2010年11月

2010年11月30日

我が国もスイスに倣い外国人犯罪対策を講ずるべし!

 スイスで、強盗など重犯罪を犯した外国人を一律に国外追放することの是非を問う国民投票が行われ、賛成票が過半数に達し、一律追放の厳罰が承認された。

 移民政策の厳格化を掲げる国民党が発議し、強盗や性的暴行や社会保障の悪用などで捕まった外国人を、例外なく自動的に国外退去させる法改正を求めたものだ。

 今スイスに限らず、欧米諸国は、ゴキブリ並に繁殖力のある支那人や朝鮮人に、自国民の生活環境を脅かされる程に成長した「移民問題」に悩まされ、様々な対策を講じている。

 だが日本では、世界各国から忌み嫌われている支那人や朝鮮人を、査証簡素化し率先して招き入れているのだから狂気の沙汰と言う外無い。

 日本の法律では、在住の外国人が罪を犯し1年以上の有期刑に処せられた場合、永住権は剥奪され国外追放になるが、国外退去処分になった者は少なく、今や日本の刑務所は外国人犯罪者で大入り満員状態である。

 犯罪に対し「在日」は例外だ。戦後、竹島で不当に拿捕、抑留された日本人漁民は昭和40年(1965年)の間に3929人に及び、船舶328隻、死傷者は44名を数えた。

 韓国政府は日本人抑留者との引換えに、日本国内で犯罪を犯し収監されていた在日朝鮮人472名の放免と日本滞留特別許可を要求し、日本政府は不当要求に屈した。

 それ以来「在日」に限っては、7年以上の刑を起こした場合のみ特別永住権を剥奪され送還されるという優遇措置を採って来た。支那人への優遇措置も、在日への特例に倣ったものだろう。

 嘗ては世界一安全といわれた日本が、外国人の急増、それも支那人の増加によって安全を脅かされていることは、幾ら不精な人でも気付いている。

 支那人犯罪者による凶悪犯罪の増加という現実を無視した上で、治安悪化に何ら対策を講じないのは、極めて危険、且つ無責任なものだ。

 生命の保証、財産の安全こそ国民の願望であり、これに優る国益はない。スイスを見倣う迄もなく、犯罪者対策は喫緊の大問題として万全の対策を講ずるべし。

cordial8317 at 09:08|Permalink

2010年11月29日

捕鯨もクロマグロも乱獲というが

 大西洋鮪類保存国際委員会(ICCAT)年次総会が行われ、大西洋・地中海産クロマグロの漁獲量が微減で決着した。

 今年3月にもワシントン条約国会議で「大西洋・地中海クロマグロ取引禁止提案」が否決されているが、日本人蔑視や人種差別から始まった捕鯨問題に比べ、クロマグロは感情的な国際問題には発展しない様だ。

 庶民にとって本鮪と言われるクロマグロは精精、回転寿司の養殖物を食す程度で天然のクロマグロなど滅多に御目に掛かれない代物で、別に食べられないなら秋刀魚や鰹、鯵など安くて美味しい魚で十分だろう。

 こんな事を言うと必ず「それなら鯨も別に食さなくても良いのでは」と宣う輩が出て来るが、どっこいそうは烏賊のキン○マなのだ。

 日本で商業捕鯨が本格的に始まったのは江戸時代の初期の1606年のことである。紀州(和歌山)の太地で開始された商業捕鯨はやがて全国に広まり、それと共に鯨を食する習慣も全国に広まった。

 松尾芭蕉も「水無月や 鯛はあれども 塩鯨」と詠んでいる様に、塩付けされた鯨の肉は江戸庶民の大切なタンパク源で大衆食として愛された。

 19世紀初頭には「鯨肉調理方」という本が出版されているが、鯨食というのはそれだけ普及していたのである。

 今でも、北海道や東北では正月に「鯨汁」を食しているし、「ハリハリ鍋」にしている地域も在るし、大阪のおでんにはコロ、サエズリ、オノミといった具が入る。

 反捕鯨の連中は、鯨食を「ゲテモノ」扱いしたり「戦中戦後の食糧難時代に止むを得ず広まったもの」だとか、或いは遠洋漁業は「鯨油を採る目的だ」などと愚にも付かない反論ばかり口にするが、単なる勘違いでしかない。

