2012年05月

2012年05月31日

革命家として人生を終えたいものだ・・・

 40年前の昭和45(1972)年5月30日、イスラエルテル​アビブ空港乱射事件が起きた。犯行を実行したのは日本赤軍幹部​の奥平剛士(当時27歳)と、京都大生だった安田安之(当時25歳)、鹿児島大生だった岡本公三(当時25歳)の3名だった。

 愚生は当時小学6年生だったが衝撃的な事件で記憶が残っている。「革命」という​ものを朧げに感じたのはこの時だったかもしれない。その後、日教組の担​任らの影響もあったのだろう、真逆の右翼思想に共鳴して行った(笑)​ 

 大学入学と共に縁あって防共挺身隊に所属する。初代総隊長は福田進。因みに福田​の父は福田素顕(社会主義者として官憲に弾圧を受け支那に亡命し、その後蒋介石と共に台湾へ​、後に日本へ戻る。国家社会主義者。初代防共新聞社社主)。

 その​福田の著書「日本人と油虫」に次の様な一節が在る。

 俺はまだアラブを知らない。アラブでは夜空に輝く星が、
今にも落​ちて来るのじゃないかと思うくらい綺麗なんだってな。
連合赤軍の兵士てえ自称する、共産主義の三匹の油虫のアンチャンは​、
イスラエルの空港で好き勝手に暴れ回ってユダ公をぶっ殺した。
​生き残った一匹は、
『我々三人は死んだ後オリオンの三つの星になろ​うと考えていた』、
その言葉は稚拙ではあるが、荒廃した日本にはない​ロマンを感じさせるんだなあ。
アラブという国が、
日本青年をして​死を覚悟するまで革命に駆り立てる何かがあるとすれば、
俺も夢多​き一人として一度アラブへ行って見たい衝動に駆られる。
きっとア​ラブの夜空に燦然と輝くオリオンの星が、
油虫の俺を魅きつけるの​かも知れない・・・

 國士舘大学時代にこの本に出会い、いつの日か自分も満天の星が煌めくアラブに行き​たいと思ってはいるのだが未だ実現出来ないでいるが熱が醒めた訳ではない。

 右翼人だからという訳ではないだろうが、チェ・ゲバラ、カストロ​、ビンラディン、カダフィといった革命家や愛国者には共鳴を覚え​る。

 ゲバラの様な革命家に出会っていれば、行動を共にしたに違いない​。ゲバラもカストロも共産主義者だが愛国者だ。世界には多くの左翼がいるが、その全ては愛国者だ。日本の左翼の​様な売国奴は世界でも稀で、珍現象の一つだろう。呵呵。

 30年来所属していた防共挺身隊を辞めてから三年が経った。右翼人として恥じることは一つもないが、袂を分かつた盟友から「除籍通知」なるモノを出された。別に気にするものではないが盟友が寂し、辞めて三年は蟄居しようと心に決めた。

 自分自身に科した三年という謹慎生活が今日で明ける。といっても浪人人生には変わりはないが、辞めてから始めたブログやら新聞や雑誌への投稿やfacebookやTwitterなどSNSの知らない世界を経験し、右翼人としても視野が広がったと自負しているし、今後の右翼活動に生かし、出来れば後進を育ててみたい。

