2011年11月

2011年11月30日

皆さんは、「袴田事件」を知っていますか?


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 DVDで「BOX」(袴田事件 命とは)」を初めて観た。「こんな不条理が在っても良いのだろうか」と言うのが正直な感想だ。

 捜査の「可視化」には反対していたが、其処には警察や検察の正義が在るということを信じてのことだが、この映画を観たらそんな考えは吹っ飛んだ。

 「袴田事件」は、昭和41年6月30日未明、静岡県清水市(現静岡市)の味噌製造会社の専務宅から出火し全焼。焼け跡から一家4人の死体が発見され、その後、味噌工場の二階の寮に住み込みで働いていた袴田巌さんが逮捕された。

 証拠品は、微量の血痕が付着したパジャマのみ。物的証拠が乏しい中、長時間の過酷な取調べによって、終には袴田さんは自白してしまった。

 ところが、一審の公判中の昭和42年8月31日、工場内の味噌タンクの中から麻袋に入っていた血痕の付着した衣類が発見され、パジャマから一転しこの衣類が証拠となった。

 パジャマの血痕、味噌タンクに一年も入っていたとは思えない衣服、犯行時に使用したと言われる切り出しナイフなど、誰が見ても不可思議な物的証拠と不当な捜査だったが、昭和55年に上告が棄却され死刑が確定した。

 翌年、静岡地裁に再審を申し立てるも、平成6年棄却。現在は、東京高裁第二刑事部に即時抗告審継続中だ。

 冤罪を生む理由には、捜査のいい加減さや自白の強要や捏造、証拠品の不確かな鑑定など様々だろうが、今の時代は科学捜査が当たり前になっているが、一昔前には信じられない様な驚く鑑定が相次いだのも事実。

 昭和24年、弘前大学の松永藤雄教授宅で妻が何者かに咽を斬られ殺された事件が起きた。近所に住む那須隆という男が逮捕され、彼の着衣から血痕が見つかり、それを証拠に犯人と断定された。

 彼は犯行を否認した儘で起訴され、「反省も無い」との理由から15年の刑を丸々務めることになった。 

 那須さんが釈放されて間もなく、「弘前大学教授夫人殺害は自分だ」と、滝谷福松という男が名乗り出る。

 彼の証言によれば、教授宅はミシン修理に行って面識もあり、犯行時の詳細を供述し、紛れもなく滝谷福松の犯行だったことが明らかになった。

 那須氏は早速仙台高裁に再審請求するが、何故か高裁は棄却。2年後、那須氏が再審請求すると今度はあっさり受理され、無罪判決が出た。鑑定の結果、当時証拠とされた着衣の血痕は別のものだったという。

 そんな事は始めから判りきっているのに、何故に2年前には再審請求が却下されたのか。何のことはない、血液鑑定を行った古畑種基東大教授が生きていたからだった。

 要は事実の解明よりも、科学捜査研究所所長も務め、文化勲章を授与された古畑教授の名誉が優先されたのだった。

 2年の間に古畑が鬼籍に入り、漸く無罪判決を得るが、こんないい加減な鑑定や判決が当たり前の様に行われていたという事実に驚きは隠せない。

 「袴田事件」を担当した紅林麻雄も、やはり拷問による尋問、自白の強要、供述調書の捏造、自己の先入観による捜査方法の常習者だったという。

 「二俣事件」「幸浦事件」「小島事件」など、紅林が主導した捜査での行き過ぎが指摘されている。その紅林も罰が当たったのか、脳梗塞で鬼籍に入った。

 冤罪を生む元凶は、捜査に携わる人間の驕りや傲慢さ、更には、間違いを認めず、屋上屋を架すからだろう。

 「過ちて改めざる此れを過ちという」諺も在るし、「過ちては即ち改むるに憚ること勿れ」とも言うではないか。

 今からでも遅くはない、事件を知る関係者は名乗り出て真実を語って欲しいものだ。袴田受刑者の健康を祈るばかり。

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cordial8317 at 15:13|Permalink

2011年11月27日

「女性宮家論」は所謂「天皇制廃止運動」の一環である

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 何故にこのタイミングなのか。陛下の御退院に合わせた如くの報道を訝しく思っている国民は多い。小泉政権下で議論された「女系天皇問題」は、秋篠宮悠仁親王殿下の御生誕で沈静化された。だが、何故、又候「女性宮家」の創設なのか。

 女性宮家を創設したところで一般男子から皇族になろうとする国民が出るとも思えない。

 皇族の数を云々言うならば、皇室典範第12条の「皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる」を見直すよりも、同15条の「皇族以外の者及びその子孫は、女子が皇后となる場合及び皇族男子と婚姻する場合を除いては、皇族となることがない」との条項を改正し、旧皇族の皇籍復帰を成すべきだろう。

「女系天皇問題」が活発に論議されていた平成17年、女系天皇容認論に対して、三笠宮寛仁親王殿下が会長を勤める福祉団体「柏朋会」の会報「ざ・とど」で、公なものではない私的な見解と前置きした上で、女系天皇に明確に反対し旧皇族の皇籍復帰などを求めているが、隻眼を有する意見である。

 寛仁親王殿下は「世界に類の見ない我が国固有の歴史と伝統を平成の御世でいとも簡単に変更して良いのか」と当時の女系天皇論を批判し、また「万世一系125代の天子様の皇統が貴重な理由は、神話の時代の初代神武天皇から連綿として一度の例外も無く、『男系』で続いて来ているという厳然たる事実」と主張した。

 その上で、男系継承を維持する為の方法として、皇室典範を改正して、歴史上の幾つかの方法論を提起している。

 1.臣下降下された皇籍離脱した旧皇族の皇籍復帰。

 2.現在の女性皇族(内親王)に旧皇族(男系)から養子を取れる様にし、その方に皇位継承権を与える。(差当たり内廷皇族と直宮のみに留める)

 3.元皇族に廃絶になった宮家(秩父宮・高松宮)の祭祀を継承して戴き、宮家を再興する。(将来の常陸宮家・三笠宮家もこの範疇に入る)

 4・として、嘗ての様に「側室」を置くという手も有りますが、国内外共に今の世相からは少々難しいかと思うと述べられている。

 最後に親王殿下は、「陛下や皇太子様は、御自分達の家系の事ですから御自身で、発言される事はお出来になりませんから、民主主義の世であるならば、国民一人一人が、我が国を形成する『民草』の一員として、2665年(当時)歴史と伝統に対しきちんと意見を持ち発言をして戴かなければ、いつの日か、『天皇』はいらないという議論にまで発展するでしょう」と結んでいる。

 又候、蠢き出した「女性宮家」論は、「天皇制廃止運動」の枢要な柱として、昭和40年(1970年)代半ば頃に、純然たる共産主義者が発案したもので、1932年に出された、ソ連共産党から日本共産党への「命令書(コミュンテルンテーゼ)」の命令遂行であり、「皇族の数が少ないから」との理由は付けたりに過ぎない。断固として反対せなばならない愚論だ。

 男系男子に限定する皇位継承や宮家を、「女性が天皇になれないのは可笑しい」だとか、「女性宮家がないのは女性差別」だと絶叫しているのは、「男女共同参画社会」を成立させた名うての売国奴どもであり、「男女共同参画社会」は、その名の通り「共産(共参)社会」の実現。

「女性宮家」「女系天皇」論は、その精神異常者らが煽動している所謂「天皇制廃止運動」、畢竟、日本解体工作なのだ。

 蛆虫共産党ならいざ知らず、政府民主党や自民党からこうしたものが提起されること自体、日本は想像以上に日本の国柄が破壊されてしまっている様に感じる。 国民よ、騙されるな!

