2014年09月

2014年09月30日

安倍首相、「地方創生で経済成長」を訴えるが・・・

 
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 畏くも天皇陛下御臨席の下、第八十七臨時国会が召集され安倍首相が所信表明演説を行った。

 震災復興の加速を重視し、「災害に強い国創り」を目指し、災害対策基本法を改正し、国土強靭化政策を進める決意を表明した。

 国土強靭化対策には全くの異論はない。だが、防災も国防も一線上に在るという認識の下で実行すべきであり、そこにはやはり憲法論議は避けては通れないのだが憲法には一切触れず終い。

 今回の目玉は「地方創生で経済成長」「女性の活躍」という構想だろう。

 その中で安倍は、「外国人観光客は半年間で600万人を超え、過去最高のペースだ」と自慢げに語り、更なるビザの緩和を確約した。

 第一次安倍政権では、「クールジャパン」の目玉として「観光立国」を標榜し、外国人旅行者向けのビザ発給条件を民主党政権下で行った以上の緩和をした。

 政府は支那人の訪日ビザの発給要件を更に緩和し、「半年で600万人」などと自慢するが、これが安倍が実行する経済成長ならば全く以て呆れ甚し。

 俄(にわか)成り金の支那人マネーを取り込み経済の浮揚に繋げるというのも、これつまりは中共政府の謀る日本侵略を忠実に遂行していると言っても過言ではない。

 民主党政権下で推進された「観光立国」という策謀が、安倍政権下で更に強化・推進されていくとは開いた口が塞がらない。

 抑抑、民主党政権下で推進された「東アジア大交流時代」という妄想や、「観光立国」などという愚策は、我が国社会の安全を無視した無責任極まりないものだった。

 その愚策を保守を標榜する安倍が受け継ぎ、更に推進強化するとは何事か。

 訪日する観光客の経済効果はGDPに換算してもたった1%にも満たない。外国人の落とす幾許かのカネを期待して、それによって経済の浮揚に繋げるというのは無理がある。

 嘗ては世界一安全といわれた日本が、外国人の急増、それも不良支那人の増加によって安全が脅かされていることは幾ら不精な人でも気付いているだろう。

 生命の保証、財産の安全こそ国民の願望であり、これに優る国益はない。

 日本が住み易いと知った不良外国人が殖え続けた結果、外国人への生活保護費は激増し、今やその世帯数は殖える一方。その不良外国人への優遇制度が財政への負担を大きくしている。

 「観光立国」というのは本来、発展途上国の政策であり、経済大国の我が国が目指すものは観光立国ではなく、「技術立国」を目指すべきである。

 原発事故を受けて、この収束技術の研究や、原発に代わる新エネルギーの研究や開発こそ急ぎ、近隣アジアの国々の原発が万が一事故が起きた場合、我が国の技術や研究が貢献出来るよう知恵を出し合って行くことこそ務めである。

 「地方創生」という言葉は聞こえはいいが、「地方が直面する構造的な課題は深刻であり、将来に夢や希望を抱く若者こそ危機に歯止めをかける鍵だ」とは具体的にどうしようというのだ。

 安倍は先の総選挙で、「国に誇りの持てる教育を施す」と訴え、それを国民は信じ、自民党に一票を投じた。愚生もその一人でもある。

 だが、誇りの持てる教育どころか、経済至上主義ばかりで、「教育」も或いは「国防」も語ることはなかった。そしてまたしても「将来に夢や希望を抱く若者」などと耳障りの好い言葉で国民を誑かす。

 「まち、ひと、しごと創生本部」を創設し事に当るというが、この「まち、ひと、しごと」というひらがなを見ればそれが男女共同参画社会の延長のものであるのは想像するに余りある。

 また「女性の活躍」も胡散臭さを感じてしまうのは穿ち過ぎか。

 「美しい日本を支えるのは中山間地や離島を始め地方の皆さんだ。古里を消滅させてはならない」と、創業から10年未満の企業を支援するという。

 これはつまり、地方の企業にも外国人労働者が押し寄せて来るということでもあり、地方創生もまた外国人労働者の人員確保の為の謀である。

 「1000万人移民計画」は経団連ら財界の策謀である。正に財界に「社稷を想う心なし」。そうした財界どもに与する自民党は保守政党に非ず。

 「国籍法」を改悪し、「外国人登録法」を廃止したのは麻生政権。また韓国人の日本へのビザなし渡航を推進したのは小泉政権下であり、その官房長官を務めていたのは安倍晋三だった。

 安倍は、昨年6月、ロンドンでの講演で、「日本をどこまでもオープンにし、世界から、ヒト、モノ、カネを呼び込む」と明言し、9月のニューヨークでの講演では、「国籍や国境にこだわる時代は終わった」と宣言した。

 鳩山由紀夫や民主党が叫んでた「グローバル社会の実現」と変わらない。否、それよりも酷い。

 また、2月の衆議院予算委員会では、移民受け入れ問題に対し、「我が国の将来のカタチや国民生活全体に関する問題として、国民的議論を経た上で多様な角度から検討して行く必要がある」との認識を示している。

 その上で、安倍政権は、外国人の単純労働者の受け入れや、年間20万人の移民の受け入れを検討し始めているが、「年間20万人」という数字は「50年間で1000万人」という「1000万人移民計画」の数字と合致する。

 安倍政権が積極的に押し進める愚策によって人の移動も自由化される訳で、「1000万人移民計画」は国民的議論などされることなく、そのカタチを変え、なし崩し的に実現されようとしているのだ。

 移民は、経済問題以外にも、文化、宗教、言語、教育の問題、更には治安の問題など様々な社会問題を惹起する危険を孕む。

 我が国は世界の中で最も優れた精神文化と独自の価値を有する国家であるが、その国柄がビザの緩和や「外国人労働者の受け入れなどによって破壊されて行くことは火を見るより明らか。

 安倍よ、国柄を破壊しながら何が「保守」か、単なる自由主義者ではないか!

 TPPにしろ、移民計画にしろ、「経済戦略」とは名ばかりで、頭の中は単なるカネ儲けしかなく、鯔のつまり、カネの亡者である経済界の走狗、使い走りではないか!

 「保守」とは、我々日本人が未来永劫護り抜かねばならぬ民族、宗教、言語、歴史、価値観、習慣、制度の世界の中で最も優れた精神文化を護り、継承して行くものでなくてはならないのだ。

 何より護るべきは皇統以外にはない。

 天皇国日本が、異民族の支那人や朝鮮人を国内に抱え込むことによって多民族国家に変化し、混血によって日本民族の血が薄められ、それによって国柄が崩壊する様なことがあってはならない。

 こうした国家の根幹に係わる問題を、キチンと突き詰めた議論もしないまま、安っぽいムードだけでやれ「親善」だとか、やれ「グローバル時代の到来」だとか、或いは「世界ではこうだ」とか、実に曖昧な次元で語られる。

 「人口が減れば労働力が減り国力も低下する」などとは営利主義の経済団体の口実に過ぎず、喩え1億人を切ろうが、7000万人ほどになり、経済が停滞しようが、多民族を殖やして国柄が破壊されるより結構なことではないか。

 世界で、美的感受性や道徳の圧倒的高さを有する国家は我が国を措いて他はない。

 世界中が嘘八百並べても日本だけは絶対にしない。それによって経済成長が鈍ろうとも、絶対に世界の真似をしないという、そういう自信や誇りというものを失ってはならないのだ。

 そういう意味では孤高の日本で良いし、労働力不足を口実に屋上屋を架す様なことはするべきではない。そういう意味では将来、攘夷や鎖国ということも選択肢の一つでもある。

 
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2014年09月29日

そうか、我が国を貶め続けた土井たか子が死んだか・・・

  
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 「駄目なものは駄目!」と歯切れの良い演説で愚かな大衆を惹きつけた土井たか子、「反自民」のシンボルとして担ぎ出され、「マドンナ旋風」が吹き荒れた第十五参院選では社会党が躍進、その結果、与野党の勢力が逆転した。

 これを機に日本の政治は益々衆愚政治に陥いることとなった。

 政治家は大衆に媚び、諂い、「国民の目線に立った政治を行う」などと平然と公言する様になったのはその現れであろう。

 「国民目線」とは国民の平均値のことを指すのだろうが、平均値で国の政を行うことは余りにも危険であり、民主主義の本質は国民目線に立つことではないし、平均的な国民を創ることではない。

 また、「国民の目線」とは、ワイドショーに煽られた平均的意見であり、マスコミは国民の安直な正義感に迎合し、自分達の主張こそが「正義であり、民主主義である」との主張を居丈高に振り翳し、国民を煽動し続ける。

 だが、政治が国民目線に立った時、必ず国は滅ぶというのは世の常である。

 何故なら、国民の判断力は古今東西常に低く、その意見も時代に流され、大衆に流され、実に幼稚で気紛れなものだからだ。

 「マドンナ旋風」にしろ民主党の政権交代にしろ、圧倒的支持を得た民主党が失脚したのも、自民党の政権奪回にしても、その全てが多くの国民の安っぽい風潮から支持されただけで、言い換えればひと時の気紛れでしかない。

 我が国の首相がコロコロ代わってきたのも、衆愚政治の象徴でもあり、その元凶は国民大衆を煽る低能マスコミの影響であるのは言うまでもない。

 政党支持率も首相の人気も、マスコミの気紛れな報道で左右されてしまう訳で、逆にマスコミに媚びれば人気も出る。

 これは、我が国の政治がマスコミに煽られた国民の顔色一つで決まるという大衆迎合主義に陥ったという証左であり、危険な兆候である。

 マスコミというものは、報道するものが見せたいものであり、誘導したいもので、報道しないものが国民に知らせたくないものなのだ。

 現在のニュース報道やワイドショーを見ても、騒ぎ立てれば立てるほど、本来報道しなければならない問題から目を背け、大衆を誘導しているのではなかろうか。

 マスコミや左翼勢力らは「知る権利」を叫ぶが、「国民の知る権利」を侵しているのはマスコミ自身の様な気がしてならない。

 巨大な洗脳装置、誘導装置がマスコミであり、マスコミの垂れ流す報道を疑いもせずににどっぷり浸かっている人達こそが愚民政策の体現者なのである。

 マスコミが頼りにならない時代に於いては、何事も自分の目と頭で考えることが大事である。 

 外交にしろ何にしろ、問題が起これば、その萌芽は「日本に在る」と貶し、それをマスコミ御用達の言論人が煽り、それらを疑いもせずに尻馬に乗っかって大騒ぎする大衆のこうした構図をどうにかせなばならない。

 我が国のマスコミというのはオチョクリに乗っかって何でも腐すが、そういう冷笑的な態度を執ることが真のジャーナリズムだと錯覚している。

 こうした「低能ジャーナリズム」を糺すことが、政治を建直すことに繋がる近道でもあろう。

 我が国の政治が「三流」と言われるのは、大衆に媚びる政治を改めないことが問題であり、政治とは、国家観を重んじながら、国民目線とかけ離れた歴史観、人間観、世界観、時には高度な権謀術数を必要とするものなのだ。

 土井たか子がその昔、何かのインタビューで、「幼い正義感から社会主義者としての道を選んだ」と語ったことを思い出す。この言葉を甚く感じ入ったのは随分前のことだ。

 永田洋子や坂口弘ら左翼活動家にしろ、同じ思いだったのではなかろうか。

 何故ならそういう愚生もやはり「幼い正義感」から右翼の道を歩み、そうした疑問を打ち消しながら邁進し続けて来たことも事実だからだ。

 愚生も、アングロサクソンとして生まれていれば敬虔なカトリック教徒として国に忠誠を誓っただろうし、イスラエルに生まれていればユダヤ教徒になっていただろうし、イスラムならウサマ・ビンラディンと共に行動していたかも知れないと想うことがある。

 つまり、宗教や思想信条は、結局、何時の時代に何処で生まれたかの問題なのだ。 

 山川草木、存在する全てのものに八百万の神が宿っている日本に生を享け、日本を愛し、日本の歴史や伝統、文化を護りたいと思うのは日本人なら当然だろうが、土井らに乏しかったのはそうした大和心ではなかろうか。

 
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2014年09月27日

義勇公ニ奉シ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スへシ!