 日本は単に食するだけではなく、鯨の髭は文楽の人形に使い、骨は櫛などの工芸品となり、漁師達は鯨塚を建て供養している。

 捕鯨の背景には、こういった日本の伝統的鯨文化の根幹に係わるもので反論せずにはいられない大問題なのだ。

 イルカ漁を告発した駄作映画「ザ・コーブ」で有名になった太地町だが、追い込み漁で港が血の海になるシーンが映し出され、此れを見た多くの人はイルカ漁と太地町の人々に偏見を懐いた。

 だが、小形鯨やイルカを沿岸に追い込み、捕獲する地域は太地町以外にも在る。例えばデンマークのフェロー諸島。コペンハーゲンから北へ飛行機で2時間程のバイキングの末裔達が住む島だ。此処でもゴンドウ鯨やイルカを追い込み漁で捕獲する。大半はゴンドウ鯨で、イルカは1~2割程度。

 年間850頭程捕獲されるが、捕鯨は仕事を中断し住民総出で行われる。獲れた鯨やイルカはその場で処理され、海は血で真っ赤に染まる。

 此処の漁も太地町同様四百年以上も続く伝統だが、近年、例の国際的ゴロツキ集団「シーシェパード」らが妨害にやって来ては乱暴狼藉を働くという。

 しかし、住民らは毅然と対応し、漁の正当性や捕鯨文化をPRし、子供達にも確り教えると言うが、やはり捕鯨への誇りと自信がそうさせるのだろう。

 太地町の地元漁業関係者から反捕鯨勢力へ怒りの声は聞こえて来ないのは歯痒いばかりだが、太地町関係者もフェロー諸島の住民に倣い奮起して頂きたいものだ。

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2010年11月26日

裁判員裁判で初の死刑判決

 宮城県石巻市の殺傷事件の裁判員裁判で19歳の元解体工に死刑を言い渡した。何故か未だに実名が報道されないのは不思議で、市民感情を色濃く反映した結果で有れば実名も公表すべきだろう。

 裁判員が口々に「(死刑)判決を出すのが怖かった」「一生悩み続けるだろう」「眠れなかった」「泣いてしまった」挙句は「やりたくなかった」という甘っちょろい感想を述べている。

 今回の事件は残虐さや結果の重大性から極刑か無期懲役かの選択肢しかなく、被害者側の峻烈な怒りや悲しみを酌むことも出来ない精神状態ならば、選ばれた段階で裁判員を辞退すべきだろう。

 判決後の裁判員経験者インタビューは三文芝居を見ている様で興醒めだ。死刑判決は裁判員に精神的苦痛と大きな負担を強いるし、日本もそろそろ終身刑を導入すべきだとする流れなのだろうが、死刑制度の廃止より、我が国司法の低下著しいくだらん裁判員裁判を廃止して貰いたいものだ。

 死刑廃止は今や世界の大勢で日本もそうすべきという意見は少なくない。その理由として「法により国が人を殺す事は罪悪で人道に反する」「死刑には期待する程犯罪防止効果は無い」「冤罪の場合に取り返しが付かない」」或いは「人間は善を行うべき道徳的本性を先天的に具有しているのだ」と言う性善説など様々だ。

 人道に反するとは「人を裁けるのは神のみだ」というキリスト教的欧州思考に冒されているものだろうが、残虐な犯行をした者が死刑廃止で国法により生命を保証されると言うのも如何なものか。

 抑抑、日本の死刑制度は被害者遺族に代わり国が仇討ちする意味合いも有るのだ。仇討ちを合法化するなら兎も角、終身刑を導入したところで被害者感情は薄れる事は無い。「死刑は犯罪抑止効果は無い」との理由も結局終身刑も同じだろう。

 裁判では反省の度合いも考慮されるが、要は要領良く減刑目的に反省したフリをしているだけだ。今迄多くのワルを見ているが、多くの者は逮捕された事実こそ反省するが、犯した罪を反省している輩など何処にもいない。

 元警察官僚の亀井静香が「冤罪云々」を宣い、人権派弁護士らが「性善説」唱え死刑廃止を訴えているの本末転倒と言う他は無い。

 終身刑を導入しても必ずしも死刑の代替として犯罪抑止の成果が上がるとはとても思えない。被害者及び遺族の無念や怨念を考慮すれば我国では死刑を存続し、国が仇討ちを実行すべし。

