2013年03月

2013年03月31日

北朝鮮の強談威迫な対応と日米中の深謀遠慮


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 朝鮮半島の緊張が続いている。北朝鮮は「今後、北南関係は戦争状態に突入し、北朝鮮と韓国の間のすべての問題は、戦時に準じて処理される」との声明を発表。金正恩は軍幹部との会議を招集し、米国本土やハワイやグアムなどの太平洋地域、及び韓国内の米軍基地を攻撃出来るよう「待機命令」を出した。

 北朝鮮の強談威迫な対応と日米中の深謀遠慮も相俟って朝鮮半島情勢から目が離せない。だが、駄々っ子北朝鮮の無法なんぞ中共の武力弾圧や、無法行為に比べれば可愛いもので、北朝鮮の対米強硬姿勢を批判するなら、中共の周辺諸国への弾圧こそもっと糾弾されて然るべきだろう。

 日本国内では、支那に阿るキンピカ報道ばかりだが、抑抑、「4000年の歴史」なども嘘っぱち、中華人民共和国(中共)が建国されて未だ60年そこそこしか経っていない共産主義を最高原理と崇める帝国主義国家だ。

 第二次世界大戦以降、中共は膨大な軍事力を背景に周辺諸国を弾圧して来た。例えばチベット。チベットは日本と並ぶ長い歴史を持つ独立国だ。このチベットの広大な国土を奪い獲った上に「民族浄化」を推進する中京軍がチベット人に行った弾圧の凄まじさは筆舌に尽くし難い。

 凄惨な拷問に加え、凄まじい漢民族の「移住政策」と「民族浄化」という名のレイプである。人口600万人の国に、何と720万人以上の漢民族が移住し、チベット人の血は漢民族の血によって薄められて往く。

 トルコ系の民族が多く住む「東トルキスタン共和国」も同様で、「新疆ウィグル自治区」として設置された後のトルキスタンの人々の受ける迫害は凄まじく、膨大な数の死者と、7万人以上がソ連(現ロシア)へ逃亡した。

 その他にも「ロブノール核実験場」における1964年から実に46回にわたる核実験が行われ、19万人の死亡者と129万人の健康被害者がいるという事実を知る人は余りにも少ない。

 武力を使う侵略が世界的に非難される現在において、「民族浄化」という人口侵略によりアジアの支配を目指しているということは余程のバカじゃない限り分かるだろう。北朝鮮の強硬な対米姿勢なんぞ、中共の武力弾圧に比べれば可愛いものだとはこういうことだ。

 緊迫する朝鮮半島情勢や満州、内蒙古、チベット、新疆の現実は決して対岸の火事ではない。朝鮮半島の緊張によって我が国に火の粉が降り懸かるなら、我々自身の手でその火の粉を払い除けねばならないのだ。

 我が国に足らないものは自らの国は自ら護る覚悟と気概であり、対米自立を急ぎ国防体制の強化こそが我が国の採るべき道なのだ。昔からアジアの動乱の原因は米国と共産主義だと言う事を我々は忘れてはならない。

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2013年03月30日

陛下の靖國神社への御親拝は益々遠のくばかりなり


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 菅政権時代、終戦記念日に靖國神社に参拝しなかったことを安倍晋三は、「閣僚の自主的判断ではなく、首相が決めた方針なら憲法(信教の自由)の観点から問題があるのではないか」と批判した。何故に「終戦記念日」に拘るのか理解に苦しむが、安倍に菅らを嗜める資格など無い。

 前回の安倍政権下で終戦記念日に参拝した閣僚は高市早苗ただ一人。高市は参拝する寸前まで、「靖國参拝は自粛する様に」と言われていたという。それも安倍本人からというのは関係者なら知らない人はいない。

 自らが中韓に諂い靖國問題を避けて通ったのを忘れたとでも言うのだろうか。

 それでも安倍は総裁選や総選挙で、「先の任期中に靖國神社を参拝出来なかったのは痛恨の極み」だと触れ回り、そんな安倍を国民は熱狂的に迎え入れた。

 だがまたしても安倍は靖國神社の春季例大祭での参拝を見送り、前回と同様に「真榊奉納」でその場を取り繕う魂胆らしい。

 曲学阿世の安倍ちゃんらしいが、ならば例大祭や終戦記念日が政治的に問題になるというなら、桜咲く今の季節に散歩がてら詣でたら如何だろう。

 終戦記念日に参拝したのは中曽根康弘の策謀だ。右翼団体や保守ーブームに便乗した勢力が何故に敗戦の日に参拝するのか不思議でならないが、ややもすればその愛国心が贔屓の引き倒しになっている場合もあるということを知るべきだろう。

 態々日本が敗戦した日に詣でる必要もないと思うし、春と秋の例大祭も会津藩と薩摩藩が降伏した日に合わせて行われており、賊軍を祖先に持つ愚生としては多少の違和感を覚えてしまう。

 「貴様と俺とは同期の桜、離れ離れになろうとも、花の都の靖國神社、花の梢に咲いて逢おう!」と、遠く異国の地で散った英霊に感謝の誠を捧げるのならば、やはり桜の季節に詣でることこそが相応しいではないだろうか。

 「中韓との修復を優先するべきで参拝は控えるべきだ」と中韓に阿ねる連中が自民党内から消えることはないだろうが、国の為に尊い命を投げ出してくれた英霊へ感謝の誠を捧げることは日本に生を享けた者として当然の義務であろう。

 国民の代表である政治家が堂々と参拝も出来ずして、いつになったら陛下の御親拝が叶うというのか。総理の靖國参拝なんぞハッキリ言ってどうでもいいことで、天皇陛下の御親拝が成されて初めて英霊は安らかに眠れるのだ。

 世界のどんな国も「英霊」には最大の名誉が与えられている。それに比べ我が国の精神的貧困さには呆れるばかり。政治家よ、自らの無能と怠慢を恥じよ。靖國に堂々と参拝も出来ずして何が「主権回復」か、嗤わせるな。

 日本ほど国家の礎となった英霊の方々が国家から顧みられることが少ない国はない。このことがどれだけ国民精神の頽廃を招いているか、我が国の政治指導者のセンセイ方は考えたことがあるだろうか。

 我が国は独立国であり、何者の拘束を受ける理由はなく遠慮する必要もないのだ。直ちに抑圧していた障害を排除し、真姿の復元を計るとともに靖國神社を我ら日本人の手で護ろうではないか。

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2013年03月29日

「わが人生の時の時」、戦争にいきそこなった少年


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 石原慎太郎が脳梗塞だという。周囲は「軽度の脳梗塞」と打ち消しに躍起だが、脳梗塞によって生活そのものが大きく変わり、「また倒れるのでは」との不安が消えることはないだろう。高齢な石原にとって政治生命の危機には違いない。

 脳梗塞、脳幹梗塞の経験者の愚生から言えば、脳梗塞は顔の大きい人は危ないので気を付ける様に(笑)

 引っ越しして、本がクローゼットに整理されて取り出しやすくなった。石原の「人生の時の時」という本が目に付いた。 この中でも「戦争にいきそこなった少年」というのが感動もので、気に入ってる短編ものの一つだ。

 「私が死なるものについて意識したのはまったく突然のことだった・・・」から始まる文章は、湘南中学の1年生の頃に遭遇した米軍戦載機による掃射での思いを綴っっている。

 その日も警戒警報が鳴り慌ただしく学校を退去して駅に向かう途中、ついさっき聞いた警報が空襲警報に変わって鳴ったか鳴らぬうちに、渡りかけていた麦畑の真ん中で突然背後から爆音が轟き、思いがけなくも、日頃写真では見ていたが初めて目にする敵機が超低空で飛んでくるのをみた・・・(略)

 本能的に私たちはようやく穂をつけだした麦の畝の間に身を投げて突っ伏した。次の瞬間爆音は背中に響いて、私たちを発見するのが遅過ぎた敵機は前方の薩摩芋畑に掃射をばらまいて頭上を過ぎた・・・敵機の胴体に描かれたどぎつい極彩色のなにやらの漫画を見とどけたのだ。(略)

 急旋回して飛び上がっていった敵機の姿には格好の獲物をとり逃がしたいまいましさがあふれてみえた。あの敵は私たちを狙ってまたもう一度襲いかかってくるかも知れなかった。ならば今度こそ危ない。私たちは勇をふるって一斉に走った。

 ・・・あまりにも早くまた突然背後にせまる爆音を聞いたのだ。夢中で走っていた・・・ 助かったと悟った時私は訳を確かめるためにひるみながらも顔を挙げて、たった今頭上を飛び去った機影を目で追った・・・その褐色の翼と胴体に記された、白く縁どりされた日の丸をみたのだ。

 あの瞬間のふるいつきたくなるような感動を多分一生忘れないだろう。それはなんといおう、身の痴れるような、泣いてすがりつきたいような激しい懐かしさだった。あれは私にとって有無いわさず歴然としてある、生命を賭けて凌ぎあう敵と味方なる関わりを悟らされた初めての瞬間だった・・・

 石原の小説は余り好きではないが、この短編小説は嫌いじゃない(笑)

 作家だけあって時代を読んだ過激な言葉で国民を煙に巻くが、要はマスコミの使い方が上手で要は潮流に乗るのが上手なだけ。揶揄する言葉は天下一品だが言葉だけが独り歩きし、一歩間違えば田中真紀子と同じタイプだろう。

 石原は「日の丸は好きだけれど、君が代って歌は嫌いなんだ、個人的には。歌詞だってあれは一種の滅私奉公みたいな内容だ。新しい国歌を作ったらいいじゃないか。好きな方、歌いやいいんだよ」と公言して憚らないが、これこそが尊皇無き似非保守・石原慎太郎の本音であり正体なのだ。

 脳梗塞も天命だろう、石原よ、男の身の引き方を間違ってはならない。まぁ平沼さんも脳梗塞から復帰したし、石原なんぞどうでもいいか。

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2013年03月28日

雨と桜の靖國神社も中々いいものだ


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 昨日は桜満開の靖國神社へ詣でようと10時過ぎの新幹線で上京。昼に靖國神社に到着。生憎の雨模様。靖國神社に初めて参拝したのはもう彼是35年ほど前になるが、以来何度詣でたことだろう。考えてみたら雨の靖國は初めてじゃなかろうか。雨と桜の靖國の風情も中々いい。

 昇殿参拝ではなく、本殿前にて拝礼し感謝の誠を捧げ、いつもの様に本殿左奥に鎮座する「鎮霊社」にて戊辰戦争で所謂賊軍とされた故郷の英霊の方々に拝し、心願成就を祈念した。

 その後は待ち合わせの時間には未だ未だということで、遊就館を見物。入って直ぐの刀剣に目が留まる。中でも「珉龍子壽實(みんりゅうしとしざね)」は見事で、波紋には「富士」と「月」がくっきりと写し出され、余りの素晴らしさに時間を忘れ見入ってしまった。

 二時前、横浜の巨頭と憂国の実業家、カメちゃん、そして初顔合わせとなった寧々吉さんと合流し、「直会」という大義名分で駒形どぜうへ。

 皆さんはビール、愚生は枡酒で乾杯。昼に遊就館の茶寮「結」で食べた「カツカレー」が響いて鍋をつつくも中々進まず。枡酒をお代わりし、徐々にペースアップしいつもの様に他愛もない話で盛り上がる。「酒も女も二合まで」とは田母神閣下だが、その後は「一番札」という麦焼酎に。寧々吉さんはここで退場。

 駒形から河岸を変え変え「神谷バー」へ。「電気ソーダ」と「電気ブラン」の奥村バージョンで酔いも絶好調。アメ横でスカジャン屋を経営してる大熊氏も合流し盛り上がりは最高潮に。その後は、フラフラ状態で上野の「もん」という料理屋さんへ行くも、この辺りになるといつもの様に記憶がない。

 奥村さんに連絡を取ろうか、浅草の津川さんに連絡しようかと思いながら、それをぐっと我慢し8時20分の新幹線で帰還した。座席に座るや否や爆睡状態で10分程で郡山に到着した(笑)

 行きつけのバーに立ち寄ろうかとも思ったが、「今日は止めよう」と自分自身と葛藤しながら路地を曲がる。懐かしい「左馬」という支那そば屋が目に留まり、おばちゃんの顔を見に。これじゃダメじゃん。

 メニューは「支那そば」のみに変わり、おばちゃんもいない。店で一人で切り盛りしてるのはいつかどこかで見た好青年。「佐久間さんですよね」と尋ねられ、「よく、そう言われます(笑)」

 「ザ・バーで世話になったんですが覚えてませんか。おふくろが亡くなりこの店を自分がやることにしました」とのこと。兄も大槻の方で営業しているが、兄弟で伝統の味を守っていこうとは今どき殊勝なことだと思う。

 最近は二郎系だとかこってりな進化系ラーメンが流行っているが、進化するよりこうした伝統の味を守っていくことは難しいと思う。頑張って欲しいものだ。

 美味しく頂いて、腹ごなしがてら歩いて帰ろうと思ったが、流石に1キロくらいで断念し、タクシーを拾って無事帰還した。英霊と畏友に感謝した一日だった。

 まぁそんなとこで、皆さん、お酒はほどほどに!(お前が言うな!、ハイ!)

