2014年03月

2014年03月31日

「桜」は日本人の心の文化と美意識の真髄。靖國で会おう!

 
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 今年は花粉症の症状が酷くないと思っていたが、何のことはないやることがないので家に引き籠っていたから。ここ数日、外出したらいつもの様に目は痒いし、くしゃみ、鼻水が止まらない。

 まぁ桜が咲く頃になれば納まるのでもう少しの辛抱。

 福島県内にも日本三大名桜の、三春街の「滝桜」を始め、郡山市の「紅枝垂地蔵桜」「不動桜」「雪村桜」、福島市の「花見山」の桜、愚生の地元二本松市小浜の「合戦場のしだれ桜」などの名所が多く在るが、東京九段の桜はそれとは別物、最高に綺麗で愚生の大好きな風景でもある。

 数年前、知人らと桜満開の靖國神社に詣で、「桜の花の下で『同期の桜』を歌う会」のイベントに参加したのを思い出す。

 靖國神社の基準木「迅雷桜」の蕾が5~6個咲き始めると、東京にも「開花宣言」が出され、その1週間後満開になる。毎年、満開の時期に合わせ九段に詣でるのが彼是30年来の恒例行事となっている。

 といっても、英霊への感謝の誠も然ることながら、不謹慎だとの批判を受けそうだが、行きつけの店に顔を出し、一献やるのが主たる目的(笑)

 東京の桜は既に八分咲きだというし、「戦後レジームからの脱却」よりも、どうにかして慢性的不如意からの脱却し上京せねばと思っているがどうなるものやら。

 靖國神社への参拝時期というと「みたま祭り」も好きだが、やはり桜満開の頃に参拝するのが一番好きだ。

 英霊の遺書には「桜満開の靖國で再会しよう!」という内容ものが多く、やはり、満開の桜を英霊を重なり合わせてしまう。

 「貴様と俺とは同期の桜、離れ離れになろうとも、花の都の靖國神社、花の梢に咲いて会おう!」と、遠く異国の地で散った英霊に感謝の誠を捧げるのならば、やはり桜の季節に詣でることこそが相応しいと思う。

 国の為に尊い命を投げ出してくれた英霊へ感謝の誠を捧げることは日本に生を享けた者として当然の義務であろう。

 国民の代表である政治家が堂々と参拝も出来ずして、いつになったら陛下の御親拝が叶うというのか。

 安倍が昨年暮れに靖國神社に参拝したが、総理の靖國参拝なんぞハッキリ言ってどうでもいいこと。

 天皇陛下の御親拝が成されて初めて英霊は安らかに眠れるのだ。

 世界のどんな国も「英霊」には最大の名誉が与えられているが、それに比べ我が国の精神的貧困さには呆れるばかり。

 政治家よ、自らの無能と怠慢を恥じよ!

 中韓や米国に阿ね、英霊の眠る靖國神社に堂々と参拝することも出来ずして何が「主権回復」か、嗤わせるな!

 我が国ほど国家の礎となった英霊の方々が国家から顧みられることが少ない国はないだろう。

 このことがどれだけ国民精神の頽廃を招いているか、我が国の政治指導者のセンセイ方は考えたことがあるだろうか。

 やはり靖國神社は桜が似合う。政治家の先生方も「みんなで靖國神社に参拝する会」なんていうパフォーマンスをしてないで、この満開の時期に詣でたら如何か。

 それほど九段の桜は見事。日本の象徴たる桜がそこには在る。

 安倍も、大義も覚悟も無く靖國神社に参拝するからを政治問題化する訳で、散歩がてら九段に赴いて桜を愛でればいいし、そんな風に普段から靖國に参拝していれば問題になることはないだろう。

 靖國神社を政治問題化した張本人はタカ派と言われた中曽根康弘だが、自称・保守の安倍もまた中曽根と同じではないのかと疑いたくもなる。

 靖國神社というとどうしても所謂「終戦記念日」の光景を思い浮かべてしまう。普段、靖國に詣でることのない人までもが靖國に詣で、俄愛国者と化す。

 だが、左右入り乱れての喧騒は感心しない。

 散華された英霊の鎮魂を祈るというなら何も靖國神社ではなく、地元の護国神社や近所の神社で十分だと思うし、或いはどんな場所に居ようとも黙祷を捧げるだけでも良いだろう。

 態態、敗戦の日に遺族其方退けで、軍服や隊服を着て参拝している人を多く見掛けるが、眉を顰める人々は多く、折角の国を想う心が「贔屓の引き倒し」になってはいないだろうか。

 8月15日は遺族や関係者が心静かに参詣し、陛下の御親拝遊ばされる為にも静謐な環境を創らなければならないと思う。 

 「桜」は古代から日本人に最も愛され親しんだ花だろう。それだけに桜への憧れや哀愁を詠んだものは多い。

 世の中に たえて桜のなかりせば 春の心も のどけからまし(在原業平)

 敷島の 大和心を人問わば 朝日に匂う 山桜花(本居宣長)

 願わくば 花の下にて春死なん その如月の 望月の頃(西行法師)

 風誘う 春よりもなお我はまた 春の名残りを いかんとはせん(浅野内匠頭)

 散る桜 残る桜も 散る桜(大愚良寛)

 「桜」は死に際の潔さで昔から武人、軍人精神に最も合う花でもある。

 九段の桜、同期の桜、愛国の桜。陸軍の徽章は桜、海軍は桜に錨。靖國神社の紋は菊に一重桜。自衛隊や警察、校旗などにも桜が描かれている。

 「桜」は正に、日本人の心の文化と美意識の真髄なのである。

 皆さんも、桜咲く靖國に行きませんか?

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2014年03月28日

「袴田事件」の再審決定が遅れた理由は単なる司法のメンツ

 
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 袴田巌死刑囚の第二次再審請求が認められ、釈放された。「無罪である可能性が相当程度明らかになった現在、これ以上拘置を続けることは正義に反する」との村山浩昭裁判長の言葉は重い。

 「袴田事件」は、昭和41年6月30日未明、静岡県清水市(現静岡市)の味噌製造会社の専務宅から出火し全焼。焼け跡から一家4人の死体が発見され、その後、味噌工場の二階の寮に住み込みで働いていた袴田巌さんが逮捕された。

 証拠品は、微量の血痕が付着したパジャマのみ。物的証拠が乏しい中、長時間の過酷な取調べによって、終には袴田さんは自白してしまった。

 ところが、一審の公判中の昭和42年8月31日、工場内の味噌タンクの中から麻袋に入っていた血痕の付着した衣類が発見され、パジャマから一転しこの衣類が証拠となった。

 パジャマの血痕、味噌タンクに一年も入っていたとは思えない衣服、犯行時に使用したと言われる切り出しナイフなど、誰が見ても不可思議な物的証拠と不当な捜査だったが、昭和55年に上告が棄却され死刑が確定した。

 翌年、静岡地裁に再審を申し立てるも、平成6年棄却。そして今回の第二次再審請求で再審が決定された。死刑判決から実に34年の年月を要した。

 何故にこれ程までの年月を要したのかは、単なる司法のメンツに過ぎない。正に過ちを文(かざ)り、屋上屋を重ねてきた結果である。

 冤罪を生む理由には、捜査のいい加減さや自白の強要や捏造、証拠品の不確かな鑑定など様々。今の時代は科学捜査が当たり前になっているが、一昔前には信じられない様な驚く鑑定が相次いだのも事実。

 昭和24年、弘前大学の松永藤雄教授宅で妻が何者かに咽を斬られ殺された事件が起きた。近所に住む那須隆という男が逮捕され、彼の着衣から血痕が見つかり、それを証拠に犯人と断定された。

 彼は犯行を否認したまま起訴され、「反省も無い」との理由から情状は認められず15年の刑を丸々務めることになった。 

 だが、那須さんが釈放されて間もなく、「弘前大学教授夫人殺害は自分だ」と、滝谷福松という男が名乗り出る。

 彼の証言によれば、教授宅はミシン修理に行って面識もあり、犯行時の詳細を供述し、紛れもなく滝谷福松の犯行だったことが明らかになった。

 那須氏は早速仙台高裁に再審請求するが、何故か高裁は棄却した。その2年後、那須氏が再審請求すると今度はあっさり受理され、無罪判決が出た。

 鑑定の結果、当時証拠とされた着衣の血痕は別のものだったという。

 そんな事は始めから判りきっているのに、何故に2年前には再審請求が却下されたのか。何のことはない、血液鑑定を行った古畑種基東大教授が生きていたという理由からだった。

 要は事実の解明よりも、科学捜査研究所所長も務め、文化勲章を授与された古畑教授の名誉というメンツが優先されたのだった。

 2年の間に古畑が鬼籍に入り、漸く無罪判決を得るが、こんないい加減な鑑定や判決が当たり前の様に行われていたという事実に驚きは隠せない。

 「袴田事件」も同じ様なもので、事件を担当した紅林麻雄刑事も、やはり拷問による尋問、自白の強要、懐柔、供述調書の捏造、自己の先入観、固定観念による違法捜査、違法な取り調べの常習者だった。

 「二俣事件」「幸浦事件」「小島事件」など、紅林が主導した捜査での行き過ぎが指摘されている。その紅林も罰が当たったのか、脳梗塞で鬼籍に入った。

 冤罪を生む元凶は、捜査に携わる人間の驕りや傲慢さ、更には間違いを認めず屋上屋を架すからだが、これによって真犯人を取り逃がすことに。

 冤罪で逮捕される方も気の毒だが、冤罪は被害者遺族にとってもその無念が晴れることは無く断腸の思いだろう。

 「過ちて改めざるこれを過ちという」とか、「過ちては即ち改むるに憚ること勿れ」ともいうが、喩え司法と雖も過ちは犯すもの。過ちを素直に認め改めることこそ、正義を守る上では最も大事なことだと思う。

 こうした冤罪事件が起こると出て来るのが「死刑廃止論」。

 「死刑」については賛否両論、こうした問題が持ち上がると結論の出ない議論が延々続く。愚生は「死刑」は大賛成。「死刑廃止なら有期刑を設けよ!」というより、「仇討ち禁止令の復活を!」と思っているひとり(笑)

