2015年11月

2015年11月27日

我れ、日本の柱とならん!我れ、日本の眼目とならん!我れ、日本の大船とならん!

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 そういや、以前、「宣伝車での演説なんてのはセンズリと一緒」というのに反応し、「多くの同志を揶揄されてはまことに遺憾です」と、自分から申請して来たFBFを解除した人がいたっけ。

 この方は、日本会議に所属し、また民族活動家を自任し、定期的に街頭宣伝活動をやっているらしいが、宣伝車による演説が真の愛国(救国)活動だと本気で思っているのだとしたらホント可哀想だ。

 その後も頑張って獅子吼しているのだろうか(笑)

 戦後、右翼の聖地とも言われる新橋ステージでの街頭演説が人気を博した。テレビなども無い時代、これは面白いと、若者から大人まで集まって各各がマイクを持ってアジ演説を行った。

 時代は変わり、テレビが普及し、市井の民による憂国の獅子吼など聞くことはなくなり、マスコミ御用達の評論家らがテレビに出て、視聴者もそれが正義と錯覚するに様になってしまった。

 新橋での街宣はそれでも続けられ、愚生も大学時代から、また団体の責任者になってからも定期的に行った。

 だが、こうした街宣は年々先細りするばかりで、全くの効果は無いと言っても過言ではなく、また逆効果にも思えなくもない。

 今の時代なら、ネットで薀蓄を拡散してた方が未だマシだ(笑)

 初代・福田進総隊長は、「街宣なんてのは運動じゃね~よ。運動ってのはパクられてナンボ。パクられない運動なんてしてんじゃね~」と参謀や幹部に怒鳴りつけてたのを思い出す。

 防挺が新橋という場所に拘ったのは、新橋ステージ時代からの伝統というより、上場企業が多く、また総務の担当者が見に来ることも多かったというただそれだけのこと。

 「街頭演説は度胸を付けるのにはいい経験で、株主総会での発言の予行練習の様なものだ」とは初代総隊長だが、それを証明するかの様に、右翼として事件を起こす毎に「総会屋右翼」としての価値が上がって行った(笑)

 街頭宣伝で時代は変わらないし、聴衆も感化されることはない。所詮、街頭演説なんてのは自己満足のセンズリでしかないのだ(笑)

 下手糞な街頭演説如きで国民が変わるなら、数寄屋橋での街頭演説で有名だった愛国党の赤尾総裁も防衛大臣くらいになってても可笑しくないではないか(笑)

 街頭演説で世の中が変わるならば、何より、日蓮上人が辻説法した時代に民衆は覚醒していただろうに、あの時代でも変わることはなかったのだ。

 別に日蓮宗の信者でもないし、創価学会の様に日蓮上人を利用するものでもないが、日蓮上人が偉いとうか立派だと感じるのは、流罪になっても決して挫けることなく、その信念を通し続けたことだ。

 上人が流罪の時に書き上げた「開目抄」というのがある。

 文字通り開眼の書であり、書き上げたのは実に51歳の時であった。

 時、恰も蒙古襲来の直前。未曽有の国難を予言した日蓮は、辻説法による戦闘的な布教活動を展開する。

 これにより幕府から流刑となるのだが、激しい使命感と捨て身の覚悟が、偉大な宗教家たらしめたのは言うまでもない。

 「我れ、日本の柱とならん。我れ、日本の眼目とならん。我れ、日本の大船とならん等と誓いし願破るべからず」

 我が国が未曽有の国難に直面しているのであれば、活動家に求められるのは開目抄的決意と覚悟と信念を以て活動すること以外にはない。

 だが悲しいかな、自称・愛国者を見て見れば、専門家や活動家を気取ってはいるが、所詮はサラリーマンが仕事の合間に時間潰しで吠えてるだけの、アマチュアの口舌の徒でしかない。

 「やらないよりはやった方がいいではないか」という反論も聞こえて来るが、他人を感化する前に、身内や周りの友人をオルグした方がいい(笑)

 身内や友人をも感化出来もしないで、街宣如きで世の中を変えようなどとは烏滸がましいとは思いませんか。呵呵。

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2015年11月25日

今こそ三島・森田の精神を想起し、祖国日本の恢復を急ぐべし!

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 昭和45年11月25日、三島由紀夫(当時45歳)は楯の会のメンバー森田必勝(25歳)、小賀正義(22歳)、小川正洋(22歳)、古賀浩靖(23歳)の4名と共に市谷駐屯地総監室に籠城し、憲法改正の必要性を訴え、森田と共に割腹自殺を遂げた。

 三島・森田の死から45年経ち、改めて現憲法の矛盾性と不当性に気付いた多くの国民は、安全保障の観点から現憲法の改正の必要性を感じている。

 だが、三島が訴えたかったのは、皇軍であるべき自衛隊の存在を否定する憲法改正の訴えは単なる手段に過ぎず、真に訴えたかったのは「日本人を骨抜きにしてしまった現憲法」に対峙し、破毀することこそが主眼であったと確信する。

 自決を前に、バルコニーでの渾身の演説が空しく響く。(以下転載)

 《三 島 由 紀 夫 演 説 文》

 私は、自衛隊に、この様な状況で話すのは空しい。しかし乍ら私は、自衛隊というものを、この自衛隊を頼もしく思ったからだ。

 こういう事を考えたんだ。

 しかし日本は、経済的繁栄に現を抜かして、ついには精神的にカラッポに陥って、政治はただ謀略・欺傲心だけ………。

 これは日本でだ。ただ一つ、日本の魂を持っているのは、自衛隊であるべきだ。

 我々は、自衛隊に対して、日本人の………。然るにだ、我々は自衛隊というものに心から………。 静聴せよ、静聴。静聴せい。

 自衛隊が日本の………の裏に、日本の大本を正して良い事はないぞ。

 以上を我々が感じたからだ。それは日本の根本が歪んでいるんだ。それを誰も気が付かないんだ。

 日本の根源の歪みを気が付かない、それでだ、その日本の歪みを正すのが自衞隊、それが………。 静聴せい。静聴せい。

 それだけに、我々は自衛隊を支援したんだ。静聴せいと言ったら分からんのか。静聴せい。

 それでだ、去年の十月の二十一日だ。何が起こったか。去年の十月二十一日に何が起こったか。

 去年の十月二十一日にはだ、新宿で、反戦デーのデモが行われて、これが完全に警察力で制圧されたんだ。

 俺はあれを見た日に、これはいかんぞ、これは憲法が改正されないと感じたんだ。

 何故か。その日を何故か。それはだ、自民党というものはだ、自民党というものはだ、警察権力を以て如何なるデモも鎮圧できるという自信を持ったからだ。

 治安出動は要らなくなったんだ。治安出動は要らなくなったんだ。治安出動が要らなくなったのが、既に憲法改正が不可能になったのだ。分かるか、この理屈が………。

 諸君は、去年の一〇・二一から後だ、最早憲法を守る軍隊になってしまったんだよ。

 自衛隊が二十年間、血と涙で待った憲法改正ってものの機会は無いんだ。

 もうそれは政治的プログラムから外されたんだ。終には外されたんだ、それは。どうしてそれに気が付いてくれなかったんだ。

 去年の一〇・二一から一年間、俺は自衛隊が怒るのを待ってた。

 もうこれで憲法改正のチャンスはない!自衛隊が国軍になる日はない!建軍の本義はない!それを私は最も嘆いていたんだ。

 自衛隊にとって建軍の本義とは何だ。

 日本を護る事。日本を護るとは何だ。日本を護るとは、天皇を中心とする歴史と文化の伝統を護る事である。

 お前ら聞けぇ、聞けぇ!静かにせい、静かにせい!

