2013年05月

2013年05月31日

歴史は歴史家に任せればいいというものではない

 政治家は歴史認識を問われると「歴史は歴史家に任せる」などとキレイゴトを言う。「言い訳は見苦しいばかりではなく同じ過ちを繰り返す」というが、我が国の弱腰外交はこうした言い訳とキレイゴトと政治家の国家間の無さが元凶である。

 中韓からのイチャモンは絶えないが、政府は中韓の内政干渉に屈するカタチで「日韓歴史共同研究」「日中歴史共同研究」が行われている。日中韓の合意に拠って始められたものだが、抑抑、歴史の共同認識など共有出来るものではない。

 歴史を共有するということは、相手国の歴史を受け容れることであり、つまり自国の歴史を否定することだ。我が国の歴史学者は中韓の学者に比べれば多少モラルを持っているだろうが、他所の国は違うし、中韓の歴史家なんぞ酷いものだ。

 中韓にとって優秀な歴史家というものは歴史に対する認識より、自国の正当性を如何に論じられるかだけであって、捏造してでも如何にして真実と言い張れるかが重要となる。特に韓国側の歴史に対する修正要求は歴史解釈という様な範疇ではなく、我が国の歴史と日本人そのものを否定する愚劣なものばかり。

 日韓併合にしても、韓国人は「悪逆非道の日帝36年」と罵って止むことはない。だが然し、果たして悪逆非道だったのだろうか。あの当時、韓国国民独自の力に拠って近代独立国家建設の道など在り得ないことだった。彼らに、あの巨大ロシア勢力の排除など到底無理だったことは、近代史を学べば解ることではないか。

 日清戦争後、ロシアが南下政策を開始すると、我が国が清国から戦利品として割譲された遼東半島にロシア軍は攻め入り、韓国までも触手を伸ばそうとしている時に韓国独自でロシアと対峙することなど到底無理だったのだ。

 その意味では寧ろ「日本に韓国保護の必要性」を認めて、日本と一体となった上で民族の自立発展の道を模索しようとした「日韓合邦派」の主張の方が現実的だったと言えよう。だが、日韓併合でその日韓合邦派も沈黙せざるを得なかったのは事実。

 その合邦派を「日帝の手先」として糾弾し、その子孫までも「親日分子取締法」という事後法で弾圧する韓国に、歴史の共同研究など語る資格もなく実に痴がましい。「韓国併合は、西洋列強のアジアの植民地支配とは違う」という。

「進んだ文化を持つ国が、遅れた国を支配することは至極当然であり、先進国が後進国を支配することを批判は出来ないが、後進国の日本の韓国併合は赦されるものではない」というものだが、こうした「事大思想」にはホトホト厭になる。

 日本書紀の「在安羅諸倭臣」にもイチャモンを付け、「倭人は安羅の臣下で、安羅倭臣館という用語が妥当」などとの主張をしているが、これも「事大思想」に拠るものだ。 安倍よ、「歴史は歴史家が考える」などという遁辞を弄する勿れ。

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2013年05月27日

今日は「海軍記念日」に亡き父を偲ぶ

 今日5月27日は「海軍記念日」である。明治38年5月27日、日露戦争に於ける海上での最大の戦いだった「日本海海戦」が行われ、東郷元帥率いる連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を撃滅し、日本海軍が奇跡的な大勝利を収めた日である。

 日露戦争の勝利は欧米列強に日本の地位を認めさせることとなり、幕末以来からの懸案事項だった不平等条約の改定、畢竟、明治維新の真の目的であった「治外法権」「関税自主権」という二つの不平等条約の克服を達成することになった。

 日清・日露戦争勝利に拠り「治外法権」「関税自主権」の回復が成されたことで、明治維新の大業は成就し、我が国は真に独立を恢復することが出来たのである。

 日露戦争の世界史に於ける歴史的意義は、有色人種が白人に勝利することに由って、当時、欧米列強に植民地にされていた世界中の被抑圧民族を感動させ、独立への夢を駆り立てたことだろう。日露戦争での我が国の勝利とは、世界の有色民族や搾取され続けていた植民地にとっても誠に大きな意義を持つものだった。

 そうした先人の努力と苦労の上に日本国が成り立っていることに感謝せずにはいられない。今日5月27日は父の命日でもある。亡き父は昭和3年生まれ、成績優秀乍ら家庭は赤貧で進学など出来るものではなく、尋常高等小学校を卒業すると15歳で海軍に入隊、横須賀海軍工廠で大日本帝国海軍軍人としての人生が始まった。

 その後、土浦の予科練を経て終戦。想い出の相模原で土木作業員として従事し資金を貯め、郷土に帰還後は古着屋の「相模屋」を起業し、後に倒産の憂き目に。

 その倒産後間もなく、父は何処から聞き齧って来たのか、「これからはカ・ソ・ラ時代だ(カレー・そば・ラーメン)」と、50年近く前に背負った数千万という負債にめげずにラーメン屋を開業。町会議員も5期務め、地方自治に貢献した。

 今思えば破天荒なオヤジだった。生前に、20代で起業したことや海軍時代の思い出を詳しく聞いた事が無かったことが返す返すも残念ではあるが、実家の屋号の「相模屋」という名前を見れば、横須賀や相模原への思い入れが深かったことが分かる。

 厳しかったその父が5月27日に亡くなった。海軍軍人だった父が「海軍記念日」に逝くとは、海軍との縁を感じ決して忘れることはない。南無大師遍照金剛。

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2013年05月24日

「原爆投下」は神の懲罰かそれとも人種差別か

 韓国・中央日報の論説委員が「原爆投下は神の懲罰だった」との自説を垂れ流した。余りの反響に中央日報は、「あくまでも個人の見解」との見苦しい言い訳をしている様だが、韓国人の人品の悪さは最早救い様がないのは確かだわな。

 中央日報の記事は、「神は人間の手を借りて人間の悪行を懲罰したりする。最も苛酷な刑罰が大規模空襲だ。歴史には代表的な神の懲罰が2つある。第2次世界大戦が終結に向かった1945年2月、ドイツのドレスデンが火に焼けた。6カ月後に日本の広島と長崎に原子爆弾が落ちた。これらの爆撃は神の懲罰であり人間の復讐」と主張し、「同じ復讐だったが結果は違った。ドイツは精神を変え新しい国に生まれた。だが、日本はまともに変わらずにいる」と、いつもながらの日本批判。

「ドレスデンはナチに虐殺されたユダヤ人の復讐だった。広島と長崎は日本の軍国主義の犠牲になったアジア人の復讐だった。特に731部隊の生体実験に動員された丸太の復讐であった」と、安倍が航空自衛隊松嶋基地で乗ったブルーインパルスの戦闘機の番号が731だったばかりに、無理矢理に「731部隊」と結び付ける始末。

 こうなると最早ビョーキとしか思えない。ジャーナリストというより精神異常者という言い方がピッタリ。偶偶安倍が乗った戦闘機の731番と731部隊と結び付けて語れることに、厭きれるというより、その民族性に尊敬の念すら覚える(苦笑)

 歴史を語る上でよく日本とドイツが比べられるが、ドイツはナチの行為は批判し反省するが、国家として謝罪したことは一度も無い。一方で我が国は韓国に対して、ドイツとは比較にならない補償と経済援助をし、そして何度も謝罪して来た。

 然し乍ら、韓国は日本へ感謝することは無く、それどころか「反日教育」を徹底し、謝罪と賠償の名の下に留まることのない日本バッシングを繰り返している。

 事が起これば自分達で努力しようともせず、悪いのは全て日本となる。何事も日本の所為にしてりゃ済まされるのだから気楽な人種でもある。韓国人なんてのはハッキリ言って乞食以下だ。犬コロでも人の恩が分かるのに恩を徒で返し続ける。

 韓国人よ、日本にばかり要求してないで自国の歴史を直視しなさい。日韓併合で韓国人の生活が劇的に発展させたのも歴史的事実だ。広島・長崎への原爆投下を日本人への神の懲罰だと言うのなら、当時日本人だった韓国人への懲罰でもあるのだ。

