2011年01月

2011年01月31日

宮城県松島の「牡蠣小屋」で牡蠣を喰らう

 牡蠣のシーズン真っ盛りの今、昨日は友人四人で宮城県の松島の「牡蠣小屋」へ牡蠣の食べ放題に行って来た。朝8時前に郡山の自宅に迎えに来て貰い、一路松島へ。高速料金も安くなり、松島への道路も延長され随分便利になったものだ。

 9時半松島到着。早速順番待ちの名簿に記入する。既に12、3組30人程が記入していたが、10時30分の一回目に座れそうなビミョーな順番。

 暫し雑談しながら開店を待つ。開店時間になり、次々に名前が呼ばれるも結局一回目に入れず、次回の呼び出しを待った。生憎の曇天で、雪もチラホラ。寒さ凌ぎに近くに置かれているプレハブ小屋に移動し暖を取る。

 缶ビール片手にカップルや女性3人男性1人の大学時代の同級生だというグループを冷かしつつ談話を愉しんだ。「旅の恥はかき捨て」か、それとも「袖摺り合うも多生の縁」か、こうして旅先で出会った人との会話も一興だ。

 そうこうしてると名前が呼ばれ、出向くと「二人ずつ別々の席なら直ぐ座れる」というので即OKし、入店。牡蠣小屋へは今回で彼此5回目、手馴れたものだ。

 料金45分、一人2000円を支払い、宮城の地酒「日高見」とレモンを注文し席へ着く。一テーブル6人、相席の4人は2ヵ月前から予約し、初めて来たという福島市からの方達だった。 いざ乾杯。

 焼き台の上には300個位の牡蠣が蒸され、準備が整うのを待つ。担当のオバちゃんの説明が始まり、「お宅さんらは初めでが?」と聞かれたので「5回目」と答えるも、「ほだら勝手に食べでろ」ってなことで初めての客に牡蠣道を伝授してた。

 愈々蓋が開けられ、45分の闘いが始まった。日高見の冷酒をチビリとやりながら、焼き上がった牡蠣を剥いてレモンを絞りパクリ。この次期の牡蠣は最高だ。

 松島の牡蠣は小ぶりだが、旨みが凝縮されて幾らでも食べられる。結局、二人で殻を入れる一斗缶が満杯になる約200個程食べ時間終了となった。

 松島を後にし、一路蔵王温泉へ。ジンギスカン発祥の地という蔵王の店を目指すも、道を間違え急遽「遠刈田(とおがった)温泉へ変更。駅前の公衆浴場に立ち寄って、観光案内所で美味しい店を紹介して貰った。

 渡された観光地図からは少し離れているというその店は「賛久庵」で、本格手打ち蕎麦が有名だという。公衆浴場から車で2、3分程で到着し、メニューを見るも、蕎麦の店とは名ばかりの十割ではなくニ八蕎麦には唖然。

 とんかつやら豆腐料理やらでパッとしない。結局、白石も近いし名物の「温麺(うーめん)」なら無難だろうと、一杯630円也の「かけ」を注文することに。

 茶を運んでくる男性従業員に「温麺のかけ四つ」と注文すると、未だ聞いてないと言わんばかりに「少々お待ち下さい」との横柄な対応。かけ四つくらい一々メモを取らなくても覚えられるだろうに。観光客目当ての殿様商売だわな。

 これが不吉な予感の始まりで、程無く運ばれて来た温麺は、「かけ」だから何も入ってないのは良いとしても、刻み葱とその器の豪勢さとは裏腹に申し訳程度の温麺の量に一同ビックリ。「これで630円か」。これじゃ儲かるわな(苦笑)

 さぞ美味しいのかと食するも食べてガッカリ。店を出て、観光案内所に戻り、この店を紹介した職員に苦言を呈したのは言う迄もない(笑)

 夕方無事帰着し本宮市の行き付けの「焼き鳥・喜城」反省会。疲れ気味で今一つ盛り上がらない。程無くして、今回同道出来なかった友人も加わり、2時間程経ってから漸くエンジン全開。芋焼酎「武蔵」も3本目となったところで転戦。

 小腹も空いたので「おじやの店・幸楽」へ。此処の納豆入り「ミックスおじや」は絶品で、地元B級グルメの最高峰と言っても過言ではない。芋焼酎を入れ、アサリの酒蒸しに霜降りの馬刺し、鶏の唐揚げ、それにミックスおじやを注文。

 隣の席には何時の間にやら、先日の市長選で初当選をした高松義行市長一行様。高松市長の父上は愚生の中学校時代の社会科の先生で、剣道の顧問だった。顧問ということだけで剣道を教えてもらったことも無いが(笑)

 という訳で、市長も同席しての談論風発に盛り上がり、気が付くとあさりのバター焼きと馬刺しは無くなっていた。少しは残しとけっつ~の(怒)

 運転代行を呼んで御開きかと思いきや、誰かから「やっぱ〆はカレーラーメンだべ」という事となり「ひょうたん」へ。いやぁ、流石に〆のカレーラーメンはきつかったなぁ。おっさんには自殺行為だと猛省するも後の祭り(泣)

「翌日まで頭痛がし、食べられず、呻き伏して、前世と現世の境を隔てた様に、昨日の事は記憶が無く、公私の大事な用も怠って支障をきたす」(徒然草・第一七五段)。ということで昨夜も痛飲してしまった爆発五郎なのでした(笑)

cordial8317 at 12:31|Permalink

2011年01月28日

奸賊・小沢一郎、未だ猛省せず!