 話を聞けっ!男一匹が、命をかけて諸君に訴えてるんだぞ。

 いいか。いいか。

 それがだ、今日本人がだ、此処でもって立ち上がらなければ、自衛隊が立ち上がらなきゃ、憲法改正ってものは無いんだよ。

 諸君は永久にだねえ、唯アメリカの軍隊になってしまうんだぞ。諸君と日本の………アメリカからしかこないんだ。

 シビリアン・コントロール………シビリアン・コントロールに毒されてんだ。シビリアン・コントロールというのはだな、新憲法下で堪えるのが、シビリアン・コントロールじゃないぞ。

 ………そこでだ、俺は四年待ったんだよ。俺は四年待ったんだ。自衛隊が立ち上がる日を。

 ………そうした自衛隊の………最後の三十分に、最後の三十分に………待ってるんだよ。

 諸君は武士だろう。諸君は武士だろう。武士ならば、自分を否定する憲法を、どうして守るんだ。

 どうして自分の否定する憲法のため、自分らを否定する憲法というものにペコペコするんだ。これが在る限り、諸君てものは永久に救われんのだぞ。

 諸君は永久にだね、今の憲法は政治的謀略に、諸君が合憲だかの如く装っているが、自衛隊は違憲なんだよ。

 自衛隊は違憲なんだ。貴様達も違憲だ。

 憲法というものは、終に自衛隊というものは、憲法を守る軍隊になったのだということに、どうして気が付かんのだ!

 俺は諸君がそれを断つ日を、待ちに待ってたんだ。

 諸君はその中でも、ただ小さい根性ばっかりに惑わされて、本当に日本の為に立ち上がる時は無いんだ。

 憲法の為に、日本を骨無しにした憲法に従って来た、という、事を知らないのか。諸君の中に、一人でも俺と一緒に立つ奴はいないのか。

 一人もいないんだな。

 よし!武というものはだ、刀というものはなんだ。自分の使命………。

 未だ諸君は憲法改正の為に立ち上がらないと、見極めが付いた。これで、俺の自衛隊に対する夢は無くなったんだ。

 それでは此処で、俺は、天皇陛下万歳を叫ぶ。

 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳!(転載終了)

 旧来の思想や社会構造を打破しようとするとき常軌を逸した行動が生まれる。

 三島由紀夫と森田必勝らの行動こそが正気の狂気であり、この狂気こそが日本に圧し掛かる重苦しい閉塞感を打破する力に成り得るのだ。

 今こそ三島・森田の精神を想起し、祖国日本の恢復を急ぐべし!

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2015年11月23日

すめらぎの千代万代の御代なれや花の都に言の葉もなし

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 本日は「新嘗祭(しんじょうさい、にいなめさい)」。皆さん、おめでとうございます!

 新嘗祭の本日、宮中では畏くも天皇陛下が新穀を神々に供え、厳かに儀式を執り行う。

 新嘗祭は、古くは霜月下旬の卯の日に斎行されていたが、明治6年以降は、現在と同様11月23日に執り行われることとなった。

 「日本書紀」に皇極天皇が皇極元年(642年)11月に執り行ったという記述があり、天皇にとって「新嘗祭」は重要な「祭事」の一つである。

 宮中祭祀で特に重要なものは元旦に執り行われる「四方拝」と、本日行われる「新嘗祭」であり、正に本日は元旦と共にめでたい日なのである。

 だが、現在は「祭日」ではなく、単なる「祝日」になってその意味を忘れてしまっているのは残念至極。

 昨年、宮内庁は、陛下の負担軽減の一環として、未明に執り行われる「暁の儀」の拝礼を取り止められると発表した。

 だが、「暁の儀取り止め」の報は、今後どういう結果や影響を齎すか、訝しく思うのは愚生だけではあるまい。

 天皇の「国事行為」について、現憲法では、首相の任命、憲法改正や法律の公布、外国大使らの接受等を定めているが、天皇の「公的行為」は「私的行事」とされ現憲法に明文化されていない。

 天皇は憲法上の制約から、国事行為として「国会の開会式」「首相や最高裁長官の親任式」「大臣の認証式」「親授式」など年間約60回、国賓・公賓への接遇や会見、会食などの御公務を約170回お努めになられる。

 「陛下の負担軽減の一環」とは聞こえはいいが、天皇にとって大事なものはこうした国事行為ではなく、「祭事」を最優先し、国事行為や接遇、御公務こそ軽減すべきであろう。

 あろうことか、今や、歴代天皇が古来より司って来た祭事は、現憲法によって天皇家の「私事」にされてしまい、皇室典範にも「大嘗祭」の規定は存在していない。

 現憲法は、歴史的な国家としての継続された「祭祀」に関する天皇の役割を否定しているが、これ即ち、未だ占領政策の「神道指令」の呪縛が解除されずにいる証左でもある。

 「新嘗祭」を、何故か「勤労感謝の日」と言い続けることに何の違和感を覚えないのは、正に戦後民主主義の影響に他ならない。

 「勤労感謝の日」というと、何か、労働していることに感謝する日の様に思ってしまうが、本当の意味は「人々の勤労によって生み出される万物の生産を祝う」というものだ。

 神の加護による、農作物を始めとした恵に、我々国民が互いに感謝し合う日なのだが、残念ながら、その意味を取り違えている国民が殆どだ。

 今日は県内でも「山ノ神講(やまのかみこう)」などとして、全国各地でも山々の神に感謝し、収穫を祝う行事が各地で行われる。

 要は、地域住民や仲間同士が集まっての飲み会ではあるが、これもまた新嘗祭の風習や伝統を重んじ伝わって来た名残りでもある。

 こうした行事でも分かる様に、正に我が国は天皇と共に歩んで来た歴史であり、やはり我が国の国柄を思う時、「勤労感謝の日」というより「新嘗祭」というのが相応しい。

 「神々の加護と人々の勤労によって可能になる万物の生産を祝い、国民が互いに感謝し合う日」に当り、豊穣の秋に感謝すると共に、畏くも皇室の安穏と陛下の弥栄を祈念する。

 すめらぎの千代万代の御代なれや花の都に言の葉もなし。

 すめらぎいやさか。

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2015年11月20日

凡そ軍勝五分を以て上となし、七分を以て中となし、十分を以て下と為す

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 大相撲九州場所が行われている。白鵬が全勝で9度目の年間最多勝を達成し、36回目の優勝を手にする勢いだ。

 大相撲は、明治維新で「断髪令」が発せられても丁髷の伝統を貫き、戦後もずっと表彰式で国歌「君が代」を斉唱し、国技を自称して来た。

 この保守の牙城とも言うべき大相撲を、歴史・伝統・文化を否定する左翼や無自覚左翼の連中が目の仇にし、「賭博」やら「八百長」やらを執拗に煽り立て、糾弾したのは記憶に新しい。

 自称・保守派や自称・愛国者もまた、モンゴル人力士を始めとした外国人力士の席捲を苦々しく思い批判する。

 今も事ある毎に、大相撲は批判の対象にされ、それが相撲離れの要因にもなっているが、これは相撲と神道、天皇と神話の関係が在ることは否定出来ない。

 相撲と神(神道)は関係が深く、本場所初日の前日には、「鎮め物」として、萱(かや)の実、勝栗、スルメ、昆布、塩、洗米といった神饌が土俵中央に納められ、立行事が祭主を務め、「土俵入り」が行われる。

