2015年04月

2015年04月30日

安倍総理の米国連邦議会上下院合同会議での歴史的演説で感じたこと

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 安倍総理が米国連邦議会上下院合同会議で歴史的演説を行った。

 新聞には安倍総理が「痛切な反省」を述べたとの記事が躍っているが、これは「戦後の日本は、先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました」との一節を作為的に報じてるに過ぎない。

 全体的には及第した演説だと思うが、TPPの参加には違和感を覚えるし、「日本はどんな改革から逃げません。ただ前だけを見て構造改革を進める。この道の他、道はなし。確信しています」との言辞に、安倍はやはり自由主義者だったとの確信に至ったのは確か。

 正統の保守主義者に於いて時間を体験する仕方は、過去の意味を直視し、その中に価値を見出す発見によって未来を創造して行くものである。

 だが、安倍がやろうとしている改革は「未来」が全てであり、これ即ち保守に非ず、完全な自由主義者的発想である。

 安倍は2月の施政方針演説で、JAの農業改革に絡み、岡倉天心の「変化こそ唯一の永遠である」という言葉を引用し、その正当性を訴えた。今回の米国議会での演説はその総仕上げの表明であろう。

 明治ナショナリズムの中で、岡倉天心は的確にアジア情勢を把握し、その中で日本の伝統文化に目を向け、日本文化を鼓吹した。米国追随の安部と岡倉の決定的違いはそこにある。

 岡倉は確かに「変化こそ唯一の永遠である」といったが、原文はこうだ。

 「歴史の中に未来の秘密がある。我々は、我々の歴史の中に、我々の未来の秘密が横たわっているということを本能的に知る。変化こそ唯一の永遠である」

 変化や改革というのは歴史の中に、そのヒントがあるということ。改革もいいが、国柄を失ってしまう様な改革は革命と同じである。

 親米保守派は口々に中共の脅威を煽り、「日本の執るべき道は日米同盟の強化だ」と宣うが、日本の選択肢は本当にそれしかないのだろうか。

 我が国には「親中派」と「親米派」しかおらず、真に我が国體と国益を死守しようとする政治家が存在しないのは政治の未熟さを示している。

 世界で美的感受性や道徳の圧倒的高さを有する国家は我が国・日本を措いて他にはない。これ即ち、「天皇国日本」という国柄が在るからだ。

 世界中が嘘八百並べても日本だけは絶対にしない。それによって経済成長が鈍ろうとも、絶対に世界の真似をしないという、そういう自信や誇りというものを失ってはならないのだ。

 そういう意味では孤高の日本で良いし、我が国が進む道として「攘夷」や「鎖国」という選択肢もあっても善かろう。

 似非保守派は、「米国を取るか中共に呑まれるか」と究極の選択をしろと言うが、世界の二大元凶は米国と中共であることも知るべきで、何故にその二大元凶に阿なければならないのか。

 昔から、アジアの動乱の原因は米国と共産主義だった。我々はアジアの盟主としてこうした歴史的事実を忘れてはならない。

 幕末の安政5(1858)年、アメリカ・イギリス・フランス・ロシア・オランダ五ヶ国と夫夫、「日米修好通商条約・日英修好通商条約・日仏修好通商条約・日露修好通商条約・日蘭修好通商条約」条約(安政五ヶ国条約)を締結する。

 その後も、ポルトガル、プロシアとも同様の条約を結び、その後、更にスイス、ベルギー、イタリア、デンマーク、明治になってからスペイン、スウェーデン・ノルウェー、オーストリア・ハンガリー等とも条約を締結した。

 これらの条約は、治外法権による「領事裁判権」を承認させられたり、「関税自主権」を認められなかったり、日本にとっては正に屈辱的で不平等なものだった。

 攘夷派は「勅許を待たずに調印した条約は無効」としてこれを認めず、独断専行した井伊を厳しく非難。その結果、朝廷と幕府(公武)間の緊張が一気に高まり、「安政の大獄」や「桜田門外の変」などの事件が勃発するに至った。

 明治維新以後、新政府の最重要課題の一つとして条約改正交渉が各国と断続的に行われたが、その進展は捗捗しくなく、条約の不平等な部分が解消されるのは、実に日露戦争大勝利後の明治44(1911)年のことだった。

 不平等条約の締結は、外交圧力(軍事力)に屈した結果だが、TPPも正に「平成の不平等条約」であり、米国の外交圧力に屈しながら、「この道の他、道なし」などと宣ってみたところで実に空々しい。

 TPPへの参加は、米国への忠誠と更なる属国化に過ぎない。

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2015年04月29日

嘗ての植民地民族にとって、正に昭和天皇は救世主であらされた

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 本日は昭和天皇の御遺徳を偲ぶ「昭和の日」である。

 未だ国内では先帝陛下に対して「戦争責任」などとの戯言を垂れ流す日本人らしからぬ輩が存在するのは日本人として実に悲しいことだ。

 こうした「戦争責任論」は、GHQの「神道指令」や「言論統制」「日本弱体化政策」というより、1932年にソ連共産党から日本共産党へ通達された「コミュンテルンテーゼ(命令書)」の指令による影響が大きい。

 「命令書」には、天皇を制度として捉え、先ず「天皇制廃止運動」として、昭和時代の「戦争責任・退位論」に始まり、次いで「開かれた皇室論」と「敬称・敬語不使用運動」が記されてあり、それを忠実に実行しているに過ぎない。

 欽定明治憲法下に於いては、国務は国務大臣、統帥は参謀総長及び軍令部長が陛下を輔弼し、その責に任ずることになっており、つまりは陛下には法的に責任は無い。

 しかし乍ら、道義的に最も責任を痛感されたのは昭和天皇であり、終戦の勅諭に於いて「五内為ニ裂ク」と仰せられた通り、自ら身を苛まれたのは陛下御自身なのである。

 戦後、マスコミは、週刊誌などで陛下や皇族方を登場させ、不敬なスキャンダラスな記事で尊崇の念を薄れさせることに成功した。

 そして平成に入り「女系天皇論」や「女性宮家論」として反天皇制運動は継続されているのであるが、その中でも異常なのは「反天連」だろう。

 こういう連中のデモを許可することは、憲法の「表現の自由」の拡大解釈であり、誤りである。こうした不敬な行動を赦してはならない。

 自存自衛と大東亜の開放を掲げて戦われた先の大戦を、世界の国々は評価しているにも関わらず、国内で「侵略戦争」と断じることは如何なものか。

 自存自衛と大東亜の開放を掲げて戦われた先の大戦を世界の国々は如何に評価し、どの様に受け止められているのか。

 我が国よりも諸外国の方が大東亜戦争の意義を理解しているというのは実に情けないことではないか。その一部を列記する。

 「第二次世界大戦で、日本人は日本の為というよりも、寧ろ戦争によって利益を得た国々の為に偉大な歴史を残したと云わねばならない」(アーノルド・J・トインビー(イギリスの歴史学者))

 「日本の敗戦、それは勿論東南アジア全域の独立運動には決定的な意味を持っていた」(ジョイス・C・レブラ(コロラド大歴史学教授)著書、東南アジアの開放と日本の遺産)

 「日本占領軍が、インドネシア民族主義の為に行った種々の仕事の中で最も重要なものの一つは、正規軍や軍事組織を創設してそれに訓練を与えたことである」ジョージ・S・カナヘレ(政治学博士)

 「本当に悪いのは侵略して権力を振るっていた西欧人で、日本は敗戦はしたが、その東亜の開放は実現した。日本の功績は偉大である」(サンティン、アムステルダム市長)

 タイの元首相・ククリットプラモードの「身を殺して仁を成した」という言葉は有名だが、他にもマレーシア上院議員のラジャー・ダト・ノンチックやインドのラダ・クリシュナン大統領、スリランカのジャヤワンルデ大統領、ビルマのバー・モウ首相、シンガポールのゴーチョクトン首相。

 キューバのカストロ首相やチェ・ゲバラも米国相手に戦ったことを最大限に評価している。だが、その一方で、米国に媚び諂う戦後の日本も批判しているのは、実に隻眼を有する意見であろう。