 奸賊・小沢一郎は「週刊文春」でインタビューに答える形で持論を展開し、所謂A級戦犯に「政治犯」だと罵詈を浴びせ、一昨年暮れの天皇陛下と中共政府副主席・習近平との謁見の経緯にも触れ、又しても厚顔無恥ぶりを発揮している。

 抑抑、我国には「戦犯」など存在してはいない。講和条約発効翌年の第十六国会で「戦傷病者戦没者遺族等援護法」が改正され、連合軍が定めたA、B、C級の区分に関係なく、「法務関係死亡者」「昭和殉難者」として法的に復権されている。それを小沢は「政治犯」などと罵るが英霊への冒涜は断じて許されるものではない。

 陛下と習近平の謁見についても小沢は「宮内庁の長官が陛下がお疲れだとか、他の日程が有るとか屁理屈を付けた」「陛下の御体調が優れないので有れば、他のどうでもいい様な日程を外せば良い」と言いたい放題。

 これらの記事に対し、羽毛田宮内庁長官は「当時ああいう対応をしたのは、陛下がお疲れになっているからという事ではない。『日中関係が重要だ』という話しだと、象徴天皇としての陛下の国際親善の在り様を損なう」と苦言を呈しとしている。

 小沢らが強行した拝謁は、世界各国が遵守してきた一ヶ月前迄の文書での正式申請の絶対前提を無視したばかりか、日本が各国に対して平等の適用してきた立場を大きく失墜させ、世界からの皇室への尊崇の念や威厳を薄れさせる愚行だ。

 一昨年にも小沢は「宮内庁の役人がどうだこうだと言ったそうだが、日本国憲法、民主主義を全く理解していない。内閣の方針にどうしても反対なら辞表を提出した後に言うべきだ」と羽毛田長官を恫喝したのは忘れない。

 一ヶ月ルールにも「法律で決まっている訳ではない。宮内庁の役人が作ったから金科玉条で絶対だなんてバカな話があるか」と気色ばむ小沢は、更に「陛下の体調がすぐれないなら優位性の低い行事はお休みになればいいことだ」と居直った。

 ルールを無視し陛下との会見を要望した小沢の態度は傲慢不遜と言う他はなく、中共への忠誠と媚び諂いに、畏れ多くも陛下が利用された事は断じて看過出来るものではない。入ってはならぬ領域に踏み込み多くの国民から顰蹙を買った。

 さぞ猛省しているのと思いきや、未だ変わらぬ売国性を目の当りにし、市井の臣、市井の徒による天誅を願って止まない。

cordial8317 at 12:35|Permalink

亡国政府観光庁長官、台湾人旅行者を無視!

 亡国政府観光局は昨年訪日した外国人旅行者数を発表した。目標とする1000万人には届かなかったが、二年連続で800万人を超えた。

  国・地域別では韓国が244万人でトップ。中共が141万3000人で二位。次いで台湾の126万8000人。米国72万7000人。

 訪日した数を比較しても台湾人と大差はなく、支那人への観光査証(ビザ)の発給条件を緩和して訪日させようとした愚策は功を奏していない様だ。

 溝畑環光庁長官は13年迄に訪日外国人を年間1500万人と目標を掲げ「中国や韓国からの旅行者をどれだけ上積み出来るかだ」と述べ、台湾への感謝の言葉は見られない。日本が未だ台湾を国家として認めていない証左だろう。

 我国が昭和27年4月28日に主権を快復した同じ日に、中華民国への報恩感謝として日華国交条約の締結する。

 同年8月5日に発効した条約は、昭和47年、中華人民共和国との国交正常化交渉がなされると、一方的に中華民国に対し断絶を通告した。旧ソ連から「日ソ中立条約」を一方的に破棄されたのと同じ行為を台湾に行ったのだ。

 この行為は明らかな憲法98条違で、道義国家として赦されざる行為だろう。爾来、台湾を国家と見做さない無礼千万な振る舞いを行っているが、日本人として恥かしい限りだ。

 亡国政府観光庁は、支那人を増やす事に躍起だが、此れは中共政府の謀る日本侵略を忠実に遂行していると言っても過言ではない。

 嘗ては世界一安全といわれた日本が、外国人の急増、それも支那人の増加によって安全が脅かされていることは幾ら不精な人でも気付いている。

 生命の保証、財産の安全こそ国民の願望であり、此れに優る国益はない。今更、凶悪犯やら犯罪者予備軍ともいうべき不法滞在者や不法就労者が多発している支那人に来て貰う必要はないのだ。

 抑抑「東アジア大交流時代」「観光立国」などという妄想は、日本社会の安全を無視した無責任極まりない愚策であり、大きく国益を損ねるものだ。支那人観光客が落とす幾許かのカネを期待し経済の浮揚に繋げるというが笑止千万。

「更に多くの中国の方に日本を訪問して欲しい」と願ってるキチガイが多いのも困ったものだ。 中共政府の謀略に嵌り、走狗と化す民主党政府を粉砕しよう!

cordial8317 at 08:28|Permalink

2011年01月27日

拙ブログ「爆ちゃん吼える」は「たけし吼える」のパクリ(笑)

 愚生のブログの「爆ちゃん吼える」というタイトルは、ビートたけし(北野武)の著書「たけし吠える」のパクリです(笑)

「たけし吠える」の中で、所属する防共挺身隊を揶揄する様な件が書いて在る。「防共挺身隊(防挺)ってのはとんでもない右翼団体で、シャブを打っては『ソ連大使館突入!』ってなことばかりやっているんだよ・・・」

 確かに防挺が愚連隊と呼ばれた昭和40年代から50年代の初め頃まではそんな先輩方も多かったのも確かだが、それは未だ覚醒剤取締法が罰金刑で済んだ時代で、愚生が防挺に入隊した昭和54年頃はそういうことも殆ど無かった(笑)

 それらしいOBには遭遇したことはある。何故、ビートたけしが防挺の裏事情を知り書いてしまったのかといえば、たけし軍団のつまみ枝豆(青木)や、ガダルカナル・タカ(井口)がその昔、防挺に出入りしていたこともあり、酒席や雑談の際に大袈裟に面白可笑しくたけしに吹聴したからだろう。

 ビートたけしにしても、防挺には親近感を持っていた様で、日本テレビの人気番組だった「TVジョッキー」でも、「右翼と言えば防共挺身隊!」というつまらないギャグを飛ばしたりしていたのを思い出す。