 
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 「日本は滅びる!」「日本が危ない!」と徒に危機を煽り、日本が滅亡するかの様に叫ぶ自称保守や、それを売り物にしている営業右翼がいる。

 そんな営業保守、営業右翼の言葉を真に受けて、その御先棒を担ぎ、前衛となってネットで街頭で騒ぎ立てる。

 愛国運動が軽々しくなったのは政治家の無能は然ることながら、「愛国」や「保守」を利用し、それを生業としている輩が元凶ではなかろうか。

 そういう愚生も若い頃は、右翼重鎮や先輩らに煽られ、或いは保守論壇界の文士の言葉を真に受けて、右翼運動に身を投じていたのも確か。

 その保守論壇界には当時、二十代で東大助教授に就いた舛添要一もいたが、これ即ち、如何に自称・保守派というものは昔から胡散臭げなものであるかの証左でもあろう。

 要は時代時代で巡って来る「保守ブーム」も「愛国ブーム」も単なる流行に過ぎないのだが、今も昔も、そうした自称・保守派を狙ったリップサービスであり、単なる銭儲け、売文屋でしかない。

 またそれとは逆に、朝日新聞を始めとした左翼論壇界も未だ自虐史観から脱却出来ず、幼稚な正義感を振り翳す御花畑らを顧客に取り込むための営業左翼である。

 我が国の今が未曽有の危機ならば、臣民が夫夫の立場でやれることを懸命に努力すべきであって、「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉シ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スへシ」とはこういうことだ。

 神国日本の不滅を信せずに何が保守か。何が愛国者か。

 正統保守ならば、神州不滅を信じ、神武肇国の精神の高揚と国家国民の繁栄をこそ目指すべきで、経済の破綻を殊更煽り、その結果、我が国が滅びるかの様な物言いは本末転倒だ。

 在日特権を検証せず、揚げ句は支那人留学生への厚遇、男女共同参画社会などの愚策によるバラマキ政策のツケが経済破綻という結果になるのなら、それは自業自得というものだろう。 

 労働者不足を理由にした移民の受け入れや、また「農」という根幹を忘れ、農業を金儲けの道具と捉える営利至上主義こそ見直さなければならないのだ。

 「農業」とは愛郷心、祖国愛に繋がるもので、国家の大本でもある。

 世界のどこの国々も、自国の「農業」の保護政策が行われているが、これは「農は国の本」ということを自覚しているからだ。

 だが、悲しいかな農耕民族である我が日本人にはその自覚は乏しい。

 何故にこの様になってしまったのか。

 それは戦後GHQによって強行された日本弱体化政策が元凶であり、戦後の洗脳により、戦前からの農本主義的国家観は排除されてしまったのだ。

 「一国独立」どころか、未だ米国の戦略に嵌ったまま現在に至っているというのが実情であり、その挙句に米国主導のTPPに参加することなど言語道断と言う他はない。

 「国防」という国家の大本を米国に依存し軍事的安全保障でも自立出来ず、「食料安保」でも自立出来ず、これで果たして真の独立国家といえるのだろうか。

 TPPにしろ、移民政策にしろ、賤しい財界人共の我田引水的政策を実行する自民党は保守に非ず。他の政党もまた自民党の劣後、欠陥政党である。こうした現状こそ我が国の不幸とも言えよう。

 別に多くの国民が自民党を熱烈に支持している訳でもなく、所詮は「でもしか政党」。「自民党しかない」「自民党にでも入れとくか」と、その程度の軽いもの。何を勘違いしているのか。

 我が郷土の誇り、田母神俊雄が西村真悟と共に新党結成に参画した。

 正統の保守主義者に於いて時間を体験する仕方は、過去の意味を直視し、その中に価値を見出す発見によって未来を創造して行くものである。

 高い精神の伴わない現在の我が国の様な繁栄はやがて衰退する。我ら大和民族は目先の繁栄ではなく、神武肇国の精神の高揚と国民国家の繁栄をこそ目指さねばならないのだ。

 国を愛する心を涵養するとは如何なることか。街頭に立ち、日の丸や旭日旗を掲げ、街中を闊歩するそんな軽々しいものではない。

 それは我々日本に生を享けた者が、八紘を掩(おお)ひて宇(いえ)にせむこと。つまりは神武肇国の大理想「八紘一宇」を掲げ、天皇國日本の真姿開顕へ奮闘前進すること以外に無いのだ。

 政治家の使命として、道徳や教養を兼ね備え、武士道精神や大和魂を持った志しの高い日本人を育むことは喫緊の課題である。

 真の愛国者よ、真の保守主義者よ、今こそ堂々と天下国家論を述べ、国家観を共有する政治家、国民との連携を深め、真正保守の再興を目指すと共に天壌無窮の皇運を扶翼すべし!

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2014年09月24日

米国は「正義」を振り翳すが、そこに正義はない!

 
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 米国は、超大国と言われてはいるが、その実は臆病な図体のデカい国に過ぎない。

 米国がシリアを空爆した。イラク攻撃の際の様な米国単独ではなく、批判を避ける為に有志国五ヶ国と共同での攻撃を実行した。

 第二次世界大戦で、英国の助力と指導を必要とした様に、又しても五ヶ国を巻き込み、我が国を始め世界に助力を要請している。

 オバマは「米国単独の戦いではない」と詭弁を弄し、「正義」を振り翳すが、そこに「正義」はない。

 それは「イスラム国」も同じ。イスラム過激派は「聖戦」などと大義を掲げるが、一般人を犠牲にする無差別テロに神聖な目的も神を語る資格も無い。

 八百万の神を信じ、仏を尊ぶ日本人には理解し難いものだが、一神教を信じる国々の不幸はここに在る。

 米国はテロの恐怖に曝されているというが、「世界の警察」を気取り、自分勝手な正義を押付け、我が物顔で世界を伸し歩く傲慢不遜な態度を改めない限りテロは治まらないだろう。

 今や米国の自己中心的不正非道に苦しむ非西洋諸国の多くが、米国を唯一最大の外敵、脅威と考えている。

 米国自身が「無法者の超大国」だと気付くことは無く、テロ根絶の名の下に更なる弾圧が続けば、悪の連鎖は果てしなく続くだろう。

 テロの根絶を願うなら圧政に呻吟する民族の解放と独立させる以外になく、それは畢竟、それは政治体制の崩壊を意味する。

 それは米国も然ることながら、中共然り、ロシアや北朝鮮然り、中近東然り、それはゲリラやテロリストの根絶以上に不可能なものだ。

 テロリズムの根幹は「一人を殺すことによって多くの人を生かすこと」という「一殺多生」に在る。

 だが、米国の振り翳す正義も、イスラム国の聖戦も、そうした大義はなく暴力そのものだ。

 これら米国の横暴に対し、岸田外相はケリー国務長官と会談し、「これ以上の事態の深刻化を食い止める為に成された措置だったと理解する」と諂った。

 日米同盟とは言いながら何ら相談されることなく、蚊帳の外に置かれながら、何をトンチンカンなことを語ってるのか。

 今回の空爆は国連の安保理決議を経たものではない。

 安保理の御墨付きを得ようと思っても、ロシアが拒否権を行使するのは目に見えており、「自衛権の行使」というコジツケは見苦しい言い訳に過ぎない。

 我が国も常任理事国入りを目指すのならば米国に諂うばかりではなく、意見は意見としてハッキリと物申すべきで、いい加減、米国の「イエスマン」は止めるべきだ。

 圧倒的な軍事力を背景に政治、経済、外交とあらゆる面で強圧的な対外政策を執って来た結果、米国は傲慢となり、世界から反発を招く結果となっている。

 米国も、世界には日本の様な「イエスマン」ばかりでないことに気付くべきで、米国の振り翳す不正義の下で、呻吟している人々が多くいることを理解させることは、常任理事国入りを目指す我が国の使命でもある。

 一方で、我が国の安倍首相はコロンビア大学で講演し、「日中関係を改善したい」と語った。

 中共も米国同様、圧倒的な軍事力を背景に政治、経済、外交とあらゆる面で強圧的な対外政策を執って来た国である。

 日中関係なんぞ改善を急がなくても向こうから秋波を送って来るだろう。そういう意味からも、急ぐべきは「日米関係」の改善であろう。

 米中両国に共通するものは互いの国益のみ。日本外交が見倣うべきものはそういう外交だ。

 アジアの動乱は昔から「米国」と「共産主義」が元凶である。その米中両国の国益や利権が一致する時、それはアジアの動乱の濫觴と言っても過言ではない。

 20世紀は自由と平等の名の下にプロレタリア独裁を標榜する共産主義が猛威を振るい、キリスト教徒の望んだ中国共産党が世界の脅威となっているのは皮肉としか言い様がない。

 オバマ大統領は、過去にアジアで起こした米国の失政を知ることはなく、そしてまたイラクでの失敗を繰り返そうとしている。同じ轍を何回踏めば気付くのだろう。

 あの9.11同時多発テロは、傲慢な米国へのウサマ・ビン・ラディンらによる警鐘乱打であり、不正義の下で呻吟している人々は、あのテロを涙と歓声で賞賛したことを忘れてはならない。

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2014年09月22日

スコットランドの住民投票は否決!混乱の裏側に利権あり!?

 
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 英国からの独立の是非を問うスコットランドの住民投票は僅差で分裂・独立が否決された。

 「自由主義・資本主義的」に反対するスコットランド。北海油田の税収で財政を改善・減税などの企業誘致政策の実行、医療や福祉、社会保障も充実する「北欧福祉国家」を掲げ、「欧州型社会民主主義国家設立」の理想は理解出来る。

 「北海油田の利権が英国政府に完全に握られていることの不満」が最大の理由というのは、如何にも利権絡みっぽく、「独立の大義」という点ではチト乏し過ぎる。

 チベットやウイグルにこうした「住民投票権」があれば、直ぐにでも中共から独立を果せるのに、スコットランドの狂騒は中共の圧政に呻吟する国にとっては羨ましく思えたに違いない。

 「住民投票」に賛否があるが、今回の選挙でさぞ落胆したのは、「沖縄独立」を叫んでる反日左翼のアホ共ではなかろうか。

 今回の結果は、そうした「沖縄独立」の妄想に駆られるアホな連中にとって、冷や水を浴びせられる結果になったのは間違いない(苦笑)

 「国家」よりも地方自治の優遇を訴える。その沖縄がいい例だろう。

 国に恩恵を享けていながら中国共産党へ与し、あらゆる策謀を実践している。

 「自治基本条例」は、住民自治に基づく自治体運営の基本原則を定めた条例であり、「自治体の憲法」とも言われる。

 条例の名称は自治体によって異なり、「まちづくり条例」、「まちづくり基本条例」あるいは「行政基本条例」など様々。

 自治基本条例は、「市民協働(協働とは共産党の造語)のまちづくり」などに見られる様に左翼の策謀、左翼の行政権への介入によるものが少なくない。

 こうした行政権への共産主義を連結せしめたのが共産党ではなく、自民党議員らが、そうした売国性を見抜けず推進し、実践したというのは実に御粗末と言う他はない。

 また「道州制」が胡散臭いのは、「国」よりも地方を重んじる結果、「国家」という概念が薄れてしまう危険を孕んでいることだ。

 「道州制」により「国家」の概念が薄まれば、スコットランドの住民投票の様な「独立」を叫ぶ輩が出て来るのは火を見るより明らかだろう。

 我が国の「沖縄利権」や「アイヌ利権」、或いは「在日特権」や「反原発」もそうだが、「混乱の裏側に利権あり」とはよく言ったもので、「道州制」の推進もまた例外ではない。

 最近の風潮というものは、突き詰めた議論がなされないまま、やれ「​安全」がどうのだとか、「グローバ​ル時代の到来」だとか、或いは「世界ではこうだ」とか、実に安っ​ぽい、曖昧な次元で賛同者が広がっている様な気がしてならない。​

 「男女共同参画社会」とは「共参​(共産)社会」実現の謀略であり、こうした既に実行してしまった愚策の問題点や危険性を徹底的に指摘​し、批判し、糺すことは大事である。

