2014年10月

2014年10月30日

「教育勅語」を奉読し、日本人としての自覚を再確認しよう!

  
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 明治23(1890)年10月30日、明治天皇は山縣有朋内閣総理大臣並びに芳川顕正文部大臣に対し、教育に関する勅語を下された。それが「教育ニ関スル勅語(教育勅語)」である。

 占領下だった1948年(昭和23年)6月19日に国会の決議により「教育勅語」が廃止され、内務省所轄だった教育の在り方が抜本的に改革され、また「教育委員会」なる制度が導入された。

 教育委員会制度は、抑々、米国がその占領政策の一環として導入したものであり、現今の教育の荒廃、教育制度の在り方を見れば、戦後の教育が間違っていたのは明らか、即時廃止するのが日本再生の道である。

 米国は、「戦前の日本の軍国主義が日本の中央集権的教育制度を齎し、それが結果戦争に繋がった」と結論付けているが、これこそ詭弁の何ものでもない。

 こうした愚にも付かない理由から、その日本の学校教育を、内務省の中央集権的統制から解き放ち、その管理を、地域住民の代表により構成される合議制の「教育委員会」の下に置こうと画策し、それを実行した。

 この「教育委員会」のモデルとなったものが、米国の教育委員会制度である。

 これは米国の開拓時代の占領統治の思惑から生まれたもので、日本の統治も同様に、占領によって米国の意のままに置こうというのが狙いであったのだ。

 米国が実行した「戦後民主主義教育」は米国側の思惑以上に大きな成果を齎し続けている。

 「国旗」「国歌」に反対し、我が国の歴史・伝統・文化を否定し、皇室解体と国體破壊を目指す日教組や全教は国内最大の「癌」であるというのは言うを俟たない。

 これを抉り出し、粛正しない限り、教育の正常化など在り得ないのは当然だが、教育荒廃の原因の全てが日教組や全教だけに在る訳ではない。

 戦後の教育荒廃の元凶こそが、米国の意のままに民主教育行政を司った教育委員会なのである。

 安倍は前政権時代「教育基本法」の改正を行い、米国時代の悪しき教育制度からの脱却を目指した。このこと自体は間違ってはいない。

 ならばその教育改革の総仕上げとして、教育委員会の廃止を急ぐべきであろう。

 旧態依然の文科省に任せたところで頓挫するのは目に見えている。文科省も教育委員会も日教組も言うなれば一蓮托生、教育荒廃の腐った肥溜めなのだ。

 占領時代の陋習である教育委員会制度の廃止なくして教育改革なし!

 占領下に廃止された「教育勅語」を復活し、教育の再生を図るべし!

 教育勅語には次の12の徳目が記されている。

 1.親に孝養を尽くしましょう(孝行)
 2.兄弟・姉妹は仲良くしましょう(友愛)
 3.夫婦はいつも仲睦まじくしましょう(夫婦の和)
 4.友だちはお互いに信じ合って付き合いましょう(朋友の信)
 5.自分の言動を慎みましょう(謙遜)
 6.広く全ての人に愛の手を差し伸べましょう(博愛)
 7.勉学に励み職業を身に付けましょう(修業習学)
 8.知識を養い才能を伸ばしましょう(知能啓発)
 9.人格の向上に努めましょう(徳器成就)
 10.広く世の人々や社会の為になる仕事に励みましょう(公益世務)
 11.法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう(遵法)
 12.正しい勇気をもって国の為、真心を尽くしましょう(義勇)

 道徳教育で大事なものは幼年期の「躾」であり、道徳というものを概念的、論理的に捉えようとするのではなく、学んだことを如何に実践するか、如何に行動で表せるかが大事だ。

 信仰や宗教でもそうだが、「道」というものは日常の実践であり、特別に意識するのではなく、日常を過ごしながら身に付き、現れてくるものなのだ。

 道徳教育の根本は、明治天皇の恩徳により渙発された「教育勅語」に示されている通り、「忠孝の道」を確立することに在る。

 拙ブログの冒頭には、昭和天皇に論語の漢籍の進講をされたこともある戦前の日本を代表する倫理哲学者・哲学者・西晋一郎の言葉を記している。

 「我が民族の将来と国家の前途を思うは人間の最も真剣なる感情であり、君国に忠、親に孝なるは最も現実なる道徳である。之を離れては人類愛も世界的正義も空想に過ぎない」

 要するに、「君国に忠、親に孝」これを離れては、人類愛も平和主義も憲法論議も空理空論どころか、ただの「空想」に過ぎないということである。

 我が国は、2700年もの歴史が続く君主国家であり、そして神武建国の理念は、「八紘をおおいて一宇となす」という家族国家の形成に在る。

 日本を再生するということは、日本が欧米の様な国になることではない。

 日本を再生するということは、その原点である日本の背骨を取り戻すということである。

 そして日本の背骨とは何かといえば、日本人として生きて行く上で大切なものは国への忠誠心と親への孝養であり、「君国に忠、親に孝」ということに尽きる。

 つまり、我が国は天皇を戴き(君)、全ての日本人(国)が、陛下のもとにひとつの家族となって(忠)、先祖代々続く日本人としての血統を重んじ(親)、父祖に恥じない生き方を実現する(孝)、ということだ。

 「教育勅語」を声高らかに奉読し、日本人としての自覚を再確認しようではないか。

 
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2014年10月29日

我が国の石油危機を救った「アラビア太郎」こと山下太郎

  
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 百田尚樹の「海賊とよばれた男」に登場する主人公・国岡鐡造は出光興産創業者の出光佐三がモデル。国岡鐡造の一生 と国岡商店が大企業にまで成長する過程が描かれベストセラーとなった。

 「出光興産」を知っていても「アラビア石油」という名前を知ってる人は少ないだろう。

 「アラビア太郎」こと「山下太郎」が昭和58年に設立した会社で、別名「日の丸石油」と呼ばれ、社旗は日の丸に「A」。日本の自主開発油田で、我が国の石油の安定供給に貢献した会社である。

 山下は、日本の石油危機を救うには、「日本人の手によって、アラビアで石油を掘るのが一番の得策だ」と言ってアラビア石油を創設する。

 資金面や現地での困難や危機を乗り切り、漸く油田を掘り当てる。

 だが、その吉報の一方で大きな災難が襲った。1号井戸を掘ってた際にガス層に突き当たってガスが噴出し引火、忽ち猛火が母艦を包んだ。石油が日本へ送られる寸前の出来事だった。

 だが、山下は刻々と入る悲報を前にして、「火事は災難だが、これで石油の出ることがはっきりした。火災は問題ではない。まぁ、大学入試に合格した途端、ちょいと風邪をひいた様なものさ。油は出る。必ず出る!」と平然と言い切った。

 しかし、大事故はそれで終わった訳ではなかった。更なる試練が山下に襲い掛かる。

 タンカーに続いて開発作業に従事していた150トンの大型クレーンが倒れてしまう。そんなこともあり資金は底を突く。当時50億円の資本金を100億円に倍増増資しても足りなかった。

 普通の人ならここで退散だろうが、山下は違った。

 流石は「アラビア太郎」、火災事故から5か月後、待望の石油を掘り当てた。山下の禍を転じて福と成す信念があってこそ、我が国のエネルギー危機を救ったのだ。

 その後、昭和48(1973)年10月、第4次中東戦争(十月戦争)が勃発。

 石油輸出国機構(OPEC)が石油価格を大幅に引き上げたことにより,世界経済全体が大きな混乱を招くこととなり、「第1次石油危機(オイルショック)」が起きる。

 昭和54(1979)年には第2次オイルショックが起き、石油消費国はインフレ、景気後退、国際収支赤字の三重苦(トリレンマ)に悩まされ、我が国ではこうした経験から、石油に頼らない原子力発電の開発を推進することとなって行く。

 原発事故以来、我が国の電力の90%が火力発電によって賄われている。

 だが、このまま原発依存から脱却し、化石燃料への依存度が高いまま推移した場合に様々な弊害が出て来ることは火を見るより明らか。現に今年度の貿易赤字は5兆4271億円に上る。

 反原発派に出光佐三や山下太郎の様な、日本の危機を救う為に私財を投じ、莫大な投資をして新エネルギー開発に命を賭ける様な人物がいれば別だが、そんな奇特な者などいないし、他人事の様に「原発費用を充てろ!」と言うのが関の山。

 国内経済は多くを海上交易に依存し、日本の輸入依存度の高さは石油が99.8%、石炭98.4%、天然ガス(LNG)96.6%、原子力(ウラン)に至っては100%を依存している。

 「脱原発」の流れで原発を廃炉にし、代替エネルギーも確保されないままで、もし化石燃料による電力のみに移行した場合、それは我が国経済の自殺行為と言っても過言ではない。