 今後は、宣伝車でも造って破邪顕正と勧善懲悪の糾弾活動でもしたいと思っているが、慢性的手元不如意が身に付いてそう簡単には実現出来そうもない。

 また今日も酒を呷って悲憤慷慨するのが関の山というのが悲しい。革命家として人生を終えたいものだが「死んで名も無きの星になる」のは未だ未だ先の様だ。

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2012年05月30日

中共大使館李春光1等書記官がスパイ活動

 在日中共大使館の李春光1等書記官がスパイ活動で警視庁公安部から出頭要請されたが、李書記官は当然の如く逃亡した。

 この人物は福島県の「須賀川市日中友好協会」の国際交流員も務め、福島大学大学院の修士号も取得しているというから県民として良心の呵責に堪えない。

 10年ほど前、須賀川市の友好協会の支部長だった相楽市長に、抗議と質問状を渡したことがあったが、間違いではなかったということだ。

 尤も日本国内でスパイ活動容疑で検挙されたところで軽微な罪にしかならず、喫緊に「機密保護法(スパイ防止法)」などの法整備が必要だと痛感する。

 現在米国を始め、アフリカ大陸、ヨーロッパ、全ての都市が支那人で溢れ返っている。大陸を出て他国に根を下ろす「華僑」「華人」は全世界で4800万に上る。

 シナの人口は約13億4千万人で地球上の全人口の5分の1を占める。国土は日本の26倍だが不毛な土地も多く移民となって海外に出て行くものが後を絶たない。

 この移民が「華僑」「華人」である。「華僑」は海外に移住する支那公民で「華人」は居住国の国籍を取得した華僑とその子孫を指す。

 中華人民共和国(中共)が建国されたのが昭和24(1949)年10月1日。その頃の華僑、華人は1200万人というから、約60年で4倍に膨れ上がった計算だ。

 ここ数年での殖え方が目立つ。中共は、移住者や留学生らを使って諜報(スパイ)活動をするのは常套手段であり、移住した海外でのスパイ活動を活発化させ、各国の機密を盗み、軍事力や経済力を強化を謀っているのは周知の事実。

 世界の何処の国も機密情報の漏洩には神経を尖らせ、スパイ活動で逮捕されれば極刑は免れない。しかし、未だに日本は「スパイ天国」と侮られながらも一向にスパイ活動が無くなる気配も、対策を講じる気配もないのは何故なのだろう。

 日本国内でスパイ活動が後を絶たないのは、諸外国に比べ量刑が軽過ぎるのが原因だ。スパイ映画が面白いのは捕まれば殺されるから。でも、日本国内でスパイ容疑で逮捕されても殺されることはないし、罰金刑で済まされる(苦笑)

  今や日本の永住者の数は在日を抜き支那人がトップの約70万人。これに日本国籍取得者や不法滞在者を加えると100万人を優に超える。

 外国人犯罪者は以前から日本をナメきっている。そこへ加えて件のビザの緩和などの甘い対応は更に状況を悪化させるのは火を見るより明らかだ。

 支那人犯罪者による凶悪犯罪の増加という現実を無視した上で、治安を一層悪化させる「査証(ビザ)の簡素化」や移民政策は国民感情に反するだけでなく、極めて危険、且つ無責任なものと断じても好かろう。

 嘗ては世界一安全といわれた日本が、外国人の急増、それも支那人の増加によって安全を脅かされていることは、幾ら不精な人でも気付いているだろう。生命の保証、財産の安全に優る国益はないのだ。

 世界が支那人移住者に警戒している今、日本ではその支那人のビザ​を緩和し、留学生を優遇し、生活保護費をばら撒き、更には「参政権」までをも与​えようとしているのは狂気の沙汰と言う他はない。

 李春光1等書記官のスパイ行為は氷山の一角であり、今こそ「機密保護法」などの法整備を急ぎ、スパイは極刑を以て処罰するべきである。

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㊙警視庁公安部

 在日中共大使館の一等書記官がスパイ活動で警視庁公安部から出頭要請されたが、書記官は当然の如く逃亡した。まぁ、日本でスパイ活動で検挙されたところで軽微な罪にしかならず、喫緊に「機密保護法(スパイ防止法)」などの法整備が必要だと痛感する。

