2015年07月

2015年07月30日

徒然なるまゝに、その日暮らしシリーズ(笑)

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 七月も今日で終わりか。

 「信じる」ことと「期待すること」は違う。また「信じる」ことと「崇拝」とは別物。誰かを信じるというのは悪いことではないが、何事も「崇拝」し過ぎるというのはいい結果を生まない。

 自虐史観に陥ってる人を罵り、陛下の御真影を貼り付け、皇室問題を自慢気に扱って悦に入り、「我こそは真の保守である」かの様に勘違いしてる人を見かけるが、軽々しいことではネット左翼らとどっこいどっこい(苦笑)

 愚生もその一人かも知れないが、SNSでは実に衒学臭い文章が多い。衒学の「衒」とは「衒う」ということで、「ひけらかす」という意味だ。

 新渡戸稲造の「武士道」には、武士が一番嫌われることは「衒学」であると訓える。

 ネットでは、聞き齧った言葉や著名人が語った言葉を、然も自分の言葉の様に周辺にひけらかしているのを見かけるが、相手に響いているとは到底思えない。

 立て板に水の喋り方より、下手でも自分の言葉で懸命に喋った方が相手に響く。

 また「崇拝」とは逆に、何事も「反抗」し過ぎるのも好し悪しだ。

 自分が嫌いな人や思想が真逆な著者の本は、初めから穿ち気味に粗を探してやろうと読んでしまいがちだが、揚げ足を取ろうとして読まないことが肝心。

 尤も、読む終わるとどっと疲れるものが多いが(笑)

 右翼に求められるのは「反骨精神」であり、反体制の精神を以て、世の中の常識や当たり前のことまでも逆らって生きることも求められる。

 それも「反抗」と言われればそれまでだが、最近の右翼関係者を見ていると、「反骨精神」なんぞ疾うの昔に忘れてしまい、FBなどで著名人や有名どころと知り合いになって、それを自慢げにしてる輩の多いこと多いこと。

 確かに同じ主張でも、名も無い人より、著名人が語ればそれなりに反響は大きく、靡きたい気持ちは分からなくもないが、右翼が「権威主義」に陥ってどうすんの(笑)

 右翼やその関係者をみてると、自分より偉そうな人には諂い、自分より格下だと分かると偉そうにするのがホント多いが、愚生は、こういうあっちにペコペコ、こっちにはヨイショってのが一番嫌いというか苦手だ。

 吉田松陰はこう訓える。

 「貧銭を以ってこれを軽蔑する者は 富貴を以ってこれに諂屈する」

 蓋し、正論。

 付き合う方が著名人じゃなくても、それなりに分を弁えた立派な人ならば、パワーもあるし、得るものは多いし、「人真似上手は個性を想像する」ともいうし、尊敬する人の考えや所作を真似することは悪いことではない。

 だが、所詮、そのままでは偽物でしかなく、そこにはやはり自分なりの思索を伴わったものでなければならない。

 その昔の右翼には個性的な愛すべき削げ者がいたが、今は画一化された、全体的に同じ様な右翼ばかりになってしまったのはチョッと面白みに欠ける(笑)

 右翼がそうなら左翼はどうか。

 国会前で騒いでる中核派は原発事故を利用して勢力拡大には一応の成果が見られるが、所詮はノンポリや戦後世代の無自覚左翼らの心の奥底の幼稚な正義感を擽って、それを騙して利用するのが関の山。

 極左らは、言葉では「革命」なんて言ってるが、要は資金源確保に躍起で革命なんてのは二の次。朝日新聞ら営業左翼と大して変わらない(苦笑)

 極左に騙される無自覚左翼というのは、戦後の民主主義教育が生んだ典型的な珍種だが、戦後の「骨抜き」教育をうけた方々に共通するのは、自然が大好きだが、神を敬わない、日和見主義的な考えを持ってるのが特徴。

 マスコミの主張や煽動者(アジテーター)によって世論が変わればどうにでも動く勢力で、尤もこういう連中が世論の大勢を占めている。

 高度成長期を経験し、懸命に働いたご褒美か、余生をのんびりと無農薬の家庭菜園などを造りながら、好きなことをしたいという様な個人主義的なのが多く、話ししても薄っぺら過ぎて、年相応の重みがない。

 新宿ゴールデン街に出没してるおっさんにこういう手合いが多いのだが、こういうのと遭遇したら、スケベな話題で惹き付けて、政治の話題に持ち込んで、それこそ衒学丸出し、反抗しっ放しでグーの音も出ないほど論破してやることにしている。

 ってか、それってダメじゃん(笑)

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「南京大虐殺」は知っているが「通州虐殺事件」を知らない日本人

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 安全保障関連法案に反対してる勢力というのは、「日中戦争は日本の侵略戦争だ」との自虐史観に洗脳されてる故に、「戦争は悪」であるかの様に騒ぎ立てているが、「日中戦争(支那事変)」は、我が国の侵略ではなく、中国共産党の挑発行為によって勃発したものだ。

 戦争勃発前の支那の新聞の大勢は、「日本をやっつけるべし」という「対日主戦論」が幅を利かせていて、過激な知識人・学生・都市市民、中国共産党、地方軍閥の3グループが主戦論であった。

 共産党と軍閥は知識人などに主導された過激世論を味方として、蒋介石政権に対しての立場を有利にしようと謀っていた。特に共産党は、「反日」を最大の政治的武器として使っていた。

 現在の中共や、或いは韓国・北朝鮮の「反日」も政治的武器であり、見方を変えれば中国共産党の危機感の表れでもある。

 昭和6年(1931年)11月に江西省の瑞金に成立した中華ソビエト共和国は、毛沢東の名により我が国に対して「宣戦布告」を発している。

 この様に何時、何処で我が国への攻撃が起っても不思議ではない状況の下、昭和12年(1947年)7月7日、「盧溝橋事件」が起った。

「盧溝橋事件」の後には「通州」で、支那人による日本人虐殺事件が起きている。これが歴史から消された「通州事件」「通州虐殺事件」である。 所謂「南京大虐殺」は知っているが、「通州虐殺事件」について知る国民は少ない。

 この通州での残虐行為は全く語られることはなく、学校の教科書にも歴史書や年表にも載ってはいない。「通州虐殺事件」は、戦後、GHQによって消された歴史の一つである。

「東京裁判」で日本側弁護団は、盧溝橋事件の約3週間後に起こった「通州事件」について、外務省の公式声明を証拠として提出を図るが、ウェッブ裁判長によってその申し出は却下された。

 この虐殺事件を取り上げることは、日中戦争での「日本悪玉論」の論拠を失うばかりか、東京裁判を進める上で「通州虐殺事件」は、実にやっかいな不都合な事件だったというのが真相である。

 この虐殺事件を知らずして、この後に日本政府の執った行動は理解出来ないだろうし、「通州虐殺事件」は日本人にとっては決して忘れてはならない歴史の真実なのである。

 虐殺事件は昭和12(1937)年7月29日未明に起きた。

 北京から東に18キロほど下った通州という街は、明朝時代に城壁が築かれ、天津からの集荷の拠点として栄えた運河の街だ。

 通州は当時、日本軍が駐屯しており治安も安定していた。規律正しく公正な日本軍は、当時の支那の何処の街でも庶民から歓迎されていた。ところが、治安の良いはずのその通州で、昭和11年頃から不穏な空気が漂い始める。

 最初に騒ぎ始めたのが朝鮮人らだった。

「日本は悪い国だ、朝鮮を自分の領土にして朝鮮人を奴隷にしている」と言い触らし、「次は支那を領土にして支那人を奴隷にしようとしている」などと根拠のないデタラメを半ば公然と吹聴し始める。

 昭和12年になると「日本軍と日本人を追い出さなければならない。いや日本人は皆殺しにしなければなない」と言い出す迄になり、そうした風評は止まることはなく、益々エスカレートし民衆は殺気立った。

 そうした仄聞はもちろん現地に駐屯していた日本軍にの耳にも入ってはいたが、現地の日本軍は「その様な根も葉もない噂など相手にする必要はない」と問題にしなかった。

 多くの日本人は物事を客観的に捕らえ様と努力する。これは日本人にとっては至極当たり前のことで美徳とも言えるものだが、何も反論もせず、怒らないことで朝鮮人や支那人を付け上がらせる結果になってしまったのも事実。

 これは現在の対中、対韓外交でも言えることだ。

 興奮し易く、直ぐに舞い上がり、感情的になるのは古来変わらぬ朝鮮人の特徴で、支那の工作員にとってこれほど利用し易い民族はいなかっただろう。

 昭和12年7月29日の午前3時、突然、通州にいた冀東防共自治政府の保安隊(「張慶餘」が率いる第一総隊と「張硯田」が率いる第二教導総隊)合わせて3000人が日本軍を襲撃する。

 この時、通州には日本人380名、内軍関係者110名で残りは全員が婦女子だった。

 不意を突かれた日本兵は防戦一方。襲撃開始と同時に日本兵30名が死亡した。

 必死で防戦をしている間に、支那人の学生や朝鮮人が日本人の居留区を襲撃し、日本人居留民260名をたった一日で極めて残虐な方法で虐殺するに至った。

 東京裁判での支那駐屯歩兵第2連隊小隊長・桜井文雄証人の証言がある。

 守備隊の東門を出ると、殆ど数間間隔に居留民男女の惨殺死体が横たわっており、一同悲憤の極みに達した。

「日本人はいないか」と連呼しながら各戸毎に調査していくと、鼻に牛の如く針金を通された子供や、片腕を切られた老婆、腹部を銃剣で刺された妊婦等の死体が其処彼処のゴミ箱の中や壕の中から続々出てきた。 ある飲食店では一家ことごとく首と両手を切断され惨殺されていた。婦人という婦人は14、5歳以上は悉く強姦されており全く見るに忍びなかった。 旭軒では7、8名の女は全部裸体にされ強姦刺殺されており、陰部に箒を押し込んである者、口中に土砂をつめてある者、腹を縦に断ち割ってある者など、見るに耐えなかった。東門近くの池には、首を縄で縛り、両手を合わせてそれに8番鉄線を貫き通し、一家6人数珠繋ぎにして引き回された形跡歴然たる死体があった。池の水が血で赤く染まっていたのを目撃した。

 証言した桜井小隊長は、事件後に現地に調査に入った人物だが、文中にある旭軒での出来事を全て目撃した女性の体験談もあるが筆舌に尽くし難い。

 日本国内では未だ、「日中戦争は日本による侵略戦争」だという自虐史観が蔓延しているが、日本は「北京議定書」に基づき、在留邦人保護の為に軍隊を駐屯させていたのであって侵略が目的ではない。

「盧溝橋事件」は中国共産党の謀略であることは今や明らかになっている。

 上海に駐留していた日本海軍陸戦隊に、正規軍10万人で一方的に攻撃した何れの事件も、中国共産党が仕掛けた戦争であり、つまり侵略者は我が国ではなく、中国共産党というのが正しい。

 天安門事件やチベット、ウイグルなどで、中共軍が行ってきた虐殺や弾圧は筆舌に尽くし難いが、決してこれらは対岸の火事ではない。

「盧溝橋事件」にしても「通州事件」にしても、「事実」を知ることが大事であり、事実を知れば東京裁判で断罪された多くの罪が如何に不当なものであり、不公平な人倫にも悖るものであったことが分かるだろう。