 その点では、原子力発電というのは「プルサーマル」や「高速増殖炉」も実用化出来れば、かなりのエネルギーは自国で賄えるのだ。

 そいう意味でも、今は「脱原発」よりも現存する原発の安全対策を盤石に施し、核リサイクルなどの技術開発研究を進めることこそが最重要なことだろう。  

 太陽光や水力、火力、風力、或いはメタンハイドレートへの投資や、蓄電の技術開発に多額の資金を投じれば、将来的な脱原発への道が開かれるだろうが、実際には実現するのは困難だ。

 原発稼働停止で、国内の大資本から民間企業、外国資本まで太陽光発電事業に参入した。地上げ屋が跋扈し、山林が売買され森が伐採され、緑豊かな森が人工的なパネルで敷き詰められ、自然の景観を損なったが、こんな営利至上主義に狂奔しながら、「エネルギー供給の危機」をクリア出来るとは到底思えない。

 「脱原発」にしろ、口で言うのは容易いが、何より、既に存在している28000トン在ると言われている「使用済み核燃料」をどのように処理するのか。これを「再処理」した上で「最終処分」しなければならないのを知らない訳ではあるまい。

 使用済み燃料を再処理するとプルトニウムを含む酸化物が精製されるが、これを「プルサーマル」や「フルMOX」の原発で燃料として使わなければ、国際公約に違反していることになってしまう。

 日本だけが余剰プルトニウムを持つことは国際的に許されないのだ。

 現在の状況を嘆くのも勝手だが、先人の行った過去の功績や苦労を知らず、 将来のみを語ることがあってはならない。

 出光佐三にしろ山下太郎にしろ、昔の企業家というのは営利よりも先ず日本の将来や国民の幸福を重んじていた。企業人とはやはり社稷を重んじることこそ大事。だが、悲しいかな我が国の経済界は正に財閥富を誇れども社稷を想う心なし。

 日本人は勤勉な国民だと言われて来た。何故に勤勉なのかと問えば、多くの人は「貧しかったから」だという。だが、日本より貧しい国は沢山在るし、それらの国民も勤勉かといえばそうとは限らない。日本人の美徳とされたものは「勤勉と貯蓄」である。

 それを提唱し、生活思想に高めた人物が「石田梅岩」という人物だ。 

 江戸時代、商人は「士農工商」の最下位に置かれ「金儲け=賤しい」と軽蔑の対象にあった。梅岩は、商人の役割について「余ったものを足りない所に送り社会全体を過不足なくすることだ」といい、倹約の公共的な経済効果を打ち出した。

 我が国の景気低迷の一因は経済人の心の乏しさに起因していることも多く、真の政治家を育てることも大事だが、社稷を重んじる経済人を育むことが、日本再建の鍵となろう。

 大きな事業や大きな目標になればなるほど、大きな困難や試練が待ち構えているものだ。

 「井戸を掘るなら水の湧くまで掘れ」という言葉があるが、「アラビア太郎」こと山下太郎の様に、自分の立ってる場所を掘り続ければ、自分の井戸が見つかるだろう。

 「汝の立つ処を深く掘れ そこから泉が湧くであろう」とは、ニーチェの金言である。

 
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2014年10月28日

原発稼働停止で緑豊かな森が破壊されて行く

  
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 最近は県内をドライブすると大規模な太陽光パネルや巨大な風力発電の風車を目にする。郡山市内では布引山、会津の背炙山の巨大風車は正に圧巻。だが自然の風景と最先端技術の融合は見る者にとっては異様な光景である。

 原発稼働停止で、国内の大資本から民間企業、外国資本までもが太陽光発電事業に参入した。結果は地上げ屋が跋扈し、山林が売買され森が伐採されて行った。

 緑豊かな森が人工的なパネルで敷き詰められ、広場も埋め尽くされ自然の景観を損なっている。バブルで浮かれてゴルフ場を開発しまくったことと同じ構図だ。

 エネルギー資源の乏しい我が国が、原発の再稼働無しで繁栄を維持出来るとは到底思えないし、産業振興、電力不足など不安は大きい。

 何より、「便利」という価値観に溺れた日本人が、太陽光や風力、石油や天然ガス、再生可能エネルギーだけでの生活に満足するとも思えない。

 反原発派は「電力は足りている」という。だが、原発事故以来、化石燃料に頼ったツケが我が国経済に大きく圧し掛かっているではないか。

 今年度上半期の貿易収支は5兆4271億円の赤字。これは、原発停止に伴う火力発電に使われる液化天然ガスや太陽光パネルに使われる半導体等電子部品、石油製品の輸入増加が原因だ。

 原発はプルサーマルや高速増殖炉も実用化出来れば、化石燃料に依存しなくてもかなりのエネルギーは自国で賄える。国力低下を食い止める為にも再稼働を急がなくてはならない。

 「脱原発」の理想は分かるが、それよりも原発の安全対策を施すことが喫緊の課題であり、福島原発事故も防波堤などの整備を万全にしてさえいたら、大事には至らなかったではないか。

 「想定外」の巨大地震が起き、東日本大震災を上回る大津波が発​生したとなれば、日本の原発より、中共や韓国の原発が危​機に瀕するのは明らか。

 そうした事態に備え、我が国は福島原発事故の原因と対策、更には収束技術や環境に与える影響などあらゆる研究を怠らず、万が一、事故が起きたなら、その研究や技術を提供することこそ、原発事故を起こしてしまった我が国の務めであろう。

 同時に原発に代わるエネルギー研究開発も今後の課題であることは言うまでもない。

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 原発に反対し、「友よ山河を滅ぼす勿れ」と叫ぶ活動家がいる。「美しい福島の自然は破壊された」などと福島の現実も見てもいないのに恰も見て来た様な嘘を垂れ流す。

 山形から福島市を流れる一級河川「荒川」は原発事故後も清流日本一を保っている。これでも福島が滅んでると言い張るのか。君、我が故郷を貶めること勿れ。

 沿岸の破壊された光景は大津波によるもので、それは宮城県や岩手県も同じこと。放射線への過敏な反応の元凶は左翼による煽動であり、大衆がプロパガンダに騙されているに過ぎない。

 「原発周辺が破壊されているじゃないか!」「県内外に避難している被災者は原発事故の最大の被害者」だともいう。

 これは、緊急時迅速放射能影響予測ネットワーク(SPEE​D)Iの数値を無視し、「原発周辺20キロ圏内」という根拠のない​避難指示に拠るところが大きい。

 原発の北側に在る浪江町や飯館村、葛尾村の放射線量が多いのを知っていな​がら、撤回する​ことを躊躇した菅直人と民主党政権の責任は重い。

 抑々、避難指示はSPEEDIによるデータを無視し、「半径20キロ圏内」という線引きで決まったもので、例えば原発南側に在る楢葉町や広野町の放射線数値は低く、川内村に至っては避難先の郡山市より低い(笑)

 田母神俊雄は被災者の状況を「菅直人による強制連行」だと断じている。だが、その言葉は荒っぽいが正論であり、正に原発事故というのは、事故後に反原発派に転じた菅直人による我田引水的マッチポンプに他ならない。

 民主党政権下で行われた避難指示にしろ、過敏な放射線数値にしろ、それに伴い実行された除染にしろ、喫緊に見直しすることこそ肝要で、福島第二原発は全く被害は被っておらず、事故対策を万全にし、全国に先駆けて再稼働させることこそ復旧に、そして復興にも大きく貢献するだろう。

 何より、現在避難している被災者は原発関連で働いていた人が少なくなく、原発を廃炉にしながら、帰還命令を出したところで働き先はなく、それこそ「戻れ!」というのは無責任極まる。

 原発稼働停止により、全国的に買い漁られた土地が切り崩され、太陽光パネルが敷き詰められてる光景にこそ営利至上主義であり、福島原発事故を責めるならば、原発事故を利用して営利に狂奔する悪徳資本家に対しても、「山河を滅ぼす勿れ」と断じるべきだったのではなかろうか。

 太陽光エネルギーという名のバブルは、電力会社が「買い取り中止」を宣言し、今後は縮小、そして事業停止するのは時間の問題。原発再稼働となれば尚更だ。

 太陽光エネルギー事業で伐採された森林も、バブル崩壊で荒れたゴルフ場と同じ様にほったらかしにされるだろう。麗しい緑豊かな森が元の姿に戻ることはない。

 
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2014年10月24日

松江春次没後六十年「シュガーキングと、その時代の南洋」

  
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 今日の地元紙に「シュガーキングと、その時代の南洋」の展示会が会津若松で昨日の23日~27日まで開催されるという記事が載っている。