 先の大戦を「侵略戦争」などとホザいているのは、共産党員らを始め、米国の洗脳状態から目覚めることのない戦後民主主義者と称する無自覚左翼や、中共、韓国、北朝鮮ぐらいなものだ。

 我が国を讃えた外国人も数多く、「大日本」「日本精神」の著者モラエスや、文学作品で本当の日本を世界に伝えた小泉八雲(アフカディオ・ハーン)

 アーノルド・トインビーは伊勢神宮を参拝した際に、「この聖なる地域で、私は全ての宗教の根源的な統一を感じた」と喫驚した。

 米国のウエスト法学博士は、「私は、日本人になって天皇陛下に御使えしたい」と絶賛し、極東軍事裁判所だったウエップ裁判長は、「天皇は神だ。あれだけの試練を受けても帝位を維持しているのは神でなければ出来ない」と驚嘆している。

 熱心な平和主義者のアインシュタイン博士は次の様に述べたという。

 「世界の将来は進むだけ進み、その間幾度か争いは繰り返され、最後には戦いに疲れて必ず真の平和を求めて世界的盟主を挙げねばならぬ時が来る。世界の文化はアジアに始まりアジアに帰り、それはアジアの高峰日本に立ち戻らねばならぬ。我々は神に感謝する。天が我等の為に日本という尊い国を創ってくれたことを・・・」

 昭和天皇が御崩御なされた際、服喪国は34ヵ国に及び、「大喪の礼」には、世界193の国の元首や代表が集まったことは歴史上空前の出来事だった。

 嘗ての植民地民族にとって、正に昭和天皇は救世主であらされたのである。

 すめらみこといやさか。すめらぎいやさか。

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2015年04月28日

今日は「主権回復の日」。真の独立を祈念する日にしなければならない

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 本日は「主権回復の日」。昭和27年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効し、主権が恢復した日であり、今日こそが「終戦記念日」であろう。

 名目的には大東亜戦争が終結し、主権が恢復した日なのではあるが、未だに続く米国依存、米国追随の体質をみれば「主権恢復」とは名ばかりで、敗戦から抜け出たとは言えない悲しい現状が続いている。

 昭和27年4月28日、同日、「日米平和(旧日米安保)条約」が発効する。更には、昭和35年「日米の相互協力及び安全保障条約(新日米安保条約)」が発効したことに伴い「日米平和条約」は失効する。

 この戦後の歴史的事実こそが、日米関係の日米関係たる所以である。

 「国防」という国家の大本を忘却し、まやかしの平和を貪り続け、魂亡き繁栄に現を抜かす根源こそが「日米安保条約」であり、安保条約の解消無くして真の独立は果たせない。

 今日、安倍総理は日米首脳会談に臨み、「日米共同ビジョン声明」し、明日、米議会上下両院合同会議で記念演説を行う。是非とも「主権回復の日」に相応しい米国からの独立を示唆する様な名演説をして欲しいものである。

 前回のオバマ大統領との日米首脳会談でのは、「尖閣条項」の明記に固執していたが、これ正に日米関係強化というより単なる隷属であり、「国防」というものをを如何に理解していないかが露呈された。

 「国防」無くして真の主権回復など在り得ず、「国防」とは領土の防衛だけではない。

 三島由紀夫は、「国防とは、それを失ってしまえば日本では無くなってしまうものを死守することに在る」と訓えているが、蓋し正論であろう。

 簡単に言えば、諸悪の根源である現憲法を破棄し、米国依存体制から脱却を図り、国防体制を確立せねば完全な独立と主権の快復は成されないということである。

 終戦後、占領下だった昭和21年から主権回復後の29年まで、昭和天皇は全国を行幸遊ばされ、国民を励ましになられたのは誰もが知るところ。

 我が国の歴史を繙けば、仁徳天皇は、高みから民の竈の煙をご覧になられ、明治天皇は日露戦争の最中、前線の兵たちと同じ食事を所望されたという。

 昭和天皇も東京大空襲で皇居へ被害が及ぶ中、御所に止まり、国民とその苦難を分かち合った。今上陛下もまた斉(ひと)しい。

 陛下は常に国民と共に在り、国民と共に在りたいとの大御心に、改めて日本に生まれたことに感謝せずにはいられない。

 「君民一体」こそが、これ我が国體の精華なのであり、つまり、我々日本人が護るべきものは平和や国民の生命や財産だけに非ず。死守すべきは日本という国柄や国體であり、「皇統」である。

 米国製のインチキ憲法を有難がり、米国の価値感にどっぷり浸っているが、米国への依存体質が続くのと比例して、我が国の国柄と矜持が失われて行く様をこのまま拱手傍観してていい筈がなかろう。

 戦後の沖縄占領や米軍基地の存在と沖縄の苦しみも、歪な日米関係が齎したものだ。米軍基地を追い払うのは結構なことだが、その前に自主防衛の確立と自衛隊の強化を図らねばならない。

 主権回復の日の今日、現憲法の問題や矛盾点を再認識し、「国防」を考え、真の独立を祈念する日にしなければならない。

 すめらぎいやさか

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2015年04月27日

代替エネルギーを議論しない原発の賛否は、自主防衛を言わない沖縄での米軍基地の賛否と同じ

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 首相官邸に小型無人機「ドローン」を墜落させた男が福井県警に出頭した。出頭するなら警視庁だろうが、何故に福井なのかと勘繰ってみれば、先の高浜原発再稼働差し止めや大飯原発再稼働差し止めを命じた福井地裁の樋口秀明がいるからだろうか(笑)

 それにしても福島の地を訪れては原発周辺の砂を採取し、それを態々入れて「反原発」を叫ぶとは、福島県民にとっては大迷惑な話だ。

 また今回の事件を受け、ドローンなどの小型無人機の規制がされるだろうが、ドローンは空撮などが手頃に出来るということで人気が高まっていただけに、落胆してる人も多いのではなかろうか。

 反原発運動にしろ、米軍基地問題にしろ、己の意見が正しいと信じ込んで活動している人が多いが、「正しい」というのは、偏狭なナショナリズムと同じで、ややもすれば誤った方向へ進んでしまう危険を孕んでいる。

 原発問題は、福島第一原発事故の影響をもろに受けている福島県民として「原発さえなかったら」という思いは強い。

 だが、果たして資源の乏しい日本が、原発無しで繁栄出来るとは到底思えない。

 産業振興、電力不足などの不安も大きく、また何より、「便利」という価値観に溺れた国民も、石油や天然ガス、再生可能エネルギーだけでの生活に満足するとも思えないし、実際、化石燃料による経費負担による弊害は大きい。

 太陽光発電は夜間や雨天、曇天では効果は少ないし、風力は風が吹かなければどうにもならない。原発はプルサーマルや高速増殖炉も実用化出来れば、化石燃料に依存しなくてもかなりのエネルギーは自国で賄える。

 「脱原発」の理想を否定するものではないが、現状での「反原発」よりも原発の安全対策を施すことが喫緊の課題だろう。

 そういう意味に於いても、原子力規制委員会が「安全」と評価した高浜原発を、「反原発」の思いから差し止め命令を下した裁判長は愚の骨頂である。

 樋口裁判長は、福井県大飯原発の再稼働差し止め訴訟でも、「(地震対策に)構造的欠陥」があるとして3、4号機の再稼働は認めない判決を言い渡した名うての反原発派の裁判長でもある。

 その際の判決の理由は、関電側の耐震設計の基準地震動の目安となる1.8倍の1260ガルまでは過酷事故には至らないとする主張に対し、「それを超える地震が来ない根拠はない」と退けた。

 だが、これこそ妄想に過ぎない。

 そんな巨大地震が日本海で起きたら、我が国の原発よりも韓国の原発が倒壊し、壊滅的な状況になるだろうよ(笑)

 事故が起きた場合の炉心溶融(メルトダウン)までの時間の想定にしろ、冷却機能の確保にしろ、言いがかりを基にした妄想の判決に過ぎず、反原発派に与する実に安っぽいセンチメンタリズムによる愚かな判決と断じざるを得ない。

 樋口は大飯原発に止まらず、高浜原発でも原子力規制委員会の科学的データを一切無視し、再稼働を差し止めたが、己が「正しい」と思いこんでしまっていることを翻意させるのは難しく、実に厄介な事でもある。