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2010年11月22日

地元の偉人・安積艮斎没後150年

 近代日本の源流と言われる江戸時代の思想家・安積艮斎(あさかごんさい)が万延元年(1860年)11月21日に永逝し150年を迎えた。

 名は重信、別号、見山楼。幕末の激動期、良斎を師と仰いだ門人は吉田松陰を始め、小栗上野介、高杉晋作、岩崎弥太郎など実に2282人に上る。

 安積艮斎は寛政3年(1791年)、陸奥国安積郡の総鎮守、安積国造神社(あさかくにつこじんじゃ)第55代宮司・安藤親重(ちかしげ)の三男に生まれた。

 文化3年、17歳で学問を志し出奔。江戸に上り儒学者・佐藤一斎の門に入る。その後、大学頭(だいがくのかみ)林述斎(じゅっさい)の門人となり研鑽を積む。

 23歳で江戸神田駿河台に私塾を開き、天保2年の41歳で「艮斎文略」を出版し、その後も「艮斎間話」を著し、艮斎の名は天下に知れ渡る様になる。

 当時、文壇では「東の安積艮斎、西の斉藤拙堂」と並び称された。 艮斎は朱子学のみならず陽明学など他の思想や宗教の善い所を摂取しようと自由な学風を貫いた。

 洋学にも造詣が深く、渡辺華山が主宰し高野長英ら学者や幕臣が会した尚歯会にも参加した。天保7年(1836年)二本松藩儒となる。

 嘉永元年(1848年)58歳の時に海外事情研究の集大成「洋外紀略」を著し、世界史を啓蒙、海防論を説いた。

 同3年には幕府の昌平坂学問所教授に就任し、同5年十二代将軍徳川家慶に御進講。同6年、米国、露国の国書を翻訳し、ペリー来航時にも翻訳を行った。

 師、佐藤一斎が没した翌年の万延元年(1860年)11月21日、昌平坂学問所にて多くの門人に看取られて70年の波乱に満ちた生涯を閉じた。

 安積艮斎が没した数年後、大政奉還、王政復古の大号令、戊辰戦争と政治的社会変革が次々興り、明治維新の大業を成し遂げる。幕末の激動期に多くの功労者を育んだ安積艮斎の畢生は近代日本の大業である。

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2010年11月19日

いのちのバトン

 相田みつをの詩に「自分の番 いのちのバトン」というものがある。

 父と母で二人
 父と母の両親で四人
 そのまた両親で八人
 こうしてかぞえてゆくと十代前で
 千二十四人
 二十代前では?
 なんと百万人を越すんです
 過去無量の
 いのちのバトンを受けついで
 いまここに
 自分の番を生きている
 それが
 あなたのいのちです
 それがわたしのいのちです

 今の自分が存在しているのは、沢山の御先祖様のお蔭である。同じ様に、国にも歴史がある。日本は歴史上、人口移動の殆どない稀有な国である。

 日本列島に存在していた人は皆我々の御先祖様である。その共通の御先祖様からの流れの中に今日の我々がいる。日本の歴史は正に我々の御先祖様の歩みである。

 その日本の歴史を悪し様に罵る輩は御先祖様の歩みを否定していることであり、つまりそれは、自分という存在自体を否定していることと同じであろう。

 こうした発想は「男女共同参画社会」を唱える連中に多く見られる傾向で、唯物論とマルクス・レーニン主義に冒された精神異常者やジェンダフリーを叫ぶ性的変質者らしい身勝手なものばかり。

 福島瑞穂の著書「生まない選択 子供を持たない楽しさ」という本でも、そのキチガイぶりを発揮しているが、子供が出来ないなら兎も角として、「生まない」「持たない」とは恐れ入る。その福島には子供がいる(苦笑)

 民主党の目玉「仕分け作業」では、男女共同参画社会関連の破格予算が仕分け対象にならないが、此れ程の無駄で悪しき制度を仕分けせずに何が仕分けか。男女共同参画社会を排除し、国防費や教育の充実、景気回復予算に充てるべきだろう。

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という。自分の短い人生の中での経験よりも、先人の多くの経験から学ぶことが懸命。

