2010年10月

2010年10月31日

日中首脳会談ドタキャンされる

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 ハノイで開催されている東アジアサミットで予定されていた日中首脳会談が中共に一方的にドタキャンされ、菅外交はまたしても躓いた。菅は、非公式に会談を行ったと強がりをを見せてはいるが、中共に翻弄される姿は実に惨めったらしいもので、日本国民として恥じ入るばかりだ。それにしても中共の無礼千万な対応を目の当りにし、20世紀最大の害悪はファシズムでもナチズムでも日本の軍国主義でも帝国主義でもない、共産主義だと言うことを痛感せざるを得ない。

 歴史に「もし」ということはないが、日米が戦わず、蒋介石との和平が実現していれば、満州国は保全され、中華民国は中国共産党を圧倒していただろう。そうすれば、共産党の大躍進や文化大革命や天安門事件も北朝鮮の独裁政治も拉致事件も起きなかったし、日本がこうも無礼な振る舞いを蒙る事は無かったのだ。大東亜戦争とは、ソ連コミュンテルンと中国共産党、そして日本の共産主義者が仕組んだ戦争だったのだ。その視点に立った時、我々は何を成すべきか。大東亜戦争自体、恥ずるべきものではない。日本はアジアを侵略したのではなく、アジアを侵略していた連合国と戦ったのだが、それでも尚、アジアの人々に謝罪をする必要が有るというなら、最大の過ちは共産主義の跋扈を許したことであり、償いはその共産主義を失くすこと以外に無い。

 未だ共産主義を最高原理として崇め、神や仏という共産主義を超える最高の存在を許さず、信仰の自由、集会、結社、出版、言論等々基本的人権が無い蛆虫国家・中国共産党と「友好」だとか「互恵」なんぞクソ喰らえだ。今回のドタキャンを受けて、今後日本政府は11月に日本で行われるAPECでの日中首脳会談の成功を目論んで、柳腰オカマ外交をすることは明らかだ。しかし、外交での譲歩は更なる譲歩を生むだけで何の解決にもならない。

 胡錦濤然り、北方領土強行視察を謀るメドベージェフ然り、日本を卑下する首魁の来日を阻止し、APECを排撃しよう。

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2010年10月29日

「カネも恥もない」民主党、企業献金を再開か

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 民主党の岡田幹事長が、党の財政事情を理由に企業・団体献金の受け入れ再開を示唆した。此れに対し前原外相が「企業・団体献金廃止の方向と違う」と批判し、菅に至っては「マニュフェストには反しない」との見解を示したが、本末転倒と言うべき愚論で、企業・団体献金を続けるなら、先ずは、国民から詐取している「政党交付金(政党助成金)」の廃止を議論すべきであろう。

 政党交付金(政党助成金)は、企業・労働組合・団体から政党・政治団体への政治献金を制限(禁止としないところがミソ)する代償として、民主党と縁の深い細川政権時に導入されたものだ。細川はドイツの事例を挙げ「ドイツでは国民がカネを出し合って政党を援助している。政治家がカネ集めに奔走しなくて済むし、何よりクリーンな政治を実現出来る」と国民を騙し、この制度を導入した。政党助成法の成立で、企業献金や政治資金パーティーは無くなり、政治家は国家国民の為に汗してくれるものと国民の誰もが思ったが、クリーンな政治どころか、国政そっちのけで企業献金、団体献金、個人献金、政経パーティーに狂奔している。

 政党交付金(政党助成金)は、国民一人当たり250円。国民総額約320億円。国会議員一人当たり約5000万円。議員には歳費として年間2300万円、文書交通費1200万円、公設秘書の給料や議員会館、議員宿舎など年間合わせて1億円以上の国費が掛かる。誰が見ても政治活動には十分な金額だろう。

 抑抑、小沢の疑惑は、不動産取得や蓄財に、新生、自由党の解党時の政治資金約23億円余りが使われているということが問題なのだ。新生党解党時の9億2000万円と、自由党解党時の13億6000万円が小沢の政治団体に寄付され、内10億円余りで12件の不動産購入を購入していたのだ。「政党交付金(政党助成金)」は全て国民の血税であり、此れを返納せずに不動産購入や蓄財に充てることは、国民に対する背任、横領、詐欺行為である。小沢の疑惑を語る上で、先ずこの政党交付金(政党助成金)の在り方を問はなくてはならないのだ。政治活動の自由という観点から、政党交付金の使い道には制限も無ければ立法事務費も使途報告の必要も解散時の返納する義務もない。しかし、法を作るべ国会議員が「合法的なら」とか「法律の範囲内なら」と法を巧妙に抜け、不動産購入や蓄財をするなど言語道断で、政治家として有るまじき行為である。

 共産党が唯一「政党交付金(政党助成金)は止めるべきだ」としているが、至極当然の認識で、政党交付金(政党助成金)の趣旨は、企業、労働組合、団体からの政治献金禁止の代償であり、未だ献金が無くならない現状を見れば即刻廃止すべきものである。蛆虫・共産党でも解りきってることが、今の欲集りの政治屋どもには全く理解出来ていない。困ったものだ。

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2010年10月28日

男心と秋の空

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 鳩山由紀夫が、政界引退を撤回し、自民党の小池百合子を始め、身内の仙石からも「鳩山氏は健忘症だ」と批判に曝されている。数ヶ月前、鳩山は涙を浮かべ小沢を道連れに代表を辞任し、同時に「次期衆院選には出馬しない」と政界引退を表明した。

 自民党に居並ぶ厚顔な歴代首相らに比べ実に潔いと感じていたのも束の間、引退表明を撤回したと言うのだから開いた口が塞がらない。

 鳩山の犯した罪は、巧妙に仕組まれた脱税行為は言うに及ばず、沖縄の米軍基地問題で国益を害し、「日本海を友愛の海に」だとか「日本は日本人だけのものではない」などという妄言で、日本の主権が脅かされるに至っていることだ。

 中共政府の策謀である「東アジア大交流時代」「観光立国」「ビザ緩和」等々国益を害する政策を推進し、国民を危険に曝した挙句、米国からルーピーなどとバカにされ国際的信用を失墜させ、日本人を貶めた責任は大きい。これらの責任を痛感し次期衆院選には出馬しないと表明したと思いきや、前言を翻し政治家を続けるとは「健忘症」というより小沢と共に「権謀術数」を巡らせているのではなかろうか。

 鳩山の母親からの子ども手当の問題にしても、不起訴処分にはなりはしたが、野党時代「秘書の罪は議員の罪」と厳しく追求してきた鳩山が、当事者になるやいなや「私服を肥やしたり不正な利得を受けたりした訳ではない」だとか「私自身が犯罪に手を染めているならどのような捜査でも処罰でも甘んじて受けるが、そういう事実はない」との見苦しい言い訳は、国民の政治不信を増大させた。

 国民の多くは「公設第一秘書は、政治家自身の右腕であり一心同体」と思っている訳で、鳩山や小沢の大甘な考えは実に醜いものだ。鳩山や小沢が政治家の椅子に固執すればするほど、国民の政治不信は極に達するだろう。

 しかし、それにしても鳩山や羽田もそうだが、自民党の森や福田、安倍、麻生といった歴代総理も、在任中の自分の無能を恥じて即刻引退したら如何だろう。

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2010年10月27日

吉田松陰の思想を学ぶ

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 今日10月27日は吉田松陰の命日。松陰は多くの金言を残しているが、思想は「一君万民論」「飛耳長目」「 草莽掘起」「対外思想」の四つである。略記する。

 【一君万民論】
「天下は一人の天下」と主張して、藩校明倫館の元学頭・山県太華と論争を行っている。「一人の天下」という事は、国家は天皇が支配するものという意味であり、天皇の下に万民は平等になる。一種の擬似平等主義であり、幕府(ひいては藩)の権威を否定する過激な思想であった。

 【飛耳長目】
塾生に何時も、情報を収集し将来の判断材料にせよと説いた、これが松陰の「飛耳長目(ひじちょうもく)」である。自身東北から九州まで脚を伸ばし各地の動静を探った。萩の野山獄に監禁後は弟子たちに触覚の役割をさせていた。長州藩に対しても主要藩へ情報探索者を送り込むことを進言し、また江戸や長崎に遊学中の者に「報知賞」を特別に支給せよと主張した。松陰の時代に対する優れた予見は、「飛耳長目」に負う所が大きい。