 使用した御幣は、神の降臨の証しとして四色の房に飾られる。

 力士が「四股」を踏むが、これは地面に潜む邪悪なものを封じ込める為のもので、「塩撒き」も土俵の邪気を祓い、神への祈りであり、「力水」や「力紙」は清めの作法。

 清めを終えた力士は、「蹲踞(そんきょ)」から「揉み手」「柏手(かしわで)」し、両腕を開く「塵手水(ちりちょうず)」と続く。

 「揉み手」は、古来は雑草の露で手を清めていた所作で、「柏手」は神に拝する際に打つ動作。「塵手水」は、手に武器を持たないことを表すものだ。

 勝ち名乗りを受ける際に、「手刀」を斬るが、これは左が「神産巣日神(カミムスヒノカミ、カムムスビノカミ)」、右が「高御産巣日神(タカミムスビノカミ)」、真ん中が「天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)」三神への感謝である。

 白鵬が手刀の後に懸賞金を奪い取るかの様な所作は頂けない。力士は神の遣いであり、横綱とはその中の最高峰。やはり勝敗に拘るのもいいが、その所作、風格が大事であるというのは言うまでもない。

 千秋楽の終了後、「神送りの儀式」があり、御幣を抱えた新弟子力士らが胴上げすることで、相撲の神々は昇天する。

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 日本相撲の始祖とされるのが「野見宿祢(すくね)神」である。

 日本相撲協会発行の「大相撲伝」には、この野見宿祢神が中心に描かれ、それを囲む様に、「天手力男神(アメノタヂカラヲ)」と、相撲の元祖「建御雷之男神(タケミイカヅキノオノカミ)」、そして勝利の三神(造化三神)である「天御中主神」「高御産巣日神」「神産巣日神」が並んでいる。

 四隅には、神獣の四神、「東の青龍(青房)」「南の朱雀神(赤房)」「西の白虎神(白房)」「北の玄武神(黒房)」が描かれている。この四神はまた我が国の四季である「春夏秋冬」を顕している。

 相撲は千五百年以上の歴史を有し、古来より、五穀豊穣を祈り、その恵みに感謝する神事で、それは垂仁天皇七年七月七日、当麻蹶速(とうまけはや)との御前試合が起源とされ、その勝者が「野見宿祢」であり、宿祢は「埴輪」の発案者といわれている。

 現在の大相撲は、平安時代に天覧相撲である「相撲節会(すまいのせちえ)」が行われたことが始まりとされている。

 こうしたことを理解した上で大相撲を観戦すれば相撲もまた楽しいのだが、相撲も他の武道などと同じ様に勝敗ばかりが優先され、スポーツ化していることに危機感を抱いてるのは愚生だけではあるまい。

 人生とは実力社会と言われる。実力の社会とは相撲の世界と同じで、実力がある者が番付が上がり、心技体が備わっている者が横綱となる。

 この横綱の子供が必ずしも横綱になれる保証はなく、血縁も、家柄も、門閥も、また学歴も一切関係ない。実力だけがものをいう世界である。

 これに反して政界や役人、学会などでは学歴と経歴がものをいう。幾ら実力があっても高卒じゃ事務次官にはなれない。

 政治家の世界も今や実力社会ではなく役者の世界と同じ。ジバン・カンバン・カバンがものいう。だから世襲が有利となる。

 歌舞伎の世界でいう、団十郎や菊五郎、吉右衛門など襲名出来る者は限られていて、家柄、門閥がないと実力があっても中々襲名は出来ない。

 政治の世界でも世襲が幅を利かせているが、政治の世界は実力の世界に戻さなければならないと感じる。

 政治の世界での勝負は選挙だが、これは負けたらただの人。だから勝たねばならないが、それでも、勝負事というのは何でもかんでも勝ちさえすりゃ好いかといえばそうでもない。この加減が実に難しい。

 武田信玄はこう訓える。

 「凡そ軍勝五分を以て上となし、七分を以て中となし、十分を以て下と為す。その故は五分は励を生じ七分は怠を生じ十分は驕を生じるが故。喩へ戦に十分の勝ちを得るとも、驕を生じれば次には必ず敗るるものなり。全て戦に限らず世の中の事この心掛け肝要なり」

 十分の勝ちを得る事は驕りを生じると戒めている。

 言い換えれば、勝ってばかりいては敵ばかりが増えるということでもあり、何事も程々を心掛けるのがいいというのだ。

 「雀聖」色川武大こと阿佐田哲也は、ギャンブルから学んだ人生観を相撲の勝敗に例え、「9勝6敗を狙え。8勝7敗では寂しい。10勝を狙うと無理がでる」と教えた。

 「幸運が続き過ぎると危ない」という考えから、ギャンブルに大負けすると「ここで不運を消化しておけば安心だ」とよく語っていたという。

 勝負師としては信玄よりずっと分かり易いと思うのは愚生だけか(笑)

 「勝つと思うな思えば負けよ」じゃないが、勝とう勝とうと思うと、気負いから実力を発揮出来ずに終わるということが多い。だが、「引き分けでいい」と思うと気負わずに出来るもの。

 勝負事というのはある意味「ケンカ」と同じで、勝つというより負けない、「相打ちでいい」という気構えで事を構えると、そんな精神的余裕が勝ちに結びついたりするものだ。

 ※この記事をアップした日、昭和の大横綱・北の湖が幽冥境を異にした。「巨人・大鵬・玉子焼き」とは逆に嫌いな代名詞として「江川・ピーマン・北の湖」と揶揄された。

 北の湖の桁違いの強さとふてぶてしさと、人情味あふれる人柄が大好きだった。北の湖ファンとして返す返すも残念なことだ。合掌。

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2015年11月19日

無差別テロ犯に乏しいのは、衆生の苦しみを救おうとする大悲の心ではなかろうか

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 フランスでは自爆テロの犯人を「カミカズ(KAMIKAZE)」と呼ぶ。

 「カミカゼ」をフランス語風に発音すると「カミカズ」になるというが、テロ犯と特攻隊の英霊を同列に準えるとは、怒りよりもフランスのジャーナリズムのレベルの低さを顕すもので、嗤わずにはいられない。

 フランスは、相撲好きのミッテラン元大統領など親日派が多いというが、こうしたことや、フランス週刊紙シャルリエブドによる原発事故の風刺画などを見る限りとても親日国だとは思えない。

 因みに、シャルリエブドの前身は1960年に創業した「HARAKIRI(アラキリ)」。これは我が国の「切腹」を意味しており、その真意は「笑って腸が捩れる様なブラック・ユーモア」だというのだから厭きれるばかり。 

 昭和19年10月20日、フィリピンのレイテ島に圧倒的勢力で上陸を図ろうとする米軍部隊へ、起死回生の反撃、更に連合軍の沖縄への上陸、本土決戦を阻止しようと神風特別攻撃隊が編成される。

 これが「カミカゼ」、或いは「トッコウ(TOKKO)」と呼ばれるものだが、本来は神風特別攻撃隊は「しんぷうとくべつこうげきたい」というのが正しく、いつの間にか国内でも「カミカゼ」が当たり前に使われていることに違和感を覚える。

 また、「ゼロ戦」というのも、米英のパイロットが称していた「ゼロ・ファイター」から出た通称で、皇紀2千年に造られた零式艦上戦闘機(れいしきかんじょうせんとうき)は、「レイシキ戦闘機」というのが正しい。