 事故を起こした福島第一原発の1号機、2号機は米国製のハリケーン対策に造られた原発だった為に、予備電源を地下に埋設したから起きてしまった「人災」だったというのは既に明らかになっていることだ。

 地震国である我が国では、ハリケーン対策より、津波被害を想定し、防波堤などの整備を万全にしてさえいたら大事には至らなかったと思うと残念でならない。

 また、原発稼働停止によって国内の大資本から民間企業、外国資本までもが太陽光発電事業に参入した。その結果は地上げ屋が跋扈し、山林が売買され森が伐採され麗しき山河が無残な姿になったのは見ての通り。

 緑豊かな森が人工的なパネルで敷き詰められ、広場も埋め尽くされ自然の景観を損なっている状況に違和感を覚えないのだろうか。

 これは正に、バブルで浮かれてゴルフ場を開発しまくったことと同じ構図だ。

 反原発派は「電力は足りている」という。だが、原発事故以来、化石燃料に頼ったツケが我が国経済に大きく圧し掛かっているということを無視し続ける。

 昨年度上半期の貿易収支は5兆4271億円の赤字。これは、原発停止に伴う火力発電に使われる液化天然ガスや太陽光パネルに使われる半導体等電子部品、石油製品の輸入増加が原因だ。

 安全な原発を再稼働すれば、こうした化石燃料の無駄を防げるし、何より相当なエネルギーは自国で賄えることは国力増強に繋がるのだ。

 「反原発派」から、具体的な代案や、提案が成されたことはなく、樋口裁判長にしろ、ドローンを墜落させた元自衛官にしろ、全てが感情によるもので、そんなとこで事が解決することはない。

 反原発を語るのも、ドローンを飛ばすのも、太鼓を敲いて踊ってるのも結構だが、代替エネルギーを議論しない原発の賛否は、自主防衛を言わない沖縄での米軍基地の賛否と同じもので、意味を成さないということを知るべきだ。

 沖縄の米軍基地問題も、米国を追い出すならば自衛隊強化を訴え、その為の憲法を創ることにこそ団結すべきだが、所詮は「反原発」にしろ「米軍基地反対」にしろ、党勢拡大と革命謀略の為に国民や住民を誑かしているに過ぎない。

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2015年04月25日

あの相原修がストーカーだったということに驚きを隠せない

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 昨日、気分よく呑んでると着信アリ。誰かと思えば今話題の「木村三浩」。出れば「ブログになにを書いてもいいけど、ヅラってのは止めてよ。ヅラじゃないし」とのこと。ということで、木村三ちゃんはヅラではありませんので(笑)

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 地元の経済紙「政経東北」の平成18年10月号に、面白い記事が載ってるとの情報を得たので図書館で閲覧してみた。

 そこには「不可解な内容と放火事件の関係」として、一水会の鈴木邦男宅と山岡俊介宅の放火事件の犯人として〇Xで読めなくなってはいるが、元大日本愛国党で神官の相原修だと特定出来る。

 相原修。平成4年2月11日、自民党本部を襲撃し総裁室に立て籠もった人物で、愚生の兄弟分だった瑞穂塾(当時)の伊藤満や故瀬野寿夫の後輩で、その後、大日本愛国党に移籍し事件を惹起した。

 活動家として将来は右翼陣営のリーダーになる可能性を秘めてただけに、東北自動車道での事故死は返す返すも残念なことだった。

 この相原、一水会顧問の鈴木邦男や横浜在住の大物右翼N川宅に放火したグループのリーダーで主犯というのは関係者ならよく知るところ。

 先日、拙ブログで「右翼になったら友達百人できるかな(笑)」というのをアップしたら、相原とその実行犯をよく知る(本人も実行に誘われたという)方からメッセージを頂いた。

 驚くことにそのメンバーの中には、相原の神主仲間を始め、統一〇線義〇軍や同〇社のメンバーも名を連ねていたというから興味深い。

 色々と調べてみると、義〇軍のメンバーだったM黒はその後、事の大きさを自覚したのか、新右翼でありながらその新右翼のリーダーらを襲撃したことに罪の意識を感じたのか、自殺しているということも知った。

 そのM黒の神葬祭は相原が行っているが、こうした一連の事実を知るとチョッと違和感を覚えなくもないし、その後の東北自動車道での事故も摩訶不思議な出来事で、集団自決を謀ったのではと思えなくもない。

 事情を知る方に拠れば、鈴木邦男やN川宅の放火事件は、資金源を巡っての内紛の末の矛先逸らしで、当時、話題になってた「建国義勇軍」の事件に便乗しただけで、思想的犯行ではなかったというからホント呆れ甚し。

 また、相原らには女性への集団暴行事件や、ストーカー疑惑もあるというから驚いた。これが若し本当なら右翼としても神官としても赦し難し。

 相原という男を愚生はチョッと買い被っていたのかも知れないし、こうした実しやかな噂が嘘だったとしたら労しいことだし、相原の名誉の為にも明らかにしたいものだ。

 相原のストーカー詳しい内容は「Prince Crimson(CEOブログ)」での「究極のストーカー」の中で語られている(以下転載)

 六本木ヒルズレジデンスに住んでいた6年ほど前の頃です。 撮影会のモデルとかしているコと一緒でした。北関東の出身で実家は四代目の建設会社の娘でした。

 就活において学歴フィルター(やはり高学歴ほど能力あるという意味)があるように、特に地方で社長を何代が続けると美人の奥さんが嫁ぐようになり、産まれた娘はきれいになる・・のかも知れない。

 彼女はきれいで明るくて好きだった。私の誕生日に会って食事した。その時彼女は「実は」と。衝撃的な話だった。

 実家の隣の駅に出雲大社の分社があって、彼女は短大のときにアルバイトで巫女をしていた。そこで神主の一人だった30代の男と知り合ってカノジョになった。

 その後で知ったことだが、彼は1992年の紀元節つまり02/11に自民党本部に押し入って籠城した右翼。

 刑務所に服役して釈放されてから元カノジョの隣駅の神社の寮に。18歳のカノジョは神職衣装など徹夜で洗濯させられたり酒を飲んでは暴力を振るわれたりして逃げた。

 ところが粘着な神主は街頭宣伝車で、実家とかバイト先の喫茶店とか短大まで押し寄せてはスピーカーで怒鳴る。まさに最悪のストーカーだ。

 その右翼業界では有名な出雲大社の神主は、相原修という。

 彼は2009年9月6日に東北自動車道で交通事故で死んだ。

 あの私の誕生日に元カノジョは何を思って打ち明けたのか分からないが、あれ以来、私は右翼も暴力団も怖くなくなった。(以上転載終了)

 こうしたストーカー行為が事実かどうか知る術はないが、この相原、こうした破廉恥行為の数々がバレ、某右翼団体会長のIHから半殺しの目に遭ったという。それが本当ならシメたIHは大したものだ。

 愚生も相原のこうした事実を知ってれば苦言を呈しただろうが、出所後の相原は右翼関係者にチヤホヤされ過ぎたのも事実。

 相原が逆上せ上ったのは伊藤満を始め、取り巻きの右翼の連中に拠るところが大きく、そういう意味では可哀想な人生だったとも言えなくもない。

 故人を非難することは避けるべきだとは重重承知しているが、今も尚、放火事件や破廉恥行為に口を閉ざし、またこうした事実を知りながら、いけしゃあしゃあとして活動している右翼関係者がいることに驚きは隠せない。

 この真相は鋭意調査中ですので情報があれば御協力下さい。 mr.cordial@live.jp

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2015年04月22日

理不尽な嫌がらせ以外の何物でもありません。これが右翼人のやることとは思えません(木村三浩)

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 先日、横浜の某大物右翼と関係者とのFBでの交流を止めたのは周知の通り。これに対し愚生との間で確執があったかの様に捉えている方々がいるが、別に確執なんぞありませんので悪しからず。