 当時、国民の多くは右翼団体の名前は赤尾敏率いる「愛国党」くらいしか知らないのが普通だったから、防挺の名前が出ること自体がマニアック。

 話しを戻すが、青木らが防挺に出入りする様になったのは、当時、世田谷の砧に在った本部道場の「耕雲草舎」に伊豆修善寺出身の先輩K(後にヤクザ)が部屋住みしていて、それを頼って上京し何時しか運動にも参加する様になった。

 タカ(井口)は、右翼運動自体は真面目ではなかったと聞いている。青木はY副隊長の付き人をしたり、日教組大会か何かで検挙された経験も有った。青木と井口以外に、もう一人修善寺から来てた青年が居たが名前は忘れた。

 浜松町の本部事務所でその青年の話になったことがある。

 何やらそいつが「イシャの倅」らしいというのだ・・・
 
 幹部Y副隊長が「お前の親は何をやってるんだ?」と聞くと、青年は「自分はイシャの倅です」と答えたいう。

 「医者の倅か。そりゃ大したもんだな」

 「いやそれほどでも(笑)」

 「親の跡は継がないのか。まぁ見るからに無理だわな(笑)」

 「いや、ゆくゆくは・・・」

 一同「???」

 そして幹部は「そりゃ今更医者なんて無理に決まってるだろ!」
 
 本人曰く「何時でも出来ますよ。体力さえ有れば(笑)」

 その意味が分からず一同「???」

「やはり右翼団体に出入りするのはまともなヤツはいないわな・・・」となったかどうかは知らないが、よくよく聞けば「医者(イシャ)」ではなく「石屋(イシヤ)の倅」だったというからシャレにならない。

 暫くすると、青木ら三人とも本部道場から消えた。そんなある日、「お笑いスター誕生」という当時のお笑い番組に、何と井口と青木が「カージナルス」というコンビを組んで出場していてビックリ。

 見事10週連続勝ち抜きプロとなり、その後、たけし軍団入りし、夫夫「ガダルカナルタカ」「つまみ枝豆」と名前を替えて活躍することとなった。

「フライデー事件」では、たけしの愛人の記事を巡って講談社を襲撃した。同道したタカは逮捕されるが、枝豆は実行グループにも参加しなかった。というのも、恐らくそれは防挺時代に逮捕歴が有った為だろう。

 何れにしてもガダルカナル・タカにしろ、つまみ枝豆にしても、防挺に縁の有った者が活躍しているのは嬉しいものだ。

 もう随分経つが、前出の「たけし吠える」の「シャブを打っては『ソ連大使館突入!』ってなことばかりやっているんだよ・・・」という中傷記事の件で、出版元の「飛鳥新社」と「オフィス北野」に申し入れをした。

 飛鳥新社の編集長へ、総隊長代行だった愚生が「全国紙への訂正文の掲載」と「北野たけし本人の謝罪」を要求。早速、両社の顧問弁護士が登場しスッタモンダの話し合いになったが、結局、双方歩み寄り和解が成立した。

 その後、オフィス北野と飛鳥新社のホームページには、「たけし吼える」での防共挺身隊への中傷記事に対する謝罪文が掲載された。

 一昨年春、思想信条の違いから約30年、共に闘って来た同志らと袂を分かち右翼浪人として生きる道を選んだ。その年の暮れ、盟友が病に倒れ幽冥界を異にし、防挺も解散したという。諸行無常、実に淋しいものだ。

※コメントは会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方はパスワードを教えますのでmr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを寄せられたい。

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cordial8317 at 08:43|Permalink

2011年01月26日

ゲリラ・テロリストの根絶は不可能である

 24日、モスクワ郊外のドモジェドボ国際空港で自爆テロが起きた。実行犯の一名が治安機関に夫を殺された北カフカス地域の女性だという。

 昨年起きた連続テロの実行犯に17歳の少女が加わっていたし、スラム武装のテロ実行犯に女性テロリストは多く、最近では別段驚くことは無くなくなった。

 数年前、イスラム武装勢力の幹部だというサニーラ・ジャシムという女が逮捕された。この女は過激派組織に所属し、これまで80人以上の女性を「自爆テロリスト」に仕立て、少なくとも28件の自爆テロを引き起こしたという。

 同容疑者の自供によると、精神的に落ち込んだ状態の女性に狙い言葉巧みに誘って仲間に引き入れ、訓練所で自爆テロを教え込み、バグダットなどで敢行させた。

 テロリストに仕立てられた女性は、治安当局に殺された者やテロで夫を失った者、生活苦で生きる希望を失った者、更には、組織の男性構成員が若い女性を強姦し、自暴自棄にさせた上で同容疑者が近づき、自爆犯にしたケースも有ったという。

 全く卑劣にして非道、鬼畜の所業と言えるが、実はこのサニーラ・ジャシャム容疑者も「協力しないのなら住まいを爆破するぞ」と脅されていたというのだから気の僕といえば気の毒である。イスラム過激派に大義無し。

 イスラム過激派は「聖戦」などと大義を掲げるが、一般人を犠牲にする無差別テロに神聖な目的も神を語る資格も無い。八百万の神を信じ仏を尊ぶ日本人には理解し難いものだが、一神教を信じる国々の不幸は此処に在る。

 米国もテロの恐怖に曝されているが「世界の警察」を気取り、勝手な正義を押付け、我が物顔で世界を伸し歩く傲慢不遜な態度を改めない限りテロは治まらない。

 今や米国の自己中心的不正非道に苦しむ非西洋諸国の多くが唯一最大の外敵、脅威と考えている。米国自身が「無法者の超大国」だと気付く事は無く、テロ根絶の名の下に更なる弾圧が続けば、テロの連鎖は果てしなく続くだろう。

 テロの根絶を願うなら圧政に呻吟する民族の解放と独立させる以外にない。畢竟、それは政治体制の崩壊を意味し、ロシア然り、米国然り、中共然り、中近東然り、それはゲリラやテロリストの根絶以上に不可能なものだ。

