2013年07月

2013年07月31日

君国に忠、親に孝なるは最も現実なる道徳である


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 「こおりやま」という市で発行している広報を読んだ。その中の「市議会だより」に、市議会最大会派・創風会会長の鈴木裕治議員の質問が載っている。

 「道徳教育の充実について」として、道徳教育の充実を図らねばならないと訴えている。実に尤もな質問だと思う。これに対する市側の答弁がいい。「早寝、早起き、朝ご飯、そして宿題、お手伝い」と、あるべき子供像の具現化を図る為にも道徳教育に努めていく。

 道徳教育で大事なものは幼年期の「躾」であり、道徳として学んだことを如何に行動で表せることが出来るかが大事。そして、道​徳教育の根本は「教育勅語」に示されている通り「忠孝の道」を確​立することに在る。

 愚生のブログの冒頭には哲学者・西晋一郎の言葉を記している。

 「我が民族の将来と国家の前途を思うは人間の最も真剣なる感情であり、君国に忠、親に孝なるは最も現実なる道徳である。之を離れては人類愛も世界的正義も空想に過ぎない」

 西晋一郎という人物は、昭和天皇に論語の漢籍の進講をされたこともある戦前の日本を代表する倫理哲学者だ。

 要するに「君国に忠、親に孝」これを離れては、人類愛も平和主義も憲法論議も空理空論どころか、ただの「空想」に過ぎないということだ。

 我が国は、2700年以上の歴史が続く君主国家だ。そして神武建国の理念は、「八紘をおおいて一宇となす」という家族国家の形成に在る。

 日本を再生するということは、日本が欧米の様な国になることではない。日本を再生するということは、その原点である日本の背骨を取り戻すということだ。

 そして日本の背骨とは何かといえば、「君国に忠、親に孝」ということ。つまり、我が国は天皇を戴き(君)、全ての日本人(国)が、陛下のもとにひとつの家族となって(忠)、先祖代々続く日本人としての血統を重んじ(親)、父祖に恥じない生き方を実現する(孝)、ということだ。

 日本人として生きて行く上で大切なものは国への忠誠心と親への孝養である。

 安倍政権下、財政再建と景気回復に躍起だが、それよりも大事なものは道徳教育であり、道徳は単に教えるだけではなく、実行させることが大事なのだ。

 上杉鷹山は、「単に帳簿上の赤字を克服すれば財政再建が出来るという訳ではない。今は困窮の余り、この国の人々は目先の利益のことしか考えず、他人のことを思い遣れなくなっている。人々の心にも赤字が生じてしまったのだ。これを克服しなければ、喩え帳簿上の赤字を克服したとしても、また同じことを繰り返すだろう」と断じた。

 鷹山公が訓えた様に、目先の財政再建策より、先ずは道徳教育の充実を図るべきなのだが、現実的には悠長に事を構えていられないのが現在の財政状況。

 現在の我が国の一般会計予算を見れば、税収が40兆円余りしか無いのに予算は約100兆円。税収の多くは医療費と社会保障費で消える。 

 こうした状況下では遠回りな様な気がするが、財政再建する上で最も大事なことは「人々の心の赤字」の解消、つまり道徳教育の充実であり、国への忠誠と親への孝養の実践を図ることこそ肝要なのである。

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2013年07月30日

安重根は愛国者に非ず、真の愛国者は李完用である


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 東アジアカップで韓国の英雄「安重根」の肖像画が掲げられた。果たして安重根は愛国者だったのだろうか。

 明治42年(1909年)10月26日、ロシアのココツェフ外相との会談の為ハルピンに到着した伊藤博文は駅構内で凶弾に倒れた。この時、伊藤の他に日本人の随員も負傷している。

 捜査の結果全部で13発の銃弾が発射されたことが判明している。このうち安重根から発射された銃弾は5発だが、その全てが伊藤には命中していない。致命傷になった弾丸は駅構内の二階から発射されたフランス騎馬銃の弾丸2発。安重根が犯人ではないのは今や歴史的事実だ。

 「日本の韓国支配が進む」と安重根は他のカトリック教徒と共に義兵闘争に参加するが、列強が虎視眈々と狙っている国際背景に対する理解や、韓国が独立国としての対応能力を失っている点に気付かず、更には韓国自身に対する批判や反省をすることなく、テロの実行に加わったのである。

 この伊藤博文暗殺事件は日本は当然乍ら朝鮮国内を震撼させ、日本の報復を怖れた韓国政府と民衆の反応は「日韓併合」に傾き、日本国内でも併合論が大勢を占めたのだった。併合に反対だった伊藤博文が暗殺された事で、皮肉にも「日韓併合」は急速に進んだのである。

 ハーグ密使事件で退位していた高宗は、この事件について、「伊藤を失った事は、我国と謂わず、日本のみならず、東洋の不幸である。その凶弾が韓国人と在っては赤面の外無い。日本天皇は唯一の重臣にして太師の伊藤を亡くされた。それなのに伊藤を害した兇徒を出した国の皇太子を、飽く迄も輔育する誠意を見せた。山よりも高く海よりも深い恩義有る日本皇室に、どう感謝の意を表すべきだろうか」と表明した。

 日本に敵対して来た高宗の言葉だけに、この言葉を聞いた朝鮮民衆の「日韓併合」への抵抗は薄れ、一気に「日韓併合已む無し」との意見が大勢を占めて行く。

 翌年2月14日、日韓併合前に安重根は処刑された。現在、韓国では安重根を救国の義士として祀っているが、「反日」を叫ぶ上でのカリスマとして都合がいいだけで、犯人に仕立て上げられ、愛国者に祀り上げられた当の本人は、現在の韓国の現状を嘆いているのではなかろうか。

 安重根の純真な愛国心を否定するものではないが、方や、第二次、第三次日韓条約、日韓併合に賛成し、朝鮮の近代化を遂げた李完用は今では「親日反民族行為者」と認定され、子孫の所有する土地、財産は没収とされた。

 日清戦争後、ロシアが南下政策を開始し、日本が割譲された遼東半島に攻め入り、韓国までも触手を伸ばす。この時、韓国独自でロシアと対峙することなど出来なかったのは歴史が証明している。

 その意味では寧ろ、日本による韓国保護の必要性を認め、日本と一体となった上で、民族の自立発展の道を模索しようとした、李完用ら「日韓合邦派」の主張の方が現実的だった。

 韓国が非難して止まない差別と弾圧の「日帝支配」なるものも真実はその逆で、世界に例を見ない極めて公平で平等な制度だった。だが今や「日韓併合」は「日帝支配」と歪曲され、「日韓合邦派」は犯罪者とされてしまった。

 だが果たしてどちらが本当の愛国者だったか。真の愛国者は安重根に非ず、李完用こそが韓国の愛国者であり、英雄であろう。

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2013年07月29日

韓国に在るのは「反日」だけで、真の「愛国者」はいない


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 サッカー東アジア杯は柿谷がロスタイムにゴールを決め日本が初制覇した。

 こうした日韓戦に必ず冷や水を浴びせるのが韓国サポーターで、昨日もサッカーに政治問題を絡ませ、「歴史を忘却した民族に未来はない」とした横断幕を掲げた。その言葉は我が国への抗議というよりも韓国にぴったり当て嵌まる。

 挙げ句に安重根の肖像画を挙げたというが、安重根こそ英雄に仕立て上げられた悲劇の人物だ。伊藤博文暗殺は安重根ではなく、また「日韓併合」に反対していた伊藤の暗殺によって「日韓併合」が早まったという事実こそ直視すべきだろう。

 韓国人は、愛国者気取りで日本に憎悪を剥き出しにするが、日本への歴史認識云々の前に、韓国こそ冷静に公平・公正な歴史を学ぶべきだ。

 韓国の愛国心は安っぽい「反日」のみ。歴史認識も「反日」から発したもので、その洗脳から覚める気配は全くない。ある意味、米国の占領政策によって自虐史観を植え付けられた日本の左翼と同じで、気の毒とも言える。

 韓国のウソの原点は李承晩の「大韓民国臨時政府」のウソに在る。国定教科書でも「対日宣戦布告」等、「反日」を過度に強調する余り、ウソの歴史にウソを重ねるしかなくなっているのが現状なのだ。

 例えば「日清戦争」にしても、当時朝鮮は清の属国であり、明治維新によって我が国が近代国家に向けて歩もうとしている時、朝鮮も清も目覚めることはなく、安全保障上、朝鮮の独立を促した。

