2010年10月

2010年10月31日

菅直人、日中首脳会談ドタキャンされる(笑)

 ハノイで開催されている東アジアサミットで予定されていた日中首脳会談が中共に一方的にドタキャンされ、菅外交はまたしても躓いた。

 菅は、非公式に会談を行ったと強がりをを見せてはいるが、中共に翻弄される姿は実に惨めったらしいもので、日本国民として恥じ入るばかりだ。

 それにしても中共の無礼千万な対応を目の当りにし、20世紀最大の害悪はファシズムでもナチズムでも日本の軍国主義でも帝国主義でもない、共産主義だと言うことを痛感せざるを得ない。

 歴史に「もし」ということはないが、日米が戦わず、蒋介石との和平が実現していれば、満州国は保全され、中華民国は中国共産党を圧倒していただろう。

 そうすれば、共産党の大躍進や文化大革命や天安門事件も北朝鮮の独裁政治も拉致事件も起きなかったし、日本がこうも無礼な振る舞いを蒙る事は無かったのだ。

 大東亜戦争とは、ソ連コミュンテルンと中国共産党、そして日本の共産主義者が仕組んだ戦争だったのだ。その視点に立った時、我々は何を成すべきか。

 大東亜戦争自体、恥ずるべきものではない。日本はアジアを侵略したのではなく、アジアを侵略していた連合国と戦ったのだが、それでも尚、アジアの人々に謝罪をする必要が有るというなら、最大の過ちは共産主義の跋扈を許したことであり、償いはその共産主義を失くすこと以外に無い。

 未だ共産主義を最高原理として崇め、神や仏という共産主義を超える最高の存在を許さず、信仰の自由、集会、結社、出版、言論等々基本的人権が無い蛆虫国家・中国共産党と「友好」だとか「互恵」なんぞクソ喰らえだ。

 今回のドタキャンを受けて、今後日本政府は11月に日本で行われるAPECでの日中首脳会談の成功を目論んで、柳腰オカマ外交をすることは明らかだ。しかし、外交での譲歩は更なる譲歩を生むだけで何の解決にもならない。

 胡錦濤然り、北方領土強行視察を謀るメドベージェフ然り、日本を卑下する首魁の来日を阻止し、APECを排撃しよう。

cordial8317 at 10:11|Permalink

2010年10月27日

吉田松陰の思想を学ぶ

 今日10月27日は吉田松陰の命日。松陰は多くの金言を残しているが、思想は「一君万民論」「飛耳長目」「 草莽掘起」「対外思想」の四つである。略記する。

 【一君万民論】 「天下は一人の天下」と主張して、藩校明倫館の元学頭・山県太華と論争を行っている。「一人の天下」という事は、国家は天皇が支配するものという意味であり、天皇の下に万民は平等になる。一種の擬似平等主義であり、幕府(ひいては藩)の権威を否定する過激な思想であった。

 【飛耳長目】 塾生に何時も、情報を収集し将来の判断材料にせよと説いた、これが松陰の「飛耳長目(ひじちょうもく)」である。自身東北から九州まで脚を伸ばし各地の動静を探った。萩の野山獄に監禁後は弟子たちに触覚の役割をさせていた。長州藩に対しても主要藩へ情報探索者を送り込むことを進言し、また江戸や長崎に遊学中の者に「報知賞」を特別に支給せよと主張した。松陰の時代に対する優れた予見は、「飛耳長目」に負う所が大きい。

 【草莽崛起】 「草莽」は『孟子』においては草木の間に潜む隠者を指し、転じて一般大衆を指す。「崛起」は一斉に立ち上がることを指す。『在野の人よ、立ち上がれ』の意。安政の大獄で収監される直前、友人北山安世に宛てて書いた書状の中で「今の幕府も諸侯も最早酔人なれば扶持の術なし。草莽崛起の人を望む外頼なし。されど本藩の恩と天朝の徳とは如何にして忘るゝに方なし。草莽崛起の力を以て、近くは本藩を維持し、遠くは天朝の中興を補佐し奉れば、匹夫の諒に負くが如くなれど、神州の大功ある人と云ふべし」と記した。

 【対外思想】 『幽囚録』で「今急武備を修め、艦略具はり礟略足らば、則ち宜しく蝦夷を開拓して諸侯を封建し、間に乗じて加摸察加(カムチャッカ)・隩都加(オホーツク)を奪ひ、琉球に諭し、朝覲会同すること内諸侯と比しからめ朝鮮を責めて質を納れ貢を奉じ、古の盛時の如くにし、北は満州の地を割き、南は台湾、呂宋(ルソン)諸島を収め、進取の勢を漸示すべし」と記し、北海道の開拓、沖縄(当時は独立した国家であった)の日本領化、朝鮮の日本への属国化、満州・台湾・フィリピンの領有を主張した。

 松下村塾出身者の多くが明治維新後に政府の中心で活躍した為、松陰の思想は日本の対外政策に大きな影響を与えることとなった。心ある国民は、今こそ松陰の「草莽掘起論」を想起し、日本再生に立ち上がろう。

cordial8317 at 09:32|Permalink

2010年10月26日

吉田松陰の魂と言行

 10月27日は、吉田松陰の命日。天保元年(1830年)8月4日、長州萩の東郊松本村で杉家の二男として生まれた。成人して吉田大助の養子となり、名を吉田大次郎と改める。通称は吉田寅次郎。松陰は号である。

 吉田家は代々山鹿流兵学師範の家だった為、早くから山鹿流兵学その他の学問を修め、その道を究め、子弟の教育に努めた。安政元年3月師の佐久間象山の勧めで海外渡航を計画し、下田から米艦に便乗しようとして遺失、下田の獄に繋がれたが伝馬町獄送りとなって途中、高輪泉岳寺の前で詠んだのが有名な次の歌である。