 「死刑廃止」を訴える連中は国際人権基準がどうのだとか、「非人道的」とか、「生きる権利の侵害」だとか、「死刑囚の資料を精査する十分な時間があったとは思えない」など、愚にも付かぬ理由を挙げる。 

 抑々「死刑制度」は「仇討ち禁止令」や「決闘禁止令」に代わるものだ。

 明治6年(1873)2月、司法卿・江藤新平は「復讐禁止令(仇討ち禁止令。太政官布告第37号)」を発令した。

 幕末から維新期の派閥、政論の対立による暗殺とその報復という面があったところから、この種の紛争を断ち切る為のが目的だったという。

 明治22年には「決闘罪ニ関スル法令」も発布され、敵討ちや復讐は禁じられることとなった。

 主君や親兄弟などを殺した者を討ち取って恨みを晴らすことは、日本人の美意識の顕れでもある。中でも「赤穂浪士(忠臣蔵)」がその典型だろう。

 江戸時代、武士階級で慣習として公認され、「敵討ち」と認められれば罪に問われなかったばかりか、それは美化され、大衆の支持を得た。

 現代も死刑制度を容認する国民が8割以上もいるのは、国が遺族に代わって遺恨を晴らして欲しいという気持ちの顕れであり、痛切な哀願でもある。

 犯人への「仇討ち」も「決闘」も出来ない遺族に代わり、「遺恨を晴らす」ことこそが「死刑制度」の大きな意味だ。

 「生きる権利の侵害」などとの理由で死刑執行しないのでは、それこそ遺族の無念は晴れることは無いし、何より憲法下での「法の下の平等」を犯してるばかりか、正義の根幹を為す刑事訴訟法の意味も問われかねない。

 末尾に当り、袴田巌さんの48年という半世紀近くの拘留は言葉では言い尽くせないが、兎にも角にも生きて釈放されたということだけが何よりの救いだ。また、再審請求に奔走した関係各位の努力にも敬意を表したい。

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2014年03月27日

安倍首相、ハングルで朴大統領に秋波を送るもシカトされる(笑)


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 オバマの仲人により安倍晋三と朴槿恵の見合いが行われたが、安倍の浮かれ様が目立っただけで別段成果は見られない。

 我が国の首相たる者が、「パク・クネ(大統領)、マンナソパンガプスムニダ(お会い出来て光栄です)」などとメモしたハングルを読み上げ、媚びを売るかの様な振舞いは感心しない。

 これに対し朴槿恵はニコリともせず全くの無視を極め込んだ。流石は韓国の国花「槿(むくげ)」の名前が付いてるだけのことはある(苦笑)

 安倍の様な外交は、相手に通じるどころか付け込まれバカにされるだけ。戦後の日本政府の甘い対応がそれを証明してるではないか。

 何が「未来志向の日韓関係に発展させる第一歩」なのか。

 尤も「百日の説法屁一つ」ではないが、北朝鮮が三者会談に合わせ日本海に向けて祝砲をぶっ放してくれたお蔭で歴史認識や竹島問題、或いは慰安婦問題の話しは出なかったのは勿怪の幸いか(笑)

 日韓関係は我が国にとっては大した重要な意味を持たない。日韓関係が大事なのは我が国ではなく、米国であり、反日を国是とする韓国と何故に同盟を強化しなければならないのか甚だ疑問だ。

 我が国が同盟強化すべきは台湾である。

 国内では相変わらず「反原発」運動が盛んだが、原発依存から脱却し化石燃料への依存度を高くしたところで、万が一シーレーンを封鎖された場合、原発事故以上のパニックが起きるだろう。

 日本は四辺を海に囲まれた島国であり、「オイルショック」の経験から産油国との外交関係の重要性、そしてシーレーンの安定化が不可欠と感じた日本は外洋に伸びるシーレーン千海里防衛構想を策定した。

 国内経済も多くを海上交易に依存し、日本の輸入依存度の高さは石油が99.8%、石炭98.4%、天然ガス(LNG)96.6%、原子力(ウラン)に至っては100%を依存している。輸出も然り。

 こうしたことからも我が国でも海洋国家として自国のシーレーン防衛の重要性が認識され、海上自衛隊もシーレーン防衛として対潜水艦戦、対機雷戦を重点に訓練を行っている。

 現在もホルムズ海峡の危機や、中共の覇権主義によって南シナ海や東シナ海、そして尖閣列島などが脅かされているが、適切な海上権益を確保し、マラッカ海峡から日本までのシーレーンの安全を確保することが重要だ。

 「千海里防衛」は当然ながら、太平洋~インド洋地域、南シナ海、東シナ海のシーレーンの防衛体制を確立することが大事であり、それが結果的には中東等での事態発生に対する抑止力となり、中共の野望も阻止出来るのだ。

 そういう意味では韓国なんぞどうでもよく、シーレーンの確保上からも台湾との関係強化は喫緊の最重要課題でもある。

 だが、悲しいかな我が国は以前台湾を無視し続け、あろうことか敵国である中共に秋波を送る始末。

 安倍のハングルでの挨拶を無視した朴槿恵の態度は、台湾を無視し続ける我が国の態度と同じでもあるのだ。

 我が国の主権が恢復した昭和27年4月28日、「日米平和条約」が発効された。同日、「報恩感謝」として中華民国(台湾)との「日華国交条約」も締結する。道義国家日本として当然の行動だろう。

 しかし、昭和47年9月29日、田中角栄首相は、「日中共同声明」に調印。中国共産党を唯一の政府であると認め、一方的に「日華国交条約」を破棄した。

 田中の行為は終戦間際に「日ソ中立条約」を一方的に蹂躙したロシアの蛮行と同じであり、決して赦されるものではない。

 また「日華国交条約」の破棄は明らかな日本国憲法98条違反であり、締結していた条約の蹂躙は道義国家日本が失墜した象徴でもある。

 時の総理大臣が憲法を蹂躙していながらそれらを指摘したマスコミや護憲派はいないが、本来ならばこの時点で憲法は改正されていなければならなかったのだ。

 更に田中は共同宣言の会見場で、「先の大戦で中国国民に重大な損害を与えたことに、責任を痛感し、深く反省する」と詭弁を弄した。

 だが、我が国が先の大戦で戦ったのは蒋介石率いる中華民国であり、戦後に独立した共産党一党独裁の中華人民共和国ではない。

 中国国民への賠償は「日華国交条約」締結を以て終わっているのだ。

 田中のこうした誤ちと歴史認識が今でも悪しき前例となり現在も受け継がれ、中共への優遇措置が講じられている。

 「河野談話」や「村山談話」の見直しも結構だが、憲法を蹂躙してまで強行した「日中共同宣言」を見直すべきなのだ。

 「日中共同宣言」の無効なくして対アジア外交は是正されることはなく、土下座外交によって国益を失い続けるだろう。

 外交交渉では、言うべきことをハッキリ言うのが大事で、媚びを売ってまで付き合う必要はない。それは米国への対応も同じ。日本人もそろそろ西洋人や支那人、或いは北朝鮮の様に己を正当化する強固な意思を持たなくてはならない。

  チャーチルが「第二次世界大戦回顧録」で当時の日本の外交を次の様に皮肉っている。

 「日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。 しかし、これでは困る。反論する相手を捩じ伏せてこそ政治家としての点数が上るのにそれが出来ない。それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。すると議会は今まで以上の要求をしろという。無理を承知で要求してみると今度は笑みを浮かべていた日本人は全く別の顔になって、『これほど此方が譲歩しているのにそんなことをいうとは貴方は話の分からない人だ。事ここに至っては刺し違えるしかない』と言って突っかかってくる」

 これは、昭和16(1841)年12月10日、マレー半島クァンタンの沖合いで、 イギリスが誇る戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルスの二隻が日本軍によって撃沈された時の日記だ。

 チャーチルは、この日本の攻撃によってシンガポールを失い、インドでも大英帝国の威信を失うのではないかと心配しながら書いている。

 「日本にこれほどの力があったのならもっと早く言って欲しかった。日本人は外交を知らない」 とチャーチルは言う。

 ある意味笑える話しではあるが、これが当時の日本の外交だった。

 だが、現在は開き直ることさえも出来ず唯々沈黙を続け、「言わなくても分かってくれるだろう」と相手の要求に屈するばかり。

 日本外交が負け続けている要因は、戦後、米国に飼い馴らされてしまった政治家の為体に在るのは言うまでもない。

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2014年03月25日

古い自民党を一掃せよ!中曽根康弘や古賀誠の老害を嗤う


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 憲法解釈を変え集団的自衛権の行使を容認しようとする安倍首相に、野党のみならず自民党の一部が異を唱える。中でも酷いのが95歳の中曽根康弘と73歳の古賀誠。これを老害と言わずして何と言う。

 大勲位や旧宏池会の元会長らが公然と、「必要が無ければ簡単に手を付ける問題ではない」とか、「自分が最高責任者だから自分が決めるというのは愚かな坊ちゃん総理だ」と腐す。

 だが、アジア情勢や朝鮮半島の緊張が増し、或いは世界情勢が激変しようという時を失していつ手を付けるというのか?

 また、総理大臣という国のトップが決めないで誰が決めるのか?

