2012年08月

2012年08月30日

福島県内には地元新聞社が二社在るんですよ!

 福島県には「福島民友新聞」と「福島民報新聞」の二紙が鎬を削っている。地方に新聞社が二紙在るのは全国でも少ない。福島県は自由民権運動が盛んな地だったのでその名残だ。そういう意味でも福島県に生まれて有難いと思っている。

 現役を退いてからは地元紙などに投稿をしている。畏友の言葉を借りれば、「広めることが出来ないときは高めることに専念すべし」ということかも知れないが、そんな気取ったものでもない。

 哲学者、西晋一郎は、「教えることは実に教えられることである」と訓えているが、投稿やこうしたブログを書くことによって自分自身が教えられ、高められると信じてやっている。

 最近送った地元紙への投稿が二回続けてボツになった様だ。という訳で、参考にボツになった投稿をアップしてみた(笑)

〈今国内では「脱原発」「反原発」運動が盛んだが、原発依存から脱却し、化石燃料への依存度を高くした場合、シーレーンの安全確保が重要な問題となる。万が一シーレーンを封鎖された場合、原油価格高騰による経済混乱に陥った「オイルショック」や原発事故以上のパニックが起きるのではないだろうか。日本はオイルショックの経験から産油国との外交関係の重要性、そしてシーレーンの安定化が不可欠と感じ、外洋に伸びるシーレーン千海里防衛構想を策定した。国内経済も多くを海上交易に依存し、日本の輸入依存度の高さは石油が99.8%、石炭98.4%、天然ガス(LNG)96.6%を海外に依存している。輸出も同じだ。こうしたことからも日本でも海洋国家として自国のシーレーン防衛の重要性が認識されている。原発依存から脱却し、今後、化石燃料などに頼るならば、適切な海上権益の確保を万全にすることが重要だと思う。〉(7/30)

〈ロンドンオリンピックでの日本人選手の活躍は感動の連続だった。特にチームでの活躍は目を見張るものがあり、これこそが「絆」というのだろうか、選手から日本をそして被災者を元気付けようという気持ちがひしひしと感じられた。オリンピックは「平和の祭典」とも言われる。かつては、オリンピックが始まると戦争中の国々でも停戦に応じ競技に参加したという。真剣に競技をしているうちに、戦っているのがバカバカしくなって、そのまま講和した例もあるという。そんな平和の祭典中に、李明博韓国大統領が竹島に上陸した。こうした行為は下劣極まりなく、日韓関係には全く逆効果でしかないと思う。李大統領の竹島上陸に合わせたかのように、韓国サッカー選手が日韓戦の勝利後に政治的メッセージボードを掲げ歓喜した。オリンピックに政治的な主張を持ち込んでしまった。〉(8/12)

 と、こんな感じだ。新聞社というのは未だ米軍が行った「言論統制」の呪縛から脱却出来ない様で、読者からの投稿も編集者がチェックするのだろうが、明らかな共産党員の投稿も見られるし、無自覚左翼的なものが多い。

 戦後、米国は徹底した教育改革を行った。その徹底した「戦後民主主義教育」は、意図した以上の効果を上げ、現在もあらゆる処に影響を及ぼし続けている。「戦後民主主義」とは、自国を汚辱に塗れた過去と捉える自虐史観である。

 その教育で育った者は国家から恩恵を受けながら、個人と国家を常に対立させ、恰も国家は「人間を抑圧する組織」と見做し、反国家反体制的なポーズをとることが「進歩的」で「文化的」だと錯覚している。

 米国が「戦後民主教育」と共に最も徹底したのが「言論統制」で、情報発信の中枢だったNHK、朝日新聞、岩波書店が監視下に置かれ洗脳した。それにより「進歩的文化人」なる人種が生まれたのだった。

 未だにこのNHK、朝日、岩波は、米国の洗脳状態から脱却出来ずにいるが、いい加減目を醒まして貰いたいものだが、米国から洗脳された連中が「反米」を気取り、日本を貶めているのは最早コメディと言う他ない。 ということで、今日も新しい投稿を送信してみたが、扨てどうなることやら。呵呵。

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2012年08月29日

大陸からの侮蔑は今に始まったことではない

 尖閣列島や竹島問題で中韓からの日本バッシングが盛んに行われているが、我が国への侮蔑は今に始まったことではない。

 古代から​大陸では我が国を「倭(ヤマト)」と呼び、「倭人」「倭国」と蔑​視してきた。「倭」とは醜い、卑しいといった軽蔑の意味だ。

 ヤマトの国を「邪馬台国(奸の馬の台の国)」、日の皇子の女皇を​「卑弥呼」というのは日本を馬鹿にした呼称で、日本人自身が使​うのは愚かなことだ。

 その「ヤマト」に先人が「大和」の字を当てたのは、国家の理想が​「和」であったからだが、日本人は誰に教わった訳でもなく、誰もが自分の生まれた日本という国を穏や​かな平和の国と無意識に思っている。

「大和魂」というと特攻隊の雄雄しい姿を浮かべる人が多いが、「​敷島の大和心を人問わば、朝日に匂う山桜花」と謳われた様に、大​和の心とは、花鳥風月、山川草木、春夏秋冬、恵まれた自然に逆ら​わず調和して暮す従順な心をいう。