 シュガーキングとは松江春次。角砂糖を作った人だ。

 台湾に烏山頭ダムを設計した八田興一の銅像が在るが、当時は台湾は日本領であり、それ以外に外国で建てられた日本人の銅像は二人だけ。

 一人は野口英世博士、そしてもう一人は松江春次。野口英世は説明は要らないだろう。春次は、映画「バルトの楽園」で有名になった板東捕虜収容所所長・松江豊寿大佐の実弟である。

 後に「キング・オブ・シュガー 」と称された松江春次は、明治9年市内馬場町(現在の中央二丁目)に生まれ、会津中学(現会津高校)を卒業。

 苦学して東京工業学校(現東京工業大学)応用化学科を卒業し、大日本製糖に入社。春次はその後、米国ルイジアナ大学にも留学し砂糖科を卒業。更には技術習得の為にヨーロッパへ出向した。

 31歳で帰国し、そして日本初の角砂糖の製造に成功する。

 その後も製糖会社を転々とし、台湾での製糖業で成功を収めるも、自身が描く南洋開発の夢の為に退社。当時、5万人もの日本人が入植していた「南国の楽園」と言われたサイパン島に渡り、人類の共存を目指す。

 しかし、実際にはサイパン島では、国の入植事業に失敗した千人の日本人が生活に苦しんでいた。島を調査し、製糖事業の成功を確信した春次は、地元の人々を救う為に「南洋興発株式会社」を設立、開拓に着手する。

 やがて製糖事業は大成功し、日本からも多くの入植者を迎えた。

 成功した春次は、成金趣味を持たず会津人らしく質素な生活を続け、「松江賞」を創設し、日本人や島人を問わず優秀な児童生徒に奨学金や教科書などを贈り育英事業に私財を投じた。

 自分の苦難の経験から「青年に投資する」を持論とし、自分の土地、株券を売却し、故郷の会津工業高校へ33万円(現在の数億円に相当)を寄付し、機械科を創設させ、多くの技術者が育ち日本に貢献することとなる。

 会津白虎隊の悲劇は誰もが知るところだが、春次もまた日本の将来の為にも青年を育てなければという思いに駆られたのだろう。

 だが、第二次世界大戦は激烈を極め、日本軍は終に敗走する。

 サイパンを占領した米軍は、遺された「キング・オブ・シュガー・松江春次像」の倒壊を謀るが、地元住民からの懇願で断念。春次が如何に慕われていたかが想像出来る。

 春次は、敗戦で財産の殆どを失ったが、砂糖製造を中心に開発事業に成功した優れた開拓者として今も尚語り伝えられている。

 野口英世もこの松江春次も我が福島が生んだ英雄である。

 晩年春次は、サイパンへの郷愁を抱きながら、酒を酌み交わすことが楽しみだったという。

 春次が好んで揮った「生来無一物(しょうらいむいちぶつ)」の渾身の書に、激動の時代を生き抜いた春次の人となりを感じる。

 「生来無一物」とは禅の教えから採ったのだろうか。

 菩提本無樹 「菩提本(もと)樹(じゅ)無し」
 明鏡亦非台 「明鏡も亦台に非ず」
 本来無一物 「本来無一物(ほんらいむいちもつ)」
 何処惹塵埃 「何れの処にか塵埃(じんあい)を惹かん」

 この大意は「本来菩提には樹などという不変なものはない、明鏡という心もない。故に、本来無一物である。よって塵埃の溜まりようがないから払拭の必要もないではないか」という教え。

 私心も無く、また資産も財産も無くなった春次の自虐的洒落でもあろう。

 皆さんも是非、錦秋の会津を訪れ、松江春次の生涯に触れてみては如何ですか?

 
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2014年10月23日

発展途上国でもあるまいし、「観光立国」という愚策を止めよ!

  
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 政府観光局発表として、「訪日客1千万人越え」とのタイトルが冠せられ、過去最高ペースだとして「中国から8割越え」との作為的な記事が躍っていた。

 相変わらず「台湾」は無視しているが、訪日外国人旅行者は台湾が約212万トップ。韓国が約200万人で2位。中国は約179で3位。にも拘らず「中国から8割越え」とはどういうことか。

 過去に遡っても台湾は韓国と1、2位を競っており、それでも尚、台湾を無視し、尖閣問題での関係悪化で落ち込んだが回復の兆しが見えるかの様な記事には違和感を覚える。

 見方を変えれば、支那人への観光査証(ビザ)の発給条件を緩和してまで訪日させようとした「観光立国」の愚策は功を奏していないということ。

 政府の2020年までに2000万人という目標数値も、「中国や韓国からの旅行者をどれだけ上積み出来るかだ」と述べている様に、「観光立国」成功の為には反日国家である中韓に如何に譲歩するかということでもあるのだ。

 政府や観光局からは台湾への感謝の言葉は見られない。これ即ち、未だ我が国が台湾を国家として認めていない証左であり、日中共同宣言での歴史認識が未だ蔓延ってるということだ。

 政府は、支那人を増やすことだけに躍起だが、これは中共政府の謀る日本侵略を忠実に遂行していると言っても過言ではない。

「クールジャパン」として「観光立国」を標榜し、外国人旅行者向けの査証(ビザ)発給の条件を民主党政権下以上の緩和をするというが、グローバル化を目指す「アベノミクス」は諸刃の剣、多くの危険を孕んでいる。

 訪日する観光客の経済効果はGDPに換算しても1%にも満たない。俄成り金の支那人らが落とす幾許かのカネを期待して、それによって経済の浮揚に繋げ様とは笑止千万、これが「成長戦略」の目玉だというのだから開いた口が塞がらない。

 嘗ては世界一安全といわれた日本が、外国人の急増、それも支那人の増加によって安全が脅かされていることは幾ら不精な人でも気付いている。

 生命の保証、財産の安全こそ国民の願望であり、これに優る国益はない。

 今更、凶悪犯やら犯罪者予備軍ともいうべき不法滞在者や不法就労者が多発している支那人に来て貰う必要はないのだ。

「在特会」が話題だが、「在日特権」というと、特別永住権や生活保護ばかりが取り上げられるが、例えば在留外国人が犯罪を犯し懲役1年以上の求刑が下されれば、国外追放となる。

 だが、在日に至っては7年以上でなければ国外追放とはならない。にも拘らず、今まで7年以上の判決を受けた者でも国外追放処分になった者はいないし、今では不良支那人までもこうした悪しき前例が適用されている。

 我が国の刑務所を不良外国人で満杯にしたのはこうした問題を放置したことが大きく、我が国は法治国家とういより放置国家というのが正しい。

 安倍は二閣僚辞任を受け、「経済優先、財政の健全化を進める」と述べた。だが、経済対策も結構だが、こうした在留外国人の問題を放置するがあってはならない。

 然しながら、「観光立国」の成功は中韓の協力なくして有り得ず、つまりは経済優先を急ぐ余り、こうした歴史の暗部に係わる問題は拱手傍観を極め込むことは明らか。

 福島第一原発1号機の建屋カバーが取り外される。放射性物質の飛散を心配する声も聴くが、こうした作業は避けては通れず、あらゆる技術や新しい飛散防止剤などを使い、新たな復旧と復興へ前進しなければならないのだ。

 こうした技術は将来、中韓などで、或いは世界でも起こりうる原発事故の収束技術に大きく役立つことだろう。「観光立国」で使う予算を、こうした技術開発にこそ使うべきだと熟熟思う。

 福島県民として作業の無事を祈るばかりだが、喩え放射線の数値が上がろうと心配はしていない。万が一にも犠牲になるとしても福島県民が最後の犠牲者になればいいし、福島第一原発事故の教訓を後世に伝えられればそれでよし!

 
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2014年10月22日

橋下市長と在特会会長との「お前のかあちゃんでべそ」的バトルに大笑い

  
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 橋下大阪市長と在特会桜井会長とのバトルを見た。

 「ヘイトスピーチに関して、お伺い出来ます?」と桜井が問い掛けると、何故か橋下は、「僕の意見を聞くんじゃなくて…」と返答。

 「あんたが言い出したことだろ!」と質すも、「あんた、じゃねえだろ」と橋下。

 これに桜井、「じゃぁ『お前』でいいのか?」(これは技あり、ナイスなツッコミ!)