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2013年03月27日

朝鮮総連ビルを宗教法人が落札。池口恵観が表舞台に登場!


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 朝鮮総連のビルを宗教団体「最福寺」が落札し、その親分の池口恵観が一躍表舞台に登場した。愈々真打ち登場か。三無事件に関与したのを自慢しているが、実に胡散臭げな人物かは人相風体に顕れている。清原や金本、新井、許栄中なども修業したというが、まぁソッチ系御用達の宗教法人の様だ。

 落札価格は最低入札価格を大幅に上回るもので、その巨額な45億1900万円落札額には厭きれるばかり。「信じる者」と書くと「儲け」だとか、「坊主丸儲け」とはよく言ったものだ(笑)

 今後、入札の資金経路を調査するというが、不動産取得税にしろ、落札後に総連に賃貸ということになれば営利と見做し課税すべきで、「宗教法人」ならば何でもかんでも赦されることがあってはならない。

 池口阿闍梨は「アジアの平和の場としたい」と語っているが、靖國の横に宗教法人の施設はそぐわない。まぁ政界にも顔が広く、右翼との交流やヤクザとの人脈が深い人物だけに、今後の動向が注目される。

 何より総連ビルが靖國神社の横に在ること自体が実に不愉快且つ不謹慎で、九段の地からとっとと出て行って欲しいというのが多くの日本人の思いだ。

 昭和20年(1945年)8月9日、ソ連が対日参戦し、三日後には朝鮮半島北部に侵攻。朝鮮への侵攻準備が出来ていない米国はこれに慌て、急遽、米ソで朝鮮占領の協議が行われ、結果38度線で分割する事で合意した。  

 ソ連は北朝鮮で、日本人の軍人・行政官・警察官を抑留すると共に親日派を一掃し、共産主義者を中心に人民委員会を組織させ委譲させ、ソ連の傀儡として重慶に亡命していた金日成を首班とする政権を1946年2月に誕生させる。

 一方南朝鮮(韓国)では、米国が総督府の残留朝鮮人官吏を活用し軍政権を敷く。1946年1月、間接選挙による「過度立法議院」を構成させ、翌年の2月、安在鴻を長官とする過度政府を発足させる。

 ヤルタ協定では朝鮮は1948年3月迄、国連の信託統治をする予定でいたが、米ソの対立で全ての協議が決裂する。

 1948年8月、米国は反日活動家の李承晩を初代大統領に据え「大韓民国」を建国すると、翌月、北朝鮮は「朝鮮民主主義人民共和国」を発足する。韓国が昭和20年(1945年)8月15日を「光復節」として独立を祝うが、実際の独立は3年後の昭和23年なのだ。

 北朝鮮では、金日成の支配下で着々と国政の整備が進んだのに対し、韓国は、在来の官僚や亡命先からの帰国者、米国の措置で監獄から解放された共産主義者が入り乱れ、政権は安定せず、労働組合によるストライキが多発し、社会混乱が加速していった。そこで国民を纏める為の政策が「反共」と「反日」だった。

 1946年10月以降、それまで容共的だった米国は共産主義の肥大化を警戒し、次第に共産党の抑圧政策に転じる。

 李承晩は、日本と共同歩調を執ろうとした「呂運亮」を暗殺し、初代大統領に就くと「反日・反共」を国是とした。李承晩が最初にやった仕事は親日派の追放であり、その結果、日本に育てられた優秀な官僚は次々と追放されていった。

 1950年6月25日の北朝鮮の突然の侵攻で、同じ民族同士が相討つ戦争となり、数百万人が犠牲となる大惨事となったが、朝鮮戦争の勃発も、朝鮮の南北分断も、日本に責任は無く、在日が日本に居座る正当な理由など全くない。

 我が国に先の大戦の責任が在るとすれば大東亜戦争に敗北し、共産主義の跋扈と米国の驕逸を許した事だろう。その償いは共産主義を撲滅すこと以外にはない。

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2013年03月26日

「一票の格差」は区割りでは解決出来ない。「該当者なし」を設けよ!


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 前回の衆院選を巡り、広島高裁は小選挙区の区割りを「違憲」と判断し、広島1区と2区の選挙を「無効」とする判決を言い渡した。

 これまでも東京、仙台など5高裁や高裁支部が「違憲判決」を下し、名古屋、福岡両高裁では「違憲状態」と判断されている。明日開廷される東京、大阪など7高裁・高裁支部で同じ判決が言い渡されるだろう。

 一票の格差が何故生まれてしまうかといえば、「誰がなっても同じ」という政治不信が最大の理由だろう。

 投票を棄権した多くの有権者は、自分の思いを托せる政治家がいないが為に棄権するのだが、そういう意味では棄権票も「政治不信」という一票なのだ。

 こうしたくだらない裁判がいつまでも続くことは如何なものだろう。「民主的政治過程の歪み」と断じるならば、そろそろ選挙の投票は義務化して、「該当者なし」の項目を創れば「一票の格差」なんぞはクリアされる。

 投票が過半数に満たない選挙区の議員は「0」でいいし、地方選挙で「該当者なし」が30%なら、議員定数の30%を削減すればいいだけだ。

 次の選挙からネットでの選挙も合法化される。今や期日前投票は容易だし、郵送による投票やインターネット投票なども可能にして、有権者の意思が反映出来る環境を整えるべきだ。不正は厳罰に処し、理由なく棄権した場合には過料やボランティアなどの処分にするなどすればいいと思っている。

 選挙区の見直しよりも、選挙カーで伸し歩く、アノ悪しき選挙スタイルを廃止したら如何か。アレくらい無駄で無意味なものはない。

 選挙カーでの選挙は、戦後、未だインフラが整備されず、マスメディアも少なかった戦後から高度成長期の名残りというべき陋習で、今の時代にはそぐわない。

 今や道路は農村に至るまで整備され、テレビや新聞、パソコンといった情報源は何処の家庭にも備わっているし、候補者が選挙カーで態々乗り付けなくても、候補者名は誰もが容易に知ることが出来る時代に、選挙カーを繰り出して「何の誰べえでございます」とは時代遅れも甚だしい。

 選挙期間中は立候補者同士が各地区を移動し、公民館や体育館、集会所などで政策や主張を訴え、候補者同士の討論や、住民との質疑応答などを行った方が有権者には判りやすいし、政治のレベルも向上するだろう。

 所詮、現在の選挙は地区対抗戦とか団体戦といった限られた人達だけの選挙戦でしかなく、この悪しきスタイルが政治不信に輪を掛けていると言っても過言ではない。一票の格差は区割りでは解決出来ない、選挙スタイル自体を変えるべきだ。

 「該当者なし」の投票が成立すれば、有効投票が過半数に満たない参議院は国民の意思で廃止され、国会議員や地方議員は半減されるだろう。

 政治を志す者は必至で国家国民の為に勉強し、滅私奉公の精神がなければ有権者から三行半を突き付けられるだろう。政治家も有権者もそうした認識に至れば、日本の政治もきっと向上するに違いない。

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2013年03月25日

教育委員会の廃止し、教育の正常化を急げ!


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 政治で大事なものは「教育」と「国防」であり、安倍首相の教育改革の熱意は大いに共感出来る。だが、この教育改革の足を引っ張ってるのが実は文科省と教育委員会であり、地方に於いて教育委員会は教育荒廃の元凶といっても過言ではない。今や無用の長物と化した教育委員会と農業委員会は即刻廃止すべきだろう。

 日本維新の会が「教育委員会廃止法案」を提出するという。これは大いに結構なことだ。その要綱案は、地方教育行政法や地方自治法などを改正することで、教育行政の最終責任が政府に在ることを明確にし、自治体は首長の下で行政部局(仮称・教育行政局)で教育事務を行うというものだ。

 我が国の教育委員会制度は、抑々米国がその占領政策の一環として導入したものだ。米国は、戦前の日本の軍国主義が日本の中央集権的教育制度を齎し、それが結果戦争に繋がったと結論付けており、その日本の学校教育を内務省の中央集権的統制から解き放ち、その管理を、地域住民の代表により構成される合議制の教育委員会の下に置こうと画策し、それを実行した。

 教育委員会のモデルとなったものが、米国の教育委員会制度。これは米国の開拓時代の占領統治の思惑から生まれたものだが、日本の統治も同じ様に占領によって米国の意のままに置こうというのが狙いであり、米国の戦後民主主義教育は想像以上に大きな成果を齎し続けている。

 教育者でありながら国旗、国歌に反対し、我が国の歴史・伝統・文化を否定し、国體破壊を目指す日教組は国内最大の「癌」であり、これを抉り出し粛正しない限り、教育の正常化など在り得ない。

 だが、教育荒廃の原因が日教組だけに在る訳ではなく、確かに日教組こそ戦後教育の落とし子とも言えるが、戦後の教育荒廃の元凶こそ民主教育行政を司った教育委員会に在ると言っても過言ではないのだ。

 安倍は前政権時代「教育基本法」の改正を行い、米国時代の悪しき教育制度からの脱却を目指した。最早教育改革など期待出来ない文科省に変わり、現安倍政権下でやるべきことは教育委員会の廃止であり、日本維新の会が提出する「教育委員会廃止法案」は願ったり叶ったりではないか。

 占領時代の陋習である教育委員会制度の廃止なくして教育改革なし。将来を担う子供達が生まれた国に誇りの持てる教育を施す為にも無能な教育委員会の解体を急ぐべきだ。教育の再生は待ったなし。

 安倍首相は先の総選挙で、「将来を担う子供達に如何にして誇りの持てる教育をするか」、「志の高い日本人を如何にして創るかが大事だ」と訴え、それが多くの国民の共感を得た。

 財政再建やTPP問題ばかりが議論され話題になるが、政治で大事なものは「国防」と「教育」なのだ。政治家が将来を担う子供達へ如何に教育を施すかも議論せず、カネの分配だけに狂奔するとは言語道断。

 今こそ、「誇りの持てる教育」や「志の高い日本人を創造」にはどうしたらいいのか真剣に議論して頂きたいものだ。教育は国家の大本である。

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2013年03月24日

生活保護不正受給に次いで「海外療養費支給制度」を悪用する不良外国人


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 「ふくしまにはほんとうの空があるという・・・」で有名な千恵子抄の古里で悲惨な事件が起きた。小学6年の男児が母親に殺害された。母親は「生活が苦しくて自殺しようと思った。2人暮らしなので息子だけ残して死ねないと思い殺した。自分も死のうと思ったが死にきれなかった」と供述しているという。

 返す返すも残念な事件だが、母親や父親がいなくても、また両親がいなくても立派に育ってる人はいるもので、無理心中くらいバカげた話はない。死ぬなら一人でやればいい。母親の身勝手さで殺された子供は憐れとしか言い様がない。

 生活が苦しかったなら行政側でも何処でも幾らでも対応が出来ただろう。親兄弟や児童の父親はどうしたのだろう。母子家庭なら手当は出るだろうし、生活保護もそうだし、原発事故で東電からもそれなりの補償は出ていたと思うが、「生活が苦しくて自殺しようと思った」という供述には何か違和感を覚えてしまう。 

 まぁこうした事件を機に生活保護のや福祉の在り方を考えて欲しいものだ。

 厚生労働省のデータでは、生活保護は在日ばかりではなく、ここ数年で支那人への支給が激増している。外国人の受給条件について、厚労省の社会・援護局保護課は「永住者とそれに準ずる定住者。更に、難民認定されている人や、日本人の配偶者がいる人が対象」と説明するが、これらの規定は守られていないのが現状。

 連帯感が強い彼らは、自国のコミュニティーの中で制度利用のノウハウを共有し、不正行為を実行する。こうした不良外国人らは生活保護不正受給に飽き足らず、最近は国民健康保険制度でも不正受給しているケースが多くなっている。

 国保加入者が海外滞在中に病気やケガで治療を受けた場合、治療費の一部が返還される「海外療養費支給制度」を悪用し、「中国本土などで治療を受けた」と書類を偽造すれば簡単に受給出来るのだ。