 また 「夫婦別姓」運動と「女性宮家」「女系天皇論」には酷似点も多い​。

 1932年、ソ連共産党から日本共産党への「コミュンテルンテーゼ(命令書)」へ指令が出されたが、これらの運動は、それを忠実に​遂行している命令遂行の何ものでもない。

 「女性宮家」論は天​皇制廃止運動の枢要な柱として昭和40年台半ばに、「夫婦別姓」​運動は平成に入り、キチガイ左翼らが大キャンペーンしたものだ。

 戦後の「天皇制廃止運動」の主力は、昭和にあっては「戦争責任・退位​論」であり、次に「開かれた皇室論」と「敬称・敬語不使用運動」​であり、平成に入り「女性天皇論」に転換されている。

 最近流行の「天皇家」という表記もまた天皇軽視の反天皇運動の一環である。

 男系男子に限定する皇位継承や夫婦同姓を「女性差別」だとか、「​時代遅れだ」と絶叫し、吹聴するキチガイ共が「男女共同参画社会」を実現​したのは周知の事実。

 今や誰もがその中身を知らずに、時代の流れだと言わんばかりに追随しているが、こうした安っぽい風潮に流されることで、国柄が大きく変わってしまうことを自覚しなくてはならない。

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2014年09月19日

太平洋に浮かぶ小さな独立国「パラオ共和国」を知っていますか

 
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 天皇皇后両陛下は、戦後60年にあたる平成17年、サイパンの地を巡幸遊ばされた。当時もパラオ歴訪を検討されたが、相手国の受け入れ態勢が整わないなどとして見送られた。

 戦後70年となる来年、戦没者慰霊の為に先の戦争で激戦地となったパラオ共和国など太平洋諸島の国々を訪問される希望を示されており、両陛下の歴訪を宮内庁が検討していることが報道されたのはつい先日のこと。

 パラオ共和国は太平洋の浮かぶ小さな独立国だ。

 第二次世界大戦時には太平洋戦争のマリアナ・パラオ諸島の戦いに於いて「ペリリューの戦い」の中心地となり激しい戦闘が行われた地でもある。

 歴代大統領には「ナカムラ」という名前の人もいる。

 面白いことに、「クニオ」とか「マツタロウ」いった日本人風の名前が目立つ。

 これは、近代社会に仲間入りさせてくれた日本への感謝や愛着からだという。

 このパラオ共和国の国旗は「日の丸」と同じだが、白地ではなく青地に、やや中心より左にずれた黄色の丸である。

 何故このような国旗になったのだろうか。

 ドイツの植民地であったパラオは、第一次世界大戦後、日本の委任統治領となった。

 そこでの日本は地元住民に厳しく接するも、産業、教育、文化の発展に大きな功績を残し、パラオの人々に多大な信頼を受けたのである。

 パラオの人々は今でも口々に語る。

 「日本は厳しかった。しかし、我々に農業と、真面目に働くこと、そして嘘をつかないことを教えてくれた」

 第二次世界戦末期、約4万2000人の米軍が上陸したのは、昭和19年9月15日。中川州男大佐率いる約1万2000人の日本軍が、迎え撃つ。

 島民は別の島に退避していたが、米軍がパラオに迫ると、驚くことにパラオの人々は「我々も日本人と一緒に戦う」と決意したという。

 しかし、民間人に被害が出ることを懸念した我が国は、その申し出を許可することは無かった。

 日本軍はそれまでの戦法を改め、要塞化した洞窟陣地などを利用しゲリラ戦法を用いて持久戦に持ち込み、圧倒的な戦力を誇る米軍に大打撃を与えた。

 この戦いは実に11月25日まで続いた。

 米国太平洋艦隊司令長官ニミッツも驚嘆した、この組織的な抵抗と戦術は、後の「硫黄島の戦い」へと引き継がれて行く。

 因みに「クニオ」とは、この中川大佐の名前であり、如何に慕われていたかが理解出来よう。

 この戦争で命を落した日本人を、パラオの人々は泣きながら丁寧に埋葬した。

 日本人遺族が何時来ても良い様にと墓の掃除は今でも欠かさないという。

 戦後パラオは、1994年の独立まで、アメリカが50年間統治したがパラオの人々の心に残っているのは「日本人」だったのだ。

 数年間の日本の統治が、パラオの人々の心に残したものが、それだけ大きかったということだろう。

 先人の偉業を感謝せずにはいられない。

 来年、終戦70年の節目に天皇皇后両陛下がこの地を巡幸遊ばされる。

 異国の地で草生す御霊を鎮め、両国の友好が更に深まることを願って止まない。

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2014年09月18日

同級生の葬儀に参列し、あれこれと考えてみた・・・

 
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 同級生の葬儀告別式があり参列してきた。30人ほどのこじんまりしたものだったがいい葬式だった。子を無くした親の悲しみを目の当たりにし、また同級生による弔辞も涙を誘った。

 それにしても冷たいのは同級生らだ。自分を含め男子3名、女子5名だけ。町内や近場の連中も来ないとは不義理なヤツらだ。

 高校を卒業し、看護婦となり所沢の病院に勤務、娘二人を育てあげた。早めに治療すれば好かったものを、我慢強い性格が災いして救急搬送され入院。診断は肺炎だったという。

 自ら119番通報したそうだ。看護婦という仕事柄、自分の尋常ではない異変を感じ取ったのだろう。そんな娘を両親や子供らが見舞い、懸命の看護の甲斐なく幽冥境を異にした。

 所沢から遺体を乗せ、故郷の小浜に帰り葬式をすることに。

 御両親や子供らの悲しみ、心境は如何許りか。

 故郷の友人は皆、冷たい。今日参列した友人の中で地元の友人は1人だけ。皆、仕事もあるだろうから、昨夜の通夜には来たのだろうと葬儀屋の同級生に尋ねるも、3人だけだったとのこと。

 これじゃ過疎化になるのは当たり前の様なきがする。故郷に戻りたいという憧憬は、所詮は幼い頃の夢幻に過ぎず、現実はこんなものなのだろう。

 式は浄土真宗で行われた。浄土真宗は「死」は「穢れ」ではない。

 一般に言われる「ご冥福をお祈りします」というのは「死後の幸福をお祈りします」という意味で、浄土真宗では使用しない。キリスト教も同じ。

 「哀悼の意を表します」「お悔やみ申し上げます」或いは「御愁傷様でした」と言い換えた方が好いのだが、弔電の多くは「ご冥福をお祈りします」との決まり文句ばかりで違和感を感じた。

 愚生は神道ではあるが、仏教の中では「華厳経」に興味がある。

 否、あったというのが正しい表現か。

 「華厳経」の難しいことは分からんし、極めたいとも思わないが、その教えは「一瞬の中に永遠があるという『一即一切』『一切一即』を説く」

 先日、詳しく知りたいと思いネットで調べてみた。教義経典がやたら難しく興醒めもいいとこ(笑)

 新興宗教や宗教の教祖や弟子らが単純な教えをワザと難しくしてるのではと勘ぐっしまうし、熱心な信者らも、やたら難しい言葉を羅列しているが、当の本人は本当に理解してるのか疑いたくもなる。あんたら、ホントに分かってんの?

 葬儀に参列し、改めて「葬式」も「年忌法要」も、「偲ぶ会」などもやって欲しくないと熟熟思った。人間死んだら終わり、「無」だ。葬儀屋の同級生や、石屋の後輩には悪いが、さっさと火葬してその辺にぶっ散らかして欲しいものだ(笑)

 因みに、「看護婦」は女性は「看護師」、男性は「看護士」となるも、平成14年の法改正で「看護師」に統一された。性差を無くすということだが、言葉遊びでしかない。

 警察官も「婦警」とは言わず「女性警察官」。平成に入り、「男女共学」や「男女混合名簿」など、ジェンダーフリーや男女共同参画社会が実行され、「子供」ではなく「子ども」と表記するなど、変な日本語が巷に氾濫している。

 こうした愚策に為に年間防衛費の2倍、教育費よりも高い10兆円近い予算が計上され、今では男女共同参画社会の担当大臣までいるとは驚くというより厭きれてしまう。

 また、今や誰もが使う「協働」という言葉だが、この「協働」は抑々、生協が使用してた言葉で、共産党の造語だ。この言葉も今や地方自治では流行ってて、自民党議員までもが何ら疑問を抱くことなく常用している。

 その意味は、「同じ目的の為に、対等の立場で協力し て共に働くこと」であり、コラボレーション(collaboration)なのだという。ならば「協働」ではなく「共同」だろう。

 「共同」と「協働」の目的は全く違う。

 「協働」の主体は「国民」ではなく、あくまでも「市民」であり、共同参画社会の推進、つまり「共参(共産)社会」の実現、コミューン(commune:共同体)を創ることがその目的である。

 「協働」推進派は、「市民とは必ずしも地域住民に限定されるものではなく、NPOをはじめ、企業などの企業市民も含まれ、また、地域の一員という意味では行政もまた行政市民という名の市民である」と説明する。

 今やその「協働」という造語があらゆる場面で飛び交い、保守を標榜する政治家までもが何の疑いも無く使っている始末。

 いつの間にやら我が国はカタチを変えた共産主義が蔓延り、その「カタチ」は実に陰湿になった。「協働のまちづくり」にしろ、こうした行政側への共産主義の介入を奨めたのは共産党ではなく自民党だったというのは実に御粗末と言う他はない。

 更にカタチを変えた左翼勢力は夫婦別姓、男女共同参画社会、ジェンダーフリー、人権擁護法案、共生社会、外国人参政権、外国人住民基本法案、極め付けは女性天皇容認論や女性宮家など次から次へと策謀を重ねている。

 三島由紀夫は嘗てこうした事態が到来することを危惧し、「我々はあらゆる革命に反対するものではない。暴力的手段たると非暴力的手段たるとを問わず、共産主義を行政権と連結せしめようとするあらゆる企画、あらゆる行動に反対するものである」と文化防衛論で語っている。

 今正に三島が危惧した、共産主義を行政権と連結せしめようとするあらゆる企画が実施され、我が国を蝕んでいることに何故に気付かないのだろう。

 自民党の「立党宣言」には、「社会的欠陥を是正することに勇敢であらねばならない。われらは暴力と破壊、革命と独裁を政治手段とするすべての勢力又は思想をあくまで排撃する。(略)祖国再建の大業に邁進せんとするものである」と在るではないか。

 自民党よ、「立党宣言」は絵に描いた餅か。今こそ立党精神に立ち返り、過去の過ちを糺すと共に、共産主義を行政権と連結せしめようとするあらゆる企画、あらゆる行動と対峙しなければならない。ってか、危機感皆無な自民党じゃ無理。

 まぁこれは自民党に限らず、右翼陣営や自称・保守派にも言えることでもあるが(苦笑)

 
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2014年09月16日

「ノモンハン事件」というと日本軍の惨敗とされているが事実は違う

 
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 昭和14年(1939年)5月11日、蒙古との国境ハルハ河を越えて蒙古兵が満州国側のノモンハン地区に侵入する。日本軍はこれを撃退したが、蒙古軍は駐留ソ連軍と共に再三に亘り侵入を繰り返した。

 一度は撃退されたソ連軍だったが、大量の戦車を含む大兵力を動員してハルハ河を越えて侵入し、ここで大激戦が展開されることとなった。

 8月20日には、ソ連軍は10万近い軍を動員し、2万人弱の日本軍に対し総攻撃を仕掛け、日本軍は大打撃を被った。これが日本人の信じる「ノモンハン事件」である。

 昭和12年に始まった「日支事変」から2年後に、何故に満州と蒙古の国境で突如この様な激戦が発生したのだろうか。

 実はこの一年程前にソ連は、ソ満国境の張鼓峰(ちょうこほう)でやはり侵入事件を起こしているが、この時には日本軍は相手側に5500人の大打撃を与えて撃退した。

 この時、日本軍がソ連領に侵入してこないことをスターリンは見逃さなかった。

 希代の悪党であり戦略家のスターリンは、ヒトラーのソ連攻撃を予測し、東側からの脅威を除く為に、日本と支那とを戦争に引き込むことに残力を挙げた。

 第二次世界大戦が共産主義による策謀だった証左の一つであろう。

 「盧溝橋事件」や「上海事件」ではそれに成功したが、予想外に日本が強い。そこで日本がどう出るか偵察したのが「鼓張峰事件」と「ノモンハン事件」だったのだ。

 ノモンハン事件で日本との「停戦合意」が成立した翌日の9月17日、スターリンはポーランド侵攻を命じ、ソ連軍はポーランドに侵入を謀った。

 また「ノモンハン事件」は共産主義者によって悪宣伝に使われた。

 「貧弱な装備で旧式戦法の日本軍が、ソ連の進んだ機会化部隊に完膚無きまで叩きのめされた」という日本軍を貶す虚偽宣伝である。

 日本人の多くは未だそれを信じきっている。

 歴史探偵を自任する半藤一利や司馬遼太郎もそうだし、五味川純平などはその最たるもので、何しろソ連の公式発表、日本軍の損害は52000人、ソ連軍9284人との数字をを真に受けているのだ。