 「かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂」

 同年9月迄の約6ヶ月間伝馬町獄に留置されていたが、国元萩に謹慎の身となって帰って後の「松下村塾」での教育が最も偉大な事業であろう。

 薫陶を受けた塾生の中から有爵者6名、贈位者17名、有位者14名等多くの著名な士が出て、中でも高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋、木戸孝允(桂小五郎)等は、明治維新の大業に勲功の有った人物である。

 歴史の上での三大変革といえば「大化の改新」「建武の中興」「明治維新」だが、その明治維新に松下村塾生の働きが大きな力となったのは誰もが知るところだ。後、松陰は「安政の大獄」に連座して再び伝馬町獄に入牢となった。

 安政6年7月9日、江戸の長州藩邸から始めて評定所に召出された際に詠んだのが「まち得たる時は今とて武蔵野よいさましくも鳴くくつわ虫かな」。

 しかし幕府の役人を動かすことが出来ず、その後の3回の取調べで死刑を覚悟した10月22日に、父、叔父、兄へ宛て「永訣書」を送っているが、その中の有名な一首が 「親思ふ心にまさる親ごころけふのおとずれ何と聞くらん』 である。

 また処刑の時の近づいたのを知って10月25日より26日の黄昏までかかって書き上げたのが「留魂録」で、その冒頭に 「身はたとひ武さしの野辺に朽ちぬともとどめ置かまし大和魂」(十月念五日二十一回猛士)と記してある。

 因みに(二十一回猛士)とは松陰先生の号で、「二十一回」については、名字の「杉」の字を「十」「八」「三」に分解し、これらを合計した数字が「二十一」となること、および、「吉田」の「吉」を「十一口」、「田」を「十口」に分解でき、これらを組み合わせると「二十一回」となることにより付けられている。

 松陰はこれを同囚で八丈島に遠島になった沼崎吉五郎に託したが、20年後当時神奈川県令で塾生であった野村靖に手渡したものが「留魂録」である。

 当時の法廷の模様、尋問應答の次第、獄中の志士の消息等が分かり自己の心境と塾生の行くべき道を示したもので、崇高な松陰魂の指南書である。

 安政6年(1859年)10月27日、江戸伝馬町の獄で斬刑に処せられた。揚屋を出る松陰は次の詩を高らかに朗吟して同囚の士に訣れを告げたのである。

「今吾れ国の為に死す 死して君親に背かず 悠々たり天地の事 鑑照明神に在り」

 次いで刑場では「身はたとひ」の歌を朗誦して従容として刑についた。29歳2ヶ月の生涯は短くも、没後150年経った今でも、その言葉通り、松陰の魂と言行は多くの人の心を捉え感奮興起させ続けている。合掌再拝  

cordial8317 at 07:29|Permalink

2010年10月25日

爆発五郎、ヤフーオークションにハマる

 昨年、渓流釣りの為に竿を購入したのを手始めに釣具やら万年筆やら篆刻材やら何やらかやら買い漁り、どっぷりヤフーオークションに嵌ってしまった(汗)

 渓流釣りは「餌釣り」「毛鉤釣り」「ルアー釣り」と色々で、当然それに応じて道具も多くなる。餌釣り用の渓流竿は川によって長さも変わり、3、4、5メートルの物から、6、7,8メートルと様々で、各種2~3本ずつ揃えた。

 毛鉤釣りでも「フライフィッシング」と「テンカラ釣り」があり、竿もラインも毛鉤も違うし、テンカラ竿も5~6本、フライフィッシングの竿も3本揃えている。

 フライリールはヘチ釣りという黒鯛用のと兼用出来るが、ラインが違うので結局何個か購入した。ルアーも同じで、渓流と海釣りでは使うルアーが違うから、そりゃ多いの何の。当然海釣りの竿も色々購入したが、多いのはヘチ竿だろうか。挙句に使いもしないのに松方弘樹ばりに、鮪釣りの竿も落札してしまった(笑)

 他にも、公魚用の竿とリール。ウエダーやら鮎タイツやらベストやら借家の一部屋が釣り道具で埋まってしまっている。愚妻曰く「釣具屋でもやるつもりなの」

 万年筆も嵌った一つだ。昔から興味があったのだが、中々難しく何を購入すれば良いのやら。畏友のN氏に聞いたところ「俺のをやるよ」ということで、パイロットのカスタム74を恵贈に与った。これを機に万年筆に嵌り色々購入した。

 昨年所属していた団体を退いたので「退任祝い」も兼ね、清水の舞台から飛び降りる気持ちでモンブランのマイスターシュテュック149を購入した。

 今では、パイロット、モンブラン149、146、ペリカンM400、プラチナ・ギャザード、他にもデュークやら美術的な物も何点か購入した。

 最近は、ロードバイクを購入。始めは初心者だし手頃な物をと「MEDIDA」を落札。海外からの発送ということで10日程で届いた。

 乗っては見たがどうもしっくり来ない。能く能く見ればサイズが小さく、出品者に問い合わせても梨の礫。漸く返事が来たと思ったら日本語の疎通がイマイチで、返品も面倒なので結局友人に格安で譲ってしまった。

 今乗っているのはVITUSというフランス製のフレームにカンパニョーロの部品で組んだもので、同じものは他に無い。値段は言えない(笑)

 30年右翼団体に所属し、運動と酒飲み以外無趣味だった自分が、漸く見付けた趣味が「釣り」と「自転車」。良い趣味だと思っている。

 毎月上京しては、上納やらマル特やら、或いは銀座やらで散在していた事を思えば実にヤフーオークションは安いものだ(笑)

cordial8317 at 08:21|Permalink

2010年10月23日

「靖國で会おう」と言って死んでった英霊

 靖國神社の例大祭が終った。国会議員66名が参拝した以外、靖國に関する記事は殆ど無く、所謂「終戦記念日」の喧騒とは打って変わって静かなものだ。

 同期の桜ではないが「花の都の靖國神社、春の梢に咲いて会おう」と、春の桜の咲く季節や、春と秋に催される例大祭の季節に詣でるのが良いのではなかろうか。

 8月15日は英霊の遺族の日であり、心静かに、陛下の御親拝せられる静謐な環境を作る事こそ肝要だと思う。毎年夏の酷暑の中で、左右入り乱れてのあの御祭り騒ぎにうんざりしている国民は少なくない。