 古賀に至っては、「集団的自衛権は憲法上禁止されている」と発言した内閣法制局の長官の更迭を「姑息」と批判し、安倍の私的会合「安保法制懇」の答申を基に憲法解釈の変更を閣議決定しようとする方針に疑問を呈す。

 「自民党は皆、首相のポチさんになっている」と揶揄するが、中共の走狗の古賀に安倍自民党を批判する資格はない。

 過日も日本共産党機関紙「赤旗」日曜版に登場し、憲法改正の発議要件を緩和する安倍内閣の憲法96条改定の動きについて「絶対にやるべきではない」とのマヌケな持論を垂れ流した。

 自民党の元幹事長が「赤旗」紙上に登場すること自体が異常だが、改憲政党である自民党の幹事長がこうした幼稚な認識しかなかったことは、自民党の不幸というより、日本の不幸とも言えよう。

 古賀は現行憲法について、「平和主義、主権在民、基本的人権という崇高な精神は尊重しなければならない」と述べ、「中でも平和主義は世界遺産に匹敵する」と発言し、揚げ句は「私に言わせると自民党と共産党こそが二大政党だと思っています」と共産党をヨイショする始末。

 日本国憲法の平和主義は世界遺産だとは開いた口が塞がらないが、お笑いタレントの爆笑問題の大田光がその昔、「憲法9条を世界遺産に」なんてトンデモ本を上梓したことがあるが、自民党元幹事長もこのレベル。

 改憲政党というより自主憲法を党是とする自民党の幹事長まで経験した人物がこれだもの、やはり自民党は腐ってたんだと改めて思う。

 まぁセンチメンテリズムというより、分かり易く言えば単なる「バカ」だったということ、否、そのバカは未だバカのままということだ。

 憲法第9条を以て「平和主義」だと言うが、「戦争放棄に関する条項」は、世界大戦後に国連が勧めた「不戦条約」がその源であり、日本やアメリカ、イギリス、フランス、イタリアなど多くの国が締結している。

 しかし、戦争放棄の国際条約を結んで世界から戦争が無くなったかというと、皮肉な事に条約とは全く正反対の道を歩んで往ってるというのが現実。世界では紛争が起きていない日はないのだ。

 「平和主義」を憲法で謳っている国は世界80ヶ国以上に上り、イタリア、スペイン、ハンガリー、エクアドル、フィリピンは日本と同じ規定が或る。

 護憲派は「世界で唯一の平和憲法」と賛美している様だが、これは単なる無知と奢り以外の何ものでもないのだ。

 平和主義の理念を守れば平和が訪れる時代ではない。平和というのは本来、自分達で創り出さなくてはならないのだ。今迄の我が国の平和は単なる偶然と米国の軍事力の御蔭でしかない。

 主権国家でありながら、未だ米国に国防という国家の大本を依存していること自体が異常であり、その米国から贈られた憲法や戦後民主主義を有難がってるのだからオメデタイ。

 憲法論では古賀と正反対にいる自称・改憲論者の中曽根も、「必要が無ければ簡単に手を付ける問題ではない」などと言ってないで、改憲論者なら「集団的自衛権は憲法上禁止されてる訳で、姑息な憲法解釈の見直しではなく、堂々と国防の必要性を語り憲法改正を実行すべし!」くらい言えないものか。

 所詮は中曽根も中共の走狗であり米国のポチ、中共政府が困る様なことは絶対阻止し、米国に尻尾を振っていたいだけだ。

 中曽根の大罪を列記すれば、先ず、支那人就学生10万人計画に拠って日本を支那人の犯罪天国にし、日本の刑務所を支那人犯罪者で満員にしたことだ。

 歴代続いた靖國神社への公式参拝を、支那・韓国のイチャモンに屈し取止め、その後の内閣の前例になったこと。

 藤尾文相の発言が韓国で問題化するや罷免し、これもまた後の内閣で奥野文相や永野法相が対中・対韓発言を理由に辞職する前例を作ったことなど、その売国性は枚挙に遑がない。

 最近でも靖國神社問題で、所謂A級戦犯分祀論をまたぞろ持ち出して世論を攪乱しているが、昭和60年8月15日の靖國神社の公式参拝は後に大きな禍根を残すことになった。

 公式参拝と言いながらも中曽根は、手水もせず、お祓いも受けず、玉串奉奠もせず、ニ礼ニ拍手一礼もしない、ただ黙祷だけという神道否定、神社冒涜の異様な光景だったという。

 当時の松平宮司は、この時の中曽根の参拝について、「人の家に泥靴で踏み込む様な人」と回想している。

 「遺族を参道に並ばせ、非常に芝居がかった演出、驚いたのはその横に4人のボディガードを連れて行動したんですね。うちの神様方というのは皆手足四散して戦場で亡くなられた方が大部分です。そこへ参拝するのに自分のみ安全を謀るSPを伴うというのは無礼、非礼の極みという他ありません」

 安倍が掲げる「戦後レジームからの脱却」は、中曽根の掲げた「戦後政治の総決算」の焼き写しといってもいい。だが、中曽根のやったことは戦後政治の総決算どころか、中共の策謀に与した政策を次々と実行した。

 安倍は中曽根と同じ轍を踏むことがあってはならないのだが、疑心暗鬼が生じてしまうのは気の所為だろうか。

 中曽根や古賀らは、近隣諸国との外交の行き詰まりを懸念し、これ以上の軋轢を作るべきではないと尤もらしく語っているが、安倍を批判する前に、中韓の傲慢を生んだ元凶である古い自民党こそ猛省すべきだ。

 今を生き、未来を創造しなければならない我々は、いつまでも魂なき繁栄に現を抜かし、まやかしの平和を貪っている訳には参らないのだ。

 集団的自衛権の行使は憲法解釈の変更ではなく、日本衰退の元凶である日本国憲法の「平和主義」という偽善を打破し、真の平和を創造しなければならない。

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2014年03月23日

「1000万人移民計画」を推進する自民党は保守政党に非ず、真の保守政党の設立を急げ!


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 「1000万人移民計画」は経団連ら財界の策謀である。正に財界に社稷を想う心なし。そうした財界どもに与する自民党もまた保守政党に非ず。

 こういうことを言うと安倍信者に怒られるが、保守を標榜する安倍にしろ、或いは麻生にしろ、陰でコソコソとやって来たことは実に如何わしいもの。

 「国籍法」を改悪し、「外国人登録法」を廃止したのは麻生政権。また韓国人の日本へのビザなし渡航を推進したのは小泉政権下であり、その官房長官を務めていたのは安倍晋三だった。

 安倍は、昨年6月、ロンドンでの講演で、「日本をどこまでもオープンにし、世界から、ヒト、モノ、カネを呼び込む」と明言し、9月のニューヨークでの講演では、「国籍や国境にこだわる時代は終わった」と宣言した。

 鳩山由紀夫や民主党が叫んでた「グローバル社会の実現」と変わらない。

 また、2月の衆議院予算委員会では、移民受け入れ問題に対し、「我が国の将来のカタチや国民生活全体に関する問題として、国民的議論を経た上で多様な角度から検討して行く必要がある」との認識を示している。

 その上で、安倍政権は、外国人の単純労働者の受け入れや、年間20万人の移民の受け入れを検討し始めているが、「年間20万人」という数字は「50年間で1000万人」という「1000万人移民計画」の数字と合致する。

 安倍政権が積極的に押し進めるTPP参加によって人の移動も自由化される訳で、「1000万人移民計画」は国民的議論などされることなく、なし崩し的に実現されようとしているのだ。

 移民は、経済問題以外にも、文化、宗教、言語、教育の問題、更には治安の問題など様々な社会問題を惹起する危険を孕む。

 我が国は世界の中で最も優れた精神文化と独自の価値を有する国家であるが、その国柄が移民計画によって破壊されて行くことは火を見るより明らか。

 国柄を破壊しながら何が「保守」か!

 TPPにしろ、移民計画にしろやってることは単なる経済界の走狗ではないか!

 「保守」とは、我々日本人が未来永劫護り抜かねばならぬ民族、宗教、言語、歴史、価値観、習慣、制度の世界の中で最も優れた精神文化を護り、継承して行くものでなくてはならないのだ。

 何より護るべきは皇統である。

 天皇国日本が、異民族の支那人や朝鮮人を国内に抱え込むことによって多民族国家に変化し、混血が進み、純粋な日本民族は次第に減少し、それによって国柄が崩壊する様なことがあってはならない。

 今や世界に支那人不法移民が大量に溢れ出ている。

 溢れ出る先は日本や韓国など近隣のアジア諸国に止まらず、南・北米、ヨーロッパ、アフリカ、オーストラリアと、地球の隅々にまで及んでいる。

 連中の多くが密航や偽造パスポート、成り済ましなどで不法に相手国に入国し、行く先々で文化衝突を繰り返し、犯罪を撒き散らしている。

 外国人の犯罪の中で、支那人の検挙件数が突出しているのは周知の事実。

 「2010年警察白書〉によると、前年の支那人の検挙件数は125721件(全外国人の45.2%)、検挙人員は4812人(同36.3%)上る。

 こうした傾向は日本だけに限ったことではない。韓国でも、同年に検挙された支那人が13427人で実に全外国人の57.5%を占めた。

 移民大国の米国に密入国する支那人は年間約50万人に及ぶ。

 ハイチ大地震の際、現地に滞在中の数百人の支那人の安全が懸念されると報じられたが、彼らは中南米に潜行している不法入国者で、最終目的地は北米大都市のチャイナタウンだった。

 そのチャイナタウンで規模が大きいのがニューヨークとサンフランシスコ。

 チャイナタウンでは支那人による抗争、恐喝、暗殺、殺人事件が頻発しており、サンフランシスコではチャイナマフィアはイタリア系マフィアにとって代わる存在になりつつあるという。

 南米にもチャイナマフィアの勢力は拡大しており、支那移民の巻き起こす凶悪犯罪が後を絶たない。

 ブラジルのサンパウロを拠点とし、毎年年末になると、みかじめ料を要求。払わないと店を壊されたり、店主が殺されたりするのは茶飯事。

 アルゼンチンには台湾系の移住者が3万人から5万人いたが、マフィアの過酷な取り立てに耐えられず北米に逃亡、残っているのは1万人ほどだという。

 ブエノスアイレスの多くの店内にはカービン銃が置いてあり、「チャイニーズに注意」と書かれた紙が張られているという。

 日本でもチャイナタウン構想が後を絶たない。日本人の多くは横浜中華街や神戸南京町の光景を思い浮かべるだろうが、どっこいそれは妄想に過ぎない。

 横浜中華街も今や一攫千金を狙った新華僑と言われる支那人が居着き、観光客相手に強引に甘栗を売ったり、インチキ占い師が彼方此方で許可無く営業し中華街の光景を違ったものにしている。

