2013年04月

2013年04月28日

「主権回復の日」、死守すべきは皇統である


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 今日は「主権回復」の日。主権恢復とは名ばかりで、この日を祝うことに賛否両論あるが、まやかしの平和に現を抜かしている日本人が「主権」の意味を理解し、真の独立を成し遂げる契機になればそれはそれでヨシ。

 米国への依存体質が続くのと比例して日本の国柄と矜持が失われて行くのを、拱手傍観してて良い訳があるまい。そういう意味で、「主権回復の日」制定は、主権回復後も続いた沖縄占領や米軍基地の存在と沖縄の苦しみ、現憲法の問題や矛盾点を提起していくきっかけになれば大いに結構なことではないか。

 今、日本が直面している全ての問題は「主権」の意味も理解することなく、国家の大本を米国に委ね、「日本人が日本人であることを見失った」ことが起因していると言っても過言ではない。

 つまり、何処で生き、何の為に働き、何を尊び、何を信じるのか、子供達に何を語り、友人や朋輩と何を分かつのか、そうした生き方を見失ってしまったことから、今の混乱は起きているのだ。

 本来の日本人なら心の中に「日本人の魂」というものを持っている。この国の歴史伝統や先人達に対する尊敬や愛着の想いである。

 例えば、この日本が戦争に負けたのであれば、その事実を限りなく口惜しいと思い、占領で失われたものがあるなら、それを何としても取り戻したいと思う日本人としての「心」である。

 そう考えるとき、右翼を標榜する者や、「保守」と呼ばれている政治家から、日本人としての魂から発する「思い」を感じることはなく、思想無き右顧左眄型の偽善者ばかりな気がしてならない。

 終戦後の昭和21年から29年まで、昭和天皇は全国を行幸遊ばされ、国民を励ましになられたのは誰もが知るところ。

 我が国の歴史を繙けば、仁徳天皇は、高みから民の竈の煙をご覧になられ、明治天皇は日露戦争の最中、前線の兵たちと同じ食事を所望されたという。

 昭和天皇も東京大空襲で皇居へ被害が及ぶ中、御所に止まり、国民とその苦難を分かち合った。今上陛下もまた斉しい。陛下は常に国民と共に在り、国民と共に在りたいとの大御心に、改めて日本に生まれたことに感謝せずにはいられない。

 「君民一体」こそが、これ我が国體の精華なのである。 つまり、我々日本人が護るべきものは、平和や独立という主権や国民の生命や財産だけではない。日本という国柄や国體であり、死守すべきは「皇統」なのだ。

 今我が国は保守ブームだというが、そこに果たして尊皇精神は存在するのか。死守したいのは己らの体制や立場だけではないのか。

 今日の「主権回復の日」に一人一人が日本人としてこの国に生まれた意味を考え、日本国民として何が出来るのか自問自答してみようではないか。

 「国を支えて国に頼らず!」

 まぁそんなとこで、朝未だきから能書きを扱いてみましたが、これから色々準備して、明日の「昭和の日」に合わせ伊勢神宮へ参拝して来ます。先ず目指すは喜多方の「喜一」で朝ラー(笑)そして富山へ向かい昼は「喜八」で富山ブラック(爆)今夜は庄川温泉郷に泊る予定です。では、皆さんも好いGWに!

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2013年04月27日

健康な高齢者に「10万円あげる」と言ったら医療費は下がる


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 麻生太郎は、医療費負担について「食いたいだけ食って、飲みたいだけ飲んで、糖尿病になって病院に入っているヤツの医療費は俺達が払っている。公平ではない。無性に腹が立つ」と語り、その上で、医療費の抑制策として、病院に通わずに医療費が掛からなかった高齢者に対して「『10万円をあげる』と言ったら、医療費は下がる。それが最もカネが掛からない方法だ」とのアイデアを披歴した。

 介護保険でもそうだが、何でもかんでも利用しなきゃ損みたいな風潮に一石を投じる意味でも、麻生の言う、「健康高齢者褒賞金制度」は面白い試みであり、大いに結構なことだ。是非とも喫緊にやって頂きたいと思う。

 以前にも麻生は終末医療について、「私は少なくとも遺書を書いて、そういうことをして貰う必要はない、さっさと死ぬからと書いて渡しているが、そういうことが出来ないと死ねません。いい加減、死にたいと思っても『生きられますから』なんて生かされたんじゃ、叶わない。しかも政府の金で(高額医療を)やってもらっていると思うと寝覚めが悪い。さっさと死ねる様にして貰わないと」と麻生節炸裂。その上で、「残存生命期間が何カ月かとそれにかける金が月に一千何百万円だという現実を厚労省も一番よく知っているはずだ」とし、終末医療での財政負担が重い現状を指摘した。

 国家予算に占める医療費の負担は年々殖えるばかり。国防や靖國問題を語ることも大事だが、今や我が国の財政を危機的な状況にしている医療費の現実や医療の実態を国民一人一人が知り、考えることはもっと大事だと思う。

 国民医療費は年々増加の一途を辿り、昨年度は約37兆4000億円。内、高齢者の医療費は約16兆円と医療費の増加と比例して殖えている。

 我が国の歳入は約40兆円ほどで、その殆どが医療費で消えてしまう計算。このまま行けば約10年後には国民医療費は50兆円を超えると予想されている。

 新薬や医療技術が向上するのは大いに結構な話しだが、華美で分不相応な病院施設も目立つのも事実。「本当にそんなものが病院に必要なのだろうか」と疑問を抱く国民も多い。医療に携わる医師や製薬会社が「医を以て世に尽くす」という根本に立ち返らない限り、医療費は殖え続けるだろう。

 厚労省は価格の低い「後発医薬品(ジェネリック)」の利用促進や入院日数短縮など、医療費抑制策に取り組んではいるが、現実的には「焼け石に水」、医療費高騰に歯止めが掛かるどころか膨らむ一方なのだ。

 「乱診乱療」「薬漬け」「保険点数の水増し請求」「大口脱税」など医師会や営利に狂奔する悪徳医師の構造的腐敗にメスを入れることが、こうした膨れ上がる医療費の見直しにも繋がる訳だが、如何せん、「日本医師会」の集票力とバラ撒かれる政治献金で誰も口出し出来ないのが現状だ。

 高齢化社会に向け、社会保障の充実や医療技術の向上を図ることは結構なことだが、日本医師会が牛耳る医療行政にメスを入れ、現在の「医は算術」と言わんばかりの医療制度の正常化を図ることこそ大事だろう。

 麻生でなくても終末期医療については疑問を抱いてる国民は少なくないだろう。欧州などでは終末医療での延命治療は「虐待」だと捉えられる。助かりもしないのに医療費目当てにズルズルと生かされたのではホント堪ったものではない。

 家族に迷惑を掛けずにコロッと死にたいというのは日本人なら誰もが持つ死生観だろう。人の人生は様々だろうが、「生」というものだけに拘るより、個々の「死」の尊厳というものを重んじながら生きて行くことが大事ではなかろうか。

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2013年04月26日

安倍よ、4月28日に靖國に詣で、真の主権恢復を目指せ!


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 4月28日、政府主催による「主権回復の日」を祝う式典が行われる。「主権」の意味を考えれば素直に祝う気にはなれないが、国民が「主権」という意味を考える好い機会になればそれはそれでいいと思う。

 先の大戦で戦闘が終了したのは昭和20年8月13日。 8月15日は「玉音放送」が発せられた日だ。ミズーリー号で降伏調印式が9月2日。9月08日に講和条約調印。そして昭和27年4月28日、講和条約が発効する。翌年12月、奄美諸島が、昭和38年6月に小笠原諸島が、そして沖縄が本土復帰したのは昭和47年5月15日だ。北方領土に至っては未だ帰らず。

 本来なら我が国の「終戦記念日」は8月15日ではなく、サンフランシスコ講和条約が発効し、戦争状態が終了した4月28日だろう。

 何も態々8月15日に靖國神社に詣でる必要はない。安倍よ、「主権回復記念日」の4月28日にこそ九段の地に赴き、英霊の御加護の下、真の主権回復を目指せ。

 昭和27年4月28日、講和条約が発効し、我が国はカタチ的には独立国家としての主権を回復したこととなったが、同日、「日米平和(旧日米安保)条約」が発効。更に報恩感謝として中華民国と「日華国交条約」を締結する。 