 祖国を守る為に死を決意して志願した特攻精神は、祖国愛の極致というべきものであり、「神風精神」こそは、大東亜戦争が自存の為の祖国防衛戦争であったことの何よりの証であろう。

 英霊の崇高なる行動をテロ行為と準えることがあってはならず、世界に蔓延するこうした我が国への偏見や蔑視を糺さなければならない。

 ISによるテロ犯の自己犠牲の精神は尊いものであるとは思うが、特攻隊の若者との違いはイスラムと仏教、アッラーと仏・菩薩の違いもあるだろうが、衆生(しゅじょう)の苦しみを救おうとする大悲の心ではなかろうか。

 ISのテロリストや戦士の怒りや悲しみの表情に比べれば、これから死に往く特攻隊員の表情には悲壮感はない。

 「大悲」とは観世音菩薩の別名であり、彼らこそ正に観世音菩薩の生まれ変わり、生き仏に思えてならないのだ。

 現在の平和や繁栄は、こうした純真無垢な若者の尊い犠牲の上にあることを、現代に生きる我々は決して忘れてはならない。

 因みに、沖縄戦では神風特別攻撃隊が重要な役割を果たし、鹿屋基地(海軍航空)からの特攻で1981名、知覧基地(陸軍航空)からの特攻で1021名、合わせて3002名の実に76%が沖縄戦で散華された。合掌。

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2015年11月18日

「パリ市民の安全と平和を願うプロフィール写真を設定しよう」に思う

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 フランスでの同時多発テロを受けて、facebookは「パリ市民の安全と平和を願うプロフィール写真を設定しよう」と、追悼の思いを込めて、プロフィール画像をフランス国旗を同じトリコロールカラーにする機能が急速に広がった。

 流行に敏感な人が多いのには驚くが、「流行」とは元々「病気」という意味であり、こうした流行に踊らされる人というのは兎角利用され易い。

  「熱狂する大衆のみが操縦可能である」とは、アドルフ・ヒトラーだが、この喩えが分かり易いのではなかろうか(笑)

 愚生的には、人の良心を利用するかの様な偽善的パフォーマンスには違和感を覚えていたが、当初は賛同して画像を変えた人も、否定派の意見を読んだのか、それともスパムではという不安もあってか、その数は激減している。

 ISのテロで亡くなった人は、イラクだけでその死傷者は数万人にも及ぶ。

 7月にはラマダン明けのバグダッド近郊の祝祭を襲った爆弾テロで120人以上が死亡、160人以上が負傷している。

 他にも、シリアでは、ISに蜂起したスンニ派シャイタト部族700人が処刑。

 トルコは、先月11日に首都の平和集会の爆弾テロで100人以上が死亡。

 エジプト上空では、先月31日にロシア旅客機墜落で乗客乗員224名全員が死亡。

 ベイルートは、パリ同時多発テロ前日に商店街を襲った自爆テロで43人が死亡。

 IS以外でも、フランスや米国などによる空爆で無辜の市民が犠牲になっているが、テロが悪で、戦闘行為なら赦されるならそれは強者による方便でしかない。

 ISのテロ行為を否定するなら、同じ様に中共によるチベットやウイグルなどでの殺戮行為も否定されるべきだし、世界のあらゆる不条理や不正義もまた糾弾されて然りだろう。

 画像をトリコロールカラーにしないからといって、別に犠牲者を悼む気持ちが無い訳ではないし、テロを撲滅したい気持ちに乏しい訳でもない。

 日本人の死生観から言えば、心静かに哀悼の意を表せばいいだけのこと。

 剣豪・宮本武蔵は独行道で、「如何なる別れも悲しまじ」という言葉を遺している。

 ならば、武蔵という人物は冷血漢なのかというとそうではないだろう。

 煙草を吸わない人が「タバコを止める」とか、酒を飲めない人が「酒は飲まない」などと言わない様に、敢えてこの言葉を認(したた)めた武蔵という男は、人一倍涙脆く、人間味豊かな人物だったのではないだろうか。

 武蔵ではないが、日本人は感情を露わにはしない。内に秘めた悲しさこそ日本人の人となりであり、「慎ましさ」こそが日本人らしさなのだと思っている。

 「慎む」という同じ意味で、「恭倹(きょうけん)」という言葉がある。「恭倹」といって直ぐに教育勅語を思い浮かべる方も多いだろう。

 「恭倹己レヲ持シ(きょうけんおのれをじし)」とは、「人に対しては恭(うやうや)しく、自分自身は慎み深く振る舞うこと」であり、簡単に言えば「自分控えめにし、人(喩え夫婦兄弟友人であっても)には礼節を重んじ付き合いなさい」ということ。

 FBだけではないが、最近は「オレはこういうことやったぞ、偉いだろ!」「オレが、オレが」的な記事を目にする。

 別に普段の生活での出来事ならいざ知らず、ボランティアや奉仕活動、寄付行為など黙ってやるのが普通だと思うのだがそうじゃない。

 善いことをしたということで誰かに自慢したい気持ちも分からない訳じゃないが、他人に「いいね!」を押して貰って悦に入ってる奉仕活動や善行ってのは如何なものか。

 今や日本人の多くが人を外見で判断することが当たり前となり、「オレはこういうことをやってやったぞ!」的なことをアピールしないと分かって貰えないと思ってしまっているのだろう。

 ヤクザがいい例で、彼らは外見でしか判断されないことを理解してるから、人よりもいいクルマに乗り、いい服装や時計を身に付け見栄を張る。

 「人は見た目が9割」なんて本も人気になったが、持ち物や服装などの外見でしか判断出来ないのだとしたらさもしいことだ。

 まぁ、facebookなどのSNSなんてのは所詮はそういうことをアップして愉しむ場所なのだろうが、せめて教育勅語復活を掲げる右翼民族派や保守派は、日本人の教えである「恭倹己を持し」を肝に銘じて日々を過ごして頂きたいものだ。

 これは自分自身への戒めであることは言うまでもない。

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2015年11月15日

フランス・パリ同時テロ!テロ・ゲリラの根絶は不可能である

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 フランス・パリで約130が死亡したの同時テロは、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国(IS)」が、「組織への空爆を続ける限り、平和な生活は送れないだろう」との犯行声明を出した。

 これをテロと片付けるのは容易だが、組織的且つ周到な犯行を見る限り、現代戦争というのが正しく、我が国もこうした現代戦争が起こり得ることを想定し対策を講じなければならない。

 その対策には、「労働者不足」を理由に労働者という名の下に実行されようとしている移民問題があるのは言うまでもなく、今回のテロの根底には、フランスの人口の1割近くを占めるというイスラム系移民の問題があることを見過ごしてはならない。

 そうした国柄でありながら、フランス国内ではイスラム教徒への偏見は後を絶たない。そうした結果、起こったのが、今年1月のフランス週刊紙シャルリエブド襲撃事件だった。

 節度が欠如した風刺というのはそれは単に相手への罵詈であり、雑言であり、侮辱でしかなく、差別と偏見に満ちた嘲りは、怨みや怒りを増大させる。

 襲撃犯は、イスラム教を揶揄する風刺画に怒ったイスラム過激派の3人。

 フランスでは、この襲撃事件への報復としてモスクなどの襲撃が相次いだが、連鎖による事件の拡大や無差別テロが懸念されるいる中で今回の犯行が実行された。

 シャルリエドブリへの襲撃事件が起こる前、風刺フランス国内に住む500万人のイスラム教徒の組織「フランス・イスラム評議会」が、同週刊紙を訴える事態となるも、シャルエブドは猛省することなく、イスラム国が預言者ムハンマドの首を切るマンガを掲載した。