 結果、日清・日露戦争や「日韓併合」に繋がって行く訳で、こうした世界の情勢や朝鮮半島の近代史を知るにはペリー来航の時代から学ばねば解るまい。

 その後勃発した「日露戦争」も、その後の日韓関係の悲劇の現実こそが「日韓併合」であり、大東亜戦争にしても「日本人として我々朝鮮民族も共にアジア解放の聖戦に立ち上がった」というのが真実だ。

 そうした事実を伝えないで、或いは学ぼうともせず、李承晩が「臨時政府として対日宣戦に参加した」などというウソを教えるからややこしくなるのだ。

 冷静に自国の歴史を振り返れば理解出来るものを、誰もそれを知ろうともせず、 それを糺そうともしない。一体いつまでウソを吐き通すつもりなのか。

 韓国は憲法前文で、「大韓民国は3.1運動により建てられた大韓民国臨時政府の法統を受け継ぐ」と規定しているが、「大韓民国臨時政府」は国際的にも認められておらず、サンフランシスコ講和条約への署名も認められなかった。

 韓国側の牽強付会の説などいつまでも通用するものでもなかろう。国際的な常識を無視し、「独立を我々の手で勝ち取った」という神話を捏造してしまったところが韓国の悲劇と言えるが、そうしたウソを認識し、改めない限り、世界からも取り残されて行くだろう。

 何か問題が起これば、「全ての責任は日本に在る」と責め立てているばかりで、己らの歴史を忘却している様ではそれこそ韓国の未来が危ういのではないのか。

 何れにしても韓国は、自らの責任を真正面から見つめ直すべきで、それを実行出来るのが真の愛国者なのだが、韓国に愛国者や憂国の士はいない。

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2013年07月27日

靖國神社と明治神宮の「宗教法人」を見直せ!


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 本来、神社=神道とは宗教ではなく、日本人の心に清む惟神(かんながら)の道である。つまり、宗教法人でもないので信仰の対象というものでもない。

 宗教法人の規定は「教祖」と「経典」と「布教活動」の三条件が必要。

 靖國神社や護国神社が「宗教法人」となっているのは、戦後GHQの「神道指令」を免れる為に、御祭神を別なものにしたりして已む無く採った智慧であり、本来ならば昭和27年4月の主権快復の折に国が護持すべきだったのだ。

 靖國神社の英霊は教祖でもなく、靖國に経典はない。唯々、英霊の鎮魂と顕彰をする社であり、「宗教法人」を取っ払い、国で護るのが本来の姿なのだ。

 一方で、明治神宮は神社本庁から離脱し「宗教法人」となったが、建立の趣旨から鑑みても逸脱しており、先人の努力も、国民の総意も踏み躙るもので看過出来るものではない。

 平成16年4月、陛下の御親拝なされる際の関係者への案内状に「陛下」を「殿下」と誤記してしまった責任を取って離脱したと、明治神宮側は理由を説明するが、正に堅白同異の弁であり、神社庁での主導権争いや確執の末の離脱というのは明らかだ。

 明治神宮は周知の通り、国民の総意により、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲び創建された神社であり、それを私物化し、営利至上主義に奔っている現状は正に憂慮すべき事態といえよう。

 神職に携わる者が営利に奔り、神社庁に属さなくても独立採算出来るというその姿は実に醜く、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲ぶ神社としては不謹慎過ぎる。明治神宮の宗教法人も靖國同様見直すべきだろう。
  
 8月15日の靖國参拝を見送った安倍だが、秋の例大祭も精精「真榊奉納」が関の山。首相に就任すれど、竹島の日の政府主催を見送り、尖閣への領海侵犯を容認し、TPPへの済し崩し参加と来て、終いは消費税アップで目的達成か。

 靖國への不参拝を「痛恨の極み」と言った人間が春の例大祭も「みたままつり」もシカトだった。まぁ曲学阿世の安倍ちゃんらしい(嗤)

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2013年07月26日

首相の靖國神社への参拝は憲法20条第3項違反に問われるぞ!


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 日本国憲法第20条は次の様に記されている。

 1.信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

 2.何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

 3.国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

 国民の信教の自由は認められているが、宗教法人への非課税は「国からの特権」の行使であり、公明党なんぞは明らかな憲法違反の存在だろう。

 また何人も宗教行事に参加することは自主的なものでなければならず、政治家が自主的に宗教行事に参加するのは否定されないが、総理大臣や国務大臣、政務官など国や国に係わる者が宗教活動に参加することは認められてはいない。

 高市早苗政調会長は、「日本の国策に殉じて尊い命をささげた方を、どのように慰霊するかは日本国内の問題だ。外交問題になる方が可笑しい」と述べたが、御尤もな発言だ。

 菅官房長官も、「(靖國神社参拝は)心の問題だ」と中韓からの抗議にそう発言したが、靖國神社が政治的な問題になってしまったのは売国マスコミの影響も然ることながら、元凶は中曽根康弘の所謂「終戦記念日」の参拝からだ。

 靖國問題にしろ、慰安婦問題にしろ、事の発端は日本側に在る。国家として「謝罪」も「約束」も、そして「譲歩」もしている訳だから、中韓側に「内政干渉」だとか「心の問題」とかで済まされない現実が厳然と存在してしまっているのだ。

 「日本国内の問題」と言うなら、本気で靖國神社の在り方を論ずるべきだ。

 戦後、日本外交は「謝罪」と「賠償」さえしていれば問題ないと思っていたのは事実。屈辱的な土下座外交での譲歩が更なる譲歩を生み、結果、日本国民の誇りや自尊心を傷付けて来たのだ。

 靖國神社の問題にしろ、歴史認識にしろ、歴代内閣の不作為こそ元凶であり、それを改めない限り、更なる屋上屋を架すことになるだろう。

 抑々総理大臣や国務大臣が靖國神社への参拝することは、第20条違反に問われるものなのだ。また所謂「A級戦犯分祀論」なる問題も靖國神社側への政治介入と威圧行為であり、憲法20条違反だ。

 最近は保守ブームで勇ましい意見を耳にするが、靖國神社を語る上でも憲法議論は避けては通れない。憲法は9条だけではないぞ。さぁ安倍自民党よ、どうする!

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2013年07月25日

安倍の「終戦記念日」靖國神社不参拝決定は無難な選択


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 安倍総理が8月15日の参拝を見送った。尖閣や歴史問題で冷え切った中韓から要らぬイチャモンを吐けられ無い為にも早々に発表したことは無難な判断だ。

 早速、賛否両論というか、自称保守派からの批判が多い様だが、抑々、所謂「終戦記念日」の参拝は中曽根康弘の策謀なのだ。

 中曽根は「公式参拝」を宣言し、日本武道館での全国戦没者追悼式のその序に参拝した。仰々しく遺族を並ばせ、自分は御祓いも手水もせず、それも一礼だけの神道否定の参拝だった。

 その後、中共から抗議されると内政干渉に屈し、中共からの要求にも応じる。

 「支那人就学生10万人計画」を実行し日本を犯罪天国にし、刑務所を支那人犯罪者で満員にしたのも、歴代続いた靖國神社への公式参拝が中止され、その後の内閣の前例になったのも、中曽根の靖國参拝がきっかけとなった。

 所謂「終戦記念日」の参拝とその後の中共への優遇制度を見れば、初めから計画されていたものと断じても間違いではあるまい。

 今でも大勲位を気取りながら「A級戦犯分祀論」で世論を攪乱しているが、これを「老害」と言わずして何という。中曽根こそ超A級の国賊と言えよう。

 何が悲しくて終戦の日に参拝せねばならないのか。国会議員やネット右翼が終戦の日に挙って参拝することは「贔屓の引き倒し」と揶揄されても仕方がない。

 8月15日には、多くの右翼団体やネット右翼らが大挙して参集し、また反日活動家の金高素梅らも靖國前で反日活動を繰り広げるが、左右陣営入り乱れての御祭り騒ぎはやはり感心しない。

 愚生も靖國神社終身正会員であり、年に何度かは参拝するが、8月15日に靖國神社へは詣でたことはない。やはり、同期の桜に「花の梢に咲いて逢おう」と在る様に桜満開の季節に詣でるのが一番だと思っている。