 そう考えるとき、未だ古代の大陸人と変わり映えのしない中韓と、​国柄も人品も優る我が国が、一衣帯水だからという妄想だけで​付き合って行こうなどということ自体が間違いであり、「東アジア大交流時代」なる愚策は我が国を蚕食しようとする中共の策謀に他ならない。

 丹羽駐日大使の乗った公用車が襲われ日の丸が奪われたが、先日の韓国の親書返送と同じくやってることは日本への宣戦​布告にも匹敵する下劣なものだ。

 日中国交正常化40年を控え、駐日大使公用車の襲撃事件をどの様​に解決を図るのか見ものだが、日本の要請通りに犯人を逮捕し処罰す​れば人民の不満が爆発するし、看過すれば国際社会から失笑を買う​だろう。

 抑々、中韓の人民がこうした軽挙に出るのは、「愛国無罪」や「親日分子​取締法」なる法律が存在するからだが、日本政府は「内政干渉」の誹りを​受け様とも、世界にこうした国際的にも首を傾げたくなる法律の存​在をアピールし、中韓両国に即時撤廃を要求すべきだろう。

 抑々、日中国交回復四十年を祝うこと自体笑止千万で、我が国が主権回復した昭和27年4月28日に、台湾と「日華国交条約」を締結した。

 これを日中共同宣言により一方的に破棄して​結んだ「日中国交条約」は明らかな憲法第98条違反だ。憲法を蹂躙して結んだ条約に効力はなく無効であり、「日華国交条約」の恢復を図るべきだ。

 日中国交回復四十年を機に、当時の田中角栄ら権力者が憲法を蹂躙してまで何故に日中との条約締結に至ったのかを検証すべきであろう。

 日本が裏切った台湾の歴史教育は実に公正で、統治時代の認識も台湾の近代化にかなり役に立ったという論調で書かれ、鉄道や電気、水道といったインフラのみならず教育までも日本と全く同じレベルに徹底されている。

 台湾には「日本精神(リップンチェンシン)」という言葉があるという。

「勤勉である」「約束は破らない」「人を裏切らない」こういう人を「あいつは、日本精神があるヤツだ」と褒めるというらしいが、現在の我が国の現状を省みれば恥ずかしくて赤面してしまいそうだ。

 台湾には「信義誠実の原則」という日本が忘れてしまった日本的価値観の美徳が未だ連綿と生きているのだが、日本が負けた瞬間、手のひらを返し「創氏改名」までも非難し始めた韓国とは豪い違いだ。

 手のひら返しの不得手な国との友情こそ大事にしなくてはならない。



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2012年08月24日

外交は自国を正当化する強固な意志を持たねばならない

 李明博の竹島への不法上陸と不良支那人の尖閣列島への不法侵入事件は、領土主権に対する明確な証拠を世界に示す絶好のチャンスだ。

 竹島問題については国際司法裁判所に粛々と提訴すべきだし、中共に対しても同様な違法行為が起これば徹底排除する旨を通達しておくべきだ。

 外務省は、野田総理が送った親書の返却の受け取りを拒否した。拒否するという選択肢も​あったのかと思わず膝を打ったが、日本の役人にも知恵者はいると​いうことにチョッと安堵した。外務官僚が「親書を返却するとは、子供のケンカ以下だ」と言ってたが、全くその通りだ。

 本日国会では、李明博への不法上陸と陛下への暴言に対し決議を行うが​、全会一致ではないというから驚くというか厭きれるばかり。日本共産党と社​民党が反対してるからだが、こういう政党が存在し、それを支持し​ている国民がいることが日本人として不思議でならない。

 政治家のこうした軽挙妄動が相手国に間違ったメッセージを送ってしまう要因にもなっている。国益を賭けた熾烈な駆引きが要求される外交に、論争を避けるかの様な腰抜で軟弱な姿勢は隣国を逆上せ上がらせるだけなのだ。

 民主党政権が誕生し、逸早く行った「東アジア新時代」という馬鹿げた妄想は、結局は支那や韓国、北朝鮮を付け上がらせ、日本の立場を困難にさせただけだった。猛省し、早急に中韓への優遇措置を改めるべきだろう。

 事実現在でも中共には尖閣列島で難癖を吐けられ、ガス田問題で出し抜かれ、韓国には竹島を不法占拠された揚句に「日本海」を「東海」に変更しろとホザかれ、北朝鮮には同胞を拉致されながら手出しも出来ず、テボドンで脅かされる始末だ。

 北方領土もロシアに不法占拠されたまま一向に解決出来ずにいるのも、全て日本政府の国家主権に対する甘さと外交の失敗が招いた結果であり、要は弱腰外交故に隣国にナメラレっ放しの状態なのだ。

チャーチルが日本の外交を「第二次世界大戦回顧録」で次の様に語っている。

「日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。 しかし、これでは困る。反論する相手を捩じ伏せてこそ政治家としての点数が上るのにそれが出来ない。それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。すると議会は今まで以上の要求をしろという。無理を承知で要求してみると今度は笑みを浮かべていた日本人は全く別の顔になって、『これほど此方が譲歩しているのにそんなことをいうとは貴方は話の分からない人だ。事ここに至っては刺し違えるしかない』と言って突っかかってくる」

 これは、昭和十六(一九四一)年十二月十日、マレー半島クァンタンの沖合いで、 イギリスが誇る戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルスの二隻が日本軍によって撃沈されたときの日記だが、チャーチルは、これによってシンガポールを失い、インドでも大英帝国の威信を失うのではないかと心配しながら書いている。