 所謂「終戦記念日」に行く気持ちは分からなくはないが、先の大戦で亡くなった方は別に英霊だけではない。英霊を称えることで贔屓の引き倒しになってはいないか。

 国家の為に尊い命を捧げた御魂を奉斎する靖国神社を、国家の責任で護持するのは当然の事で議論の余地は無く、戦前はそれが厳守され、国民挙って護国の英霊に感謝し崇敬の誠を捧げて来た。

 殊に特筆すべきは、靖國神社の大祭に限り、天皇陛下が御親拝せられたのであった。聖恩無辺、英霊や遺族にとっての感激と光栄、此れに優るものは無かったのだ。

 靖國神社が未だ偏見を擁かれるのは、やはり国民の英霊に対する崇敬の念の足りなさ、つまり精神的貧困に在ると言っても過言ではなかろう。

 先の大戦で犠牲となった方々の鎮魂の為に日本政府が建てた慰霊碑はアジア各国やロシアなどに点在しているが、どれもこれも手入れが行き届いておらず、とても戦没者を慰霊する様なものではないものばかりだという。

 例えばインドのインパール作戦で、日本は戦局の傾く中で5万人の兵を送り、米英に寝返った蒋介石の命綱、援蒋ルートを潰し、インド独立を願ったが、激戦空しく日本兵は非業の最期遂げている。

 日本政府は数年前、このインドのレッドヒルの近くに慰霊碑を建立した。しかし、此処を訪れた人は皆愕然とするという。施設のコンクリート床は手抜き工事で大きく傾き、薄汚れ、驚くことに慰霊碑が無いというのだ。「これで慰霊をした積もりか」という英霊の怒りの声が聞こえて来そうだ。

 ソ連時代のシベリア抑留の帰還船が出たナホトカにも慰霊碑が在る。日本政府が亡くなられた方々の霊を慰める為の碑という事らしいが、一般の人の墓と同じで実に安っぽいもので、「日本人墓地」と書かれたそれは、とても悔し涙を飲んで亡くなった同胞を慰霊するものではない。フィリピン然り、サイパンも然り。

 政府に英霊への尊崇の念が無いから、こういう形だけのものになってしまうのだ。数年前、同志らと戦跡慰霊でサイパンを訪れたことが有る。日本政府の建てた慰霊碑は確かに存在してるが、やはり手入れが行き届いておらず寂しい佇まいをしていた。

「国立戦没者墓苑」も、諸外国に点在する慰霊碑と同じ様な、魂の入っていないものになることは火を見るより明らかで、構想自体即刻止めるべきである。

 異国の地で斃れた方々は、祖国の為、家族を守る為、アジアの独立の為という大義に殉じたのだ。屍は此処に草生すとも、「靖國で会おう」という言葉を残し散って往った魂は靖國に還り、今も生き続けている。靖國神社を国の責任で護持し、国民挙って護国の英霊に感謝し、崇敬の誠を捧げよう。

cordial8317 at 10:26|Permalink

2010年10月22日

戸塚宏の「教育再生」

 昨日は新宿で畏友と待ち合わせして、物心両面で御支援頂いている方に挨拶に出掛けた。一時間程鼎談。次の来客にはアノ戸塚宏氏が控えていた。

 畏友はどうも人の意見を聞き入れない戸塚氏は苦手らしいが、小生は戸塚氏の教育論には大いに共鳴している一人だ。

 学生時代、将来は不良少年や登校拒否児を与り更正させる私塾を創る夢を抱いていたが、未だその考えは潰えてはいない。何時か戸塚氏に御教授願いたいものだ。 

 戸塚ヨットスクールというと「スパルタ式」で子供を死にやったことばかり取り上げられるが、不登校や家庭内暴力で悩む親が子供を手放し、戸塚氏に預け、実に600人以上の子供を更正させた実践教育の実績は凄い。

 戸塚氏は自著「教育再生」で、教育は「科学的精神論」に基づくと言い「正しく・強く・安定」(知・情・意)した理性を創ることが大事だと教えている。

 学級崩壊や家庭内暴力を起こす様な「間違った・弱い・不安定」な理性を持った子供達が大量に登場した原因を考えれば、戦後、日本が採用した欧米型の「精神論」が間違っていたからだという。

 何故なら、日本を経済大国にしたのは、戦前に教育を受けた人々であり、それを潰してしまったのは、戦後教育を受けた世代である。

 更に「欧米流」の理性に抜け落ちているのは「本能論」で、人間と動物の優劣性を強調するあまり、動物にもある「本能」を、下等なものとして否定しまった。

 仏教でも儒教でも「本能」が「理性」を創るのに重要な役目を果たしていると説いている。これらを考えるに、教育で一番大事なのは「徳育」なのです。

 徳育は忠君愛国ばかりではなく「人間性」を確立することなのです。だから、幸福になる方法も、ちゃんと仕事が出来る様になるのも徳育で、日本の教育再生の為には、先ず「正しい精神論」を創ることが必要なのです。

 失敗に失敗を重ねた文科省には、最早学校を変える能力は無い。民主党政権で日教組支配が強まり、益々学級崩壊は増えていくだろう。

 日本の教育が抱えている問題を解決するには、戸塚氏の言う様に小学校の段階で正しい人間性の基礎を創ることが大事で、「国語・数学・体育」に重点を置いた授業、記憶力ではなく考える力の重視、合宿などの課外授業の活用という。