 ところで、出頭要請した警視庁公安部というのはどんな組織なのだろう。

【警視庁公安部】
 過激派の集会を視察する私服の捜査員。警視庁公安部は、公安を担当する警視​庁の組織で、東京都を管轄とする公安警察。

 警視庁公安部は日本の警察で唯一、独立した「部」を置いており、​多くの捜査員を抱えている。これは単に人口が多いからというだけ​でなく、東京には日本共産党をはじめとする対象団体の本部や各国​の大使館(外交官は逮捕されないなど色々と便利な事がある為、ス​パイは外交官として大使館に勤めている場合が多い)がある為であ​る。

 他の道府県警察本部の場合は、警備部内に公安課や外事課を設置し​ている。また、日本の各警察署では警備課に公安係、外事係を設置​することがある。

 警視庁公安部を初めとする公安警察は警察庁警備局の指揮の下活動​する。左翼や右翼は公安課が担当し、外事捜査に関しては外事情報​部(防諜は外事課、国際テロ対策は国際テロリズム対策課)が担当​する。

〈捜査方法〉
 捜査対象は政治犯やカルトなど特殊な対象のため、そのほとんどが​機密に包まれる。

 通常は、対象団体の集会の視察や構成員を追尾する視察作業が多い​。構成員を饗応して協力者に仕立て上げ(獲得工作という)、情報​を収集することもある。対象とする犯罪も特殊なだけに、事件発生​後に捜査するのではなく、不審な対象を発見した場合は公共秩序を​乱す行為を行っていなくとも捜査対象に置く場合がある。

〈外事捜査〉

 日本警察において外務的な捜査や、防諜を担当する部門は外事課で​ある。スパイに対する捜査や在日外国人団体関連の捜査を行う。国​外において日本の司法警察に法的な捜査権はないが、現地の捜査機​関と密接に捜査協力を行ったり、特にテロ捜査のためには海外での​情報収集も積極的に展開する。同時に防衛省情報本部や公安調査庁​と協力を行っている。

 また各国大使館や国外の情報機関(西側諸国の機関 主としてアメ​リカ中央情報局や連邦捜査局、イギリス情報局秘密情報部など)と​も密接な関係を保っており、不穏な国内情勢や国際情勢はすぐさま​公安部に伝えられ、常にテロやゲリラなど国家治安維持に関係する​事態に警戒できる体制が敷かれている。

〈公安部員〉

公安部員の性質は一般的な警察官に比べて情報機関要員に近く、業​務の特殊性から顔・体格・素性・素振りなどを部外者(これは一般​人のみならず、刑事・交通・地域など他部の警察官も含む)に覚え​られることを嫌う。そのため、マスクなどで顔を隠していることも​多い。声を覚えられることを警戒する公安部員もおり、部外者とは​雑談さえも控えている者もいる。一般市民が公安部員と接触する機​会は全くといっていいほどない。また、現職の警察官であっても、​公安部員と合同で捜査や業務を行うことは非常に少ない。そのため​公安部員については、たとえ同期の警察官であっても、詳細な所属​先や業務内容が分からないと言われている。

〈対象犯罪〉

 政治犯
 カルト団体
 国際及び国内テロリスト
 警察内部の防諜
 軍事的な重武装を行うゲリラなどの犯罪
 皇族だと身分を詐称する人物に関するもの、例えば有栖川宮詐欺事​件など。
 同盟国以外の外国政府の要員による諜報活動(実際、金大中事件以​外、情報収集活動・不法工作を行なった者が摘発された例はない)
 特に警戒される事件として北朝鮮による日本人拉致問題などの北朝​鮮の国家機関が関係すると見られる犯罪

