2014年07月

2014年07月29日

時代錯誤の「原水爆禁止世界大会」が今年も福島市で始まった

 毎年8月6日の広島、9日の長崎と、原爆が投下された日に焦点を合わせ核廃絶を訴える「原水爆禁止世界大会」なるものが開催される。今年も福島市で始まった。今年で4年連続で福島市での開催となるが、何故に福島かは言わずもがな。

「原発の再稼働を阻止し、政府に脱原発への政策転換に向けて舵を切らせる。フクシマを核時代の終わりにする」とするとのアピールを採択したが、こうした戯言に郷土が利用されることに違和感と怒りを覚える県民は少なくない。

「核も戦争もない平和な21世紀に!」をスローガンに「脱原発」を訴え、揚句には「平和憲法を守る運動を貫く」と叫ぶ。核廃絶は核保有国への抗議するべきで、「脱原発」と「核廃絶」を一緒くたにし、安倍政権を批判するのは筋違い。

 だが、県外に避難している被災者には過分な補償を続けているし、多くの県民が故郷で復旧・復興に努力している中で、「帰りたくても帰れない」というわがままで帰還しない人達に、これ以上何を補償し、何を施せばいいというのか。この「原水禁運動」は、初めは純然たる市民の署名活動から始まったものだ。

 この署名活動の輪が急速に全国に広がって行くのに目をつけた社民党(旧日本社会党)と日本共産党が、これらの活動に割り込みを謀り、イデオロギーに汚染させ、終には主導権争いを演じて分裂させてしまった。

 それが社民党系の「原水禁(原水爆禁止日本国民会議)」と、共産党系の「原水協(原水爆禁止日本協議会)」であり、福島で煽動を謀っているのは原水禁である。

 連中の目的は「平和」「核廃絶」「脱原発」とは名ばかりで、原爆を投下したのが米国だから騒いでるだけ。被災者らを同一に準えて、「広島・長崎両県でも原爆の傷が癒えていない」と政府を批判するが、トンチンカンとはこのことだ。

「原爆投下」と「原発事故」は全くの別物で、原発事故を原爆投下と同一視することはそれこそ原爆投下という蛮行を事故程度のものだと矮小化することでもある。

 原水爆禁止世界大会の目的は、執拗にこの「原爆投下」という古傷を暴き、日米離間を企てると共に、党勢拡大と革命謀略に狂奔しているだけだ。

 これだけでも連中に「平和」など口にする資格はない。 先の大戦では日本と米国は国の威信を賭けて戦っていた訳で、新しい兵器を開発すれば使おうとするのは当然の話で、米国の原爆投下も「三分の理」を認めざるを得ないではないか。

 長崎に原爆投下された日、ロシア(旧ソ連)は「日ソ不可侵中立条約」を一方的に破棄し、満州や南樺太に侵略を開始し日本人同胞を虐殺し領土を強奪した。この旧ソ連の鬼畜の如き蛮行で亡くなった方は、広島・長崎で亡くなった方を遥かに超える。また、終戦後シベリヤに抑留され極寒の地で亡くなった方も数え切れない。

 抑留された日本人は、軍属だけで60万人と言われているが、ロシアの資料に拠れば約70万人、米国の資料では約90万人と言われている。「平和」「核廃絶」「脱原発」を訴える平和屋連中が、この旧ソ連の蛮行を取り上げ、糾弾したことは一度たりとも無い。 何が「平和団体」か。

「脱原発」にしても、安全対策を施し、再稼働を急ぐことが大事で、最近の燃料高騰にしろ原発稼働停止の影響が家計へも大きく圧し掛かっている時に、基幹エネルギーを化石燃料だけに頼るのは如何なものだろう。

 また化石燃料に頼るのであればシーレーンの防衛は重要な課題であり、南シナ海で中共がのさばることとなれば原油の輸入ルートが断たれる訳で、「反原発派」こそシーレーンの防衛やオスプレイの導入を歓迎すべきなのにやってることは全くの真逆。

 これ即ち、中共への忠誠であり、革命謀略の為のものであると断じられても仕方あるまい。確かに原発事故の影響をもろに受けている福島県民として「原発さえなかったら」という思いは強い。だが、果たして資源の乏しい我が国が、原発稼働無しで繁栄を維持出来るのかも疑問である。