 終戦の日は、陛下が御親拝なされる静謐な環境を作ることこそが肝要であり、「総理の参拝が出来ずに陛下の御親拝が成されることは無い」などという意見は本末転倒、政治家が態態波風を立てるべきことでもない。

 安倍は秋の例大祭に堂々と参じればいいし、一刻も早く我が国の正当な歴史認識を取戻し、贖罪意識を払拭することが国家盛衰の要となるのは言うまでもない。

 抑抑、靖國神社には戦争犯罪人は祀られていないし、我が国に「戦犯」など存在しない。政治家どもが平然と「A級戦犯」だとか「戦争犯罪人」などと語ることがあってはならないのだ。

 戦争犯罪とは、ハーグ陸戦法規やジュネーブ条約に規定される「捕虜に対する人道的取り扱い」や「無防備地域に対する攻撃の禁止」など、戦闘行為に於ける将兵の「国際法違反」を問うものだ。

 当時の国際法では、戦争を遂行した国家の主導者が個人的に犯罪者として裁かれることは無かったし、今日でも、国際法の直接的指導・命令者で無い限り同様だ。

 然るに、東京裁判では被告の方々は「平和に対する罪」「人道に対する罪」と称する事後法によって裁かれたのだが、この様な事後法は、隣の韓国じゃあるまいし、近代法治主義が最も忌み嫌う行為である。

 東京裁判の目的は、勝者の敗者に対する見せしめであり、復讐であり、日本は「悪」であるという虚構の観念を全ての日本人に植え付ける為のものだった。未だこうした東京裁判史観が蔓延してることは政治家の怠慢以外の何物でもなかろう。

 東京裁判での弁護人・ブレイクニーは、「広島・長崎への無差別殺戮兵器の原子爆弾の投下を命じた者に被告らを裁く資格は無い」と叫んだ。

 同じ米国人弁護人・ローガンは、「欧米から経済的、軍事的に追い詰められた結果の日本の自衛戦争である」と指摘し、そしてインドのパル判事は被告全員の「無罪」を主張した。

 今必要なのは冷静且つ客観的に、そして科学的に大戦の是非を明らかにすることが肝要で、靖國神社には「A級戦犯が祀られている」だとか、「戦争犯罪人を祀るべきではない」だとか弄したところで何になるというのだ。

 世界のどんな国でも「英霊」には最大の名誉が与えられている。それに比べ、我が国では、自ら「A級戦犯」「B・C級戦犯」「戦争犯罪人」などと呼称しているのは実に情けないもので、日本人の精神的貧困さを示す最たるものだ。

 終戦記念日は遺族の方々が心安らかに参拝することが大事であり、静謐な環境をつくり、陛下の御親拝が実現されることを願って止まない。

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2013年07月23日

菅直人、民主党からトンズラし山本太郎と脱原発運動で共闘か!?


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 極左に支持された山本太郎が当選し、今後、山本の公設秘書やブレーンには中核派やMPD(平和と民主運動)らが入り込み、策謀を重ねるだろう。先日、鈴木寛に殴り掛かった中核派の女は論功行賞で第一公設秘書に採用か(笑)

 そういう意味では、極左にとって神輿やシャッポは軽けりゃ軽い方が都合が好い訳で、山本太郎なんてのは打って付けのキャラクターだろう。

 海部内閣時代、幹事長だった小沢一郎は「海部首相の無能」との世の評判に関し、「シャッポ(帽子)は軽い方がいい」と、自分が担ぐ(被る)ものは、有能でない方が使い易いという意味の発言をした。

 この発言は小沢一郎の性格を良く現した話として、新聞紙上を通じ一気に有名になった。その後の細川内閣成立、自民党の下野の立役者として活躍した小沢一郎の、正に代名詞になったかの如き発言だった。

 しかし、この「シャッポ発言」は小沢側近の平野貞夫が言ったことだと判明する。平野が記者の前で、オフレコで話した言葉だった。

 しかし、記者らはそれを「平野秘書」と書かずに「小沢幹事長が」という主語で記載した。一秘書の発言よりも小沢の発言とした方が、よりニュース性が高いと判断したからだ。マスコミはこうして印象操作し国民を誘導する。

 マスコミは「周辺のエピソード」を、全て小沢の功績かの様に報道し、この印象操作によって、何でもない事や日常茶飯事も、全て国民の持つイメージを増幅する形でデフォルメ(誇張された表現)されてしまうのだ。

 マスコミは頻りに山本太郎を持ち上げ報道しているが、これも小沢の印象操作と同様の手法で、この様にして生まれた「幻想」は国民にとって悪害でしかない。

 事故調査委員会が原発事故を「人災」と認定したにも拘らず、当時の最高責任者だった菅は何ら責任は取ってはいない。それどころか己の対応を正当化し、「脱原発」「反原発」を訴える始末。

 やはり原発事故の御粗末な対応にしろ、「脱原発」や「反原発」、或いは巷に蔓延する「放射能ヒステリー」は、菅によるマッチポンプだと断じていいだろう。

 事故後の対応の拙さ、正確な情報を流さず、隠蔽を謀ったことで、国民の不安は増大し、福島への要らぬ風評被害や差別を生んだ。

 福島への差別や風評被害が止まない原因は、山本太郎や菅直人らの反原発運動が功を奏してる結果だろうが、いい加減、学んだらどうなのだろう。尤も、学んだところで己らの過ちや愚かさを認めることは無く、屋上屋を架すだけだ。

 山本太郎の政党名は「今はひとり」だった。民主党惨敗を受け、流石の民主党も惨敗の最大要因となった菅を除名で党内問題の収束を図り、菅は菅で、もう必要価値の無い民主党なんぞに未練はなく、山本と脱原発運動で共闘を謀るだろう。

 そうなりゃ政党名は「やっとふたり」か(笑)

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2013年07月22日

「ねじれ」は解消したが、自公連立も解消せよ!


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 参院選挙の結果は大方予想通り。「ねじれ」は解消したが、「改憲」に必要な3分の2以上の議席は確保出来なかった。自公連立が続く限り、憲法改正は愚か、戦後政治からの脱却を図ることすら到底不可能と言うこと。

 惨敗した民主党は早々に解散し、民主党内に埋もれる保守派との新たな連携や政界再編を模索するべきだ。

 今回の選挙結果を冷静にみれば、「自民党の勝利」ではなく、「国民良識の勝利」とも言えるだろうが、一方で、共産党の躍進や、福島県産品を「放射線廃棄物」だと言い張る山本太郎の当選とその得票数を見ても、今後、保守VS左翼勢力の構図は鮮明になって行くだろう。

 ソ連崩壊後、東欧では「マルクスレーニン主義」を捨て去り、党名も変更した。先進国の中で合法政党の地位を有しつつ堂々と「共産党」を名乗っている存在は中国共産党と蛆虫・日本共産党だけ。

 「天皇制」を容認してはいるが、党綱領の中の「君主制廃止」の文言は削除されてはいない。何故なら天皇制廃止は、革命政権樹立後の問題であるからだ。

 国民は想起せよ!ソ連崩壊後の暗黒一党独裁を!中国共産党の人民殺戮を!金日成やポルポトの粛清の嵐を!

 今回の左翼勢力の躍進は共産党の「ソフト路線」に騙された結果であり、憲法改正は第9条や96条ではなく、「第1条」の条項の「主権の存する国民の総意」云々の部分を問題提起し、それを改憲の突破口とすべき。

 第1条の認識は、池田太作の傀儡政党である公明党も共産党と同じ認識であり、自公連立が続くことは、同時に我が国の国柄をも失い続け行くことになるのだ。

 抑々「創価学会=公明党」は極めて戦後民主主義であり、反国家的な団体であり、天皇陛下を族長と仰ぐ日本国家の正統にとっても悉く異質な存在。

 「外参権付与」「自虐史観」「反靖國」「反天皇」と挙げれば限が無いが、今や政治、経済、文化、教育と創価学会は巷に蔓延し、日本を蝕んでいる。

 マスコミは「自公で過半数確保」と、恰も自公連立が当然の様な報じ方をするが、抑々公明党は「改憲」にしても反対の立場であり、自公連立が続く限り憲法の見直しすら出来ないということだ。

 安倍や石破は「政策ごと一致する政党と連携する」と言う。ならば「靖國」や「安全保障」などで国家観を異にする公明党との連立に固執する必要も譲歩する必要もなく、連立を解消し、同じ志を共有する政党、政治家と連携し「道義国家・日本」を創造せよ!