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cordial8317 at 06:03|Permalink

2011年11月25日

危急存亡の秋、今こそ三島由紀夫の精神を想起せよ!

 11月25日は、三島由紀夫、森田必勝が同志と共に、市ヶ谷駐屯地に於いて米国依存体制からの脱却を訴え、壮絶な死を遂げた日だ。「憂国忌」や「野分祭」など、全国で三島、森田両烈士の追悼が行われる。

 現在、政治の混乱、機能不全、経済の停滞と低迷、社会の沈滞と退廃と、重苦しい閉塞感が国全体を覆い尽くしているが、凡そ、日本の歴史の中で此れ程までに堕落した時代はないのではないだろうか。

 此れらの諸問題を打開し、日本再生の転換点とすべきかは、正に政治家を始め、国民一人一人が三島、森田烈士の憂国の至情を想起し、行動に移すことだろう。

 三島は「文化防衛論」の中で、「もし革命勢力、ないし容共政権が成立した場合に、例えたった一人の容共的な閣僚が入っても、もしこれが警察権力に手を及ぼすことが出来れは、忽ち警察署長以下の中堅下級幹部の首の挿げ替えを徐々に始め、或いは若い警官の中に細胞を潜ませ、警察を内部から崩壊させるであろう」と論じている。

 民主党政権下で、「永住外国人地方参政権」や「戦時性的強制被害者法案」、更には「夫婦別姓」「戸籍法改悪」「人権救済機関の設置」「日教組主導の教育関連政策」「外国人住民基本法案」「男女共働参画社会」「ジェンダフリー」「子ども権利条例」「無防備都市宣言」挙句は「女性天皇論」など、反日的且つ亡国的な政策実行が謀られているが、今、正に三島が危惧した、行政権にカタチを変えた共産主義が入り込もうとしているのだ。

 更には、TPPに参加し、この期に及んでも日米強化を謀るとは狂気の沙汰、国家主権の放棄であろう。

 三島はこうした事態に対し、「我々はあらゆる革命に反対するものではない。暴力的手段たると非暴力的手段たるとを問わず、共産主義を行政権と連結せしめようとするあらゆる企画、あらゆる行動に反対するものである。この連結の企画とは、所謂民主連合政権(容共政権)の成立及びその企画を含むことを言うまでもない。名目的たると実質的たるとを問わず、共産主義が行政権と連結するあらゆる態様に我々は反対するものである」 と訴えているが、今こそ、三島精神を継承する真の日本人が、亡国的企画・政策と対峙して行かねば成らない。

 三島は「檄文」でこう述べている。「我々は戦後の経済的繁栄に現を抜かし、国の大本を忘れ国民精神を失い、本を正さずして末に走りその場凌ぎの偽善に走り、政治は自己保身、権力欲、偽善のみに捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されず誤魔化され、日本人自ら、日本の歴史と伝統を潰して行くのを歯噛みしながら見ていなければならなかった・・・」

 旧来の思想や社会構造を打破しようとする時、常軌を逸した行動が生まれる。その行動こそが正気の狂気であり、この狂気こそが閉塞感を打破する力に成り得るのだ。危急存亡の秋、今こそ三島由紀夫の精神を想起すべし!

 《三 島 由 紀 夫 演 説 文》

 私は、自衛隊に、この様な状況で話すのは空しい。しかし乍ら私は、自衛隊というものを、この自衛隊を頼もしく思ったからだ。こういう事を考えたんだ。しかし日本は、経済的繁栄に現を抜かして、ついには精神的にカラッポに陥って、政治はただ謀略・欺傲心だけ………。これは日本でだ。ただ一つ、日本の魂を持っているのは、自衛隊で有るべきだ。

 我々は、自衛隊に対して、日本人の………。然るにだ、我々は自衛隊というものに心から………。 静聴せよ、静聴。静聴せい。

 自衛隊が日本の………の裏に、日本の大本を正して良い事はないぞ。

 以上を我々が感じたからだ。それは日本の根本が歪んでいるんだ。それを誰も気が付かないんだ。
日本の根源の歪みを気が付かない、それでだ、その日本の歪みを正すのが自衞隊、それが………。 静聴せい。静聴せい。

 それだけに、我々は自衛隊を支援したんだ。静聴せいと言ったら分からんのか。静聴せい。

 それでだ、去年の十月の二十一日だ。何が起こったか。去年の十月二十一日に何が起こったか。去年の十月二十一日にはだ、新宿で、反戦デーのデモが行われて、これが完全に警察力で制圧されたんだ。俺はあれを見た日に、此れはいかんぞ、此れは憲法が改正されないと感じたんだ。

 何故か。その日を何故か。それはだ、自民党というものはだ、自民党というものはだ、警察権力を以て如何なるデモも鎮圧できるという自信を持ったからだ。

 治安出動は要らなくなったんだ。治安出動は要らなくなったんだ。治安出動が要らなくなったのが、既に憲法改正が不可能になったのだ。分かるか、この理屈が………。

 諸君は、去年の一〇・二一から後だ、最早憲法を守る軍隊になってしまったんだよ。自衛隊が二十年間、血と涙で待った憲法改正ってものの機会は無いんだ。もうそれは政治的プログラムから外されたんだ。終には外されたんだ、それは。どうしてそれに気が付いてくれなかったんだ。

 去年の一〇・二一から一年間、俺は自衛隊が怒るのを待ってた。もうこれで憲法改正のチャンスはない!自衛隊が国軍になる日はない!建軍の本義はない!それを私は最も嘆いていたんだ。自衛隊にとって建軍の本義とは何だ。日本を護る事。日本を護るとは何だ。日本を護るとは、天皇を中心とする歴史と文化の伝統を護る事である。

 お前ら聞けぇ、聞けぇ!静かにせい、静かにせい!話を聞けっ!男一匹が、命をかけて諸君に訴えてるんだぞ。いいか。いいか。

 それがだ、今日本人がだ、此処でもって立ち上がらなければ、自衛隊が立ち上がらなきゃ、憲法改正ってものは無いんだよ。諸君は永久にだねえ、唯アメリカの軍隊になってしまうんだぞ。諸君と日本の………アメリカからしかこないんだ。