〈組織〉

 公安総務課 庶務:庶務係(公安部内庶務) 第一公安捜査:公安管理係(公安部運用)、第1、第2係(デモ対​応) 第二公安捜査:第3、第4係(反戦デモ) 第三公安捜査:第5、第6係(反戦デモ) 第四公安捜査:第7、第8係(左翼政治団体対応) 第五公安捜査:第9、第10係(左翼政治団体対応) 日本共産党、市民運動、反グローバリズム運動、カルトなどを捜査​対象とする。総務課相当の業務は庶務係と公安管理係が行う。 公安第一課 第一公安捜査:第1係(課内庶務)、第2係(極左警備情報) 第二公安捜査:第3、第4係(極左情報収集) 第三公安捜査:第5、第6係(日本赤軍情報収集) 第四公安捜査:第7、第8係(極左情報収集) 極左暴力集団(=新左翼の過激派。警察用語)を捜査対象とする 公安第二課 第一公安捜査:第1係(課内庶務)、第2、第3係(労働争議関係​) 第二公安捜査:第4、第5、第6、第7係(過激派関係情報収集)​ 労働組合、極左のうち革マル派等を捜査対象とする 公安第三課 第一公安捜査:第1係(課内庶務)、第2係(右翼情報) 第二公安捜査:第3、第4係(右翼情報) 第三公安捜査:第5係(右翼情報) 右翼団体を捜査対象とする 公安第四課 第一公安資料:第1係(課内庶務、公安関係統計) 第二公安資料:第2係(公安資料整理) 資料管理 外事第一課 外事:第1係(課内庶務)、第2係(在外大使館関係) 欧米:第3、第4、第5係(欧米関係外事捜査) ロシアや、摘発例は寡少だが東ヨーロッパ等旧共産圏のスパイを捜​査対象とする また犯罪経歴証明書の発行も担当 外事第二課 アジア第一:第1係(課内庶務)、第2係(アジア関係外事捜査)​ アジア第二:第3、第4、第5係(アジア関係外事捜査) アジア第三:第6、第7係(アジア関係外事捜査) 東アジア地域、特に中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国、共​産圏諸国のスパイを捜査対象とする 外事第三課 国際テロ第一:第1係(課内庶務)、第2係(国際テロ情報) 国際テロ第二:第3、第4係(外国人テロ情報) 国際テロリストや、こちらも摘発例は寡少だが中東地域のスパイを​捜査対象とする 公安機動捜査隊 隊本部(庶務係、運用係)、各班。NBCテロ対策班を置いている​。目黒区目黒一丁目に隊本部が在る。

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2012年05月18日

シュガーキングと呼ばれた男・松江春次



 台湾に烏山頭ダムを設計した八田興一の銅像が在るが、当時は台湾は日本領であり、それ以外に外国で建てられた日本人の銅像は二人だけだったという。

 一人は、医学者 野口英世博士、そしてもう一人は、映画「バルトの楽園」で有名になった板東捕虜収容所所長・松江豊寿大佐の実弟、松江春次氏だ。野口英世、松江春次両人共に福島県人で同じ年、然も、実際に交流が有ったというから凄い。

 後に「キング・オブ・シュガー 」と称された松江春次は、明治9年(1876)市内馬場町(現在の中央二丁目)に生まれ、会津中学(現会津高校)を卒業し、苦学して東京工業学校(現東京工業大学)応用化学科を卒業し、大日本製糖に入社。

 春次は米国ルイジアナ大学にも留学し砂糖科を卒業するも、技術習得の為にヨーロッパに出向。31歳で帰国し、そして日本初の角砂糖の製造に成功する。

 その後も製糖会社を転々とし、台湾での製糖業で成功を収めるも、自身が描く南洋開発の夢の為に退社。当時、5万人もの日本人が入植していた「南国の楽園」と言われたサイパン島に渡った。

 しかし、実際にはサイパン島では、国の入植事業に失敗した千人の日本人が生活に苦しんでいた。島を調査し、製糖事業の成功を確信した春次は、地元の人々を救う為に「南洋興発株式会社」を設立、開拓に着手する。

 やがて製糖事業は大成功し日本からも多くの入植者を迎えた。成功した春次は成金趣味を持たず会津人らしく質素な生活を続け育英事業に私財を投じた。

 自分の苦難の経験から「青年に投資する」を持論とし、自分の土地、株券を売却し、故郷の会津工業高校へ33万円(現在の数億円に相当)を寄付し、機械科を創設させ、多くの技術者が育ち日本に貢献することとなる。