「日本にこれほどの力があったのならもっと早く言って欲しかった。日本人は外交を知らない」 とチャーチルは言う。笑える話だが正鵠を射た言葉だろう。

「言わなくても分かるだろう」という日本人の気風や美徳など世界では通用しない。特に中韓、北朝鮮には通じるどころか付け込まれバカにされるだけだ。外交では、言うべきことを言うのが大事で、欧米人の様に、己を正当化する強固な意思を日本人も持たなくてはならない。

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2012年08月22日

竹島領有で国際司法裁判所に提訴するも韓国が拒否(苦笑)

竹島
※クリックすると大きくなります。「バカでもチョンでもよく分かる竹島問題!」

 竹島領有で日本政府は国際司法裁判所へ提訴する口上書を韓国側に渡すも、韓国は此れを拒否、日本側が単独での提訴となる模様だ。単独での提訴は裁判が不成立となるが、日本側の主張の正当性と韓国の不法性を世界に訴えることは大事だ。

 竹島問題に関連し、橋下大阪市長が「竹島への不法入国は慰安婦問題が根底にある。(​強制連行の)証拠があるなら出せばいい」との認識を示したが、ま​ぁ単純にそれだけでもあるまい。

 韓国側が度々慰安婦問題を出しては、強請り、タカリに奔るのは、​朝鮮人の人品の低さも然ること乍ら、歴代日本政府の無知と事勿れ​主義、そして弱腰外交が要因になっているのも確か。

 朝日新聞が捏造した慰安婦問題を、平成4年、宮沢政権下の官房長官だった加藤紘一が軍の関与を発表し、翌年官房長官を引き継いだ河​野洋平が官憲による強制連行を認める所謂「河野談話」を発表した。

 此れが韓国人慰安婦を付け上がらせる原因を作り、村山談話で火に​油を注ぎ、その後の自民党政権下でもこれらを撤回せずに黙認し、民​主党政権誕生すると鳩山由紀夫が総理として「国家補償」を約束し、前原も「戦後賠償​支援」を言及した。

 慰安婦問題は日本側が国家として「謝罪」をし、「賠償」も約束し​ているのだから、韓国側を単なる強請り、タカリだと非難ばかり言って​もいられない現実が厳然と存在しているのだ。

 戦後、日本外交は「謝罪」と「賠償」さえしていれば問題ないと思​っていたが、こうした弱腰土下座外交は、国民の誇りや自尊心を傷​付けるだけで何の解決にもならなかった。

 慰安婦とは「売春婦」だが、当時、売春は正当な職業で違法ではない。生きるか死ぬかの戦場で、若い兵士に我慢を強いるのは逆に統率を失うということもあって、街に在る「遊郭」で息抜きをさせた。その遊郭で働いていたのが慰安婦で、売春婦が戦場迄出張ることは当時当り前の光景だった。

 戦場に遊郭を建て、兵士に息抜きをさせるのは、性犯罪を防ぎ、相手民族の尊厳を最低限保つことでも有意義だった。こうした日本人の配慮を知らずして、高給に集った売春婦を「従軍慰安婦」と称し、恰も軍が関与し、朝鮮人の女性を強制連行し「性奴隷」にしたとは言語道断。

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 画像の様に、1951年から61年の10年間、「東亜日報」にUN軍相手の慰安婦募集関連の記事が載っている。

 韓国に駐留する国連軍に、韓国が国家として慰安婦を募集し、提供していた事実を報じたものだが、これこそ韓国こそが国ぐるみで他国の軍隊に慰安婦を斡旋している決定的証拠だろう。今や慰安婦が売春婦だったというのは韓国も知っていることなのだが、日本の一部のアホ政治家だけが知らないフリ。

 韓国にしろ、北朝鮮にしろ、中国共産党にしろ、アレを国家だと思うから対応を間違えるのであって、​連中をチンピラヤクザだと思えば分かり易いだろう。ヤクザに謝ったり、​譲歩したり、カネの支払いを約束したらそりゃタカられるっての。

 最近流行りの「暴力団排除条例(暴排条例)」で譬えれば​、ヤクザと付き合ってる堅気衆も罰せられるのは周知の通り。だから、ああしたチンピラヤクザとは付き合わないのが一番だっての。呵呵。

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2012年08月16日

侮日売文屋・渡辺淳一を駆除しよう!

 高山正之氏の「変見自在」や、藤原正彦氏の「菅見妄語」が好きで「週刊新潮」は愛読している。エロ作家・渡辺淳一のコラム「あとの祭り」はくだらないので滅多に読まないが、先日発売された週刊新潮に、「国旗と国歌」というタイトルで国歌「君が代」を腐している自説が垂れ流されていた。

 一々書くのも面倒なので割愛するが、「君が代」は「古今和歌集」巻七「賀の部」の「わが君は千代に八千代にさざれ石の巖となりて苔のむすまで」の一首からの出典で、この歌は詠み人知らず、民草が詠んだところに素晴らしさがあり、歌の本意は、大君の御代が栄えることを願ったものだ。

 我が国は、天皇を族長と仰ぐ君民一体の家族国家であり天皇即日本、日本即天皇の天皇国家なのだ。この国體の精華は万邦類を見ないところであり、畢竟、陛下の御代が栄えることは、即日本が栄えることでもあるのだ。渡辺は国體の精華というものを理解していないし、理解も出来まい。