 ソ連が崩壊し情報公開されて判ったことは、ソ連の損害は26000人、日本軍18000人、実はソ連の損害は日本を大きく上回っていたのだ。

 しかも日本軍はソ連の戦車・装甲車800両、航空機1673機を撃退している。

 10万近い大兵力を動員した側は損害は少ないのだが、結果はその逆だったということは如何に日本軍が強かったかということの証しである。

 抑々、歴史と言うものは為政者に都合の好い様に作られるものだ。

 ソ連に限らず中国4千年の虚言癖にしろ、北朝鮮の輝ける歴史にしろ、韓国の「大韓民国臨時政府」の妄想にしろ、歴史とは、新しい王朝が如何に正当性を持つかという謂わば創作物、フィクションに過ぎない。

 安倍にしろ、政治家は歴史認識を問われると「歴史は歴史家に任せる」などとキレイゴトを言うが、それは言い方を変えれば議論を避けるということであり、逃げるここと同義。

 「言い訳は見苦しいばかりではなく同じ過ちを繰り返す」 とは徳富蘇峰だが、歴史の問題は、一国の存亡に係わる大事であり、安易に譲歩し、擦り寄ることではない。

 我が国の歴史学者は中韓の学者に比べればモラルを持っているが、他国は違うし、特に中韓の歴史家なんぞ酷いものだ。

 彼らにとって優秀な歴史家というものは、自国の正当性を如何に論じられるかだけで、捏造してでも真実と言い張れるかなのだ。

 捏造には全力でカネで買収し、銅像や記念館を建て既成事実化するのが常套手段。

 「従軍慰安婦」という大嘘も、「南京大虐殺」という大嘘も、我が国が毅然と反論して行かなければ、時代が経つにつれ真実になってしまうだろう。

 そういう意味でも、「慰安婦問題」や「南京事件」を捏造し、我が国を穢し、陥れようとした朝日新聞の罪は重く、万死に値するものだ。

 中共や韓国に対する歴史認識は、田中角栄の「日中共同声明」が元凶である。

 また、「河野談話」や「村山談話」にせよ、こうした田中の歴史認識を検証もせず、後生大事に踏襲して来た自民党の責任もまた重い。

 野党時代には勇ましいことを言ってた安倍も、未だに河野談話や村山談話の破棄すら出来ない意気地なし。我が国外交の歴史問題の苦境は、我が国の為政者によって我が国自らが招いたものなのだ。何故にそうした思いに至らないのか。何故に手を拱いているのか。

 歴史は国の大事であり、明治開国以来の様々な歴史を検証し、それを日本再建の一歩とせよ!

 
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2014年09月13日

朝日新聞と闘った野村秋介には朝日瓦解の足音が聞こえてるのではなかろうか

 
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 国民の朝日新聞に対する怒りは収まる気配はない。これを機に一気に朝日新聞を始めとした進歩的文化人らが垂流し続けた戦後民主主義の過ちを糺さなくてはならない。

 戦後、米国は徹底した教育改革を断行。その徹底した「戦後民主主義教育」は、米国が意図した以上の効果を齎し、現在もあらゆる処に悪害を及ぼし続けている。

 「戦後民主主義」とは、自国を汚辱に塗れた過去と捉える自虐史観である。

 その教育で育った者は国から恩恵を受けながら、個人と国家を常に対立させ、恰も国家は「人間を抑圧する組織」と見做し、反国家反体制的なポーズを採ることが「進歩的」で「文化的」でそれこそが正義だと未だに錯覚している。

 米国が「戦後民主教育」と共に最も徹底したのが言論統制。

 「日本に与うる新聞遵則」、所謂「プレスコード」がそれであり、情報発信の中枢だったNHK、朝日新聞、岩波書店が真っ先に監視下に置かれた。その米国の洗脳の結果、生まれたのが「進歩的文化人」なる珍種である。

 このプレスコードは講和条約発効で失効したのだが、朝日新聞やNHK、岩波書店、或いは地方新聞にしろ、失効後も米国に忠誠を誓い、たった7年間で培われたマスコミの反日偏向・自虐史観は社是となり、現在に引き継がれている。

 だが、この連中は生活確保の為に洗脳状態のフリをしているに過ぎない。一方で「反米」を叫ぶのも、そうした考えを持つ購読者へのリップサービスに他ならない。

 幾らなんでも、一流大学を出た記者なら近代史を読めば公正な歴史くらい理解するだろうし、戦前に国威発揚を煽った朝日新聞なら、戦前の自社の記事を読めば一目瞭然ではないかと思うからだ。

 一体、いつになったら米国からのマインドコントロールから目覚めるのだろうと思うのが普通だが、要は何のことはない、社是である反日自虐は、米国からの自虐史観から目覚めない読者を対象とした「商業左翼」と思えば合点が行く。

 「社会の木鐸」だとか「国益」なんぞ二の次、所詮は単なる営利至上主義に他ならない。言い方を変えれば「反日や売国、自虐は儲かる」ということだ。況してや朝日新聞社は自社ビルの賃貸などの不動産で収入が多くを占める。

 そうした売り上げから給与を貰いぬくぬくと生きて来たに過ぎない。社会の木鐸として、また真実を伝えるべきジャーナリストとして恥ずかしくはないのだろうか。

 こんな朝日の体質を変えようと闘ったのが野村秋介だ。遺作となった「さらば群青」での朝日との闘いを再読しようと、押し入れから引っ張り出してみた。

 野村秋介の言葉というのは一つ一つに魂が刻まれているということだ。一つ一つに自分の命を刻み込む様に語ってる言葉は気魄が漂い未だに色褪せない。

 第Ⅲ部、「ジャーナリズムの旗手・朝日新聞と闘う」の文章を抜粋してみたい。拙ブログで野村秋介を語ることは実に烏滸がましいことだが、敢えて綴ってみよう。

 「朝日新聞を中心とした、マスコミのこれまでの無節操さについては、我慢も限界にきている。戦前はあれほど日本の戦争の正義を謳い、アジアの解放の大義を説き、『聖戦だ聖戦だ』と喚きちらしたくせにして、日本が負けるやいなや、豹変して占領軍に媚びを売り、GHQ(連合軍司令部)による日本民族の弱体化政策の片棒を担ぐどころか率先して日本批判に転じた。最近では韓国人の従軍慰安婦問題で、まるで鬼の首を取ったかの如き騒ぎである・・・」

 「倫理的意味で、それが正しいと強弁するつもりはない。しかし、一九四五年までは、その時のパワー・ポリティックスの価値観で世界は動いていた。日本が、ヤルタ・ポツダム宣言を受諾する一週間前、旧ソ連は『日ソ中立条約』があるにもかかわらず、ソ連国境を越えて侵入してきた。その際、日本人婦女子に彼らが何をしたか、これも知らぬとは言わせぬ。銃で威嚇し、公衆の面前で、それも路上で、次々と強姦し、輪姦し、どれだけ無法をはたらいたか。朝日も進歩的文化人と称する連中も、なぜそれをいわぬ・・・」

 「かかる史実を知りながら、朝日新聞社は、日本のみの戦争犯罪を得々として喋りまくった。・・・こういう社会的状況の中で、一方では飽食の時代を謳歌している。まっとうな青少年が育つはずはない。祖国日本を、胸を張って誇りうる青年たちがそだつはずがない。そういう戦後的特異な環境の中で、純真で無垢な青年たちは、それが純真であればあるほど、盲目的に、朝日や日教組、左翼文化人らの甘美な言葉に誘われ、心が純であればあるほど、感受性が強ければ強いほど、階級闘争、プロレタリアートの解放といった幻想に陶酔し、まさに暗渠の深みにのめり込んでいってしまった。連合赤軍事件は、その典型といってよい」 

 野村秋介はこうも述べている。

 「戦後若い優秀な青年たちが、群れて左翼運動に身を投じたのも、『朝日』らの煽動や『日教組』らの教育もあったが、それらを凌駕しうる思想が、我々民族派の側になかったことが、最も重大な致命傷であったことも、決して忘れてはならない一面であったろう」

 朝日新聞を批判しながらも、民族派への苦言を忘れないところがカリスマたる所以だろう。

 こういう一文も目に留まった。

 「風の会」代表として参議院選挙を戦うに当り、とある侠客に挨拶に行った際に、図らずも「野村さん、あなたは(選挙で)負けてもこのことで責任をとっちゃいかん。いま野村秋介がいなくなると、日本の民族運動は三十年遅れる」と言われたそうだ。

 野村秋介が亡くなり、早いもので20年以上の歳月が経った。確かに右翼陣営の活動は年々先細りした。30年遅れるとして後10年、果たしてこの遅れを取り戻せるのだろうか。

 もう直ぐ、野村秋介の命日。今回の朝日新聞の騒動も、朝日の驕りによる自業自得だが、野村秋介の怒りが朝日側を追い込んだ様な気がしてならない。朝日が瓦解するのも時間の問題だろう。

 朝日側も、野村秋介と幹部との討論にしろ、遺作となった「さらば群青」での苦言や提言を、朝日側が真剣に受け止めていれば、今回の様なことは起きなかっただろう。

 渾身の叫びを、命を賭した訴えを軽んじ、猛省することも、社風も糺すことも無く、屋上屋を架して行ったところに現在の腐った朝日ジャーナリズムの現実が在るのだ。

 頼もしいことに、野村門下や野村秋介ファンは多く、年々その数は増えつつある。愚生もその隠れ野村ファンの一人でもある。

 皆、遺作となった「さらば群青」は読んでるだろうが、再読して対朝日の理論武装を固め、野村秋介が果たせなかった朝日との闘いを新たに始め、朝日廃刊に追い込もうではないか。

 「さらば群青」の帯には「戦闘的ナショナリストの遺書」として、こう書かれてある。

 「饒舌の徒・進歩的文化人と称する醜い日本人よ、語るなら命を賭けろ!」

 これを現代に置き換えれば左翼や進歩的文化人に限らず、保守ブームをいいことに「愛国」や「反中」「反韓」で若者らを煽り、生業にしてる営業保守、営業右翼にも言えることでもある。

 ※野村秋介の書籍に関する問い合わせは二十一世紀書院(代表・蜷川正大)まで。出版カタログあり(無料)。連絡先:(株)二十一世紀書院 090-6300-7075 snforever@proof.ocn.ne.jp

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2014年09月12日

朝日新聞謝罪!過去の穢された歴史認識から脱却する機が熟しつつある

 
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 朝日新聞の木村伊量社長が「吉田調書」と「慰安婦問題」で謝罪した。遅きに失した感は否めないが、社長が過ちを認め、謝罪したことは評価とまでは行かないが、過去の穢された我が国の歴史認識から脱却する機が熟しつつあるのは確かだろう。

 だが、朝日新聞社側にしろ、安倍らの認識にしろ根本的に違ってるのは「誤報」ではなく、確信的「捏造」であり、こうした認識を改めない限り、「南京事件」や「盧溝橋事件」、或いは「百人切り裁判」など、様々な捏造された問題に対処するのは困難を極めるに違いない。

 朝日新聞の報じた、「所員の九割が吉田所長の待機命令に違反し撤退した」という話は「吉田調書」の何処にも出て来ない。それもその筈、現場は逃げていなかったのだ。これは「誤報」ではなく、確信的「捏造」と言わずに何と言う。