 「一殺多生」という言葉が有る。「一人を殺すことによって多くの人を生かすこと」という意味だ。テロリズムの根幹は「一殺多生」に在る。

cordial8317 at 14:15|Permalink

2011年01月20日

「米中首脳会談」二大元凶の国益の一致は、アジア動乱の濫觴

 米中首脳会談がワシントンのホワイトハウスで行われた。オバマ大統領は、人民元の切上げを胡錦濤主席に提起し貿易不均衡是正を訴えた様だが、基軸通貨であるのを良い事に大量のドルを垂れ流している米国と、恥も外聞もなく為替操作を続ける世界の二大元凶の米中が会談したところで、世界経済の危機的混乱が治まる訳はない。

 オバマ大統領は他にも、北朝鮮問題や人権問題を提起したというが、胡錦濤が聞き入れた様子は無い。米中両国に共通するものは互いの国益のみ。日本外交が見倣うべきものだ。米中両国の国益が一致する時、それはアジアの動乱の濫觴と言っても過言ではないだろう。

 アジアの動乱の原因は昔から米国と共産主義だ。19世紀末から20世紀前半にかけ、アジアの動乱に米国人宣教師の果たした役割は大きく、日露戦争後の動乱全てにキリスト教徒と天道教徒が係っている。

 ハーグの国際会議後の動乱は、安重根に代表される様にキリスト教徒が主体で、明治43年(1910年)8月に発覚した「寺内総督暗殺未遂事件」で122人が逮捕され、その殆どがキリスト教徒だ。

 米国に本部が在る朝鮮独立の為の秘密結社「新民会」が「五賊」「七賊」所謂「親日派」の大臣暗殺計画。3.1独立運動。支那での5.4運動。更には反日テロを繰り返し、支那事変から大東亜戦争へ進んで行くのも、米国と共産主義の巧妙な活動が最大の原因だった。

 20世紀は自由と平等の名の下にプロレタリア独裁を標榜する共産主義が猛威を振るい、キリスト教徒の望んだ中国共産党が世界の脅威となっている。

 オバマ大統領は、過去にアジアで起こした米国の失政を猛省した上で中国共産党と対峙すべきで、米中の経済優先の関係強化は再度アジアに不幸を齎すだろう。

 米中共に圧倒的な軍事力を背景に政治、経済、外交とあらゆる面で強圧的な対外政策を執って来た。結果両国は傲慢となり世界から反発を招く結果となっている。

 世界には、日本の様な「イエスマン」ばかりでないことに気付くべきで、不正義の下で呻吟している人々が多くいることを思い知るべきだろう。

cordial8317 at 07:39|Permalink

2011年01月19日

「葉隠聞書」は優れた道徳規範の書

「葉隠の正式名称は「葉隠聞書」といい、佐賀藩士・山本常朝(つねとも)が、同藩の田代陣基(つらもと)に語った口述記録。

「武士道といふは死ぬ事と見付けたり」という一節は有名だが、一般に「武士道」というと新渡戸稲造の「武士道」と共に「葉隠」を思い出す人は多い。そして、「葉隠」から思い出すイメージは右翼的、忠君愛国的というものだ。

「葉隠」は親鸞の「歎異抄」とともに、学徒出陣で戦地に赴いた学生達に最も読まれた本でもあり、それは「歎異抄」が「死の平安」を語り、「葉隠」が「死の覚悟」を語ったものだったからだろう。

 冒頭での「武士道といふは死ぬ事と見付けたり」だけが独り歩きし、「葉隠」を読まずに「危険な書」だと思っているのではないだろうか。

 三島由紀夫は「行動の知恵と決意が自ずと逆説を生んで行く、類の無い不思議な道徳書。如何にも精気に溢れ、如何にも明朗な人間的な書物」と語っている。

 確かに「葉隠」は「死に狂いの思想」と云われている様に狂信的な処も多いが、一方で現代人にも通用するものも多く非常に役に立つものだと思う。

 例えば「意見の仕方」だが、「『人に意見してその人の欠点を直す』ということは大切なことであり、慈悲の心とも言える。

 ただ、意見の仕方には骨を折る必要がある。大方の人は、人に好まれない言い難い事を言ってやるのが親切の様に思い、それが受け入れられなければ、自分の力が足りなかったとしている様だ。こうしたやり方は何ら役に立たない。ただ悪戯に人に恥をかかせ、悪口を言うだけの事と同じ結果になってしまう」

「意見というものは先ず、その人がそれを受け入れられるかどうかを見極め、相手と親しくなり、何時も信用する様な状態で仕向ける処から始めなければならない。言い方なども工夫し、時節を考え、自分の失敗談等を話しながら、余計な事を言わなくても思い当たる様に仕向けるのが良い。先ずは良い処を褒めて気分を引き立てる様に心を砕き、そうした上で欠点を直していくというのが意見というものである」と説く。

 なんと細やかな心遣い、此れ程の気遣いをする現代人はいないだろう。「葉隠」は「美しく死ぬか」と教え、同時に「何の為に生きるか」と説く。

 常朝は「人間の一生なんて真に短いものだ。だから、好きなことをして暮らすべきである。夢の間の間の中にあって、嫌なことばかりして苦しんで暮らすことは愚かなることである。だが、このことは悪く解釈されては害になるので、若い人などには最後まで話すことがなかった秘伝といったものである。

 自分は寝ることが好きだ。だから、今の境遇に合わせて、家に閉篭り、寝て暮らそうと考えている」と説くが、三島由紀夫はこれを「逆説」といい、「葉隠」はその裏の真実を読み取る術が要求されるとも語っている。