 唯、氏には木村三浩の友人として、また右翼の先輩として、誰よりも先んじて木村を諫め、苦言を呈するべきだったと今でも思っているのは確かだが。

 その木村が某右翼団体から抗議の街宣をかけられ、また参画していた「民族革新会議」から要職を解かれた。

 木村は右翼からの街宣に対し、一水会公式サイトで反論している。http://www.issuikai.jp/kenkai20150417.html

 街宣の主旨は以下のものです。

 1.先の鳩山由紀夫元首相とともにクリミアを訪問した、私、木村三浩に対する抗議。

 2.民族革新会議議長の犬塚博英氏(一水会創設メンバー、OB)が創設に関わった一水会の伝統を木村が汚しているというもの。

 3. 木村は右翼を辞めろという主張。

 これらに対し木村は次の様に答えている。(要旨を「」で抜粋)

 「鳩山氏とクリミアに行ったことについては、一水会フォーラムでも述べました。私はとんでもないことだと思っておりません。新右翼運動の画期的な運動として評価をして下さる方も多くいます」

 要は、木村は「新右翼」であって、右翼ではないのだが、木村や鈴木邦男を「右翼」とするマスコミや右翼団体の彼らに対する認識が間違いなのだ。

 「我々の政治的目標は戦後体制の打破を目指すことが主眼であり、その観点からすれば対米自立の一致点を持った認識と行動はむしろ積極的に実施されなければならないものであると考えます」

 彼らの目的は「反米」と「憎米」が主眼であり、反米でさえあれば相手が「反天皇」であろうとも連携するということ。

 「鳩山氏に関する過去の言動などに対する批判は確かに存在します。しかし新右翼の立場として情報を提供することによって発想や考え方が変化する可能性も大いにあります」という。

 正に己を勘違いし、「新右翼の立場として情報を提供することによって発想や考え方が変化する可能性も大いにあります」とは本末転倒。過去の言動に抗議し、諫めることが先ではないのか。

 2.について木村はこういう。

 「犬塚博英さんは一水会の創設メンバーであり、OBであります。しかしながら、ここ三十年以上における一水会の活動運営は世代が変わって、様々な方に支えられて築いてきています」

 要は、創設したメンバー、初代の御歴歴のメンバーなんぞ関係ないという認識を披歴し、活動資金の基である一水会機関誌「レコンキスタ」の部数の伸びも自身の実力だと言わんばかりにこう述べる。

 「顧問をやっていただいた犬塚さんからは昨今、鈴木邦男顧問に対する意見の相違で、論争を展開することも求めておりました。しかし、これまでご両人が様々な会合で臨席することもありましたが、会話があまりなされませんでした」

 そう、愚生が右翼を「なあなあの世界」と断じるのはこういうことだ。

 木村に限らず、友人や周りにいる者が軽挙妄動に奔り、過ちを犯す様なことになれば、苦言を呈すのは当然の事だと思っているが、右翼陣営はその認識に乏しい。

 「常に直諫なくば」という吉田松陰の言葉がある。

 日頃、上司や友人に対し何も言えない者は、いざという時も使い物にはならないし、友人や知人、また門下生としての資格はない。

 最後に木村は述べる。

 「どうも今回の街宣は、言い掛かりの類いであって、何か裏があるように思えてなりません」「その根にあるものは理不尽な嫌がらせ以外の何物でもありません。これが右翼人のやることとは思えません」という。

 まぁその「裏」とは何なのか分からないが、最後まで自身の軽挙妄動がこういう事態を招いたという認識はなく、街宣した右翼を批判し、あくまでも「我々は対米自立・国家革新の活動を展開します」という。

 確かに、我が国の米国追随は目に余るものはあるが、戦後の冷戦下、日米安保条約の恩恵を享け、我が国の国防費はGNP1%以内という破格の予算で済んだのも確かだろう。

 多くの予算が経済復興や民需に回り、その結果、奇跡的な高度成長を成し遂げたという事実まで全てを無視するのだろうか。

 「やはり天下国家の思想である以上、それに見合った振舞いが必要になっていくと思っております」というなら、先ずは米国に感謝したら如何か。

 尤も、「もう十分にその対価は払っている」と反論するのは目に見えているが(笑)

 我が国が対米追従に陥ったのは米国の責任に非ず、我が国の政治家の無能と不作為であり、その政治家の中心的人物が鳩山一族ではないのか。

 木村への街宣に「裏」があるのなら、木村の「裏」は鳩山の資金だろうし、そのおこぼれに預かろうとする右翼がいても可笑しくはない(笑)

 木村は嘗て朝鮮総連のビルを落札した池口恵観阿闍梨のボディガードを務め、「拉致問題の解決を図る」かの様なことを宣ってたのは記憶に新しい。

 だが、池口や鈴木らとと北朝鮮を訪問したのはいいが、拉致問題の話しはなく、「喜び組」の接待を受けて帰国しただけで、結局、池口の宗教団体「最福寺」も資金難でビルの買い取りも出来なかったことは皆さんが知る通り。

 過去の木村の発言を見るまでもなく、全てに於いて詭弁であり、自惚れから発する我田引水的なものばかりで、そこに国を想う心は無い。

 木村のこの問題も、結局はなあなあで終わるのは目に見えている。

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 それにしても木村三ちゃんがヅラだったと聞いて驚いたのだが、本人から連絡があり、断固として否定していたことをここに報告致します(爆)

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2015年04月21日

政治家の靖國神社への参拝なんぞどうでもいい

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 安倍総理は、今日から行われる靖國神社の春季例大祭に今や恒例となった私費での真榊奉納で保守層を謀(たばか)り参拝を見送る。

 尤も総理が参拝することで靖國が騒がしくなるなら、政治家なんぞが靖國にかかずらって欲しくはないというのが正直なところ。

 いっそのこと千鳥ヶ淵墓苑を米国のアーリントン墓地の様に造り直し、国立戦没者墓苑を創ればいいし、政治家なんぞそっちに参じればいい。

 それでも多くの国民は靖國神社に詣で感謝の誠を捧げるだろう。

 いい加減、靖國神社へのアホ臭い議論はもう終わりにして貰いたい。米中韓の不当な内政干渉に何時まで屈するつもりか。

 首相の公式参拝は当然のことであるが、現憲法下でそれが赦されていないのならば控えるべきで、参拝を合法化するならば靖國神社の宗教法人格を外し、国家で管理すればいいだけの話しだ。

 総理大臣の参拝よりも、何より陛下の御親拝こそが大事であり、御親拝よって英霊は安らかに眠れるのである。

 また「鎮霊社」なる死者の選別も見直すべきだろう。

 我が二本松藩や会津藩は「朝敵」に非ず、「東軍」である。

 「朝敵」とされた方々を別なカタチ(鎮霊社)で祀ることと、朝敵をも本殿に祀ることと、そのどちらが現代という時代に即して天皇(すめろぎ、すめらぎ)が顕現される道かは言わずもがなだろう。

 「政教分離」や「軍国主義の復活」などとは、妄想の押し付けでしかなく、「A級戦犯分祀論」もまた靖國神社への圧迫行為であり憲法違反である。

 世界のどんな国も「英霊」には最大の名誉が与えられている。

 オバマ大統領は、アーリントン国立墓地の囁きに触れ、「負けた戦争」であるベトナム戦争も取り上げてその英雄的な精神を賞賛する。

 今月26日には安倍が訪米しアーリントン墓地に献花するのだろうが、安倍にしろ我が国の政治家共にしろ、オバマ大統領のこうした言葉を学ぶべきだ。

 米国に比べ、日本は悠久の歴史と民族の一体性に恵まれているのだが、皮肉なことに国の礎となった英霊の方々は国家から顧みられることが少ない。

 このことが、国民精神の頽廃を招いている元凶でもあるという認識が、我が国の政治家共には欠落している。

 愛国心の欠落、その結果としての国防意識の低下、日本人としての誇りや自信の喪失、子殺しや親殺し、等々、日本の社会に蔓延する問題の全てはそこに起因していると言っても過言ではない。

 政治家の参拝なんぞどうでもいいが、陛下が御親拝遊ばされる環境が整うのは、果たしていつのことになるのやら。

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2015年04月20日

初心に返り、修行、稽古を重ねて行かねばと痛感する

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 無事に母の葬儀告別式が終わり安堵しております。御参列頂いた方、また遠くから弔電や御厚志を賜った方々に衷心より御礼申し上げます。