 橋下が呆れ気味に、「お前なぁ・・・」

 桜井がすかさず、「『お前』って言うなよ!」とツッコむ(笑)

 橋下市長「うるせぇな、お前」

 流石は吉本の地元、下手な漫才より面白い展開から始まったのはいいが、オチがイマイチ。はっきり言って論争にも討論にもなっていない。

 桜井の口調というのはああいうもので、あれも個性だろう(笑)

 そうした人格を全否定し、ふんぞり返り、桜井を挑発するかの様な対応は橋下の器の小ささを露呈するもので、「在特会に利用されない為」との理由にしろ、在日特権の目眩し、論理のすり替えでしかなく、首長が市民団体代表に「お前」呼ばわりするとは前代未聞。

 「だったら国会議員に言え!」「選挙に出て訴えて見ろよ!」というのは如何にも傲慢。まぁ人を見下すことには図抜けている橋下、本性を現したと言えばそれまでだが(笑)

 橋下の論法から言えば、選挙以外では人を批判したりは出来ないらしい。

 ならば選挙以外で吠えまくっている左翼や右翼、或いは評論家や営業保守らも規制すべきで、右翼やヤクザに「お前らの様なのは大阪には要らない、やらせない」と言えば一目も置くが、所詮は市民団体の代表で、怖くも迫力もない弱者に対して侮蔑し、揶揄い、見下しただけ。

 桜井からの「どういう発言をしたのか具体的に言ってみろ!」という都合の悪い質問には答えることなく、「お前らの様な差別主義者は大阪には要らない」「朝鮮人、韓国人を一緒くたにするな!」と応答し、それを繰り返すだけ。

 橋下の今回の目的は、在特会への苦言、諫言が目的ではなかったのか。

 にも拘わらず、冒頭に「僕の意見を聞くんじゃなくて」という横柄な言いっぷりは、桜井でなくても意味不明と捉えるのは当然のことだろう。

 具体的に「差別発言」を示すことが出来ないならば、それは朝日新聞社説(10月1日付)と同じ。この一件では在特会側が朝日新聞に抗議文を提出しているのだから、橋下も公に「差別主義者」と断じるのであれば、その根拠は明らかにすべきだし、それも出来ないなら「差別主義者」発言は撤回し、暴言を謝罪して然り。

 「朝鮮人を叩き出せ!とか言うな」「朝鮮人、韓国人を一絡げにするな!」「お前の様な差別主義者は大阪に来るな!」などという根拠に基かない、固定観念的反論こそ在特会への逆差別と言っても過言ではない。

 「差別や過激な発言はやはりやり過ぎ。在特会はもっとやり方を変えるべきだし、私も市長として在日への優遇や問題点は見直しを検討するし、日本人蔑視の逆差別もやらせない」と、互いの共通点を見出し、主張すべきではなかったか。

 桜井を呼んだのは橋下、だったら先ずは呼んだ経緯を説明し、相手の言い分を聴いて、それから真摯に答えるべきで、「あんたと呼ぶな!」だとか「うるせえな、お前!」だとか言うのは本末転倒と断じざるを得ない。

 最高裁で「生活保護は日本人のみ」という判決が出ている訳で、こうした判例を提示しながら、大阪での在日への生活保護の実態や、在日特権という戦後の暗部を問題提起することがなかったのは残念だ。

 橋下が頻りに声を大にして、「そういうことは国会議員に言え」「選挙に出て訴えろ」というのはこれこそ詭弁であり、遁辞。じゃ、国会議員でもない橋下が何故呼びつけたんだよっていう話しだよ(笑)

 日本国民に限定されている生活保護費の支給を、在日らは「差別だ!」「我々は強制連行された!」とイチャモンを並べ、日本人と同等の権利を主張し、支給を求めた。

 厚生省社会局長がこうした強要に屈する容で支給を認め、通達を出すに至ったというのが真相であり、譲歩が更なる譲歩を生んだ典型的な一例。その後、在日らの要求は止まることを知らない。

 在日ら外国人への生活保護費支給は、明らかな「日本国憲法第25条」及び「生活保護法」違反であり、橋下の一方的な言い分は事の本質を大きく逸脱するものだ。

 在日への生活保護は政治家主導ではなく、官僚とその通達を疑いも無く実行した行政側の責任が大きく、橋下が「政治家に言え」というのは、無知且つ責任転嫁以外の何ものでもない。

 橋下は「参政権の無い在日に言っても仕方ない。政治家に言え!」「立候補しろ!」とも反論していたが、彼らが政治活動をしているのは周知の事実。

 民主党政権時代、前原元幹事長の不法献金事件は記憶に新しい。在日が政治家に献金し、「地方参政権付与問題」を始め様々な政治活動をしている事実は、日本人の主権が侵害されている大問題でもあるのだが、そうした危機感を共有している国民は少ない。

 現在国内には60万人以上の在日がいる。彼らは、所得税は不払いを決め込み、「住民税は半額にしろ!」「固定資産税は免除しろ!」と税務担当を脅し、認めさせ、まともに納税することはない。

 こうした現実と在日への不正な生活保護受給で大阪府や大阪市の財源不足も深刻な状況。大阪府には、3分の1の約20万人の在日朝鮮人おり、内12万人が大阪市に集中している。万が一にも参政権付与が成立することになれば、大阪市長選の勝敗をも左右しかねない恐ろしい数なのだ。

 「在日特権を許さない市民の会」の活動の趣旨は間違ってはいない。そういう意味では、橋下は在特会の主張は一理あることを認めた上で、活動の手法を諌めるべきだった様にも思うが、在日へのリップサービスと思えば合点もいくというもの(笑)

 マスコミは早速、画像を編集し、一方的に桜井のあの態度と口調を垂れ流し、「在特会とはこういう団体なんだ」というイメージ操作をしているが、在特会の目的である「在日特権を許さない」という主張は戦後政治の大きな問題であり、我々にとっても他人事ではないのだ。

 「在日特権」を語る上で竹島問題は避けては通れない。昭和27年1月、韓国初代大統領・李承晩は国際法を無視し、軍事境界線、所謂「李承晩ライン」を設定し、日本領土の竹島を取り込んで韓国領と宣言した。

 我が国の主権が快復する直前に、泥棒猫の様に竹島を掠め取ったのが真相であり、戦後、この李承晩ラインを侵犯したとして拿捕、抑留された日本人漁民は「日韓漁業協定」が成立する昭和40年(1965年)の間に3929人に及び、船舶328隻、死傷者は実に44名を数える。

 韓国政府はこれら日本人抑留者との引換えに、日本国内で犯罪を犯し収監されていた在日朝鮮人472名の放免と日本滞留特別許可を要求し、日本政府はその恫喝に屈し要求に応じ、それ以降、在日が殖え続け、在日特権が次々と与えられて行くこととなった。

 前原始め、多くの売国議員が在日からの不法献金を受け、忠誠を誓うが如く政治活動を行い、売国法案成立に躍起になっていることは疑い様のない事実だろう。

 こうした問題点を政治家に申し入れしたところで効果など期待出来ない。かと言ってこれ以上の日本国民の主権侵害を、拱手して黙視している場合でもなく、そういう意味では在特会の過激な言論活動は世論警鐘の一つの手段とも言えなくもない。

 「反天皇制運動連絡会(反天連)」の極左集団に比べれば在特会なんぞ可愛いもので、橋下がそれでも尚、在特会の活動をヘイトスピーチと批判するのであれば、「反天連」の大阪での活動にも「お前らの様なのは大阪には要らない」と吠えるべきだろう。

 橋下も話題性のある在特会を遣り込めて、マスコミにまた持ち上げて貰おうという魂胆だったのだろうが、今回は流石に上手くは行かなかった様だ。

 まぁ、それにしても面白い映像だ。これを観る限りでは橋下を子供のケンカに持ち込んだ桜井が上手だったということか(笑)

 橋下はこれ以上の醜態を曝すことはマイナスと悟った様で、「終わりにしましょうか?」と周辺にいる関係者やマスコミに同意を求める。

 「とっとと帰れ!」と桜井。

 橋下は「ここは大阪市役所だ、お前が帰れ!」と最後までガキのケンカ。

 せめて、吉本新喜劇の様に橋下には「なんでやねん」とコケで欲しかったなぁ(笑)

 それにしても「お前のかあちゃんでべそ」的バトルには大笑いするしかない(爆笑)

 
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2014年10月21日

靖國神社秋季例大祭と神風特別攻撃隊

  
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 19日の日曜日、靖國神社秋季例大祭に参列する為に上京。新幹線に乗り遅れたが、9時30分の受け付けにはぎりぎり間に合った。

 靖國神社で最も重要な祭事は、春秋に執り行われる例大祭。秋季例大祭は10月17日から20日までの4日間で、期間中、清祓・当日祭・第二日祭・第三日祭・直会の諸儀が斎行された。

 春季例大祭と同様、当日祭には天皇陛下の勅使が参向になり、天皇陛下よりの供え物(御幣物)が献じられ、御祭文が奏上される。

 当日祭後は、第二日祭、第三日祭と当日祭同様の祭儀が執り行われ、最終日には、例大祭が無事に終了することを感謝する「直会」が執り行われる。

 終身正会員らが順次招待されるが、愚生は「第二日祭」に参列。参集殿から拝殿へ。

 隣り合わせた御夫婦の御主人は所謂「戦争孤児」と言われた方で、「我々ももう70過ぎ、(靖國の在り方を)どうにかしなければならないと思っています」などと語っていたのが印象的だった。