 先日、大阪府で虚偽申請を繰り返していた不良支那人グループが逮捕された。

 「中国で治療を受けたことにして日本で手続きするだけで金が返ってくる。知り合いに頼んで偽造書類を作って貰うから簡単。分け前を払えば幾らでも協力してくれた」と不正受給という認識はない。

 日本の社会保障制度は手厚くて抜け道が多く、不良支那人の格好のシノギになっており、窃盗や強盗などのリスクの高い犯罪を犯さなくても簡単に稼げることを知った連中にとって「海外療養費支給制度」は打ち出の小槌なのだ。

 こうした犯罪が急増したのは、昨年7月の「住民基本台帳法」の改正により、外国人でも3ヶ月以上の滞在で国民健康保険制度が利用出来る様になったことが原因で、不正請求が後を絶たない現状をみれば早々に見直すべきだろう。

 在日を始めとした外国人への生活保護費支給は、「日本国憲法第25条」及び「生活保護法」違反であり、健康保険の不正請求は詐欺罪だ。「人道的措置」という日本側の甘い措置が不良外国人の増殖を招いている。

 不正受給には毅然とした対応で臨み、不正受給した外国人に対しては厳罰に処し、賠償請求するのは当然で、「払えない」とか「払わない」なら本国へ送還し、その国に対し賠償請求すべきだろう。

 国民健康医療制度も生活保護も日本国民の為のものでなくてはならない。

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2013年03月23日

異国の地で草生す屍となった英霊の御霊は靖國に還り我々を加護し続けている


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 安倍首相は来月、硫黄島を訪問し、遺骨収集作業を視察する方向で検討している。あの菅直人でさえも首相時代に硫黄島を訪問し、自らも遺骨収集作業を視察しており、別段驚くことではない。

 菅は、遺骨を前に跪き両手を合わせ合掌し頭を垂れる。しかし、善く善く見れば軍手をした儘で遺骨が埋もれている場所で拝み、「遺骨を家族の待つ地に返すのは国の責務。一粒一粒の砂まで確かめ、一人でも多く帰還出来る様に全力を尽くす」と仰々しく語ったが、遺骨が還ることで英霊の御霊が鎮まる訳ではあるまい。

 国家の危機の要請に応じ、敢然と戦場に赴いて戦い散って逝った英霊に対し感謝の誠を捧げる事は何処の国でも当然のことで、靖國神社の国家護持こそ急務だ。

 中韓からの謂れ無きイチャモンに何時まで屈するつもりか。或いは「A級戦犯分祀論」といったアホ臭い議論はもう終わりにして貰いたい。首相の公式参拝は当然であり、陛下が御親拝成されて初めて英霊は安らかに眠れるのだ。

 靖國神社には246万6千余柱の神霊が祀られているが、別に遺骨が納められている訳ではない。靖國神社は神霊を只管お慰めし顕彰する神社なのだが未だ勘違いしている人も少なくない。

 「分祀論」は、所謂「戦犯」という方々を分祀すればいいではないかという御粗末且つ不謹慎なものだが、神道は、一つの神霊を分霊したとしても元の神霊は存在するというのが神霊観念であり、仏式でも、本家・分家の仏壇に祀る位牌と、遺骨の納めている墓での供養をすることでも理解出来よう。

 神道に於ける合祀祭は最も重儀な神事であり、一旦祀った個々の神霊の全神格をお遷しすることは有り得ないし、靖國神社の信仰は永劫に不変なのだ。

 もし仮に所謂戦犯の分祀法案が成立したところで、それにより靖國神社側が分祀することは絶対無い。「分祀論」こそ支離滅裂で軽薄極まる愚論なのだ。

 安倍も菅と同じ様なパフォーマンスなら硫黄島へ行く必要はない。安倍には来月21日から行われる靖國神社の例大祭にこそ赴いて、英霊に対し慰霊と感謝の誠を捧げて頂きたいものだ。

 昭和47年に高松宮宣仁殿下が硫黄島へ行かれた際の秘話がある。

 「壕の中に折り重なっていた遺骨は片付けたが、未だ遺骨が散らばっていた。壕の中に案内された宮様は、ハッと息を呑む気配を御見せになり、やがて地べたに正座し、両手を着き首を垂れ瞑想状態に入られた・・・別の壕では靴を脱がれ素足で骨片の散らばる壕内に入って行かれた・・・」

 素足で歩かれ視察したのは、唯一高松宮殿下一人だったという。「人は遺骨の上を歩かない」というのは古来の日本人が厳しく護って来た道であり、殿下がそれをお示し遊ばされたのだ。

 また、硫黄島では未だ戦死した日米双方の幽霊が出るという噂があるという。夜中に行進する兵隊や夜な夜な水を求めて徘徊する黒焦げの兵隊。体の一部が無い兵隊が窓の外から恨めしそうに部屋を覗いていたとか様々。

 だが戦後50年の節目を翌年に控えた平成6年(1994年)、天皇陛下が初めて硫黄島を訪れ「慰霊祭」が執り行われて以来、そうした幽霊は出なくなったという。

 遺骨の収集を否定するものではないが、収拾された遺骨は千鳥ヶ淵墓苑に埋葬される。千鳥ヶ淵墓苑が靖國神社に代わり「国立戦没者追悼施設」になってしまうのではというのは杞憂だろうか。

 異国の地で草生す屍となった英霊の御霊は靖國に還り我々を加護し続けている。首相の公式参拝を実現させ、陛下の御親拝が成されることを只管祈るばかり。

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2013年03月22日

プロ野球選手団は開幕前に靖國神社へ参拝すべし!


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 WBCはイマイチ盛り上がりに欠けたが、代表選手もチームに戻り、愈々シーズンが開幕する。贔屓にしてるチームはジャイアンツだが、まぁ「巨人ファン」というより「長嶋ファン」と言った方がいいだろう。

 プロ野球も開幕前に選手全員で靖國神社に参拝し、平和の尊さと、当たり前に野球がやれる有難さを実感すれば選手としての思いもまた違ってくるだろうし、プロ野球人気も高まるだろうと常々思っている。

 大東亜戦争で亡くなられたプロ野球選手は澤村榮治命や石丸進一命の名前は存じている人も多いだろうが、先の大戦で亡くなられたプロ野球選手は想像以上に多く、試合の途中で出征した方や幾度かの戦火を潜り抜けて帰還し、再び出征して終には戦場に斃れた方など、実に69名もいる。

 その中でも有名なのは東京巨人軍(読売ジャイアンツ)の澤村榮治投手だろう。澤村投手がどんなに凄い選手かは説明するまでもないが、年間最優秀投手に与えられる「沢村賞」はプロ野球選手の最高の名誉だ。澤村榮治命は野球だけに止まらず、何事にも真摯な態度で挑む人で人格者だったという。

 澤村投手の背番号「14」は永久欠番となっているが、ベーブルースを三振にしたくらいで永久欠番になる訳はなく、プロ野球選手として志し半ばにして出征し、異国の地で散華されたその崇高な精神を忘れない為のものであろう。

 名古屋軍(現・中日ドラゴンズ)の石丸進一投手と朝日軍(現・横浜ベイスターズ)の渡邉静内野手の二名は特攻作戦で亡くなられている。

 石丸投手は海軍鹿屋基地から出撃の直前、最後のキャッチボールをして飛び立っていったという。どんな思いでキャッチボールをされたのか、これこそが渾身の悩みであり、その心中を察するに余りある。

 渡邉静命も鹿屋基地から沖縄へ出撃した。渡邉選手は夢見て憧れて入団したプロ野球人生での打席はたった二度。彼らは野球への情熱を、特攻という作戦に捧げ沖縄を、そして日本を死守すべく散華されたのだ。

 自らの命を犠牲にすることで、国や家族、愛するものを守るという彼らの至高の精神を我々は決して忘れてはならない。

 我が国は悠久の歴史と民族の一体性に恵まれている。ところが皮肉なことに、国の礎となった英霊の方々は国家から顧みられることが少ない。このことがどれだけ国民精神の頽廃を招いているのか考えたことがあるだろうか。

 愛国心や大和心の欠落、その結果としての国防意識の低下、日本人としての誇りや自信の喪失、子殺しや親殺し等の悲惨な事件にしろ、日本の社会に蔓延する問題の全てはそこに起因していると言っても過言ではない。

 自分達の先祖にきちんと向き合うことが出来なくて、どうしてまともな国家を築くことが出来るのだろうか。

 プロ野球選手全員が靖國神社に参拝することで、靖國が創建された意味も、そして平和というのは我々自身で築いて行かねばならないということが国民に広く啓蒙されるのではなかろうか。

 靖國神社に眠る神霊の時代を超えた囁きに耳を澄ませば英霊の声が聞こえて来るに違いない。皆さんも桜満開の九段に参じてみては如何ですか。

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2013年03月21日

外国人には「言わなくても分かるだろう」という日本人の美徳は通じない


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 最近のニュースで怒り心頭に発したといえば、長崎県対馬の海神神社から国指定の重要文化財「銅造如来立像」と観音寺の県指定の有形文化財「観世音菩薩坐像」が盗まれた事件だ。

 海神神社の像は統一新羅時代(8世紀)、観音寺の像は高麗時代末期(14世紀)という歴史的にも貴重なものだが、何と韓国側は「元々我々のもので、倭寇が盗んだ」とか「秀吉が奪った」だとか愚にも付かない反論を繰返し、挙句は「日本は盗難防止策が不十分だ」とドロボーを正当化し返還を拒否。

 まぁ靖國神社の放火犯でも「反日」を持ち出し「政治犯」認定された様に、窃盗犯の「盗まれたものを取り返しただけ」との屁理屈を支持し、「反日無罪」ばりに国家的な英雄になる始末。

 盗品の所有者だという韓国僧侶はこの事件に関し、「仏像をなくした心情は分かる。傷ついたその方に慰労の言葉や手紙を差し上げて、我々の寺を象徴するマスコットや小さな仏像も贈り物として持っていきます」との発言は厭きれるというより流石に怒り心頭に発した。

 謝罪に来るならいざ知らず、あんなふざけたマスコットを持参し、何が慰労の言葉だ。貴様らに仏教を語る資格なし。ナメるのもいい加減にしろやゴラ~~ッ

 昨日は韓国の祈祷師ら200人が対馬を訪問するとか言っていたがどうなったのだろう。いい加減、韓国に対しての宥和的対応は止めるべきで、甘い対応が相手を更に付け上がらせる結果になっているということを自覚すべきだ。

 「言わなくても分かるだろう」という日本人の気風や美徳など世界では通用しない。特に中韓には通じるどころか付け込まれバカにされるだけで、戦後の日本の甘い対応がそれを証明してるだろう。

 外交交渉では、言うべきことをハッキリ言うのが大事で、日本人も己を正当化する強固な意思を持たなくてはならない。

  チャーチルが「第二次世界大戦回顧録」で当時の日本の外交を次の様に皮肉っているが、実に正鵠を射たものだ。

 「日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。 しかし、これでは困る。反論する相手を捩じ伏せてこそ政治家としての点数が上るのにそれが出来ない。それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。すると議会は今まで以上の要求をしろという。無理を承知で要求してみると今度は笑みを浮かべていた日本人は全く別の顔になって、『これほど此方が譲歩しているのにそんなことをいうとは貴方は話の分からない人だ。事ここに至っては刺し違えるしかない』と言って突っかかってくる」

 これは、昭和十六(一九四一)年十二月十日、マレー半島クァンタンの沖合いで、 イギリスが誇る戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルスの二隻が日本軍によって撃沈された時の日記だが、チャーチルは、これによってシンガポールを失い、インドでも大英帝国の威信を失うのではないかと心配しながら書いている。

 「日本にこれほどの力があったのならもっと早く言って欲しかった。日本人は外交を知らない」 とチャーチルは言うが、ある意味笑える話しではあるが、これが当時の日本の外交だった。だが、現在は開き直ることさえも出来ず唯々沈黙を続け、「言わなくても分かってくれるだろう」と相手の要求に屈するばかり。

 韓国の狙いは対馬の実行支配。仏像窃盗事件は単なる刑事事件というものだけではなく、領土主権の問題や日韓の歴史を知る上でも、対韓外交を見直す意味でもいい教訓を残してくれたのではなかろうか。

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2013年03月19日

安倍こそ平成の井伊直弼か。果たして末路はどうなる運命に。


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 井伊直弼は幕府の代表として、幕末の安政5年(1858年)、アメリカ・イギリス・フランス・ロシア・オランダの5ヵ国と夫夫、「日米修好通商条約・日英修好通商条約・日仏修好通商条約・日露修好通商条約・日蘭修好通商条約」条約(安政五ヶ国条約)を締結する。