 元々原爆を日本に投下することになった背景には、人種偏見が根強くあったのは事実。米国が原爆投下を決定したのは1943(昭和18)年5月、原爆搭載機を対日戦用のB-29とした。そして翌年9月米英間の秘密覚書「ハイド・パーク協定」には、「原爆は日本に対して使用されるであろう」と明記されたのである。

 こんな不可思議な決定は、人種差別と偏見及び日本人蔑視以外に合理的根拠は見つからない。更に、その後の米軍の広島長崎で執った「放射能治療方法交流禁止」「被爆者カルテ没収」など目に余る人権蹂躪行為を見ると日本人を「動物実験」として実験しようと企てた原爆投下だったのではとすら見えて来る。

 だが、我が国と米国は国の威信を賭けて戦っていたのだ。新しい兵器を開発すれば使用するのは当然で、原爆投下にせよ、非戦闘員を巻き込んだことは断じて許されざる蛮行ではあるが、そこに三分の利を認めざるを得ないではないか。

 また資源に乏しい我が国が化学兵器を研究するのも当然で、731部隊が事在る毎に悪の権化の様に曝されるが怪しからんことである。「遺棄化学兵器」にしても巷間言われている様に大量でもなければ、我が国が処理費用を拠出する謂れもない。

 論説員にせよ、クリスチャンに洗脳された韓国人は都合よく「神」を持ち出すが、日本人として共に戦った大東亜戦争を批判にして何になるというのか。

「神」を持ち出すのなら、「日韓併合」こそ神から与えられた宝だったとは思わないのだろうか。未だ歴史を直視することなく、日韓併合をも非難し続ける韓国こそ、いつの日か神からの懲罰や復讐されるのは強ち幻想でもないかも知れない。

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2013年05月23日

拉致問題が急転直下解決されることを願うばかり

 飯島勲内閣官房参与の訪朝は様々な憶測を呼んでいる。飯島参与が「事務的手続きは全て済んだ。後は安倍首相の判断だ」と語っている様に、北朝鮮側とツッコんだ話し合いをしてきたことを窺わせており、これを機に拉致問題が進展し、日本人同胞が無事帰国出来ることを願うばかりだが、恐らくは飯島の勘違いが大きい。

 拉致問題を、戦前日本が行った「徴用」を「強制連行」と混同し、「拉致なんぞ日本のやった行為に比べれば大したことではない」と言って憚らない輩がいるのは実に困ったもので、また「在日朝鮮人の大半は戦時中に日本政府が強制労働をさせる為に連れて来た人達だ」と信じて止まない日本人も少なくないには驚く。

 昭和34(1959)年に外務省は、「在日朝鮮人の引揚に関する経緯」について、戦時中に徴用労務者として日本に来た者は「245人」と発表しているが、当時の朝日新聞でもそれを詳しく報じている。その245人は戦後には全員帰国している。

 戦時徴用とは、昭和13年の国家総動員法に基づく「徴用令」を指すが、戦中日本本土では中高年、婦人、学生に至るまで工場他に動員され生産に従事した。日本人、朝鮮人、台湾人が一律に負っていた労務提供の国民的な義務である。

 我が国の統治に拠って多大な恩恵を受けていた朝鮮人や台湾人は、当時は外国人ではなく日本国民であった以上、これに協力する義務があったことは言う迄もない。日本人も等しく戦時徴用されていたのであり、韓国や北朝鮮が主張する強制連行とは全く異なるもので、然も彼らが徴用されたのは終戦の前年から僅かな期間だけだ。

「徴用」を「強制連行」とし、北朝鮮の「拉致」と同一視し批判しているバカがいるのには驚くが、在日らに与し、日本悪玉論を垂れ流す無知蒙昧の徒には厭きれるばかり。抑抑、「強制連行」というものは存在せず、在日の都合の良い造語に過ぎない。然も、戦時徴用で来日した朝鮮人は、僅かに245人だけだったのだ。

「強制連行された」との嘘を並べ日本国内に居座っている在日や、若しくは祖先の殆どが、戦前、戦中に職を求めて来日したり、朝鮮戦争勃発で祖国に貢献することなく、命惜しさに密航して来たかのどちらかなのである。

「済州島四・三事件」が起きて密航した朝鮮人もいるが、そうした経緯があったにせよ日本に居座る理由にはならない。逆に言えばそうした難民を受け入れた日本は人道的に素晴らしい国であって、感謝されることはあっても批判される筋合いはない。

 在日は「自分達は被害者だ」と宣って憚らないが、何のことはない外国人の彼らにとって日本が住み易いから居座ってるだけで、どんな理由も付けたりに過ぎない。在日が殖え続け、在日特権が次々と与えられて行くのは、我が国の主権回復前に李承晩がどさくさに紛れて竹島を不法占拠したことがきっかけだった。

 戦後、所謂「李承晩ライン」を侵犯したとして多くの日本人漁師が拿捕された。韓国政府は、抑留された同胞と引換えに、日本国内で犯罪を犯し収監されていた在日朝鮮人472名の放免と日本滞留特別許可を要求すると、日本政府は已む無くその要求に応じた。この譲歩が更なる譲歩を生む悪しき前例となって行った。

 以来、在日へあらゆる特権が与えられ、現在に引き継がれている。戦後、日本は「在日朝鮮人」に対して対応が甘く、あらゆる特権を与え過ぎてしまったのだ。

 在日の問題を看過することは我が国の将来に禍根を残すことになる。今や永住外国人は在日を抜いて支那人が断トツ。在日の通名問題や帰化問題は、支那人永住者にも繋がる重要な問題なのだ「在日朝鮮人」も「支那人」も外国人として対応するべきで、日本人との区別を付ける為にも「通名」の使用を禁止させるべき。

 国家の方針として国際テロや日本人拉致を実行し、麻薬や覚醒剤を生産して密輸し、ニセ札をばら撒く犯罪国家北朝鮮を擁護する輩の無知蒙昧は嗤うしかないが、拉致問題の解決は北朝鮮にとっても多くの効果を齎すだろうに、全ては金正恩の腹次第ということだろうか。拉致問題が急転直下、解決されることを願うばかり。

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2013年05月21日

民主党の愚策である「観光立国」を強化する安倍政権

 安倍晋三が企業の設備投資を総額70兆円と拡大させ、農家所得や農水産物や食料の輸出倍増などの方針を示した第二次成長戦略を発表するも、西村真悟の「うようよいる売春婦」発言でマスコミからは作為的に消された。その内容を見ても、営利至上主義とも言うべき経済論のみで、真に国益を重んじてるとは思えない。

「クールジャパン」として「観光立国」を標榜し、外国人旅行者向けの査証(ビザ)発給の条件を民主党政権下以上の緩和をするというが、グローバル化を目指す「アベノミクス」は諸刃の剣、多くの危険を孕んでいると言えよう。

 抑抑、民主党政権下で推進された「東アジア大交流時代」という妄想にしろ、「観光立国」などという愚策というのは、我が国の社会の安全を無視した無責任極まりないものだった。その愚策を受け継ぎ、更に推進強化するとは何事か。

「観光立国」や「査証の簡素化」のその実は中共政府の策謀であり、安倍政権下で否定するのかと思いきや、愚策を受け継ぎ、更に推進強化するとは何事か。「日中友好」など幻想に過ぎず、支那や韓国朝鮮との交流は一線を敷いて行うべきだ。

 訪日する観光客の経済効果はGDPに換算しても1%にも満たない。俄成り金らが落とす幾許かのカネを期待して、経済の浮揚に繋げ様とは笑止千万と言う他はない。

 嘗ては世界一安全といわれた日本が、外国人の急増、それも不良支那人の増加によって安全が脅かされていることは幾ら不精な人でも気付いているだろう。生命の保証、財産の安全こそ国民の願望であり、これに優る国益はない。

 不良外国人が殖え続けると外国人への生活保護費は激増し、今やその世帯数は4万を超え5万に達する勢いだ。外国人への優遇制度が財政への負担を大きくしている。

「観光立国」というのは発展途上国の政策であり、経済大国の我が国が目指すものは「技術立国」である。そういう意味では、新技術を創出する企業への規制緩和を特例的に認める、「企業実証特例制度(仮称)」の創設は評価出来る。