 日米平和条約はその後の「日米安保条約」の改定に繋がって行くが、この日米関係の事実こそが日米関係たる所以であり、現実は「主権回復」とは程遠い米国の属国に他ならない。

 日華国交条約の締結は道義国家として当然の行動だろう。だが、昭和47年9月29日、中国共産党と「日中国交正常化」がなされると、あろうことか自民党政府は国際条約である「日華国交条約」を一方的に破棄してしまうのだ。

 第二次世界大戦末期、「日ソ不可侵中立条約」を破棄し北方領土を強奪したソ連を責め立てるが、我が国も中華民国に対し、同じ無礼を働いたのだ。

 締結した国際条約の蹂躙というこの事実は、我が国が「主権国家」どころか「道義国家」としても体を成していない恥ずべき歴史であり、その後の対中外交を大きく誤らせる結果となり、現在の屈辱外交に続いている。早々に、日華国交条約蹂躙の非礼を詫び、日華国交の恢復を図らなくてはならない。

 また、主権回復がなされた翌年、「戦傷病者戦没者遺族援護法」が改正され、それを以て所謂「戦犯」と称される方々は法的にも復権されたのだ。我が国には「A級戦犯」だとか「B・C級戦犯」、或いは「戦争犯罪人」などという呼称はない。

 政治家が未だに英霊を「戦犯」と呼び、咎めていることは国会議決の軽視であり、何よりも「主権回復」の意味を理解していない証左であろう。

 英霊に感謝の誠を捧げることもせず、また国防という大本を米国に依存したままで何が主権恢復か。敗戦汚辱の象徴である日本国憲法を葬りもせず、米国依存からの脱却も図らず、「主権回復の日」などとは実に烏滸がましい。

 再度言おう、否、何度でも言おう。安倍よ、「主権回復の日」を祝うならば、その日に靖國神社へ詣で、英霊の御加護の下、真の主権恢復を目指せ!

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2013年04月25日

「日本の行動は不快感与える」というが、序に教えてやろう(笑)


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 靖國問題に端を発し、お隣さんらは一斉に反発。「日本の行動は不快感与える」といつもの様に日本バッシングが始まった。中共に至ってはどさくさに乗じて尖閣への領海侵犯。挙句に何故か北朝鮮まで参加(苦笑)

 NHKを始めとした売国マスコミは中韓のスポークスマンと化し、国会では民主党を始めとした売国議員が中韓に与し、安倍の足を引っ張ってやろうと必死だが、当の安倍は「待ってました」とばかりに威勢のいい答弁を繰り返している。

 まぁ野党やマスコミも大いに騒ぎ、それに拠って安倍が強気の発言を繰り返し、引くにも引けない状況に追い遣られればそれはそれでヨシ(嗤)

 我が国は何故に事ある毎に中韓から侮蔑され続けているが、まぁ三等国からの侮蔑なんぞ気にもしてもいないし、中韓からの侮蔑が今に始まったことでもないが、でも言われっ放しじゃしょうがない。反論も大事。

 遡れば、古代から大陸では日本を「倭人」「倭国」と蔑視してきたことを思えば、今さらだ。「倭」とは醜い、卑しいといった軽蔑の意味で、「卑弥呼」なんていう呼称も本来日本人自らが使うべき言葉ではない。

 こうした数千年前の時代から未だ変わり映えのしない支那人や朝鮮人と、国柄も人品も優る日本人が、「一衣帯水」「同文同種」だという妄想だけで、友人として付き合って行こうなどということ自体が間違いなのだ。

 「不快感を与える」序に、もっと不快になることを教えてやろう。

 明治18年(1885年)時事新報に「脱亜論」を発表し、アジアを脱して欧米に倣えと主張したのは御存じ福沢諭吉。脱亜論にはこう書かれて在る。(要旨)

 「日本の不幸は一に支那、二に朝鮮である。この二国の人々も日本人と同じく漢字文化圏に属し、同じ古典を共有しているが、 元元人種的に異なるのか、教育に差があるのか、 日本との精神的隔たりは余りにも大きい。情報がこれ程早く行き来する時代にあって、近代文明や国際法について知りながら、過去に拘り続ける支那・朝鮮の精神は千年前と違わない。国際的な紛争の場面でも『悪いのはお前の方だ』と開き直って恥じることもない。最早、この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。『東アジア共同体』の一員として その繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。 日本は、大陸や半島との関係を絶ち、 欧米と共に進まなければならない。ただ『隣国だから』という理由だけで特別な感情を持って接してはならない。この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。私は気持ちにおいては『東アジア』の悪友と絶交するものである」(現代語訳)

 支那・朝鮮との絶交を訴えた福澤諭吉は、日本の最高紙幣「一万円札」の肖像画。まぁ支那人や朝鮮人の多くが福澤諭吉翁のことなんぞ知らないし、一万円紙幣も見たこともないだろうが、この事実を知れば卒倒間違いない(笑)

 豊臣秀吉の朝鮮征伐や西郷隆盛の征韓論にも難癖を吐ける朝鮮人が、一万円札の肖像画が「脱亜論」を唱えた福澤諭吉だと知れば、怒り心頭に発するだろう。

 尤も「円」が「ウオン」の通貨保証をしなけりゃ韓国経済なんてのは成り立たないし、扨て、アンタらこの事実をどうするの。まぁ知ったところで、現実を見れば傍観するしかないし、日本に見捨てられたら「ハイ終了!」だもんね(嗤)

 支那人にしろ、朝鮮人にしろ、日本がそんなにイヤなら下らん抗議なんぞしてないで、あんたらから「脱日論」でも宣言して我が国と絶交しては如何。呵呵。

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2013年04月24日

国会議員の靖國参拝は憲法20条違反!?


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 日本国憲法第20条は次の様に記されている。

 1.信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

 2.何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

 3.国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

 国民の信教の自由は認められているが、これを見れば宗教法人への非課税は「国からの特権」の行使であり、公明党は明らかな憲法違反の存在だろう。

 また何人も宗教行事に参加することは自主的なものでなければならず、政治家が自主的に宗教行事に参加するのは否定されないが、総理大臣や国務大臣、政務官など国や国に係わる者が宗教活動に参加することは認められてはいない。

 昨日、「みんなで靖國神社へ参拝する会」のメンバーが靖國神社へ集団参拝した。平成以降最多の168人と最多となり、ネット右翼や一部の保守派は大喜びだが、自民党議員が294人いるなかで半分にも満たない132人。まぁこんなことでは靖國神社の国家護持や陛下の御親拝など夢のまた夢だろう。

 尾辻会長は、参拝後の記者会見で「国会議員が国の為に殉じた英霊に参拝することは何処の国でも行っており、極自然な行為だ」と語った。

 高市早苗政調会長も、「日本の国策に殉じて尊い命をささげた方を、どのように慰霊するかは日本国内の問題だ。外交問題になる方が可笑しい」と述べたが、両人とも御尤もな発言だ。

 菅官房長官も、「(靖國神社参拝は)心の問題だ」と中韓からの抗議にそう発言したが、靖國神社が政治的な問題になってしまったのは売国マスコミの影響も然ることながら、元凶は中曽根康弘の終戦記念日の参拝からだ。

 靖國問題にしろ、或いは慰安婦問題にしろ、事の発端は日本側であり、国家として「謝罪」も「約束」も「譲歩」もしている訳だから、中韓側に対し「内政干渉」だとか「心の問題」とかで済まされない現実が厳然と存在しているのだ。

 「日本国内の問題」と言うなら、本気で靖國神社の在り方を論ずるべきだ。

 戦後、日本外交は「謝罪」と「賠償」さえしていれば問題ないと思っていたのは事実。屈辱的な土下座外交での譲歩が更なる譲歩を生み、結果、日本国民の誇りや自尊心を傷付けて来たのだ。

 靖國神社の問題にしろ、歴史認識にしろ、歴代内閣の不作為こそ元凶であり、それを改めることがないなら又しても屋上屋を架すことになるだろう。

 抑々総理大臣や国務大臣が靖國神社への参拝することは、先に申し述べた様に第20条違反に問われるものだ。だが、国家の為に尊い命を投げ出された英霊に対し、国民の代表である政治家が感謝の誠を捧げるのは当たり前のことであり、議論の余地などないし、内政干渉に屈する必要もない。

