2013年05月

2013年05月31日

歴史は歴史家に任せればいいというものではない

 安倍にしてもそうだが、政治家は歴史認識を問われると、「歴史は歴史家に任せる」などとキレイゴトを言うが、これは単なる言い訳であり、遁辞に過ぎない。「言い訳は見苦しいばかりではなく同じ過ちを繰り返す」というが、我が国の弱腰外交はこうした言い訳とキレイゴトが元凶だ。

 靖國神社問題然り、事在る毎に中韓からのイチャモンは絶えないが、政府は、中韓の内政干渉に屈するカタチで、「日韓歴史共同研究」「日中歴史共同研究」という茶番が行われていることを知ってるだろうか。

 日中韓の合意によって創られたものだが、抑抑、歴史の共同認識など共有出来るものではない。歴史を共有するということは、相手国の歴史を受け容れることであり、つまり自国の歴史を否定することだ。

 我が国の歴史学者は中韓の学者に比べれば多少モラルを持っているだろうが、他所の国は違うし、中韓の歴史家なんぞ酷いものだ。

 かの国にとって優秀な歴史家というものは、自国の正当性を如何に論じられるかだけで、捏造してでも真実と言い張れるかなのだ。

 特に韓国側の歴史に対する修正要求は、歴史解釈という様な範疇ではなく、我が国の歴史と日本人そのものを否定する愚劣なものばかり。

 日韓併合にしても、韓国人は「悪逆非道の日帝36年」だと断じる。しかし、果たしてそうだろうか。当時、韓国国民独自の力による近代独立国家建設の道など在り得ない。彼らに、あの巨大ロシア勢力の排除など到底無理だったことは、近代史を学べば解ることではないか。

 日清戦争後、ロシアが南下政策を開始し、日本が戦利品として割譲された、遼東半島に攻め入り、韓国までも触手を伸ばしている時に韓国独自でロシアと対峙することなど到底無理だったのだ。

 その意味では、寧ろ日本による韓国保護の必要性を認め、日本と一体となった上で、民族の自立発展の道を模索しようとした「日韓合邦派」の主張の方が現実的だったと言えよう。

 その合邦派を「日帝の手先」として糾弾し、その子孫をも「親日分子取締法」によって弾圧する韓国に、歴史の共同研究など語る資格もなく、実に痴がましい。「韓国併合」は、西洋列強のアジアの植民地支配とは違うという。

「進んだ文化を持つ国が、遅れた国を支配することは至極当然であり、先進国が後進国を支配することを批判は出来ないが、後進国の日本の韓国併合は赦されるものではない」というものだが、「事大思想」にはホトホト厭になる。

 日本書紀の「在安羅諸倭臣」にもイチャモンを付け「倭人は安羅の臣下で、安羅倭臣館という用語が妥当」との主張をしているが、これも「事大思想」に拠るものだ。 安倍よ、「歴史は歴史家が考える」などという遁辞を弄する勿れ。

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2013年05月27日

今日は「海軍記念日」。亡き父を偲ぶ。

 今日5月27日は「海軍記念日」。明治38年5月27日、日露戦争に於ける海上での戦いだった「日本海海戦」が行われ、東郷元帥率いる連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を撃滅し、奇跡的大勝利を収めた日です。

 日露戦争の勝利は欧米列強に日本の地位を認めさせることとなり、幕末以来からの懸案事項だった不平等条約、畢竟、明治維新の真の目的だった「治外法権」「関税自主権」という二つの不平等条約の克服を達成することになった。

 日清日露戦争勝利により「治外法権」「関税自主権」の回復が成されたことで、明治維新の大業は成就し、真に独立を恢復することが出来たのだ。

 日露戦争の世界史における歴史的意義は、有色人種が白人に勝利することによって、当時、欧米列強に植民地にされていた世界中の被抑圧民族を感動させ、独立への夢を駆り立てたことだろう。

 日露戦争での勝利は、日本にとっても世界の有色民族にとっても誠に大きな意義を持つものだったのだ。そうした先人の努力と苦労の上に、現在の日本国が成り立っていることに感謝せずにはいられない。

 今日5月27日は父の命日でもある。亡き父は昭和3年生まれ、成績優秀ながら家庭は赤貧で進学など出来るものではなく、尋常高等小学校を卒業すると15歳で海軍に入隊、横須賀海軍工廠で大日本帝国海軍軍人としての人生が始まった。

 その後、土浦の予科練を経て終戦。想い出の地「相模原」で土木作業員として従事し資金を貯め、郷土に帰還後は、古着屋の「相模屋」を起業し、後に倒産。

 その後間もなく、「これからはカ・ソ・ラ時代だ(カレー・そば・ラーメン)」と、50年近く前に背負った数千万の負債にめげずラーメン屋を開業、町会議員も5期務め、地方自治に貢献した。

 今思えば破天荒なオヤジだった。生前に、20代での起業のことや軍隊時代の思い出を詳しく聞いた事が無かったのが返す返すも残念だが、実家の屋号の「相模屋」という名前を見れば、横須賀や相模原への思い入れが深かったことが分かる。

 厳しかったその父が5月27日に亡くなった。海軍軍人だった父が「海軍記念日」に逝くとは、なんか「海軍」との縁を感じ、決して忘れることはない。合掌。

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2013年05月25日

強盗、強姦など重犯罪を犯した外国人を一律に国外追放すべし!

「共通番号(マイナンバー)法」が成立した。マイナンバーは平成27年10月に各個人に通知され、28年1月から制度の運用が始まる。どんな番号が来るのか楽しみだが、届いたら先ずはロトやナンバーズでも買うか(笑)

「マイナンバー法」は、年金や介護など社会保障給付と納税に関する情報を一つの番号で結び付けて把握することで、行政サービスの向上が図れるということもあるが、殖え続ける生活保護の不正受給や脱税を防止の狙いもある。

 昨年導入された「在留カード」により、外国人も住民票に本名で管理される様になった。今回施行される「マイナンバー制」により、在日らの「通名」を駆使した脱税や不法行為も根絶出来ればいいが、そう容易いものではなかろう。

 生活保護や国民健康保険制度を悪用する外国人が増殖。生活保護の受給目当てに偽装離婚したり、書類を偽造したり、詐欺行為や私文書、公文書偽造は朝飯前。役所が不正の兆候を認めて問い糺しても「日本語が分からない」との言い逃れ。

 最近では警察に職務質問され、在留カードの提示を求めても、下手くそな日本語で「帰化して日本人になったから持ってない」などと平然と応えるという。

 在日を始めとした外国人への生活保護費支給は、「日本国憲法第25条」及び「生活保護法」違反であり、人道的という甘い措置が不良外国人の増殖を招き、財政的にも大きな負担になっていることは看過出来るものではない。

 不正受給には毅然とした対応で臨み、不正受給した外国人に対しては厳罰に処し、本国へ送還し、その国に賠償請求すべきである。

 スイスでは数年前、強盗や強姦など重犯罪を犯した外国人を一律に国外追放することの是非を問う国民投票が行われ、一律追放の厳罰が承認された。

 これは、強盗や性的暴行や社会保障の悪用などで捕まった外国人を、例外なく自動的に国外退去させる法改正を求めたものだが日本も見倣うべし。

 スイスに限らず欧米諸国は、ゴキブリ並に繁殖力のある支那人や朝鮮人らの「移民問題」に悩まされ、様々な対策を講じているのが現状だ。

 だが日本では、「観光立国」などとバカげた政策を掲げ、世界各国から忌み嫌われている支那人や朝鮮人を、査証(ビザ)を簡素化してまで率先して招き入れているのだから狂気の沙汰と言う外無い。

 刑事訴訟法では、在住の外国人が罪を犯し1年以上の有期刑に処せられた場合、永住権は剥奪され国外追放になるが、国外退去処分になった者は少なく、今や日本の刑務所は外国人犯罪者で大入り満員状態である。

 だが「在日」に限っては例外で、7年以上の刑を起こした場合のみ特別永住権を剥奪され送還される。だが、それも実際には適用されたケースはない。殖え続ける不良支那人を厳罰に処せられないのは、在日への優遇措置に倣ったものなのだ。

 支那人や在日の犯罪者による凶悪犯罪の増加という現実を無視した上で、治安悪化に何ら対策を講じず、「観光立国」などという愚策を推進していることは、極めて危険且つ国益を無視する無責任なものと断じざるを得ない。

 生命の保証、財産の安全こそ国民の願望であり、これに優る国益はない。スイスを見倣う迄もなく、重犯罪を犯した外国人を一律に国外追放することは言うまでもなく、不良外国人などの犯罪者対策は喫緊の大問題として万全万策を講ずるべし。

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2013年05月24日

「原爆投下」は神の懲罰かそれとも人種差別か

 韓国・中央日報の論説委員が「原爆投下は神の懲罰だった」との自説を垂れ流した。余りの反響に中央日報は「あくまでも個人の見解」との見苦しい言い訳をしている様だが、韓国人の人品の悪さは最早救い様がないのは確かだ。