 批判的だった米国から一転して、「大宰相の器」などと持て囃されている安倍だが、果して真の保守議員といえるのだろうか。保守というより、未来しか頭にない新自由主義者だからヨイショしたのだろう。米国が喜んでるのもそんな理由だ。

 時流に乗って保守派を気取ってはいるが、憲法改正に対する姿勢も怪しい。安倍にしろ、維新の会にしろ、どいつもこいつもパーフォーマンスだけのなんちゃって保守だ。乱世といわれる今、待望するのは奸雄と称されるべき英雄の顕現である。

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2013年05月20日

橋下の慰安婦発言は「保守潰し」のマッチポンプ

 日本維新の会の石原慎太郎と橋下徹の会談が行われ、橋下の慰安婦発言に対し石原は「連日、真摯に説明責任を果たしている」とその発言を擁護した。

 一方で、連日、慰安婦容認発言を論われてる橋下を擁護した西村は、発言そのものを撤回し謝罪までしながら除籍された。この違いは一体何なのだろう(苦笑)

 橋下の慰安婦発言に端を発した一連の騒動を、ネットなどでは「保守潰しのまっちっポンプ」だとする声も挙がっているが、その認識は強ち間違いではない。

 まぁ「保守潰し」というより 「憲法第96条改正阻止工作」の一環にも思える。 改憲での政界再編は必至と見られていたが、今回の橋本発言によってその方向は大きく変わり、自公を分断させ、公明党を与党から追い出す工作にも頓挫した。

 橋下は保守とは乖離した思想を持つ人物で、大衆迎合主義者で自己顕示欲の塊とも言うべき政治家である。 「この人物を抱え込めば必ず自滅する」と真正保守派が警鐘を鳴らしていたが、それが的中した。その真正保守派の一人が西村だった。

  今回の件をほくそ笑んでるのは政府与党に鎮座する公明党だろう。その親玉の創価学会や、池田太作を最高神と崇めるSGI(創価学会インターナショナル)の連中にとって、「日本維新の会」の党内のいざこざを歓迎しているに違いない。

 以前、週刊朝日が「ハシシタ、救世主か衆愚の王か」「奴の本性」との大見出しで橋下大阪市長の出自を暴いたことがあったのを覚えているだろうか。

 あからさまな「橋下イジメ」を宣言した週刊朝日が、シリーズ第一回目で早々に謝罪したことがあった。橋下もその謝罪を受け容れて「ノーサイド」と朝日新聞の取材拒否を撤回したが、正しく朝日と橋下のマッチポンプぶりが露見した。

 橋下のイメージは過激な言葉から、国民がイメージするのはタカ派的であり、朝日と橋下の対決は国民からは「左翼VS保守」と捉えられた。だが、朝日と橋下は結局のところ「人権擁護法案」でその足並みを一致させただけだった。

 今回の橋下の慰安婦発言にしても、その後の遁辞ぶりを見れば実に胡散臭げなものでしかない。そういう意味では橋下の慰安婦発言とは、御得意のマッチポンプであり、橋下こそが「保守潰し」の張本人と言っても過言ではないだろう。

 日本維新の会の中でも「旧たちあがれ日本」のメンバーは真正保守と言われる人は少なくない。どう見ても橋下とは政治信条が違うと思うのだが、何故に袂を分かち保守の大道に就かないのだろうと訝しがる国民は多く落胆は隠せない。

 旧たちあがれ日本の足枷になっている人物こそが石原慎太郎であり、石原と橋下といった似非保守や、インチキ政治家こそ保守派を分断する獅子身中の虫である。

 石原にしろ、橋下にしろ、如何にもタカ派的言行で国民を誑かすが、彼らこそ究極の「天皇制廃止論者」であり、国民はこうしたインチキ保守に騙されてはならない。

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2013年05月18日

西村発言が人権侵害なら「うようよいる」売春婦どもを一掃したら如何か

 自分に対して是非は兎も角として、後輩や友人らが「恕」の気持ちから好かれと思ってしてくれたことには、喩え失敗したとしても叱ることはないし庇ってやろうと思っている。それが「人生意気に感ずる」というものだろうと思っている。

 日本維新の会の西村真悟が、同党の代議士会で、「売春婦は未だ日本にうようよいる。韓国人。大阪の繁華街で『お前韓国人、慰安婦』と言ってやったらよろしい。戦いましょう」などと発言したという。 発言は、同党の橋下共同代表の過日の慰安婦発言で米国などから批判されていることを西村らし言葉で擁護したものだ。

 発言内容に品は無いが、西村らしい表現であり、その発言内容は強ち間違いでもない。同僚議員からの指摘を受けて、西村はその場で「不穏当だった」と発言を撤回したという。こうした対応は党も西村も情けない。野党やフェミニュストの連中からのキレイゴトならいざ知らず、身内から反発されることでもなかろうに。

 地方選挙や参議院選挙を控えて、各党集票ばかりが気になって、こうした発言に敏感になってる様で、松井幹事長までも、「発言は人権侵害であり言葉の暴力だ」なんてキレイゴトを垂れ流し、西村を除名すると声高に叫ぶ。 西村の発言が人権侵害というならば、国内にうようよいる韓国人売春婦どもを一掃したら如何か。

 本当のことが人権侵害や言葉の暴力というなら、我が国の言論の自由も表現の自由も体を成さないということだ。こうした選挙向けのキレイゴトにはウンザリだ。

 後先を考えずに蛮勇ある発言をすることが西村の真骨頂だと思うが、直ぐに発言撤回に応じている様では腹が座ってないと断じられてもしょうがない。以前にも西村はインチキ右翼を雇って弁護士法違反に問われてた際には、議員としてケジメも付けれず有耶無耶な対応に終始したことがあった。今回もそれと同じ情けない限り。

 西村の発言は橋下を擁護する意図だったが、一方の橋下は西村を庇うどころか、「大変申し訳なく思う。候補者を見る目がなかった」と、衆院選で西村を擁立したことをも謝罪する始末。揚句に、「(自分の慰安婦発言と)全く違う。僕は韓国の方や元慰安婦の方を侮辱するつもりは全くない」と西村を非難し自己弁護に終始した。

 これが党のトップに立つ者のやることなのか。本来ならばこれを機に、慰安婦問題の根本的解決を図り、世界に日本の正当性をアピールすれば好かったものを、逆に西村を貶めてどうするというのか。こんなのが代表なのだから御粗末過ぎる。

 マスコミも鬼の首を獲ったかの如く、西村発言を安っぽい正義感で報道し総バッシング。御蔭で昨日は、この「うようよいる売春婦」のネタばかりで、「成長戦略」を熱く語った日本国総理の会見はマスコミから作為的に消された(苦笑)

 それにしても橋下の失言や暴言、政策の矛盾をいけしゃしゃと自己正当化するあの弁舌の技術は天性のものだろう。そのやり方も、敵対する勢力を作っては、過激な言辞で注目させ、マスコミを使い世論を煽るというのがいつものパターン。

 そして最後は腰砕けになって有耶無耶に終わる。自己顕示欲が強く、終始一貫していないのが橋下である。西村も橋下も覚悟が足りないということでは同類だわな。

 旧維新の会のメンバーはこのまま西村を見捨てるのだろう。どんな候補者でも一蓮托生との思いで行動を共にしたのではないのか。これを機に慰安婦問題に止めを刺すべきだ。西村は橋下に三下り半を突き付け、維新と袂を分かち保守の道を往け!