 【草莽崛起】
「草莽」は『孟子』においては草木の間に潜む隠者を指し、転じて一般大衆を指す。「崛起」は一斉に立ち上がることを指す。『在野の人よ、立ち上がれ』の意。安政の大獄で収監される直前、友人北山安世に宛てて書いた書状の中で「今の幕府も諸侯も最早酔人なれば扶持の術なし。草莽崛起の人を望む外頼なし。されど本藩の恩と天朝の徳とは如何にして忘るゝに方なし。草莽崛起の力を以て、近くは本藩を維持し、遠くは天朝の中興を補佐し奉れば、匹夫の諒に負くが如くなれど、神州の大功ある人と云ふべし」と記した。

 【対外思想】
『幽囚録』で「今急武備を修め、艦略具はり礟略足らば、則ち宜しく蝦夷を開拓して諸侯を封建し、間に乗じて加摸察加(カムチャッカ)・隩都加(オホーツク)を奪ひ、琉球に諭し、朝覲会同すること内諸侯と比しからめ朝鮮を責めて質を納れ貢を奉じ、古の盛時の如くにし、北は満州の地を割き、南は台湾、呂宋(ルソン)諸島を収め、進取の勢を漸示すべし」と記し、北海道の開拓、沖縄(当時は独立した国家であった)の日本領化、朝鮮の日本への属国化、満州・台湾・フィリピンの領有を主張した。

 松下村塾出身者の多くが明治維新後に政府の中心で活躍した為、松陰の思想は日本の対外政策に大きな影響を与えることとなった。国民は今こそ松陰の「草莽掘起論」を想起し、立ち上がろう。

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2010年10月26日

吉田松陰の魂と言行

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 10月27日は、吉田松陰の命日。天保元年(1830年)8月4日、長州萩の東郊松本村で杉家の二男として生まれた。成人して吉田大助の養子となり、名を吉田大次郎と改める。通称は吉田寅次郎。松陰は号である。吉田家は代々山鹿流兵学師範の家だった為、早くから山鹿流兵学その他の学問を修め、その道を究め、子弟の教育に努めた。安政元年3月師の佐久間象山の勧めで海外渡航を計画し、下田から米艦に便乗しようとして遺失、下田の獄に繋がれたが伝馬町獄送りとなって途中、高輪泉岳寺の前で詠んだのが有名な次の歌である。

 「かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂」

 同年9月迄の約6ヶ月間伝馬町獄に留置されていたが、国元萩に謹慎の身となって帰って後の「松下村塾」での教育が最も偉大な事業であろう。薫陶を受けた塾生の中から有爵者6名、贈位者17名、有位者14名等多くの著名な士が出て、中でも高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋、木戸孝允(桂小五郎)等は、明治維新の大業に勲功の有った人物である。歴史の上での三大変革といえば「大化の改新」「建武の中興」「明治維新」だが、その明治維新に松下村塾生の働きが大きな力となったのは誰もが知るところだ。後、松陰は「安政の大獄」に連座して再び伝馬町獄に入牢となった。安政6年7月9日、江戸の長州藩邸から始めて評定所に召出されたが、その時

 「まち得たる時は今とて武蔵野よいさましくも鳴くくつわ虫かな」

と決心を歌にのべている。しかし幕府の役人を動かすことが出来ず、その後の3回の取調べで死刑を覚悟した10月22日に、父、叔父、兄へ宛て「永訣書」を送っているが、その中の有名な一首が

 「親思ふ心にまさる親ごころけふのおとずれ何と聞くらん』

である。また処刑の時の近づいたのを知って10月25日より26日の黄昏までかかって書き上げたのが「留魂録」で、その冒頭に

 「身はたとひ武さしの野辺に朽ちぬともとどめ置かまし大和魂」(十月念五日二十一回猛士)

と記してある。因みに(二十一回猛士)とは松陰先生の号で、「二十一回」については、名字の「杉」の字を「十」「八」「三」に分解し、これらを合計した数字が「二十一」となること、および、「吉田」の「吉」を「十一口」、「田」を「十口」に分解でき、これらを組み合わせると「二十一回」となることにより付けられている。松陰はこれを同囚で八丈島に遠島になった沼崎吉五郎に託したが、20年後当時神奈川県令で塾生であった野村靖に手渡したものが現在残っている「留魂録」である。それによって当時の法廷の模様、尋問應答の次第、獄中の志士の消息等がわかり、自己の心境と塾生の行くべき道を示したもので、崇高な松陰魂の指南書ともいえるものだ。安政6年(1859年)10月27日、江戸伝馬町の獄で斬刑に処せられた。揚屋を出る松陰は次の詩を高らかに朗吟して同囚の士に訣れを告げたのである。

 「今吾れ国の為に死す 死して君親に背かず 悠々たり天地の事 鑑照明神に在り」

次いで刑場では「身はたとひ」の歌を朗誦して従容として刑についた。29歳2ヶ月の生涯は短くも、没後150年経った今でも、その言葉通り、松陰の魂と言行は多くの人の心を捉え感奮興起させ続けている。

 合掌再拝                                 

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cordial8317 at 07:29|Permalink

2010年10月25日

爆発五郎、ヤフーオークションにハマる

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 昨年、渓流釣りの為に竿を購入したのを手始めに釣具は勿論、万年筆やら篆刻材やら何やらかやら買い漁り、どっぷりヤフーオークションに嵌ってしまった(汗)

 渓流釣りは「餌釣り」「毛鉤釣り」「ルアー釣り」と色々で、当然それに応じて道具も多くなる。餌釣り用の渓流竿は川によって長さも変わり、3、4、5メートルの物から、6、7,8メートルと様々で、各種2~3本ずつ揃えた。毛鉤釣りでも「フライフィッシング」と「テンカラ釣り」があり、竿もラインも毛鉤も違うし、テンカラ竿も5~6本、フライフィッシングの竿も3本揃えている。フライリールはヘチ釣りという黒鯛用のと兼用出来るが、ラインが違うので結局何個か購入した。ルアーも同じで、渓流と海釣りでは使うルアーが違うから、そりゃ多いの何の。当然海釣りの竿も色々購入したが、多いのはヘチ竿だろうか。挙句、使いもしないのに松方弘樹ばりに、鮪釣りの竿も落札してしまった(笑)他にも、公魚用の竿とリール。ウエダーやら鮎タイツやらベストやら難やらかやらで、今では借家の3Kの一部屋が釣り道具で埋まってしまっている。愚妻曰く「釣具屋でもやるつもりなの」

 万年筆も嵌った一つだ。昔から興味があったのだが、中々難しく何を購入すれば良いのやら。畏友のN氏に聞いたところ「俺のをやるよ」ということで、パイロットのカスタム74を恵贈に与った。此れを機に万年筆に嵌り色々購入した。昨年所属していた団体を退いたので「退任祝い」も兼ね、清水の舞台から飛び降りる気持ちでモンブランのマイスターシュテュック149を購入した。今では、パイロット、モンブラン149、146、ペリカンM400、プラチナ・ギャザード、他にもデュークやら美術的な物も何点か購入した。

 最近は、ロードバイクを購入。始めは初心者だし手頃な物をと「MEDIDA」を落札。海外からの発送ということで10日程で届いた。乗っては見たがどうもしっくり来ない。能く能く見ればサイズが小さく、出品者に問い合わせても梨の礫。漸く返事が来たと思ったら日本語の疎通がイマイチで、返品も面倒なので結局友人に格安で譲ってしまった。今乗っているのはVITUSというフランス製のフレームにカンパニョーロの部品で組んだもので、同じものは他に無い。値段は言えない(笑)

 30年右翼団体に所属し、運動と酒飲み以外無趣味だった自分が、漸く見付けた趣味が「釣り」と「自転車」。良い趣味だと思っている。毎月上京しては、上納やらマル特やら、或いは銀座やらで散在していた事を思えば実にヤフーオークションは安いものだ(笑)

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2010年10月23日

靖國で会おう

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 靖國神社の例大祭が終った。国会議員66名が参拝した以外、靖國に関する記事は殆ど無く、所謂「終戦記念日」の喧騒とは打って変わって静かなものだ。同期の桜ではないが「花の都の靖國神社、春の梢に咲いて会おう」と、春の桜の咲く季節や、春と秋に催される例大祭の季節に詣でるのが良いのではなかろうか。

 8月15日は遺族の日であり、心静かに、陛下の御親拝せられる静謐な環境を作る事こそ肝要だと思う。毎年夏の酷暑の中で、左右入り乱れてのあの御祭り騒ぎにうんざりしている国民は少なくない。所謂「終戦記念日」に行く気持ちは分からなくはないが、贔屓の引き倒しになってはならない。 

 国家の為に尊い命を捧げた御魂を奉斎する靖国神社を、国家の責任で護持するのは当然の事で議論の余地は無く、戦前はそれが厳守され、国民挙って護国の英霊に感謝し崇敬の誠を捧げて来た。殊に特筆すべきは、靖國神社の大祭に限り、天皇陛下が御親拝せられたのであった。聖恩無辺、英霊や遺族にとっての感激と光栄、此れに優るものは無かったのだ。