「神は人間の手を借りて人間の悪行を懲罰したりする。最も苛酷な刑罰が大規模空襲だ。歴史には代表的な神の懲罰が2つある。第2次世界大戦が終結に向かった1945年2月、ドイツのドレスデンが火に焼けた。6カ月後に日本の広島と長崎に原子爆弾が落ちた。これらの爆撃は神の懲罰であり人間の復讐」と主張し、「同じ復讐だったが結果は違った。ドイツは精神を変え新しい国に生まれた。だが、日本はまともに変わらずにいる」といつもながらの日本批判。

「ドレスデンはナチに虐殺されたユダヤ人の復讐だった。広島と長崎は日本の軍国主義の犠牲になったアジア人の復讐だった。特に731部隊の生体実験に動員された丸太の復讐であった」と、安倍が乗ったブルーインパルスの戦闘機の番号が731だったばかりに無理矢理に「731部隊」と結び付ける始末。

 こうなると最早ビョーキ。ジャーナリストというより精神異常者という言い方がピッタリ。偶偶安倍が乗った戦闘機の731番と731部隊と結び付けて語れることに、厭きれるというより尊敬の念すら覚える(苦笑)

 歴史を語る上でよく日本とドイツが比べられるが、ドイツはナチの行為は批判し反省するが、国家として謝罪したことは一度も無い。一方で我が国は韓国に対して、ドイツとは比較にならない補償と経済援助をし、そして何度も謝罪して来た。

 しかしながら韓国は感謝することは無く、それどころか「反日教育」を徹底し、謝罪と賠償の名の下に留まることのない日本バッシングを繰り返している。

 事が起これば自分達で努力しようともせず、悪いのは全て日本。何事も日本の所為にしてりゃいいのだから気楽な人種だ。韓国人なんてのはハッキリ言って乞食以下。犬コロでも人の恩が分かるのに恩を徒で返し続ける。

 韓国人よ、歴史を直視しなさい。日韓併合で韓国人の生活が劇的に発展させたのも歴史的事実ではないか。広島・長崎への原爆投下を日本人への神の懲罰だと言うのなら、当時日本人だった韓国人への懲罰でもあるのだ。

 元々原爆を日本に投下することになった背景には、人種偏見が根強くあったのは事実。米国が原爆投下を決定したのは1943(昭和18)年5月、原爆搭載機を対日戦用のB-29とした。そして翌年9月米英間の秘密覚書「ハイド・パーク協定」に、原爆は日本に対して使用されるであろうと明記されたのである。

 こんな不可思議な決定は、人種偏見、日本人蔑視以外に合理的根拠は見つからない。更に、その後の米軍の広島長崎で執った「放射能治療方法交流禁止」「被爆者カルテ没収」など目に余る人権蹂躪行為を見ると「動物実験」としての原爆投下だったのではとすら見えて来る。

 だが我が国と米国は国の威信を賭けて戦っていたのだ。新しい兵器を開発すれば使用するのは当然で、原爆投下にせよ、非戦闘員を巻き込んだことは許されざる行為ではあるが、そこに三分の利を認めざるを得ないではないか。

 また資源に乏しい我が国が化学兵器を研究するのも当然で、731部隊が事在る毎に悪の権化の様に曝されるが怪しからんことで、「遺棄化学兵器」にしても、巷間言われている様に大量でもなければ、我が国が処理費用を拠出する謂れもない。

 論説員にせよ、クリスチャンに洗脳された韓国人は都合よく「神」を持ち出すが、日本人として戦った大東亜戦争を批判にして何になるというのか。

「神」を持ち出すのなら、「日韓併合」こそ神から与えられた宝だったとは思わないのだろうか。未だ歴史を直視することなく、日韓併合をも非難し続ける韓国こそ、神からの懲罰や復讐されるのは強ち幻想でもないかも知れない。

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2013年05月23日

拉致問題が急転直下解決されることを願うばかり

 飯島内閣官房参与の訪朝は様々な憶測を呼んでいる。飯島参与が「事務的手続きは全て済んだ。後は安倍首相の判断だ」と語っている様に、北朝鮮側とツッコんだ話し合いをしてきたことを窺わせており、これを機に拉致問題が進展し、日本人同胞が無事帰国出来ることを願うばかりだ。

 拉致問題を、戦前日本が行った「徴用」を「強制連行」と混同し、「拉致なんぞ日本のやった行為に比べれば大したことではない」と言って憚らない輩がいるのは困ったもので、また「在日朝鮮人の大半は戦時中に日本政府が強制労働をさせる為に連れて来た人達だ」と信じて止まない日本人も少なくない。

 外務省は昭和34年、「在日朝鮮人の引揚に関する経緯」について、戦時中に徴用労務者として日本に来た者は「245人」と発表。当時の朝日新聞でも詳しく報じられ、その方々も戦後には全員帰国している。

 戦時徴用とは、昭和13年の国家総動員法に基づく「徴用令」を指すが、戦中日本本土では中高年、婦人、学生に至るまで工場他に動員され生産に従事した。

 日本人、朝鮮人、台湾人が一律に負っていた労務提供の国民的な義務であり、日本の統治によって多大な恩恵を受けていた朝鮮人も当時は日本国民であった以上、これに協力する義務があったことは言う迄もない。

 日本人も台湾人も等しく戦時徴用されていたのであり、韓国や北朝鮮が主張する強制連行とは全く異なるもので、然も朝鮮人や台湾人が徴用されたのは終戦の前年からの僅かな期間だけだった。

「徴用」を「強制連行」とし、北朝鮮の「拉致」と同一視し批判しているバカがいるのには驚くが、在日らに与し、日本悪玉論を垂れ流す無知蒙昧の徒には厭きれるばかり。抑抑、「強制連行」というものは存在せず、在日の都合の良い造語に過ぎない。然も、戦時徴用で来日した朝鮮人は、僅かに245人だけだったのだ。

「強制連行された」との嘘を並べ日本に居座っている在日、若しくは祖先の殆どが、戦前、戦中に職を求めて勝手に来日したり、朝鮮戦争勃発で祖国に貢献することなく、命惜しさに密航して来たかのどちらかなのである。

「済州島四・三事件」が起き、日本に密航した朝鮮人もいるが、そうした経緯があったにせよ日本に居座る理由にはならない。

 逆に言えばそうした難民を受け入れた日本は人道的にも素晴らしい国であって、感謝されこそすれ批判される筋合いはない。

 在日は自分達が被害者だと宣って憚らないが、何のことはない外国人の彼らにとって日本が住み易いから居座ってるだけで、どんな理由も付けたりに過ぎない。

 在日が殖え続け、在日特権が次々と与えられて行くのは、我が国の主権回復前に李承晩がどさくさに紛れて竹島を不法占拠したことがきっかけだった。

 戦後、この「李承晩ライン」を侵犯したとして多くの日本人漁師が拿捕された。韓国政府は、抑留された同胞と引換えに、日本国内で犯罪を犯し収監されていた在日朝鮮人472名の放免と日本滞留特別許可を要求し、日本政府は已む無くその要求に応じた。この譲歩が更なる譲歩を生む悪しき前例となって行った。

 以来、在日へあらゆる特権が与えられ、現在に引き継がれている。戦後、日本は「在日朝鮮人」に対して対応が甘く、あらゆる特権を与え過ぎてしまったのだ。

 在日の問題を看過することは日本の将来に禍根を残すことは明らかだ。今や永住外国人は在日を抜いて支那人が断トツ。在日の通名問題や帰化問題は、支那人永住者にも繋がる重要な問題なのだ。

「在日朝鮮人」も「支那人」も普通の外国人として対応するべきで、日本人との区別を付ける為にも、「通名」の使用を禁止させることが必要だ。

 国家の方針として国際テロや拉致を実行し、麻薬や覚醒剤を生産して密輸し、ニセ札をばら撒く犯罪国家北朝鮮を擁護する輩のその無知蒙昧は嗤うしかない。

 拉致問題の解決は我が国の対北朝鮮への認識が大きく変わるだろう。北朝鮮にとっても多くの効果を齎すことは明らかだろうに。全ては金正恩の腹次第ということだろうか。拉致問題が急転直下、解決されることを願うばかり。

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2013年05月21日

民主党の愚策である「観光立国」を強化する安倍政権

 安倍晋三が企業の設備投資を総額70兆円と拡大させ、農家所得や農水産物や食料の輸出倍増などの方針を示した第二次成長戦略を発表するも、西村真悟の「うようよいる売春婦」発言でマスコミからは作為的に消された。その内容を見ても、営利至上主義とも言うべき経済論のみで、真に国益を重んじてるとは思えない。

「クールジャパン」として「観光立国」を標榜し、外国人旅行者向けの査証(ビザ)発給の条件を民主党政権下以上の緩和をするというが、グローバル化を目指す「アベノミクス」は諸刃の剣、多くの危険を孕んでいると言えよう。

 抑抑、民主党政権下で推進された「東アジア大交流時代」という妄想や「観光立国」などという愚策は、日本社会の安全を無視した無責任極まりないものだった。その愚策を受け継ぎ、更に推進強化するとは何事か。

「観光立国」や「査証の簡素化」は中共政府の策謀であり、安倍政権下でその愚策を受け継ぎ、更に推進強化するとは何事か。「日中友好」など幻想に過ぎず、支那や韓国朝鮮との交流は一線を敷いて行うべきだ。