 産業振興、電力不足など不安は大きく「便利」という価値観に溺れた国民も、石油や天然ガス、再生可能エネルギーだけでの生活に満足するとは到底思えない。

 太陽光発電は夜間や雨天、曇天では効果は少ないし、風力は風が吹かなければどうにもならない。その点、原発はプルサーマルや高速増殖炉も実用化出来れば、化石燃料に依存しなくてもかなりのエネルギーを自国で賄える。

 資源に乏しい我が国には原発は残念ながら最良のエネルギーなのだ。「脱原発」の理想は分かるが、将来的に原発依存の体制から抜け出すことは当然の話しで、徐々に縮小すればいい訳で、何をそれほどまでに脱原発を急ぐ必要があるのか。

 それよりも原発の安全対策を施すことが喫緊の課題であろう。東京電力福島第一原発の事故も防波堤などの整備を万全にしてさえいたら、大事には至らなかったのは実証済みではないのか。

「平和」「核廃絶」「脱原発」を標榜する胡散臭げな平和屋どもは、利用出来るものは利用するだけで、フクシマも単なる小道具に過ぎない。「再稼働阻止」にフクシマを利用する勿れ。原発の問題は核武装という国防にも繋がる国家の大事であり、良識ある国民は安っぽい風潮に流されてはならない。

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2014年07月21日

明治9年、東北・北海道へ約50日間に及ぶ巡幸に臨まれた明治天皇

 戊辰戦争で「朝敵」「逆賊」に仕立てられた会津藩は、不毛の領地「斗南藩」に移されることで終結する。開拓は艱難辛苦を極めたが、その開拓がその後の津軽、青森の発展に寄与したことは言うまでもない。  

 会津藩に限らず戊辰戦争で幕府に恩義を感じ、抗戦し、敗れた多くの東日本の雄藩は、新政府に参政することなく辛苦の日々を送っていた。

「賊軍」の汚名を着せられた多くの人々は、新政府に対して言いたいことは山ほどあっただろう。だが彼らは臥薪嘗胆、耐えることで國全体が保たれるのならばと己の悲運を甘受し、その抗し難い天命を潔しとした。

 明治9年、東北・北海道へ約50日間に及ぶ巡幸に臨まれた明治天皇が「明治丸」で横浜に帰港された日が7月20日であり、この日以外の「海の日」に何の意味が在るというのか。 ハッピーマンデーを粉砕すべし。

 この巡幸の目的が戊辰戦争に敗れて以降、艱難辛苦の日々を送っていた人々を明治天皇が慰撫し、激励する為に他ならない。

 出発は6月2日、馬車で福島から仙台、岩手、青森と北上、次いで明治丸で津軽海峡を渡り、函館を経て三陸沖を海路戻るというコースを辿っている。 この間、東北の人々は巡幸の先々で奉迎した。

 明治天皇も各地で開墾や産業の振興に尽くした功労者を労らわれている。愚生の住む郡山(安積)では、荒野を拓いて出来たばかりの桑野村まで分け入り、開拓者の苦労話に耳を傾けられ、金五万円を下賜された。

 弘前に在る「東奥義塾」では外国人教師による英語教育が行われていて、生徒10名が英語を披露。天皇はその進取の気象に感心され、ウェブスター辞書を買う代金にと一人につき金五円を与えられた。

 また或る地方では、小学生が献上してくれた蛍一籠を嘉納され、岩手では太布半纏(ふとのばんてん)と呼ばれる農民の仕事着をお買い上げ遊ばされている。

 どの逸話も明治天皇の慈愛に満ちたもので、天皇と国民は正に君民一体。東北の人々との間に親しく絆を結ぼうと努める明治天皇の面影が偲ばれる。この東北・北海道の巡幸を以て、逆賊も朝敵もなく、一切の蟠りも無くなったのだ。

 東日本大震災と原発事故に疲弊する我々東北人にとって「海の日」は、被災地に思いを寄せる今上陛下の大御心と通じる感慨深い日でもある。だがどうだろう。悲しい哉、こうした「海の日」の由来を知る国民は少ない。