 その後も、ポルトガル、プロシアとも同様の条約を結び、その後更にスイス、ベルギー、イタリア、デンマーク、明治になってからスペイン、スウェーデン・ノルウェー、オーストリア・ハンガリー等とも条約を締結。

 各国と締結したこれらの条約は、治外法権による「領事裁判権」を承認させられたり、「関税自主権」を認められなかったり、日本にとっては正に屈辱的で不平等なものだったのだ。

 攘夷派は「勅許を待たずに調印した条約は無効」としてこれを認めず、独断専行した井伊を厳しく非難。その結果、朝廷と幕府(公武)間の緊張が一気に高まり、「安政の大獄」や「桜田門外の変」などの事件が勃発した。

 明治維新以後、新政府の最重要課題の一つとして条約改正交渉が各国と断続的に行われたが、その進展は捗捗しくなく、条約の不平等な部分が解消されるのは、実に日露戦争大勝利後の明治44年(1911年)のことだった。

 不平等条約の締結は外交圧力(軍事力)に屈した結果だが、TPPも正に「平成の不平等条約」であり、米国の外交圧力に屈しながら「日本を開国する」などと宣ってみたところで空々しい。TPPは「開国」などというものではなく、米国への忠誠と更なる「属国」化に過ぎない。

 「ネガティブリスト」という言葉を御存知だろうか。この言葉の意味は、簡単に説明すれば、「やってはいけない事柄をリストアップして、これ以外なら何をやっても構わない」ということなのだが、例えば、TPPのネガティブリストに「健康保険制度」は挙がっていない。

 厚労省や推進派などは楽観視しているが、TPPに加盟すれば、日本の世界に誇れる「健康保険制度」や「医療制度」が崩壊する危険も孕んでおり、更に恐ろしいのは、締結国が市場開放をやり過ぎたとしても、それを緩和させることは出来ない「ラチェット規定」がTTPには組み込まれているという。

 TPPは「農産物問題」ばかりが騒がれているが、金融のサービスと投資の自由化がメインターゲットになるのは間違いなく、また、公共事業にも各国が参入して来るのは明らかだろう。

 その為に、日本語だけではなく英語などでの発注案件公示をしなくてはならず、建設業界にとっても死活問題になのだが、県内の建設業界を見ても、除染や原発バブルに現を抜かし、TPPなんぞ眼中にない様だ。

 要するにTPPは、「平成の開国」という様な甘っちょろいものではなく、オバマが政権の命運を懸けて行う、「輸出倍増計画」「雇用対策」という名の経済侵略であり、更なる対米従属化なのだ。

 一昨年、TPP参加を表明した野田を愚生は「平成の井伊直弼」と揶揄したが、どっこい安倍こそ平成の井伊直弼か。果たして安倍の末路はどうなる運命に。

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2013年03月17日

花の都の靖國神社、春の梢に咲いて会おう!

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 靖國神社境内に在る基準木の「迅雷桜」の蕾が5~6個咲き始めると、東京にも「開花宣言」が出されその約1週間後には満開になる。昨日気象庁が「開花宣言」を出した。平年より10日、昨年より二週間も早いという。

 来週から九段の桜が見頃となるのに合わせ上京する予定だ。毎年、桜満開の時期に合わせ靖國神社に詣でるのが彼此30年の恒例となっている。「みたままつり」の雰囲気も好きだが、靖國にはやはり桜満開の頃に参拝するのが一番好きだ。

 英霊の遺書にも「桜の季節に靖國で再会しよう」というものが多く、「同期の桜」にも「花の都の靖國神社、春の梢に咲いて会おう」とも在る。やはり靖國神社には、桜満開の時期に詣でて英霊に感謝の誠を捧げる方がいいと思っている。

 「終戦記念日」に左右入り乱れてのあの喧騒は感心しない。愛国者気取りで何故に態々8月15日に参拝しなければならないか、ホント不思議でならない。

 8月15日に参拝したのは中曽根康弘だが、それが結果的に政治問題化され、歴代続いた靖國神社への公式参拝が中止され、その後の内閣の前例になった。これを国賊・中曽根の策謀と言わずして何という。

 昭和60年の終戦記念日、中曽根は靖國神社を「公式参拝」する。しかしこの参拝は「公式参拝」とは名ばかりの、無礼千万な参拝だったことが露呈する。

 参拝に際し中曽根は、「手水」もせず、「御祓い」も受けず、「玉串奉奠」もせず、「ニ礼ニ拍手一礼」もしない、唯軽く黙祷しただけの正に神道否定、神社冒涜の異様な参拝だったのだ。

 当時の松平宮司は、この中曽根の参拝を「非礼の極み」と断じ、中曽根を「人の家に泥靴で踏み込む様な人」と回想している。

 「遺族を参道に並ばせ、非常に芝居がかった演出、驚いたのはその横に4人のボディガードを連れて行動したんですね。うちの神様方というのは皆手足四散して戦場で亡くなられた方が大部分です。そこへ参拝するのに自分のみ安全を謀るSPを伴うというのは無礼、非礼の極みという他ありません」 

 大勲位を気取る中曽根は、所謂「A級戦犯分祀論」をまたぞろ持ち出して世論を攪乱しているが、こうした似非保守、偽国士に騙されてはならない。

 終戦の日というのは、遺族の方々や関係者の方が静謐な環境の中で心静かに詣でるべきだと思っているし、あの様な喧騒が続く限り、陛下の御親拝が成されることはなく、英霊の御霊が鎮まることはない。 

 桜は古代から日本人に最も愛され親しんだ花で多くの詩が詠まれている。

 「世の中に たえて桜のなかりせば 春の心も のどけからまし(在原業平)」と桜を皮肉った詩もあれば、「敷島の 大和心を人問わば 朝日に匂う 山桜花(本居宣長)」と、日本精神を詠んだものもある。

 「風誘う 春よりもなお我はまた 春の名残りを いかんとはせん(浅野内匠頭)」 「散る桜 残る桜も 散る桜(大愚良寛)」など、他にも数多くの詩や俳句が存在するが、桜が武人、軍人精神に愛されたのも、日本人の死生観や死に際の潔さを現す象徴だからだろう。

 九段の桜、同期の桜、愛国の桜。陸軍の徽章は桜、海軍は桜に錨。靖國神社の紋は菊に一重桜。「桜」は日本人の心の文化と美意識の真髄なのだ。

 来週後半には九段の桜を愛でに参じたいと思っている。その後は九段下の「寿司政」か小島の「秀鮨」で一杯なんて考えてるがどうなるものやら。

 皆さんも、靖國の桜を愛でに出掛けてみませんか。

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2013年03月16日

「TPP参加でGDP3.2兆円拡大」するってよ(嗤)


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 安倍総理がTPPへの交渉参加を正式に表明した。これでも「TPP参加が確定した訳ではない」と安倍信者は必至だが、こうなると拒否することは困難で、「GDPが3.2兆円押し上げる効果がある」と頻りに経済効果をアピールしてた様に最早参加することは既定路線だろう。

 「国益を重んじ交渉に臨む」とは頼もしいが、TPP参加によって食料自給率が大幅に下がることを見ても、これが国益を重んじてるとは思えない。

 安倍は施政方針演説で「一身独立して一国独立す」と福澤諭吉の言葉を引用し、自立する覚悟を訴えたが、「一国独立」というより、TPP参加は「日米関係強化」とは名ばかりの米国への更なる従属でしかない。

 TPPは、オバマが政権の命運を懸けて断行する経済侵略であり、日本の属国化に他ならない。日本が参加すれば米国は自国の企業に有利なルールを押付けて来るのは火を見るより明らかで、参加国も米国と足並みを揃え、じわりじわりと日本市場が破壊されて行くことになるだろう。

 米国主導のTPPは現代の「ハル・ノート」「黒船襲来」と言えるもので、親米保守派は頻りにTPPのメリットを主張するが、GDP3.2兆円拡大という試算も10年後であり、その割合も僅か0.66%に過ぎない(嗤)

 親米保守派というのは新自由主義者であり、頭の中は経済至上主義であり、その実は米国の国益を優先し、日本の国益を毀損し続けている。TPP参加も鯔のつまり醜い営利至上主義以外の何ものでもない。

 TPPに参加することで経済構造は大きく変わり、それに拠って確かに景気は上向くだろう。だが、景気さえ良くなればいいというものでもなく、日本の美味しい米の味を知った支那人や俄成り金が買占め、日本人自身がバカ高い米を買わされる羽目になるのではなかろうか。

 JA関係者らが死活問題だとしてTPP参加に反対しているが、営利に狂奔していたJAが何を今更という感じだ。それよりも如何に日本の農産物が安全で美味しく、且つ、地産地消こそが地域を活性化させるものだとの認識を共有し、そうしたことを啓蒙することこそが大事だったのだ。

 TPP参加によって、益々日本の農業は衰退の一途を辿るであろうことは火を見るより明らか。国策としての農業振興と、食の安全保障や食料自給率の向上は急務だが、政府や国会議員の頭の中は景気対策ばかりが先行し、真剣に「農」を考える言葉は発せられない。

 「農業」とは本来「愛郷心」「祖国愛」に繋がるものであり、愛情がそこには無くてはならないのだ。世界各国も「農業」の保護政策が行われているが、これは「農は国の本」ということを自覚しているからであり、日本にその自覚もなく、口先ばかりで「国益を守る」と宣ったところで空空しい。

 我が国は戦後GHQによってあらゆる日本弱体化政策が実行された。「農本主義」的国家観は排除され、「一国独立」どころか米国の戦略に嵌ったまま現在に至っているというのが実情であり、その挙句に米国主導のTPPに参加するというのは狂気の沙汰と断じる他はない。

 「国防」という国家の大本を米国に依存し軍事的安全保障でも自立出来ず、「食料安保」でも自立出来ず、これで果たして真の独立国家といえるのだろうか。何が「主権回復の日」か。「国創り」と「農業」の関係を経済論だけで語ることは、国家や郷土愛を放棄したと誹られても仕方なかろう。

 我々は「平成の農本主義」を構築する為にも、安易な輸入物の購入を拒否し、国産物を購入し、自給率向上を真剣に考えるべきだと思うが、まぁスーパーで中国野菜や危なっかしい輸入品を買い漁り、ユニクロの服を着て、デニーズなんかで食事をし、マクドナルドを頬張りながら、今更「TPPハンタ~イ!」「輸入品はダメ~」なんて反論したところで意味はないわな。呵呵。

 皆さん、外国の安くて危険な農産物より、福島県産は安全で美味しいですよ。

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2013年03月15日

自主避難者への優遇措置を早急に止めるべし!


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 国会では相変わらず被災者への優遇措置が論じられ、自主避難者への高速道路の無料化が検討されているという。自称被災者への優遇措置などやる必要なし。

 自主避難者は言い方は悪いが、「放射線が心配」だと身勝手な理由で早々と福島県を見捨てた連中で、生活費や家賃なども「災害救助法」により、国や各自治体が負担している。「故郷に帰るのに高速道路の料金を無料にするべき」というが、何でそこまでやってやる必要があるというのか。

 やるなら、県内に留まって復旧・復興に努力している県民に一律に行きわたる様に「揮発油税」を廃止するなり、「灯油」を安価にするなど、復旧・復興に繋がる施策をした方がよっぽど公平で効果的だと思う。

 知人のダンプ屋も、ここのところの燃料費の値上げで収入は落ち込むばかりで、自主避難者の高速道路の無料化よりは、こうして現場で瓦礫処理や復旧・復興に携わっている県民こそ助けるべきではないだろうか。

 被災者は避難先での生活の不満を口にするが、福島県の被災者は宮城や岩手県の被災者に比べて恵まれている方で、原発事故の被害は原発周辺者に限らず県民なら誰もが同じことだろう。被災者だけが特別ではない。

 そんな中、維新の会の西田譲議員は予算委員会で、政府に対し放射線のデータや無害との根拠を示し、低放射線地域の「避難解除」と「帰還命令」を出すべきだとし、更には科学的にも根拠のない無駄な除染作業も止めるべきとの質問をした。

 傍にいた辻元清美らは失笑し、ユーチューブでも映像が流され、西田議員への批判が浴びせられているが、これは西田議員の意見の方が正論だ。どうも原発事故が最悪な状況でなくてはならない誰かが意図的に煽っている様にしか思えない。

 反原発派にしてみれば、原発事故での影響が無いなどとは口が裂けても言えないだろう。福島県のアドバイザーの高田純教授や稲恭宏教授といった科学的論証も、「御用学者」とのレッテル貼りに終始し、聞く耳は持たない。