 靖國神社が未だ偏見を擁かれるのは、やはり国民の英霊に対する崇敬の念の足りなさ、つまり精神的貧困に在ると言っても過言ではなかろう。

 先の大戦で犠牲となった方々の鎮魂の為に日本政府が建てた慰霊碑はアジア各国やロシアなどに点在しているが、どれもこれも手入れが行き届いておらず、とても戦没者を慰霊する様なものではないものばかりだという。

 例えばインドのインパール作戦で、日本は戦局の傾く中で5万人の兵を送り、米英に寝返った蒋介石の命綱、援蒋ルートを潰し、インド独立を願ったが、激戦空しく日本兵は非業の最期遂げている。日本政府は数年前、このインドのレッドヒルの近くに慰霊碑を建立した。しかし、此処を訪れた人は皆愕然とするという。施設のコンクリート床は手抜き工事で大きく傾き、薄汚れ、驚くことに慰霊碑が無いというのだ。此れで慰霊をした積もりかという英霊の怒りの声が聞こえて来そうだ。

 ソ連時代のシベリア抑留の帰還船が出たナホトカにも慰霊碑が在る。日本政府が亡くなられた方々の霊を慰める為の碑という事らしいが、一般の人の墓と同じで実に安っぽいもので、「日本人墓地」と書かれたそれは、とても悔し涙を飲んで亡くなった同胞を慰霊するものではない。フィリピン然り、サイパンも然り。

 政府に英霊への尊崇の念が無いから、こういう形だけのものになってしまうのだ。数年前、同志らと戦跡慰霊でサイパンを訪れたことが有る。日本政府の建てた慰霊碑は確かに存在してるが、やはり手入れが行き届いておらず寂しい佇まいをしていた。

 「国立戦没者墓苑」も、諸外国に点在する慰霊碑と同じ様な、魂の入っていないものになることは火を見るより明らかで、構想自体即刻止めるべきである。異国の地で斃れた方々は、祖国の為、家族を守る為、アジアの独立の為という大義に殉じたのだ。屍は此処に草生すとも、「靖國で会おう」という言葉を残し散って往った魂は靖國に還り、今も生き続けている。靖國神社を国の責任で護持し、国民挙って護国の英霊に感謝し、崇敬の誠を捧げよう。

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2010年10月22日

戸塚宏の「教育再生」

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 昨日は新宿で畏友と待ち合わせして、物心両面で御支援頂いている方に挨拶に出掛けた。一時間程鼎談。次の来客には戸塚宏氏が控えていた。畏友はどうも人の意見を聞き入れない戸塚氏は苦手らしいが、小生は戸塚氏の教育論には大いに共鳴している一人だ。

 学生時代、将来は不良少年や登校拒否児を与り更正させる私塾を創る夢を抱いていたが、未だその考えは潰えてはいない。何時か戸塚氏に御教授願いたいものだ。 

 戸塚ヨットスクールというと「スパルタ式」で子供を死にやったことばかり取り上げられるが、不登校や家庭内暴力で悩む親が子供を手放し、戸塚氏に預け、実に600人以上の子供を更正させた実践教育の実績は凄い。

 戸塚氏は自著「教育再生」で、教育は「科学的精神論」に基づくと言い「正しく・強く・安定」(知・情・意)した理性を創ることが大事だと教えている。

 学級崩壊や家庭内暴力を起こす様な「間違った・弱い・不安定」な理性を持った子供達が大量に登場した原因を考えれば、戦後、日本が採用した欧米型の「精神論」が間違っていたからだという。

 何故なら、日本を経済大国にしたのは、戦前に教育を受けた人々であり、それを潰してしまったのは、戦後教育を受けた世代である。

 更に「欧米流」の理性に抜け落ちているのは「本能論」で、人間と動物の優劣性を強調するあまり、動物にもある「本能」を、下等なものとして否定しまった。

 仏教でも儒教でも「本能」が「理性」を創るのに重要な役目を果たしていると説いている。

 これらを考えるに、教育で一番大事なのは「徳育」なのです。徳育は忠君愛国ばかりではなく「人間性」を確立することなのです。

 だから、幸福になる方法も、ちゃんと仕事が出来る様になるのも徳育で、日本の教育再生の為には、先ず「正しい精神論」を創ることが必要なのです。

 失敗に失敗を重ねた文科省には、最早学校を変える能力は無い。民主党政権で日教組支配が強まり、益々学級崩壊は増えていくだろう。

 日本の教育が抱えている問題を解決するには、戸塚氏の言う様に小学校の段階で正しい人間性の基礎を創ることが大事で、「国語・数学・体育」に重点を置いた授業、記憶力ではなく考える力の重視、合宿などの課外授業の活用というが、これらの理想とする小学校像は決して突飛なものなどではなく、戸塚氏の「科学的精神論」による教育の実践こそ、現在学校で起こっている学級崩壊を始めとした諸問題を克服してくれるのではと期待している。

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2010年10月20日

中共政府に阿る政治家ども

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 小生も靖国神社終身会員で、年二回有る例大祭には第二日祭に招待を受けている。今年は欠席したが、政治家が恒例の当日祭ではなく第二日祭に出るとは何か作為的な臭いを感じるのは穿った見方だろうか。

 第二日祭の昨日、超党派の「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」のメンバーの国会議員66名が参拝した。国会議員衆参合わせ720名以上いる中で、たった66名だから一割にも満たない。民主党政権下での閣僚の参拝は期待もしないが、保守再生を標榜した自民党総裁の谷垣も欠席したのは実に情けない。

 昨年の大祭に参列し「先の大戦に限らず、日本の近現代史の中で亡くなった方々の霊を慰める気持ちで参拝した」と語ったのも嘘だったということだ。早々後進に道を譲り身を引くべきだろう。此れを見ても、民主党や自民党の中に、如何に中共政府に阿る右顧左眄型の議員が多いかが分かると言うものだ。

 古賀誠会長が、記者からの悪意の有る質問に「日本固有の精神文化を大事にせず参拝しなければ国の主権も国家も無い」と語っていたが、蓋し正論である。国民の多くが、真の保守政権を待望している今、靖国に結集した気骨有る政治家が纏まり、保守政党を立ち上げて欲しいものだ。

 政治家の靖国参拝について「日中間係が悪化する中で参拝は控えるべきだ」等と批判する連中がいるのは情け無い限りだが、国のために尊い命を投げ出してくれた英霊へ感謝の誠を捧げることは日本人として当然で、残された国民の義務である。

 靖国神社への参拝が、中韓に阿諛追従する事が有ってはならない。政治家がこんな情け無い事で、陛下の御親拝が叶う訳が有るまい。天皇陛下が御親拝なされ初めて英霊は安らかに眠れるのだ。政治家は自らの怠慢を恥じるべきである。

 世界のどんな国も「英霊」には最大の名誉が与えられている。それに比べ我が国の精神的貧困さには呆れるばかり。靖国神社を国家の責任で護持することは当然のことで議論の余地は無く、首相の公式参拝は疎か、天皇陛下の御親拝もせられていないのは悲しい限りだ。我が国は独立国であり、何者の拘束を受ける理由はなく遠慮する必要もない。直ちに抑圧していた障害を排除し、真姿の復元を計るとともに靖国神社の国家護持に立ち上がろう。

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2010年10月19日

支那とは一衣帯水の関係ではない

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 尖閣諸島の漁船衝突事件以来、国会で日中問題が取り上げられているが、此れを聞いていて非常に気になるのは、日本と支那の関係を「一衣帯水」だとか「古くからの隣人」などと心得違いをしている人が多くいることだ。昨日の参院決算委員会でも、菅総理が頻りに「一衣帯水の重要な関係云々」などと宣っていたが、この誤解と支那に抱く幻想が日中間の問題を解決し難い状況にしている気がしてならない。

 日中間に国交関係が樹立されたのは20世紀に入ってからで、未だ100年も経っていない関係なのだ。「日中は同文同種、一衣帯水の関係」というのは全く誤った認識であり、支那の策謀に嵌っているだけなのだ。

 聖徳太子が607年、隋との対等外交に踏み切り、645年「大化の改新」を実現する。しかし、この後の663年、白村江(はくすきのえ)での敗戦を機に中華圏との正式な外交を絶った。その後、遣唐使が約250年間、菅原道真の献策によって廃止されるまで派遣され、唐の文化が、奈良時代の平城京を中心とした天平文化に影響を与えた例も有るが、国書を携えて派遣したのは「倭国」としてであり「日本」と名乗ってからは、一度足りとも正式な国書を携えた外交はない。