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2013年05月17日

「慰安婦問題」は日本政府の安易な謝罪と事勿れ主義が元凶

 老慰安婦が慰安婦問題の抗議に来日する。ご苦労さんなこった。当時、慰安婦は別に朝鮮人だけではない、日本人が一番多く、中でも東北出身者が多かったという。「元売春婦」ということを自ら明かすことなど日本人ならしないだろうよ。

 まぁ、来日し婆さんは、あれやこれやと嘘八百を並べるんだろうなぁ。そいうや過去にも慰安婦だったという老婆が登場し、「慰安婦にならなければ、殺して釜茹でにして食ってやる」と言われたと当時の恐怖を語ったことを思い出す(苦笑)

 残念ながら日本には人肉食習慣はない。これは自分達の風習を日本人も同じ様にやっていると思って仮託した「同一化虚言」の一つ。要は、語ること全てがウソであり妄想。李朝下では悪病治療の迷信から人間の肝や指を食べていたのは歴史書でも明らかになっている。いい加減、朝鮮人の嘘に付き合うのは止めて頂きたいものだ。 

 所謂「従軍慰安婦」問題の発端は、吉田清治が昭和58(1983)年に書いた「私の戦争犯罪」というフィクション本。「済州島で9名の兵隊と共に約200名の朝鮮人女性を強制連行して慰安婦にした」と記述し、済州島での日本軍を妄想し描写した。

 後の調査で直ぐに創作だったことが判明したが、この「私の戦争犯罪」だけが独り歩きし始める。平成元(1988)年、この本が韓国語に翻訳されると韓国の人々は激昂した。そして平成4(1992)年、朝日新聞がこの本を取り上げ、根拠もない儘に日本軍や警察が「慰安婦狩り」をやったと書き立てて韓国人の怒りを煽った。

 更には、日本国内でも福島瑞穂や辻本清美ら名うての売国奴らがこれを支持し、支援した。 この吉田の本に疑問を持った「済州新聞」記者の許栄善は、現地を取材し、「慰安婦狩りの話を裏付ける証言者はいない。島民の名前もデタラメ」と一蹴している。 韓国の郷土史家・金奉玉氏も現地調査を実施し次の様に述べた。

「昭和58(1983)年に日本語版が出てから、何年かの間、追跡調査をした結果、事実でないことを発見した。この本は日本の悪徳ぶりを示す軽薄な商魂の産物と思われる」(「ほんとうは『日韓併合』が韓国を救った!」松木国俊著WAC社)

 吉田自身も調査結果を突き付けられると、「創作だった」と事実を認めたが遅きに失した。日本発の嘘から始まり、韓国全土で「慰安婦狩り」が独り歩きしてしまったのであった。本を売るという私利私欲の所業が国家を売ることになった。

 戦前の日本も朝鮮も他国と同様に「売春」そのものが合法だった。今の道徳的価値観だけで、こうした売春行為の是非善悪を裁いても意味はない。悲しいことであるが、貧しい女性達が生きる為に、また親兄弟を養う為に、身を売って金にした時代があったという歴史的悲劇を我々は教訓にしなければならない。

 戦争になれば兵士の息抜きの為に駐屯地の近くに「慰安所」が設けられた。危険に見合う多額の収入を求めて「売春宿」経営者が戦地で商売を始めるのは何処でもある光景だった。当時、工場で働く女性の平均月給は約30円、戦地で働く慰安婦は約300円だったという。この額は知事や軍の大佐と同じくらいの高給だったという。

 経営者は軍とは関係ない一般の民間人である。勿論募集は民間人が実施し、軍や官憲は一切係わってはいない。当時、慰安婦募集に「女衒」と呼ばれる悪徳業者が、「軍の依頼」と嘘をついて募集したり、或いは、子女を誘拐して満州に売り飛ばし、金儲けを企むという卑劣な事件や問題を起こしたこともあった様だ。

 内務省は、こうした女性の誘拐事件や人身売買は、「帝国の威信を傷つけ、皇軍の名誉を害う」として、「契約内容や事情を調査して、略取誘拐等がないよう留意すること」「軍の名を騙る業者は厳重に取り締まること」など通達している。

「朝鮮における慰安婦の不法な募集禁止」も閣議決定し、軍にあっては、兵士が飲酒して暴れたり、慰安婦や経営者に暴力を振るったりしない様に不届き者を憲兵が厳しく取り締まった。軍や政府は不法な募集を禁止し、慰安婦の健康指導や人権を損なうことがないよう関与しているのであって、強制連行に関与し事実は全くない。

  平成4(1992)年、朝日新聞の報道により慰安婦問題が再燃する。韓国の大学教授が「軍慰安所従業婦募集に関する件」という陸軍省の文書を発見したと報じた。その内容は、「慰安婦の募集に対し、軍の名義や権利を利用して」誘拐に類する様な悪徳業者がいるので、警察と連携して防止を指示する文書であり、軍による強制連行を寧ろ否定するものだったのであるが、朝日新聞はあろうことか事実とは逆に「募集について軍の関与があった」「強制連行があった」と世論を誤誘導した。

 朝日新聞の報道を受けて、韓国の東亜日報は、「12歳の小学生まで動員し、戦場で性的に弄ばれた」と虚偽報道すると当然乍ら韓国の世論は激昂した。 こうした韓国世論に狼狽えた宮沢内閣は「外交上の配慮」として強制連行の事実を認める方向で検討に入ったが、証拠となる資料が発見されないことから対応に苦慮する。

 韓国が作為的に作成した資料と元慰安婦の証言に疑問を呈することもなく、「従軍慰安婦問題に旧日本軍が関与したと思われることを示す資料が発見されたことを承知しており、この事実を厳粛に受け止めたい」と謝罪するに至った。

 証拠資料を精査せず、裏付け調査も無しに謝罪した宮沢内閣の罪は重い。元慰安婦の証言も、後の調査で全くのデタラメで信憑性が無いことが判明している。文書を発見した教授も、慰安婦強制連行は証明出来ていないことを認めている。

 実施した政府調査でも「強制連行させないための政府の関与」は認めたが、「強制連行を立証する資料なし」と結論付けている。当初、余り問題にしたくなかった韓国政府も、激昂した世論を放っておけず、「強制連行」の認定を日本政府に強く迫ったというのが真相。当時官房副長官だった石原信雄は次の様に証言している。

「一切強制連行した証拠は見つからなかった。『強制連行が無かったとすると、韓国が言論を押さえられない。賠償は請求権協定により、一切要求しないから、有ったことにして欲しい』と依頼され、政治的に認めたものである」と語っている。

 訪韓した宮沢首相は反日の嵐の中で謝罪と反省を八回も繰り返した。「謝れば事は収まる」との甘い読みと、兎に角、この場は収めたいという戦後の日本の悪しき陋習外交である事勿れ主義が我が国の国益を大きく損なうこととなった。

「以心伝心」というか、「言わなくても分かるだろう」というのは日本の美徳だが、国際関係に於いてこの日本的美徳が通用すると思うのは日本人の思い違い。

 安易な謝罪や譲歩というのは、悪意を以て謀略宣伝を行う勢力を勢い付かせるものでしかないのだ。外交音痴とはこういうことだ。 日本政府は、平成5(1993)年8月4日、我が国の戦後最大の外交汚点となる「河野談話」を発表する。

「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれにあたったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意志に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことがあきらかになった」と述べて、「重大な人権侵害があった」と認めて謝罪に至ったのだった。

 根拠も示さぬ儘に、単なるその場凌ぎの思い付きで、「官憲等が直接これに加担したこともあった」とした一文は、軍と官憲が強制連行に関与したことを既定事実としたものだった。その後の日本非難は全て「河野談話」が根拠となっている。

 韓国での国家賠償を求める裁判は勿論のこと、米国や欧州での「慰安婦非難決議」も「河野談話」が証拠になってしまった。「河野談話」は、日本政府の思惑とは逆に慰安婦問題を益々エスカレートさせてしまっているというのが事実である。

 以上が所謂「従軍慰安婦」問題の凡その経緯である。韓国側が「慰安婦問題」でユスリタカリに奔るのは、朝鮮人の人品の低さも然ること乍ら、歴代日本政府の無知と事勿れ主義、そして弱腰外交が要因になっていることは否定出来ない。

 吉田清治がフィクションを書き、朝日新聞が便乗して捏造した慰安婦問題を、自民党の宮沢内閣下で、加藤紘一官房長官が事実を認め、次の官房長官に就いた河野洋平が「談話」を発表し、韓国人慰安婦を付け上がらせる原因を作った。