 アジア動乱の濫觴はいつの時代も中共が元凶である。

 そう考えた時、日米安保条約を殊更信じ込み、国家の大本である安全保障を米国一国に委ねることは危険でもあり、安全保障関連法案成立は当然ながら、主権国家として独自の国防体制の確立を急がねばならない。

 中共による天然ガス盗掘にしろ、尖閣諸島での挑発行為にしろ、沖縄を併呑しようとする策謀にしろ、事を軽く考えることがあってはならない。

 沖縄県民が第二の「通州事件」に捲き込まれない為にも、戦争突入を避ける上でも、防衛体制の充実且つ法整備を急がねばならないし、集団的自衛権の賛否を評論家の如く議論したところで意味はない。

「国防」とは「それを失ったら日本では無くなってしまうものを死守することであり」、そう考える時、喫緊にやるべきことは米国依存の歪な体制を正す第一歩として安保関連法案成立はいうに及ばず、国会周辺に屯するああした反日・売国勢力を排除し、偏向報道を続けるマスコミを正すことも大事なことだ。

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2015年07月29日

放射線を怖がるばかりじゃ何の解決も図れない

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 原発事故以来、県内では反原発・反安倍政権を唱える中核派の「放射線から子ども守ろう!」といった活動の影響から、放射線への恐怖だけが蔓延し、未だに放射線への理解は浸透していない。

 意味の無い除染に数兆円の予算を組むなら、原発事故での放射線の科学的データを示し、県民や住民に放射線の理解と安心を与えて行くべきだろう。

 未だに、放射線で「鼻血が止まらない」「奇形が生まれた」などといった荒唐無稽な話しばかりが飛び交ってるのを見聞きするとうんざりもいいとこだ。

 放射線は、抑々、生きものが生きて行く上で必要不可欠な物質でもある。

 例えば、「塩分」も生きる上では必要な栄養素だが、摂り過ぎると高血圧や脳卒中の原因になり忌み嫌われているが、摂取しなけりゃ死に至る。

 放射線も同じで、放射線を浴び過ぎると癌になり易くなるという単純な理屈だけだ。

 人は必ず死ぬし、日本では今や国民の三分の一が癌で亡くなると言われている。癌は別に放射線だけによるものでもなければ、癌による死だけが特別でもない。

 以前、「患者よ、がんと闘うな」を上梓し、「癌は切るな」「癌検診、百害あって一利なし」という独自の理論を展開する慶応大学の近藤誠はこう語る。

 「癌治療が苦しいのは、手術や抗癌剤治療を受けるからで、これらをなるべく避けて治療すれば、治るものは治るし、治らない場合にも、そう苦しまないで済む対処法も進んでいるから末期癌でも最後まで意識清明でいられる」

 刮目する内容ではなかろうか。

 発癌性ある物質はかなり多く、放射線もその一つに過ぎない。

 発癌性の高いもの一つには例えば高血圧の薬がある。

 愚生も常用しているが、降圧剤は発癌性も然ることながら、感染症のリスクも増すことも報告されている。それをカネを払って飲んでるのだから嗤えない。

 抑々、この高血圧の基準も実にいい加減なもので、Tokyo DD Clinic院長でNPO法人・薬害研究センター内海聡理事長によれば、「医師会による策謀」と言っても過言ではない大嘘だという。

 この内海理事長、政治的な発言などではチンプンカンプンな自説を垂れ流すこともあるが、医学に関しては膝を打つ内容のものは多い。

 我が国の基準値は本来、最高血圧が160~最低血圧が95mmHgだったのだが、20平成12(2000)年に、最高血圧140~最低血圧90に引き下げた。

 昨日まで血圧が150~92という正常値だった健康な人が、いきなり高血圧患者されることとなり、病人にされてしまった。

 この基準値を下げたことで新たに2100万人の高血圧の患者が増え、これまでと合わせ3700万人が高血圧となり、血圧を下げる薬が膨大に出され、製薬メーカーの利益は増大した。

 我が国の殖え続ける国民医療費はこうした医師会と製薬会社、それとそうした利権構造にタカる政治家の腐敗構造によるものが大きい。

 80歳の人の5年生存率を最高血圧から調査した研究によれば、最高血圧が180以上の人達の生存率が最も高くなり、最高血圧が120~140のグループの生存率が一番低いという。

 そもそも高齢になると、血圧が高くなるのは正常な生理作用。それを薬で下げてしまうことでリスクが発生するのは当然といえば当然のこと。

 一般の塩は塩化ナトリウムの純度が高過ぎる不自然な塩で、かといってミネラル成分が多ければよいというものでもない。

 昔ながらの製法で作られた自然塩には適度のにがりが含まれていて、塩はやはり海水などで作られる自然塩に限る。

 血圧の基準自体が嘘なのだが、言えることは色々なものに洗脳されていて、嘘を信じてしまっていることを自覚出来るかどうかである。

 放射線の認識もこれと同じで、怖がるばかりじゃ何の解決も図れない。

 まぁ、愚生も福島県民として原発事故の影響下にあるし、降圧剤服用者ではあるが、恐らくは癌で死ぬことはないだろう。

 もし愚生が斃れるとしたら、癌より脳卒中だろうなぁ(笑)

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2015年07月28日

親日国である台湾との友好を更に深めよう!

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 李登輝前総統が21~26日の予定で来日していたが、全くといっていいほど報道されない。離日したというニュースも無い。

 日本政府や外務省というのは「日中共同宣言」により、台湾を中国の一部としており、台湾を国として認めていない。

 こうした無礼は道義国・日本としては如何なものだろう。

 「観光立国」を掲げ、訪日する外国人のトップは「中国」であるとし、支那人による「爆買い」を、然も日本経済に貢献しているかの様に報じているが、訪日する外国のトップは台湾からの観光客だ。

 昭和27年4月28日、主権を快復した我が国は中華民国への報恩感謝として日華国交条約の締結する。道義国家として当然の行為だろう。

 だが、昭和47年、中華人民共和国との国交正常化交渉がなされると、中国共産党を唯一の政府と認め一方的に中華民国に対し断絶を通告した。

 当時の田中内閣は、「日ソ中立条約」を一方的に破棄した旧ソ連と同じ蛮行を台湾に行ったのだ。

 この国際条約の破棄という行為は明らかな日本国憲法第98条違反であり、道義国家として断じて赦されざる破廉恥行為である。

 左翼やマスコミらも、安保関連法案を「違憲」と断じるなら、こうした過去の憲法蹂躙こそ糾弾するべきではないのか。

 爾来、我が国は台湾を国家と見做さない無礼千万な振る舞いを行っているが、日本人として実に恥かしい限りだ。

 「観光立国」を目指すなら、親日国である台湾に感謝し、日中共同宣言で蹂躙した「日華国交条約」の蛮行と過去の数々の無礼を詫び、堂々と台湾を国家として認めることこそ大事である。

 李登輝前総統は我が郡山も訪問し、熱烈な歓迎を受けた。

 目的は「総合南東北病院」などを運営する脳神経疾患研究所の南東北BNCT研究センターを訪れ、最先端のガン治療施設の視察。

 「台湾で最も多い死亡原因のガンを減らしたい。BNCTという最先端の治療法が日本で完成されつつあり、ぜひ台湾に導入したい」と語った。

 翌25日は宮城県松島町、26日は東日本大震災の瓦礫で造成した同県岩沼市の「千年希望の丘」の慰霊碑を訪れ、被災者を激励した。

 李登輝前総統の日本名は「岩里政男」。京都大学農学部在学中に日本人学徒兵として召集され、高射砲兵となり出征している。

 実兄は「岩里武則」。昭和18年に志願兵として出征し、海軍に入り陸戦隊員としてフィリピン沖で戦死した。

 その兄は靖國神社に祀られている。

 だが、先の日中平和条約締結により、李登輝氏の靖國神社参拝は叶うことはなく、漸く参拝出来たのは平成19年6月7日のことだった。

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 愚生が右翼団体の行動隊長として李登輝前総統の「靖國神社参拝を熱望する」というビラを作り都内一円に貼ったのは約20年ほど前のことだ。

 そうしたこともあり、李登輝前総統の靖國参拝の報を知り、急いで上京し奉迎したのを昨日のことの様に思い出す。

 大東亜戦争中、台湾人は軍人・軍属併せて20数万人が日本帝国軍と共に出征し、戦死者・不明者は53,391人に及ぶ。

 日本人として戦い、実兄が靖國に眠る李登輝氏の訪日に何故に未だ躊躇するのか。何故にそこまで中共へ阿るのか。全く理解が出来ない。

 我が国と台湾のそうした過去の歴史的経緯を知ってか知らずか、台湾に異様な敵愾心を抱いてる輩も少なくない。

 だが、台湾は中国の一部に非ず、台湾は台湾という独立国である。我が国は真の独立国であるなら、誰に、何に気兼ねする必要があろうか。

 日本の統治時代について台湾の歴史教育は、実に公正に教えており、台湾の近代化にかなり役に立ったという論調で書かれている。

 鉄道や電気、水道といったインフラのみならず、教育までも日本と全く同じレベルに徹底されている。

 台湾には「日本精神(リップンチェンシン)」という言葉があるという。

 「勤勉である」「約束は破らない」「人を裏切らない」、こういう人を「あいつは、日本精神があるヤツだ」というらしいが、現在の我が国の現状を見ると恥ずかしくて赤面してしまいそうだ。

 「信義誠実の原則」という、我々日本人が忘れてしまった日本的価値観の美徳が台湾にはまだ連綿と生きている。

 親日国である台湾との友好を更に深めよう!

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2015年07月27日

風に散る露の我が身はいとはねど 心にかかる 君が行末

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 幕末の慶応4年、西軍の会津征伐に於いて、二本松藩の家老・丹羽一学は「敗戦は必定なれど、三春に倣うべからず。二本松は、城が灰燼に帰し、一族屍を野に曝すとも、武士道と信義に殉ずべきである」と、藩論を徹底抗戦に纏め上げた。

 同年7月27日、木村銃太郎隊長(22)に率いられた少年隊士23名が蹶起する。会津白虎隊士の構成年齢が16~17歳だったことに対し、二本松少年隊の最年少隊士の年齢は僅か12歳。

 会津武士道の昇華を白虎隊に例えるのなら、二本松少年隊は正しく二本松武士道の昇華そのものだろう。

 銃太郎の率いる少年隊は、城下西口の要衝である大壇口に布陣。

 7月29日午前9時頃、少年隊は隊伍を組んで進軍してくる西軍に向かい、銃太郎の号令一下、轟然と火を吹いた少年隊の大砲によって、終に戦史に残る激戦が開始される。

 「竹薮に一弾入るや、竹幹に当りて所謂外れ丸となりカラカラと物凄き音を立て飛び去るを以て危険更に増さりぬ、余鉄砲を取直して打たんとすればこは如何に先に竹薮に駆け入りし時敵弾に引金を打貫かれて用をなさず、如何はせんとためらふ不図見付けたるは、砲車の側は横はれる一大木材なり、一抱えもありて長さは四五間に余れり。是れ屈竟の物なりと直に其木材にひたと許りに伏し附き、是れにて大安心いざ戦況を窺はんとせし刹那、隊長打たれたりと云ふ声あり」(二本松少年隊記より)

 二の腕に銃弾を受けた隊長・銃太郎は、迫り来る西軍を睨みつつ周囲の味方の陣の様子を窺ってみると、驚いたことに味方は既に退却した後で、少年隊は孤立の危機に直面していた。