 明治4(1871年)年「日清修好条規」を結んだ相手は満州人の清朝であり、支那を支配していたが漢民族の国ではなかった為に、支那との正式な外交は明治45年(1915年)の「中華民国」誕生まで待たなければならないのだ。

 明治4年(1871年)の「日清修好条規」を結ぶ迄の約1200年に亙り、日本は日本列島の中で独自の日本文化を熟成させた。大陸からの漢字に音と訓をつけ、ひらがな(のちにカタカナ)を付け加え、大和言葉を表現し、支那とは全く別の文字体系と文化を創造した。

 一方支那は戦乱に次ぐ戦乱、易姓革命の連続で文字文化の発達は全く止まった儘だったのだ。日本人は異文化を吸収し、より善いものを生み出す国民性であり、菅を始めとした親中派が「日中は同文同種、一衣帯水である」というのは全く誤った認識なのだ。

 日本は世界の中で最も優れた精神文化と独自の価値を有する国家であり、民族、宗教、言語、歴史、価値観、習慣、制度は日本独自のものなのだ。ヤクザ国家の中共と一衣帯水の関係などとはチャンチャラ可笑しく、臍で茶を沸かすとはこの事だろう。今こそ聖徳太子に倣って傲岸不遜な中共とは国交を断絶すべし!

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2010年10月17日

「反日」デモは「半日」限定

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 尖閣諸島での支那漁船のテロ行為以来、反日感情は益々エスカレートしている。「小日本」という蔑称を連呼し、「中日断行を」「日本製品をボイコットせよ」と絶叫する反日デモが支那各地で起こっているが、こんな礼節も何も無い連中との友好など此方から願い下げだ。

 尤も、このデモに参加している若者は「反日」を利用した「反政府」活動も兼ねている様で、それを承知の中共政府は、デモの時間も規制し「半日」しか許可しない。長々とデモをやらせれば、最終的に反政府活動になることは火を見るより明らかだからだ。

 日本国内でも「頑張れ日本!全国行動委員会」(会長・田母神俊雄)等が主催した「中国大使館包囲!尖閣侵略!国民大行動」が行われた。こうした憂国活動は度々行われていたが、マスコミの言論封殺で報道されることは殆ど無かったが、流石に今回はそうは行かなかった様だ。

 主催者側は参加人数約3200名。西村真悟前衆院議員や地方議員らが共に行動したと言うが、此処に日頃保守を気取る安倍晋三や平沼赳夫らが参加しなかったことを見ても、今の国会議員に真の保守政治家は存在しないことを痛感する。民主党も自民党も結局は同じ穴の狢、どっちもどっち、こんな気概で支那を始めとした世界の腹黒い国々と渡り合える筈も無い。

 抗議集会に続いて、デモ行進が行われ、代表者が在日中国大使館のポストに抗議文を投函した。この模様や抗議文の内容は近々公開されるであろうから愉しみだ。「尖閣糾弾!国民大行動」は、支那の騒乱とは違い整然と行われた。此の行動を見ても如何に日本人が常識を弁えた大人で有るかが分かるというものだ。

 支那人は他の外国人とは異なり、組織化し、暴徒化し易い。一昨年、長野・聖火リレーに於ける支那人留学生の集団暴力事件は記憶に新しい。

 支那人留学生らによる「聖火応援隊」の正体が、中共当局の主導による組織で有ることは既に判明している。支那人留学生を統率した「全日本中国留学生学友会」は中国大使館直轄の組織で、各大学の学友会に中共政府の公安関係者が学生の身分で紛れ込んで支那人留学生を監視し訓練していた。

 約4000名の「聖火応援隊」は、いとも簡単に集結して統制された組織を作り、集団暴力によって「フリーチベット」を訴える者の言論の自由を奪い、日本の治安を脅かす事態を招いたのだ。

 今後、民主党が謀る「観光立国」「東アジア大交流」「ビザ簡素化」で支那人の移民は増殖するだろう。長野で起きたあの危機的事態を一時の現象と看過してはならないし、支那人への警戒を怠ってはならない。

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cordial8317 at 07:23|Permalink

2010年10月16日

すわ、谷亮子と小沢一郎が一緒に引退か

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 谷亮子が柔道の現役引退を表明した。同席した小沢一郎も序に引退すれば良かったのに、返す返すも残念無念。その昔、参議院議員選挙の比例でトップ当選し晴れて参議院議員となった大橋巨泉が、党との意見の違いで、僅か6ヶ月余りで引退を表明した事が有るが、谷も巨泉同様政治から身を退く方が良かったと思った国民は少なくない。それ以上に小沢の引退を待ち望んでいる国民は多い。小沢の汚名返上を果たす為か、小沢を同席させイメージアップを企んだのだろうが、「二足の草鞋という考えは了見が狭い」との一言でまた国民を敵に回した様だ。小沢の欠点は、自身の言葉の本意が国民に伝わらないという事だろうか。常識的に考えても政治家と柔道選手の現役続行は無理だった訳で、やはり、5月の参議院選挙の出馬時点で潔く現役から引退すべきだったと思う。

 谷亮子が引退表明した同じ日に、小沢一郎は、検察審議会の起訴議決は権限を逸脱し無効だとして、東京地裁に提訴した。最後まで姑息で往生際の悪い男だ。弁護士試験で挫折したトラウマなのか、法律の抜け道や欠陥を衝くのは長けている様だが、法律を作る側の国会議員にそれは許されない。政治とは最高の倫理であり、最高の道徳でなければならないのだが、小沢一郎には、その肝心な倫理・道徳が欠けている。小沢が検察から不起訴とはなったのは、嫌疑不十分で罪に問うには証拠が少ないだけで無実となった訳でもないし、政治的、道義的責任は消える事はない。小沢はその昔、政治資金の在り方に関し、自著「日本改造計画」で「まず、政治資金の出入りを1円に至るまで全面的に公開し流れを完全に透明にすることである」と提唱し、同時に罰則の強化も主張し、違反の言い逃れを封じる為に「連座制」を導入すべきとも訴えているが、アレは単なる出任せか。

 政治資金規正法は議会制民主主義の根幹を成す法律であり、政治資金の実態を偽ることは、国民を欺いて政治判断を歪めることに他ならないのである。斯く考える時、恬として恥じることなく政界に居座り続ける小沢には、国民挙って「引退勧告」を突き付けるしかない。

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cordial8317 at 10:07|Permalink

2010年10月15日

「柳腰外交」とは笑わせてくれる

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 小沢が失脚し、正に仙石時代到来。この仙石が、菅政権の「弱腰」「軟弱」外交を叩かれ、御得意の切り返しで「しなやかで粘り強い柳腰と言うものもある」と、菅内閣の柔軟で強かな外交を自画自賛していたが、柳腰外交など聞いたことも無いし、それこそ全方位土下座外交と何ら変わりはない。如何にも仙石らしい、人を見下した高慢ちきな物の言い様だが、支那に媚びる本質がついつい出てしまったヤツの本音だろう。

 広辞苑には「柳腰」とは、「細くてしなやかな腰。多く、美人の例え」と書かれてある。畏友のブログ「白雲去来」に、この「柳腰」に纏わる面白い記事が載っていたので勝手に転載する。

 唐の時代の詩人、杜牧の詩に「遣懐」というものがある。

     懐(思い)を遣(やる)

  落魄江湖載酒行   江湖に落魄して酒を載せて行く
  楚腰繊細掌中軽   楚腰は繊細にして掌中に軽し
  十年一覚揚州夢   十年一覚揚州の夢
  贏得青楼薄倖名   かち得たり青楼薄倖の名

 江南で遊び暮らした頃、常に酒樽を船に載せていた。傍らには古の美女に劣らぬ細身の美女が居た。そんな夢の中の揚州での十年が過ぎ去り気がつくと、遊郭での浮名だけが残ってしまった。嘗て、楚の国の美人は腰が細く、掌の中で舞いが舞えそうな程だったということから、スレンダーな美人を「柳腰」と言う。

 「柳腰」は、中共政府に遊郭の女の如く媚び諂う菅、仙石、小沢らが使う言葉としては実に相応しいのだろうが、シャレにならない。

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cordial8317 at 08:40|Permalink