 地方経済が疲弊する中、一時の経済の活性化と景気回復の起爆剤になるだろうとの浅はかな考えで中華街構想を実行すれば、将来に大きな禍根を残すであろう事は火を見るより明らかだ。

 世界各国への支那の進出は往々にして中華街の建設から始まる。

 ラオスに昨年中共政府が広大な土地を入手し5万人の中華街を建設したが、今やラオスは支那人に席巻され、支那化してしまっている。

 「チャイナタウン構想」を推進する以前に、ラオスやスーダン、ミャンマー然り、そうした愚策によって中共政府の強い影響下に組み入れられてしまっている実態をもっと見るべきであろう。

 日本の永住者の数は、「在日」を抜き「支那人」がトップの約70万人。これらの数字は公表であり、これに日本国籍取得者や不法滞在者を加えると100万人を遥かに超えるのではなかろうか。

 世界が支那人移住者に警戒している今、日本ではその支那人らに「地方参政権」を与えようとしているのだから狂気の沙汰と言う他ない。

 こうした国家の根幹に係わる問題等を、キチンと突き詰めた議論がなされないまま、安っぽいムードだけでやれ「親善」だとか、やれ「グローバル時代の到来」だとか、或いは「世界ではこうだ」とか、実に曖昧な次元で語られる。

 「1000万人移民計画」も同じ。「人口が減れば労働力が減り国力も低下する」などと営利主義の経済団体に踊らせているが、喩え1億人を切ろうが、7000万人ほどになろうが、殖やして国柄が破壊されるより結構ではないか。

 これらの売国的愚策を、こともあろうに保守を標榜する安倍政権下で推進されていることは全く以て怪しからんことだ。

 問題点や危険性を徹底的に指摘し、批判することは大事。そういう意味でも、我が国の歴史、伝統、文化に基づいた政策を堂々と掲げ、実行しようとする反日的な愚策に理路整然と対抗する真正保守政党の出現を待望する!

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2014年03月22日

「ライダイハン」を知ってますか?ベトナム語で「ライ」は混血、「ダイハン(大韓)」は韓国を意味する蔑称である


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 「ライダイハン」という言葉を知ってるだろうか。ライダイハンとはベトナム語で「ライ」は混血、「ダイハン(大韓)」は韓国を意味する差別用語であり、その人数は実に3万人以上に上る。

 韓国がベトナム戦争に参戦したのは1964年のこと。その後1973年までに延べ32万人の兵士を南ベトナムに派兵しているが、この韓国兵士の強姦によって生まれた子供が「ライダイハン」である。

 韓国国内で、ベトナムで韓国兵のこうした蛮行が明らかになったのは、1999年から連載された「ハンギョレ21」という週刊誌の記事がきっかけだった。

 ベトナム当局から資料を入手し、現地取材と生存者への接触を重ね、韓国軍による殺戮の実態を白日の下に晒したのだ。

 こうした事実を報じるジャーナリストが韓国に存在したことに驚くが、正に韓国史のタブーに初めて切り込んだ渾身の記事だった。

 だが、こうした自国兵の蛮行を暴いたことに元軍人らは怒りを露わにし、同誌を発行する本社の幹部が、元軍人らに監禁、暴行される事件まで起こり、ベトナムでの蛮行は韓国民の記憶から消されていった。

 そうした経緯の中、先日、韓国の市民参加型ニュースサイト「オーマイニュース」に、韓国軍人に集団輪姦されたベトナム人女性の証言が掲載された。

 韓国軍の基地で働いていた当時20歳の女性が、兵士たちに輪姦された挙げ句に妊娠。「ライダイハン」を出産し、現在に至るまでの苦労の人生を回顧している。

 ベトナム戦争では、韓国軍兵士が十万人単位のベトナム人女性を強姦し、その一部を虐殺。結果、数万人(最大3万人と言われるが正確な数は不明)のライダイハンが戦後、放置された。

 統一後のベトナムでは、ライダイハンには罪が無いのにも係わらず、「敵国の子」とされ、迫害、差別の対象となった。

 1987年にアメリカ政府は混血児とその家族の移住を受け入れ始めたが、韓国側は未だ謝罪するどころか沈黙を続けたままだ。

 ベトナムのクァンアイソン・ビンホア村には「韓国軍憎悪碑」というものが建っているが、その憎悪碑には次の様に刻まれている。

 「天をつく罪悪、万代に記憶するだろう!この虐殺で犠牲になった者の数は合計430人、そのうち268人は女性、109人は50才から80才まで老人、82人は子供、7人は妊婦だった。2人は生きたまま火に投げこまれ、1人は首を切られ、1人は腹を割かれ、2人は強姦された。2世帯は一人残らず抹殺された」

 当時の朴正煕政権は「反共」を国是とし、ベトナムでのこうした蛮行も英雄的行為とされ、共産主義者との戦いは厳しいものであり、情けは無用との認識だった。

 今更ながら韓国はこうしたベトナムでの蛮行には頬かむりし、只管「慰安婦問題」を論って日本を責め立てているが、韓国に女性の人権云々を言う資格は無い。

 ベトナム戦争では、米軍による枯葉剤散布が国際問題に発展するや米国は何故か「捕鯨問題」を取り上げ論理のすり替えを行った。

 「慰安婦問題」もまた同じ様に、「ライタイハン問題」をひた隠す為の論理のすり替えでしかなく、自分達がやっていることは相手もやってるに違いないという思い込みで、韓国朝鮮人や支那人に多い「同一化虚言」という症状である。

 慰安婦の強制連行にしろ、日本人も自分達と同じ様な残虐行為をやったに違いないという思い込みであり、そうあって欲しいという願望だろうが、真実が明らかにされるのはそう遠くはないだろう。

 慰安婦(comfort women)に関する話が、「性奴隷(sex-slaves)」と虚偽報道されているが、従軍慰安婦だとか性奴隷とは何事ぞ。

 斯くて世界中の民族、国家は万古不偏、「略奪と強姦」の定義に従って戦争して来た。

 例えばロシア人は第二次世界大戦末にベルリンに侵攻し、僅か半年の間に13万人のドイツ女性を強姦し、うち1万人を孕ませ、8千人は堕児出来たが、2千人は「目が寄った額の狭いロシア人顔」の混血児を生んだ。

 13世紀、欧州迄攻め込んだ蒙古人はイランやロシアに混血児を残した。生まれた子供に蒙古系の血が出るとその子は社会から排斥された。

 ライダイハンも同じ。

 米国人もロシア人と同様に第二次世界大戦に参戦すると英国で多くの強姦を働いた。欧州戦線では1万4千件の強姦を記録している。

 現在でも、チベットやウイグル、内蒙古で中共が民族浄化という名のレイプで凌辱の限りを尽し、血を薄め、漢民族化している。

 無条件降伏した日本国内では、米国人もロシア人も残酷に振舞い、多くの混血児を生んだことは誰もが知るところ。

 同胞だった朝鮮人も手のひらを返し、戦勝国を気取って暴虐を尽くした。

 民家に押し入って妻や娘を強姦し、抵抗すれば殺した。

 戦後明らかにされた調達庁の記録では、実に2600人を超える日本人が殺された。こうした事実を今を生きる我々は決して忘れてはならない。

 だが、こうした世界の定義とは違い、掠奪と強姦を軍律で厳しく規定した国が在った。

 それが日本である。

 日清戦争も日露戦争もその後の支那戦線も大東亜戦争でも厳しく取り締まり、その規律を破った者は厳しく処罰された。

 「性犯罪を防ぎ、相手民族の尊厳を最低限保つ」という、日本人の配慮を知らずして、高給に集った売春婦を「従軍慰安婦」と称し、恰も軍が関与し、朝鮮人の女性を強制連行し「性奴隷」にしたとは言語道断と言う他はない。

 我々の祖先の名誉と日本人の誇りを死守しなければならない。

 抑々「慰安婦問題」など存在しない。この問題の背後にいるものは実は米国。「南京大虐殺」然り。東京大空襲や広島・長崎への原爆投下を敢行した米軍が、日本軍も30万人も大量虐殺をしていたぞとでっち上げ。

 皮肉なことに韓国側が強硬に慰安婦問題を叫べば叫ぶほど、韓国側がひた隠す「ライダイハン」問題が日本は愚か世界に発信されて行く。

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2014年03月18日

「蛍の光」が歌われなくなったのはいつの頃からだろう・・・


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 「敷島の大和心を人問わば朝日に匂う山桜花」、正に桜花咲き匂うこの時期、各地で卒業式、入学式が行われるが、それに合わせ、国旗「日の丸」、国歌「君が代」に反対する蛆虫も蠢き出す。

 日本という国に生まれ住み、日本人として恩恵を享けながら、日本に誇りも持てず卑下するのは実に醜く見苦しい。

 ソチで繰り広げられた冬季オリンピック、パラリンピックが閉幕したが、今大会での日本選手の直向な姿勢や、浅田真央選手や地元福島県猪苗代町の鈴木猛史選手らの活躍もあって感動すること頻りだった。

 まともな日本人ならそんな気持ちになるのは当然だろう。

 こうしたオリンピックなどの国際大会で、愛国心の高揚や、国旗・国歌に対する敬愛の念が増すことは、日本国民として極めて健全な発露であろう。

 多くの日本人は国旗・国歌に親しみを感じている。ところが未だ、「国旗及び国歌に関する法律」が制定されて以降も、これに公然と異議を唱え、反対している勢力が存在する。

 言わずと知れた「日教組」や「全教」、共産党といった反日勢力だが、連中は「日の丸は軍国主義の象徴だ」「侵略の旗だ」「君が代は天皇賛美だ」との妄言を垂れ流し純真無垢な子供達を洗脳する。

 ならば米国の旗はどうだ。英国やオランダ、フランスはどうだ。或いは中華人民共和国の旗は侵略の旗ではないのか。

 天皇国日本が天皇を賛美したとして何が怪しからんのだ。反対する連中というのは物事の見方が実に薄っぺらで、こうした状況は健全な世論に逆行するばかりか、教育現場での混乱は国益を損ねるものである。