 そんな連中は往往にして、「福島県人とは結婚し​ない方がいい」「福島での発がん率が上がり、奇形児が発生する」などと発言した日本生態系協会の池谷奉文を始めとした自称有識者のトンデモ学説を恰も教祖の様に崇拝する。

 妄言を垂れ流し、福島県民を侮辱、差別しておきながら、恬として恥じることのない池谷らの人間性を疑わざるを得ないが、そうした己の安っぽい知識と研究から行き着いた妄想に過ぎない研究や愚論を信じる大衆も如何なものだろう。

 福島県を慮ってあれやこれやと尤もらしいキレイゴトを垂れ流してくれているのは有難いが、偽善や幼稚な正義感と無知が更なる差別と風評被害を齎し続けていることも気付いて欲しいものだ。まぁ八重の桜風に言えば、「オメさんら、うっつぁしがら黙ってでくんちぇ!」ってとこだろうか(笑)

 放射線への誤解は復旧作業や復興にも影響を与えかねない問題であり、西田議員の質問はそうした誤解を解くいい機会ではなかったのか。

 今回の福島原発事故では、「原子力安全・保安院」は「放出されたセシウムの量が広島原爆の168倍」とする試算を公表し、それをマスコミは大きく報じた。

 だが、高田教授に拠れば、「全く意味のない数字だ」とし、そして、「広島でセシウムによって死んだ人はいない。広島の死者は熱線、爆風、そして半減期の短い強力な放射能によるもの。セシウムの放射線はそれほど強いものではなく、今の日本で起きているのは集団ヒステリー状態だといえる」と喝破したが、「集団ヒステリー」とは正鵠を射た意見だろう。

 因みに教授は、チェルノブイリ原発事故の現地調査の際、自分自身でセシウムに汚染したきのこを食べ人体実験を行っている。その結果、セシウム137(半減期30年)は人体に入った場合、体外に半分が排出される生物半減期は100日であることを実証している。

 御用学者と罵るのは簡単だが、ならば「セシウムは危険」と煽る学者や或いは反原発派の誰かが、人体実験を買って出て危険性を証明すればいいではないか。それこそ英雄になれますぞ(笑)

 教授は大震災後の4月以降、福島県内で住民の甲状腺検査をボランティアで実施。その結果、チェルノブイリの事例(最大50シーベルト)と比べて福島原発事故は千分の1以下であり、その線量から計算すると「福島県民が甲状腺がんになるリスクは年間で1千万人あたり1人以下。といっても福島県の人口は約200万人。つまり、誰も甲状腺癌にはなりません」と結論付けた。

 いい加減、放射線への異常な反応は止めて頂きたいものだ。放射線への誤った認識から始められた除染にしても、中間処理場も出来ていない中での作業はゴミを殖やすだけであり、1兆円という根拠のない除染費用はインフラ整備などに充てた方が福島の為になるというものだろう。

 まぁ福島県から逸早くトンズラした連中は戻り復旧・復興に努力すべきだ思うが、それが出来ないというならなら、せめて福島を慮ったかの様な反原発運動に与する言行は止めて頂きたいものだ。

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2013年03月14日

その地に生まれた者としての誇りと気概はあるか


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 4月28日の政府主催の「主権回復の日」式典に対し、安倍首相は「先ずは、独立を回復しなければ独立国としてアメリカと交渉することもかなわなかった。4月28日は、そうした意味において、沖縄、奄美、小笠原の返還に向けた第一歩を記したということではないか」と述べ、その上で、「沖縄の方々の苦しい思いや、その後の歴史に対して思いを寄せなければならない。一日も早く基地負担の軽減を進め、普天間基地の移設と同時に、嘉手納基地以南の返還を進め、スケジュールも明らかにしたい」と、沖縄が日本の施政権の外に置かれた日に当たることに配慮したいという考えも示した。

 これに対し仲井眞沖縄県知事は、「なんで急に突然やるのかが分からない。沖縄だけ置いて46都道府県がアメリカの占領状態から解放され、独立の喜びに堪えないというのを沖縄として素直に言えるのか。何を考えておやりになるのか、チョッと理解に苦しむ」と、いつもの様に腐した。

 「沖縄学の父」と称される、伊波普猷(いはふゆう)の著書「古琉球」には、沖縄人の最大の欠点として、「沖縄人は兎角恩を忘れ易い人民だという評を耳にすることがあるが、これは弁解し切れない大事実だと思う」と記されている。仲井眞を見てると、伊波普猷のいう古い沖縄人の代表としか思えない。

 「琉球は久しく日支両帝国の間に介在していたので、自然二股膏薬主義を取らなければならない様になった」とし、「沖縄人にとっては沖縄で何人が君臨しても、支那で何人が君臨しても構わなかったのである。明、清の変わり目に当たって支那に使した使節の如き、清帝と明帝とに捧げる二通りの上表文を持参して行った」と記している様に、沖縄人の優柔不断さは今に始まったことではない。

 「沖縄が帰らずして日本の戦後はない」と佐藤栄作首相が訴えた。当時未だ小学生だった愚生にとって「日本の戦後」という言葉が衝撃的だった。昭和47年5月15日、亡き父らと「沖縄本土復帰」の映像を見ながら喜んだのを思い出す。

  昨年の5月15日、国民が「沖縄本土復帰40年」を祝い、「鎮魂と平和への決意」を新たにしたが、そうしたことも仲井眞知事はもうお忘れの様だ。

 昭和27年4月28日の主権回復同日、「日米平和条約」が締結される。日本は国家の大本である国防を放棄し、米国の軍事力に国民の安全と平和を依存し、経済復興という道を選んだのだ。

 これをしても「主権回復」とは名ばかりの、まやかしの「独立」だったのだ。「国防」を米国に依存したまま「主権快復」などとは実に烏滸がましいことだ。

 日米安保条約の存在が戦後の高度成長を助けたのは認めるが、それにいつまでも甘んじていてはならない。米国への依存体質が続けば続くほど日本の国柄と矜持が失われて行くのを、日本人の一人として拱手傍観している訳には参らないのだ。

 そういう意味で「主権回復の日」制定は、主権回復後も続いた沖縄占領や米軍基地の存在と沖縄の苦しみ、現憲法の問題や矛盾点を提起し、「主権」の真の意味を考える上でも大いに結構なことではないか。

 仲井眞知事を筆頭に、「日本は沖縄を見捨てた」「日本は沖縄を捨石にした」「日本軍は沖縄の敵であった」などとの妄言を未だに信じる沖縄県民がいる。果たしてそうだろうか。

 先の大東亜戦争での「沖縄戦」では、鹿児島県鹿屋基地(海軍航空)からの特攻で1981名、知覧基地(陸軍航空)からの特攻で1036名、実に3017名の尊い命が失われた。

 特攻は航空部隊だけではなく、特殊潜航艇、回天魚雷、空挺特攻、対戦車特攻、震洋特攻艇、陸軍海上特攻、或いは戦艦「大和」が沖縄戦に出撃し散華された。

 「大和」には歯磨き粉、ブラシ50万人分、月経帯15万人分などの民生品を大量に積み込んでいたことを鑑みても、日本軍は沖縄と沖縄の人々を必死で護ろうとした何よりの証しではないだろうか。

 沖縄と沖縄県民を護る為に、そして日本を救う為に尊い命を捧げてくれた特攻の英霊に対し、我々は一体どんな顔向けが出来るというのか。

 沖縄も日本であり、その存在は日本にとって重要な意味を持つ。原発事故の被害を被っている福島県民として被害者意識は分からないでもないが、それよりもその地に生まれた者としての誇りや気概を大事にして頂きたいものだ。

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2013年03月13日

「東京裁判は連合国側の勝者の判断によっての断罪」という正論


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 安倍首相は昨日の衆院予算委員会で、極東国際軍事裁判(東京裁判)について「大戦の総括は日本人自身の手でなく、いわば連合国側の勝者の判断によって断罪がなされた」と述べた。

 安倍首相が東京裁判に懐疑的な見方を示したことに、マスコミは「中韓や米国から批判が出る可能性もある」「日米関係に悪影響が出る」などと作為的に報道するが、「批判が出る」「悪影響が出る」というより、中韓や米国から「批判が出て欲しい」というのが本音だろう。

 何故に中韓なのか。韓国は当時日本人として連合国と戦った国であり、中共は戦後4年も経って創られた国だ。我が国が戦ったのは中華民国であり、その事実として主権回復を果たした昭和27年4月28日に「日華国交条約」を締結し、戦後賠償は終わっている。

 戦争というのは国際法上認められている行為で「悪」ではない。日本は負けてしまったから「悪」なのであり、先の大戦は、一旦始めた戦争は決して敗れることがあってはならないという極めて重要な教訓を残したと言っていいだろう。

 「東京裁判史観」が未だに蔓延り、戦後民主主義にどっぷり浸かり、日本人自身が自国を貶め続けてる現状は日本人の精神的貧困を示す最たるものだろう。

 抑々「極東国際軍事(東京)裁判」自体、「人道に対する罪」という事後法で成り立っているが、その事後法に基づいて罰するということは、国際法上も東京裁判は無効と断じられて然るべきだ。

 米英は「戦争とは政治の継続である」と教え、ドイツでは「戦争とは別の調停手段を伴う政治的な取り引きの継続である」と教える。戦争とは政治の延長の末に生まれる悲しい現実なのだ。

 抑抑、何故に我が国が大東亜戦争の開戦を決意し、真珠湾攻撃に至ったかが問題であって、今に生きる我々の幼稚な倫理観や道徳観で一部分の歴史を見て断じることに何の意味が在るというのか。

 日本の歴史やアジアの近代史を知るには、1953年のペリーの黒船来航時代にまで遡らなければ理解出来ないし、日清・日露戦争に至ったのも歴史の必然であり、大東亜戦争も「支那事変」に端を発した日本の侵略戦争ではない。

 東京裁判史観に侵された連中は、未だに洗脳から醒めないばかりか、日清・日露戦争まで侵略戦争だと断罪する。自虐史観から目覚めることもなく、自国を罵り、卑下することに喜びを感じている様だが、そんなに謝りたいのなら腹でも掻っ捌いて謝罪すればいいではないか。

 百歩も千歩も譲って、我が国が間違いを犯したのが事実だとしても、「戦犯」の汚名を着せられ、極東軍事裁判に於いて弁護する機会も与えられず、一審即結審という復讐という名の茶番劇で、或いは外国の地で不当に処刑されたこの方々の命は決して軽いものではない。

 敢えて反論もせず、日本の罪を尊い命で償ってくれたのだ。現在の繁栄や平和は、こうした方々悲劇の上に存在しているということを決して忘れてはならない。

 東京裁判では、「国際法の原理に基づき、この法廷で日本を裁く権利は無い」とし、「各被告は全ての起訴状中の各起訴事実部につき無罪とされなければならない」と述べたパル判事の意見は忙殺され、「侵略国」と断罪され、その責任者として7人に絞首刑の判決を下され、処刑された。

 パル判事の主張が正しいものだったことは判決から2年半後の米国軍事委員会で証明されることとなる。

 マッカーサーが「彼ら(日本)が戦争に入った目的は、主として自衛の為に余儀なくされたものだ」と証言した。極東軍事裁判の最高責任者である連合国最高司令官マッカーサーが公的な場で認めたのだ。これをしても、先の大戦は自存自衛とアジア解放の聖戦であり、東京裁判によって断罪される謂れはないということだ。

 歴史の検証をする際、我が国の罪を論うことは大事だが、国際法違反の広島・長崎への原爆投下、日本の各都市への無差別絨毯爆撃の罪を糾弾することを忘れてはならないし、中立条約を一方的に破棄して参戦し、鬼畜の如く振舞ったソ連の蛮行も決して忘れてはならない。竹島を不法占拠される経緯然り。 

 大切なのは古今東西、世界に蔓延る覇権主義の克服を主張すべきであって、他国の覇権主義に目を瞑り、一方的に自虐の淵に止め処なく漬かり込むことではない。

 パル判事は東京裁判の無罪判決の最後をこう結んでいる。

 「時が、熱狂と偏見を和らげた暁には、また理性が、虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁には、そのときこそ正義の女神はその秤を平衡に保ちながら、過去の賞罰の多くに、そのところを変えることを要求するであろう」

 今こそ、堂々と東京裁判の不当性を検証すべき。

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2013年03月12日

熱狂する大衆のみが操縦可能である


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 昨日の県内は追悼式やら「復興コンサート」やら、「キャンドルナイト」やら、もうお祭り騒ぎ。もう少し心静かに祈ることは出来ないものだろうか。まぁ「熱狂する大衆のみが操縦可能である」とはヒトラーの言葉だが、最近はそんな日本人が多くなった気がするなぁ。