 靖國神社というのは戦後、GHQの統治下で行われた所謂「神道指令」によって、解体、或いは焼き打ちされそうになった訳だが、先人の智慧で、GHQの目を逸らす為に一時的に別な御祭神を祀り、「一宗教法人」となった。

 本来なら昭和27年4月28日、主権が恢復した日に靖國神社や全国の護国神社は「宗教法人」ではなく、国家で管理するべきだったのだが、政治の怠慢、それも無能な自民党の所為でそれをも成されずに現在に至っている。

 今更ながら、集団で参拝し、示威行為をしたところで、戦後の靖國神社の成り立ちを考えなければ、謂れなき中韓からの抗議は止むことはないだろう。

 また、相変わらず、所謂「A級戦犯分祀論」なる問題が度々聞かれるが、これも靖國神社側への政治介入と威圧行為であり、憲法20条違反に問われるものだ。

 「A級戦犯分祀論」を唱える政治家は後を絶たないが、最近ではこの20条の条文に抵触しない様に、畏れ多くも天皇陛下の「御親拝」という尤もらしい理由を述べ、「靖國神社側が自ら静謐な環境をつくることが望ましい」などと言って国民を誑かしているが、こうした政治介入や威圧行為に靖國神社側が応じることはない。

 靖國問題を考える上でも「憲法」は避けて通れない重要な問題なのだ。

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2013年04月22日

靖國神社春季例大祭に3閣僚が参拝


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 麻生太郎副総理兼財務相は昨日夜、靖國神社の春季例大祭に合わせて参拝した。新藤義孝総務相、古屋圭司拉致問題担当相に続いて安倍内閣では3人目となった。本殿には進まず、中共を慮ってか拝殿前で一礼する社頭参拝だったというが、やはりクリスチャンの麻生らしい。

 神様を拝むには心身を清めることが大事で、どの宗教もそうだが、特に神道では清浄という「禊(みそぎ)」を尊ぶ。

 伊勢神宮に未だ橋が無かった時代、参拝する為には必ず歩いて五十鈴川を渡らねばならず、結果、自然に禊が出来る様になっていた。

 現代では川などで禊をしてからということが難しいので、神社には参道に「手水舎(てみずや)」が置かれているので、ここで身を清める。手水舎は「禊」の場所であり、神社では重要な場所なのである。 手水を取る作法は

1 先ず、右手で柄杓を取り、清水を汲み左手に掛け清める。
2 次に柄杓を持ち替え、同じ様に右手を清める
3 再び柄杓を右手に戻し、左手に清水を注ぎ口を漱ぐ
4 最後に柄杓を立てながら残った清水で柄杓を清め、伏せて置く

 そうして参道を通り神前へ向かうのだが、参道の中央は神様の通る道なので、それを避けて歩くことが礼儀。堂々と真ん中を歩いている人が多いが間違いだ。

 神前に立ち、賽銭を入れ、鈴(在る場合)を鳴らし、「二礼二拍手一礼」で参拝りする。最後に頭を垂れ、「祓え給え、清め給え、守り給え、幸え給え」と心の中で唱え、願い事をする。この時、よく両手を合わせ祈っている人がいるが、寺院ではないので頭を垂れるのが正しい参拝の作法だ。

 麻生は社頭での一礼だけだったというが、ややもすれば神道否定と取られ兼ねないものだ。まぁ真榊で誤魔化した誰かさんよりはマシか(嗤)

 昭和60年8月15日、終戦記念日の当日、時の総理大臣だった中曽根康弘は、武道館での戦没者追悼式の序に靖國神社に立ち寄り、「公式参拝」だと内外にアピールし、多くの国民も中曽根の参拝を支持した。

 しかしこの参拝は、手水もせず、御祓いも受けず、玉串奉奠もせず、ニ礼ニ拍手一礼もしない、黙祷だけという神道否定、神社冒涜の異様な光景だったということを知る国民は少ない。

 当時の松平宮司は、この時の中曽根の参拝について、「人の家に泥靴で踏み込む様な人」と回想している。

 「遺族を参道に並ばせ、非常に芝居がかった演出、驚いたのはその横に4人のボディガードを連れて行動したんですね。うちの神様方というのは皆手足四散して戦場で亡くなられた方が大部分です。そこへ参拝するのに自分のみ安全を謀るSPを伴うというのは無礼、非礼の極みという他ありません」 

 中曽根はこの後、中韓からクレームが来ると直ぐに「公式参拝」を謝罪する。結果、歴代続いた靖國神社への公式参拝を中止に追い込んだ。その後の内閣の前例になったのは言うまでもないが、「終戦記念日」の参拝こそ中曽根の策謀なのだ

 麻生らの靖國神社への参拝に対し、公明党の山口那津男が早速噛み付いた。「どういう説明をしたとしても、外交的な影響が出てくるのは避けられない」と中韓のスポークスマンの様なコメントを出したが、こういう日本人が存在し、且つ政治家でいること自体不可思議なことだ。

 山口は更に、「関係改善を損なうことがない様な配慮は政治として重要な判断要素だ」とも指摘し、安倍に釘を刺したというが、こんなクサレ政党との連立は「百害あって一利なし」、即刻解消すべきだ。

 公明党は、極めて戦後民主主義であり、反国家的な創価学会の末端組織であり、天皇陛下を族長と仰ぐ日本国家の正統にとっても悉く異質な存在な存在だ。

 「外参権付与」「自虐史観」「反天皇」と挙げれば限が無いが、今や政治、経済、文化、教育と創価学会は巷に蔓延し、日本を蝕み続けている。

 「中韓との修復を優先するべきで参拝は控えるべきだ」と中韓を慮る必要なんぞ全くない。国の為に尊い命を投げ出された英霊の方々に対し、感謝の誠を捧げることは日本に生を享けた者として当然の義務だ。

 国民の代表である政治家が堂々と参拝も出来ずして、陛下の御親拝が叶う訳もあるまい。天皇陛下の御親拝が成されて初めて英霊は安らかに眠れるのだ。

 最近は、「(A級戦犯)分祀が実現すれば天皇陛下が御親拝出来る環境が整う」などと、畏れ多くも陛下を利用し、所謂「A級戦犯分祀論」を又候言い出し国民を煽動している大馬鹿者がいるが、言語道断だ。

 世界のどんな国も「英霊」には最大の名誉が与えられている。それに比べ、堂々と戦没者の追悼も出来ない我が国の精神的貧困さには呆れるばかり。政治家よ、自らの無能と怠慢を恥じよ!靖國に堂々と参拝も出来ずして何が「主権回復」か!

 日本ほど国家の礎となった英霊の方々が国家から顧みられることが少ない国はない。このことがどれだけ国民精神の頽廃を招いているか、政治家よ、貴様らは考えたことがあるか。

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2013年04月20日

「政治的ぶつかり合いだけじゃダメ」だってよ(嗤)


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 「アジア文化交流懇談会」に参加した北野武(ビートたけし)が安倍首相に、「政治的ぶつかり合いだけじゃダメ」と指摘し、「野球やサッカーでアジアリーグを創るなどの交流を図ったらどうか」と提案したというが、実に安っぽい。

 たけしは中韓への配慮を間接的に述べたのだろうが、野球にしろサッカーにしろ中韓連中あるのは日本への敵愾心だけ。多くの国民はWBCやワールドカップでの無礼千万な行動を忘れてはいない。反日国家との文化交流なんぞクソ喰らえだ。

 韓国と締結した平和条約には、「両締結国は、善隣友好の精神に基き且つ平和及び互恵並びに内政に関する相互不干渉の原則に従い両国民の交流促進の為努力する」と踏襲されている。中共とも然り。

 「韓流ブーム」にしても、対中優遇政策にしろ、交流促進の努力と言えなくもないが、我が国だけの一方的な交流促進は、相手国を付け上がらせただけだった。

 「友愛」を掲げ、「日本は日本人のものだけではない」だとか「日本海を友愛の海にしよう」と語ったバカ総理がいたが、更に、「東アジア大交流時代」やら「観光立国」「査証(ビザ)緩和」などの愚策によって不良アジア人が増殖することとなった。こうした状況に危機感を抱いている国民は少なくない。