 更に「村山談話」で火に油を注ぎ、その後の自民党政権下でもこれらを撤回せず黙認し、民主党政権誕生で、鳩山由紀夫が総理として慰安婦に対して「国家補償」を約束し、前原誠司幹事長が「戦後賠償支援」を言及した。

 今や国際的な問題となってしまった慰安婦問題とは、日本側が国家として「謝罪」も「約束」もしている訳だから、韓国にしてみたら賠償請求するのは当然であり、単なるユスリ、タカリと言ってもいられない現実が厳然と存在してしまったのだ。

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2013年05月10日

「戦後レジームからの脱却」とは言うは易く行うは難し(苦笑)

 安倍首相は中韓を慮って「我が国は嘗て多くの国々、取分けアジア諸国の方々に多大な損害と苦痛を与えた」との歴史認識を披歴しインチキ保守ぶりを露呈した。 この認識は平成7年の「村山首相談話」を踏襲したものだが、前政権時にも「全国戦没者追悼式」などで同様の発言をしており、別段驚く様なことではない(苦笑)

 靖國神社参拝や歴史教科書問題などで中韓からの内政干渉は後を絶たないが、抑々勘違いされては困るのは、我が国は中華人民共和国とは戦争はしていないし、当時は日本であり日本人だった韓国や北朝鮮とも戦った訳ではない。韓国こそ、己らの恥辱に塗れた歴史を直視し恥入ると共に、日本に少しは感謝したら如何か。

 中華人民共和国にしても、建国は昭和24(1949)年10月1日である。先般、大々的に「建国60年」を祝ったばかりだが、建国60年とは自ら「日本とは戦争はしていません」と世界に宣言した様なものだろう。こうした戦後に建国した国と占領下だった我が国が戦える訳もない。我が国が戦ったのは「中華民国」である。

 その中華民国とは、我が国がGHQからの占領が解かれ主権を回復した、昭和27年4月28日に「日華国交条約」を締結し和解は成立している。今更ながら「取分け、アジア諸国の方々に多大な損害と苦痛を与えた」などと遜る必要もない。

 だが、我が国の歴史、大東亜戦争の意義を根本的に変える事件が起きる。昭和47(1972)年9月2日の「日中国交条約」の締結である。 北京に詣でた田中角栄は中国共産党政府を中国唯一の合法政府であると承認して、国際条約であった「日華国交条約」を一方的に破棄した揚句に、「日中共同声明」に調印したのだ。

 その調印の際に、田中は「先の大戦で中国国民に重大な損害を与えたことに責任を痛感し、深く反省する」と詭弁を弄した。この田中の歴史認識こそが現在の日本政府に引き継がれ、その後の村山談話や河野談話などに繋がっているのだ。

 我が国が先の大戦で戦ったのは「中華民国」であり、戦後建国した「中華人民共和国」という一党独裁の共産国家ではない。 況してや日華国交条約という国際条約の締結は天皇の国事行為であり、田中の行為は逆賊の行為であったのだ。「日華国交条約」という国際条約の蹂躙は道義国家として決して許されるものではない。

 調印の際に田中が発した「先の大戦で中国国民に重大な損害を与えたことに責任を痛感し、深く反省する」との歴史認識を見直さない限り、我が国の対中外交は間違った方向へ進み続けるだろう。更に言えば「日華国交条約」の破棄は明らかな憲法98条違反なのだが、護憲派やマスコミから糾弾されることはなかった。

 総理大臣が平然と憲法を蹂躙していながらこれを看過し、沈黙しながら、何が護憲か。連中に憲法を語る資格なんぞ無い。 まぁ、安倍ちゃんも「戦後レジームからの脱却」とは勇ましい限りだが、言うは易く行うは難しと言うことだろう。呵呵。

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2013年05月09日

「人民日報」論文で台湾と澎湖諸島の日本帰属を認める!?

 中国共産党機関紙「人民日報」は論文で、「第二次世界大戦での日本の敗戦により『琉球の領有権』は失われた」と主張したという。これに対し、菅官房長官は、「歴史的にも国際的にも、我が国の領土であることは紛れもないことだ。全く筋違いだ」と不快感を示し反論したが、まぁ日本でいうと共産党の「赤旗新聞」の論説で能書きを扱いたのと一緒で、こうした主張に一喜一憂する必要もなかろう(笑)

 人民日報の論文は、「琉球は明清両朝の時期、中国の属国だった」とした上で「日本が武力(沖縄を)で併合した」と主張。日本は1895年1月に尖閣諸島を領土に編入しているが、日清戦争を終結させた同年4月の下関条約の調印の際に、「(敗北した)清政府に琉球を再び問題にする力はなく、台湾とその付属諸島(尖閣諸島を含む)、澎湖諸島、琉球は日本に奪い去られた」と指摘している。

 この主張は強ち間違いではない。この主張から言えば日清戦争の戦利品として頂いた澎湖諸島も台湾も未だ我が国の主権は続いていると言うことでもあろう。

 人民日報が指摘するまでもなく、この様に領土というものは武力を背景に動くものであり、それは沖縄や尖閣に限らず、竹島や北方領土も同じ背景なのだ。

 我が国固有の領土である「竹島」は、日本がGHQの占領下中のどさくさに強奪されたものであり、北方領土も日本の敗戦により奪われたものだ。我が国領土を侵略した韓国にしろソ連(現ロシア)にしろ、その正当性を主張するのは当然のこと。

 沖縄にしても、戦勝国に中国共産党の毛沢東が入っていれば、沖縄は間違いなく中共に占領されていただろう。だが、我が国が戦ったのは中国共産党ではなく、蒋介石率いる中華民国だったというのが救いであり、また武力の無い我が国に代わり米国が沖縄を統治したからこそ現在が在ると言っても過言ではない。

 地理的に日本と支那の中間に位置する沖縄は、日本から見れば同じ日本人だが、支那や沖縄から見れば、寧ろ支那と同族の関係にあったのは歴史的に事実であろう。これは人民日報が「琉球は属国だった」と指摘してることでも理解出来よう。

 沖縄に住む住民は、日本本土から南下した日本人と、ポリネシア系、台湾系、支那華南系。「明」の時代に支那に入貢して「琉球国・中山王」として冊封を受け、奄美大島から先の宮古・八重山までの領域を支配する中央集権国家を築いた。

 日本への使者の派遣は室町時代になってからで、徳川幕府の命令で島津藩が琉球に出兵し、奄美大島を直轄化したが、琉球はその後に支那に誕生した清朝の冊封も受け両属の立場を執ったことでも、その存在というか主権はあやふやだった。

 二千円札の「守礼の門」の図柄は、支那からの冊封使を迎えて行う琉球王の即位式の会場であり、そのことをしても沖縄という島が、日本と支那と両属だったかが理解出来るというものだ。二千円札が不評なのはその所為もあるのだろう(笑)

 明治39年に沖縄で初めて文学士となった「沖縄学の父」と称されている、伊波普猷(いはふゆう)の説に拠れば、琉球は日本文化が拒絶した「宦官制度」を導入していたという事実をしても、両属と言うよりは支那への愛着が強かったという。

 また、日清戦争の際には「日本派(開化党)」と「清国派(頑固党)」が乱闘を演じて、日清戦争で日本が勝利すると清国派(頑固党)は支那に逃避したという。

 中共は今、千載一遇とばかり沖縄に触手を伸ばしている。沖縄のマスコミにしろ仲井眞知事らを筆頭に中共に阿る連中は多いが、沖縄は日本の安全保障上の重要な要であり、沖縄が中共の手に堕ちれば日本の未来はないといっても過言ではない。

 領土問題は、我が国の様な「事勿れ主義」や「平和的解決」などという妄想で解決するほど容易なものではない。「奪われた領土は奪い返すことでしか解決は出来ない」というのが世界の常識である。沖縄を奪い返そうとする中共の策謀に嵌り、支那人に蚕食されて行くのをこの儘、手を拱いて傍観している訳には参らない。

 現在も、世界の各地で民族争いの中で国境紛争が頻繁に起きている。世界では寸土たりとも「主権確立には戦いをしてまで死守している」というのが世界の常識的対応であり、我が国もそうした気概と覚悟を持たなくてはならない。

 国際環境が激変しつつある時に動くものが領土問題であり、つまりそれは北方領土や竹島を取り戻す機会が到来したと同時に、尖閣列島や対馬、或いは沖縄を奪われる危機でもあるということでもあるのだ。 心して取り掛かるべし。

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2013年05月08日

靖國神社本殿左奥の「鎮霊社」に詣でたことはありますか?