 実に「君が代」は、我が国體の精華を格調高く歌い上げたものであり、その曲と相俟って厳粛にして荘重、世界に冠たる誇るべき「国歌」だ。外国の国歌の様に好戦的で軽いものではなく、渡辺が揶揄する様に明るく歌う国歌でもない。

 エロ作家が何を語ろうが勝手だが、一方で高山氏や櫻井よしこ女史を登場させ、一方でこうした自虐史観に冒された売文屋を登場させているが、新潮社側がそれをしてバランスを取ってるのだとしたら購読者に対する冒涜だろう。こんなくだらない記事を読む為に購入してるのではない。

 渡辺の自虐史観は今回だけではない。今春にも名古屋の河村市長が「南京事件」で問題提起すると、渡辺は同じ様にコラム「あとの祭り」で南京事件を取り上げ事実だとして日本軍と日本人を貶めている。内容と言ったら書くのも憚れるトンデモ記事で、全ては伝聞と己の妄想だ。

 作家なら少しは事実を知ろうと調べるだろうに、そうしたこともせずに、一方的に日本軍を貶める手法は、大江健三郎の「沖縄ノート」と全く同じだ。

 大江は現地取材もせずに、沖縄タイムズの記事「沖縄戦記・鉄の暴風」というデマを基に書き上げ、それが「集団自決軍命令」の証拠となった。

 世も末である。 大江健三郎にしろ渡辺淳一にしろ、作家としての矜持が皆無で、日本を貶める為には手段は選ばない売国奴だということの証明だろうが、こうした売文屋の作品を有難がってるのも如何なものか。

 渡辺淳一は今や支那大陸では人気作家だというが何となく理解出来る。70過ぎの爺ちゃんがエロ小説でも書いてる分には害はないが、事実を捻じ曲げてでも日本と日本人を貶める、こうした売国作家は駆除するに限る。

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2012年08月15日

世界に民度の低さを証明した李明博


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 韓国大統領・李明博が「平和の祭典」であるロンドンオリンピック開催中に竹島へ不法上陸し、更には申し合わせたかの様にサッカー男子の試合では政治的スローガンを掲げ、世界中に韓国民の民度の低さを露呈したが、今度は畏れ多くも陛下に対し謝罪を要求するという看過しがたい無礼を働いた。

 陛下の御訪韓など予定されてもいないのに、恰も日本側が訪韓を要請しているかの様な物言いは、怒りというより憐れさを感じる。

 大統領が交代する度に「過去のことは問わない」「未来志向で」と言いながら、政権の支持率が下がるや否や「日本の歴史認識」や「慰安婦問題」などを持ち出しては懲りずに謝罪要求をする。

 「反日」のポーズで起死回生の支持率アップを狙うのも結構だが、日本からの支援を何と思っているのか、「韓国は、強請り、タカリ、恩知らずだ!」と言われても仕方あるまい。いい加減、韓国は自らの責任と歴史的事実を真正面から見詰め直すべきだ。

 近代史を見つめることも無く、唯々「反日」を叫び、在りもしない「従軍慰安婦問題」を持ち出しては、強請りタカリを謀る李政権は、最早崩壊の一途を辿り、更なる陛下への謝罪要求で「日韓関係を悪化させた大統領」として歴史に名を残すだろう。

 韓国の歴代大統領の末路は実に不幸なものばかり。絶対的権力が集中する大統領制というより民族性からか異常な金銭欲と権力欲が不正に走らせる。

 韓国が建国され初代大統領に就任した李承晩は、絶大な権力を握りながらも、独裁色が度を越して反感を買い、大統領選の不正で学生らのデモで退陣に追い込まれ、ハワイに亡命した後に病死した。その後就任した朴正煕大統領は「暗殺計画」によって夫人を失い、その後自らも暗殺された。

 全斗換大統領は事後法の反乱首謀容疑で「死刑判決」を受け、その後就任した盧泰愚大統領も収賄容疑で有罪判決を受けた。この二人の大統領の逮捕、有罪判決を容認した金永三大統領もその後不正融資事件で近親者などが逮捕され退陣。

 波乱の人生を送りながら大統領にまで昇りつめた、韓国初のノーベル賞を受けた金大中も、最後は不正資金事件で息子が逮捕され退陣している。盧武鉉大統領も同様で、身内が逮捕され自殺した。

 こうなると大統領に権限が集中し過ぎることの反作用というより、道徳的価値観の無い朝鮮人の民族性の問題だと断じられても仕方なかろう。李明博も兄弟と親戚が不祥事で逮捕され失脚するのは時間の問題。

 何か己に問題が起こる毎に「日本の歴史認識」や「靖國問題」「慰安婦問題」などを持ち出すが、「反日」のポーズさえしていれば不正や失政が許されるなら、それは韓国民がバカにされているということだ。

 何れにせよ、韓国民は自らの責任と歴史的事実を真正面から見詰め直す時期に来ている。尤も、五百年も前の豊臣秀吉の朝鮮征伐をも責める国に、人間としての高貴で雅量在る偉大な言葉など期待する方が間違いかも知れない。

 野田政権は、公然と「平和条約」を蹂躙し、傲岸不遜な韓国に対し正理公道を説き猛省を促すべきで、韓国が受け容れない場合、躊躇なく国交を断絶すべきだ。

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大東亜戦争終結ノ詔書(現代語訳)