 これらの理想とする小学校像は決して突飛なものなどではなく、戸塚氏の「科学的精神論」による教育の実践こそ、現在学校で起こっている学級崩壊を始めとした諸問題を克服してくれるのではと期待している。

※コメントは会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方はパスワードを教えますのでmr.cordial@live.jpへ、または直接メールに御意見を。

cordial8317 at 11:50|Permalink

2010年10月15日

「柳腰外交」とは笑わせてくれる

 小沢が失脚し、正に仙石時代到来。この仙石が、菅政権の「弱腰」「軟弱」外交を叩かれ、御得意の切り返しで「しなやかで粘り強い柳腰と言うものもある」と、菅内閣の柔軟で強かな外交を自画自賛していたのには嗤えた。

 柳腰外交など聞いたことも無いし、それこそ全方位土下座外交と何ら変わりはない。如何にも仙石らしい、人を見下した高慢ちきな物の言い様だが、支那に媚びる本質がついつい出てしまったヤツの本音だろう。

 広辞苑には「柳腰」とは、「細くてしなやかな腰。多く、美人の例え」と書かれてある。畏友のブログ「白雲去来」に、この「柳腰」に纏わる面白い記事が載っていたので勝手に転載する。 唐の時代の詩人、杜牧の詩に「遣懐」というものがある。

     懐(思い)を遣(やる)

  落魄江湖載酒行   江湖に落魄して酒を載せて行く
  楚腰繊細掌中軽   楚腰は繊細にして掌中に軽し
  十年一覚揚州夢   十年一覚揚州の夢
  贏得青楼薄倖名   かち得たり青楼薄倖の名

 江南で遊び暮らした頃、常に酒樽を船に載せていた。傍らには古の美女に劣らぬ細身の美女が居た。そんな夢の中の揚州での十年が過ぎ去り気がつくと、遊郭での浮名だけが残ってしまった。嘗て、楚の国の美人は腰が細く、掌の中で舞いが舞えそうな程だったということから、スレンダーな美人を「柳腰」と言う。

「柳腰」は、中共政府に遊郭の女の如く媚び諂う菅、仙石、小沢らが使う言葉としては実に相応しいのだろうが、シャレにならない。

cordial8317 at 08:40|Permalink

2010年10月13日

痩せ我慢の一義は決して之を忘れるべからず

 最近、弱者を標榜する人々が殖えて来た。曽野綾子女史はそれを「老人業」や「難民業」と揶揄している。

 そうした連中は「私達は優遇されるのが当然だ」という態度で権利ばかりを主張するが、日本人の美徳である「痩せ我慢の気風」など微塵も感じられない。

 日本の貧困問題は経済的な問題よりも、精神的貧困の方が深刻だろう。政治家を筆頭に「義」を守る者が余りにも少なく、利権に集り、私利私欲に狂奔し、カネに群がる不逞の輩ばかり。

 二宮尊徳は「経済無き道徳は戯言であり、道徳無き経済は犯罪である」と諭したが、魂無き繁栄に現を抜かしている今の日本人には、道徳感覚を涵養することこそ大事であろう。

 福沢諭吉は、100年前「痩せ我慢の記」という一文を発表。

「一片の痩せ我慢こそ百千年後に至るまで、国の独立を維持する上で大切である」と説いた。福沢翁は、嘗て幕臣だった勝海舟と榎本武揚が、敵方である薩摩・長州中心の新政府から優遇を受け、大臣に昇りつめた出世を厳しく批判している。その諭旨は「勝海舟は只管講和を主張し、官軍と一戦も交えず開城したのは、要素たる士風を損なった。例え、内乱が国家にとって無益大害の極みであっても、抵抗するのが武士の意気地ではないか。

 福沢翁は「木を植える譲道」として「樹木を植えて、三十年経たなければ材木とはならない。だからこそ後世の為に木を植えるべきである。

 今日用いる材木は、昔の人が植えたものだ。とすれば、どうして後世の人の為に植えないで良いだろうか」「国を支えて国を頼らず」との教えを説いたが、今、こうした先人の智慧に学ぶことが大事だと思う。

cordial8317 at 08:53|Permalink

2010年10月12日

最も貧しい国に最も富裕な王がいる

 脱北詩人チャン・ジンソン氏は、嘗て北朝鮮の労働新聞の紙面を飾り、氏は間違いなく幸福だった。しかし、「最も貧しい国に、最も富裕な王がいる」現実に目覚めたとき脱北を決意したという。彼を動かした思いはひとつ、「飢えに死んだ300万人の、飢えに至る過程を必ず世界に暴露する」というものだった。

『救済米と言うな』

世界の国々よ
この国に 米なるものを送り
救済米と言うなかれ
その 赤き 赤十字は
我らが血で 血塗られたり

その米で 兵士を増大し
砲身をつくり
残れば その米で
閲兵式 武力示唆
食べたる力を誇示する
先軍

これに なお 力つけさせる
援助だ 支援なのだ
独裁者なるものを救済するだけの
人道主義への 背信
赤十字社の欺瞞

どうか 世界の諸国家よ
送る 米の あるなら
いっそ我らの頭上から
無一物の 我らの頭上から
ああ 砲撃して おくれ!