 嘗ては世界一安全と言われた日本が、外国人の急増、それも支那人の増殖と蚕食によって安全が脅かされていることは幾ら不精な人でも気付いているだろう。

 生命の保証、財産の安全こそ国民の願望であり、これに優る国益はない。今更、凶悪犯やら犯罪者予備軍ともいうべき不法滞在者や不法就労者が多発している支那人に来て貰う必要はなし、韓国を始めとした反日感情を抱く国家や民族なんぞと交流する必要はない。

 抑抑「東アジア大交流時代」「観光立国」などという妄想は、日本社会の安全を無視した無責任極まりない愚策であり、大きく国益を損ねるものだということは既に証明済みだろう。

 支那人観光客が落とす幾許かのカネを期待し、経済の浮揚に繋げるというが笑止千万。「訪日した観光客で一番多くカネを使ったのは中国人」だという様な作為的な記事を垂れ流し、「更に多くの中国の方に日本を訪問して欲しい」と願ってるキチガイが多いのも困ったものだ。

 話は変わるが、愚生のブログ「爆ちゃん吼える」のタイトルは、ビートたけしの著書「たけし吠える」のパクリ(笑)この「たけし吠える」の中で、所属していた防共挺身隊を揶揄する様な件が書いてある。

 「防共挺身隊(防挺)ってのはとんでもない右翼団体で、シャブを打っては『ソ連大使館突入!!!』ってなことばかりやっているんだよ・・・』

 確かに愚連隊と呼ばれた昭和40年代頃まではそんな時代もあった様だ(笑)まぁ昔は未だ覚醒剤取締法が罰金刑で済んだ時代で、自分が防挺に入隊してからは無い。まぁたまにそれらしいOBには遭遇したことはあるが(笑)

 ビートたけしが防挺の裏事情を知ってたのかといえば、軍団のつまみ枝豆(青木)やガダルカナル・タカ(井口)がその昔、防挺に出入りしていて、酒の席で大袈裟に吹聴したからだろう。

 「たけし吠える」の件で、出版元の「飛鳥新社」と「オフィス北野」へ、「全国紙への訂正文の掲載」と「北野たけし本人の謝罪」を要求した。早速、両社の顧問弁護士が登場し、スッタモンダの末に和解が成立した。

 その後、銀座のクラブでたけしとは何度か鉢合わせしたことがあるが、実物は腰も低く、意外にスマートで、巨乳好きな中々いい男でした(笑)

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2013年04月17日

ボストンマラソンのテロはCIAの自作自演!?


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 ボストンマラソンは、第1回オリンピックの翌年の1897年に開催されたという歴史のある大会だ。そのボストンマラソンのゴール近くで爆発があった。

 このテロにより、マラソンに出場してる父親の応援に来た8歳の子供を含む3人死亡、144人が重軽傷を負った。こうした一般人を狙った姑息なテロは決して許されないし、こうしたテロ行為に大義はない。

 報道やネット上でも、「サウジアラビア人を拘束!」「CIAの自作自演か!」「北朝鮮系アラブ人の仕業!」「アングロサクソンによる第三次世界大戦の序章」などとの実しやかな風評が流されている。

 犯行声明も出されておらず、何が目的で実行されたのか解明が急がれるが、何れにしても誰かが何らかの悪意を以て実行されたことには違いない。

 9・11のニューヨーク貿易センタービルへの自爆テロの際、これを米国政府はビンラディンの犯行と断定し殺害。他にも反米を掲げるイラクに対し、「大量破壊兵器」の存在を捏造して攻撃しフセイン体制を崩壊させた。

 リビアのカダフィの末路もそうだが、今回のテロがこれらと同じ様に米国の大義名分作りに利用される様なことになれば本末転倒、許されることではない。

 しかしながら世界には、第三次世界大戦を待ち望んでる連中がいるのは確かなのだ。これは米国内の保守派の限らず、我が国の近隣諸国を見渡しても、中共や北朝鮮なども虎視眈々とその形成を窺っているのが現実。

 第二次世界大戦を望んだ中国共産党は「盧溝橋事件」の謀略を実行し、それにより日中戦争へと突き進むこととなった。上海でも日本人保護の為に駐留していた海軍陸戦隊に対し一方的に攻撃を仕掛け、日中戦争は本格化し大戦が勃発した。

 或いは日韓併合に反対する伊藤博文を暗殺。その後、日韓併合が果たされることとなるが、実行犯は安重根ではないことは今や歴史が証明している。二階から撃たれた弾丸が致命傷となっており、安が撃った5発の弾丸は命中していない。

 歴史というものはそういうことで創られて行くものなのだ。果たして米国内でどういった結論が出されるのか、また更なるテロが実行されるのか、この間隙を縫って北朝鮮が新たな行動に出るのか、何れにせよ今後の動向が注目される。

 米国も「世界の警察」を気取り、勝手な正義を押付け、我が物顔で世界を伸し歩く傲慢不遜な態度を改めない限りテロの恐怖から逃れることは出来ないだろう。

 自己中心的な不正や非道に苦しむ非西洋諸国の多くが、米国を唯一最大の外敵、脅威と考えていることには目を瞑っているが、世界は「米国のポチ」と揶揄される日本の様な国ばかりではないことを知るべきなのだ。

 だが、米国自身が「我々こそが無法者の超大国」だと気付くことは無く、今後も「テロ根絶」の名の下に更なる弾圧が続けば、テロの連鎖は果てしなく続くだろうし、その最終的末路は第三次世界大戦しかないのだろうか。

 米国にしろ、ロシアにしろ、中共にしろ、テロの根絶を願うのなら、それは圧政に呻吟する民族の解放と独立をさせること以外にないが、民族の解放と独立を容認することは自身の政治体制の崩壊を意味し、それはゲリラやテロリストの根絶以上に不可能なものなのだ。

 果たしてボストンマラソンのテロは何が目的なのだろうか。歴史は繰り返されるというが・・・

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2013年04月15日

先生、カツラをお外し下さい!


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 昨日、郡山市長選挙の投票が行われ予想通り投票率は45.01%と過去2番目の低さ。郡山市民の厭きっぽさと、自民党の旧態依然の選挙戦が災いして現職が敗れた。組織力で上回ってはい現職だったが、現実は「笛吹けど踊らず」、完全な上滑り状態、まぁ言ってみればオウンゴールってなことだ。

 郡山市は根本匠復興大臣の地元。決起集会では大臣自ら、「(現職と)二人三脚で復興を加速する」と言ってただけに、周りからは失笑が洩れている。これを機に自民党郡山支部の陋習を剔抉粛清して欲しいものだ。

 根本大臣の父正良氏は以前、フジテレビで放映されたドラマ、「硫黄島~戦場の郵便配達」のモデルとなった人物で、日本海軍の元軍人。第十三期海軍飛行予備学生出身で、最終階級は海軍中尉。

 一式陸上攻撃機の機長として比島作戦、硫黄島作戦、沖縄作戦等に転戦。最後の硫黄島空輸往復行(物資と傷病兵の輸送)にも乗務し、戦後は硫黄島の日米合同慰霊祭や遺骨収集などで刻苦した。

 安倍首相は、硫黄島を訪問し戦没者追悼式に出席し、遺骨収集作業を視察した。あの菅直人でさえも「滑走路下に埋葬された方々の遺骨を本土に持ち帰る」と硫黄島を訪問し、自らも遺骨収集作業を手伝っており別段驚くことではない。

 菅は、「遺骨を家族の待つ地に返すのは国の責務。一粒一粒の砂まで確かめ、一人でも多く帰還出来る様に全力を尽くす」と仰々しく語った。

 遺骨を前に跪き、両手を合わせ合掌し頭を垂れる。しかしよく見れば軍手をした儘で拝んでる姿は実に軽々しいものだった。

 菅にしろ、安倍にしろ勘違いして欲しくないのは、遺骨が還ることで英霊の御霊が鎮まる訳ではあるまい。異国の地で草生す屍となっても、英霊の御霊は九段の靖國神社に戻り、我らを加護し続けているのだ。硫黄島でのパフォーマンスも結構だが安倍が行くべきは靖國神社だろう。

 話しは変わるが、最近は根本大臣のヅラは気にならなくなってきた(笑)その昔、「先生、カツラをお外し下さい!」っていうビラを作ったことがあった。当時、国士舘の同級生が根本事務所の秘書をやっていたこともあり、そいつから「あんまりイジメないで下さいよ」と懇願されビラを撒くのは取り止めた。