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 本日は「戦没者を追悼し平和を祈念する日」です。一体あの戦争とは何だったのか。玉音放送を知れば、陛下の大御心と大戦の真意、そして我が国が進むべき道が自ずと理解出来るのではないだろうか。

     玉音放送(現代語訳)

 私は、深く世界の大勢と日本の現状を考えて、
 特別な方法でこの事態を収拾しようと思い、
 此処に忠義の気持ちを持った国民に告げます。

 私は政府に、米・英・中国・ソ連の四国に対して
 ポツダム共同宣言を受諾することを通告させました。

 もともと日本国民の安全と世界の共存を共にすることは、
 我が歴代天皇の残した教えで私も大切にしていることです。

 米国や英国と戦争をしたのも、日本の自立とアジアの平和を願うからであり、
 もともと他国の主権を侵したり、領土に侵入することは私の気持ちではありません。

 開戦以来すでに四年経ち、我が陸海軍の将兵が勇ましく戦い、
 役人たちが懸命に働き一億の国民が力を尽くし、
 それぞれ最善をつくしたにもかかわらず、戦局は必ずしも好転しません。
 世界の大勢もまた我々に利がないことを示しています。

 その上、敵は新たに残虐な爆弾を使用して、
 罪のない人たちを殺傷し、その痛ましい被害は計り知れません。
 このまま戦争を続ければ最後には我が民族が滅亡するだけでなく、
 人類の文明をも破壊するでしょう。

 もしそうなれば一億の国民を預かっている私としてどうやって
 我が歴代天皇の霊に謝ることができましょう。
 このことが私が政府に対し共同宣言に応じさせるに至った理由です。

 私は、日本とともにアジアの解放に協力した国々に
 申し訳なく思わずにはいられません。
 日本国民で、戦地で死んだり職場で命を落とした人々と、
 その遺族のことを思うと、悲しみで心が裂ける思いです。

 また戦傷を負い、災難で家業を失った人々についても
 私は大変心配しています。
 考えると、これから日本が受けるであろう苦しみは大変なものがあると思います。

 国民の悔しい思いは私がよく知っています。
 しかし私は時の運に従って、堪え難きを耐え、忍びがたきを忍んで、
 後の世のために平和を齎したいと思っているのです。

 私は日本の国家を譲ることができたので、
 忠義で善良な国民の真心に信頼を寄せ、いつも国民と一緒にいます。
 感情のままにみだりに事件を起こしたり、
 国民同士が争って時勢を乱して、
 そのために道を誤って世界の信用を失うようなことは、
 私が最も戒めるところです。

 国を挙げて子孫に伝え、神国の不滅を信じ、
 任務は重く道は遠いことを思い、将来の国の再建に向けて総力をあげ、
 道義を厚くして志を堅くして、日本の優れたところを更に高め、
 世界の進歩に遅れないよう決意すべきです。

 君たち国民よ、私の気持ちを汲んで身をもって行いなさい。

 ※戦没者を追悼し平和を祈念する日に当たり、全ての戦没者に対し心より哀悼の意を表します。黙祷。



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2012年08月13日

八月なる 嵐はやみて 夏の夜の 空に望月の かがやきにけり(御製)

 今年もまた、戦没者を追悼し感謝の誠を捧げる日がやってくる。近年、遺族や戦友が御高齢となり靖國神社への参拝が減少される中で、所謂「終戦記念日」に参拝する若年層や家族連れが増えているという。

 過去最高は平成17年の20万5千人。平成12年に5万5千人だったことを見ても、此処数年の参拝者の増加が目立つ。それと反比例し、年々政治家の参拝は減少。政客の意識改革は喫緊の課題でもある。

 参拝客の増加には、所謂「ネット右翼」や「愛国ブーム」も影響しているのだろう。だが、自分では良かれと思った行動が「贔屓の引き倒し」になっている場合も無きにしも非ず。

 8月15日に、多くの右翼団体や軍事マニアやネット右翼が大挙して参集する。反日活動家のキチガイ、金高素梅らも靖國を目の敵に反日活動を展開する。という訳で終戦の日は左右陣営入り乱れての御祭り騒ぎはやはり感心しない。

 所属していた防共挺身隊の初代・福田進総隊長は「8月15日は遺族や戦友の日であるから、決して行かない様に」と訓示した。

 以来、終戦記念日に靖國神社へは詣でたことはないが、やはり、終戦の日は、陛下が御親拝なされる静謐な環境を作ることこそが肝要だと思う。

 未だ東京裁判史観に冒され、反省の言葉ばかり口にする日本は「終戦」とは名ばかりの、未だ主権快復も出来ていない国家だと痛感している国民は少なくない。

 だが、自然発生的に靖國神社に詣でる国民の多さを見れば、その認識は近年確実に変化してきている様だ。一刻も早く我が国の正当な歴史認識を取戻し、贖罪意識を払拭することが国家盛衰の要となろう。

 抑抑、戦争犯罪とは、ハーグ陸戦法規やジュネーブ条約に規定される「捕虜に対する人道的取り扱い」や「無防備地域に対する攻撃の禁止」など、戦闘行為に於ける将兵の「国際法違反」を問うものである。

 当時の国際法では、戦争を遂行した国家の主導者が個人的に犯罪者として裁かれることは無かったし、今日でも、国際法の直接的指導・命令者で無い限り同様だ。

 然るに、東京裁判では被告の方々は「平和に対する罪」「人道に対する罪」と称する事後法によって裁かれたのである。この様な事後法は、隣の韓国じゃあるまいし、近代法治主義が最も忌み嫌う行為である。