 当時、菅直人が、「撤退を止めたのは自分だ」と自慢気に語ったことも全くのデタラメだったことも判明したが、抑々、菅を最高責任者として検挙・送検しなかったことは司法の無能を示すものだ。

 吉田所長が調書で放った、「あの、おっさんがそんな発言する権利があるんですか。あのおっさんだって事故調の調査対象でしょう」の一言は痛烈であり、快哉でもある。

 「吉田調書」での菅直人にしろ、朝日新聞以外にも謝罪しなければならない連中は未だ未だいるが、皆さん、火の粉が被らない様に口を噤んでいる。

 例えば、朝日新聞が捏造した慰安婦問題を、自民党の宮沢内閣下で、河野洋平官房長官が談話を発表し、これが韓国人慰安婦を付け上がらせる原因を作った。

 その後の「村山談話」で火に油を注ぎ、その後の自民党政権下でもこれらを撤回せず黙認し、売国民主党政権誕生で、鳩山由紀夫が「国家補償」を約束し、前原誠司が「戦後賠償支援」を言及した。こうした連中も、己の軽挙妄動を猛省し謝罪すべきだと思うのだが、恬として恥じない。

 慰安婦問題は捏造と知りながら、日本側が国家として韓国や自称・従軍慰安婦らに「謝罪」も「約束」もしてしまった訳だから、韓国にしてみりゃその実行を要求するのは当然で、それを単なる強請り、タカリと言ってもいられない現実が厳然と存在してしまったのだ。

 NHKの籾井勝人会長が就任会見で、「慰安婦問題」に関して個人的見解だとして「何処の国にも在った」という発言をしたのは記憶に新しい。

 だが、この「何処の国にも在った」という言葉だけが独り歩きし、民主党の海江田やマスコミが鬼の首を獲ったかの様なはしゃぎぶりで、籾井会長を糾弾した。

 籾井会長はいみじくも語った、「現在の価値観や倫理観で語るから勘違いする」との言葉は実に正鵠を射たもので、糾弾される謂れはない。 

 「性犯罪を防ぎ、相手民族の尊厳を最低限保つ」という、日本人の配慮を知らずして、高給に集った売春婦を「従軍慰安婦」と称し、恰も軍が関与し、朝鮮人の女性を強制連行し、「性奴隷」にしたとは言語道断と言う他はない。

 無知文盲の記者を嗤ってばかりいられないが、籾井会長の発言を論った海江田を始めとした者共も、従軍慰安婦の虚偽を認め、撤回・謝罪すべきであろう。

 日本国憲法21条では、「報道の自由」が保証されているが、これは別に礼儀を欠いた取材活動や報道を保証するものでもない。記者らは勘違いするな!「言論の自由」も然り!

 「新聞倫理綱領」には、「言論・表現の自由の下、高い倫理意識を備え・・・言論・論評の自由を守り抜くと同時に、自らを厳しく律し、品格を重んじなくてはならない」と記されている。

 「憲法」も「新聞倫理綱領」も、或いは「放送法」も、兎角、傲慢になりがちな記者らを諌める為のものでもある。

 だがどうだろう、新聞記者諸公に高い倫理意識など感じることもなく、とても品格を重んじてるとは思えない。こうした傲慢さをして捏造記事が生み出されたと言っても過言ではない。

 安倍首相の言う様に、「朝日新聞の捏造記事は我が国の名誉を傷付けた」というのは確かだが、我が国の名誉を傷付けたのはそればかりでもあるまい。

 戦後の我が国の政治姿勢や外交を振り返れば、事勿れ主義から「謝罪」と「賠償」さえしていれば問題ないと思っていたのも確かで、こうした全方位弱腰土下座外交が国民の誇りや自尊心を傷付けたことの方が遥かに罪深い。

 朝日新聞の謝罪を機に、歴代の不作為犯と売国議員を炙り出し剔抉粛正しなければならない。

 インドのパル判事は東京裁判の無罪判決の最後をこう結んでいる。

「時が、熱狂と偏見を和らげた暁には、また理性が、虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁には、そのときこそ正義の女神はその秤を平衡に保ちながら、過去の賞罰の多くに、そのところを変えることを要求するであろう」

 機は熟しつつある!

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2014年09月10日

奥会津只見から越後へ遊歴するも無計画が徒に

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1 河井
 幕末の英傑・河井継之助の足跡を辿ろうと、継之助終焉の地となった奥会津の只見町から八十里峠(鞍掛峠)を越して長岡へ向かう旅を計画し実行した。

 日曜日の早朝出発の予定だったが、前日の深酒と生憎の豪雨にやる気を削がれ二度寝した。が、10時過ぎ目覚めると外は晴天、急遽出発を決め駅に向かう。

 郡山駅から会津若松、只見線に乗り換えだが次の電車が出るのは3時間後。駅近くのスーパー銭湯で時間を潰し、夕方4時56分発の会津川口行きに乗った。

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 只見線は3年前の7月の新潟・福島豪雨で橋が崩壊し、会津若松駅から会津川口駅までで、ここから只見まで全線復旧の目途は立っていない。会津川口駅に着いたのは夜8時過ぎ、ここからバスに乗り換えて只見へ。

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 只見に着いたのは夜の9時近くだったが、この日は夏祭りだったらしく町はまだ祭りの余韻で賑わっていた。駅前の「山六食堂」で、おすすめの生ラム焼と生ビールで軽く安着祝い。その後は、駅近くの広場にテントを設営して初日終了。

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 翌朝4時より行動を開始、テントを撤収し、身支度を整え、駅から終焉の地となった塩沢地区へ。墓へ参り、そこから国道289号線へ入り八十里峠越え。

 だがここで問題発生。コンビニも無くて食料の買い出しが出来ず、このまま八十里峠を縦走するのは危険と判断し、戦国武将・直江兼続も通ったという街道(国道252号線)を行くことにした。

 この国道252号線は近辺に「銀山湖(奥只見ダム)」があり、釣り師にとっては聖地でもある。釣りを愛した作家の開高健も銀山湖に通った一人で、晩年は銀山湖に大イワナを放流し、その子孫が多く棲息している。

 目の前には要塞の様な「田子倉ダム」が見える。でも中々近付けない。近付いたと思ったら今度は曲がりくねった上り坂道。朝から歩き続けて漸く田子倉ダムの遊覧船乗り場に到着したのは出発から3時間後。

 ここまで来たが、思ってた以上の厳しさで心が折れる。早朝ということでレストランも売店も開いていない。朝から口に入れたのは黒飴1個だけ。1.5ℓの水も残りが心細くなって来た。自販機も無さそうだし、流石に腹が減った。

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 田子倉ダムを上る途中、振り返れば遠くに銀山湖(只見ダム)を見下ろす。

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 田子倉ダム遊覧船乗り場より。

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 六十里峠、小出まで未だ未だ遠い。

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 只見線は日本でも有数のローカル線です。復活して欲しいものだ。

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 もう随分と標高も高くなった。

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 田中角栄総理大臣揮毫による「会越の窓を開く」の記念碑。

 歩けども歩けども同じ様な光景が続くだけ。ひたすら歩き続けるしかない。9時間ぶっ続けで歩くも水も底を尽き、20キロ以上あるリックを背負っての縦走で流石に体力も限界に近い。ここまで約30キロは歩いただろうか。

 次の駅が在るのは未だ未だ先だ。自販機も勿論在る気配すらない。トレッキングや登山経験もあるし、修験の山「大峰山」にも何度か登ったことはあるがここまで辛いのは初めてだ。唯、救いは1人なので気楽だということだけか。

 それにしても昔の人というのは凄いと思う。そんな装備もなく、玄米3合と漬物くらいの食事で全国を歩いたのだから大したものだ。

 河井継之助一行も長岡から八十里峠を丸二日で歩いたという。また、継之助は江戸への遊学の際にも、更には岡山や長崎への遊歴でも徒歩で旅をした。江戸藩邸から横浜など実に驚く距離を行き来している。

 継之助に限らず、坂本龍馬や吉田松陰など、自由気儘に歩き回ることが禁止されていた幕藩体制下、況してや交通の不便だった時代に彼らは実に縦横無尽に日本全国を歩き回った。この「歩く人」がいなかったら明治維新は成し遂げられなかったと言っても過言ではないだろう。

 そんなことを考えながら歩き続けるも、己のだらしなさを痛感する。

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 もう40キロ近く歩いただろうか。ダナーのブーツの重さを恨みながら、落ちてる小石も歩くのに邪魔になりだした(笑)

「こりゃ最後はドクターヘリか救急車だな」と自嘲しながらふらふらして歩いているとそこに救世主が現れた。地獄に仏とは正にこのこと。

 軽トラに乗ったオヤジさんが、そんな自分を見兼ねて気の毒に思ったのか、急停車し「乗ってくかい?」と一声。この誘いを断る理由は無く、即「ハイ!ありがとうございます」。新潟の「小出」まで行く途中だという。

 何やら昨晩に立ち寄った「山六食堂」の店主とは従兄弟だという。縁は異なもの味なもの、袖摺り合うも多生の縁とはこういうことだ。

 でも、オヤジさん、話しながらこっちを向くのでカーブでは反対車線にはみ出すし、話に夢中で信号無視するし、ホント危なかった(笑) 

 オヤジさんの話に因ると「銀山湖」に来る釣り人は年々減っているらしく、てっきり原発事故の影響なのかと思ったら、その多くは高齢となり釣りを卒業したとか、死んでしまったのだろうということだった。

 ん~なるほど。確かに開高健も亡くなってるし、愚生の周りを見ても、銀山湖を愛した「ザ・バー」のマスターも幽冥境を異にしてしまった。

 最初の駅で降りるつもりが「小出駅」まで送って頂いた。僅かばかりの心付けを渡すと必死に拒む。「いや、ホンの気持ちです。冷たいビールでも、晩酌の足しにでも」というと、「んじゃ、かえってすみません」と微笑んだ。

 酒は相当イケる口と読んだが、是非とも邂逅し盃を傾けてみたいものだ。

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 画像の小出駅の味のある看板は俳優・渡辺謙の揮毫によるもの。中々の達筆ぶりに思わず見入った。流石に字に勢いがある。

 気の好いオヤジさんと別れ、自販機で水を購入。「酔い覚めの水、値は千両と決まりけり」「酔い覚めの水は甘露の味」なんて言うが、水に飢えてた愚生にとってこの水の旨さはビールよりも格別で、生き返った。

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 小出駅前の食堂に入りビールで安着祝い。腹は減ってたが疲れもありビール1本と天ざる一杯で眠くなった。広場を見付けてテントを設営した。

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 中秋の名月も秋の夜長も楽しむ余裕もなく、鈴虫の声の心地よさもあり爆睡。

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 小出駅前に貼り出されていた奥只見郷観光マップ。只見町は今年「ユネスコエコパーク」に登録された。正に、日本の原風景がそこに在ります。誰もが何故か懐かしく思うだろう。晩年は只見で余生を過ごしたいものだ。

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 翌朝は電車で長岡へ。河井継之助と山本五十六の記念館を拝観する為だ。

 駅から「河井継之助記念館」まで徒歩で10分ほど。記念館は継之助の私邸が在った場所。因みに現在の長岡駅は長岡城が在った場所に造られている。

 10時の開館には未だ15分ほどある。と、その時、中から女性が出て来て「好かったら中へどうぞ!」と声を掛けられた。

「どちらから来られたんですか?」の問いに、「いや~只見の終焉の地から八十里(ホントは別な六十里)峠を歩いて来ました。3日かかりました(笑)」とシャレで大袈裟に答えたのだが、その驚き様と反応ぶりにチョッと戸惑った(笑)

 会館内でビデオを観て、ぐるっと見物。河井継之助を知りたい人は司馬遼太郎の「峠」が分かり易いと思うので是非御一読為れたい。

 30分ほど見学し、次に立ち寄ったのは「山本五十六記念館」。その記念館は継之助記念館から徒歩1分の所に在った。

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 会館内には山本五十六の遺品や書などが展示され、中央にはパプアニューギニアで墜落した際に乗っていた戦闘機の翼が据えられていたが、実に往時を偲ばせる生々しいものだった。頭を垂れ黙祷。