 「今はこれまで」と銃太郎は即座に少年達に退却を命じる。

 そして大砲の火門に釘を打ち込んで使用不能にした後、集合した彼らに次の指示しようと口を開きかけたその刹那、飛来した敵弾が銃太郎の腰を貫き、銃太郎は腰から崩れ落ちた。

 自らの負傷の程度を確かめ、それが重傷だと知った時、「この傷では到底入城できない。早く我が首を斬れ」と、少年らに斬首する様に命じるが、仰天した少年達は互いに顔を見合すばかり。

 「何をしておるか、早くこの首を斬るのだ」

 「隊長の傷は軽いです、私たちの肩につかまって退却してください」

 「悪戯に押し問答している場合ではない。早く斬れ、早く!」
 
 「しからば御免仕る」と、副隊長の二階堂衛守(33)が名乗り出る。

 「忝い。後は頼みます」

 「心得て候」

 だが、銃太郎の首を斬り落とすのに、三回刀を振り下ろさねばならなかったといから、二階堂も緊張の極みだったに違いない。

 周りを取り囲んでいた少年達は、「隊長死んじまった、どうすっぺぇ」と号泣しながら、それでも棒や素手で土を掘り、銃太郎の遺骸を葬ったという。

 大壇口から退却して来た二階堂と岡山篤次郎(13)は大隣寺近くで狙撃され、腹部貫通の重傷を負った。

 篤次郎は、その狙撃した土佐藩の兵によって野戦病院だった称念寺に運び込まれるも短い生涯を閉じた。

 土佐藩隊長広田弘道は篤次郎の勇敢さに感動し、最期まで決して屈しなかった魂に感激を熱くすると、「反(かえり)感状」を少年の遺骸の枕元に残した。

 その反感状の全文が、蓮華寺という寺の石碑に刻まれている。

   「今年十三才にて戦死岡山篤次郎 敵ながらも甲斐々々敷美少年一色残し置次第
    薩州土州の者憐みいたはりしかども蘇みかへらず 依てさしおくる一首
    岡山尊公の名は幾世残れかし
           君がため二心なき武士は
                 命はすてよ名は残るらん」

 事実、篤次郎は眉目秀麗な美少年だったという。

 少年隊の奮闘空しく、その日のうちに二本松城は落城してしまう。

 これを以て、二本松藩への罵詈を浴びせる歴史家もいるが、事実はそんな簡単なものではない。戊辰の役で戦った藩は多かれど、一藩玉砕したのは二本松藩だけである。

 幕末の薩摩藩士で陸軍元帥の野津道貫は、回顧談で「兵数不詳の敵兵は、砲列を布いて我軍を邀撃するのであった。我軍は早速之に応戦したが、敵は地物を利用して、おまけに射撃はすこぶる正確で、一時我軍は全く前進を阻害された。我軍は正面攻撃では奏功せざる事を覚り、軍を迂回させて敵の両側面を脅威し、辛うじて撃退することを得たが、怨恐らく戊辰戦中第一の激戦であったろう」と語っている。(近世国民史)

 二本松藩には、代々「必殺を期すには、斬らずに突くべし」という刀法が伝わっている。

 これは、「忠臣蔵」の浅野内匠頭が吉良上野介を討ち漏らしたことを聞いた二本松藩初代藩主丹羽光重が、「何故、浅野公は斬りつけたのか。斬りつけずに突けばよかったものを!」と酷く悔しがったという由来から、以来、二本松に於いては「斬らずに突け」が伝統となった。

 少年隊士・成田才次郎が、出陣の際に父から訓されたのも、この「斬らずに突け」だったという。

 その才次郎、大壇口から敗走中の混乱で隊士はバラバラになってしまい、単独で二本松城下の郭内まで戻るも戦意は尚も旺盛だった。

 「必ず敵将を斃してやる」

 そこで一の丁の物陰に潜んでいたところ、馬上豊かに立派な武士が一隊を率いてやってくるのが見えた。

 長州藩士・白井小四郎が率いる長州藩の部隊だった。

 才次郎、隊列が目前に来るまで充分に引き付け、此処ぞ!というところで、大刀をまっすぐに構えるや、一気に先頭の白井に向って突進した。

 しかし、歴戦の長州兵は、この遮二無二突進する小さな刺客に即座に反応し、隊長を護るべく馬前に出る。

 「子供じゃ、手を出すでない」

 白井は、突っ込んで来るのが子供だと瞬時に見抜き、兵を制した。

 だが、それが徒となり、才次郎の剣は、狙い違わずこの敵将の脇の下から胸部を突き刺した。

 白井、どうっと落馬する。

 驚愕した長州兵らは慌てて才次郎を捕えようとするが、刀を振り回す才次郎に近寄ることも出来ない。

 已む無く鉄砲を使い、漸くこの小さな勇士を倒すことが出来た。

 このとき才次郎、14歳。

 現在、長州藩士・白井小四郎の墓が真行寺という寺に残っている。

 維新後の明治3年、長州藩から香華料として金二両が納められた。

 少年への一瞬の憐憫が自らの死を招いたこの将の墓前には、今でも多くの参詣者からの香華が絶えることはない。

 西軍が城下に迫ったと聞くや、城中にあった大城代・内藤四郎兵衛は、「我は城の主将たり、むなしく内に在って死すべきにあらず」と城門を開いて討って出、奮戦激闘の中、見事な最期を遂げた。

 四郎兵衛の最期は、二本松藩士の鑑と称されている。

 丹羽和左衛門は、床机に腰掛けて割腹し、膝上に広げた軍扇の上に自らの内臓を引き出して立亡していたという。

 徹底抗戦を唱えた家老・丹羽一学は、城の土蔵奉行宅で郡代見習・丹羽新十郎、城代・服部久左衛門と共に壮絶な割腹自刃を遂げた。

 「風に散る露の我が身はいとはねど 心にかかる 君が行末」

 一学の辞世である。

 少年隊を始め、二本松藩士や先人が名誉を守る為に堂々と戦い潔く散った。こうした純真無垢な精神は、大東亜戦争で散って行った英霊と通ずるものが在るだろう。

 二本松に生まれ育った者として、少年隊は郷土の誇りであり、その生き様に感謝すると共に、我々は先人の覇気に学ばねばならない。

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2015年07月25日

毎年暑い時期になると鬱陶しい連中の動きが活発になってくる(笑)

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 毎年暑い時期になると、所謂「平和屋」の連中の動きが活発になってくる。

 8月6日の広島、9日の長崎と原爆が投下された日に焦点を合わせ「原水爆禁止世界大会」なるものが開催される。

 世界から核兵器が無くなることに越したことはない。だが、現実的には不可能なことで、核兵器も保持していない日本国内で「核兵器反対」を訴えても意味はない。

 この運動は、初めは純然たる市民の署名運動から始まったものだ。

 署名運動の輪が、急速に全国に広がっていくのに目をつけた、社民党(旧日本社会党)と日本共産党が割り込みを図り、イデオロギーに汚染させ、終には主導権争いを演じて分裂させてしまう。

 それが社民党系の「原水禁」と、共産党系の「原水協」だ。日教組と全教の分断と同じ構図だが、これだけでも連中に「平和」など口にする資格はない。

 連中の目的は「平和」とは名ばかりで、原爆を投下したのが米国だから騒いでるだけの「反米活動」に過ぎない。

 米国の原爆投下への批判はあって当然のことだが、連中は執拗に古傷を暴き、日米離間を図ると共に、党勢拡大と革命謀略に狂奔しているだけだ。

 だが、我が国と米国は、国家の威信を賭けて戦っていた訳で、新しい兵器を開発し使用したこと自体は「三分の理」を認めざるを得ない。

 左翼団体や自称・平和団体の「反米」も行き着くところは、米軍の行った自虐史観による洗脳であるが、未だその洗脳から目覚めようともせず、いけしゃあしゃあと「反米」を口にするとはマヌケ過ぎる(笑)

 原爆投下による被害は甚大ではあったが、原爆投下によってこういう新種が殖えてしまったのは皮肉な結果でもある。これは東京電力福島第一原発事故後の反原発派にも言えることだが(苦笑)

 米国の洗脳にどっぷり漬かっている左翼が「反米」などとは滑稽極まりないが、統治下で実行された我が国への弱体化政策は、米国が予想した以上の成果を齎し続けている。

 長崎に原爆投下された9日未明、ロシア(旧ソ連)は「日ソ不可侵中立条約」を一方的に破棄し、満州や南樺太に侵略を開始した。

 この日を境に日本人同胞の虐殺や強盗強姦事件が頻発し、最終的には我が国固有の領土であった樺太や北方領土が強奪された。

 この旧ソ連の鬼畜の如き蛮行で亡くなった日本人同胞は、広島・長崎で亡くなった方を遥かに超え、また、終戦後シベリヤに抑留され極寒の地で亡くなった方も数え切れない。

 抑留された日本人は、軍属だけで60万人と言われているが、ロシアの資料に拠れば約70万人、米国の資料では約90万人と言われている。

 自称「平和屋」の連中が過去に、或いは現代に於いても、この旧ソ連の蛮行を取り上げ、糾弾したことは一度たりとも無いが、これこそが彼らの正体を現している。

 その昔ブームになった「反核集会」が、ソ連や中共からの資金援助によって行われていた様に、現在の「反安保関連法案」や「沖縄反米基地運動」などの活動資金も言わずもがなだろう。

 我が国の「平和」は米国の核の庇護下での偶然の賜物でしかない。

 「平和」というものは空念仏の様に唱えていれば良いものではなく、自ら創り出さなくてはならない時代なのだ。

 心の呵責無しに核兵器を有する資格があるのは、世界で唯一の戦争被爆国である我が国だけであろう。

 そういう意味でも、真の「平和」を創造する為に、限定的核武装も安全保障戦略の一つに採り入れるべきであろう。

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2015年07月24日

いっそのこと「戦争法案」宜しく、中共と一戦交えればいい(笑)

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 安保関連法案に反対してる勢力の主張というのは、「戦争に巻き込まれる」だとか、「あの暗い時代に逆戻り」とか、揚句に「中国が日本を攻めて来ることは在り得ない」などといったどれも愚にも付かないものばかり。

 中国が攻めて来ることが無いなら、それ以上に「日本がアジアを侵略する」訳なんぞ在り得ないことなのだが、そこに関しては「日本悪玉論」が依然として存在している(苦笑)

 「あの暗い時代」というのも、戦後、GHQの戦後教育に侵され続ける戦後民主主義者の得意とする言葉の一つでもある。

 昭和の激動の時代も、国民は極貧に喘ぎながらも君民一体となって、活き活きと生きていたことは想像するに余りある。

 「暗い時代」というのは、電力が乏しく、テレビもなく、裸電球の下での薄暗い生活だったのは確かだが(笑)

 日本国内では相変わらず中国のキンピカ報道ばかりで、国民は誤った情報に振り回され続けている。

 「中国」とは「中華人民共和国(中共)」のことであり、その実は「中国共産党」一党独裁のヤクザ国家だ。

 中共を「中国」と呼んだり、経済大国のまともな国と見るから対応を間違える。ヤクザに諂へばどうなるかは分かるだろうに(笑)