 また「成人式」が何故に1月15日だったのかというのも同様で、1月15日が「小正月」であり、神道の儀式の一つ「元服の儀」が小正月に行われていたからだ。

 だが、平成10年、「国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律」(第141号)が成立し、平成13年には「国民の祝日に関する法律及び老人福祉法の一部を改正する法律」(第59号)の施行によって夫夫の月曜日に行うこととなった。

 所謂「ハッピーマンデー」というもので、以来「成人の日」「体育の日」「海の日」「敬老の日」が月曜日に実施されることとなった。

 この「ハッピーマンデー」こそ左翼陣営による国體破壊工作なのだ。だが、あろうことか、自民党がそれらの策謀に気付かず、それに同意し成立、施行された。これ程マヌケなことがあるだろうか。

 三島由紀夫は「文化防衛論」で「我々はあらゆる革命に反対するものではない。暴力的手段たると非暴力的手段たるとを問わず、共産主義を行政権と連結せしめようとするあらゆる企画、あらゆる行動に反対するものである」と語った。

 だが、保守を標榜する議員にそうした危機意識はなく、逆に、三島由紀夫が憂いた行政権に姿を変えた共産主義が入り込もうという策謀の手助けを自民党自らが実行し、また実行しようしているのが実情だ。

 こうした実態を見ても国體破壊は想像以上に進んでいることが理解出来よう。左翼陣営は皇室への「敬称略」や「元号不使用」など既成事実を積み重ねることによって、我が国の歴史や伝統、文化を否定する論拠とすることを常套手段としている。

 保守政党を標榜していながら、総理府や国の中枢に巣食わせ、それらのキチガイ左翼らが立案する策謀も見抜けず、挙句にそれらに与する政策を成立させ推進する始末。何が保守政党か。例えば「男女共同参画社会」がその好い例だろう。

「ハッピーマンデー」も同様に祝日の意義を薄れさせ目的で実行されている。「ハッピーマンデー」なんぞ百害有って一利無し。「日本を取り戻す!」というなら早々に本来の祝日の意味を教え、旧「祝日法」に則り、元の祝日に戻すべきである。

 左翼陣営は「男女共同参画」や「ハッピーマンデー」など国體否定の策謀を次から次と実行しており、左翼どもの最終的な目的は「宮中祭祀」の妨害である。

 宮中祭祀で特に重要なものは正月の元旦に執り行われる「四方拝」と、11月の2回目の「卯の月(建国記念日)」に行われる「新嘗祭」である。

「ハッピーマンデー」の最終目的は、我が国の重要な祝日である「勤労感謝の日」と「建国記念日」を第2月曜日にすることが狙いなのは明らか。

「連休がイイ」などと安易な動機で祝日を語ることがあってはならない。天皇の行う祭祀こそ、決められた日の決められた時間にすべきものであり、国民が共にそれを分かち合い祝う日であらねばならないのだ。

 祝日は単なる休日ではないのである。諸外国に比べ、我が国の祝祭日ほど「国柄」の分かる素晴らしい伝統、文化はない。だが、多くの日本人が、祝日をただの休みとしか考えていないのはさもしく情けない。

「ハッピーマンデー」を粉砕し、祝日の意味と意義を教えて行かねばならない。

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2014年07月19日

「みたままつり」、法政大学應援團による奉納演武に感動す(備忘録第2弾)

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 13日に引き続いて昨日は再度靖國神社へ向う。今日は初めて夜に行くので浴衣を着て行くことにした。昼過ぎの新幹線で上京。上野で先ずは腹ごしらえ。とんかつの名店「蓬莱屋」に行くも満席なので、蕎麦屋の老舗「蓮玉庵」へ。

 蓮玉庵は池波正太郎や文人墨客、落語家などに愛された名店。ただ、福島や山形の本物の蕎麦を知っている者として流石に江戸前の蕎麦はイマイチ美味しいとは思えない。まぁそれでもビールの小瓶と冷酒、それから「天せいろ」を注文。

 切って切れるは蕎麦なれど、切っても切れぬは蕎麦と酒。こういう蕎麦屋は客の空いた時間にスッと寄って、飲むのがいい。でも、藪などの人気店になると飲む客というのは歓迎されない。江戸の蕎麦屋に粋はない。