 そして10時、厳かに式は始まった。宮司以下本殿の座に著き、国学院吹奏楽部による伴奏に合わせ国歌斉唱。様々な式典で国歌斉唱を聴くが、この例大祭での斉唱より敵うものなし。

 本殿では權宮司以下により神事が斎行されているが拝殿からは様子は窺えない。聞こえるのは小鳥の囀りと宮司の唱える祝詞、そして社頭で参拝する方々の柏手の音。

 その後、国学院大学混声合唱団と共に「鎮魂歌」並びに「靖國神社の歌」を合唱。宮司玉串奉奠に続き、参拝者が本殿に進み拝礼、英霊に感謝の誠を捧げ、そして退出。式典は約1時間で終了。華美さはないが実にいい式典だった。 

 「第三日祭」が執り行われる翌、20日は皇后陛下の御生誕日。戦前の「地久節」。

 「10月20日」という日は、日本国民として実にめでたい日であるが、それと共に歴史的にも我々日本人が決して忘れてはならない特別な日でもある。

 昭和19(1944)年10月20日、フィリピンのレイテ島に圧倒的勢力で上陸を図ろうとする米軍部隊へ、大日本帝国海軍は起死回生の反撃、更には連合軍の沖縄への上陸、本土決戦を阻止する為に大西瀧次郎中将の指令下「神風特別攻撃隊」が編成された。

 祖国を守る為に死を決意して志願した特攻精神は、祖国愛の極致というべきもので「神風精神」こそは、大東亜戦争が自存の為の「祖国防衛戦争」だったことの何よりの証だろう。

 沖縄戦でも特攻部隊が重要な役割を果たし、特攻戦死者の実に76%が沖縄戦。鹿屋基地(海軍航空)からの特攻で1981名、知覧基地(陸軍航空)からの特攻で1036名が散華された。

 特攻は航空部隊だけではなく、特殊潜航艇、回天魚雷、空挺特攻、対戦車特攻、震洋特攻艇、陸軍海上特攻など、劣勢を覆す為の特攻作戦でも3972名と、実に多くの若者が祖国日本の為に尊い命を捧げられたのだった。

 特攻作戦をを「無駄死」だとか「可哀想」だとかいう声を散見するが、現在の道徳観や倫理観で生死を語るなど笑止千万。

 我が国の現在の平和や繁栄は、純真無垢な彼らの尊い犠牲の上に成り立ってるということを現代に生きる我々は決して忘れてはならない。

 また、20年前の平成5年10月20日には、新右翼のカリスマ的指導者だった野村秋介が朝日新聞社で壮絶な死を遂げた。

 何故にこの日なのかは、「特攻作戦と若者の命」という深い意味が込められていた。

 理論家であり、行動派であり、押しも強く、幅広い人脈を持つ野村秋介の死は、新右翼に限らず右翼陣営全体にとっても大きな痛手だった。

 10月20日、この日の思いが吾が脳裏に去来する。

 
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2014年10月17日

「靖國神社法案」を提出し、陛下が御親拝出来る環境を整えよ!

  
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 本日から靖國神社の秋季例大祭が斎行される。愚生も第二日祭に参列する予定だ。

 国家の為に尊い命を捧げた人々の御霊を奉斎する靖國神社を、国家の責任で護持することは余りにも当然のことで論議の余地などない。

 戦前は、それが厳守され、国民挙って護国の英霊に感謝し、崇敬の誠を捧げて来た。

 殊に特筆すべきは、靖國神社の大祭に限り、天皇陛下が御親拝せられた。聖恩無辺、英霊並びに遺族にとっての感激と光栄、これに優るものはなかったのだ。

 陛下の御親拝遊ばされる環境こそ整えるべきで、政治家や総理大臣の参拝なんぞはっきり言ってどうでもいいことだ。

 秋季例大祭に高市早苗総務相が参拝の意向を示している。

 「毎年一人の日本人として、ご英霊に感謝と尊敬の念を捧げている」との理由から参拝するというが、総務大臣として堂々と参拝することは立派なことではあるが、同時に靖國の在り方や現憲法との矛盾点も問題提起するべきである。

 自民党は過去に、衆参両院議員選挙の際のその公約の一つとして「身を挺して国に殉じた英霊を祀る靖國神社の公式参拝と国家護持の実現を図る」ということを幾度となく掲げている。

 だが、自民党が安定多数の議席を確保すれどもこの公約は実現せず、昭和49年の参議院での審議終了による廃案以来、この「靖國神社法案」は提出されることはなかった。

 これ即ち、自民党のやる気の無さの現れでもある。

 靖國神社の国家護持、そして陛下の御親拝始め、閣僚、自衛隊等政府機関の公式参拝は、英霊は元より、遺族や大多数国民血涙の悲願である。

 靖國問題に対する民心の帰趨は明らかであり、自民党が保守政党であるならば、靖國に集い、靖國の下で、保守政党の気概を示す意味でも、「靖國神社法案」の成立を高々と掲げるべきだ。

 国家に殉じた人々の御魂を祀る聖域を国家で護持し、崇敬し、感謝することは今を生きる我々の義務ではないのか。

 「A級戦犯」だとか、死者への選別の議論をいつまで続けるつもりか。

 「靖國神社法案」が廃案にされた最大の理由の一つには、自民党を支持する「立正佼成会」やPL教団など新興宗教で結成された「新宗連」の徒輩とキリスト教徒らの影響も否定出来ない。

 連中は、公明党や靖國に反対する勢力と同様に、「憲法20条」を持ち出し、或いは89条の「公金その他の公の財産」を「宗教上」に利用すること理由に反対する。

 だが、問題は靖國神社は宗教なのかということである。

 確かに靖國神社は現在「宗教法人」となっているが、これはGHQが国家と神道の分離を謀った所謂「神道指令」下、靖國神社の護持に苦慮した関係当局の「緊急避難行為」だったのであり、実態は宗教ではない。

 宗教というのは「教祖」と「経典」と「布教活動」の三要素を必須不可欠とするが、靖國神社にはその一つも無く、唯、祀りの様式を日本古来の神道に則って行っているだけである。

 靖國神社の国家護持を図る上で、「宗教法人格」を見直すことが肝要で、先ずは靖國神社の宗教法人を外すことから進めることも一考だろう。

 抑々、総理大臣や国務大臣が靖國神社への参拝することは、悲しいことに日本国憲法下では第20条違反に問われ兼ねない行為である。

 20条第3項には、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」と明記されており、この条項に抵触していると断じられても致し方ない。

 自民党幹部は、「総理と雖も個人の信条は優遇されるべき」との認識を示し、今回の高市総務相の参拝についても、官房長官も「個人の意思で参拝するのであれば、個人の判断だ」て述べた様だが、これこそ詭弁でしかない。

 「個人ならいい」という言い回しは、つまり政府も総理や大臣の参拝には問題があるということを自覚している証左でもある。

 また、最高裁が示した憲法の禁止する「宗教的活動」の定義は、当該行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進または圧迫等も含まれる。

 つまりは、「A級分祀論」や「国立追悼施設建立」などもまた靖國神社への圧迫干渉であり、信教の自由を保障しようとする政教分離規定の「憲法20条」違反でもあるのだ。

 最高裁という機関は正義に基づいて最高の判決を出す処と思いがちだが、最高裁で審議されるのは上告された判決が現憲法に合致しているか否か。

 靖國訴訟で「違憲判決」が下されたならば即刻、現憲法を改正すれば済むこと。実に簡単なことなのだが、我が国の政治家は何を、何に躊躇っているのだろうか。

 我が国は悠久の歴史と民族の一体性に恵まれているが、皮肉なことに、国の礎となった英霊の方々は国家から顧みられることが少ない。

 このことがどれだけ国民精神の頽廃を招いているのか考えたことがあるだろうか。

 愛国心の欠落、その結果としての国防意識の低下、日本人としての誇りや自信の喪失によって様々な問題や事件を引き起こしているが、社会に蔓延する問題の全ては国民精神の頽廃に起因していると言っても過言ではない。

 自分達の先祖にきちんと向き合うことが出来なくて、どうしてまともな国家を築くことが出来ようぞ。

 「この国を断じて守るぞ!」という気概と信念と勇気を持つことが日本再生に繋がり、そして最も重要なことは靖國神社に眠る神霊の時代を超えた囁きに耳を傾けることである。

 自民党よ、今こそ「靖國神社法案」を提出し、陛下が御親拝出来る環境を整えよ!

 
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2014年10月16日

燈火(とうか)親しむべし!