 根本一族は名門の家系だが、ツルッ禿げの家系でもある。そろそろ頭を丸めた方がスッキリするし、凛々しくなると思うのが如何ですか、匠ちゃん。呵呵大笑。

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2013年04月13日

ノンフィクションブログ「汚れた顔の紳士達」より転載。〈郡山の経済界ってどうなのよ(嗤)〉


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22100946_1920048729_72large 愈々明日は郡山市長選挙の投票日。

 新聞報道では「原リード、品川猛追」などと出ていたが、選挙ばかりは蓋を開けるまで分からない。投票率が下がることは間違いないし、組織力で上回る原陣営だが、いつもながらの古臭い自民党選挙。社長や市議らが懸命にやってるとはいいながら、現実は「笛吹けど踊らず」、末端まで浸透はしておらず上滑りの可能性もあり、品川の逆転勝利も在り得るだろう。

 第一弾、「品川陣営に蠢く怪し過ぎる人々」「ノーパンしゃぶしゃぶ、官僚愛好事件って知ってますか(笑)」と品川陣営への苦言が続いたので、第三弾は「原陣営にもいるぞ大嫌いな連中が・・・(仮名)」とのタイトルを予定していたが、「郡山の経済界ってどうなのよ(嗤)」にしてみた。

 まぁライフワークのノンフィクションブログなので原稿料が入る訳でもなし、そういう意味では気合いも入らないが、品川候補ばかり苛めてると、「原陣営から幾ら貰ったんだ!」とか言われそうだし、このシリーズは郡山市民の閲覧者も多い様なので、この機会に地元経済界の裏側のホンの一部分を、以前アップした記事を編集し直して再アップしてみようと思う。

 一昨年の11月「辻政雄には10億円以上貸しているんだよ!by佐藤栄佐久」という記事をアップした。その中で、「佐藤栄佐久元知事のブレーンはクソばかり」と題して実弟とその周辺者の下半身ネタなどを暴露したが、当時は閲覧する者といえば悪徳建設会社「トリアス」関係者や建設業者ばかりに限られてた。いい機会のなのでその辺りを披歴してみたい。

 閑話休題。「前知事の周りはどいつもこいつもろくでもない連中ばかりなのだが、知らないのは当の本人だけ」と始まる文面は、知事の実弟・祐二が知事選挙の手伝いに来た女性と不倫し、その愛人が妊娠すると、長年連れ添った糟糠の妻とは離婚することから綴られている。

 県知事汚職事件は周知の通り、(株)山東スーツの敷地を北朝鮮系の水谷建設に買い取らせたが、取引額が相場よりも高く、その差額分が賄賂と認定された事件だ。裁判では、実行犯の辻が掌を返し検察側の証人に。そしてこれまた悪徳不動産・東日本地所社長の武田らを弁護側の証人にするなど、めちゃくちゃ、知事らは「無罪」を主張するも「有罪」、控訴するも最高裁で有罪確定となった。

辻 実際の主犯は辻政雄(画像)。辻は高橋堯市長時代に談合の仕切りをやっていた人物で「陰の市長」とも言われた人物だ。高橋市長が青木久に敗れると自分の会社「ツジ工業(ツジ・エンジニアリング)」を早々に自己破産させ、高橋元市長と毎日の様に宇津峰カントリークラブでゴルフ三昧の日々を過ごす。

 そんな折り、参議院議員だった佐藤栄佐久が知事選出馬を表明。これに乗らない手はないと辻は早速、いわき地区を担当し、私設秘書の名刺を使い、当時、県幹部の江花亨いわき所長を抱き込んだ。栄佐久が当選すると江花を土木部長に据え、高橋市長時代に培った手法で次々と公共事業を仕切っていった。

 実弟の祐二に談合を仕切るイロハも分からないし、そんな度胸はない。辻という男は権力を利用するという点では秀でており、在日や朝鮮人に多いハッタリ屋だ。知事や実弟もそれなりに美味しい思いはしただろうが、辻がネコババしたカネに比べれば大した額でははない。

 ただ、知事にしろ実弟にしろ、右翼団体の相談役という辻にしろ、そのカネは国民の血税であり、血税にタカり私腹を肥やそうとした行為は万死に値するものであり、恥を知るべきだろう。辻よ、右翼なら蛮行は死んで詫びよ!

 そんな辻と刺違えることも出来ず、両人揃って地団太を踏んだところで辻にしてみりゃ痛くも痒くもないだろう。実際には面白い様にカネが集まったのを知っていながら、何が「無罪」だっての。当たり前~当たり前~と、兄弟揃って「あたりまえ体操」でもしてろっての(爆)

 抑々、水谷への無心は運転資金というより、前妻への離婚の慰藉料を捻出する為のものだった。辻が建設業者から掠め取ったカネをネコババしないで祐二に渡してさえいれば、前妻の慰藉料に窮することもなく、汚職事件は起きなかっただろう。

 辻は裁判で、「集めたカネは全て祐二さんに渡した。足りなくて親から相続した田畑まで売った」などど証言したが、逮捕当時、辻の口座には10億円余りの預金があったという。愚生も検察側の証人として証言する辻を見たが、あんな偽証が成立するのだから日本の司法も地に堕ちたものだ。

 辻は静岡出身なのだが郡山は余ほど居心地がいいのだろう、逮捕されても釈放後も未だ郡山市内に棲みついているいる。今でも辻は市内深沢の自宅に前妻の妹だった現在の妻を住まわせ、本人は愛人と虎丸のマンションから安積町に引っ越し、ネコババしたカネで悠々自適に過ごしているが厚顔な野郎だ。

 釈放後には盟友の会津の酒井建設工業社長の酒井隆一と、逮捕前に合併させた秋田蒲生工業との三社合併を画策し「トリアス」を立ち上げ、その約二年後にはあっという間に民事再生。合併と民事再生によって多額の使途不明金が発生し、その多くが辻の懐に流れたのは疑う余地はない。

 辻の悪行はブログで連載しているので興味のある方は閲覧下さい。

 そういや辻は、「市長のところだから原商店を使え!」と、原市長の息子を呼んで自ら得意気にトリアス役員に紹介したという。そういやトリアス民事再生では原商店はそんなに引っかからなかったのはやっぱそういうことだったのか(爆)

boss 祐二が若い女性にのめり込み不義密通を重ねる様になったのは、当時の選挙事務所にはそういう雰囲気が漂っていたのが原因と言ってもいいだろう。

 そうしたきっかけになったのが知事後援会幹部の郡山クラブタクシー社長の高橋良和(画像)のナンパだった。高橋は知事選挙で手伝いに来ていた若い女性をナンパする。

 ナンパした女と深い中になり、文化通りに面したとあるアパートの一室に女を匿うと足繁く通った。当時、愚生が贔屓にしていた池の台の鮨屋に通ってた頃、よくそこで愛人の貴子(仮名)と一緒に食事をする高橋社長に遭遇したのものだ。

 「縁は異なもの味なもの」とはよく言ったもので、その愛人の貴子は、愚生の友人の親友だったからさあ大変、高橋の不義密通は直ぐにバレた(笑)

 この高橋に、こんな逸話というか武勇伝がある。というのも高橋はタクシー会社の社長で、警察などにも顔が広い立場なのだが、違反を重ね、取り消しを喰らったのか、運転免許は持ってないというから驚く。

 そんな無免許運転の常習者だった高橋がある日、「女性が考えた家」のCMで有名な市内の某建築会社社長の車にオカマを掘った(笑)

 タクシー会社の社長が無免許だったというのも笑える話だが、この事故をあろうことか「バレたら大変」と、警察に通報せずに事故の揉消しを謀ったという。

 この建築会社の社長も女遊びも派手だが、ヤリ手で狡賢く、事故をネタに高橋に条件を突き付けた。「高橋さん、あんた原市長と仲が良いでしょ。だったら市長をオレに紹介してくれたら黙っててやりますよ」という条件だった。高橋は二つ返事で条件を呑んだというが、それにはウラがあった。

 この無免許事故隠蔽事件を、某右翼団体に知られることとなる。高橋は事件の発覚を恐れたが、その後何故か、地元の大物ヤクザが御出座しになり、結局事件は有耶無耶になったという話しだが、ことの真相は分からない。

 でも、このブログでその不正が発覚した様なもの。まぁ愚生の指摘が間違いなら削除するのは吝かじゃないが、ヤクザは仲介しちゃダメよ、まぁヤクザも今どきこんなことに係っていられないだろうし、出されたこっちもビビちゃうし(爆)