 御先祖様の営為を学ぶことが歴史を学ぶことであり、そんな歴史に思いを馳せれば「子供は必要ない」という考えなど起こる筈もない。そう今が自分の番なのだ。

cordial8317 at 08:03|Permalink

2010年11月16日

「大中華街構想」の新潟が危ない

 福島県在住の小生にとって隣の新潟県は身近な県で、渓流釣りのシーズンには月にニ三度は訪れる。今この新潟県に大中華街構想が持ち上がっている。

 数年前に仙台市でも中華街構想が持ち上がったが、当時の梅原市長が地元にも日本にも害を及ぼすとして中華街建設構想を取り止めた。至極当然の判断で、新潟県も仙台市に倣い中華街構想を即刻中止すべきである。

 仙台市の中華街構想は、仙台駅近くの旧国鉄跡地等の1.5ヘクタールの一角に地上9階建て、地下1階の「空中中華街」を造るというもの。

 梅原市長の前任者と支那の投資ファンド「中端財団」と胡散臭げな日本人ブローカーの三者間で合意されたものだった。

 新潟市では、中共政府が購入した新潟中心部の万代小学校の跡地約5000坪に総領事館を設置し、近隣地の閉店した百貨店跡地に中華街を造る計画だという。新潟市には今年から中国総領事館が在り業務を行っている。

 中共側は本来、沖縄への設置を希望していたが外務省が拒否し、結局は新潟になったというが、危機意識皆無の新潟県議会も新潟市議会も、景気対策になると思ってるのか反対の声を上げないと言うのだから空いた口が塞がらない。

 それどころか知事も市長も商店街も設置へ前向きだというが、流石は天下一の売国奴・田中一族を輩出しただけの土地柄だと笑ってばかりもいられない。

 日本人の多くは、中華街というと横浜の光景を思い浮かべるだろうが、どっこいそれは妄想に過ぎない。横浜中華街も今や一攫千金を狙った新華僑と言われる支那人が居着き、観光客相手に強引に甘栗を売ったり、インチキ占い師らが中華街の彼方此方で許可無く営業し、中華街の光景を違ったものにしてしまった。

 横浜では、華僑の人達が地域住民や自治体と長年かけて信頼を築き上げ中華街が誕生した。地方経済が疲弊する中、一時の経済の活性化と景気回復の起爆剤になるだろうとの浅はかな考えと言う他は無く、中華街構想を実行すれば、将来に大きな禍根を残すであろう事は火を見るより明らかだ。

 世界各国への支那の進出は往々にして中華街の建設から始まる。ラオスに昨年中共政府が広大な土地を入手し5万人の中華街を建設した。

 今やラオスは支那人に席巻され支那化している。スーダン然り、支那に頼ったミャンマー然り、中共政府の強い影響下に組み入れられている実態を見るべきであろう。

 先日「戦略的互恵関係」は「侵略的誤恵関係」なのだと友人に教えて頂いた。中華帝国的覇権主義の中共が策謀する「大中華街構想」こそ実に侵略的で、こうした詭策には最大限警戒を怠らず、断固阻止しなければならない。

cordial8317 at 09:54|Permalink

2010年11月10日

ビデオ流出犯は第二の田母神さんになるか

 尖閣での漁船衝突事件のビデオが流出し、与野党入り乱れての喧喧囂囂の議論が入り乱れているが、流出犯を支持する国民は多い。

 国家公務員違反で逮捕に至れば懲戒処分は免れない様だが、「内部告発保護法」により公務員と雖も保護されるべき事案だと思う。

 裁判になり、流出に至る理由と衝突事件の全貌が明らかになれば困るのは政府で、仄聞されている様な殺人シーンは無いにせよ、みんなの党の渡辺喜美の言う様に「見付かっても英雄になる」のは間違いない。

 例え逮捕され解雇されたとしても多くの国民は蛮勇を支持するだろうし、新たな人生を前航空幕僚長の田母神俊雄と共に憂国活動に邁進して欲しいものだ。
 
 田母神氏が「日本は良い国だ」と言って解任されたのは記憶に新しい。世界のどの国も、自分達の都合が悪いので表立って認めはしないが、日本が一方的に世界を侵略したなどということが事実でないことは、余程のバカで無い限り認識している。

 ところが本当の事を言った途端に、当時の政府・自民党は大慌てで田母神氏を解任し、民主党も国会での参考人招致で田母神氏に一切の弁明もさせず吊るし上げた。その御蔭かどうかは知らないが、田母神講演会は何処でも大入り満員。