 訪日する観光客の経済効果はGDPに換算しても1%にも満たない。俄成り金の支那人らが落とす幾許かのカネを期待して、それによって経済の浮揚に繋げ様とは笑止千万と言う他はない。

 嘗ては世界一安全といわれた日本が、外国人の急増、それも不良支那人の増加によって安全が脅かされていることは幾ら不精な人でも気付いているだろう。生命の保証、財産の安全こそ国民の願望であり、これに優る国益はない。

 日本が住み易いと知った不良外国人が殖え続けた結果、外国人への生活保護費は激増し、今やその世帯数は4万を超え5万に達する勢いだ。外国人への優遇制度が財政への負担を大きくしている。

「観光立国」というのは本来、発展途上国の政策であり、経済大国の我が国が目指すものは観光立国ではなく、「技術立国」なのだ。

 そういう意味では、新技術を創出する企業への規制緩和を特例的に認める「企業実証特例制度(仮称)」の創設は評価出来る。

 批判的だった米国から一転、「大宰相の器」などと持て囃されている安倍だが、果して真の保守議員といえるのだろうか。保守というより未来しか頭にない新自由主義者ではなかろうか。米国が喜んでるのもその所為だろう。

 時流に乗って保守派を気取ってはいるが、憲法改正一つにしても本気でやるつもりなどあるまい。安倍にしろ、維新の会にしろ、どいつもこいつもパーフォーマンスだけのなんちゃって保守だ。

 乱世といわれる今、待望するのは奸雄と称されるべき英雄の顕現である。

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2013年05月20日

橋下の慰安婦発言は「保守潰し」のマッチポンプ

 日本維新の会の石原慎太郎と橋下徹の会談が行われ、橋下の慰安婦発言に対し石原は「連日、真摯に説明責任を果たしている」とその発言を擁護した。

 一方で、連日、慰安婦容認発言を論われてる橋下を擁護した西村は、発言そのものを撤回し謝罪までしながら除籍された。この違いは一体何なのだろう(苦笑)

 橋下の慰安婦発言に端を発した一連の騒動を「保守潰し」だとする声も挙がっているが、その認識は強ち間違いではない。まぁ「保守潰し」というより「憲法96条改正阻止工作」の一環にも思える。

 改憲での政界再編は必至と見られていたが、今回の橋本発言によってその方向は大きく変わり、自公を分断させ、公明党を与党から追い出す工作も頓挫した。

 橋下は本来、保守とは乖離した思想を持つ人物であり、大衆迎合主義者であり、自己顕示欲の塊とも言うべき政治家だ。

「この人物を抱え込めば必ず自滅する」と、真正保守派が警鐘を鳴らしていたがが、それが的中したとも言えよう。その真正保守派の一人が西村だった。

 今回の件をほくそ笑んでるのは公明党であり、その親玉の創価学会であり、池田を最高神と崇めるSGI(創価学会インターナショナル)の連中だろう。

 以前、週刊朝日が「ハシシタ、救世主か衆愚の王か」「奴の本性」との大見出しで橋下大阪市長の出自を暴いたことがあったのを覚えているだろうか。

 あからさまな「橋下イジメ」を宣言した週刊朝日が、第一回目で早々に謝罪したことがあった。橋下もその謝罪を受け容れ「ノーサイド」と朝日新聞の取材拒否を撤回したが、正しく朝日と橋下のマッチポンプぶりを露見した。

 橋下のイメージは過激な言葉から、タカ派的イメージであり、朝日と橋下の対決は国民からは「左翼VS保守」と捉えられた。だが、朝日と橋下は結局「人権擁護法案」でその足並みを一致させただけだった。

 今回の橋下の慰安婦発言も、その後の遁辞ぶりを見れば実に胡散臭げなもので、そういう意味では橋本の慰安婦発言は橋下お得意のマッチポンプであり、橋下こそが「保守潰し」の張本人と言っても過言ではない。

 日本維新の会の中でも、旧たちあがれ日本のメンバーは真正保守と言われる人は多い。どう見ても橋下とは政治信条が違うと思うが、何故に袂を分かち大道に就かないのだろうと訝しがる国民は少なくない。

 旧たちあがれ日本の足枷になっている人物こそ石原慎太郎であり、石原と橋下といった似非保守、インチキ政治家こそ保守派を分断する輩であろう。

 石原にしろ、橋下にしろ、如何にもタカ派的言行で国民を誑かすが、彼らこそ究極の「天皇制廃止論者」であり、国民はこうした似非保守に騙されてはならない。

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2013年05月18日

西村発言が人権侵害なら「うようよいる」売春婦どもを一掃したら如何か

 自分に対し是非は兎も角、後輩や友人らが自分に好かれと思ってしてくれたことには、喩え失敗したとしても叱ることはないし、庇ってやろうと思っている。それが「人生意気に感ずる」というものだろう。

 日本維新の会の西村真悟が、同党の代議士会で「売春婦は未だ日本にうようよいる。韓国人。大阪の繁華街で『お前韓国人、慰安婦』と言ってやったらよろしい。戦いましょう」などと発言したという。

 発言は、慰安婦発言で米国などから批判されている同党の橋下共同代表を擁護したものだ。発言内容も品はないが、西村らしい表現であり強ち間違いでもない。

 同僚議員からの指摘を受け、西村はその場で「不穏当だった」と発言を撤回したというが、これには党も西村も呆れ甚し。野党やフェミニュストの連中からのキレイゴトならいざ知らず、身内から反発されることでもなかろうに。

 地方選挙や参議院選挙を控え、各党集票ばかりが気になる様で、維新の松井幹事長までも「発言は人権侵害であり言葉の暴力だ」なんてキレイゴトを垂れ流し、西村を除名すると声高に叫ぶ。

 西村の発言が人権侵害というならば、そのうようよいる韓国人売春婦どもを一掃したら如何か。本当のことが人権侵害や言葉の暴力というなら、日本には言論の自由も表現の自由も無いということだ。こうしたキレイゴトにはウンザリだ。

 後先を考えず蛮勇ある発言をすることが西村の真骨頂だと思うが、結局は腹が座ってないということだろう。情けないの一言に尽きる。

 以前にもインチキ右翼を雇って弁護士法違反に問われた西村はケジメも付けれず有耶無耶な対応に終始したことがあったが、それと同じ実に情けない。

 西村の発言は橋下を擁護する意図だったが、一方の橋下は西村を庇うどころか「大変申し訳なく思う。候補者を見る目がなかった」と、衆院選で西村を擁立したことをも謝罪する始末。

 揚句に、「(自分の慰安婦発言と)全く違う。僕は韓国の方や元慰安婦の方を侮辱するつもりは全くない」と西村を非難し自己弁護に終始した。

 これが上に立つ者のやることか。本来ならばこれを機に、慰安婦問題の根本的解決を図り、世界に日本の正当性をアピールすれば好かったものを、逆に西村を貶めてどうするのか。こんなのが代表なのだから御粗末過ぎる。

 マスコミも鬼の首を獲ったかの如く安っぽい正義感で報道する。お蔭で昨日は、この「うようよいる売春婦」ネタばかりで、「成長戦略」を熱く語った日本国総理の会見はマスコミから作為的に消された。

 それにしても橋下の失言や暴言、政策の矛盾をいけしゃしゃと自己正当化するあの弁舌の技術は天性のものだろう。そのやり方も、敵対する勢力を作って、過激な言辞で注目させ、マスコミを使い世論を煽るというのがいつものパターン。

 そして最後は腰砕けになって有耶無耶に終わる。自己顕示欲が強く、終始一貫していないのが橋下だ。西村も橋下も覚悟が足りないということでは同類だ。

 旧維新の会のメンバーはこのまま西村を見捨てるのか。一蓮托生との思いで行動を共にしたのではないのか。これを機に慰安婦問題に止めを刺すべきだ。クサレ代表の橋下にこそ三下り半を突き付け、維新と袂を分かつべし!