 シビリアン・コントロール………シビリアン・コントロールに毒されてんだ。シビリアン・コントロールというのはだな、新憲法下で堪えるのが、シビリアン・コントロールじゃないぞ。

 ………そこでだ、俺は四年待ったんだよ。俺は四年待ったんだ。自衛隊が立ち上がる日を。………そうした自衛隊の………最後の三十分に、最後の三十分に………待ってるんだよ。

 諸君は武士だろう。諸君は武士だろう。武士ならば、自分を否定する憲法を、どうして守るんだ。どうして自分の否定する憲法のため、自分らを否定する憲法というものにペコペコするんだ。此れが在る限り、諸君てものは永久に救われんのだぞ。

 諸君は永久にだね、今の憲法は政治的謀略に、諸君が合憲だかの如く装っているが、自衛隊は違憲なんだよ。自衛隊は違憲なんだ。貴様達も違憲だ。憲法というものは、終に自衛隊というものは、憲法を守る軍隊になったのだということに、どうして気が付かんのだ!俺は諸君がそれを断つ日を、待ちに待ってたんだ。諸君はその中でも、ただ小さい根性ばっかりに惑わされて、本当に日本の為に立ち上がる時は無いんだ。

 憲法の為に、日本を骨無しにした憲法に従って来た、という、事を知らないのか。諸君の中に、一人でも俺と一緒に立つ奴はいないのか。

 一人もいないんだな。よし!武というものはだ、刀というものはなんだ。自分の使命………。

 未だ諸君は憲法改正の為に立ち上がらないと、見極めが付いた。此れで、俺の自衛隊に対する夢は無くなったんだ。それでは此処で、俺は、天皇陛下万歳を叫ぶ。

 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳!



cordial8317 at 06:23|Permalink

2011年11月24日

現状に甘んじれば、何も問題はなかっただろうが・・・

 エルネスト・チェ・ゲバラのDVDを借りて来た。「チェ・ゲバラ(革命と戦いの日々)」「28歳の革命」「39歳別れの手紙」の3本。「チェ・ゲバラ(革命と戦いの日々)」以外は以前映画館で観たものだ。改めてチェ・ゲバラの偉大さというか純粋さを思い知った。

 三島由紀夫は「自己犠牲に達しない思想は卑しい思想だ」と明言したが、「人は何の為に死ぬのか」「人は何の為に死なねばならないのか」と、DVDを観ながら、唯唯口舌の徒に成り下がっている自分の現状を恥じ入った。 

 国士舘大学時代、所属していた防共挺身隊・羽田支部の岩瀬支部長の自宅にチェ・ゲバラのパネルが飾って在り、初めてその存在を知った。

 「革命家」なんぞ知らない愚生は、支部長に彼是と伺った。その後、チェ・ゲバラの本を読んだり、色々と調べたりしているうちに、支部長と同様に、チェ・ゲバラは尊敬する革命家の一人となり、革命家として生きたいとの、未熟ながらもそうした夢を懐いたのは最早30年も前のことだ。

 学生時代古本屋で購入した三好徹の「チェ・ゲバラ伝」という本が在るが、チェ・ゲバラを知るには恰好な本だと思う。随分草臥れて来てはいるが時々取り出しては読み耽っている。

 1974年に第1刷が出されているが、チェ・ゲバラが亡くなったのは1967年。亡くなってから日が浅いため、取材するにも相手方の記憶が鮮明で、その為に実にリアルに書かれて在る。「28歳の革命」と「39歳別れの手紙」は、恐らくこの本を参考にしたのではないだろうか。 

 チェ・ゲバラの様な共産主義者に出会っていれば、そういう道に進んだかも知れない。日本の左翼には愛国者がいないのは世界の珍現象だろうが、そんなクソどもに付いてく日本人はいないだろう。

 チェ・ゲバラも、アメリカにアングロサクソンとして生まれていれば敬虔なカトリック教徒として国に忠誠を誓っただろうし、イスラエルに生まれていればユダヤ教徒になっていただろう。イスラムならウサマ・ビンラディンと共に行動していたかも知れない。宗教や思想信条は、結局、何時の時代に何処で生まれたかの問題なのだ。 

 山川草木、存在する全てのものに八百万の神が宿っている日本に生を享け、日本を愛し、日本の歴史や伝統、文化を護りたいと思うのは日本人なら当然だろう。

 それが「右翼」と言われるのなら、それはそれで諒とするが、愚生は自分では「右翼」だとは思ってはいない。何故ならマルクスやエンゲルの思想と戦っている訳ではないからだ。日本に住み、日本の恩恵を受けながら、日本に誇りを持てず、蔑み、貶め、卑下し、罵詈雑言の限りをつくしている連中が無性に腹立たしいだけだ。

 映画の中の、「現状に甘んじれば、何も問題はなかっただろうが・・・」との台詞が、耳にこびり付いて離れない。


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2011年11月23日

今日は「新嘗祭」 収穫を祝い、神に感謝を捧げよう!

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 今日11月23日は、勤労感謝の日。神々の加護と人々の勤労によって可能になる万物の生産を祝い、国民が互いに感謝し合う日だ。旧くは「新嘗祭(しんじょうさい、にいなめさい)」として、11月下旬の卯の日とされ、明治6年以降は11月23日に行われることとなった。

 GHQの神道指令などもあり、昭和23年に、「勤労感謝の日」に改められた。因みに天皇の即位後初めて行うものを「大嘗祭(だいじょうさい)」という。宮中では天皇陛下が新穀を神々に供え、厳かに儀式を執り行う。

 県内でも「山ノ神講」として、山々の神に感謝し収穫を祝う行事が各地で行われるが、要は仲間同士が集まっての飲み会だ。俗に、口喧しくなった愚妻を「山の神」とも揶揄するが、頭が上がらず、いつも感謝しているという意味では神様も妻君も同じだろう。呵呵。

 農水省に拠ると、一等米比率が年々低下し、コメ農家の収入に深刻な影響を及ぼしているという。今年は米価が下落し、人気のコシヒカリは随分安価になった。価格が下がった事で、量販店や外食産業からの引き合いも増えていると言うから消費者とっては嬉しい限りだ。

 今迄、安い不味い米を購入していた人が一等米の味を覚え、消費拡大になれば御の字だが、生産者にしてみれば米価安での減収は、戸別所得保障制度で補填されるとはいえ気の毒と言う他ない。

 米は手間隙を考えれば高いものではなく、多少高くても地元の米を購入することが、延いては地域活性に繋がると言うことを知るべきなのだ。野菜然り、魚も然り。

 政府はTPP参加を表明し、農水産業や農山漁村関係者が死活問題だとして反対するのは理解出来るが、それよりも、如何に日本のものが安全で美味、且つ「地産地消」こそが地域を活性化させるものだとの認識を共有し、啓蒙する事こそが大事だと思う。