 教師という公務員で有りながら法律を遵守もしない不良教師の一掃を図るべきだが、その日教組にしろ民主党の支持母体というのだから世も末だ。

 国旗「日の丸」、国歌「君が代」とは如何なるものか。

 聖徳太子は隋へ、「日出づる所の天子、書を日没する所の天子にいたす、恙無きや」の文書を小野妹子に託す。

 これを読んだ隋は激怒するのだが、小国日本の存在を堂々と主張して見事に気概を示した逸話であろう。

 我が国は、ユーラシア大陸で最初に朝日を迎える国であり、稲作民族が日の神、天照大御神を崇め太陽信仰を持つのは自然で、国のシンボルに「日の丸」を執ったのも極めて自然なことだ。

 国の成り立ちや理想が、「日の丸」の旗ほど一致する国は無い。

 日の丸の赤丸は、太陽を意味し熟誠、活気、博愛、誠心誠意を現し、白地は清浄無垢を示し神聖、正義、純潔、平和、鎮静を現している。

 これほどシンプルで美しい旗が何処に在ろうか。

 「君が代」も、「古今和歌集」巻七「賀の部」の「わが君は千代に八千代にさざれ石の巖となりて苔のむすまで」の一首からの出典である。

 この詠の本意は、大君の御代が栄えることを願ったものだ。

 我が国は、天皇を族長と仰ぐ君民一体の家族国家であり天皇即日本、日本即天皇の天皇国家である。

 この国體の精華は万邦類を見ないところであり、従って陛下の御代が栄えることは、即日本が栄えることでもある。

 「君が代」は、実に我が国體の精華を格調高く歌い上げたもので、その曲と相俟って厳粛にして荘重、世界に冠たる誇るべき「国歌」である。

 万世一系の天皇を我が国元首として仰ぎ奉り、陛下の御稜威を国民生活の隅々にまで行き亘らせることにあり、それは日本国民として当然の願望である。

 我が国はいつの世も、時の陛下の御代であり、いつの世にもそこには「君が代」の世界が存在し、それは存在し続けなければならないのだ。

 そうした国柄を、「日の丸」と「君が代」は見事に現している。

 卒業式での別れの定番曲といえば「蛍の光」だったが、いつの頃から歌われなくなった。

 この歌が拒否された理由は国歌斉唱を拒否する運動と同じ。我が国の歴史を否定する所から始まったものであろうことは推測出来る。

一、蛍の光 窓の雪
  書(ふみ)読む月日 重ねつゝ 
  何時しか年も すぎの戸を
  開けてぞ今は 別れ行く

 (蛍を集めた光や雪の明かりを頼りにして、貧しくとも共に苦労して勉学に励んで来た友よ、愈々お別れの時が来ましたね。)

二、止まるも行くも 限りとて
  互(かた)みに思う 千萬(ちよろず)の
  心の端を 一言に
  幸(さき)くと許(ばか)り 歌うなり

 (学舎に留まる人も、また学を修めて卒業し、旅立って行く人も、今日を限りにと思ってお互いに交わした心の架け橋、永遠の絆を、無事に有れとばかりを念じ、この歌の一言に想いを託して歌います。)

三、筑紫の極み 陸(みち)の奥
  海山遠く 隔つとも
  その真心は 隔て無く
  一つに尽くせ 国の為

 (九州の端や東北の奥まで、海や山々によって遠く離れていても、真心は唯一つにして互いに国の発展の為に尽くそう。)

四、千島の奥も 沖縄も
  八州(やしま)の内の 守りなり
  至らん国に 勲しく
  努めよ我が背 恙無く

 (千島列島の奥も沖縄も、日本の国土の守りだ。学を修め職を得て、どの地に赴こうとも、日本各地夫々の地域で、我が友よ、我が夫よ、我が兄弟よ、どうか無事にお元気で、勇気を持って任に当たり、努めを果たして頂きたい。)

 「蛍の光」の詩を知れば、我が国の歴史や先人の営為が見えて来るが、「蛍の光」の拒否は正に戦後民主主義教育の一環である。

 戦後民主主義とは、自国の歴史を汚辱に塗れた過去と捉える自虐史観だが、「蛍の光」の拒否を見るまでも無く、その悪しき戦後教育は今や日本の隅々にまで浸透してしまっている。

 占領下、米国製の憲法を与えられ、同時に日本人はそれまでの尊い価値観を見失った。

 「礼節」「長幼の序」「忍耐」「我慢」「滅私奉公」「信義」「忠義」など数え挙げたら限がないが、「蛍の光」もまた憲法の精神にそぐわない勤勉さや滅私奉公といった尊い教えを謳っており、不必要とされてしまったのだろう。

 日本人はいつの間にか利己的なことを恥じない人間ばかりが殖え、自己犠牲の精神など皆無に等しい。 

 自分を犠牲にして他人に尽くすことこそ日本人たる所以であり、美徳美風なのだが、今や心の中の高貴さを失い、高邁な知性の磨きを様を忘れてしまった。

 「蛍の光」は我々が失った価値を教えてくれる。

 葬式でお経が無いのと同じで、別れに「蛍の光」を歌はないと何か物足りない。是非とも、復活して頂きたいものだ。

 教育は国家の大本であり、子供達は日本の宝である、「教育勅語」を指導原理とし、教育の再生を図らねばならない。

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2014年03月15日

「戦後民主主義」とは、自国の歴史を汚辱に塗れた過去と捉える自虐史観である


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 安倍首相は参院予算委員会集中審議で、「河野洋平官房長官談話」について「見直すことは考えていない」と言明し、慰安婦に対し「筆舌に尽くし難いつらい思いをされた方々のことを思い、非常に心が痛む」と語った。

 安倍は「村山富市首相談話」にも言及し、「歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる」と強調した。

 河野談話見直しを明確に否定し、韓国側へ誠意ある対応をしたことで、米国への忠誠を示し、朴槿恵大統領との首脳会談を成功裏に納めようとの魂胆だが、国益を損なってまで韓国に譲歩し、米国に諂う必要が何処にあるのか。

 一方で、菅官房長官は「談話作成過程の実態を把握することが必要だ。然るべき形で明らかにすべきだ」と指摘。検証作業を行って調査結果を公表する方針には変わりがないことを示した。

 このことを以て安倍支持者らは、「河野談話を踏襲するが、検証作業を行うことで実質的に河野談話を否定することになる」と、何処までも前向きだ(笑) 

 「保守政治家」を前面に掲げ、難病を克服した安倍は不得手だった演説も実に歯切れよく、自信に満ち、「日本を取り戻す」と民主党の経済政策や外交失敗を糾弾し、尖閣、竹島の領土主権の確保も強硬に主張し、保守層は熱烈に支援した。

 斯くいう愚生も安倍自民党に一票を投じたひとりでもある。

 「憲法改正」「靖國神社」「戦後レジームからの脱却」などのアピールに余念がないが、支持した有権者も安倍への期待や礼賛ばかりが先行していることに違和感や危機感を抱いているのは愚生だけではあるまい。

 だが、政権を奪取した安倍は「夏の参院選勝利まではタカ派路線は控える」作戦を取り、支持者もそれに同意した。

 こうした作戦は、羊頭狗肉のインチキマニュフェストで有権者を騙し、政権に就いたら前言を撤回し好き勝手にやった民主党と本質的に変わらない。

 所詮、自民党も選挙に勝てさえすれば嘘も方便だった。

 だが、参議院選挙勝利後もタカ派的政策は鳴りを潜め、実行したことは子供騙しの靖國参拝くらいなもので、その実は親米路線まっしぐら。

 ここに来て安倍のブレーンの竹中平蔵の移民政策が現実味を帯びて来た。TPP参加で日本を売り、移民政策で日本を壊そうとしているとしか思えない。

 何が、「戦後レジームからの脱却」か、何が「日本を取り戻す」か。

 衆参過半数という最良の条件で小泉政権を引き継いだ安倍は就任直後の北京詣でに始まり、河野談話の継承、靖國不参拝などで安倍への期待は脆くも崩れ、その結果、続く参院選で大敗し、間もなく体調不良で退陣となった。

 前回の失敗は、最初の北京訪問が抑々の間違いだったのだ。

 この失敗を教訓に今回は捲土重来を期す覚悟と好意的に見ていたが、前回同様意味不明な宥和政策を打ち出し、米国に諂い、揚句に前回同様「河野談話」を継承するというのはマヌケとしか言い様がない。

 「竹島の日」政府主催を見送り、朴新大統領に秋波を送り、尖閣諸島への公務員常駐を見送ったことは、誤ったメッセージを中韓へ送ることとなっている。

 昨年末の靖國神社の参拝が事を捩らせているのではない。安倍が就任早々行った宥和路線という大甘が事をややこしくしてしまっているのだ。

 倣岸無礼な韓国になんぞ譲歩してやったところでツケ上がるだけ。そんなことも理解していないとは情けない。

 米国の意向がそれほど大事か。

 本来ならば西郷隆盛の「征韓論」に倣い、正式な責任ある問罪使を派遣し、正理公道を以って猛省を促すべきで、「河野談話の見直しはしない」という土産を手にした斉木事務次官を派遣したところで日韓関係の溝など埋まるまい。

 案の定、斉木事務次官は予定を繰り上げ帰国した。

 テーブルを蹴って帰国した斉木事務次官の行為はある意味立派だが、安倍の提案なんぞけんもほろろに拒否されたということだろう。

 韓国とは米国が幾ら騒ごうが一線を画すべきで、米国の意向を汲んでまた同じ様な外交を続けるから韓国が益々ツケ上がるのだ。

 五百年も前の豊臣秀吉の朝鮮征伐をも責める国に、人としての高貴で雅量在る偉大な言葉など期待する方が間違い。

 安倍に求められるのは、「征韓論」を唱えた西郷隆盛や「脱亜論」を唱えた福澤諭吉らの様な覚悟と信念であり、何より胆力だろう。

 韓国や中共に日本的美徳は通じることはなく、性善説による外交は敵を利するだけということを知るべきだ。

 安倍のやってることは弱腰外交であり、こうした軟弱外交は何の解決を図れないばかりでなく、国民の自尊心と先人の名誉を傷付けるだけだ。

 「先んずれば人を制す」の通り、何事も始めが肝心なのだが、「参議院選までタカ派路線を控える」作戦が間違いだったと断じざるを得ない。

 安倍支持者は「参院選も勝って盤石な安倍政権を築いてからでいい」と、実に宥和なお考えだったが、参議院選挙後は更に酷くなっているではないか。

 河野談話の見直し撤回も、「検証することが大事」と実に大らかだ(笑)