 幕僚長を解任された田母神氏は、今や時の人となり「田母神塾塾長」「頑張れ日本!全国行動委員会会長」として八面六臂の大活躍である。

 尖閣列島での漁船衝突事件の流出ビデオの画像は、正に支那人の凶暴性を示すもので、国民にこうした事実を知らしめる事は国益に敵うものである。

 日中関係悪化を懸念しビデオ公開を躊躇い、猛省もせずに犯人探しとは本末転倒で、ビデオ流出なんぞ警視庁の極秘文書流出事件に比べれば屁の様なものだ。

 APECを成功裏に収め様と姑息な手段で屋上屋を架してるが、抑抑、中共やロシアといったゴロツキ国家との友好や互恵関係などこっちから願い下げだ。

 左翼民主党政権が続き国益が損なわれ続け、自民党に保守政党の気概が見られない今、国民が待望しているのは真の保守政治の確立であり、そうした意味でも田母神氏や国を憂うる心有る方々との結集を期待して止まない。

cordial8317 at 07:39|Permalink

2010年11月09日

天皇皇后両陛下、明治神宮を御親拝

 天皇、皇后両陛下並びに皇太子殿下は昨日、創建九十周年を迎えた明治神宮を御親拝なされ明治天皇と昭憲皇太后の御遺徳を偲ばれた。

 明治神宮は国民の総意により、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲び大正4年(1915年)に着工し、5年後の大正9年に創建された神社である。

 平成16年、明治神宮は神社本庁から離脱し一宗教法人となったことは記憶に新しい。明治神宮側と神社庁との確執の末の離脱した。

 明治神宮側は離脱の理由として、平成16年4月の陛下の御親拝なされる際の関係者への案内状に、有ろうことか「陛下」を「殿下」と誤記してしまった責任を取って離脱したとしているが、堅白同異の弁で有るのは明らか。

 国民の総意で建立した神社を私物化し、明治神宮側が営利至上主義に奔っている現状は憂慮すべき事態であろう。 本来、神社=神道とは宗教ではなく、日本人の心に清む惟神(かんながら)の道である。

 宗教法人の規定では、教祖と経典と布教活動の三条件が必要で有るが、明治神宮はその何れも該当しておらず、宗教法人に甘んずることは国民への裏切りだ。

 神社本庁から離脱し一宗教法人となること自体、建立の趣旨から鑑みても逸脱しており、先人の努力も、国民の総意も踏み躙るもので看過出来るものではない。

 それにも況して問題なのは神職に携わる者が営利に奔っている事であろう。神社庁に属さなくても独立採算出来ると言うその姿は実に醜く、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲ぶ神社としては不謹慎過ぎる。
  
 明治神宮側が一宗教法人となることは、宗教法人となっている靖國神社や護国神社とは違う。靖國神社や護国神社が宗教法人となっているのは、戦後GHQの「神道指令」を免れる為に已む無く採った智慧でである。

 本来ならば昭和27年4月に主権快復した折に国が護持すべきものであったのだ。歴代内閣の不作為で未だ国家護持実現されていないことは憤激に堪えない。

 明治神宮の神社庁離脱と営利主義は、戦神道指令や占領政策を容認するばかりか、明治神宮建立の趣旨からも逸脱するもので猛省を促したい。

cordial8317 at 07:54|Permalink

2010年11月07日

伊藤博文暗殺犯は安重根ではない!?

 明治42年(1909年)10月26日、ロシアのココツェフ外相との会談の為ハルピンに到着した伊藤博文は駅構内で凶弾に倒れた。

 この時、伊藤の他に日本人の随員も負傷している。捜査の結果全部で13発の銃弾が発射されたことが判明している。このうち安重根から発射された銃弾は5発だが、その全てが伊藤には命中していない。

 致命傷になった弾丸は駅構内の二階から発射されたフランス騎馬銃の弾丸2発だったのである。安重根でなければ一体誰が本当の犯人なのか、真相はどうなのか、興味が灌がれる歴史の一幕である。

 当時韓国では、人種差別的に日本人に反感を持つ欧米の宣教師達が、朝鮮の信者を焚き付け反日行動を煽っていたが、安重根もそんなカトリックの信者だった。

 日本の韓国支配が進むと安重根は義兵闘争に参加するが、列強が虎視眈々と狙っている国際背景に対する理解や、韓国が独立国としての対応能力を失っている点に気付かず、反省をすることなく、テロ行為の実行に至ったのである。