  
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 「読書の秋」というのは、支那・唐代の文人である韓愈(かんゆ)が残した詩の中に、「燈火(とうか)親しむべし」という一節が由来だという。

 その意味は、「秋になると涼しさが気持ち良く感じられ、あかり(燈火)に馴染む様になる」、つまり、秋は読書に一番適した季節だということらしいがどうなのだろう。

 本を読む際に気をつけなければならない心得事は3つある。

 1つ目は「崇拝」
 2つ目は「反抗」
 3つ目は「衒学(げんがく)」である。

 1番目の「崇拝」は、自分が尊敬している先生や著者の本は、書いてある事が全て正しいと思いがちだが、信じ込み過ぎないこと。

 2番目の「反抗」は、自分が嫌いな考えの人物や著者の本は、初めから粗を探そうと読んでしまいがちで、揚げ足を取ろうとして読まないこと。

 3番目の「衒学」というのは、自分の学識・博識を、ひけらかす目的を以て読まないようにすること。

 新渡戸稲造の「武士道」にもあるが、武士道で一番嫌われることはこの「衒学」である。

 この3つは別に読書に限らず、人間関係にも当て嵌まる。

 「崇拝」で顕著なのは宗教関係者だろうが、FBなどでも著名人と知り合いになり、その人を「崇拝」し過ぎて、結果、媚び諂っているなんてことも無きにしに非ず。

 「反抗」もそう。少しでも意見が違うと罵詈雑言というのは頂けない。反骨精神なら未だしも、少しは自分と違う意見にも耳を傾けることも必要で、そうした上で反論し諭すことこなら大いに結構。

 「読書は楽しい」という人がいるが、楽しいだけが目的なら別に読書でなくても、映画でも、芝居でも、音楽でも、落語でも何でもいい訳で、折角、本を読むなら感じた部分を書き出してみるのがいい。

 国士舘の建学の精神である「読書」「体験」「反省」「思索」とは実に利に適った教えだ。

 いつでも変化に即応する柔軟性を得るには不断の「読書」という努力が重要であり、更にはそこから得た知恵を参考に「経験」し、経験すれば失敗もする訳で、そこに「反省」があり、そしてそこから生まれたものが「思索」となり、生きて行く上での智慧となり活かされるのだ。

 最近はとんと読書の量が減った。

 というのも政治の本は営業保守の似た様なものばかりだし、それなら最近読んだ浅田次郎の「五郎治殿御始末」など、何も考えずに読める時代小説の方が未だマシ。

 まぁそれよりも、映画や落語を聴いてた方がもっと愉しいし、為にもなる(笑)

 浅田次郎という名前を知ったのは、浅田のデビュー作「殺(と)られてたまるか!」を読んだ今は亡き横浜の盟友が、「爆発五郎の人生とそっくりな小説が出たぞ!知ってるか?」と教えられて読んだのが最初だった。

 浅田作品は「泣かせの浅田」といわれる様にホロリとくる小説が真骨頂。

 「壬生義士伝」などの歴史ものや「蒼穹の昴」の様な壮大な歴史小説もいいが、デビュー作の「殺られてたまるか!」とか第二弾「相棒(バディ)への鎮魂歌(レクイエム)」「勝負の極意」「初等ヤクザの犯罪者教室」など体験エッセイが面白く、とても役に立った(笑)

 流行りの振り込め詐欺も「オレオレ」と教えたのも浅田だろう。詐欺の被害に最初に遭ったのは銀座の高級クラブのママ。手口はこうだ。

 クラブに「あ~オレだけど分かる?」

 聞き覚えのない声だが知らないのも失礼だし、よくよく考えて「◯◯ちゃん?」

 「そう、オレオレ。今近くの寿司屋で社員らと飲んでたんだが、現金で御願いしますと言われちゃって、あいにく現金の持ち合わせが無いんだよ。後で10人ほどで顔出すから、その前に従業員を取りに行かせるから30万ほど立て替えてくれよ」

 程なくしてまる◯◯社長の社員と名乗る人物が登場し、現金を持ち去ることの成功。

 待てど暮らせどクラブに来る様子はなく、ママも初めて騙されたことに気付くも時すでに遅し。

 実に浅田の小説はリアルで、他の小説家とは一味違う。自衛隊の経験もあり、刑務所の経験もある。これが浅田作品の根源となってるのだろう。

 ということで、負けっぱなしの競馬だが、浅田次郎の「競馬どんぶり」を読んで今週末からの福島競馬、そして秋のG1シリーズ、当てた気になりるか(笑)

 
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2014年10月08日

つれづれなるまゝに、色々と綴ってみた

  
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 今夜は「皆既月食」が観られる。テレビなどでは大いに盛り上がっている様で、自称・国體護持派、尊皇愛国を自負してる人の中にも浮かれている人もいる。「十五夜」や「十三夜」とはチト様相が違うのだが、まぁ皆さん、天文学に興味があるのだろう(笑)

 古来、日食と月食の日は「穢れの日」として、月や太陽から放たれる光は「妖光」として忌み嫌われ、幕末までは不吉とされた「日食」の日には天皇の祭祀と政務を一切取り止めた。

 天変地異や疫病などが起きると本気で信じられ、この妖光から天皇の玉体を護って来たことが伝えられている。こうした「不吉」は別に神道だけに限ったことではない。

 何故に天皇を日食・月食の妖光から護るのか。

 その理由は、玉体を護ることが、日本国の自然と社会の秩序を維持するために枢要なことだったからで、天皇とはそうした秩序を体現しているのであり、その玉体安寧を維持することが、政治の核心の一つだったのである。

 神話「天岩戸(あまのいわと)」では、天照大御神が天の岩戸に篭ってしまい世界が真っ暗闇になり、悪神が蔓延ったという話がある。

 この話も皆既月食や皆既日食の出来事を喩えた話しだろう。

 伊邪那岐神(いざなぎのかみ)は「天上界を天照大御神が、夜の国を月読命(つきよみのみこと)が、海原を須佐之男命(すさのおのみこと)が治めよ」と命じられた。

 ところが須佐之男命だけは任務を果たさず、その為悪神が蔓延り、諸々の禍が彼方此方で湧き起こる始末だった。

 伊佐那岐神は酷く怒り、「お前の様な者に用は無い!」と追放した。

 須佐之男命は姉の天照大御神を頼るが、暫くは大人しくしていたが元々気性の荒い須佐之男命は、程なく種々の乱暴を働くようになった。

 天照大御神の耕す田を壊し、御殿に糞を撒き散らしたりして手の付けようがない。

 それでも天照大御神は大目に見ていたが、服屋(はたや)で神聖な衣装を織っていると、皮を剥いだ馬が屋根を打ち抜いて投げ込まれ、服織女(はたおりめ)が死んでしまう事件が起きた。

 犯人は勿論、須佐之男命。

 これには流石の天照大御神も激怒し、「天の岩戸」に隠れ篭ってしまった。その為、世界は暗闇となり、悪神達が蔓延り始めたのである。

 そこで高天原の諸神である八百万の神々は、天の河原に集い策を取ることになり、思金神(おもいがねのかみ)の提案で、先ず岩戸の前に常世の長鳴鳥を集め鳴かせることに。

 次に伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)に八尺鏡(やたのかがみ)、玉祖命(たまおやのみこと)に八尺勾玉(やさかのまがたま)を作らせ、布刀玉命(ふとだまのみこと)には御幣(みてぐら)を持たせ、天児屋命(あめのこやねのみこと)には祝詞を奉れせた。

 こうしておいて、岩戸の真ん中で天宇受売命(あめのうずめのみこと)が乳房や女陰を露に神憑りの踊りを大乱舞した。

 これを見て八百万の神々がどっと笑うと、天照大御神は気になり岩戸をそっと開ける。

 「何事か?」

 「あなた様より貴い神が現れたので皆喜んで騒いでいるのです」

 差し出された八尺鏡を見た天照大御神は、そこに映った自分の姿をその貴い神と勘違いし、猶もよく見ようと身を乗り出したところを、怪力の天宇受売命が岩を投げ飛ばした。

 そして、天照大御神が外に出ると漸く世界に再び光明が戻ったという話しだが、この「天岩戸」こそ太陽神の天照大御神を信仰する我が国らしい神話である。

 今夜は「皆既月食」とい自然現象に多くの子供達が興味を持って観察するだろう。

 だが、科学万能の時代、日本人として生を享けたからには、こうした神話や古来の教えも伝承して行かなければならないと感ずる。

 愚生は何もなければ夜の8時には寝て、起きるのは大体4時頃。最近は日の出が遅いので、明るくなるまで布団の中でタブレットなどを弄っていることもある。

 こうした生活を「早いですね!」とか、嫌味たっぷりに「健康的ですね」などと嗤われもするが、古来から暗くなれば一日が終わり、朝日と共に一日が始まるというのが日本人の生活だったのだ。