 自称保守派や安倍信者に言わせれば、安倍への批判は保守層を分断する「反日サヨクリベラル」「中韓米などの工作員」なのだそうだ。

 間違ったものに諫言し、嘘を嘘だと断じることのどこが工作員なのだろう。こうした雰囲気を奇異に感じる安倍支持者は少なくない。

 「大衆の多くは無知で愚かである」「熱狂する大衆のみが操縦可能である」とはヒトラーの言葉だが、民主党の政権交代に狂奔した有権者も、盲目的に安倍を支持する自称保守派にこそそっくり当て嵌まる。

 こういう支持層こそ熱し易く醒め易いもので、安倍政権を逆に貶める危険を孕んでいるのではなかろうか。

 吉田松陰は「常に勅諫なくば」と訓える。日頃、主君の誤りを諌められずしていざ戦場での活躍など出来はしまいということだ。

 自民党は保守というより新自由主義者や無自覚左翼が蠢いている。これは現役に止まらず、古賀誠ら引退した元自民党議員は更に酷い。

 安倍の足を引っ張り続けるのは野党やマスコミというより自民党自身だろう。

 「戦後レジームからの脱却」は米国と一線を画さなければ出来ることではない。日米関係強化を訴えながら「戦後レジームからの脱却」とはこれ如何に。

 無条件降伏した日本は米国の51番目の州になっても不思議ではなかった。

 米国はその代りに徹底的に行ったのが教育改革だ。

 「戦後民主主義教育」は意図した以上の効果を上げた。

 戦後民主主義とは、自国の歴史を汚辱に塗れた過去と捉える自虐史観であるが、たった7年の統治で日本は全く別な国になってしまった。

 その教育で育った者は、国家から恩恵を享けながら、個人と国家を常に対立させ、恰も国家は、人間を抑圧する組織と見做し、反国家反体制のポーズを採ることが進歩的で文化的だと錯覚している。

 米国は日本人の中に別なニホンジンを創り上げた。

 これは我が国が二度と米国に対し牙を向けなくする為で、「戦後レジームからの脱却」は米国へ牙を向けることで、米国と対峙するどころか、忠誠を誓う安倍が「戦後レジームからの脱却」とはチャンちゃら可笑しい。

 「河野談話」の警鐘は自国を汚辱に塗れた歴史だと認めるものであり、これは「戦後レジームからの脱却」に逆行する最たるものではないのか。

 要は「河野談話」を継承する安倍もまた米国のマインドコントロールされている戦後民主主義者ということ。安倍も所詮は曲学阿世の徒に過ぎない。

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2014年03月11日

「河野談話」の見直し撤回を手土産に政府は斉木事務次官を韓国へ派遣!


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 今日で震災から丸三年が経った。改めて東日本大震災で犠牲になられた方々の御冥福を祈る。合掌。

 扨て、政府が斎木昭隆外務事務次官を韓国へ派遣する。韓国政府高官と協議し、安倍晋三と朴槿恵の首脳会談実現を模索するというが、その手土産が「河野談話」の見直し撤回だというのだから呆れ甚し。

 安倍内閣で、旧日本軍の関与と強制性を認めた「河野談話」を見直さないと明言したのを踏まえ、斎木事務次官が趙太庸外務第1次官らとの会談に臨み、我が国政府の姿勢を説明し、韓国に軟化を促すのだという。

 斉木事務次官の派遣は、歴史認識問題に関する日韓対立を解消するよう双方に要請している米国の意向に配慮したものだが、外交での譲歩は更なる譲歩を生むだけで何の解決にもならない。

 歴史認識に対する韓国側の修正要求は、歴史解釈という範疇ではなく我が国の歴史そのものを否定するものであり、断じて受け容れられるものではない。

 彼らにとっての歴史というものは、自国の正当性を如何に論じるかだけで、捏造してでも真実と言い張るその姿勢は異常としか言い様がない。

 捏造には全力でカネをかけてでも買収し、銅像や記念館を建て既成事実化するのが常套手段。

 「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」という大嘘も、我が国政府が毅然と反論して行かなければ、時代が経つにつれそれが真実になってしまうだろう。

 歴史問題は国の一大事である。

 我が国の誤った歴史認識の元凶は「日中共同声明」での田中角栄の御粗末な談話だが、この歴史認識が「河野談話」や「村山談話」に繋がっている。

 こうした歴代の不作為を後生大事に踏襲してきた自民党は、保守政党の欠片も無い欠陥政党と断じざるを得ず、「河野談話」見直しの千載一遇のチャンスを放り投げ、またしても同じ轍を踏もうとする安倍もまた御粗末過ぎる。

 野党時代には勇ましいことを言っていながら、政権に就くや否や「河野談話」や「村山談話」の見直しを撤回し、これらの談話を踏襲するとは何事ぞ。

 歴史問題の苦境は我が国の為政者によって我が国自らが招いたものなのであり、韓国側と殊更敵対する必要はないが、歴史問題は内政問題であり、米国に意見をされ様が毅然と語ればいいだけの話しである。

 「河野談話」が韓国を付け上がらせた元凶だが、その後の「村山談話」で火に油を注ぎ、自民党政権下でもこれらを撤回せず黙認したことが大きい。

 民主党政権誕生が誕生すると鳩山由紀夫が総理として慰安婦に「国家補償」を約束し、前原誠司が「戦後賠償支援」を言及した。

 慰安婦問題は、証拠も検証もしないまま、「河野談話」を論拠に日本側が国家として「謝罪」も「約束」もしてしまっている訳で、韓国にしてみれば賠償請求するのは当然であり、韓国側を単なる強請り、タカリと言ってもいられない現実が厳然と存在してしまっているのだ。

 そういう意味では「河野談話」を検証することは我が国の国益にも叶うことであり、米国の意向を受け容れることもないし、態態、韓国側へ「河野談話」の見直し撤回を報告する必要もない。

 慰安婦募集の強制性を認めた平成5(1993)年8月の「河野談話」の根拠となった元慰安婦16人の聞き取り調査報告書の事実関係は曖昧で、別の機会での発言との食い違いも目立つ他、氏名や生年すら不正確な例もあった。

 この調査報告書は歴史資料としては通用しない杜撰なもので、軍や官憲による強制連行を示す政府資料も一切見つかってはいない。見つからないというより強制連行そのものがないのだ。

 「河野談話」の真実性、信憑性、正当性は根底から崩れているにも拘らずこれらを踏襲するとは言語道断と言わざるを得ない。

 所謂「従軍慰安婦」問題の発端は吉田清治という人物が、昭和58(1983)年に書いた「私の戦争犯罪」というフィクション本に始まった。

 吉田は「済州島で9名の兵隊と共に約200名の朝鮮人女性を強制連行して慰安婦にした」と記述し、済州島での様子を妄想し描写した。

 後の調査で直ぐに創作だったことが判明したが、この「私の戦争犯罪」だけが独り歩きし始める。平成元(1988)年、この本が韓国語に翻訳されると韓国の人々は激昂し、日本を責め立てた。

 その4年後の平成4(1992)年、朝日新聞がこのインチキ本を取り上げ、根拠もない儘に日本軍や警察が「慰安婦狩り」をやったと書き立てて韓国人の怒りを煽り、福島瑞穂ら名うての売国奴らがこれらを支援した。

 この本に疑問を持った「済州新聞」記者の許栄善氏は、現地を取材し、「慰安婦狩りの話を裏付ける証言者はいない。島民の名前もデタラメだ」と一蹴しているが、その声が韓国民に伝わることはなかった。

 韓国郷土史家・金奉玉氏も現地調査を実施し次の様に述べている。

 「昭和58年に日本語版が出てから何年か追跡調査をした結果、事実でないことを発見した。この本は日本の悪徳ぶりを示す軽薄な商魂の産物と思われる」

 事の発端を招いた吉田清治もこうした調査結果を突き付けられ、「実は創作だった」と嘘の事実を認めたが遅きに失した。

 日本発の嘘から始まり、韓国全土で「慰安婦狩り」が独り歩きして行く。売文という私利私欲の所業が国家を売ることになったのだ。

 戦前は日本も朝鮮も、他国と同様「売春」そのものが合法だった。今の道徳的価値観で、この売春行為の是非善悪を裁いても意味はない。

 悲しいことであるが、貧しい女性たちが生きる為に、また親兄弟を養う為に身を売った時代もあったという歴史を忘れてはならない。

 戦争になれば兵士の息抜きの為に駐屯地の近くに「慰安所」が設けられ、危険に見合う多額の収入を求めて、多くの「売春宿」経営者が戦地に赴き、商売を始めるのは当時は何処でもある光景だった。

 当時、工場で働く女性の平均月給は約30円、戦地で働く慰安婦は約300円だったという。この額は知事や軍の大佐と同額の高給だったのだ。

 客の多くは軍人だが、慰安所の経営者は軍とは関係ない一般の民間人である。勿論募集は民間人が実施し、軍や官憲は一切係わってはいない。

 当時、慰安婦募集に「女衒」と呼ばれる悪徳業者が、「軍の依頼」と嘘をついて募集したり、或いは子女を誘拐して満州に売り飛ばし、金儲けを企むという卑劣な事件や問題を起こしたこともあった様だ。

 内務省は、こうした悪辣な事件は「帝国の威信を傷つけ、皇軍の名誉を害う」として、「契約内容や事情を調査して、略取誘拐等がないよう留意すること」「軍の名を騙る業者は厳重に取り締まること」など通達した。