 これが襲撃事件の決定的要因になったのは想像するに余りある。

 週刊紙シャルリエドブリ襲撃事件の背景には、こうしたイスラムへの宗教蔑視、風刺による宗教弾圧が行われていた訳で、今回の事件もシリアへの空爆への報復というのは付けたりに過ぎない理由で、起こるべくして起こった事件と言えよう。

 マスコミは「表現の自由」や「言論の自由」を振り翳し、「如何なる暴力も赦さない」と叫ぶが、自分達がペンの暴力を使って皮肉たっぷりに相手を揶揄し、弾圧して来たことは「正義だ」として正当化する。

 自分達の文化か何か知らないが、皮肉たっぷりに相手の宗教を侮辱し弾圧しておきながら、暴力だから怪しからんとは都合好過ぎはしないだろうか。

 一方で、イスラム過激派は「アッラー・アクバル(神は偉大なり!)」などと大義を掲げるが、一般人を犠牲にする無差別テロに神聖な目的も神を語る資格も無い。

 八百万の神を信じ仏を尊ぶ日本人には理解し難いものだが、イスラム教やキリスト教などの一神教を信じる国々の不幸は此処に在る。

 「世界の警察」を気取り、勝手な正義を押付け、我が物顔で世界を伸し歩く米国もまたテロの恐怖に曝されている。

 だが、米国の傲慢不遜な態度を改めない限りテロの脅威は治まらないだろう。

 今や米国による自己中心的不正非道に苦しむ非西洋諸国の多くが唯一最大の外敵、脅威と考えている。

 だが、米国自身が「無法者の超大国」だと気付く事は無く、テロ根絶の名の下に更なる弾圧が続けば、テロの連鎖は果てしなく続くだろう。

 テロの根絶を願うなら、圧政に呻吟する民族の解放と独立させる以外にない。

 畢竟、それは政治体制の崩壊を意味し、米国然り、中共やロシア然り、中近東然り、それはゲリラやテロリストの根絶以上に不可能だろう。

 我が国も、テロ根絶を願い、世界での人道支援に邁進するというのなら、米国依存の体制からの脱却を図ることこそ大事だが、これはISの根絶同様、困難を極めるだろう。

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2015年11月13日

「体育の日」を「スポーツの日」?祝日法の改正はそこじゃないだろ!

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 馳浩文科相は出演したインターネットの番組で、「祝日法」を改正し、「体育の日」を「スポーツの日」に改めることにを示意欲を示したという。

 その理由は、「スポーツに自己実現や国際社会との窓口を開く役割があることを、国民に理解して貰いたい」というものだ。

 文科大臣になるくらいだから、さぞや立派な政治家になったのかと思いきや、未だ頭の中はプロレスラーのまま。アントニオ猪木と大して変わらん。

 「祝日法」を改正するならそこじゃないだろう。

 昭和39(1964)年10月10日にアジアで最初の、また有色人種国として初のオリンピックが開催されたというその意義を決して忘れてはならない。

 「体育の日」を本来の10日に戻し、「スポーツの日」と名称変更するなら未だしも、所謂「ハッピーマンデー」を容認したままで祝日法を改正し、固定化することは断じて許されるものではない。

 「ハッピーマンデー」なる愚策は左翼陣営の策謀であり、その目的は国體破壊にある。そうした愚策に与するとは何事か。

 今月23日は「勤労感謝の日」。国體破壊を目指す左翼陣営の最終目的は、我が国の重要な祝日である「勤労感謝の日(新嘗祭)」や「建国記念日(紀元節)」を第二月曜日にすることにある。

 戦後、GHQの「神道指令」などもあり「新嘗祭」という呼称は廃止され、昭和23年の祝日法改悪に伴い「勤労感謝の日」と改められ現在に至っている。

 だが、国柄を考えれば、やはり「勤労感謝」というより「新嘗祭」という名称が相応しいことは言うまでもない。

 因みに天皇の即位後初めて行うものを「大嘗祭(だいじょうさい)」。宮中では天皇陛下が新穀を神々に供え、厳かに儀式を執り行う。

 宮中祭祀で特に重要なものは元旦に執り行われる「四方拝」と、本日行われる「新嘗祭」。天皇にとって最も大事なものはこうした「祭事」である。

 歴代天皇が古来より司って来た「祭事」は、現憲法によって天皇家の「私事」になってしまい、皇室典範の「大嘗祭」の規定は最早存在しない。

 現憲法は歴史的な国家として継続された「祭祀」に関する天皇の役割を否定しており、未だ占領政策の「神道指令」の呪縛が解除されずにいる。

 現憲法下「国民守れぬ欠陥を糺せ!」と憲法改正の声が大きくなっているが、現憲法は、国民を守ることは愚か、皇統そのものを失ってしまう危険を孕んでいる。

 現憲法を改正するのであればこうした祭事の復活こそ急務であり、その意義を啓蒙することで憲法の見直しは容易になるだろう。

 我が国の祝日ほど、国柄や国體の精華を顕しているものはなかったのだが、GHQと左翼陣営に与した「ハッピーマンデ」に見られる祝日法の改悪によって、本来の意義が失われてしまい現在に至っている。

 祝祭日は単なる休日ではなく夫夫意味があるのだ。

 国家の大本である教育を司る大臣が、そうした我が国體の危機的状況を共有することなく、単に「体育の日」を「スポーツの日」と改訂することで悦に入っている様ではホント情けない。

 GHQが我が国の歴史や伝統、文化を否定することから始まった「祝日法」を再改正し、国體破壊の愚策である「ハッピーマンデー」を廃止し、祝祭日を本来の在るべき姿に戻さねばならない。

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2015年11月11日

一日のことは一日にて足れり(イエス・キリスト)

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 「覆水盆に返らず」という言葉がある。

 原義は、「一度別れた夫婦は元には戻らない」という意味で、なってしまったことは悔やんでも仕方ない。くよくよしてみたところで始まらないということ。

 イエス・キリストでも「一日のことは一日にて足れり」と言っている。

 つまりは「一日主義」、かっこいい言葉でいうと「一日一生」ということだ。

 今日のことは、今日、全力を挙げてやり通す。昨日のことは過ぎたことと諦めて、今日一日に全力を尽くす。

 同様に明日からのことを思い煩ってる場合でもない。

 「杞憂」という言葉がある。「杞人の憂い」ともいう。

 昔、杞の国の人が年中心配ばかりしていた。天が落ちて来たらどうしよう。地が裂けたらどうしようという具合に、大袈裟な心配ばかりして暮らしていたという。

 現実に有り得ないことを大袈裟に心配していることを「杞憂」というが、要は「取り越し苦労」ということだ。

 考えを廻らすことはいいが、「案ずるより産むが易し」という様に、意外とどうにかなるもので、「不幸は幸福の源泉」と思えば道は必ず拓ける。

 難問題が山積みで、幾ら考えても打開策が見出せないのならば、ぱ~っと酒でも呑んで寝てしまうのが好い。

 陽気に飲んで騒いで寝てしまえば、翌朝は案外好い案が浮かんで来るというもの。

 何かやらねば、何か考えなければと焦っててもいい解決策が浮かぶものではない。

 便所に入った時とか、風呂でのんびりしている時など、つまらない時にふと「閃いた」、なんてことはよくあることだ。

 悩みや壁にぶち当たったと思ったら、慌てないこと。くよくよしないことが大事。

 こうしたことは試練というよりいい勉強だと思えばいい。

 悪いことなどそうは続かないもの。

 「これを転機に、俺の人生もいい方向へ向かうのだ」と言い聞かせて努力することこそが大事なことでもある。

 寅さんの「男はつらいよ」の歌の一節にこういうのがある。

 「男というもの辛いもの、顔で笑って、顔で笑って腹で泣く、腹で泣く」というのが実にいい。泣きたい時には笑うに限る。

 日々、心新たに、素直に、謙虚に歩むこと、即ち「日々是好日」である。

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2015年11月10日

ミャンマーの民主化はそう容易な道程ではない

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 ミャンマー(旧ビルマ)で2011年の民政移管後初の総選挙が行われ、アウン・サン・スー・チー率いる最大野党、国民民主連盟(NLD)が改選議席の80%を獲得するとの見通しとなった。