 北朝鮮が異常且つ極めて危険な国だと言うことは誰もが認めるところだろう。正式名称は「朝鮮民主主義人民共和国」だが、民主主義でも人民の国でもなく、「金一族」の個人独裁の世襲全体主義国家である。

 日本人を拉致し、ニセ紙幣を偽造し、覚醒剤を密売し、ミサイルを製造し輸出し、旧社会主義に内在した悪の本質が体制化したヤクザ国家だ。

 何百万の餓死者が出ても歯牙にもかけず弾道ミサイルを開発し、核開発に狂奔している。この不良国家の三代目に金正恩が内定したという。

 貧困に喘ぎ痩せ細った人民とは対照的に、金正恩の膨よかなその体型を見れば「最も貧しい国に、最も富裕な王がいる」時代は未だ未だ続きそうだ。

 ミサイルにも核開発にも、日本のパチンコ屋からの金が流れているということは、今や公然の事実。パチンコ屋からの送金が止れば、北朝鮮の体制が大きく変わると言っても過言ではない。

 今やパチンコ産業は、日本の基幹産業。しかしパチンコは日本人からカネを搾取するもので、健全な娯楽からは程遠い諸悪の根源だ。

 パチンコの違法性を糾弾しなければならないマスゴミは、広告代欲しさに一切沈黙し、「風適法違反」で取り締まるべき警察は、パチンコ屋と遊技場組合への天下り先確保の為に怪しい関係を糺さなくてはならない。

「パチンコ依存症」の日本人は、今や200万人を超え、パチンコに嵌り借金塗れ、家庭は崩壊し、資金難に陥ったバカがヤミ金に縋り、挙句は強盗やら窃盗の犯罪に走る。日本経済や治安に悪影響を垂れ流すパチンコ産業を非合法化すれば、全てが丸く治まると思っている国民は少なくない。

cordial8317 at 06:33|Permalink

2010年10月10日

対中経済支援を即刻中止せよ!

 中共政府に不当に拘束されていたフジタの社員が解放された。菅や仙石が独自ルートを使って解放したと悦に入っている様だが、抑抑拘束そのものが先の漁船衝突事件への報復行為で断じて許されるものではない。

 フジタ社員が解放されたことで、日本政府や経済界は安堵しているが、中共との正常化を期待するより、一線を画し、新たな経済戦略を確立すべきであろう。

 希少資源のレアエース(希土類)もそうだが、支那が輸出をしないなら右往左往せず、カザフスタンやベトナム、或いはアフリカや他の国から調達すれば良いし、レアエースに頼らない、新たなハイテク技術を研究すべきだ。

 ノーベル化学賞を受賞した根岸英一氏が、インタビューで「日本がやるべき大事な事は科学研究と技術開発を進めることです」と述べていたが、根岸氏が言う様に、日本の目指すべき道はやはり「技術立国」なのだ。

 民主党政権の目指す「観光立国」は中共政府の策謀であり、「戦略的互恵関係」とは中共のまやかしであり、単なる妄想でしかない。

「戦略的」と言う言葉を使うのは、中共が戦略的に日本を併呑しようと企てているのであって、戦略など毛頭に無い日本が「戦略的互恵関係」などと発言する度に、蛆虫連中はほくそ笑んでいるに違いない。

 日本が供与した政府開発援助(ODA)は、平成20年(2008年)から年間40億円に上り、有償、無償を含め3兆3千億円が支払われている。

 この日本国民の血税であるODAを、中共政府は先の大戦での賠償として捉え、日本や日本国民に対して感謝する気持ちは皆無だ。今や日本を凌ぐ程の経済大国になりながら、未だに日本への無心は止まることを知らない。

 河北省でフジタ社員が拘束されたのは、軍事関連区域への不法侵入と不法撮影ということだが、この社員等は所謂「遺棄科学兵器」の処理事業に携わってる社員。

 抑抑、所謂「遺棄科学兵器」(毒ガス弾)は「遺棄」ではなく「接収」であり、「毒ガス弾は日本軍が遺棄した兵器だ」と主張しているのは誤解と誤謬だ。

 問題の兵器は毛沢東の共産軍(八路軍)と蒋介石の国民党軍が、旧ソ連から継承したもので、その管理責任が中共政府に有る事は歴史的経緯からして明らかだ。

 日本軍(関東軍)は昭和20年8月9日に日ソ中立条約を一方的に破って満州に侵攻し、暴虐の限りを尽した旧ソ連軍に降伏し武装解除されたのであり、日本軍は兵器を「遺棄」したのではなく、旧ソ連軍に「接収」されたというのが事実だ。

 継承された瞬間から国際法上管理責任は中共にある。要は遺棄科学兵器の処理費用の無心は過去のODA同様、強請り集りの打出の小槌なのだ。

 ODA事業に、営利至上主義に狂奔する売国企業と政治家が群がり食い物にされている現状を見れば、対中経済支援は即刻中止すべきである。

cordial8317 at 08:34|Permalink

2010年10月09日

ノーベル平和賞受賞者劉暁波氏を称える

 支那の民主活動家・劉暁波(りゅう・ぎょうは)氏がノーベル平和賞を受賞した。支那人初のノーベル賞受賞者が獄中の活動家というのが如何にも中共らしいが、中共政府の圧政に呻吟している人民や国にとってもこの喜びは一入だろう。

 ノーベル賞が、その国の文化レベルを知る上で参考になるのは当然だが、支那での平和賞の受賞は、89年のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世以来二人目で、改めて支那・中共政府の人権侵害が浮き彫りになった。

 度重なる中共政府の圧力や抗議に屈せず、劉暁波氏に平和賞を授与し圧政と人権侵害に警鐘を鳴らしたノーベル賞委員会には敬意を払いたい。

 劉暁波氏の国を思う心は深く、中共政府の一党独裁の廃止こそ人民を救うという信念に間違いはなく、弾圧と制裁を受けながらも怯むことなく民主化運動に取り組む姿勢は尊敬に値する。活動家は斯く在りたいものだ。

 中共が共産主義を捨て去った時こそ自由と平和、民主主義を齎し、日本を始めとした国々と真の友好関係が築き上げられるだろう。

 だが、未だ共産主義を最高原理として崇め、神や仏という共産主義を超える最高の存在を許さず、信仰の自由も集会、結社、出版、言論、表現の自由という基本的人権が無い。こうした共産主義国との友好など単なる妄想に過ぎない。

 満州、内蒙古、チベット、新疆の異民族を虐殺し土地を奪い、共産主義と漢民族化を強制し、清朝時代の最大版図を「歴史的領土」と主張する中国共産党こそ、最大の「帝国主義国」であり、心して付き合わなくてはならないのだ。