 録画していた「八重の桜」観ていたら、白河の関や二本松藩が登場して少年隊の木村銃太郎隊長らの名前が出ていた。愈々二本松での戦いや会津戦争が始まる。

 会津が中心のドラマ故に、会津と戦った薩長が悪者の様にされてはいるが、我が国の歴史も同じで「勝てば官軍」と言われている様に、薩長が後に袂を分かつと、長州閥が維新後の多くを取り仕切ったのは歴史的な事実である。靖國神社もその一つ。

 靖國神社は明治2年、明治天皇の思し召しに由り「東京招魂社」として創建された神社である。その合祀対象は、公卿で太政大臣であった三条実美の祭文に在る様に「皇軍に役立ちして賊徒等を討たん其の義に・・・」にと限られている。

 この原則がある限り、会津藩や我が二本松藩及び西南戦争で政府軍と戦った西郷軍関係者が祀られることはなく、未来永劫 「賊軍」の汚名が消えることはない。

 所謂「賊軍」の方々が祀られてるのは本殿左奥に鎮座する「鎮霊社」。歴史は浅く、昭和40年5月26日に地鎮祭が斎行され、鎮座祭は7月13日に執り行われた。以来、この日に祭事が執り行われているが、今年は「みたままつり」と重なる。

「鎮霊社」は、幕末の嘉永6年以降、戦争や事変に係わって戦没したものの、本殿に祀られていない日本人の御霊と、同時期以降の世界の戦争・事変に係わって戦没した全世界各国全ての戦没者の御霊を祀る。 この御霊には、会津藩白虎隊や二本松少年隊や、明治10年に西南戦争で自決した西郷隆盛らも含まれる。

 然し乍ら、靖國神社本殿と鎮霊社という並立状態は創建の趣旨から逸脱するものだ。平成13年参議院選挙直前の記者クラブでの党首討論で、所謂「A級戦犯分祀」について小泉純一郎がいみじくも語った「死者の選別」に該当する好例でもある。

 靖國神社側が宗教的な敬虔さを示す為に、こうしたカタチで「鎮霊社」を設けたことは高い評価を受けるべきであろうが、「朝敵」とされ、死後も未だ本殿とは別にしてその死を包括し得ない現状に、真に「靖國」の意味が在るのかという疑問も生じてしまうし、明治天皇の思召しに照らし合わせてどうなのだろう。

「嘗ての敵である会津藩士の御霊と薩長藩士の霊と一緒に祀られることを喜ぶのか」という声が無い訳ではないが、未だ朝敵とされた儘で良いとも思えない。会津藩は幕閣で唯一の神道であり、どの藩よりも朝廷に忠節を尽くした藩である。

 薩長の策謀により「朝敵」とされただけだ。孝明天皇から下賜された宸翰が物語っているではないか。 朝敵を別なカタチで祀ることと、朝敵をも本殿に祀ることと、そのどちらが現代という時代に即して天皇(スメロギ、スベラギ)が顕現される道なのだろう。このまま「死者の選別」をした儘で好いのとはとても思えない。

 所謂「A級戦犯分祀論」で世論を攪乱してるアホ政治家が後を絶えないが、英霊を「戦犯」と罵った挙句に分祀さえすればそれで済むのか。そろそろ我々は、明治天皇の思し召しに応える意味でも靖國の在り方を真剣に考えなくてはならない。

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2013年05月06日

長嶋茂雄松井秀喜国民栄誉賞W受賞に想う

 長嶋茂雄と松井秀喜へ国民栄誉賞が授与された。長嶋への受賞に異論はないが、松井の受賞に違和感を覚える国民は少なくないのではなかろうか。そういったことを一番感じ取ってるのは当の松井本人だろう。受賞後の挨拶にそれが滲み出ていた。

 その後のセレモニーで、安倍首相が「背番号96」で登場したが、ハッキリ言って興醒めだった。「96代内閣総理大臣」だから「96番」ということらしいが、どう見ても、参議院選挙向けの「96条改正パフォーマンス」にしか見えなかった。

 松井は松井で、自分の今後の野球人生への意気込みを語っていたが、原監督の次の監督は松井というが既定路線なのだろうか。やはり、巷で囁かれている様に、長嶋松井のW国民栄誉賞はナベツネの策謀だったというのは間違いない様だ。

 脳梗塞を患った長嶋監督の挨拶は痛々しかった。リハビリに頑張ってる本人や同じ境遇にいる方達の励みにもなるだろうが、長嶋ファンとして複雑な思いだ。

 長嶋は昭和33年に立教大から巨人軍入団。翌年、初の天覧試合でサヨナラ本塁打を放つなど勝負強い打撃で活躍して、プロ野球を国民的スポーツに発展させた最大の功労者であり、「ミスター・プロ野球」の称号通り昭和の大ヒーローだった。

 現役17年間で2186試合に出場し、通算打率は3割5厘、444本塁打、522打点。首位打者6回、本塁打王2回、打点王5回、最優秀選手(MVP)を5回獲得した。記録も然ることながら、何よりも「記録より記憶に残る」スーパースターだった。

 一方の松井といえば平成5年、石川・星稜高からドラフト1位で巨人に入団し、MVP3回、本塁打王と打点王3回、首位打者1回。平成15年にFA移籍で大リーグのヤンキース入りし、2009年のワールドシリーズで日本人初のMVPに輝入れいる。

 日米通算成績は2504試合で打率2割9分3厘、日米通算2643安打、507本塁打、1649打点と成績はそれなりだが、大リーグの道を拓いた野茂やイチローに比べても成績は乏しく「広く国民に敬愛され社会に明るい希望を与えた」選手とは思えない。

 国民栄誉賞は昭和52年に当時の福田赳夫内閣総理大臣が、本塁打世界記録を達成した王貞治選手を称える為に創設したのが始まりというのは誰もが知るところ。これ以前に栄誉賞があれば横綱双葉山や大鵬は受賞していたのは間違いない。

 これまでに20個人1団体に対して授与されている。福島県ゆかりの古関裕而氏へ授与も検討されたが家族の反対で成されなかったのは残念なことであった。

  国民栄誉賞の目的は、「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃えること」と規定されている。 だが一方で「政権浮揚が目的」とか「政治利用」との批判があるのも事実。

 長嶋、松井への授与が参議院向けだとしたら本末転倒であり、栄誉賞の価値が益々薄れて行くだけだろう。安倍は以前、松井への受賞に疑問を抱く記者から、「成績から言えば野村克也や張本勲の方が上ですが」との質問され、「何れ検討したい」と応えていたが、こうなるともうメチャクチャ、頂く方も有難くはないだろう。

 国民栄誉賞に興味はなくなった。「巨人・大鵬・玉子焼き」じゃないが、広く国民に愛されて明るい希望を与えた「玉子焼き」も表彰したら如何か。呵呵。

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2013年05月04日

日本国憲法の功罪

 憲法記念日の昨日は、全国各地で護(誤)憲派や改憲派の集会が開かれた。現憲法で得たものは、成否は別として「自由主義」「民主主義」「人権尊重」「平和主義」であり、今日の基を築いたと言っても好いだろう。だが、逆に失ったものも多い。「礼節」「長幼の序」「忍耐・我慢」「滅私奉公」「信義」「忠義」・・・。

 こうしたことが日本国憲法の所為かどうかは分からないが、日本人はいつの間にか利己的なことを恥じない人間ばかりが殖え、自己犠牲の精神など皆無に等しい。

 自分を犠牲にして他人に尽くすことこそ日本人たる所以であり、美徳美風なのだが、今や心の中の高貴さを失い、高邁な知性の磨きを様を忘れてしまった。

 想えば、日本は戦前と戦後では全く別な国になった。無条件降伏した日本は米国の51番目の洲になっても不思議ではなかったが、帝国主義の崩壊で免れた。

 その代わり、米国(GHQ)は徹底した教育改革を行った。その徹底した「戦後民主主義教育」は、意図した以上の効果を上げ、現在もあらゆる処に影響を及ぼしている。「戦後民主主義」とは、自国を汚辱に塗れた過去と捉える自虐史観である。

