2015年08月

2015年08月31日

左翼やマスコミというのは息を吐く様にウソを吐く(笑)

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 昨日、国会周辺では岡田や小沢ら野党のアホ党首らも参加して、安保法案への反対を訴えるデモが行われた。

 主催者発表では12万人が参加したらしい。

 参加者数を偽ることは左翼の常套手段で、嘘を発表することに何ら違和感を覚えていない。それどころか高が知れてる人数が集まって悦に入ってるのだから厭きれる

 左翼主催者や左翼マスコミは、「数字は関係ない、抗議集会に多くの人が集まった事実が大事」だと詭弁を弄すが、参加者を偽ることは国民を欺くこと。

 所詮「南京大虐殺30万人」などと共通する誇大広告でしかないし、そうしたインチキで「安部政権打倒」とか「革命」だとか本気で思っているのだろうか。

 過去にも、社会科教科書の沖縄集団自決に関する記述が違うと抗議集会が開かれ、主催者側は「参加者11万人」と発表した。

 それをマスコミが大々的に伝えると、それを鵜呑みにした政府は、右往左往した挙句、教科書の見直しを検討したことがあった。

 この数字に疑問を持った大手警備会社のテイケイ(株)が航空写真を分析し、参加者の実数が「1万8179人」だったとマスコミなどに発表すると騒ぎも沈静化された。

 その後、普天間問題に端を発した「反米集会」が開かれ、主催者側は「参加者9万人」と発表するも、またもやテイケイに実数を調べられ、参加者の実数が1万1569人だったことが判明した。

 福島原発事故を利用した脱原発デモでは、ナント17万人が参加したと発表するも、警察発表では7万5000人。実際にはもっと少ないだろう。

 安倍は平和主義の下、改憲もせずに、憲法9条の足りない部分を補おうと法整備を進めてるのであって、「9条の会」や護憲派は、そんな安倍に感謝こそすれ批判する謂れはないのではあるまいか(笑)

 ツイッターを見てたら、このデモに参加しようと「日の丸を以て参加してもいいですか」と聞いてみたらソッコーでブロックされたという(笑)

 まぁ冷やかしというのが分かったからブロックされたのだろうが、デモ参加者の中には中共が攻めて来ようというのなら、相手と一杯呑みながら議論して止めさせるという。

 飲みながら相手を翻意させる知識も器量も無かろうに、なんちゃってハンガーストライキを断行中の学生にしろ、自称・平和主義者にはホント呆れ甚し。

 なんなら、その前に愚生と一献交そうか(笑)

 酒飲みの作法も弁えず、余りの酔っ払いのだらしなさに愚生にシメられ、それでも抵抗もせずに愚生を論破出来たならば喜んで従僕してやろう(笑)

 マスコミは相変わらず安倍政権や安保関連法案の反対勢力のデモばかりで、法案賛成派によるデモは全く報道されることはない。

 尤も、所詮マスコミというのは「株式会社」であって営利主義。

 それはつまり、マスコミと雖も営業左翼や営業保守というのが正しく、読者や視聴者に媚びを売る報道をするは当たり前のことで、マスコミに公正や正義を求めるのは間違いだろう。

 保守派や自称・愛国者は頻りに朝日新聞や報道ステーションを視聴しては批判の声を上げているが、要は見なきゃいいだけのこと。

 簡単なことなのだがこれが難しいらしい(笑)

 まぁ、愚生にしてみりゃそんなんはどうだっていいこと。それより、今日、約30年ぶりで会う友人の事が気がかりだ。

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2015年08月29日

「徒然なるまゝに、その日ぐらし」シリーズ

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 ブログやfacebookなどのSNSをやってるとコメントやメッセージが寄せられる。多くは賛同のものが多いが、中には誹謗や嫌味なものも少なくない。

 昨日、こんなのが拍手コメントに書き込まれてた。

 「毎日高価なグルメお食事ができてセレブお金持ちなんですね。働かなくてもお金持ちなんてすごーい。お金が出てくる魔法の壺でもお持ちかしら?」

 文面から女性だろうか。愚生は憲法で義務付けられてる勤労を怠ってはいるが、右翼人として真っ当に生きており、支援者に支えて頂いてるのは言わずもがな。

 インチキ宗教家でも、その辺の無職の祈祷師風情でも生きているのは信者がいての事であり、愚生が生きてるのも別に魔法の壺でもなく、奇特者の援助と、多くの相談事の結果としての報酬が支えになっている。

 食べ歩きのブログ「爆ちゃんのふくしまグルメ放浪記」にしても、高価なグルメだと思う方がどうにかしている訳で、今迄の「食べログ」の記事を参考に、原発事故以来も県内に留まり頑張ってる飲食店を紹介しているだけのこと。

 メールアドレスも明記してるのだから、直接疑問や苦言を呈せば好い。

 こうした嫌味なコメントとは別に、約30年ぶりに連絡を頂いた方がいる。懐かしくもあり、恥ずかしくもあり、申し訳ない気持ちもあるというのが正直なところ。

 いつの日か邂逅し、一献出来たら最高だろう。

 閑話休題。大多数の国民は、偏向したマスコミの提供する偏った報道に毎日接することで、それが間違ったものとは認識せずに行動する。

 左翼やマスコミが頻りに安保関連法案を「戦争法案」だと叫ぶ。

 それを聞いた若者らはそれらを疑いもせずに同調し、幼稚な正義感から行動を起こすことこそ正しい行動であると錯覚する。

 要は左翼の煽動やアジテーターに騙されているのだが、そうしたことにも気が付かない洗脳状態にあり、一種の被害者でもある。

 多くの人は「声の大きいもの」や「頻繁に接するもの」は正しいものと判断し、魅力のあるものとして誘導される。

 例えば、テレビショッピングは一種の洗脳だが、販売者に都合の良いものを繰り返し見せて、そして有名人に感想を聞く。

 その結果、大して欲しくないものをついつい勢いで買ってしまうのが大衆だし、マスコミにとっては報道するものが見せたいものであり、誘導したいものなのだ。

 つまり、報道しないものが見せたくないものであり、そこにこそ真実が隠されているのだが、マスコミを鵜呑みにする大衆は気付くことはない。

 左右両陣営、特に保守派は、何故か敵対する朝日新聞や報道ステーション、NHKや毎日新聞を見ては批判の声を上げる。

 観なきゃいいし、読まなきゃいいと思うのだがそうは行かないらしい(笑)

 所詮、マスコミと雖も「株式会社」なのであって、それは営業左翼や営業保守というのが正しく、部数や視聴率を上げる為に読者や視聴者に媚びを売る報道をするは当たり前のことで、マスコミに公正や正義を求めるのは間違いだ。

 批判する為に視聴し、購買するのも営業左翼に与していると言われても仕方ない(笑)

 「バンドワゴン効果」という言葉がある。

 ある選択が多数に受け入れられている、流行しているという情報が流れることで、その選択への支持が一層強くなることを指す。

 「バンドワゴン」とは行列の先頭の楽隊車のことであり、その真意は時流に乗るとか、多勢に与するという意味である。

 どっかの大学生らが国会前で騒いでる若者らに同調し、時流に乗ってハンガーストライキを決行しているという。

 命がけでの行動を批判するつもりは毛頭ないが、聞けばその抗議行動は「半日」限定で、水は飲めるし、何やらパンも食べられるらしい。

 これってハンガーストライキではないだろう(苦笑)

 「パンが~すとらいき」の「半日(反日)」活動というのが正しく、学生ならば、そんなくだらない行動より、歴史や政治学を学んで自身の公正な目を涵養すべきだ。

 そういう愚生も学生時代、右翼こそ正義と信じ、右翼にその曙光を見出し、青春時代と人生の多くを右翼活動に傾注した。

 というとチョッとカッコ付け過ぎだが、実際には若い頃は女に惚け、酒に溺れて多くの過失を生んだというのが正直なところか(笑)

 人生なんって、そんなもの。高が知れてることでも、間違いかも知れなくても、思い立ったことを懸命にやってみることも大事なことだ。

 「くだらないと思われる事でも、全力を傾注して、最良の効果を収めるように努力する精神が偉いのである」(国士舘創設者・柴田徳次郎)

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2015年08月27日

韓国も北朝鮮も中華人民共和国に併呑されてしまえ!

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 朴槿恵は、9月3日に北京で行われる「抗日戦争と世界ファシズム戦争勝利七十周年」の記念行事に出席し軍事パレードも参観する。

 大日本帝国政府が、ポツダム宣言による降伏文書に調印した日は1945(昭和20年9月2日)。連合国はその翌日3日を対日戦勝記念日としている。

 だが、我が国は、蒋介石総統の「中華民国」とは干戈を交えたが、毛沢東の中国共産党とは戦ってはいない。

 「国共(国民党と中国共産党)戦争」で勝利した中国共産党が「中華人民共和国」として独立を果したのは、戦後4年経った1949年10月1日のこと。

 戦後4年も経って建国した国とどうやって戦ったというのか。

 大体、サンフランシスコ講和条約での調印も出来なかった、中国共産党が、然も戦後に建国した中華人民共和国が、戦勝国の国連常任理事国になってること自体が摩訶不思議なことなのだ。

 中共にしろ、中立条約を蹂躙して参戦したロシアにしろ、韓国にしろ、「抗日戦勝記念日」とは歴史の捏造以外の何ものでもないだろう。

 朴槿恵大統領は、「中国との友好協力を考慮し、朝鮮半島の平和と統一に中国が寄与することを望む」という。

 元々朝鮮半島というのは支那の支配下に在り、李氏朝鮮の創設者・李成桂は明の武将でもあり、この期に及んで中共に靡いたところで、元々支那の属国であり、別段驚くことでも不思議でもない。

 朝鮮統一と言わず、韓国、北朝鮮が中共に併呑され反日国家三国が統一されれば、外国交渉も一国で済み、安全保障も分かり易く、我が国にとっては願ったり叶ったりだ。

 韓国を死守したいのは、沖縄を地政学的に必要とする米国の政治戦略に過ぎず、我が国はあらゆる想定を視野に入れておくべきだろう。

 朴槿恵ら朝鮮人に限らず、日本人にも支那への憧れやコンプレックスから、我が国と支那との関係を「同文同種」とか「一衣帯水」という認識を持ち、「四書五経」のイメージで支那への憧れを膨らませてる輩は多い。