「愛国無罪」というなら、劉暁氏こそ愛国者であり、劉氏のノーベル平和賞受賞を機に即時釈放すべきであろう。しかし、頑迷固陋な中共は平和賞受賞を「共産党一党独裁支配の政治体制への批判」と捉え、受賞委員会とノルウェーに抗議した。

 挙句、劉氏の受賞決定を伝える報道や放送を規制したことでも共産主義の異常さが分かる。こうした事を見ても、国際社会の一員としての資質に欠けるものだ。

 尖閣諸島の漁船衝突事件でも、逮捕・拘留した支那人船長を処分保留で釈放したことを「日本への勝利だ」と大いに自己満足に浸っていたが、これによって、国際的な信用が失墜したのも確かだった。

 劉氏の平和賞受賞へのイチャモン、難癖も、同様に中共への国際的信用失墜と共産主義の危険性を知らしめるものとなろう。戦略的互恵関係などクソ喰らえだ。中国共産党こそ世界に巣食う癌であり、剔抉粛正しなければならない。

cordial8317 at 09:32|Permalink

2010年10月08日

こんな日本に誰がした

「政治は三流、経済一流、官僚機構は超一流」と揶揄されたのも今や昔の話。その一流だった経済も崩壊し、商業道徳そっちのけで営利至上主義に狂奔したツケが出た。

 江戸時代、商人は「士農工商」の最下位に置かれ、日本人の生き方からは「金儲け=賤しい」と軽蔑の対象だった。今もその精神は変わらない。

 商人こそ襟を正し質素倹約を心掛けるべき立場なのだ。江戸時代の思想家・石田梅岩は、商人の役割は「余ったものを足りない所に送り社会全体を過不足なくすることだ」と倹約の公共的な経済効果を唱えた。資本主義とは本来そういうもの。

「倹約」は「ケチ」とは違う。「ケチ」は、貯めたカネを後で贅沢しようと思うことだが「倹約」は社会の為に我慢することである。

 だが、現在の経営者に至ってはケチが実に多い。3度のメシを2度に減らしてはいる人もいるにはいるが、その余った分を他所で頑張っている人に分けてやれば良いものを、後で自分で食べたり、バカ息子に譲ったり。

 これでは経済が停滞するのも当り前で、日本の景気低迷に一因は、こうした経営陣の心の乏しさもあるのではないだろうか。  
 
 政治が三流なのは変りはない。それどころか益々悪くなる一方だ。昔は、政治が混迷しても超一流の官僚機構が「日本丸」の舵取りを巧くやってくれるという「神話」があったのも事実。今やその官僚が国を滅ぼす一大勢力になってしまった。

 その官僚機構の打破を標榜した民主党もあの為体。果たして日本丸は何処へ向かってしまうのだろう。 想えば、戦前と戦後では全く別な国になってしまった。

 無条件降伏した日本は米国の51番目の洲になっても不思議ではなかったが、帝国主義の崩壊で免れた。その代わり米国は徹底した教育改革を行った。

 GHQが謀ったその徹底した「戦後民主主義教育」は、米国が意図した以上の効果を上げ、現在もあらゆる処に影響を及ぼしている。「戦後民主主義」とは、敗戦国日本を汚辱に塗れた過去と捉える自虐史観である。

 その教育で育った者は国家から恩恵を受けながらその恩を忘れ、個人と国家を常に対立させることで、恰も国家は「人間を抑圧する組織」と見做し、反国家反体制的なポーズをとることが「進歩的」で「文化的」だと錯覚している。

 確信的戦後民主主義者は兎も角、最近は幼稚な正義感や安易な平和主義を振り翳す者を「無自覚左翼」と言うが、巷にこうした輩が氾濫している。

 占領下に米国が最も徹底したのが言論統制で、情報発信の中枢、NHK、朝日新聞、岩波書店が監視下に置かれ洗脳された。未だにこの組織は、米国の洗脳状態から脱却出来ずにいる。いい加減目を醒まして貰いたいものだ。

 米国から洗脳された連中が「反米」を気取り、日本を貶めているのは最早コメディ。 嘗て日本人は「恥を知る」国民だった。こんな日本にしたのは政治家か、官僚か、マスコミか、それとも国民なのか、一体誰なんだ。

cordial8317 at 07:23|Permalink

2010年10月04日

「東アジア」の悪友と絶交すべし

 日本に巣食う在日外国人は、今や在日朝鮮人を抜いて支那人がトップの70万人。不法入国や不法滞在を含めると100万人を超えると言う。

 欧米先進諸国では、ゴキブリ並に繁殖力のある支那人や朝鮮人に頭を悩ませ、脅威を感じている。そんな中で、日本は世界各国から忌み嫌われている支那人、朝鮮人を率先して招き入れているのだから恐れ入る。

「友愛」を掲げ「日本は日本人のものだけではない」「日本海を友愛の海にしよう」と宣ったバカ丸出しの鳩山由紀夫という総理がいたが、それに輪を掛け「東アジア大交流時代」「観光立国」「査証(ビザ)緩和」等々の愚策によって、日本の蚕食が進んでいるの状況を脅威に感じている国民は少なくない。

 先般の尖閣列島での漁船衝突事件は、日中関係を再考する上で良い契機となったのも確かで、共産主義国の中華人民共和国と「良き隣人」などという妄想自体が抑抑無理な話なのだ。中共と態態付き合わなくても、日本に何ら不便は無い。