 封建道徳は「悪」といった概念で読む人には理解されないだろうが、武士道の世界は現代人よりももっと優しさに満ちた世界だったことが理解出来る。

 常朝は世知に長けた人物であり、「葉隠」は優れた道徳規範と処世術を教えてくれる名著なのだ。一読されたし。

cordial8317 at 07:22|Permalink

2011年01月14日

赤羽「米山」へ裏返し。その後聖子メドレーを聞かされる

 水曜日、郡山4時1分発の新幹線に乗り大宮で酒友の奥村氏と待合せて赤羽の「米山」へ。米山へは12月25日に次いで今回で二度目、所謂「裏返し」。5時40分過ぎに到着。既に奥村氏の弟が待っていた。鼎談しながら開店を待つ。

 6時15分愈々開店。一番乗りでカウンター奥に着座し、ホッピーの白と黒を注文しハーフ&ハーフ。先ず御決まりの大蒜か生姜を選ぶのだが、今回は生姜を注文。奥村弟が大蒜を注文するも、その後に電話でヒソヒソ話し。

 何やらこの後年下の彼女と逢うというから羨ましい。結局、自分の生姜と大蒜を交換する破目となったのは言う迄もない(笑)。

 今回は、生レバーと生タン。半焼きのハラミ、ハツ、カシラ。つくねは二本ずつ。アブラ、玉子合え、水餃子、マカロニサラダ、モツ煮を注文。

 ここは一通り注文してから、生レバーから順番に皿に運ばれる。この店では、例えばつくねやモツ煮だけを注文しても生肉から順番に運ばれて来るから、つくねやモツ煮が来る迄唯々酒だけ飲んで待つ事になるので要注意だ。

 生レバーから食して行くが全部絶品で、一本ずつ運ばれる様はフレンチのフルコースか会席料理の如くに至福の時間だ。

 前回食べられなかった水餃子とマカロニサラダ、玉子合えを食す。水餃子の餡はつくねと同じな感じでスパイシー且つジューシー。マカロニサラダも黒胡椒が利いてて後を引く美味さで、玉子合えも絶妙な味わい。

 最後に御目当てのモツ煮が運ばれて来た。スープは澄んで一口啜るが、讃岐うどんの出汁を彷彿させる品の良い鰹風味で、入っている白モツはトロトロで舌の上で蕩ける。このモツ煮を食べ終る頃には8時半、第一回目終了となる。

 勘定は三人でガッツリ飲んで食って1万チョイ。安過ぎる。帰り際大将に挨拶したが取っ付き難そうな風貌とは裏腹に以外に愛想が良い。近所にこんな店が在ったら絶対通い詰めるだろうが、痛風になるのは間違いない(笑)

 彼女に逢いに帰るという奥村弟と別れ、西川口へ。奥村氏行きつけの店を二軒ハシゴ。「松田聖子メドレー」を散々聞かされるも愉しいひと時だった。

 翌日、新宿で畏友と待合せて物心両面で支援を頂いている方へ新年の御挨拶。今月15日で代表取締役を辞し、後進へ譲るというがその見事な潔さに敬服する。

 小一時間鼎談。畏友と別れ難く、昼から一献という事になり、一路浅草は飯田屋へ。どぜう鍋と板わさ、玉子焼き、御新香を注文し、生ビールで乾杯。ビールを飲干し、日本酒を頂く。愚生は吉田蔵の冷酒、畏友は月桂冠の熱燗を酌み交わす。

 昼時で混んで来た様なので店を出て浅草を暫し探索。途中和紙の名店「くろだや」でポチ袋と絵葉書を購入し、神谷バーへ。

 デンキブランの炭酸割りにデンキブランを注いだ「奥村バージョン」を二杯ほど飲んでから、畏友の愛すべき後輩・大熊雄次氏が経営するアメ横の店へ向う。

 沢尻エリカ様も愛用しているというスカジャン専門店「大熊商会」は、アメ横センタービルの1階に在る。スカジャンファンならずとも一度は覗いて見たい店だ。程なくして大熊氏と合流し、台湾小菜「新東洋」へ。

 暖めた紹興酒と棒々鶏、香腸、水餃子、牛肉の牡蠣油炒めなどを摘み、〆は名物のローメンを頂いた。ローメンは初めて食したが、癖になる味で今度は此れだけを食べに行きたいと思っている。しかし、この店を見付けるのが容易でなさそうだ。

 別れ際、大熊氏から土産を頂くが、何時も乍らの心遣いに痛み入る。夕方無事郡山へ帰還。流石に飲み疲れて、自宅では芋焼酎のロックを二杯だけにした(爆)頭の中では未だ聖子メドレーがリフレーンしている(笑)

cordial8317 at 09:33|Permalink

2011年01月12日

NHKは解散させ民間委託すべし

 NHK次期会長人事を巡る混迷ぶりはNHKの末期症状を示すもので、歪曲、偽造、捏造体質と相俟って、公共放送とは程遠く自虐史観が蔓延するNHKこそ民間委託や仕分けの対象とし解散させるべき団体だろう。

 並居る同経営委員会の御歴々は、始めからNHKの存在有りきで経営方針を決めている様だが、公共放送として国益に相応しくない番組を垂れ流している事実を指摘し猛省を促した事は有るのだろうか。

 次期会長として内定していた安西祐一郎前慶応大学学長は、「謂れ無き中傷を含む風評」に涙を浮かべ怒りの「拒絶会見」をした様だが、NHKの偏向報道によって泣かされた人々の怒りや慟哭に比べれば屁の様なものだ。

 会長人事など誰が就いても同じ。先ずやるべきは放送法で守られた親方日の丸的体質を改めるべきで、NHKが国民から強制的に受信料を徴収して成り立っている特殊な存在だということを忘れてはならない。

 特殊法人でありながら、幾多の株式会社の持ち株会社となり、その収益を視聴者(受信契約者)へ還元しないのは公共性とは大きくかけ離れるものだ。

 近年は自分たちの価値観や意見を押し付ける「説教」が目立ち、極左過激派が作成する根拠の無い偏向番組が散見せれるのは大きく国益を損ねている。最早NHKは公共放送局として存続に値しない特殊法人で早急に解散させるべきだ。