 東京裁判の目的は明らかに勝者の敗者に対する見せしめであり、復讐であり、「日本は悪」という虚構の観念を全ての国民に植え付ける為のものだったのだ。

 米国人弁護人のブレイクニーは、「広島・長崎への無差別殺戮兵器の原子爆弾の投下を命じた者に被告らを裁く資格は無い」と叫び、同じ米国人弁護人のローガンは、「欧米から経済的、軍事的に追い詰められた結果の日本の自衛戦争である」と指摘している。インドのパル判事は被告全員の「無罪」を主張した。

 今必要なのは冷静且つ客観的に、そして科学的に大戦の是非を明らかにすることが肝要で、靖國神社には「A級戦犯が祀られている」だとか、「戦争犯罪人を祀るべきではない」だとか弄したところで何になるというのだ。

 世界のどんな国でも「英霊」には最大の名誉が与えられている。それに比べ、我が国では、自ら「A級戦犯」「B・C級戦犯」「戦争犯罪人」などと呼称しているのは実に情けないもので、日本人の精神的貧困さを示すものだろう。

 刑死・獄中死された方は「法務死」、靖國神社では「昭和殉難者」と称し、所謂B・C級戦犯は1068名が御祭神で、それ以外リンチに等しいもので亡くなった方が約100名が祀られている。東京裁判の茶番劇で、或いは外国の地で不当に処刑されたこの方々の命は軽いものではない。

 政治家共は軽々しく反省の弁を口にするが、ならば堂々と自ら腹を切って詫びれば良いではないか。「戦犯」の汚名を着せ続けられているこの方々が、敢えて反論もせず諒として罪を償ってくれたのという悲劇の現実を穢してはならない。

 我が国は独立国家であり、アジアの盟主でもある。今こそ抑圧していた障害を排除し真姿の復元を計ると共に、靖國神社国家護持に立ち上がろう。

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2012年08月10日

東京裁判史観と戦後の歪んだ贖罪意識を払拭しよう!



「A級戦犯と呼ばれた方々は戦争犯罪人ではない」、こうした至極当然の認識すら出来ない日本人がいることは悲しいことだ。

 そろそろ過去の歴史を直視し、日本人の多くが信じて疑わなかった「東京裁判史観」と、戦後の歪んだ贖罪意識を払拭しませんか。

 我が国には「A級戦犯」「B・C級戦犯」「戦争犯罪人」という呼称はない。昭和27年4月28日、講和条約発効翌年の第十六国会の議決により、「戦傷病者戦没者遺族援護法」が改正され、それを以て所謂戦犯という汚名を着せられていた方々は法的に復権された。

 連合国側が定めた、A、B、C級の区分に関係なく、刑死・獄中死された方は「法務死」と称され、靖國神社では「昭和殉難者」としてお祀りしている。

 靖國神社には、所謂B・C級戦犯1068名、それ以外にリンチ等で亡くなった方が約100名が御祭神となっている。世界のどんな国も「英霊」には最大の名誉が与えられているが、それに比べ我が国の精神的貧困さには呆れるばかり。

 今迄にも中曽根康弘や小沢一郎を始めとした曲学阿世の大馬鹿者が、韓国や中共の内政干渉に屈し、A級戦犯と呼称した挙句、戦争犯罪人と断じ「分祀論」を提言して国民を撹乱しているが、「分祀論」こそ非常識且つ無責任なものでもので、国を誤る最も危険な主張であろう。

 政治家などが英霊に対し臆面もなく「戦犯」と呼ぶこと自体、第十六国会での決議を蹂躙するものだ。何が「戦犯」か、何が「分祀」か、恥を知れ!

 最高裁が示した憲法の禁止する「宗教的活動」の定義は、当該行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進または圧迫等になる様な行為をいう。つまり、分祀論や国立追悼施設建立の一般人に与える効果は、事実上、靖國神社に代わる施設だとの認識を与えるものだ。

 宗教活動であるかどうかは、「無宗教の追悼式」という外形的側面のみに囚われることなく、当該行為を行う意図、目的及び宗教的意志の有無、程度、当該行為の一般人に与える影響等、諸般の事情を考慮して客観的に判断しなくてはならない。

 つまり、「分祀論」や「国立追悼施設建立」は靖國神社への圧迫干渉であり、信教の自由を保障しようとする政教分離規定の「憲法20条・第3項」違反なのだ。政治家が憲法を蹂躙するなら、先ずは憲法論議をするべきだろう。

 靖國神社は246万6千余柱の神霊を祀っているが、例えばその中から一つの神霊を分霊したとしても元の神霊は存在するというのが神道の神霊観念であり、仮に「分祀論」が成立したとしても、それにより靖國神社が分祀することは絶対無い。

 極東軍事裁判に於いて弁護する機会も与えられず、一審即結審という復讐という名の茶番劇で、或いは外国の地で不当に処刑されたこの方々の命は決して軽いものではない。未だ「戦犯」の汚名を着せられ、更には「分祀論」などとは、一体何処まで冒涜すれば気が済むのか。法務死された方々は「戦犯」の汚名も諒として、敢えて反論もせず、尊い命を捧げてその全ての罪を償ってくれたのだ。