 今迄も、安易に農産物の輸入し、色々と問題が発覚しているが、TPP参加に因って、益々日本の農業は衰退の一途を辿るであろうことは火を見るより明らかで、日本人が当り前に食べている日本の米が消えるかも知れないのだ。そういう意味でもTPP参加は、「百害あって一利なし」、国益を害するものなのだ。

 国策としての農業振興と、食の安全保障や食料自給率の向上は急務だが、政府や国会議員など頭の中は景気対策やその場凌ぎの偽善ばかりで、真剣に「農」を考える言葉は発せられない。

 「農業」とは愛郷心、祖国愛に繋がるもので、愛情がそこには無くてはならないのだ。世界各国も、「農業」の保護政策が行われているが、「農は国の本」ということを自覚しているからで、ところが日本は戦後GHQに拠り、「農本主義」的国家観は排除され、大輸出国の米国の戦略に嵌った儘で、更に今、米国主導のTPPに参加しようなどとは狂気の沙汰と言う他ない。

 国防という国家の大本を米国に委ねた儘、軍事的安全保障でも自立出来ず、食料安保でも自立出来ず、これで果たして真の独立国家といえるのだろうか。国造りと農業の関係を経済論で語ることは、国家や郷土愛を放棄したものと誹られても仕方ないだろう。

 我々は「平成の農本主義」を構築する為にも、安易な輸入物の購入を拒否し、国産物を購入し自給率向上を真剣に考えるべきだ。「TPP問題」や「東日本大震災」は、戦後の魂無き経済的繁栄に終止符を打つべき天佑神助なのかも知れない。

 今日は「神々の加護と人々の勤労によって可能になる万物の生産を祝い、国民が互いに感謝し合う日」であり、豊穣の秋に、家族や仲間と一献やりつつ、日本の在るべき姿を語り合っては如何ですか。

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cordial8317 at 07:24|Permalink

2011年11月19日

比叡山・延暦寺が暴力団の参詣を拒否

 比叡山・延暦寺は、「暴力団排除条例」施行に基づき、暴力団の参詣を断わるという。比叡山は1200年前、伝教大師最澄が、国の安泰と国民の幸せを祈念する為に比叡山に開闢した山で、法然や栄西、親鸞、道元、日蓮といった開祖も修行された場所だ。その根本は「一隅を照らす、是即ち国宝なり」というもので、一人一人が相手を思いやり、自分の出来ることを精一杯行えば、自然に周りも感化され善くなって行くという教えだ。愚生も何度か訪れたことが有るが、「山門」との異名に相応しい、荘厳さ溢れる寺院だ。

 確かに愚生の周りでも、排除して頂きたいチンピラヤクザも少なくないが、戦前のレッドパージでも在るまいし、暴力団と雖も人権は護るべきだろう。「暴力団」という呼称は、戦後に警察やマスコミが命名したものだという。高が「暴力団排除条例」如きで、思想・信条の自由や宗教の自由が守られている憲法を蹂躙し、1200年の及ぶその教えを曲げ、暴力団を一括りに差別してる様では、延暦寺に真の教えは無く、所詮は営利至上主義だと揶揄されても仕方在るまい。

 何故かこの「暴力団排除条例」に対しては、人権派団体や人権派弁護士から批判や意見を耳にすることはない。 日頃、五月蝿く「人権」や「差別」を糾弾する人権派は、何故にダンマリを決め込むのか。こういう時も同じ様に、世間に問題提起すべきだろう。尤も、被害者家族の気持ちなど何のその、キチガイの如く「死刑廃止」を訴えている人権派なんぞ、所詮、偽善の人権派、世間から嫌われている暴力団の擁護などやる訳はない。こうしたインチキ人権派や似非平和団体に共通するのは、物事の見方が実に薄っぺらい。こういう輩を「懲りない人々」というのだ。

 「暴力団排除条例」は、暴力団関係者との会食、ゴルフ、旅行など交際を繰り返すことで、警察がその人物に対し「密接交際者」と見做し、認定を行うことを可能にするというものだ。この認定が下されれば、該当者が金融機関からの融資を受けたり、当座預金の開設が出来なくなったり、住宅の賃貸契約も出来なくなるという。本来の暴力団排除という目的よりも、条例が曲解され一般人が泣かされることになるのは明らか。「暴力団排除条例」は「住民基本条例」や「子ども権利条例」などと同じ、トンデモ条例だと断じざるを得ない。

 一方、民主党亡国政府は、「外国人地方参政権付与」や「外国人住民基本法案」を始め、「人権擁護法案」や「人権侵害救済法案」成立に躍起になっているが、此れらの法案が可決されれば、「暴力団排除条例」の効力は失うことになるのは必至だろう。 暴力団を「反社会勢力」というなら、民主党こそ反社会勢力の筆頭で、日本にとって「百害有って一利無し」、暴力団より先ずは売国・民主党を排除すべきと思うが如何だろう。呵呵。



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2011年11月17日

日本人が日本語を正しく使わずして、「国際化社会」などとは痴ましい

 日本国憲法第一条には「天皇は日本国の象徴であり日本国民の統合の象徴であって、この地位は主権の存する日本国民の総意に基づく」と在る。日頃、「平和憲法を守れ」だとか「改憲反対」を主張する売国マスゴミの中でも、朝日、毎日、NHKは、皇室用語に敬語は使わない。この事実だけ見ても連中が、「平和憲法を守れ」などと言う資格は無い。如何に「護憲」派が「誤憲」派なのかが理解出来よう。

 売国マスゴミの「敬称・敬語不使用」や「開かれた皇室論」の姿勢は、今や国内に蔓延し、天皇陛下や皇室に対する敬愛の念を薄れさせている。陛下御不例の報道や皇太子妃殿下の一連の報道を見ても、無礼極まるものばかり。今回の報道を機に、国内に蔓延する日本語の乱れを直すことこそ急務であろう。

 日本人が日本語を正しく使わずして、「国際化社会」などとは痴ましい。明治の先覚者は、外来語を全て新漢字に翻訳し、西洋文化を学んだ。現代人の様に外来語をそのまま羅列し、軽薄な舶来趣味と比べれば、明治人の気骨と気概、高い見識を伺い知ることが出来る。日本語に自信を持ち、何処までも日本語で主張し、日本文化を貫いたからこそ発展が得られたのだ。今こそ日本語文化を世界に普及し、日本の和の心を伝え、世界平和の実現を図る上でも、日本人自身が乱れた日本語を正すことこそ大事である。