 NHKに対し国民の怒りが極に達したのは日本の台湾統治を描いたNHKスペシャル「プロジェクトJAPAN・アジアの一等国」という常軌を逸した反日番組からだ。公共放送で前代未聞ともいうべき歴史の捏造・歪曲番組を垂れ流したのだ。

 「アジアの一等国」では「日台戦争」というデマを流し、「台湾は漢民族のもの」との嘘を冒頭で流し、台湾一中卒の老人にインタビューした。老人は「差別された。だから名前を日本名に変えた」と語り「台湾は実は親日的ではない。今迄口に出せなかっただけで、今やっとNHKにホンネを吐露出来た」と続く。

 この番組を見た台湾一中の同窓生らが驚き、この老人に問い質したところ「そんなことは言っていない」と事実が露呈した。何のことはない、知日派台湾人の証言の都合の良い部分のみを切り貼りしたNHK御得意の捏造だったのだ。

 反日的意図から恣意的な編集をして制作されたことは明白で、政治的中立を定めた「放送法」に違反していることは誰が見ても明らかだった。

 公共放送の役割は事実を淡々と報じることに他ならず、多数の視聴者の常識から逸脱してはならないのだ。この番組を制作した責任者は河野伸洋プロデューサー。「河野チーム」は濱崎憲一・島田雄介・田辺雅康ら総て名うての売国奴ばかり。

 河野チームが制作した番組は此れだけに留まらない。歴史の捏造は断じて許されるものではなく、先人の名誉を汚すばかりか視聴者の判断を誤った方向へ導こうとする犯罪的行為そのもの。国に仇成す行為は断じて赦すべからず。

 左翼勢力の跳梁跋扈を黙認するNHKは多くの国民からの抗議を黙殺した。此れは最早、NHKによる犯罪行為と言っても過言ではない。

 歪曲、偽造、捏造、の常習犯。虚構をでっち上げ日本を貶め続けるNHKは受信料を払ってまで見る様な類のものではなく、我々視聴者は「受信料拒否」の手段で抗議しよう!

<NHK受信料お悩み解決>
http://jushinryo.web.fc2.com/kaiyaku.htm

cordial8317 at 09:59|Permalink

2011年01月09日

反捕鯨活動は日本人蔑視の人種差別

 シーシェパードによる日本の調査捕鯨船への反捕鯨活動が又もや始まった。反捕鯨船の名は「ゴジラ」。周知の通り、ゴジラは「核の落とし子」として人間が生み出した恐怖の象徴で鯨も食べる巨大怪獣だ。

 それを知ってか知らずか反捕鯨船の名前に使うと言うというのも可笑しなもので、連中は反捕鯨活動そのものを愉しんでいるとしか思えない。

 反捕鯨活動は、オーストラリア人がスポーツハンティングと称してアボリジニを虐殺したのと同じ、日本人否定の人種差別活動であり、その真意は反捕鯨ではなく白豪主義による日本人への人種差別だろう。

 昨年シーシェパードは、オランダで日本の調査捕鯨活動は違法だとして提訴した。世界に日本の捕鯨の違法性をアピールする狙いなのだろう。

 オーストラリアと同じく有色人種への差別も尋常なものではないオランダで訴えたというのが如何にも恣意的だ。 東亜戦争前のオランダの植民地政策は異常を極め「劣等アジア人種」を牛や豚の様に品種改良しようという計画を実行した。

「インド系、或いはユーラシア系とアジア人種を、更にはヨーロッパ人とアジア人種を交配させ、それによって立派な文明を生み出して行く」というものだったと言うから恐ろしい。日本人は除外し、元の島々に隔離して衰え滅亡させる計画だった。

 その昔「日本人は背が低く不潔で、曲がり脚の猿の様に醜く、動物の檻に漂う臭気と同じ位強烈な鼻を吐く体臭がする」と訪れもしない日本を紀行文に書いたオランダ人作家がいたが、シーシェパードの連中もこれと同じで、日本はウロチョロしないで島国に閉じ籠っていろということなのだろう。

 日本人の中にもこの連中に与する輩が少なくないが、連中は「反捕鯨」ではなく「反日本人」ということで連帯していることを知るべきだ。

 日本が大東亜戦争で敗れると、オランダ人は極東軍事裁判に於いて、所謂「BC級」の戦犯の虐待行為として「捕虜への食事が粗末だった」とか、「ビンタされた」とか他愛も無いものばかりを証言し、有ろうことかこれらの証言が認められ、実に連合国では最多の224人が処刑されている。

 抑留された者はそれにも飽き足らず、日本に対し賠償請求を行っていることを見ても、この国の民族性が理解出来るというものだ。10年前、陛下が訪問した際も「謝罪要求」のデモを行い、無礼な振る舞いに顰蹙を買ったことは記憶に新しい。

 オーストラリア原住民のアボリジニを、スポーツハンティングの延長として自由に捕獲・殺害して来た連中が、今になって「鯨を殺すな」とは笑止千万。

 元々オーストラリアに移住した白人は犯罪者が大半を占め、徹底的な人種差別政策の「白豪主義」を以って、移民の制限及びアボリジニへの弾圧政策を続けた子孫と思えば合点が行くというものだろう。

 シーシェパードはその悪しき伝統を受け継いでいる似非環境保護団体であり、世界から非難されるのも時間の問題だろう。

cordial8317 at 08:53|Permalink

2011年01月08日

玄葉光一郎と渡部恒三

 民主党の党役員人事と内閣改造で、玄葉光一郎国家戦略担当相の留任と国対委員長には渡部恒三の名が浮上している。福島県民として今後の二人の活躍は愉しみだ。

 今や反小沢の筆頭株の渡部恒三は、小沢一郎を「小沢くん」と見下した物言いで苦言を呈し、騒がれた土地購入問題でも「金が無くて土地を売ったという政治家はいるが、土地を買ったという話は始めて聞いた」と会津弁丸出しで話していたが、単純明快で実に解り易く非常に愉快な狸爺だ。