 ミャンマーというと身近に感じないが、ビルマというと映画や小説の「ビルマの竪琴」などを思い浮かべ身近に感じるのではなかろうか。

 大東亜戦争末期のビルマを舞台に、僧となって戦死した同胞らを弔うことを選んだ水島上等兵の姿を通して、人類愛と戦争を描いた感動作。

 米英やマスコミはミャンマー軍事政権を非難し、スー・チーを民主化運動指導者と持ち上げ、スー・チーこそがミャンマーを救うかの様な報道が目立つが、ミャンマーの歴史はそんな簡単なものでは語れない。

 十五世紀の大航海時代以来、白人による世界制覇の滔々たる流れがアジア諸国にも押し寄せ、次々と欧米帝国主義の植民地として蚕食され、国王が支配し、歴史を有するビルマも英国の植民地となった。

 英国は国王をインドに流し、王子を殺し、王女はインド兵に与え王家を絶やした。国王が住んだ城を監獄に造り替え、インド人や華僑を入れ多民族多宗教国家に変えた。

 改変されたビルマはインド人が金融を、華僑が商売を、山岳民族が軍と警察を握り、ビルマ人は最下層の農奴にされた。

 英国にズタズタにされたビルマは、第二次大戦後戦後独立を快復すると英国的なものを全てを排除した。アウンサンの暗殺もその一つだった。

 犯行は元首相のウ・ソーとされているが、この暗殺は英国が仕組んだものだということは最早周知の事実だ。

 奴隷制度や残虐行為が明るみに出れば、アジアで残虐行為をやったのは日本ではなく白人国家だったということがバレると危惧した欧米は、挙ってビルマ非難を始めた。

 現在の南京事件や慰安婦問題を性奴隷と殊更に騒いでいるのも、こうしたことと無関係ではない。

 その工作に利用されたのがアウンサンの娘スー・チーだった。

 英国人に父親を殺されたスー・チーは反英国の象徴になると思われていたが、15歳のスー・チーを英国に連れ出し、英国人として教育、洗脳し、英国人の男性と結婚させ手懐けた。

 スー・チーは英国に忠誠を誓い、英国に背く祖国を非難し「植民地支配の糾弾事業」を潰し、ビルマ政府を軍事政権と非難し続けた。そんなスー・チーの功績が認められノーベル平和賞を受賞する。

 90年代、極貧に喘ぐビルマは支那に支援を乞うた。

 議長のタンシュエは反対する良識派を追放し実権を握るが、雪崩の様に入り込んだ支那人が金融も商売も独占し政治も支那化した。

 前回の民生移管に向けた総選挙では、中国共産党に国を売ったタンシュエ一派全員が予想通り全員当選した。

 今回は流石に世界のマスコミも注視する中での選挙であり、公平な選挙が行われた様だが、ミャンマーの民主化はそう容易な道程ではなかろう。

 今や、ミャンマーは「東南アジア最後のフロンティア」と持て囃され、外資の参入が相次いでおり、ミャンマーに介入したい中共がこのまま拱手傍観しているとも思えない。

 明治19(1886)年、ビルマを視察した情報将校の福島安正は、人々が英国の支配下で奴隷の如く酷使され、気侭に鞭打ちされ射殺されている光景を目の当りにし同じアジア人として義憤に駆られたという。

 「日本悪玉論」は、欧米による植民地時代のこうした蛮行を隠蔽するものであるというのは想像するに余りある。

 我が国ももうそろそろ、アジアの雄として、日清・日露・大東亜戦争の大偉業を想起し、あらゆる束縛を解放し真の独立を果さねばならない。

 共産党一党独裁の中共が跳梁跋扈する現代、我が国は永遠にアジアの希望の星、アジアの雄で在らねばならないのである。

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2015年11月09日

徒然なるまゝにその日暮らしシリーズ(笑)

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 昨日は南相馬で復旧・復興の手助けをしているFBFを呼んで昼から一献!

 予定してた「春寿司」が休みで、蕎麦屋の名店「隆仙坊」へ。

 初めて会うが、思ってた通りの好漢で、「男同士で飲む酒は忽ち通う意気と熱」ではないが、愉しい酒席となった。

 その後は駅前に繰り出すも日曜日の3時頃でやってる店は無い。アーケードをぶらぶらすると営業してる海鮮居酒屋「さかなや道場」を発見。ここで飲み直し。

 強か呑んで、夕方FBFを駅まで送り、再会を約束して別れた。

 久しぶりにいい酒だった。酒と友人の人柄に酔った。

 酒席というのは失敗も多いが、得るものの方が断然多い。

 最近は慢性的手元不如意だし、酒の誘いはなるべく断わることにしている。何故なら、酒は身銭を切って飲みたいからだ。 

 「あんたが(カネを)持っていても、俺が持ってなければ、酒なんざ飲んでも旨くない。酒とはそういうもんぜよ」とは坂本龍馬。

 ホント、龍馬じゃないが他人のカネで飲んでも大して美味いとも思えないし、ならば自宅でチビチビやってる方が気楽でいい。

 亡父にも、「ただ酒は飲むな。卑しくなる」と口煩く言われたことも影響しているのだろうが、酒は身銭を切って飲むことに価値がある。

 酒というのは「百薬の長」とも言われるが、本来はバカになる為に飲むもの。酒を飲むと肚を割って話せるし、酔った心地好さは酔った者じゃなきゃ分からないし、何よりバカになれる。世の中バカになれるほど愉しいものはない(笑)

 「酒は飲むべし酒は飲むべし 人生唯酒ありて肝を開く 酔中の快楽人知るなし」(坂本龍馬)とは蓋し正論。

 正気ではとても出来ないことを、酒の力を借りれば「一時的バカ」になることが出来るし、一時的でもバカの幸福に浸れるのだ。

 酒が別名「キチガイ水」といわれるのはこういうことだろう。

 バカと言っても酒乱は論外、酒に飲まれる様じゃ酒飲みの資格はない。落語のサゲじゃないが、チョッとマヌケで明るい飲みっぷりがいい(笑)

 酒を飲めない人は「体質的に酒を受け付けない」という人が多いが、愚生からすれば体質に合わないというより飲む訓練(練習)が足らないだけで、何より酒を飲まない男というのは人間が小さく見えてしまう(笑)

