繕ってはいるが、自分の所に留めてしまい、倹約して浮かせた分を足らない所へ送らないから経済全体が停滞してしまうのだ。

 特に最近の経営者というものは目先の儲けばかり考えて、儲けたカネは自分の回りだけで使ってしまうから経済が上手に廻らない。

 要は、現代は吝嗇家の経営者が多過ぎるということだ。

 昔の企業家というのは営利よりも、先ず日本の将来や国民の幸福を重んじていたのだが、今は米国の自由主義経済に毒され、梅岩の唱えた経営論は疎んじられる様になってしまった。

 企業人とはやはり社稷を重んじることこそ大事である。

 我が国は戦後、米国型資本主義社会を選択した訳だが、その限りのない資本主義という欲望は止まるところを知らず、それに比例して心の豊かさを失い続けて行く。

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2016年05月07日

樹木を植えて三十年経たなければ材木とはならない

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 FBFのタイムラインに出てた竹中平蔵の記事へのコメントが目に留まり、ついつい反応し、コメントを入れたりツイートしてしまった(笑)

 別に竹中の新自由主義を庇うものではないが、「年を取ったら国が支えてくれると思い込んでる。そんなことあり得ないんです」というのはある意味その通りだと思ったからで、これを「冷たい」だとか「ふざけるな」というのはチョッと違うと思う。

 例えば、抑々「年金制度」というのも、ドイツのビスマルクが「社会主義者鎮圧法」という法律を作る代わりに、労働者の不満を解消する為に作り出した秘策だ(笑)

 我が国は「社会主義者」や「共産主義者」を鎮圧することもなく、この年金制度だけを真似、「国民年金」「厚生年金」「共済年金」の3つに分けて導入した。

 別に「年金制度」は、老人になったからというだけで、年金も払っていない者を無差別に保護する制度ではなく、相互扶助が基本である。

 冷たい言い方だが、老後は本来自己責任というのは当たり前のこと。

 最近は、弱者を標榜する人が殖えている。こういう連中を「老人業」とか「難民業」とか「被災者業」とか言うらしい(苦笑)

 そんな彼らは「弱者である私達は優遇されるのが当然だ」「やって貰うのが当たり前」という態度で権利ばかりを主張する。

 因みに、「当たり前」の反対語は「有り難う」で、「有ることが難い」、つまり、当たり前に有ること自体が稀なことだから、有ったとことを感謝し「ありがとう」となる。

 「ありがとう」とは当たり前に有ることではないのだが、「当たり前」だとか「当然だ」と叫ぶ連中が共通しているのは、やって貰っても感謝することが無く、当然、「ありがとう」などという殊勝な気持ちも持ちは合わせてもいない。

 我が国の貧困問題は、経済的な問題よりも、こうした精神的貧困の方が深刻だろう。

 政治家を筆頭に「義」を守る者が余りにも少なく、利権に集り、私利私欲に狂奔し、カネに群がる不逞の輩ばかり。

 国家の大本を米国に委ねていながら、魂無き繁栄に現を抜かしている現代の日本人には、国防意識や愛国心以上に、道徳感覚を涵養することこそ大事であろう。

 福沢諭吉は「木を植える譲道」としてこう訓えた。

 「樹木を植えて、三十年経たなければ材木とはならない。だからこそ後世の為に木を植えるべきである。今日用いる材木は、昔の人が植えたものだ。とすれば、どうして後世の人の為に植えないで良いだろうか」

 党利党略や保身から、その場凌ぎのバラマキ政策と目先の改革をやったところで、更なる愚民を殖やすだけで何の解決も図れない。

 こういうこ時だからこそ、先人の智慧に学ぶことが大事だと思う。

 例えば、逼迫する藩の財政を改革した上杉鷹山はこう訓えている。

 「単に帳簿上の赤字を克服すれば財政再建が出来るという訳ではない。今は困窮の余り、この国の人々は目先の利益のことしか考えず、他人のことを思い遣れなくなっている。人々の心にも赤字が生じてしまったのだ。此れを克服しなければ、喩え帳簿上の赤字を克服したとしても、また同じことを繰り返すだろう」

 二宮尊徳も「経済なき道徳は戯言であり、道徳なき経済は犯罪である」とも訓えている。

 政府がやるべきことは財政再建も当然ながら、同時に道徳教育の徹底を図るべきで、これは財政再建への近道でもある。

 道徳教育の第一歩は幼年期の「躾」だ大事であり、そして道徳教育の根本である「教育勅語」に示されている忠孝の道を確立し、実践させることに意味が在る。

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2016年05月06日

共産主義が行政権と連結するあらゆる態様に反対せよ!