 支那人を「古くからの隣人」などと心得違いをしている人もいるが、この誤解と支那大陸に抱く憧れや幻想が日中間の問題を分かり難くしているのだ。

 日中間に国交関係が樹立されたのは20世紀に入ってからであり、その交流は未だ100年程しか経っていない。

 「日中は同文同種、一衣帯水の関係」というのは全く誤った認識であり、これつまり中共の策謀に嵌っている証左でもある。

 聖徳太子が607年、隋との対等外交に踏み切り、645年「大化の改新」を実現するも、663年の白村江(はくすきのえ)での敗戦を機に中華圏との正式な外交を絶った。

 その後、菅原道真の献策によって遣唐使が廃止されるまで約250年間派遣された。

 確かに唐の文化が、奈良時代の平城京を中心とした天平文化に影響を与えた例もあるが、国書を携えて派遣したのは「倭国」としてであり、「日本」と名乗ってからは、一度足りとも正式な国書を携えた外交はない。

 明治4(1871年)年「日清修好条規」を結んだ相手は満州人の清朝であり、「清」は支那を支配していたが漢民族の国ではなかった為に、支那との正式な外交は明治45年(1915年)の「中華民国」誕生まで待たなければならなかった。

 その中華民国とは戦争の悲劇はあったが、戦後、主権を回復した昭和27(1952)年4月27日に平和条約を締結し和解するも、日中国交条約締結によって、日華国交条約が蹂躙されるに至っている。

 我が国は、「日清修好条規」を結ぶ迄の約1200年間に亙り、日本列島の中で独自の日本文化を熟成させたのである。

 大陸からの漢字に音と訓をつけ、ひらがな(のちにカタカナ)を付け加え、大和言葉を表現し、支那とは全く別の文字体系と文化を創造した。

 一方の支那はというと、戦乱に次ぐ戦乱、易姓革命の連続で文字文化の発達は全く止まった儘だった。

 日本人は異文化を吸収し、より善いものを生み出す国民性であり、親中派が頻りに発する「日中は同文同種、一衣帯水である」という認識は全くの誤りである。

 我が国は世界の中で最も優れた精神文化と独自の価値を有する国家であり、民族、宗教、言語、歴史、価値観、習慣、制度は日本独自のものなのだ。

 朴槿恵は、抗日記念行事出席の理由を「朝鮮半島植民地時代の独立運動を中国が称えていることを勘案した」という。

 だが、独立運動があったから現在の韓国が存在してるのではない。

 多くは我が国による支援の賜物であり、そうしたことを感謝せず、独立運動を称えてる中共へ媚び諂うとは流石は小中華、呆れるしかない。

 抗日運動を勝ち取ったという「大韓民国臨時政府」は国際的にも認められておらず、サンフランシスコ講和条約への署名も認められなかったではないか。

 中国共産党も毛沢東も講和条約への署名はない。署名をしたのは中華民国の蒋介石であり、こんな嘘八百の茶番をいつまで続けるつもりなのか。

 朴槿恵にしてみりゃ、支那共産党やロシアと同じく、「抗日戦争勝利」という言葉が何とも言えない響きに聞こえるのだろうが、いい加減、己らの混迷極まる歴史の真実を真正面から見つめ直したら如何か。

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2015年08月26日

除染なんぞ止めてしまえ!除染作業は百害あって一利なし!

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 昨日の地元紙には、大阪府寝屋川市の事件と共に「県内の除染作業員131人摘発」の記事が載っていた。

 福島県内は震災と原発事故以来、除染作業員による犯罪が急増している。ゼネコンが受注する除染は福島県民は仕事に従事出来ないという意味不明な申し合わせがある為に、作業員の約6割は県外からの労働者だ。

 こんなことは言いたくはないが、地元で正職に就いていれば、態態福島県まで来て除染作業員になんぞにならないだろう。

 寝屋川市の事件で逮捕された山田浩二も、県内で除染作業に従事し、宿舎はナント愚生の故郷の二本松市だったというから驚くしかない。

 県内には県外ナンバーが目立つ。昨日も交差点でマナーの悪い汚い車がいてクラクションを鳴らすかと思ったら、前の女性が注意。すると運転手は睨み付け文句を言いながら去ってった。

 どう見ても除染作業員で、近所ですれ違う作業員を見渡しても、余りいい印象はない。

 原発事故以来、福島県内で逮捕・摘発された除染作業員は殖える一方で今年一月から七月までに摘発された作業員は実に131人に及ぶ。

 因みに、昨年は195人、一昨年は151人。これは見つかっただけの犯罪者であって、これ以外にも摘発されない犯罪者がいるのは当然の話し。

 窃盗が最も多く、傷害、覚醒剤取締法と続く。窃盗犯に至っては、除染しながら、盗みに入れそうな家を物色しているというから呆れるしかない。

 原発関連作業員による事件の中でも最悪な事件だったのが「いわき市永崎海岸強盗強姦事件」だろう。

 いわき市に遊びに来た県中地区のカップルを襲い、男性ナイフで脅し暴行し現金を奪い、4人で執拗に女性を強姦した鬼畜の如き犯罪だった。

 犯行に及んだ2人が未成年ということで報道も遠慮がちだったが、こいつらもゼネコンの下請けの神奈川県の建設業者から送られて来た不良。

 一人はフィリピン人のハーフの少年で、過日、川崎市で起きたフィリピン人のハーフの少年によるリンチ殺人事件と、このハーフの少年は何らかの係わりもあったのではなかろうかと推測する。

 元請けのゼネコンを始め、この神奈川県の建設業者の名前を公表し、責任を負わせるべきだと思うが、未だ何ら指導も成されていない。

 「反原発」や「脱原発」を訴えるのも結構だが、原発事故での放射線被害は皆無で、被害を被ってるのはこうした犯罪に因るもの。

 「放射線被害はない」などというと、この言葉に反原発派が喰らい付く。

 「では、避難させられた浪江を含む住民は、放射線による被害者ではないのか!」

 被災者にも自称・被災者の自主避難者にも家賃や生活が保障され、賠償金も貰える。被災者は「帰りたくても帰れない」と口にする。

 解決はカネでしか図れないが、「カネじゃない」というのはキレイゴトに過ぎず、実際には東電様様。

 原発事故で直接亡くなった方はいないが、菅直人が行った無意味な20キロ避難区域指定によって、非難しなくてもいい重病者が避難させられ亡くなったことは知ってか知らずか沈黙を続け、東電批判とトンチンカンな安倍批判を繰り返す。

 因みに、川内村の住民は郡山市に避難しているが、線量は郡山市の方が高い(笑)

 反原発派による過剰な放射線へのヒステリーによって生み出された除染という無駄な作業によって、県民の安心安全が脅かされている現実を、彼らはどう思っているのだろう。

 除染というのは実に無駄。百害あって一利なし。

 マニュアルも何もない中で、民主党は国際基準を無視し毎時1μ㏜という根拠のない数字を設定し、除染が始められた。

 結果は、中間貯蔵施設も何もない中で除染のゴミだけが大量に発生し、また福島県は除染をしなければ住むことも出来ない危険な町として全国に発信させられてしまった。

 放射線への知識のない多くの国民は、放射線は恐ろしいものと認識し、恰も数値が0にならなければならないと勘違いしてる人も少なくない。

 塩分過多が身体に悪いことを知ってるが、塩分が0になれば生きていけないのと同じで、放射線が0になることは在り得ない。

 くだらない除染は今や東電から離れ、公共工事となった。

 除染作業員の犯罪が繰り返される中で、こんな不効率な作業をいつまでも続けるより、安心を与える意味でも放射線への理解を啓蒙して行くべきだろう。

 因みに、既に4兆円以上ばら撒かれた除染費用は、国民の電気料から捻出されてるのであって、別に福島県民だけの問題ではありませんよ(苦笑)

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2015年08月20日

「みなさん、これが最後です。さようなら、さようなら」

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 ポツダム宣言の受諾後もソ連の北方領土の強奪、残虐非道、鬼畜の行為は終戦後も収まる事はなく、外務省の外交文書には、昭和20年8月9日以降のソ連(ロシア)の蛮行が生々しく書かれている。

 「ソ連兵は30年来の怨みを晴らすはこの時なりとし、邦人の所持品は一物をも残さず略奪し、婦女子に対しては時所を弁えず暴行を加えるの暴挙に出て・・・」

 「捉えられた婦女子は監禁され、ソ連兵に凌辱される」。そういう恐怖から、自裁する道を選択せざるを得なかった女性も少なくない。

 樺太では昭和20年8月20日、樺太真岡郵便局の女子郵便局員の伊藤千枝(23歳)、可香谷シゲ(23歳)、沢田キミ(19歳)、志賀晴代(22歳)、高石みき(24歳)、高城淑子(19歳)、松橋みどり(17歳)、吉田八重子(21歳)、渡辺照(17歳)の9名が最後まで職務を全うし、最後は従容として青酸カリを服用し壮絶な最後を遂げた。

 彼女達の悲劇を伝えた映画「氷雪の門」という映画がある。

 (あらすじ)昭和20年夏、樺太の西海岸に位置する真岡町でも日ソ中立条約を一方的に破棄して参戦したソ連軍の侵攻に脅かされようとしていた。

 ソ連軍侵攻からの避難民は群をなして真岡町に向った。

 8月15日には玉音放送によって終戦が告げられ、樺太全土に婦女子の強制疎開命令が出されるも、20日のソ連軍の上陸で間に合わなかった。

 志願して職場に留まり、追い詰められた女性交換手達は、通信で寄せられるあちこちで次々と殺害される市民の状況から、自らも青酸カリによる自決を選ぶしかなかった。

 9人の乙女の像に刻まれている「みなさん、これが最後です。さようなら、さようなら」が通信最後の言葉だった。(あらすじ終わり)

 今ではレンタルビデオでも気軽に見れる様になったが、この映画の上映が決定された昭和49年には、ソ連の御先棒を担ぐ日本社会党(現・社民党)や日本共産党らは猛反対し、終には上映されることはなかった。

 「平和」が好きな共産党や社民党とは所詮はこの程度の政党なのだ。

 その後、公に公開されることは無くなったが、統一教会系の勝共連合がこの映画の放映権を取得し、徐々に国民に知られる様になった。

 大学時代の昭和56年頃、勝共連合幹部と知り合いだった愚生は、同級生で横浜の右翼団体隊長の伊藤満を同道し、赤坂の勝共連合の本部事務所を訪問し、この映画を視聴したことがあった。

 放映後、互いの目が充血していたのを懐かしく思い出す。合掌。

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2015年08月18日

北海道へのソ連軍進駐を阻んだ「占守島の戦い」は大きな意味があったのだ

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 ポツダム宣言を受託した3日後の昭和20年8月18日早暁午前1時頃、千島列島最東端の占守島にソ連軍が奇襲上陸する。