 この事件は日本は当然乍ら朝鮮国内を震撼させ、日本の報復を怖れた韓国政府と民衆の反応は以前から取り沙汰されていた日韓併合に傾き、日本国内でも併合論が大勢を占めたのだった。併合に反対だった伊藤博文が暗殺された事で、皮肉にも日韓併合は急速に進んだのである。

 ハーグ密使事件で退位していた高宗は、この事件について「伊藤を失った事は、我国と謂わず、日本のみならず、東洋の不幸である。その凶弾が韓国人と在っては赤面の外無い。日本天皇は唯一の重臣にして太師の伊藤を亡くされた。

 それなのに伊藤を害した兇徒を出した国の皇太子を、飽く迄も輔育する誠意を見せた。「山よりも高く海よりも深い恩義有る日本皇室に、どう感謝の意を表すべきだろうか」と表明した。日本に敵対して来た高宗の言葉だけに、これを聞いた朝鮮民衆の日韓併合への抵抗は薄れたのだった。

 翌年2月14日、日韓併合前に安重根は処刑された。現在、韓国では安重根を救国の義士として祀っている。

 安重根の純真な愛国心を否定するものではないが、方や、第二次、第三次日韓条約、日韓併合に賛成し、朝鮮の近代化を遂げた李完用は「親日反民族行為者」と認定され、子孫の所有する土地、財産は没収とされた。だがどちらが本当の愛国者だったか、朝鮮民族が冷静に判断する日は果たして来るのだろうか。

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2010年11月06日

流出ビデオ公開は実に快哉

 尖閣列島での支那人らによるテロ行為のビデオが流出した。此れを見た多くの国民は何故このビデオが流出したのかという疑問より、何故政府は公開しなかったのだろうという疑問の方が強いと思う。

 明らかな支那漁船の不法行為で、始めからこの不法行為を公開し、世界に日本の正当性を主張していれば今回の様な迷走は無かっただろう。

 今回のビデオ流出について、石原都知事が会見し「実態を見てもらいたい」という内部告発だろうとの認識を示したが、何処の誰かは知らないが「義を見てせざるは勇無きなり」と告発した蛮勇を多くの国民は快哉と感じたに違いない。

 政府は、ビデオ流出を犯罪行為として捜査の意向を示し、野党も此処ぞとばかり政府の危機管理を追及する構えの様だが、本末転倒である。

 中共政府に媚び諂い柳腰オカマ外交の一環としてビデオ公開をしなかった弱腰外交を猛省し、与野党一致して中共の傲慢な態度を糺す事が大事である。

 中共政府は「尖閣諸島は我が国の固有の領土」と主張するが、尖閣諸島が日本の領土で有ることは昔から認めて来た。

 しかし、昭和43年6月、国連アジア極東委員会が、尖閣諸島周辺の東シナ海大陸棚に石油・天然ガスが埋没している可能性を報告したことから唐突に尖閣諸島の領有権を主張し始め、国際法上の手続きも無しに地図を書き換え、自国領に組み入れているというのが実情なのだ。

 1960年(昭和35年)に支那で出版された「世界地図集」(北京市地図出版社)に於ける沖縄周辺の地図には、「魚釣島」と記され、国境線も、国連海洋法に従って与那国島と台湾本島の中間に引かれている。

 共産党独裁の中共で、一出版会社が勝手に自らの解釈で国境を定めて良い筈はなく、この地図からも尖閣諸島が日本の領土であることが読み取れる。中共の領有権の主張は何ら根拠の持たぬ恣意的な捏造や改竄であることは明白である。

 石原都知事は「尖閣の領有権を中国が主張する法的、歴史的根拠を、公式に政府から中国に質問すべき」と政府に苦言を呈した。

 重なる領海侵犯行為には毅然とした態度で臨み、単に「領土問題は存在しない」との見解を垂れ流すのではなく、根拠を示して反論すべきであり、国民は勿論、将来を担う子供達にこそ正しい資料に拠って教育し認識させる義務があると思う。

 領土は国の主権であり、これ以上国益を損なってはならない。

cordial8317 at 08:27|Permalink