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2013年05月17日

「慰安婦問題」は日本政府の安易な謝罪と事勿れ主義が元凶

 老慰安婦が慰安婦問題の抗議に来日する。ご苦労さんなこった。当時、慰安婦は別に朝鮮人だけではない、日本人が一番多く、中でも東北出身者が多かったという。「元売春婦」ということを自ら明かすことなど日本人ならしないだろうよ。

 まぁ来日してあれやこれやと嘘八百を並べるんだろうなぁ。そいうや過去にも慰安婦だったという老婆が登場し、「慰安婦にならなければ、殺して釜茹でにして食ってやる」と言われたと当時の恐怖を語ったことを思い出す。

 だが、残念ながら日本には人肉食習慣はない。これは自分達の風習を日本人も同じ様にやっていると思って仮託した「同一化虚言」の一つに過ぎない。要は語ること全てがウソであり妄想なのだ。

 李朝下では悪病治療の迷信から人間の肝や指を食べていたのは歴史書でも明らかになっている。いい加減、朝鮮人の嘘に付き合うのは止めて頂きたいものだ。 

 所謂「従軍慰安婦」問題の発端は吉田清治という人物が、昭和58(1983)年に書いた「私の戦争犯罪」というフィクション本だ。

 吉田は「済州島で9名の兵隊と共に約200名の朝鮮人女性を強制連行して慰安婦にした」と記述し、済州島での様子を妄想し描写した。

 後の調査で直ぐに創作だったことが判明したが、この「私の戦争犯罪」だけが独り歩きし始める。平成元(1988)年、この本が韓国語に翻訳されると韓国の人々は激昂した。

 そして平成4(1992)年、朝日新聞がこの本を取り上げ、根拠もない儘に日本軍や警察が「慰安婦狩り」をやったと書き立てて韓国人の怒りを煽り、福島瑞穂ら名うての売国奴らがこれを支持し、支援した。

 この本に疑問を持った「済州新聞」記者の許栄善氏は、現地を取材し、「慰安婦狩りの話を裏付ける証言者はいない。島民の名前もデタラメ」と一蹴している。 韓国の郷土史家・金奉玉氏も現地調査を実施し次の様に述べた。

「昭和58年に日本語版が出てから、何年かの間、追跡調査をした結果、事実でないことを発見した。この本は日本の悪徳ぶりを示す軽薄な商魂の産物と思われる」(「ほんとうは、『​日韓併合』が韓国を救った!」松木国俊著WAC社)

 吉田も調査結果を突き付けられ、「創作だった」と事実を認めたが遅きに失した。日本発の嘘から始まり、韓国全土で「慰安婦狩り」が独り歩きしてしまった。本を売る為という私利私欲の所業が国家を売ることになったのだ。

 戦前は日本も朝鮮も、他国と同様「売春」そのものが合法だった。今の道徳的価値観で、この売春行為の是非善悪を裁いても意味はない。

 悲しいことであるが、貧しい女性たちが生きる為に、また親兄弟を養う為に、身を売った時代もあったという事実を教訓にしなければならない。

 戦争になれば兵士の息抜きの為に駐屯地の近くに「慰安所」が設けられ、危険に見合う多額の収入を求めて、多くの「売春宿」経営者が戦地に赴き、商売を始めるのは当時は何処でもある光景だった。

 当時、工場で働く女性の平均月給は約30円、戦地で働く慰安婦は約300円だったという。この額は知事や軍の大佐と同じくらいの高給だったのだ。

 経営者は軍とは関係ない一般の民間人である。勿論募集は民間人が実施し、軍や官憲は一切係わってはいない。

 当時、慰安婦募集に「女衒」と呼ばれる悪徳業者が、「軍の依頼」と嘘をついて募集したり、或いは子女を誘拐して満州に売り飛ばし、金儲けを企むという卑劣な事件や問題を起こしたこともあった様だ。

 内務省は、こうした事件は「帝国の威信を傷つけ、皇軍の名誉を害う」として、「契約内容や事情を調査して、略取誘拐等がないよう留意すること」「軍の名を騙る業者は厳重に取り締まること」など通達した。

「朝鮮における慰安婦の不法な募集禁止」も閣議決定し、軍にあっては、兵士が飲酒して暴れたり、慰安婦や経営者に暴力を振るったりしない様に、不届き者を憲兵が厳しく取り締まった。

 軍や政府は、不法な募集を禁止し、慰安婦の健康指導や、人権を損なうことがないよう関与しているのであって、強制連行に関与し事実は全くないのだ。 平成4(1992)年、朝日新聞の報道により慰安婦問題が再燃する。

 韓国の大学教授が「軍慰安所従業婦募集に関する件」という陸軍省の文書を発見したと報じたのだ。その内容は、「慰安婦の募集に対し、軍の名義や権利を利用して」誘拐に類する様な悪徳業者がいるので、警察と連携して防止を指示する文書であり、軍による強制連行を寧ろ否定するものだった。

 だが、朝日新聞は事実とは逆に「募集について軍の関与があった」「強制連行があった」と世論を誤誘導した。朝日新聞の報道を受け、東亜日報は「12歳の小学生まで動員し、戦場で性的に弄ばれた」と虚偽報道すると韓国の世論は激昂した。

 これに狼狽えた宮沢内閣は「外交上の配慮」として強制連行の事実を認める方向で検討に入ったが、証拠となる資料が発見されないことから対応に苦慮する。

 韓国が作成した資料と元慰安婦の証言に疑問を呈することもなく、「従軍慰安婦問題に旧日本軍が関与したと思われることを示す資料が発見されたことを承知しており、この事実を厳粛に受け止めたい」と謝罪した。 証拠資料を精査せず、裏付け調査も無しに謝罪した宮沢内閣の罪は重い。

 元慰安婦の証言も後の調査で信憑性が無いことが判明している。文書を発見した教授も、慰安婦強制連行は証明出来ていないことを認めている。

 内外世論に押されて実施した政府調査でも、「強制連行させないための政府の関与」は認めたが、「強制連行を立証する資料なし」と結論付けた。

 当初、余り問題にしたくなかった韓国政府も、激昂した世論を放っておけず、「強制連行」の認定を日本政府に強く迫る様になったというのが真相だ。当時の官房副長官、石原信雄氏は次の様に証言している。

「一切強制連行した証拠は見つからなかった。『強制連行が無かったとすると、韓国が言論を押さえられない。賠償は請求権協定により、一切要求しないから、有ったことにして欲しい』と依頼され、政治的に認めたものである」

 訪韓した宮沢首相は反日の嵐の中で謝罪と反省を八回も繰り返した。謝れば事は収まるとの甘い読み、兎に角その場は収めたいという事勿れ主義が日本の国益を大きく損なうこととなった。

「以心伝心」というか、「言わなくても分かるだろう」というのは日本の美徳だが、国際関係に於いてこの日本的美徳が通用すると思うのは日本人の思い違い。

 安易な謝罪や譲歩は、悪意を以て謀略宣伝を行う勢力を勢い付かせるものでしかないのだ。外交音痴とはこういうことだ。 日本政府は、平成5(1993)年8月4日、戦後最大の外交汚点となる「河野談話」を発表する。

「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれにあたったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意志に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことがあきらかになった」と述べ、重大な人権侵害を認め謝罪した。

 根拠も示さぬ儘、「官憲等が直接これに加担したこともあった」の一文は、軍と官憲が強制連行に関与したことを既定事実としたものだった。その後の日本非難は全て「河野談話」が根拠となっている。

 韓国での国家賠償を求める裁判は勿論、米国や欧州での「慰安婦非難決議」も「河野談話」が証拠になった。「河野談話」は、日本政府の思惑とは逆に慰安婦問題を益々エスカレートさせてしまっているのだ。

 以上が所謂「従軍慰安婦」問題の凡その経緯だ。韓国側が「慰安婦問題」で強請り、タカリに奔るのは、朝鮮人の人品の低さも然ること乍ら、歴代日本政府の無知と事勿れ主義、そして弱腰外交が要因になっていることは否定出来ない。

 朝日新聞が捏造した慰安婦問題を、自民党の宮沢内閣下で、加藤紘一官房長官が事実を認め、次の官房長官に就いた河野洋平が「談話」を発表し、韓国人慰安婦を付け上がらせる原因を作り、「村山談話」で火に油を注ぎ、その後の自民党政権下でもこれらを撤回せず黙認し、民主党政権誕生で、鳩山由紀夫が総理として「国家補償」を約束し、前原誠司幹事長が「戦後賠償支援」を言及した。

 慰安婦問題は、日本側が国家として「謝罪」も「約束」もしている訳だから、韓国にしてみたら賠償請求するのは当然であり、単なる強請り、タカリと言ってもいられない現実が厳然と存在してしまったのだ。

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2013年05月16日

その「キレイゴト」が日本を滅ぼす。

 2013年度予算は参議院で否決されたが衆議院の賛成多数で可決した。予算委員会を見ていても参議院選挙を控え各党とも思惑が入り混じったキレイゴトばかり。参議院なんぞ無用の長物、廃止するのが賢明だろう。

 ところで、どの新聞も「2013年度予算」と西暦での報道ばかりだが、本来は「平成25年度予算」と表記するべきではないのか。

 こうした何気に既成事実を積み重ねて行くのが左翼の常套手段であり、「前々から使用しておらず問題はない」だとか「時代にそぐわない」という理由で、「元号」そのものの廃止を策謀しているのだ。

 今や西暦表記ばかりになってる感は否めない。括弧で(平成)と併記しているのは未だしも、今回の予算成立を見ても併記もしない場合が多くなっている。

 西暦が世界で一般化しているとして恰も元号が古臭く、時代遅れだと反対を唱える大馬鹿者がいるが、一方で米国を批判しながらキリスト生誕を起源とする西暦を有難がるというのも御粗末過ぎる。況してや世界の暦は西暦ばかりではない。

 暦というのは宗教と歴史が関連するものであり、国が変われば暦も様々なものが使われている。イスラムではマホメットのメディナ遷宮から数える「太陰暦」。タイでは御釈迦様の没年から数える「仏暦」。ユダヤ教では天地創造を起源とする「ユダヤ暦」。北朝鮮は金日成の生誕から数える「主体(チュチュ)暦」。