ノーベル平和賞を返上すれば

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 米国が核爆発を伴わない臨界前核実験を実施していた事がバレた。反核団体は、核軍縮に向けた国際的な取り組みに逆行すると批判しているが、「核無き世界」など夢語りに過ぎない。日本も夢から覚め、米国に倣い「核兵器が此の世に存在する限り核戦力は維持する」という現実的な政策を進めるべきだろう。被爆国の我が国こそ、核を保有する資格が有るのだ。先の中共との尖閣問題にしろ、ロシア、韓国との領土主権の問題にしろ、北朝鮮との拉致問題にしろ、多くの外交問題が混迷し何ら進展しないのは、日本の軍事力の乏しさが原因なのだ。国家の防衛という大義を米国に委ね、まやかしの平和に現を抜かしているが、そろそろ米国依存から脱却し、核保有を含めた軍事力整備を急ぐべきだ。悲しい現実だが、核兵器こそ外交の最大の武器なのだ。数百万人の餓死者が出ても歯牙にも掛けず核開発に狂奔する北朝鮮が、外交的に屈しないのは核兵器こそが外交の最大の武器だと言うことを知っているからなのだ。

 昨年、北朝鮮のミサイル発射を受けてオバマ大統領が、プラハで「米国は、核兵器を使ったことがある核兵器保有国として、核軍縮に向かって行動する義務がある」と演説し、更に国連常任理事会「核兵器の無い世界」を提言しノーベル平和賞を受賞した。しかし、何のことはない「我々も核兵器を減らして廃絶に向かうから、日本や世界の皆さんは核兵器を作らないでね」と言っただけで、核兵器を無くす積もりなど毛頭無いし、核無き世界など来る筈もない。方や、日本国内を見渡せば、相変わらず「核を持つと日本が孤立する」だとか「非核三原則が有れば大丈夫」と言う様な妄言が罷り通っているが、未だ平和ボケから醒めていない証左だ。冷戦時代、日本の平和が続いたのは米国の「核」の力と、単なる偶然に過ぎなかっただけなのだ。「平和ボケ」という言葉は高度成長からバブル時代にかけて、金儲けや飽食に狂奔してきた世相や、空想的平和論を弄び、米国の核には反対しても、支那やロシアの書くには反対したことも無い左翼運動家を揶揄したものだが、未だ「平和ボケ」から醒め遣らない日本が、米国依存から脱却し、自らの国の「平和」を自ら創り出すという当たり前の国になるのは何時のことだろう。

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cordial8317 at 07:18|Permalink

2010年10月13日

痩せ我慢の一義は、決して此れを忘れるべからず

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 最近、弱者を標榜する人々が殖えて来た。曽野綾子女史はそれを「老人業」や「難民業」と揶揄している。そうした連中は「私達は優遇されるのが当然だ」という態度で権利ばかりを主張するが、日本人の美徳である「痩せ我慢の気風」など微塵も感じられない。

 日本の貧困問題は経済的な問題よりも、精神的貧困の方が深刻だろう。政治家を筆頭に「義」を守る者が余りにも少なく、利権に集り、私利私欲に狂奔し、カネに群がる不逞の輩ばかり。二宮尊徳は「経済無き道徳は戯言であり、道徳無き経済は犯罪である」と諭したが、魂無き繁栄に現を抜かしている今の日本人には、道徳感覚を涵養することこそ大事であろう。

 福沢諭吉は、100年前「痩せ我慢の記」という一文を発表。

 「一片の痩せ我慢こそ百千年後に至るまで、国の独立を維持する上で大切である」と説いた。福沢翁は、嘗て幕臣だった勝海舟と榎本武揚が、敵方である薩摩・長州中心の新政府から優遇を受け、大臣に昇りつめた出世を厳しく批判している。その諭旨は「勝海舟は只管講和を主張し、官軍と一戦も交えず開城したのは、要素たる士風を損なった。例え、内乱が国家にとって無益大害の極みであっても、抵抗するのが武士の意気地ではないか。

 福沢翁は「木を植える譲道」として「樹木を植えて、三十年経たなければ材木とはならない。だからこそ後世の為に木を植えるべきである。今日用いる材木は、昔の人が植えたものだ。とすれば、どうして後世の人の為に植えないで良いだろうか」「国を支えて国を頼らず」との教えを説いたが、今、こうした先人の智慧に学ぶことが大事だと思う。

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cordial8317 at 08:53|Permalink

2010年10月12日

最も貧しい国に、最も富裕な王がいる

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 脱北詩人チャン・ジンソン氏は、嘗て北朝鮮の労働新聞の紙面を飾り、氏は間違いなく幸福だった。しかし、「最も貧しい国に、最も富裕な王がいる」現実に目覚めたとき脱北を決意したという。彼を動かした思いはひとつ、「飢えに死んだ300万人の、飢えに至る過程を必ず世界に暴露する」というものだった。

『救済米と言うな』

世界の国々よ
この国に 米なるものを送り
救済米と言うなかれ
その 赤き 赤十字は
我らが血で 血塗られたり

その米で 兵士を増大し
砲身をつくり
残れば その米で
閲兵式 武力示唆
食べたる力を誇示する
先軍

これに なお 力つけさせる
援助だ 支援なのだ
独裁者なるものを救済するだけの
人道主義への 背信
赤十字社の欺瞞

どうか 世界の諸国家よ
送る 米の あるなら
いっそ我らの頭上から
無一物の 我らの頭上から
ああ 砲撃して おくれ!

 北朝鮮が異常且つ極めて危険な国だと言うことは誰もが認めるところだ。正式名称は「朝鮮民主主義人民共和国」だが、民主主義でも人民の国でもなく「金一族」の個人独裁の世襲全体主義国家である。

 日本人を拉致し、ニセ紙幣を偽造し、覚醒剤を密売し、ミサイルを製造し輸出し、旧社会主義に内在した悪の本質が体制化したヤクザ国家だ。何百万の餓死者が出ても歯牙にもかけず弾道ミサイルを開発し、核開発に狂奔している。この不良国家の三代目に金正恩が内定したという。

 貧困に喘ぎ痩せ細った人民とは対照的に、膨よかなその体型を見れば「最も貧しい国に、最も富裕な王がいる」時代は未だ未だ続きそうだ。

 ミサイルにも核開発にも、日本のパチンコ屋からの金が流れているということは、今や公然の事実。パチンコ屋からの送金が止れば、北朝鮮の体制が大きく変わると言っても過言ではない。

 今やパチンコ産業は、日本の基幹産業。しかしパチンコは日本人からカネを搾取するもので、健全な娯楽からは程遠い諸悪の根源だ。パチンコの違法性を糾弾しなければならないマスゴミは、広告代欲しさに一切沈黙し、「風適法違反」で取り締まるべき警察は、パチンコ屋と遊技場組合への天下り先確保の為に怪しい関係に。

 「パチンコ依存症」の日本人は、今や200万人を超え、パチンコに嵌り借金塗れ、家庭は崩壊し、資金難に陥ったバカがヤミ金に縋り、挙句は強盗やら窃盗の犯罪に走る。日本経済や治安に悪影響を垂れ流すパチンコ産業を非合法化すれば、全てが丸く治まると思っている国民は少なくない。

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cordial8317 at 06:33|Permalink

2010年10月10日

対中経済支援を即刻中止せよ!

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 中共政府に不当に拘束されていたフジタの社員が解放された。菅や仙石が独自ルートを使って解放したと悦に入っている様だが、抑抑拘束そのものが先の漁船衝突事件への報復行為で断じて許されるものではない。

 フジタ社員が解放されたことで、日本政府や経済界は安堵しているが、中共との正常化を期待するより、一線を画し、新たな経済戦略を確立すべきであろう。

 希少資源のレアエース(希土類)もそうだが、支那が輸出をしないなら右往左往せず、カザフスタンやベトナム、或いはアフリカや他の国から調達すれば良いし、レアエースに頼らない、新たなハイテク技術を研究すべきだ。

 ノーベル化学賞を受賞した根岸英一氏が、インタビューで「日本がやるべき大事な事は科学研究と技術開発を進めることです」と述べていたが、根岸氏が言う様に、日本の目指すべき道はやはり「技術立国」なのだ。

 民主党政権の目指す「観光立国」は中共政府の策謀であり「戦略的互恵関係」という名のまやかしでしかない。

 「戦略的」と言う言葉を使うのは、中共が戦略的に日本を併呑しようと企てているのであって、戦略など毛頭に無い日本が「戦略的互恵関係」などと発言する度に、蛆虫連中はほくそ笑んでいるに違いない。

 日本が支那へ供与している政府開発援助(ODA)は、平成20年(2008年)から年間40億円に上り、過去に遡ると有償、無償を含め3兆3千億円が支払われている。

 この日本国民の血税であるODAを、中共政府は先の大戦での賠償として捉え、日本や日本国民に対して感謝する気持ちは皆無だ。今や日本を凌ぐ程の経済大国になりながら、未だに日本への無心は止まることを知らない。