 国政での「一郎対決」に加え、次期衆院選では、対抗馬として菅家一郎会津若松市長が自民党から出馬を表明し、苦戦を強いられるのは必至の情勢で、此方の「一郎対決」も目が離せない。

 此処は一つ国対委員長として手腕を発揮し「流石は恒三さん」と有権者にアピールしたいとこだろうが、かといって磐石とは言えない選挙を考えれば国政などほったらかして選挙区廻りをしたいというのが本音だろう。

 玄葉光一郎大臣は、県政史上最年少の26歳で県議会議員に当選し、県議1期を経て衆院選に出馬し、現在6期目。玄葉が県会議員の頃、愚生の実兄の地方議会選挙に応援に来て貰った事が有る。選挙では愚生が司会を務めた。

「玄葉議員は必ずや将来、中央政界で活躍する政治家ですので皆さん玄葉議員の演説に耳を傾けて頂きたい」との紹介したのを鮮明に覚えている。後日、玄葉が実兄に「弟さんは演説が巧いですが何をなされているのですか」と尋ねたという。兄曰く「そのうち判るでしょう(笑)」。其の後、度々新幹線で鉢合わせした。

「玄葉さん、グリーン車にタダで乗ってる様じゃ国民の気持ちは分かりませんよ」と質した記憶が有るが、玄葉は国会議員の無料パスを使わず自費で自由席に乗っていたのに驚き、必ずや大臣になるだろうと確信を持った。

 その玄葉と年末に遭遇した。東京の帰り郡山駅に着くとSPが目に留り、誰が来るのだろうと待っていると玄葉大臣で、透かさず声を掛けた。

「玄葉さん」。玄葉も「あ~どうも」とヨン様ばりの笑顔。「余り偉くなっちゃ駄目よ。立派にならなきゃ」と愚生。秘書らは笑っていたがSPは怪訝そうに睨む。

 その玄葉大臣が日韓経済連携協定(EPA)交渉再開の為に訪韓した。今春の李明博大統領の来日の合わせ合意するというが、時期尚早だろう。

 金星煥外交交通商相は先日の前原外相同様に歴史問題を取上げ、更に在日韓国人への「地方参政権付与」の問題が先決だと傲岸不遜な言行に終始した。

 玄葉大臣は「同じ経済圏となることで歴史問題をクリアする方が早い」との見解を示したと言うが、間違っても参政権付与を大統領への土産にしてはならない。

cordial8317 at 11:45|Permalink

2011年01月05日

年末年始はいつものことながら少々飲み過ぎたな(爆)

 昨日から仕事始めだった人も多いだろうが、昨日は同級生三人との飲み会という名の酒乱会で当然ながら呑んでた後半の記憶が無い(笑)

 昼に迎えに来て貰い、市内に在る並木温泉に浸かってから中華料理屋「太陽」で静かに始まった。この店は、四川料理の名店六本木に在る「四川飯店」の陳健民の片腕だった従兄弟が経営している店で、料理はどれも保証付きの美味さ。

 従兄弟は残留孤児で、帰国して直ぐ中華料理の道に入りその腕は確かだ。先ずは棒々鶏を摘みながら生ビールで乾杯。海老チリや鶏のカシューナッツ炒め、麻婆豆腐、餃子など。紹興酒に替え、一気にボルテージは揚がって行く。

 気の置けない仲間との酒席くらい愉しいものはない。それも同級生となれば何の蟠りもなく、愉快に酌み交わして談論風発、中学時代の気分に戻り、時間の経つのも忘れてしまった。友人の行きつけの店「盛り亭山治」に移動した。

 この店はジャンボメンチカツ定食が有名で、最近ではマスコミにも度々取り上げられている店だ。友人が態態休憩時間に無理を言って開けて貰った。

 腹くちいので、芋焼酎「黒霧島」の一升瓶を入れ、ロックで呷る呷る。肴は女将の御好意で地元野菜の御新香。大根の皮と白菜と山牛蒡ともう一つは忘れた。

 あっと言う間に一升瓶が空き、もう一本入れるも、この辺りから様子が怪しくなって来た。夫々勝手な事を言い出したかと思うと、常連の友人はカウンターで若い娘を口説き捲っていた様だ。流石に二本目は余した。

 気が付けば何故か駅前に繰り出していて、小腹も空いたので蕎麦が絶品の「こまち」へ。日本酒の三点セットともり蕎麦を注文。日本酒の銘柄を説明していた様だが、全く記憶が無い。旨い日本酒だった事だけは覚えている。

 もり蕎麦が運ばれ一気に平らげた。もう一枚と行きたかったが止めといた。その後は御決まりの「ザ・バー」へ。もうこの時は何がなんだか、さっぱり記憶が無い。何を飲んで、何を喋ったのか。気が付けば布団の中。

 徐に布団から出て、記憶を辿る。服は脱ぎっ放しだったが、他の物はきちんと置いて在った。先ずは財布の中身を確認するも「あ~やっちまった!」。更に携帯を見るも、何故か裏蓋が無い。電池が丸出しになっていて、その見苦しい姿に猛省。

 こんなものそう簡単に外れないだろうに、何処でどうして無くしてしまったのだろう。友人らに電話するも、皆ザ・バー辺りからの記憶が無い様だった。

 酒での過失は数限り無いが、痛飲した末に懐がすっからかんになっても、気分が良く、直にまた誘いたくなる酒友がいるのは本当に有難いものだ。

 年末年始、少々飲み過ぎた。懐具合も芳しくないし、来週の赤羽「米山」への裏返しも有るし、暫くは納豆でも食って静かに過ごすとするか。呵呵大笑。

cordial8317 at 14:26|Permalink

2011年01月04日

「反日」を国是とする韓国

 前原外相が韓国との「日韓同盟構築」発言を否定した。対北朝鮮との防衛強化をアピールする狙いだったのだろうが、朝鮮半島の平和安定に寄与するのは吝かではないが、「反日」を国是とする韓国との同盟は一考を要する。