 未だ共産主義を最高原理として崇め、「神」や「仏」という共産主義を超える最高の存在は決して許すことはない。

 人民には「信仰の自由」も、「集会や結社の自由」も、「出版」や勿論政府批判などの「言論」も無ければ「基本的人権」も無い。

 こんなヤクザ国家と「友好」だとか「互恵」などとは御笑い種で、「中国が日本を攻めてくることはない」などとは余りにも暢気過ぎるだろう。

 満州、内蒙古、チベット、新疆の異民族を虐殺し土地を奪い、共産主義と「民族浄化」の下に漢民族化を強制していることは周知の通り。

 清朝時代の最大版図を「歴史的領土」と主張し、尖閣諸島や東シナ海、南シナ海をも併呑しようする中国共産党こそ、現世最大の帝国主義国である。

 安保関連法案反対派は、東シナ海でのガス田盗掘をどう感じているのか。

 これも単なる日中合意を受けての共同開発の一環であって、我が国には何ら影響が無いとでもいうのだろうか。

 尖閣列島を巡り、またこうしたガス田盗掘によって日中間で戦争となるだろうと予測してる専門家も多い。

 だが、愚生的には中共にそれほどの度胸があるとは思えない。

 要は我が国をナメきって、その出方を窺ってるだけで、そういう意味でも今回の安保関連法案成立への動きは、中共にとっては思いも拠らぬ展開だったに違いない。

 いっそのこと「戦争法案」宜しく、中共と一戦交えればいい(笑)

 中国人民軍なんぞ懼れるに足らず。我が自衛隊は、中共軍より兵器も個人の資質も非常に高く、中共軍が尖閣上陸を強行した場合、自衛隊の能力の高さを世界に誇示することになるだろう。

 更に、尖閣での紛争に米国が同盟国として参戦するとなれば、中共側は短期間で重大な被害を受けるのは必至だ。

 自衛隊がもし一時的にでも中共軍を追い払うことが出来なかったとしても、国民が領土主権の重要性に目覚め、憲法論や国防力を見直す契機にもなるだろうし、そういう意味でも中共との紛争は願ったり叶ったり。

 だが、中共の場合そうはいかない。

 紛争での失態は、習近平体制の威厳を失墜させ、周辺国への恫喝も通じず、巨大な軍事力を背景に弾圧されてる国々は独立に向けて自信を深める結果になり、共産主義一党独裁体制を崩壊する危険を孕んでいる。

 我が国に、先の大戦での責任が在るとすれば、それは戦後、共産党や共産主義者らの跋扈を許したことであり、その償いは、共産主義者とその親玉である中国共産党を滅ぼす以外にはない。

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2015年07月23日

「熱狂した大衆だけが操縦可能である(ヒトラー)」とは蓋し正論

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 暇潰しと備忘録を兼ね、facebookやtwitterをやっている。新聞やテレビ、本などとはまた違った情報もあり、その正否や是非は兎も角、参考にはなる。

 高がSNSだが、綴る文章や採り上げる話題などでもその人となりも薄薄理解出来る。

 最近のfacebookは友達が「いいね!」やシェアしたものがアップされ、それに「いいね!」なんて押したものなら、その友達の友達や元ネタの主から「いいね!ありがとうございます。よかったら友達に!」なんて友達申請が来たりもする。

 面倒臭いので最近は、読んだら「いいね!」も押さず非表示にしてしまうことが多くなった。何故なら、他のFBFの味のある投稿が読めなくなってしまうことがあるからだ。

 シェアした記事もそうだ。ただシェアするだけで自分の意見が書かれていないのはホント迷惑でしかない。シェアした記事に何を感じ、どう思ったのかを短い文章でもいいから綴るべきだろう。

 共通してるのは同じ様な内容のもので、そうした記事を一日中目にしてると流石に辟易するし、同じ様な考えの仲間内で記事を廻して何になるのだろうと、自称・保守派の行く末を心配してしまったりもする。

 政治の記事や動向なんぞ、その時々で変わるもの。マスコミの煽る話題に熱くなり、一喜一憂してる場合でもない。

 今日の地元紙に乗ってる共同通信社の世論調査を見ても、如何に国民というのは大勢に流されるかが手に取る様に理解出来る。

 何事も本物と本物の戦いであり、政治も真の政治家が強いリーダーシップを発揮すれば、大衆というのはどうとでも動くものだ。

 ヒトラーの「大衆の多くは無知で愚かである」「熱狂した大衆だけが操縦可能である」という言葉は正鵠を射てると思う(笑)

 世論調査の設問では、「あなたは戦後を象徴する出来事は何だと思いますか。三つまで選んでください」というのがあった。

 一位は「東日本大震災と東京電力福島第一原発事故」49%。二位は「高度経済成長」41%。三位は「日本国憲法」の29%と続く。

 「バブル経済と崩壊」「沖縄返還」「東京五輪」「オウム事件」「あさま山荘事件」などなど30項目。

 だが、何故か三島由紀夫・森田必勝ら楯の会による市谷駐屯地総監監禁事件(三島事件)が設問に無い。

 如何にも共同通信らしいと言えばそれまでだが、三島事件とは、それこそ安全保障と国防への警鐘乱打であり、日本男児としての魂から発した獅子吼であったのだ。

  携行した「檄」にはこう記されていた。

 我々は戦後の経済的繁栄に現を抜かし、国の大本を忘れ国民精神を失い、本を正さずして末に走り、その場凌ぎの偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は自己保身、権力欲、偽善のみに捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されず誤魔化され、日本人自ら日本の歴史と伝統を潰して行くのを、歯噛みしながら見ていなければならなかった・・・

 国體を守るのは軍隊であり、政体を守るのは警察である。政体を警察力を以て守りきれない段階に来て、初めて軍隊の出動によって国體が明らかになり、軍は建軍の本義を回復するであろう。日本の軍隊の建軍の本義とは、「天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る」ことにしか存在しないのである。

 安全保障関連法案は「違憲」であるなら、自衛隊こそ憲法9条違反であろう。その違憲である自衛隊は今や合法的に存在していることに刮目すれば、安全保障関連法案もまた合法というのは当然の帰結でもある。

 「国防」とは、単に領土主権だけの問題ではない。

 三島は、「国防とは、それを失えば日本ではなくなってしまうことを死守することだ」と教える。

 つまり「国防」の任務は、歴史・伝統・文化に裏打ちされた日本という国柄を守ることであり、畢竟、皇統を死守することに在るのだ。

 自衛隊は「国軍」であり、「皇軍」で在らねばならないというのはこういうことであり、いつまでも違憲合法論によってあやふやな立場の儘で「国防」という国家の大本を任せておくことは自衛隊員に対して、また殉死した自衛隊員への冒涜である。

 早々に矛盾だらけの現憲法の「無効」を高らかに宣言し、主権国家として、またアジアの盟主としての王道を歩んで往かねばならない。

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2015年07月21日

安倍もいっそのこと「現憲法無効」を宣言してみたら如何か

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 19日付の地元紙の一面には内閣支持率が37%、不支持率は51.6%となり、安倍政権発足から初めて支持と不支持が逆転したと仰々しい記事が躍っている。

 見方によってはこれが最低の数字であり、安保関連法案の衆院採択も、マスコミや野党が騒いでる割には冷静に見ている国民が多いということは、ある意味、日本人のバランス感覚の好さを示している数字でもある。

 左翼に傾倒しつつある最近の地元紙には珍しく、19日付の「日曜論壇」の記事は至極真っ当な内容が書かれてある。担当は元東京地検特捜部長の宗像紀夫弁護士。現在は内閣官房参与という立場にいる様だ。

 安保法制を巡る議論は、国民にとっては確かに分かり易い議論にはなっていないとし、「もっと平易に、かみ砕いて説明することが必要だ」と語る。

 検事を経験し、弁護士という立場にいる者として、刑事法の「正当防衛」の理論、考え方で説明している。

 「友人と二人で夜道を歩いている時に、強盗が自分を襲ってきたらどうするか。逃げるか、反撃するかのどちらかだろう」

 殴られたら殴り返すなどの行為は一定の要件を満たせば罪にはならなず、適法行為となる。これは一緒にいた友人が襲われた場合も、友人を救う行為は正当防衛として、適法な行為と判断される。

 「この刑法三十六条の規定は、個人対個人の関係を定めたものだが、集団的自衛権を考える上で参考になる考え方だ」と説明するが、これなら余程のバカか確信的左翼じゃない限り理解するだろう。

 我が国の自衛隊は、法的には軍隊ではなく、巨大な警察機構というのが正しい。

 本来、見直すべきは集団的自衛権の行使云々ではなく自衛隊の存在であり、憲法の解釈というより、もっと踏み込んで現憲法と自衛隊の設立過程と存在というものについて真剣に議論し、国防の在り方を真剣に考えて行かねばならない。

 嘗て三島由紀夫は、その「檄」に於いてこう喝破した。

 「最も名誉を重んずるべき軍が、最も悪質な欺瞞の中に放置され・・・国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず」

 与党である公明党は、「憲法解釈の変更をしなくても国民の生命と財産は守れる」などと宣っているが、自衛隊とは「警察の物理的に巨大なものとしての地位」の立場の儘であるということなのだ。

 安倍が常々口にする「国民の生命と安全を守る」というのもこれと同じで、「生命と安全」を守るのは本来、警察であり、国軍としての自衛隊が護るべきは「国柄」であり、畢竟、「皇統」である。

 自衛隊が「国軍」であり「皇軍」で在らねばならないというのはこういうことだ。

 集団的自衛権に対する憲法解釈どころか、これは「なし崩し的改憲」という代物であり、こうしたカタチで憲法蹂躙が実行されている状況は、最早、現憲法は国の最高法規として機能していない証左でもある。

 「フグの毒の部分、肝を取り除いた」形が政府提案の集団的自衛権で、これなら憲法の強要範囲に収まるというのが、内閣法制局長官の考えだ。

 まぁフグの毒は肝臓だけじゃなく卵巣にもあるが、細かい部分が国民には理解出来ないし、あやふやな雰囲気のまま、単に「戦争法案」だとか「徴兵制」だとか、実に曖昧な次元で反対してるとしか思えない。

 問題があれば、その危険性を徹底して指摘し、批判することは大事だが、野党からの批判は単なる党利党略から来るヒステリーでしかない。

 宗像弁護士は、嘗てガリレオ・ガリレイが天動説を唱えていた時代、たった1人「それでも地球は廻っている」と訴え処刑された例を出しているが、野党に足らない処はこういう覚悟からの反対論であろう。

 「昨今の議論は、嘗て、殆どの学者が自衛隊は違憲だとした状況に酷似している。その殆どの学者はその後、合憲説に変わった」との言葉で締めくくっている。

 自衛隊は旧社会党が認めた通り「違憲合法論」から成り立っている。

 国際法でも認められている集団的自衛権が「違憲だ」などと騒いでいるのは、我が国だけの珍現象だが、安保関連法案も「違憲合法論」として引き継がれ、歪な我が国の国防体制が構築されて行くのだろう。

 つまりは、自主憲法制定が益々遠退いて行くということを意味しているが、安倍もいっそのこと「現憲法無効」を宣言してみたら如何だろう。

 そうすりゃマジで歴史に名を遺せるぞ。呵呵。

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2015年07月19日

「海の日」が何故に7月20日で在らねばならない理由

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 今年の「海の日」は偶偶20日になっているが、「国民が海の恩恵に感謝し、海洋国家の繁栄を祝う日」とされ、ハーッピーマンデーの祝日の一つでもある。