 それよかアンタ、無免許運転事故も隠蔽出来たし、右翼は抑えたし、世の中軽いもんだとほくそ笑んでた様だが、悪行は必ずバレますよ。「天網恢恢疎にして漏らさず」とはこういうこと。これを機に自身の軽挙妄動を猛省しなさい。

124-3 元知事の後援会幹部には高橋の他にも女好きの輩が沢山いたが、その中でも、西部自動車学校専務の丹治徹(画像)の色好みは別格だろう。

 地元の歴史家を気取りインテリぶっているが中身は衒学臭いものばかり。豪放磊落な兄の丹治一郎郡山商工会議所会頭とは大違いで、如何にも神経質そうで、慇懃無礼、愚生が一番毛嫌いするのはこういう人物だ。

 この徹だが、知事の実弟・祐二と同様に愛人との間に子供まで拵えている。男として責任感があり、ケジメを付けた祐二とは違い、離婚もせずダラダラと不倫関係を続けているというからホント小狡いヤツという表現がぴったりな男だ。

 狡いと言えば、西部自動車学校の役員らは前々回の衆院総選挙では自民党支持を言いながら、民主党の「高速道路の無料化」のマニュフェストに靡き、民主党に一票を投じた。それを知らないとでも思ってるのだろうか。

 高速道路が無料になれば高速実習も助かるとの思惑だけで民主党に一票を投じたのだが、この連中の頭には卑しい金儲けのことしか無いという証左だろう。世の中「カネ」「カネ」「カネ」そして「女」ってね(苦笑)

 郡山経済界の面々に言うが、あんたら江戸時代の思想家「石田梅岩」の本でも読んで、経済とは何か、商人とはどう生きるべきか、日本人とはどう生きるべきかを学ぶべきだと思いますが如何ですか。ってか、石田梅岩を知らないか(爆)

 徹は商工会議所会頭の兄の威光で、福島テレビの「番組審査委員会」の委員長などの要職を務めているのだが、県が大株主のテレビ局がこうした不義密通を重ね、人倫に悖る輩を委員長にしていること自体、実に不適格なことだと思う。

 前知事のブレーンは辻政雄を筆頭にこうした下種の輩ばっかりだったのだが、飛田は品川陣営に、祐二や秘書だった馬場なんてのは使い物になたないだろうが、高橋や丹治なんかが原陣営でデカい顔されるとなんか昔の自民党というか栄佐久時代から全く変わってない感じはするよなぁ。

 まぁ何れにしても明日審判が下されるが、どっちが市長になろうが知ったこっちゃない。御両人とも当選した暁には滅私奉公を心掛けて下さいな。

 連日自宅周辺では品川候補の選挙カーが通り、「品川は決して逃げません!」とガナリ立ててたが、愚生を含め多くの市民は、「選挙には決して行きません!」というのが正直なところ。

 行かないのは批判票。早々に選挙は義務化し、「該当者なし」という欄を設けて欲しいものだ。そうなりゃ「一票の格差」なんてのも無くなるっての。

 町内の選挙ポスターを立ち止まってじっくりと見て見た。原さんはチョッと老けたなぁ。一方の品川さんはというとノーパンしゃぶしゃぶの元官僚としてピンクのポスターはそのイメージにぴったり、似合い過ぎるわ。呵呵。

 郡山市長選シリーズはこれにて終了。さぁて次回は「(株)郡山測量設計社に黒い交際疑惑発覚!」です。お愉しみに♪

 苦言、提言、内部告発、人生相談、講演依頼は mr.cordial@live.jp

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2013年04月11日

昔の偉人や英雄は極貧の中から生まれたものだ


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 今朝の地元紙の「読む・知る・学ぶE新聞」というページに、「争論・ゆとり教育見直し」という見出しで八木秀次と、「ゆとり教育」の生みの親で教育崩壊の元凶ともいうべき寺脇研の主張が載っている。

 「争論」となっているし、写真からも対談方式かと思いきや各々の言い分を主張しているだけ。公正に取り上げてるつもりなのだろうが、二人の主張の間に共同通信編集委員がこう結論付ける。

 「時代にあった教育論」をと題して「愛国心や学力といった評価軸で教育を論じる。時代に合っていない」と暗に八木教授の主張や安倍内閣の実行しようとしている「週六日制」や「道徳教育」といった教育改革を否定する。

 安倍は前政権時代「教育基本法」の改正を行い、米国時代の悪しき教育制度からの脱却を目指した。現政権下でもやろうとしている教育改革の理想は間違っていない。生まれた国に誇りの持てない教育をいつまでも続けるつもりなのか。そういう意味でも「教科書検定制度」の見直しには大賛成だ。

 今朝の朝刊のこうしたページや、忘れた頃に何気に載る「週刊・こどもニュース」なんていうのもそうだが、赤旗新聞や朝日新聞と間違えてしまう様なコラムや主張が企画される。自らの偏狭な価値観や意見を垂れ流し悦に入ってるが、こうした世論誘導こそ国益を損ねるものなのだ。

 こうしたことが成されてること自体、日本の新聞が未だに米国の自虐史観から脱却出来ない証左だろうが、米国の占領政策から目覚めることのない左翼が文化人や有識者を気取り、米国の教えを忠実に守ってることは嗤うしかない。

 教育は国家の大本であり、教育を疎かにすることは国の崩壊を招く最大要因となることは火を見るより明らかだろう。

 寺脇の「ゆとり教育」の正当化は正に堅白同異の弁であり実に醜いものだ。「ゆとり教育」に批判が多いことを素直に認めた上で、教育崩壊の原因は何だったのかを冷静に論じるべきだろう。

 だが、八木らが言う様な学力低下の原因の全てが「週五日制」や「ゆとり教育」に在るとも思えない。ならばどうすべきなのか。

 嘗ての日本は「教育立国」として明冶の試練と昭和の国難を乗り越えた。極貧の中から多くの偉人が輩出したのは立派な教育の故であろう。

 「坂の上の雲」の秋山兄弟の父親が子供らに苦諌する場面がある。

 「好きで貧乏しているのではない。敢えて君等の将来を考えてやっているのだ。昔の偉人や英雄は極貧の中から生まれた。金持ちから偉人や英雄は生まれん」

 教育の原点とは意外とこんな処に在るのではなかろうか。

 現在はどうだろう。国民の勤勉性、家族愛、愛国心、信義誠実の原則は失われ、心の中の高貴なものを失い、高邁さを忘れ、在るのは自己中心性の欲望だけだ。
 
 高邁な魂を喪失した日本に最も大事なものは将来を担う子供達への教育を如何に充実させるかであるが、道徳教育は教えたところで意味はない。

 大事なのはそれを実行させることに大きな意味が在るのだ。

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2013年04月09日

受信料を拒否し、NHKの歪曲、偽造、捏造体質を是正しよう!

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 NHKの受信料滞納の時効を巡る訴訟で、「時効」を5年にすべきか、10年にするかで司法の判断が割れているという。だが、受信料拒否は歪曲、偽造、捏造体質に対する抗議行動という面も在ることを知るべきだろう。

 「靖國参拝」や「一票の格差」など国に係わる訴訟では私見を垂れ流す裁判官がいるが、NHKにも苦言を呈す裁判官はいないのかねぇ(苦笑)

 民法では「個人間の借金」など一般的な債権の時効を10年と規定する一方、地代や家賃は5年、旅館や飲食店の料金は1年など、債権の種類によって「短期消滅時効」を認めている。

 抑々、NHKの受信料というのは契約自体が杜撰なもので、これだけ多くの受信料の未収が公然となってる現実を見れば、受信料の在り方や、NHKの存在そのものを見直す時期に来ているのではなかろうか。

 NHKによると、受信料の長期未収(約1年以上)は平成23年度末で約177万件の上る。NHKは全ての未払い分を取り立てていく方針を崩しておらず、平成18年以降、NHKは滞納者に対し裁判所を通じ督促を開始。異議を申し立てた滞納者との間で1400件以上が訴訟になっている。

 NHKは「公平負担の徹底の観点から未払いの全期間分を請求するのが基本。時効については各地の裁判所で係争中で、動向を見極めて対応を検討する」としているが、NHKから「公平負担」という言葉が出ることに違和感を覚える国民は多いだろう。