 正気というのは、世間体を気にしているということで、周りを気にするということは、それだけ神経を使ってるということ。

 これではストレスが溜まるし、ストレスが溜まれば何より身体に悪い。

 下で仕える者より、上に立つ者は人一倍神経を使うもので、逆を言えば人一倍神経を使えない人間は上には立つ資格は無いということだ。

 下の者からすれば上の者は気楽に見えるかも知れないが、上は上なりに頭の中ではあれやこれやと神経を使い考えを廻らせているもの。

 そんな時に頭をからっぽにするのに手っ取り早いのが酒。

 気の利いた店、贔屓ので陽気に騒ぐ。酒は愉快に飲むのが一番。暗い酒は身体を壊すが、適度に、愉快に飲む酒は正に「百薬の長」なのである。

 「酒は陽気に身銭を切って飲むべし」。酒飲みというのはこれに尽きるが、中には人に奢って貰って喜んでるのがいる。

 タダ酒を覚えたヤツというのどうもクセになるらしく、店からも仲間からも嫌われているのだが、当の本人は自覚していない(笑)

 「タダほど高いものはない」という言葉があるが、タダで飲めたと喜んでばかりいると後でとんだしっぺ返しが来ますよ(笑)

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2015年11月05日

「夫婦別姓」など、左翼の策動に乗じて現憲法の見直しを計るべし!

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 「夫婦別姓」と「女性の再婚禁止期間」の規定の違憲性が争われた上告審弁論が最高裁大法廷で開かれた。

 女性の再婚禁止期間は「女性に対する差別」というのは分からないではないが、夫婦別姓が「時代の流れ」というのは左翼やジェンダーフリーを叫ぶ性的変質者による我が国の伝統文化破壊の策動に過ぎない。

 明治維新以後、国民の全てに「姓」を与え、戸籍を整え、家族の絆の重要性を教えた。

 国民が家族の理想にしたのは、皇室の姿であり、正に我が国の家族制度は教育勅語に示されている通り、「父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し」、実に尊いものである。

 欧米の教育は個人が生存権に勝つ為のものであり、辺り構わぬ闘争が行われ、働く目的は金と享楽の追求のみ。

 それ故、家族の絆は緩み道徳の深さは生活から離れ、結果、唯物主義の考え方が支配的となり、人々の心を孤独化している。

 我が国の個人主義は極僅かで、世代に亘る家族の絆は固く、互いの助け合いによって人間本来の善良な姿と優しい心が保たれている。

 「夫婦別姓」や「選択的夫婦別姓」制の導入を許せば家族の一体感を損ない、子供に与える精神的影響も大きく、事実婚を増加させ、離婚の増加や婚姻制度の崩壊を齎すのは明らかだ。

 我が国は「一夫一婦制」だが、別姓導入は「一夫(婦)多妻制」をも可能となり、最高裁による婚外子相続の違憲判決もあり、そうしたことが容易になったということだ。

 別姓が罷り通れば不倫なんぞ当たり前、倫理観や道徳観が低下するだろうことは明らか。まぁその方が都合のいい人もいるだろうが(笑)

 既に「選択的夫婦別姓制度」を導入した、イタリア、オーストリア、ドイツ、デンマーク、スウェーデン、ハンガリー、フランス、スペインなど欧州の国々では婚姻率が4割以上も減り、離婚率が2倍となり、婚外子の割合が5割も増加した。

 従来の家族制度が崩壊しているのは「選択的夫婦別姓制度」の導入が最大要因であるのは明らかで、これが「時代の流れ」というなら、もう嗤うしかない。

 抑々、婚姻に際し「氏を変える」ことで職業上不都合が生じる人にとって、通称名で旧姓を使用することが一般化しており、婚姻に際し氏を変更するも、関係者知人に告知することにより何の問題も生じない。

 また、氏を変えることにより「自己喪失感を覚える」という様な変態的意見もあるが、それよりも結婚に際し同じ姓となり、これから新たな家庭を築くという喜びを持つ夫婦の方が圧倒的多数であり、それが極めて一般的な普通の感覚だろう。

 夫婦同姓は、普通の日本人にとって極めて自然な制度である。

 別姓が導入され、別姓世代が続けば家系は確実に混乱して、我が国の戸籍制度や家族制度は瓦解し、祖先と家族・親と子を結ぶ連帯意識や地域の一体感、延いては日本人の倫理道徳観にまで悪影響を及ぼすのは必至。

 現代社会で家族とその絆を支えているのが「戸籍」である。

 戸籍は、国民の出生・結婚・死亡などの身分の変動を「夫婦と未婚の子」を単位として登録するシステムであり、戸籍制度は結婚や相続など家族生活を営む上で極めて重要な役割を担うと同時に、実は家族の一体感を維持する機能も有している。

 普通で考えれば、「別姓するくらいなら結婚などしなきゃいい」と思うが、あくまでもその目的が「戸籍法の改正」に在るのだとすれば合点が行くというものだろう。

 推進派は、現在の戸籍制度が家族単位である点を、戦前の「家父長制度」の残滓と捉え、戸籍を個人単位の「個籍」や、欧米諸国を模した「個人登録制」に改めることを求めている。

 だが、別姓導入によって家族の絆が弱まるだけではなく、別姓導入は初めから「家族制度の解体」を意図した策動と断じて好かろう。

 つまり、夫婦別姓は、それ自体が目的ではなく、我が国の誇る戸籍制度そのものの崩壊を目的とするものだと言っても過言ではない。

 現在は「民法」と「戸籍法」によって婚姻時の氏(姓)の決め方が定められている。

 民法第750条には「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と明記されている。つまり夫となる人、または妻となる人の何れか一方の「氏」を夫婦の氏とするということだ。

 この規定を大半の人は「片方が氏を変える」と理解しているが、「氏は自分個人の名前の一部」という誤解が混乱を招いているのも確かだろう。

 我が国の「氏」というものは、個人を表す名称ではなく、明治維新以前には武士や大店の商人以外は氏などない。明治維新で、戸籍を整える為に全ての国民に「氏」を与えただけに過ぎない。

 戸籍を見れば分かるが、戸籍の筆頭者のみが氏と名で書かれており、その他の家族は続柄と名しか書かれていない。

 つまり、「氏」は家族を表す名称なのだ。

 日本人の日本人らしさの根幹をなすのが「戸籍制度」であり、個人だけでなく、親兄弟や子といった、歴史の縦軸の中に生きるという制度だ。正に我が国の「戸籍制度」は世界に誇る制度であると言えよう。
 
 「世界ではこうだ」とか「何処何処の国では・・・」という尤もらしい意見を散見するが、他所の国なんぞどうでもいいではないか。

 我が国は異文化を吸収し、より善いものを生み出す国民性であり、天皇を族長と仰ぐ家族国家という国體は万邦無比であり、我が国の優れた「家族制度」と「戸籍制度」こそ世界に普及させるべきであろう。

 最高裁は恐らく違憲判断を示すだろうが、ならば、左翼の策動に乗じて現憲法の見直しを計るべし!