 河北省でフジタ社員が拘束されたのは、軍事関連区域への不法侵入と不法撮影ということだが、この社員等は所謂「遺棄科学兵器」の処理事業の為に訪れていただけだ。

 抑抑、所謂「遺棄科学兵器」(毒ガス弾)は「遺棄」ではなく「接収」と言うのが正しく、中共政府が「毒ガス弾は日本軍が遺棄した兵器だ」と主張しているのは誤解と誤謬だ。

 問題の兵器は毛沢東の共産軍(八路軍)と蒋介石の国民党軍が、旧ソ連から継承したもので、その管理責任が中共政府に有る事は歴史的経緯からして明らかだ。

 日本軍(関東軍)は昭和20年8月9日に日ソ中立条約を一方的に破って満州に侵攻し、暴虐の限りを尽した旧ソ連軍に降伏し武装解除されたのであり、日本軍は兵器を「遺棄」したのではなく、旧ソ連軍に「接収」されたというのが事実だ。

 継承された瞬間から国際法上管理責任は中共にあり、日本が本来責任を取る謂れはないのだ。要は遺棄科学兵器の処理費用の無心は過去のODA同様、強請り集りの打出の小槌なのだ。

 ODA事業に、営利至上主義に狂奔する売国企業と政治家が群がり食い物にされている現状を見れば、対中経済支援は即刻中止すべきである。

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cordial8317 at 08:34|Permalink

2010年10月09日

ノーベル平和賞受賞者、劉暁波氏を称える

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 支那の民主活動家・劉暁波(りゅう・ぎょうは)氏がノーベル平和賞を受賞した。支那人初のノーベル賞受賞者が獄中の活動家というのが如何にも中共らしいが、中共政府の圧政に呻吟している人民や国にとってもこの喜びは一入だろう。ノーベル賞が、その国の文化レベルを知る上で参考になるのは当然だが、支那での平和賞の受賞は、89年のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世以来二人目で、改めて支那・中共政府の人権侵害が浮き彫りになった。度重なる中共政府の圧力や抗議に屈せず、劉暁波氏に平和賞を授与し圧政と人権侵害に警鐘を鳴らしたノーベル賞委員会には敬意を払いたい。劉暁波氏の国を思う心は深く、中共政府の一党独裁の廃止こそ人民を救うという信念に間違いはなく、弾圧と制裁を受けながらも怯むことなく民主化運動に取り組む姿勢は尊敬に値する。活動家は斯く在りたいものだ。

 中共が共産主義を捨て去った時こそ自由と平和、民主主義を齎し、日本を始めとした国々と真の友好関係が築き上げられるだろうが、未だ共産主義を最高原理として崇め、神や仏という共産主義を超える最高の存在を許さず、信仰の自由も集会、結社、出版、言論、表現の自由という基本的人権が無い国との友好など単なる妄想に過ぎない。満州、内蒙古、チベット、新疆の異民族を虐殺し土地を奪い、共産主義と漢民族化を強制し、清朝時代の最大版図を「歴史的領土」と主張する中国共産党こそ、最大の「帝国主義国」であり、心して付き合わなくてはならないのだ。戦略的互恵関係などクソ喰らえだ。

 中共には「愛国無罪」というものが有るが、劉暁氏こそ愛国者であり、劉氏のノーベル平和賞受賞を機に即時釈放すべきであろう。しかし、頑迷固陋な中共は平和賞受賞を「共産党一党独裁支配の政治体制への批判」と捉え、受賞委員会とノルウェーに抗議した挙句、劉氏の受賞決定を伝える報道、放送を規制した。こうした事を見ても、国際社会の一員としての資質に欠けるものだ。尖閣諸島の漁船衝突事件でも、逮捕・拘留した支那人船長を処分保留で釈放したことを「日本への勝利だ」と大いに自己満足に浸っていたが、此れによって、国際的な信用が失墜したのも確かだった。劉氏の平和賞受賞へのイチャモン、難癖も、同様に中共への国際的信用失墜と共産主義の危険性を知らしめるものとなろう。

中国共産党こそ世界に巣食う癌であり、剔抉粛正しなければならない。

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cordial8317 at 09:32|Permalink

2010年10月08日

こんな日本に誰がした

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 「政治は三流、経済一流、官僚機構は超一流」と揶揄されたのも今や昔の話。その一流だった経済も崩壊した。商業道徳そっちのけで営利至上主義に狂奔したツケが出た。

 江戸時代、商人は「士農工商」の最下位に置かれ「金儲け=賤しい」と軽蔑の対象で、今もその精神は変わらない。商人こそ襟を正し質素倹約を心掛けるべき立場なのだ。

 江戸時代の思想家・石田梅岩は、商人の役割について「余ったものを足りない所に送り社会全体を過不足なくすることだ」と倹約の公共的な経済効果を唱えた。

 「倹約」は「ケチ」とは違う。「ケチ」は、貯めたカネを後で贅沢しようと思うことだが「倹約」は社会の為に我慢することである。だが現在の経営者に至ってはケチが多い。

 3度のメシを2度に減らしてはいる人もいるにはいるが、その余った分を他所で頑張っている人に分けてやれば良いものを、後で自分で食べたり、バカ息子に譲ったり。

 此れでは経済が停滞するのも当り前で、日本の景気低迷に一因は、こうした経営陣の心の乏しさもあるのではないだろうか。  
 
 政治が三流なのは変りはない。それどころか益々悪くなる一方だ。過去には、政治が如何に混迷しても、超一流の官僚機構が「日本丸」の舵取りを巧くやってくれるという「神話」があったのも事実だったが、今やその官僚が国を滅ぼす一大勢力になってしまった。

 その官僚機構の打破を標榜した民主党もあの為体で、果たして日本丸は何処へ向かってしまうのだろう。

 想えば、日本は戦前と戦後では全く別な国になってしまった。無条件降伏した日本は米国の51番目の洲になっても不思議ではなかったが、帝国主義の崩壊で免れた。

 その代わり米国は徹底した教育改革を行った。その徹底した「戦後民主主義教育」は、意図した以上の効果を上げ、現在もあらゆる処に影響を及ぼしている。

 「戦後民主主義」とは、自国を汚辱に塗れた過去と捉える自虐史観である。その教育で育った者は国家から恩恵を受けながら、個人と国家を常に対立させ、恰も国家は「人間を抑圧する組織」と見做し、反国家反体制的なポーズをとることが「進歩的」で「文化的」だと錯覚している。

 確信的戦後民主主義者は兎も角、最近は幼稚な正義感や安易な平和主義を振り翳す者を「無自覚左翼」と言うが、巷にこうした輩が氾濫している。占領下に米国が最も徹底したのが言論統制で、情報発信の中枢、NHK、朝日新聞、岩波書店が監視下に置かれ洗脳された。

 未だにこの組織は、米国の洗脳状態から脱却出来ずにいる。いい加減目を醒まして貰いたいものだが、米国から洗脳された連中が「反米」を気取り、日本を貶めているのは最早コメディだ。

 嘗て日本人は「恥を知る」国民だった。こんな日本にしたのは政治家か、官僚か、マスコミか、それとも国民なのか、一体誰なんだ。

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2010年10月07日

稲田朋美の質問にタジタジ、見苦しい言い訳に終始

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本来の日本人なら心の中に「日本人の魂」というものを持っている。この国の歴史伝統や先人達に対する尊敬や愛着の想いである。例えば、この日本が戦争に負けたのであれば、その事実を限りなく口惜しいと思い、占領で失われたものが有るなら、それを何としても取り戻したいと思う「心」である。

 昨日の衆院本会議での稲田朋美の質問は、久々「保守」政治家の気概を感じるものだった。方や、日本人としての魂から発する「思い」を感じることもない菅は、「私も野党時代に厳しい言葉を使っていたが、これ程汚い言葉を使わなかった」と反論するのが精一杯で、実に間抜けで見苦しい答弁に終始した。

 稲田議員の「間抜け、卑怯者、嘘だらけの詐偽とも言うべきマニュフェスト・・・」の何処が汚い言葉なのか。日本人としての正直な疑問をぶつけただけだ。温家宝と立ち話したことに満足し、肝心な主権の問題も、日本人同胞の即時解放も訴えられず、何が日本の総理大臣か。一国の首相としての矜持は皆無で、右顧左眄型の偽善者に政権を任せなければならない現状は、日本の不幸と言う他無い。

 日本が直面している全ての問題は、先人の努力を無視し、「日本人が日本人であることを見失った」ことが起因している。

「日本は日本人だけのものではない」「日本海を友愛の海に」などと言う間抜けな言葉が何よりの証で、つまり、何処で生き、何の為に働き、何を尊び、何を信じるのか、子供達に何を語り、友人や朋輩と何を分かつのか、そうした生き方を見失ってしまったことから、今の混乱は起きていると言っても過言ではない。