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 5月5日は「こどもの日」。祝日法に拠れば「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」との趣旨が記されてある。

 今日は子供の日であると共に、産んでくれた母親に感謝する日であるということこそ忘れてはなりません。

 古くはこの日は、菖蒲(ショウブ)や蓬(ヨモギ)を軒に挿して邪気を払う習わしがあったが、江戸時代以降、男子の節句とされ、武家で甲冑や幟を飾ったのに倣い町人が武者人形や鯉幟を立てる様になった。

 昔は「端午の節句」として男子の健やかな成長を願う行事が行われていたが、これにいつものオバハンらが女の子への差別だと反発し「こどもの日」としている。

 別名「あやめの節句」「菖蒲の節句」「重五(ちょうご)」「端陽(たんよう)」ともいう。

 「こどもの日」の「こども」を、相変わらず「子ども」と表記しているのを見かけるが、平成25年6月、文科省は公用文中の「子ども」表記を「子供」に統一している。

 敢えて知らないふりをしているのか、国会での審議や文科省の指導なんぞ無視しているのか、平然と「子ども」表記を続けている。

 自民党政権下で審議され文部大臣が通達したんですよ(苦笑)

 「こども」については、漢字の「子供」ではなく、「子ども」との表記を使うのは、「供」という字が「お供え物」「お供する」などを連想させ、「差別的な印象を与える」というのがその最たる理由。

 しかしながら、こうしたキチガイ的屁理屈を並べているのは、いつものアホンダラ左翼やジェンダーフリーの性的変質者らだということは言うを俟たないが、自民党議員や自称・保守派までもが使用していることに驚きを隠せない。

 「子ども」表記以外にも、「男女共同参画社会(共参社会)」や今や自治体などでは当り前に使われる「協働」の名称にしろ、これらの多くは総理府や国立婦人教育会館に巣食う全共闘系と共産党系の女革命家らが共同謀議的に考案したものだ。

 こうした共産党の造語を使用した愚策を、自民党政権下でろくろく議論もせずに疑いも無く導入し、今では担当大臣までいるというのだから呆れ甚し。

 「協働」とコラボレーションの「協同」というは全く意味が違う。

 この「協働」は、生協などで日常的に使ってた共産党の造語であり、「協働」とは共産主義に賛同した者達が集うコミュニティ集落というのがその語源の基となっている。

 つまりは「共同(協働)参画社会(共参社会)」とは「共産社会」の実現を目指す、共産主義者による策謀である。

 こうした左翼の造語がマスコミなどを通じて巷に氾濫し、それを国民が疑いも無く使用している実態は、我々が想像している以上に左翼が権力側に入り込み、行政権と連結してしまっているという証左であろう。

 嘗て三島由紀夫は自著でこう語っている。

 「我々はあらゆる革命に反対するものではない。暴力的手段たると非暴力的手段たるとを問わず、共産主義を行政権と連結せしめようとするあらゆる企画、あらゆる行動に反対するものである。この連結の企画とは、所謂民主連合政権(容共政権)の成立及びその企画を含むことを言うまでもない」

 三島が悲観した予言より酷い状況に陥っているが現在の日本なのだ。

 これらに対峙するべき保守陣営や愛国陣営を見渡せば、営業保守と同じく「反中共」や「反韓」ばかり叫んでいるが、敵は外患ばかりではない、内憂に在り。

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2016年05月05日

「滅私奉公」や「清貧の思想」なんてのはもう死語になってしまった

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 如何にも卑しい面構えになってきた舛添東京都知事だが、海外の高額出張費や湯河原の別荘へ公用車を使っただとかがなんやかんやと叩かれているが、屋上屋を架すかの様な言い訳はホント見苦しい。