 画像は昭和37年頃、自宅「相模屋呉服店」前にて。父34歳、母31歳(後列中央)、愚生2歳。顔の角度、身体の構えが親父とほぼ一緒。我ながらいい面構え(笑)

 母は10年前に脳梗塞を患い、晩年は言葉も発する事も出来ず、その姿を見るのは忍びなく、見舞いなどは実兄に任せ、ろくろく会いに行くこともなかった。

 息子として親不孝だし、世間から見れば冷たい様だが、「願わくば早く天に召されて欲しい」と思ってたのも事実で、最後は微笑んで眠る様に逝ったと聞き、悲しみよりは安堵の方が大きかったのも正直なところ。

 剣豪・宮本武蔵が「独行道」で遺した言葉に、「いづれの道にもわかれをかなしまず」というものが在る。では、「別れを悲しまない」という武蔵という人物は、血も涙も無い冷血漢だったのだろうか。

 例えば、酒を嫌いな人が「我、酒を絶つ」、或いはタバコを吸わない者が「タバコを絶つ」などと書かない。

 飲みたいが、或いは吸いたいが止めようと自分に誓願した者が「絶つ」と言ってこそ、人に訴えるものがあるのではないか。

 武蔵は寧ろ、人一倍感情豊かで熱血漢であり、別離に人並み以上の涙を流しながら、涙を見せまいと努力した人間に違いない。

 宮本武蔵が著した「五輪書」に、「山水三千世界を万里一空に入れ、満天地とも攬(と)る」という一節が在る。

 「万里一空」とは「世界はどこまでいっても空は一つ」「全てのものは一つの世界に留まっている」という考え方で、武蔵の思想の根本でもある。

 「何事も動揺せず、常に冷静な気持ちで事に当たる」「一つの目標に向かって精進する」などの意味として解釈されるが、これをいざ実践するとなると実に難しい。

 人の死に限らず、何か事が起これば冷静さなど忘れ右往左往してしまいがちだが、何事も万里一空と思えば冷静にもなれる。

 右翼人として政局に一喜一憂し、ブログやフェイスブックなどで「時局厳正批判」を尤もらしく披歴しているが、目先のことを語ることや喧々諤々の議論に何の意味もない。

 天地自然や人間の大道を心得え、時の動きに従いつつも正義を踏み外さず、危機に際しても平時と同じ様に対処出来ること、読書などでの理論よりもこういう心構えを日頃から意識することこそ大事なことであり、そういう意味では日々の修行は欠かせない。

 「自分磨き」という言葉を聞く。

 自分を磨くというのは大事なことで、それには「修業」「修行」「稽古」など様々で、「修業」とは、学問や技芸などを師から習い身に付けること。

 「修行」とは、それら修業によって学んだものを、より向上させる為に肉体的、技術的、精神的に励み、磨くこと。

 「稽古」とは、「古(いにしえ)の道を考える」ということである。

 師に学ぶこともなく、古の教えも知らないで「自分磨き」は出来ない。

 稽古の「稽」とは「考える」という意味があり、古書を紐解いて古人の教えを学ぶ、それが「稽古」の本来の意味だ。

 千利休は「稽古」の何たるかを喝破し、こう訓える。

 「稽古とは一より習い十を知り十よりかへるもとのその一」

 稽古というのは、初めて一を習う時と、十まで習い元の一に戻って再び一を習う時とでは、人の心は全く変わっているもの。

 「十まで習ったからこれでよい」と思った人の進歩はそれで止まってしまい、その真意をつかむことは出来ないとの教えた。

 稽古に稽古を重ね、一応全てを知り尽くしたつもりでいてもそれで満足すればそれまで。大事なのは「もとのその一」という初心である。

 「初心忘れるべからず」とは蓋し名言であろう。

 岡倉天心も、古人、先人の教えを学ぶことの重要性を教えている。

 「歴史の中に未来の秘密がある。我々は、我々の歴史の中に、我々の未来の秘密が横たわっているということを本能的に知る。変化こそ唯一の永遠である」というのがそれ。

 安倍は先の所信表明でこの都合のいい部分だけを切り取り、「変化こそ唯一の永遠である」と、TPPや農業改革などが然も当然かの様に宣った。

 だが、正統の保守主義者に於いて時間を体験する仕方は、過去の意味を直視し、その中に価値を見出す発見によって未来を創造して行くものである。

 つまりは安倍や自民党がやる改革は「未来が全て」であり、これ即ち保守に非ず、完全な自由主義者であろう。

 人というのは、いざという時に的確な行動が出来る様にする為に生きていると言っても過言ではなく、過去に学び、修行や稽古に励むことは大事なことだ。

 これを愚生に当て嵌めてみれば、愚生には師と呼べる人はいない。周りに居た者は全て反面教師といっていい個性的な人物ばかりだった。

 それが好かったことなのか、悪かったのかはこれからの生き様で分かるだろう(笑)

 母の死で両親はもういない。親から教わったことや周りから学んだことを忘れず、初心に返り、修行、稽古を重ねて行かねばと痛感する。

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2015年04月11日

右翼になったら友達百人できるかな(笑)

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 小学1年生じゃあるまいし、友達の多さを自慢するヤツがいる。そういう輩に限って実際には心から分かち合える友はいない。

 でも、そうしたものは肩書や立場に寄って来てるだけで、それは友達ではなく単なる仲間や知り合いでしかない。

 愚生も本当の友人、親友と呼べるのは3人くらいなもので、盟友とか兄弟分とか言ってるのに限って裏切るのも早い(笑)

 ある方のブログを見たら、愚生への苦言というか嫌味のつもりなのだろう、あれやこれやと綴ってあったので有難く拝読させて頂いた。

 「政治を批判し、同志を批判する人がいるが、そう思ったら自分が行動を起こしたら良いのにといつも思う」という。

 それについては是非そうさせて貰おうと思う。

 ってか、政治を批判することが悪いなら、時局厳正批判の演説も意味はない。何より、その政治批判で生活してる営業右翼、営業保守こそ批判されるべきだ。

 また同志を批判するとは愚生の事だろうが、愚生を右翼の同志と思って頂いてるのは有難いが、愚生は同志だとは思っていない。

 右翼団体から除籍された人物で、現在の右翼団体に付いてくことが出来なかった脱落者。今は却って除籍処分は有難いことだったとも思っている。

 「忠告してこれを善導し不可ならば即ち止む。自ら辱められるること勿れ」という。

 忠告を聞くか聞かないかは相手次第だが、友人の不味い点を見て見ないふりをするというのでは友人としての資格が無いと思っている。

 最近は、相手を慮って忠告したり、苦言を呈すると、その後は何故だか疎遠になるのことが多いのは如何ともし難い。

 「まず自分が先頭に立って見本を見せてから後輩をリードすべきではないか」という。

 「それも刑務所どころか留置所さへ入った経験もないのに人の批判をしたり世を罵る。思わず笑ってしまうが、それはそれで自分がいっぱしの国士と任じているのだから罪がない」という。

 流石は文士だけあって言葉を選んでるが、この揶揄には愚生も入っているのだろう。

 「FBなどで一度も会ったことのない人の「友達」の多さに満足している人もいるが、所詮はバーチャルの世界だ」というが、御尤も。

 別に愚生はFBでの友達を親友だと思ったこともないし、FBの友達の数なんぞ気にしたことも無い。況してやその友達になった人に購読料なんぞを無心したこともない(笑)

 FBにしろブログにしろ新聞投稿にしろ、啓蒙活動と時局の備忘録の一環として綴ってるだけで、これが右翼活動なのだとも思ったことも無い。

 単なる無頼派右翼、放蕩右翼だと自任しているが、自分のことを国士だとか愛国者だと思ったことなんぞ一度もない。

 だがSNSも、街宣車での下手くそな演説よりは、一般大衆に拡散することに於いては長けているし、啓蒙活動としての効果はあると思っている。

 氏曰く、拘置所や刑務所経験の無いのは活動家としての資格が無いらしい。行動して刑務所にでも入れとは流石。これは蓋し正論であろう(笑)

 そういう愚生も逮捕歴や留置所経験はあるが、如何せん、この刑務所経験だけが無いのが右翼活動家歴としては重みはなく、後ろめたいのは確かだ。

 平成からは逮捕歴も無い。要は真面目にやってないからだ(笑)