 中でも驚いたのが、入口前に展示してあった15歳の時に友人に宛てた手紙。達筆さも然ることながら文章力の高さは驚くばかり。正に神童の片鱗を窺えるもので天才とは生まれながらにして天才なのだろうと痛感した次第。

 11時過ぎ、今回の旅の目的はここで凡そ終了。

 扨て、これから北上するか南下するか、それともこのまま帰還し再度計画を練り直すか。まあビールでも飲んで考えるかということで市内をぶらり散策(笑)

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 10分ほど歩いたところで好さ気な蕎麦屋を発見。「越後長岡・八嶋屋本店」。

 新潟名物の「へぎそば」の名店だ。暑さもあり早速入店し、生ビールの小を。それを一気に飲み干し、地酒〆張鶴の純米の冷酒で蕎麦前&反省会(笑)

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 〆で頂いたへぎそばは絶品で思わずお代わりしてしまった。雰囲気も店員さんの対応も完璧で、久しぶりに好い蕎麦屋で好い酒が飲めた。また来よう(笑)

 その後は新潟へ出ようと駅に向かうと、ある喫茶店が目に留まった。「珈琲を飲みながら、山本五十六を語りませんか?」という看板を目にし思わず入店。

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 まぁ入ってみれば普通の喫茶店。昼時で山本五十六の逸話を語れる様な雰囲気でもない。店自慢の「山本五十六珈琲」を注文。間もなく珈琲が出され、店主が山本五十六の経歴などが書かれた自作のパンフレットを持って登場。山本五十六談義になるのかと思いきやパンフレットを置いてっただけだった(笑)

 そのパンフレットには山本五十六と珈琲の逸話が書いてあった。

「軍縮会議出席のため渡米中、山本五十六がコーヒーに多量の砂糖を入れて飲むのを見た同席者が『ずいぶん甘党ですね』と声をかけると、『できるだけアメリカの物資を減らしてやるんだ』と冗談半分に答えたと言う・・・」

 ということで、五十六を真似て砂糖を遠慮気味に2杯ほど入れて飲んでみた。ん~甘い。エスプレッソに砂糖は分かるが、やはりコーヒーはブラックに限る。勘定は600円也。まぁパンフレット代も入ってると思えばそう高くはないか(笑)

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 駅に向かい、一路新潟へ。北上し、山形県村山市の蕎麦屋の名店「あらきそば」に行こうと計画するも乗り継ぎが難しく、明日は定休日ということで断念。

 ならば「弥彦神社」にでも行こうかと思って地図を見れば、燕三条から弥彦線で行くか新潟から越後線で向かうしかない。ということで新津へ逆戻り。

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 新津から会津若松へ戻り、長岡藩の山本帯刀らが眠る「本光寺」に参ろうと思っったのだが、会津若松市内のホテルは何処も満室。3日続けての野営はチョッと辛い。風呂にも入りたいしということで諦めて郡山に帰還することにした。

 何故に「本光寺」なのか。

 河井継之助が只見で亡くなり、その後に残った長岡藩士は会津へ向かった。長岡藩上席家老で大隊長の山本帯刀もその中の一人。

 山本以下44名(碑に刻まれてる数字、46名とも)は濃霧の為に敵が見えず、味方の会津藩だと思われた軍勢は霧が明けてみれば西軍の然もど真ん中。

 会津同盟軍から孤立し、銃撃されるも勇猛果敢に応戦。32名が戦死し、生き残った14名が生け捕りにされた。

 薩摩藩淵辺直右衛門を含む3人の軍監は山本らに降伏を迫るも、「降伏に来たのではなく戦いに来た」と降伏を拒否する。この覚悟と潔さ、天晴れ。

 山本帯刀を始め長岡藩士の斬首が決まり、9月8日藩主、そして長岡の方向に別れを告げ、粛々と異郷の地に散って逝った。この時、山本帯刀、24歳。

 因みに、山本帯刀亡き後、山本家は廃絶。明治に入りその罪は赦面となるが跡継ぎの居ない山本家は廃家状態となっていたが、長岡士族の高野家より養子縁組をすることに。その養子こそが高野定吉の六男、後の山本五十六元帥である。

 因みに五十六の妻・禮子は会津氏族の娘で、河井継之助と山本五十六という悲運の武将二人と、悲運の会津が此処でも繋がっている。

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 河井継之助や山本五十六が好んで使ったのが「常在戦場(じょうざいせんじょう)」という言葉。別に軍師や軍人だからではなく、長岡藩の藩風・藩訓であり、読んで字の如く、「常に戦場にあるの心を持って生き、事に処す」という意味だ。

「戦場」という言葉を忌み嫌い、勘違いする者もいるだろうが、何処の世界も戦場であり、これ即ち「一所懸命」、或いは「一日一生」と同じ意味だ。

 今いるその場で、今頑張らずにいつ頑張るというのだ。政治家や上に立つ者こそ、この真心を以て事に当らねばならない。

 今回の放浪の旅は2泊3日の強行軍(移動距離約450㌔、内徒歩約50㌔)で無計画さを猛省すること頻りですが、それはそれで得るものが多々あり、満足出来る旅となりました。次回は今回の旅を教訓に計画を万全にし、八十里峠を踏破したいと思っています。次回は是非とも同道してみませんか。呵呵。

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2014年09月06日

第二次安倍改造内閣は相変わらずの経済至上主義内閣

 
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 安倍第二次改造内閣が発足した。女性閣僚を5人据え、女性票を意識しバランスを考えた卒の無い組閣ではあるが、記者会見の内容を見ても、営利至上主義とも言える経済優先主義で国防や教育論という政治の大義を語ることはなかったのは甚だ残念なことだ。

 「自国に誇りの持てる教育を施す」という教育論はどうやって完結させるのか、国防意識の昂揚も訴えることなく、「積極的平和主義」を語ることに何の意味があるというのか。

 我が国は、今や愛国心の希薄と国防意識の欠落では恥ずかしいことに、世界に冠たる国家となってしまった。

 国家の大本は「国防」であり、「教育」であり、これらを推奨し実行することこそが代議士や参議としての努めであり、大義である。

 この二つに不可欠なものは「愛国心」であり、「大和心」であり、日本を愛する、慈しむという心情は理屈ではなく極めて自然な日本人的感情である。

 ところが、戦後は戦前の狂信的ともいえる鼓吹された愛国心の反動から「愛国」という言葉自体が、政治家からもマスコミからも教育の世界からも消えて久しい。

 「国防」とは単に領土主権の保全ではなく、「それを亡くしてしまえば日本ではなくなってしまうもの」を死守することであり、歴史・伝統・文化や領土や国益を守るということは畢竟、天皇を戴く日本という国柄を護り抜くこと以外にはないのだ。

 つまりは安全保障に係わる法整備も必要だが、「我が国の国體とは如何なるものか」という教育を施し、後世に遺して行くこそが我が国の政治家の目指す道であり義務でもある。

 「デフレからの脱却」や「地方創生」という耳障りのいいタイトルばかりで果たしてどの様な日本を後世に遺すというのだろう。

 広島での土砂災害を目の当たりにし、また未だ原発事故の被害を被っている福島県民として、「防災」を最優先に考えるべきだと思うが、だがその為の経済優先や消費税増税という政策が大事だとは詭弁以外の何ものでもない。

 真に「積極的平和主義」、或いは「日本本土強靭化」を図るというのなら、同時にやらなければならないことはは「災害も安全保障も領土保全も同一線上に在る」という観点に立ち、これらの妨げになっている現憲法の破棄以外にはない。

 日本国憲法の不能を大いに論じ、国益を害する陋習の一掃を図り、我が国の危機管理能力の欠如と脆弱さを克服し、周辺国からの如何なる干渉をも論破し断固振り払い、アジアの平和安定に寄与しなくてはならない。

 「東日本大震災」と「福島原発事故」が主権国家として目覚める好機となり、強力な体制を築き、戦後の諸問題を解決に導く偶因となることを願っていたが、今回の安倍の記者会見には「福島」の一言も出ていない。

 何が「地方重視」か、何が「地方創生」か、御託やキレイゴトを並べたところで、所詮は統一地方選挙に向けた我田引水に他ならない。

 第一次安倍政権では「クールジャパン」として「観光立国」を標榜し、外国人旅行者向けの査証(ビザ)発給の条件を民主党政権下以上の緩和をした。

 そしてまた改造内閣発足して直ぐ、政府は支那人の訪日ビザの発給要件を更に緩和するという。これが安倍が実行する経済優先主義なのか。開いた口が塞がらないとはこういうことだ。

 俄(にわか)成り金の支那人マネーを取り込み経済の浮揚に繋げるとは笑止。これつまりは中共政府の謀る日本侵略を忠実に遂行していると言っても過言ではない。

 民主党政権下で推進された「観光立国」という策謀が安倍政権下で更に強化されていく。

 「景気浮揚」「経済再生」「デフレ脱却」の名の下に我が国のグローバル化を目指す「アベノミクス」は諸刃の剣、多くの危険を孕んでいると言えよう。

 抑抑、民主党政権下で推進された「東アジア大交流時代」という妄想や「観光立国」などという愚策は、日本社会の安全を無視した無責任極まりないものだった。

 その愚策を受け継ぎ、更に推進強化するとは何事か。

 「観光立国」や「査証の簡素化」は中共政府の策謀であり、安倍政権下でその愚策を受け継ぎ、更に推進強化するとは呆れ甚し。

 「日中友好」なども単なる幻想と妄想に過ぎない。

 訪日する観光客の経済効果はGDPに換算してもたった1%にも満たない。外国人の落とす幾許かのカネを期待して、それによって経済の浮揚に繋げるというのは無理がある。

 嘗ては世界一安全といわれた日本が、外国人の急増、それも不良支那人の増加によって安全が脅かされていることは幾ら不精な人でも気付いているだろう。

 生命の保証、財産の安全こそ国民の願望であり、これに優る国益はない。

 日本が住み易いと知った不良外国人が殖え続けた結果、外国人への生活保護費は激増し、今やその世帯数は殖える一方。その不良外国人への優遇制度が財政への負担を大きくしている。

 「観光立国」というのは本来、発展途上国の政策であり、経済大国の我が国が目指すものは観光立国ではなく、「技術立国」を目指すべきである。

 そういう意味では、新技術を創出する企業への規制緩和を特例的に認める「企業実証特例制度」の創設は評価出来たし、期待もしたが国民からは評価の声は全く聞こえない。

 「大宰相の器」などと持て囃されている安倍だが、果して真の保守議員といえるのだろうか。保守というより未来しか頭にない新自由主義者。国民が安倍を支持したのは安倍の発言に保守としての一縷の希望を見出したからだ。

 時流に乗って保守派を気取ってはいるが、憲法改正一つにしても本気でやるつもりなどあるまい。パーフォーマンスだけのなんちゃって保守でしかない。

 国民が待望するのは国を憂うる真の正統保守の政治家であり、乱世と言われる今、切望するのは姦雄と言うべきリーダーの出現である。

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2014年09月04日

「これはいいね!」と君が言ったから9月3日は「抗日戦争勝利記念日」(笑)

 
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 狭い日本にゃ住み飽いた。海の彼方にゃ支那がある・・・長白山の朝風に剣をかざして附し見れば、北満州の大平野、俺の住処にゃまだ狭い♪

 「馬賊の歌」は大陸浪人の浪漫を感じさせるいい歌だ。

 多くの日本人は支那への憧れやコンプレックスから、支那というのは「同文同種」とか「一衣帯水」という認識を持ち、「四書五経」のイメージで支那への憧れを膨らませる。

 だが、現在の中華人民共和国(中共)は共産主義を最高原理とした帝国主義国に他ならなず、「馬賊の歌」の様な浪漫など一欠けら感じない。

 昭和53(1978)年8月12日、時の総理大臣・田中角栄はこの中国共産党を唯一の政府と認め、「日中平和条約」が締結された。

 その条約の是非は兎も角として、この条約には、「両締結国は、善隣友好の精神に基きかつ平和及び互恵並びに内政に関する相互不干渉の原則に従い両国民の交流促進のため努力する」と踏襲されている。