 本来なら日本の暦は、神武天皇御即位の年を紀元とされる「皇紀」を用いるべきだろうが、皇紀と元号は西暦と併用して使用するべきなのだ。

 明治に開国した際に西欧に倣い「西暦」を採用したが、混乱の中でも「元号」を捨て去らなかったのは、大化の改新の昔から元号は日本人の国民生活に深く定着していたからだ。「節気」の習俗を時代の流れに応用したものが「元号制」の智慧であり、此れこそが日本文化を象徴するものだと言っても過言ではない。

 今年は平成25年と共に「昭和88年」。昭和世代の愚生としては、昭和で勘定した方が色々と分かり易いのだ(笑)

 参議院予算委員会で、安倍は「日本が侵略しなかったと言ったことは今迄一度も無い」と回りくどい言い方ながら対中侵略を認め、「大きな被害、苦しみを与えたことに対して、我々は痛惜の念を持っている」との認識を示した。

 日韓併合に至っては「過去大変な被害、苦しみを与え、その痛惜の念、反省の上に立って今日の日本が在る」と宣ってその過ちを認める始末。所詮、「戦後レジームからの脱却」なんぞ到底出来はしまい。

 予算を少しでも早く成立したいとの思惑からの駆け引きであり、「キレイゴト」だろうが、旧態依然の感は否めない。吾、疑心暗鬼どころか、安倍の正体見たりと断じざるを得ない。村山談話の継承は安倍政権にとって後々足枷になって行くだろう。

「キレイゴト」でキーワード検索したらHKT48の「キレイゴトでもいいじゃないか?」というのが出て来た。何気に読めば中々いい。秋元康は巧いよなぁ(笑)

 何も言わないより正しい
 僕はそんな君のことを
 誰よりも尊敬する
 匿名で守られた人に
 偽善だと言われてもいい
 何に怯えることもなく
 君は君であるべきだ

 威勢の良かった橋下も予想以上のバッシングに遭い、次期参院選挙の思惑から言い訳に躍起だが、安倍にしろ橋下にしろ、それを批判する野党にしろ、こうした口先だけの「キレイゴト」が日本を滅ぼす。

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2013年05月15日

「慰安婦制度」は性犯罪を防ぎ、相手民族の尊厳を最低限保つという目的で創られた

 橋下大阪市長が所謂従軍慰安婦問題に一石を投じた。「銃弾が雨・嵐の如く飛び交う中で、命を懸けて走って行く時に、猛者集団、精神的に高ぶっている集団を何処かで休息させて上げ様と思ったら、慰安婦制度が必要なのは誰だって分かる」と述べ、「軍の規律を維持する為、当時は必要だった」と主張した。

 更に調子扱いた橋下は、米軍普天間飛行場を視察した際に、米司令官へ「性的なエネルギーを合法的に解消出来る場所は日本には在る訳だから。もっと風俗業を活用して欲しい」と求めたことを明らかにしたが、オマエはバカか(苦笑)

 自民党や野党から批判が殺到し、維新の会の身内からも避難されている。だが、橋下の慰安婦の認識は正論だから始末が悪い。

 斯くて世界中の民族、国家は万古不偏、「略奪と強姦」の定義に従って戦争して来た。例えばロシア人は第二次世界大戦末にベルリンに侵攻し、僅か半年の間に13万人のドイツ女性を強姦し、うち1万人を孕ませ、8千人は堕児出来たが、2千人は「目が寄った額の狭いロシア人顔」の混血児を生んだ。

 13世紀、欧州迄攻め込んだ蒙古人はイランやロシアに混血児を残した。生まれた子供に蒙古系の血が出るとその子は社会から排斥された。最近ではベトナム戦争での韓国人兵士による強姦で生まれた混血児が社会問題にもなっている。

 米国人もロシア人と同様に第二次世界大戦に参戦すると英国で400件の強姦を働いた。欧州戦線では1万4千件の強姦を記録している。現在でも、チベットやウイグル、内蒙古で漢民族が民族浄化という名のレイプで凌辱の限りを尽している。

 無条件降伏した日本国内では、米国人もロシア人も残酷に振舞い、多くの混血児を生んだ。同胞だった朝鮮人も手のひらを返し、戦勝国を気取って暴虐を尽くした。

 民家に押し入って妻や娘を強姦し、抵抗すれば殺した。戦後明らかにされた調達庁の記録では、実に2千600人を超える日本人が殺された。こうした事実を決して忘れてはならない。

 だが、こうした世界の定義とは違い、掠奪と強姦を軍律で厳しく規定した国が在った。それが日本だった。日清戦争も日露戦争もその後の支那戦線も大東亜戦争でも厳しく取り締まり、その規律を破った者は厳しく処罰された。

 だが、生きるか死ぬかの戦場で若い兵士に我慢を強いるのは逆に統率を失うということで、街に在る「遊郭」で息抜きをさせた。橋下の認識もこれと同じだろう。その遊郭が「慰安所」であり、そこ働いていたのが慰安婦という名の売春婦。

「慰安所」は民間人が経営し、軍が関与していた訳でもないし、慰安婦が強制連行させられた事実はない。何故なら当時は売春は合法であり、売春婦が戦場迄出張ることは当時当り前の光景だったのだ。

 ジェームスディーンの映画「エデンの東」に、開拓時代にワゴンで売春婦が街を巡回する情景が出るが、アレと同じだ。戦場に遊郭を建て兵士に息抜きをさせるのは肝心で、性犯罪を防ぎ、相手民族の尊厳を最低限保つことでもあったのだ。

 勝新太郎が主役で登場する大映の映画「兵隊やくざシリーズ」もそうだが、兵隊と慰安婦の仄仄としたあの時代の背景が分かるだろう。

 「性犯罪を防ぎ、相手民族の尊厳を最低限保つ」という、日本人の配慮を知らずして、高給に集った売春婦を「従軍慰安婦」と称し、恰も軍が関与し、朝鮮人の女性を強制連行し「性奴隷」にしたとは言語道断と言う他はない。

 余談だが、橋下は米司令長官へ沖縄の風俗店を利用する様に進言した。数十年後、その風俗店の従業員から、「強制的に奉仕させられた!」なんて訴えられることにもなりかねないっつ~の(爆)

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2013年05月10日

「戦後レジームからの脱却」とは言うは易く行うは難し(苦笑)

 安倍首相は中韓を慮って「我が国は嘗て多くの国々、取分けアジア諸国の方々に多大な損害と苦痛を与えた」との歴史認識を披歴しインチキ保守ぶりを露呈した。

 この認識は平成7(1995)年の「村山首相談話」を踏襲したものだが、前政権時にも「全国戦没者追悼式」などで同様の発言をしており別段驚く様なことではない。まぁ、媚俗阿世の安倍ちゃんらしい。

 靖國神社参拝や歴史教科書問題などで中韓からの内政干渉は後を絶たないが、抑々勘違いされては困るのは、我が国は中華人民共和国とは戦争はしていないし、当時日本であり日本人だった韓国や北朝鮮とも戦った訳ではない。

 韓国こそ、己らの恥辱に塗れた歴史を直視し恥入ると共に、日本に少しは感謝したら如何か。オバマに懇願してる場合じゃなかろうに(嗤)

 中華人民共和国にしても、建国は昭和24(1949)年10月1日だ。先般も大々的に「建国60年」を祝ったばかりだが、こうした国と占領下だった我が国が戦える訳もなく、我が国が戦ったのは「中華民国」なのだ。

 その中華民国とは、主権を回復した昭和27年4月28日、「日華国交条約」を締結し和解は成立している。今更ながら「取分け、アジア諸国の方々に多大な損害と苦痛を与えた」などと遜る必要もない。

 だが、我が国の歴史、大東亜戦争の意義を根本的に変える事件が起きる。昭和47(1972)年9月29日の「日中国交条約」の締結である。

 北京に詣でた田中角栄は中国共産党政府を中国唯一の合法政府であると承認し、「日華国交条約」を一方的に破棄した揚句、「日中共同声明」に調印したのだ。

 その際、田中は「先の大戦で中国国民に重大な損害を与えたことに責任を痛感し、深く反省する」と詭弁を弄する。この歴史認識こそが今に引き継がれ、その後の村山談話や河野談話に繋がっているのだ。

 何度も言うが、我が国が先の大戦で戦ったのは「中華民国」であり、戦後建国した「中華人民共和国」という一党独裁の共産国家ではない。

 「日華国交条約」という国際条約の蹂躙は道義国家として決して許されるものではない。田中が発した「先の大戦で中国国民に重大な損害を与えたことに責任を痛感し、深く反省する」との歴史認識を見直さない限り、我が国の対中外交は間違った方向へ進み続けるだろう。

 更に言えば「日華国交条約」の破棄は明らかな憲法98条違反なのだが、我が国の総理大臣が平然と憲法を蹂躙していながら、マスコミも政治家もこれを看過し沈黙した。護憲派からこの問題が提起されたこともなく、何が護憲か。連中に憲法を語る資格なんぞ無い。

 まぁ、安倍ちゃんも「戦後レジームからの脱却」とは勇ましい限りだが、言うは易く行うは難しと言うことだろう。呵呵。

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2013年05月09日

「人民日報」論文で台湾と澎湖諸島の日本帰属を認める!?