 という右翼陣営の先生方にも留置所経験さえ無い人は少なくなく、右翼としての資格が無い人は多いんじゃなかろうか(笑)

 所属していた防共挺身隊は行動右翼の中でも逮捕歴が格段に多かったが、自ら志願して逮捕された隊員はいない。全て幹部会で決められたことだ。

 自ら率先して捕まったのは初代・福田進の国会議事堂敷地内で、共産党代議士ら数十名に一斗缶に入れた糞尿をぶちまけた「糞尿事件」くらいなものか(笑)

 愚生もたまたま指名されなかっただけのこと。要は事件を起こさせ、逮捕させるということも若手を育てるには一つの方法でもあったのだ(笑)

 「右翼として何の実績も無い」と言いたいのだろう。

 初代総隊長の福田進から二代目の早坂光夫、三代目の對馬則政の下で、実質には二代目からは運動の責任者として活動し、総隊長まで上り詰めたが、それを否定されるのは納得し兼ねる。

 名前や顔を売るのは義理場だが、そういう派手な場が嫌いで、義理事は全て對馬がやってただけで、そうしたことが実績なら本末転倒と言う他ない。

 二代目が引退し、三代目になって暫くして、二代目からしみじみと「防挺ってのは佐久間、おまえで持ってたんだな。お前は損な性格だよ」と言われたことを思い出す。

 FBでの友達削除と右翼への苦言から、それを根に持ったのか、30年の右翼としての生き方を否定されたと思うと、返す返すも残念でならない。

 先日の愚生のブログやFBでの木村三浩に対する右翼へ対応の苦言もそうだが、それを受け容れることもなく、それこそ木村に何ら言いもせずに、「私たちに期待されても迷惑なだけだ」とはどういうことなのだろう。

 右翼に期待する声があるのは有難いことで、期待されない右翼なら右翼としての存在価値もないではないか。

 その昔、一水会顧問の鈴木邦男と横浜の大物右翼が同時テロ(火炎瓶投擲事件)に遭ったことを知る人は少ない。

 幸いボヤで済んだが、右翼関係者の間ではある意味快哉な事件でもあった。

 蒲田で右翼の友人らと飲んでたら、当時話題になってた「建国義勇軍」の話になった。

 愚生は、「このメンバーには野村秋介の元門下生のN台さんが係わっているのではないか?」と友人に質すと、友人は、「否、あれはA原だよ。こないだ鈴木邦男とN川さんの自宅に火炎瓶が投げられたの知ってる?あれ、A原らだよ」

 これには同席した別の友人も驚いた。

 「ん~A原ならやりかねないかもな。それより、お前、A原と付き合いながらN川さんとも付き合ってんのか。そりゃダメだろ。どっちか切らなきゃ」

 「佐久間も、N川さんと親しくしてるとやられるぞ!」

 「それはS野からも同じこと言われたよ。まぁ来たら返り討ちするけどな(笑)」

 その後、建国義勇軍は「刀剣友の会」の犯行だったことが明らかになり、火炎瓶投擲事件の主犯とされたA原は東北自動車道で不慮の事故で亡くなった。

 刀剣友の会にしろ、A原グループにしろ、あの残党らは今どこに潜んでいるのだろうか。

 大物右翼のブログを読んだら、ついそんなことを思い出し、同時テロに参画したい衝動にも駆られたのだった(笑)

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2015年04月09日

異国の地で草生す屍となった御霊を鎮められ、両国の友好が更に深まることを願って止まない

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パラオの国旗は日の丸を模したものだ。パラオの人々は国旗制定に苦心した。逸話が遺されている。

 私達は国旗の選択に相当苦労した。
 応募者は悉く各島の人々であり、
 それぞれの旗にパラオの歴史と伝統が込められていた。
 だから、選考委員は真剣であった。選考に日数をかけた。
 でも、最終的にこの旗に決まったのは、
 日本の旗に一番似ていたので、最大の人気が集まった。
 日の丸の部分を黄色にしたのは、月を現わす。
 周囲の青地は海を意味する。
 月は太陽が出ないと輝くことが出来ない。
 つまり月は太陽によって支えられ、月としての生命を持つ。
 太陽とは日本のことである。
 海に囲まれたパラオという国は、
 日本の太陽の反射によって輝かねば生きられないのである。
 我々はまた戦争中に、
 日の丸を掲げて強大な米軍と交戦した日本軍将兵の勇敢さと純粋さに、
 大きな魅力と尊敬を捧げている。
 一万に及ぶ英霊たちは私達に、
 勇気と国を想う心があれば、
 アメリカよりも強くなれることを教えて死んだのである。

 天皇皇后両陛下は、平成17年のサイパン巡幸に続き、先の大戦で激戦地となったパラオ共和国で慰霊し、御霊を鎮められる。

 パラオ共和国は太平洋の浮かぶ小さな独立国。

 第二次世界大戦時には太平洋戦争のマリアナ・パラオ諸島の戦いに於いて「ペリリューの戦い」の中心地となり激しい戦闘が行われた地でもある。

 歴代大統領には「ナカムラ」という名前の人もいる。面白いことに「クニオ」とか「マツタロウ」いった日本人風の名前が目立つ。これは、近代社会に仲間入りさせてくれた日本への感謝や愛着からだという。

 このパラオ共和国の国旗は「日の丸」と同じだが、白地ではなく青地に、やや中心より左にずれた黄色の丸である。

 何故このような国旗になったのだろうか。

 ドイツの植民地であったパラオは、第一次世界大戦後、日本の委任統治領となった。日本軍は地元住民に厳しく接するも、産業、教育、文化の発展に大きな功績を残し、パラオの人々に多大な信頼を受けたのである。

 パラオの人々は今でも口々に語る。

 「日本は厳しかった。しかし、我々に農業と、真面目に働くこと、そして嘘をつかないことを教えてくれた」

 第二次世界戦末期、約4万2000人の米軍が上陸したのは、昭和19年9月15日。中川州男大佐率いる約1万2000人の日本軍が、迎え撃つ。

 島民は別の島に退避していたが、米軍がパラオに迫ると、驚くことにパラオの人々は「我々も日本人と一緒に戦う」と決意したという。

 しかし、民間人に被害が出ることを懸念した中川大佐らは、その申し出を許可することは無かった。

 日本軍はそれまでの戦法を改め、要塞化した洞窟陣地などを利用しゲリラ戦法で持久戦に持ち込み、圧倒的な戦力を誇る米軍に大打撃を与えた。

 この戦いは実に11月25日まで続いた。

 米国太平洋艦隊司令長官CW・ニミッツも驚嘆した。この組織的な抵抗と戦術は、後の「硫黄島の戦い」へと引き継がれて行く。

 因みに現地の人の「クニオ」とは、この中川州男大佐の名前であり、如何に慕われていたかが理解出来よう。

 この戦争で命を落した日本人をパラオの人々は泣きながら丁寧に埋葬した。日本人遺族が何時来てもいい様にと墓の掃除は今でも欠かさない。

 戦後パラオは、1994年の独立まで、アメリカが50年間統治したがパラオの人々の心に残っているのは「日本人」だったのだ。

 数年間の日本の統治が、パラオの人々の心に残したものが、それだけ大きかったということだろう。

 何が侵略戦争か。何が無駄死にか。先人の、こうした偉業に思いを馳せた時、今を生きる日本人として感謝せずにはいられない。

 天皇皇后両陛下がこの地を巡幸遊ばされることは大きな意味がある。

 異国の地で草生す屍となった御霊を鎮められ、両国の友好が更に深まることを願って止まない。すめらぎいやさか。

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2015年04月07日

教科書検定もいいが政治家必携の道徳規範の書を創るべし!