 今一度「日本とは何か」「日本人であるとはどういうことなのか」を考えて世界と付き合うべきであり、日本について考え、日本人であるという証を示さなければならない時に来ているのだ。

 嘉永6年(1853年)ペリーの黒船が来襲し、我が国はこれに対抗するため強力な中央集権国家を形成しなければならないと「明治維新」を成し遂げる。危機に直面して僅か15年で体制を整えたのだ。

 フランスやドイツが国家形成に至る迄100年以上の年月を要したことを考えてみても、僅か15年で維新に成功したことに驚嘆し、自分がこのような賢い国に生まれたことを心から感謝せずにはいられない。

 しかし今、先人が創り上げて来た努力や苦労を、いとも簡単に水泡に帰そうとしている政治を目の当りにし、単なる傍観者でいる訳には行かないのだ。

 世界の中で最も優れた精神文化と独自の価値を有する日本が、未来永劫護り抜かねばならぬ民族、宗教、言語、歴史、価値観、習慣、制度の世界の中で最も優れた精神文化を護り、継承して行かねばならないのである。

 稲田朋美や高市早苗を始めとした、真に国を憂うる政治家の捲土重来を大いに期待し、真正保守政権の誕生を願うばかりだ。

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2010年10月05日

小沢一郎「毎度お騒がせします」

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 検察審議会が、本人の供述は「極めて不合理で不自然」と断罪し、再度「起訴相当」と議決した。小沢一郎を始め、鳩山由紀夫にしろ石川知裕や輿石東にしろ、自らの疑惑に関し事実関係を否認し何ら責任を取ってはいないが、政治資金規正法は議会制民主主義の根幹を成す法律であり、政治資金の実態を偽ることは、国民を欺いて政治判断を歪めることに他ならないのだ。

 「起訴相当」の国民目線の判断に、当の小沢は「今後は裁判の場で私が無罪で有ることが必ず明らかになるものと確信している」と悪怯れた様子もなく、「検察庁に対して私の知る限りの事は全て話し、二度に渡り不起訴になっており、検察審査会の議決は誠に残念だ」と弁明しているが見苦しいばかり。

 民主党議員の連中にも「想定内」だとか「公判で白黒がハッキリしなていないのに離党する必要はない」と小沢に阿諛追従するクソも多く、自浄能力の無さと政権担当能力の無さを露呈するばかりだ。小沢が、何ら政治的、道義的責任も取らず、権力に執着すればするほど、国民の政治不信は増大し、怒りは極に達するのは間違いない。

 小沢は先の代表選で「政治とカネの問題から逃げない」と大見得を切ったが、はてさてどうなるものやら。証人喚問で醜態を曝すより潔く引退した方が良いと思うが、限の無い権力欲や金銭欲は死んでも治らないだろう。

 小沢はその昔、政治資金の在り方に関し、自著「日本改造計画」で「先ず、政治資金の出入りを1円に至るまで全面的に公開し流れを完全に透明にすることである」と提唱していた。更に、同時に罰則の強化も主張し違反の言い逃れを封じる為に「連座制」を導入すべきとも訴えている。

 しかし現実には、この時、既に小沢は西松建設のダミー会社から献金を受け取っていたと言うのだからフザけた話だ。献金問題で公設秘書が逮捕されると、「逮捕されただけで起訴されたんですか」と開き直り、「献金してくれるという方について、どういう所から出ているのかという類を聞くのは失礼なことですし詮索しない」と答え、秘書が起訴されると「なんで私が離党し、議員辞職しなければならないんですか」と気色ばんで、質問した女性記者を睨み付けた。

 小沢の疑惑は、西松、水谷建設の「裏献金疑惑」や世田谷の土地購入問題意外にも「都内の高級マンション購入疑惑」「岩手めんこいテレビ株主問題」「個人資産疑惑」と枚挙に遑なし。これらの不動産取得や蓄財に、新生、自由党の解党時の政治資金約23億円余りが使われている。

 「政党交付金(政党助成金)」は国民の血税であり、法律を作る側の政治家が法の網を巧妙に抜け、これを返納せずに不動産購入や蓄財に充てることは、国民に対する背任、横領、詐欺行為でもある。

 小沢の師である田中角栄も金丸信も、晩年は「政治とカネ」で失脚した。歴史は繰り返されると言うが、やはり小沢も政治家としての末路は同じだろう。天網恢恢疎にして漏らさず。

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2010年10月04日

「東アジア」の悪友と絶交すべし

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 日本に巣食う在日外国人は、今や在日朝鮮人を抜いて支那人がトップの70万人。不法入国や不法滞在を含めると100万人を超えると言う。欧米先進諸国では、ゴキブリ並に繁殖力のある支那人や朝鮮人に頭を悩ませ、脅威を感じている。そんな中で、日本は世界各国から忌み嫌われている支那人、朝鮮人を率先して招き入れているのだから恐れ入る。

 「友愛」を掲げ「日本は日本人のものだけではない」「日本海を友愛の海にしよう」と宣ったバカ総理がいたが、それに輪を掛け「東アジア大交流時代」「観光立国」「査証(ビザ)緩和」等々の愚策によって、日本の蚕食が進んでいるの状況を脅威に感じている国民は少なくない。

 先般の尖閣列島での漁船衝突事件は、日中関係を再考する上で良い契機となったのも確かで、共産主義国の中華人民共和国と「良き隣人」などという妄想自体が抑抑無理な話なのだ。中共と態態付き合わなくても、日本に何ら不便は無く、困るのは中共の方だろう。今こそ、福沢諭吉の「脱亜論」を想起し、東アジアの悪友と絶交すべきである。

 福沢諭吉は明治18年(1885年)時事新報に「脱亜論」を発表し、アジアを脱して欧米に倣えと主張した。「日本の不幸は支那(中国)と朝鮮である。この二国の人々も日本人と同じく漢字文化圏に属し、同じ古典を共有しているが、 元元人種的に異なるのか、教育に差があるのか、 日本との精神的隔たりは余りにも大きい。情報が此れ程早く行き来する時代にあって、近代文明や国際法について知りながら、過去に拘り続ける中国・朝鮮の精神は千年前と違わない。国際的な紛争の場面でも『悪いのはお前の方だ』と開き直って恥じることもない。最早、この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。『東アジア共同体』の一員として その繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。 日本は、大陸や半島との関係を絶ち、 欧米と共に進まなければならない。唯隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならない。この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。私は気持ちにおいては『東アジア』の悪友と絶交するものである」
 