 しかし、どう見ても中共政府にしろ中華人民にしろ、条約に明記されている「善隣友好の精神」に基いての行動とは程遠く、言行の全てが恫喝であり、また我が国政府も中共に媚び諂うことこそ「善隣友好」だと勘違いしてしまっている。

 こうした我が国の弱腰的対応と土下座外交が中共を付け上がらせる要因を招いたのは言うまでもなく、これは対ロシア、対韓国にも言えることだ。

 また、条約締結の際に発した、「過去の我が国の侵略行為や植民地支配などで多くの人々に耐え難い苦しみと悲しみを齎した」という田中の歴史認識がその後の我が国の国益を大きく損なってた元凶でもある。

 第二次世界大戦以降、中共は膨大な軍事力を背景に周辺諸国を弾圧し、現在も東シナ海や南シナ海でフィリピンやベトナムとの間に問題を抱え、そして今度は尖閣列島の領有を主張し、主権を侵害している。

 これもまた「日中平和条約」違反であることを認識させるべきで、それも出来ないなら「日中友好条約」は単なる画餅に過ぎず早々に破棄すべきであろう。

 中共政府は今年から9月3日を「抗日戦争勝利記念日」と定め記念式典を行った。笑止千万とはこういうことを言うのだ。何が「戦勝記念日」か。

 中共にしろロシアにしろ韓国にしろ、己らの恥ずべき近代史に向き合うべきで、日本の侵略行為を捏造し、「反日」を煽り、現体制を維持しようなどという邪な考えからの歴史の改竄は、正統な世界史、近代史への冒涜である。

 日本国内では相変わらず中共に媚びる報道が垂れ流され、国民は誤った情報に振り回され続けているが、節操も無く中共に靡く輩が多いのは厭きれ甚し。

 共産主義一党独裁の中共と友好関係を続けていること自体、国益を大きく損なうものであり、日中外交戦略の見直しを急がなければならない。

 抑々、世界でも稀有なことに65年間もの間、共産党一党独裁体制が続いているのは、我が国の朝貢的外交が大きく影響していることは否定出来まい。

 未だ共産主義を最高原理として崇め、神や仏という共産主義を超える最高の存在を許さず、人民には信仰の自由、集会、結社、出版、言論等々基本的人権が無い。

 「満州」「内蒙古」「チベット」「新疆」を侵略し異民族を虐殺、共産主義と漢民族化を強制し、清朝時代の最大版図を「歴史的領土」とするばかりか、尖閣諸島や東シナ海、南シナ海をも併呑しようする中共の野望は尽きない。

  中共は尖閣問題で、国連に於いて「敗戦国(日本)が戦勝国の領土(沖縄・尖閣列島)を占領しようとしている」と発言したことは記憶に新しい。

 これは国連憲章第53条、第107条の、「旧敵国条項」の「連合国の敵国であった日本などが再び侵略行為を行った場合、他の国は安保理の承認なしに武力行使出来る」という規定を意識した発言だ。

 つまり、中共は戦勝国として、我が国を監視し、我が国の如何なる理由による防衛も侵略行為と断定すれば、一方的な武力行使は可能ということなのだ。

  だが、我が国が先の大戦で戦ったのは「中華民国」であり、戦後4年も経ってから建国された共産党一党独裁の「中華人民共和国」ではない。

 こうした歴史的事実を無視し、中華人民共和国を唯一の政府として認めた田中角栄やその後の日本政府にしろ、国連にしろ歴史的事実を正視せよ。

 況してや我が国は先の大戦で、アジア諸国を侵略したのではない。アジアを侵略していた連合国に対して宣戦布告したのだ。

 我が国は敗れはしたが、戦後、多くの植民地の解放が実現したことは、「大東亜戦争」が大義ある戦いだったことの証明と言えよう。

 それでも尚、我が国がアジアの人々に謝罪し、その罪を償う必要があるというなら、最大の過ちは、戦後、共産主義の跋扈を許したことであり、その償いは共産主義を失くすこと以外になく、その手始めに蹂躙され続けている「日中友好条約」の無効を宣言してみたら如何か!

 田中角栄が日本国憲法98条をを無視し「日華国交条約」を破棄した前例もあるし、それほど難しいことではないだろう。呵呵。

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2014年09月03日

「朝日新聞」の虚言症留まる処を知らず。吉田昌郎所長の聴取結果所(吉田調書)も捏造!


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 東京電力福島第一原発事故を巡り、事故調査・検証委員会が当時の現場責任者だった故・吉田昌郎所長から事故後の現場の状況を聞いた「聴取結果書(吉田調書)が公開された。

 吉田所長は生前、「記憶の薄れ、混同で事実を誤認している部分もあると思う。内容の全てが事実であったかの様に独り歩きしないか危惧している」と非公開を望んでいたが、朝日新聞がこれを歪曲し、「所員の九割が吉田所長の待機命令に違反し撤退した」などと言い触らし、国際的信用を失墜しかねない中で、政府は公開を決断した。

 朝日新聞といえば、吉田清治の戯言を根拠に所謂「従軍慰安婦」の存在を広めながら、最近になってやっと記事が事実誤認であることを認め訂正こそしたが、未だ謝罪は無し。

 朝日新聞はこれ以外にも、本多勝一(本名・崔泰英)が昭和46(1971)年から連載が始まった「中国の旅」で、戦時中の「日本軍国主義の残酷行為」を証言者の話として発表した。

 ところがの内容は全く根拠の無いもので、中国共産党によるプロパガンダだった。

 だが、朝日新聞はこれを事実として「南京大虐殺」を広め国民を誑かし、今や国際問題にまで発展した。この問題に至っては未だ捏造であることすらも認めていない。

 以前、東京都知事選に立候補した田母神俊雄候補の応援に駆け付けた百田尚樹氏が、「南京事件は無かった」と言い放ち、「東京裁判は原爆投下(大虐殺)の行為を誤魔化す為のもの」と断じた発言に朝日新聞を始めとしたマスコミ各社は噛み付いた。

 だが、百田氏の言う様に、「南京事件」は広島・長崎の原爆投下や東京を始めとした都市への無差別爆撃を正当化する為の世論のすり替えであり、「東京裁判」は勝者による敗者への苛めであり、「事後法」に拠る裁判は「国際法」的にも無効である。

 こうした新聞が日本を代表するものだというのだから厭きれるが、尤も朝日や毎日新聞なんてのは所詮は商業左翼。読者に気に入られる様に書くのは当然で、こうした新聞を購読する読者が多いということは、それだけバカ、否、未だに米国の占領政策や自虐史観が浸透しているということでもある。

 米国は、我が国が二度と米国に歯向かわない様にする為に特別な占領政策を実行した。中でも言論統制は徹底して行われ、最も活用したのが情報発信の中枢であったNHKと朝日新聞、それに岩波書店だった。

 GHQは占領政策に協力的な売国的人物をリストアップし、彼らを通し間接的且つ巧妙に偏向情報を流布させた。ここに、当時NHK文化人、朝日文化人、岩波文化人なる反日的戦後民主主義者が生まれ、マスコミに登場しては持て囃されて行くのである。

 7年間の統治で培われたマスコミの反日偏向・自虐史観は社是となり、現在に引き継がれているのは言うまでもない。

 一体、いつになったら米国からのマインドコントロールから目覚めるのだろうと思うのが普通だが、要は何のことはない、米国からの自虐史観から目覚めない読者がいる限り、こうした捏造や不検証は続けられるということだ。

 何故なら所詮、朝日新聞なんぞに「正義」はなく、単なる営利至上主義。言い方を変えれば「反日や売国、自虐は儲かる」ということ、その一言に尽きる。

 その昔、母校の國士舘では売国的な朝日新聞の「不買運動」を訴え実行した。この運動が正しかったことが今改めて確信出来る。こうした学校に学び、4年間を過ごせたということは貴重な経験であり誇りでもある。

 朝日新聞はその対抗措置として國士舘の建学の精神や硬派的校風を取り上げて批判。ヤキやシゴキを「暴力体質」として糾弾し続けた。

 そういう愚生も工学部の教授会で諮問され琉球拳法部を辞する際、一学年上の先輩からヤキを頂いた。普通はこれで終わりだが、愚生の場合はチト違ってて同じ工学部の2学年上の先輩2人と政経学部の1人(現福島県警警部補)からもケジメと称されトイレに連行されて暴行を受けた。

 まぁそれで琉球拳法部とは関わりを切り、翌日もいつもの様に所属していた右翼団体の宣伝車で登校、服装は蛇腹ではなく私服というか警察の払い下げの出動服に雪駄履き。

 その時、ヤキを入れた先輩に遭遇。

 「ヤキを貰って登校して来たのはお前くらいなものだ」と不貞腐れていたが、その後、その暴行事件が発覚、2学年上の3人は停学処分、朝日新聞にも取り上げられ、実家にも取材が行った(笑)

 当時、主将だった小島先輩が「佐久間の場合は事情が違ったのに、あいつらに申し伝えてなかったのは俺の責任だ。申し訳ない」と謝罪して頂き、自分の中でも溜飲を下げた。

 だが、ヤキを入れ停学になった3人のうちの1人の西谷亮祐は國士舘創立100周年を迎えるに当り監事に名を連ねている。これには目を疑った。

 あの時、愚生が朝日新聞記者の言う様に警察に被害届を出していたら、恐らくは退学だろうし、福島県警に採用されることは無かっただろう(笑)

 ケジメを付けた以降もシカトなどの卑怯な振舞いに終始し、自分の行為を正当化し、停学も「佐久間がチンコロした所為だ」と言い触らしていた者が、「監事」とは実に不適格な人事であると断じざるを得ず、納得いく回答が無い場合、國士舘に乗り込んでやろうと思っている。

 因みに当時、学生課に手紙で教えたのは同郷の友人Rです(笑)

 國士舘の朝日新聞不買運動の輪が広がることはなかったが、現在、朝日新聞の不買運動や企業の広告拒否は広がってるというし、朝日新聞の一日でも早い倒産をことを願うばかりだ。

 「吉田調書」の件に戻るが、読めば現場の緊迫した様子が伝わってくる。

 福島第一原発事故は菅首相の強行視察でベントが遅れたということが言われていたが、「吉田調書」ではそのベントの遅れは否定している。

 「海水注入中止」を本店に報告しながら、注水を中止しなかった事実や菅直人の慌てふためいた様子も実にリアルだ。

 朝日新聞のいう、「所員の九割が吉田所長の待機命令に違反し撤退した」という話は何処にも出て来ない。現場は逃げていなかったのだ。これを捏造と言わずに何と言う。

 菅が首相を退くと「撤退を止めた」とのは自分だと自慢気に語ったことも全くのデタラメだったことも判明したが、正に原発事故は菅による「反原発」運動のマッチポンプであると断じて好かろう。

 抑々、菅を最高責任者として検挙・送検しなかったことは憲政史上の汚点。今からでも遅くはない、菅を「業務上過失致死傷容疑」で検挙し、刑務所で矯正せよ!

 「あの、おっさんがそんな発言する権利があるんですか。あのおっさんだって事故調の調査対象でしょう」の一言は痛烈であり、快哉でもある。

 福島県内に住んでいるひとりとして、非常用復水器の停止と損失や津波対策の遅れは返す返すも残念なことだったと思っている。

 それに対しても吉田所長は「マグニチュード9の地震が来ると誰が事前に言っていたのか。何で考慮しなかったのだというのは無礼千万だと思っています」と語っているが、「想定外」という見苦しい言い訳よりも実に分かり易い。

 朝日新聞による「吉田調書」の捏造は国家を貶めるもの以外何ものでもなく、況してや今も原発構内で、未曽有の事故を一日でも早く収束させようと、命がけで闘っている英雄達への冒涜であり、決して赦されるものではない。朝日人よ、恥を知れ!