 特殊法人でありながら、幾多の株式会社の持ち株会社となり、その収益を視聴者(受信契約者)へ還元しないのは公共性とは大きくかけ離れるものだ。

 近年は自らの価値観や意見を押し付ける「説教」が目立ち、社内に巣食う極左過激派が作成する根拠の無い偏向番組を垂れ流し、大きく国益を損ね続けている。

 公平とは「是」と「非」を公正に教えることであり、NHKに「公平」さが備わってるとはとても思えない。最早NHKは公共放送局として存続に値しない特殊法人であり、税金の無駄の最たるもの。早急に解散させるべきだろう。

 公共放送の役割は事実を淡々と報じることに他ならず、多数の視聴者の常識から逸脱してはならない。歴史の捏造は断じて許されるものではなく、先人の名誉を汚すばかりか、視聴者の判断を誤った方向へ導こうとする悪害でしかない。

 左翼勢力の跳梁跋扈を黙認するNHKは偏向報道や捏造番組に対する多くの国民からの抗議を黙殺した。これは最早、NHKに「公平」な精神など存在せず、確信的犯罪行為と言っても過言ではない。

 歪曲、偽造、捏造、の常習犯。虚構をでっち上げ、日本を貶め続けるNHKは受信料を払ってまで見る様な類のものではなく、良識ある視聴者は「受信料拒否」の手段で抗議し、NHKを解体させよう! 

 <NHK受信料お悩み解決>
http://jushinryo.web.fc2.com/kaiyaku.htm

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2013年04月07日

国家観による政界再編が最後の正しい姿だ


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 自民党の高市早苗政調会長は、「憲法は国家観に関わることだ。常に選挙の争点になるべきで、国家観による政界再編が最後の正しい姿だと思っている」と憲法改正に難色を示す公明党との連立解消を示唆したが、至極真っ当な考えと言えよう。

 公明党幹部は早速この発言に対しイチャモンを吐け、「参院選で与党で過半数獲得を目指していることに水を差す話で、慎重さに欠ける発言だ」と批判した。

 高市氏はその後釈明したが、何故に釈明する必要があるのか。安倍首相も参議院選挙に憲法96条の改正条項の緩和したい方針を示しており、公明党がこの96条改正に難色を示すなら連立解消は当然で、公明党もいつまでも幼稚な平和主義を振り翳すなら自ら連立を解消すべきだろう。

 公明党の売国性は今更説明する必要もなかろうが、「外参権付与」「自虐史観」「反天皇」と枚挙に遑なし。今や政治、経済、文化、教育と創価学会は巷に蔓延し、日本を蝕んでいる。

 最近問題になっている「生活保護費の不正受給」にも公明党の地方議員らの関与が囁かれているが、それは一体何故なのか。

 生活保護費の受給が一番多い都道府県は大阪府。大阪には国内の在日の3分の1の約20万人が住んでいる。そのうち12万人が大阪市に集中しているが、参政権付与によって、大阪市長の勝敗が左右しかねない恐ろしい数だ。

 この大阪市が在日への生活保護費バラ撒きで財政は逼迫していることは今や周知の事実。不正受給に奔る在日らには創価学会々員が多く、この為に公明党議員が暗躍しノウハウを教え、行政側に圧力を掛ける構図だ。

 言ってみればその行動全てが布教活動であり、大阪市の財政逼迫の元凶は公明党イコール創価学会と言っても過言ではない。

 外参権付与に狂奔するのも、韓国国内にはSGI(創価学会インターナショナル)会員が40万人以上いると言われているからで、公明党というのは日本の政党というより池田太作の祖国の為の政党というのが正しく、公明党が、外参権付与法案成立に躍起なるのは言わずもがなだ。

 布教活動の一環で、在日を擁護し、生活保護を不正受給させた挙句に参政権を与えようなどとは言語道断。国や国籍を軽んじて外国籍定住者に参政権を与えることは、そこから国家の崩壊を招くことを我々日本人は自覚すべきだろう。

 創価学会は、宗教団体というより学会員の現世利益を追求する社会運動体であり、公明党は、それを政治的に実現する為の出先機関でしかない。

 創価学会は、極めて戦後民主主義的且つ反国家的な団体であり、天皇陛下を族長と仰ぐ日本国家の正統にとっても悉く異質な存在で、こうしたカルト宗教傘下の政党が政府与党の一翼であることが我が国の不幸なのだ。

 公明党の組織票など当てにする勿れ。選挙は「義務化」し、その国民の信任によって選ばれた国会議員が堂々と議論し合い決定すれば宜しい。

 高市早苗の言う通り、国家観による政界再編が最後の正しい姿なのだ。自民党よ、公明党に三下り半を突き付け、連立を解消せよ!

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2013年04月06日

「政治は三流、経済一流、官僚機構は超一流」と揶揄されたのも今や昔の話


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 「政治は三流、経済一流、官僚機構は超一流」と揶揄されたのも今や昔の話。その一流だった経済も崩壊した。商業道徳そっちのけで営利至上主義に狂奔したツケが出た。

 国防や教育という国家の大本を忘却し、その大本を米国に委ねたまま未だに目先の経済ばかりを優先しているが、果してそれで日本の繁栄が永遠に続くと思っているのだろうか。

 将来を担う子供達に日本に生まれた喜びや誇りも教えず、「子育て支援」やら「授業料の無償化」など、政治家が教育を疎かにして金の分配だけに狂奔するのは本末転倒である。

 政治が三流なのは今も変りはない。それどころか益々悪くなる一方だ。

 過去には、政治が如何に混迷しても、超一流の官僚機構が「日本丸」の舵取りを巧くやってくれるという「神話」があったのも事実だが、今やその官僚が国を滅ぼす一大勢力になってしまっているのだ。

 果たして日本丸は何処へ向かってしまうのだろう。

 嘗ての日本人は「恥を知る」国民だった。日本は教育立国として、明冶の試練と昭和の国難を乗り越えたのだ。東日本大震災で疲弊する福島だが、明治維新の国難や大戦での悲劇に比べればこれを乗り越えずして何としよう。

 嘗て日本は極貧の中から多くの偉人が輩出したのは立派な教育の故であり、金持ちから偉人や英雄は生まれてはいないのだ。

 「子育て支援」や「無償化政策」のバラマキに便乗し、国民は「もっと寄越せの」の大合唱。原発事故での自称被災者もそうだが、止まることのない欲望は実に見苦しいものだ。

 今や国民の勤勉性、家族愛、愛国心、信義誠実の原則は失われ、心の中の高貴なものを失い、高邁さを忘れ、在るのは自己中心性の欲望だけ。

 自称有識者やマスコミが取り上げる胡散臭げな問題に一喜一憂し、問題が出れば、その萌芽は日本に在ると貶し貶め、それをマスコミ御用達のインチキ言論人が大騒ぎし煽り続ける。

 政治家は平身低頭し謝罪を続け、頭の中は保身と次の選挙だけ。

 頽廃したマスコミは国益を擁護する気配など皆無で、国民の愛国心を蝕み、「マスゴミ」と揶揄される始末だ。迷えるものはつまらぬ宗教に奔り、私利私欲の欲望に塗れている。

 こんな日本にしたのは果たして政治家なのか、官僚なのか、マスコミか、それとも国民なのだろうか、一体誰なんだ・・・

 ※ノンフィクションブログ「汚れた顔の紳士達」〈郡山市長選シリーズ第二弾〉。郡山市民限定ですが、暇な人は御一読ください♪http://blog.livedoor.jp/cordial8317-kyudan110/archives/26425270.html

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2013年04月04日

大江健三郎著「沖縄ノート」を証拠とした「集団自決軍命令」


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 先の大戦に於いて沖縄での集団自決に軍が関与したと摩訶不思議な判決が下されているが、この「軍命令」の証拠となったのが大江健三郎の「沖縄ノート」だ。

 大江はこの本を上梓するに当たり関係者への取材は全くせず、沖縄タイムスの「沖縄戦記・鉄の暴風」などの記事を基に書き上げた、言ってみれば大江の妄想が入ったフィクションものだ。

 沖縄タイムスの「創刊の辞」には、「我々はアメリカの暖かい援助の下に生活している。この現実を正しく認識することは取りも直さずアメリカ軍政に対する誠実な協力であり・・・」と在る。