 1932年、ソ連共産党から日本共産党へ「コミュンテルンテーゼ(命令書)」が出される。その中の「天皇制廃止運動」は、「天皇の戦争責任・退位論」に始まり、「開かれた皇室論」と「敬称・敬語不使用運動」を指令されている。それは平成の御代に入っても、「女性天皇論」として「反天皇制運動」は継続されている。「愛子さま」「美智子さま」「雅子さま」「紀子さま」との呼称は、国民が殆ど知らぬ間に共産党の命令書を忠実に遂行している様なものなのだ。

 本来の日本国民ならば、敬宮殿下、皇后陛下、皇太子妃殿下、秋篠宮妃殿下と呼ぶべきで、こうした「開かれた皇室論」から、日本の伝統文化や美徳が喪失して行くということを自覚すべきだろう。我が国は天皇陛下を族長と仰ぐ家族国家であり、この国体は万邦無比である。戦前の様に「畏れ多くも畏くも」とは言わないまでも、節度ある敬意を表するべきである。

 ソ連や東欧諸国が崩壊し、流石に左翼団体はイデオロギーを言い難くなり、その「カタチ」は実に陰湿になっている。「カタチ」を変えた左翼勢力は歴史教科書問題、従軍慰安婦、夫婦別姓、男女共同参画社会、人権擁護法案、協働・共生社会、女性天皇論、ジェンダフリー、無防備都市宣言、子ども権利条例とあらゆる「カタチ」で国家解体を目論んでいる。永住外国人への地方参政権付与や外国人住民基本法案、更にはTPPも、国家の「カタチ」を大きく変えようとする危険なものなのだ。

 「国際化時代の今、他所の国ではこうしている」といった安っぽい主張ばかりが先行し、やれ友好だとか親善だとか、実に曖昧な次元で、「国際化社会に向けて日本もグローバル化するべきだ」との考えが蔓延してしまっている気がしてならない。TPPを推進する野田は軽々しく「国益」との言葉を口にするが、今やその本質も理解することなく、政府民主党内や自民党内の保守派などにも浸透し、更には全国の行政へと深く入り込んでしまっていることに危機感を懐いている良識派は少ない。こうした問題点や危険性を徹底的に指摘し、批判することは肝要で、国内に巣食う蛆虫どもを抉り出し、粛正しよう。



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2011年11月16日

北朝鮮のプロパガンダに利用されたW杯サッカー予選

 「サッカーW杯ブラジル大会アジア3次予選第5戦」という長ったらしい試合が、北朝鮮の平壌「金日成競技場」で行われ、北朝鮮に1-0で敗れた。拉致問題が解決の兆しすら見えない中で、「政治とスポーツは別」だと言わんばかりに、日本人サポーターの北朝鮮への出国を許可し、挙句の果ては良いところもなく北朝鮮に敗北してりゃ世話ないっての。出場をボイコットすることは出来なかったのだろうか。政治問題をスポーツに絡めるのは止めるべきとの声を聞くが、昨日の試合こそ北朝鮮の政治的デモンストレーションであり、プロパガンダだろう。

 日本人同胞が拉致され、塗炭の苦しみを強いられていることを歯牙にも掛けない様なスポーツマンシップなど要らない。1980(昭和55)年、旧ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議して、米国や西側諸国がモスクワオリンピックをボイコットを決め、日本もそれに同調した。ボイコットによって、当時金メダル確実と言われた柔道の山下康裕やレスリングの高田裕司、マラソンの瀬古利彦、水泳の長崎宏子、男子体操といった選手が涙を呑んだ。山下選手は涙を流し、「個人ででも出場したい」とインタビューで答え、その言動は批判を招いた。

 スポーツが政治に利用されることは往往にして在ることだ。有名なのが、1936年のドイツのベルリンオリンピックだろう。「オリンピックはユダヤの祭典だ」と、開催に難色を示していたアドルフ・ヒトラーだが、オリンピックがプロパガンダに利用出来ることを知ったヒトラーは、オリンピックを開催を実行する。米国や英国は、ヒトラーのナチスの人種差別などを批判し、ボイコットを示唆していたが、「政治とスポーツは別」だとして最終的には出場を決めた。

 結果、ヒトラーの政治的パフォーマンスとプロパガンダはまんまと成功し、オリンピックを成功裏に終れば、ヒトラーも大人しやかになるだろうとの米英の思惑は脆くも崩れ去った。オリンピック後ヒトラーは、ラインラントへ侵攻し、スペインへ大量の爆撃機を送り、オリンピックの2年後にはオーストリアを併合し、ズデーデン地方へも侵攻。その翌年の1939年9月にはポーランドに侵攻し、そして第二次世界大戦が勃発するに至ったのだ。

 第二次世界大戦勃発は歴史家の間ではドイツのポーランド侵攻とされているが、歴史家で元駐日大使のライスシャワーは、このポーランド侵攻の2年前の1937年の上海での中国軍による日本海軍への全面攻撃こそが第二次世界大戦の始まりだと主張している。条約上の権利の下に上海に駐留していた僅か2500人の日本海軍「上海特別陸戦隊」に対し、1936年8月13日、12万以上の中国軍による全面攻撃が行なわれた。此れこそが第二次世界大戦の始まりだと言うが、蓋し正鵠を射ている。この1936年8月13日こそ、ドイツでベルリンオリンピックが開催されていた時期なのだ。

 「政治とスポーツは別」だとの主張こそ「平和ボケ」の象徴で、こうした世論誘導は、マスコミが放映権や放送権を欲しいが為の詭弁であろう。拉致問題が解決せずして北朝鮮との国交など言語道断だ。W杯予選で北朝鮮戦をボイコットし、それにより日本が失格になろうとも、それによって世界に北朝鮮による拉致問題や人権問題が提起されれば良いではないか。北朝鮮に行ったサポーターの一人は、「日本が勝っていたらどうなっていたか」と、会場の異様な雰囲気を怖がった。日の丸はダメ、鳴り物、横断幕もダメ、挙句は君が代にブーイング、そんなこと始めっから判ってることだろっての(爆)

 

cordial8317 at 06:18|Permalink

2011年11月15日

11月15日に生まれ11月15日に死んだ坂本龍馬

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 11月15日は坂本 龍馬が、京都の醤油商・近江屋で暗殺された日だ。竜馬は天保6年11月15日(1836年1月3日)生まれ、暗殺された日も、慶応3年11月15日(1867年12月10日)、11月15日は坂本竜馬にとっても竜馬ファンにとっても思い出深い日だ。

 龍馬は近江屋に、脱出する事が出来る隠れ家を土蔵に作っていたというが、風邪を引いていた龍馬は土蔵ではなく、来訪した中岡慎太郎と近江屋のニ階で、好物の「鶏の水炊き」を食らいながら歓談していた。