 海外出張でスイートルームに宿泊した理由を問われ、「急な来客があった際に失礼にならない様に」と述べていたが、訪問先で急な来客なんぞあるまい。

 まぁ、下半身のだらしないエロ舛添のこと、「急な来客」とは出張先の金髪女性に違いないと勘繰ってみる(笑)

 我が国にはこうした守銭奴の政治屋ばかりで、滅私奉公どころか、清貧の思想なんてのはもう死語になってしまった。

 清貧の政治家と言えば西郷隆盛。キリスト教思想家の内村鑑三は「代表的日本人」の中で西郷隆盛についてこう述べている。

 「西郷ほど生活上の欲望が無かった人は他にいなかった様に思えます。月収が数百万円であった頃、必要とする分は15円で足り、残りは困っている友人に分け与えられました。東京番町の住居は家賃3円。普段着は薩摩絣で木綿帯、履き物は下駄で過ごした」

 事実、西郷は自分のことは余り考えない人だったという。

 その無欲さは、最高の偉勲者として与えられた正三位という位階さえ断り続けた。それは正三位という位が、自分の藩主(島津斉彬)より上位だったからだ。

 西郷は、維新政府が誕生するや即座に中央政界から去って帰郷しているが、世界史的に見て、革命側の最高リーダーが、新政権樹立後、何の役にも就かず田舎に引っ込むことなど稀なこと。

 これとて藩主への遠慮であり、恩義ある藩主を差し置いて中央政界の要人になることを憚ったからだろうと斟酌する。

 西郷のそうした高潔なる人格を形成していたものが、「敬天愛人」の思想であったのは言うまでもない。

 「道は天地自然の物にして、人は之を行ふものなれば、天を愛するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給う故、我を愛するを以て人を愛する也」

 政治家必携といわれる「南洲翁遺訓」の第四条はこう記されている。

 「万民の上に位置するものは、己を慎み、品行を正しくし、贅沢を戒め、倹約に努め、職務に努力して人民の見本とならねばならない。そして民衆がその働きぶりを見て、気の毒だなあと思うようでなければならない」

 今どき「気の毒だな」と思える政治家なんぞ見たことは無い(笑)

 第十六条はこうも記されてある。

 「道義心や恥を知る心を失っては、国を維持する方法はあり得ない。上に立つ物が下の者に対して利益だけを求めて正しい道義を忘れてしまうと、下の者も見倣って、人の心は皆金儲けの方ばかりに向いてしまう。上に立つ者は常に下の見本で有らねばならない」

 正に政治というのは最高の倫理であり、最高の道徳で在らねばならない。

 我が国の不幸、政治の停滞と機能不全は、西郷の様な政治家や思想家、指導者がいないことに尽きるが、舛添も毎週毎週湯河原の別荘に行くなら、「南洲翁遺訓」でも買って写本しながら己の不徳を恥じなさい(笑)

 西郷隆盛の指導者としての度量の深さと無上の高潔さを、現代の政治家らにも見習って欲しいものだが、そりゃ無理というものだろう。呵呵。

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2016年05月03日

大日本帝国憲法の改正で成立した現憲法は再改正し大日本帝国憲法に復元すべし!

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 本日5月3日は、「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する日」、所謂「憲法記念日」だが、国の成長を期する上で、現憲法が国の成長を阻害する元凶となっており、憲法を「記念」する日ではなく、新憲法の制定を「祈念」する日が相応しい。

 自民党の憲法改正原案には、天皇を「元首」と位置付け、9条を改正し自衛隊を「自衛軍」とするなどが明記され、第96条の改憲発議要件を「国会議員の3分の2以上」から「2分の1」に緩和することを、改憲での特に重要な項目と位置付けている。

 自民党議員や自称・保守派らが9条の改正に拘り、9条こそが重要だと位置付けしている点では、9条信者の「誤(護)憲派」と大して変わらない。

 自民党政権が未来永劫続く訳でもなし、96条の改憲発議条項を緩和することは、万が一、共産党などの革命政権が樹立した場合、再改憲や天皇条項の削除も容易になるという危険も孕んでいることを自覚しているのだろうか。