 だが本来の意味は、その「海の恩恵に感謝する」という趣旨とは全く違うものだ。

 戊辰戦争で「朝敵」「逆賊」に仕立てられた会津藩は、不毛の領地「斗南藩」に移されることで終結する。開拓は艱難辛苦を極めたが、その開拓がその後の津軽、青森の発展に寄与したことは言うまでもない。  

 会津藩に限らず戊辰戦争で幕府に恩義を感じ、抗戦し、敗れた多くの東日本の雄藩は、新政府に参政することなく辛苦の日々を送っていた。

 「賊軍」の汚名を着せられた多くの人々は、新政府に対して言いたいことは山ほどあっただろう。だが彼らは臥薪嘗胆、耐えることで國全体が保たれるのならばと己の悲運を甘受し、その抗し難い天命を潔しとした。

 明治9年、東北・北海道へ約50日間に及ぶ巡幸に臨まれた明治天皇が、「明治丸」で横浜に帰港された日が7月20日である。

 この20日以外の「海の日」に何の意味が在るというのか。

 この巡幸の目的が戊辰戦争に敗れて以降、艱難辛苦の日々を送っていた人々を明治天皇が慰撫し、激励する為に他ならない。

 出発は6月2日、馬車で福島から仙台、岩手、青森と北上、次いで明治丸で津軽海峡を渡り、函館を経て三陸沖を海路戻るというコースを辿っている。
 
 この間、東北の人々は巡幸の先々で奉迎した。

 明治天皇も各地で開墾や産業の振興に尽くした功労者を労らわれている。

 愚生の住む郡山(安積)では、荒野を拓いて出来たばかりの桑野村まで分け入り、開拓者の苦労話に耳を傾けられ、金五万円を下賜された。

 弘前に在る「東奥義塾」では外国人教師による英語教育が行われていて、生徒10名が英語を披露。天皇はその進取の気象に感心され、ウェブスター辞書を買う代金にと一人につき金五円を下賜された。

 また或る地方では、小学生が献上してくれた蛍一籠を嘉納され、岩手では太布半纏(ふとのばんてん)と呼ばれる農民の仕事着をお買い上げ遊ばされている。

 どの逸話も明治天皇の慈愛に満ちたもので、天皇と国民は正に君民一体、東北の人々との間に親しく絆を結ぼうと努める明治天皇の面影が偲ばれる。

 この東北・北海道の巡幸を以て、逆賊も朝敵もなく、一切の蟠りも無くなったのだ。

 東日本大震災と原発事故に疲弊している我々東北人にとって、「海の日」は被災地に思いを寄せる今上陛下の大御心と通じる感慨深い日でもある。

 だがどうだろう。悲しいかな、こうした「海の日」の由来を知る国民は少ない。

 自民党は以前より、所謂「ハッピーマンデー」となっている「海の日」を、従来の7月20日に変更する祝日法改正案の提出を計画していた。

 保守政党として当然の行為であろう。

 だが、昨年、何故か祝日法改正案提出を断念した。

 断念にした理由は、「三連休が減ることで観光産業への打撃を懸念する党内の慎重派に配慮したからだ」という。

 何たることか。これが保守政党なのか。何が「観光産業への打撃」か。

 「祝日」は単なる「休日」ではないのだ。分かるか、自民党よ!

 「ハッピーマンデー」は、国體破壊を策謀する左翼陣営が企画したものだが、こうした愚策に自民党や保守を標榜する政治家らが同調し、施行されてしまったことは実に御粗末と言う他はない。

 国體破壊を目指す左翼陣営の最終目的は、我が国の国柄を顕す「新嘗祭(勤労感謝の日)」と「紀元節(建国記念日)」をハッピーマンデーにすることが狙いなのは明らかだ。

 「三連休が減ることで観光産業への打撃を懸念する党内の慎重派に配慮して」というなら、建国記念日も、勤労感謝の日も、ハッピーマンデーにするつもりか。

 諸外国に比べ、我が国の祝祭日ほど「国柄」の分かる素晴らしい伝統、文化はない。だが、多くの日本人が、祝日をただの休みとしか考えていないのはさもしく情けない。

 「海の日」をハッピーマンデーから簡択し、7月20日に固定すべし!

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2015年07月18日

喜多方市の「ほまれ酒造」、インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)で世界一に!

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 ロンドンで開催されたインターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)で喜多方市の「ほまれ酒造」の「会津ほまれ・播州産山田錦仕込・純米大吟醸」が最優秀賞「チャンピオン・サケ」に選ばれ世界一の栄冠に輝いた。

 トロフィー受賞酒は、普通酒で夢心酒造の「夢心」、純米酒では笹政宗酒造の「特別純米・笹政宗」が選ばれたが三酒蔵ともに喜多方市とは大したものだ。喜多方はラーメンだけではありません。

 全国新酒品評会でも、金賞受賞銘柄数で三年連続日本一を誇る福島県産日本酒のレベルの高さを世界に示したことは、原発事故で在らぬ風評被害を被っている県民にとっても嬉しいニュースでもあり、誇りでもある。

 晩酌では大七酒造の純米生酛を好んで飲んでるが、その大七酒造からは「頌歌」と「箕輪門」がメダル賞を受賞した。でも、この二種はチョッと高級なので晩酌向きではない(笑)

 大七酒造と同じ二本松市からは「人気酒造」が四銘柄が選ばれている。人気酒造は二本松の奥の松酒造から独立した酒蔵で、スパークリング酒を造るなど、名前通りに人気上昇中の酒蔵です。

 日本酒というのは実に奥深く、色や香り酸味や日本酒度で呼び方が違うし、飲み方も常温から冷酒や燗酒、原酒ロックなど色々と愉しめる。

 冷酒には「涼冷え(15℃前後)」「花冷え(10℃前後)」「雪冷え(5℃前後)」と呼び方も様々で、冷し方で味も香りも違って来るし、銘柄によってもまた違う味わいになる。

 燗酒も同様で「飛び切り燗(55℃前後)」「熱燗(50℃前後)」「上燗(45℃前後)」「ぬる燗(40℃前後)」「人肌燗(37℃前後)」「日向燗(33℃前後)」と、、これほどまで繊細さを求められる酒はない。

 ウイスキー部門では、先日行われたインターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(ISC)において、サントリーウイスキーの「響21年」が、「世界のウイスキー」部門におけるカテゴリー最高賞「トロフィー」に3年連続で輝いた。

 ニッカのフロム・ザ・バレルも初受賞するなど、ジャパニーズ・ウイスキーも今や世界が認める逸品となっているが、素晴らしいことだ。

 韓国や台湾などは、福島県産や宮城、岩手などの被災地からの農水産を輸入禁止にしているが、ホントいい加減にして頂きたいものだ。

 反原発派を始めとした連中は、あくまでも放射線は危険なものでなくてはならないし、福島県産なんぞとんでもないということだが、ほまれ酒造の世界一は、そうした認識が如何に非科学的であるということの証明でもある。

 反原発を訴えている右翼には「友よ山河を滅ぼす勿れ」という野村秋介の言葉を都合好く使っているが、福島市を流れる一級河川の「荒川」は震災前も、震災後も「清流日本一」に輝いてることを知らない。

 まぁそんなとこで、皆さんも是非、福島県産の日本酒を購入し、チョッと冷して愉しんでみては如何ですか。

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2015年07月17日

一億総評論家時代と言われて久しいが、いつから国民は憲法学者になったのか(笑)

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 安全保障関連法が衆院本会議で可決された。憲法論や手順に問題はあれど、緊急避難的措置としては無難な選択だろう。

 それにしても、連日、マスコミには安倍をヒトラーと準え、「憲法違反!」を叫ぶ連中が登場しては、法案の無効を訴えている。

 安倍がヒトラーならこういうだろう。

 「わたしも間違ってるが世間はもっと間違っている!」(笑)

 ヒトラーはこうも言う。

 「大衆の多くは無知で愚かである」(嗤)

 一億総評論家時代と言われて久しいが、いつから国民は憲法学者になったのか(笑)

 憲法違反の疑いがあるのは別に今回の安保関連法案だけではない。

 首相や大臣の靖國神社への参拝は憲法違反だし、「A級戦犯分祀論」も憲法違反だ。

 私学助成金制度も憲法違反だが、ならば文科省前で「私学助成金は違憲だから、即刻廃止しろ!」というべきだろうし、廃止すれば我が国の教育制度が根本から崩れるだろう。

 外国人への生活保護支給も違憲だし、或いは、「天皇」というのは極左や共産党員がいる限り、国民の総意に基いておらず、「天皇は憲法違反の存在だから廃止しろ!」という屁理屈も成立するだろう。

 要は現憲法というのは矛盾だらけで国の基本法としては機能していないのだ。

 それにも拘らず、憲法解釈云々で安全保障を語ることに意味はない。

 疾うの昔に、憲法というのは蹂躙されているのを知らないだけだ。

 堂々と憲法違反が行われたのは、田中角栄による日華国交条約の破棄だろう。

 我が国がGHQの統治から解放され主権が恢復したのは昭和27年4月28日。

 同日「日米平和条約」が発効され、そして同日、「報恩感謝」として中華民国(台湾)との「日華国交条約」も締結した。

 道義国家日本として当然の行動であろう。

 だが、昭和47年9月29日、田中角栄は「日中共同声明」に調印する。

 そして「中国共産党」を唯一の政府と認め、一方的に「日華国交条約」を破棄した。

 田中の行為は終戦間際に「日ソ中立条約」を一方的に蹂躙したロシアの蛮行と同じであり、決して赦されるものではない。

 「日華国交条約」の破棄は明らかな日本国憲法98条違反であり、締結していた条約の蹂躙は道義国家日本が失墜した象徴でもある。

 この時の田中の蛮行を糾弾したのは右翼陣営だけであり、日頃、護憲を訴える勢力やマスコミから憲法違反の声が上ることはなかった。

 田中は調印後、「先の大戦で中国国民に重大な損害を与えたことに、責任を痛感し、深く反省する」と詭弁を弄した。

 だが、我が国が先の大戦で戦ったのは中華民国であり、「国共戦争」の勝利によって1949年10月1日に独立した中華人民共和国ではない。

 田中のこうした誤ちと歴史認識が、今でも悪しき前例となり現在も受け継がれ、中共への優遇措置が講じられ、そして中共に諂っているのが現状だ。

 「河野談話」や「村山談話」も田中角栄の歴史認識が元凶である。

 今回の安保関連法案を「憲法違反」と断じるならば、憲法を蹂躙してまで強行した「日中国交条約」を糾弾し、「日中共同宣言」の不当性や、過去の様々な違憲行為も断じるべきではないのか。

 「護憲派」は、もうそろそろ自分達が「誤憲派」であることに気付きなさい!