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 その後は気の利いた店を探してぶらぶら。最近は通しで営業する店は少なくなり、呑兵衛としては淋しい限り。アメ横のスカジャン屋「大熊商会」へ顔を出す。

 大熊社長自ら店に出て営業中だがチョッと元気がなさそうだ。不景気だから色々大変だろうなぁ。その後、ぶらぶらして時間を潰し九段へ向かう。

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 法政大学應援團の演武は夜の8時30分頃だというので未だ未だ時間はある。ということで友人らと「寿司政」で待ち合わせ。

 寿司政もまた文人墨客が贔屓にした店で、山口瞳は自著「行きつけの店」でここのシンコを食べないと「私の夏が終わらない」と絶賛している。

 これぞ寿司政のシンコだ。寿司政で好きなのが「ばらちらし」、これを土産で貰って新幹線や自宅に帰ってから食べるのだがこれが抜群に旨い。

 ネタが江戸前の所謂「仕事をしている」ものばかりなので、時間が経つほどに赤酢の寿司飯とネタが馴染んで更に味を増す。

 何しろ折りを開けて驚くのが見た目の美しさ。それを見せびらかして食べれば優越感に浸れること間違いなし。生憎、今回はばらちらしはない。

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 程好く酔ったところでいい時間になった。靖國に向かう。いつも飲む時間が早いので「みたままつり」の夜の光景は見たことがない。人の多さに圧倒される。参道を通るのは無理ということで、脇の道路を進むも行き交う人で歩くことすら儘ならない。

 自然発生的にこれだけ多くの国民が「みたままつり」に集うというのは我が国の将来も満更捨てたものええはない。そんなこんなでどうにか演武をする拝殿前の広場に到着。そして間もなく演武が始まった。

http://youtu.be/1uqLVEN6nG4←クリックすると動画が見られます!

http://youtu.be/SiaDNxQfwiU←クリックすると動画が見られます!

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 法政大学應援團第八十九代団長は我が畏友・隠岐康の長男・龍一君。3年ぶりで会ったが実に頼もしい日本男児に成長していた。

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 彼女か?可愛らしい女性二人に囲まれてどことなくニヤケ顔の龍一君

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 記念撮影

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 隠岐氏と本日撮影担当の人見さん。

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 いつも仲のいい松本夫妻とも遭遇。

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 序にもう一枚。松本夫妻♪

 演武はビデオ撮影をし、パソコンでは観れるのだがアップが出来ない。そのうちアップしたいと思ってますので、乞う御期待下さい。

 今回の気合い溢れる若者達の演武は正に感動もの、ホントいいものを観させて頂いた。誘って頂いた隠岐氏に感謝。学徒出陣した法政大学OBは勿論のこと、靖國に眠る英霊も現代を生きる若者の姿を頼もしく思い、きっと微笑んでいるに違いない。

 演武が終わり、解散。隠岐氏らは参会した仲間と門前仲町で直会をするというので、愚生は大熊氏を誘い浅草小島の馴染みの寿司店で一献。

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 浅草小島の名店「秀鮨」

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 大将の秀さん

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 大好きな煮蛤、絶品です。

 考えてみたら寿司屋のハシゴ。まぁ同じ寿司屋でも中身は違う。「九段下寿司政」も一流店だが、ここ「秀鮨」も一流。どちらかといえば「秀鮨」の方が好い。

 美味しい寿司と友人との会話は盛り上がり酔いも絶好調。「自宅に泊れば」と誘ってくれた大熊さんと再会の約束をして、定宿でもある御徒町のカプセルホテルに泊まった。どうにか今回は野宿をしないで済みました。呵呵。

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2014年07月15日

「みたままつり」で会おう!大村益次郎像の下で(備忘録第1弾)

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 日曜日、友人らと靖國神社の大村益次郎像の下で待ち合わせ。東京の蒸し暑さには閉口する。九段下駅から大鳥居を潜る。待ち合わせ時間には早いので奉納されている大小3万灯を超える提灯と各界著名人揮毫の雪洞を眺めてから先ず社頭にて参拝。

 拝殿左手に在る「鎮霊社」に詣でるも閉鎖中で入ることは出来なかった。「鎮霊社」には所謂賊軍とされた会津藩や我が二本松藩、西郷隆盛といった方々が祀られており、愚生は靖國に参拝した際には必ず詣でることにしている。