 現憲法が、大日本帝国憲法(以下帝国憲法)第七十三条の、「貴族院と衆議院の両議院の総議員の3分の2以上の出席を要し、且つ出席議員の3分の2以上の多数」という条項に則って議決されている様に、現憲法96条の改正を図るなら、発議条項より「国民投票」というまやかしこそ取っ払うべきではなかろうか。  

 憲法改正原案前文の全面的な改定や天皇を「日本国の元首」とする規定や、環境権の創設や選挙権の国籍要件など、一見すると立派なものになるのではとの期待感を感じるが、所詮は現憲法を認めた上での改正でしかない。

 自民党の党是は過去には「自主憲法制定」であり、現在は「新憲法制定」であったにも拘らず、改正を目論むとは党是と矛盾しているのではあるまいか。

 日本国憲法は、米国の意図としては表面上は「新憲法(日本国憲法)の制定」とはなってはいるが、建前上は「帝国憲法の改正」である。

 「将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スル必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス」という大日本帝国憲法第七十三条により成立したものだ。

 「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が定まるに至つたことを深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。御名御璽 昭和二十一年十一月三日」

 この勅命が示す通り、当時、我が国は連合国の占領下に在り、当時の政府にしてみれば不本意ではあるが、米国の様々な条件を呑まざるを得なかったというのが真相だ。

 戦争終結後、屈辱的経緯の下に米国製の憲法が押し付けられた訳だが、現憲法は米国による強要であることは言うを俟たない。

 米国人ジャーナリスト・マーク・ゲインが著した「ニッポン日記」という著書がある。

 著書というより日記ではあるが、ゲインが終戦直後、連合軍司令部や日本の政府や政党、財界など各方面を訪問し、それらを綴ったものでその内容は興味深い。

 「ニッポン日記」は、ゲインの見聞だけではなく、取り扱っている話題の意味、即ち「米国が、日本をどの様に変えようとしたか」という主題を深く彫りこんでいる内容で、当時の歴史を知る上でも貴重な著書でもあろう。

 日記の日付は、コーン・パイプを咥えたマッカーサーが厚木の飛行場に降り立った1945年の12月5日から始まり、最後は1948年5月3日と記されている。

 この2年半の間に我が国は徹底的に「民主化」されたのは周知の通り。

 取材範囲は広範囲に及び、この中には日本国憲法制定の秘話、即ち現憲法制定までの真相が記されてあるので、摘記してみる。

 (略)マッカーサー司令部の民政局の首脳将校達は、厳秘のうちに日本の新しい憲法を起草する様に命ぜられた。第一ホテルの一室で開かれた非公式な会議で新憲法の総括的な輪郭が描き出された。その翌日、ホイットニー代将は部下全部を会議室に召集した。

 ホイットニーはマッカーサー元帥に新憲法中に期待する三原則を読み上げた。

 ①日本は戦争を永久に放棄し、軍備を廃し、再軍備しないことを誓うこと。
 ②主権は国民に帰属せしめられ、天皇は国家の象徴と叙述せられること。
 ③貴族制度は廃止され、皇室財産は国家に帰属せしめられること。

 この「ニッポン日記」の他にも、憲法制定での逸話が記されたものは多くあるが、文芸春秋発行、「天皇白書」での細川隆元の「天皇の代償」というのもその一つ。

 一部を摘記すれば、「マッカーサーは、21年2月3日、民生局長のホイットニーに司令部案の起草を命じている。司令部案といのは憲法草案である。この司令部起草案は10日間で仕上げられ、2月12日にタイプで打たれ、翌13日突如して日本側に突き付けられた」。ホイットニーは吉田外相、松本国務相に次の様に言い渡した。

 「マッカーサー元帥は、予てから天皇保持について深甚な考慮を廻らしつつあったのであるが、もし、日本政府が今自分の方から出した案を呑まないなら、此方としては、天皇の身分保障は引受けられぬ」

 「天皇の身分保障は引き受けられぬ」とは、これ全くの脅しではないか。我が国家、我が民族の命である天皇陛下の身分が保障されないとあれば、彼是と注文を付ける訳にはいかないのは当然であり、こうした屈辱的経緯の下に米国製の憲法が押し付けられたというのが真相である。

 こうした現憲法が制定された経緯を明らかにすれば、現憲法再改正である帝国憲法の復元は容易であり、復元改正こそが、現在議論されてる集団的自衛権の憲法解釈や靖國問題など、現憲法との整合性を疑われる諸問題も容易に解決を図れるだろう。