 中国共産党機関紙「人民日報」は論文で、第二次世界大戦での日本の敗戦により「琉球の領有権」は失われた主張したという。これに対し、菅官房長官は、「歴史的にも国際的にも、我が国の領土であることは紛れもないことだ。全く筋違いだ」と不快感を示し反論したというが、まぁ日本でいうと「赤旗」が論説で能書きを扱いたのと一緒で、こうした主張に一喜一憂する必要もなかろう。

 人民日報の論文は「琉球は明清両朝の時期、中国の属国だった」とし、日本が武力で併合したと主張。日本は1895年1月に尖閣諸島を領土に編入しているが、日清戦争を終結させた同年4月の下関条約の調印の際、「(敗北した)清政府に琉球を再び問題にする力はなく、台湾とその付属諸島(尖閣諸島を含む)、澎湖諸島、琉球は日本に奪い去られた」と指摘している。

 この主張は強ち間違いではない。この主張から言えば日清戦争の戦利品として頂いた澎湖諸島も台湾も未だ我が国の主権は続いていると言うことでもあろう。

 人民日報が指摘するまでもなく、この様に領土というものは武力を背景に動くものであり、それは沖縄や尖閣に限らず、竹島や北方領土も同じ背景なのだ。

 竹島は日本が占領下中のどさくさに強奪されたものであり、北方領土も日本の敗戦により奪われたものだ。我が国領土を侵略した韓国にしろソ連(現ロシア)にしろ、その正当性を主張するのは当然のことだ。

 沖縄にしても、戦勝国に中国共産党の毛沢東が入っていれば、沖縄は中共に占領されていただろう。だが、我が国が戦ったのは中国共産党ではなく蒋介石率いる中華民国だったというのが救いであり、また武力の無い我が国に代わり米国が沖縄を統治したからこそ現在が在ると言っても過言ではない。

 地理的に日本と支那の中間に位置する沖縄は、日本から見れば同じ日本人だが、支那や沖縄から見れば寧ろ支那と同族の関係にあった。これは人民日報が「琉球は属国だった」と指摘してることでも理解出来よう。

 沖縄に住む住民は、日本本土から南下した日本人と、ポリネシア系、台湾系、支那華南系。「明」の時代に支那に入貢して「琉球国・中山王」として冊封を受け、奄美大島から先の宮古・八重山までの領域を支配する中央集権国家を築いた。

 日本への使者の派遣は室町時代になってからで、徳川幕府の命令で島津藩が琉球に出兵し奄美大島を直轄化したが、琉球はその後に支那に誕生した清朝の冊封も受け両属の立場を執った。

 二千円札の「守礼の門」の図柄は、支那からの冊封使を迎えて行う琉球王の即位式の会場で、そのことを以ても沖縄が、日本と支那と両属だったかが理解出来る。尤も二千円札が不評なのはその所為もあるのだろう。

 明治39年に沖縄で初めて文学士となった「沖縄学の父」と称される、伊波普猷(いはふゆう)の説に拠れば、琉球は日本文化が拒絶した宦官制度を導入していた事実をしても、両属と言うより支那へ秋波を送っていた様だ。

 また日清戦争の際には「日本派(開化党)」と「清国派(頑固党)」が乱闘を演じ、日清戦争で日本が勝利した結果、清国派は支那に逃避した。

 中共は今、千載一遇とばかり沖縄に触手を伸ばしている。沖縄のマスコミにしろ仲井眞知事らを筆頭に中共に阿る連中は多いが、沖縄は日本の安全保障上の重要な要であり、沖縄が中共の手に堕ちれば日本の未来はないといっても過言ではない。

 領土問題は我が国の様な「事勿れ主義」や「平和的解決」などという妄想で解決するほど容易なものではない。奪われた領土は奪い返すことでしか解決は出来ないというのが世界の常識なのだ。

 沖縄を奪い返そうとする中共の策謀に嵌り、支那人どもに蚕食されて行くのを、このまま手を拱いて傍観している訳には参らない。

 現在も、世界の各地で民族争いの中で国境紛争が頻繁に起きている。世界では寸土たりとも主権確立には戦いをしてまで死守しているのが世界の常識的対応であり、日本もそうした気概を持たなくてはならない。

 国際環境が激変しつつある時に動くものが領土問題であり、つまりそれは北方領土や竹島を取り戻す機会が到来したと同時に、尖閣列島や対馬、或いは沖縄を奪われる危機でもあるということでもあるのだ。 心して取り掛かるべし。

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2013年05月08日

靖國神社本殿左奥に鎮座する「鎮霊社」に詣でたことはありますか

 録画していた「八重の桜」観ていたら、白河の関や二本松藩が登場し、後の少年隊・木村銃太郎隊長らが登場し、愈々二本松の戦いや会津戦争が始まる。

 会津が中心のドラマ故に、会津と戦った薩長が悪者の様にされてはいるが、我が国の歴史も「勝てば官軍」と言われる様に、薩長が後に袂を分かつと、長州閥が維新後の多くを取り仕切った。靖國神社もその一つ。

 靖國神社は明治2年、明治天皇の思し召しにより、「東京招魂社」として建立された神社だ。その合祀対象は、三条実美の祭文に在る様に、「皇軍に役立ちして、賊徒等を討たん其の義に・・・命果てぬる輩」に限られている。

 この原則がある限り、会津藩や我が二本松藩、西南戦争での西郷軍関係者が祀られることはなく、未来永劫 「賊軍」の汚名が消えることはない。

 こうした方々が祀られているのは、本殿左奥に鎮座する「鎮霊社」。昭和40年5月26日に地鎮祭が斎行され、7月13日に鎮座祭を挙行した。

 以来、この日に祭事が執り行われているが、今年は「みたままつり」と重なる様だ。是非とも万障繰り合わせて参上したいものだ。

「鎮霊社」は、幕末の嘉永6年以降、戦争や事変に係わって戦没したものの、本殿に祀られていない日本人の御霊と、同時期以降の世界の戦争・事変に係わって戦没した全世界各国全ての戦没者の御霊を祀る。

 この御霊には、慶応4年の戊辰戦争で会津若松の飯盛山で自決した会津藩白虎隊や二本松少年隊、明治10年の西南戦争で自決した西郷隆盛らも含まれる。

 しかしながら、本殿と鎮霊社の並立状態は、平成13年参議院選挙直前の記者クラブでの党首討論で、所謂A級戦犯分祀について小泉純一郎がいみじくも言った「死者の選別」に皮肉にも該当する好例だとも言えよう。

 靖國神社側が、宗教的な敬虔さを示す為に、こうしたカタチで「鎮霊社」を設けたことは高い評価を受けるべきであろうが、「朝敵」とされ、死後も未だ本殿とは別にしてその死を包括し得ない現状に、真に「靖國」の意味が在るのかという疑問もまた生じてしまうのだ。

「嘗ての会津藩士の御霊が薩長藩士の霊と一緒に祀られることを喜ぶのか」という声が無い訳ではないが、朝敵とされたままで良いとも思えない。

 会津藩に至っては幕閣で唯一の神道であり、どの藩よりも朝廷に忠節を尽くした藩にも拘らず、薩長の策謀により「朝敵」とされただけだ。孝明天皇から下賜された宸翰が物語っているではないか。

 朝敵を別なカタチで祀ることと、朝敵をも本殿に祀ることと、そのどちらが現代という時代に即して天皇(スメロギ、スベラギ)が顕現される道なのだろう。このまま「死者の選別」をした儘で好いのとはとても思えない。

 所謂「A級戦犯分祀論」で世論を攪乱してるアホ政治家が後を絶えないが、英霊を「戦犯」と罵った挙句、分祀さえすればそれで済むのか。そろそろ我々は明治天皇の思し召しに応える意味でも靖國の在り方を真剣に考えなくてはならない。

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2013年05月06日

長嶋茂雄松井秀喜国民栄誉賞W受賞に想う

 長嶋茂雄と松井秀喜へ国民栄誉賞が授与された。長嶋への受賞に異論はないが、松井の受賞に違和感を覚える国民は少なくない。そういったことを一番感じ取ってるのは当の松井本人だろう。受賞後の挨拶にそれが滲み出ていた。

 その後のセレモニーで安倍が「背番号96」で登場した時にはハッキリ言って興醒め。「96代内閣総理大臣」だから「96番」ということらしいが、どう見ても参議院選挙向けの「改憲パフォーマンス」にしか見えない。

 松井は松井で、今後の野球人生への意気込みを語っていたが、原監督の次の監督は松井というが既定路線か。やはり巷で囁かれている様に、W国民栄誉賞はナベツネの策謀だったというのは間違いない様だ。

 脳梗塞を患った長嶋監督の挨拶は痛々しかった。リハビリに頑張ってる本人や同じ境遇にいる方達の励みにもなるだろうが、長嶋ファンとして複雑な思いだ。

 長嶋は昭和33(1958)年に立教大から巨人入りし、翌年、初の天覧試合でサヨナラ本塁打を放つなど勝負強い打撃で活躍。プロ野球を国民的スポーツに発展させた最大の功労者であり、「ミスター・プロ野球」の称号がピッタリ。昭和の大ヒーローといえばミスター長嶋だろう。