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2013年07月20日

今日7月20日が本当の「海の日」です


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 戊辰戦争で「朝敵」「逆賊」に仕立てられた会津藩は、不毛の領地「斗南藩」に移されることで終結する。開拓は艱難辛苦を極めたが、その開拓がその後の津軽、青森の発展に寄与したことは言うまでもない。  

 会津藩に限らず戊辰戦争で幕府に恩義を感じ、抗戦し、敗れた多くの東日本の雄藩は、新政府に参政することなく辛苦の日々を送っていた。

 「賊軍」の汚名を着せられた多くの人々は、新政府に対して言いたいことは山ほどあっただろう。だが彼らは臥薪嘗胆、耐えることで國全体が保たれるのならばと己の悲運を甘受し、その抗し難い天命を潔しとした。

 今日が本当の「海の日」。明治9年、東北・北海道へ約50日に及ぶ巡幸に臨まれた明治天皇が「明治丸」で横浜に帰港された日が7月20日であり、この日以外の「海の日」に何の意味が在るというのか。

 この巡幸の目的が戊辰戦争に敗れて以降、艱難辛苦の日々を送っていた人々を明治天皇が慰撫し、激励する為に他ならない。

 出発は6月2日、馬車で福島から仙台、岩手、青森と北上、次いで明治丸で津軽海峡を渡り、函館を経て三陸沖を海路戻るというコースを辿っている。
 
 この間、東北の人々は巡幸の先々で奉迎した。

 明治天皇も各地で開墾や産業の振興に尽くした功労者を労らわれている。愚生の住む郡山(安積)では、荒野を拓いて出来たばかりの桑野村まで分け入り、開拓者の苦労話に耳を傾けられ、金五万円を下賜された。

 弘前に在る「東奥義塾」では外国人教師による英語教育が行われていて、生徒10名が英語を披露。天皇はその進取の気象に感心され、ウェブスター辞書を買う代金にと一人につき金五円を与えられた。

 また或る地方では、小学生が献上してくれた蛍一籠を嘉納され、岩手では太布半纏(ふとのばんてん)と呼ばれる農民の仕事着をお買い上げ遊ばされている。

 どの逸話も明治天皇の慈愛に満ちたもので、天皇と国民は正に君民一体。東北の人々との間に親しく絆を結ぼうと努める明治天皇の面影が偲ばれる。

 この東北巡幸を以て、逆賊も朝敵もなく、一切の蟠りも無くなったのだ。

 東日本大震災と原発事故に疲弊する我々東北人にとって「海の日」は、被災地に思いを寄せる今上陛下の大御心と通じる感慨深い日でもあり、改めて皇国臣民としての自覚を新たにし、更なる救国運動に邁進せねばならない。

 天皇弥栄(すめらぎいやさか)

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2013年07月19日

今や誰もが使っている「協働」という言葉だが・・・


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 今日の地元紙の社説は、復興の為の決め手は「教育」であるとし、人材育成には「協働」しようと呼びかけている。「教育」は国家の大本であり、人材育成は大事であるというのは些かも異論はないが、何故に「協働」なのか。

 今や誰もが使う「協働」という言葉だが、この「協働」は抑々生協が使用してた言葉で、共産党の造語だ。

 その意味は、「同じ目的の為に、対等の立場で協力し て共に働くこと」。コラボレーション(collaboration)だというが、ならば「共同」で十分だろう。

 「共同」と「協働」の目的は全く違う。「協働」の主体は「国民」ではなくあくまでも「市民」なのだ。「市民」「市民」のオンパレード。

 参加しているNPOはといえば「市民活動団体」、所謂「プロ市民」という名のクソ左翼どもだ。これだけでも「協働」のその目論みが理解出来よう。

 「協働のまちづくり」推進派は、「市民とは必ずしも地域住民に限定されるものではなく、NPOを始め、企業などの企業市民も含まれ、また、地域の一員という意味では行政もまた行政市民という名の市民である」と説明する。

 今やその「協働」という造語があらゆる場面で飛び交い、保守を標榜する政治家までもが何の疑いも無く使っている始末。そんなに「市民」が大事か。市民よりも大事なものは「国民」。この意識がなくて「教育」など語れない。

 いつの間にやら我が国はカタチを変えた共産主義が蔓延り、その「カタチ」は実に陰湿になった。こうした行政側への共産主義の介入を奨めたのは共産党ではなく自民党だったというのは実に御粗末だ。

 更にカタチを変えた左翼勢力は夫婦別姓、男女共同参画社会、ジェンダーフリー、人権擁護法案、共生社会、外国人参政権、外国人住民基本法案、極め付けは女性天皇容認論と次から次へと策謀を重ねている。

 自民党議員が「夫婦別姓」運動に騙されたと気付いたのは、その企画が出されてから10年以上経ってからだ。それと同じ騙され方をしているのが「選択的夫婦別姓」や「女性宮家」問題であり、「協働のまちづくり」や「男女共同参画社会」なんぞ、騙されたという自覚も疑いも無く実行、推進してる始末。

 自民党の「立党宣言」には、「社会的欠陥を是正することに勇敢であらねばならない。われらは暴力と破壊、革命と独裁を政治手段とするすべての勢力又は思想をあくまで排撃する。(略)祖国再建の大業に邁進せんとするものである」と在るではないか。立党宣言は単なる画餅ではあるまい。

 自民党よ、今こそ立党精神に立ち返り、過去の過ちを糺すと共に、共産主義を行政権と連結せしめようとするあらゆる企画、あらゆる行動と対峙せよ。

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2013年07月18日

「頭が2つある子、生まれてますよ!」。聞いた話ですが・・・


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 画像は、緑の党から比例代表に出馬してる木村雄一。福島市内でライブハウスを経営していたが、震災後に福島から佐賀県に逃亡した。こういう自主避難者には災害救助法に則り生活費などが保障される。 こうした福島の地を捨てた自称・被災者が福島を貶めてるケースは後を絶たない。

 木村は公示日、九州電力本店前で第1声を上げた。これが実に酷い。

 福島県南相馬市の人から聞いたことだとして、「頭が2つある子、生まれてますよ。後は、無脳症の子どもも生まれてます」と話す。更に、福島県西郷村では、12年夏以降からも奇形の子が生まれているとし、「チェルノブイリの再来」だと煽り、「それを言うために僕は立候補したんです」と悦に入る。

 以前、日本生態系協会会長の池谷奉文が講演会で、「福島の人とは結婚しない方がいい」「今後、福島での発がん率が上がり、奇形児が発生する懸念がある」などとの発言したのを思い出すが、これと一緒だ。

 これの内容は全く根拠の無いものだったが謝罪するどころか頬っ被りをして逃亡した。木村にしろ池谷にしろ、或いは坂本龍一や山本10円ハゲらの根拠もない差別発言への怒りは治まることはない。

 反原発派が胡散臭いのは、こうした妄言に苦言も呈さず、それどころかこうした発言に便乗して福島差別を助長していることだ。

  こうした妄言は更なる差別と風評被害を齎し、放射線への誤解は復旧作業や復興にも影響を与えているのを知らぬ訳はあるまい。「流言は知者に止まる」というが、反原発派には知者はいない様だ。

 実際には有り得ないことだと分かっていても、実しやかに「奇形が生まれる」と言われれば気持ちの良いものではないし、特に福島県に住む女性にとっては不安になるのは当然だ。こうした発言は断じて赦されるものではない。

 因みに福島原発事故で放たれた家畜やペットから奇形が生まれたという事実はない。以前、ネット上で耳の無い兎や障害のある犬などがアップされ騒がれたことがあるが、それは放射線とは全く関係のないものだった。

 原発事故で「頭が2つある子」は生まれてはいないが、事故以来殖え続けているのは精神に異常を来たしている「反原発」「即廃炉」を唱える新種で、それは福島県内に止まらず、日本全域を蝕み続けている。

 反原発派よ、貴様らは結局何をしたいのだ。貴様らこそ原発や原発事故はなくてはならないものではないのか。福島原発事故を利用するな!

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2013年07月17日

脱法的談合で決められた「除染」なんぞ早々に止めてしまえ!