 部屋には二人の他に、龍馬の護衛をしていた元・力士の山田藤吉の三人。その日、近江屋に南大和の「十津川郷土」と名乗る男らが訪ねて来る。

 山田が対応したが、部屋へ向かう途中に山田は後ろから斬られ、続いて龍馬と中岡が襲撃された。

 龍馬は即死に近く、仄聞されている様な、「わしゃ脳をやられちゅうきダメじゃ」という台詞を吐く間もなかったのではなかろうか。中岡は襲撃からニ日後に亡くなった。

 龍馬暗殺の謎暗殺について、「護衛の山田藤吉は何故、客人を疑わずに通したのか」、「龍馬はピストルを持っていたのに、一発も発砲されていないのは何故か」「中岡の暗殺に、龍馬が巻き込まれたのではないか」など謎は多いが、竜馬のカリスマと共に後に想像されていったのではないだろうか。

 坂本龍馬という人物は、幕末には然程有名ではなかったという。維新後数十年が経ち、地元紙に「坂本龍馬特集」が連載され、それが人気に火を点け、現在に続いている。

 坂本龍馬暗殺の実行犯は今でも歴史家の意見も様々で、「京都見廻組」と「新撰組」に分かれている。「京都見廻組説」では、明治時代に入り、元・隊士だった今井信郎、渡辺篤が、佐々木只三郎らと実行したとの証言を理由に挙げる。

 「新撰組説」では、新撰組の隊士が通っていた料理屋の下駄や新撰組隊士の原田左之助刀の鞘が、襲撃後、近江屋に残されていたとの説を挙げる。だが、そうしたことも龍馬の神秘性を高めている様だ。

 幕藩体制下に於いて「横議横行」を勧め、「脱藩せよ!」と叫んだのが吉田松陰だが、その「横議横行」を実践した人物として最も有名なのは坂本竜馬だろう。

 「横議横行」とは、自由気儘に各地を歩き回り、出合った人達と大いに議論し語り明かすことだが、幕藩体制下ではそれも儘ならなかった。明治維新は、こうした陋習を、龍馬を始めとした草莽の志士らが打ち破り、「横議横行」の実践したことに拠るものだと言っても過言ではない。

 時代の寵児として活躍した人物の共通の特徴は「言葉」が違うことだ。

 大衆の心を引き付けるのは「言葉」を以て他に無い。土佐の町人郷士の次男に生まれた坂本竜馬は、正に「言葉の達人」だったのだろう。

 彼が幕閣とも勤王の志士とも通じ、後には薩長連合の仕掛け人として、明治維新を豪腕で引き寄せた立役者足り得たのは、説得の技術、畢竟、言葉の豊かさに拠るものだろう。

 更にもう一つは、彼が「歩く人」だったことだ。交通の不便だった時代に、龍馬は実に驚く距離を行き来している。

 家を飛び出し、多くの人と顔を突き合わせ「横議横行」することは実に大切なことで、その邂逅こそが自分や周りは勿論、時代をも変える可能性を秘めていると確信している。

 蟄居も厭きたし、そろそろ放浪の旅に出て「横議横行」したいものだ。だが待てよ、それより手元の不如意をどうにかせねば。呵呵。

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cordial8317 at 05:43|Permalink

2011年11月09日

「米国」に摺り寄るか「中共」に阿るかとは此れ如何に

 日米関係を軽視して来た民主党がこの期に及んでTPPに参加し、「日米同盟を強化する」とは下手な落語のオチを聞いてる様だ。普天間問題で迷走を続けた民主党は、鳩山の跡を継いだ菅が突如として「TPP参加」を表明した。

 菅にしてみりゃ贖いの意味も有ったのだろう、中身もよく分からずにオバマに諂った。待ってましたとばかり、親米保守を自認する前原はTPP交渉を進め、同類の野田も同調する。日中関係や、日露関係での側面支援を米国に期待しているのだろうが、それはチョッと虫が良過ぎるというものだ。

 TPPを推進する親米保守派は口々に中共の脅威を煽り、「日本の執るべき道は日米同盟の強化だ」と宣うが、日本の選択肢は本当にそれしかないのだろうか。愚生の周りでは「今こそ攘夷しかない」とする意見や、「鎖国しても善いのでは」という声も聞くが、極論とはいえ理解出来る。

 世界で、美的感受性や道徳の圧倒的高さを有する国家は日本を措いて他はない。世界中が嘘八百並べても日本だけは絶対にしない。それによって経済成長が鈍ろうとも、絶対に世界の真似をしないという、そういう自信や誇りというものを失ってはならないのだ。そういう意味では孤高の日本で良いし、攘夷や鎖国ということも選択肢に有っても善かろう。

 似非保守派は、「米国を取るか、中共に呑まれるか」と究極の選択をしろと言うが、それこそ「ウンコ味のカレーか、カレー味のウンコ」を選ぶ様なものだろう。世界の二大元凶は米国と中共。何故にその二大元凶に阿なければならないのか。

 昔から、アジアの動乱の原因は米国と共産主義だったという事実を忘れてはならない。日本がTPPに参加してもしなくても、最終的には米中の覇権争いに巻き込まれ、再び、極東アジアの日本とアジア全体に不幸を齎すことは火を見るより明らかだ。

 「日露戦争」後、動乱の全てにキリスト教徒と天道教徒が、「ハーグ国際会議」後の騒乱にキリスト教徒が、「寺内総督暗殺未遂事件」でも、逮捕された122人の殆どがキリスト教徒だった。

 米国内の秘密結社「新民会」による「五賊」「七賊」、所謂「親日派」の大臣暗殺計画、3.1独立運動、支那での5.4運動、支那事変、大東亜戦争も、米国と共産主義の巧妙な活動が最大原因だった。

 アジアの動乱の多くに米国人が係ったことは歴史が証明している。20世紀は正に、キリスト教徒の望んだプロレタリア独裁を標榜する中国共産党と米国が世界の脅威となったのだ。歴史は繰り返されるというが、今その米中が災いとなっている。

 政界ではTPP問題に右往左往し、国民を巻き込んでの大騒ぎだが、今の政治家に真に国益を守ろうなどという気概など全く感じない。連中が守りたいのは己らの体制だけだ。

 国防という国家の大本を米国に委ね、まやかしの平和を享受して来たツケが一気に露呈していることに誰もが眼を瞑り、恰もTPP参加こそが日米関係を揺るぎないものとするするものだとは本末転倒。

 国家主権と安全保障の確立こそが喫緊の最重要課題であり、TPP参加問題なんぞ棚上げし、震災復興を急ぐと同時に、何度も言うが、亡国憲法を破棄し、安保を再改定し、国防を強化こそ急ぐべきなのだ。



cordial8317 at 08:45|Permalink

2011年11月08日

TPP不参加となりゃオバマは怒り心頭に発するだろうなぁ

 TPPは、オバマが政権の命運を懸けて断行する経済侵略であり、日本の属国化に他ならない。推進派は同盟強化こそ日本の生き残る道であり、乗り遅れれば中共に呑み込まれると煽るが、勿論中共に与する訳には行かないが、無理無体、理不尽な事を平気でやる米国との同盟強化も慎重にしなければならない。