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2015年07月16日

安全保障関連法案、衆院本会議で可決される意味は大きい

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 安全保障関連法が、衆院平和安全法制特別委員会で採決され、今日には衆院本会議で可決される見通しだ。

 いざ、採決となり、浜田靖一委員長が「法案に賛成の方の起立を求めます」と決を採ると、野党も全員起立しているではないか。

 これ即ち、法則に則れば「強行採決」というより、「全会一致」で可決している様にも見えなくもない(笑)

 野党の皆さん準備も宜しく、「アベ政治を許さない」だとか「強行採決反対!」「自民党って感じ悪いよね」といったプラカードをカメラ目線で掲げていたが、所詮はパーフォーマンス優先で法案の中身なんてのは二の次。

 テレビ中継が終わるや否やプラカードをその場に放り投げて退散。

 こうしただらしのない光景はとても子供達には見せられない。せめて持ち込んだゴミの後片付けくらいは確りやれっての(爆)

 意見の一致を見ない、また認識が隔絶している議論を滔滔と続けることが生産的かと言えばそうではない。

 やはり、最終的には多数決で決めるのは当然であり、況してや安全保障は一刻を争う重要な問題でもある。

 しかし、民主党ってのは旧社会党の如く、何でも反対する政党に成り下がり、民主主義の基本である多数決でさえも「強行採決!」とは本末転倒。

 まぁ多数決も「強行採決」っていうことらしいので、これからは色々と使えそうだ(笑)

 国会周辺では、なんちゃって左翼が「戦争法案反対!」を叫んでいるが、本気で阻止しようという意気込みは全く感じない。

 愚生が生まれた昭和35(1960)年、一年もの審議を経て、「日米安保条約」の改正が為され様とした際の国会周辺は正に騒然としていて、その是非は兎も角、反対派の真剣さが伝わって来る。

 それに比べ、今の騒動は単なるお祭り騒ぎ。何故にこうも違うのか。

 安保闘争では法案成立の四日前に、樺美智子が忙殺された。これによって樺美智子は安保闘争の象徴とされ、反対勢力の団結力を生んだ。

 安保闘争は、「マルクス・レーニン主義」という麻疹(はしか)に罹った俄(にわか)左翼の氾濫というより、戦争に負けたという悔しさからの「反米運動」だったのではなかろうか。

 終戦後、未だ15年ほどしか経ってはおらず、何故に米国依存体制を強化する必要があるのかという、日本人としての心の奥底から出でる反抗だったのではないだろうか。

 当時、右翼陣営は戦後、「反共」の名の下に、国会周辺に屯する左翼らを殲滅せんが為に終結するも、象に挑む蟻の如く蹴散らされた。

 戦後の右翼が国粋主義から「反共」に奔ってしまったのは、「フィクサー」「右翼の巨頭」と言われた児玉誉志夫の影響が大きい。

 「政財界の黒幕」と言われた児玉誉志夫だが、戦前は海軍航空部門の物資調達を任された「児玉機関」の親玉でもあり、「A級戦犯」としてGHQに逮捕された経歴も持つ。

 GHQは占領下に於いて、戦争を引き起こしたのは日本国内の右翼勢力だとして、右翼団体や危険人物を潰そうとするも、大東亜戦争終結後にアジアや世界各地で勃発した共産党による革命や暴動阻止に右翼陣営を利用しようと企んだ。

 日本国内でも同様に共産主義者が勢力を拡大して行く。これを危惧したGHQは右翼の解体の方向を転換し、右翼を「反共」に利用することにしたのだ。児玉と同じA級戦犯だった笹川良一も同じ。

 児玉も笹川も、米国の意のままに「民主主義」や「資本主義」に与し、「共産主義」のみを悪とし、それらを忠実に実行した。

 児玉や笹川が米国のスパイと言われるのはその所為でもある。

 児玉は「児玉機関」で貯め込んだ潤沢な資金を基に、全国の博徒や香具師を纏め上げ、右翼団体を次々と立ち上げ、共に「反共運動」に乗り出した。

 今も続いている旧態依然の「反共」活動や、自民党を始めとする保守派のスローガンを忠実に遂行している院外団的行動も当時の名残りである。

 戦前の右翼と戦後の右翼は全く違う存在となってしまった。

 戦前の右翼というのは「国粋主義」的要素が強く、外国思想は全て悪と捉えるという考えであり、それは「共産主義」に止まらず、「資本主義」であろうが、「民主主義」であろうが批判されるべき対象だった。

 反共右翼、行動右翼のパイオニア、防共挺身隊に所属し、そのトップにも就いた愚生ではあるが、安保闘争を考えると忸怩たる思いはある。

 今回、第二の樺美智子が出ることはないだろう。

 現在の左翼も昔の左翼の様に、心の奥底に日本人としての思いがあれば、国民の支持も得られるだろうに、所詮は売国左翼じゃ末路は見えている。

 右翼も左翼も似たところがあり、教育勅語での美徳である「恭倹(きょうけん)己を持し」なんてのは持ち合わせることなく、自分を英雄視し、人気に肖って美名を残そうとする輩ばかり。

 真の革命家や維新者というのは、多くは美名より汚名が遺されるものだ。そういう意味では汚名を着せられている安倍は改革者なのかも知れないなぁ。呵呵。

 まぁ、兎にも角にも、安保関連法案が衆議院を通過した意味は大きい。

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2015年07月14日

どんな子も みんな日本の 大事な子!

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 岩手県矢巾町の中学2年生がイジメを苦に自殺した問題で、同校の女生徒がTVのインタビューに答え、「イジメはあった」と証言した。

 これを観た教諭に呼び出され「余計なことを言うな!」だとか、イジメをしていた生徒から舌打ちされたというから厭きれるばかり。

 こうした環境の中でイジメが日常的に行われていたことが窺える。

 会津の「什(じゅう)の掟」には、「卑怯な振舞いをしてはなりませぬ」「弱い者を苛めてはなりませぬ」ということを訓えている。

 イジメというのは、イジメが卑怯なことや恥ずかしいものだという認識の欠落から行われているのが殆ど。

 子供達がこうした卑しい行為に奔るのは、日本文化の喪失に起因してると言っても過言ではなく、それは我々大人の責任でもある。

 「教育」の問題となると実にややこしく、教育の荒廃は日教組や全教といった売国勢力によるものだと思われがちだが、実は、教育改革の足を引っ張ってるのが実は文科省と教育委員会なのだ。

 地方に於いては、教育委員会こそが教育荒廃の元凶といっても過言ではない。

 教育委員会のモデルとなったものが、米国の教育委員会制度。

 これは米国の開拓時代の占領統治の思惑から生まれたもので、日本の統治も同じ様に占領によって米国の意のままに置こうというのが狙いであり、その戦後民主主義教育は米国の思惑以上に大きな成果を齎し続けている。

 戦後の教育荒廃の元凶こそ、民主教育行政を司った教育委員会に在ると言っても過言ではなく、イジメの問題を教育委員会だけに相談したところで解決することはない。

 やはり、親と学校と周りの住民らが目を光らせ、立ち上がることが必要だと思う。

 文科省も教育委員会も日教組も言うなれば一蓮托生、教育荒廃の腐った肥溜め、占領時代の陋習である教育委員会は早々に廃止すべきで、教育委員会制度の廃止が教育改革に繋がり、延いてはイジメ問題解決にも繋がるだろう。

 「夜回り先生」こと水谷修氏は、「イジメは我慢せず、見逃さず、必ず、その時に解決しないといけません」という。

 イジメというのは他人事ではなく、誰にでも起こりうることだし、身近な問題として全ての人が考えなくてはならない問題だと思う。

 水谷氏が投稿した一文がある。(以下、読み易い様に校正して転載)

  【いじめられている子供達へ】

 今は本当につらいと思う、怖いと思う。
 だから学校には行かなくてもいいし、転校してもいい。
 逃げてもいいよ。
 でも、大人達の力を借りて闘おう、いじめに立ち向かおう。
 明日の笑顔のために。
 今、多くの大人達が
 いじめられている君達を守ろうと立ち上がっています。
 泣いていい、叫んでいい、救いを求めてごらん。
 救いは必ず来ます。

 いじめに気付いている子供達へ。
 そのことを、まず親に、そして先生に話そう。
 見て見ぬふりをすることはやめよう。
 怖がらずに。
 それが君達の大事な友達を守ることにつながり、
 君達の生きる力をつくってくれます。

 いじめている子供達に。
 すぐにいじめをやめよう。
 もしも君達がいじめられたらどんな思いがしますか。
 すぐに反省してほしい。
 そして、自分のしたことを親や先生に話してほしい。
 一切隠さずに。
 そして謝りに行こう。
 いじめで傷付いた友達のところへ。

 すべての親にお願いです。
 必ずお子さんに学校でいじめがあるのか聞いてください。
 もしいじめがあった場合は、
 すぐに学校や教育委員会に連絡してください。
 これ以上、いじめによって自ら死を選ぶ子供をつくらないためにも、
 ぜひ動いてください。(以上、転載終了)

 その昔、右翼現役時代、「日教組撲滅」のビラを都内中に貼った。

 そのビラの一つに「どんな子も みんな日本の 大事な子!」というのがあった。今見ても中々センスがいいビラだと思う。

 子供達は日本の宝だ。どんな出来の悪い子供であっても、大人達が優しい目で、そして時には厳しく、慈愛を持って見守ってやらねばなりません。

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2015年07月13日

明治政府は、「封建的農業国家」を「帝国主義的近代工業国家」に改造

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  画像は支那から見た日本。何故に中共が沖縄や尖閣に拘るかは一目瞭然。太平洋に出るには日本が邪魔なのだ。

 見ての通り、朝鮮半島が日本に向かって伸びている。この地域が中共なら対応も楽だが、厄介なことに韓国・北朝鮮が控えている。

 朝鮮半島は古来より、我が国の脇腹に突きつけられた匕首の様なもので、これが所謂「朝鮮半島匕首(あいくち)論」というものだ。

 「百済の白村江の敗戦で唐の侵攻に怯えた古代」「二度に亘る蒙古襲来に見舞われた中世」「日清・日露の宿命的な戦争を戦った近代」「韓国のゴネ得と北朝鮮の暴発と中共の横暴を恐れる現代」と、古来より朝鮮半島は地政学的に我が国の弱点だった。

 開国前後の日本には、欧米列強が我が国を植民地する意図を持って押し寄せて来ていたことは誰もが知ってる通り。

 当時、有色人種が完全な主権国家として成立していたのは我が国の他は、トルコ、タイ(シャム王国)、エチオピアの4ヵ国のみ。

 世界は軍事力や経済力で他国や異文明を捩じ伏せ、植民地することが当り前の帝国主義の時代だったのだ。

 約260年の鎖国から半ば無理矢理開国させられた日本が行く道は、白人の植民地となるか、有色人種初の帝国主義国家に生まれ変わるかのどちらの道しかなく、我が国が選択したのは後者だった。

 明治維新をたった十数年で成し遂げ、欧米列強に付け入る隙を与えなかった明治政府は「富国強兵策」を展開し、「封建的農業国家」を一気に「帝国主義的近代工業国家」に改造したのである。

 「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録には、そうした我が国の崇高な精神を世界に知らしめる意味もあるのだが、それを韓国の難癖に屈したことは我が国の国益をも大きく損なったのは言うまでもない。

 不平等ながら欧米列強と開国条約を締結し、国際法的整備を終えた我が国が直面したのが、この「朝鮮半島匕首論」だった。

 極東から遠い欧米列強諸国よりも、支那かロシアが朝鮮半島を征すれば、日本の安全保障が危うくなるのは言うまでもないが、半島の主人公たる朝鮮の実情は支那の属国であり、朝鮮半島の安定を託す相手ではなかった。