 「朝鮮における慰安婦の不法な募集禁止」も閣議決定し、軍にあっては、兵士が飲酒して暴れたり、慰安婦や経営者に暴力を振るったりしない様に、不届き者を憲兵が厳しく取り締まった。

 軍や政府は、不法な募集を禁止し、慰安婦の健康指導や、人権を損なうことがないよう関与しているのであって、強制連行に関与した事実は全くない。

 平成4(1992)年、朝日新聞の報道により慰安婦問題が再燃する。

 韓国の大学教授が、「軍慰安所従業婦募集に関する件」という陸軍省の文書を発見したと報じると、「(慰安婦)募集について軍の関与があった」「強制連行があった」と嘘を垂れ流し、世論を誤誘導して行った。

 だが、大学教授のその内容は、「慰安婦の募集に対し、軍の名義や権利を利用して」誘拐に類する様な悪徳業者がいるので、警察と連携して防止を指示する文書であり、軍による強制連行を寧ろ否定するものだったのだ。

 朝日新聞の報道を受け、東亜日報は「12歳の小学生まで動員し、戦場で性的に弄ばれた」とここでも虚偽報道すると、韓国の世論は激昂した。

 これに狼狽えた宮沢内閣は、「外交上の配慮」として強制連行の事実を認める方向で検討に入ったが、証拠となる資料が発見されないことから対応に苦慮する。

 韓国が作成した資料と元慰安婦の証言に疑問を呈することもなく、「従軍慰安婦問題に旧日本軍が関与したと思われることを示す資料が発見されたことを承知しており、この事実を厳粛に受け止めたい」と謝罪した。

 今回、産経新聞が報じたのは、この「旧日本軍が関与したと思われることを示す資料」の杜撰な調査で、これは始めから分かっていたことだ。こうした証拠資料を精査せず、裏付け調査も無しに謝罪した宮沢内閣の罪は重い。

 元慰安婦の証言も後の調査で信憑性が無いことが判明している。文書を発見した教授も、慰安婦強制連行は証明出来ていないことを認めている。

 内外世論に押されて実施した政府調査でも、「強制連行させないための政府の関与」は認めたが、「強制連行を立証する資料なし」と結論付けた。

 当初、慰安婦は売春婦だと承知し、余り感心も無かった韓国政府も、激昂した世論を放っておけず、体裁を整える為に、「慰安婦強制連行」の認定を日本政府に強く迫る様になったというのが真相だ。

 当時の官房副長官、石原信雄は次の様に証言している。

 「一切強制連行した証拠は見つからなかった。『強制連行が無かったとすると、韓国が言論を押さえられない。賠償は請求権協定により、一切要求しないから有ったことにして欲しい』と懇願され、政治的に認めたものである」

 訪韓した宮沢首相は反日の嵐の中で謝罪と反省を8回も繰り返した。謝れば事は収まるとの甘い読み、兎に角その場は収めたいという事勿れ主義が、我が国の国益を大きく損なうこととなった。

 「言わなくても分かるだろう」というのは日本の美徳だが、国際関係においてこの日本的美徳が通用すると思うのは日本人の思い違いでしかない。

 安易な謝罪や譲歩は、悪意を以て謀略宣伝を行う勢力を勢い付かせるものでしかないのだ。我が国が外交音痴と言われるのはこういうことだ。

 日本政府は韓国に屈するカタチで、平成4(1993)年8月4日、戦後最大の外交汚点となる「河野談話」を発表する。

 「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当ったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意志に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」と述べ、重大な人権侵害を認め謝罪した。

 根拠も示さぬ儘、「官憲等が直接これに加担したこともあった」の一文は、軍と官憲が強制連行に関与したことを既定事実としたものだった。

 その後の日本非難は全て「河野談話」が根拠となった。

 韓国での国家賠償を求める裁判は勿論、その後の米国や欧州での「慰安婦非難決議」も、この「河野談話」が証拠になっている。

 「河野談話」は、急場凌ぎでその場を収めたかった日本政府の思惑とは逆に、慰安婦問題を益々エスカレートさせ、複雑にしてしまったのだ。

 以上が所謂「従軍慰安婦」問題の凡その経緯である。

 韓国側が「慰安婦問題」で強請り、タカリに奔るのは、朝鮮人の人品の低さも然ること乍ら、歴代日本政府の無知と事勿れ主義、そして弱腰外交が要因になっていることは否定出来ない。

 朝日新聞が捏造した慰安婦問題を、自民党の宮沢内閣下で、加藤紘一官房長官が事実を認め、次の官房長官に就いた河野洋平が「談話」を発表した。

 歴史的正当性の無い「河野談話」や「村山談話」は早々に撤回することは当然であるが、戦後、我が国の歴史認識の元凶となった田中角栄の「日中共同宣言」での妄言こそ検証し、見直さなければならない。

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cordial8317 at 07:21|PermalinkComments(0)

2014年03月10日

3月10日は「陸軍記念日」であり東京大空襲が始まった日である。米国依存体制の脱却を図り主権回復を急がねばならない


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 明治37(1904)年2月10日、我が国は当時世界最大の軍事大国ロシアに対し、敢然と宣戦布告、民族の生死を賭けた戦いを開始した。

 一年半にも及ぶ強国との大戦に我が国は奇跡的とも言える勝利を収め、極東小国日本の存在を世界に知らしめた。

 日本大勝利の報は、ロシアから占領・弾圧されていたフンランド、トルコ、ポーランドといった国々や、有色人種と差別されていた民族に、国と民族の存在を決定的に変える影響を齎したのである。

 15世紀の大航海時代以来、白人による世界制覇の滔々たる流れが、日露戦争での日本の勝利によって大きく変化し、中でも全世界の有色人種に与えた影響は強烈なものだった。

 挙げれば限が無いが、印度のガンジー、ビルマのオマッタ、フィリピンのリカルテ、ベトナムのファン・ボイ・チャウ、エジプトのムスタファ・カミール、トルコのケマル・パシャなど、世界の各地で日本の勝利に狂喜した。

 有色人種が白人に劣らないことに確信を持ち、各地で独立運動が湧き上がって行くこととなった。

 米国内でも、人種平等の自信を与え、黒人解放運動の支えとなった。

 黒人誌「インディアナポリス・フリーマン」は次の様な社説を掲げている。

 「東洋のリングで黄色い男達のパンチが白人を打ちのめし続けている。事実ロシアは繰り返し何度も日本人にこっぴどくやられて、セコンドは今にもタオルを投げ入れ様としている。有色人種がこの試合をものにするには、もう時間の問題だ。長く続いた白人優位の神話が、遂に今突き崩され様としている」

 我が国の勝利は欧米列強に我が国の地位を認めさせることとなり、幕末以来の懸案事項であった不平等条約の改正に繋がって行くこととなる。

 即ち、明治維新の真の目的であった「治外法権」と「関税自主権」という二つの不平等条約の改正が、日露戦争の勝利によって実現されたのである。

 二つの不平等条約の内の「治外法権」は、既に日清戦争後の明治32年に克服したが、「関税自主権」の回復を実現することで明治維新は成就し、我が国は真に独立を回復することが出来たのである。

 日露戦争の勝利は、植民地政策で搾取や弾圧を受けている民族の独立心を駆り立て、後の大東亜戦争後の植民地の解放に繋がって行ったことは言うまでもない。

 日露戦争の世界史に於ける歴史的意義は、有色人種の日本人が白人に勝利することによって、当時、欧米列強に植民地にされていた被抑圧民族を感動させ、独立への夢を駆り立てた大きな意義を持つものだったのだ。

 日露戦争は奇跡的な戦いの連続でもあった。

 大山巌陸軍大将指揮下で3月1日から始まった最後の陸上戦「奉天会戦」の激戦はその一つ。

 この戦いは同月10日を以て我が国が勝利を収めた。

 この成果を称え、翌年、政府は3月10日を「陸軍記念日」として制定し、爾来、3月10日は国民挙って先人の偉業を称え、御祝いする日あり、我が国にとって3月10日という日は重要な意味を持つ日なのである。

 因みに「日本海海戦」でバルッチック艦隊を撃破し、勝利した5月27日は「海軍記念日」である。

 昭和20年3月10日の「陸軍記念日」、大東亜戦争の起死回生の戦いを祈念している日を狙って米国は日本本土への爆撃を開始する。この爆撃によって多くの無辜の人々の尊い命が失われたのである。

 米軍による東京大空襲は昭和20年3月10日が最初で、日本の多くの家屋が木造だという理由から火炎の強い焼夷弾を投下した。米軍これに飽き足らず、4月14日、5月25日にも空襲を断行している。

 5月25日の戦災では、皇居にも及び、明治宮殿が全焼し、陛下の執務室や御所、正殿などの儀式殿を失うこととなったが、断じて許されざる蛮行である。

 昭和天皇は御文庫を仮の御所とされ、昭和36年吹上御所に御移りになられる迄の17年間を御文庫で御過ごしになられた。

 戦争で疲弊した国民生活の向上が最優先であるとの思し召しから、戦後も長きに亘って新宮殿の再建を御許しにならなかったという。

 3月10日の大空襲以降も陛下は、「国民と共に苦楽を分け合う」と仰せになられ、皇居から御移りになられることはなかったという。

 先帝陛下の大御心の程を拝する逸話であろう。

 東京大空襲は、広島、長崎への原爆投下と同様、一般人を犠牲にした蛮行は断じて許されるものではない。

 マッカーサーの右腕の一人、ボナ・エラーズは、この日本への空襲を「史上最も冷酷野蛮な殺戮」と証言しているが、大空襲や原爆投下、ドイツのドレスデン爆撃は「国際法違反」の代表的例と言えよう。

 だが、東京裁判で連合軍は、「東京への爆撃は重慶、南京の日本軍のよる爆撃への報復」と詭弁を弄した。

 日本人の中にも未だ、こうした米国のプロバカンダを信じ、「日本が戦争さえしなければ空爆されなかった」といった自虐史観が散見されるが、いい加減、こうした東京裁判史観から目覚めて欲しいものだ。