 米国という国は何事も自分の利益だけを考え、それを少しも不条理とも不道徳とも思わぬ国だ。国益を守るとはそういうことであり、日本も倣うべきところでもあろう。米国が日本を友人だと持ち上げるのは、それが米国の為に有利で、そのほかの如何なる理由も大義名分も付け足りに過ぎない。

 一旦その利益が失われたならば、何ら躊躇することなく方向転換して敵側に立つことを少しも不思議と思わぬ国だから、決して心を許すことは出来ない。親米保守派は「反中国」を口にし、TPP参加こそが国益を守るものだと正義面して宣うが、実は米国の国益を優先し、日本の国益を毀損していることに気付くべきである。

 韓国が国連総会で、所謂「従軍慰安婦問題」を議題に上げるという。先般、危機的経済状況を助けて貰った恩義など少しも感じていない様だ。尤も、強請り、タカリ、恩知らずは今に始まったことでもないし、韓国から殊勝な言葉が出ることなど端から期待はしていない。

 この韓国側が打出の小槌の如く言い触らす「従軍慰安婦問題」や、中共が持ち出す「南京大虐殺」といった虚構は、実は米国が裏で糸を引いているものなのだ。東京大空襲などの無差別爆撃や広島・長崎への原爆投下を敢行した米国が、日本も韓国人女性を強制連行し慰安所で働かせ、南京では30万人も大量虐殺をしていたぞと言いたいが為にでっち上げたものだ。

 「捕鯨問題」も典型的なものだ。ベトナム戦争で、米国の使用した枯葉剤「エージェント・オレンジ」の環境に及ぼす影響を「国連人間環境会議」で討議されると、当時のキッシンジャー国務長官らは、突如として「捕鯨問題」をこの会議に無理矢理持ち出した。

 恰も、枯葉剤より鯨の絶滅の方が環境に及ぼす影響が大きいという理由だが、こうした無理往生なことを平気でやって来たのが米国なのだ。その後、グリンピースやシーシェパードなどの環境保護団体が増殖し、日本の調査捕鯨だけに理不尽な行為が続いているのは言うまでもない。

 世界の多くの問題の背後にいるものは何時も米国だ。 「世界の警察」を気取り、「正義」を口にし、我が物顔で世界を伸し歩いているが、圧倒的な軍事力を背景に、政治、経済、外交で強圧的な対外政策を執って来た結果、米国は傲慢となり、世界から反発を招くこととなった。

 米国への同時多発テロはその象徴だろう。不正義の下で呻吟している人々はあのテロを涙と歓声で賞賛した。日本がTPP不参加となれば米国の怒りを買うのは必至だろうが、従順な「イエスマン」を返上する好機とも言えよう。今こそ米国依存から脱却する意味でも、憲法を見直し、国防体制の強化を急がなければならない。





cordial8317 at 04:29|Permalink

2011年11月06日

野田が「平成の井伊直弼」ならば「平成の大獄」は如何に

 野田総理がTPP参加を表明し国内では賛否両論渦巻いているが、野田こそ「平成の井伊直弼」だと准えた声に思わず首肯した。

 周知の通り井伊直弼は、幕末の安政5年(1858年)、アメリカ・イギリス・フランス・ロシア・オランダの5ヵ国と夫夫、「日米修好通商条約・日英修好通商条約・日仏修好通商条約・日露修好通商条約・日蘭修好通商条約」条約(安政五ヶ国条約)を締結し、その後も、ポルトガル、プロシアとも同様の条約を結び、その後更にスイス、ベルギー、イタリア、デンマーク、明治になってからスペイン、スウェーデン・ノルウェー、オーストリア・ハンガリー等とも条約を締結する。

 幕府が各国と締結したこれらの条約は、治外法権による「領事裁判権」を承認させられたり、「関税自主権」を認められなかったり、日本にとっては正に屈辱的で不平等なものだったのだ。

 攘夷派は「勅許を待たずに調印した条約は無効だ」として此れを認めず、独断専行した井伊を厳しく非難。その結果、朝廷と幕府(公武)間の緊張が一気に高まり、「安政の大獄」や「桜田門外の変」などの事件が勃発したのは誰もが知るところだ。

 明治維新以後、新政府の最重要課題の一つとして条約改正交渉が各国と断続的に行われたが、その進展は捗捗しくなく、条約の不平等な部分が解消されるのは、実に日露戦争大勝利後の明治44年(1911年)のことだ。

 不平等条約の締結は外交圧力(軍事力)に屈した結果なのだが、TPPも正に「平成の不平等条約」、米国の外交圧力に屈しながら日本を「開国」するなどとは本末転倒で、TPPは開国ではなく米国の「属国」化だ。此れを機に憲法を見直し、国防を整備し、日米安保条約廃棄を検討すべきだ。

 「ネガティブリスト」という言葉を御存知だろうか。この言葉の意味は、簡単に説明すれば、「やってはいけない事柄をリストアップして、これ以外なら何をやっても構わない」ということなのだが、例えば、日本の「健康保険制度」は世界に誇れる医療制度だが、TPPのネガティブリストに「健康保険制度」は挙がっていない。

 厚労省や推進派などは「そんなバカなことが」と楽観視している様だが、TPPに加盟すれば、日本の世界に誇れる「健康保険制度」も「医療制度」も崩壊する危険も孕んでいるということなのだ。

 更に恐ろしいのは、締結国が市場開放をやり過ぎたとしても、それを緩和させることは出来ない「ラチェット規定」がTTPには組み込まれているということも看過出来ない。

 TPPでは、農産物問題というより、金融のサービスと投資の自由化がメインターゲットになるのは間違いない。また、公共事業にも各国が参入出来る様になり、その為に英語での発注案件公示をしなくてはならず、建設業界にとっても死活問題になるのは必至だろう。

 要するにTPPは、「平成の開国」という様な甘っちょろいものではなく、オバマが政権の命運を懸けて行う、「輸出倍増計画」「雇用対策」という名の経済侵略であり、属国化なのだ。「ISD条項」所謂「毒饅頭条項」が盛り込まれていることも鑑みても、やはりTPPには断固反対である。



cordial8317 at 13:24|Permalink

2011年11月05日

爆ちゃん、椎間板ヘルニアを患い身動きも儘ならず

 先週末の門下生との一波乱以来、腰に違和感を感じていたが、昨日、朝食を終え片付け様と立ち上がろうとしたら腰に激痛が走り、暫く動けずにいた。自業自得といえばそれまでだが、やはり身体は正直だ。老化とは思いたくはないが、そろそろTVショッピングで「皇潤」の世話にでもなるしかないか(笑)