 無条件降伏により武装解除準備を始めていた守備隊は、この奇襲を受けると武装を整え直し、ソ連に対して自衛戦闘を開始した。

 占守島は千島列島最東端に位置する為に、陸軍第5方面軍が対アメリカ戦を予想して占守島・幌筵島の要塞化を進めていた。

 昭和20年になると本土決戦や北海道本島防衛で兵力が削がれたが、終戦時点でも陸軍最強部隊と称された第91師団(2個旅団基幹)などを擁していた。

 戦闘は日本軍の死傷者約600名、ソ連軍の死傷者約3000名に及び、日本軍の圧倒的勝利の中で、3日後の21日に武装解除に応じ戦闘が終結した。

 日本軍が武装解除を終えたのは、その3日後の24日だった。

 この「占守島の戦い」により、ソ連軍の千島列島の占領は遅滞し、北海道への上陸が困難となった。

 占守島での戦いの間に米軍の北海道進駐が完了。米軍進駐によって、ドイツや朝鮮半島の様な北海道の分割統治は避けられた。

 そういう意味でも、ソ連軍の北海道進駐を阻んだ「占守島の戦い」とは大きな意義があった戦いだったのだ。

 この戦いの後、占守島で自衛戦闘を戦った日本軍の兵士のみならず、中千島や南千島に駐留していた兵士全てがシベリアに強制連行されることとなった。

 理不尽な終戦後の戦争を勇敢に戦った兵士達は、こうした仕打ちさえも無条件降伏のうちだと信じて、飢えも寒さも、その結果としての知れ切った死すらも潔く受容した。

 ソ連はその他の地域からも軍人、軍属、一般人80万人以上をシベリアへ強制連行し不当に抑留。実にこの半数以上の同胞が酷寒の地で凍死、餓死で亡くなられている。

 シベリヤに抑留され、極寒の地で亡くなられた方も数え切れず、抑留された日本人同胞は、国内では一般には約60万人と言われている。

 だが、この数字は軍属だけの数字で、民間人を含めると更に多く、ロシアの資料では約70万人、米国の資料では約90万人とされている。

 果たしてシベリア抑留で亡くなられた日本人同胞はどれ程に上るのか、平和を考える上でも正式な被害者数を調査公表しなくてはならない。

 東京大空襲や広島・長崎への原爆投下を実行したアメリカもそうだが、非戦闘員の殺戮も、シベリアへの強制連行も全て国際法違反であり、戦勝国と雖もこうした人道に悖る行為を正当化する権利が在るとは思えない。

 米国や旧ソ連こそ「平和に対する罪」や「人道に対する罪」で断罪されるべきで、我が国だけが裁かれる理由は無い。

 況してや終戦間際に日ソ不可侵条約を蹂躙し、一方的に宣戦布告し戦闘に加わったソ連の蛮行は断じて赦されるものではない。

 このソ連の参戦は、「ヤルタ秘密協定」での米英との約束の実行だが、「ヤルタ協定」こそが国際法的にも意味を成さないものだ。

 1945年(昭和20年)2月、ルーズベルト、スターリン、チャーチルはクリミア諸島のヤルタで会談を行った。

 ルーズベルトは千島列島をソ連に引き渡すことを条件に、日ソ中立条約の一方的破棄を進言、ソ連の対日参戦を促した。

 ヤルタ協定では、「ソ連が日本との戦争に参戦すること」、「南樺太をソ連に返還すること」、「千島列島をソ連に引き渡すこと」などが決められた。

 これに従ってドイツが無条件降伏した約3ヵ月後の昭和20年8月9日、ソ連は「日ソ不可侵条約」を一方的に破棄し参戦したのだった。

 歴史を紐解く上でも、或いはソ連の北方領土への侵略と不当性を知る上でも、ソ連参戦を要求した米英主導のヤルタ秘密協定の内容を暴かなければならない。

 その不当性が明らかになれば、我が国の「悪玉論」も根底から覆ることとなろう。

 だが、所詮はこうした闇が暴かれることは無いし、秘密協定が行われたヤルタはロシアの軍事侵攻によって占領されたのは記憶に新しい。

 8月とは正に悲憤慟哭、民族痛恨の月でもある。 

 【八月なる嵐はやみて夏の夜の 空に望月のかがやきにけり(御製)】

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2015年08月16日

「終戦記念日」というより「平和祈念日」と言う方が好ましいのでは

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 騒がしい8月15日が終わった。

 愚生も「終戦記念日」を何の疑問も無く使っていたが、よくよく考えれば「終戦記念」とはチョッと変だ。これって、「(無謀な)戦争が終わってめでたい、めでたい」ってことなんじゃね~の?

 この日を「終戦記念日」と言い出したのはいつの頃からなのだろう。やっぱこれもGHQによる戦後民主主義の影響なのだろうか?

 8月15日は「終戦記念日」ではなく「戦没者を追悼し平和を祈念する日」であり、言い換えれば「平和祈念日」と言った方が好いのではなかろうか。

 全国戦没者追悼式で陛下は、「深い反省」の下、全国民と共に戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心からなる追悼の意を表した。

 8月15日という日は、「国民一人一人が夫夫の場所において戦没者を偲び、心から黙祷を捧げる」ことが大事で、何も靖國神社や護国神社に出向くことが大事なのではない。

 現在の平和や繁栄が戦没者の犠牲の上で成り立っているということは当然であるが、先の戦争で犠牲となられたのは、戦陣に散り靖國神社に祀られている英霊の方々だけではない。

 原爆投下や全国への空襲、暴行や陵虐などによって、戦禍に倒れた方々も多く、所謂「終戦記念日」に、保守派が靖國神社のみに拘れば拘るほど、それに違和感を持つ国民がいても不思議ではない。

 政治家にしろ、保守派や自称・愛国勢力にしろ、軍事オタクにしても、或いはキチガイ集団「反天連」にしても、8月15日の靖國を単に利用し弄んでいる様にも感じてしまう。

 超党派の議員連盟「みんなで靖國神社に参拝する国会議員の会」のメンバー67名が参拝した。国会議員衆参合わせ717名中、たった67名だから一割にも満たない。

 60人そこそこで何が「みんなで」だ。いい加減、「みんなで靖國神社へ参拝する国会議員の会」などという仰仰しい名前は変えた方が好い。

 高市早苗総務相、有村治子女性活躍担当相、山谷えり子国家公安委員長と、荻生田光一党総裁特別補佐官が安倍首相、否、安倍総裁の名代として玉串料を奉奠した。

 高市大臣は「外交問題になるべき事柄ではない」と語り、有村大臣も山谷大臣も、国難に殉じた英霊の御霊に対し「感謝の誠を捧げた」と至極当然の認識を示した。

 だが、悲しいかな、総理大臣や国務大臣が靖國神社への参拝することは、日本国憲法下では第20条違反に問われる行為でもあるのだ。

 20条第3項には、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」と明記されており、この条項に抵触していると断じられても致し方ない。

 自民党幹部は「総理や大臣と雖も個人の信条は優遇されるべき」との認識を示し、「個人の意思で参拝するのであれば、個人の判断だ」て述べている。

 だが、この「個人ならいい」という言い回しは、つまりは総理や大臣の参拝には問題があるということを自覚している裏返しでもある。

 また、最高裁が示した憲法の禁止する「宗教的活動」の定義は、当該行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進または圧迫等も含まれる。

 つまりは、「A級分祀論」や「国立追悼施設建立」などもまた靖國神社への圧迫干渉であり、信教の自由を保障しようとする政教分離規定の「憲法20条」違反でもあるのだ。

 大臣の靖國参拝訴訟が起こされ、それに対し違憲判決が下されたならば即刻、現憲法を改正すれば済むことなのだ。

 憲法改正が困難な中で、もっと容易に靖國参拝が可能になる方法がある。

 それは、靖國神社の国家護持を図る上で、「宗教法人格」を見直せばいいことで、先ずは靖國神社の宗教法人を外すことから進めることも一考だろう。

 そこで問題となるのは「靖國神社は宗教なのか」ということである。

 確かに靖國神社は現在「宗教法人」となっているが、これはGHQが国家と神道の分離を謀った所謂「神道指令」下、靖國神社の護持に苦慮した関係当局の緊急避難行為であり、実態は宗教ではない。

 宗教というのは、抑々「教祖」と「経典」と「布教活動」の三要素を必須不可欠とするが、靖國神社にはその一つも無い。唯、祀りの様式を日本古来の神道に則って行っているだけである。

 自民党は過去に、衆参両院議員選挙の際のその公約の一つとして「身を挺して国に殉じた英霊を祀る靖國神社の公式参拝と国家護持の実現を図る」ということを幾度となく掲げているが、保守政党として当然の主張であろう。

 だが、自民党が安定多数の議席を確保すれどもこの公約は実現せず、昭和49年の参議院での審議終了による廃案以来、この「靖國神社法案」は提出されることはなくなった。

 これ即ち、自民党のやる気の無さの現れでもある。

 靖國神社の国家護持、そして陛下の御親拝始め、閣僚、自衛隊等政府機関の公式参拝は、英霊は元より、遺族や大多数国民血涙の悲願である。

 靖國問題に対する民心の帰趨は明らかであり、自民党が保守政党であるならば、靖國に集い、靖國の下で、保守政党の気概を示す意味でも、「靖國神社法案」の成立を高々と掲げるべきである。

 8月15日の喧騒が続けば続くほど陛下の御親拝は遠退くばかりなり。

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2015年08月15日

8月15日は「終戦記念日」ではありません!