 その戦後民主主義教育で育った者は国家(日本政府)から恩恵を受けながら、個人と国家を常に対立させ、恰も国家は「人間を抑圧する組織」と見做し、反国家反体制的なポーズを採ることが「進歩的」で「文化的」だと錯覚している。

 占領下、米国は徹底したのが言論統制である。中でも、情報発信の中枢であったNHK、朝日新聞、岩波書店が監視下に置かれ洗脳された。巷には幼稚な正義感や安易な平和主義を振り翳す団塊の世代を中心とする無自覚左翼が氾濫してしている。

 未だにこうした無自覚左翼の連中は「反米」を主張しながら、米国の洗脳状態から脱却出来ずにいるのは滑稽の極みである。いい加減目を醒まして貰いたいものだが、そんな戦後民主主義者が祖国を貶めているのは最早コメディと言う他ない。

 昭和20年8月15日、我が国はポツダム宣言を受諾して、陸海軍は解体され、非武装化が進められ、日本は完全な「丸腰国家」にされた。現憲法はその日本の占領政策の中心的役割を果たすものであって、後生大事に有難がるのも如何なものか。

 占領下の昭和25年6月25日に朝鮮戦争が勃発すると、マッカーサー元帥は吉田茂首相に、国内警察力と海上警備力の強化を促す書簡を送った。所謂「マッカーサー書簡(文書)」である。マッカーサーが憲法の破棄を促したものである。

 このマッカーサー書簡から1ヶ月後には「警察予備隊令」が決定。翌日公布、即日施行というスピードで準備が整えられ、警察予備隊が誕生した。当時は、警察予備隊は「軍隊」ではないとする為に「師団」を「管区」、「歩兵」を「普通科」、「砲兵」を「特科」、「兵器」は「武器」、「戦車」は「特車」という始末だった。

 主権回復後の昭和27年8月1日、警察予備隊と海上警備隊を統合し「保安庁」が設置。政府は「保安庁法」」を提出するも野党は「憲法9条」を楯に政府を攻撃した。

 吉田茂はその答弁で、「戦力とは近代戦を実行する力であり、保安隊、警備隊にその力はない」と詭弁を弄した。その結果として、自衛隊は現在に至っても未だに「戦力なき軍隊」と言われた儘で、今もその吉田発言の呪縛に囚われて続けている。

 日本国憲法が制定されて御蔭で、我が国が朝鮮戦争やベトナム戦争に駆り出されなかったのは事実だろう。だが、「マッカーサー書簡」が送られたのを機に現憲法を破棄していれば、我が国はまた違ったまともな国になっていたことだろう。

 主権回復後に憲法解釈で誤魔化さず、改正や欽定憲法の復元を図っていれば今の様な無様な国にはなっていなかっただろう。当時の吉田茂の判断の是非を議論したところで意味はないが、この吉田の憲法解釈が未だに大きく圧し掛かっている。

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2013年05月02日

「憲法改正」か「自主憲法制定」か、それとも「欽定憲法復元改正」か

 安倍晋三首相は、「第96条」の改正条項の見直しを参院の公約に掲げいるが、「憲法改正派」にしろ、「自主憲法制定派」や「新憲法制定派」にしろ、「大日本帝国(明治欽定)憲法復元改正派」にしろ、現憲法の「第1章(天皇)」条項の第1条の矛盾と不条理を指摘して、改憲の突破口とすべきであると思っている。

 日本共産党は第1章第1条の「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」という条項を理由に天皇の存在を否定している。その理由とは「主権の存する我々が反対しているのだから総意ではないし、天皇は象徴でもないし憲法違反の存在である」というものだ。

 こうした日本国民としてあるまじき無礼に対し、内閣総理大臣を始め衆参議長からも御咎めもなく、情けないことに看過しているというのが現状なのだ。

 こうした共産党の屁理屈と逆賊的行為を苦々しく思い、怒りを覚える国民は多いが、残念ながらこの共産党の屁理屈は日本国憲法上は正論なのだ。総理大臣や議長が傍観を極め込むのもそうした理由からだが、果たしてそれでいいのだろうか。

 日本国憲法というのは国の基本法というよりGHQが謀った占領基本法であり、国體の破壊を目論んだものである。その中でも「第1条」がその最たるのもので、この条文への共産党の対応こそ国民に知らしめ憲法の在り方を論じるべきである。

 天皇は現憲法上の制約から、国事行為として「国会の開会式」、首相や最高裁長官の「親任式」、「大臣の認証式」など年間約60回、国賓・公賓への接遇や会見や会食などの御公務を約170回という激務を熟されているがそれを知る国民は少ない。 

 また、天皇本来の御勤めである「祭事」は、元旦未明から斎行なされる「四方拝」から始まり、「歳旦祭」、「元始祭」や毎月の「旬祭」など、実に年に約50回程に上るが、こうしたものは「公的行為」ではなく「私的行為」とされているのだ。

 天皇にとって大事なものは「祭事」であり、本来は「国事行為」よりも優先されるべきものなのだが、「祭事」は現憲法によって「天皇家の私事」とされた儘で放置され続けているのが現状なのだ。こんなことの何処が主権を恢復した国家なのか。

 現憲法は、歴史的な国家としての継続された「祭祀」に関する天皇の役割を否定している。これこそがGHQの謀った日本弱体化政策の最たるものであり、これを見直さない限り米国に因る「神道指令」の呪縛から解放されることはない。

 安倍政権が本気で、「戦後レジームからの脱却」を図るのならば、我が国體や国柄、そして皇統を死守する上でも、天皇の「祭事」を憲法上最優先で認められる様にすることこそ大事である。天皇は憲法以前の御存在なのであるのだから。

 憲法改正は「第9条」が問題にされるが、それよりも天皇否定の「第1条」の共産党の屁理屈を明らかにすれば現憲法の矛盾と改憲への理解が深まるだろう。

 憲法の在り方について、改憲派は「憲法改正派」、「自主(新)憲法制定派」、「大日本帝国(明治欽定)憲法復元改正派」の凡そ三つに分けられる。「改正派」は現憲法を認めつつ矛盾した部分を見直そうというものである。

「自主憲法制定派」や「新憲法制定派」は現憲法を認めず、破棄した上で新しい憲法を国民で創ろうとするものだ。大日本帝国憲法復元改正派は、抑々現憲法は主権回復と共に失効しており、元々の憲法を復元した上で、時代に応じて改正することこそ望ましいとするもので、愚生はこの欽定憲法復元改正派である。

 本来は主権が恢復した昭和27年4月28日に、現憲法の無効を宣言した上で、改憲時の通り大日本帝国憲法第73条に基づいて復元を図れば好かったものを、朝鮮戦争の勃発などで現憲法を利用した吉田茂に因って絶好の機を失してしまった。

「改憲」を分かり易く説明すれば、仮住まいに綻びが出て来たのでリフォームしてまた住もうというのが「改正派」。借家がボロになったので建て替えようとか、引っ越そうというのが「新憲法派」や「自主憲法制定派」で、元々先々代が遺した豪邸をリフォームして、和モダン風に改造して未来に遺そうというのが「復元改正派」。

 安倍総理は「第96条改正」を目論み、それ機に自民党の党是である新憲法の制定を目指すのだろうが、ややもすればその96条改正が後の政権下で逆利用されかねない危険も孕んでいる。そして安倍はあろうことか第9条の改正を謀っている。

 国柄や国體と皇統を護り抜く上でも、第9条や第96条ではなく「第1条」の共産党の屁理屈を指弾した上で、現憲法の矛盾を指摘し、憲法論議を活発化させ、先人の智慧の集大成である大日本帝国(明治欽定)憲法の復元改正を図るべきである。