 椎間板ヘルニアは10年程前にも経験済みだが、完治に向かっていたところだったから元の木阿弥。前回の激痛の際は、余りの痛さに「尿管結石」が再発したと思い込み、痛み止めを飲んでは見るも効果無く、結局、検査の結果「椎間板ヘルニア」と診断され、「家で安静にしている様に」とコルセットと湿布薬を渡された。前回は単なる不摂生と運動不足が原因で、体質改善しようと色々やってみた結果、バランスボールが効果があり、以来コツコツとやり続け、最近ではハードな筋トレも熟せる様になっていただけに痛恨事だ。

 寝返りすることも儘ならず、トイレに行くのも一大事、まぁどうせやることもないし、のんびり治すしかない。唯、しんどいのは老犬の世話で、食事や水、トイレに床擦れの手当てやらの介護をするにも一苦労で、それを知ってか知らずか(知る訳はないですが)、何が不満なのか、ワンワン、ギャ~ギャ~と五月蝿い(爆) それにしても2日の日じゃなくて良かったなぁ。何と悪運が強いのか、それとも単なる酒好きが功を奏しただけなのか(笑)

 そんな訳で昨日は一日、横になって、友人の大熊雄次氏から恵贈された「山口ニ矢供述調書」やら、届いたばかりの靖国神社の会報誌「靖國」やら何やらと読んでいた。山口ニ矢の供述調書は、以前、門下生からパソコンからダウンロードしたコピーを貰い幾度と無く読んでいたので、凡そのことは理解している積もりだったが、製本した物に目を通してみると改めて感ずる部分も多い。

 「靖國」ではコラム「靖濤」が好きだが、始まったばかりの「護國神社だより」も愉しみにしている頁だ。更に今月の論文は、立命館大学教授・北村稔氏の「A級戦犯はどのようにしてつくりだされたのかー知られざる背景を探るー」で、極東軍事裁判(東京裁判)での、所謂A級戦犯の「平和に対する罪」の不当性や論拠を論説しているが実に分かり易い。現在の平和や繁栄がこうした「戦犯」の汚名を着せられ続けている英霊の犠牲の上に存在しているということを決して忘れてはならない。

cordial8317 at 08:06|Permalink

2011年11月04日

友人達と「駒形どぜう」で一献

 一昨日、友人達と一献酌み交わす為に上京した。4時33分発の新幹線に乗車し、上野へ。地下鉄渋谷線に乗り換え浅草へ。7時の待ち合わせだったが、1時間ほど早く到着してしまった。一番乗りと思いきや、既に横浜の山崎さんが。浅草は「酉の市」ということで、待ち合わせした「駒形どぜう」も多くの客で賑っていた。

 そうこうしていると、大熊氏到着、着流し姿が粋だ。続いて隠岐氏登場。何やら神宮で東都リーグ優勝決定戦が行われていて、応援団OBの隠岐氏としても気が気じゃ無い様だ。その後の結果は残念ながら二位となったらしい。

 7時前、横浜の畏友も到着し、役者が揃った。先ずはビールで乾杯。酒肴は「鯨ベーコン」「玉葱の酢漬け」「玉子焼き」「鳥つくね」といった品々。夫夫飲み物を替え、愚生は「二之宮」という純米の冷酒を注文するも、隠岐氏から、「やっぱ男は升酒でしょ」とチクリ。

 ピッチが進むにつれ会話も弾む。気の置けない仲間と飲む酒ほど愉しいものはないが、此れに極上の料理と酒だもの言うことはない。

 軽く抓んだ後は愈々「どじょう鍋」、此れが店の佇まいと相俟って味わいも増すというものだ。駒形のそれは、同じどぜう鍋の名店「飯田屋」とはまた違って、どじょうも小ぶりで上品な感じだ。此れに「ささがきごぼう」とたっぷりの葱を載せて味わえば至福の一時。日本酒から焼酎へ替える頃は何時もの様に、酔いも絶好調となったのは言うまでもない。

 その後、浅草のバーの老舗「ネモ」へ。この店の酒の数の豊富さに圧倒される。「マティーニオンザロック」を注文、ジンは「ゴードン」で。流石に名店だけあって品の良い味わいに仕上がっていた。次に店のオリジナルのウイスキーを「トワイスアップ」で注文するも、バーテンに「いきなりトワイスアップより、少しずつ薄めてみては」と勧められ飲んでみると、此れが不思議なくらい味が変化して行くから面白い。マスターの人柄といい、また覘いて見たい名店だ。

 「それじゃ錦糸町へ行くぞ!」という畏友を宥め、酉の市が行われている鷲(おおとり)神社へ向かう。初めて行ったが中々の風情、こうした雰囲気はやはり浅草でしか味わえないだろう。大熊氏に熊手の土産を頂戴する。

 その後、「じゃ錦糸町へ」と執拗に食い下がる畏友を説得し、大熊氏行きつけのスナックへ移動、カラオケを愉しんだ。そこへ隠岐氏の倅が登場。何と今時珍しい学ラン姿に思わず嬉しくなった。聞けば、法政大学の応援団だという。隠岐さんも青学の応援団、親子揃って応援団とは素晴らしい。カラオケで法政大学の校歌を聞き、じゃあ此方も対抗しようと「國士舘々歌」をリクエストするもカラオケには入っていなかった。どうなってるんじゃコラ~(爆)

 その後横浜へ帰る畏友を見送り、〆は隠岐氏御用達の寿司屋で一献し、御開き。

 翌日、前々から隠岐さんに「合切袋」の店を紹介してと言われていたので、待ち合わせして、小島に在る「藤井袋物」へ。残念ながら連絡ミスで藤井さんに会えず、折角来たので、藤井さんの店の向かいの「秀鮨」の片山さんへ連絡し、近所の喫茶店で珈琲。秀さんとは暫くぶりで会ったが、元気そうで何より。女将さんもやって来て、1時間ほど雑談し別れた。

 時間を見れば昼、「蕎麦でもどうでしょう」となり、上野の老舗「蓮玉庵」へ。二日酔いだが、「酒でもどうですか」と問えば、「勿論」と即答、隠岐さんはビールの小瓶、愚生は「冷や」で乾杯。

 摘みは、蕎麦屋では定番の「板わさ」「月見とろ」と「葱みそ」でチビリチビリ。隠岐さんのピッチが次第に上がり、「鴨の燻製」と「焼き海苔」を追加。仕上げは「せいろ」、結局昼から御銚子10本近く空けてしまった。

 友と別れ難く、「大統領」へ。途中、大熊さんも合流するも、もう時間も時間、程無く撤収と相成った。大熊氏にまたまた「昇龍」のジャンボ餃子を土産に頂戴した。新幹線に乗った途端爆睡、はっと目覚めた時は郡山へ到着していた。隠岐社長並びに大熊氏の友情と御心遣いに痛み入る。合掌再拝。

 

cordial8317 at 04:09|Permalink