 多くの人は遅くまで起きてて遅く起きるのが習慣になっているが、例えば夜の10時に寝て6時に起きれば睡眠時間は愚生と同じで、遅くまで起きててくだらないニュースやテレビを観ては悲歌慷慨しているが、だったら見なきゃいいのにとも思う(笑)

 自称「反原発」派なら愚生を見倣って早寝早起き、無駄な消費電力を減らす努力を実践すべきで、夜通し答えの出ない議論をしてるのは滑稽としか言い様がない。

 序に言えば「少子化対策」も、早寝早起きを推進すれば効果絶大に違いないと思っている(笑)

 ノーベル物理学賞に日本人3人が受賞したニュースや、「ひまわり8号」打ち上げ成功は実に喜ばしいことで日本人としての誇りでもある。

 一方でイスラム国へ渡航しようとした北大生が刑法93条の「私戦予備、陰謀」の疑いで警視庁公安部に強制捜査されている。

 こんな法律があるのは初めて知ったが、事前にジャーナリストなどに経緯を語っていることをみても、単なる話題作りや、思い出作り程度のもので、死を覚悟しての行動や正義感から出でたものだったとも思えない。

 神田の古書店で貼り紙を見て思い立ったらしく、イスラム国の他にも新疆ウイグル自治区での求人広告もあったという。月給26万円余り。

 募集要項には「暴力に耐性のある方」と書かれていたという。愚生には打って付けの仕事だが、ウイグル側ならいざ知らず、中共のイヌじゃしょうがない。

 あわよくばウイグル人に日本人が殺害されれば、それが中共政府に利用されるだろうことは容易に想像出来る。中共の人身御供にされたんじゃ堪ったものじゃない。

 ネットではこの北大生へのバッシングを目にするが、別にイスラム国が悪くて、傭兵や外人部隊ならいいというのもどうなのだろう。

 若気の至りだろうが、若い頃というのは幼い正義感の様なものが少なからずある訳で、外国へ行って行動し、それによって日本への思いや見方を再確認できればそれはそれでよし。

 愚生も幼い正義感から右翼を志した。あの頃は右翼こそ正義だと疑わなかった。

 そんな愚生を父は「政治に興味があるなら天野光晴(代議士、建設相などを歴任)の秘書にでもなって勉強しろ。そうしたら郡山の市会議員くらいにはなれるぞ」と諭されたことがあった。

 当時、父は家業をやりながら町会議員もやり、当時の天野光晴や当時の参議院議員だった松平勇雄(後の福島県知事)の私設秘書の様なこともやっていたのだが、当時はロッキード事件などもあり、政党や政治家そのものに興味などなかった。

 でも、あの頃、邪な考えや、清濁併せ呑む器量さえ備わっていれば、父の諌言を受け容れていただろう。若い頃というのはそんなもの。何事も失敗から学ぶものだ。そんな失敗もしない、大人の顔を伺っている、実に無難な、つまらない日本人が多過ぎる様にも思う。

 国会では、法務大臣の団扇がどうのこうのと、鬼の首でも穫ったかの様に質問してる外省人や真面目顔で応答しているオバハンらを見れば、ホント日本ってのは平和だよなぁと熟熟思う。

 アラブの星は手で掴めそうなくらい降り注いでて綺麗だという。

 その昔「死んでオリオンの星座になろう」と言った3人の若者がいた。その言葉は稚拙ではあるが、実に浪漫を感じさせる台詞でもある。

 テルアビブ空港で銃を乱射、無辜の人々を殺した。事件後、自裁するも一人が死に切れず生き残り、オリオンの星になることはなく、皮肉なことに生き残った一人がアラブの英雄になった。

 だが、あの蛆虫らでさえも死んで「オリオン座になろう」という浪漫があったのだ。

 北大生にしろ、ネットで偉そうに批判する彼らにそうした壮大な浪漫があるとは思えない。答えの出ない、くだらないものに熱くなる暇があるなら、クソして早く寝なさい(笑)

 愚生もいつの日か、彼らが夢見たアラブの星を見に行きたいものだ。

 
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2014年10月03日

在日特権を許さない市民の会(在特会)、朝日新聞に抗議文を突き付ける!

  
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 在日特権を許さない市民の会(在特会)は、平成26年10月1日付けの朝日新聞社説について抗議文を提出した。その抗議文は次の通り。

 <抗議文>

 平成26年10月1日付け、朝日新聞社説において、当会として到底容認することのできない内容がありましたので、これに強く抗議します。

 社説内において『在日韓国・朝鮮人を「殺せ」と街頭で叫ぶ在特会』とありますが、これはあたかも 当会が、このようなコールを用意して参加者に叫ばせ、それをひとつのスタイルとして現在も積極的に継続している団体であるかのような印象を読者に与えます。この記事の内容が、「吉田証言」や「吉田調書」のような虚偽のものでないと主張するなら、

 (1)『在日韓国・朝鮮人を「殺せ」と街頭で叫ぶ』行為が行われた日時と場所を証明願います。
 (2)その行為は、当会主催の行動であることを証明願います。
 (3)その行為を当会がコール文等で用意し、参加者に叫ばせたことを証明願います。

 上記、すべてが説明でき、かつかかる行為を当会が現在も継続していることを証明して初めて『在日韓国・朝鮮人を「殺せ」と街頭で叫ぶ在特会』であることが成り立つものと考えるのが常識です。

 よもや「吉田証言」や「吉田調書」の愚を繰り返すような自浄力のないメディアではないと考えておりますので、納得のいく説明をよろしくお願いします。

 間違いがあった場合には、速やかに、訂正記事及び当会に対する謝罪文を掲載することを求めます。回答期限は平成26年10月4日とします。在日特権を許さない市民の会 広報局

 在特会の主たる目的は、在日への優遇措置に対する是正と、日本国内に住みながら反日的言動や反日的な行動へ対する抗議である。

 これは「市民の会」と銘打っている様に、国を憂うる市井の民の声でもあり、左翼団体によるプロ市民が主導する市民運動の様なものでもない。

 マスコミは挙って在特会側の活動をヘイトスピーチなどという言葉で世論を誘導し、恰も在特会が差別を助長している危険な団体かの様に報じるが、その主張は実に正鵠を射たものだ。

 在日朝鮮人や支那人ら永住外国人にしろ、日本の恩恵を享けながら日本に感謝もせず、雑言の限りを尽くすなら、在特会で非ずとも「日本から出て行くべきだ」と思うのは当然のこと。

 今後も日本という異国に居続けたいならば、我が国への「感謝」は忘れてはならないし、もう、「差別」や「強制連行」などというウソで強請れる時代でもないことに気付くべきだ。

 先般、在特会の京都朝鮮第一初級学校への抗議行動が「差別」だと認定される摩訶不思議な判決が出た。確かに差別や偏見的発言が否定されるのは理解出来なくもないが、そのアジ演説は実に攻撃的で、それが在特会の表現方法ならそれはそれでいいではないか。

 「反天皇制運動連絡会(反天連)」に比べれば在特会なんぞ可愛いもので、在特会の活動をヘイトスピーチと批判されるのであれば、反天連の活動は国家転覆を謀るテロ集団であり、天皇に対する無礼千万な活動こそ殺人予備罪で検挙されるべきだろう。

 日本国憲法下では「表現の自由」や「集会・結社の自由」が保障されており、それは左翼やプロ市民の専売特許でもない。

 京都朝鮮第一初級学校への抗議に対する判決は控訴によって覆る可能性は否定出来ず、最高裁では現憲法との兼ね合いもあり難しい判断が求められるだろう。

 抑々、在特会が主張しているのは「在日特権」であり、有罪判決が下された先般の抗議も、京都朝鮮第一初級学校側の近隣公園の不法占有が原因だ。

 こうした判決は「片手落ち」の不当判決と断じるのが正しく、在日問題の元凶は相手が朝鮮人だからと野放しにしていた国や行政側の責任が大きい。

 在日特権が与えられる契機となったのは、昭和27(1952)年1月、李承晩が国際法を無視し、軍事境界線、所謂「李承晩ライン」を設定し、竹島を取り込んで韓国領と宣言したことに始まる。

 当時は未だ占領下で無力な我が国の立場を見透かし、泥棒猫の様に竹島を掠め取ったというのが真相である。我が国の主権が恢復される3ヶ月前のこの侵略行為は国際法上の観点からも断じて許されるものではない。

 戦後、「李承晩ライン」を侵犯したとして不当に拿捕され、抑留された日本人漁民は「日韓漁業協定」が成立する昭和40(1965)年までに3929人に及び、船舶328隻、死傷者は44名を数えた。