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 来春の中学校教科書に竹島と尖閣諸島が登場し、今更ながら「固有の領土」と教えられることとなる。確かに領土主権の重要さを教えることは大切なことだが、根本的にはやはり政治でしか解決は図れない。

 今、日本の島々を「日本の領土だと言える勇気」も必要だろうが、本当に必要なのは自国の領土を「守る勇気」と、「奪われた領土は奪い返すことでしか解決は図れない」という至極当たり前の認識だ。

 つまり大事なのは「奪い返すという気概」と法整備である。

 例えば、強盗犯や窃盗犯なんてのは、他人のモノを強奪したり、盗んだりしても恬として恥入ることはない。罪の意識が欠落しているのだ。

 つまり、北方領土や竹島を強奪したロシアや韓国に、「我が国の固有の領土だ!」なんて宣ったところで、また尖閣諸島や沖縄を「強奪してやろう」と謀っている中共にしてみりゃそんなのどうだっていいことだ。

 韓国は早速、この教科書問題に噛み付いているが、いつもの強要であり、日本側の譲歩によって領土主権の正当性を訴えたいのだろうが、こうした国に我が国の正当性を訴えたところで解決をみることはない。

 やはり大事なのは、軍事力を背景にした外交であり、その自国の防衛をも否定している現憲法の見直しなくして、主権国家としての役割は果たせない。

 安倍首相は、戦後70年の平和の歩みを強調する。だが、戦後の我が国の平和は米国の軍事力と核の力と単なる偶然に過ぎない。

 国家百年の計を米国に委ねながら、また敗戦の汚辱を払拭せずして、「戦後70年、平和国家として歩んで来た」とは開いた口が塞がらない。

 未だ米国からの独立を果せず、米国の51番目の州に成り下がり、更に米国追従を図っているのは如何なものか。

 沖縄の米軍基地問題にしろ、自国の防衛という大本を米国に委ねて来た歪な体制が、事を更に複雑にしてしまったのだ。

 沖縄県民が米軍基地に拒否反応を示すなら、米軍に代わり自衛隊がその任を受継ぐ様にしていけばいいだけのことだが、中共に阿る沖縄左翼はそれもダメということなのだから、単なる謀略運動だということだ。

 沖縄の米軍基地で考えるのは、活発な噴火活動が続く小笠原諸島の西之島のことだ。溶岩が東の方面に流れて広がり、面積は元々の西之島の11倍以上、東京ドームの約52倍にまで成長しているというから驚く。

 これは正に天の配剤ではなかろうか。

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 地図を見れば分かるが、この西之島は。東京の南、沖縄の東に面し、フィリピンや台湾も見据えられる地域に在る島で、ここに将来的に普天間基地の様な巨大軍事基地を造成したらどうだろう。

 中共が南沙諸島や西沙諸島、或いは尖閣諸島を虎視眈々と狙ったところで、太平洋の出口にこの西之島基地が在れば、その野望も阻止出来るに違いない。

 そういう意味でも西之島の巨大化は大いに夢が膨らむというものだ。 

 戦後70年。魂なき繁栄に現を抜かしている時代ではない。米国依存の体制に終止符を打ち、千島の奥も沖縄も、我が国の要衝として守りを鉄壁にしなくてはならない。

 冷戦下での米ソの軍事バランスが崩れ、中共が台頭しアジアを不安に陥れ、朝鮮半島の緊張が増して来た今、政治が成すべき喫緊の最重要課題は、自主憲法を制定し、国防体制を強化する以外に無いのだ。

 北方領土や竹島の不法占拠、尖閣諸島の主権侵害の最大原因は、戦後、歴代の政府や国会が領土主張を疎かにしてきた結果であるが、憲法も同様に歴代内閣と政治家の不作為が原因で、憲法議論さえも儘ならない状態なのは如何ともし難い。

 永田町を見れば、恥ずべきことに国益そっちのけで国民不在の政争やスキャンダルを繰り返すばかり。将来を担う子供達への教育以前に、政治家に対する道徳規範の書を創り、携行させることの方が大事な様に感じる。呵呵。

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2015年04月05日

貴方様より貴い神が現れたので皆喜んで騒いでいるのです

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 昨夜は満月が地球の影にすっぽり入り、月が赤銅色になる皆既月食が観測された。桜が咲いてる処では夜桜とのコラボを愉しめた様だ。

 最近では何事も科学的な事が優先され、月食や日食も単なる天体ショーとして捉えられているが、古来、我が国では日食と月食の日は「穢れの日」として忌み嫌われていた。

 月や太陽から放たれる光は「妖光」として捉えられ、幕末までは日食の日には不吉な日として天皇の祭祀と政務を一切取り止めた。

 天変地異や疫病などが起きると本気で信じられ、この妖光から天皇の玉体を護って来たことが窺える逸話だろう。

 こうした「不吉」は別に神道だけに限ったことではない。

 ヒンズー教などもそうだが、皆既月食や皆既日食を「災いが起こる前兆」として恐れ、祈りを捧げる。

 「天岩戸(あまのいわと)」という神話がある。

 天照大御神が天の岩戸に篭ってしまい、世界が真っ暗闇になり、悪神が蔓延ったという神話だ。

 伊邪那岐神(いざなぎのかみ)は、「天上界を天照大御神が、夜の国を月読命(つきよみのみこと)が、海原を須佐之男命(すさのおのみこと)が治めよ」と命じられた。

 ところが須佐之男命だけは任務を果たさず、その為悪神が蔓延り、諸々の禍が彼方此方で湧き起こる始末だった。

 伊佐那岐神は酷く怒り、「お前の様な者に用は無い!」と追放する。

 困った須佐之男命は、姉の天照大御神を頼る。

 姉の許で暫くは大人しくしていたが元々気性の荒い須佐之男命は、程なく種々の乱暴を働く様になった。

 天照大御神の耕す田を壊し、御殿に糞を撒き散らす。

 それでも天照大御神は大目に見ていたが、服屋(はたや)で神聖な衣装を織っていた時、皮を剥いだ馬が屋根を打ち抜いて投げ込まれ、服織女(はたおりめ)が死んでしまう事件が起きた。

 犯人は勿論、須佐之男命。

 これには流石の天照大御神も激怒し「天の岩戸」に篭ってしまった。

 天照大御神が隠れると世界は暗闇となり、悪神達が蔓延り始める。

 そこで高天原の諸神である八百万の神々は、天の河原に集い策を取ることになり、思金(兼)神(おもいがねのかみ)の提案で、先ず岩戸の前に常世の長鳴鳥を集め鳴かせる。

 次に伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)に、八尺鏡(やたのかがみ)、玉祖命(たまおやのみこと)に八尺勾玉(やさかのまがたま)を作らせ、布刀玉命(ふとだまのみこと)には御幣(みてぐら)を、天児屋(根)命(あめのこやねのみこと)には祝詞を奉じさせた。

 ※因みに平田篤胤の説では思金神と天児屋命は同一神としている。

 岩戸の真ん中では、天宇受売命(あめのうずめのみこと)が乳房や女陰を露に神憑りの踊りを大乱舞。

 これを見て八百万の神がどっと笑うと、天照大御神は気になって気になって岩戸をそっと開けて「何事か」と聞く。

 そこで思金神は、「貴方様より貴い神が現れたので皆喜んで騒いでいるのです」と天照大御神に八尺鏡を差し出した。

 すると天照大御神は、そこに映った自分の姿をその貴い神と勘違いし、猶もよく見ようと身を乗り出したところを、怪力の天宇受売命が岩を投げ飛ばし外に出すこに成功し、漸く世界に再び光明が戻ったという。

 「皆既月食」という自然現象を、神の世界の事件と捉えた古代日本人の信仰と伝承こそ、実は科学的だったのではなかろうか。

 科学万能の時代であるが、畏れや感謝を知る上でも、こうした神話や古来の教えも伝承して行かなければならないと感ずる。

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2015年04月04日

自己放棄に達しない思想は卑しい思想であり、思想を維持する精神は狂気でなくてはならない

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 「自己放棄に達しない思想は卑しい思想である」とは三島由紀夫。

 つまり、思想を抱くということは、そのまま「死」を覚悟するということでもある。

 これは右翼も左翼も、社会主義者も国粋主義者も関係なく、常に思想信条の為に命を賭す覚悟が大事であるということだ。

 だがしかし、現在の思想家(思想にもなっていないが)を気取る輩にその気概は視られず、ただただ口舌の徒や売文屋に成り下がっている。

 「居の安きを求るは真の志士に非ず」とは吉田松陰。

 種々の生業を作(な)して自活することを恥ともせず、日々の生活を優先しながら活動家を気取るとはなんたることか。

 松陰は「思想を維持する精神は、狂気でなければならない」と訓える。

 「狂気」とは、気が狂うと書くが、常軌を逸した精神状態に非ず。

 愚生もしがない放蕩右翼だが、こうしただらしのない生き様も、見ようによっては「狂気」であろうが、常軌を逸してるというより、単に常識というものが欠乏しているのかも知れない。否、欠落しているに違いない(笑)