 戦後、日本人に対し未来永劫、贖罪意識を植え付けるのが目的であらゆる施策が謀られた。

 こうした米国の意図は予想以上に成果を上げ、今や日本は「同盟国」とは名ばかりの「米国のポチ」として忠誠・従属を誓っている始末。

 因みに、日本政府は昭和39年12月、東京大空襲の指揮官カールス・ルメイに対し、「国防への貢献が大である」として勲一等旭日大綬章を与えた。

  叙勲の際、東京大空襲の非を問われたルメイは、「民間人を殺したのではない、軍需工場を消滅させただけ」と詭弁を弄した。

 当時の総理は佐藤栄作、米国への隷属ぶりを示す出来事だろうが、現在も未だその隷属ぶりに変わりはない。

 「陸軍記念日」であり、東京大空襲が始まった今日、我々は先人の偉業を改めて称えると共に、米国依存体制の脱却を図る為にも「国防」の意味を理解し、真の意味での主権回復を急がねばならない。

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cordial8317 at 05:47|PermalinkComments(0)

2014年03月07日

米国にしてみりゃ日本と韓国、或いは中共とは兄弟国家くらいにしか思っていないのだろうよ


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 ケネディ駐日米大使はNHKの「クローズアップ現代」に登場し、安倍晋三首相の靖國神社参拝について「地域情勢を難しくするような行動は建設的ではない」と、参拝に反発する中共や韓国との関係悪化に懸念を表明した。

 大使は「日米が一緒に取り組むべき重要な任務があると思う。それを困難にするものについては失望する」と述べているが、国家の英霊に対し感謝の誠も捧げられない中での関係強化なんぞクソ喰らえだ。

 米国にとって日本と韓国は、アジア戦略上、重要な位置に在るから重要視しているだけで、我が国にとって韓国との関係悪化は別段影響がある訳ではない。

 日米同盟に陰りが見え始めた今、日米同盟の終焉も想定しなければならないのは当然で、我が国は独自の国防体制を強化すべきであり、反日著しい韓国や我が国領土を虎視眈々と狙う中共に係ったり、遜る必要は全くない。

 確かに現実を見れば朝鮮半島情勢や中共の覇権主義による不安が拭い去れない中で、態々関係悪化に繋がる様な問題を作り出す必要はないが、靖國や歴史認識問題、慰安婦問題や南京事件は我が国の問題でとやかく言われるものでもない。

 こうした問題に内政干渉し、殊更に煽って政治問題化させているのは中韓であり、米国の方であろう。

 中韓からのバッシングが盛んに行われているが、こうした大陸からの我が国への侮蔑は今に始まったことではないし、米国から日本への憎悪も然り。

 古代から​大陸では我が国を「倭(ヤマト)」と呼び、「倭人」「倭国」と蔑​視してきた。「倭」とは醜い、卑しいといった軽蔑の意味だ。

 ヤマトの国を「邪馬台国(奸の馬の台の国)」、日の皇子の女皇を​「卑弥呼」というのは、日本を馬鹿にした呼称で、日本人自身が使​うのは愚かなことだ。

 その「ヤマト」に先人が「大和」の字を当てたのは、国家の理想が​「和」であったからだ。日本人は誰に教わった訳でもなく、誰もが自分の生まれた日本という国を穏や​かな平和の国と無意識に思っている。

 「大和魂」というと特攻隊の雄雄しい姿を浮かべる人が多いが、本来は「​敷島の大和心を人問わば、朝日に匂う山桜花」と謳われた様に、花鳥風月、山川草木、春夏秋冬といった我が国の恵まれた自然に逆ら​わず、調和して暮す従順な心を「大和の心」というのである。

 そう考えるとき、未だ古代の大陸人と変わり映えのしない中韓と、​国柄も人品も優る我が国が、一衣帯水だからという妄想だけで​付き合って行こうなどということ自体が間違いなのだ。

 我が国と支那の関係を「一衣帯水」だとか「古くからの隣人」などと心得違いをしている人が多くいる。この誤解と「支那」という大国に抱く憧れや幻想が日中間の問題を分かり難くしている。

 日中間に国交関係が樹立されたのは20世紀に入ってからで、未だ100年程しか経っていない。「日中は同文同種、一衣帯水の関係」というのは全く誤った認識であり、中共の策謀に嵌っているだけなのだ。

 聖徳太子が607年、隋との対等外交に踏み切り、645年「大化の改新」を実現する。しかし、この後の663年の白村江(はくすきのえ)での敗戦を機に中華圏との正式な外交を絶った。

 その後、遣唐使が約250年間、菅原道真の献策によって廃止されるまで派遣され、唐の文化が、奈良時代の平城京を中心とした天平文化に影響を与えた例もあるにはあるが、国書を携えて派遣したのは「倭国」としてであり、「日本」と名乗ってからは、一度足りとも正式な国書を携えた外交はない。

 明治4(1871年)年「日清修好条規」を結んだ相手は満州人の清朝であり、「清」は支那を支配していたが漢民族の国ではなかった為に、支那との正式な外交は明治45年(1915年)の「中華民国」誕生まで待たなければならなかった。

 明治4年、「日清修好条規」を結ぶ迄の約1200年間に亙り、日本は日本列島の中で独自の日本文化を熟成させた。

 大陸からの漢字に音と訓をつけ、ひらがな(のちにカタカナ)を付け加え、大和言葉を表現し、支那とは全く別の文字体系と文化を創造した。

 一方、支那は戦乱に次ぐ戦乱、易姓革命の連続で文字文化の発達は全く止まった儘だったのだ。況してや現在の共産党一党独裁の中華人民共和国は戦後の昭和24(1949)年に建国された新興国でしかない。

 日本人は異文化を吸収し、より善いものを生み出す国民性であり、親中派が「日中は同文同種、一衣帯水である」という認識は全くの誤りである。

 我が国は世界の中で最も優れた精神文化と独自の価値を有する国家であり、民族、宗教、言語、歴史、価値観、習慣、制度は日本独自のものなのだ。

 韓国への幻想も同様である。

 ペリーの黒船が来襲し、我が国はこれに対抗するため強力な中央集権国家を形成しなければならないと「明治維新」の大業を成し遂げる。

 我が国が世界に独立を宣言すると、隣国の大韓民国にも独立を促した。しかし、李氏朝鮮は覚醒することはなかった。

 当時、朝鮮は清国の属国であり、これに怒った清が日本との戦争に至るのだが、それが「日清戦争」である。

 この戦いに我が国が勝利し、戦利品として「台湾」「澎湖諸島」「遼東半島」を割譲されるが「三国干渉」により頓挫する。

 清が滅び、巨大な空き地と化した支那の領土は世界の国々に蚕食されることとなると、巨大国家ロシアも南下政策を執り、日本に割譲された遼東半島を始め、韓国にも触手を伸ばして来るのだった。

 当時、韓国独自でロシアと対峙することなど到底無理。その意味では、寧ろ日本による韓国保護の必要性を認め、日本と一体となった上で民族の自立発展の道を模索しようとした「日韓合邦派」の主張の方が現実的だったのだ。

 頑迷固陋な韓国は「合邦派」や日本の意見に耳を貸すことはなく、李王朝はロシアに保護を求め、ロシア公使館に逃げた。

 我が国が日露戦争に勝利すると朝鮮独立の機が失ったのは当然だろう。

 「日韓併合」は、今の国連に当る「万国平和会議」で世界満場一致で可決されることとなるが、三等国家の韓国が、独自の力による近代独立国家建設の道など在り得ず、日本の協力があって初めて文化的生活を得られたのである。

 その悲劇こそがこの日韓関係の日韓関係足る所以であり、我が国に責任転嫁する前に韓国国民こそ自らの責任を真正面から見つめ直すべきである。

 韓国は、こうした現実は無視し、相変わらずの「事大思想」「虚言癖」から物事を冷静に判断出来ないでいる。

 「日韓併合」に対する認識も、西洋列強の植民地支配とは違うという。

 要するに西洋の植民地支配は先進国が後進国を支配したのであって「日韓併合」は、後進国の日本が、先進国の韓国を支配したのであって、ナチスドイツのフランス侵略と同じだというのだ。

 韓国人の事大思想にはホトホト呆れるが、事実として米国も英国もオランダもフランスも、またドイツも植民地支配を謝罪したことは無い。

 こうした侮蔑を繰り返す韓国に何を譲歩し、何を慮るというのか。

 慰安婦問題は単なる強請りのネタでしか無く、歴史認識問題にしろ歴史を正面から見つめ直すのは韓国自信だろう。

 中共にしても干戈を交えたことも無い国と平和条約を締結したことが抑々の間違いであり、米国側が波風を立てる様なことはせずにこうした国と仲良くしなさいというのも米国にとっての国益ででしかない。

 米国にとって避けなければならないことは朝鮮半島の赤化だろう。これを阻止する為にも日本と韓国が必要だということ。

 それ以外の理由は取って付けたりに過ぎないものだ。

 韓国が赤化すれば米国にとってはアジア戦略の崩壊を意味する。

 米国は日本へ拠点を移し、北朝鮮から核攻撃やテロ攻撃に備えるだろうが、韓国赤化と同時に対馬や尖閣列島、更には沖縄が標的とされるだろう。

 そうなってからでは遅いし、日米同盟が未来永劫続くとも限らないのだ。

 靖國の英霊への感謝の誠にさえも難色を示す国との同盟などとても続くとは思えないし、米国を頼り続けることで我が国の国體が護れるとは思えない。

 中共の圧政に呻吟する周辺国家、ウクライナ情勢にみるロシアと米国との関係も決して他人事ではない。

 そんな中で、我が国が米国の単なる防波堤に甘んじた儘でいい筈がなかろう。

 我が国が採るべき道は中韓との偽善だらけの平和友好や、米国との同盟強化ではない。護るべきは国體、つまりは皇統の護持唯一点在るのみ。

 それには集団的自衛権の憲法解釈などという誤魔化しではなく、敗戦下に米国に強要された憲法を始めとした戦後のあらゆる価値観を見直し、日本と日本人本来の姿を取り戻す以外にはない。

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