 韓国政府は日本人抑留者との引換えに、日本国内で犯罪を犯し収監されていた在日朝鮮人犯罪者472名の放免と日本滞留特別許可を要求し、日本政府は已む無くその要求に応じた。

 譲歩が更なる譲歩を生む最たる例であろう。

 「在日特権」や戦後の日韓関係を知る上でも、「竹島」が不法占拠された経緯を再検証することは大事であり、在特会の主張に耳を傾ければその正当性は明らかだ。

 日本人同胞の救出という大義名分があったにせよ、不当要求に屈したのを機に在日が殖え続け、「差別だ!」と吠える在日に特権が次々と与えられて行くこととなる訳だが、これこそが戦後の日本外交の悪しき前例となり、現在も継承され続けている。

 在特会を「品格がない」などと敵視する新右翼や、右翼団体や個人などもいるにはいるが、その新右翼や右翼に品格が在るかといえばそうでもない(笑)

 在特会は右翼でもなければ右翼の敵でもなく、主張は至極真っ当なものだ。

 今や動員力にしろ、アジ演説にしろ、右翼団体より在特会のメンバーや桜井会長の方が格段に上で、右翼からの批判は嫉妬から発している言葉の様にも見えなくもない(笑)

 右翼にしろ左翼にしろ、市民団体にしろ在特会にしろ、大衆を煽動するのが運動や演説の目的であり、「煽る」という目的からすれば、「殺せ!」や「叩き出せ!」位のインパクトも必要で、アジテーションというのはそういうものだ。

 在特会を敵視し、その街宣をヘイトスピーチだと殊更騒ぎ立てるのは単に論理のすり替えでしかなく、それを法規制するなどとは言論弾圧以外の何ものでもない。

 在特会の目的は「在日特権を赦さない」ということに尽きる訳で、ヘイトスピーチばかりを問題視させることによって、戦後、在日に与え続けて来た「在日特権」を矮小化することが狙いなのだ。

 在日特権問題の元凶は、朝鮮人らを野放しにしていた国と行政側の責任が大きく、それは政治家の不作為によるものでもある。朝鮮人の違法行為には寛容で、在特会側のみを一方的に断じることは本末転倒と言う他はない。

 在特会の主張こそ公正・公平に取り上げるべきで、ヘイトスピーチで世論を誘導し、「国民の知る権利」を阻害する売国マスコミは恥を知れ!

 
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cordial8317 at 13:29|PermalinkComments(0)

2014年10月02日

中共との国交を断絶せよ!とは、言うは易し、行うは難し!

  
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 10月1日前後の中共は建国記念日の「国慶節」で盛り上がる。だが、今年は香港での民主化デモもあり中共政府にとっては浮かれ気分で祝ってる気にもなれないのではなかろうか。

 「国慶節」は1949(昭和24)年10月1日に天安門広場で建国式典が行われ、毛沢東により「中華人民共和国(中共)」の成立が宣言されたことに因んだもの。

 日頃、「中国4000年の歴史」などと宣って憚らないが、実はたった65年の歴史しかない新興国なのだ。逆説すれば、一党独裁の中国共産党政権が半世紀以上も続いているというのも驚きだ。

 未だ共産主義を最高原理として崇め、神や仏という共産主義を超える最高の存在を許さず、人民には信仰の自由、集会、結社、出版、言論等々基本的人権が無い。

 「満州」「内蒙古」「チベット」「新疆」を侵略し異民族を虐殺、共産主義と漢民族化を強制し、清朝時代の最大版図を「歴史的領土」とするばかりか、尖閣諸島や東シナ海、南シナ海をも併呑しようする中共の野望は尽きない。

  我が国に対しても中共は、国連に於いて「敗戦国(日本)が戦勝国の領土(沖縄・尖閣列島)を占領しようとしている」と発言したのは記憶に新しい。

 これは国連憲章第53条、第107条の、「旧敵国条項」の「連合国の敵国であった日本などが再び侵略行為を行った場合、他の国は安保理の承認なしに武力行使出来る」という規定を意識した発言であるのは間違いないこと。

 つまりは国連憲章に基づけば、中共は戦勝国として、我が国を監視し、我が国の如何なる理由による防衛も侵略行為と断定すれば、一方的な武力行使は可能ということなのだ。

  だが、考えてみれば、中国共産党が戦勝国というのも無理がある。

 先の大戦で我が国が戦ったのは「中華民国」であり、戦後4年も経ってから建国された共産党一党独裁の中華人民共和国ではない。

 何故にこうしたことが分からないのか。

 その理由には戦後消された歴史の存在がある。

  我が国は主権が恢復した昭和27年4月28日、米国との「日米平和条約」が発効され、そして同日、中華民国(台湾)との「日華国交条約」を締結した。

 「報恩感謝」として、平和条約を締結したことは道義国家・日本として当然の行動だろう。

 この「日華国交条約」の事実こそ消された歴史であり、何故にこの歴史が消されたのか。

 昭和47年9月29日、田中角栄が、「日中共同声明」に調印する。

 中国共産党を唯一の政府であると認め、一方的に「日華国交条約」を破棄し、「日中平和条約」を締結。これを以て、「我が国が戦った国は中華民国に非ず、中華人民共和国である」と、歴史の変更を余儀なくされたのだ。

 国連もまた同様に、戦後支那で起こった蒋介石率いる国民党と毛沢東の中国共産党による「国共戦争」で勝利した中華人民共和国を戦勝国として容認し、現在に至る。

 こうして中華民国は歴史から消され、台湾もまた中国共産党の一部とされてしまっている。

 「香港人は漢民族に非ず!」との香港のデモは、台湾にとっても他人事ではない。

 我が国が締結した「平和友好条約」には、「主権・領土の相互尊重」「相互不可侵」「相互内政不干渉」が記述され、「両締結国は善隣友好の精神に基づき且つ平和及び互恵並びに内政に対する相互不干渉の原則に従い両国民の交流促進のため努力する」と踏襲されている。

 だが、尖閣への主権侵犯然り、靖國神社への内政干渉然り、中共側が公然と条約を蹂躙しているのは歴然であり、両国の交流促進にしても我が国からの一方的なものでしかない。

 「反日」を掲げ敵対行為を繰り返す中共や、或いは「反日」をヒステリックに叫ぶ韓国との平和条約を、「平和条約不履行」を理由に破棄し、国交を断絶すべきだと思うが、現憲法には「条約締結」の義務があり、言うは易く、行うは難しというのが現実だろう。

 「日華国交条約」を破棄した田中の行為は、終戦間際に「日ソ中立条約」を一方的に蹂躙したロシアの蛮行と同じであり、断じて赦されるものではない。

 条約の破棄は明らかな日本国憲法98条違反でもあるが、逆を言えば田中の「日華国交条約」の破棄という前例に従えば、「日中平和条約」の破棄は不可能ではないということか(笑)

 田中は平和条約締結に当り、「先の大戦で中国国民に重大な損害を与えたことに、責任を痛感し、深く反省する」と詭弁を弄した。

 田中のこうした誤ちと歴史認識が、今でも悪しき前例となり現在も受け継がれ、中共への優遇措置が講じられ続けている。

 「河野談話」や「村山談話」の見直しも結構だが、近隣アジアへの歴史の見直しをするなら、この田中角栄の「日中共同宣言」に遡り、検証しなければならないのである。

 共産主義一党独裁の中共と友好関係を続けていること自体、国益を大きく損なうものであり、日中外交戦略の見直しを急がなければならない。

 だが、日本国内では相変わらず中共に媚びる報道が垂れ流され、国民は誤った情報に振り回され続けているが、節操も無く中共に靡く輩が多いのは厭きれ甚し。

 抑々、65年もの間、共産党一党独裁が続いているのは、戦後の我が国の朝貢外交が影響していることは誰も否定出来まい。

 我が国は先の大戦で、アジアを侵略したのではない、アジアを侵略していた連合国に対して戦ったのだ。戦後、多くの植民地の解放が実現したことは、大東亜戦争が大義ある戦いだったことの証明でもあろう。

 それでも尚、我が国がアジアの人々に謝罪し、その罪を償う必要があるというなら、最大の過ちは、戦後、共産主義の跋扈を許したことであり、その償いは共産主義を失くすこと以外にない。 またその使命を有するのも日本以外にはないのだ。

 共産主義の撲滅は世界の悲願であり、支那の民主化が世界平和を齎すと言っても過言ではない。

 香港の民主化デモを支持し、日本国内に於いても漢族や不良支那人を始め、中国共産党の御先棒を担ぐ容共政治家、蛆虫・共産党、日教組、全教などの共産主義勢力を駆除しよう!

 
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cordial8317 at 08:47|PermalinkComments(0)