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 愚生の住むマンション周辺の除染が二週間ほど続いている。昨日から屋上の除染が始まった。これが五月蠅いのなんの。地響きと騒音に流石に我慢出来なくて家を出た。放射線で亡くなった人はいないが、この除染工事の騒音ストレスで体調を崩す人はいるだろう。ホント除染は迷惑でしかない。

 「除染」は国(環境省)から建設協会などが中心となって作られた除染組合に一括発注される。申し合わせたかの様に役人を除染組合に天下りさせる。結局は役人や業者が総ぐるみで除染利権にタカっているというのが現状。

 以前、入札で線量計設置工事を請け負った会社が、文科省に受注後に入札前と仕様を何度も変更させられた挙げ句、何やかんやとイチャモンを付けられて契約を一方的に切られたことがある。

 入札による契約を破棄された線量計設置業者の使用していた線量計はアメリカ製で、その後、新たに選んだ線量計設置業者は、原発官僚の天下り先として有名な原子炉メーカー「日立製」の線量計を使用していた。

 つまり、「日立製」の線量計を設置させる為に入札をしたが、談合に失敗して別な業者に落札されてしまい、官僚としてのメンツが壊され、無理矢理イチャモン付けて契約解除させたというのが真相だった。

 福島県内全域に設置されてる無駄な線量計はこの様に談合で作られたものなのだ。線量計設置で放射線の潜在的恐怖を住民に与え、その結果、新たに生まれたのが「住民の安心」という付けたりに過ぎない理由で始まった「除染」だ。

 「除染」は、法の抜け道を知り尽くす官僚らが巧妙に仕組んだ「脱法的談合」で決められたものというのが正しく、政府の入札で談合が行うのはマズイので建設業者に丸投げして誤魔化してるだけ。

 原発周辺の除染業務はゼネコンが一括受注し、2次、3次下請けに丸投げ。原子炉建屋を建設しているのは、鹿島建設(24基)、大林組(11基)、大成建設(10基)の3社だが、原発周辺の除染が何故にゼネコン独占なのかは言わずもがな、実に分かり易い構図ではなかろうか。

 環境省が先ず1兆円を無駄にバラ撒いて天下り先確保するという悪行は、暴力団やブローカーなんぞより悪辣で功名だ。この除染費用も東電に請求され、最終的には電気料金の値上げに跳ね返ってくる。要は垂れ流される除染費用は国民が出して、ゼネコンが儲かるシステムなのだ。

 無意味な除染は早々に止めるべきなのだが、それを言える雰囲気でもないし、ズバリ言える政治家がいないのが現状。尤も、反原発派や除染利権にタカる連中にとって、低放射線は危険なものでなくてはならないのだ。

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2013年07月15日

「海の日」の謂れを知っているだろうか・・・


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 今日は「海の日」になっているが本来は7月20日。明治9年、東北・北海道へ約50日に及ぶ巡幸に臨まれた明治天皇が「明治丸」で横浜に帰港された日に因んだ記念日が「海の日」です。

 巡幸の目的は、戊辰戦争に敗れて以降、艱難辛苦の日々を送っていた人々を明治天皇が慰撫し激励する為に他ならない。

 出発は6月2日、馬車で福島から仙台、岩手、青森と北上、次いで明治丸で津軽海峡を渡り、函館を経て三陸沖を海路戻るというコースを辿っている。
 
 この間、東北の人々は巡幸の先々で奉迎した。

 明治天皇も各地で開墾や産業の振興に尽くした功労者を労らわれている。愚生の住む郡山(安積)では、荒野を拓いて出来たばかりの桑野村まで分け入り、開拓者の苦労話に耳を傾けられ、金5万円を下賜された。

 弘前に在る「東奥義塾」では外国人教師による英語教育が行われていて、生徒10名が英語を披露。天皇はその進取の気象に感心され、ウェブスター辞書を買う代金にと一人につき金5円を与えられたという。

 また或る地では、小学生が献上してくれた蛍一籠を嘉納され、岩手では太布半纏(ふとのばんてん)と呼ばれる農民の仕事着まで買い上げられた。

 東北の人々との間に親しく絆を結ぼうと努める明治天皇の面影が偲ばれる。

 東日本大震災と原発事故に疲弊する我々東北人にとって「海の日」は、被災地に思いを寄せる今上陛下の大御心と通じる感慨深い祝日でもあるのだ。

 この様な由緒を持つ記念日が、「ハッピーマンデー」なる不見識な制度によって、その意味が薄れて行くのは実にもどかしい。

 「ハッピーマンデー」の目的は国體破壊であり、左翼陣営はこうした既成事実を積み重ねることによって、日本の歴史や伝統、文化を否定する論拠とするのだ。この愚策に、自民党や保守を標榜する政治家が同調して来たのは御粗末過ぎる。

 国體破壊を目指す左翼陣営の最終目的は、「勤労感謝の日(新嘗祭)」と「建国記念日(紀元節)」を「ハッピーマンデー」に組み入れることで、「連休がいい」などと安易な動機で祝日を語ることがあってはならない。

 我が国の祝日には夫夫意味が在り、これほど国柄の分かるものはないのだ。

 GHQが我が国の歴史伝統文化を否定することから始まった現在の「祝日法」を本来の在るべき姿に見直すことは喫緊の課題だ。

  「ハッピーマンデー」なんぞ百害有って一利無し!

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2013年07月13日

原発の危険性と利権構造を批判する反原発派も所詮「反原発利権」漁り


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 参院選挙真っ盛りですが、ニュースで各党党首の主な主張が流れていたので何気に見た。「原発問題」は票になると思ってるのか、有権者をバカにしているのか、対案も出さずに「脱原発」「即廃炉」を主張する厚顔さは呆れ甚しと言う他ない。

 「原発は危険だから即時停止しろ!」「再処理はコストがかかるから再処理せずに廃炉にしろ」などと叫ぶ。使用済み燃料を再処理せずに最終処分することは国民の安全が危険に曝されるばかりか、将来的に福島原発の事故以上の環境被害を及ぼすことを知ってるのだろうか。

 また使用済み燃料を再処理するとプルトニウムを含む酸化物が精製される。これを「プルサーマル」や「フルMOX」の原発で燃料として使わなければ「国際公約違反」になってしまうということを知ってる人は少ない。

 余剰プルトニウムを持つことは国際的に許されず、使用済み核燃料を再処理してしまうと原発を動かし続けなければならないという矛盾が生じてしまう。

 「反原発派」らが使用済み核燃料の再処理に反対し「即時停止」を叫ぶのもこうした理由からだ。「再処理せず即廃炉」は至難の業。反原発派らは対案も出さず唯唯「反対」。反原発派が軽佻浮薄と揶揄されるのはこういうことだ。

 原発は停止中でも原子炉冷却を続けなければならず、既に6兆円以上の化石燃料を費やしてる現状を見れば、原発を有効利用して行くことは日本経済を考える上でも、安全性を万全にし再稼働するというのは当たり前の話しではないか。

 先日、高市政調会長の「原発事故で死んだ人はいない」という発言が曲解され総バッシングを受けたが、高市発言は至極まともな話しで、それを言葉尻を掴んでケシカランというのは最早チンピラのイチャモンでしかない。

 喩えれば、原発事故で亡くなった人はいないが、パチンコで亡くなった人は相当いるし、「永崎海岸強盗強姦事件」の様に、死以上の被害を被った方もいる訳で、原発関連死だけに固執するのは如何なものか。

 「原発事故で死んだ人はいない」という言葉だけが独り歩きし、中身を知らない国民がそれに便乗する。マスコミ御用達の胡散臭げな自称評論家が登場し、雑言の限りを尽くす。「脱原発」「即廃炉!」の主張も同じ流れだ。

 これつまり、マスコミの世論誘導であり、安全を確保した原発は再稼働すると明言してる自民党の参院での選圧勝を阻止するものでしかない。だが、嗤えることに安倍の強さに敵わないと見るや、「勝たせ過ぎ注意!なんていう愚にも付かない作為的な報道を垂れ流している。有権者も随分とナメられたものだ。

 反原発派は原発の危険性と利権構造を批判するが、反原発派も所詮は「反原発利権」漁り。推進派と同じ穴の貉だ。人々の優しさや幼稚な正義感に漬け込む反原発派のキレイゴトに騙されるべからず。

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2013年07月11日

過激派「革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)」の公認候補・山本太郎が当選圏内!?