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2014年09月02日

1945(昭和20)年9月2日、重光葵外相と梅津美次郎参謀総長が降伏文書に調印


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 1945年(昭和20年)9月2日、東京湾上に停泊してた戦艦ミズーリの甲板上で重光葵(しげみつまもる)外相と梅津美次郎参謀総長が降伏文書に調印する。

 上海天長節爆弾事件で右足を失った重光全権は、ステッキを頼りに義足を引き摺りながらミズーリの階段を喘ぎ喘ぎ上る。

 調印を前に重光は一杯の水を所望するが、米国側に冷たく拒否された。

 卑怯者の「ジャップ」にやる水などないという米国人の憎悪が目に見える。

 これを遡ること昭和7年4月29日、重光は上海に於いて、駐中華民国公使として天長節奉祝式典に参列し、国歌を斉唱する。

 この際、朝鮮独立運動家・尹奉吉が爆弾を投擲。だが、重光は逃げずにそのまま「君が代」を歌い続け、結果、片足を失った。

 重光はこの時を振り返りこう述べた。

 「爆弾が投げられたのは分かっていたけれど、国歌斉唱中なので動かなかった。動くのは不敬であると考えた」

 重光の隣でやはり遭難し片目を失った海軍大将・野村吉三郎も、「国歌斉唱中だったから逃げなかった」と、重光と同じ理由を語っている。

 後に外相や駐米大使となる野村や重光の様な、こうした決死の覚悟というか、肝の据わった官僚や政治家がいないのは我が国の不幸とも言えよう。

 「君が代」に反対する勢力も同じ様に自裁する覚悟で臨むべきだし、軽々しく国旗や国歌を利用する自称・保守派や右翼人もまた決死の覚悟が伴っているかといえば疑問だ。
 
 降伏文書によって我が国は「負け」を認めたが、先の戦争は決して間違いではない。だが悲しいかな、未だに大東亜戦争を「侵略戦争」と思い込み、アジアの人々に多大の迷惑を掛けたという認識を持つ国民は少なくない。

 戦争の原因を天皇であるとか、軍部であるとか、A級戦犯であるなどと喧伝しているのは、無知に加え、大戦の原因や犯人を隠し続けたい、左翼陣営の思惑も絡んでいるからだろう。

 戦争犯罪人は大日本帝国憲法でもなく、統帥権でもなく、況して軍部でもなければ軍国主義でもない。

 真の戦争犯罪人は近衛文麿と尾崎秀美らそのブレーン達、即ち日本国内で蠢いていた共産主義者らであり、マルクス・レーニン主義思想が昭和の悲劇を生んだのである。

 多くの戦死者、戦災者を出し、日本の資産の大部分を失った大東亜戦争とは、ソ連コミンテルンと中国共産党、そして日本の共産主義者が仕組んだ共産革命の為の愚かな戦争だったことは、隠し様のない歴史的事実である。

 米国では、12月7日(現地時間)を汚名の日「リメンバーパールハーバー」とし、日本を卑怯な国として糾弾して止まない。

 戦後70年近く経った今でも依然として我が国は、「騙まし討ち」の汚名を着せられ続けているが、汚名を着せられた原因は、駐米日本大使が宣戦布告の覚書を渡し遅れた職務怠慢に他ならない。

 だが、抑抑、何故、開戦を決意し、真珠湾攻撃に至ったかが問題であり、それにはペリー来航時代に迄遡らなければ到底理解は出来まい。

 我が国は強力な中央集権国家を形成しようと明治維新の大業を成し遂げた。

 15世紀の大航海時代以来、白人による世界制覇の波がアジアにも押し寄せ、アジアは次々と列強に蚕食され植民地となっていく。

 その間に勃発した「日清・日露戦争」も避けては通れない宿命的な歴史だったのだ。

 「日清・日露戦争」での日本大勝利の報は、固唾を呑んで見守っていた世界の人々を驚嘆させ、特に有色人種に与えた影響は強烈だった。

 日露戦争勝利から15年後、パリ講和会議で日本は、「人種平等の原則」を国際連盟規約に載せることを提案する。

 しかし、議長を務める米国大統領ウイルソンが拒絶し否決される。「有色人種に人権など必要無い」との差別が横溢していたのは明らかだった。

 その後、世界は第二次世界大戦に突入し、日本もABCD包囲網や最後通牒を突き付けられ、最早生き残る道は連合国との戦争しかないとの決断に至るのだ。

 今も糾弾して止まない「リメンバーパールハーバー」は、日本人への偏見と差別であり、先の大戦の過ちを反省すべきは我が国ではなく米国である。

 来年で終戦70年を迎える。日本に生まれ育った者として大東亜戦争の真の歴史と意義を知ることは国民としての義務であり、今こそ東京裁判史観を払拭しよう!

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cordial8317 at 06:11|PermalinkComments(0)

2014年09月01日

つれづれなるまゝに その日ぐらし(笑)


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 今日から9月。朔日ということで身を清め、神饌を替え、皇室の弥栄と心願成就を祈念した。9月を「長月」というが今月はその名の通り長く感じる一ヶ月になりそうな予感。

 というのも先月は当てにしていたカネが入らず、揚句に散財し大赤字。今月は廻る会社も頼る社長もおらず久々に月収0円になる可能性が限りなく高い(爆)

 果報は寝て待てが信条だが、寝過ごしてしまったのかも(笑)

 震災以降、とんと収入は減る一方。何故にそうなったかといえば、己の努力の足りなさも然ることながらヤクザの元気の無さも一因に挙げられる。

 ひと昔前までは、事件物というか、問題のある会社などに抗議などをすれば、直ぐにヤクザやその筋と関係のある社長らが間に入り、一件落着と相成ったものだが、「暴対法」や「暴排条例」でヤクザに相談する人は激減、また「仁侠道」に乏しい彼らはカネにならない事には係わらなくなった。

 右翼団体の一部には「暴対法」や「暴排条例」は人権問題であり怪しからんと抗議する姿も見受けられるが、愚生は人権問題とは思ってはいない。

 シノギ的に厳しいのはヤクザの世界が特別ではなくどの世界も同じで、中小企業への貸し渋りや貸し剥がしなどに比べれば厳しいとは思えないし、中小企業の経営者の自殺は増えているが、ヤクザが不景気で自殺したなどと聞いたことも無い。

 自殺者といえば、年々増加の一方を辿るとして政府を批判するが、自殺をしようという精神は病気であり、その場を救ったとしても、自殺したいという衝動を抑えることは出来ない。

 我が国での自殺者は確かに少なくはないが、年間で死者で最も多いのは中絶で、この世に生を享けることの無い小さな生命は自殺者を遥かに上回る。

 これこそが現代日本の闇、日本人の倫理道徳の欠落を象徴するものだろう。

 話しをヤクザに戻すが、その昔は「刑法」に則って逮捕され刑務所に移送されるというのが当たり前だったが、今では、例えばスナックなどで「みかじめ料」を要求した場合、「暴対法」に乗っ取って「中止命令」が出されるだけだ。

 愚生が、スナックに行って「協賛金」を要求したとしよう。それが脅されたとなれば「恐喝」または「恐喝未遂」で検挙されるだろう。

 また暴力団から抜けたいと申し出た組員を、「組み抜けは許さない」と組事務所で監禁し嚇しても、本来ならば「監禁罪」並びに「脅迫罪」で逮捕なのだが、「暴対法」に則って「中止命令」で済まされる。

 こういう事実を見ても「暴対法」や「暴排条例」が暴力団にとって全て「悪」とも言い切れず、人権を無視してるとも到底思えないのだ。

 ヤクザの傘下に納まった右翼にしてみりゃこれもやらなきゃならない運動なのだろうが、まぁ「反共右翼からの脱却」ではないが、ヤクザの傘下になってしまった現状を鑑みれば「ヤクザからの脱却」が右翼に課せられた使命じゃね(笑)

 ヤクザでは山口組四代目の竹中正久という人物が好きだ。如何にも武闘派という面構えと、あの反骨精神は尊敬にも値する。

 元検事の三井環はこう振り返る。

 「捜査や取り調べというのは戦争なんですよ。戦争とは荒いことをやります。相手をやるかこちらがやられるかが戦争なんです。私は29年検事をやりましたが自白をしなかったのは3人しかいなかった。一人は山口組の竹中正久で、あとの二人は中核派です」

 直ぐに自白するヤクザや、警察と馴合いの右翼には考えられないことだ。

 竹中四代目は、「わしらにも人権はある。人殺ししたとしてもやなあ、裁判受けとるやないか、ええッ。わしが犬か豚か虎か狼やったら、人殺しても裁判受けさすか。せえへんやろ。人間やから裁判受けさせるんや」とも語っている。

 これを聞くと、果たして「暴対法」や「暴排条例」を人権侵害と騒ぎ立てることは如何なものかと考えてしまうのだが、見倣うべきは竹中四代目の徹底した反権力思考だと痛感する。

 人よりもいいクルマ、人よりはいい時計、人よりはいい女と、見た目でしか価値判断が出来ないヤクザ業界にいて竹中四代目は異色だ。

 何よりあれだけの武闘派でその身体には一切刺青なない。

 若い頃、何故に入れたくなるのだろうと思っていたら、先輩が教えてくれた。

 「刺青ってのは刑務所では効果覿面で、刺青をしてるかしてないかで周りの目が違って来るんだよ。所詮、刑務所に入る連中は見た目でしか判断しないんだよ。特に若い頃にはな」

 その後、刺青を入れて来た先輩は、日教組大会当日、本部の在る日本教育会館に乱入し現行犯逮捕、起訴され刑務所に行った。その先輩が、防共挺身隊三代目総隊長の對馬則政だ。

 防挺幹部で刺青が入ってないのは愚生を含め数人で、殆どが入れていた。別段、入れようと思ったことはないが、裸になった途端に威張るヤツがいるのも確か。

 後ろから支えが必要なくらいに偉そうになる。「凄いね、大したもんだよ、その刺青は。ってか、お前はドMか!」ってついつい突っ込みたくもなる(笑)

 その昔、動員で来ていた国士舘高校出身の若者がいた。

 その若者、熱海に本拠を構える大親分の孫と遊び仲間で、「刺青は入れないのか?」と聞かれ、「入れる気が無い」と言えばいいものを「カネが無いから」と答えたという。

 するとその孫、有無を言わさずその若者を彫師の所へ連行し、ポンと大枚を支払って「コイツに刺青を入れて下さい」となったそうだ(笑)

 必至で断るも、「お前、カネが無いからと言ったじゃね、そのカネはオレが出してやるよ」と、斯くして若者は短期間で全身刺青を纏うこととなった。

 短期間で彫った為に高熱に魘され、死ぬ思いをしたというあの若者も今では40代後半。今は何処で何をやってるのだろう(笑)

 扨て、今月は河井継之助の終焉地から長岡への旅を予定している。

 昨年はチョッと余裕があったので盟友だった横山武彦の墓参りがてら九州方面~大阪を放浪したが、今回は危機的不如意に付き近場で済ませるつもりだ。

 継之助終焉の地から長岡までは地図上では約60㌔。まぁ2日もあれば歩けるだろう。

 本当ならば、長岡から北上し、山形、秋田方面へ脚を延ばし、「最後の浪人・阿部勉」の故郷でのんびりとしたいがそんな余裕はない。昨年同様ひとり旅になりそうだ。

 ってか、阿部さんは浮世離れしてて浪人の風体はしていたが、実際は郡山市のK〇産業の東京支店長だったし、その前は、福島市のヤクザがオーナーの「福〇ジャーナル」の主幹兼編集長という立派な生業を持っていた。

 多少のカネでも給料を貰うというのは浪人とは言えないのではなかろうか。

 愚生的には、天草の中学校から自衛隊へ入り、愛国党を経て防挺の副隊長に就くも破門、その後は野武士会や青空議会などで活躍するも天草へ帰還、後に再度郡山へ戻り、右翼人生を全うした横山武彦こそ最後の浪人だと思っている。

 今どき、3、4日と雖も自由気儘に旅をし横議横行しようという右翼はいないし、それほどまでして同道しようという奇特な者もいないし、第一、河井継之助そのものも知らないのでは興味も沸かないわな。何より愚生の人徳の無さと不如意が問題か(笑)

 と、そんなとこで、くだらない話をつらつらと綴ってみました。呵呵。

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cordial8317 at 09:24|PermalinkComments(0)