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 安倍総理の談話を読んでみた。間接的表現が多く、細かいことを指摘すれば限が無いが、村山や小泉談話よりは纏められてる内容で、中韓も一定の評価をしている処を見ても及第点を与えても好かろう。

 唯、いい加減、こうした談話は止めて貰いたいものだ。

 8月15日は「終戦記念日」とされているが、終戦の詔勅(玉音放送)が発布された日であって、正式には「戦没者を追悼し平和を祈念する日」。終戦記念日は、昭和27年4月28日というのが正しい。

 「追悼」とは、死者の生前を偲び、その死を悼み悲しむことであるが、靖國は追悼施設にはそぐわない。

 今日は、全国から自称・愛国者や営業保守らが靖國神社に参集し、英霊に哀悼の意を表するが、靖國は追悼や慰霊というより、英霊の顕彰を重んじている社であって、その死を悼み悲しむ場所とは違う。

 「顕彰」とは、隠れた功績、善行などを称えて広く世間に知らせることである。

 軍服マニアや政治団体が靖國に集い、靖國に眠る英霊にだけ追悼している光景は顕彰とは程遠く、贔屓の引き倒しと断じられても致し方ない。

 また、「反天連」などの蛆虫連中も靖國前で騒ぎ立てるが、左右入り乱れての喧騒は感心しない。

 遺族にとっての終戦記念日は喧騒の中で終るのが恒例となってしまっているが、遺族にとって願うことは陛下の御親拝以外にはない。

 唯々、陛下の御親拝遊ばされる環境が整うことを願うばかり。

 未だ東京裁判史観に冒され、反省の言葉ばかり口にする我が国は、「終戦」とは名ばかりの、未だ主権快復も出来ていない国家だと痛感する。

 抑抑、戦争犯罪とは、ハーグ陸戦法規やジュネーブ条約に規定される「捕虜に対する人道的取り扱い」や「無防備地域に対する攻撃の禁止」など、戦闘行為に於ける将兵の「国際法違反」を問うものである。

 当時の国際法では、戦争を遂行した国家の主導者が個人的に犯罪者として裁かれることは無かったし、今日でも、国際法の直接的指導・命令者で無い限り同様である。

 然るに、東京裁判では被告の方々は「平和に対する罪」「人道に対する罪」と称する事後法によって裁かれたのである。

 この様な事後法は、隣の韓国じゃあるまいし、近代法治主義が最も忌み嫌う行為であるし、「平和に対する罪」や「人道に対する罪」が正当ならば、米国の原爆投下やロシアの蛮行も断罪されて然り。

 東京裁判の目的は明らかに、勝者の敗者に対する見せしめであり、復讐であり、日本は「悪」であるという虚構の観念を、全ての日本人に植え付ける為のものだったのだ。

 米国人弁護人、ブレイクニーは、「広島・長崎への無差別殺戮兵器の原子爆弾の投下を命じた者に被告らを裁く資格は無い」と叫んだ。蓋し正論であろう。

 同じ米国人弁護人のローガンは、「欧米から経済的、軍事的に追い詰められた結果の日本の自衛戦争である」と指摘しているし、インドのパール判事は被告の「無罪」を主張している。

 必要なのは冷静且つ客観的に、そして科学的且つ公平に先の大戦の是非を明らかにすることが肝要であって、「靖國神社にはA級戦犯が祀られている」だとか、「戦争犯罪人を祀るべきではない」だとか、そうした詭弁を弄したところで意味はない。

 日本人自ら「A級戦犯」「B・C級戦犯」「戦争犯罪人」などと呼称しているのは実に情けないもので、精神的貧困さを示す典型的なものだろう。

 刑死・獄中死された方は「法務死」、靖国神社では「昭和殉難者」と称し、所謂B・C級戦犯は1068名が御祭神で、それ以外リンチに等しいもので亡くなった方が約100名が祀られている。

 東京裁判の茶番劇で、或いは外国の地で不当に処刑されたこの方々の命は軽いものではない。

 我が国の政治家共は口々に「反省」を述べ、「謝罪」を口にする。安倍もまた「お詫びは不変」だという。そんなに詫びたいなら、腹を切って詫びれば良いではないか。

 「戦犯」の汚名を着せ続けられているこの方々が、敢えて反論もせず諒として罪を償ってくれたのだ。

 こうした悲劇の現実を今を生きる我々は決して忘れてはならない。

 今日は高校野球でも正午の時報に合わせ黙祷が捧げられます。別に靖國に詣でることだけが立派な事ではありません。今立つ処で心静かに祈ることこそ大事だと思います。

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2015年08月14日

検察のメンツか、「袴田事件」即時抗告審、DNA鑑定検証へ

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 袴田巌死刑囚の第二次再審請求が認められ、釈放されたのは昨年3月の事。

 村山浩昭裁判長は、その再審決定の理由を「無罪である可能性が相当程度明らかになった現在、これ以上拘置を続けることは正義に反する」と述べた。

 だが、東京高裁は昨日、決定の根拠となった弁護側のDNA鑑定が再現可能かどうかを検証する実験をする方針を決定した。

 この検証結果如何では袴田さんの再収監の可能性も出て来たということだが、こうした不条理をいつまで続けるつもりなのか。

 検察もメンツを重んじるのはいいが、「科学的に信用出来ない」との主張は、多くの国民が検察に向けて感じている言葉であって、過去の違法捜査と、捏造を謙虚に認め、猛省するべきだろう。

 所謂「袴田事件」は、昭和41年6月30日未明、静岡県清水市(現静岡市)の味噌製造会社の専務宅から出火し全焼。焼け跡から一家4人の死体が発見され、その後、味噌工場の二階の寮に住み込みで働いていた袴田巌さんが逮捕された。

 証拠品は、微量の血痕が付着したパジャマのみ。物的証拠が乏しい中、長時間の過酷な取調べによって、終には袴田さんは自白してしまう。

 ところが、一審の公判中の昭和42年8月31日、工場内の味噌タンクの中から麻袋に入っていた血痕の付着した衣類が発見され、パジャマから一転しこの衣類が決定的な証拠となった。

 パジャマの血痕、味噌タンクに一年も入っていたとは思えない衣服、犯行時に使用したと言われる切り出しナイフなど、誰が見ても不可思議な物的証拠と不当な捜査だったが、昭和55年に上告が棄却され死刑が確定した。

 翌年、静岡地裁に再審を申し立てるも、平成6年棄却。そして昨年の第二次再審請求で再審が決定されたが、死刑判決から実に34年の年月を要した。

 何故にこれ程までの年月を要したのかは、単なる司法のメンツに過ぎない。

 正に過ちを文(かざ)り、屋上屋を重ねてきた結果である。

 冤罪を生む理由には、捜査のいい加減さや自白の強要、捏造、証拠品の不確かな鑑定など様々だ。

 今の時代は科学捜査が当たり前になっているが、一昔前には信じられない様な驚く鑑定が相次いだのも事実。

 昭和24年、弘前大学の松永藤雄教授宅で妻が何者かに咽を斬られ殺された事件が起きた。

 捜査によって近所に住む那須隆という男が逮捕され、彼の着衣から血痕が見つかり、それを証拠に犯人と断定された。

 彼は犯行を否認したまま起訴され、「反省も無い」との理由から情状は認められず15年の刑を丸々務めることになった。 

 だが、那須さんが釈放されて間もなく、「弘前大学教授夫人殺害は自分だ」と、滝谷福松という男が名乗り出る。

 彼の証言によれば、教授宅はミシン修理に行って面識もあり、犯行時の詳細を供述し、紛れもなく滝谷福松の犯行だったことが明らかになった。

 那須氏は早速仙台高裁に再審請求するが、何故か高裁は棄却した。

 その2年後、那須氏が再審請求すると今度はあっさり受理され、無罪判決が出た。

 鑑定の結果、当時証拠とされた着衣の血痕は別のものだったという。

 そんな証拠の信憑性の無さは誰もが判りきっていたにも拘らず、何故に2年前には再審請求が却下されたのか。

 何のことはない、捜査で血液鑑定を行った古畑種基東大教授が未だ生きていたという理由から、その古畑教授のメンツを守る為に却下されただけのこと。

 要は、事件の事実解明よりも、科学捜査研究所所長も務め、文化勲章を授与された古畑教授の名誉を守ることが優先されたのだった。

 2年の間に古畑が鬼籍に入り、やっと無罪判決を得るが、こんないい加減な鑑定や判決が当たり前の様に行われていたという事実に驚きは隠せない。

 「袴田事件」も同じ様なもので、事件を担当した紅林麻雄刑事は拷問による尋問、自白の強要、懐柔、供述調書の捏造、自己の先入観、固定観念による違法捜査、違法な取り調べの常習者だったことは夙に有名な話し。

 「二俣事件」「幸浦事件」「小島事件」など、紅林が過去に主導した数多くの捜査でも、その行き過ぎが指摘されている。

 その紅林も鬼籍に入ったが、再審決定の報を草葉の陰でどう感じたことだろう。

 冤罪を生む元凶は、捜査に携わる人間の驕りや傲慢さ、更には間違いを認めず屋上屋を架すからだが、こうしたことによって真犯人を取り逃がすことになる。

 冤罪で逮捕される方も気の毒だが、冤罪は被害者遺族にとってもその無念が晴れることは無く、断腸の思いだろう。

 「過ちて改めざるこれを過ちという」「過ちては即ち改むるに憚ること勿れ」という。

 喩え司法と雖も過ちは犯すもの。その過ちを素直に認め改めることこそ、正義を守る上では最も大事なことだと思う。

 袴田氏本人や実姉、そして多くの袴田冤罪事件に奔走している方々は、東京高裁の決定に落胆することなく、司法の正義を信じ頑張って頂きたいものだ。

 尚、袴田事件のことを知らない方や、もっと詳しく知りたい方は、映画「BOX(袴田事件・命とは)」を観ることをお勧めします。

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2015年08月13日

「鳩山はビョーキだから」と嗤ってばかりもいられない!

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 鳩山由紀夫がまたやらかしてくれた。自称・抗日独立運動家が投獄されていた西大門刑務所跡に在る165人の名前が彫られた追悼碑の前に跪き、安倍首相の戦後70談話に釘を刺した。

 日韓併合に関しての事なら本末転倒。ならば、日韓併合時に日本に協力した親日派への弾圧や、戦後、日本と共同歩調を執ろうとした呂運亮暗殺などに関してはどういう認識を有しているのか。

 まぁ、鳩山のこうした藪蛇外交は今に始まったことではないが、議員を辞めたにしても元日本国総理としての立場を利用されるということを本人は全く理解していない。

 以前にも鳩山は、南京屠殺記念館の前に建つへんてこりんな銅像に手を触れ、「可哀想なことをしてしまった」と語りかけて黙祷し、「大虐殺はなかったと言う方はここに来られてから話をされたらいい」と述べ、己の粗末な自虐史観を披歴して悦に入った。

 また鳩山は尖閣問題に触れ、「カイロ宣言には、盗んだものは返さなければならないとしており、中国側に尖閣は愚か沖縄も返すべきだ」との認識を示したのは記憶に新しい。

 のこのこと外国へ出掛け、阿る政治家は多いが、自国を泥棒呼ばわりした総理はこの鳩山位なもので、これを国賊と言わず何という。

 そんなに自国が悪いというなら元首相として切腹でもして詫びればいいだろうに、所詮はパフォーマンスだけでそんな覚悟は無い。

 安倍にしても戦後70年談話に「お詫び」や「侵略」という文言を入れるというが、言葉だけでの謝罪を繰り返すことに何の意味があるというのか。

 我が国は敗戦を受けて、言いたいことは山ほどあっただろうに、日本の国體が護れるのならばと己の悲運を甘受し、その抗し難い天命を潔しとし、1073名もの方々がその罪を償っているのだ。