 現役17年間で2186試合に出場、通算打率は3割5厘、444本塁打、522打点。首位打者6回、本塁打王2回、打点王5回、最優秀選手(MVP)5回獲得。記録も然ることながら何よりも記録より記憶に残るスーパースターだ。

 一方の松井といえば平成5(1993)年、石川・星稜高からドラフト1位で巨人に入団し、MVP3度、本塁打王と打点王3度、首位打者1度獲得。平成15(2003)年にFA移籍でヤンキース入りし、09年のワールドシリーズで日本人初のMVPを獲得した。

 日米通算成績は2504試合で打率2割9分3厘、日米通算2643安打、507本塁打、1649打点。成績はそれなりだが、大リーグの道を拓いた野茂やイチローに比べても成績も乏しく、広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えた選手とも思えない。

 国民栄誉賞は昭和52年に当時の福田赳夫内閣総理大臣が、本塁打世界記録を達成した王貞治選手を称える為に創設したのが始まり。これ以前に栄誉賞があれば長嶋にしろ大鵬にしろ受賞していたのは間違いない。

 これまでに20個人1団体に対して授与されている。福島県ゆかりの古関裕而氏へ授与も検討されたが家族の反対で成されなかったのは残念だった。

 国民栄誉賞の目的は、「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃えること」と規定されている。

 だが一方で「政権浮揚が目的」「政治利用は如何なものか」との批判があるのも事実。長嶋、松井両氏への授与が参議院向けだとしたら本末転倒と言う他なく、栄誉賞の価値が益々薄れて行くだけだろう。

 安倍は以前、松井への受賞に疑問を抱く記者から、「成績から言えば野村克也氏や張本勲氏の方が上ですが」との質問され、「何れ検討したい」と応えていた様だが、こうなるともうメチャクチャ、頂く方も有難くはないだろう。

 国民栄誉賞を誰が授与され様と興味はなくなった。いっそのこと昭和の大横綱・大鵬にも授与されたことだし、「巨人・大鵬・玉子焼き」じゃないが、広く国民に愛され、明るい希望を与えた「玉子焼き」も表彰したら如何か。呵呵。


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2013年05月04日

日本国憲法の功罪

 憲法記念日の昨日、全国各地で護(誤)憲派や改憲派の集会が開かれた。現憲法で得たものは、成否は別として「自由主義」「民主主義」「人権尊重」「平和主義」であり、今日の基を築いたと言っても好いだろう。

 だが、逆に失ったものも多い。「礼節」「長幼の序」「忍耐・我慢」「滅私奉公」「信義」「忠義」・・・数え挙げたら限がない。

 日本国憲法の所為かどうかは分からないが、日本人はいつの間にか利己的なことを恥じない人間ばかりが殖え、自己犠牲の精神など皆無に等しい。 

 自分を犠牲にして他人に尽くすことこそ日本人たる所以であり、美徳美風なのだが、今や心の中の高貴さを失い、高邁な知性の磨きを様を忘れてしまった。

 想えば、日本は戦前と戦後では全く別な国になった。無条件降伏した日本は米国の51番目の洲になっても不思議ではなかったが、帝国主義の崩壊で免れた。

 その代わり米国は徹底した教育改革を行った。その徹底した「戦後民主主義教育」は、意図した以上の効果を上げ、現在もあらゆる処に影響を及ぼしている。「戦後民主主義」とは、自国を汚辱に塗れた過去と捉える自虐史観である。

 その教育で育った者は国家から恩恵を受けながら、個人と国家を常に対立させ、恰も国家は「人間を抑圧する組織」と見做し、反国家反体制的なポーズをとることが「進歩的」で「文化的」だと錯覚している。

 占領下、米国は徹底したのが言論統制を行い、中でも情報発信の中枢、NHK、朝日新聞、岩波書店が監視下に置かれ洗脳された。巷には所謂戦後民主主義者は勿論、幼稚な正義感や安易な平和主義を振り翳す「無自覚左翼」が氾濫している。

 未だにこうした連中は、米国の洗脳状態から脱却出来ずにいる。いい加減目を醒まして貰いたいものだが、米国から洗脳された連中が「反米」を気取り、日本を貶めているのは最早コメディと言う他ない。

 昭和20年8月15日、わが国はポツダム宣言を受諾し、陸海軍は解体、非武装化が進められ、日本は完全な「丸腰国家」にされた。現憲法はその日本占領政策の中心的役割を果たすもので、後生大事に有難がるのも如何なものか。

 占領下の昭和25年6月25日、朝鮮戦争が勃発すると、マッカーサー元帥は吉田茂首相に、国内警察力と海上警備力の強化を促す書簡を送った。所謂「マッカーサー書簡(文書)」である。マッカーサーが実質、憲法の破棄を促したものだ。

 このマッカーサー書簡から一ヶ月後の8月9日には「警察予備隊令」が決定、翌日公布、即日施行というスピードで準備が整えられ、警察予備隊が誕生した。

 当時は、警察予備隊は「軍隊」ではないとする為に、「師団」を「管区」、「歩兵」を「普通科」、「砲兵」を「特科」、「兵器」は「武器」、「戦車」に至っては「特車」という始末だった。

 主権回復後の昭和27年8月1日、警察予備隊と海上警備隊を統合し「保安庁」が設置。政府は「保安庁法」」を提出するも野党は「憲法9条」を楯に政府を攻撃。

 吉田茂はその答弁で、「戦力とは近代戦を実行する力であり、保安隊、警備隊にその力はない」と詭弁を弄す。その結果、自衛隊は永い間「戦力なき軍隊」と言われたまま、今もその呪縛に囚われて続けている。

 日本国憲法が在った御蔭で我が国が朝鮮戦争やベトナム戦争に駆り出されなかったのは事実だろう。だが、「マッカーサー書簡」が送られたのを機に憲法を破棄していれば我が国はまた違った国になっていたことだろう。

 主権回復後に憲法解釈で誤魔化さず、改正や欽定憲法の復元を図っていれば今の様な日本の姿にはなっていなかっただろう。当時の吉田茂の判断の是非を議論したところで意味はないが、この憲法解釈が未だに大きく圧し掛かっている。

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2013年05月02日

「憲法改正」か「自主憲法制定」か、それとも「欽定憲法復元改正」か

 安倍首相は、「第96条」の改正条項の見直しを参院の公約に掲げいるが、「憲法改正」にしろ、「自主憲法」や「新憲法」にしろ、「大日本帝国(明治欽定)憲法復元改正」にしろ、「第1条」を改憲の突破口とすべきではないだろうか。

 日本共産党は、第1条の「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」という条項を理由に天皇の存在を否定している。

 その屁理屈とは、「主権の存する我々が反対しており、国民の総意ではない。よって天皇は象徴でもなければ憲法違反の存在である」という無礼極まるものだ。

 こうした日本国民としてあるまじき無礼に対し、内閣総理大臣を始め衆参議長からも御咎めもなく、情けないことに看過しているというのが現状なのだ。

 こうした共産党の行為を苦々しく思い、怒りを覚える国民は多いが、残念ながらこの共産党の屁理屈は憲法上は正論なのだ。総理大臣や議長が傍観を極め込むのもそうした理由からだが、果たしてそれでいいのだろうか。

 日本国憲法というのは国の基本法というより占領基本法であり、国體の破壊を目論んだものだ。中でも「第1条」がその最たるのもので、この条文こそ国民に知らしめ、憲法の在り方を論じるべきだと思う。

 天皇は現憲法上の制約から、国事行為として、「国会の開会式」、首相や最高裁長官の「親任式」、「大臣の認証式」など年間約60回、国賓・公賓への接遇や会見や会食などの御公務を約170回お努めになられる実に激務と言えよう。 

 また天皇の「祭事」は、元旦未明から斎行なされる「四方拝」から始まり、「歳旦祭」、「元始祭」や毎月の「旬祭」など、実に年に約50回程に上るが、こうしたものは「公的行為」ではなく「私的行為」とされているのだ。

 天皇にとって大事なものは「祭事」であり、本来は「国事行為」よりも優先されるべきものなのだが、「祭事」は現憲法によって「天皇家の私事」とされたまま放置され続けているのが現状なのだ。

 現憲法は、歴史的な国家としての継続された「祭祀」に関する天皇の役割を否定している。これこそが日本弱体化政策の最たるものであり、これを見直さない限り米国によるGHQの「神道指令」の呪縛から解放されることはない。

 安倍政権が本気で「戦後レジームからの脱却」を図るのならば、国體や国柄、そして皇統を護る上でも、天皇の「祭事」を憲法上最優先で認められる様にすることこそ大事である。天皇は憲法以前の御存在なのだ。

「憲法改正」というと「第9条」ばかりが問題にされるが、「第9条」よりも共産党の天皇否定の「題1条」の屁理屈を明らかにすれば、現憲法の矛盾と改憲への理解が深まるだろう。

 憲法の在り方について、改憲派は「憲法改正派」、「自主(新)憲法制定派」、「大日本帝国(明治欽定)憲法復元改正派」の凡そ三つに分けられる。「改正派」は、現憲法を認めつつ矛盾した部分を見直そうというもの。