 国民は、この英霊の悲劇を決して忘れてはならない。

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2012年08月08日

「平和団体」は原爆投下だけを執拗に非難するが

 昭和20年8月8日、佐藤ソ連駐日大使はモトロフ外相から「日ソ​不可侵中立条約」を一方的に破棄され対日参戦を通告される。翌9​日未明、ソ連はヤルタ秘密協定を忠実に遂行し、満州や南樺太に侵​略を開始した。

日本人同胞の虐殺、強姦、略奪がこの日を以て開始され、我が国固有の領土である、南樺太、全千島列島、北方四島が強奪されたのである。

 火事場泥棒をしておいて、その日を「対日戦勝記念日」とは日本人として憤激に堪えないが、政府もマスコミも、原爆投下を糾弾して止まない「平和屋」からも、旧ソ連の蛮行を責めることはない。 

 我が国と米国は国の威信を賭けて戦っていたのだ。新しい兵器を開発すれば使用するのは当然で、そこに三分の利を認めざるを得ないではないか。

 原水協や原水禁ら似非「平和屋」どもは、原爆を投下したのが米国だから、執拗にこの古傷を暴き、反米感情を煽り日米離間を謀っているが、ならばロシアに対してはどうか。

 この旧ソ連の鬼畜の如き蛮行で亡くなった方は、広島・長崎で亡くなった方を遥かに超え、更にはシベリヤに抑留され極寒の地で亡くなった方も数え切れない。これを糾弾せずに何が「平和団体」か。

 抑留された日本人は、約60万人と言われているが、これは軍属だけの数字で民間人を含めると更に多い。ロシアの資料に拠れば約70万人、米国の資料では約90万人と言われている。

 ソ連の残虐非道、鬼畜の行為は終戦後も収まる事はなく、樺太では昭和20年8月20日、樺太真岡郵便局の女子郵便局員伊藤千枝(23歳)可香谷シゲ(23歳)沢田キミ(19歳)志賀晴代(22歳)高石みき(24歳)高城淑子(19歳)松橋みどり(17歳)吉田八重子(21歳)渡辺照(17歳)の9名が最後まで職務を全うし、最後は従容として青酸カリを服用し壮絶な最後を遂げた。南樺太でも鬼畜の如き残額行為の一部が外務省の外交文書に、生々しく書かれている。

「ソ連兵は30年来の怨みを晴らすはこの時なりとし邦人の所持品は一物をも残さず略奪し婦女子に対しては時所を弁えず暴行を加えるの暴挙に出て・・・」「ソ連進駐と共に市街の様は一変し、ソ連兵市内を横行し略奪を縦(ほしいまま)にして、9月1日女32名を監禁し、若き娘は毎日14,5名、年配の婦人は毎日10名交代に暴行を加えその結果6名は死亡し、然らざる者も負傷の為歩行の自由を失うに至る・・・」

 悲憤慟哭民族痛恨の日、8月9日を忘れるな!



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2012年08月06日

米国の原爆投下は予想以上の成果を齎し続けている

 今日は広島に原爆が投下された日、犠牲になられた方々の御冥福をお​祈りします。広島には「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」とい​う訳の分からぬ碑が建っている。自虐史観の象徴の様な碑だが、過​ちを犯したのは米国であり、大東亜戦争が悪い訳ではない。

 広島・長崎の「平和式典」は「反米」的な様相を呈しているが、東​京裁判史観に毒された連中が反米を唱え、「平和運動」などとは可笑しなものだ。

 今年も広島では「脱原発」は当然ながら、「核廃絶」に「フクシマ​」を利用する。広島・長崎は「被爆」であり、福島原発事故は「被​曝」だ。「被爆」は原爆に拠るもの、「被曝」は原発事故などで放射線の被​害に曝されていることを言う。

 「被爆」と「被曝」を一緒くたにし「反原発」「脱原発」を訴えるが、福島​を「ヒロシマ」「ナガサキ」と同様に「フクシマ」と呼ばれること​に、福島県人として違和感というより怒りを覚える。 

 福島県民として原発事故の影響を受けている現状を見れば「脱原発」は当然なのかも知れないが、今回の原発事故は、昨年のチリ地震を受けて、自公両党から出された防波堤などの安全・整備等に関する法案を却下した挙句、スーパー堤防などの予算も、民主党のパフォーマンスで「100年に一度来るかどうかの災害に莫大な予算は付けられない」として仕分けされた結果だった。

 原発周辺の防波堤を整備してさえいたら、被害は最小限に抑えられていただろう。それも批判せずに東電を始めとした電力会社だけを悪とするのは本末転倒だ。

 そう考えるとき、「脱原発」は菅にとっては天佑神助ともいうべき大震災を利用した究極のマッチポンプだったと断じざるを得ない。

 保安院のやらせに代表される原発行政の問題や、財界を中心とした原発利益共同体によって「安全神話」が垂れ流されたことは当然猛省すべきだろうが、原子力の平和利用でさえもノーとなれば、日本が執るべき「核武装」は、とんでもないこととして抹殺されるだろう。

 だが、安全も平和も創り出さなくてはならない時代、防災も国防も領土の保全も同一線上に在るという観点から、やはり原子力は必要なものとして、新たな防災と国防強化を図るべきなのだ。 

 被爆国として余りにも原子力に敏感になり過ぎているのは事実。異常ともいえる核アレルギーにしろ、米国の原爆投下はその被害以上のものを日本に残したと言えるのではなかろうか。