 これ以上のお詫びが何処にあろうか。

 鳩山にしても、安倍にしても、我が国の政治家どもは、その罪を償ってくれた英霊を、余りにも軽んじ過ぎているのではないのか。

  我が国には「昭和殉難者」は居れど「戦犯」はいない。だが、未だ恥入ることなく、「戦犯」と呼称し続けていることがその証左であろう。

 鳩山に関しては、一水会の木村三浩とクリミヤ半島を訪問した件で、木村本人と直接話したことがある。

 「木村さん、猪瀬から500万円なら、鳩山から20億円ほど借りて下さいよ。今のままじゃ右翼の存在価値は無くなってしまいますから、そのカネで現状を打破しませんか。その使い道は自分に任せてください。先ずは呑んでからじっくり考えますから(笑)」

 「それは出来ませんよ~」とは木村の弁。

 鳩山家に生まれ、大学教授から国会議員となり、そして民主党代表となって総理大臣になれたのも所詮はカネの力であって、別に鳩山の能力が優れていた訳ではない。

 そんな鳩山を、カネ以外で何に利用出来るというのか。

 クリミヤ半島訪問への内容は、木村が右翼団体から街宣行動を受けて発表した一水会の公式会見でも確認出来るが、木村はこう宣った。

 「鳩山氏に関する過去の言動などに対する批判は確かに存在します。しかし、新右翼の立場として情報を提供することによって、発想や考え方が変化する可能性も大いにあります」

 だが、どうだろう、鳩山の発想や考え方は変化するどころか、その言行は確信的であり、益々酷くなってるではないか。

 これ即ち、売国的発言を繰り返そうが、行動しようが、右翼なんてのは何も出来ないという確信があってのことだと思う。

 その責任は木村にもあり、鳩山に代わって腹を切って詫びりゃいい。

 「統合失調症」並びに「広汎性発達障害」というか、人格障害、精神分裂著しい鳩山を「彼奴はビョーキだから」と嗤ってばかりもいられない。

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2015年08月12日

戦争犯罪人は大日本帝国憲法や統帥権や軍部でもなければ軍国主義でもない

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 毎年、8月になるとマスコミ各社は、安っぽい「平和主義」の主張キャンペーンを垂れ流す。如何にも先の大戦が愚かな戦争であり、当時の軍部と政府を批判して止まない。

 先の大戦を、現代の安っぽい価値観や倫理観で批判することに意味は無く、これもまた、米国が統治下に行った日本国民へ贖罪意識を植え付ける為の戦後民主教育の遺物であろう。

 所謂「A級戦犯」として処刑された方は、東条英機、土肥原賢二、板垣征四郎、木村兵太郎、松井石根、武藤章、広田弘毅の7名。

 所謂「B・C級戦犯」は1068が御祭神であり、それ以外リンチに等しいもので亡くなった方など約100名が靖國神社に祀られている。

 「愚かな戦争」と断じることは容易だが、あの東京裁判の茶番劇で、或いは外国の地で、言い訳もせず、その罪を償ってくれた方々の命は決して軽いものではない。

 我々は、「戦犯」との汚名を着せられながらも、その不当な判決をも諒として受け容れ、一身にその罪を償ってくれたという事実を忘れてしまっているのではなかろうか。

 大東亜戦争を「侵略戦争」であり、アジアの人々に多大の迷惑を掛けたと罵り、戦争の原因を天皇であるとか、軍部であるとか、A級戦犯であるなどと喧伝しているのは、無知に加え、大戦の原因や犯人を隠し続けたいからに他ならない。

 戦争犯罪人は大日本帝国憲法でもなく、統帥権でもなく、況して軍部でもなければ日本の軍国主義でもない。

 真の戦争犯罪人は近衛文麿と尾崎秀美らそのブレーン達、即ち日本国内で蠢いていた共産主義者らであり、マルクス・レーニン主義思想が昭和の悲劇を生んだということは今や歴史的事実である。

 多くの戦死者、戦災者を出し、日本の資産の大部分を失った大東亜戦争とは、ソ連コミンテルンと中国共産党、そして日本国内の共産主義者が仕組んだ共産革命の実現の為の争いであり、そのマルクス・レーニン主義者の策謀にまんまと嵌ってしまった戦争とも言えるのだ。

 今も正に、安保法案を「戦争法案」などと叫んで国民を誑かし、中共の御先棒を担いでいる連中こそが戦争を引き起こす要因となるということだ。

 大東亜戦争自体、決して恥ずべきものでもない。我が国はアジアの星だったのは紛れもない事実である。その視点に立った時、我々は何を成すべきか。

 もっと自国の歴史と行動に誇りを持ち、先人に感謝すると共に、アジアの平和に寄与する意味でも国防体制を整えることは我が国の義務でもある。

 未だ先の大戦を「侵略戦争」と宣い、「アジアの人々に多大の迷惑を掛けた」と罵り続けるが、日本はアジアを侵略したのではなく、アジアを侵略し続けていた米国を始めとした連合国と戦いに臨んだのだ。

 それでも我が国が、アジアの人々に謝罪をする必要があるというならそれは、その最大の過ちは戦後、共産主義の跳梁跋扈を許したことであり、償いはその共産主義を失くす以外にはない。

 歴史に「もし」ということはないが、日米が戦わず、蒋介石との和平が実現していれば満州国は保全され、中華民国は中国共産党を圧倒していただろう。

 そうすれば中国共産党の大躍進や文化大革命、天安門事件も起きなかったし、北朝鮮の独裁政治も拉致事件も起きなかっただろう。

 もう直ぐ8月15日を迎えるが、果たして歴代政府や政治家が公正且つ公平な目で大東亜戦争に至る歴史を検証したことがあるだろうか。

 安倍は「歴史は歴史家に任せる」という。そしてまた「その歴史家にも考え方は夫夫違う」ともいう。

 「歴史は歴史家に任せる」というが、歴史の問題は、一国の存亡に係わる大事であり、その歴史家が不適格であれば国家の存続も危ぶまれるということも知るべし。

 戦後、近代史、特に大東亜戦争に至る経緯と、その後の検証を怠ったのは、経済復興や景気対策といった目先のことばかりが優先され、中韓からの要らぬ抗議を避ける為に謝罪や譲歩を続けていたのが要因である。

  如何なる国家も国民も、その国家の為に殉じた人々に対して敬意を払う権利と義務があるのは言うまでもない。

 国家の危機の要請に応じ、敢然と戦場に赴いて戦い散って逝った英霊に対し、感謝の誠を捧げる事は世界の何処の国でも当然のことだ。

 だが、靖國神社の在り様を思う時、我が国の政治家が国家に殉じた英霊に敬意を示さない姿は、余りにも醜く、情けない。

 国民の範となるべき政治家のこうした姿が、どれだけ国民精神の頽廃を招いていることか、政治家どもは省みたこともあるまい。

 愛国心の欠落、その結果としての国防意識の低下、日本人としての誇りや自信の喪失、子殺しや親殺し、等々、日本の社会に蔓延する問題の全てはそこに起因していると言っても過言ではない。

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2015年08月11日

今こそ、東京裁判の不当性と戦後の不条理を検証せよ!

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 朴槿恵は、9月3日に北京で行われる「抗日戦勝記念日」に出席する意向だという。

 大日本帝国政府が、ポツダム宣言による降伏文書に調印した日は1945(昭和20年9月2日であり、連合国はその翌日3日を対日戦勝記念日としている。

 だが、我が国は、蒋介石総統の「中華民国」とは対戦したが、毛沢東率いる「中華人民共和国」とは戦ってはいない。

 「国共(国民党と中国共産党)戦争」で勝利した中国共産党が「中華人民共和国」として独立を果したのは、戦後4年経った1949年10月1日のこと。

 大体、戦後に建国した中華人民共和国が、常任理事国として国連に入ってる自体摩訶不思議なことで、然も、9月3日の降伏文書の調印日を以て「抗日戦勝記念日」とは歴史の捏造の何ものでもない。

 これは「日ソ不可侵中立条約」を一方的に蹂躙し参戦したソ連(ロシア)然り、1948年8月に建国した韓国然り。 

 韓国のウソの原点は李承晩の「大韓民国臨時政府」のウソに在る。

 国定教科書でも「対日宣戦布告」等を過度に強調する余り、ウソにウソを重ねてしまい、今更、間違いを認める訳にはいかなくなってるのが現状。

 「日清戦争」も朝鮮を巡る戦いであったし、「日露戦争」後の大韓民国独立は不可能だったのは歴史が証明している。

 日韓関係の悲劇の現実が「日韓併合」であり、大東亜戦争も「朝鮮人も日本人として共にアジア解放の聖戦に立ち上がった」というのが真実だ。

 その事実を伝えないで、李承晩が「臨時政府として対日戦線に参加した」などというウソを教えるからややこしくなるのだ。

 韓国は憲法前文で、「大韓民国は3.1運動により建てられた大韓民国臨時政府の法統を受け継ぐ」と規定している。

 だが、「大韓民国臨時政府」は国際的にも認められておらず、サンフランシスコ講和条約への署名も認められなかった。

 こうした国際的な常識を無視し、「独立を我々の手で勝ち取った」という神話を捏造してしまったところに韓国の悲劇が在る。

 朴槿恵にしてみりゃ、支那共産党やロシアと同じく、「抗日戦争勝利」という言葉が何とも言えない響きに聞こえるのだろうが、いい加減、己らの歴史を真正面から見つめ直したら如何か。

 我が国も悲しいかな己の歴史を咎め続け、歴史の真実から目を背けようと自虐史観に凝り固まって安易な謝罪を繰り返しているが、自国を貶め続けてる現状は、精神的貧困を示す最たるものである。

 安倍も「戦後70年談話」に拘泥するより、堂々と東京裁判の不当性と、戦後の不条理を検証すべきであろう。

 パル判事は極東軍事(東京)裁判の無罪判決の最後をこう結んでいる。

 「時が、熱狂と偏見を和らげた暁には、また理性が、虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁には、そのときこそ正義の女神はその秤を平衡に保ちながら、過去の賞罰の多くに、そのところを変えることを要求するであろう」

 今がその秋(とき)である。

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2015年08月10日

あれッ、安倍さんって「戦後レジームからの脱却」って言ってませんでしたっけ(苦笑)