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 山本太郎が当選圏内に入ったという。山本は単なるタレント候補ではない。過激派「革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)」の公認候補であり、その目的は共産主義を行政権と連結せしめる役目である。

 中核派の機関誌「前進」には、山本の記事で溢れている。

 「被曝させない」「TPP入らない」「飢えさせない」という山本太郎氏の主張は、労働者階級人民の率直な叫びである。それは原発輸出と再稼働、TPP交渉参加、解雇規制撤廃、賃下げ・大失業、そして憲法改悪を進める自民党=日帝・安倍政権と真っ向から激突する巨大な闘いとなる。新たな時代の選挙闘争として都政を革新する会を先頭に、山本太郎氏とともに参院選闘争に総決起する決意だ。

 「7月4日公示された参院選は、東京100万人決起で安倍政権を打倒する決戦となった。原発再稼働とTPP、大失業攻撃と改憲に突き進む日帝・安倍への怒りを込めて、東京選挙区から立候補した山本太郎さんの必勝へ総力決起しよう。

 原発事故以来、反原発運動や脱原発を利用し、過激派「革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)」が勢力を伸ばし、NPOやNGOを隠れ蓑に左翼の蛆虫共は行政にも入り込んだ。

 愚生の住む福島県はその象徴とも言うべく、原発事故以来、反原発運動や脱原発を利用し、極左が勢力を伸ばし、NPOやNGOを隠れ蓑に行政にも入り込んだ。

 県内の復旧が遅れているのは、政治家の怠慢も然ることながら、県民に放射線の恐怖を煽り、国の政策に反対し続ける左翼が元凶なのだ。

 極左を取り締まるべき警察は、左翼やシバキ隊と与する梓澤和幸ら左翼弁護士の抗議に怯み、何ら手立てもなく拱手傍観を極め込んでいる。これ即ち警察権力は左翼の手に堕ちた証左でもあろう。 

 三島由紀夫は訴えた。「我々はあらゆる革命に反対するものではない。暴力的手段たると非暴力的手段たるとを問わず、共産主義を行政権と連結せしめようとするあらゆる企画、あらゆる行動に反対するものである」

 「反原発」「脱原発」や「子供達を被曝から守ろう!」というキレイゴトを口にして、極左らは行政権に入り込み我が国を蝕み続けている。

 山本らが「原発要らない!」と叫んでいるが、原発も原発事故も無くては困るのが山本ら極左だろう。今正に、三島の憂いが現実になってしまっている。

 我が国に巣食う、過激派「革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)」ら蛆虫共を撲滅しよう!

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2013年07月10日

東日本大震災以降、過激派「革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)」の勢力が増殖中


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 東日本大震災の被災地で、過激派「革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)」の勢力が拡大しているというのは既報の通り。

 福島大が拠点となり、学生有志による原発に関する勉強会が行われているが、福島大の学生だけではなく、各大学から中核派の活動家が集まり、ノンポリの学生を洗脳する。所謂「オルグ」というものだ。

 勉強会に集まった学生らに「全原発を廃炉に」というテキストを渡す。出版元は「前進社」。そして「原発を無くすには行き過ぎた資本主義を改善しないと」との主張を繰り返し、それを何の疑いも無く受け入れてしまう。

 受け入れやすいテーマから徐々に引き込む典型的な極左の手口で、中核派に入ってしまった福大生は少なくない。

 「オルグ」だけではない。前進社はホームページで子供用診療所の福島県内での建設を主張。建設推進団体の事務局には中核派活動家が入っているが、何のことはないNPOを抱き込み、「子ども」や「反原発」を利用した資金集め。

 「前進社」のホームページには、次の様なことが書かれて在る。

 「安倍政権は〈福島圧殺内閣〉だ。安倍は所信表明演説で、総理就任後初めての訪問地に福島を選んだことを得意げに述べている。だが、そこで行ったことは〈再稼働宣言〉なのだ。また、総選挙第一声で福島の地でやったことは、自民党の原発責任を問うプラカードを掲げる労働者・学生を自民党員が力づくで押さえ込むことだった。これこそ、安倍の掲げる改憲の正体であり、〈公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない〉とする自民党改憲案の中身だ!」

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 自民党の演説会には活動家がプラカードを持った活動家らが仁王立ち。それを公安や警備が取り囲む。

 参院選当日、安倍が福島市で第一声を上げた日、質問ボードを掲げた女が警察当局から排除された。これに対し女は「表現の自由」が侵害されたとして弁護士を通じ当局に抗議したという。告発じゃなく、抗議というのがヘタレだが、こういう記事が新聞に載るのも不思議というか、今どきと言うべきか。

 警察に抗議したのは、新大久保ヘイトスピーチデモに関し、警視庁への申入れと人権救済申立てを行った梓澤和幸弁護士。名うての左翼人権派弁護士だ。

 その極左暴力団らが頻りになって応援しているのが「山本太郎」。何やら当選の可能性もあるというが、当選したら警察はもっとやり辛くなるだろうよ。

 今や左翼は政治や行政の中枢数に入り込み日本を蝕み続けているが、警察には「右翼暴力団対策」という看板はないが、「極左暴力団集中取締本部」と「広域暴力団集中取締本部」という看板が掲げられている。その看板が伊達じゃないなら、徹底して蛆虫共を排除、根絶するべし。

 それにしても画像を見ても、純粋というか無垢な正義はいい表情を醸し出してるよなぁ。皆さんも、くれぐれも優しく近付いて来る左翼には御用心を!

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2013年07月09日

女川原発を再稼働し、東北の復興を加速させよ!


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 原発の新規制基準が施行された昨日、北海道、関西、四国、九州の四電力会社が原子力規制委員会に対し、5原発10基の再稼働に向けた安全審査を申請した。

 これに合わせた様に、松山市で開かれた全国知事会議で、佐藤雄平知事は「県民の思い」だとして福島第一・第二原発全基の廃炉を訴えた。「県民の思い」というが、自称被災者や中核派らに洗脳された連中の思いじゃないのか。

 マスコミも再稼働には反対の立場から、「未だ原発事故が収束していないのに」とか「福島の悲惨な状況が忘れ去られている」「故郷を奪われた儘で、再稼働を許すことは出来ない」などと被災者の声を作為的に垂れ流す。

 震災当日の11日に菅政権下で福島原発の「炉心溶融」を予測した。翌日には放射性ヨウ素や高レベルの放射線を検出、応急措置を執る方針が決まった。だが、翌日早朝、菅が現地視察を強行したことで応急措置に遅れが生じる。

 当時の政府関係者も、「現場で首相を被曝させられない」との判断が、ベントの遅れや現場作業に影響が出たとの事実を認めている。

 この初動ミスが事態を深刻化させたのは間違いなく、原発事故は正に菅による「人災」であり、外国人からの不法献金で四面楚歌だった菅のパフォーマンスが取り返しのつかない最悪の事態を招いてしまったのだ。

 1号機の炉心損壊、その後の炉心溶融阻止に向け、即座に取るべき応急措置を優先し「二の矢、三の矢」を視野に入れて事態収拾を図るべきだったし、更には右往左往するばかりの佐藤知事のリーダーシップの無さが致命傷となった。

 福島県の復興が進まない最大の要因は佐藤雄平知事の無能に在る。県民の不幸とも言えるこの知事は、相変わらず被害者意識丸出しで、原発事故の責任は全て東電だと責め、そのヒステリックさは実に醜いものだ。

 原発事故の責任は、東電は勿論、国にも県にも、誘致を容認した自治体にも、そして東電におんぶにダッコで優遇されて来た地元住民にも在るし、便利というものばかり追求してきた我々国民にも責任が無い訳ではない。

 県内での原発稼働は不可能だろうが、「15万人が避難し、約1400人が関連死の認定を受け、今も頻繁にトラブルが起こっている」との言い分は、被害者意識丸出し。加害者という認識は全く無い。

 抑々、何かと問題のあった2号機、3号機を、民主党の原発推進の政策に加担し、スイッチを入れたのは佐藤知事自身ではないのか。他人事の様な言い分と責任転嫁には厭きれるばかり。

 だが、我々は今も原発構内で、未曽有の事故を一日でも早く収束させようと、命がけで闘っている英雄達がいることを忘れてはならない。

 時期尚早ということで東北電力は「女川原発」の再稼働申請は見送った様だ。女川原発は震災後、被災者の避難所にもなり、その安全性は世界でも注目されている。生き残った我々がいつまでも被害者意識丸出しで、過去ばかりふり返り、その場に立ち止まっている訳には参らないのだ。

 東北電力女川原発を再稼働させ、東北の復興を加速させよ!