 左翼の反米も反日も行き着くところは米軍の行った自虐史観であり、米国の統治下での弱体化政策は今も尚予想以上の成果を齎し続けている。

 抑抑、米国による原爆投下は日本人への人種差別と人体実験から行ったものだ。6日の広島、9日の長崎への原爆投下を受け、日本政府は14日、終にポツダム宣言の受諾を決定した。この結果を見て、原爆投下が大東亜戦争の終結を早めたという人がいるが、事実はそうではない。

 元駐日大使のグルー国務長官代理が中心になって作成されたポツダム宣言の原案には「天皇制」存続の保障が盛り込まれていた。

 日本政府は和平を模索していることを知っていたので、天皇制存続を保障する案なら受け入れられる可能性が極めて高いと考えた。

 ところが反日的なスチムソン陸軍長官やバーンズ国務長官は元国務長官のハルの助言によって、この項目を最後の土壇場、ポツダム会議直前で削除してしまった。即ちポツダム宣言は、日本が極めて受け容れ難い内容になっていたのである。

 そのことをよく認識していたトルーマン大統領は、ポツダム宣言発表前日(7月25日)の日記に、「この兵器(原爆)は、今から8月10日迄の間に使用されることになる」と記している。

 日本政府がポツダム宣言を「黙殺」したから原爆が投下されたというのは真っ赤な嘘であることは、このトルーマンの日記が明瞭に証明している。

 原爆を日本に投下することになった背景は根強い人種偏見が在る。米国が原爆投下を決定したのは1943(昭和18)年5月のことで、原爆搭載機を対日戦用のB-29を選んだ。翌44(昭和19)年9月米英間の秘密覚書「ハイド・パーク協定」に、原爆は日本に対して使用されるであろうと明記された。

 こんな不可思議な決定は、人種偏見、日本人蔑視以外に合理的根拠は見つからない。更に、その後の米軍の広島長崎で執った「放射能治療方法交流禁止」「被爆者カルテ没収」など、目に余る人権蹂躪行為を見ると「動物実験」としての原爆投下だったのではとすら思えて来る。

 トルーマン大統領の日記には 「ジャップどもは野蛮人で、冷酷、無慈悲且つ狂信的な連中だ」とも記されていることでも人種差別、日本人蔑視は明らかだ。

 未だに日本人蔑視が蔓延る米国に「国防」という国の大本を委ね、まやかしの平和に現を抜かしている時代ではない。真の「平和」も「安全」も日本人自らが創り出さなくてはならない時代なのだ。

 「反原発」「脱原発」によって、「核武装」という国防上最重要ともいえる問題をも否定されることがあってはならない。

cordial8317 at 06:30|Permalink

2012年08月04日

今こそ東京裁判の不当性を検証すべし



 大東亜戦争は支那事変(日中戦争)に端を発した日本の侵略戦争ではない。東京裁判史観に侵された連中は、未だに洗脳から醒めないばかりか、日清・日露戦争まで侵略戦争だと断罪する始末。斯くも日本人は劣化してしまった。

 歴史の検証をする際、我が国の罪を論うことは大事だが、国際法違反の広島・長崎への原爆投下、日本の各都市への無差別絨毯爆撃の罪を糾弾することを忘れてはならないし、国際条約である「日ソ中立条約」を一方的に破棄して参戦し、鬼畜の如く振舞ったソ連の蛮行も決して忘れてはならない。

 また、靖國参拝は中韓を刺激するから、外交的にマイナスだという声もあるが、中共については軍事力を増強し続け、海洋調査船が日本の排他的経済水域に於いて不当な活動を繰り返し、加えて尖閣諸島の領有権をも主張している。

 韓国も同様で、島根県竹島を不法占拠し、北方領土海域に於ける漁業権確保をロシアとの間で契約している。つまり、今日只今を以てしても、両国は日本への敵対行為を採っている国なのだ。そのことには目を瞑り、相手を刺激する事のみを心配する論理は、正に東京裁判史観に毒された自虐の思想以外の何ものでもない。

 凡そ国家が存在するならば、他国を刺激しないなどということがあるだろうか。国家は自存の為に国益を主張し、国益は往々にして対立することを免れない。

 然らば、他国を刺激しないという理由は、自国の国益を放棄することに他ならない。「近隣諸国を刺激しない」という、戦後日本の国是は誤りなのだ。

 皮肉なことに過去に於いて被害者であったと声高に主張する国が、現代では我が国の主権を侵し続けていることだけでも連中に被害を口にする資格はない。

 百歩も千歩も譲って、我が国が過去のある時代に悪逆非道の犯罪者だったらどうだというのか。それでも我等は生きて行かねばならないのである。

 同胞を拉致されながら他人事の様に涼しい顔をし、先祖の領土を略奪され主権を侵害されながら、拱手傍観している訳には参らないのだ。

 大切なのは古今東西、世界に蔓延る覇権主義の克服を主張すべきであって、他国の覇権主義に目を瞑り、一方的に自虐の淵に止め処なく漬かり込むことではない。インドのパル判事は東京裁判の無罪判決の最後をこう結んでいる。

「時が、熱狂と偏見を和らげた暁には、また理性が、虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁には、そのときこそ正義の女神はその秤を平衡に保ちながら、過去の賞罰の多くに、そのところを変えることを要求するであろう」

 今こそ、東京裁判の不当性を検証すべきである。

cordial8317 at 07:13|Permalink