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 昨日の郡山市議会選挙は62人が出馬し38人が当選。トップ当選は公明党。他の公明党候補は4、5、6位と上位当選。票の振り分けが見事、というより恐るべし創価学会。

 共産党も3人当選。こういうのを見ると、やっぱ選挙は義務化し、「該当者なし!」という選択肢を創るべきだと熟熟思う。

 閑話休題。 昭和20年(1945年)8月9日未明、日ソ不可侵条約を一方的に破棄しソ連が参戦。三日後の12日には朝鮮半島北部に侵攻した。

 朝鮮への侵攻準備が出来ていなかった米国はこれに慌て、急遽、朝鮮占領の協議が行われ、結果、「38度線」で分割することで合意した。  

 北朝鮮でソ連は、日本人の軍人・行政官・警察官を強制連行し、シベリヤへ抑留すると共に、親日派を一掃し、共産主義者を中心に人民委員会を組織させ委譲させ、ソ連の傀儡として、重慶に亡命していた金日成を首班とする政権を1946年2月に誕生させた。

 一方、南朝鮮(韓国)では、米国が総督府の残留朝鮮人官吏を活用し軍政権を敷いた。1946年1月に、間接選挙による「過度立法議院」を構成させ、翌年の2月、安在鴻を長官とする過度政府を発足させる。

 「ヤルタ協定」では1948年3月迄、国連の信託統治を予定していたが、米ソの対立で全ての協議が決裂し、1948年8月10日、米国で反日活動をしていた李承晩を初代大統領に据え「大韓民国」を建国。翌9月9日、北朝鮮は「朝鮮民主主義人民共和国」を発足させた。

 韓国が終戦の日である8月15日を「光復節」として独立を祝うが、実際の独立は3年後の1948(昭和23)年8月10日であって、「韓国臨時政府は軍国主義日本と戦い独立を勝ち取った」というのは極度の妄想に過ぎない。

 北朝鮮では、金日成の支配下で着々と国政の整備が進んだのに対し、韓国は、在来の官僚や亡命先からの帰国者、米国の措置で監獄から解放された共産主義者が入り乱れ、政権は安定せず、労働組合によるストライキが多発し、社会混乱が加速した。

 1946年10月以降、それまで容共的だった米国は、次第に共産党の抑圧政策に転じ、米国の傀儡李承晩は、日本と共同歩調を執ろうとした「呂運亮」を暗殺し、大統領に就くと「反日・反共」を国是とした。

 李承晩が最初にやった仕事は「親日派の追放」で、その結果、日本に育てられた優秀な官僚は次々と追放されていった。

 我が国が未だGHQの統治下だった1950(昭和25)年6月25日、北朝鮮の突然の侵攻で、同じ民族同士が相討つ戦争となり、数百万人が犠牲となる大惨事となった。これが「朝鮮戦争」である。

 この朝鮮戦争の勃発も、朝鮮の南北分断も、我が国に責任は無い。

 だが、その責任が在るとすれば、大東亜戦争に敗北し、戦後、共産主義の跋扈と米国の驕逸を許したことだろう。

 こうした朝鮮分断にせよ、戦前戦後の歴史を検証すればするほど、先の大戦で我が国だけが責められ、断じられる理由が分からない。

 何故に中韓や米国に阿る必要があろうか。

 戦前が全て「悪」ではなかろうに、GHQの統治下の約7年間で、我が国は戦前とは全く違った国に生まれ変わってしまった。

 報道に拠れば、安倍の「戦後70年談話」には、公明党や党内左派に配慮して、「侵略」も「お詫び」も明記されるというから吃驚仰天。

 ってか、安倍さんって、「戦後レジームからの脱却」や「日本を取り戻す」と訴え、それが多くの国民の共感を得たんじゃなかったっけ?

 安倍は常々、「先の大戦での反省を踏まえ、我が国は平和国家としての道を歩んで来た」と胸を張るが、これ正に自虐史観そのものではないか。

 「大東亜戦争は無謀で愚かな戦いであった」との認識が根底にありながら、何が「戦後レジームからの脱却」か、何が「日本を取り戻す」だ。

 安倍の様な保守を気取る、曲学阿世の徒が日本に仇なすことを知るべし。

 今後、安倍おろしが露わになり、安倍も党内や公明党に配慮したつもりだろうが、「戦後70年談話」の内容如何では国民からの安倍離れも加速して行くだろう。

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2015年08月09日

悲憤慟哭民族痛恨の日、昭和20年8月9日を忘れるな!

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 公明党山口代表は、「戦後70年談話」に「過去の談話を継承すると近隣諸国が受け取れるよう配慮すべきだ」として、「おわび」と「植民地支配と侵略」を明記を要求した。

 山口のいう「近隣諸国」とは中韓であり、「植民地支配」とは日韓併合のことを指しているのだろうが、こうした輩といつまで連立を続けるのか。

 正に自公連立が大きく国益を損ねているのを自覚せよ。

 「謝罪」や「譲歩」なんぞ外交には無意味なことだ。日本的美風は世界には通じないし、強かな連中に利用されるのがオチ。我が国の政治ももっと強かにならなければならない。

 閑話休題。長崎に原爆投下された昭和20年8月9日(8日未明)、ロシア(旧ソ連)はヤルタ秘密協定を忠実に遂行する。

 我が国と締結していた「日ソ不可侵中立条約」を一方的に破棄し、満州や南樺太に侵略を開始したのだ。

 日本人同胞の虐殺、強姦、略奪がこの日を以て開始され、我が国固有の領土である、南樺太、全千島列島、北方四島が強奪された。

 この旧ソ連(ロシア)の蛮行に対し、政府もマスコミも平和屋も未だ旧ソ連の蛮行を責めたことはない。

 「原水爆禁止世界大会」という仰々しい名前の大会を主宰する「原水協」や「原水禁」ら似非「平和屋」は、原爆投下は執拗に糾弾するが、ロシアの蛮行には沈黙した儘だ。何が「平和団体」か。

 連中は、原爆を投下したのが米国だから、執拗にこの古傷を暴き、反米感情を煽り日米離間を謀り、党勢拡大に利用しているだけに過ぎない。

 それでも彼らが厚顔にも「平和団体」を自任するならば、ロシアに対しても、或いは中共を始めとする核保有国にも物申すべきではないのか。  

 旧ソ連の鬼畜の如き蛮行で亡くなった同胞は、広島・長崎の原爆投下で亡くなった方々を遥かに超え、更にはシベリヤに抑留され極寒の地で亡くなった方も数え切れない。

 シベリアに抑留された日本人は、約60万人と言われているが、これは軍属だけの数字で、民間人を含めると更に多く、ロシアの資料に拠れば約70万人、米国の資料では約90万人と言われている。

 だが、未だ我が国政府は、こうした問題を世界の国々に提起し、その真相を明らかにしようともしない。

 ソ連の卑劣極まる蛮行然り、米国の原爆投下や無差別爆撃こそ「平和に対する罪」であり、「人道に対する罪」であろう。

 我が国だけが一方的に断罪される謂れはなく、戦前・戦中・戦後の世界の情勢と不法行為、あらゆる不条理と不正義を検証することは大事なことだ。

 ソ連の残虐非道、鬼畜の行為は終戦後も収まることはなく、樺太では約5700名の軍人や民間人が犠牲となった。

 20日には、樺太真岡郵便局の女子郵便局員伊藤千枝(23歳)可香谷シゲ(23歳)沢田キミ(19歳)志賀晴代(22歳)高石みき(24歳)高城淑子(19歳)松橋みどり(17歳)吉田八重子(21歳)渡辺照(17歳)の9名が最後まで職務を全うし、最後は従容として青酸カリを服用し壮絶な最後を遂げた。

 当時の南樺太でのソ連兵による鬼畜の如き残虐行為の一部が、外務省の外交文書に、生々しく書かれている。

 「ソ連兵は30年来の怨みを晴らすはこの時なりとし邦人の所持品は一物をも残さず略奪し婦女子に対しては時所を弁えず暴行を加えるの暴挙に出て・・・。ソ連進駐と共に市街の様は一変し、ソ連兵市内を横行し略奪を縦(ほしいまま)にして、9月1日女32名を監禁し、若き娘は毎日14,5名、年配の婦人は毎日10名交代に暴行を加えその結果6名は死亡し、然らざる者も負傷の為歩行の自由を失うに至る・・・」

 千島列島の最北端「占守島(しゅむしゅとう)では、8月18日の早暁午前1時頃、占守島の日本軍に対し、ソ連軍が奇襲上陸する。

 終戦により武装解除準備を始めていた守備隊は武装を整え直し、ソ連に対して自衛戦闘を開始した。

 この戦いは日本軍の死傷者約600名、ソ連軍の死傷者約3000名に及び、日本軍の圧倒的勝利の中で、8月21日に武装解除に応じ戦闘が終結した。

 日本軍が武装解除を終えたのは3日後の24日。だが、その後、占守島の兵士のみならず、中千島や南千島に駐留していた兵士全てがシベリアに強制連行されることとなった。

 昭和20年8月9日を以てこうした不法行為が公然と行われたのだ。正に8月9日は悲憤慟哭民族痛恨の日であり、日本人として決して忘れてはならない!

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2015年08月08日

これが有識者か?これが我が国の歴史家のレベルか?

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「戦後70年談話」の内容を検討した有識者懇談会「21世紀構想懇談会」の報告書の内容が新聞一面に仰々しく載っている。

 報告書に拠れば「日本は満州事変以降、大陸への侵略を拡大し、無謀な戦争でアジアを中心とする諸国に多くの被害を与えた」という。

 これが有識者か?これが我が国の歴史家のレベルか?