 江戸の鎖国時代でも支那と朝鮮は交易を通じて分かってはいたが、ロシア帝国の強引な拡張主義は、江戸時代を通じて日本の恐怖の的だった。

 その象徴的な事件が起こる。

 1861年(文久元年)の「ロシア軍艦対馬占領事件」である。

 不凍港を求めて南下したロシアが、長崎県の対馬をロシア領土に併呑しようという意図を持って侵略する。

 半年に亘る我が国からの抗議は全く聞き入れられず、最後はイギリス艦隊がロシアに圧力を掛けてこれを排除した。

 この事件で「力こそ正義」である事を思い知った我が国は、以後、自らの安全保障の為に、清国やロシアと干戈を交えたのは歴史的必然でもあったのだ。

 日清・日露戦争を「侵略戦争である」と断じるバカがいるが、我が国が立ち上がらねば欧米列強の侵略の波に呑まれ、我が国は植民地として奴隷的生活を余儀なくされたであろうし、大東亜戦争が無ければアジアは未だ植民地から解放されてはいないだろう。

 未だ「反日」を国是とする韓国と北朝鮮、虎視眈々と我が国の併呑を謀る中共が此処に居座り続けている現状は我が国にとっては宿命でもある。

 我が国の安全保障を考えたとき、やはり、これらの脅威に対抗出来る万全の国防体制と法整備を急がなければならないのは言うまでもない。

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2015年07月11日

8月15日の靖國参拝は愛国者としての踏絵なのか

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 今日の読売新聞の「昭和時代 第5部 1980年代」、歴史問題の(上)として首相の靖國神社公式参拝の論説が載っている。

 時の首相とは中曽根康弘である。

 中曽根は昭和60年の終戦記念日、靖國神社を公式参拝した。

 多くの国民はこれを喜び、中曽根を支持した。

 だが、それから間もなく、中曽根は中共からの抗議を受けると、申し合わせたかの様に「公式参拝」そのものを謝罪する。

 その言い訳は実に見苦しく、当時の中国共産党書記長で「知日派」と言われた「胡耀邦の失脚を防ぐ為のもの」だとの遁辞を垂れ流した。

 だが、初めから抗議が来ると読んでのマッチポンプだったというのが正しい。

 この謝罪により、歴代続いた靖國神社への公式参拝が途絶え、陛下の御親拝も憚れる様になってしまった。

 正に中曽根の靖國参拝によって靖国は政治問題化され、その後の内閣の悪しき前例となってしまったが、これこそ中曽根の狙うところであり、中曽根が国賊と断じられる所以でもある。

 中曽根の大罪を列記すれば、歴代続いた靖國神社への公式参拝を、支那・韓国のイチャモンに屈し取止め、その後の内閣の前例になったことは言うまでもない。

 「支那人就学生10万人計画」に拠って日本を支那人の犯罪天国にし、日本の刑務所を支那人犯罪者で満員にしたこと。

 藤尾文相の発言が韓国で問題化するや罷免し、これもまた後の内閣で奥野文相や永野法相が対中・対韓発言を理由に辞職する前例を作ったこと。

 最近でも靖國神社問題で、所謂「A級戦犯分祀論」をまたぞろ持ち出して世論を攪乱していることなど枚挙に遑なし。

 こういう輩が自民党に巣食い保守を標榜していることが大きな問題で、安倍も中曽根と同様の曲学阿世の臭いを感じる。

 中曽根の終戦記念日での参拝はとても公式参拝と呼べる様なものではなく、手水もせず、御祓いも受けず、玉串奉奠もせず、二礼二拍手一礼もしない、ただの黙祷だけという神道否定、神社冒涜の異様なものだった。

 当時の松平宮司は、その時の光景を「他人の家に泥靴で踏み込む様な人」だとその行為を断じ、こう回想している。

 「遺族を参道に並ばせ、非常に芝居がかった演出。驚いたのはその横にボディガードを連れて行動したんですね。うちの神様というのは皆手足四散して戦場で亡くなられた方が大部分です。そこへ参拝するのに自分のみ安全を謀るSPを伴うというのは無礼、非礼の極みと言う他はありません」

 当日、松平宮司は中曽根を出迎えることなく、記帳台の周囲に幕を張って密かに御祓い(陰祓い)したという。

 中曽根の終戦記念日の参拝以来、8月15日の参拝が保守派を標榜する政治家や自称・愛国者らの踏絵の様になってる。

 だが、それは中曽根のマッチポンプと言うべき英霊冒涜の公式参拝を理解していない証左であり、検証すれば如何に終戦記念日の参拝が靖國問題を殊更ややこしくしてしまっていることにも気付くべきだろう。

 靖國神社には、英霊の遺書にも多く綴られている様に桜満開の時節や例大祭、盂蘭盆に行われる「みたままつり」に詣でた方が好いと思う。

 あくまでも終戦記念日は遺族の日であり、心静かに詣でる環境を整え、そして陛下の御親拝を仰ぐことこそ願うべきだろう。

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2015年07月10日

「先に近衛内閣は(支那)事変を起こしながらその結末を見ずして・・・」

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 昨日、facebookのある方がNHKの制作した【斎藤隆夫縮軍演説】の番組をタイムラインにアップし、「なにかににてる」というコメントを入れていた。

 「なにかににてる」というのは、現在の安倍政権下で成立を目指す安全保障法案に対して、「戦前のあの暗い時代に・・・」ということを言いたげなのは想像するに余りある。

 反原発にも熱心で、山本太郎を英雄視する記事にも「いいね!」を押すなど、70歳前後の年代に多い無自覚左翼の典型的な方の様だ。

 「なにかににてる」だとか、「あの暗い時代」に戻れるなら、丁髷を結って帯刀していた侍の時代にも戻れるということだが、どうなのだろう(笑)

 NHKの作為的な番組での一部分を論った内容を自分で咀嚼もせず、現代の価値感や倫理観、或いは幼稚な正義感で、然も先の大戦が全て悪であるかの様に論じることに何の意味があるのだろう。

 この斎藤隆夫の演説の一文には「一体支那事変はどうなるものであるか、いつ済むのであるか、いつまで続くものであるか、政府は支那事変を処理すると声明しているが如何にこれを処理せんとするのであるか。国民は聴たんと欲して聴くことが出来ず、この議会を通じて聴くことが出来得ると期待しない者は恐らくー人もないであろうと思う。先に近衛内閣は事変を起こしながらその結末を見ずして退却をした・・・」とある。

 未だに大東亜戦争を「侵略戦争」と思い込み、アジアの人々に多大の迷惑を掛けたという認識を持つ国民は多いが、それはGHQの戦後民主主義教育から目覚めていない証左であり、支那事変にしろ、未だそうした戦前、戦中、戦後の総括が為されていないことは国益を大きく損なう結果となっている。

 戦争の原因を天皇であるとか、軍部であるとか、A級戦犯であるなどと喧伝しているのは、無知に加え、大戦の原因や犯人を隠し続けたい、左翼陣営の思惑も絡んでいるからに過ぎない。

 戦争犯罪人は「大日本帝国憲法」でもなく、「統帥権」でもなく、況して「軍部」でもなければ「軍国主義」でもない。

 真の戦争犯罪人は近衛文麿と尾崎秀美らそのブレーン達、即ち日本国内で蠢いていた共産主義者らであり、マルクス・レーニン主義思想が昭和の悲劇を生んだのである。

 多くの戦死者、戦災者を出し、日本の資産の大部分を失った大東亜戦争とは、ソ連コミンテルンと中国共産党、そして日本の共産主義者が仕組んだ共産革命の為の愚かな戦争だったことは、隠し様のない歴史的事実である。

 支那事変は今や中国共産党が起こしたものというのは証明されている。にも拘らず、未だ我が国は中共に気兼ねしてそれを口に出すことさえしない。

 我が国は毛沢東率いる中国共産党と戦ったのではなく、蒋介石が率いる中華民国と戦ったのだが、そうした認識も乏しい。

 中国共産党は単なるゲリラであり、そのゲリラが支那事変を引き起こし、我が国を支那の奥へ奥へと導いたのだ。

 我が国が先の大戦の責任を負うなら、戦後、中国共産党の跋扈を赦したことであり、その償いは共産主義を滅ぼす以外にはないものと信じる。

 演説では、「先に近衛内閣は事変を起こしながらその結末を見ずして・・・」と語っているが、中国共産党やソビエトに同調する近衛は、支那事変勃発の原因を知っていたからこそ拱手傍観を極め込んだのだ。

 近衛こそが大東亜戦争を誘発させた犯罪人であり、断じて所謂「A級戦犯」といわれる方々ではない。

 「なにかににてる」と言えば、現在、あの時と同じ様に、国内に巣食う左翼らが中共の御先棒を担いで策謀に奔っていることだろう。

 法律が戦争を起こすのではなく、国益や外交を知らない政治家とマスコミに煽られた愚かな国民の騒乱によって引き起こされることが多いのだ。

 まぁ無自覚左翼というのはモノの見方が一方的で、それも幼稚な正義感から自分が正しいと思い込んでしまっているのは始末に負えない。

 マスコミの垂れ流す報道を鵜呑みにすることなく、たまには逆から見れば、また違った何かを感じることが出来るだろう。

 因みに、開戦前の国会では、米国との戦争に最後まで反対したのは当時議員だった大日本愛国党総裁の赤尾敏だけだ。

 その赤尾を始めとした右翼が好戦家だと思われてることをしても、マスコミの創り上げたイメージに過ぎない(笑)

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2015年07月06日

日本側が戦時の徴用を認め「明治日本の産業革命」が世界遺産へ

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 ドイツのボンで開かれているユネスコの世界遺産委員会で、「明治日本の産業革命遺産」の登録可否が韓国側の反対で審議が先送りされるも、日本側が戦時徴用を認めた為に韓国が譲歩し、どうにか世界遺産登録が認められた。

 過日に行われた「日韓外相会談」での双方の遺産登録合意を無視してまでも「戦時徴用」を認めさせた、韓国の外交的勝利と言ってもいいだろう。

 委員会では「明治日本の産業革命」の登録可否の前に行われた、韓国の「百済歴史地区」の世界文化遺産への登録は、日本を含む21委員国の全会一致で決定している。

 「百済歴史地区」は、韓国中西部の3地区にある百済王朝の8資産で構成するもので、これについては日韓外相会談で、我が国の「明治日本の産業革命遺産」と共に両国が登録に協力することで一致していた。

 外相会談の合意を受けて、事務レベルで協議していたにも拘らず、寸前で裏切られるとはもう嗤うしかないが、我が国の近隣諸国条項を基本とする対韓外交戦略は根本から見直すべきであろう。

 韓国が反対するその理由は、「長崎県の端島炭坑など一部の施設では、戦時中、徴用された韓国人が強制労働をさせられていて、歴史の歪曲であり、日本側の歴史の美化に繋がる」と、如く愚にも付かないものだ。

 韓国の最近の動向を見ていると、所謂・従軍慰安婦での強請り・タカリが限界と感じた韓国は、従軍慰安婦から「強制徴用」に舵を切った様に思う。

 韓国国内で続く日本企業への強制徴用による賠償請求を見ても、「強制徴用はカネになる」と踏んだ韓国は、今後はここに照準を当てて来ることは想像するに余りある。

 世界遺産委員会という国際的会議で、日本側代表が「自らの意志に反して連れて来られ、厳しい環境で働かされた多くの朝鮮半島出身者がいた」と認めたことで、今後、慰安婦と同じ様に「自らの意志に反して」という文言が独り歩きして行くだろう。

 一昨日にも、ロシア極東サハリン(樺太)で「日本の植民地支配で強制徴用された朝鮮人労働者800人の存在」を明らかにし、訴訟を起こす構えだ。

 戦時徴用の認識もそうだが、彼らの根本的間違いは、戦前は紛れもない日本国民だったということで、韓国臨時政府が日本軍と戦ったというウソの歴史を鵜呑みにしてしまっていることに悲劇があるのだ。