 実に快哉で、今こそ福沢諭吉の思想を見倣うべきである。

【福沢諭吉 「脱亜論」全文】 世界交通の道、便にして、西洋文明の風、東に漸し、至る處、草も気も此風に靡かざるはなし。蓋し西洋の人物、古今に大に異なるに非ずと雖ども、其擧動の古に遅鈍にして今に活發なるは、唯交通の利器を利用して勢に乗ずるが故のみ。故に方今当用に國するものゝ為に謀るに、此文明の東漸の勢に激して之を防ぎ了る可きの覺悟あれば則ち可なりと雖ども、苟も世界中の現状を視察して事實に不可ならんを知らん者は、世と推し移りて共に文明の海に浮沈し、共に文明の波を掲げて共に文明の苦樂を與にするの外ある可らざるなり。文明は猶麻疹の流行の如し。目下東京の麻疹は西國長崎の地方より東漸して、春暖と共に次第に蔓延する者の如し。此時に當り此流行病の害を惡て此れを防がんとするも、果して其手段ある可きや。我輩斷じて其術なきを證す。有害一遍の流行病にても尚且其勢には激す可らず。況や利害相伴ふて常に利益多き文明に於てをや。當に之を防がざるのみならず、力めて其蔓延を助け、國民をして早く其氣風に浴せしむるは智者の事なる可し。西洋近時の文明が我日本に入りたるは嘉永の開國を發端として、國民漸く其採る可きを知り、漸次に活發の氣風を催ふしたれども、進歩の道に横はるに古風老大の政府なるものありて、之を如何ともす可らず。政府を保存せん歟、文明は決して入る可らず。如何となれば近時の文明は日本の舊套と兩立す可らずして、舊套を脱すれば同時に政府も亦廢滅す可ければなり。然ば則ち文明を防て其侵入を止めん歟、日本國は獨立す可らず。如何となれば世界文明の喧嘩繁劇は東洋孤島の獨睡を許さゞればなり。是に於てか我日本の士人は國を重しとし政府を輕しとするの大義に基き、又幸に帝室の神聖尊嚴に依頼して、斷じて舊政府を倒して新政府を立て、國中朝野の別なく一切萬事西洋近時の文明を採り、獨り日本の舊套を脱したるのみならず、亞細亞全洲の中に在て新に一機軸を出し、主義とする所は唯脱亞の二字にあるのみなり。
 我日本の國土は亞細亞の東邊に在りと雖ども、其國民の精神は既に亞細亞の固陋を脱して西洋の文明に移りたり。然るに爰に不幸なるは近隣に國あり、一を支那と云い、一を朝鮮と云ふ。此二國の人民も古來亞細亞流の政教風俗に養はるゝこと、我日本國に異ならずと雖ども、其人種の由來を殊にするか、但しは同様の政教風俗中に居ながらも遺傳教育の旨に同じからざる所のものある歟、日支韓三國三國相對し、支と韓と相似るの状は支韓の日に於けるよりも近くして、此二國の者共は一身に就き又一國に關してして改進の道を知らず。交通至便の世の中に文明の事物を聞見せざるに非ざれども耳目の聞見は以て心を動かすに足らずして、其古風舊慣に變々するの情は百千年の古に異ならず、此文明日新の活劇場に教育の事を論ずれば儒教主義と云ひ、學校の教旨は仁義禮智と稱し、一より十に至るまで外見の虚飾のみを事として、其實際に於ては眞理原則の知見なきのみか、道徳さえ地を拂ふて殘刻不廉恥を極め、尚傲然として自省の念なき者の如し。我輩を以て此二國を視れば今の文明東漸の風潮に際し、迚も其獨立を維持するの道ある可らず。幸にして其の國中に志士の出現して、先づ國事開進の手始めとして、大に其政府を改革すること我維新の如き大擧を企て、先づ政治を改めて共に人心を一新するが如き活動あらば格別なれども、若しも然らざるに於ては、今より數年を出でずして亡國と爲り、其國土は世界文明諸國の分割に歸す可きこと一點の疑あることなし。如何となれば麻疹に等しき文明開化の流行に遭ひながら、支韓兩國は其傳染の天然に背き、無理に之を避けんとして一室内に閉居し、空氣の流通を絶て窒塞するものなればなり。輔車唇歯とは隣國相助くるの喩なれども、今の支那朝鮮は我日本のために一毫の援助と爲らざるのみならず、西洋文明人の眼を以てすれば、三國の地利相接するが爲に、時に或は之を同一視し、支韓を評するの價を以て我日本に命ずるの意味なきに非ず。例へば支那朝鮮の政府が古風の専制にして法律の恃む可きものあらざれば、西洋の人は日本も亦無法律の國かと疑ひ、支那朝鮮の士人が惑溺深くして科學の何ものたるを知らざれば、西洋の學者は日本も亦陰陽五行の國かと思ひ、支那人が卑屈にして恥を知らざれば、日本人の義侠も之がために掩はれ、朝鮮國に人を刑するの惨酷なるあれば、日本人も亦共に無情なるかと推量せらるゝが如き、是等の事例を計れば、枚擧に遑あらず。之を喩へば比隣軒を竝べたる一村一町内の者共が、愚にして無法にして然も殘忍無情なるときは、稀に其町村内の一家人が正當の人事に注意するも、他の醜に掩はれて湮没するものに異ならず。其影響の事實に現はれて、間接に我外交上の故障を成すことは實に少々ならず、我日本國の一大不幸と云ふ可し。左れば、今日の謀を爲すに、我國は隣國の開明を待て共に亞細亞を興すの猶豫ある可らず、寧ろその伍を脱して西洋の文明國と進退を共にし、其支那朝鮮に接するの法も隣國なるが故にとて特別の會釋に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に從て處分す可きのみ。惡友を親しむ者は共に惡友を免かる可らず。我は心に於て亞細亞東方の惡友を謝絶するものなり。
                        『時事新報』1885(明治18)年3月16日

http://www.jca.apc.org/kyoukasyo_saiban/datua2.html

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cordial8317 at 06:37|Permalink

2010年10月02日

中共建国61年「国慶節」は滑稽

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 10月1日から、中共は建国記念日「国慶節」に入った。日頃、中共は恥も外聞も無く「中国4000年の歴史」と宣って憚らないが、実はたった61年の歴史しかない滑稽な国なのだ。逆説すれば、共産主義が60年以上続いているのだから驚く。

 建国以来様々な出来事が起こっている。51年前、共産主義化、漢民族化に反発したチベット人が中共軍に対し蜂起し、ダライ・ラマ14世はインドに亡命した。一昨年の北京オリンピック直前の「チベット騒乱」も、この「サラ蜂起」の記念日に誘発されたものであり、弾圧され続ける少数民族の抵抗は今尚続いている。

 大躍進政策失敗と中印戦争。文化大革命中の中ソ国境衝突。経済近代化の失敗と中越戦争。天安門事件やユーゴの中国大使館誤爆事件。支那の民主化を求める「0八憲章」運動に取り組む人民も少なくなく、13億の人民の不安は極に達し、この不満が中共政府に向かう可能性は相当有る。

 11年前、法輪功の信者が北京の中南海を占拠した。その後、中共政府は法輪功を徹底的に弾圧したが、共産党脱党を推し進める法輪功は4500万人を脱党させた。共産主義の撲滅は世界の悲願であり、支那の民主化が世界平和を齎すと言っても過言ではない。

 最近は強硬派、特に軍部の突出が目立ち始め「空母の建造」や「東シナ海のガス田掘削」「南シナ海領有権問題」など隣国での国境紛争が続いている。先般の尖閣列島での漁船衝突事件が混迷を極めたのも強硬派の抵抗であり、中共政府は日本を標的に人民の反日感情を煽り苦境を乗り切ろうと試みている様だが、情報化社会が発達した今日、何時迄もその姑息な統制が続くとも思えない。

 一方、日本国内では相変わらず支那のキンピカ報道ばかりで、国民は誤った情報に振り回されている。一昨年、上海株式総合指数は65%の下落を記録した。支那バブルも泡と消えるのも時間の問題で、此処からが日本人の踏ん張りどころなのだが、政治家共は国内の権力欲に目が眩んでてそれどころではないクソばかり。節操も無く中共に諂屈する輩が後を絶たないのは困ったものだ。

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cordial8317 at 07:42|Permalink

2010年10月01日

即刻「遺棄科学兵器」処理事業から撤退せよ

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 漁船衝突の報復で、日本人の建設会社フジタの社員四人が軍事管理区域に侵入したとして拘束され未だ一人が解放されてはない。この社員等は、所謂「遺棄科学兵器」の関連事業を受注する準備の為に下見に来ていたというが、この処理事業はODAに代わる日本からの朝貢外交の一環で行っているもので、即刻撤退すべき事業だ。フジタにしろ、他の企業にしろ、こうした状況になりながらも未だこの入札に参加するつもりなのか。「本来、日本がやるべき処理事業ではない」とケツでも捲くって撤収する気骨は無いのか。

 抑抑、科学兵器(毒ガス弾)は「遺棄」ではなく「接収」というのが正しい。広辞苑には「遺棄」とは「捨てること」「置き去りにすること」。「接収」とは「国家等が所有物を取り上げること」と在る。所謂「遺棄科学兵器」は、旧満州に駐屯した日本軍(関東軍)が残したものとされているが、明らかな誤解と誤謬であり、日本政府が莫大な処理費用を拠出する必要はないものなのだ。

 中共政府は「毒ガス弾は日本軍が遺棄した兵器だ」と主張し、その処理と被害の補償を日本政府に要求したが、問題の兵器は毛沢東の共産軍(八路軍)と蒋介石の国民党軍が、旧ソ連から継承したもので、その管理責任が中共政府に有る事は歴史的経緯からして明らかである。

 日本軍(関東軍)は昭和20年8月9日に日ソ中立条約を一方的に破って満州に侵攻し、暴虐の限りを尽した旧ソ連軍に降伏し武装解除されたのであり、日本軍は兵器を「遺棄」したのではなく、旧ソ連軍に「接収」されたというのが事実だ。継承された瞬間から国際法上管理責任は中共に有り、日本が本来責任を取る謂れはないのだ。要は遺棄科学兵器の処理費用はODAに代わる、中共の強請りの打出の小槌なのだ。

 エコカーやハイテク製品の生産に不可欠な希少資源のレアエース(希土類)もそうだが、支那が輸出をしないなら右往左往せず、カザフスタンやベトナム、或いはアフリカや他の国から調達すれば良いし、レアエースに頼らない、新たなハイテク技術を研究すべきだろう。過去にも靖国神社の参拝を巡り、中共の対日強行姿勢に屈し、営利至上主義から中共に媚び諂い、支那の走狗と化した企業が続出したが、そろそろ中共神話の妄想から目を覚ましたら如何。

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cordial8317 at 06:50|Permalink