 そんな中で、福島原発事故の被災者だという約1700名が国や東電を相手取って提訴した。何故昨日の提訴なんだろう。この連中は自分のことしか頭にないのだろうか。見れば、皆さん、いい大人じゃないの。

 福島原発事故が「人災」だったというのは事故調査委員会で既に明らか​になっている。人災でありながら当時の最高責任者だった菅直人は何ら責任は取ってはいばかりか、性懲りもなく衆院に出馬し「反原発」を訴える始末。

 ベントの遅れと、SPEEDIが活用されなかった為に県民に要らぬ放射​線被害を齎した訳だが、ベントの遅れは菅の現場視察が原因であり、SPEE​DIの公表の遅れは、「原発周辺20キロ圏内」という根拠のない​避難指示を隠蔽する為のものだったということは明らかになっている。

 原発の北側に在る浪江町や飯館村、葛尾村の放射線量が多いのを知っていな​がら、既に発表してしまった「20キロ圏内避難指示」を撤回する​ことを躊躇し、SPEEDIの情報を隠蔽したというのが正直なところ。

 事故前に外国人からの不法献金を糺され、四面楚歌だった菅は、事​故を利用しようと「現場視察」というパフォーマンスを強行し、起死回生の一発勝負に出た。この菅の現場視察が原発事故の対応に要らぬ混乱を招き、被害が拡大した。

 東日本大震災当日から炉心溶融という「最悪のシナリオ」を予測していながら、菅が強く望んだ現地視察で、即座に取るべき一連の措置に遅れが生じた。

 「首相を被曝させない」(政府当局者)ことを理由に、1号機の炉圧を低下させる為の「ベント」と呼ばれる応急措置が遅れたというのが真相だったのだ。

 1号機の炉心損壊、その後の炉心溶融阻止に向け、即座に取るべき応急措置を優先し、「二の矢、三の矢」を視野に入れて事態収拾を図るべきだったし、地震当初から炉心溶融が予測されていたのなら、もっと迅速に、より多くの周辺住民を避難させるべきだったろう。

 今や国内では胡散臭げな連中が過剰な放射線の恐怖を煽り続けているが、その「脱原発​」というキレイゴトが東北の復興どころか復旧をも妨げてしまっている。

 「生業を返せ!」「地球(地域)を返せ!」と仰々しいが、訴えるなら東電や国ではなく、当時の最高責任者だった菅直人こそ告訴、告発すべきだろう。

 関東へ電力を供給していた福島県が、原発事故以来、瓦礫の受け入れを拒否され、差別や風評被害といった仕打ちを受けるとはよもや思わなかったが、これは国や東電の責任も然ることながら、誘致した自治体や住民にも責任は少なからず在る訳で、今になって他人を責めてどうなるというものでもなかろう。

 津波で多くの命が失われて行ったその日に集団提訴し、その結果、僅かばかりの慰藉料を貰ったところで解決する問題でもなかろうに、いつまでも被害者ぶってる姿を目の当たりにし福島県民として恥入るばかり。

 日本の将来を考えた時、原発を推進する人もいれば、広島・長崎の影響か目の敵の様にアレルギーを抱いている人もいるだろう。だが、原発事故以来ロクロク休養も取らず福島第一原発構内で懸命に命がけで事故を収束させようと努力している人がいることを我々は決して忘れてはならない。

 原子炉を供給出来るメーカーは世界でも限られている。中でも東芝、日立、三菱重工の3社が断トツのシェアを誇る。冷却水循環パイプは室蘭製鉄所が完全独占。今回の災害に対しても東芝、日立、三菱重工社員らが懸命の努力をしていることは余り知られてはいない。

 世界が福島原発事故の行方を注視する中で、必ずや人知が未曾有の国難を救い、その努力が報われる日が来ることを信じて止まない。

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2013年03月11日

3.11、心静かに犠牲になられた方々に哀悼の意を表そう!


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 二年前の今日、午後2時45分、国会中継を見ていると「緊急地震速報」のテロップが流れ、数秒後、「ゴー」という地響きと共に部屋が大きく揺れた。直ぐに止むと思っていたその揺れは収まるどころか更に強まり、部屋中の物が散乱した。経験したことのない長く大きな揺れだった。

 数十秒の間隔を置いて約5分間激震が続いた。近所の人達も集まって不安げに推移を見守っていたが、16歳の老犬を抱いて家を出ようと思ったが借家は「ペット禁止」、出ることも儘ならず、揺れが収まるのをじっと待った。

 未だ強い余震の続く中、部屋を見渡すと「足の踏み場もない」とはこのこと、部屋は散乱し、天井は歪み、サッシ戸や窓という窓は殆どが開き放し、風呂場の壁は剥がれ落ちた。そんな中でもケガもなく無事だったのは幸いだった。

 愚妻に連絡を取るも携帯は繋がらない。ミクシィやツイッターをやらせとけばと悔やんだが今更仕方ない。散乱した物を片付けながら帰りを待っていると数時間後、倅夫婦と孫を連れて帰って来た時は皆の無事な様子に安堵したものだ。

 倅夫婦の住まいも古い家屋なので倒壊するのではと、着のみ着の儘で出て来た為に、生まれたばかりの孫のミルクも哺乳瓶もオムツも持ち出す余裕も無く、それでは近所のツルハドラッグに行った。

 散乱している中で必要な物を探しレジに持っていくと、店員が「こういう状況なので御代は落ち着いてからで結構です。困ってる時は御互い様です。また来店して下さい。御代はその時にでも」との言葉に甚く感動したのを思い出す。

 震災後、「絆」という言葉が合言葉になり、陛下も「国民一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者と共に夫々の地域の復興の道のりを見守り続けて行くことを心より願っています」と思し召し遊ばされた。

 だが、被災者は「絆」をいいことに、甘え過ぎてはいないだろうか。被災者は仮設住宅での生活の不満を口にするが、福島県の被災者は東電からの補償も有り、宮城や岩手県の被災者に比べて恵まれている方だと思う。

 原発事故の被害は原発周辺者に限らず県民なら誰もが同じことで、偶偶、原発周辺に住んでたからこそ補償の対象になっているだけで、「我々は被害者で優遇されるのが当然だ」と言わんばかりに権利ばかりを主張するのは如何なものか。

 福島県の人口が震災後11万2000人減少したという。津波被害で転居を余儀なくされた人はこの内5万9000人。減少した数には死者1万6000人が含まれている。15万4000人が未だ避難を余儀なくされているというが、その中には自主避難している人も含まれている。

 原発周辺住民の非難は分かるが、放射線が少ない地域に住んでいるのに県外に転居するのは、県内に留まってるより県外に逃亡した方が保障されるのを知ってるからだろうと、どうしても穿った見方になってしまう。

 3.11に向けて各地で反原発派による「脱原発集会」が行われている。福島県から非難した人も参加している様で、その中の一人は「私たちは忘れ去られるんじゃないかと不安で一杯」だと訴えていたという。

 その人は福島市から避難したというが、福島市は避難区域ではなく、こうした自主避難した人へも「災害救助法」により家賃や生活費が保障される。だが福島市、或いは県内に留まって、復旧・復興に努力している人への保障はゼロなのだ。これはどう見ても不条理だろう。

 我が国は「法治国家」だというが、法律を知ってる人ばかりが優遇され、知らない人は放置され続ける「放置国家」と断じても好かろう。

 「脱原発集会」には双葉町の井戸川前町長も参加し、厚顔にも「今も狭い仮設住宅で多くの町民が苦しんでいる」と宣ったというが事実は違うだろう。いい加減、被害者や弱者ぶるのは県民として実に恥ずかしいので止めて欲しいものだ。

 今、我々が成すべきことは、陛下の大御心を拠所に、一人一人がやれるべきことを少しずつ実行に移すことであり、それが復旧と復興へ繋がるものと信じている。

 反原発運動が盛り上がるのも結構だが、今日は心静かに、津波の犠牲となり亡くなられた多くの方々に哀悼の意を表すことこそ大事であろう。合掌。

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2013年03月10日

「3月10日」という日は日本人にとって忘れてはならない日です


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 明治37年2月10日、日本は当時世界最大の軍事大国ロシアに対し、敢然と宣戦布告する。開戦前、世界の軍事専門家の中で日本の勝利を予想した者が一人もいなかったことを見ても厳しい戦いは予想された。1年半に及ぶ大戦は奇跡ともいえる勝利を収め、日本という国がアジアのそして世界の希望の星となった。

 国民が決死の覚悟をもって開戦に踏み切った日露戦争の勝利は、結果として欧米列強に我国の地位を認めさせることとなり、幕末以来の懸案事項であった不平等条約の改正に繋がって行くこととなる。

 即ち、明治維新の真の目的であった「治外法権」と「関税自主権」という二つの不平等条約の改正が、この日露戦争の勝利によって実現された。二つの不平等条約の内の「治外法権」は、既に日清戦争後の明治32年に克服したが、「関税自主権」の回復を実現することで明治維新は成就し、我国は真に独立を回復することが出来たのである。

 日露戦争の勝利は、世界の植民地政策で搾取や弾圧を受けている民族の独立心を駆り立て、後の大東亜戦争後の植民地の解放に繋がって行く。

 日露戦争の世界史に於ける歴史的意義は、有色人種の日本人が白人に勝利することによって、当時、欧米列強に植民地にされていた世界中の被抑圧民族を感動させ、独立への夢を駆り立てた大きな意義を持つものだったのだ。

 明治38年(1905年)3月1日から、日露戦争最後の陸上戦「奉天会戦」が大山巌陸軍大将指揮の下行われ、同月10日、勝利を収めた。この成果を称え、翌年政府は3月10日を「陸軍記念日」として制定し、以後、国民挙ってお祝いすることとなった。因みに「日本海海戦」で、バルッチック艦隊を撃破し、勝利した5月27日は「海軍記念日」。

 昭和20年3月10日、国民が「陸軍記念日」で起死回生の戦いを祈念して御祝いしている日を狙って米国は攻撃を開始する。この爆撃によって多くの無辜の人々の尊い命が失われた。

 米軍による東京大空襲は昭和20年3月10日が最初で、日本の多くの家屋が木造だという理由から火炎の強い焼夷弾を投下した。米軍これに飽き足らず、4月14日、5月25日にも空襲を断行している。

 5月25日の戦災では、皇居にも及び、明治宮殿が全焼し、陛下の執務室や御所、正殿などの儀式殿を失うこととなった。断じて許されざる蛮行だ。

 昭和天皇は御文庫を仮の御所とされ、昭和36年吹上御所に御移りになられる迄の17年間を御文庫で御過ごしになられた。

 戦争で疲弊した国民生活の向上が最優先であるとの思し召しから、戦後も長きに亘って新宮殿の再建を御許しにならなかったという。

 3月10日の大空襲以降も陛下は、「国民と共に苦楽を分け合う」と仰せになられ、皇居から御移りになられることはなかったという。先帝陛下の大御心の程を拝する逸話であろう。

 東京大空襲は、広島、長崎への原爆投下と同様、一般人を犠牲にした蛮行は断じて許されるものではない。

 マッカーサーの右腕の一人、ボナ・エラーズが、日本への空襲を「史上最も冷酷野蛮な殺戮」と証言しているが、大空襲や原爆投下、ドイツのドレスデン爆撃は「国際法違反」の代表的例と言えよう。

 東京裁判で連合軍は、「東京への爆撃は重慶、南京の日本軍のよる爆撃への報復」と詭弁を弄したが、日本人の中にも未だ、こうした米国のプロバカンダを信じ、「日本が戦争さえしなければ空爆されなかった」といった自虐史観が散見されるが、いい加減目覚めて欲しいものだ。

 日本人に対し未来永劫、贖罪意識を植え付けるのが目的であらゆる施策が謀られたのだが、こうした米国の意図は予想以上に成果を上げ、今や日本は「同盟国」とは名ばかりの「米国のポチ」として忠誠・従属を誓っている。

 「陸軍記念日」であり東京大空襲が始まった日の今日、我々は「国防」の意味を理解し、米国依存体制の脱却を図り、真の意味での主権回復を急がねばならない。

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2013年03月09日

WBCも盛り上がったが中山成彬の質疑も盛り上がった


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 昨日のワールドベースボールクラッシック(WBC)、日本対台湾の試合は最終回に侍ジャパンが追い付き、延長戦で逆転勝ち。大いに盛り上がった様ですが、始まって間もなく眠くなっていつもの時間に寝てしまいました(笑)