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2013年07月06日

安倍よ、「みたままつり」の日に靖國神社に詣でよ!


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 我々は普段、神の存在など意識することなく生活をしているだろう。「自分は無宗教だ」と言いながらも、日本人ならば心の深いところで、動かしている「何か」が在るのではないだろうか。

 その「何か」こそが先人から脈々と受け継いでいる「神々の記憶」であり、「神道」ではなかろうか。姿なき「神」は自ずと知覚されるものではなく、人間の感性の源である「魂」と直接に響きあう存在なのだ。

 また「祭り」というのも「神祀り」であり、人々はその「神」に触れ熱狂する。豊作を祝い、大漁を寿ぎ、これを「神」に感謝し、来年も再来年も善い年であるよう祈願し、「神」と共に酒を飲み、「神」と共に騒ぎ、歓喜を分かち合う。祭りは「神」を通じて人間を癒し、地域の共同体の絆を深め維持させてきた原動力だ。

 今月13日から靖國神社では「みたままつり」が開催される。みたままつりも、英霊の方々(神)に対する畏敬や欽仰する祭りだ。正に我が国は随神(かんながら)の道を歩んで来た世界にも稀有な国だと痛感する。

 参院選挙に出馬している全政治家は、参院選挙中に催される「みたままつり」に参拝すべし。態態、終戦記念日に詣でるから政治問題化になる訳で、靖國神社とはいえ「祭り」は祭り。

 「盂蘭盆」に合わせ開催される「みたままつり」は、祖先霊を供養し、苦しんでいる亡者を救う、支那でも古くから行われている風習と同じで、「みたままつり」に参拝したところで批判される謂れは無い。

 「戦犯」と蔑称され続ける英霊の方々の名誉の恢復無くして真の復興無し。我々日本人が英霊の存在を無視し、まやかしの平和や繁栄に現を抜かしてていい筈がなかろう。「みたままつり」の参拝を戦後レジームからの脱却への突破口とせよ。

 極東軍事裁判に於いて弁護する機会も与えられず、一審即結審という復讐という名の茶番劇で、或いは外国の地で不当に処刑されたこの方々の命は決して軽いものではない。我々はこの悲劇を忘れてはならないのだ。

 国際法の原理に基づき、「この法廷で日本を裁く権利は無い」とし、「各被告は全ての起訴状中の各起訴事実部につき無罪とされなければならない」と述べたパル判事の意見は忙殺され、未だ「侵略国」と断罪され続けているのは政治家の怠慢以外の何ものでもない。

 「東京裁判史観」が未だに蔓延っているが、抑々「極東軍事裁判」自体が戦勝国による日本苛め。「人道に対する罪」は事後法であり、それに基づいて罰するということは国際法上も無効であり、茶番劇だったのだ。

 「この法廷で日本を裁く権利は無い」としたパル判事の主張が正しいものだったことは、判決から2年半後、米国軍事委員会で証明されることとなる。

 マッカーサーが「彼ら(日本)が戦争に入った目的は、主として自衛の為に余儀なくされたものだ」と証言する。極東軍事裁判の最高責任者である連合国最高司令官マッカーサーが公的な場で認めたのだ。

 今こそ我々は、「戦犯」との汚名を着せられ続けている英霊の方々の名誉恢復を急がねばならない。その先頭に立つ政治家を選ばなければならない。

 安倍よ、「みたままつり」に靖國に詣でよ。そうすれば英霊の御加護の下、政権は安定し、畢竟、国家安寧に繋がることだろう。

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2013年07月05日

「原発」要らない!「消費税」要らない!というなら「参議院」こそ要らない!


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 第二十三回参議院選挙が公示された。参議院は衆議院のカーボンペーパーと揶揄され、その存在意義が問われて久しいが、「ねじれ国会」での政争は最早末期的症状。国権の最高機関としての自覚は無く、良識の府としても機能していない。

 「原発要らない」「消費税要らない」というなら参議院こそ要らないだろう。無用の長物、参議院は早々に廃止するのが得策だ。

 抑抑、参議院とは良識の府であり、その良識とは政治的良識でなければならない。しかし、参議院議員や今回立候補している連中を見渡しても、とても政治的良識を持っているとは思えない輩ばかり。

 申し訳程度に「議員定数の削減」を公約に掲げる政党は在るが、「参議院の廃止」を訴える政党はいない。日本維新の会の橋下もその昔は「一院制」を訴えていたが、いつの間にやらダンマリ。何が、維新か、嗤わせるな。

 我が国の財源が危機的だ言とうならば、先ずは政治家が隗より始めればいいだけだ。政治家自身が自ら歳費などを削り、敢然と行財政改革を実行すれば、役人も国民も右倣えするだろうし、尊敬もされるだろうよ。

 参院選での政策を見れば相変わらず党利党略の愚策ばかり。自民党は強い経済を取り戻すことが復興にも繋がるとし、アベノミクスの有効性を訴える。野党は唯単に「反自民」。自民の「憲法」「アベノミクス」「原発」「消費税」政策に真っ向から反対するが具体的議論は無い。

 政治で大事なものは国防であり教育である。国防と教育は国家の大本であり、教育論も語らずして国の将来を考えることなど出来はしない。国防もまた然り。憲法96条の改正如きで立ち止まってる場合ではないのだ。

 尖閣を始めアジア情勢が緊迫し、エジプトのクーデター始め激変する世界情勢に目を向けることも無く、国防や教育論を語ることも無い選挙が、果して良識の府の府の選挙と言えるのだろうか。

 参議院は貴族院の名残りであり、言い換えれば勅選議員でもあるのだ。天皇に選ばれたという意識など毛頭無い参議院など廃止するのが賢明だ。

 政治家どもがパフォーマンスに講じてる中、天皇皇后両陛下が被災地の岩手県を巡幸遊ばされた。政治家の為体はにはうんざりするが、陛下を戴く日本に生まれたことに感謝せずにはいられない。日本が護るべきは「皇統」以外にない。

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2013年07月04日

原発事故以来殖え続ける犯罪。「永崎海岸事件」を知っていますか?

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 福島県内は東日本大震災以降、復旧や復興、放射線除染などに当る作業員が県外からやって来ている。それと並行して犯罪が増加しているのが現状なのだ。中でも「永崎海岸事件」は、その県外作業員による悪辣極まる事件だった。

 その集団強姦・強盗事件に加わった少年の裁判を傍聴した。こうした福島県内で現実に起こってる事件は、過剰反応を示す放射線被害よりも深刻だ。

 「永崎海岸事件」とは、昨年9月23日午後10時40分頃、いわき市の永崎海岸駐車中の車内にいた男女を、原発事故の復旧工事に来ていた神奈川県の作業員4人が、永崎海岸に遊びに来ていたカップルをナイフで脅し、男性に暴行を加え現金約3万4000円を奪い、更に女性を集団で強姦したという鬼畜の如き事件だ。

 この事件では既に強盗強姦と強盗傷害の罪に問われた、とび職の高田慎太郎=川崎市と、富樫永介=横浜市に、夫夫懲役14年(求刑16年)、富樫被告に懲役13年(求刑13年)の実刑判決が下り、当時未成年だった少年(フィリピン人とのハーフ)も刑(刑期は未確認)に服し、残りは12日に判決が下される今回傍聴した少年のみとなった。

 富樫と高田への判決理由として、裁判長は「被害女性の人格を顧みることなく長時間に亘り、種々の猥褻行為を繰り返した点は甚だ卑劣且つ執拗」と指弾し、「女性の受けた精神的苦痛は筆舌に尽くし難く、被害後の生活にも多大な影響が生じた」と述べた。

 12日に判決が下される少年の裁判でも、検事が強姦に及ぶ行為を冷静に語っていたが、それは聞くに堪えない卑劣なもので、少年とはいえ、「先輩、こうやって脱がすんですよ」と率先して実行しており、常習性も窺え、犯行も冷酷且つ卑劣であり、成人同様の刑事処分が相当だろう。

 この4人は東日本大震災で倒壊した東京電力福島原発の復旧作業の為に神奈川県の建設会社から派遣された建設作業員で、ゼネコンの下請けとして夏から市内の宿泊施設に滞在し、広野町の現場で働いていた。