 今では「反米」「反基地」を煽っている沖縄タイムズが、米軍の御用新聞として出発した新聞社ということが理解出来る。「琉球新聞」も同じ様なもので、過去のことなど忘れ去り、偏狭なイデオロギーを撒き散らすクソ記者どもにジャーナリズムの矜持など持ち合わせてはいない。

 戦後、沖縄の人々は決して日本軍を「加害者」だとか、米軍を「解放軍」などと思ってはいなかったが、米軍の徹底した検閲が功を奏し、米軍は「解放軍」であるとの認識に至った。

 その有力な協力者こそが「沖縄タイムス」であり、何が今更「反米」か。

 「鉄の暴風」は、日本軍加害者論を宣伝する為の物語として米軍支援の下に発行されたフィクションなのである。

 「鉄の暴風」の中に次の様な件がある。

 「なお、この動乱(沖縄戦)を通じて、おそらく終生忘れることのできないことは、米軍の高いヒューマニズムであった。・・・戦いの暗たんたる記録の中に珠玉のごとき光を放つ米軍のヒューマニズム・・・」

 この一節こそが、「鉄の暴風」の正体を雄弁に語っているのではないだろうか。

 体験者の証言もなしに「日本軍自決命令」を書いた「鉄の暴風」は、米軍宣伝書に過ぎないものなのだが、その後、遺族年金の為の根拠とされ、然も事実であるかの様に見做されて来たというのが真相だ。

 沖縄に巣食う反米左派集団が、米軍宣伝のデマを金科玉条の如く死守し、戦後民主主義教育から目覚めることもないのは滑稽極まりないが、こんな流言蜚語や嘘八百をいつまでも許して置く訳にはいかない。

 この「鉄の暴風」のパクリ本というべき「沖縄ノート」の一節には、「25年ぶりの屠殺者と生き残りの再会・・・」と、集団自決者や戦災者を「屠殺者」と準え、公然と差別表現で描かれている。

 評論家の呉智英は、「これ、いつから解禁になったのか。虐殺を屠殺になぞらえようものなら許すべからざる差別表現として、部落解放同盟と屠場労組の苛烈な糾弾が展開されたことは言論人なら誰知らぬものはいない」と語っている。

 更に呉は、1982年、俳優座のブレヒト原作、「屠殺場の聖ヨハンナ」を例に挙げ、「屠殺」という表現を改題しても、部落解放同盟から激しい糾弾に合い上演は困難を極めたことを指摘した。

 「屠殺場の聖ヨハンナ」について部落解放同盟は、「誰々の作品だから差別はないと、神格化したものの考え方を一掃したい」とまで言明していたことまでも呉は振り返って疑問を呈している。

 また1987年には「沖縄ノート」と同じ岩波書店が発行した「報道写真家」の、「戦場という異常な状況下では牛や豚などの家畜の虐殺と同じになる」という記述が問題にされ、回収処分となっていることも紹介している。

 だが、大江の「沖縄ノート」だけは一度も糾弾も回収もされることはなく、それどころかアホな裁判官がこれを証拠として採用し、摩訶不思議な判決を出した。

 大江健三郎のみ「神格化」される理由は何か。「反日」「自虐史観」では、バカ左翼の連中は共闘するという事を証明している様なものだろう。

 「集団自決軍命令」など存在せず、証拠となった「沖縄ノート」は証拠としては甚だ不適格。差別表現を公にし、トンデモ本の発刊停止、回収を要求すると共に、「沖縄集団自決軍命令」の不当判決を糺そう。

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cordial8317 at 06:09|PermalinkComments(0)

2013年04月03日

「楽都(がくと)郡山市」じゃ分からん。「安積の国」といえば安積艮斎だろう


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 愚生の住む郡山市出身の偉人といえば鈴木邦男じゃない、安積艮斎(あさかごんさい)。郡山を「安積の国」というのも、この安積艮斎の名から付けられている。

 安積艮斎は寛政3年(1791年)、陸奥国安積郡郡山の総鎮守、安積国造神社(あさかくにつこじんじゃ)第55代宮司・安藤親重の三男に生まれる。

 名は重信、別号・見山楼。幕末の激動期に艮斎を師と仰いだ門人は吉田松陰を始め、小栗上野介、高杉晋作、岩崎弥太郎など実に2282人に上るというから凄い。

 文化3年、16歳で学問を志し出奔。儒学者・佐藤一斎の門に入る。その後、大学頭(だいがくのかみ)林述斎(じゅっさい)の門人となり研鑽を積んだ。

 23歳で江戸神田駿河台に私塾を開き、天保2年の41歳で「艮斎文略」を出版し、その後も「艮斎間話」を著し、艮斎の名は天下に知れ渡る様になり、当時、文壇では東の安積艮斎、西の斉藤拙堂(せつどう)と並び称された。

 艮斎は朱子学のみならず、陽明学など他の思想や宗教の善い所を摂取しようと自由な学風を貫いた。洋学にも造詣が深く、渡辺華山が主宰し高野長英ら学者や幕臣が会した尚歯会にも参加した。

 天保7年(1836年)二本松藩儒となり、嘉永元年(1848年)58歳の時に海外事情研究の集大成「洋外紀略」を著し、世界史を啓蒙、海防論を説いた。

 同3年には幕府の昌平坂学問所教授に就任し、同5年十二代将軍徳川家慶に御進講。同6年、米国、露国の国書を翻訳し、ペリー来航時にも翻訳を行った。

 万延元年11月21日、昌平坂学問所にて多くの門人に看取られて71年の波乱に満ちた生涯を閉じる。

 その安積艮斎縁の郡山市の市長選挙が日曜日に公示される。ノンフィクションブログ「汚れた顔の紳士達」にも書いたが、前回と同じ顔ぶれで新鮮味はなし。誰か供託金でも出してくれりゃ出馬するんだがなぁ(笑)

 ※閲覧注意、「汚れた顔の紳士達」http://blog.livedoor.jp/cordial8317-kyudan110/archives/26274772.html

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cordial8317 at 07:30|PermalinkComments(0)

2013年04月02日

長嶋茂雄終身名誉監督と松井秀喜に国民栄誉賞!


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 長嶋茂雄終身名誉監督と松井秀喜の国民栄誉賞には驚いた。何故に今なのだろう。長嶋ファンとして長嶋の受賞に異論はないが、松井の受賞には少々違和感を覚える。まぁ松井本人が恐縮している様だし別にどうでもいいか。

 巷間言われている様な参院選挙向けだとしたら本末転倒と言う他なく、国民栄誉賞の価値が下がるだけだろう。政治家がやるべきことはこうした人気取りではなく、例えば参議院の在り方そのものを議論して行くべきなのだ。

 参議院は「衆議院のカーボンペーパー」と揶揄されその存在意義が問われて久しいが「一票の格差」どころかその投票率は最早末期的症状で廃止するのが得策だ。

 「一票の格差」で違憲判決が下され、「0増5減」などという誤魔化しが公然と罷り通っているが、衆議院にしろ喫緊にやるべきことは「議員定数の削減」という公約の実現であり、参院の廃止である。

 一票の格差是正を、「0増5減」や「21増21減」などという姑息な手段で見直したところで、政治不信は改まることはなく、投票率は益々下がる一方だろう。

 「棄権」という行動は政治不信への一票であり、それを無視し続けるなら、やはり投票は義務化し「該当者なし!」の項目を創るべきだと思う。

 抑抑、参議院とは「良識の府」であり、その良識とは政治的良識である。 だが、参議院議員を見渡してもとても政治的良識を持っているとは思えない輩ばかり。

 有名タレントやら女子柔道選手やプロレスラー、部落解放同盟に朝鮮日報元支社長、日教組に元極左、不倫妻やら女子プロゴルファーの父やら挙げたら限がない無能なアホ連中がズラリ。

 コイツらに政治的良心など持ち合わせているとは思えない。所詮は単なる数合わせ。日本の政治家としての矜持を持って政を司るという覚悟も気概もなく、こうした連中を国民の血税で養ってやるほど我が国の財政は豊かではない。

 今やるべき改革は国会議員定数の削減という公約の実行であり、参議院の廃止だ。また地方議員は民生委員や保護司の様に無報酬か日当制にするべきで、「改革には痛みが伴う」というならば、先ずは政治家が隗より始めればいいだけだ。

 政治家自身が敢然と実行すれば、役人も国民も右倣えするだろう。

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cordial8317 at 07:38|PermalinkComments(0)