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2015年11月03日

11月3日は、教育・文化を重んじた明治天皇を偲び、我が国の伝統・文化を奨める日である

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 本日11月3日は「文化の日」。「自由と平和を愛し、文化をすすめる」ことを趣旨として制定された記念日である。皇居では文化勲章が下賜され、文化に功労が著しい方々が叙勲される。

 だが、「文化の日」のその実は、昭和21(1946)年に日本国憲法が公布された日であり、第二の「憲法記念日」と言うのが正しい。

 現在の日本国憲法は、表面上は新憲法(日本国憲法)の制定とはなってはいるが、建前上は大日本帝国憲法(欽定憲法)の改正で創られたものだ。

 大日本帝国憲法第七十三条の、「将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スル必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス」により、日本人自身が制定したこととなっている。

 畏くも昭和21年11月3日の帝国議会に於いて昭和天皇は次の様に下賜された。 

「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。御名御璽」

 これが示す通りであるが、当時、我が国は連合国の占領下に在り、当時の政府にしてみれば不本意ではあるが、米国の様々な条件を呑まざるを得なかったというのが真相であり、現憲法が米国からの押し付け憲法と言うのはこういうことだ。

 昨日、NHKの番組を何気に観てたら、明日3日は日本国憲法が発布された記念日であり、現憲法と昭和天皇が全国御巡幸が平和の礎を築いたかの様な作為的内容のものが流されていた。

 11月3日は、明治時代の天長節であり、戦前には国民挙って奉祝した記念日である。明治時代の「天長節」であり、敢えてこの日に現憲法を公布させたということに米国の如何わしい意図が窺える。

 占領統治時代にはこうしたことが度々実行されている。例えば、昭和21年に開廷された「東京裁判」でも、所謂「A級戦犯」28名が起訴されたのは、同年4月29日の「天長節(昭和天皇の誕生日)」だった。

 そして、当時の皇太子殿下の誕生日である12月23日を選んで東条英機閣下以下7名の絞首刑が執行された。

 現憲法の発布を、明治天皇の誕生日という記念日を選んだという事実は、日本人に対し、贖罪意識を植え付ける為のものであることは言うを俟たない。

 こうした事実を知るだけでも、米英を始めとした連合国が如何に非情で無慈悲な、日本人矯正を実行したかが理解出来よう。

 教育勅語を下賜され、教育・文化を重んじた明治天皇を偲び、我が国の文化を奨めるの「文化の日」ならいざ知らず、「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」とは詭弁以外の何ものでもない。

 憲法前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し・・・」という記述があるが、「平和を愛する」という感情と、現実的に平和を守るというのは違う次元だ。今こそ戦後のあらゆる不条理を検証せねばならない。

 また、保守派や愛国団体の中には本日を「明治節」として、明治神宮を参拝し、明治天皇の御遺徳を啓蒙するという行動も見受けられる。

「明治節復活」は異論はないが、果して明治神宮がそれに相応しいかといえばまたそれも疑問。明治神宮は周知の通り、国民の総意により、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲び創建された神社である。しかし、平成16年に明治神宮は突如として神社本庁から離脱し一宗教法人となった。

 明治神宮側は神社庁からの離脱の理由として、平成16年4月、陛下の御親拝なされる際の関係者への案内状に「陛下」を「殿下」と誤記してしまった責任を取って離脱したとしている。だが、それは詭弁であり、見苦しい言い訳に過ぎず、神社庁での主導権争いや確執の末の離脱というのが真相である。

 これ即ち、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲ぶという本分を忘れ、神社を私物化し、営利至上主義に奔っている証左であり、こうした現状は正に憂慮すべき事態である。保守派並びに愛国団体は明治神宮のこうした姿勢も糺すべきであろう。

 いやさか、いやさか、いやさか~!

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2015年11月02日

大君に 仕えまつれる若人は 今も昔も心かわらじ(山口二矢)

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 今日11月2日は、昭和35年、日比谷公会堂に於いて日本社会党委員長・浅沼稲次郎を刺殺した山口ニ矢の命日。

 二矢は、昭和十八年二月二十二日東京生まれ。二男で、二月二十二日生まれと「二」の字が続いたことから、父は「二矢(おとや)」と命名したという。

 崇拝している人物はアドルフ・ヒットラー、児島高徳、西郷隆盛、山鹿素行、吉田松陰。

 昭和34年、16歳で大日本愛国党に入党するも、翌年五月に同党の吉村法俊、中堂利夫(後に防共挺身隊に身を寄せるも脱退し、両名共に人気作家となった)と共に愛国党を脱党し、「反共アジア連盟」を結成。

 同年10月12日、ニ矢は単身、日比谷公会堂へ赴き、演説中の浅沼稲次郎を刺殺し、現行犯逮捕された。

 携行していた檄文には、こう認めてあった。

 「汝、浅沼稲次郎は日本赤化を謀っている。自分は、汝個人に恨みはないが、社会党の指導的立場にいる者としての責任と、訪中に際しての暴言と、国会乱入の直接の煽動者としての責任からして、汝を許しておくことは出来ない。此処に於て我、汝に対し天誅を下す。 皇紀二千六百二十年十月十二日  山口二矢」

 逮捕されたニ矢は供述調書にも素直に応じる。

 供述の一部抜粋する。

 「小学校四年生の頃、共産党があちらこちらで騒ぎ、警察が馬鹿にされているのを知り、『共産党は怪しからん』と思うようになり、街で赤旗を見ると唾を吐きかけてやりたいような気持ちにかられた」

 10歳にしてこうした心境に達していたとは驚く。

 高校生になったニ矢の思想は達観に至る。

 「共産主義はマルクスの唯物論的弁証法を指導原理とし、資本主義は共産主義と同じ様に唯物論から出発した個人主義である。唯物論は物質中心の精神主義を軽視したものだ」と共産主義と資本主義の欠陥を指摘し、「日本は古来の伝統を生かして精神を基礎として物質面も豊かになる唯物論優先の二元論で行かなければならない。その為には共産主義、資本主義は共に倒さなければならない」

 人生観についてはこう述べている。

 「私には日本人の血が流れており唯物論ではとうてい割り切れない。持って生まれた日本精神という唯心論的なものがたぎっており、天性からこういう人生観、思想などが形成されたと思っています。尚、本当の日本人であれば、私の様な人生観、思想というものが心の奥底には必ず在ると思います」

 二矢は、最後に今の心境を聞かれこう吐露する。

 「浅沼委員長を倒すことは日本の為と堅く信じ殺害したのですから、行為については、法に触れることではありますが、今何も悔いる処はありません。しかし、浅沼委員長は最早故人となった人ですから、生前の罪悪を追及する考えは毛頭なく唯故人の冥福を祈る気持ちであります。又浅沼委員長の家族に対しては、如何なる父、夫であっても情愛に変わりなく、殺害されたことによって悲しい想いで生活をし、迷惑を掛けたことは事実ですので、心から家族の方に申し訳ないと思っています」

 供述調書を取り終えた11月2日未明、ニ矢は、東京少年鑑別所の個室で、支給された歯磨き粉で壁に「七生報国 天皇陛下万才」と記し、従容として死に就いた。

 やはり2という日に縁を感じていたのだろう、11月2日を敢えて選んで死出の旅へと向かった。

 辞世は次の通り。

 国の為 神州男子 晴れやかに ほほえみ行かん 死出の旅路

 大君に 仕えまつれる 若人は 今も昔も 心変わらじ

 千早ぶる 神の御世代 とこしえに 仕えまつらん 大和男子は

 国の為 たふれし人ぞ あるこそを 今の若人 育ち来らん

 しきしまの 大和男子と 生まれなば 進まん道ぞ 一ツなりける

 昭和35年といえば愚生が生まれた年だ。今は亡き父からも山口烈士のことは幾度となく耳にしたことが在る。

 「右翼は命懸けでやらなきゃダメだ」。

 その言葉は未だに耳にこびり付いているが、命懸けどころか、愚生に足らないものは強烈な努力である。 合掌再拝

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cordial8317 at 05:50|PermalinkComments(0)