 震災以来、福島県には県外から数万人が復旧工事や除染作業に従事する為に来県しているが、それと比例して犯罪は増加しているのを知ってる国民は少ない。

 除染作業の関係者だけでも、逮捕・摘発された数は少なくとも54人(6月末現在)にも及ぶ。うち31人が県外から来た作業員だ。事件の内容は傷害が最も多く25人、窃盗19人、覚醒剤取締法違反5人、強盗傷害、詐欺、暴行各2人。窃盗犯に於いては作業をしながら目ぼしい家を探してたというからふざけた話だ。

 「永崎海岸事件」は単なる「強盗強姦事件」と処理され、原発事故での作業員だったことは伏されている。東電やゼネコンの意向が働いているとしか思えない。東電やゼネコン、こういう下劣な連中を送り込んだ人材派遣会社や下請け会社が責任を感じ、被害者に謝罪したとか賠償したという話は聞いたことがない。

 それこそ「原発事故さえ無かったら」ということだろう。反原発派もこうした実態を問題提起し、警鐘を鳴らすべきだと思うが、そうした声は聞いたことも無い。

 ゼネコンの下請けが悪劣な状況下で作業し、多感な若者の性処理など考えもせず、部屋に閉じ込め働かせていることも、こうした犯罪を生む原因を作っているのではなかろうか。

 裁判を傍聴して感じたことは、ホテルの100畳もある部屋を二つに分け、そこに犯行に及んだ4人と他の同僚1人の5人で住まわせ、作業が終われば後の生活なんぞお構いなし。若者ならセンズリで我慢してればいいが、仲間から「鬱憤晴らしにカツアゲでもして、女をマワしてやるか」なんてな会話になれば、好からぬ集団心理に及ぶことは考えられる。

 所詮、身体は大人だが精神的にも愚かで幼稚な若者。そうした最悪の場合も想定して、宿泊場所には監督や上司、作業員への自己管理を徹底させる立場の人を配置していらば、今回の様なおぞましい事件は起こらなかったかも知れない。

 復旧や除染のスピードアップ化を図ることばかりで、肝心な安全管理を怠り、その結果が生んだ事件でもあるのだ。

 鬼畜の如き犯行に及んだ連中を庇う気は毛頭ないが、こうした事件は防げたのではなかろうかと思うと返す返すも残念でならない。 

 「反原発」や「脱原発」も結構だし、いつまでも被災者も被害者面してるのも結構だが、復旧・復興、安心・安全の為の作業が、犯罪予備軍を殖やし続けてるという福島県の現実も考えて欲しいものだ。

 泣き寝入りせず、告発した被害者の勇気は立派だ。一日も早く立ち直り、穏やかな生活が取り戻せることを心から願わずにはいられない。

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cordial8317 at 05:29|PermalinkComments(1)

2013年07月03日

福島県いわき市の「じゃんがら念仏」と沖縄の「エイサー」


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 沖縄の住民は日本本土から南下した日本人と、ポリネシア系、台湾系、支那華南系とされている。明の時代に支那に入貢して、琉球国・中山王として冊封を受け、奄美大島から先の宮古・八重山までの領域を支配する中央集権国家を築いた。

 琉球が日本へ使者を派遣するのは室町時代になってからで、徳川幕府の命令で島津藩が琉球に出兵し奄美大島を直轄化したが、琉球はその後に支那に誕生した清朝の冊封も受け両属の立場をとった。

 徳川幕府が誕生した慶長8年(1603)、一人の僧が大陸に渡った。

 その人物とは、袋中上人(たいちゅうしょうにん)。天文12年(1552)1月29日、磐城(いわき)国(現在の福島県いわき市)に誕生。寛永16年(1639)に京都・南山城で没した名僧である。

 上人の生涯は、阿弥陀佛に任せた念佛専修の生活で、布教と著作に専念された在野の学僧で、学問に秀でた子供であったという。浄土の道に入った後も熱心に勉学に励み、人々から感服された。

 慶長8年、上人51歳の時、渡明を決意。しかし大陸に到着するも上陸を許されず、琉球の那覇の沿岸に漂着する。

 漂着した上人を取り調べた役人の中に、後に「琉球の三大恩人」の1人、儀間真常(ぎま・しんじょう)公がいる。儀間公は上人の知見と人柄に魅せられ、琉球王・尚寧に引き合わせる。

 尚寧王は上人に深く帰依し、琉球王家系図尚寧王の部に上人を特記させる程だった。以後、民衆の教化、児童の教育、産業の振興、浄土念仏の普及に尽力し、「琉球神道記」五巻を著す。

 尚寧王と儀間公の篤い帰依を受け、上人は琉球で浄土宗を布教し、王朝の人々は無論、民衆の中にも広まった。たった3年の滞在ながら上人の与えた影響は無量無辺というべきものだった。

 七五調の言葉に旋律を加え、踊りを加えて、より分かり易い形で浄土念仏の真髄を琉球の人々に広めたが、その元となったのは上人の故郷・福島県いわき市にお盆の時期に踊られる「じゃんがら念仏」である。

 この「じゃんがら踊り」と、沖縄の「エイサー」とは実によく似ているのは、実はどちらも袋中上人が係わってるからで、踊りと歌を浄土の教えに乗せた小禄念仏こそが、現在の沖縄の誇る民俗芸能である「エイサー」であり、沖縄文化の象徴とも言えるものだ。

 現在のエイサーは、よさこいソーランの様な現代に合わせた踊りになってしまっているが、古エイサーの歌詞には「南無阿弥陀仏」と唱えるものが多い。

 エイサーが恰も支那からのものと思っている沖縄人も少なくないが、エイサーの成立に大きな影響を与えた袋中上人は福島県人であり、沖縄文化は大陸仏教の影響というより、こうした日本の名僧が与えた影響が大きいと言えよう。

 沖縄と福島が繋がっていると思うと、実に感慨深い。

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cordial8317 at 04:02|PermalinkComments(0)

2013年07月02日

要人に値しない政治家の警護なんぞ止めてしまえ!


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 鳩山由紀夫は、「カイロ宣言には、盗んだものは返さなければならないとしており、中国側に尖閣は愚か沖縄も返すべきだ」との認識を示すが、自国を泥棒呼ばわりするとは言語道断。万死に値するとはこういうことだ。

 抑々日本が大東亜戦争で戦ったのは中華民国であり、昭和24(1949)年11月に建国した中華人民共和国ではない。カイロ会談には毛沢東ではなく、蒋介石が出席しており、ポツダム宣言も中華人民共和国ではなく中華民国だ。

 これを以てしても中共に媚びる理由など全くなく、その中華民国とは主権が恢復した27年4月28日、「日華国交条約」の締結を以て和解が成立している。

 尤も鳩山の藪蛇外交は枚挙に遑がない。

 所謂従軍慰安婦に謝罪し、国家賠償を約束したり、南京屠殺記念館の前に建つ、へんてこりんな銅像に手を触れ、「かわいそうなことをしてしまった」と語りかけて黙祷した挙句に、「大虐殺はなかったと言う方はここに来られてから話をされたらいい」と御粗末な自虐史観を垂れ流したのもつい先日のことだだ。

 抑抑、「南京事件」など存在せず、慰安婦問題は語ることも億劫だ。

 この妄言止まらない鳩山由紀夫に対し、総務省大臣政務官の片山さつきは「元首相特権」の剥奪を主張している。

 「元首相だからといってSP(=要人警護官)を付ける必要はありません。もし身辺警護が必要だと思うのなら、自分の費用でガードマンを付ければいい。鳩山氏には国家が守る価値はありません」とは至極御尤。

 三島由紀夫は訓える。「たとえば暗殺が全然なかったら政治家はどんなに不真面目になるか、殺される心配がなかったら幾らでも嘘がつける」と。

 SPが創られたのは昭和50年、大日本愛国党の筆保書記長が、故佐藤栄作の国民葬の際に当時の総理大臣だった三木武夫を殴った事件がきっかけだ。所詮は米国のSS(シークレットサービス)のパクリで、こうした警察のエエカッコしいが政治の堕落を生んだ。

 政治家が真剣に政治をしなくなったのはSPが護衛に就く様になってからだと断じても過言ではないだろう。 三島が予見した通り、殺される心配がなくなった現代日本では政治家が堕落して行くのは必然だったのだ。

 国益を害する政治家を大臣や元総理だからと護る必要が何処にあろう。鳩山に限らず要人に値しない政治家の警護なんぞ即刻止めてしまえ!

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cordial8317 at 06:21|PermalinkComments(0)