 明治22年2月11日の紀元節、畏くも明治天皇は、帝国憲法施行の際に下し給える憲法発布勅語の中でこう思召し遊ばされた。

 「惟フニ我カ祖我カ宗ハ我カ臣民祖先ノ協力輔翼ニ倚リ我カ帝国ヲ肇造シ以テ無窮ニ垂レタリ此レ我カ神聖ナル祖宗ノ威徳ト並ニ臣民ノ忠実勇武ニシテ国ヲ愛シ公ニ殉ヒ以テ此ノ光輝アル国史ノ成跡ヲ貽シタルナリ」

 この御神勅こそ正に天孫降臨の御神勅の精神の継承である。

 帝国憲法には「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と在るが、我が国は正に「天皇国日本」であり、これこそが日本国民たるものとして肝に銘じ、忘れてはならない万古不磨の大原理大原則であることを知るべし。

 即ち、現憲法は帝国憲法の改正であり、現憲法を再改正するなら、96条の改正などという姑息な手段ではなく、帝国憲法七十三条に基付いて改正された事実に刮目し、帝国憲法の復元・改正こそ目指すべし!

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cordial8317 at 05:11|PermalinkComments(0)

2016年05月02日

「憲法改正」をいう右翼は逆賊であり、駄目右翼だってよ(笑)

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 Twitterを覗いていたら、哲学者?思想家?なのか、次の様なつぶやきをし、それを最後の浪人・阿部勉の最後の弟子を自任してる人がツイートしてた。

 尤も、その阿部さんだが、郡山市内の某企業の東京支店長であって、僅かとはいえ給料を貰っていたのだから浪人とは言い難い(笑)

「憲法改正をいう右翼。しかし、今上天皇は現憲法を守ると言っている。すると憲法改正は、今上天皇に背くことになり逆賊的行為となる。右翼は、天皇に叛旗を翻し逆賊となるのか。それとも、耳に栓をして適当に憲法改正を叫び続けるのか。現今の右翼が駄目なのは、このあたりにも現れている」

「現今の右翼が駄目」という意見には同ずるが、現憲法99条には「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」と明記されており、陛下が国権を重んじ、国法に従うのは当然のこと。

 別に、天皇が政治家が行う憲法改正に反対している訳でもあるまい。

「憲法改正」とは、現憲法を認めてるということであって、そういうことを理解しないで「憲法改正をいう右翼は駄目だ」というなら分かるが、「逆賊」とはもう嗤うしかない。

 天皇は憲法以前の御存在であらされるが、現憲法は歴史的な国家としての継続された「祭祀」に関する天皇の役割を否定している。

 宮中祭祀で重要なものは元旦に執り行われる「四方拝」と「新嘗祭」であり、天皇にとって最も大事なものはこうした「祭事」である。

 天皇の「国事行為」について、現憲法では、首相の任命、憲法改正や法律の公布、外国大使らの接受等を定めているが、天皇の「公的行為」は「私的行事」とされ現憲法に明文化されていない。

 天皇は憲法上の制約から、国事行為として「国会の開会式」「首相や最高裁長官の親任式」「大臣の認証式」「親授式」など年間約60回、国賓・公賓への接遇や会見、会食などの御公務を約170回お努めになられる。

 国體や国柄、そして皇統を護る上でも、天皇の「祭事」を憲法上最優先で認められる様にすることこそ大事であるが、現憲法の改正如きではこれは不可能であり、やはり帝国憲法の復元改正こそがその道だろう。

 前出のツイートの論法に倣えば、勤労や納税の義務を怠り、国権を重んじ国法に従わない右翼は駄目だし、父母に反抗し、兄弟や友人と仲違いし、夫婦相和しどころか離婚した様な右翼は、教育勅語を語る資格も右翼としての価値も無いということだろうか(笑)

 別な同じ様な思想家?を気取る輩もこんなブログを綴っている。

「最近、天皇陛下と皇后陛下が、ともに、安倍政権の改憲路線に逆らうかのように、しきりに「護憲発言」を行っている。これは、天皇とその周辺が、現在の政治状況に、強い危機感を抱いているということだろう」