 ここで我が国が譲歩すれば、更なる譲歩や謝罪要求を生むことは必至で、今回の世界遺産登録欲しさに譲歩したツケは慰安婦問題以上の悪影響を齎すだろう。

 韓国や北朝鮮がいう「強制労働」とは、昭和13年の国家総動員法に基づく「徴用例」を指しているが、戦中、日本本土では中高年、婦人、学生に至るまで工場他に動員され生産に従事した。

 日本人、朝鮮人、台湾人が一律に負っていた労務提供の国民的な義務であり、日本の統治によって多大な恩恵を受けていた朝鮮人も当時は日本国民であった以上、これに協力する義務があったことは言う迄もない。

 戦前(昭和14年)に日本内地に住んでいた朝鮮人は約100万人で、終戦直前(昭和20年)には約200万人となった。

 増加した100万人のうち、70万人は自分から進んで内地に職を求めてきた個別渡航者と、その間の出生によるものである。

 残りの30万人は大部分、工鉱業、土木事業の募集に応じて来たもので、戦時中の「国民徴用令」による徴用労務者は極少数である。

 国民徴用令は日本内地では昭和14年7月に実施されたが、朝鮮への適用は差し控え、昭和19年9月に初めて実施され、朝鮮人徴用労務者が奉仕した期間は翌年3月の下関ー釜山間の運航が止るまでの僅か7ヶ月間だった。

 日本人も台湾人も朝鮮人も等しく戦時徴用されていたのであり、韓国や北朝鮮が主張する「強制徴用」とは、単に「徴用令」への無理解と、我が国の歴史の捏造以外の何ものでもない。

 韓国側がこうした強請り、タカリに奔るのは、朝鮮人の人品の低さも然ること乍ら、我が国の歴代政府の無知と事勿れ主義、そして弱腰外交が大きな要因になっていることは否定出来ない。

 韓国には事例と根拠を示し、毅然と論破することが大事なのだが、韓国代表が「今日の決定は被害者の苦痛を記録に残す為の重要な一歩だ」とほくそ笑んでる様に、慰安婦問題と同じ轍を踏んでしまった。

 譲歩してまで勝ち取った「明治日本の産業革命遺産」世界遺産登録だが、戦時徴用を認めたことにより、明治維新や我が国の開国が、朝鮮人の犠牲の上に成立したという負のイメージで世界に発信されてしまったことは先人への冒涜でもある。

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2015年07月04日

「みたままつり」、露店の出店中止はマナーの悪さが原因とは情けなや

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 今月13日から靖國神社では「みたままつり」が斎行される。

 英霊の方々(神)に対する畏敬や欽仰する祭りで、正に我が国は随神(かんながら)の道を歩んで来た世界にも稀有な国だと痛感する。

 例大祭などと違い、鯱張った祭りと違い堅苦しさもなく、例年、参拝を愉しみにしていたが、今年は膝の具合が芳しくないので諦めることにした。

 尤も、行って何する訳でもなし、境内に飾られた雪洞などを見て愉しんで、後は贔屓の店で一献してくるだけなので行けなくはないが、止めとくことにした。

 「みたままつり」は盆行事ということもあって、それこそ御霊の囁きに触れるいい機会なので、未だ行ったことの無い人は是非詣でてみては如何でしょう。

 今年は露店の出店が中止となった。理由は報道された様に参拝客のマナーの悪さで、露店で未成年が飲酒して騒いだり、若者の間では「ナンパ祭り」などと呼ばれていたというから厭きれるばかり。

 ここ数年の愛国ブームで参拝客はかなり増え、ネットで意気投合した方々が靖國で「合コン」ばりの集会を催したりしている。

 靖國神社を愛国のシンボルと捉え、靖國参拝こそが愛国者であるかの様な風潮は正に贔屓の引き倒し以外の何ものではない。

 特に8月15日のあの左右入り乱れての喧騒は頂けない。

 左右の衝突は恰も思想的対立に思えるが、愚生から見れば警察の警備予算の拡充に協力している様なもので、8月15日のデモや集会は有無を言わさず不許可にすべし。「言論の自由」や「集会の自由」なんぞクソ喰らえだ。

 「大日本帝国憲法」第二十九條にはこう在る。

 「日本臣民ハ法律ノ範圍内ニ於テ言論著作印行集會及結社ノ自由ヲ有ス」

 この「法律ノ範圍内ニ於テ」という、これが大事。

 「表現の自由」や「集会の自由」を叫べば、何でもかんでも赦される訳ではない。

 デモや集会もマナーが大事で、行儀よくしないなら、露天が出店中止になった様にやらせなきゃいいだけ。

 簡単なことだが、警察幹部はその簡単なことが出来ない(笑)

 九段の地での混乱が続けば陛下の御親拝は永劫叶うことはなく、8月15日は静謐な中で遺族の方々が心静かに参じ、陛下が御親拝遊ばされる環境を作らねばならないと痛感する。

 ネット右翼も自称愛国者も翌日の16日に行けばいい。

 何も態々反天連らのキチガイ共に合わせなきゃいいのだが、まぁ互いにあの混乱を愉しんでいる様にも見えなくもない(笑)

 16日は実にのどかで、前日の喧騒が嘘の様な静けさ。靖國神社の本来の姿がそこに在る。

 安全保障法案成立に向け党利党略が続く国会だが、安倍は「みたままつり」に詣でたら如何か。

 「盂蘭盆」に合わせ開催される「みたままつり」は、祖先霊を供養し、苦しんでいる亡者を救う祭りでもあり、支那でも古くから行われている風習と同じ。参拝したところで批判される謂れは無い。

 安倍が詣でることにより英霊の御加護が下され、政権は安定し、畢竟、国家安寧に繋がることだろう。

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2015年07月03日

北朝鮮には断固とした「圧力と制裁」以外には無い

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 昨日、GYAO!で「KT」という映画を観た。昭和48(1973)年に起こった金大中拉致事件を題材にした映画で、まぁそれなりに愉しめた。

 横田めぐみさんが拉致されたのは、この金大中拉致事件から4年後。

 日本人が次々と拉致される様になった背景には、「日本のホテルから拉致された事件にも拘らず日本政府が拱手傍観を極め込んだからだ」とする意見も聞くが、これこそ本末転倒で拉致事件を正当化するものではない。

 昨年の7月4日、北朝鮮は拉致被害者の再調査を開始した。

 政府はその見返りとして、日朝間の人的往来や北朝鮮籍船舶の入港に関する制裁の一部を解除し、北朝鮮の誠意に期待した。

 だが、実際には再調査も曖昧で、船舶の入港規制解除で北朝鮮産マツタケが不正に輸入され、朝鮮総連議長の次男が逮捕されている。

 これに怒った北朝鮮側は不当逮捕であると喚き、その抗議として拉致問題の調査を引き延ばし、協力を拒否した。

 北朝鮮への譲歩と温情的措置は、拉致問題の解決を図るどころか、北朝鮮側の更なる傲慢に繋がったのは言うまでもない。

 朝鮮総連の胡散臭げな土地取引きも、「拉致問題解決の裏取引き」という楽観説を語ってる自称・右翼もいたが、結果は総連が何も無かったかのように靖国神社の傍に居座り続けている。

 「北朝鮮には対話と圧力」という常套句にはもううんざり。

 やはり断固とした「圧力と制裁」以外には無いものと考える。

 見直すべきは、過去に行ってきた数々の人道的措置や優遇措置であり、拉致問題の引き延ばしを謀るなら早々に実行すべし。

 「圧力と制裁」とは経済封鎖であるが、「経済制裁」とは耳障りのいい表現だが、つまりは宣戦布告と同じであり、ABCD包囲網によって経済封鎖に追い込まれて大東亜戦争に突入した時と同じ状況という認識を持つべきだろう。

 そうした危機感や認識不足による中途半端な弱腰・軟弱な外交交渉が、拉致問題未解決の元凶であり、外交とは戦争であるという気概を持つべし。

 安倍首相は声を大にして、「戦後70年、我が国は平和国家としての道を歩んで来た」というが、その実は米国の軍事力の庇護の下でのまやかしの平和を享受して来ただけに過ぎない。

 中東などでの米軍やNATO諸国への後方支援は、戦争に参加して来たという紛れもない事実であり、北朝鮮へ圧力を強めるなら、並行して軍事力の強化を急ぐべきで、安全保障法案如きで頓挫している場合ではない。

 売国マスコミや左翼らは百田発言を利用し、安倍政権と法案潰しに躍起だが、「一発の銃声は100万人の動員に勝る」ではないが、一発のテポドンが我が国に着弾しない限り、我が国の平和ボケは治りそうにはない。呵呵。

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cordial8317 at 08:20|PermalinkComments(0)

2015年07月02日

無知な若者は洗脳されやすく、純粋な正義感が利用されてしまう

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 公職選挙法が改正され、選挙権が18歳に引き下げられたこともあって、政治運動に参加する若者が殖えている。

 若者が政治に目覚めることは結構なことだが、如何せん、無知な若者は洗脳されやすく、純粋な正義感が利用されてしまうことは儘あることだ。

 そうした最近の政治集会を観ても、共産党や日教組などに煽られた若者がファッションの延長の如く「戦争法案反対!」だとか「安倍政権打倒!」を叫んでいる。

 そういう愚生も、中学時代の日教組だった担任や自民党員だった父親の影響もあり政治に興味を持つ様になり、その結果、幼い正義感から右翼活動こそ正義であると活動にのめり込んだ。

 特に若者への影響力があるのは先生だろう。多くの教師がまともなのは承知しているが、中には異常な精神構造の教師もいるのは確か。

 中でも、日教組や全教の教師らが、今回の公職選挙法改正をそのまま拱手傍観しているとは考えられない。

 自らを「労働者」と呼び、労働者として現体制の否定と革命謀略の推進を謀る売国団体が日教組であり、その左翼の親玉は日本共産党だ。

 その日教組の優秀な教え子であり、共産主義に正義を求めた体現者が永田洋子(ひろこ)や坂口弘ら死刑囚だったのだ。

 中核、核マル、核労協、連合赤軍などの極左暴力集団然り、若者らは次々と暴力革命に狂奔した。

 正否は兎も角、彼らは、若者の特権でもある純粋な正義感を貫いたのだ。

 公務員には統一ストは認められておらず、「煽り」「唆し」「誑かし」は地方公務員法第三十七条違反に問われる犯罪行為である。

 だが、当局の対応は「触らぬ神に祟りなし」的な甘い対応に終始し、反国家・反民族の不逞行為を看過しているのが現状。

 若者らの政治参加ブームは、売国マスコミを始め、こうした確信的左翼集団による「煽り」「唆し」「誑かし」によるものであろうことは想像するに余りある。

 若者が「戦争法案!」だというなら、それは何故かを問い質し、そうしたものは誰から聞いたのか、誰の入れ知恵かを聞いてみたいものだ。

 公務員でありながら、デモやストライキを平然と行ってる日教組や自治労といった不良公務員は、「地方公務員法」違反であり、最近の若者の政治参加が、もし先生ら公務員によるものならば解雇など厳罰に処すべきだろう。

 「無知が犯罪を生む」というのはよくあることで、無知な若者の政治参加には、第二の永田洋子や坂口弘を創り出す危険も孕んでいる。

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cordial8317 at 07:33|PermalinkComments(0)