 盛り上がったと言えば昨日の衆院予算委員会での中山成彬の質疑だろう。本来WBCなんかよりもああしたものが大きく報道されるべきだと思うが、案の定耳の痛いマスコミはオールスルー。

 所謂「従軍慰安婦」問題の事の発端は、インチキ作家・吉田清治が昭和58年に著した「私の戦争犯罪」という小説に起因する。

 吉田はこの本で、「済州島で9名の兵隊と共に約200名の朝鮮人女性を強制連行して慰安婦にした」と記述し、済州島での様子を悪意的に描写した。

 この本が問題となり、韓国の記者や大学教授らが調査をするも、直ぐに創作(フィクション)だったことが判明したのだが、この本だけが独り歩きし始める。

 平成元(1988)年、この本が韓国語に翻訳されると韓国の人々は激昂。そして4年突如として、朝日新聞がこのトンデモ本を取り上げ、「日本軍や警察が慰安婦狩りをやった」と書き立てて韓国人を煽り、福島瑞穂ら名うての売国奴らがこれを支持し支援した。

 昨日午前中に質疑に立った辻元清美もそのひとり。

 朝日新聞が捏造したその慰安婦問題を、自民党の宮沢内閣下で、加藤紘一官房長官が事実を認め、次の官房長官に就いた河野洋平が「談話」を発表したが、中山氏が「自民党にも責任が在る」というのはこのことだ。

 証拠資料を精査せず、裏付け調査も無しに謝罪した宮沢内閣の罪​は重い。元慰安婦の証言も後の調査で信憑性が無いことは判明し​ているし、韓国の大学教授や韓国の記者の調査でも慰安婦強制連行は証明出来ていな​いことを認めている。

 内外世論に押されて実施した政府調査でも、「強制​連行させない為の政府の関与」というのは認めたが、「強制連行を立証する​資料なし」と結論付けている。

 当初、余り問題にしたくなかった韓国政府も、激昂し​た世論を放っておけず、「強制連行」の認定を日本政府に強く迫る​様になる。当時の官房副長官、石原信雄氏は次の様に証言して​いる。

 「一切強制連行した証拠は見つからなかった。『強制連行が無か​ったとすると、韓国が言論を押さえられない。賠償は請求権協定に​より、一切要求しないから有ったことにして欲しい』と依頼され​、政治的に認めたものである」

 訪韓した宮沢首相は反日の嵐の中で謝罪と反省を八回も繰り返し​た。

 謝れば事は収まるとの甘い読み、兎に角その場は収めたいと​いう事勿れ主義が我が国の国益を大きく損なうこととなり、そのツケがとんでもないカタチで圧し掛かっている。

 自民党政権下で韓国人慰安婦を付け上がらせる原因を作り、「村山談話」で火に油を注ぎ、その後も自民党が政権に返り咲いてもこれらを否定も撤回せず黙認し、更に民主党売国政権誕生で、鳩山由紀夫が総理として慰安婦らへ「国家補償」を約束し、前原誠司幹事長が「戦後賠償支援」を言及するに至った。

 慰安婦問題は、日本側が国家として「謝罪」も「約束」もしている訳だから、韓国側だけを単なる強請り、タカリとばかり言ってもいられない現実が厳然と存在しているのだ。

 中山氏は「尖閣問題」にしろ、「創氏改名」を始めとした日韓併合での事実や歴史を実に分かり易く説明していた。

 ニュースでも新聞でも辻元の「河野談話見直しへの懸念」といった記事は載ってるが、中山成彬の質疑は殆ど取り上げられることはなかった。

 WBCに浮かれるのもいいが、こうした重要な問題をマスコミがスルーし続けるなら、心ある国民がネットや口コミで大いに啓蒙して行かねばならないと思う。

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2013年03月08日

我が国の本当の「終戦記念日」は8月15日ではなく4月28日


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 安倍首相は、昨日の予算委員会の質疑で、4月28日を「主権回復の日」として政府式典を行う方針を示した。我が国の真の終戦記念日は4月28日であり、国民がその日の意義を認識する上でも結構なことだ。

 昭和27年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効し、我が国は独立国家としての主権を回復した。同日、「日米平和(旧日米安保)条約」が発効。更に報恩感謝として中華民国と「日華国交条約」を締結する。

 道義国家として当然の行動だろう。だが、昭和47年9月29日、中国共産党と「日中国交正常化」がなされると、あろうことか容共的自民党政府は国際条約である「日華国交条約」を一方的に破棄した。

 締結した国際条約の蹂躙というこの事実は、我が国が「主権国家」どころか道義国家としても体を成していない恥ずべき歴史であり、その後の対中外交を大きく誤らせる結果となった。

 未だ我が国が台湾を国家として認めないのは、この日華国交条約破棄が原因であり、田中角栄が「日中共同声明」で発した謝罪と賠償が我が国の悪しき歴史認識の前例なって未だ引き継がれているのだ。

 昭和35年、「日米の相互協力及び安全保障条約(新日米安保条約)」が発効したことに伴い、日米平和条約は失効する。

 この戦後の日米の歴史的事実こそ、その後の日本が「国防」という国家の大本を忘却し、まやかしの平和を貪り続け、魂亡き繁栄に現を抜かす根源なったのだ。

 国防無くして何が主権回復か。主権回復を祝うのはいいが、ならば諸悪の根源である現憲法を破棄し、米国依存体制から脱却を図り、国防体制を確立せねば完全な独立と主権の快復は成されない。

 主権回復がなされた翌年、「戦傷病者戦没者遺族援護法」が改正され、それを以て所謂「戦犯」と称される方々は法的にも復権されている。

 我が国には「A級戦犯」だとか「B・C級戦犯」、或いは「戦争犯罪人」などという呼称はない。政治家が未だに「戦犯」と呼び、英霊を咎めているのは国会議決の軽視であり、何よりも主権回復の意味を理解していない証左であろう。

 極東軍事裁判に於いて弁護する機会も与えられず、一審即結審という復讐という名の茶番劇で、或いは外国の地で不当に処刑されたこの方々の命は決して軽いものではない。敢えて反論もせず命を捧げて罪を償ってくれたのだ。

 今こそ我々は「主権回復の日」を機に、極東軍事裁判の不当性を明らかにし、汚名を着せられ続けている英霊の方々の名誉恢復を急ぐと共に、道義国家日本として真の独立と主権の回復を果たさねばならない。

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2013年03月07日

朝鮮半島情勢が不安定な中でオスプレイ初訓練は頼もしい限り


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 沖縄に配備されているオスプレイが昨日、本土初訓練を行うということでマスコミ各社挙って生中継をするなどお祭り騒ぎ。「墜ちりゃいいのに」と内心思っているかの様な報道を見ながら、ホント日本ってのは平和だよなぁと熟熟思う。

 そんな中、北朝鮮は、今後米韓が年次合同軍事演習を継続するなら、1953年に締結した「休戦協定」を破棄すると表明した。愈々第二次朝鮮戦争勃発か。まぁそうなりゃ日本も朝鮮戦争特需の再来になるかもなぁ(笑)

 朝鮮戦争は1950年6月25日未明の北朝鮮の侵略から始まった。その後1953年7月27日に「休戦調停」を結んではいるが、未だ両国は戦争状態だったという現実を知らない日本人は少なくない。

 米国は、米国内に亡命し「反共」「反日」活動をしていた李承晩を韓国の初代大統領に就任させ影響力を保持し、方や北朝鮮は、旧ソ連が重慶に亡命していた金日成を国家元首として誕生させたもので、両国とも米ソの傀儡国家だ。

 抑抑、朝鮮戦争は、我が国敗戦後の朝鮮半島を巡り、米ソの利権漁りが原因で勃発した戦争と言っても過言ではなく、ロシアの影響が薄れた今、その構図が「米中」に代わっただけのことだ。中共が北朝鮮を利用しない手はないだろう。

 韓国にとっての頼みの綱は米国頼みというのも実に心許ない。朝鮮半島やアジアの平和・安定に寄与するにはやはり米国依存からの脱却が喫緊の課題だろうが、我が国以上に無理な話だ。

 朝鮮人にとって「民族統一」が悲願だというが、米国の自由主義にどっぷり漬かった韓国が、北朝鮮の主体思想を受容れることは無く、北朝鮮も同様に、米国の自由主義を認めることはない。

 朝鮮統一はどちらかが勝利しないことには「統一」など到底達成出来ない。今や「出島」と化した韓国なんぞ北朝鮮に呑み込まれた方が、我が国にとって対朝鮮外交は分かり易くなるというものだろう。

 朝鮮半島情勢が怪しくなってきた今、機動力のあるオスプレイの本土訓練は正に朝鮮半島と、その後ろで蠢く中共を牽制する大きな意味を持ち、本土初訓練の成功は頼もしい限り。今後も訓練を積み重ね、日本本土の防衛は当然ながらアジアの平和安定に寄与して頂きたいものだ。

 朝鮮戦争が勃発すると、マッカーサーは吉田茂首相に、国内警察力と海上警備力の強化を促す書簡を送った。所謂「マッカーサー書簡」というものだ。

 このマッカーサー書簡から一ヶ月後の8月9日には「警察予備隊令」が決定、翌日公布、即日施行というスピードで準備が整えられ、自衛隊の前身たる警察予備隊が誕生した。

 だが吉田茂はこのままずるずると米国の要請を受け入れればまた戦争に巻き込まれるのではと危惧し、米国が押し付けた日本国憲法を利用する。

 「我々には貴方方が創ってくれた憲法が在る。この憲法は非武装を謳い、武力による国際紛争の解決を否定している」とマッカーサーの要請を拒否した。

 朝鮮戦争が完全撤収するのは昭和28年10月26日、我が国が主権回復した昭和27年4月28日に大日本帝国憲法の復元が出来なかったのはこうした理由からだが、朝鮮戦争は決して対岸の火事ではなく、戦後の日本の針路が大きく変わった出来事だったのだ。

 朝鮮戦争当時、日本は景気恢復ばかりを優先し、国家の大本である国防や憲法といった問題を避けた。我が国は今、未曽有の混乱に陥っているが経済優先、社会保障の充実も大事だが戦後の日本と同じ轍を踏んではならない。

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2013年03月06日

今更「小沢一郎政治塾」って(嗤)


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 今や風前の灯の小沢一郎だが、自身の主宰する「小沢一郎政治塾」で講演し、憲法の改正要件を定めた96条改正について、「(96条改正で憲法改正要件が緩和されれば)政権が代わるたびに憲法を変えることになる。日本の様に未だ未だ民主主義の意識が希薄で、定着していない国家では、益々混乱するのではないか」と否定的な見解を述べたという。

 講演には党所属議員や塾生約60人が出席したというが、党所属の党って忘れてたが「生活の党」なんだね。あれだけ「国民の生活が第一」とか言って、政党名にまでしたのに、結局、党名から消えたのは「国民が第一」って言葉(笑)

 小沢のいう「民主主義の意識」ってのはなんなのだろう。相変わらず「国民の意識が希薄」だとか「日本の様な」だとか、小沢には日本という国に対しての誇りや国民を信じる心は持ち合わせてはおらず、あるのは如何に日本を貶めるかだけだ。

 小沢の講演で思い出すのは韓国ソウルの国民大学での講演だろう。あの講演こそ小沢の本性を現すもので、その売国性、ここに極まれりというものだった。

 中でも、朝鮮半島南部の権力者が日本にやって来て奈良で政権を樹立した。それが初代天皇である神武天皇。であり、このことは応神天皇陵、仁徳天皇陵を発掘すれば解明されると前置きした上で次の様に語った。

 「日本の神話で語られております、神武天皇の東征という、初代の天皇がそうでありますけれども、江上先生(江上波夫元東京大学東洋文化研究所教授、考古学者)はそういう説をずーっと唱えておられまして。

 そこでですね、日本の大阪に、神武天、、、いや、応神天皇、仁徳天皇という、古代の天皇の大きなお墓があります。

 ま、高さでは、ピラミッドに及びませんけれども、底辺の大きさではそれを凌ぐ、お墓でありますけれども、未だこれは、宮内庁の管轄の下にあって、発掘することを許されておりません。

 江上先生は一生懸命、ま、当時の幹事長である私にですね、是非、宮内庁に、、、あの、話して、これを発掘させてほしいと、一生懸命言っておりましたけれども、そうすれば、全てが、歴史の謎が解明される。と、ま、こんな話を致しておりましたけれども。

 何れに致しましても、そういう、著名な、日本の歴史文化学者であります、江上先生という方が、それを唱えておるくらいでございまして、まあ、これは、あまり私が言いますと、国に帰れなくなりますので(会場笑)、強くは言いませんけれども、多分、歴史的な事実であろうかと思っております。