 こうしたことでも、憲法改正に反対する護憲派の主張が巧妙化しているのが分かるというものだが、畏れ多くも陛下の「憲法順守」との言明を利用する点では、靖國神社の所謂「A級分祀論」のそれと似ている。

 明日は憲法記念日だが、憲法改正を訴える保守派は本当に現憲法の矛盾を理解し、その上で憲法改正を訴えているのだろうか。

 自民党の憲法改正草案には「天皇を元首と位置付ける」としているが、抑々、自民党の党是は「憲法改正」ではなく、「自主憲法制定(現在は新憲法制定)」である。

 自民党の目指す「取り敢えず憲法改正」は、単に保守派の票目当てのパフォーマンス過ぎず、自国の防衛だけを案じて96条改正を目指し、更には9条の改正を実現するというのなら、それは主権恢復というより単なる米軍の負担軽減の遂行であり、更なる米国への忠誠と捉えられても致し方ない。

 まぁ、現今の小粒になったセミプロ右翼よりも、現今の営業保守や自称・保守派が駄目なんじゃね。呵呵大笑。

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cordial8317 at 07:57|PermalinkComments(0)

2016年05月01日

「大和魂」とは「大和心」であり「和魂」である

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 今日から五月、神饌を捧げ、玉体安穏と心願成就を祈願する。

 ふと考えた。祝祭日に日の丸を自慢げに掲げるが、自宅に神棚が在り、朔日(更には十五日)には神饌や榊を必ず替えるという自称・愛国者はどれほどいるのだろうか。

 社頭で参拝者を見ていても「拝礼。二礼二拍手一礼。頭を垂れ瞑想」という作法で参拝する人はそれほど多くはない。

 以外に多いのは手を合わせて祈る人で、寺での作法と混同しているが、これこそが神仏習合だろうか(笑)

 まぁ、それでも神道は大らかだから大丈夫です(笑)

 近年の「愛国」ブームとはこの程度で、態態、国旗を掲揚したことをひけらかしたりしているが、ハッピーマンデーにも掲げて悦に入ってるのだから罪がない(笑)

 「愛国」という言葉を最初に使ったのは持統天皇である。

 「愛国」の由来は「日本書記・第三十三巻」に在る「朕嘉厥尊朝愛国 売己顕忠」という勅語だ。

 「我(朕)は、貴男が廷を尊び、天皇国を思い、己を売ってまで忠誠を示したことを(顕・あきらかにした)嬉しく思う(嘉・よろこぶ)」という意味だ。

 一般の個人に与えたられた「勅語」はこれ以外にない。

 天智2年(663年)、唐・新羅連合軍に攻撃された百済は日本に救援を求める。

 日本軍はその要請に応じ、中大兄皇子(天智天皇)を中心とするヤマト朝廷は、全国から集った傭兵、凡そ5万の援軍を送った。

 だが、「白村江(はくすきのえ)の海戦」で大敗を喫し、生き残った者は捕虜となった。

 その捕虜の一人、大伴部博麻(おおともべのはかま)は「唐が日本を攻める」という情報を得るも、日本に知らせる術はなく、自らを奴隷に売って資金を捻出し、仲間を帰国させ危機を知らせる。

 これが、持統4年(689年)のことで、奴隷となった博麻が帰国したのは何とその30年後のことだった。

 帰国後、持統天皇が博麻を表彰した際に送ったその言葉が前出の「愛国」の由来となった勅語である。

 確かに、現代の日本人が失った徳目を呼び返そうという標語として、「愛国心」は最も相応しい言葉だとは思う。

 「日本の様な国には、愛国心などという言葉はそぐはないのではないか。【大和魂】で十分ではないか」とは三島由紀夫だが、この言葉の意味は大きい。

 「大和魂」を、特攻隊の様な勇ましさを表す言葉だと思っている人も少なくないが、大和魂とは「大和心」であり「和魂」である。

 「敷島の大和心を人問わば、朝日に匂う山桜花」これに尽きます。

 まぁそんなとこで、GWというのは、普段休日の様な日々を過ごしている愚生にとっては色んな意味で余り有難くはない(笑)

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cordial8317 at 06:27|PermalinkComments(0)