 会津の白虎隊の悲劇は誰もが知るところだが、こうした会津の若者の悲運が、春次が日本の将来の為にも青年を育てなければという思いに駆られたのだと思う。

 第二次世界大戦は激烈を極め、日本軍は終に敗走する。サイパンを占領した米軍は残された「キング・オブ・シュガー・松江春次像」の倒壊を謀るが、地元住民からの懇願で断念したという。春次が如何に慕われていたかが想像出来る。

 春次は、敗戦で財産の殆どを失ったが、砂糖製造を中心に開発事業に成功した優れた開拓者として今も尚語り伝えられている、福島が生んだ英雄である。

 晩年、春次はサイパンへの郷愁を抱きながら、酒を酌み交わすことが楽しみだったという。春次が好んで揮った「生来無一物(しょうらいむいちぶつ)」の渾身の書に、激動の時代を生き抜いた春次の人となりを感じる。

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2012年05月09日

財政再建は薩摩の「調所笑左衛門」に学ぶべし!

 消費税増税を柱とした社会保障と税の一体改革関連法案が審議入りした。消費税増税反対の小沢の党員資格回復も重なり、政局は一気に波乱含みだ。

 消費税増税は致し方ないような雰囲気が巷間漂っているが、社会保障と税の一体改革というなら、先ずは膨れ上がる国債の利率を先ずは廃止したら如何か。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というが、財政再建を歴史上の人物で見倣うべきなら、薩摩藩の調所笑左衛門(ずしょしょうざえもん)だろう。

 江戸時代も中期から後期になると、殆どの大名は藩の財政に苦しんでいた。算段は、市中の商人や金貸しから借りなくてはやりくり出来なかったという。

 七十七万石の薩摩藩も例外ではなく「武を以て尊しとする」薩摩藩は経済を軽視し、二十五代藩主の島津重豪(しげひで)は西洋被れもあり、大金を投じて「天文館」を建てたり、博物全書を出版したりと資金を湯水の様に浪費した。

 その結果は当然の如く、文政十年(1827年)の頃には、薩摩藩は五百万両もの借金を抱えることとなったという。この頃の薩摩藩の石高(税収)は年間十五万両程度だったというから、実に年間予算の33倍もの借金を負っていたことになる。

 現在、国の税収は40兆円余りで、借金は1000兆円程度の約25倍。そう考えれば今の日本政府よりも財政的に酷かったというのが理解出来る。

 そこで登場したのが調所笑左衛門。元々は殿様の茶坊主だったが、経理の才能に秀でてた為に小納戸役頭取に抜擢され藩の財政再建を一任されることとなった。

 茶坊主らしく知恵を働かせた笑左衛門は、債権者に「借金の返済方法について相談したいことがあるのでお越し願いたい。証文の書き換えをしたいので持参されたし」との通知を出した。債権者は疑いも無く城に上る。

 債権者らは幾ばくかの返済を当てにして赴いたのだろうが、笑左衛門は証文を出させると、何と火鉢の中に投げ入れてしまったのだ。唖然とする債権者。

 そこで笑左衛門は必死の形相で呆然とする債権者に向かって「借金は二百五十年腑で御返しする。但し、利息は付けない。無理は承知。それが否だというなら私を突くなり、斬るなり好きにしてくれ」と言い放った。

 債権者にしてみれば証文は灰だし、商人が武士に楯突ける訳も無し。「笑左衛門さまがここまで覚悟を決めたのは余程のことが在るのだろう」と、年二万両ずつ二百五十年かけての返済に同意することとなった。

 その後、藩内の経費を切り詰め、一方では南の島の黒砂糖貿易を独占して財政を立て直した。重豪の次の藩主の斉彬が藩内の工業化に成功したことで藩の財政は潤い、明治維新という日本の開国に大きく寄与して行くこととなった。