 全く以て笑止千万。

 我が国は、所謂ABCD包囲網によって戦争に突入して行った。ABCD(アメリカAmerica、イギリスBritain、支那China、オランダ Dutch)である。

 アメリカ、イギリス、オランダなどとの戦争は、我が国の自衛戦争であり、またアジア開放の戦争であったと思っている人は多い。

 しかし、支那との戦争については満州など支那本土に軍を進めたのだから侵略だと思い込んでいる人が意外に多いようだ。

 有識者懇談会もこの認識だが、座長代理を務める北岡伸一の歴史認識に拠る処が大きい。

 この北岡、国際大学長であり、歴史学者として「日中共同歴史研究」の日本側の座長を務めていたこともある人物で、その思想は戦後民主主義者そのもの。こういう人物が有識者とは嗤わせてくれる。

 有識者懇談会の認識は軽薄なものであると言わざるを得ない。

 条約に基づいて他国に軍隊を駐留させることは、国際法的に全く合法であり「侵略」ではない。

 例えば、「日米安保条約」に基づき、日本国内に米軍が駐留していることを「侵略」とは言わない。

 合法的に駐留している米軍へ自衛隊が攻撃して戦争が勃発したとしたら、それが喩え日本国内だったとしても、侵略者は日本となる。

 こうした認識からすれば、我が国は「北京議定書」に基き、在留邦人保護の為に支那本土へ軍隊を駐屯させていたのだが、これは侵略ではない。

 例えば、盧溝橋でその日本軍を攻撃してきたのが中国軍であり、その首謀者は中国軍に潜んでいた中国共産党軍であるのは歴史的にも証明済み。

 また、上海で日本人保護の為に合法的に駐留していた海軍陸戦隊に、正規軍10万人で一方的に攻撃を仕掛けてきて、日中戦争は本格化した。

 つまりは、何れの場合も仕掛けたのは中国軍であり、つまり侵略者は日本ではなく「中国」ということだ。

 こうした検証はやったのだろうが、中共に諂い言い切れず、一方的に我が国の戦闘行為のみを「侵略」と片付けてしまうことは歴史に対する冒涜であろう。

「満州事変」に対しても、「満州国」建設に対する認識もそうだが、余りにも偏向し過ぎてはいないか。

「昭和6年9月18日、柳条湖に於いて、我が国が運営していた南満州鉄道の線路を関東軍が爆破し、これを張学良軍の仕業として戦闘を開始、満州全域を占領して傀儡国家・満州国を建国した」という認識が罷り通っているが、真相はそんな簡単なものでは無い。

 満州事変の発端となった「柳条湖事件」について、昭和7年、国際連盟はこの事変究明の為「リットン調査団」を満州に派遣した。

 報告書では各国の思惑通り、関東軍の行動を正当な自衛行動と認めなかったが、翻ってこの事変の誘因を「満州と中華民国の混乱と内乱に在る」との報告を行っている。

「満州に於ける諸問題は極度に複雑だから、この事変は単に一方的に侵略したという簡単な事件ではない。何故なら満州は、世界の他の地域に類例を見ない様な多くの特殊事情が在るからだ」との報告もしている。

 こうした認識の背景には、日露戦争後の正当な権益である租借地と、満鉄経営に対する不当な鉄道妨害や抗日活動、或いは日本人迫害が長期に亙って続いていた事実を、リットン調査団が十分に把握していたからである。

 更に日本の権益については「日本人にとって対露戦争とは、ロシアの侵略の脅威に対する自衛戦争、生死を賭けた戦いとして永久に記憶され、この一戦で10万人の将兵を失い、20億円の国費を費やしたという事実を決して無駄にしてはならないという決意をさせた」と言及している。

 日本本土も含めた自存自衛と膨大な投資を行った権益保持、そして在留邦人の生命を守る為には、「満州を紛乱した中華民国から切り離して安定させるしかなかった」という、事変に至る日本の偽らざる動機の一端を、この報告書の記述は正確に伝えている。

 米国の元中華民国公使ジョン・マクマリーも、「日本の安全保障の為には、朝鮮半島と満州の安定が必要不可欠であった」といった要旨の言説に見られる様に、欧米の識者の中には事変直後から、日本の立場をある程度擁護する意見が少なからずあったことは歴史が証明している。

 満州事変の起因となった柳条湖事件を語らずに、満州事変のみを断じ、我が国の一方的侵略と認めること何の意味があるというのか。

 アジア諸国に対しても、これを「侵略」と見るか、「植民地支配からの解放」と見るかは、戦後、次々と植民地支配から独立したという現実が、あの大東亜戦争が意味のあったものであることを如実に顕しているではないか。

 歴史に関する問題は一国の存亡に係わる大事であり、安易に譲歩や謝罪はするべきではなく、現代人の無知と幼稚な価値観から「お詫び」や「痛切な反省」、「侵略」を語ることは驕りそのものであり、歴史と先人に対する冒涜以外の何ものでもない。

「侵略」を認め、「痛切な反省」をすれば終わると思ってるのか。過去に、我が国は何回「お詫び」し、何度「反省」したことか。それで事が済んだことなど一度も無いではないか。

 学習能力に欠けるのはいい加減にして頂きたいもの。安易な譲歩は更なる譲歩を生み、安易な謝罪は更なる強要を生むだけだということを知りなさい。

 くだらない「70年談話」なんぞ止めてしまえ!

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2015年08月07日

「安倍さんって、アタマ悪いんじゃないの!?」という質問

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 常用しているクスリを貰いに掛かり付けのクリニックへ行った際のこと。

 診察室に入るなり院長が、「五郎ちゃんに聞きたかったことがあったんだ」というので聞いてみれば、いきなり「安倍さんて、アタマ悪いんじゃないの?」と言ってきた。

 「なんで?」

 「だって集団的自衛権が憲法違反じゃないって言ってるし・・・」

 「ん~だったら自衛隊こそ憲法違反でしょ」

 「???」

 「憲法9条第2項には、陸海空軍の戦力はは保持しないとなってますが、なんで自衛隊が存在してるの?自衛隊というのは《違憲合法論》というヤツで恰も合憲の様に存在してるんですが、違憲、違憲と言うなら自衛隊にも反対しなきゃ。でも、言えませんよね(笑)」

 「自衛隊が憲法違反って・・・」

 「第9条第2項には《陸海空の戦力は保持しない》ってなってるし、誰でも憲法違反だって分かりますよ」

 「自衛隊というのは軍隊ではなく、警察機構の巨大な組織とされてるだけです。三島由紀夫が自決したのは、こういう不条理に対する問題提起と憲法改正だったんですよ。ってか、先生は私立大学二つ出てますが、私学助成金制度も憲法違反ですよ!」

 「え、そうなの?」

 「私学助成金制度が憲法違反だと知ってて、問題提起する憲法学者もいないし、私学助成金が違憲だからと廃止したら、日本の学制は崩壊します」

 「憲法違反なら、天皇も憲法違反ですよ。だって共産党は手を挙げて天皇に反対してますから、第1条に記されてる《主権の存する国民の総意》じゃないし」

 「靖國神社に安倍さんが参拝するのは20条違反ですよ。総理や大臣というのは国とは関係に無い施設に係わってはいけません。それを知ってるから政府は《私的参拝》を強調するんです。それと同じく、《A級戦犯分祀論》も、宗教法人・靖國神社への圧迫行為ですから20条違反です」 

 「日本がGHQの統治から解放され、独立したのが昭和27年4月28日。その日に『日米平和条約(後の日米安保条約)』と中華民国との『日華国交条約』が締結されたのですが、『日中共同宣言』「日中国交条約』締結の際に『日華国交条約』が破棄されました」

 「これも憲法98条第2項《日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする》に違反してます」

 こうした現憲法の事例を分かり易く説明し、「憲法学者の多くは左翼ですよ。都合の好い解釈してるのは憲法学者の方で、安保関連法案を憲法違反だと断じるならば、過去の多くの憲法蹂躙にも苦言を呈すべきですが言いません(笑)」

 また、院長の母親は元自民党福島県連女性部の重鎮だったので憲法制定に至る経緯とGHQ統治下で勃発した朝鮮戦争と「マッカーサー文書」、昭和29年の自由民主党結党と党是である自主憲法制定などをざざっと話した。

 こうした「安倍さんて、アタマ悪いんじゃないの?」という疑問は、別にこの院長だけではなく、多くの国民が持ってる疑問でもあり、それはマスコミによって垂れ流される「違憲!」という世論誘導が大きな要因でもある。

 「政治家がやることは国民の生命安全を護ることで、それが憲法違反なら立法府として法律や憲法を見直せばいいことで、憲法を守ることではありません。でも、国会議員には憲法順守義務もありますし、憲法改正の発議条項もあります。96条通りに憲法に異を唱え発議すれば、99条違反になってしまうんですが、もうめちゃくちゃ」

 「要は、現在の憲法というのは矛盾だらけで基本法としては機能してはいないんです。アタマ悪いのは憲法の何たるかも知らず、くだらないことで騒いでる連中です(笑)」

 「憲法前文には《平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して》と書かれている様に、悪いことをする人はいないという前提なんです」

 「まぁ、そうなると自衛隊より警察が要らないんですが、現実は違うでしょ。なんで安倍だけが悪くて、然も安倍のことは信用しないそういう考えは、先生、それもまた憲法違反なんですよ(笑)」

 ということで、これらの内容を捲し立てて、どさくさに紛れて、2ヵ月分だった処方を「3ヵ月分にして」と頼んだらすんなりOKして貰った(笑)

 「いや~分かり易い」と院長。

 「何なら今度講演してあげますよ。一時間10万円ですが(笑)」

 「分かった」とは言ってたが、その声は、如何にも社交辞令そのものだった(笑)

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2015年08月06日

「原爆投下が戦争の終結を早めた」という人がいるが事実は違う

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 今日8月6日は、米爆撃機B29エノラ・ゲイが広島に原爆を投下してから、70回目の「原爆の日」を迎える。

 広島には「過ちは二度と犯しません。安らかにお眠り下さい」という訳の分からぬ碑が建っている。

 自虐史観の象徴の様な碑だが、過ちを犯したのは米国であり、大東亜戦争が悪い訳ではない。

 抑抑、米国による原爆投下は、日本人への人種差別と人体実験から行ったものだ。

 6日の広島、9日の長崎への原爆投下を受け、日本政府は14日、終にポツダム宣言の受諾を決定した。

 この結果を見て、「原爆投下が戦争の終結を早めた」という人がいるが、事実はそう簡単なものではない。

 天皇というのは制度ではないが、元駐日大使だったグルー国務長官代理が中心になって作成されたポツダム宣言の原案には、「天皇制存続の保障」が盛り込まれていたのは確認されている。

 米国側は、日本政府が和平を模索していることを知っていたので、天皇を保障する案なら受け容れる可能性が極めて高いと考えていた。

 ところが、反日的なスチムソン陸軍長官やバーンズ国務長官らは、元国務長官ハルの助言によって、この「天皇制存続」の項目をポツダム会議の直前で削除してしまう。

 即ち、「天皇の存続」の項目が明記されていないポツダム宣言は、我が国にとっては極めて受け容れ難い内容になっていたのである。

 そのことをよく認識していたトルーマン大統領は、ポツダム宣言発表前日(7月25日)の日記に、「この兵器(原爆)は今から8月10日迄の間に使用されることになる」と記した。