「みたままつり」や例大祭など混雑が予想される時期には閉鎖されていることが多いが、遠方から来たのに敷地にさえ入れないのはチョッと寂しい。門前にて会津藩や二本松藩の先人に頭を垂れる。暑いので遊就館内の茶寮「結」で休憩することに。

 軽い食事をした後は遊就館内をのんびり巡る。涼んで汗も引いたところで大村益次郎像の下へ向かう。待ち合わせ時間の3時には未だ30分ほどある。

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 ボ~ッとして靖國に集う人々の人間ウオッチングをしていると背中をポンポンと叩かれた。振り返れば宮崎の福田秀春さん。久闊を叙し世間話をすれば、何やら介護の仕事で8キロ痩せたとか。見倣いたいがそれは無理というもの(笑)

 群青の会の大熊雄次会長や拉致問題などの署名活動をしてるFBFの尾形さんとも再会。そうこうしていると3時過ぎ、横浜の大物右翼御一行様が参上し再度拝殿へ。

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 予定より人数が大人数になってしまったので暑気払いは「銀座ライオン」か、御徒町の「大統領支店」のどちらにしようかと相成り「大統領」に決定し御徒町へと向かう。「大統領支店」は普通の居酒屋。大統領で飲むならやっぱり本店が好い。

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 日曜日ということもあり、店内は大入り満員。先ずは生ビールで乾杯!問答無用の一献の始まり。つまみは適当に頼んだ。こういう席はつまみなんてのはどうでもいい、気の置けない仲間とどうでもいい話で盛り上がるだけ、ただそれだけ。

 大人数になると各各の話しが遠くて聞こえず、やや盛り上がりに欠ける。そんな中で、尾形さんが右翼の大物との一献ということで敬意を払い政治談議を始める。

 横浜の右翼の巨頭はこういう酒席での政治談議は大嫌い。何故なら政治談議というのは結論が出ないことが多いからだが、それよりは他愛もないバカ話が好き。

 政治談議が余程面白くなかったのだろう、中途半端に飲んだところで大物右翼の蜷川正大さんから「そろそろおひらき」ということとなり解散となった。

 抑々、福田さんは二十一世紀書院の社友会メンバーなのだから、蜷川さんが最後まで連れてきゃ好いものを何故か愚生と尾形さんが世話することになった。

 九州の宮崎から態々上京し、それでなくても社友会メンバーとして会費なども貰ってるのだから最後まで面倒見るべきなのに、蜷川さんってホント冷たいな。

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 その後は、福田さんと尾形さん、Yさんらと転戦。愚生は終電で帰る予定だったのだが、友と別れ難く、上野から結局は新宿ゴールデン街に出没。その後も歌舞伎町の寿司屋で飲み明かす。福田さんの青春時代の放浪の旅の話しに感動する。

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 眠気と酔いで意識朦朧。時計を見れば4時近い。もしやバスなら行けるかもとバス乗り場に向かうも始発は8時。ということでベンチで仮眠を取ることに。

 福田さん、目の前の公園のベンチを見付けると早速新聞を広げたと思ったら就寝してしまった。続いて尾形さんも爆睡してるし、どんだけ野武士なの(笑)

 いやぁ~福田さん、尾形さんのワイルドさに感心しながら、愚生も寝ようとするも蚊の襲撃に遭い退散。うろうろして近くの高島屋の前のベンチで2時間ほど寝た。

 しかし、まさか新宿で野宿する羽目になるとは思わなかったが、浪人の修業が足らないと痛感する。愚生なんかより、福田・尾形両名の方が遙かに逞しいですわ。

 そんなとこで、今日は再度上京し「みたままつり」第二弾に参上します。

 法政大学應援團による英霊に対する応援・エールが初めて奉納されます。法政大学始め学徒出陣で散華された英霊に感謝と慰霊の真心を捧げたいとの申し出から実現される訳だが、こうした応援団による奉納演武の輪が広がることを期待したい。