 「狂」とは陽明学の「狂」であり、「理想を高く持ち、何の虚飾も隠し立てもなく、心のままに率直に行動すること」である。

 陽明学を簡単にいえば「知行合一」の教えであり、言葉にしたことは必ず実行するという「知行合一」という思想である。

 陽明学は、先ず「志を立てる」ところから始まり、その志を行動に昇華させることで己の思想が終結する。

 右翼にしろ、左翼にしろ、政治家を志すにしても、自分の言葉に責任を持ち、自らが率先垂範して国民の模範となることが大事だということだ。

 陽明学では、人間の格位を「聖賢」「狂」「狷(けん)」「卿愿(きょうげん)」の四つとし、孟子はこれを注釈している。端折って書けばこういうことだ。

 「聖賢」とは、知識・人格に優れた人物。

 「狂」とは、理想主義。

 「狷」とは、不潔を潔しとしない者。

 「郷愿」とは、世俗と歩調を合わせた風俗とし、徳の賊(道徳家を装って郷里の評判を得ようとする俗物)。

 「狂」とは、己の信念(理想)に向かって脇目もふらずに突進(行動)することである。

 また「狂」とは、「もし過失があれば改めさえすればよい」とする臨機応変的なものでもあり、世俗社会の常識に対し果敢に挑戦する実践的理想主義とも言えよう。

 自分の行動を「狂挙(きょうきょ)」と敢えて言える為には、歴史を見つめる「冷静な目」が必要であり、この「狂の精神」こそが、明治維新への道を切り開く転換点となったと言っても過言ではない。

 旧来の思想や社会構造を打破しようとする時に起こる常軌を逸した行動こそが「正気」の「狂気」であり、「狂挙」なのである。

 「狂挙」とは、義に従って突き進むことであり、己が正しいと思ったら、損得なんぞ考えず、それに向かって猛進することである。

 「仁侠(任侠)」も同じ様に、弱い者を助け、強き者を挫き、義の為には命を惜しまない気風を言うが、損得ばかりで暴力団に成り下がった現代ヤクザにその精神は無い。

 ヤクザが仁侠になるには、仁に狂うことであり、つまりは「狂挙」を重んじる仁侠精神に回帰し、真の仁侠道に猛進することだろうと思う。

 どの世界も「狂気」の「狂挙」こそが現状打破の大きな力となり得るのである。

 だが、悲しいかな昨今の右翼にしろ、自称・愛国者にしろ、保守派にしろ、居の安きを重んじるばかりで、そこに「狂気」はない。

 つまり、それは本気さが乏しいということで、要は世俗と歩調を合わせた「郷愿」であり、賊であるともいえるのだ。

 吉田松陰もこう訓える。

 「君、狂い給え!」

 そこの貴方には、抱いてる理想はありますか?

 志しは潰えていませんか?

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cordial8317 at 07:27|PermalinkComments(0)

2015年04月01日

もし自ら種々の生業(なりわい)を作(な)して自活することは邪命である

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 今日は朔日。身を清め、神饌を新しくし、畏くも陛下の弥栄と皇室の安泰を祈願し、併せて心願成就を祈る。

 人間50歳を過ぎると、若い頃の様ながむしゃらさは無くなる。

 大学卒業後にバイトで貯めた数十万のカネを持って郡山に越してきた。働く気は毛頭なく、本部とは別に右翼団体を立ち上げた。

 収入のアテは無い。名刺と領収書を持って会社を廻り、時局を一方的に喋り捲って協賛金を無心した。

 頂いた協賛金なんぞアブク銭、その日の遊興費で無くなった。働けば楽だとは思ったことは何度もあるが、働くことはしなかった。

 あの当時の大きな収入源といえばサラ金だった(笑)

 友人とタッグを組み、留守番させて架空の会社の従業員役をやらせる。そしてサラ金に行き、書類に必要事項を記入して借金の申し入れ。借入金は最初は30~50万円。

 サラ金屋は書類に目を通し、会社に電話する。「佐久間さんをお願いします」勿論、居る訳がない。会社で働いてることを確認すると、ニコニコ顔で融資金を持ってくる。

 払うのは3回だけ。4回目には増額をさせる為に再度訪問。すると「これ以上は貸せない」と断られる。当たり前だ(笑)

 そうなるとこっちも払わない。払わないとブラックリストになるのは時間の問題なので、サラ金巡りをすることとなる。

 三流会社から攻めれば好かったのだが、大手を最初の頃に手を出したのが上手くなかった。上手く借りりゃ1000万ほどになったのだが、その半分にも満たなかったのは大失敗だった(笑)

 サラ金がダメになると今度は信販系に手を出した。サラ金と信販系は信用調査が別だったので、買い物とキャッシングは便利だった(笑)

 キャッシングが限界と知るや、友人らに衣料品などを半額でいいからと買わせてはカードで支払った(笑)

  新宿で手広くやってるマチキンや金融ブローカーのとこにも行った。誰にでも小銭を貸す連中も、愚生には貸さなかったっけ(笑)

 クレジットカードも大手の日本信販をパンクさせてしまったので、他の信販系も根こそぎ停められてしまった。もっと巧くやりゃ好かったと今でも思う(笑)

 サラ金と信販系クレジットはいいシノギだった。そんな中でも独立した情報管理をしてた丸井だけはカード返却もなく、これだけは大事にした(笑)

 創価学会と揉めてパクられるという情報が入った時も、サラ金で、それも横浜のサラ金で20万借りて、かみさんと子供を東京に呼んで、ディズニーランドに連れてったっけ(笑)

 それでも、親や兄弟、友人らを保証人にしたことはないし、迷惑をかけたことも無い。

 後々、追い込みの電話が来ても、別に逃げたこともないし、裁判所に呼び出されれば、担当の弁護士と話し合い欠損金で処理する様に申し入れした。

 そんなこともあり、20代から30代そこそこまでブラックリストだった。

 それが今から20年ほど前にネットが普及して来ると携帯電話からキャッシングが出来る様になり、試しにやってみたらすんなり審査が通った。

 こうなると借りなきゃ損とばかり、ネットで申し込む。その甲斐あってコンピュータが動きだしブラック解除となった(笑)

 昔の様に踏み倒すことはしない。今時、カードが無けりゃ生活出来ないし、いい大人になってブラックリストじゃ信用問題にかかわるし(笑)

 今では「少欲知足」ということを悟ったのか、出不精になっただけか、若い頃の様な無理は出来なくなったし、明日の事が気になる様になった。これこそが高齢化の弊害なのだろうと熟熟思う。

 今では会社訪問も数件だけだ。本当は飛び込みで会社を訪れ、口角泡を飛ばし、或いは相手を煙に巻いてでも活動資金を捻出すればいいのだろうが、乞食の様な無心生活も意外と大変なのだ。

 乞食(こじき)とは、本来は仏教用語で「こつじき」と読む。僧が自己の色身(物質的な身体)を維持する為に人に乞うこと。行乞(ぎょうこつ)ともいう。

 托鉢(たくはつ)といえば聞こえはいいが、本来は乞食。

 これは、十二頭陀行(じゅうにずだぎょう)の一つで、簡素で清貧な修行によって煩悩の損減を図るのが目的であり、これを清浄の正命と定める。

 十二頭陀行には、「もし自ら種々の生業(なりわい)を作(な)して自活することは邪命である」と定められているが、兼業の坊主はニセモノということ。

 これは右翼にも言えることで、働きながらのなんちゃって右翼は、生業を優先し、己の安逸な生き方を優先していることを以ても所詮はニセモノでしかない。

 「軽犯罪法」1条22号には、「こじきをし、又はこじきをさせることを禁止し、違反者には拘留又は科料」の刑事罰が規定されている。

 ということは、愚生は拘留される身の上であるとも言える訳だ。呵呵大笑。

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cordial8317 at 06:57|PermalinkComments(0)