 友好だとか言ってるが、付き合いが途絶えることで困るのは中共の方だろう。今こそ、福沢諭吉の「脱亜論」を想起し、東アジアの悪友と絶交すべきである。

 福沢諭吉は明治18年(1885年)時事新報に「脱亜論」を発表し、アジアを脱して欧米に倣えと主張した。「日本の不幸は支那(中国)と朝鮮である。この二国の人々も日本人と同じく漢字文化圏に属し、同じ古典を共有しているが、 元元人種的に異なるのか、教育に差があるのか、 日本との精神的隔たりは余りにも大きい。情報が此れ程早く行き来する時代にあって、近代文明や国際法について知りながら、過去に拘り続ける中国・朝鮮の精神は千年前と違わない。国際的な紛争の場面でも『悪いのはお前の方だ』と開き直って恥じることもない。最早、この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。『東アジア共同体』の一員として その繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。 日本は、大陸や半島との関係を絶ち、 欧米と共に進まなければならない。唯隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならない。この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。私は気持ちにおいては『東アジア』の悪友と絶交するものである」
 
 実に快哉で、今こそ福沢諭吉の思想を見倣うべきである。

【福沢諭吉 「脱亜論」全文】 世界交通の道、便にして、西洋文明の風、東に漸し、至る處、草も気も此風に靡かざるはなし。蓋し西洋の人物、古今に大に異なるに非ずと雖ども、其擧動の古に遅鈍にして今に活發なるは、唯交通の利器を利用して勢に乗ずるが故のみ。故に方今当用に國するものゝ為に謀るに、此文明の東漸の勢に激して之を防ぎ了る可きの覺悟あれば則ち可なりと雖ども、苟も世界中の現状を視察して事實に不可ならんを知らん者は、世と推し移りて共に文明の海に浮沈し、共に文明の波を掲げて共に文明の苦樂を與にするの外ある可らざるなり。文明は猶麻疹の流行の如し。目下東京の麻疹は西國長崎の地方より東漸して、春暖と共に次第に蔓延する者の如し。此時に當り此流行病の害を惡て此れを防がんとするも、果して其手段ある可きや。我輩斷じて其術なきを證す。有害一遍の流行病にても尚且其勢には激す可らず。況や利害相伴ふて常に利益多き文明に於てをや。當に之を防がざるのみならず、力めて其蔓延を助け、國民をして早く其氣風に浴せしむるは智者の事なる可し。西洋近時の文明が我日本に入りたるは嘉永の開國を發端として、國民漸く其採る可きを知り、漸次に活發の氣風を催ふしたれども、進歩の道に横はるに古風老大の政府なるものありて、之を如何ともす可らず。政府を保存せん歟、文明は決して入る可らず。如何となれば近時の文明は日本の舊套と兩立す可らずして、舊套を脱すれば同時に政府も亦廢滅す可ければなり。然ば則ち文明を防て其侵入を止めん歟、日本國は獨立す可らず。如何となれば世界文明の喧嘩繁劇は東洋孤島の獨睡を許さゞればなり。是に於てか我日本の士人は國を重しとし政府を輕しとするの大義に基き、又幸に帝室の神聖尊嚴に依頼して、斷じて舊政府を倒して新政府を立て、國中朝野の別なく一切萬事西洋近時の文明を採り、獨り日本の舊套を脱したるのみならず、亞細亞全洲の中に在て新に一機軸を出し、主義とする所は唯脱亞の二字にあるのみなり。我日本の國土は亞細亞の東邊に在りと雖ども、其國民の精神は既に亞細亞の固陋を脱して西洋の文明に移りたり。然るに爰に不幸なるは近隣に國あり、一を支那と云い、一を朝鮮と云ふ。此二國の人民も古來亞細亞流の政教風俗に養はるゝこと、我日本國に異ならずと雖ども、其人種の由來を殊にするか、但しは同様の政教風俗中に居ながらも遺傳教育の旨に同じからざる所のものある歟、日支韓三國三國相對し、支と韓と相似るの状は支韓の日に於けるよりも近くして、此二國の者共は一身に就き又一國に關してして改進の道を知らず。交通至便の世の中に文明の事物を聞見せざるに非ざれども耳目の聞見は以て心を動かすに足らずして、其古風舊慣に變々するの情は百千年の古に異ならず、此文明日新の活劇場に教育の事を論ずれば儒教主義と云ひ、學校の教旨は仁義禮智と稱し、一より十に至るまで外見の虚飾のみを事として、其實際に於ては眞理原則の知見なきのみか、道徳さえ地を拂ふて殘刻不廉恥を極め、尚傲然として自省の念なき者の如し。我輩を以て此二國を視れば今の文明東漸の風潮に際し、迚も其獨立を維持するの道ある可らず。幸にして其の國中に志士の出現して、先づ國事開進の手始めとして、大に其政府を改革すること我維新の如き大擧を企て、先づ政治を改めて共に人心を一新するが如き活動あらば格別なれども、若しも然らざるに於ては、今より數年を出でずして亡國と爲り、其國土は世界文明諸國の分割に歸す可きこと一點の疑あることなし。如何となれば麻疹に等しき文明開化の流行に遭ひながら、支韓兩國は其傳染の天然に背き、無理に之を避けんとして一室内に閉居し、空氣の流通を絶て窒塞するものなればなり。輔車唇歯とは隣國相助くるの喩なれども、今の支那朝鮮は我日本のために一毫の援助と爲らざるのみならず、西洋文明人の眼を以てすれば、三國の地利相接するが爲に、時に或は之を同一視し、支韓を評するの價を以て我日本に命ずるの意味なきに非ず。例へば支那朝鮮の政府が古風の専制にして法律の恃む可きものあらざれば、西洋の人は日本も亦無法律の國かと疑ひ、支那朝鮮の士人が惑溺深くして科學の何ものたるを知らざれば、西洋の學者は日本も亦陰陽五行の國かと思ひ、支那人が卑屈にして恥を知らざれば、日本人の義侠も之がために掩はれ、朝鮮國に人を刑するの惨酷なるあれば、日本人も亦共に無情なるかと推量せらるゝが如き、是等の事例を計れば、枚擧に遑あらず。之を喩へば比隣軒を竝べたる一村一町内の者共が、愚にして無法にして然も殘忍無情なるときは、稀に其町村内の一家人が正當の人事に注意するも、他の醜に掩はれて湮没するものに異ならず。其影響の事實に現はれて、間接に我外交上の故障を成すことは實に少々ならず、我日本國の一大不幸と云ふ可し。左れば、今日の謀を爲すに、我國は隣國の開明を待て共に亞細亞を興すの猶豫ある可らず、寧ろその伍を脱して西洋の文明國と進退を共にし、其支那朝鮮に接するの法も隣國なるが故にとて特別の會釋に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に從て處分す可きのみ。惡友を親しむ者は共に惡友を免かる可らず。我は心に於て亞細亞東方の惡友を謝絶するものなり。『時事新報』1885(明治18)年3月16日