 この事実をしても、米国側が「日本政府がポツダム宣言を黙殺したから原爆が投下された」という反論が真っ赤な嘘であることは、この日記が明瞭に証明している。

 原爆を日本に投下することになった背景は、根強い人種偏見からだ。

 米国が原爆投下を決定したのは1943(昭和18)年5月のことで、原爆搭載機を対日戦用のB29爆撃機を選んだ。

 翌年9月、米英間の秘密覚書「ハイド・パーク協定」には、「原爆は日本に対して使用されるであろう」と明記された。

 こんな不可思議な決定は、人種偏見、日本人蔑視以外に合理的根拠は見つからない。

 更に、その後の米軍の広島長崎で執った「放射能治療方法交流禁止」や「被爆者カルテ没収」など、目に余る人権蹂躪行為を見ると、「動物実験」としての原爆投下だったのではとすら思えて来る。

 トルーマン大統領の日記にはこうも書かれてある。

 「ジャップどもは野蛮人で、冷酷、無慈悲且つ狂信的な連中だ」

 このことでも人種差別、日本人蔑視が横溢してたのは明らかだろう。

 左翼も右翼も「反米」は大いに結構なことだ。ならば原爆投下した米国の「核の傘」に甘んじ、国家の大本を米国に依存しているこの歪な体制をいつまで続けるつもりなのか。

 「平和」も「安全」も日本人自らが創り出さねばならず、真に米国依存からの脱却を目指すには何を成せばいいのか考えなくてはならない。

 左翼や自称・平和団体が口にする「反米」や「平和」は、戦後民主主義教育の弊害であり、その実は「親米」を根にするものであることに気付くべきだ。

 広島・長崎での原爆投下を煽り、左翼らが「復興」と「平和」で国民を誑かし、「反原発」「脱原発」の策謀によって、「核武装」という国防上最重要ともいえる問題はタブー視されている。

 安保関連法案は「米国の戦争に撒き込まれる」というが、これは米国依存から脱却する一里塚であるとも考えられなくもない。

 そういう意味でも、集団的自衛権行使は当然ながら、アジアから、そして世界から核兵器が無くなるまで暫定的に保有する「核武装構想」も、アジア諸国や世界の平和と安定に貢献出来るものだとの認識を共有すべきである。

 心の呵責無しに、核兵器を有する資格があるのは、世界で唯一の戦争被爆国である我が国だけであり、戦争被爆国である我が国が核を保有した上で、核の脅威と核廃絶を訴えることに大きな意味を持つ。

 真の「平和」を創造する為にも限定的核武装を急ぐべきだろうが、そんなことを自民党員が発言したものなら、キチガイ扱いされることは必至だ。

 正論である、磯崎首相補佐官の発言にしろ、武藤貴也代議士のツイートにしろ、あんなのでバッシングされるのだから、呆れ甚しという他はない。

 未だに自虐史観から脱却出来ない現状は、米国の原爆投下と占領政策が、米国が意図した以上の成果を齎し続けているという証左でもある。

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2015年08月04日

国士とは「歩」が成った様な者である

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 國士舘初代館長・柴田徳次郎先生は、「国士とは歩が成った様な者」と訓えた。

 将棋では、金や銀、飛車、角も大事だが、普段軽く見られる「歩」こそ大事に扱わなければならない駒である。

 「ヘボ将棋、王より飛車を可愛がり」だとか、「桂馬の高飛び歩の餌食」など、将棋には面白い川柳や諺が多くある。

 中でも、「歩の無い将棋は負け将棋」という格言は、会社経営や人を育てる上で実に考えさせる言葉だろう。

 企業でいえば「歩」というのは若い社員であり、この社員を活かすも殺すも上司の腕の見せ所。

 この若い社員、つまり歩を如何に育てるか、そしていつかはその歩が「金」と成って、会社は言うに及ばず、延いては国の宝となるのである。

 将棋では駒を動かすことを、「効かす」とか「働かす」という言葉を使う。

 つまりは、上司は部下を無闇やたらに「動かす」のではなく、「人偏(にんべん)」をプラスして如何に「働かす」かが大事である。

 駒の欠点を周りで補いながら、駒の長所を伸ばし、折角の駒を死に駒にしないで働かせることで勝ちに繋がるもので、会社の経営も同じこと。

 まぁ、愚生は「歩」というより「香車」だろうか。不器用に真っ直ぐにしか進めない。それでも未だ「成れる」可能性もあるが、未だに「成る」手前のまま。

 大器晩成と言われたこともあるが、このまま終わる可能性は大きい(笑)

 「一年で育てようと思うなら花を育てるべし。十年で育てようと思うなら木を育てるべし。百年かけて育てようと思うなら人を育てるべし」という言葉がある。

 「人材育成というのはインスタントに出来るものではない」というのは、誰もが自覚していることだろう。

 ならば普段から、学校は勿論、家庭でも、地域でも、皆で若者を育もうという意識がなければダメだ。

 花を育てたり、木を育てるにしても臭い飼料もたまには与える様に、人もまた甘やかすだけでは立派には育たない。

 温室で育った野菜や果物がそうだが、見かけだけで味に深みはない。やはり自然の風雪に耐えてこそ味に深みが出るというものだろう。

 人間だって同じ。たまには鉄拳も、厳しく突き放すことも必要であり、「個性を磨く」というのは本来そういうものでもあるのだ。

 人を育てるというのは日本刀が出来上がる過程と実に似ている。

 日本刀は、先ず卸し鉄を「積み重ねる」ことから始まる。

 そして「鍛錬」し、更に「下鍛え」し、何回も何回も鍛え上げ、「芯鉄」を鍛え造り込む。

 叩いて叩いて鍛えることで強靭で立派な刀が出来上がるのだ。

 柴田徳次郎先生も同じ様なことを訓示している。

 「刀というのはトンテンカン、トンテンカンと叩いて叩いて鍛え上げなければ五郎入道政宗とか村正といった立派な刀は出来ません。国士舘の生徒も先生だけの指導だけではダメで、学校も親も一緒になってお子さん方を鍛え上げて行かなければ立派な日本人に育てることは出来ません」

 日本刀を作る上で最も大事なのが、「焼き入れ」だ。

 この「焼き入れ」を行うことで刀に命を吹き込むのだが、焼き入れ一つで刀の出来も価値も変わってしまうという。

 本来、「ヤキを入れる」とは鍛錬の一つなのだが、最近では単なる「暴力」として扱われてしまっているのは残念なことだ。

 ヤキとは鍛錬であり、そのヤキ(指導)の在り方を、間違うから問題とされる。

 人を育てるというのは実に難しく、「鍛錬」の仕方が悪かったのか、「焼きの入れ方」が足りなかったのか。

 何れにしても、「人創り」というのは一朝一夕に出来上がるものではなく、上に立つ者の力量(指導力)に係っているということだ。

 つまりは、鍛錬されてない上司や指導者(先生)に仕える者は気の毒でもある。

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2015年08月03日

「一生を棒にふる」という生き方

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 国会前で屯するデモ参加者にはSEALDs(中核派)などから2万円の日当が出てるという。そうした日当を目当てに学生らがバイト感覚で参加する。

 すると保守派からは「そうしたデモに参加すると就職も出来なくなり、一生を棒に振ることになるぞ!」とバッシングを受ける。

 その昔、流行った「反核集会」でも、そうした参加費は支那や旧ソ連から出ているなどと言われてたが、ホントかどうかは知る術はない。

 はっきりと言えるのは、その昔、所属する防共挺身隊(防挺)が昭和53年8月9日に主催した「反ソデー」のデモでは、行進参加者の約4000名、一人に付き日当5000円が支払われたことだ。

 愚生が国士舘大学に入学する前年のことで、国士舘の学生の中には後輩を強制バイト的に参加させ、ピンハネする上級生もいて、中には100名以上の後輩を動員をした強者もいたという。

 一人当たり、4000円をハネたとして40万円以上の稼ぎだ(笑)

 当時、防挺が支払ったのは2000万円以上。総会屋右翼として名高い総隊長が、企業から捻出させたのは言うまでもない(笑)

 因みに、そのデモに参加した者の中には、現福島県警警部補もいる。ということで、大丈夫、就職出来ます(笑)

 今時、これだけのカネを出す右翼はいないが、SEALDsが日当2万円を支払ってるのだとしたら、そっちの資金源が何処から出てるのか興味津々。

 学生がバイト感覚で参加したことで、就職が難しくなることはないが、左翼のやり方というのは、新人参加者を最前線に立たせ、当局や警察と揉めさせ、如何に権力が汚いやり方をするかを洗脳して行くのは常套手段。

 参加者の多くはブームに便乗したノンポリだろうが、その中から一人でもSEALDsなどの左翼活動家になる者が出たなら、左翼指導者にしてみれば参加費を注ぎ込んで煽動した甲斐があるというもの、極左冥利に尽きる(笑)

 まぁ、今時、人生を棒に振ってまで思想に生き残る者はいないだろうし、就職の面談でそういうことを聞かれたら、「日当も破格だし、若者のノリで参加しました」って言えば大丈夫(笑)

 「一生を棒にふる」という人生観を信条としたのが、郡山名物「薄皮饅頭」で有名な「柏屋」の先代社長・本名善兵衛(ほんなぜんべえ)だ。

 学生時代、同級生が次々と就職が決まって行く中で、家業を継ぐ本人に友人は、「おまえ、饅頭屋如きで人生を棒に振るのか」と言ったそうだ。

 本名氏は友人の言葉に戸惑うも、「一生を棒に振ってまでやりたい仕事があるというのは幸せなことなのだ」と悟る。

 イチローにしろ、松井にしろ、或いは長嶋や王にしたって、高が野球如きで人生を棒に振ってる。

 松山英樹や石川遼、或いはジャンボ尾崎なんてのはゴルフ以外で成功することは無かっただろうし、ゴルフで人生を棒に振った様なものだ。

 野球やゴルフ、相撲にしろ柔道にしろ、或いは料理人にしろ、研究者にしろ、それとは別な生き方があっただろうに、本物や一流と言われてる者の多くが、喩えには悪いかも知れないが、その道で一生を棒に振ってるのだ。

 他にも愉しいことはあっただろうに、一生を棒に振ってまで打ち込む何かに出会えたということは人生の最高の幸せでもある。

 斯くいう愚生といえば、右翼活動で人生の30年を棒に振った。だが、多くの愛すべき好漢にも巡り会えたし、愉しい月日だった。

 訳あって団体は引退したが、中途半端な年代になっても働きもせず、未だ浪人として喘ぎながらも、右翼としての生き様を全うしたいと思っている。

 貴方には、一生賭けてやり遂げようという何かはありますか?

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