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2013年05月01日

なにごとの おはしますをば しらねども かたじけなさに 涙こぼるる

 GWの29日の「昭和の日」に合わせて伊勢神宮参拝を計画した。愚妻と遠出するのは結婚以来初めてのこと。28日の早朝に、購入したての愛車フィアット・アッズーラ・チンクエチェントに乗り込みいざ出発。先ずは喜多方の「喜一」で朝ラー。

 未だ朝の7時チョッと過ぎだというのに超満員で、席に案内されるまで40分を要した。その後は、富山県の庄川を目指し北陸道を南下する。大学時代の卒論テーマは「庄川の河道計画に関する研究」。だが、現地を訪れることはしなかった。

「いつかは庄川へ行きたい」と思いつつも、卒業から30年も経ってしまった。喜多方から約4時間ほどで富山入りし、先ずは「富山ブラック」ということで、地元でも人気という「喜八」さんへ行ってみることに。朝は「喜一」で昼「喜八」(笑)

 別にそういうので選んだ訳ではないが、目当ての富山ブラックラーメンはメンマが塩抜きしていないのだろう嫌味なしょっぱさ郡山ブラックの方がコクもあり美味しいと思うが、富山のソウルフードは流石に強烈なインパクトを残した。

 その日は庄川の畔に建つ薬師温泉「庄永閣」に宿泊することに。旅館に到着するとFBFで国士舘大学の黒川先輩から日本酒の差し入れが届いてたことに甚く感動。

 旅館の作りにしろ、料理にしろ、派手さはないが、仄仄とした実に仄々とした好い旅館だった。秋の紅葉シーズンは最高だろう。またいつか訪れたいものだ。

 翌日、朝風呂と朝食を済ませて、庄川沿いを南下し一路伊勢神宮を目指す。途中、世界遺産の白川・五箇山集落を見物し、名古屋を通過した頃は昼どきとなってた。名古屋と言えば「ひつまぶし」ということで食べログでヒットした「備長」へ。

 江戸前の蒸した蒲焼きも好いが、カリッと焼いた鰻も香ばしくて美味しい。先ずはそのままで、次は薬味を載せて、そして3杯目は茶漬けで。まぁ感激する程ではないが、もうチョッと安くはならないものか。昼食を済ませていざ伊勢へ。

 到着したのは14時近く。伊勢神宮の正式名称は「神宮」。神路山の皇大神宮(内宮)と高倉山の豊受大神宮(外宮)の両正宮からなる。両宮の間は約5キロ離れており、外宮から先に参拝するのが古来からの習わしだが、今回は内宮から参拝した。

 29日は「昭和の日」だが、所謂A級戦犯の方々が「死刑」の求刑をされた日でもある。そして処刑されたのが今上陛下生誕日の12月23日。この事実をしても米英の非情さが分かるというもの。米国に国家の大本を委ねた儘で何が「主権回復」か。

 実に嘆かわしいことだ。本社を前にし昭和天皇の御遺徳を偲ぶと共に、皇室の弥栄と心願成就を謹んで祈願した。内宮は垂仁(すいにん)天皇の時代(3世紀後半)、宮中に祀られていた天照大御神をこの地に移した時を創祀とする。

 我が国の祖神として、あらゆる神徳がある。五十鈴川の清流に架かる宇治橋を渡ると内宮の神苑。参道は深い森に囲まれ静謐且つ荘厳な雰囲気に満ちている。

 なにごとの おはしますをば しらねども かたじけなさに 涙こぼるる(西行)

 神様を拝むには心身を清めることが大事で、どの宗教もそうだが、特に神道では清浄という「禊(みそぎ)」を尊ぶ。神宮に橋が無かった時代、参拝する為には必ず歩いて五十鈴川を渡らなければならず、自然に禊が出来る様になっていた。

 現代では川などで禊をしてからということが難しいので、神社には参道に「手水舎(てみずや)」が置かれ、ここで身を清める。手水舎は「禊」の場所であり、神社では重要な場所なのだが、手や口も清めずに本殿に参じることはイケません。

 翌日早朝に参拝した外宮は、内宮の創始から約500年後に丹波の国から移された社だ。祭神の豊受大御神は、穀物神で天照大御神の食物を調達するという意味がある。内宮より明るく開放的な雰囲気で親しみ易さを感じさせてくれる。

 神宮は内宮に「天照大御神」を、外宮に「豊受大神宮」を祀る。社殿は日本最古の建築様式の一つ「唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)」で、檜を素材にして清楚な佇まいを見せている。質素乍らも荘厳な神社である。

 伊勢神宮は1年中が祭りが行われ、全て合わせると365日に千数百に及ぶという。中でも祈年、神御衣、月次、神嘗、新嘗は五大祭として盛大に執り行われる。

  日本人なら「お伊勢参り」は一生に一度はしたいものだ。おはらい町に在る「おかげ横丁」はそんなお伊勢参りの人達で連日賑わっているが、自然発生的にこうして全国から詣でる姿を見れば、日本というのは未だ未だ大丈夫だと痛感する。

 神宮の社殿は20年毎に造り替える「式年遷宮」の制度があり、今年がその遷宮の年に当たる。今年は例年より更に多くの善男善女が訪れることだろう。愚生も次の式年遷宮には是非とも参加してみたいと思っているが20年毎じゃ無理だわな(笑)

 日本というのは伝統を重んじるが、それと同時に新しいものから息吹を頂き、それを活かすという独特の風土がある。「式年遷宮」もそういう意味があるという。

 この「遷宮」を最初に行ったのが持統天皇である。最近は「愛国」ブームだというが、この「愛国」という言葉を最初に使った人物こそ持統天皇である。

「愛国」の由来は「日本書記・第三十三巻」に在る、「朕嘉厥尊朝愛国売己顕忠」という勅語だ。その意味は、「我(朕)は、貴男が廷を尊び、天皇国を思い、己を売ってまで忠誠を示したことを(顕・あきらかにした)嬉しく思う(嘉・よろこぶ)」である。一般個人に与えたられた勅語はこれ以外にない。

 天智2年(663年)唐・新羅連合軍に攻撃された百済は日本に救援を求めると、中大兄皇子(天智天皇)を中心とするヤマト朝廷は全国から傭兵。凡そ5万の援軍を送るも、「白村江の海戦」で大敗を喫し、生き残った者は捕虜となった。

 その捕虜の一人であった大伴部博麻は、「唐が日本を攻める」という情報を得るも、日本に知らせる術はなく、自らを奴隷に売って資金を捻出して、仲間を帰国させて日本に危機を知らせる。これ持統4年(689年)のことである。

 奴隷となった博麻が帰国したのは何とその30年後。帰国後、持統天皇が博麻を表彰した際に送ったその言葉が前出の「愛国」の勅語だったのである。

 日本人が失った徳目を呼び返そうという標語として、「愛国心」は最も相応しい言葉だと思うが、三島由紀夫は、「日本の様な国には、愛国心などという言葉はそぐはないのではないか。『大和魂』で十分ではないか」と語ったが、最近の安っぽい流行りの「愛国ブーム」を見てると三島の言葉が重く圧し掛かる。

 話しが変わるが、伊勢神宮の参拝は「二礼二拍手一礼」ではなく、「八度拝八開手」と称して、拝を八回行い、拍手を八回打つ作法なのだが、二礼八拍手や二礼二拍手でも好いらしい。こうしたことでも神道とは大らかなものだと痛感する。

 二日目の度は外宮近くに「紅葉軒」という旅館に宿泊した。国士舘故に「紅葉」とかには直ぐ反応してしまう。レトロな旅館だが雰囲気もよく、料理も美味しいし、外宮の傍という便利さで、機会があれば次回も利用したいと思っている。

 翌日は鳥羽を経由して帰路に就いた。二泊三日で約1500キロに及ぶ旅も無事帰還しました。チンクエチェントは運転してても愉しい車だった。長距離を走って大満足の夫婦旅行だったがローンの支払いは5月末からなんだよなぁ(笑)

 そんな訳で今日は朔日、神棚の御札を伊勢神宮で買って来た新しいものに替え、皇室の弥栄と心願成就を祈る。そういや赤福の朔日餅が食べてみたかったな。

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