http://www.jca.apc.org/kyoukasyo_saiban/datua2.html

cordial8317 at 06:37|Permalink

2010年10月02日

中共建国61年「国慶節」は滑稽の一言に尽きる

 10月1日から、中共は建国記念日「国慶節」に入った。日頃、恥も外聞も無く「中国4000年の歴史」と宣って憚らないが、実はたった61年の歴史しかない滑稽な国なのだ。逆説すれば共産主義が60年以上続いているのだから驚く。

 建国以来様々な出来事が起こっている。51年前、共産主義化、漢民族化に反発したチベット人が中共軍に対し蜂起しダライ・ラマ14世はインドに亡命した。

 一昨年の北京オリンピック直前の「チベット騒乱」も、この「サラ蜂起」の記念日に誘発されたものであり、弾圧され続ける少数民族の抵抗は今尚続いている。

 大躍進政策失敗と中印戦争。文化大革命中の中ソ国境衝突。経済近代化の失敗と中越戦争。天安門事件やユーゴの中国大使館誤爆事件。

 支那の民主化を求める「0八憲章」運動に取り組む人民も少なくなく、13億の人民の不安は極に達し、この不満が中共政府に向かう可能性は相当有る。

 11年前、法輪功の信者が北京の中南海を占拠した。その後、中共政府は法輪功を徹底的に弾圧したが、共産党脱党を推し進める法輪功は4500万人を脱党させた。共産主義の撲滅は世界の悲願であり、中国共産党の撲滅こそ世界平和を齎す。

 最近は強硬派、特に軍部の突出が目立ち始め「空母の建造」や「東シナ海のガス田掘削」「南シナ海領有権問題」など隣国での国境紛争が続いている。

 先般の尖閣列島での漁船衝突事件が混迷を極めたのも強硬派の抵抗であり、中共政府は日本を標的に人民の反日感情を煽り苦境を乗り切ろうと試みている様だが、情報化社会が発達した今日、何時迄もその姑息な統制が続くとも思えない。

 一方、日本国内では相変わらず支那のキンピカ報道ばかりで、国民は誤った情報に振り回されている。一昨年、上海株式総合指数は65%の下落を記録した。

 支那バブルも泡と消えるのも時間の問題で、此処からが日本人の踏ん張りどころなのだが、政治家共は国内の権力欲に目が眩んでてそれどころではないクソばかり。節操も無く中共に諂屈する輩が後を絶たないのは困ったものだ。

cordial8317 at 07:42|Permalink

2010年10月01日

即刻「遺棄科学兵器」処理事業から撤退せよ!

 漁船衝突の報復で、日本人の建設会社フジタの社員四人が軍事管理区域に侵入したとして拘束され未だ一人が解放されてはない。

 この社員等は、所謂「遺棄科学兵器」の関連事業を受注する準備の為に下見に来ていたというが、この処理事業はODAに代わる日本からの朝貢外交の一環で行っているもので、即刻撤退すべき事業だ。

 フジタにしろ、他の企業にしろ、こうした状況になりながらも未だこの入札に参加するつもりなのか。「本来、日本がやるべき処理事業ではない」とケツでも捲くって撤収する気骨は無いのか。

 抑抑、科学兵器(毒ガス弾)は「遺棄」ではなく「接収」というのが正しい。広辞苑には「遺棄」とは「捨てること」「置き去りにすること」。「接収」とは「国家等が所有物を取り上げること」と在る。

 所謂「遺棄科学兵器」は、旧満州に駐屯した日本軍(関東軍)が残したものとされているが、明らかな誤解と誤謬であり、日本政府が莫大な処理費用を拠出する必要はないものなのだ。

 中共政府は「毒ガス弾は日本軍が遺棄した兵器だ」と主張し、その処理と被害の補償を日本政府に要求したが、問題の兵器は毛沢東の共産軍(八路軍)と蒋介石の国民党軍が、旧ソ連から継承したもので、その管理責任が中共政府に有る事は歴史的経緯からして明らかである。

 日本軍(関東軍)は昭和20年8月9日に日ソ中立条約を一方的に破って満州に侵攻し、暴虐の限りを尽した旧ソ連軍に降伏し武装解除されたのであり、日本軍は兵器を「遺棄」したのではなく、旧ソ連軍に「接収」されたというのが事実。

 継承された瞬間から国際法上管理責任は中共に有り、日本が本来責任を取る謂れはないのだ。要は遺棄科学兵器の処理費用はODAに代わる、中共の強請りの打出の小槌なのだ。

 エコカーやハイテク製品の生産に不可欠な希少資源のレアエース(希土類)もそうだが、中共が輸出をしないなら右往左往せず、カザフスタンやベトナム、或いはアフリカや他の国から調達すれば良いし、レアエースに頼らない、新たなハイテク技術を研究すべきだろう。

 過去にも靖国神社の参拝を巡り、中共の対日強行姿勢に屈し、営利至上主義から中共に媚び諂い、中国共産党の走狗と化した企業が続出したが、そろそろ中共神話の妄想から目を覚ましたら如何だろう。

cordial8317 at 06:50|Permalink