 前原はインタビューで、近々に訪韓し金星煥外相との会談を希望した様だが、此れに対し金外相は「日本は過去の歴史に対して反省すべき所は反省しなければならない」などと相変わらずの無知蒙昧な対応を示したという。

 2002年、韓国16代大統領に就任した盧武鉉は歴史の見直しに強い意欲を示し、100年前の日韓併合や日本統治時代の真相究明や責任の追及、補償を行う為に「過去史整理基本法」を成立させる。

 更に日本統治時代の親日派の子孫を排斥する為「親日分子取締法」を施行し、「親日派」の財産と土地を没収した。「親日・反民族行為者真相究明委員会」は一昨年12月にも、406名を「親日派・反民族分子」と断定し追加公表している。

 こうした事後法は文明の原則である法の「不遡及の原則」に反しており、まともな国際社会では許されるものではない。

 これらの事実を見ても韓国と胸襟を開いて付き合うなどとは笑止千万で、日韓同盟よりも先ず韓国側が「反日」の国是と此れら恥ずべき事後法を無効とすべきだ。

 日本の統治時代を悪逆非道の「日帝36年」と決め付ける韓国の主張の根源は、米国の傀儡・李承晩らによる「反日教育」の影響と民族性だろう。

 李承晩は日本統治時代、海外で反日運動をしていた人物で、戦後米国の威光で初代大統領に就いた。就任後、韓国国民を纏めようと行ったのが「反共」「反日」政策で、これを「国是」とした。

 こうした一部の少数派が創り上げた歴史を未だ猛省もせず鵜呑みにしているのだが、 韓国併合当時、韓国国民の力による近代独立国家建設の道など有得ない。

 彼らに、あの巨大帝国ロシア勢力の排除など到底無理だったことは、日清・日露戦争時代の近代史を学べば解ることだ。

 日清戦争後、ロシアが南下政策を開始し、日本が戦利品として割譲された、遼東半島に攻め入り、韓国までも触手を伸ばしている時に韓国独自でロシアと対峙する事など出来なかった。

 その意味では、寧ろ日本による韓国保護の必要性を認め日本と一体となった上で民族の自立発展の道を模索した「日韓合邦派」の主張の方が現実的だった。
 
 韓国が非難して止まない差別と弾圧の日帝支配なるものは、寧ろその逆で世界に例を見ない極めて公平で平等な制度だったのだ。傲岸不遜な韓国との同盟よりも先ずは正理公道を以て猛省を促すべきである。

cordial8317 at 07:02|Permalink

2011年01月03日

一般参賀~靖国神社~浅草へ

 新年に当り、陛下が臣民から祝賀を受けられる恒例の新年一般参賀に伍する為に上京した。朋友と10時に東京駅で待ち合わせて皇居へ向かう。晴天に恵まれ、コートも要らない位の暖かさ。二回目の11時の御出座しを待つ。

「もう直ぐ御出座しになられます」とのアナウンスが流れると間もなく宮殿・長和殿の襖が開けられ天皇皇后両陛下が皇太子殿下、同妃殿下、秋篠宮殿下、同妃殿下と他皇族方と共に入城し、ベランダに御立ちになられる。

 彼方此方から「天皇陛下萬歳」が唱和される。右翼現役の頃は若い隊員と共に萬歳三唱を声高らかにしたものだが、今年は静かに陛下の弥栄を御祈りした。

 同道した元防共挺身隊行動隊長の板倉純一郎も何か物足らなさを感じていた様子だった。陛下より「今年が皆さん一人一人にとり、少しでも善い年になるよう願っています」との御言葉を賜り、皇国臣民としての喜び此れに優るものはない。

 皇居宮殿を後にし、靖国神社へ詣でる為に「乾門」方向へ歩く。今迄は参賀を終えると、東京駅方面へ戻っていた為に、初めて見る宮城の佇まいに感動しつつ、暫し九段下迄の散策を愉しんだ。途中、高円宮妃殿下や高松宮殿下皇族方の車が我々の横を御通りになったのには驚いたというか感動。

 乾門を出て、北丸の内公園を通り、靖国神社へ到着。靖国には老若男女多くの心有る国民でごった返していたが、一般参賀もそうだが、こうして自然発生的に集まる姿を見れば日本も未だ未だ捨てたものじゃないと実感する。

 本殿参拝と鎮霊社へ詣でる予定だったが、居並ぶ人の多さに遠くから一礼し靖国を後にした。靖国通りでタクシーを拾う。乗り込み早々、ヘキサ交通の運転手の長沢さんに「お年玉」を頂く。「今年一年見通しが明るくなる様に」と、中には55円が入っていたが、こうした御心遣いは本当に嬉しいものだ。

 気分上上で、浅草はどぜうの名店「飯田屋」へ。20分程待たされたが、二階席へ座るなり「生ビール」を注文。どぜう鍋は丸と、牛蒡の笹掻きを別注文。

 肴は「山かけ」と「茶碗蒸し」「鯰の唐揚げ」を注文。ビールの後は純米酒の冷やを頂く。連れの二人ともどぜう鍋は初めてらしく、「葱は多めに入れ」などと薀蓄を並べるも、その味の秀逸さは鍋を突けば忽ち分かると言うものだ。

 追加の丸と豆腐を注文して鍋も終了。心地良く酔って来たところで勘定を済ませ、「神谷バー」へ。やはり此処も正月だけあって店の外には長い行列。

 10分程で席に案内される。名物の「デンキブラン」を呑む。その後はデンキブランの炭酸割りにデンキブランを入れた「奥村バージョン」。

 何杯飲んだか忘れたが、兎に角酔っ払い過ぎて、周りの迷惑顧みず談論風発、白昼にして乱酔す。興志ひとたび来らば狂喜し、侠友ひとたび往かば乱酔すべし。

cordial8317 at 09:24|Permalink