 因みに、年二万両の返済は笑左衛門の約束通り、明治初頭までは続けられていたが、廃藩置県により藩が消滅し約束は反故されたのは言うまでもない。

 現在の税収が40兆円余りしか無いのに社会保障や医療、教育費、防衛予算、公共事業などの一般会計予算は90兆円を優に超える。国債発行に伴う利息の支払いを止めりには調所笑左衛門のやり方を見倣ってみては如何か。呵呵。

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2012年05月02日

沢田研二の「我が窮状」を嗤う

 芸能界には愛国者と思われる保守的な芸能人も多くいるが、それとは逆に共産党シンパや無自覚左翼も少なくない。芸能人の「言葉」は社会的影響が大きいだけに、ハリウッド俳優の如く安易に政治的発言をするのは慎んで欲しいものだ。

 一世を風靡した「ジュリー」こと沢田研二は共産党に利用されてる一人。憲法「九条を守りたい」と自ら詩を付けたバラード「我が窮状」を制作した。「憲法」という言葉は使わず九条を「守りきりたい」と歌い、コンサートで人気らしい(笑)

 地元紙に沢田研二の憲法観というかバカを披瀝しているインタビュー記事が載っていた。これが実に笑えるものばかり。正しいと思い込んでる故に始末に負えない。

「アメリカから与えられた憲法だという人がいるが、世界に誇れる宝物だと思う。特に惹かれるのは戦争を放棄するという部分。やられたらやり返すじゃない。日本人の宗教観で受け入れられる感覚だと思う」というが日本人の宗教観って(笑)

「どの家でもお父さんが怒っても、お母さんが我慢すれば喧嘩にならない」と、悪いのはいつでも親父らしい。左翼思想を通り越してジェンダーフリー(苦笑)

「他国に宣戦布告されて迎え撃ちに出ることになったら若い人達が召集されて、国の未来を考えると良いことはないですよ。国の軍隊同士の戦いと言っても、結局普通の人が巻き込まれる。自分の家族が死傷者に含まれていたら、国の為、大義の為で片付けられないでしょう」とは、思わず「勝手にしやがれ!」と言いたくなった(笑)

「世界中の宗教絡みの争いも、どっかで止めれば、或いは我慢すれば無くなる」という。ここまで来ると、余りの短絡的思考に憐憫さを禁じ得ない。

「若い人は自分のことで手一杯でしょう。長く生きて来た僕らが考えないといけない問題なのだと感じます。」と締め括っていたが、歌手として何を歌おうが勝手だが、九条を「世界に誇れる宝物」だとか、「若い人は自分のことで手一杯」だからとか、アホな自説と解釈を垂れ流すのは勘弁して貰いたいものだ。

 第九条の「戦争放棄に関する条項」は、世界大戦後に国連が勧めた「不戦条約」がその源であり、日本や米国、英国、仏国、伊国など多くの国が締結している。

 しかし、戦争放棄の国際条約を結んでから、世界は皮肉な事に条約とは全く正反対の道を歩んで往ったという現実を沢田はどう考えているのだろう。

 平和主義を憲法で謳っている国は80ヶ国以上在り、イタリア、スペイン、ハンガリー、エクアドル、フィリピンは日本と同じ規定が在る。

 沢田研二ら護憲派は「世界で唯一の平和憲法」と賛美しているが、この認識こそが日本人の奢り以外の何ものでもない。「護憲」とは正に「誤憲」なのだ。

 沢田らは「戦後民主主義」に拘泥する余り、自分の考えこそ絶対として全く聞く耳を持たないが、誤憲、人権、平和団体などの無自覚左翼に共通するものは、物事の見方が薄っぺらで、実に腹立たしいものが多いことだ。

 こうした無自覚左翼の芸能人を「九条の会」を始め、共産党は利用する。そういうことも分からない沢田研二も結局は破壊活動家なんだろうな。

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