 と江上なる学匪に与し御陵や墳丘発掘を容認する発言は、正に小沢の根底にある天皇否定思想に他ならない。

 ピラミッドや兵馬俑などの王の墓と同様に、天皇陵をも発掘の対象にすべきだとの意見を耳にする。エジプトや支那の場合は既に滅亡した王朝の墓だが、天皇陵は現存する皇室が守るべきもので、況してや祭祀の場でもあり、その背景はピラミッドや兵馬俑などとは全く異なるものだ。

 「御陵の周辺部が史跡に指定されてない為に、宅地造成で埋め立てられたり、破壊されたり危機的状況であり、国が直接保護するべきだ」と、如何にも御陵の荒廃を嘆いている様な意見を振り翳してはいるが、彼らの狙いは外に在る。

 そのトリックが「史跡」という言葉だ。「史跡」になれば発掘は可能になるのを承知しての確信犯であり、学匪どものあれやこれやの尤もらしい屁理屈も奸智奸策に過ぎない。

 彼らは目的は、立ち入り調査という「権利」を確保し、発掘という「権利」の実行を目論むことは火を見るより明らかで、そしてその結果を「科学的証拠」として巧みに利用し、我が皇室の歴史を批判、誹謗するかが目的なのだ。

 御陵や墳墓の発掘の真の狙いは、皇室の否定と解体そのものに在り、左翼が目指す「天皇制廃止運動」の一環と断じても過言ではない。

 朝鮮や支那では、墓を掘り起し、死者に恥辱を与えるというのは珍しくもないが、「墓を発く」「死屍に鞭打つ」という発想は、我が国では死者への最大の非礼であり糾弾されるべき蛮行だ。

 「桓武天皇の生母は百済の王女様だったと天皇陛下も認めておられる」だとか、挙句は「日本人は、自分で勉強し、自分で判断し、自分で決断し、自分で責任を負う、こういう自立心が最も足りない国民だ」と罵ったことは心ある国民は忘れてはいないだろう。

 小沢にしろ公明党にしろ96条改正に難色を示しているが、日本国憲法なんぞ96条云々より、存在そのものが国益を大きく損なっていることは余程のバカじゃない限り理解しているし、「政権交代する度に憲法を変えることになる」という発想しか出て来ない小沢の存在は最早時代遅れの感は否めない。

 小沢さん、もういい加減、世間の空気を読みなさいな(苦笑)

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cordial8317 at 06:29|PermalinkComments(1)

2013年03月05日

「通名」で日本人に成り済ますのを止め、堂々と本名を名乗りなさい!


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 日本の統治時代について台湾での歴史教育は、戦後手の平を返した韓国とは違い実に公正に教えられ、近代化にかなり役に立ったという論調で書かれている。

 鉄道や電気、水道といったインフラのみならず、教育も日本と全く同じレベルに徹底されている。我が国が忘れてしまった「信義誠実の原則」という日本的価値観の美徳が台湾にはまだ連綿と生きているのだ。

 方や韓国はどうか。戦後、戦勝国を気取り、暴虐の限りを尽くした。事ある毎に「日帝時代」を批判し、今や「創始改名」までも非難する。だが、儒教社会の朝鮮は、当時、女性には名が無く「愛称」で呼ばれていたのを知らぬ筈はあるまい。 

 創氏改名は強制だったというが、昭和7年の衆議院選挙には東京4区から朝鮮出身の朴春琴が立候補し当選した。朴は12年の総選挙でも再選を果たしている。

 選挙区には朝鮮から出稼ぎに来ていた人達が多かったとはいえ、その数は有権者数の1.5%にも満たない数で、多くの日本人が朴に投票したことが分かる。

 投票の表記に「ハングルで書かれたものも有効」と認められた。「植民地」の文字が宗主国の選挙で使用を認められたのは当時世界で唯一であった。何故そうしたことが認められたのか。それは、彼らも日本人だったからである。

 また「貴族院」は華族と勅撰議員(天皇陛下から指名された議員)で構成されていたが、朝鮮人の華族や勅撰議員が何人もいたことでも、創氏改名が強制ではない理解出来よう。

 更に付け加えれば、創始改名が行われてからも彼等は日本名に改名していない。「私は朝鮮人だ」と言って憚らなかった洪思翊中将然り、創始改名が如何に強制ではなかったことが窺い知ることが出来る。

 彼等が非難して止まない差別と弾圧の日帝支配なるものは、寧ろその逆であり、世界に例を見ない極めて公平で平等な制度であったということだ。

 日韓併合時代にも堂々と朝鮮名を名乗っていられたのに、何故安易に「通名」を使用する様になってしまったのか。

 彼らは「朝鮮名を名乗ると差別される」「日本人にこそ問題がある」などと口にする。それは朝鮮人お得意の責任転嫁であり、見苦しい言い訳に過ぎないが、単に日本人に成り済ました方が便利で騙し易いからに他ならない。

 祖国にも本名にも誇りも愛着も持てないというのは実に悲しいことだ。現在も執拗に参政権を求めるならば帰化して日本人になれば良いだけの話だろう。

 帰化への問題には賛否があるのは承知しているが、日本の帰化条件は諸外国に比べ緩く、国家への忠誠などと言った強制もなく、帰化すれば何の制限も差別もなく日本人として100%の参政権も権利も与えられるのだ。

 彼らは「通名」を使い日本人のフリをしてはいるが由緒あるガイジンなのだ。彼らもいつまでも日本人に成り済ましてないで、朝鮮民族としての誇りやプライドがあるなら堂々と朝鮮名を名乗るべきだろう。

 戦後、日本は「在日朝鮮人」への認識不足と対応の甘さから、特権を与え過ぎた様だ。差別ではなく、「通名禁止法案」を創り、日本人と区別するべきだ。

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cordial8317 at 08:42|PermalinkComments(0)

2013年03月04日

悪衣悪食を恥じ、居の安きを求むるは即ち志士に非ず


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 昨日は甥っ子の結婚式があり久々に上京。春の例大祭には行けそうもないので、早めに行って靖國神社へ詣でようとも思ったが、午前中は引っ越しの荷物の整理やらしてて余裕がなく断念した。桜満開の季節には参拝する予定だ。

 目黒雅叙園で行われた婚礼の儀も、披露宴ではない会食というスタイルも、恒例となってる仲人の新郎新婦を褒め称えるムダ話しや、来賓挨拶も、実兄の長ったらしい演説もなく、友人と親族だけの質素ながらも素晴らしい祝事でした。

 「男子三日会はざれば刮目して見よ」というが、甥っ子の何気ない気遣いに男気を感じ、頼もしく思った。お二人さん、末永くお幸せに♪

 8時過ぎの新幹線に乗車し、ほろ酔い気分のまま10時前に郡山に無事帰還。このまま帰宅するのも何だし、「春鮨」はもう閉まってるし、久々に「松喜鮨」に立ち寄ろうと思ったが、「魚紋」を覗いてみた。

 「いらっしゃいませ。久しぶりですねぇ」の一言に、「久しぶりってのは余計だよ、いらっしゃいませだけでいい。例えば昨日来た客でも『昨日はどうも』なんていうのも余計な話しで、いつも同じ様に接しなきゃダメよ」と苦言を呈す(笑)

 取り敢えず「特別純米」の冷酒とつまみをおまかせで。

 ここは春鮨の硬派な豪快さとは対照的で、一品ずつ懐石料理の様にホンのチョットずつ提供されるので、上等な日本酒を愉しむ人や、女性や品数を多く愉しみたい客には嬉しいだろうが、愚生には何か物足りなさが残る。

 銘柄は聞いたが忘れてしまったが、切れのいい日本酒を本ミル貝、コハダ、マグロをつまみながらチビチビとやった。貝の中では本ミル貝は大好物。春鮨だと本ミル貝は一個丸ごとぶつ切りで出されるが、ここは2切れ。その辺りを何気に言うと、「そんな食べたらエライ金額になるでしょ」と職人。そりゃそうだ(笑)

 その後は何品かおススメを握って貰い、バーの名店「THE・BAR」へ移動。今は亡きマスター・渡辺秀行氏も好んだ「OLDOVERHOLT」のソーダ割りを注文し、葉巻に着火。至福のひと時だ。

 二杯目はギムレットをゴードンで。強か飲んで帰宅し、酔っぱらって何故かブログやフェイスブックではなく、「食べログ」を更新(笑)

 論語には、「君子は食飽くを求むること無く、居安きを求むること無し」と在る。人の上に立つ者は、美食・飽食を求めることがあってはならないという。

 吉田松陰も同じ様に、「悪衣悪食を恥じ、居の安きを求むるは即ち志士に非ず」と説くが、家賃困窮の為に借財し、古いマンションを購入し、月々の支払い軽減を図っただけで別に居の安きを求めた訳でもないし、「食べログ」も美食の追求というものでもない(笑)

 「出世払い」という言葉が在るが、それは長期に亘って人としての成長を見守りながら、物心両面で協力してくれるということは、その人に夢を賭けていることの証しと言えよう。愚生も一維新者として、支援者の期待を裏切らない様に、日々精進し、本物に成らねばと思う。

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cordial8317 at 10:54|PermalinkComments(0)

2013年03月02日

「親日分子取締法(反日法)」なる恥ずべき悪法を廃止すべし!


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 皆さん、おはようございます。プロバイダーとのIDとパスワードを書いてた手帳が見つかりネット無事再会致しました。今後とも変わらぬご愛顧を!

 「3・1独立運動」だった昨日、朴槿恵大統領は式典で演説し、「未来の世代にまで歴史の重荷を背負わせてはいけない。我々の世代の政治指導者たちの決断と勇気が必要な時だ」と述べた。

 だが一方で、「加害者と被害者という歴史的立場は1000年の歴史が流れても変えることは出来ない」とも発言したことをみても、喩え我々の世代で慰安婦問題や歴史問題の解決を図ったとしても未来永劫、日本が譲歩し、謝罪し、賠償し続けなければ解決にはならないということだ。

 韓国の強請り、タカリの体質は1000年の歴史が流れようとも変わることはないという宣言の様なもので、そういやなるほど、豊臣秀吉の朝鮮征伐を責めるのも、未だ未だ500年、決して忘れてはいないぞということなのか(笑)

 韓国側がこうした強請り、タカリに奔るのは、朝鮮人の人品の低さも然ること乍ら、歴代日本政府の無知と事勿れ主義が最大の要因になっているのも事実。 

 日本外交は「謝罪」と「賠償」さえしていれば問題ないと思っていたが、外交での譲歩は更なる譲歩を生むだけで、何の解決にもならず、相手を付け上がらせるだけだったということ。何れにせよ、韓国に人間としての高貴で雅量在る偉大な言葉など期待する方が間違いなのだ。

 韓国は憲法前文で、「大韓民国は3.1運動により建てられた大韓民​国臨時政府の法統を受け継ぐ」と規定している。

 だが、「大韓民国臨時政​府」という架空の政府は国際的にも認められておらず、サンフランシスコ講和条約への​署名も認められてはいない。こうした国際的な常識を無視し、「対日宣戦を布告し、独立を我々の手で勝ち取った」と​いう神話を捏造してしまったところに韓国の悲劇が在る。

 国定教科書でも「対日宣戦布告」や「抗日活動」を過度に強調する余り、ウソに​ウソを重ねるしかなくなっているのが現状で、韓国の強さをアピールする割には「被害者意識」が強いのはもう嗤うしかない。

 歴史というのは公正に語るべきで、公正とは是と非だ。朴大統領は「1000年の歴史が流れても変わらない」というが、韓国の歴史なんぞ虚妄と捏造ばっかで、自国の意歴史を公正に語れない韓国は、1000年というより否、数十年で国自体が存在してないなんてこともあるかも知れない。

 抗日活動家の李承晩らが捏造したインチキ近代史を信じ、それを「愛国」だと勘違いしているのだから始末が悪い。また、「反日」のポーズさえすれば支持率が上がり、失政が赦されるというのだから、ホント単純な国だ。

 大統領に就任すると口々に「未来志向の日韓関係」を表明するも、何か問題が起これば懲りずに「反日」を持ち出し、「日本の歴史認識」や「靖國問題」「慰安婦問題」などを喚き散らす。

 朴大統領が心から「未来志向の日韓関係」というものを望むのならば、先ずは「親日分子取締法(反日法)」なる世界に恥ずべき悪法を廃止し、親日派と言われる同胞の意見を拝聴してみたら如何か。

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cordial8317 at 06:22|PermalinkComments(0)