「自主憲法制定派」や「新憲法制定派」は現憲法を認めず、破棄した上で新しい憲法を国民で創ろうとするものだ。大日本帝国憲法復元改正派は、抑々現憲法は主権回復と共に失効しており、元々の憲法を復元し、時代に応じ改正することこそ望ましいとするもので、愚生はこの復元改正派だ。

 本来は主権が恢復した昭和27年4月28日に堂々と大日本帝国憲法の復元を図れば好かったものを、朝鮮戦争の勃発などで現憲法を利用した吉田茂の策謀によって、その絶好の機を失してしまった。

「改憲」を分かり易く説明すれば、仮住まいに綻びが出て来たのでリフォームしてまた住もうというのが「改正派」。借家がボロになったので建て替えようとか、引っ越そうというのが「新憲法派」や「自主憲法制定派」で、元々先々代が遺した豪邸をリフォームして、和モダン風に改造して未来に遺そうというのが「復元改正派」。

 安倍総理は「第96条改正」を目論み、それ機に自民党の党是である新憲法の制定を目指すのだろうが、ややもすればその96条改正が後の政権下で逆利用されかねない危険も孕んでいる。

 国柄や国體、そして皇統を護り抜く上でも、「第1条」の共産党の屁理屈を指弾し、憲法論議を活発化させると共に、先人の智慧によって創られた大日本帝国(明治欽定)憲法の復元改正を図るべきである。

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2013年05月01日

なにごとの おはしますをば しらねども かたじけなさに 涙こぼるる

 GWの29日の「昭和の日」に合わせ伊勢神宮参拝を計画した。長年連れ添った愚妻と遠出するのは初めてのこと。28日の早朝に購入したての愛車フィアット・アッズーラ・チンクエチェントで出発。朝は喜多方の「喜一」で朝ラー。

 未だ7時チョッと過ぎだというのに超満員、席に案内されるまで40分を要した。その後は、富山の庄川を目指し、北陸道を南下する。

 大学時代、卒論テーマは「庄川の河道計画に関する研究」。大学から現地調査の費用が出ながらも現地を訪れることはしなかった。

 いつかは行かなければと思いつつも、卒業から30年も経ってしまった。喜多方から4時間ほどで富山入りし、先ずは「富山ブラック」ということで、地元でも人気という「喜八」さんへ行ってみることに。

 朝は「喜一」で昼「喜八」。別にそういうので選んだ訳ではないが、目当ての富山ブラックラーメンはメンマが塩抜きしていないのだろう嫌味なしょっぱさ(笑)

 郡山ブラックの方がコクもあり美味しいと思うが、富山のソウルフードは流石に強烈なインパクトを残した。その日は庄川の畔に建つ、薬師温泉「庄永閣」に。旅館に到着すると、国士舘大学の黒川先輩から日本酒の差し入れが届いてた。

 旅館の作りにしろ料理にしろ派手さはないが、仄仄とした好い旅館だった。秋の紅葉シーズンは最高だろう。またいつか訪れたいものだ。

 翌日、朝風呂と朝食を済ませ、庄川沿いを南下し伊勢神宮を目指す。途中、世界遺産の白川・五箇山集落を見物、名古屋を通過したのは丁度昼時。名古屋と言えば「ひつまぶし」でしょ。ということで食べログでヒットした「備長」さんへ。

 江戸前の蒸した蒲焼きも好いが、カリッと焼いた鰻も香ばしくて美味しい。先ずはそのままで、次は薬味を載せて、そして3杯目は茶漬けで。まぁ感激する程ではないが、もうチョイ安くはならないものか。昼食を済ませいざ伊勢へ。

 到着したのは4時近く。伊勢神宮の正式名称は「神宮」。神路山の皇大神宮(内宮)と、高倉山の豊受大神宮(外宮)の両正宮からなる。両宮の間は約5キロ離れており、外宮から先に参拝するのが古来からの習わしだが、今回は内宮から。

 29日は「昭和の日」だが、所謂A級戦犯の方々が「死刑」の求刑をされた日でもある。そして処刑されたのが今上陛下生誕日の12月23日。

 この事実をしても米英の非情さが分かるというものだが、その米国に国家の大本を委ねた儘で何が「主権回復」か。実に嘆かわしいことだ。

 本社を前にし、昭和天皇の御遺徳を偲ぶと共に、皇室の弥栄と心願成就を謹んで祈願した。内宮は垂仁(すいにん)天皇の時代(3世紀後半)、宮中に祀られていた天照大御神をこの地に移した時を創祀とする。

 日本の祖神として、あらゆる神徳がある。五十鈴川の清流に架かる宇治橋を渡ると内宮の神苑。参道は深い森に囲まれ静謐且つ荘厳な雰囲気に満ちている。

 神様を拝むには心身を清めることが大事で、どの宗教もそうだが、特に神道では清浄という「禊(みそぎ)」を尊ぶ。神宮に橋が無かった時代、参拝する為には必ず歩いて五十鈴川を渡らなければならず、自然に禊が出来る様になっていた。

 現代では川などで禊をしてからということが難しいので、神社には参道に「手水舎(てみずや)」が置かれ、ここで身を清める。手水舎は「禊」の場所であり、神社では重要な場所なのだが、手や口も清めずに本殿に参じることはイケません。

 翌日早朝に参拝した外宮は、内宮の創始から約500年後に丹波の国から移された社だ。祭神の豊受大御神は、穀物神で天照大御神の食物を調達するという意味がある。内宮より明るく開放的な雰囲気で親しみ易さを感じさせてくれる。

 神宮は内宮に「天照大御神」を、外宮に「豊受大神宮」を祀る。社殿は日本最古の建築様式の一つ「唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)」で、檜を素材にして清楚な佇まいを見せている。質素乍らも荘厳な神社である。

 伊勢神宮は1年中が祭りで、全て合わせると千数百に及ぶという。中でも祈年、神御衣、月次、神嘗、新嘗は五大祭として盛大に執り行われる。

 日本人なら「お伊勢参り」は一生に一度はしたいものだ。おはらい町に在る「おかげ横丁」はそんなお伊勢参りの人達で連日賑わっているが、自然発生的にこうして全国から詣でる姿を見れば、日本というのは未だ未だ大丈夫だと痛感する。

 社殿は20年毎に造り替える「式年遷宮」の制度があり、今年がその年に当たる。更に多くの善男善女が訪れることだろう。愚生も参加してみたいものだ。

 日本というのは伝統を重んじるが、それと同時に新しいものから息吹を頂き、それを活かすという風土がある。「遷宮」もそういう意味があるという。

 この「遷宮」を最初に行ったのが持統天皇。最近は「愛国」ブームだというが、この「愛国」という言葉を最初に使った人物こそ持統天皇である。「愛国」の由来は「日本書記・第三十三巻」に在る、「朕嘉厥尊朝愛国売己顕忠」という勅語だ。

 その意味は、「我(朕)は、貴男が廷を尊び、天皇国を思い、己を売ってまで忠誠を示したことを(顕・あきらかにした)嬉しく思う(嘉・よろこぶ)」。一般個人に与えたられた「勅語」はこれ以外にない。

 天智2年(663年)唐・新羅連合軍に攻撃された百済は日本に救援を求めると、中大兄皇子(天智天皇)を中心とするヤマト朝廷は全国から傭兵。凡そ5万の援軍を送るも、「白村江の海戦」で大敗を喫し、生き残った者は捕虜となった。

 その捕虜の一人、大伴部博麻は「唐が日本を攻める」という情報を得るも、日本に知らせる術はなく、自らを奴隷に売って資金を捻出し、仲間を帰国させ危機を知らせる。持統4年(689年)のことだ。

 奴隷となった博麻が帰国したのは何とその30年後。帰国後、持統天皇が博麻を表彰した際に送ったその言葉が前出の「愛国」の勅語だったのである。

 日本人が失った徳目を呼び返そうという標語として、「愛国心」は最も相応しい言葉だと思うが、三島由紀夫は「日本の様な国には、愛国心などという言葉はそぐはないのではないか。『大和魂』で十分ではないか」と語ったが、最近の安っぽい「愛国ブーム」を見てると三島の言葉が重く圧し掛かる。

 伊勢神宮の参拝は「二礼二拍手一礼」ではなく、「八度拝八開手」と称して、拝を八回行い、拍手を八回打つ作法なのだが、二礼八拍手や二礼二拍手でも好いらしい。神道とは大らかなものだと痛感する(笑)

 二日目は「紅葉軒」という旅館に宿泊。国士舘故に「紅葉」とかには直ぐ反応してしまう(笑)。レトロな旅館だが雰囲気もよく、料理も美味しいし、外宮の傍という便利さで、機会があれば次回も利用したいと思っている。

 という訳で、二泊三日、約1500キロに及ぶ旅も昨夜無事帰還しました。チンクエチェントは運転してても愉しい車だった。長距離を走って大満足の夫婦旅行だったが、ローンの支払いは5月末からなんだよなぁ(笑)

 今日は朔日、神棚の御札を伊勢神宮で買って来た新しいものに替え、皇室の弥栄と心願成就を祈る。そういや赤福の朔日餅が食べてみたかった。

 なにごとの おはしますをば しらねども かたじけなさに 涙こぼるる(西行)

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