 まぁ、流石に今日は野宿ということにはならないとは思うが。呵呵。

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2014年07月09日

國といふ くにのかがみとなるばかり みがけますらを 大和だましひ

 今年も13日から16日まで靖國神社では「みたままつり」が開催される。宮崎から畏友が上京するというので13日の3時頃に大村益次郎の銅像の下で会う予定でいる。

 まぁ暑気払いで一献やるのが目的。九段下の「寿司政」でシンコで一杯と行きたいが、どうもあそこは美味しいのだが勘定する時に酔いが一気に醒める(笑)

 15日には友人の倅が団長を務める法政大学應援團による英霊に対する応援・エールが初めて奉納されるというので再度上京しそれも見物する予定だ。

「みたままつり」は昭和22年から始まったもので、故俗になられた英霊奉慰の祭祀ではあるが、盆行事を大事にする祖先供養でもある。

 そういうこともあり、春秋の例大祭の厳かさや、所謂「終戦記念日」の左右入り乱れての喧騒とは違う趣があり、愚生的には桜満開の季節と同じく大好きな行事でもある。皆さんも是非、みたままつりを見に来ませんか。

 我々は普段、神の存在など意識することなく生活をしているだろう。「自分は無宗教だ」と言いながらも、日本人ならば心の深いところで、動かしている「何か」が在るのではないだろうか。その「何か」こそが先人から脈々と受け継いでいる「神々の記憶」であり、それこそが「神道」であると言えようで。

 姿なき「神」は自ずと知覚されるものではなく、人間の感性の源である「魂」と直接に響きあう存在である。また、「祭り」というものも本来は「神祀り」であり、神輿などを担ぐことで人々はその「神」に触れ熱狂する。

 豊作を祝い、大漁を寿ぎ、「神」に感謝し、来年も再来年も善い年であるよう祈願し、「神」と共に酒を飲み、「神」と共に騒ぎ歓喜を分かち合う。祭りは「神」を通じて人間を癒し、地域の共同体の絆を深め維持させてきた原動力でもある。

 みたままつりも、英霊の方々(神)に対する畏敬や欽仰する祭りである。正に我が国は随神(かんながら)の道を歩んで来た世界にも稀有な国だと痛感する。

 政治家は田舎で盆行事に参加するのと同じ様に「みたままつり」に参拝しなさい。背広を脱ぎ捨て、浴衣に下駄や雪駄という出で立ちでいいではないか。靖國に集う人々と祖先供養という盆行事を愉しむことが英霊奉慰に繋がるのだ。

「盂蘭盆」に合わせ開催される「みたままつり」は、祖先霊を供養し、苦しんでいる亡者を救う、支那でも古くから行われている風習と同じで、「みたままつり」に参じたところで批判される謂れは無いだろう。

「戦犯」と蔑称され続ける英霊の方々の名誉の恢復無くして真の復興無し。「みたままつり」への参拝を戦後レジームからの脱却への突破口とせよ。

 極東軍事裁判に於いて弁護する機会も与えられず、一審即結審という復讐という名の茶番劇で、或いは外国の地で不当に処刑されたこの方々の命は決して軽いものではない。現代を生きる我々はこの悲劇を忘れてはならないのだ。

 国際法の原理に基づき「この法廷で日本を裁く権利は無い」とし、「各被告は全ての起訴状中の各起訴事実部につき無罪とされなければならない」と述べたパル判事の意見は忙殺され、未だ「侵略国」と断罪され続けているのは政治家の怠慢である。

「東京裁判史観」が未だに蔓延っているが、抑々「極東軍事裁判」自体が戦勝国による日本苛めである。「人道に対する罪」は事後法であり、それに基づいて罰するということは国際法上も無効であり、茶番劇だったのだ。

「この法廷で日本を裁く権利は無い」としたパル判事の主張が正しいものだったことは、判決から2年半後、米国軍事委員会で証明されることとなる。

 マッカーサーが「彼ら(日本)が戦争に入った目的は、主として自衛の為に余儀なくされたものだ」と証言する。極東軍事裁判の最高責任者である連合国最高司令官マッカーサーが公的な場で認めたのだ。

 今こそ我々は、「戦犯」との汚名を着せられ続けている英霊の方々の名誉恢復を急がねばならない。安倍よ、「みたままつり」に詣でよ。そうすれば英霊の御加護の下、政権は安定し、畢竟、国家安寧に繋がることだろう。

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